5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

福島正則、加藤清正は最低の裏切者 二股目

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 19:43:11 ID:uefRh3KT
秀吉の恩を忘れ、豊臣家を滅亡に追いやった最低の裏切者。
家康に踊らされた大馬鹿者。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 19:47:13 ID:WlNGvWPN
    |┃三             _________
    |┃      , __     /
    |┃ ≡   /_、_\ < やべっ、部屋間違えた
____.|ミ\___(; <_,` ) _ \
    |┃=___    \    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    |┃ ≡   )   人 \ ガラッ

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 19:48:21 ID:uefRh3KT
反対派の理屈と回答

・加藤福島は豊臣家を存続させるためにがんがったぞ!

天下を掌握していたはずの豊臣家に対する忠誠の証としての行動が
何故そんなに低い目標に基づいているのでしょうか?
もう裏切りは始まっています。

・清正は秀頼と家康の会見に尽力したぞ!

同上。
六条河原で首を討たれる心配もありませんしね。

・加藤福島は家臣領民のためを思って徳川に従ったんだよ!

そうですか。家臣領民思いの良い大名ですね。
しかしそもそもそれは誰のお陰で得たものなのでしょうか?
豊臣家の御恩が無ければ彼等はただの足軽と桶屋です。
それを忘れ主家を蔑ろにして家臣領民の心配なんて
おこがましい限りですし、そもそもそれは個人の事情であって
豊臣家に対する裏切りの事実は何ら変わりありません。

・秀吉だって織田家を裏切って乗っ取ったじゃないか!因果応報だ!

そうですね。歴史は繰り返すと言いますからね。
…えっと、そろそろ本題に入っていいですか?

・忠義なんてものは徳川幕府が垂れ流した儒学思想ニダ!

ではそれ以前の日本には忠義を美徳とする考え方は
無かったのでしょうか?
そんなことはありません。裏切り行為が蔓延していたからと言って
それが是とされていたなんて考え方はナンセンスです。
信号無視をする人がどれだけいようと
いけないことに変わりはないのです。

・君さぁ、年いくつ?

口説く気ですか?

・裏切りが許せないなんてのは青臭い書生論だ!

スレタイ読めます?

・加藤福島貶めて遊びたいならチラシの裏へ行け!

同上。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 19:49:35 ID:uefRh3KT
前スレ
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1162649182/

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 20:37:31 ID:G8/mzYCp
>>3
全く同感です!!
そもそも、反対意見を書いている人も、
加藤・福島が忠臣とは思ってないでしょう。

>>960
とはいえ、それで家康の天下取りを阻止できれば、
このようなスレはできなかったでしょうね…w

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 21:14:50 ID:tGvspUke
お前ら立場の違いやら何やら色々あるけど人として最低限の礼儀を忘れてないか?


>>1

7 :前田 ◆LIBERALCQY :2006/11/30(木) 21:30:18 ID:OJ3HnwnT
さすが。

>>1乙。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 21:36:22 ID:+Z5ZsE3r
>>1



9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 23:45:02 ID:wbXbjDwv
>>3
「反対派の理屈と回答」の回答

・・加藤福島は豊臣家を存続させるためにがんがったぞ!
・天下を掌握していたはずの豊臣家に対する忠誠の証としての行動が何故そんなに低い目標に基づいているのでしょうか?もう裏切りは始まっています。

「忠義」などという抽象的で形のないものに「高い」「低い」を持ち出す時点でダメ。
「忠義」には「秀吉個人に対しての忠義」もあれば「豊臣政権に対する忠義」もあるし、「天下安寧を築く」という正義もある。
ただ、どれもこれも抽象的な概念に過ぎない以上、優劣なんぞつけられないと思うが?

