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周瑜 魯粛 呂蒙 陸遜 呉の軍師を語るスレ

1 :周瑜公謹:2006/09/13(水) 11:53:15
長江の海は俺の海 俺の果てしない憧れさ
孫呉旗は俺の旗 俺の捨てきれぬ故郷さ
友・孫策よ、明日のない命と知っても 君は孫呉を愛していた
俺も孫呉を守って戦うのだ 命を捨てて俺は生きる 命を捨てて俺は生きる

2 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 11:55:00
ハーロックかよww

3 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 12:01:22

神はただ広夢一人のみ

佐倉広夢の偉大さを称えよ


4 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 12:02:12
>>3
何処か偉大なのかがさっぱり分かりません。

5 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 12:16:01
どうして頭の悪い子は「軍師」って単語が好きなんかね

6 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 12:20:26
>>4

ボーイズラブゲーム【好きなものは好きなのだからしょうがない】を買えば
広夢の偉大さわかる。今は中古でだいぶ安いと思う。

7 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 13:02:53
でもさ周瑜って格好イイよねやっぱり。
船の舳先に立って長江の風を受けてマントを翻す・・・俺三国志ドラマやるなら周瑜の役がイイ

8 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 13:20:04
俺は虞翻役がいい

9 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 13:24:15
軍師じゃなく提督とか将軍って感じだよな全員

10 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 13:26:25
1の歌は提督が歌ってこそ

11 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 13:26:43
呉で軍師と言えば張昭とか諸葛格だな

12 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 13:34:37
>>6
今さら好きしょを薦めるとは時代錯誤も甚だしいわ
昔は需要に対して供給が少なかったからあんなのでも売れただけ
せめて咎犬とか楽園行あたりを薦めろよ

13 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 13:48:49
孫策はトチロー扱いかよ

14 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 14:14:03
実際文武両道が多かった呉の中枢
なぜだろうか?周瑜、呂蒙、陸遜なんかは立派な将軍としても記録がある
大局を見れる力があったよな
魏も呉も局地戦は強いけど大局的には如何なものかという将軍が多かった。
カンヌとか筆頭。地方一軍預かる身で、面子や誇りに命を賭けるとは…

15 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 14:29:58
関羽は魏でも呉でもないとないと思う

16 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 14:40:10
呉公の最終決断だから仕方ないが
呉の国益考えたら魏と共闘して蜀と戦ったのは駄目だった
あのときの状況で蜀が滅ぼされたら呉も滅ぼされるだけだからね

…って事を語っていいのか、大キョウをエメラルダスだということ語ればいいのか

17 :14:2006/09/13(水) 14:42:31
>>16
まぁ、神様になっちゃったしねw
でも夏候淵とか、局地戦には強いけど大きい戦局では弱い印象がある。結局漢中取られたし。
張コウとか、張遼も、良将だけど、対極的に云々した事ないし
許猪に至っては単なる警護役だし。

18 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 14:44:38
スレタイは提督にすればいいと思うよ
軍師という意味合いでは張昭を忘れて欲しくないですよね

19 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 14:57:00
>>16みたいなのっていろんなスレに湧くよね。
隔離スレいくつもあるんだからそこに引きこもってればいいのに。

20 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 14:59:32
まぁ四人とも呉の戦略に大いに影響を与えてリードしてきた人達だから軍師と言って言えなくはないんでないか?
魏が謀臣と将軍に役割分担されてるところを各々1人で担ったみたいなイメージ。

21 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 15:05:33
>>19
「周瑜の二分論か魯粛の三分論(便宜上)か?」で揉めるようなものだから、
そういう意見を持ってる人が居ること自体はしょうがないべ。

22 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 15:07:10
>>12
なかなか痛いところをつくなぁ・・・。

23 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 17:42:01
呉は豪族の部曲体質が強かった影響で、中枢に出仕している人間は文官が本業でも
みんな兵を率いる軍務をこなしたって言うじゃない 張昭とか諸葛瑾とか魯粛とか
だから文武両道タイプに見える将軍が多いのは割と自然な流れなんじゃないかね

24 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 19:35:04
とりあえず魯粛が他の三人より扱い悪いのはガチ。
ゲームだと大体

周瑜、呂蒙、陸遜→エース、もしくは準エース
魯粛→控え、サブ

こんな感じ。

25 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 20:29:36
ゲームだと呂蒙が一番扱い悪いと思うけど。

26 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 20:34:41
こればかりは演義ベースなのと、今までの光栄が植えつけてきたイメージもあるから容易に変えられないのかも。

27 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 20:44:55
演義ベースなら魯粛が一番下だろう
呂蒙はけっこうよく描かれてるよ。呪い殺されるけど

28 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 21:15:53
大都督って知事じゃないのか???
呉の軍師って張昭じゃないのか???

29 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 21:21:47
>>28
呉の都督連中はあえて現代風にいえば地方の知事兼防衛庁長官みたいな感じで、
張昭は派閥の政調会長みたいな感じかなぁ…

30 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 21:23:27
少なくとも孫策の軍師は張昭だと思うぞ

31 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 21:53:18
孫策時代限定なら張昭より張紘だと思う。初めて孫家の長期戦略を説いた人。

32 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 23:14:08
軍師に拘るのがおかしいと思うんだが

33 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/14(木) 08:22:15
孫権の状況に応じての基本戦略が見える人事。

孫権初期:揚州維持→…→中原進出→後漢朝中興
魯粛a:江夏攻略→江陵制圧→荊州制圧→益州制圧→天下二分→南帝即位(dでもすぎて却下)
周瑜:江陵奪取→先主拘禁→呉軍の益州制圧→天下二分→後漢朝中興
魯粛b:江陵貸与→先主入蜀→荊州分割→荊州返還→天下三分→呉帝即位
呂蒙・陸遜:関羽討伐→荊州領有→夷陵戦→早期講和→天下三分→呉帝即位

34 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/14(木) 11:13:43
>>24
光栄ゲームの能力値的には
周瑜、陸遜→スーパーエース
魯粛→エース
呂蒙→イベントで覚醒しない限り糞
だね

俺は三国志やる時にはいつも劉備、カンヌ、町費は処刑してる。
周瑜の哲学を貫くためにも、奴らと共に天は抱かず!ザシュッ

35 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/14(木) 11:55:05
周瑜を思うなら関羽張飛を手足として
劉備を傀儡にして本国安置
諸葛亮は斬首だと思うぞ

36 :237:2006/09/15(金) 22:58:18
風は叫ぶ 人の世の哀しみを 星に抱かれた静寂の中で

胸を聞けば 燃ゆる血潮の赫は 共に混ざりて 大いなる流れに

人は夢見る ゆえに儚く 人は夢見る ゆえに生きるもの

嗚々 嗚々 誰も知らない
嗚々 嗚々 明日散る花さえも

固い契り 爛漫の花の下 月を飲み干す 宴の盃

君は帰らず 残されて佇めば 肩にあの日の 誓いの花吹雪

人は信じて そして破れて 人は信じて そして生きるもの

嗚々 嗚々 誰も知らない
嗚々 嗚々 明日散る花さえも

国は破れて 城も破れて 草は枯れても 風は鳴きわたる

嗚々 嗚々 誰も知らない
嗚々 嗚々 風のその姿を

嗚々 嗚々 誰も知らない
嗚々 嗚々 風のその姿を

37 :満太:2006/09/17(日) 22:20:33
あげ

38 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/17(日) 23:43:01
>>35
諸葛亮は駄目なんかw

しかし周瑜は本人の資質もそうだけど、良い意味で周りに強い影響力も持ってたよな。
魯粛連れて来て推薦したのは周瑜だし、甘寧を重く用いるように呂蒙と共に進言したりしてるんだが
この2人、両方とも破天荒なタイプでそれぞれご意見番張昭から説教食らってたりする。
それでも二人が力発揮できたのは孫権の器だけじゃなく周瑜の擁護があったからじゃないかと。

「弁亡論」の引用だけど、孫策に招かれた人物の内、名高き名士の中では張昭が、才気溢れる傑物の中では周瑜が、
それぞれ中心人物であり、この二人が優れて聡明だったため性質や志を同じくする者が集まったため江東は多士済々となったとある。

特に北から流れて来たような名士たちは地盤もない呉で張昭からの口利きを頼りにしただろうし、
名士層から敬遠されがちな無頼の徒や保守層に合わない急進派にとって周瑜の発言力は有難かったはず。

つーかこの二人、下手したら初期の孫権よりよっぽど影響力あった気がしないでもないw

39 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 00:28:01
昔、魯粛が陸戦に長けていたという知識を三戦で仕入れたんだけど、どういう逸話があるの?

40 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 00:54:38
横山三国志

41 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 01:05:14
>>39
出典は確か三国志演義。

周瑜が諸葛亮を亡き者にしようと謀り曹操の兵糧庫を超少人数で落として来てと依頼(曹操軍に殺させようとした)。
それをあっさり承諾した諸葛亮を心配に思った魯粛が夜に尋ねると
諸葛亮は「自分は四つの戦(水上戦、陸上戦、後二つは忘れた)全てこなせるので楽勝」と言い、
さらに「周瑜殿と言えば水上戦、魯粛殿と言えば陸上戦が有名だがそれ以外はとんと聞かない、例えば今回の戦い(陸上戦)は
周瑜殿にはとてもこなせないでしょうね」と漏らし、それを魯粛から聞いた周瑜は「俺の陸戦の腕を見せちゃるけー!!」
と自ら作戦の指揮を取り諸葛亮は危機を逃れたって話だったと思う。

42 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 01:46:25
孔明:水上戦S、陸上戦S、空中戦S、宇宙戦S
周瑜:水上戦S、陸上戦A
魯粛:水上戦A、陸上戦S

43 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 10:04:10
水中戦は?

44 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 10:16:00
>>43
甘寧と





董襲(ウソ)




話元に戻してマジレスすると
実際「水の周瑜、陸の魯粛」なんて言われてたらしいね

45 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 11:12:32
演義で呉の童歌になっていたという奴か

46 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 12:37:29
後の二つは攻城戦と防衛戦だったような?
はっきり覚えてないけど

47 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 12:51:52
>>41実際は周喩も行ってない。孔明に諭されたから。何人の兵で攻めようが、全滅するだけだから、止めておきなさいと。周喩の策はお見通しだった訳だ。

48 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 22:54:17
>>47
修正サンクス。

49 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 06:37:45
ま、蜀はカンヌが死んだ時点で終わったけどね。ほかに方面軍任せらる人材がいなかったし

50 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 08:55:41
>>49
おまいらは歴史の表層しか見えんアホだから真の偉人の名も知らんだろうが
李厳だったらあの陸遜にも引けを取らんだろう

51 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 10:04:26
>>50
49は結果論をしてるんじゃないの
諸葛亮が誰を配置すればよかった、じゃなく、歴史を未来から見てさ

で、自分は結果論でなくお前と同じような視点から追い打ちをかけるが、
それこそ諸葛亮の人の見る目のなさは歴史が証明してる
劉備にすら重用するなと言われた馬謖といいそいつといい
表面的なプライドのために大局を誤る奴ばっか
頭脳だけで「だろう」「だったはず」が通用するほど歴史は甘くない

52 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 11:00:17
個人的には諸葛亮は人を見る目がないというよりは、
安定した組織を志向して人を見てると思う。
逆に劉備の人材観はヤマ師型なイメージ。

無理な戦をする必要のない、安定した国家の運営だったら
諸葛亮の人事の方が活きたんじゃないだろうか。

53 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 11:41:25
>>51
だね。呉だってそんなに人材に溢れる国じゃないが黄概、徐盛、程普あたりの堅実な将軍を周瑜らが上手に使いこなしてた
例えば蜀ならばビホウやフシジンあたりだってそこそこの将になりえたかも知れないのに
カンヌチョウヒだけが二大巨頭で次席にちょううん、あとは知らん、じゃあやる気無くすよな
俺が公明なら、チョウウンをケイシュウに置いたな。プライドはあるが国の施策を無視してまでプライド貫く馬鹿な真似はしないだろうし。


54 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 12:15:50
>>50
言ってるわりに自身は講談をもとに語ろうとしてはいやしないかい?李厳が陸遜に並ぶ器と評されたのは演義の話し。
そうじゃないとしたら、とても並ぶようには思えないが…

まぁ呉の軍師スレで李厳を槍玉にあげる必要もないか。

55 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 12:36:07
>>53
>俺が公明なら

徐晃になっちゃってますよ

56 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 12:51:49
わかってないな
>>50はスレ違いな蜀の話題に呉を絡めた皮肉だろ
大した意味はない

57 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 12:54:11
>>54
そういう意味では>>53にもつっこんであげてくれ

58 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 15:29:38
俺が周瑜なら…悩むな…
赤壁に勝ったとはいえ、ガチで蜀叩く訳には行かないだろうし。
その間隙をついた劉備は汚ねえ!さすが寄生虫の親方は違うよな

59 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 15:42:16
>>58
火事場泥棒は呉が先
赤壁の勢いでちゃっかり江夏に居座って全然返却しようともしない

60 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 15:48:52
>>59
フッ笑止な・・・貴様ら流浪の賤軍が呉の戦力をあてにして赤壁に挑んだ分際でよく言うわ!!!!おっといかん、美周郎が乗り移ってしまったw

61 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 16:00:23
>>60
実際のところ、呉の戦力が無くても劉備一党が勝利してた可能性は結構高い。
呉の戦力があったから戦後一気に劉備が伸びたってのは確かなんだけどもね。

62 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 17:08:42
歴史を彩る大決戦や大殺戮
この類にはデマが憑き物である
南京大虐殺然り、徐州大虐殺然り、ジャンヌダルクの美貌然り
クルド人虐殺はホントらしいが
話を戻すとだな
他の官渡、夷陵、五丈原などの大決戦となると数々の武将が死んだり
または投降したりしたわけだ
そこんとこいくと赤壁で死んだ奴いなくね!?
ってわけだな
蔡兄弟や張允は除く
てかいずれも荊州劉氏の中で力を持った奴だしな
単に政治的な理由で殺られたんじゃなかろうか


63 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 17:14:06
徐州大虐殺?

64 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 17:17:26
三国時代なんてなかったんだよチミ達
ホラ吹きの羅漢中に騙されたのさ
全部コーエー商法さ

65 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 17:23:20
>>61
全然高くないと思う…というかそういう説初めて聞いたからよく考えたこともなかったけど、多分ないだろう。

当時の戦力を分析してみるとまず江陵を目指した劉備本隊は五千の追撃を受け数十騎で逃走とあり、張飛が二十騎で
趙雲は殆ど単騎に近く、やはり劉備と共に逃げ切ったのは百人に満たなかったと考えられる。
一方水路で江陵を目指した関羽は船数百と中々の装備で出発し、漢津で無事合流を果たしたとあるが、
実は徐晃らの追撃を受けており、被害が予想される。劉備と共に無事河を渡り脱出を果たしたが、
追撃を受けた後の船で、さらに分乗した住民も差っぴいた時に何人の兵士がいたかは微妙。
諸葛亮は孫権に向かって「帰還兵と関羽の手勢合わせて精兵一万」とか嘯いてたが、元々の手勢が二万も三万もあったわけでもなく、
追撃を受け数十まで減った軍に一体はぐれた内何人がそもそも合流しようと思い、実際に自力で船を用意するなりなんだりして
追撃の手を逃れ河を渡って合流できたのか疑わしい。劉jの側近の寝返り組みもどこまで付いてこれるものやら…
ここでは仮に敗残兵かつ装備物資も十分ではない(江陵は相手に押さえられた)兵でも、一応一万人あったとする。

そうすると江夏太守として劉gの集めた一万と合わせて2万、物資は主に江夏郡にあるもののみ。
…俺には勝機が見えない。曹操が軍を別ければ長江沿いの渡し場をカバーし切れず渡河されて江夏を狙われ
野戦に引きずり込まれて大軍に呑まれて終了、とでもなりそうなんだがどうか?

66 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 18:02:16
雷じゃ!
神算と天文持ちの孔明に鬼謀持ちのホウ統が加われば雷が落とせるじゃ!
おぉなんと言うことだ!味方に落ちてしまった!
関羽が落雷で重傷を負いました


67 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 21:22:02
>>1
丁奉や諸葛格も入れろよ

68 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 21:36:21
>>67
呉末期の参謀だって良かろう。丁奉は長生きだねえ。
ただしあんまり頭使ってる印象がないんだが…最長老ゆえに重用されただけでは?

