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 王莽 樊崇 劉秀 公孫術 

1 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/05(水) 18:44:21
王莽 樊崇 劉秀 公孫術とかのスレです。


2 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/05(水) 18:47:56
劉秀様にはかなうまい・・・ていう腐女子のサイトがあった気がする

3 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/05(水) 18:52:57
劉秀にも腐女子ファンがつくとは
世も末だな

4 :金支持者 ◆3zNBOPkseQ :2006/07/05(水) 18:55:45
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/5079/
↑劉秀様にはかなうまい

5 :ひょーりみ ◆7rAzqBFcf. :2006/07/05(水) 19:10:06
こうぶてい

6 :金支持者 ◆3zNBOPkseQ :2006/07/05(水) 19:12:19
>>5
乞食僧?

7 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/05(水) 20:58:43
劉秀には腐女子ファンがつく要素たんまりでFA
辛口すっとぼけギャグは引くかもしらんが、一応イケメン系で暢気なわりに陣頭で指揮して、一人でつっこんで行く。
危なっかしいから部下たちが必死でひきとめる。
エラそうに布告をだしたのに、真っ先に自分が破って、門番に締め出しくらう。
部下たちがまたみんな若いの多い。
大きく改変しなくても、結構そのままネタで使えるひととなり。 これは流行ると腐女子のかっこうのエジキになるかも…

8 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/05(水) 21:51:43
劉秀たん

9 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/05(水) 22:54:23
二十八将萌え〜

10 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/05(水) 23:39:19
劉秀といえば国師公だろ?

11 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/06(木) 19:54:32
HONDA28人衆は光武帝二十八将のパクリ

12 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/06(木) 20:49:59
配下の質


劉秀軍>曹操軍+劉備軍+孫権軍

13 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 15:21:03
項羽が最期に率いていたのも兵士の数も28人だった気がする。

14 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 16:37:01
樊瑞、公孫勝と読んで水滸伝スレだと勘違いした
私は首吊ってきます

15 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 18:20:53
>>14
なんとかなんとか閻魔大王・樊瑞だっけ?

16 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 19:07:23
混世魔王

17 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 19:23:04
公孫述の間違いには誰も指摘しないのだな…

18 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 19:27:07
横光でのかっこよさの差じゃないのやっぱ

19 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 19:28:24
王英 樊瑞 劉唐 公孫勝

ってか

20 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 21:03:04
なんか水滸伝のスレになってきたな


21 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 21:16:00
王経、樊建、劉璿、公孫脩

22 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/07(金) 21:18:53
>>17 よく細かいところに気が付きましたな・・・。

○公孫術
×公孫述

23 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/08(土) 15:58:51
>>22
え… 逆じゃ…

24 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/09(日) 19:00:45
逆ですな・・

25 :無名武将@お腹せっぷく:2006/07/23(日) 18:08:33
良スレage

26 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/24(木) 18:29:49
過疎ってル

27 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/24(木) 21:59:41
樊崇って誰?

28 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/24(木) 23:39:30
赤眉の大将。 常識っすよ

29 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/26(土) 23:08:00
公孫述ってなんか劣化版袁紹みたいだよね

30 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/29(火) 19:32:01
誰か王莽を評価してあげてよ

31 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/29(火) 19:36:08
公孫述はむしろ劉表に近いと思う

32 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/29(火) 20:03:14
王朗、樊チュウ、劉表、公孫サン

33 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/01(金) 19:58:54
ここらへんの時代ってあんま人気ないのかな?

34 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 00:17:27
何となく地味な印象があるな

35 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 12:18:17
人気のない理由

1劉秀の出来が良すぎてつまらない(逆にこんな良い子の英雄も珍しいと思うが・・)
2大功をあげすぎた悲劇の名臣とかが登場しない
3劉秀のライバルになるほどの人物がいない
4大義名分は漢朝復興なので新しい王朝が成立したという実感があまりない。

36 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 12:19:57
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1156560067/l50
【元末】朱元璋vs陳友諒vs張士誠【三国志】

   ↑
もっとも>>35の条件のまったく正反対なのにイマイチ人気の無い時代があるのも事実

37 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 12:25:25
小説とかにならなきゃムリ。
「光武帝」はあるけど、あんなもん初心者や三国志知ってるだけのやつには、なにが面白いのかさっぱりわからんと思うし、
まして後漢初期をちょっとでもかじってるヤツなら、怒りがわいてくるような小説。
虚構を書くにしてもつまらなさすぎ。
おもしろい軍記小説がないと、地味からの脱却は、ちょっとねぇ。

38 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 12:43:10
よし、お前が書け

39 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 13:02:23
劉秀といえばここ!
  ↓
http://www.geocities.jp/ryushukura/
【劉秀様にはかなうまい】
日本で唯一?の劉秀ファンサイト。
腐女子の腐女子によるの腐女子のためのサイトでもあります。

40 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 13:05:00
【劉秀の説明】
まずは劉秀様でしょう!
私の中では「あのひげが立派な若造か!」とまで 言われた髭がありません。
っていうか髭が描けないのよ。 代わりにおぐしを美しく描かさせていただいてます。
これを描いてるときはアールデコやミッシャに
ハマッててなびく髪が楽しいかったです。
この人はモーーすっごい素敵なんです。(ドリーーム開陳)
頭も良くて戦いも強くて、その上優しさもある。
完璧っぽくてなのにどこか抜けてるんだよな〜〜。
(家庭的というか)私の中ではぽよよ〜〜んとしてます。
(その上、女顔。ほんま、すまん。)
なぜ、こんなに素敵なのに日本じゃ知られてないんだろう。
ふしぎだ。(←あほ)この人のすごいのは建国の際の忠臣を殺さなかったってことよ。
そんな部下との間の信頼関係にやられちゃいました。(これは私だけのドリームではないデシよ)
そして本当に皇帝になる気がなかったぽいとこも好き。(漢帝国復興もしたけどね)
「死なないように」って頑張ってたら、どうしても皇帝になるしかなかったってあたりがなんかね。(つぼ)


41 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 13:06:56
元末スレにレス数で負けてるよ…
雲台二十八将とか掘り下げていけば結構面白い奴いっぱいいると思うんだけどなぁ

42 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 13:12:34
世界史板のスレは読みやすかったね

小説……一番書きそうなのが田中芳樹だが……
できるなら陳御大に書いていただきたいものだ
趙匡胤スキーな人だが、光武も好きっぽいし


43 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 13:19:34
>>38 悪い。 わしが一番好きなのはもっとずっと後の時代なのだわ。

>>42 劉秀はギャグ調が似合うと常々思ってるので、肩肘張らず初心にかえった田中芳樹に書いてもらいたい…
今の田中氏ではイヤ。

44 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 13:33:39
【北宋真理教】
中国の北宋王朝を人類のユートピアだと妄信する現代カルト教団。
開祖は西欧中心主義に反対する一部の西欧の学者であると思われる。
彼らは北宋こそ地上の天国だと信じきっており、中国の衰退は原因は
すべてモンゴルに押し付ける傾向がある。
なお日本支部長は田中芳樹である。また北方謙三氏は小説【楊家将】で
自らも北宋真理教信者であることを告白している。
中国共産党では北宋真理教がネオ中華帝国主義政策の障害になるとみており
邪教団であると認定しており、違反者には大唐大清思想教育がおこなわれる。

45 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 16:41:34
はっきりいって田中芳樹は腐女子向けライトノベルの歴史小説もどきを書いて
ティーン小説の欄に陳列されてりゃいいんだよ。アレの本が陳や塩野と同じ欄
に並んでたら不快になるだけ。

46 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 17:39:30
あんたが不快になるのは勝手だよ。陳氏や塩野氏が迷惑していると表明しているならともかく。
ま、たしかに今の田中芳樹の深みのない物語では、ちょっと長編モノは勘弁して欲しいね。短編ですら読むのが辛いくらいだし…
昔は読んでても、想像が広がっていたように思えたがなぁ。

>>44 へぇ〜。
自分も北宋は好きですよ。 ただ、後周の延長として捉えての、だけど。

47 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 17:47:48
三戦板でも軍事板でも世界史板でも「田中芳樹」のキーワードが出ると荒れる
のは同じだな

48 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 17:50:28
でもまあ、西欧の学者の間では宋が非常に評価高くて、中共は版図の狭い宋
を嫌う傾向があるのは確か。

49 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 17:54:50
「風よ、万里をかけよ」あたりは読める>田中芳樹
ただ田中芳樹の作品はフォーマットが一緒で、お約束的な義侠・お涙頂戴・無常観で深みが無い
加えて史学考証がテキトーなので、それこそ飛龍伝とか水滸伝とか書いてりゃ歴オタからは「どうせ架空の物語だし」で済むのだが

個人的には田中は喋らなければ一作家として気にもとめないんだが
腐った言動を撒き散らす裸の王様だからな
陳先生に馴れ馴れしいって、アイツ。自分が陳先生と対等の存在だとでも思ってるんだろうか?

50 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 18:02:11
城の位置関係とかめちゃくちゃだけど、「奔流」とかそのはるか以前の短編集は、そんなこと関係なしに読めた。
読んでて楽しかったし、今読んでもそこそこ楽しめる。

>>腐った言動を撒き散らす

が、悪いんだろうな。 幸い、アンチ田中になる起爆剤「創竜伝」を当方読んでないので(つもりもない)、きっついアンチにフォールダウンはしないようだ。
だからかな。 劉秀の天然ぶりを活かせるのは田中氏だけとか妄想してるのは。

51 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 18:10:30
王莽だの光武帝だの呂后だの今度は始皇帝らしいがあの激ツマラン+捏造の
オンパレード作家にくらべれば田中のほうがまだましだろ。

52 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 19:55:13
中国の歴史絡みの小説を書いている作家、思いつく限り
井上靖 陳舜臣 宮城谷昌光 塚本史 酒見賢一 伴野朗
駒田信二 田中芳樹 井上祐美子 狩野あざみ 安西篤子
森福都 藤水名子 真樹操 岡本好古 田村登正 辻原登
松下寿治 森下翠

53 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 20:01:53
>>51の答え
塚本史

54 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 21:07:42
禿げラック以下の作家など存在しない

55 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 22:06:49
>>49 田中芳樹は中国史を結構勉強もしてるとは思う。 ただ大小さまざまな勘違いが多い(多すぎか)。
ま、それを「事実だ。信じろ」とは言ってない… と思うし、こっちも妄信しないけど(また間違ってるな、くらいの認識)。
それより、小説っていかに読み手を引き込むか、にあるわけで…

その点で言えば、塚本「光武帝」は読むのがしんどかった。
肌に合わないを差し引いても、面白エピソードを軒並みスルーしてるってのが信じられない。
第一号なんだから、そこは押さえておいて欲しかった。

56 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 22:24:47
>ま、それを「事実だ。信じろ」とは言ってない

いや、言ってるぞ、田中芳樹は
原文を読み砕いた気になって、そのまま知識を「俺こんな事知ってるぜヘヘン」と鼻高々に
武将列伝なんかは酷かった

57 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 22:35:05
ああ… あの武将列伝か…
あの人の三国志嫌い、というか三国志しか知らない人を啓蒙しようとする意識はうざったいものがあるなぁ。
>>「俺こんな事知ってるぜヘヘン」
歴史オタにありがちな罠。
あの本では五代にほとんど触れられていないってのは、自分の短編のネタがわんさかあるから、故意に秘匿しているように思えてならない。
他の時代なら、こんなスゴイやつが! とか書いてるのにな。
それはそれでいい勉強になったけど。当初は。

つまりは、そういうところが嫌われてるわけ?