秀頼を十中八九死なすだろうに「豊臣政権の永続」に尽くす忠義もあれば、「秀吉の血筋を残そう」という忠義もある。


・・清正は秀頼と家康の会見に尽力したぞ!
・同上。
・六条河原で首を討たれる心配もありませんしね。

清正にしてみれば随分と危ない橋を渡っているし(正則にはそういった自覚はなかったかもしれないが)、あの時期豊臣家を残すべく実際に行動に移したのは有楽を除いては彼らだけ。
他から比べれば充分に尽くしている。

ツメが甘かったというなら同意するが、忠義ではないとはいえないだろう。


・そうですか。家臣領民思いの良い大名ですね。しかしそもそもそれは誰のお陰で得たものなのでしょうか?
・豊臣家の御恩が無ければ彼等はただの足軽と桶屋です。
・それを忘れ主家を蔑ろにして家臣領民の心配なんておこがましい限りですし、そもそもそれは個人の事情であって豊臣家に対する裏切りの事実は何ら変わりありません。

貴方が縁故で就職して、縁故で取り立てられて役員になったとしても、多分「俺は実力で上り詰めたんだ」と多分言うでしょう。
けど、清正も正則もそういう人物ではなく、(うかつだとは思うが)関が原の後、本多正信の前で「あくまで自分は太閤に取り立てられた者だから、徳川の新恩も感じているが、太閤の恩を忘れるわけにもいかない」と言っていますし、そのように行動しています。
貴方も自分で人を使う立場になれば分かると思いますが、「人の生活を面倒見る」ということは大変なことです。個人の感傷に惑わされるような人間ならば「人の上に立つ」資格はありません。
その立場で清正は頑張ったと思いますが。
あと、「家臣領民の面倒」を見なければ「豊臣家を守る力」も維持できなかったんですよ?わかります?

まあ、そのどっちつかずな態度が仇にはなりましたが。

・・秀吉だって織田家を裏切って乗っ取ったじゃないか!因果応報だ!
・そうですね。歴史は繰り返すと言いますからね。
・…えっと、そろそろ本題に入っていいですか?

もうすでにダブルスタンダードです。
秀吉なら許されて清正には許されないと?

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 23:45:48 ID:wbXbjDwv
>>3
・・忠義なんてものは徳川幕府が垂れ流した儒学思想ニダ!
・ではそれ以前の日本には忠義を美徳とする考え方は無かったのでしょうか?
・そんなことはありません。裏切り行為が蔓延していたからと言ってそれが是とされていたなんて考え方はナンセンスです。
・信号無視をする人がどれだけいようといけないことに変わりはないのです。

「忠義」という観念がなかったわけではないが、「主君が主君としての責任を果たさないのに、配下に服従を強いることは出来ない」という考え方が強かったのも事実。
というか、「主君が主君としての責任を果たさないのに、配下に服従を強いることは出来ない」と言う方が、普遍的に通じる美徳だと思う。

で、責任も取らずに人に服従を強いる君はキム・ジョイルが大好きな独裁思想の持ち主なのかな?

・・君さぁ、年いくつ?
・口説く気ですか?

真剣な疑問。学生なら仕方がないが、社会人としてみたらかなり致命的な考えが目立つ。
君の意見は「自分の認めたもの以外に忠義はなく、自分がそうと決めたら絶対に裏切り」というスターリンも真っ青な独裁思想が伺えるんだが。

・・裏切りが許せないなんてのは青臭い書生論だ!
・スレタイ読めます?
ここが2ちゃんだって分かってます?
分かっているんだったら、様々な人がやってきて様々な意見を言うことくらい、分かっているでしょう。
徳川スレにも豊臣厨は来るし、秀吉スレにアンチだって来る。
それらをどうにかしたいなら、論理的に納得させるか、荒らしとしか思えない状況に追い込む必要があるんじゃない?

・・加藤福島貶めて遊びたいならチラシの裏へ行け!
・同上。
同上。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 23:49:49 ID:U7YTEVCi
加藤・福島は日本の癌と化した豊臣政権を消滅すべく頑張った忠義者である
彼らは豊臣の人間である前に日本の人間だったのだ
日本のために害悪政権を倒すのは当たり前の行動でしかない
ナショナリズムがないとされるこの時代において日本全体のために豊臣を滅ぼした加藤・福島は日本史上に残る英雄である

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 23:51:21 ID:wbXbjDwv
>>5
>そもそも、反対意見を書いている人も、加藤・福島が忠臣とは思ってないでしょう。
いや、忠義の方向が違うが、三成と同じような忠臣であると思っている。

馬鹿だな、とは思うが。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 23:51:46 ID:ikjpL+5n
・秀吉だって織田家を裏切って乗っ取ったじゃないか!因果応報だ!

そうですね。歴史は繰り返すと言いますからね。
…えっと、そろそろ本題に入っていいですか?