69 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 21:51:06
朱然朱桓孫桓は無視かこいつら

70 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 21:53:49
そんな奴ら無視に決まってるだろwww
てか誰だよwwwww

71 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 21:54:13
>>68
丁奉ってそこまでいうほど長寿か?

72 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 22:58:51
>>71
すげえ長生きだろう!?だって堅い親父の代から呉の末期までいたんだぜ?ほかに居ないよそんな武将。

73 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 23:07:37
丁奉の出仕の時期って記録が無いんだけどなあ。
しかも252年まで具体的な記録がほとんど無い。

74 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/21(木) 00:03:56
>>72
>堅い親父の代から
いや、いないって

・甘寧、陸遜、潘璋の属将
・孫権の時代は偏将軍どまり
・孫亮即位で漸く冠軍将軍
・257年に漸く四方(左)将軍
・264年、朱然の子・施績と同格の大司馬

呉主(孫権)伝や併伝された黄蓋や周泰、徐盛らの伝にも一切登場せず、
陸機の「弁亡論」での扱いや、位階・爵位の昇進過程やほぼ同格の将官連中と
比較してみても、一世代ほど後の人間と見た方が自然
おそらく孫権の時代になって出仕した人物

呉で確認できる限り最も長寿な人物は256年に96歳で歿した呂岱

75 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/21(木) 00:05:38
演義とごっちゃになってんだろ。
徐盛とワンセットのアレだ。

76 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/21(木) 00:17:10
演義にしろいないよ

77 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/24(日) 18:43:12
ま、俺は光栄のゲームやる時にゃあ孫堅よ。
やはり孫堅、孫策の二代でしかやる気になれん。劉備でなんて絶対やりたくない。

78 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/24(日) 21:45:55
個人的な好みの話しなんだが、周瑜>呂蒙>陸遜>魯粛の順に好きだ。
魯粛も嫌いじゃないんだが、前3人が知勇兼備なのに比べて不完全感があるな俺は。

79 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/25(月) 07:42:23
俺は魯粛>呂蒙>周瑜>陸遜の順だな。
いまいち目立たないショボサがなんとも言えず好きだ。

80 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/25(月) 09:43:25
俺は俺は周瑜>陸遜>魯粛>呂蒙の順だな。
ああ!顔で選んでますが何か!?ww
ってか呂蒙は、呉のためには良いことをしたよね状態なんだが、カンヌの破り方、殺し方がなぁ・・・
横山光輝版では嫌いになるよなぁ。

81 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/25(月) 10:16:25
横光版でその4人の顔の区別をつけられる>>80が凄いと思った

てかごめん傷とか髭意外は登場人物全員同じに見える

82 :80:2006/09/25(月) 10:50:52
>>81
ごめん言葉が足り無すぎる俺ww
光栄ゲームの顔や、厨獄三国志画本での印象から、周瑜>陸遜>魯粛>呂蒙の順だな。
んで、呂蒙に関しては、呉に対して功労がすごくあるんだけど、印象はいまいちと。

武将なら孫策、孫堅、甘寧、周泰、太史慈の順に好き

83 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/25(月) 12:28:41
>>81
えっ…その四人だったら横光でも解るだろ
ナマズヒゲの周瑜・田舎のぼっちゃん風の呂蒙・おにぎりの陸遜・目の下にクマの魯粛

他キャラまでまぜればわからなくなるかもしれないが

84 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/26(火) 00:28:18
周瑜は「美」が正当な評価の障害になってると思うんだが。

まあ横光には関係ない。

85 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/26(火) 10:51:46
>>84
どっちの意味?美しさゆえに能力の評価が無くてかわいそうだということ?
それとも、本当は無能なのに美しさだけで祭り上げられてるということ?

後者ならぶっ飛ばす!w

86 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/26(火) 10:53:27
おにぎりの陸遜はガチ!
玉のような書生でガチ

87 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/26(火) 11:04:09
>>85
もちろん後者

88 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/26(火) 11:19:00
>>87
孫権時代以降は姻戚関係のおかげでなあなあで済んだという
悪意にまみれた解釈もできるかもしれないが
孫策時代に二張を発掘し的確に戦略を出してきたことをどう説明する

…ってふうに食い付かれるから煽って遊ぶのもほどほどにな

89 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/26(火) 11:30:48
>>88
ごめん

90 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/26(火) 12:00:37
周瑜が二張を推挙したの?

91 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/26(火) 14:49:51
>>90
美周朗ということは演義の話題だろうから、それなら周瑜が推挙してたはず。確か揚州制圧時に兵を率いて合流した周瑜が
「君は江東の二張を知っているか?」みたいな切り出しで推薦してた。軍師周瑜の初仕事だね。

余談だが正史だと二張は侵攻開始以前にスカウトされてるので確か周瑜の合流よりちょっぴり早かった。

92 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/26(火) 17:34:48
魯粛も甘寧(呂蒙に推挙された)も取り立てたのは周瑜。

93 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/26(火) 23:21:11
演義は呉の軍師に酷い事をしたよね

94 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/26(火) 23:50:30
軍師だってさ

95 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/27(水) 09:11:46
横光三国志だと
魯粛は「あわわ」「むむむ」「むぎゅー」なイメージしかない

96 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/27(水) 09:44:24
>>94
演義は軍師だよね

97 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/27(水) 15:32:56
蒼天の魯粛になら抱かれてもいい

98 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/27(水) 20:44:53
孫権の評価である
周瑜(=陸遜?)>呂蒙>魯粛
は妥当なのか?

99 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/27(水) 20:56:15
「どれだけ孫権の望みを叶えたか?」という観点では実際そうだったんだろう。
あとは評価する奴の基準(好み)しだいで順位も変わるだろう、っていうぐらい僅差。

100 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/27(水) 23:30:18
魯粛の評価は、評価する奴のパワーバランス観が
「劉備>周瑜」か「劉備<周瑜」か
(つまり劉備を利用しなくても呉が勢力拡大できるかどうか)
で変わる希ガス


101 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/28(木) 05:22:27
>>100
でも大体の評価は周瑜>魯粛で定まってんのに
劉備>周瑜は激しく異論がありそうだよな
個人的には劉備を利用しなくても蜀を攻略できたと思う
ただそれだけの遠征をして赤壁敗戦後とはいえ魏が大人しく見ているとは思えないが・・・

102 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/28(木) 05:27:18
二張はいないのか

103 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/28(木) 07:21:33
>>101
最終的には関羽を除く主力まで総動員した劉備を見て魏が突っかけたかといえばそうでもないわけで。
赤壁の影響は思いのほか大きかったんだろう。次も仕掛けて負けたりした日にゃ求心力が…という心配。

104 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/28(木) 18:07:26
赤壁では魏軍の損害は結構大きかっただろ。
伝染病も流行ってたはずだが

魯粛は頑固ジジイというイメージが強くてw


中国のどっかにある周瑜の肖像画にはヒゲがないらしいぞ

105 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/28(木) 23:06:49
しかし赤壁戦の規模そのものに疑問があるともいわれてるしなあ。
呉のファンとしては夢を見たいが。

かといって曹操が嫌いな訳ではない。ただ劉備はいけすかん。

106 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/28(木) 23:28:02
>>105まさに同じく。
曹操は頑張ったし、自力でやってきた部分が多い。呉も然り
しかし劉関張らは他力本願のみ。ま、俺も桃園の誓いとカンヌの死では泣くんだがww
やっぱり呉が好き、シュウユガス気

107 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/29(金) 12:52:06
孫権は駄目だ。
やぱし孫策に天下を取って欲しかった。
周ユは孫権からだったら、呉に仕えたかね?

108 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/29(金) 13:18:55
>>107
意気に応えて粋に生きたのが周瑜だから、親交がなければ無理だと思う。
でも三顧の礼を尽くして孫権と意気投合したかもしれんし、それはわからんよ。
でも自分の部曲作って自衛活動とか治安取締りをあの性格だとやりそうだから(上品で優しくなった曹操みたいなもんだ)
結局孫権に仕える事になったんじゃないかね?

109 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/29(金) 14:06:06
周瑜の場合孫策が孫権が〜というより孫家と家族ぐるみの付き合いだったことがデカイと思うね。

「自分を良く知る主君に出会い、表面的には君臣の間柄であっても実際には肉親と変わらぬ恩義を結び、
自分の意見が皆受け入れられ実行され、幸も不幸も主君と一体であれば、例え古代の遊説家が蘇ったとしても私の心は動かせない」

この関係にさえあれば例え孫皓だろうと身命を賭して使えたはず。

110 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/29(金) 15:26:56
なんか孫親子ってO型のイメージがない?
現実的、血縁や身内に熱い、自分に絶大なる自信がある、かと思うと大ポカで死ぬ

なんか曹操ってB型のイメージがない?
天才肌、感情の起伏が激しい、結構根に持つかと思いきや、チョウシュウは許したり

なんか劉備ってA型のイメージがない?
他人の優越感をくすぐり自分の生きる道を探す、建前の塊で本当は利己的


111 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/29(金) 16:03:03
誤爆かい?

112 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/29(金) 16:26:59
>>110
A型O型は人口でかいぶん意外と幅があっていろんな性格がいるから
うかつなこと言うと「俺は違う」が大量に返ってきて危険だぞ
それに性格は体細胞遺伝らしいから
安易に赤血球だけの4パターンで決めつけるのは危険だ

血液型占いなんて所詮日本人を集計したものだから
どうがんばっても外国人には合わないしな

113 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/29(金) 16:40:23
心理学者に言わせると、学術的裏づけの無い血液型占いは心理学への冒涜だそうだ。

114 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/29(金) 19:13:35
血液型占いは、それを知っているものにしか
意味がないそうだ。

115 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/29(金) 22:36:10
陸遜の話題がさっぱりですな

116 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/30(土) 07:15:04
蒼天航路の作者に孫三代が主人公の漫画を描いてもらいたい!!
いや、孫皓まで描いてもらってもいいけど。

117 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/30(土) 10:51:34
漫画に影響うけ過ぎの厨が増殖するんで勘弁

118 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/30(土) 17:31:10
「曹操劉備孫堅司馬懿がいないなら天下撮るの誰?」ってスレがあるんだけどさ
仮に孫家が無かった場合、魯粛は周瑜と一緒な気がするし、呂蒙 陸遜は誰かしらに仕えたんじゃないかと想像するんだけど、周瑜はどうだろう?
誰かに仕えたのかな?それとも自分が群雄の一人になったのか


119 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/30(土) 17:47:12
>>118
周瑜は当時丹楊にいたので独立してなければ劉繇に仕えて袁術と対決。
あるいは袁術配下の部将、場合によっては劉備配下の部将。

120 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/30(土) 17:57:36
>>118
それは孫策やら孫権やらはいるって設定?

121 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/30(土) 20:46:18
>>118
朝廷出仕

曹操に目つけられる

参謀の一人として仕える

というコースはどうだろ

緻密な思考の人は、余程非情な性格でないと
君主としてやってくのは難しいと思う。

122 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/01(日) 02:08:22
>>115
陸遜は長年呉に仕えてやるべきことは大方全部こなした呉の脊柱だけど、
逆に全力を尽くしきっての結果だから特に語るべき要素があんま無いんだよね。
「あそこで病死してなければ…」とかもないし、趨勢はほぼ固まった状況でバトン渡されてるから。

123 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 14:18:27
最後が憤死ではやりきれませんがな

124 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 14:44:20
でも医療の闘いでは、陸遜が劉糞を追い返さなかったら呉もかなりの痛手を受けて、国の寿命がすごい縮んだと思うよ。
それ考えると功労は大なり

125 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 17:27:39
>>124
そりゃそうさ、凄いし偉いよ。でもそれで終わっちゃって話膨らまないのが悩みの種という意味。
陸遜を卑下する気持ちはない。

126 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 18:42:04
陸遜は好きな人物だが語りにくい
どちらかというと周瑜呂蒙のようなこれからという時に死んでしまった人物の方が
語る隙があるというか妄想の幅が広いというか話題にしやすいというか
ところでここは周瑜魯粛呂蒙陸遜以外も語っていいんだよな?

127 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 20:27:48
↑勿論。基本は呉スレだから。

128 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 20:41:00
じゃあいまいち理解者に恵まれていない感じの魯粛について語ろうぜw

129 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 21:06:11
周瑜>陸遜≧呂蒙≧魯粛
うーん・・・
正直むずいね。

ホウ統の分周瑜がトップ
魯粛は金持ちのイメージがつおい

130 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 21:06:36
>>127
陸遜だってこれから孫和を推し立てて呉を壟断しようというところで死んじゃったじゃないか。

131 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 21:16:03
>>130
悪意がありすぎ

132 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 21:51:26
たまには単刀赴会で毅然と対応する魯粛が見てみたいもんだ

133 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 23:06:13
演義における名将ぶりは
陸孫≧孔明と関わってない周瑜>>呂蒙>>孔明と関わっちゃった周瑜>>>>>魯粛さん
って感じだな

134 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 23:07:27
あ、陸遜の名前間違えた

135 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 00:01:56
魯粛さんはどの作品でもピエロ扱いだな
振り回されるより振り回す側というイメージなんだが

136 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 02:16:25
呉の人間は諸葛亮と関羽のイメージアップ作戦の一番の被害者。カワイソです。

137 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 03:10:05
朱子学の被害者だろ

138 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 09:12:16
カンヌなんて大局の見えて無いただの武力馬鹿じゃん。
そりゃ、一回ごとの小競り合いでは知力もそこそこ使うし、つおいんだろうけど
呉の武将達って、武力馬鹿が少ないから光栄的には見劣りさせられちゃうんだろうな

139 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 19:51:45
>>138
演義を一足飛びにしてなんで史実からいきなり光栄なんだw
言いたいことはわかるけどさ

140 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 22:27:49
肥の能力値が、しみついちゃってるんだよな…
しかし最近の周ユの武力低すぎね?

141 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 01:04:42
Google検索
周瑜 約 1,290,000 件
陸遜 約 235,000 件
呂蒙 約 328,000 件
魯粛 約 75,100 件………OTL

孫堅 約 230,000 件
孫策 約 726,000 件
孫権 約 237,000 件

太史慈 約 281,000 件
甘寧 約 268,000 件
周泰 約 216,000 件
程普 約 111,000 件
徐盛 約 103,000 件
凌統 約 84,800 件
丁奉 約 75,500 件
虞翻 約 79,900 件

丁奉や虞翻にすら負けてる魯粛さん泣けるOTL

142 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 02:01:12
大喬 の検索結果のうち 日本語のページ 約 99,000 件
孫尚香 の検索結果のうち 日本語のページ 約 89,400 件

已んぬる哉、架空の姓名にまで敗れるとは…

143 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 19:29:34
でも孫権は快事を語るのに、わざわざ魯粛絡みの形で説明してるんだよな

「魯粛は周瑜を呼び寄せて曹操と対決しろと進言してくれた これが第二の快事」

ってそこは周瑜だけ褒めてりゃOKじゃん

144 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 21:12:41
孫権は魯粛のこと買ってたもんなあ
周瑜が出す戦略出す戦略微妙に孫策時代の積極性をひきずってたのに対し
魯粛は孫権の性格を把握しつくしてノせたりヒイたりするのがうまかった印象がある

145 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 22:19:55
>>142
小喬に至っては1,310,000 件ヒットという事実。

まあ検索結果の上の方は無双と大戦関連ばっかりなんで、こんな人気ならも無くても別に…と強がってみる。

146 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 22:58:41
魯粛を馬鹿にすんなあ!
魯粛はなあ!魯粛はなあ…



えーと何を言おうとしてたんだっけ…

147 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 23:38:52
みんな魯粛好きだなw俺も好きだけど

148 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/05(木) 01:31:19
主将 副将
周瑜 程普
魯粛 呂蒙
呂蒙 孫咬
陸遜 朱然

149 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/05(木) 13:21:32
>>148
で、何なのだ?

150 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/05(木) 20:50:55
>>145
検索ワードに

-三國無双 -三国無双 -三国志大戦

を追加してみたらどうだ?
猛将の場合「天下無双」って書かれてることがあるから「-無双」じゃダメだ

151 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 01:41:05
魯粛の良さはわかる奴だけがわかってればいい。
夢想なんかで妙なキャラ化して、メジャーになるなど言語道断。

そういや三国志マガジンの魯粛の話、かっこよかったなあ…



周郎が。

152 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 03:17:34
蒼天の魯粛は見た目かっこいいだけでキャラ的には失敗作だったよね
あれなら横山魯粛のほうがキャラ立ってた

153 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 04:15:27
蒼天の魯粛見た目かっこよかったか?
自分も魯粛好きなので、
無双なんかで変なキャラにされるのはゴメンだな。

154 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 11:01:13
蒼天の魯粛は言うほど悪いキャラじゃなかったよ。
ただ周瑜がかっこよすぎただけで………

155 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 11:14:51
>>153
かっこよかったよ、もみあげとか
…もみあげとか

156 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 11:19:23
719 :無名武将@お腹せっぷく :2006/10/06(金) 08:53:42
江陵の辺に住血吸虫がいる水系がいくつかあるんだよね
曹操も軍勢がそこで疫病に遭うし、周瑜は病死
魯粛、呂蒙も病死
どう見ても寄生虫にやられてます
死亡直前の周瑜は顔とかやばい事になってたんじゃない?