58 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 22:48:05
つまりこの板で正史厨と言われている存在だってことか

59 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 23:19:21
田中もうざいが、正史厨もうざいな

60 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 23:22:16
正史、正史って言ってるやつの中に、三国志しか眼中にないやつがたまにいる。
司馬懿がいないとか、本気で言ってるやつも…
正史厨といってもピンからキリまでね。

61 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 23:28:26
>>57
三国嫌いそうな癖に名将百選の中に趙雲入れたかったとか言うから訳分かんないんだよなあ…


>>60
そういうのを三国厨という

62 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 23:33:55
その逆で、正史厨と攻撃する奴でも正史を固有名詞と勘違いしてたり、
何が出典でも正史厨しか言わない酷い奴もいるけどね

63 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 23:43:49
>名将百選の中に趙雲入れたかった

もうこの時点で底の浅さが垣間見えてしまうんだよな
姓と名と字の話を馬鹿みたいに繰り返すに
自分で定義を作った割には皇帝や宰相を語り出すから
単に中国史について語りたかっただけなんだろうけど

64 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 23:43:55
二十四史以外でも正史厨って? ツガンもってきても言うかな。
それは直面したことないけど、三戦板だけだろうね、そういうの。

>>61 そういえば… わけわからんな…

65 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 23:50:00
>>63 おかげで間違った認識が、特に無双厨を中心に横行してるよ。
姓+字で呼び合う?
官にある者は官名とかで呼び合うっつうの。

>>61 今、本見たら、田中氏は三国志演義自体は嫌いじゃなく、それしかしらない三国厨が嫌いなだけみたい。


66 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/02(土) 23:56:08
多分誰も姓+字で呼び合うなんて誤解してないと思う

67 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 00:15:07
字で呼ぶのも相当に親しくなきゃならんからな

68 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 00:23:35
>>66 あ、ごめん。 無双じゃなくて蒼天だた。
くどいくらいに姓字表記があるから。

…どうも、あの蒼天航路とコーエーの無双がかぶってしようがない…

69 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 00:55:49
いや、蒼天でも呼び合ってないって

70 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 01:10:21
芳樹はトンデモが多いけど、三国時代以外にも目を向けようよって主張は共感した

71 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 01:38:23
禿と言えば秦檜を弁護できないとか言ってる時点で
ああ、この人のメンタリティは本当に中国人その物なんだなあ
と、呆れた記憶がある

72 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 02:04:14
>>70
その主張が、三国志しか知らなかったヤツが他の時代を知って
その知識を三国志しか知らない奴らに自慢したい厨房の言動そのものだから

73 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 10:34:23
>>71 
秦檜って高宗の黒い部分を手伝って、いわば共犯者なんだけど、高宗の心理的弱みも握って、でかいツラしたわけでしょ?
しかも自分ではない他人を殺して講和条件に添えたっていう、倫理的に外道なわけで。

唐末北宋初期に続く軍閥化の傾向を考えると、秦檜あるいは高宗の懸念はもっともなことで、岳飛は良くも悪くも目立ちすぎたのが禍しているといえる。
とはいえ猟犬の典型的な例ということで、煮て食べた主に好感は持てんがなぁ。

中国人ではないメンタリティはどういう捉え方をするものなんですか?

74 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 11:12:28
そもそも立派な人格者や潔癖な人間だけが政治家として向いているなんて
君も考えているわけではないだろう?

それと南宋は、その唐末北宋初期に続く軍閥を経験した故に文民統制に重きを置き
軍の能力は、非常に限定されたものだっただろう?
金朝に奪われた中原奪還の理想とやらは立派だが
そのために金軍を撃破するのに浪費される人的財政的資源は莫大なものだ
コストパフォーマンスを無視し冒険的投機に流れようとする主戦派が粛清されるのは
ある意味やむを得ないと思う

中国人ではないメンタリティはどういう捉え方は
情理に流されない客観性を持った見方をする事だと思う

75 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 18:42:07
なるほど。
自分は岳飛擁護、秦檜侮蔑派ではなく、高宗の自己防衛だと思っているので、秦檜に対してはあんまり熱く語れないけど。
講和については、莫大な歳幣を課せられるのもまた民衆であって、たしかに講和後の発展という恩恵はあるものの、もう少し負担の軽い条件での講和はできなかったものか、と考えるわけで。

唐末五代を経て、軍事力が文民統制となった根本は、皇帝による軍権の集中化であるから、親征せず岳飛らを利用するだけして捨てた高宗には、劣悪なものを感じ取ることができると考える。
秦檜はその右手・左手だったという認識なんだ。

>>情理に流されない客観性を持った見方

歴史をみるとき、あるいは学識を深めていくときは、その姿勢でないと見誤るでしょうが、小説等の物語においては、情理で話を進めて行ってもいいと思う。そういう表現ができるカテゴリーだから。
好き嫌いはそれこそ別にして。
それに中国人でなくても、日本人も判官びいきとかがあるし、一概に中国人は客観性がないというような見方はできないと考えますが、どうだろう。

…つまり田中氏はその姿勢のまま、これが事実だ! と言ってるわけですか…
話したことないんで、本当にそう思っているのかはわかりませんが。

76 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 19:32:39
いつの間にかガイエスレにw
名将百選のやつ読んだけど光武帝に仕えた武将の中で
トウ禹が選ばれて耿エンが選ばれていないのは納得出来なかった

77 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 19:39:19
>>75
うん、小説ならば田中氏の主観が大いに入るのは仕方がない
それを責めるつもりは全くない

ただ彼は当初、秦檜を主役に小説を書こうとしたが
彼の行いを弁護できないと放言していたんで
自分の天邪鬼癖が出て、ついついムキになってしまったw
その点は謝罪しときます

後は中国人に客観性が無いと言うのも確か言いすぎだった
中国にも秦檜を客観的に見ようとする学者も確かにいるしね
ただ一般中国人には岳飛廟の例をみてもわかるように
徹底的に秦檜を辱めているしね
正直、あの行為は個人的には好みじゃない

まあ、それが文化だと言われてしまえば確かに是非もないんだが・・・

78 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 19:43:33
>>76
なんかその、「名将100選」ってやつが読みたくなってきた。
図書館で探してみようかな。

79 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 19:46:22
田中芳樹って銀英伝しか知らんかったけど実は凄い人なんだな。
ローマの塩野、中国の田中ってとこか。

80 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 19:47:29
>>77 いや、別に謝罪には及ばないですよ。 考え方の違いもあるし。
あの秦檜に唾、とかいう行為、戦中日本が「支那は秦檜に云々」言った裏返しだったりして…

>>76 鄧禹って、名将とは言えないですよね? 何を勘違いしてるのだろうか、田中氏は。
河北にあって上谷の耿家は有力で、中でも耿弇の戦術能力は飛びぬけていると思うのに、スルー…
あと、35歳くらいで隠居したいと言い出したりと、田中氏好みと思うけどね。

81 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 19:52:44
耿エンはかの韓信よりも軍事的才能は上だと思う
しかも韓信と違って処世術にも長けてた

82 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 19:53:43
あ〜〜〜〜名将100選読みてえええええええええ!!!!!

83 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 20:08:35
主である劉秀がぽよ〜んとしてるからなぁ… 呂后のようなとげとげしいのとは比べられないが。
それでも処世術はうまいといえる。
耿弇は韓信と同様、常に相手の半数くらいの兵力で常勝してるからすごい。
劉秀の冗談を真に受ける堅苦しさはあるけど… これが鄧禹か馮異あたりなら逆に言い返したかも、と妄想してみる。

84 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 20:15:22
劉秀は実は統一後の功臣達の処遇にはかなり神経を使ってる
特に大功を挙げた者に関しては爵位だけ与えて実職からは外している

85 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 20:24:20
不良に夢を与えたのが劉邦
ガリ勉に希望を与えたのが劉秀
乞食に可能性を教えたのが朱元璋

86 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/03(日) 20:38:46
>>ガリ勉に希望を与えたのが劉秀

趙光義の間違い?

87 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/04(月) 01:05:13
>>77
>秦檜を主役に小説を書こうとしたが
ここ違うだろ? 秦檜が宋のために汚名を全て被ろうした男として書けないかと考えたが
資料漁っていて、とても無理って判断したって言ってたろ。

88 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/04(月) 13:25:16
芳樹厨も困り者だが、芳樹の言うことはなんでも間違ってるとする反芳樹厨も困り者

89 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/04(月) 15:27:29
芳樹厨なんていたのか!? 強烈アンチしか見たことないや。

90 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/04(月) 15:50:28
昔はけっこういたんじゃない?