あれ?何でここ誤魔化してるの?

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 00:08:16 ID:yhsSiZZF
うわー馬鹿が沸いてるな

昨日の中年オヤジが仲間連れてリベンジですかwww

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 00:10:44 ID:Bnyi3kW0
>>9-10
真剣な疑問なんだが何でそんなにも無理やりに擁護しようとするんだ
本当に関係者か何か?
というか本当にその程度の思考と論理の組立で社会人?

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 00:14:31 ID:ZKXhfhej
で、無能の集まりの秀吉軍団にあのまま天下とらせたまま淀により天下が披露されて
日本はそれでよかったと思うか?

なぁそこ答えてくれよ
俺は考えただけでガクブルしちまう

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 00:17:43 ID:yhsSiZZF
四面楚歌の中、加藤福島を懸命に擁護する俺カッコヨスとか思ってんだろ

はなから満身創痍なわけだがw

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 00:44:06 ID:S76sXNRx
>>16
そんなことは心配するまでもない。
秀吉死後の豊臣政権は、関ヶ原一つ無かったくらいで存続が約束されるようなタマじゃない。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 00:51:01 ID:GXTLLu1k
>>16
豊臣というか三成を中心とした奉行衆が実権を握ることだろうね。
その奉行衆の性格としては、朝鮮出兵に反対したように現実主義で
内政重視思考、小西らが幅を利かすことからも分かるように商業に
理解を示し、重商主義を助けるような政策をとることが考えられる。

海外との貿易も活発化し、日本史上空前の栄えた時代が到来していただろう。
おまけにキリスト教も普及したであろうから、現代の宗教地図も大きく
変わって、人々の文化、思考に多大な影響を及ぼしていた。
朝鮮には出兵しないだろうが、北海道、千島、樺太は日本領土として
確定された可能性も高い。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 01:04:11 ID:Bnyi3kW0
>>16
何で話をそらすんだ?

>>18
同感
例え加藤福島らが西軍について他の一部大名も西軍について
西軍が勝ったとしても第二第三の家康が出る可能性があるし
そうでなくても地方分権は進むだろうと思う
一応秀頼が成人して強権を発動し安定政権を築く可能性もあるけど
IF要素が多すぎて考えても妄想に終わる

21 :つづき:2006/12/01(金) 01:05:33 ID:GXTLLu1k
 一方豊臣の弱点である政権のもろさが存在するのは否定できない。
徳川をやりこめても、上杉、伊達あたりは完全な服従を示すような
家風ではないからだ。
 そこで、毛利、前田の協力を得つつ政権運営を行うのであるが
前述したように経済面においての利益が全国に波及するので
地方有力大名達も争乱をおこしてまで豊臣政権に歯向かうことも
ないだろう。

 徳川政権が極端に閉鎖的な政策をとったがために
日本の進化が遅れまくり、欧米に少なからず搾取され、それまでの
内向きの反動からか明治政府が極端な軍事国家が誕生したことも
否定できない。
 脳筋馬鹿がこれほど一国の歴史に暗い影をおとしたことは
世界中を探してみてもそうは存在しないでしょう。

おわり

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 01:17:50 ID:Bnyi3kW0
>>21
家康時代は割と重商的だったけど
経済的には日本からの輸出品が少なく一方的に金銀が流出するため
閉鎖的になっていったという見方もあるので
誰の政権であっても同じように貿易量を減らすような政策を採るかもし
れない

ただその金銀流出も経済に暗い官僚、米以外の産業に積極的でない
武士のせいでもあり、武士教育の儒学朱子学がそれに影響を与えた
可能性も有るのでその点では家康にも責任あるかもしれない
江戸時代も後年は産業が活発で絹は明治時代に主要な輸出品目に
まで成長したが。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 01:19:57 ID:Qklxqd4M
前から思ってたんだが、

非難派は、豊臣家というよりも豊臣政権にたって発言していて、
擁護派は、豊臣政権というよりも豊臣家にたって発言しているね。

まあ、加藤・福島の行動は政権に対しては裏切りというよりも
といっても良いが、豊臣家自体には忠誠心があったといっても
よいわけだからな。

双方の言い分が立つわけだ。

漏れは基本的に非難派なのだが、

そもそも鎌倉からの武士社会における政体っていうのは、裁判における公正さが売り物。
政所よりも侍所よりも問注所の仕事の方が詳しく教えてくれた記憶があるんだけどね。
つまり、武家社会の忠義ってそういった公正な裁判によって利益が守られる事に対してなんだけどね。