157 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 12:50:18
>>156
呂蒙が肺結核と判明しているのはスルーかそいつ

そういえば昔光栄の投稿本(ダガマとかそのへん)に
演義での「全身の穴から血を出して死ぬ」を大まじめにとりあげて
エボラ出血熱ではという論を展開したおちゃめさんもいたなw

158 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 12:50:59
>>154
眉毛があれでなければ、カッコ
よかったがな。
俺的には、顔だけならば陸遜の方
が良かった。
しかし呂蒙はなぜ陸遜をああもべた
褒めだったのか。

159 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 14:15:10
>>157
お、そんな話があるのか>結核
正史からじゃわからなかったんだがどこにそんな話があったんだ?

160 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 20:07:56
結核かどうか以前に
病死=寄生虫は短絡的すぎる

161 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 20:20:46
そういえば周瑜はどこでも(キャラデザに好き嫌いはあっても)長髪美形なようだが、
それって正史にも描かれているの?

162 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 22:05:35
容姿が立派だったと正史にはある

163 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/07(土) 00:29:10
正史読んだ感じでは、もう少し薄倖の美男子と言うよりは
マッチョな感じなのかなと思っていた。
でもそれより無双も含め大体のベースは演義なんでないの?
蒼天は正史ベースっぽいが、蒼天周瑜は
美形だけど、あの中では取り立てて長髪でもないな。

164 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/07(土) 00:44:26
長髪は、この時代の人ならみんなそうだろ。結ってるかおろしてるか
の違いだけで。
周瑜のキャラデザに結ってない型が多いのは、ヴィジュアル的に
その方が華やかに見えるからで、実際にはきっちりと結い上げて
纏めてたと思う。
人前で冠をつけてないのは、ものすごく失礼なこととかって話が
なかったっけか。

それがし無双もそれはそれとして楽しめるが、周瑜の設定だけは
ファンとして何とか改善して欲しい。見た目はいいけど、性格が
変なんだもん…
あ、でもとりあえず馬超の次でいいや。バチョーサンヒドスギマスカラネ…


165 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/07(土) 01:15:38
>>163
薄倖の美男子つうのがどこ準拠なんだ。演義ってそんなイメージ?
世間一般的には何故かそのようだが、やはりお口から血吐いたのが決定的
だったのかね。沖田みたく。


166 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/07(土) 02:14:46
早死にってことだろ?<薄倖の美青年

167 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/07(土) 06:23:48
小橋とやりまくって憤死。

168 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/07(土) 11:32:27
それは腹上死と言わないか

169 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/07(土) 20:51:23
>>168
想像してしまいました

170 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 02:56:57
それは反三国志だ

171 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 05:06:24
っつっても30半ばだろ?
青年って歳でもないだろ

172 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 05:28:28
夭折が40でも適応される言葉なんだぞ
30半ばでも充分若い

173 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 06:08:28
へ?

174 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 06:09:43
夭折って別に若いって意味ないだろ


175 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 06:53:55
夭逝は早死にすること
夭一字で早死にって意味がある
余計な書き込みで掲示板のソース使ってる暇があったらちょっと辞書見ろ

176 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 07:32:00
最近は言葉が乱れていて、60過ぎのキャラに夭折を使う小説家とかいるからなあ。
多分、やりのこした仕事があるのに早死んだ、っていうニュアンスを
持たせてるんだろうが。

177 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 12:53:43
六十の場合は正だな。女生徒だ魅だが

178 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/10(火) 10:34:35
まー夭折かどうかは別として、周湯はすごく志半ばの死、で本人も無念だったろう。
蒼天の最期は綺麗ではあったけど、そんなすっきりした思いで死ねるかなぁとも思ったよ。病気を自覚していたとはいえ。
それでも、演義の米うらみ節よりはましだが。

179 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/10(火) 10:59:06
>>178
音借にもなってないその適当な当て字を止めろ

180 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/10(火) 11:02:40
光栄が肥なんだから、孔明が※でもいいような気がするが、
敢えて当て字にする理由はないなw

181 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/10(火) 23:36:59
>>179
ごめんね

182 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/13(金) 00:09:04
あげ

183 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/13(金) 00:24:02
文学スレに周瑜の遺書あるけどさ…
あれ読むと夭折の美青年っつーイメージ湧くわな。

しかしあそこの1氏に洗脳されて、
俺の中で悟った如く穏やかな周瑜像がデフォに。
逆に諸葛亮が、キレやすいエネルギッシュなイメージになった。
演義の周瑜と諸葛亮の丁度逆、みたいな。

184 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/13(金) 04:16:22
あのスレは余計なバイアスが掛かっていない
肉筆の文章を扱ってるからな。
諸葛亮や馬超、孫策との人物的比較は面白い。
そして、同じくバイアスの小さい情報である
実際の戦略戦術を平行して考えた上で
互いの中心に立って見ると、
かなりリアルな提督周瑜像が浮かび上がって来ると思われ。

185 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/13(金) 16:18:09
>>184
謙虚で穏やかな孫呉の臣、才気溢れる若き水軍提督。
寛容で音曲に秀で、愛妻家で見栄えも立派。
あっちの1氏でなくても周瑜贔屓になるわなw

186 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/13(金) 19:00:59
>>185
なんだかそこまでいくと逆に腹立たしくなってきたw家は名家で嫁さんは美人ともうやってらんない俺狭量。

187 :184:2006/10/13(金) 19:09:38
文学スレの1氏に周瑜の人物像解説依頼完了。

周瑜の戦略戦術は、どういう傾向にあるんだろうか?
平行して考えてみたいのだが。

188 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/13(金) 19:44:44
>>187
新鮮味のない解説でスマンが、周瑜の戦略戦術としては
まず先手を打って要所を押さえる→敵を地勢的に切り崩し勝機を待つ→頃合を見て一気に決める
こんな感じじゃないかな?先に青写真を描いてから淡々と実行するタイプと予想。

赤壁ではまず夏口を落として曹操の上陸阻止、
→夏口で守りを固めて曹操の先鋒隊撃破、曹操に水郷地帯での持久戦を強いる
→会戦以前の予想通り疫病の大発生、弱みに付け込み火計で船を焼いて崩壊した敵軍を怒涛の追撃戦

江陵攻略ではまず少数の別働隊を夷陵に急行させて占領、
→当然(千ちょいの呉軍に対し)多数の数千の部隊を派遣して奪還を狙う敵軍をほぼ全軍を挙げて一気に殲滅
→周辺を平定し江陵を孤立困窮させた後、曹仁を野戦に誘い出し決戦、終に撤退させる

189 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/13(金) 23:28:50
>>186
美人の妻は鋏を投げて来ますがね。

文学スレは皆さんとても礼儀正しいですな。1氏のお人柄故か。

190 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/18(水) 14:46:31
あげ

191 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/18(水) 14:56:24
どうでもいいことなんだけど昨日スーパーで買い物してレシート見たら
レジ担当者の名前が「孫 ケン」だったw


192 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/18(水) 15:04:59
で?

193 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/18(水) 21:51:43
>>191
どう見てもスレ違いです本当に。

と言いつつ、それを見たらほくそ笑んでしまうのが三国ヲタ。

194 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/18(水) 23:45:53
>>187-189
向こう見てきた。
周瑜って過労死なんかな、やっぱ?

195 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/19(木) 01:18:06
すまんが周瑜もう魯粛はおwったのですか?

196 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/19(木) 10:45:16
>>195
日本語で桶

197 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/19(木) 12:32:22
なんでだよ、何が日本語でおkだよ。どっからどうみても日本語じゃねえか
コレが理解できないなんて信じられん。と>195の振りして見た。
はおwったてなんだ?

198 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/19(木) 12:36:30
>>197
195語でおk

199 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/19(木) 13:09:57
「すまんが周喩、もう魯粛はおwったのか?」
「何をおおせになりますか殿、魯粛殿はおwってなどおりませぬ」
「俺のいないところでおwったの何のと、勝手なことを…
金返せやゴルァ」


200 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/19(木) 14:06:37
おワットるってのを思い出したがマカなので打てない
見るだけなら専ブラが見せてくれるんだけど

201 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/19(木) 15:04:49
これからは「おwっとる」でいいじゃないですかw

202 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/19(木) 23:52:51
で、おwっとるのは魯粛ってことでおk?

203 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/20(金) 00:22:42
劉備くんの魯粛はたしかにおwっとるな

204 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/20(金) 08:21:29
話を戻すと、周瑜も過労による病死だね。
魯粛は後頼まれて大変だっただろう。

205 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/20(金) 21:22:27
だから魯粛も過労死

206 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/20(金) 21:50:42
呂蒙も過労死

207 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/20(金) 22:42:50
陸遜は加老死

208 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 00:21:55
誰がうまいこといえtw

209 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 01:18:24
見事な四コマ落ち

210 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 01:41:37
孫権はどう考えても長生きだけど、
曹操とか劉備も結構生きているイメージがあるが、
当時の平均寿命ってどのぐらいだ?
呂蒙も早死にしたほうか?

211 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 02:09:42
子供の死亡率を含めれば30年
そうでなければ50年とどこかで聞いた

212 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 02:15:21
d。平安時代が30歳だと聞いたことがあったからそんなものかなと思っていたが、
やっぱりそれぐらいなんだな。
成長した中では、やっぱり周瑜や魯粛、呂蒙は若死になんだな。ありがとう。

213 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 02:59:39
魏スレだと、70過ぎる長生きも多いみたいだね

214 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 10:56:39
三国志の時代にしても、戦国の時代にしても、死ぬ機会が多かったから平均寿命が低かっただけなんじゃないのかなァ?
戦とか病とか飢餓とか
死なないまでも栄養失調で老化が早いとか
孫権や曹操じゃなくても金持ちの家に生まれて、いい物食って、戦も疫病もまぬがれれば70くらいは普通なんだろう と思う


215 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 11:11:00
無事に育つ子供が少ないので、統計上の平均寿命は下がってしまう。
たとえば、半分の人が100歳まで生き、
残り半分は生まれてすぐに亡くなるならば
その人たちの平均寿命は50歳。
でも、生きてる人はみんな百歳の長寿。
当たり前のこと書いてスマンが、一応。

216 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 13:39:40
>>215
そういうことやね
医療技術も未熟で飢餓と疫病に抵抗力ないんで、出産から幼年期のあいだの
死亡率が半端ないんよ

217 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 17:09:04
ていうか三国時代の平均寿命ってどうやって調べたの?

218 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 21:30:38
帝国リサーチじゃね?

219 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 23:13:15
>>215
それで結局周瑜や呂蒙は早世なのか。

220 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 00:07:54
>>219
早世までは行かずとも十分若死にの部類じゃね?
論語にも30にして立つ、40にして惑わず、50にして……なんだっけ?とあるようにさあ。

221 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 00:32:10
そんなになるまで働いて、ご苦労様だな。チーン

222 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 07:51:24
駅伝のような提督リレー形式だね
没したら次の提督。

223 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 11:01:45
周循は病気で早世したんだよね。他の子供の伝って、何か残ってるんかな

224 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 14:40:09
>>222
まぁそんなもんだろ。

225 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 21:17:25
>>223
陸抗は知ってるでしょ?
魯淑は晋を攻めたけど王渾に敗れている
呂蒙の子は大した記述は残ってないけど早死が多いみたい

226 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 21:26:48
周循の後を継いだ奴は確か罪を犯して流罪となったなあ。
都督じゃないけど甘寧の子とか潘璋の子なんかも流されてたし、韓当の子は魏に降ってたな。

227 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 21:51:33
流された奴とは別系統だけど甘寧の子孫は活躍してる

228 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/25(水) 23:27:23
陸遜の子だか孫だかに、熱烈な曹操ファンがいたそうだね

229 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/27(金) 20:37:33
陸機たんのこと?
魏武を送る賦だったか何だかを残してるよね。
文学フレンド。

230 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/01(水) 17:16:34
フレンドw

231 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/05(日) 16:55:26
ほす

232 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/06(月) 00:19:10
しかしこの4人が長生きしてたらどうなってたんだろうな。
周瑜・魯粛は意見の相違さえクリアすれば
お互いうまく負担が減ってただろうし
呂蒙が長生きしてたら
虞翻や陸遜の最期はもうちと変わってたかもしれない

233 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/06(月) 01:08:39
孫権が変わりなくボケて総あぼん

234 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/06(月) 01:47:08
この4人の寿命より先に
まず孫権の呆けをテコ入れしなければならなかったわけだw

235 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/06(月) 23:30:55
やっぱ酒がよくなかったんだよ…

236 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/07(火) 01:01:57
当時の人にしては長生きしちゃったから、
ボケるのも仕方ないんじゃない?

237 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/08(水) 01:04:07
金属製の食器で飯食うと金属イオンが脳味噌に悪影響を及ぼしてアツルハイマーになるというのは有名な話し

238 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/08(水) 01:33:43
じゃあ大陸の人たちはなりやすいわけですね。
孫権。゚(゚´Д`゚)゚。

239 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/10(金) 12:14:34
孫権が呂壱事件前にとっとと死んで孫登が長生きすれば
陸遜もあんな死に方しなくてもすんだだろうに……

240 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/10(金) 23:08:15
どっちも叶えなきゃいけないのはやっぱ無理。片方でも無理だけど。

241 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/10(金) 23:31:47
孫権も、義兄である周瑜の言うことなら聞いたかもしれない。
周瑜が長生きしてくれれば良かった。
ついでに乗っ取ってしまえ。



と思ったが、周瑜んとこも子供がダメダメちゃんなんだっけ…

242 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 00:01:57
周瑜は乗っ取らないと思うが、周瑜がもう少し長生きしていたらとは思う。
周瑜が長生きしていたら、魯粛呂蒙の寿命も少し延びたかもしれない。負担が減って。
まぁ全部タラレバだけどさ。夢ぐらい見たい。

243 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 00:03:40
つーか周瑜が長生きしたら普通に天下二分してしまうな

244 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 00:19:48
それでいいじゃないか。

245 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 04:08:19
じゃあ陸遜が乗っ取れ。あそこは子供も優秀だ

246 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 04:23:04
いいんじゃないか?周瑜が長生きすれば。
孫家も安泰。呂蒙も魯粛も安泰。陸遜も安泰。
たぶんな。

247 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 11:31:42
張昭と周瑜だけは孫権にとってちょっと特殊な関係だよね。張昭は父代わり、周瑜は兄代わりというべきか…

248 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 13:49:15
しかしトップにとって、頭の上がらない人物は後々うざい存在になる可能性も。
張昭くらいの年の差があればいいが、実兄と同じ年齢で、名家で色男で頭良くて、下手すりゃ自分より人望のある男を
後年の孫権が変わらず重用できるかどうか。
それくらいの分別は残っていたと思いたいけどね。
でも周ユなら、ボケがひどくなる前に何とかしてくれたかな。

249 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 15:05:22
張昭はともかく、周瑜と孫権の軋轢ってあった?
早世しているからだけなのかもしれないけど、二人の関係はよかったように見える。
周瑜が生きていた場合の後年の孫権がどこまで図に乗るか判らないけど、
孫権のブレーキとしては陸遜より役に立ちそう。

250 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 16:02:38
>>249
軋轢ってほどじゃないが、周瑜の出す策(特に劉備を確保しる以降)を
ことごとく孫権が却下していたことを考えると
周瑜のノリって孫策時代のままだったのかな、というフシはある
魯粛のほうが戦略上では孫権と気が合ってた気がする

それでも周瑜が孫権に公私に渡って与える影響は、大きいから
後年周瑜が病をおして奔走するくらいなら
なんとか魯粛と意見(天下は二分か三分か)をすりあわせて一時的に任せ、
体調が良くなるまで休んじゃった方がよかったのかもしれないな

あれだけの才能の持ち主に孫権のおもりに徹しろってのも酷だけどさ
呂蒙をもっとじっくり育てられれば彼も関羽を倒す時もっと楽だったかもしれないし
陸遜に関しても似たようなことが言えると思う

251 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 16:21:55
周瑜の遺言を見るに彼から孫家への忠節は違うことないんだけど
孫権が周瑜存命時に彼をどう思っていたかは甚だ微妙だな


252 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 17:46:42
亭主元気で留守がいい

253 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/12(日) 16:38:47
今日出かけたら、街中にクリスマスのディスプレイがぽつぽつ出始めていた。
あーもうすぐ周ユの命日が来るんだなと思った。
いやクリスマスが命日ではないけど。

254 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/14(火) 01:29:08
お願いです呂粛もかわいがってください

255 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/14(火) 01:34:11
魯粛かわいいよ魯粛

256 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/14(火) 06:26:07
魯家の狂児かこいいよ狂児

257 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/14(火) 18:02:29
狂児も影が薄くなる呉の狂犬たち

258 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/15(水) 17:44:12
魯粛は指揮官として平凡なところが地味な印象の原因なんだろうな…

259 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/15(水) 18:13:56
つーか周瑜にあったのは将才に基づいた権力だろ。
天下二分なんて草莽の凡夫でも思いつく発想。
それを計算できる数として自分を入れてるところが如何にも手前味噌。
あれ以上長生きしていたら関羽を倒すどころじゃなかったように思うが。
呂蒙も魯粛も孫権抜きに数にならないけど、周瑜と二張は違う。
孫権初期はその三人が安物の神輿を担いだだけの三頭政治だよ。

260 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/15(水) 18:34:22
よく張昭と周瑜の二頭体制というのは言われるが、周瑜と二張の三頭体制は初耳だな。
張紘は一度北方に使いに出されたせいか、あまり権力中枢の上層部には食い込めなかったイメージあるけど…
まだ顧雍とかの方が職責的には重役っぽい。

261 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/15(水) 20:46:38
周瑜の計画に穴らしい穴がない上
益州攻めるのにも時期は悪くない

262 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/16(木) 02:53:47
この話題が出るたびにおもうのですが、
周瑜なら短期間でたいした損害も受けず土地民衆に被害もださず簡単に益州を
征服できるという根拠はどこにあるんですかね?