俺の周りでも、銀河英雄伝説の軍略に素直に感動してたり
銀河英雄伝説や創竜伝で政治観に影響されてる感じの子がいたような

91 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/04(月) 16:14:17
創竜伝はどうかと思うが

92 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/04(月) 21:42:56
田中芳樹にフランス革命を書かせたらどうなるか興味がある。
ロベスピエールなんかをマンセーしそうだな。

93 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/04(月) 21:50:37
やたらと中国史を引用しそうだ

94 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/04(月) 21:56:17
つうか銀英伝の下敷きはフランス革命からナポレオン時代じゃないか
ロベスピエールマンセーだよ
間違いなく

95 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/04(月) 22:03:45
革命はマンセーだろうけど、ロベスピエールをマンセーするかどうかは微妙。
下敷きはある一時代には限定されてないよ。 総合でしょ。

96 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/04(月) 23:21:33
パクって切り貼り

97 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/04(月) 23:52:22
>>87
言い回しが違うだけで同じ事やん。

98 :87:2006/09/05(火) 00:42:09
>>97
紅塵を書く時の非戦派としての対抗軸として書こうとしただけだろ?

紅塵のあとがきや陳舜臣氏との対談をどう読んだら秦檜主役って出るの?

99 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/05(火) 15:48:44
>>97-98 どうでもよろしいがな。
それより光武中興の話しましょうや。

100 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/05(火) 16:47:46
劉蒼って普通なら死んでるけど
フツーに生きて御意見番してるところが光武帝クオリティ

101 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/05(火) 21:51:52
雲台28将は、さらに4人足して32将とすることがあるけど
その内の一人卓茂は全く軍功が無いにも関わらず32将に選ばれてるの何故なのだろうか?

102 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/06(水) 22:04:35
まず田中YOSHIKIにこの時代の小説書いてもらって
次に王欣太あたりに漫画化してもらえば
コーエーが調子に乗ってゲーム化して後漢時代の人気爆発!









なんてことは無いか…

103 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/08(金) 18:52:35
あげ

104 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/08(金) 20:10:21
田中厨はいつでもスレをぶち壊す。

105 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/08(金) 20:11:35
アンチが壊してるんだって。

106 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 03:09:49
アンチも厨だろ

107 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 09:40:18
あれは田中芳樹に対する、愛の裏返しだったのか〜


108 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 10:28:52
なわけねえ

109 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 11:37:24
田中作品に違和感を感じた時に少年は大人になるのだ

110 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 18:22:47
劉秀って美少年?

111 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 18:32:10
美おっさん

112 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 18:35:31
普通に爽やか美青年だろ。
劉備のような品の悪さや、曹操のような陰険さが感じられない好青年。

113 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 18:44:50
品のいい普通の青年。ときに凛々しく見える。
しかし口は禍の元。心無いあるいは相手を試すようなセリフとジョークで、幾人困らせたことか…
しかし彼の妻、麗華は表情を崩すことのないクールな女性。
劉秀の軽口とジョークは彼女の前ではすべりまくっていたと推定される。ガンガレ!

114 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 20:13:34
話は微妙に変わるが劉秀って田中芳樹の小説にいそうだな。しかも主人公タイプ。


115 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 20:15:45
ラインハルトは潔癖すぎて見ていて気持ち悪い

116 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 20:20:17
おめでとう、あなたは正常な人間です

117 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 20:35:56
というかあの作品は2,30代の若造がポンポン将軍やら提督やらでおかしいんだよ
おかげで常識ではかれば妥当な年齢の指揮官が老兵扱い

118 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 21:04:26
天下に野心を抱くものにとって強欲や女好きは決してマイナスのものではない、
またあまりに真面目で綺麗好き過ぎる人物には人はついてこないと思うのだが、
田中の書く英雄はピューリタンみたいな堅物やシャイで女性が苦手という人ば
かり、物欲は完全に否定され、清貧な奴ばかりが活躍し、強欲な奴は全否定さ
れる。

119 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 21:07:18
田中芳樹の小説に出てくる英雄とその国、臣下、国民は新興宗教団体みたいで
気持ち悪い。

120 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 21:30:50
またアンチどもか

121 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/09(土) 21:49:53
劉秀陣営も若者多いよ…
田中芳樹の話はいいから、劉秀語りなさい。

122 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/10(日) 16:26:00
アンチガイエどもは来るスレを間違っているな。

劉秀からして潔癖かはともかくとしても、良い子ちゃんの優等生でそこそこ美形でシャイでロリコンでギャグすべりで…
いやいや。
さらに麾下の顕職にある将たちは年若くして重職を担うのもいる。
鄧禹は一番信頼された腹心であるし(名将では決してないが。ここはガイエのはなはだしい勘違い)、劉秀よりも若い。
耿弇も常に敵の半数以下で連勝する屈指の名将で、天下平定後は隠居したいとか30代で言い出すし。
「朝飯前」の賈覆は… はて、何歳くらいだろうか。
そういえば蔡遵も美男子だ。
アンチガイエが嫌うパターンなのではないのか、2、30代の若造が将軍やら大司徒だもんな、この光武中興期は。

123 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/10(日) 18:31:03
美形って書かれてたっけ?

良い意味でお坊ちゃんで、話は面白いから、実際に触れてみると格好良く見える人ではあると思うが


124 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/10(日) 19:43:44
劉秀配下の中でも呉漢が好きだな
光武帝の命令を無視してついつい虐殺や掠奪をやってしまうなど
光武帝配下の中でも異端な存在

125 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/10(日) 20:39:54
>>123 実のところ未確認だけど、「劉公真天人也」と、美形と直そのものが書いてあるわけでもないけど、兵士たちにはかっこよく見えたらしい…

126 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/11(月) 23:28:26
まあ、そんなブサイクでもなかっただろう


127 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/12(火) 13:02:20
>>1
もうちょっと何か書こうや。
スレタイも工夫欲しい。

128 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/12(火) 20:56:11
塚本「光武帝」には公孫述とカイゴウ&馬援がスルーされてる件

129 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 09:26:30
>>128
塚本洪武帝買っちゃった・・・金をどぶに捨てた気分だ。今は反省している。

130 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 12:26:25
>>114
アルスラーン

131 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 14:35:01
アルスラーンは、奴隷解放宣言とか光武帝に似たようなところもあるにはある。

132 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 21:04:41
「アルスラーン」と聞くだけでジンマシンができる俺は正常。

133 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 21:21:10
>>122

つまり後漢=ローエングラム朝ということだな。

134 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/13(水) 21:50:05
似てるところがある、ということだな。 単純なイコール結びは視野を狭めるよ。


135 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/15(金) 14:53:41
塚本青史の小説って、面白みに欠ける。
時代もやたらと古代に偏っているし。

136 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/16(土) 03:12:00
『霍去病』は面白かったよ

衛青が活躍してる間は

137 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/16(土) 16:33:04
宮城谷昌光の小説って、面白みに欠ける。
時代もやたらと古代に偏ってるし。

138 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/16(土) 16:38:13
そうか? 主人公マンセーばかりでもないので、自分にはかなりツボの作品だ。
たしかに古代ばかりだが… それは他の作家でも似たようなもんじゃね?
通読的に東晋南北朝書ける作家が出てきたら、それはカミということになるが。

139 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/16(土) 16:41:11
このスレは新末以外の話題が多いな
そんだけこの時代って人気無いんだろうな

140 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/16(土) 21:01:20
板違い

世界史
http://academy4.2ch.net/whis/

141 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/16(土) 22:00:25
>>140
このスレを削除したいなら、
先に春華スレを全て削除しろ。
現状では、三国志以外の時代のスレの方が、良スレ度が高い。

142 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/16(土) 22:11:42
三国時代どころか、歴史の話するまともにやってないスレもあるしな。

143 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/17(日) 09:04:34
このスレの住人は新末の英雄の人生模様とか何を読んで知ったんです?

144 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/17(日) 11:31:09
後漢書

145 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/17(日) 11:39:08
>>138
アン子で崔チョをカッコよく書いてたのに
シイ逆する辺りから根本的にキャラが崩れてたのが大減点だった。

146 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/17(日) 12:05:38
>>145 スマン言うほどミヤギーは読んでないのだ。夏姫と楽毅読んだだけの感想でありました。
>>143 後漢書 十八史略 あとツガンの斜め見(読んではいない)。

147 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/17(日) 14:36:44
後漢書は岩波と汲古書院から訳本が出てるよ

148 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/17(日) 14:49:42
高けぇし。

149 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/17(日) 15:00:24
岩波のは訓点本ですね。汲古書院のはまだ途中で、何年かかるかわからない…。

>新末の英雄の人生模様とか何を読んで知ったんです?
自分は陳舜臣「中国の歴史」「小説十八史略」です。

150 :143:2006/09/17(日) 17:42:04
自分も後漢書の訳本買ったんですが、
肝心の光武帝がいないし建国の功臣の記述を一切すっとばした学者向けの抄訳で、
買ってからガッカリしたことがあります
「小説十八史略」は読書中です
答えたくれた人はありがとうございました

151 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/17(日) 18:01:42
陳氏の小説十八史略は、読みやすいから、中国史入門に最適だと思う

152 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 14:27:51
>>151
俺も、小説十八史略で中国史の概略を掴んだ。
それを骨組みに、後はいろいろ調べて、肉付けをしていった感じ。
ただ、扱っているのが元朝までなので、
明代清代のことが分からないのが欠点かな。

153 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 15:20:09
>>152 正しくは南宋滅亡まで。
おかげで、自分の趣味の範囲も南宋まで。すごい影響力です。

154 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 15:50:10
俺は清朝末期が好き

155 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 16:14:02
>>153
我こそはギリシャ、ローマ、アケメネス朝、サーサーン朝から秦漢時代から
辛亥革命までを極め、歴史の神と呼ばれるものだ。我を崇拝せい

156 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 22:27:50
小説十八史略を読んでから、同じ陳氏の中国五千年を読むと頭に入りやすい

157 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 22:34:00
>>155 いやだ。 栗原益男氏、竺沙雅章氏、砺波護氏以外崇拝しない。

158 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/18(月) 23:10:30
南北戦争が好きなんだお

159 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/19(火) 09:21:24
>>145
『晏子』の登場人物の中では崔杼が一番人間くさくて好きだけどなぁ。
老醜をさらすのもまた良し。

160 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/19(火) 09:39:07
>>151>>152
陳先生、小説十八史略と同じような感じで、
続・小説十八史略とでも銘打って、明代清代の小説も書いて欲しい。

161 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/19(火) 11:58:25
>>160 十八史でなくなってる件。


162 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 06:59:39
続とつけているわけだから、十八史の続きってことで、
いいんじゃないの?