豊臣政権は別にそういったことに過失があったわけじゃない。
つーか、捻じ曲げたのが家康でその捻じ曲げた結果で利益をだして味を占めたのが、福島・加藤。

主君(豊臣政権)はきちんと仕事をしていたよ。それに大して裏切ったのが福島・加藤。

でも、豊臣家に対しては忠誠心というか愛着心があったんだろうね。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 01:30:39 ID:yhsSiZZF
馬鹿中年のお陰で一時はどうなるかと思ったけど
まともなレスが続いているようで良かった

25 :馬鹿中年:2006/12/01(金) 07:44:14 ID:r6gDiokV
>>15
>真剣な疑問なんだが何でそんなにも無理やりに擁護しようとするんだ
>本当に関係者か何か?
>というか本当にその程度の思考と論理の組立で社会人?

別に擁護はしていない。
>>3の意見だと「加藤福島は絶対悪」という「感情論」だけで、議論が進まない。
単に「心証」で清正や正則を裏切りというなら、他だってそういう意見になる。
私は「清正の詰めが甘かった」「正則は馬鹿だった」「二人がこうすれば豊臣家が存続できたのに」「政権としての豊臣家を残す為には二人はどうしたらいいか」という話ならどうにか出来ると思う。
だが、単に「心証」で「裏切り者」と言われても、「それはおかしいだろ」といわざるをえない。

26 :馬鹿中年:2006/12/01(金) 08:34:55 ID:r6gDiokV
>>23
>まあ、加藤・福島の行動は政権に対しては裏切りというよりも
>といっても良いが、豊臣家自体には忠誠心があったといっても
>よいわけだからな。
>
>双方の言い分が立つわけだ。

ほぼ同意見ですね。ただ

>つーか、捻じ曲げたのが家康でその捻じ曲げた結果で利益をだして味を占めたのが、福島・加藤。
>主君(豊臣政権)はきちんと仕事をしていたよ。それに大して裏切ったのが福島・加藤。

ここら辺が微妙な気がするのは、秀吉死後の豊臣政権というのは家康の威望に頼っていたところがあり、事実家康が政権首班でした。
で、二人がどこら辺で家康と豊臣政権を分けて考えたのか?またどのように対処すべきだったのかは考察の価値があると思います。

>でも、豊臣家に対しては忠誠心というか愛着心があったんだろうね。




27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 08:45:35 ID:YkUTxZDY
家康は豊臣政権の大老で、秀吉自身から遺嘱を受けた第一人者
大坂の陣前の休息な大坂城との関係悪化までは秀頼を立てていたわけで、これに協力したから裏切り者、というのならそいつはきっと未来予知能力者に違いない

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 09:18:39 ID:7zyZmoqX
まえすれつかいきれ

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 10:00:06 ID:yhsSiZZF
>>27
婚姻を始めとして遺訓に背いとろうもん
後は前スレで

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 10:10:10 ID:7xIR/Xmf
秀吉死んだ時点で、同時に「豊臣政権」は死亡フラグ立ってないか?

「豊臣政権」をどうにかするんだとしたら、秀吉の死ぬ前に何とかしないと。
どの道三成や秀家にどうこうできたとは思えない。
まして清正や正則では……

そういう意味じゃ「豊臣政権」が滅んだのは、秀頼しか残さずに死んだ秀吉の責任であって、清正や正則をなじったところでどうこうなるようなものじゃなかったと思うが。

豊臣家が滅ぶのを傍観していたという意味では、福島正則はヘタレだったと思う。
あそこまで肩入れしておいて、大坂に味方するわけでもなく、徳川に釈明するわけでもなく、結局潰されている。
淀と一緒に死ぬ気が無かったのかもしれんが、大名としても豊臣家の家臣としても中途半端。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 10:25:04 ID:YkUTxZDY
>>29
で、それを誰も咎めず子飼い連中すら同心したわけだが
つまり裏切り者というのなら、秀吉死後全員が即裏切り者

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 10:41:37 ID:7xIR/Xmf
>>31
で、シビアな事を言えば、「所詮その程度の家臣しかいなかった」というのが秀吉の評価につながっちゃうんだよな。

だから加藤清正や福島正則を貶めるよりはそれぞれの事情を考慮しようという>>8-9の意見もわかる。

だが、俺には福島正則の擁護は出来ない!
というか、どうすれば擁護できるんだ?