263 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/16(木) 04:13:20
>>262
>土地民衆に被害もださず
そもそもこれを断言できる根拠がどの武将のどの例にあったのか教えて下さい
もちろん後世から見た結果じゃなく事前にね

264 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/16(木) 10:15:25
>>262
そもそもその「短期間でたいした損害も受けず土地民衆に被害もださず簡単に益州を征服できる」ってのがどこから来てるんだ?
このスレで誰かそんなこと言ったのか?もしくは他のスレの話か?

265 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/16(木) 17:42:08
張昭が長生きすれば
孫権はぼけなかった!


266 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/16(木) 19:42:06
なんか呉では都合よく人が死ぬなあ。
周瑜が死んで劉備と結べたし、魯粛が死んで荊州を取りにいけたし、
呂蒙が死んで蜀と結べたし。
実際は人が死んだから外交政策を変えたんだろうけど、
そのときどきの孫権の気まぐれでみんな用済みとばかり殺されてたりして。
陸遜みたいに。
妄想ですから本気にしないでください。

267 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/16(木) 21:42:50
>>265
無茶言うな

268 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/18(土) 03:35:25
張昭と周瑜の仲ってどうだったの?

269 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/18(土) 08:31:12
意見の対立はあっても、基本的には悪くなかったんでないの?
孫策に登用を勧めたくらいだし。

270 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/18(土) 21:13:30
>>265

80ぐらいまで生きてたんじゃなかったか?

271 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/19(日) 00:22:30
>>265はボケてみせたつもりなんだよ・・・。

272 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/21(火) 22:54:19
保守がてらくだらない事を考えてみる

周喩が男前なうえに奥さん美人でうらやましいヤッテランネ、の克服法

二喬は美女は美女でも叶姉妹タイプである

しかもハサミとか投げてくるから、小喬は必然姉の恭子さんタイプ

叶恭子が妻で、同じ屋根の下で一緒に暮らす事を考えてみろ。
しかも毎晩、いや毎朝晩かもしれない。エネルギッシュに求められ続ける日々。
仕事は多忙。帰れば完全奉仕。

そりゃ早死にするっちゅうねん。

大変だったんだな周喩…

かわいそうになってきましたか?

それでもヤッテランネな奴は知らん。

273 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/21(火) 23:58:03
しかも孫権のお守(も)りもあるしなw

ところで、>>1の周瑜がハーロックだと
孫策がトチローなのが気になるw

274 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/22(水) 00:54:33
エメラルダスは?

275 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/22(水) 01:48:11
エメラルダス 大喬
メーテル 小喬

276 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/22(水) 10:12:33
むしろ逆であって欲しいと

277 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/23(木) 00:03:28
どっちにしろ小喬はどちらにも相手にされてないじゃないかw

278 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/28(火) 23:31:17
保守

279 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 10:17:02
 

280 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 13:47:56
>>272
小林姉妹だったら寺裏山

281 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 13:56:50
>>280
迷わず孫策になる!

282 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 14:49:11
この四人がどういった傾向の思想の持ち主か?って意外と議論されてないよね?

例えば周瑜についてなんだけど、魯粛を引き止めた時の言葉に内密な話しとして、
「劉氏に取って代わるものは孫呉に違いない」というような聞く人が聞けばひっくり返るようなこと言っているけど、
これは周瑜の本心なのか、過激思想の持ち主w魯粛に合わせた方便なのかどっちだと思う?

283 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 14:51:21
周瑜は過激派だとおもう

284 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 14:55:06
本心だろ

ジュンイクだって曹操を漢の高祖になぞらえてるんだよ
当時、漢の時代が終わって次の王朝が立つだろうというのは多くの人が認識していたこと

285 :282:2006/12/01(金) 15:02:58
>>283-284
やっぱそうかね。以前周瑜を「漢室重視」思想の持ち主との考察を読んだことがあって、同意できなかったから聞いてみたくて。

286 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 15:27:24
なんで周瑜は策死のあと、乗っ取ろうとしないで権を担いだの?

287 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 15:34:57
>>286
純粋に考えると、周瑜と孫策が親友だったのと同時に孫一族全体との親交が篤かったからじゃないかと。
周家は孫一族と一緒に住んで物を融通しあった所謂家族ぐるみの付き合いで、孫堅夫人は「(周瑜も)息子の1人と考えてる」と言ってるし。
孫策が死んだらハイさようならという付き合いじゃなかったハズ。

それに現実問題乗っ取りに動いたとして既に孫権擁立に動いてる張昭が居るわけで成功確率が低い。

288 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 15:48:52
>>287
低くはないと思う。孫権から離れる人間も多かったし。
まぁ離れる人間を周瑜が吸収できたと言いきれないけど、
当時、孫権よりも力があったらしいじゃん>周瑜

289 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 15:58:19
例え下剋上を起こせる力を保有していても
しないで忠義を貫くから人気がある人もいる
孔明とか

290 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 16:02:09
>>288
仮に周瑜>孫権だとしても、周囲への影響力は多分張昭≧周瑜>孫権だから張昭が孫権を立ててる以上難しいでしょう。
程普・黄蓋・韓当みたいな軍部主軸は孫堅からの譜代だし、名士層は張昭が一先ず落ち着けてる。

…もし張昭と周瑜が組んでたら乗っ取りも容易だったかもしれないが、実際は2人が揃って孫権を盛り立てたから孫家は以前の求心力を取り戻してるし、
そんな2人が好きだからあまり考えたくないなw

291 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 16:41:50
松本先生のインスパイヤしてると、訴えられますぞ < 周瑜

292 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/01(金) 18:59:59
まず孫策と周瑜が知り合う

意気投合

孫家、戦が激しくなってきたので疎開しよう(女、子供←孫権含む)

周瑜:俺ん家の横使えば?俺ん家の領地だし(民間伝承ではこの時父死亡、姉、母、周瑜の3人+使用人らしい)

周瑜の家の横に孫策やその母、子供が来る

家族ぐるみのつきあい開始。

これを考えると、周瑜と孫家って子供時代からかなりのつながりあるよな・・・
孫堅夫人も孫権に周瑜は我が子供と思って接してきました〜なんて言ってるしな。
周家はこの時、すでに没落しかけているけど祖父の代までで司空だっけ?大臣格の役人をぼんぼん輩出している家系っていうのを考えると、
周瑜は孫策と出合ってなかったら、適当に独立して劉備とかと対抗してそうだw
孫策が死んだ時に、周瑜が呉を乗っ取る、みたいな噂も流れてたらしい。
それなのに孫権に仕える周瑜・・・泣けてくる。゚(ノд`)゚。

293 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 00:42:37
王佐の才  と言ってみる。

294 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 01:14:06
>>288

当時血統が何よりもモノを言った時代で孫より周瑜のほうがはるかに血筋がいい。
それに、義兄弟の契りを策と結んでいる周瑜の方が建前では何と言えてもやっぱ権より強く出れる気ガス
(策生存時は周瑜も権にとっては義理兄)
ほとんどの戦は周瑜が指揮してきたから軍の掌握度、将兵の支持とかも張昭、権よりある.
赤壁の時も裏を返せば周瑜の発言力がものすごいことのあらわれ。

295 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 01:51:17
>>294
そうしたら何故そもそも周瑜は孫策の下に入ったの?

296 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 04:30:02
当時は乱世、一発かけてみようという気になったのだろう。
つまり孫策に惚れた。

297 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 08:43:01
周瑜には堅い父がいなかったからだろうな

298 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 09:45:56
敵に回ったら真っ先にターゲットにされるじゃないか。孫策に。

299 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 10:38:42
孫策の死後の話でしょ

300 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 11:06:19
何でこのスレがこんなに伸びてんだ?w

301 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 11:17:06
>>300以外、俺の自演だけどな。

302 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 11:35:15
みんな周瑜が好きだからさ

303 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 11:59:53
呉は周瑜が色んな面で突き抜けてるからな。
アンチ呉でも周瑜は好きって人間は非常に多い。

304 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 12:29:49
呉は周瑜死後つまんね

305 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 12:37:18
ここいいよ
http://www.rak3.jp/home/user/shadow_blog

306 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 13:48:35
>アンチ呉でも周瑜は好きって人間

アンチ蜀魏ファンとアンチ魏蜀ファンはよく聞くが
アンチ呉ってあまり聞かない気がする
それ正確には「諸葛亮におちょくられた周瑜は好きだけど関羽を殺した呂蒙は嫌い」と
全部とはいわないが相当数かぶってないか?

307 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 14:10:00
>>306
いや、呉が嫌いな人間って普通にゴロゴロいるぞ

308 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 14:11:59
>>306
ごめん
俺バカだから何を言ってるのか全然わかんない
わかりやすく説明して

309 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 14:54:16
陸遜の性格分からん。一長一短ある

310 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 19:49:41
俺には三国のいずれが好きとか嫌いといった感情が理解できない

311 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 21:21:07
>>310
それはお前がチョンだからだよ

312 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 21:25:00
サイト周りするとアンチ呉なんてよく見るぞ
孫権呂蒙陸遜を死ね死ね言ってるやつとか
そういうのに限ってなぜか「孫策と周瑜がいれば呉は安泰だった」と断言している

313 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 21:30:55
>>311
チョン乙

314 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 21:38:32
>>312
策はわからんが、周瑜が生きていたら関羽は荊州にいなかったかもな。

315 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 21:46:05
>>309
そんなに複雑な性格してるかな?政策的には仁徳を重んじて厳しい法令による統治を嫌う古典的な儒学者タイプ。
闘鴨に耽る皇族に「こんなことする暇あったら経典の勉強して徳を研いてください」と厳しく注意し、
謝景に「礼が刑罰に優先するのは古い昔からずっと変わらない」と主張することからもわかる。

かなり保守的な儒学の信望者だから忠義者ではあるけど、それは儒教が忠を重んじるからであって、
その道理に反することには主君であろうと強く反発する。

張昭なんかも基本は同じく強硬な儒学思想の持ち主なんだけど、学問的思想を外れた人間的な付き合い(特に呉夫人に息子を託されたという責任感?)があるから、
ちょっと考えられないことする時もある。正直このじーさんの方がよっぽど屈折してるかとw

316 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 22:02:12
>>310
知識が増えるとどこもいい面、悪い面がわかって好き嫌いはなくなるね。



317 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 22:07:33
「呉や孫権は叩いてもいい」という空気があるような気がする。この板も含めて
三国全て好きな立場からすると複雑な気分だ

318 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 23:13:32
むしろ不当評価だ不当評価だって声をよく聞くが

319 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 23:28:08
>>312

「孫策と周瑜がいれば呉は安泰だった」

実際そうだろうな。
戦数が少ないのもあるが孫策と周瑜の組み合わせでの戦は全て無敗。

30年ぐらいたったら大喧嘩して国を二分しそうだがw

320 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 23:33:33
諸葛格元遜と丁奉承淵と歩騭子山も入れてよ

321 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 23:38:20
>320
わざわざ姓名の後に字まで付けたことは置いとくにしても、人選が意味不明だな。

322 :無名武将@お腹せっぷく :2006/12/03(日) 00:20:25
>>321
呉の軍事責任者にはなってるね。その面子

323 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 00:21:01
ちょっと噴いたw

324 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 00:46:53
>>322
いや、格以外は違うだろ…

325 :無名武将@お腹せっぷく :2006/12/03(日) 00:57:24
>>324
丁奉は大将軍になったけど軍事責任者になったっけ?
ただ孫チンを殺して兵権は取っていただろうから持っていたはず。
歩シツは西稜督に任命され丞相にはなったが軍事責任者
ではないよな。

326 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 01:31:27
Fucckk

327 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 01:36:24
というより『軍師』ではないだろw

328 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 01:53:41
ぐんし 1 【軍師】


(1)大将につき従い、軍事に関する計画を立て、作戦を考える人。参謀。
(2)巧みにはかりごとをめぐらす人。また、人に策を与える人。

329 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 01:53:55
周瑜って軍師か?

330 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 02:29:25
軍師ってなんか広い意味あるからね
自ら総指揮を執っていても軍師って呼ぶことあるし

331 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 03:22:47
軍師とか、レベル低
厨房しかいないのか?

332 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 03:44:49
そうだよ。お前もね。

333 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 08:31:32
今時文官しか軍師になれないと思ってる奴って何の漫画の影響だよ
無双はガチガチの鎧着せた呂蒙も軍師に分類してるし
ド昔に三國志IIIやってた奴はとっくに周辺知識も勉強してるか
三国志自体忘れてるかのどっちかだろうに

334 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 10:01:05
流れが変な方向に・・・

335 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 11:17:10
呂蒙とかは周瑜に対して凌統を守りに残して
攻められてる甘寧を助けろとか進言してるし
魯粛に五つの策略立ててるし軍師と言っても十分だと思うけどな。

まぁ、軍師としての活躍より将軍としての活躍の方が遥かに目立つけど

336 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 11:21:46
軍師将軍とかいう将軍号もあるから余計ややこしい

337 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 11:25:12
右大司馬左軍師とかいう役職の人もいるからややこしい

338 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 11:57:54
今日は周瑜の命日と言うことになってるけどどうだろう。
とりあえず合掌

339 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 12:52:04
スレチだが、孫策は4月1日に死んだとかなんとか。だとしたららしいよなw

340 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 17:02:54
もう命日か…
今日うちんとこ初雪だった。なんかしみじみした。

341 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 17:06:30
今日がこうきんの命日・・。
呉の地に向かって黙祷

342 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 18:20:53
命日・・・なんかせつないよママン。やっぱ無念だったんだろうな。

343 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 20:58:02
文学スレで周瑜の遺言読んだときに、ちょっと周瑜の見方変わったなぁ
最後から二行がすごく好きだ

344 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 01:56:31
志は永久に不滅って部分?