163 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 07:02:12
むしろ「陳説二十五史」でお願いしたい。

164 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/20(水) 09:13:53
ビンゴ

165 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/22(金) 00:16:30
王莽って漢を簒奪して新を建国するまでの手際はいいけど、

いざ政治構想となったらぐだぐだだね。

166 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/22(金) 17:28:16
周に倣う政治じゃグダグダになるわな。

167 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/23(土) 09:55:25
井の中の蛙大海を知らず

168 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/23(土) 15:11:42
暇なんで二十八将を武功別にランク分けしてみた

S 耿エン、岑彭、馮異、呉漢

A トウ禹、寇恂、賈復、祭遵、蓋延、藏宮、陳俊、耿純、銚期

B 馬武、劉隆、王覇、朱祐、ヒトウ、景丹、馬成、、堅鐔、李忠、杜茂

C 王梁、万修、劉植、任光、傅俊

これだけの名将を集めた光武帝ってやっぱ偉大だな

169 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/23(土) 17:46:56
でもことごとく知名度がなくて可哀想

170 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/23(土) 17:53:33
蔡遵はおっとこまえだからいいよ(なにが)
しかし具体的には説明できんようなヤツばかりだ… 
そんなんいたっけ? ってのも、雲台にノミネートされてる感じ。

171 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/23(土) 18:00:08
萬修なんて三行ぐらいしか記述ないしな

172 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/23(土) 23:49:20
田中よしきは光武帝の部下から四人も選んでたな

173 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/25(月) 07:41:50
この新→後漢の戦乱とか馬援とか班超とか小説にしたら面白そうなのいっぱいあるのになぁ

174 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/25(月) 13:18:30
一番小説を書きそうなのは田中芳樹かな。
できれば陳舜臣先生にお願いしたい。
あ、それと伴野郎が班超で「大遠征」という小説を書いているね。

175 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/25(月) 14:11:32
伴野は全てヤバいですよ

176 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/25(月) 15:30:14
伴野朗は朝日新聞出身か

177 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/27(水) 16:38:50
赤眉軍て名前は恰好いいけどあかまゆぐんと読むとかわいいな

178 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/27(水) 18:36:02
緑林の方は、盗賊の代名詞みたいになっていますね

179 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/29(金) 08:23:35
馬援も誰か小説を書いてもいいはず

180 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/29(金) 16:04:07
三国志に名前だけでも出てるから手に取ってもらえる可能性も高いはずなんだけどな
劉秀と公孫述を天秤にかける所とか、朱勃のやつとか名場面もそれなりに多いしなー

181 :無名武将@お腹せっぷく:2006/09/30(土) 19:25:24
かなり無視されている時代だよね。
発掘したら魅力的な人物が多そうなのに。

182 ::2006/10/01(日) 19:44:44
>>169
すると、光武帝の家臣の中で
最も知名度が高いのは……
やはり、宋弘になるのかな?

183 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/01(日) 19:49:20
馬援じゃないか?

184 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 13:09:14
異国のマイナー見つけて悦に浸る前に
自国のマイナー歴史も開発してあげてください

185 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 13:37:42
自国のは、自国大河ドラマがあるから、ほっといても見れる可能性があるが、中国のはそうもいかない。
それに主観だけど、日本の歴史でおもしろくなるのは武士の登場以後だし、それだと開発されつくしてると思う。

186 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 16:04:15
安土桃山あたりは、もうネタが出尽くした感があるよね

187 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 16:46:04
戦国幕末源平辺りはメジャーだな
マイナーで面白そうなのといえば坂之上田村麻呂とかかな

188 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 17:51:21
お前ら太平記無視すんな

189 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 20:18:09
どこでどう無視されたと思った?

190 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 20:21:20
なら高尾大夫の吊し斬りとか伊達騒動とか

191 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/02(月) 20:37:54
中国史も日本史も南北朝時代が一番面白い
後漢時代も面白いけどね

192 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 16:10:34
後醍醐天皇とか面白いかもよ。年号が光武帝と同じ建武だし

193 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 19:27:53
やっぱり南北朝。楠・新田は格好いい。

194 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 22:24:41
南北朝なら韋叡の方が恰好いいよ

195 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 22:30:43
上杉謙信も、韋叡のように杖を使ってたって言うしね。

196 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 22:45:59
南北朝と言えば必ずネタにされるのが










宇宙大将軍

197 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 22:49:00
スペース大将軍サマも、陳慶之には一回負けてるなぁ。
関係ないけど、耿弇も陳慶之も少数で大軍に勝ち続ける奇跡のようなやつらだ。

198 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 22:51:06
コスモ大将軍はヘタレてこそ

199 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/03(火) 23:33:00
陳慶之って最後全滅してなかったっけ?

200 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 07:32:02
全滅ではなく四散という言葉を使っている。
全員殺傷されたわけでなく、それぞれが逃げ散ったということだろう。
陳慶之もそのあと、また軍役に復帰してコスモジェネラルになる前の第一形態侯景をやっつけている。
そのあと病没したけど。

201 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 09:37:15
侯景って不思議なキャラだな
英雄なのか凡人なのかよくわからんよ

202 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 11:09:51
梟雄だろ

203 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 15:43:11
多分宇宙人だろ

204 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/04(水) 20:16:57
南北朝時代スレになっているな

205 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/05(木) 23:45:14
そろそろ劉秀やらの話題に戻りましょう。

206 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/05(木) 23:57:07
わたしゃ別にこのままでも…

207 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 01:36:22
新から西晋ぐらいまで名はほとんど一字だったのに、なんで東晋以降は急に二字の名が増え出したんだろう

208 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 18:03:31
>>168
それだけ名将がいても、ほとんど知名度がないね。

少なくとも日本では。

209 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 19:39:53
>>208 名将というか、建国の功臣ね。
>>207 新のとき、政策として二文字の名を禁じているんだよね。 急に増えたのは…? たとえば?

210 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 19:48:51
逆に考えるんだ。

前漢までは二字名は多かった。
東晋あたりからも二字名は増えていき、近世〜近現代に至るまで二字名の割合はかなり高い。

つまり名前に関しては新、後漢、三国、西晋あたりが異常な時代だったんだよ。
当時の儒学の主流派(古文派)で二字名を避けたと思われるのが理由か。元のように二字名が復活してくるのは儒学自体の捉え方が変わってきたということなのかもなー

211 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/06(金) 20:20:00
異民族が関係してるんじゃないか?

212 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/07(土) 01:12:13
>>211 中華の記録で、ムリヤリ漢字に当てはめたりしてるから、奇天烈な名前のヤツが多い。
三文字なんかザラだしね。

213 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/07(土) 16:01:19
劉秀は少女漫画向きだな

214 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 20:26:39
一番キテレツな名前が多いのは史記の高祖功臣表
一度見てみ

215 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 20:34:30
>>214 史記をそらんじてるわけじゃないので、何巻か書いてもらわないと探したじゃないか。
でもなぁ… 禿髪烏孤 とかに比べたらぬるいなぁ

216 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 20:44:20
変な名前というと赫連勃勃が真っ先に思い浮かぶ
東魏(後の北斉)の高歓(ちなみに宇宙大将軍はこの人の部下)は字が三文字だったらしいけど
他にも字が三文字以上の人っていますかね?

217 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 23:45:28
ほんとに変な名前だが
郭無為 無不為
というのがいる。五代十国時代末期、北漢の宰相を務めた人物。

218 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/08(日) 23:52:22
東郭咸陽
五鹿充宗
吾丘寿王

※漢人

219 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/09(月) 00:38:32
武侠モンの渾名みたいだねw

220 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/09(月) 00:56:12
>>217
姓が郭で 名が無為 字が無不為?
なんか老荘っぽい名前やね


221 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/09(月) 01:01:22
今度は変な名前スレにw

222 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/09(月) 01:28:20
脱脱には負けるよな

223 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/10(火) 17:20:36
中国史の面白さは
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1153467188/

224 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/10(火) 22:46:04
中国で、この劉秀とかの時代を扱った時代劇ってないのかな?
武帝の時代劇とかは知っているんだけど。

225 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/11(水) 00:14:21
本場中国でも日本と同じように、劉秀はあまり人気が無いらしい

226 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/11(水) 00:17:24
応援者は田中某氏ぐらいか

227 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/11(水) 00:28:24
やめてよね

228 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/11(水) 01:19:31
三国志11で劉秀勢力を再現してみようとしたけど出てこない字がたくさん…orz

229 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/11(水) 01:31:41
俺は人民解放軍を再現した。平和な時に不満そうなのを粛清するのが醍醐味

230 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/11(水) 01:55:46
>>229
いいねw
毛沢東で粛清プレイw
中国史上の全勢力を再現してみたいけどさすがに無理かな…

正直このゲームは新武将作る時に、史書を片手に
あーだこーだ能力値査定してる時が一番楽しいw

231 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/12(木) 00:05:11
やっぱりこの時代って地味だね

232 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/13(金) 14:31:04
劉秀英雄伝

物語としては、賊にさらわれた陰麗華を、劉秀が単身救出するような場面が欲しいな

233 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/13(金) 21:52:41
>>232
劉秀を主人公にドラマでも作るんだったら、
そういう場面を入れたいな。

そういや、劉秀はお姉さんが賊に殺されたんだっけ?

234 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/14(土) 01:12:03
でも、あんまり英雄英雄した劉秀はいやだな。
天然ボケがときおり入り、普段おとなしいのに突然無鉄砲になって部下に引き止められ、自分で作った規律を自ら破って締め出しくらうというちょっとお笑い系のほうが、今風かと。
(そういうエピソードを面白おかしく誇張したようなのがいい)

235 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/14(土) 03:00:08
賊にさらわれた陰麗華を、偶々劉秀が単身救出するほうが劉秀らしいよな

236 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/14(土) 12:45:22
単身救いに逝くのだけど
道々で「単身で勝算あるのかよ!お前馬鹿だなぁ」とか文句言いつつ
仲間がついてきてくれる展開キボン

237 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/14(土) 13:43:31
群盗の一人が劉秀の人柄に惚れて脱出の手伝いをする展開

238 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/15(日) 11:08:36
誰か、脚本書いてくれ

239 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/15(日) 15:48:05
つ 塚本『光武帝』

240 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/16(月) 10:18:04
塚本の小説はつまらん

241 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/17(火) 10:29:21
http://www.geocities.jp/kaysak864/
ここは? 字しかねえけど……

242 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/17(火) 10:37:35
141 :無名武将@お腹せっぷく :2006/10/16(月) 21:13:20
陰麗華は本当に歴史に残るほどの美人だったのだろうか? 
確かに劉秀を皇帝にした訳だし、男の出世のために
皇后の座を直ぐには望まなかった(望めなかった)し
中国史上一、二を争う名皇后だったらしいし
皇帝になる男のカミさんとしてはサイコーかもしれんが

243 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/18(水) 00:12:56
公孫述も蜀漢みたいに積極的に撃って出てればもう少し違った歴史になってただろうね

244 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/18(水) 13:48:58
王莽の簒奪の手順は、その後の中国史上の簒奪のお手本となったのかな?

とすれば、偉大だな。

245 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/18(水) 22:23:47
王莽はいまいち歴史上の評価がはっきりしないね

名君ってわけでもないし、暗君というわけでもない
かといって暴君でもないし

246 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/18(水) 22:46:41
王莽のはなかったことにしたいのかもしらん。
簒奪を禅譲というかたちで定着させたのは曹丕だね、一般的に。
曹丕以降はどうであれ、禅譲の形式だけは踏まえているからね。
そのあとで元皇帝をぶっ殺したりする凶暴なのが大半ではあるが。

247 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/18(水) 22:54:59
王莽が禅譲による簒奪を実現し、曹操・曹丕が最高権力者なら誰でも禅譲による簒奪を簡単に出来るように改良した


権力者としては哀帝の方が優秀
王莽がパッとしないのも仕方ない

248 :http://tadadenetoge.web.fc2.com/index.html:2006/10/19(木) 21:11:34
1時間で約1500円の現金・WebMoneyゲット!!捨てアドOK,ミクシィ紹介あり

249 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 10:38:51
劉秀は、なんだかんだで頑張っているよな。
河北へ行った時点では、大した力はなかったんだし、
王郎に攻められた時とかはかなり危なかったんだろう?
それを河北を平定したんだし。

250 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 12:16:33
劉秀が優秀だったことに加え、競争相手となる他の勢力がイマイチだった。

251 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 13:11:26
あっという間に制圧したからイマイチなどと言われるジレンマ

あれだ、傑出した人物が多くいたから分裂時代になったのだよ派と
傑出した人物が居なかったから統一出来なかったんだろーが派の
卵が先か鶏が先かの論争みたいなもんだ

252 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 13:47:49
どっちにせよ、あっさり制圧したものだから、
ドラマチックな展開に欠けて、どうしても地味な印象になってしまうんだよな。


253 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 14:47:08
決して競争相手が弱小勢力ばかりだったとは言えない
後漢末の群雄と比較しても遜色無い

それでも劉秀が十数年で統一することが出来たのは
劉秀の元に非常に優秀な人材が揃っていたのと
当時の民衆の間には劉氏による王朝再興への根強い期待があったのが大きな要因だったと思う


254 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 15:27:20
それは大きくあっただろうね。
なにしろ前漢朝は蓁や明のように反乱の末に滅亡したのでなくトップが一種の
クーデターで挿げ替えられただけなんだから。
しかも変わった新政権が暴政悪政で世の中を混乱の渦にってんだから前代を
懐かしまないのがウソ。

255 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 16:35:17
民衆に劉王朝復活を煽ったのは豪族だと思う
初期の緑林や赤眉にそんな思想は無かったんじゃない?

256 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 16:52:48
王莽が劉氏の利権を根こそぎ奪おうと画策したことへの抵抗なんじゃないの?
あと、地名とか朝令暮改しまくったから、物資流通の面からも不満がでて、経済面からの後押しという側面も無視はできない。
それは中国が分裂したときに、よくおこる事象なんだよね。
商人は国家の興亡などどうでもよく(はないけど)、商売に差し障ると統一を求める動きになる。

257 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 22:15:22
>>255
赤眉も最終的には劉王朝復興を目指してた思うよ
くじ引きで劉氏の子孫を皇帝に立てたりしているし


258 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 22:39:52
>>246
個人的には王莽の失敗があったから魏晋時代は実権を握った事実上の王朝創始者である
魏武(曹操)や、魏を奪った仲達は世論や士大夫層を中心とした各層からの反発を考えて
あえて漢の臣、魏の臣で自身は生涯をおえたのでないかと思ってる。

ただ、晋の治世時に八王の乱がおきて五胡が進入し、皇帝が惨殺されて西晋が滅んだ時点で
大きくかわったんだろう。
従来の士大夫が没落して長江をめざし、胡の習俗が持ち込まれた時点で前王朝の宗族が
悉く抹殺される文化ができた。

これが改まるのは後周を温存した宋や明の宗族の一部を保護した清にいたるまで長らく続いた。
というか、宋や清の方が特異かもしれん。

259 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 22:41:35
曹操も司馬懿も即位前に死んだだけだよ

260 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 22:45:04
>>258 大方がその見方でいいはず、というかおれもそう思ってる。
話は変わるけど、だからこそ、諸葛亮の狙いというのが士大夫層への漢王朝復興世論を、喚起することではなかったかと思うわけで。
世襲が続いてしまうと、内部が固められてしまうから、第一次北伐は最大のチャンスだった。
あとは意地か国内のパフォーマンスか…
ま、それは別スレだな(今、へんな論争になってるが)。

261 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 23:15:46
>>259
曹操が献帝を擁立し、政事を漢の丞相としてらつ腕ふるったまさにその時期に
董承一派のクーデター計画と、劉備の関与事件が起こってる。
董承は族滅され、皇太后、皇妃ですら粛清の対象になったクーデター未遂事件の
幕を引き、廃された皇妃に代わって曹操の娘を正妃に立てたが、
そこで処分を終え、献呈自身は手出ししなかったいやできなかったというべきだろう。
事実、王莽をあげるまでもなく西涼の董卓は先帝(献帝の兄)を殺害し、曹操に
挙兵する口実を与えている。
挙兵した曹操が同様にすれば、董卓同様の反発は火をみるより明らかだった。
特に曹操は光武帝を評価しており、彼の生きた時代の社会情勢や王莽の失敗に
ついて研究していたからこそ簒奪にふみだせなかったかと。

262 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 23:19:55
いや、だから曹操は蜀と呉を下してから即位するつもりだっただけですよ

263 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 23:24:13
>>262 そういう話もたまに聞くけど、根拠となるものは?
通史くらいしか読んでないから、細かいとこはわからん。
太祖の言動に、そういうのがあったの?

264 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 23:26:52
>>260
劉備の参謀だった法正、ホウトウの死、関羽の死と本来の本拠地であったはずの
荊州の失陥による益州への荊州系の人材の大量流入による内訌の事前阻止には
南蛮の討伐や、北伐といった外敵への攻撃と、自称にせよ蜀漢の正統性証明など
複合的な理由も見逃せないな。



265 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 23:35:48
>>262
後世の歴史家司馬光も、曹操は簒奪の悪評を恐れて踏み切れなかったと
曹操の心中を推し量っているよ。

つけくわえると、魏武稜は今も肺(ほんとうはサンズイに肺の字だが)国ショウにあるが、
犬の糞尿にまみれ、日本から訪ねてくる曹操ファンぐらいしか参ってない模様。
昨今の三国無双ブームが日本から逆輸入されて中国でも曹操ファンが増えている
とは聞くが、ごくごく最近まで日本軍に協力したことで売国奴あつかいされた汪兆銘ら
漢肝あつかいされていた連中同様のあつかいうけてなかったし
ごく最近までそこまで貶められていたことに当時の漢王朝の権威が古代世界で
どれほどのものであったかわかろ。
善政を敷いたとされる曹操ですらこの有様では、当時の社会情勢にあわせた
まつりごとを良しとしなかった王莽じゃあ話にならない罠。

266 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 23:51:33
>>263
武帝紀や注からはそうとしか読み取れないけどねえ
それに曹操が死後も勢力の維持を望むなら、先に即位した方がいい
代変わりの時は逆クーデターの好機だからね
霍光んときはそれで二代目に滅んだ

267 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/21(土) 23:59:10
>>266 なるほどねぇ。
しかし、だからこそ地盤固めに自身を費やし、次代に委ねるつもりだったとは考えられんかな?
つまり、今自分が帝位に就いてしまうと、なにかと抵抗があるから、その抵抗を抑える措置をとった、と。
だからもともと自身では帝位に就くつもりはなかった。 自分の子を就かせようとはしていただろうが。
と、いうふうに。
まぁ、本紀読んでないので、たわごとと思ってもらってもいいけど。

268 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 00:01:14
>>266
専横で実権を握るのと、王朝自体を廃するには次元がちがうと思われ。
唐の則天武后や、漢の呂氏専横の時代などをみても、難しいのよ。

曹操の董承クーデター未遂事件の時ですら、皇帝に手を出すにはリスク大きすぎ。
漢が3百年ちかく続いたのにはそれなりに理由がある。
日本で言えば、天皇制を廃止したは良いが、それに代わる権威に自分がなろうとするが
周囲が納得しない状態といえばよいか。

それぐらいのリスクがあるわけ。

269 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 00:06:58
>>267
魏で司馬氏が曹爽を粛清した後も、漢王朝の廃絶からそれほどたっていないにもかかわらず
三代かかっているね。
いうまでもなく司馬氏の専横に曹爽一派を族滅した後も相次いでいたからだが、
曹操の子曹ヒは一族を藩屏にしなかった。それでもそれだけ抵抗があった。

曹操の生きていた時代だと、クーデター未遂事件の頃には漢王室そのものの権威と実効支配そのものが
喪失していたとはいえ、劉備のようななんちゃって皇族を除いてもまだ劉氏の地方政権が各地にいたから
求心力を与えかねない。

たとえ曹操が内心自分の代で出きれば即位したいとおもっていても、王莽のような末路をたどると
わかっていたんじゃないかな。
現に董卓の最後が悲惨なものだったしね。

270 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 00:35:59
>>269
うん、だから曹操は自分に仇なす地方政権を倒してから即位したかった。
即位だけなら建安末期には朝廷内には障害は無いに等しかったが、その後を考えてね。
しかし先に寿命が来たからこそ「自分は周の文王」という言葉が出てきたんでしょう。