345 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 02:51:58
http://www.geocities.jp/sangoku_bungaku/syu_yu/last_words.html
>魯肅忠烈、臨事不苟、可以代瑜。
>人之将死、其言也善、儻或可採、瑜死不朽矣。

>魯粛は忠烈の士であり、事にあたってそれを疎かにすることはなく、
>瑜の後を継げる者として推薦いたします。
>人がまさに死なんとするときに、その言葉に悪意はございません。
>もしもこの文言を採用して頂けるのでしたら、瑜の死は不朽なのでございます。

346 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 10:12:25
昨日のうちに増えてた。。。こっちも感動。
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1157242060/686
コウキンって本当カッコいいな。羨む気も起きないww


347 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 12:10:08
色男だと人気あるな

348 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 17:38:29
実を伴った色男だからな

349 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 18:07:51
1有能なイケメン貴族
2無能なイケメン貴族
3有能なブサメン貴族
4無能なブサメン貴族

5有能なイケメン役人
6無能なイケメン役人
7有能なブサメン役人
8無能なブサメン役人

9有能なイケメン平民
10無能なイケメン平民
11有能なブサメン平民
12無能なブサメン平民

350 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 19:51:47
諸葛は赤壁で風吹かせた、一番すごいのは諸葛だっていう孔明厨。
周瑜が呉の地理を把握して季節風の吹く時期を知ってたに決まってんだろ ヽ(`Д´)ノウワァァン!!

一番すごいのって周りがどんどん降伏派に傾いていくなかで志を貫いて戦いを決意して、それまでほぼ無敵だった曹操に初めて勝ったとこだよな|д`*)

351 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 20:00:12
>>350
たしかに周瑜は孔明が来なくても呉単独ででも曹操と戦おうとしそうだよな

352 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 20:46:01
>>350
確かに演義孔明は封神されかねん勢いだからなあ。リアルに天候操るのってまだ研究してんだっけ?
後半も同意です。そこでミスったらこの板も無かったんだろうな。

353 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 22:20:36
>諸葛は赤壁で風吹かせた、一番すごいのは諸葛だ

なんていう諸葛厨本当にいるの?知らんかったww

354 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 23:17:35
まあ演義系しか知らなきゃ無理もないから(議論スレで暴れてるとかじゃなければ)あんま責めてやるな。

355 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 23:45:35
>>352
雨を降らすのはできるな
風は難しそうだ

356 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/04(月) 23:47:01
>周瑜が呉の地理を把握して季節風の吹く時期を知ってたに決まってんだろ
これはこれでどうかと思うが…

357 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 00:41:38
でも昔の人って天候に命左右されるし、
実際理由は全然わかっていなくても、
規則性があることなら知っていたりするんじゃないか。
宇宙のことなんて何も分かっていなくても、星の動きを知ってたみたいに。
だから周瑜がって言うんじゃなくて、周瑜の耳にも入ったかもしれないっていうぐらいのことだけど。

358 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 07:59:01
>>357
だよなあ。ただ、曹操も知り得た可能性はあるわけで。
大したことではないと判断したのだろうか。

359 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 10:27:56
地の利が一番大きいんじゃないの。
甘寧も入れたことだし。
海賊には海賊の情報網があってしかるべきでは。

360 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 10:46:39
>>359
情報量が同じじゃ官軍にやられてるかも知れんしね。
名も無き江賊の類はみな孫権側だったのかな

361 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 11:53:38
周瑜が長生きしてたら、蜀は呉の物になってかな?
劉備とかどうなってたかな?
権の義弟として、呉でがんがった?

362 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 15:25:15
>>361
呂袋なみに生きてるわけか。
蜀を誰に治めさせるか難しいな…。大帝は正史通り生きるだろうし。
手勢が余り居なくて益州に詳しそうな人って誰だろう

363 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 15:33:15
蜀は孫瑜にが周瑜の構想だったはず

364 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 15:53:13
どっちにしろ、周瑜が生きてたら蜀は無かったでFA?

365 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 15:57:37
>>364
どうだろう?
劉備が孫権の益州方面への領土拡大を望んでいなかったという事実があるから、劉璋と結ばないという保証もない。
まあそうなれば周瑜は益州からは引き返し夷陵で蓋をして孫権本隊と劉備を挟み撃ちにした可能性は高いだろうけどね。
ただ周瑜の征蜀もうまく行ったかどうかは疑問。当然魏の南下にも対応しなきゃいけないしね。

366 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 16:41:41
>>365
呂蒙は周瑜や魯粛が死なないとパワーアップしないのかな?

367 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 16:52:10
>>366
周瑜指揮下でもバリバリ献策してたし、魯粛生前は途中から圧倒されてたぐらいなんで…

368 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 16:56:45
>>366
率いる兵力の問題だよ。

369 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 17:38:16
ゲームヲタと漫画厨の夢の共演だな・・・

370 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 18:22:39
>>369
子は何が得意なの?

371 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 18:49:33
>>369-370
??

372 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 21:00:42
このスレ、周瑜が孫権軍No.1が確定してる感じだけど、呂蒙や陸遜は下確定?

373 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 21:04:03
>>371
「ゲームや漫画からの三国志好きを馬鹿にされているようですが先生はさぞ中国史にお詳しいのでしょうな」


かと思われます。

374 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 21:07:59
1周瑜>曹操
2呂蒙>関羽
3陸遜>劉備
4曹操>関羽≧劉備

1〜4より周瑜>呂蒙≧陸遜と見た。

375 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 21:11:15
4だけは曹操≧劉備>関羽が正しいと思うが

376 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 21:50:44
でも劉備と関羽を比べるのはちょっと難しいな。

377 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 22:20:18
>>372
その辺は周瑜が生きてる時には皆周瑜より格下だったからそのイメージ定着しちゃってるのかもね。
私的には四人とも甲乙付け難いと思うけど。

378 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 22:27:57
私的には、リクソンはどうかわからないけどリョモウやロシュクはいろんな点でシュウユに負けている気ガス。シュウユは巴丘とかの赴任で民政の手腕も発揮してるわけだし。

379 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 22:42:28
敢えて格付けするなら
周瑜=魯粛≧陸遜>呂蒙
俺はこうなる

380 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 22:51:38
偽黒の指揮官考察があったなあ。
あれ最高。

381 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 22:57:40
これか。
ttp://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/4838/gkbd.700.138.html

382 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 22:59:11
軍人としての能力を加味すれば
頭脳は魯粛≧周瑜でも、総合でやっぱ周瑜>魯粛>呂蒙≧陸遜

383 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/05(火) 23:05:16
>>380
あれ呉のやつやるって言ってたのにやってなくない?

384 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 00:07:21
>>382

頭脳は魯粛そこまでいいか?(←元金持ち)
発想は周瑜と互角だとは思うが・・・
ただその魯粛をスカウトしたのが周瑜なわけで(ry

やっぱ周瑜>陸遜>呂蒙=魯粛
陸遜は夷陵でよくやったと思う。
蜀との戦いであった以上に陸遜を臆病者よばわりする味方や自分の内面との戦いだったしな。

385 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 00:10:34
そうか。周瑜はスカウトマンとしての素質も高かったわけだな。

386 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 00:20:47
>>292
遅レスになるが、周家はその時点でも没落どころか三公トップの大尉になる周忠さんが生きてるから現役バリバリの名家ですな。

家柄を考えると逆に呂蒙が一番頑張ったなと思う。

387 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 00:27:08
>>386
禿同。しかも阿蒙よばわりされたら私的には絶対頑張れない。

388 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 01:28:07
>>385
周瑜が生きていれば、ホウ統も呉の武将として征蜀に
加わっていただろうに惜しいよね

389 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 02:25:35
呉はみんなが輝いているとおもいますた。

390 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 02:55:50
>>379
おっ!気が合いますな〜

391 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 03:09:52
219年が魏の勢力を大きく減衰させる最大のチャンスだったことは言うまでもない。
だが呂蒙は敢えて長江を西に上った。
215年に一応の妥協を果たして折り合いが付いたのに、漁夫の利を魏に与えることは決して得策ではない。
その三人と比較する時、呂蒙の関羽討伐に於ける長期的視野の欠如を問題にすることがある。
だが当時の彼は明日死ぬかも分からぬ身であった。
それなのに明後日のことを考えて行動しろというのは余りにも無理な話ではなかろうか?
最後の力で宿敵を捕殺し、領土を倍増する。正に大丈夫の仕事である。

392 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 06:30:18
>>391
>だが当時の彼は明日死ぬかも分からぬ身であった。
 それなのに明後日のことを考えて行動しろというのは余りにも無理な話ではなかろうか?

征蜀時の周(ry

393 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 07:23:51
>>391
最期の仕事に荊州攻略を選んだのは何故かと・・・

394 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 08:05:05
>>385
つか、当時の名士の仕事って大部分が人材紹介でしょ。

>>386
魯粛は超金持ちとはいえ家柄そのものは呂蒙と大差ないよ。

395 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 09:33:32
>>394
そこまで悪くはねーだろ
孫権に「曹操に降伏したら家柄のいい私の方が優遇される」
みたいなこと言ってるんだぞ

396 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 09:40:03
>>391
>その三人と比較する時、呂蒙の関羽討伐に於ける長期的視野の欠如

その3人って周瑜魯粛陸遜のことだよね?
陸遜って戦略レベルで何かしたっけ?
何やるにも諫言に留まって自分から案を出すことはほとんど無いと思うのだけど。

397 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 10:01:42
>>395
ありゃただの脅迫だろう。
第一、自分の事を言ったものじゃないかもしれない。

398 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 10:28:01
>>394
その「超金持ちだった」というのがある意味恵まれた家柄だけどね。下手な没落貴族よりはブルジョアの方が未来が開けてたりする。
魯粛は蜀でいうと糜竺に近い家柄だと思う。代々商人として金を蓄えてたタイプ。

豪族がなんで代々官僚を輩出し得るかといえば、コネもあるだろうけど教養を独占してたからって言われてる(当時識字率とかめっちゃ低い)。
貧乏人は本も買えない教師も雇えない→何時まで経っても貧乏。

399 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 11:53:37
孫権より金持ちは呉にはいない

400 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 12:24:56
魯粛って孫呉ファンの中ではどうなの。
劉備連れてきたり、荊州貸し出しちゃったり
彼の外交って赤壁で負ける可能性大な事考えると評価できるんだろうか?
周瑜が長生きして、魯粛が先走らなかったら天下二分って考えると悔しいんで。

401 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 12:31:07
赤壁で負けるようならそもそも荊州進出なんて不可能
天下二分なんて夢でしかない
また劉備と結んだお陰で赤壁戦後の荊州進出がスムーズにいった

天下二分を惜しむならなおのこと魯粛の独断をたかく評価するはずだが

402 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 12:51:29
そもそも常識的に考えて、1州を貸し出すなんてことがあり得るだろうか?

403 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 13:28:11
大体孫権は荊州にとっては侵略者
よく荊州南部を取った劉備が火事場泥棒みたいに言われるが、荊州側からすれば火事場泥棒は孫権たち
劉キから荊州刺史を受け継いだならまた別だろうが、牧位は劉備が名乗った
孫権は荊州においては名目的には劉備が支配者になってしまい、所有権を主張できないのだ
劉備は孫権を追い出そうとすることも出来たわけで、事を荒だてて曹操の介入を招いたり全てを失ったりするよりは、
「益州を取ったら返してもらう」
と一応は手形を取り、「貸してあげる」と(本来ならないはずの)自分の所有権をさりげなく主張して劉備に恩を売った

言い方を変えると、貸さなかったら荊州側(劉備)とその段階で軍事衝突していた可能性が高い

魯粛としては荊州において軍事的に完全に優位に立てる状態での再征服を狙い、同時に漸進的な返還交渉も進める、というところだったんだろう

404 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 14:10:57
>>403
それを踏まえて荊州に親呉勢力を作ったようにもみえるね。
劉備も反曹操のアピールしてるし手を組むのもありだろう、と。
ただこれをもとに北上したのかっていうと微妙だよなあ。

405 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 18:56:10
長文書く奴ウザイ
偉く見えるとでも思ってんのか?

406 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 18:58:23
思ってないだろうw考察したいだけだろw

407 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 19:27:07
この程度の分量で長文とか言ってるやつって文盲じゃね?

408 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 19:47:30
本人激怒小さいね

409 : ◆PPS.TEm3VU :2006/12/06(水) 20:52:41
しゅうゆちゃんはばかですよね

410 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 21:39:10
哀れ無双厨には3行以上は長文なんだろ
ほっとけ

411 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/06(水) 22:59:58
==============糸冬 了 ==========================

412 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/07(木) 17:21:05
終了スレを乗っ取りましゅ。

魏                    呉              蜀          他

曹操   真田弘幸     孫堅  反町隆史    劉備  竹野内豊   董卓  西田敏行
夏候惇  渡辺謙       孫策  もこみち    関羽  織田祐二   呂布  江口洋介
夏候淵  佐藤浩市     孫権  ウェンツ     張飛  香取慎吾   張角  柳葉敏郎
荀ケ   中居正広     周瑜  玉木宏      諸葛亮 木村拓哉   袁紹  中井貴一
郭嘉   オダギリジョー  魯粛  吉岡秀隆    趙雲  長瀬智也   公孫サン 時任三郎
曹仁    田辺誠一     呂蒙  堂本剛      魏延   阿部寛   王允   稲垣吾郎
曹丕   藤原竜也     陸遜  山下智久     関平  二宮和也
曹稙   松本潤       諸葛謹 草薙剛     馬超  岡田准一
甄姫   沢尻エリカ     甘寧  坂口憲二    姜維  妻夫木聡
司馬懿  ユースケ     凌統  小池徹平
                  
 ドラマ化希望                 
                      

413 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/07(木) 17:26:04
そういや呂蒙だけが他の三者と面識があり言葉も交わしてるんだよな。

414 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/07(木) 18:08:18
>>413
周瑜と陸遜て話してそうでも残ってないよね

415 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/07(木) 19:25:30
周瑜が中央に居た頃は陸遜は南方に居たし、陸遜が中央に復帰した頃には周瑜は荊州方面の最前線に居るみたいな感じかな多分。

416 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/07(木) 22:12:09
北方とかじゃリクソンはシュウユに可愛がられている副官で、シュウユの死後、その遺志をリョウトウと継ぐ、みたいな描かれ方をされていたけどやっぱフィクションなのかな。

417 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/07(木) 22:53:51
フィクションだよ

418 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 00:11:28
>>400
劉備連れて来た事も荊州貸与も当時取り得る孫呉が独立独歩の道を行く為の最善手

419 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 02:24:06
陸家は呉越地方きっての豪族の一つで孫家よりも家柄がよく
孫権はかなり早い段階で陸遜を抱き込むために孫策の娘を使って姻戚にした
よって周瑜も陸遜と挨拶する機会くらいはその時にあったんじゃないか
その後、呉のためを思った実になる会話ができたかはわからんけど

420 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 11:45:22
つか、孫策が袁術の命令で陸氏一族をぶっ殺しまくって
最悪に悪化した関係を周瑜が修復した。

421 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 12:35:06
>陸氏一族をぶっ殺しまくって



422 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 12:41:33
いや、孫策が当時の陸氏を弾圧したのはわかるが、周瑜が修復したなんて初耳だぞ。

423 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 12:44:41
>>421
420じゃないが、孫策が袁術を頼ってた時、袁術が廬江太守・陸康(当時の陸家の当主)の討伐を
命じて、それを遂行した。
このせいで陸康含む一族の半分以上が死んで陸家は空中分解状態になったんだよ。

424 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 13:02:06
その上生き残りの一人である陸議(字:伯言)は
のちに孫権に仕えてから(詳細な時期は不明だが)「遜」と改名している
漢字の中に「孫」の文字が入っているとはいえ意味的にはそんなにいいもんじゃない
「忠」とか「謙」という名前もあるから悪いってわけでもないだろうけど…

ぶっちゃけ謀反の可能性を疑われないようにするために
彼は若い頃から相当苦労してたと思う
地方の賊討伐から経歴重ねた理由の一つもそれかもしれない

425 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 13:33:39
>>420
周瑜が修復、というよりは孫策との間にたって陸家と孫策の亀裂を戻そうととりなした、ぐらいじゃね?

426 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 13:44:12
つーか何故に周瑜が、孫家と陸家の仲を修復とかとりなしたとかになるんだか

427 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 14:20:12
張昭のほうがまだ分かる気がする

428 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 14:51:06
陸家潰しは、時系列でいえば張昭は孫策のところにもういた頃?
周瑜は丹陽のおじさんのところか居巣殿の頃?どの辺?

429 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 16:45:17
>>423
孫策が陸氏一族をぶっ殺しまくったわけじゃなくね?

430 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 22:32:00
>>429
孫策によって攻城戦を仕掛けられ城内では餓死者が続出
陸氏も例外ではなく一族郎党の大半が死亡

431 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 22:39:23
>>430
ソースは陸康伝じゃないのかな?
陸康伝だと陸康が死んだのが落城後でその後、離散し飢餓や災厄にあって半数が死亡だと思うんだけど…

432 :無名武将@お腹せっぷく :2006/12/09(土) 00:14:52
程普は最長老だし、赤壁時にはシュウユと並んで
責任者だったし、面子に入っていないのはなぜ?

433 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 00:18:15
陸抗って孫策の孫にもあたるんだよね

434 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 00:26:55
程普は大好きだけどこの4人に程普入れると流石に浮くので勘弁して下さい

435 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 01:10:51
浮くっつーか、沈む…

436 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 02:15:56
>>435
ワラタwwwwwwwwwww

『周瑜 程普 魯粛 呂蒙 陸遜 呉の軍師を語るスレ』

ちょっと無理があるなw

437 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 04:57:21
てか、周瑜が生きてても益州は呉のものにはなってないんじゃね?
解決しなきゃならない問題が結構あるし、何より曹仁に時間が
かかったせいで魏にも余裕が生まれたし。むしろ、周瑜が
生きてても劉備が入蜀した可能性の方が高いきがする。

438 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 07:06:53
孫権が合肥にいかないでちゃんと周瑜を救援しに行ったらどうなったか?

439 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 08:52:23
皆演義で酷く描かれてるなw

440 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 10:50:02
>>434
気合入れて飲み会セッテイングしたのに4人にドタキャンされてそうだ・・・

441 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 11:22:30
演義
周瑜 : 諸葛亮出てこなければ名将。諸葛亮出てきたら二流。性格も小物。舐めんな羅貫中
魯粛 : OTL
呂蒙 : それなりに名将。でも何あの死に様。酷くね?
陸遜 : ガチで名将

正史
周瑜 : 頭良し、顔良し、性格良し、義理堅い、生き様かっこよすぎ。完璧すぎます。
魯粛 : 天下三分の計の真の立役者。演義のお人好しと比べると別人すぎます。誰てめぇw
呂蒙 : 三国志最大の努力家。彼の死の際の美談は泣かされます。全然呪いじゃないじゃん!
陸遜 : やっぱり名将。演義との差が一番少ないけど最後が切な過ぎ……

442 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 18:11:14
ただ、呂粛の演義と正史の共通点は天下二分をまんまと
三分に利用されたってことかな。案外、蜀からみた呂粛って
演義のあれで間違ってないんじゃない?周瑜も同じ感じじゃないのだろか

443 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 18:57:23
演義の周瑜は、諸葛亮に翻弄されて最後は憤死するような激情家に描かれているけど
それは諸葛亮の引き立て役にするためにそういう風に描かれているだけであって
実際は穏やかかつ冷静な人間だったらしい。

正直、正史の周瑜と演義の諸葛亮に対してヒスを起こす周瑜が結びつかない。

444 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 19:11:57
演義の陸遜は迷路で迷った以外は名将になってるね。

445 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 19:18:16
>>442
呂粛って誰?魯粛のこと?呂蒙と魯粛のこと?どっちにしろ分かりにくい。

446 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 20:42:09
>>442
間違ってる
お前も演義も

447 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 22:38:15
演義は創作物なんだから間違ってるも間違ってないもないだろ


448 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 23:04:26
問題は、演義を創作物だと気付いていない厨の側にある

449 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 23:33:50
魯粛と周瑜がやろうとしたことが当時の劉備達にとって都合が
よかったって解釈は間違ってないと思うぞ。
そういう観点から見れば蜀主観の演義での魯粛と周瑜の扱いは
当然と言えば当然なんじゃね?あくまでも蜀からみればの話だけど

450 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 23:34:48
演義でも演義の中にちゃんと書いてあることなら、
それについて正否を語り合ってもいいんじゃないか。
ただ広げるのは難しいかもしれないけど。

451 :無名武将@お腹せっぷく :2006/12/09(土) 23:47:35
丁奉の不当評価のほうがひどい

呉の伊達男なんだから陳武よりは上にしてほしい。
大将軍、大司馬クラスなんだから周ユと比較されるべき。


452 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 23:52:34
演義では呉武将は当て馬扱いだからな
一切不当評価されてない武将の方が少ない
病死なのに蜀や魏の武将に殺されたことにされている武将も多いしな

453 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/09(土) 23:54:00
丁奉って演義じゃ活躍してるほうだろ
そもそも陳武生存時に陳武より下なのは当たり前だ

454 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/10(日) 00:24:29
>>451
…本当に演義読んだことあんの?張遼を射殺したとこから始まり後半の呉は殆どこいつの1人舞台だぞ…
むしろ正史では出世してからは大した結果残してないのに。

455 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/10(日) 00:58:24
>大将軍、大司馬クラスなんだから周ユと比較されるべき

位階と能力は必ずしも一致するわけじゃないって何度言われれば…

456 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/10(日) 01:10:21
そりゃあ周瑜が生きていた頃は、大将軍大司馬なんて孫権には命じられないしね。

457 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/10(日) 01:27:51
解かるだろう、阿童

458 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/10(日) 01:39:46
それは名ではあるまい

459 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/10(日) 02:39:34
ば、 馬………


460 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/10(日) 11:50:26
まーさん

461 :無名武将@お腹せっぷく :2006/12/10(日) 22:11:59
最近コーエーも呉の人物の能力高くしすぎ。
正史でみると
甘寧、トウシュウ、陳武、周泰が武功が多い。
それ以外の武将も不当に80台にしやがって。
韓当とかタイシジとか下げてほしい。

462 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/10(日) 22:26:50
>>461
ちょwwwwwwおまwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

463 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/10(日) 23:12:28
>>461
まあ普通にスレ違いなんでしかるべき場所でやってください。

464 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 00:52:38
文学スレで宋代の同士ハケーン
蘇東坡先生と気が合いそうだ。

465 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 11:10:14
周瑜は昔から大人気なのか…
寿命以外に何か欠点はないものかチクソウw

466 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 12:56:14
息子の嫁さんが悪女。

467 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 13:00:12
嫁さんが恐妻。

468 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 15:40:13
>>467
それは演技が元の民間伝承では?

469 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 15:49:47
じゃあ、息子が不出来

470 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 15:55:11
>>468
確か三国志平話にそれらしいのがある、と聞いた気がする(伝聞情報)

471 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 16:07:54
不出来とかいう以前に早世。
こんなところだけ親父そっくり。

472 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 17:06:15
民間伝承では、小喬は開戦を決意せず
自分を曹操に渡そうとする周瑜に怒ってハサミを投げるんじゃなかった?
そして周瑜は開戦を決意と。
そしたら「開戦を決意せず〜」のとこが既に演義の元?だから
小喬恐妻説も講談の類というか、民間伝承なのでは?
記憶だから違ったらゴメン

473 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 17:39:01
長男は父に似て外見も頭も良し、将来有望だったが(嘘かどうか知らないけど双頭の蛇エピソードまで存在)早世なところまで父に似てすぐ逝った。
次男はひねくれたエロリアンで最後は流刑オチ。娘はどこへ嫁いだんだっけ?

474 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 17:41:46
孫登

475 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 17:43:29
周瑜の弱点は息子だな!

・・・・本人じゃないじゃまいか('A`)

476 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 18:01:14
お前らホント周瑜好きだなwたまには呂蒙でも語ってやろうぜ。
とりあえず知勇兼備を絵に描いたような男だ。

477 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 19:24:00
でも絵に描くなら周瑜の方が映えるよね

478 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 19:24:31

                                   .|::::::::::::::::
    .6⌒|⌒|   | 曹操はニ喬を狙っています。      |::::::::::::::::
ハァハァ [二二]   | とても危機です。             .|::::::::::::::::
    (#´Д`) <                        |::::::::::::::::
   /´》  (》    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄       |::::::::::::::::
  .(  ) ゚  ゚)ヽ     ドウ見テモ危険ナノハ貴様ノ方ダロガ… .|::::::::::::::::
   .|  \__.■□_           ∧         ∧    |::::::::::::::::
   .|   ||つ■O》           / ヽ      / ヽ   .|::::::::::::::::
  ./\_||■□||/         /   `、___/  :::`、  ( ̄):::::::::::
 /  |  □■~\       /            :::::\.( ̄):::::::::::
 `ヽ_|   |__\ ヽ     .l  ノ(      周瑜    :::: ( ̄):::::::::::
    .|  )   |   )    |  ⌒ -=・=-    -=・=-:::::.( ̄)::::::::::
    /  /   /  /     .|       \___/ ::::::::::::| ̄:::::::::::
   /  /    (___)     ヽ       \  / ::::::::::::::::|::::::::::::::::
  (___)             \        ̄  ::::::::::::/|::::::::::::::::



479 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 19:25:34
>>478
懐かしいな、おいw

480 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 19:34:54
呂蒙は単家の出なんだっけ?

481 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 19:42:50
周瑜単発スレじゃあんまり盛り上がらないのに
ここや1年か半年ぐらい前にたった周瑜 魯粛 呂蒙 陸遜議論スレとかじゃ周瑜大人気だよなw
なんでだろテラフシギス

482 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 19:58:21
>>480
「貧しく賤しい家」出身らしいけど、お姉さんがちょっとした軍人に嫁いだ縁を頼って孫策軍入りを果たしてる。

483 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 20:01:57
>>481
単独スレだとネタが続かず落ちるが
四人もいると、適当に他の人物を語りつつ

「そういえばこの場面の周瑜はすごい」的な話が出来るから?と推測

484 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 21:29:02
しかし甘寧って呂蒙に何から何までお世話になりまくってるよな。
甘寧伝見てると呂蒙より年上とはとてもじゃないけど思えないってw

485 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 21:58:39
年上どころか1世代上だしな。20歳くらい離れてる。

486 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 22:15:33
料理人事件とか見るともう目から涙が(ry

487 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 23:30:55
甘寧が呂蒙にかけた迷惑とか呂蒙がしてあげたお世話とかはこんなもんか

 ・呂蒙、周瑜と一緒に甘寧を推薦
 ・呂蒙の進言により夷陵で窮地にたった甘寧を救出
 ・無闇な殺戮を好む甘寧に腹を立ててた孫権に対し呂蒙は甘寧を乱世に得難き名将と言ってフォロー
 ・淩統と甘寧の殺し合いに刀を持って間に入って殺し合いを止める
 ・料理人事件で料理人殺さないという約束を破った甘寧に腹を立てて
  軍隊つれてぶっ殺そうとするも呂蒙母が止めたため呂蒙が折れて仲直り

488 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 23:34:23
甘寧ってつくづく面白い奴だなw

489 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 23:43:21
そこが甘寧のいいところじゃん。

490 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 23:44:17
でも結局料理人殺しちゃったんだよな。
呂蒙も苦労が絶えないな。

491 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/11(月) 23:58:02
たまにキレる事あるけど呂蒙って良い人だよな

492 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 00:32:07
甘い寧日・・・名前負けにも程があるw

493 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 00:40:32
カンネイってそんなに酷い奴だったのか・・・・・
所詮中国人 所詮海賊か

494 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 00:41:08
そんな(ry

495 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 00:48:53
でも武勇抜群。
100人で曹軍50万に殴りこんで生還してきたりする。

496 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 00:55:25
にぃめんはお

497 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 00:58:52
海賊じゃないぉ。川賊だぉ。

498 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 07:46:41
甘寧の料理人頃しでヒドイのは、
その場で怒りに任せて殴り頃したとか斬り頃したならともかく
一度料理人が逃げ込んだ呂蒙の家で頃すんじゃねーぞと
釘さされたにもかかわらず、自分ちに連れ帰ったら
庭の木に縛り付けて弓矢で射頃したところだな

ひょっとしたら連れ帰ってから射頃すまでの間に
また料理人が何かしでかしたとか
もともと料理人のほうに、浅学で底辺出身の甘寧を見下すふいんき(何故かry
があったのかもしれんが
人に説得されて冷静さを取り戻したはずの人間が使用人を冷静に頃すってのは
命が軽い昔の倫理観の中でも、かなり人道にもとることだと思う

しかし賊時代はもうざっくざっくと男を頃し女を犯してたはずだから
周瑜も魯粛も呂蒙もそのへんの気性はわかってて重用したんだよな…
現代だとまるっきりヤクザ気質が残ってるままの奴を社の重役にしたというか

499 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 11:58:05
重役ではないような。
呂蒙の母も呂蒙に対して、「お前が甘寧を殺しても君主は何も言わないだろうけど」
みたいなこといってるし。

500 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 12:50:45
でも最後のころはカンネー呉の主力じゃん。合肥とか江陵とか。

501 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 12:52:16
次からは周瑜 魯粛 呂蒙 陸遜 甘寧 呉の人々を語るスレ にしようなw

502 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 14:25:52
不良親父の甘寧と友人だった呂蒙は偉いなあ。
孫権に壁に穴空けるほど心配されてるし。

503 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 15:36:17
>>500
そうでもないと思うけど…合肥も江陵も凌統とかと殆ど変わらぬ活躍だし。

>>502
孫権に一番寵愛された武将かもね。

504 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 15:48:40
凌統の方が完璧超人かも
江陵戦とき何歳よあいつ
夭折したからかもしれんが伝に批判的な話まるで見えないし

505 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 15:58:48
父凌操が203年の黄祖討伐で死に、この時15だった凌統が後を継いで軍人デビュー。
江陵戦が208〜209年にかけてだからちょうど20前後じゃないか?

ただ本人の伝に批判記事が載っちゃうのは相当な問題があった奴だけだと思うぞ。
甘寧・潘璋とかw

506 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 16:39:20
陳寿は魏はもちろん蜀も呉も穏当に書いてるからな
まあでも呉は、他二つに比べちょっと辛口めなのかな

507 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 17:53:24
唯一陳寿に関係なかった国でもあるしな。

508 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 17:56:23
潘璋の検索結果

ttp://search.yahoo.co.jp/search?p=%DF%AF%E0%F8&fr=top_v2&tid=top_v2&ei=euc-jp&search.x=1&x=23&y=16

何故そこでジョコンヌが出てくるorz

509 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 18:28:57
わけわかんねい

510 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 20:49:56
>>508
これはワラタ

511 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 22:28:34
>>508
ゲキワロタwww
徐晃 ではありませんか?じゃねーよ。バヤ。

512 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 22:52:13
>>502
呂蒙も不良っていうか悪ガキだったから甘寧
お互い理解しあい、魅かれるところがあったのかも

孫策に側近に抜擢されなかったらヤクザ街道まっしぐら?