271 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 00:47:36
呉と蜀を併呑できれいれば自身の即位に踏み切ったと思う。
王莽とちがい、自身が実力で天下統一したならばもはや漢の廷臣や権威も
必要としないから新たな王朝創設に踏み切ったと思う。

ただ曹操一代では無理だったし、曹ヒの時代つまり文帝の時には
形の上では孫権も魏に帰順していて(簒奪した事で呉と蜀が反発。名実ともに
独自王朝を開く口実にもなったけど)実質的な簒奪に踏み切っているよね。
直接的には首都許昌の喉下に突き刺さる形となっていた荊州の攻略と関羽の
死去が大きいんだろうけど。
あれで華北の安定がほぼ磐石のモノとなり簒奪しても政権自体は動揺しても
押さえ込めると判断したっぽい。

272 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 00:52:58
武帝紀の晩年を見るに曹操は自分の代で統一する気マンマンだったぽい

273 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 01:04:32
>>257
目指していたというか、漢に変わる権威が当時なかった。
秦末のように戦国時代の亡国の王族がゴロゴロしていた
時代は歴史の彼方だし。

王莽の失敗を目の当たりにしているから漢とは別に
新たな権威を群雄が目指しても求心力が薄い罠。

274 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 01:10:46
>>272
赤壁は実際にはなかったし、疫病も流行して南方計略は進まなかった。
漢中も劉備にとられるし、股肱の臣 夏侯淵も乱戦の中で戦死する惨状で
所詮、漢中は鶏肋にすぎないと位置づけて領有をあきらめてる。
蜀に行くには華北からだと漢中をとおらねば往く事ができない。

後のケガイみたいに山道や桟道とおらずに独自に工兵つかって
道なき道こえて蜀に侵入するなら話は別だけど、曹操は
定軍山の戦い以降は統一あきらめていたんでは。

むしろ、孫権に対して和平工作して関羽挟撃はかっているし、
あの時点で曹操一代で統一する夢自体は詰んでいたような。

275 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 01:44:47
赤壁はなかった
なんて言ってる人とでは話にならないや

276 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 01:49:21
キチガイだろうな

277 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 02:02:14
演戯だけの話だろ赤壁って
南部侵攻計画自体はあったが、講談にでてくるような大船団の出現は
晋の司馬炎による蜀からの遠征までムリポ

呉による侵攻も明帝自身の出馬で阻止されているが、河こえて追撃してないし。

278 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 02:07:39
>>265
司馬光の意見ってフィルターがかかりまくってるからなあ

279 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 02:23:13
そもそも疫病で将兵の大半がなくなって作戦を続けられなかっただけ。
赤壁の損害とやらも孫権と劉備の連合軍でどれほどあったのか不明だし

連環の計ともなると洪武帝が群雄との対決で洞庭湖での話しが元ネタ
ずっと後世の話だな

280 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 03:03:57
駄目だ今更すぎて痛くて見てられない

281 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/22(日) 19:32:19
武帝本紀にも周瑜伝にも、赤壁での対陣、戦闘については記述はある。
黄蓋の偽投降に端を発する火攻めの記述があるから、なにも羅貫中の想像というわけでもない。
>>洞庭湖での話しが元ネタ
も、作者はインスピレーションを受けたかも知らんが、上記のことでそれだけではないとわかると思うが。

282 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 00:55:24
赤壁で戦いがあったという事と、戦局を左右するほどの戦いかという史実には埋めがたい溝がある。

作者はインスピレーションを受けたかも知らんが

いや、まんま赤壁の戦いは洪武帝が実際に戦った戦いの丸写しなんですけど。

朱元璋との抗争と?陽湖の戦い
大漢皇帝を称した陳友諒は、湖北から江西にかけての一帯を勢力に収め、長江下流の応天府(現在の南京)に
拠る朱元璋、隆平府(現在の蘇州)に拠る張士誠と並び立った。その中でも東に勢力を接する朱元璋と激しい
抗争を繰り広げた。1360年、陳友諒は朱元璋側の拠点である太平を攻め落とし応天府にせまった。
しかし敵将の偽りの降伏を信じて応天府の攻撃を急ぎすぎ朱元璋軍の反撃を受けて敗北した。その後、
朱元璋側に寝返る者が続出し長江沿岸の拠点を次々に失った。これを挽回するため1363年(至正23年)、
数百隻の大船団を率いて?陽湖で朱元璋軍と決戦したが、火攻めをうけて水軍は壊滅し陳友諒自身も矢を受けて敗死した。



283 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 01:07:37
ハイハイ君が洞庭湖の戦いに詳しいのはよくわかったからしばらく黙ってて
邪魔だから

284 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 01:08:59
ちなみに羅貫中自身が洪武帝と戦って敗死した張士誠の部下とだったとする説もある。
演戯でまるで見てきたような迫真の迫力の大戦となっているのは羅貫中自身が従軍中に
洪武帝と戦った実体験かもしれない。

がいずれにせよ赤壁は大戦ではないし、ボロボロに負けた戦でもない。

参考
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%85%E8%B2%AB%E4%B8%AD

285 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 01:14:19
コピペ知識乙

286 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 01:15:35
どこが大戦なんだろうね

http://mujin.parfait.ne.jp/search2.cgi?text=wei1

秋七月、公は南進して劉表を征討した。八月に劉表が卒去し、その子劉jが跡を継いで
襄陽に屯し、劉備が樊に屯した。九月、公が新野に到達したところで、劉jはついに降服し、
劉備は夏口に逃走した。
公は江陵に軍勢を進め、荊州の官吏民衆に布令を下し、ともに改革を始めることとした。
そこで荊州帰服の功績を賞したところ、侯に封ぜられた者は十五人であった。
劉表の大将文聘を江夏太守として元の軍勢を統括させ、荊州の名士韓嵩・ケ義らを登用した。
[一]益州牧劉璋が初めて軍役に応じ、軍勢を派遣して人数を補充した。十二月、
孫権が劉備に荷担して合肥に攻め上った。公は劉備を征討しつつ江陵から巴丘へと進み、
張熹を派遣して合肥を救援させた。孫権は張熹の到着を聞いて逃走した。公は赤壁に着陣
したが、劉備との戦いは不利であった。こ
のとき疫病が大流行して官吏・兵士が数多く死んだため、軍勢をまとめて帰還した。
劉備はかくて荊州のうち長江南岸の諸郡を領有した。[



287 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 01:22:28
劉ソウの降伏により一気に荊州を手中にし、あとは劉備を掃討するだけだったはずの曹操が、
荊州から追い出されるように逃げるハメになり、以後数十年もの間中原王朝が江陵を落とすことも出来なかったほどの大敗を喫したのは、
三国志各所に記録の残るいわゆる「赤壁の戦い」の結果と言える

288 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 01:43:41
>>287
武帝伝では大敗した時はきちんと負けたと書いている。たとえば董卓への追撃戦で群雄に追撃を呼びかけたが
誰も賛同せず、曹操軍だけで董卓の追撃に失敗し大損害食らった時などは兵の大半が死んでる。


赤壁ではそういう記述がない。曹操は若い頃は思慮浅く、大敗があいついだが、孫権、劉備との戦いで
最初に記した董卓と対峙したようなひどいまけっぷりなど見たらない。
不利になったから退いた。 疫病が蔓延したから作戦自体を中止したにすぎない。


289 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 01:45:27
このスレはいつもスレの趣旨とは違う事で盛り上がるね。
まあ面白いからいいけどね。

290 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 01:46:53
作戦中止=負けだし
損害0の撤退なんてあり得ないんだが

291 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 02:06:18
>>290
劉備あたりはすき放題にいっていただろうが、魏武は関中や茨州には拘っていない。
魏武自身後に定軍山で不利と見るとあっさりと見限っているし、劉備のような雑魚
相手にしてない。
博打的な戦いは官渡で最後で、後半は内政の確立など地盤強化に努めている。
華北中心に安定すればするほど、劉備や孫権は不利になってくるしな。
孫子魏武注では戦争は下策。なるべくならしない方が良いとあるのはまさしく本音でなかったか。

292 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 02:14:33
「演義みたいな赤壁大戦がなかった」と言ってる人と、
「あの地域で曹操、劉備、孫権3勢力の戦略的行動があった後、最も戦略的利点が得られなかったのが曹操」と言ってる人では話が噛み合わないってことですか?

293 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 02:29:15
劉備が戦略的な行動とやらをとったのは、征蜀の一連の軍事行動と、定軍山(劉備軍団の絶頂期)と
夷陵の戦い程度だだろう。

劉備は他の群雄のように曹操とまともにぶつかったのは定軍山ぐらい。
赤壁はごらんのとおり曹操が来ると赤壁以前に夏口へ逃亡、先発隊が劉備軍と不利な戦い
(おそらく、長江が邪魔して兵力の逐次投入、その都度撃破されたとかその程度の代物じゃないか)
しているうちに大軍を渡らせる段取りを整えていたのだろう。
なぜ、さっさとおくらなかったかというと、演技とちがって史実では合肥の戦いがあったから。
でも孫権は負けて逃げた訳だ

だから劉備レベルでも撃破できる(海とみがまうほどの渡河作戦なんて攻め手の方が圧倒的に不利。
実際孫権も合肥で負けているし)規模の人数しかおくれず地勢的にも不利だった。
その程度でしかないんだよ。

で、合肥も片ついたからさあ、劉備を掃討して幕ひこうかというときに疫病がおこり、大軍を送ること自体が
だめになってしまった。

それが赤壁の戦いの真実で演戯のような戦いは後世の洪武帝の桧舞台がパクられただけの話。
あれにしたって洪武帝が功臣粛清しなければ本人の武勇伝として後世にまで称えられていたんだろうが、
あんな事するから、千年以上前の戦いの講談の元ネタにぱくられちゃいましたというそれだけの話だよ。

294 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 02:31:13
以下、漢復興スレになります

295 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 02:38:32
293はお金が無くてちくま呉書を買えなかった可哀想な子

296 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 02:39:38
>>293
夷陵の戦いは戦略的な軍事行動とは言えないと思うが…

297 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 02:51:54
赤壁同時期の合肥戦は主に将軍張喜の騎兵千と汝南の兵で孫権を退けてる。
曹操が敗残の劉備に負けるくらい本隊を手薄にするほど兵を割いた形跡はない。
疫病がひどかったのも事実かもしれんが、疫病と敗戦により荊州の大半、特に最重要地点江陵を事実上放棄するほど曹操勢力が深刻な打撃を受けたのは間違いない。

298 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 02:58:38
曹操厨が何でこのスレに登場したのか謎だ

299 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 03:06:06
>>297
負けたのなら正史にかかれるはず、
董卓相手にぼろ糞にまけて逃げ帰ったことまで記されているのに
赤壁の戦いの詳細とやらをなぜかかないんだろうな

具体的に寡兵の劉備軍はどうやって勝ったのかおしえてくれいw

まさか連環の計とか、孔明の祈祷とかいいださないよな?