呂蒙は孫策・周瑜の戦いぶりを間近で見てきたのを最大限に
生かしていると思う。個人的には三国志の人物の中での成長率No1
2位3位は孫権・張飛あたりかな

513 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 22:57:13
呂蒙はもうちょっと評価されてもいいよね。

514 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/12(火) 23:26:46
というか呉全員な。

515 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/13(水) 00:16:05
周瑜は赤壁とか天下二分の壮大な戦略とかスケールのでかさが凄いと思わせるのに対し
呂蒙は調略とか関羽攻略で兵士の闘争心を奪うとか戦い方が巧いと思わせるよな。

516 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/13(水) 02:53:15
>>508
これはウケタww
なんで徐晃なんて微妙にマイナーな名前がw

スクロールしてったら下でも 徐晃 ではありませんか? って聞かれてまたワロタw

517 :うぃきより:2006/12/14(木) 23:38:16
揚州廬江郡の人。周氏はその人士の中から三公の一つである太尉を二名も出した実績を誇る江東屈指の名家。周郎の異名を持ち
(孫策は孫郎と呼ばれた)、若くして立派な風采を整えていた。またとても鋭い音感をもっており、
演奏を聴いていると、たとえ酔っ払っていても僅かな間違いを聞き取った。これより「音を間違えると周郎が振り向く」といわれた。

孫堅が兵を挙げると息子の孫策やその家族を周瑜の家の近くに住まわせた(揚州に居た孫策に周瑜が出会い、そこで仲良くなり周瑜が
家を用意し自分の家の隣に住まわせたという説もある)。そのとき周瑜は同じ年で有ったこともあり仲良くなり、「断金の交(金属を
断つほどの強い契り)」を結んだ。孫堅亡き後、袁術の元にいた孫策が江東(呉)へ軍を挙げると(194年)、周瑜もこれに付き添い、功績を挙げた。
孫策が亡くなった後、呉の家臣たちが後を継いだ孫権を仲間気分で扱うことに国家の危機を感じ、一番初めに孫権に臣下の礼をとり、他の者もそれに
ならったとされる。孫策は「内事は張昭に、外事は周瑜に任せよ」と遺言し、これより呉の大都督となり呉の軍隊をよく整備した。

518 :うぃきより:2006/12/14(木) 23:41:11
『三国志』(正史)においては、周瑜は穏やかな性格の持ち主で度量も大きかったと記されている。また、人の心を掴むことが得意だったらしい。
その証拠として、赤壁の戦い時の周瑜と程普の関係がある。
程普は孫堅以来呉に使えてきた武勇と知略に優れた宿将であり、また呉の臣の中でも最年長で周りの者から「程公」と慕われていた呉きっての武将である。
しかし、この程普は自分よりかなり若輩でありながら高い位にいる周瑜のことを嫌っており、また周瑜の方も程普のことを好いてはおらず、
二人の犬猿の仲は呉の中で知らぬ者が居ないほど有名だった。孫権の信頼篤き重臣諸葛瑾はこの二人を赤壁の戦いの司令官とすることを孫権に図ったのである。
果たして周瑜は(諸葛瑾の案も借りて)上半身裸となり、鞭を背負って程普の元へ行き、跪いた(「刎頚の交わり」を模したもの)。驚いた程普は周瑜に上着を着せ
手を取って労わり、以後二人は親友の仲となった。後に孫権はこの周瑜が自らが遜って講和をした策を高く評価したという。

また、曹操や劉備は周瑜の才能を恐れ、曹操は家臣の蒋幹を使者として周瑜の引き抜きを図り、劉備は孫権に虚言を述べて、孫権と周瑜を離間させようと図ったほどである。
つまり、周瑜はそれほど彼らから危険人物と見なされていたのだ。これらを見てもわかるように、演義における周瑜は諸葛亮を引き立てるための虚像で、
実際の周瑜は知略・武略に優れ、誰からも慕われた人物だったのである。実際に、諸葛亮よりも早く天下を分けることを孫権に提案しているのである。
そして、それを実行に移す直前に死亡してしまうのだ。もしも周瑜があと一年長く生きていたら、後の中国の歴史は大きく変わっていただろうといわれている


519 :うぃきより:2006/12/14(木) 23:42:17
『三国志演義』の周瑜は、赤壁の戦いの諸葛亮の功労を誇張しようという著者の創作で、激しやすい性格のために諸葛亮に翻弄される、損な役回りを負わされている。
赤壁の戦いでは曹操に降りるように孫権に進言しようとしていたが、交渉に来た諸葛亮の話で「曹操が自分と孫策の妻を欲しがっている」ということを聞かされると
怒り狂って曹操に戦うようにと孫権に進言し呉が曹操と対抗するきっかけを作った。その後諸葛亮と共に赤壁の戦いの策を練るが、諸葛亮に自分が立てた策を全て見透かされたうえ
諸葛亮の暗殺を考えている狭量な人物として描かれている。また、臨終の際に「天はこの世に周瑜を生みながら、なぜ諸葛亮をも生んだのだ!」と嘆いており、
かませ犬的な扱いがはっきりしている。

なお京劇では周瑜は「美周郎」のあだ名の通り、二枚目が演じる役とされており、
眉目秀麗な英雄としてのイメージが定着している。

520 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/15(金) 08:55:13
まあ蜀偏重&史実より物語重視の演義にしてみれば
諸葛亮にとっては司馬懿が宿命のライバルで周瑜は前座だからね…

むしろ民間伝承の中にはもっと悪質に周瑜をおとしめたものもあったそうで
あのレベルに抑えた羅漢中はマシかもしれない



超どうでもいいが、今『羅漢中』が一発変換できて
単語登録もしてないのに!とぶったまげたが
よく考えたら仏教かなにかの用語で『羅漢』て熟語があったっけな

521 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/15(金) 11:02:52
羅貫中?羅漢中?

522 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/16(土) 07:17:16
>>520
でも実際諸葛亮の方がすごかったんでしょ?
周瑜は戦いには強かったけど諸葛亮は軍師としても活躍したんだし。

523 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/16(土) 07:45:58
>>522
諸葛亮→劉禅
かもしれないが、
周瑜 →孫権
でもある

524 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/16(土) 14:38:27
孫権>>劉禅
だから諸葛亮のほうがすごいって意味か?

525 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/16(土) 20:05:54
>>524
ちょwwwwそりゃ違うだろwwwww

526 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/16(土) 20:38:23
羅漢仁王拳


527 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/16(土) 20:57:19
周瑜「明日の件、夜九時までに電話して」
呂蒙「うん、夜九時までに電話する」
陸遜「お願いね」
呂蒙「魯粛にも電話するね」
魯粛「俺はいいよ・・・俺にかけると電話代かかっちゃうし」
周瑜「あ、そっか。魯粛はソフトバンクじゃないもんね」
魯粛「ごめん」
呂蒙「気にしなくていいよ」
陸遜「魯粛が悪いんじゃないし」

528 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/16(土) 21:00:22
>>527
孫氏サイアクだな

529 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/17(日) 03:05:54
ヨソウガイデス

530 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/18(月) 00:05:29
陸遜に魯粛呼ばわりかw

531 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/18(月) 15:07:46
なにげに周瑜イニシアティブ握ってるなw

532 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/18(月) 16:34:31
北斗残悔拳

533 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/19(火) 23:13:24
>>520
でも同じく講談の類によって周朗=色男のイメージが固まったとも言えるな。嫁さんと合わせてラブストーリーが映えるらしい。


534 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/20(水) 19:45:04
>>520
あれ、正史に〔美周朗〕のニックネーム記載されてなかったっけ?



異様に過疎ってきたage

535 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/20(水) 20:38:46
周瑜以下陸遜まで呉は軍師っていうより軍総司令官な位置だけど
孔明って劉備がいる時って後方担当で軍師として出ていたっけ?
方正の方が軍師っぽい。孔明って北伐でもほとんど勝ってないし。
むしろ内政の孔明がすばらしいんで軍師として周瑜以下の呉より上って納得いかない。
孔明こそ演義と正史の評価の違う奴だと思う。でも肉まんは好きだよ。

536 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/20(水) 21:35:25
>>534
「周朗と呼ばれ親しまれてた」とか「優れた容貌だった」とかはあるけど、そのままズバリ「美周朗」はないと思う。

>>535
522も伝聞みたいだし良く知らないんでしょうからさらっと流せばいいよ。下手に絡んで変なのに居座られても嫌だし。

537 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/20(水) 23:15:17
重箱の隅だが、郎だと思う。

538 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/21(木) 12:09:53
>>535
劉備が益州を乗っ取った時の諸葛亮の官位は
「軍師将軍」
軍師してるよ

539 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/21(木) 18:53:27
>>538
なら
「捕虜将軍」
の李典は捕虜でもしてたのですか?

「軍師」が軍参謀を指して使われるようになるのは三国志よりずっと後らしいよ。

540 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/21(木) 19:08:52
じゃあ当時の軍師の意味は?

541 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/21(木) 19:30:40
役職名の一つで、「新字源」によれば軍内部行政・司法を担当の高官。

と書くといかにも博識な感じだが、某ブログより勝手に拝借してるだけという…

542 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/21(木) 20:41:13
俺漢字読めない><

備以諸葛亮為軍師中郎將,〔軍師,亦古將軍號。曹操初置軍師祭酒,
而備置軍師中郎將,皆以一時軍事創置官名也。然軍師祭酒止決軍謀,
中郎將則有兵柄。亮後又進軍師將軍。〕

543 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/21(木) 21:37:46
軍師といえば周喩


544 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/21(木) 21:42:39
>>542
どこの文か知らんが、軍師は軍謀を決めると書かれてるな
今の軍師と同じじゃないの?

545 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/21(木) 22:09:56
>>539
「虜」には敵という意味もある。
多分捕虜将軍の「捕虜」は敵を捕らえるって意味だと思う。

546 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/21(木) 22:18:49
「敵を捕う」の意だな

547 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/21(木) 23:01:47
討虜、破虜などの将軍号もあるしな

548 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/22(金) 00:20:03
捕虜将軍wwwwwwww
今年一番笑ったかもしれないw

549 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/22(金) 00:35:24
どこらへんが面白かったんだ?

550 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/22(金) 10:38:39
>>544
グーグル先生に聞いたところどうも資治通鑑に胡三省が付けた注釈の一部っぽい。俺は原本持ってないんで確認は出来ないが。

俺も漢文の教養はないけど、「軍師祭酒止決軍謀」は曹操が198年に初めて置いた「軍師祭酒(軍祭酒)」の説明で、
劉備が設置した軍師中郎將の説明は「中郎將則有兵柄」の方じゃないかと。

>>545
ようは現代日本とは違う用法で使われてるのだから、そんな修飾語句をもって「(現代の我々が言う)軍師だった」するのは無理があると。

551 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/22(金) 18:38:06
・軍師,亦古將軍號。
→軍師、また古の将軍の号。

・曹操初置軍師祭酒,而備置軍師中郎將,皆以一時軍事創置官名也。
→曹操、初めて軍師祭酒を置き、而して備、軍師中郎将を置き、皆一時の軍事を以って官名を創置するなり。

・然軍師祭酒止決軍謀,中郎將則有兵柄。
→然れども軍師祭酒は軍謀を決っするに止まり、中郎将は則ち兵柄有り。

・亮後又進軍師將軍。
→亮、後に又軍師将軍に進む。

※「軍師祭酒は軍略だけで、軍師中郎将は兵を動かす権力もあるよ」ってことだね。
読み下しの間違い部分には目をつぶれ。

552 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/23(土) 03:45:31
むむむ

553 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/23(土) 04:47:45
>>552
言わないぞ。

554 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/23(土) 12:03:20
何が 言わないぞ。 だ

555 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/23(土) 14:05:47
はははこやつめ

556 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/23(土) 18:07:55
板違いだ。
続きは中国英雄板でやれ。

557 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/23(土) 20:08:59
周瑜の天下二分て劉備擁立なんですか?

558 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/23(土) 21:02:26
>>557
「呉書見聞」という有名サイトでその説をぶち上げてるから有名だけど、他の考えも十分できると思うよ。

559 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/23(土) 22:10:38
>>557
個人的には違うと思う

560 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 00:38:43
周瑜のヌード写真流出
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1166885951/1-100

561 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 00:46:31
献帝に対抗して劉備皇帝ってことか

562 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 01:20:26
関張を左右として使い北に対抗するにはそれしかないだろうね。
ただそれをやると孫権の立場が浮く。
まあ所詮周瑜は後漢朝の家来に過ぎなかったということだろう。
その意味で孫権が信用できる絶対的な家来は魯粛、呂蒙の二人だけ。陸遜は微妙。

563 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 01:51:51
孫権の評価は周瑜が一番
魯粛は最下位

564 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 03:11:23
孫権の評価が高く一番頼りにしてたのは間違いなく周瑜だと思うが
孫権が最も配下として信用していたのは呂蒙だろうな。

565 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 03:32:35
周ユは孫権が子供の頃からの知り合いだし(義理の兄?)、孫策死亡時にもし周ユいなかったら最悪の場合あそこで呉は滅びてたから孫権はかなり周ユの事信頼してたと思うんだけどな。
演義じゃいろいろ違うけど史実じゃ孫権の母も周ユよりだったみたいだし。

566 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 04:54:58
そりゃ孫権個人としては人間関係含めて周瑜に勝る頼れる人はいないだろう
ただ、孫氏政権の主としては特別な背景を持たない呂蒙はとても気易いだろうな

567 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 07:31:19
問題はそのどちらも早死になんだよなあ…
孫家はブラック企業なのか…

568 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 09:10:06
つ[長江の貝の中の寄生虫]
つ[孫権腹黒]

(´・ω・`)?

569 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 09:18:48
>>568
上は伴野朗 の『呉・三国志4』
下は桐野作人の『三国志蒼竜伝―周瑜・中原制覇の軍略』か

570 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 09:37:11
孫権にとって呂蒙はあれだ、初めて部活で出来たなついてくる後輩みたいなもんか

571 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 10:27:16
>>562
まず関張を使うにはそれしかないと言うけど、実際にわざわざ皇帝に担ぎ上げずとも既に周瑜は張飛を借りて使っているし、
関羽も考えようによっては同様(劉備が南部4群を攻めてた説をとるなら)。これを目的に劉備を担ぎたかったするには動機が弱いかと。

しかも周瑜の主張の根幹は「関羽・張飛を部下にしたい」という人材獲得の希望ではなく
「劉備に基盤を与え、股肱の2人と一緒に行動させればいつか絶対に脅威となりうる」という危機の警鐘の方だろうし。


次に現に都に本物の皇帝が居て、漢王室の体裁が曲がりなりにも整えられたままにも関わらず、
何処の馬の骨ともわからない劉備を「これ皇帝だから」と担ぎ上げて本当にメリットあるのか疑問。

形骸化したとはいえ朝廷の権威は遠く呉の地ですら未だ厳然と作用していたし、
こんな文字通りの反逆行為を行えば、大義名分を失い人心は離れ曹操勢力を勢いづけることにしかならないだろう。
「曹操こそ漢室の逆賊なのだから孫家が取り除かなければならない」という周瑜の主張がオジャン。

近い過去に袁紹の劉虞奉戴もあっさり頓挫してるし、周瑜がこんな自爆まがいの策を取るとも俺には思えない。
人心を失えば袁術張りの末路を辿るのがオチ。


そもそもこの説って「劉備を奉戴しよう」という明確な意思表示は一切本文になく深読みの類なわけで、
面白い説だけど、どうしても根拠に乏しい。主張の立脚点からして周瑜の言葉の裏の、言ってしまえばただの憶測。

最後に「周瑜は後漢朝の家来に過ぎなかった」というのが一番違和感ある。何故そう思ったのか聞かせて欲しい。
この説が仮に事実だったとしても勝手に皇帝を担ぎ上げようという不逞のやから以外のなにものでもないし、
そうじゃなくても魯粛に「正直言って漢室そろそろ終わる。次は孫家が来るね」と語っているのをどう捉えているの?

572 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 16:41:05
まあ、劉関張は天下に名が轟いていたから、手に入れたかったというのはあるだろうな。

573 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 17:50:35
周瑜→天下取りしてぇ。益州取って涼州と手を組んで曹操と大戦争じゃ。
魯粛・孫権→堅実にいこう。とりあえず三国鼎立。
劉備一家→根拠地欲しいなー。具体的に言うと蜀。

ありゃ、周瑜だけ仲間はずれなのね。

574 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 19:02:11
周瑜・孫策→天下取りしてぇ。益州取って涼州と手を組んで曹操と大戦争じゃ。
魯粛・孫権→堅実にいこう。とりあえず三国鼎立。
劉備一家→根拠地欲しいなー。具体的に言うと蜀。

575 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 22:05:59
>>570
嬉しいよな。大事にしたくなるよな。

576 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/25(月) 23:19:05
>>570
呂蒙は孫権が勉強しろと言って本当に猛勉強して
学者顔負けの頭の良さにになったり死んだ後に
もらった褒美とかほとんど返還するくらいの超忠臣だしな
後輩にこんなのがいたらまじ可愛がりそうww

577 :無名武将@お腹せっぷく :2006/12/26(火) 00:06:22
秀吉に仕えた武将と比較すると

蜂須賀正勝=程普
竹中半兵衛=周ユ
黒田官兵衛=呂蒙
小早川隆景=魯シュク
蒲生氏郷 =陸遜

まあこんなとこだろう


578 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/26(火) 00:14:29
>>574

まともな意味で周瑜は孫策が大好きだったんだろうな。
最後の頃の言動とか行動は、周瑜は孫策の夢を実現したかったように見える。
だから孫権と癒着は出来なかったわけで、それが結局いい方向に呉を導いた気ガス


579 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/26(火) 00:19:08
周瑜と孫策、両方長生きしていたら面白かっただろうなと思うもんな。

580 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/26(火) 00:23:55
夢に生き、夢に死ぬ。だよ周瑜は。゚(ノд`)゚。

581 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/26(火) 01:55:09
孫策時代の呉はみんなして
「イケイケェーー!!ノーブレーキだァ!1か0だ!それ男だぁぜー!」
みたいな一種アホなノリだからなw張昭や周瑜もなんかぶっ壊れてるw
それが孫策が死んで、その弟の孫権の為に今度は自分の身を律して行動し始める
せつない

582 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/26(火) 13:06:15
孫策の時は中原はまだ曹操と袁紹が争ってた
孫権の時は赤壁で降伏しても仕方がない情勢


583 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/26(火) 16:12:55
赤壁でもイケイケな周瑜&魯粛。

584 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/26(火) 19:41:08
赤壁でもヌケヌケな大喬&小喬。

585 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/26(火) 21:56:04
そして赤壁でもアゲアゲな黄蓋

586 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/26(火) 23:53:46
いつになったら百叩きくらった黄蓋を甘寧が見舞って見破るイベが
無双に採用されるんだろう

剣山頭の甘寧クビにして横光甘寧でも採用しなきゃ無理か

587 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/27(水) 00:03:40
それ以前に周瑜が黄蓋を百叩きするシーンが無双に採用されるのはいつなんだろうか

588 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/27(水) 00:13:06
あの周瑜にいくら叩かれても、あの黄蓋ならきっと痛くない。

589 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/27(水) 04:29:43
>>587
3猛将のあれでは不満?