これが今日の宿題だ きちんとやっておけよ お休み

300 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 03:08:39
曹操が敗残の劉備に負けるくらい本隊を手薄にするほど兵を割いた形跡はない


本隊はけいしゅうになど未到着だろう。
せいぜい曹操に帰順して侯に封じられた劉表系の連中が兵の支持や尊敬をえられず
グダグダな戦いしたとかその程度だろう。

301 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 03:11:36
呉書持ってないというのがマジだったようだなぁ。
お母さんにおねだりして買ってもらえ。

荊州に攻め込みたい孫権が周瑜を派遣して曹操を破ったことがはっきり書かれてるよ。

302 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 04:07:15
以下、完顔福興スレになります

303 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 07:30:26
いい加減、『三国志』巻54、呉書9、周瑜魯粛呂蒙傳 を読んでくれ。
なんで武帝紀だけで、決め付けてるのか。
紀伝体の正史は、一方の伝だけでは記述が偏っていることを知らんのか?
それとも、演義をウソだと言いつつ、正史も読まない思考停止厨ですか?

304 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 08:32:57
>>300
本隊が荊州に到着してなかった訳がないだろ
本隊がいないとしたら、降伏したばかりの土地を曹操は丸腰同然で動き回っていたことになる

305 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 08:35:36
そろそろ劉秀とか王莽とかについて語ってやれよ

ただでさえ地味で注目されない面々なんだから

306 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 08:38:07
では劉盆子政権が信奉していた城陽景王信仰を曹操が破壊した件について

307 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 08:42:59
>>305
そいつらは板違いだから。
まあ語るにしてもこの板でやる以上は副物程度でと弁えるべきだな。

308 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 19:10:37
劉備や曹操は覇業においてしばしば光武帝の行いをパクったりなぞらえたりしているし、曹操が整えた簒奪までの手順は王莽の手法をなぞったものと言える
つまり王莽や光武帝は三国志の様々なことを考察する上で欠かせない存在なんだよね

309 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 22:19:05
>>308
実際三国時代に関する論文を書いてる研究者は後漢時代が専門って人が多いしね
三国時代を考察していく上で後漢時代の官制や政治状況の変遷等を知っておくのは重要なことなんだと思うよ

310 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 22:35:25
呉史「にみ」が真実であるわけもないが、なぜ赤壁「だけ」呉史の主張を採用するのかな。
その理由は何か?

311 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 22:43:20
うるさいよ「にみ」厨

312 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 22:47:44
じゃあ、反対に考えて、朱元璋が過去の戦い、つまりこのころ雜劇、講談で大人気だった三国志にヒントを得たとも考えられんか?
武帝紀にも赤壁の記述はあるし、より詳しいのは周瑜伝でしょ?
呉書に、厳然と記述がある以上、赤壁の戦いを後代のパクリと片付けてしまう方の理由こそわからん。
それとも、百万単位の戦争が本当にあったと信じていたことがあって、今必死に否定しようとしているのですか?
それは演義に漬かりすぎです。否定しようとする今も。
百万とか、それはあくまで大法螺ですから。

313 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 22:55:16
>>312
?陽湖の戦いで連環の計が出ているが、演戯が成立したのは洪武帝が天下統一した後の事だ。
まだ世にでまわっていないのにどうやって洪武帝が演戯を読むことができたのかぜひ説明してもらいたい。

314 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 22:57:57
雑劇、講談と言ってるのも見えないのか…
誤字も多いし、かなり痛いな

315 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:00:01
そう、逆に考えるとなぜ羅貫中は朱元章の戦いを赤壁の戦いに取り入れたのか、そこを考えてみるのも面白いと思うよ
スレ違うけど

316 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:01:42
何?連環の計だけを取り上げて史実としての赤壁の戦いはなかったor大したことなかったと言ってるの?

317 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:04:46
>>316
>>277ぐらいからドゾー

318 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:10:23
じゃあ逆に考えてみようか。
はん陽湖の戦い以前に講談が人口に膾炙していたならば、陳友涼も当然しっているはずだよな。
少なくとも、羅漢中は彼の配下だったのだから、周囲の人々も知悉している道理だ。

にもかかわらず、陳は演戯の曹操の転落コースを再現した事になってしまう。
仮に陳が演戯をしっていたなら、連環の計なんて事を進言された時点で不採用にしているはず。

そうしないのはなぜか? 答えはひとつ 彼以前にはそんな事をした人はいなかったからだよ。
彼自身が演戯の曹操のモデルだから参考にしようがなかったんだよ。

赤壁の戦いも羅がまるでみてきたような描写しているけど
あたりまえの話だ。 
彼は演戯版曹操のモデルとなった陳の転落と惨死を見届けているんだから。

319 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:17:26
演義ね

320 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:18:58
「は」陽湖だ。「は」。
羅貫中はその戦いを参考にもし、正史も参考にしているんだよ。
もういいや。まともに相手してきたけど、人の話は聞こうとしないお子様だった。
もちっと見聞広めて、柔軟に人の意見を吟味できるようになっておいで。


321 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:28:06
>>320
論破されたことを認めたな。

>>312の主張が>>320に後退し、なぜ呉史のみを魏攻撃の根拠とするか説明もできていない。
仮に>>297ほどの損害をうけたのなら、直後に西涼戦どころではないがね。
孫権もそれほどの損害をあたえたのなら、合肥攻略再チャレンジすぐにしてもよさそうなものだがw

322 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:31:04
ちなみに不思議なんだなあ。編者の陳寿は蜀出身者で魏に祖国滅ぼされているのだから、
編集したときにそれほど打撃うけたのが事実なら、魏志に記してもよさそうなものだがな。




323 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:31:34
なんか頭の不自由な人がいるね。

324 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:33:29
後漢書職官志とか言われるのが許せない俺

325 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:40:11
赤壁の戦い
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1161249798/

8 名前:無名武将@お腹せっぷく 投稿日:2006/10/19(木) 20:19:46
最近の研究では、赤壁に布陣した曹軍の兵数はせいぜい5千人くらいだったらしい。
それ以外は西涼に備えて引き返していた。
いわば、赤壁の兵はしんがり。


勝負決したな。 5千人を大軍とよぶのかい?


326 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:44:49
そのスレの9レス目を見よ
「最近の研究」が具体的に誰の何に記されているのか提示しない限り、それは君の寝言並に無意味なレスだよ?

327 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:47:02
>>325 いや、そもそも大軍大軍言ってるのは、そちらだけでして…
たぶん誰も三国演義のような大戦があったなんて思ってないから。
必死に否定してるのもそっち。
ただし、赤壁での戦いは記述にある。 火攻めも。 そこはきちんと確認してきてくれ。

ttp://www.sinica.edu.tw/ftms-bin/ftmsw3?ukey=-1402699691&path=/5.3.9.2.5.1.1263p

328 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:49:59
魏から平和裏に禅譲を受けた(事になってる)、つまり魏をあまり悪くは言えない晋に仕官している陳寿がおおっぴらに魏を悪く書けるものではない、
というあたりまで頭が回らない可哀想な子

329 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/23(月) 23:52:36
325みたいなレスに頼るしかない必死さと頭の足りなさがよく伝わってきますね。

330 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:01:29
今夜は宿題ないの?
325のソース探すの忙しくてそれどころじゃないのかな…

331 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:03:40
もう赤壁スレでやったほうが

332 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:04:38
327の中央研究院のソースまででっちあげって言われたらどうしよう?

333 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:08:17
板違いのスレで
スレ違いのレスの数々

334 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:17:08
それよりちゃんと続漢書職官志と言うようにしようよ

335 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:26:15
>>328
君は呉史を編纂したのも陳寿だということを忘れていないか?

336 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:26:35
後漢書蜀漢志?

337 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:28:13
>>328
追加
魏を悪くいえない? なら赤壁より真っ先に除州虐殺した史実を歴史から消し去るべきだよな。
赤壁以前に魏武の一大汚点なんだがあれは良いのか?w

338 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:29:56
続漢書は司馬彪
志だけ完全な形で残ってる

339 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:33:57
>>335
各史書を照らし合わせて考察するという人が今よりも少なかったから無問題
できない人は今でもいるようだが

つーかこっち行け
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1161249798/

340 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:34:15
別に赤壁で戦いがあって曹操が敗れた事は三国志以外にも記述があるわけで。

341 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:34:19
ホモで有名な哀帝だが子供はいたという意外な事実

342 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:35:46
そもそも、その三国志を見ようとせず、ないと言い張るのはいかに? という流れなんでしょ。

343 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:37:00
続 漢書ね、無知だ俺orz

344 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:41:24
>>340
魏志では負けたなど一言も出てないぞ。
孫権と劉備は逃走したとはっきり書かれているけどw

345 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:52:28
>>344 このあとにある、注記二もみてね。

ttp://www.sinica.edu.tw/ftms-bin/ftmsw3?ukey=-1941569468&path=/5.1.1.2.72.1

346 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:57:57
>至 , 乃 走 . 公 至 赤 壁 , 與 備 戰 , 不 利 . 於 是 大 疫 , 吏 士 多 死 者 , 乃 引 軍 還 .
  備 遂 有 荊 州 ? 江 南 諸 郡

>>286に日本語訳があるが、


公は赤壁に着陣 したが、劉備との戦いは不利であった。
こ のとき疫病が大流行して官吏・兵士が数多く死んだため、軍勢をまとめて帰還した。
劉備はかくて荊州のうち長江南岸の諸郡を領有した。[


どこに負けたとある? 原文みても敗北なんてかいてないけど。

347 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 00:59:56
http://mujin.parfait.ne.jp/search2.cgi?text=wei1

秋七月、公は南進して劉表を征討した。八月に劉表が卒去し、その子劉jが跡を継いで
襄陽に屯し、劉備が樊に屯した。九月、公が新野に到達したところで、劉jはついに降服し、
劉備は夏口に逃走した。
公は江陵に軍勢を進め、荊州の官吏民衆に布令を下し、ともに改革を始めることとした。
そこで荊州帰服の功績を賞したところ、侯に封ぜられた者は十五人であった。
劉表の大将文聘を江夏太守として元の軍勢を統括させ、荊州の名士韓嵩・ケ義らを登用した。
[一]益州牧劉璋が初めて軍役に応じ、軍勢を派遣して人数を補充した。十二月、
孫権が劉備に荷担して合肥に攻め上った。公は劉備を征討しつつ江陵から巴丘へと進み、
張熹を派遣して合肥を救援させた。孫権は張熹の到着を聞いて逃走した。公は赤壁に着陣
したが、劉備との戦いは不利であった。こ
のとき疫病が大流行して官吏・兵士が数多く死んだため、軍勢をまとめて帰還した。
劉備はかくて荊州のうち長江南岸の諸郡を領有した。[






348 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:00:46
・・・

349 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:07:44
蓋放諸船 同時發火。 時風盛猛 悉延燒岸上營落。 頃之 煙炎張天 人馬燒溺死者甚衆 軍遂敗退…

これをどう読む?
武帝紀は簡素にしか書いてないから、別のものをつき合わせて考察する必要があることを理解してますか?
なんでいつも魏書の太祖武帝紀だけを拠り所にしてるのだ?
つか、呉書を持ってくるとなにか不都合でも?