甘寧の見舞いイベは確かにほしい

590 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/27(水) 05:36:25
話豚切って申し訳無いのですが、疑問があります。

何故周瑜は偏将軍止まりだったのでしょう?
周瑜くらいならもっと高い官職でも良いと思うのですが。

当時の孫権ではそれ以上の官職を与えるのは不可能だったとか、取り敢えず
偏将軍にしといて後から別の官職与えようとしたら周瑜が死んでしまったとか
何か考えられる理由があったら教えて頂きたいです。

それとも、偏将軍って実は凄いんでしょうか?

591 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/27(水) 13:10:43
>>590
孫権の階級が低かったから
そんだけ

592 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/27(水) 14:24:53
>>590
下から数えりゃ、それなりにはすごいと思うよ

将軍将軍って、現代の我々は単に一軍の指揮者という意味でほいほい使ってるけど
当時は官職としての「将軍号」を持たない武将だって沢山いたはずだしね

593 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/27(水) 14:46:02
周瑜の家柄や名声、実力なら孫権以上の階級にいけたかもしれないけど
孫家を立ててる周瑜の性格からして孫権より高い階級は望まなかったんじゃないか?

594 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/27(水) 14:59:03
>>593
オイオイ、孫権以上の階級を貰うって=孫権勢力を離れるってことだろ。孫権から官位を任じられるから勢力の一員となるわけで。
性格の問題じゃない。

595 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/27(水) 20:11:19

孫権以上の階級を貰う
 =孫権より上の地位( ・`ω・´)ノ
 =呉は本日をもちましてこの周瑜が率いさせて頂きます(^ω^)
 or曹操に孫権以上の位貰っちゃったよwww今日から魏に逝くぉwww


596 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/27(水) 20:14:38
でも実質的には周瑜の方が孫権より権力あったかもね
水軍の総帥だし

597 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/27(水) 20:22:08
呉は北からやってきた無頼や名士と地元豪族の連合政権だから皇帝権があまり強くない。
そういう点で東晋とよく似てる。

598 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/28(木) 01:05:37
亀レスだけど
>>562
>その意味で孫権が信用できる絶対的な家来は魯粛、呂蒙の二人だけ。陸遜は微妙。

かなり主観入ってないか?




599 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/28(木) 01:08:01
親族でも微妙、豪族は必要悪。
はっきり言って子飼い以外は全部信用出来ないお。

600 :590:2006/12/28(木) 01:20:06
レス有難う御座いました。参考になりました。

601 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/28(木) 01:27:29
>>599
だよな、ゲームとかじゃ呉って和気藹々な雰囲気で書かれてるけど実際ってものすごく腹黒さんだったんじゃ・・・

602 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/28(木) 01:34:51
>>597
東晋は北の貴族と土着の豪族の間には越えられない壁がある

603 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/28(木) 01:37:56
>>602
蜀の荊州閥と益州人の間の壁にも似てる

604 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/28(木) 01:53:56
なんだかんだで二宮ではかなり豪族叩きして
孫皓時代の皇帝権はなかなかのものよ

605 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/28(木) 01:55:33
皇帝や外戚が好き勝手できてるからなあ

606 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/28(木) 09:04:12
>>604
彼の暴走も皇帝権の強化為と見るとまた面白い

どのみち最後の軍師はああなるんだろうけどさ…

607 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/28(木) 14:26:44
なに軍師って

608 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/28(木) 21:25:52
りっくんのまつろ?

609 :無名武将@お腹せっぷく :2006/12/28(木) 23:20:26
スペシャルハリケーンミキサー

610 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/29(金) 20:20:52
諸葛亮を『知 100』としたら、この4人はそれぞれどのくらいだろう?

611 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/29(金) 21:29:16
ついでに呂布を『武 100』としたらそれぞれどのくらいだろう?

612 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/29(金) 22:17:04
>>610
『知』が何を指すかにもよるんじゃね?
ついでに正史準拠か演義準拠かもな

613 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/29(金) 22:47:33
正史準拠で。
難しいかもしれないけど、外交とか内政とか戦略とか全部含めて、っていうのはあれだから、戦略のみがいいかな・・・。

614 :無名武将@お腹せっぷく :2006/12/30(土) 00:53:57
俺はロビンマスクと男の勝負がしたいんだ
byマンモスマン

615 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/30(土) 00:59:11
子供時代に孫策と剣の腕が対等だったという民間伝承から、周瑜は武も結構高いと踏んでる俺がいるわけだが。

616 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/30(土) 07:54:14
能力値とかなんだかは専用スレがあるわけでそっち行け

617 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/30(土) 11:15:34
めよきうく
読気空
emoyikuk
←←←←←

618 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/30(土) 17:39:04
>>610
とりあえず全員100は超えるわな

619 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/30(土) 23:18:01
どうだろう。ロシュクとかは知はあまり高くなくてその分政治が高い気ガス

620 :孔明廚 :2006/12/30(土) 23:49:04
>>618
はぁぁ?!なんだと!お前なんか『知』が−15の癖に!

621 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/30(土) 23:51:07
男性諸君、結婚すると不幸になる。幸せにして当たり前で感謝無し。都合の良い奴隷としてだけ感謝され、搾り取って用済みになればゴミ箱へポイ♪
女の外面は綺麗で清潔で良い人、内面はずるくて汚いため、口も悪い+薄情+嘘+女同士も上辺仲良し裏では悪口三昧
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男女は対等で平等。男が女を養ったり守る必要はない「見切れ!見切り千両!私不幸なの?嘘!泣いてます?演技!情けは不要!つけこまれるぞ」
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★結婚は保留し、沢山の女と自由に恋愛(sex)を楽しめ♪★避妊必須
★捨てた女は優しい真面目男が結婚(残飯処理)してくれるさw★

それでも結婚する君へ究極護身法→[夫婦財産契約登記]
夫婦財産契約により、自分の稼いだ財産はすべて自分の物

弱い者いじめは最低と言いつつ、赤ちゃんを殺す母親(そして無罪判決(笑
狙撃は女子のほうが強い。男はノイローゼになってやめてしまうが
女は何人殺してもノイローゼにならない。骨盤が安定しているため

ナチスの拷問で、女の拷問の残虐非道さを見て、拷問をしていた男達もひいたという
拷問しながら楽しそうに笑みをうかべていたそうだ。罪悪感や引け目が無い

・有史以前が女尊男卑の時代だったことを指摘したのは、スイスの学者バッハオーフィン
アマゾン女族の女王は、法律を定め、男達には卑しい奴隷の仕事を課した
男児が生まれたら、生き埋めにするか、脚と腕を不自由にして、戦えなくし奴隷とした
・王位継承権が女性にだけあった古代エジプトでは女性権力が非常に大きかった
・日本でも卑弥呼が女王
http://kr.img.dc.yahoo.com/b1/data/dci_etc/76.wmv ←女集団が女一人をリンチしている動画(執拗に蹴り続けながら皆楽しんでる 一部エロ有

女は虐げられてきた?父系社会など人類の歴史から見ればほんのわずかな期間に過ぎない。むしろ

622 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/31(日) 02:29:28
>>620
「テストでマイナス点を取る方法」とかなんとかいうのを思い出した

623 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/31(日) 14:14:23
>>618
禿同
>>622
kwsk 本気で気になるんだがw

624 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/02(火) 18:44:12
げえっカンヌ!


625 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/04(木) 06:36:15
諸葛謹

626 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/04(木) 11:17:32
の驢馬

627 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/04(木) 13:33:53
あの子は家を滅ぼすだろう…

628 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/04(木) 18:05:58
諸葛珍
ってなんかいそうだな

629 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/04(木) 23:45:20
なんか変な流れだな…こういう時は呂蒙の話題でも話そうじゃあないか。

630 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 00:53:30
呂蒙はいい子だよ。
孫策軍の将校だったケ当の嫁の弟で、若い頃から孫策軍に入り浸っていた。
大人にバカにされて怒り殺傷沙汰になったのが孫策の耳に入って孫策の側近の一人になり、
ケ当が死んでその軍を継ぎ、孫策の死後も孫権に忠実に付き従います。
魯粛とは肩を抱き合う親友で本を読めと言われては従い、
獰猛すぎる甘寧の言動を諫めるくだりは穏和な性格が見てとれます。
陸遜と共に関羽を倒した時に呂蒙が施した「徳と免税による荊州の住民懐柔策」は、
呂蒙が常々考えていた呂蒙なりの「平和」を実戦したのではないかと思うわけです。
終わり。

631 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 01:08:20
周瑜も呂蒙も陸遜も軍師じゃねぇ!

632 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 05:17:06
んじゃ張悌

633 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 07:23:45
>>631
軍師は文官だけだと思ってるアフォですか?
というか魯粛も文官ではないのですが

上の方で「軍師将軍の称号」について云々があったけど
一般的な単語としては戦術参謀ができれば軍師ですよ

軍師は文官にしかなれないというなら
侍社会の日本には軍師が一人もいなかったことになるが…

634 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 08:29:11
戦術参謀の時点で周瑜はアウト

635 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 12:49:40
>>633
一般的な用語で言えば周瑜も呂蒙も陸遜も『軍師』じゃなく『司令官』だということでしょ。
周瑜の代表的事業である赤壁と江陵攻略(と征蜀未遂)について、戦略決定段階における孫権の参謀的役割もあったが、
メインは司令官として両作戦の総指揮をとり勝利に導いたことであり、そのことで『名将』として歴史に名を残してる。
呂蒙や陸遜も、それぞれ周瑜・魯粛や呂蒙の元で献策をしたこともあるけど、
呂蒙とはどういう人物か?と聞かれれば、それこそ『一般的』には「関羽から荊州を奪った呉の『名将』」であり、
陸遜は「夷陵で劉備を破った呉の若き(本当は大して若くないけど)『名将』」ということになる。
この他にも呂蒙の濡須や陸遜の石亭など、2人共指揮官として多くの成果を残しているわけで、
軍師と称するのには違和感を覚える人も居るんだろう。

その点魯粛は逆に、司令官としての経験が無いではないけど、魯粛の大一番は赤壁開戦に持ち込んだことや単刀附会みたいな
呉蜀同盟と天下三文策の推進にこそあるので、参謀的な役割での「軍師」にマッチするのかと。

…というか今まで誰も文官のぶの字も出してないのにいきなりどうしたんだ?と思わないでもない。
勝手に「軍師は文官のみだと相手は思ってる!」と決め付けてアホ呼ばわりとかするのは荒れそうなんで止めて欲しい。

636 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 12:53:54
周瑜は孫策下では軍師でも良くないか。

637 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 13:00:33
残念ながら孫策時代にどんな献策したのかとかが残ってないんだよな…
確認できることは後方都市の慰撫や物資の供給みたいな後方支援的働きと、
副将として従軍したり指揮官として別働隊を指揮したりするような上級将校的役割を任されてたことぐらい。

イメージ的には孫策総指揮の下周瑜が軍師というのが凄いシックリくるんだけど。

638 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 13:22:05
>>633がどうしてそこまで話しを飛躍させたのかわからない

639 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 13:33:55
孫策がいた時はでかい戦いはなかったもんな。

640 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 14:14:03
>>637
周瑜よりもむしろ二張の方が軍師っぽい

641 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 14:18:30
挙兵した頃は朱治や孫静あたりが参謀っぽかったりしたのかな
呉景はいまいち頼りない感じだが

642 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 23:40:43
周瑜は参謀とか軍師というよりも、全てをふくめた右腕とか懐刀っていうイメージが強いんだが・・・


643 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/05(金) 23:44:39
史実を無視しまくってる無双だけど呉の描写は意外にも史実に忠実だと思った。
呂蒙は置いておいて、よく周瑜や陸遜に扇持たせなかったと思う。

644 :無名武将@お腹せっぷく :2007/01/05(金) 23:48:17
稲葉山城を17人で乗っ取った竹中半兵衛は神

645 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/06(土) 00:00:29
>>644
え?前からすごい事は聞いてたがそんなに凄いのか?

646 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/06(土) 00:17:53
このスレいつもリョモウに始まりシュウユに終わるなw

647 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/06(土) 03:50:14
>>643
扇とは何じゃらほい?

648 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/06(土) 04:09:55
>>647
無双で諸葛亮や司馬懿が武器として使ってる羽扇のことじゃないかね

649 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/07(日) 00:51:15
さすがに羽扇キャラには無理があるだろう。
つうか呉にはでかい扇持ちが二人もいるしな。
まあそんなことはどうでもいい。

650 :647:2007/01/08(月) 01:28:01
>>648-649
Thxです! 三国無双のサイト見てきたwwwあれは武器になるのか?www
でも、蘇軾が赤壁懐古で 「遥想公瑾当年、小喬初嫁了、雄姿英発、羽扇綸巾、談笑間……」と
言ってるから、周瑜も羽扇を持ってたのかも……まあほんとにどうでもいいことなので失礼しますた。

651 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/08(月) 16:15:32
羽扇は三国時代よりもっと後の発明

652 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/08(月) 16:46:30
根拠は?

653 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/09(火) 03:03:33
三国時代の遺跡から出土してないから

654 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/09(火) 12:46:16
>>650
羽扇綸巾はいわゆる儒将の姿を表すときに使う表現だが、
後世ではまんま孔明の衣装様式となった。

あと蘇軾の時代に赤壁が二つがあって、
彼がこの詩を作ったときに訪れた場所は
三国の赤壁じゃないってのも結構有名な話。

655 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/09(火) 18:56:43
陸遜が良く若年設定で描かれるのはどう思う?

1.都督リレーの最後、夷陵での抜擢などの若いイメージに合ってるので良い。
2.夷陵時の年齢(既に40近いおっさん)や60過ぎまで活躍し続けたイメージに合わないのでダメ。

656 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/09(火) 19:03:06
>>655
夷陵では上手く活かしてると思う
ただ、爺さん好きなので晩年の苦労も描いて欲しいなあ

657 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/09(火) 22:15:40
横光では別に陸遜青年っぽいわけではないよな。
肥三国志の影響とかって、どっかで聞いたけど。

658 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/10(水) 02:47:20
>>654
なるほど、小喬も嫁いでからもう何年もたってるし、
赤壁懐古にうたわれているのは、東坡先生の想像した詩景のなかにある
「俺の思うところのかっこいい周瑜像(補正あり)」ですねw。

陸遜は、演義だとずーっと仕官したての書生風イメージが……京劇でも陸遜の役には髭がない
(京劇では、成人の男の役で髭がない=髭なしでも鑑賞に堪えうる若いイケメンの役らしい)。
でもそのせいで、今でも中国南部では陸遜は伝承とかでやたらと人気があるらしい。

659 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/10(水) 03:20:36
俺の頭では横光陸遜がデフォ

これくらい威厳がないと呉の武闘派をおさえられるかってんだ

660 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/10(水) 04:06:01
オッサンくさいだけのような気もするが同意

661 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/10(水) 07:19:33
はぐれ刑事みたいな感じだったのかもしれない

662 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/10(水) 07:35:42
映像技術がハリウッド並の三国志は見てみたいけど、
呂蒙って感じのムサそうな俳優はたくさん居てもうつくしー周喩は難しいね。
諸葛亮は病弱な身長180センチイケメン・・これはいけそうかな?

横光陸遜は服装鎧姿が異様にかわいい
アゴ紐が特に

663 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/10(水) 08:36:25
>>662
考えてみると呂蒙の結核はあまり話に出てこないね
結核=吐血=美形は定番だと思うが。
先輩との差別化かな?

664 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/10(水) 09:38:03
>>663
結核ってどこに書いてあった話し?

665 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/10(水) 10:17:30
呂蒙好きの俺としては年を追うごとに姿を変化させたい

でかいガキ→筆が似合わない筋肉兄さん→やせ細った秀才

ってな感じで

666 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/10(水) 17:41:58
>>665
じゃあ、貴乃花だな。知性的なイメージはないが。

667 :無名武将@お腹せっぷく:2007/01/10(水) 21:03:05
>>666
親方なった時のやつれ具合は印象的だったね
リストラ対策にやたら部隊派手にしたこともあったし
結構派手好きなのかな?
思いついても中々出来ないと思う

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