350 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:12:23
平話では大敗したことになってる。

351 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:14:59
>>345が武帝本記を見ろというから、こたえてやったまでだが何か。

そもそも晋は魏を悪くいえない説をとなえたヤシも除州のことをもちだすと黙ったままだ。
むしろ、晋の司馬炎の意向とやらがあるなら、それこそ魏志に魏武はこのように失敗した。

だが、司馬炎は呉を滅ぼし、諸侯に加えたとすれば名声が高まるではないか?w
なぜそうしないのかな。 炎も知らないし、記述できない理由でもあるとしたら、呉が一方的に喧伝したんだろうよ。

352 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:15:46
>>350
卑史による典拠乙。 何の意味もないが。

353 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:18:29
どんどん酷くなるな…

354 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:19:11
>>351 注記二を見れと言ったんだ。 あと、>>349をどう解釈するよ?
あとみなさん。中国英雄板とやらができたらしいぞ。

355 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:19:14
>>351
いいたいことがよく分からん

356 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:19:19
虐殺と大敗は重みが違う
基本的に紀伝体は本人のコトは悪く書かないのが普通>赤壁の大敗はオブラートに
が、虐殺は歴史家としてねじ曲げるコトは許されない

357 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:19:48
魏をもちあげる意図があるなら、赤壁以前に、徐州の件を記す必要がない。
魏を貶めるなら意図があるなら、赤壁を詳述して魏の武帝がなし得なかった呉攻略を
誇る土台にすればよい。

だが、いずれもなされていない。このことをどう説明する? それが今日のおまえらの宿題だw


358 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:21:06
宿題キター(棒読み

359 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:21:41
>>356
へえ!劉備が夷陵でやぶれた事も蜀史でかかれていないとこうおっしゃりたいわけですなw?
へえーはじめてきいたよw

360 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:23:58
なんで呉書や蜀書でなく呉史とか蜀史と書いてるんだろ?
煽り抜きに気になる

361 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:24:27
>>357 ら、って誰に言ってるわけ?陳寿か?

362 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:26:03
>>360 だからこそ、同一人物とわかるわけだが…
魏書は魏志になってるよな…

363 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:26:18
とりあえず、同じ日本語は使っているけど彼とは会話が成り立たないことは分かった

364 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:28:44
ttp://hobby8.2ch.net/chinahero/

誘導

365 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:28:48
呉史くんには赤壁5000人説の「最近の研究」のソースを教えてほしい
それが呉史くんへの宿dry

366 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:30:08
不利ってのは敗の字を避けて使われる言葉。
魏書に書かれる敗戦は全て原文だと不利だよ。

367 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:32:04
それより、なんで周瑜伝見てくれないのか悩む…

368 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:34:27
呉書持ってないんでしょ

369 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:34:30
>>367
マジでちくまの呉書部分を持っていないに百金

370 :367:2006/10/24(火) 01:34:50
ああ、それと>>359では、武帝の本紀と蜀先主の傳を同列にみている模様。

371 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:35:07
いやもう、赤壁云々より、まず紀伝体の性質を理解してないと思うよ。

372 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:39:17
こんな面白痛い人は三戦じゃ久しぶりだな

373 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:40:43
いや三戦にはしょっちゅう居るでしょこんな人

374 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 01:44:05
こんな粘着質なのは珍しくない?


クイズ
漢の歴史の中で親も子も丞相になったのは二組
誰親子と誰親子でしょうか?

375 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 02:16:03
三国志の中で呉書だけ持ってないなんて人いるの?

376 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 02:32:56
分冊だから結構いると思うよ

377 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 02:38:28
俺なんか呉書だけ図書館から借りっぱなしだぞ4年位

378 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 02:50:52
>>377
 一回くらい返しに行ってやれ。気まずければポストに入れろ

379 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 03:06:48
図書館の本も時効取得って出来るのかな?

380 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 03:10:34
何その朝鮮人思考 普通に略式起訴されるだけだろ

381 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 09:01:44
>>374 曹操曹丕とあと誰?

382 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 10:32:07
前漢の韋賢・韋玄成

あと三公ということなら曹氏は三代続けて就任してるよね

383 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/24(火) 17:38:22
中国英雄板が誕生しました。
来訪歓迎。

http://hobby8.2ch.net/chinahero/

384 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/25(水) 13:02:28
あえて三戦板でやることに意義がある

385 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/26(木) 00:19:16
いつのまにか曹操と赤壁に乗っ取られた・・・。

386 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/26(木) 00:36:01
呉志はなかなかの策士だ。

387 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/26(木) 00:46:01
うむ、是非またこのスレを賑わせて欲しいものだ

388 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/26(木) 01:05:09
呉史ヤローの宿題マダー?

389 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/28(土) 17:59:48
塚本の「光武帝」読み終わった。
すげー味気なかった。

390 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/28(土) 20:07:53
そういうあなたに光武帝ネタ一覧
404 Blog Not Found
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50586241.html
劉秀様にはかなうまい
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/5079/
光武帝と建武二十八宿伝
http://www.geocities.jp/kaysak864/
後漢三国家頁
http://www2u.biglobe.ne.jp/~dnak/sangoku/sangoku.htm
誤漢書
http://wuhan.fc2web.com/
漢文愛読
http://kanbun.hp.infoseek.co.jp/

391 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/28(土) 22:01:10
赤壁の戦いは中国の数ある名勝負の中でも屈指の一番だと思う。
国力で圧倒的に勝っていた曹操軍を火攻によって徹底的に打ち破ったんだからね。

392 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/28(土) 22:02:05
>>391
精神障害者発見!

393 :無名武将@お腹せっぷく:2006/10/29(日) 03:10:37
まだ昆陽の戦いがウソだとか言うなら、スレにも沿うが…
なんで赤壁にこだわるの、呉史くんよ。
それ以上無知をさらすと、社会で生きていけなくなるよ。

394 :http://tadadenetoge.web.fc2.com/index.html:2006/11/04(土) 14:09:34
『タダで有料ネットゲームをやろう』

1時間で千五百円の現金とかWebMoneyが手に入ります。
フリーメールOK&mixi紹介もあり

395 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/04(土) 15:03:45
呉史君はここにも赤壁にも出てこないな

396 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/04(土) 15:10:44
もう我々は呉史君を忘れてもいい頃じゃないか? そうだろ、皆。

397 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/04(土) 16:29:44
呉史君を忘れない

398 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/10(金) 21:41:14
劉秀って曹操より凄いの?

399 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/10(金) 22:36:09
曹操を三倍強化したのが劉秀

400 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/11(土) 02:01:13
赤眉賊の赤はやっぱり漢の火徳を慕ったものなんかいね?

401 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/22(水) 02:55:14
>>391
じゃあ君が思う屈指の名勝負ベスト5をあげてみてくれ

402 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/22(水) 20:21:07
1.秦の名将が行った四十万埋め
2.机上の空論に終わった趙なんとか
3.楽キが采配を取った連合攻め
4.韓信様の戦い全て
5.赤壁

403 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/22(水) 23:34:29
小学生は2ちゃんねるなんかにきたらダメですよ^^

404 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/23(木) 07:21:12
えらい時代限定の屈指だったんだな。
井戸の水だけで天下の名水ってか?

405 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/23(木) 08:34:06
1と2ってかぶってない?w

406 :402:2006/11/23(木) 18:50:04
あ、俺391じゃないよ
鼻穿りながら適当に考えただけ

407 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/23(木) 22:02:55
下手な敗北宣言だな、おい。

408 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/23(木) 22:05:48
俺が呉史君に見えるのなら、最早病気だぞ

409 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/23(木) 22:23:44
呉史君降臨あげ

410 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/23(木) 22:32:30
>>408 あ、やっぱりそう取った? すまんすまん。

411 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/25(土) 23:05:59
呉史君って誰?

412 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/25(土) 23:18:12
>>360とかこの辺嫁

413 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/30(木) 16:00:27
鼻穿りながら適当に考えただけ(笑)

414 :無名武将@お腹せっぷく:2006/11/30(木) 16:25:31
エロ画像保存しながら適当に答えただけ

415 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 02:44:21
>>402
1と2って同じ戦いじゃねーか
しかも3に入ってる戦いの方が1、2よりも時系列的に前だし

名勝負とするなら実力伯仲ないし勝者側が不利であるべきなんだが
お前の挙げた例って半分が勝者が元々圧倒的有利だったりするわけで
全然お話しにならないな

416 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 11:38:59
>>415
まぁまぁ所詮相手は小学生なんやし・・・
ママに言いつけられても知らないよw

417 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 14:46:23
え・・・・>>402ってネタじゃないのか?

418 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/02(土) 18:37:49
そんなツマらんネタ投下するような不届き者は叩いてなんぼ。

419 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/03(日) 16:27:34
白帝って公孫述のこと?

420 :無名武将@お腹せっぷく:2006/12/08(金) 00:38:26
そうだね。

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