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 10:44:04 ID:YkUTxZDY
>>32
いなかったんだろうなw
ま、豊臣政権自体が軍事力を背景に一代で勃興した勢力
家臣団とも強い紐帯があったわけではなく、秀吉その人の器量に支えられていた以上、次代が力量以前の問題の幼君では求心力がなくなるのも当然

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 11:19:50 ID:B7j03xty
何が裏切りだよ
秀吉なんか足軽ですらなかったくせに
簡単に主家のっとってるし

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 12:00:37 ID:a/1D5D6O
>>34
福島が豊家の実権を握り、秀頼を一大名にして自分の家臣にしたのならこんなに批判されない。
散々言われてるんだからその辺をよく理解しろ馬鹿。

36 :熊本人:2006/12/01(金) 12:25:07 ID:Ax0OaHoN
清正は大阪の陣直前に病死(暗殺説あり)、次代の忠広こそ裏切り者
1612年の家康・秀頼謁見では常に秀頼の傍にいました。
熊本城には本丸御殿に「尚君ノ間」があり、豊家に大事ある時の為の物だと
言われております。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 12:46:44 ID:hH4OiHMl
「本能寺の変」で織田政権は完全に消滅した。

ある日、唐突に信長信忠親子と織田政権の中央官僚が根こそぎ討ち死にしたわけだ。
残されたのは、他家へ養子に出した子らと国持ちの重臣達と外様の国持大名だ。

信長の意思を継ぐなら、権威や血筋より実力や器量を重視すべきなのは言うまでもない。
そうでなければ極端な話、畿内政権は足利氏に任せ、尾張国の実権は斯波氏に返さなければ道理に合わない。
つまり信長信忠の後継者に限っては、光秀以外なら誰が後継者になろうと、裏切りでもないし、簒奪でもない。

しかし秀吉の後継者は、事情が違う。秀吉は自分の後継者をきちんと指名して死んだのだ。
それをうぬらは忘れたか、清正よ、正則よ、一豊よ、七本槍どもよ、この恩知らず、恥知らずどもめ。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 13:04:38 ID:4eQuzdZe
>>9-10>>13>>25>>27は馬鹿

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 13:38:25 ID:wrzA/vgS
ぶっちゃけ秀吉がバカなだけなんだけどなw
家康殺さずしかも関東で百万石以上与えるなんてただのアホだろ

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 13:48:53 ID:Bza0wTB/
じゃあ何か?
伊達も上杉も前田も毛利も島津も潰しとけってか?

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 13:53:29 ID:bK3tkAjD
でも回りに譜代の大名配置したり蒲生や上杉置いたりしたよね。
関ヶ原観る限り上杉の配置は正解だったわけだし。
問題は結局その譜代等(福島)が最低な(ryだからだろ。


42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 13:55:29 ID:yhsSiZZF
そこははっきり裏切者と言っていいんだよ

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 14:36:37 ID:dI6N+AnF
スレタイの、
秀吉の恩を忘れ、豊臣家を滅亡に追いやった最低の裏切者。
家康に踊らされた大馬鹿者。

前者は反対。後者は賛成。
裏切者は黒田たちで正則は馬鹿なマヌケだろ。

正則が高台院に言ったとされる、
「それがしが忘恩の凶徒と罵られながらも内府(家康)に
 忠節を尽くしてきたのは、ひとえに秀頼公を思っての事であります。
 これだけ恩を売っておけば、内府も秀頼公に滅多なことはできまいと存じます。」
これが本心だろう。
つまり正則なりの忠義を尽くした。
清正の死後、大坂の陣の時は弁解できないへタレだけど。
藩屏として幕府に殉じた会津藩は美しいが、
この時代の人間、それも正則にそれを求めるのは酷だろう。

9、10、13、25、26の人は鋭いね。
反対派は論破されてまともなレスが出ないね。
>二人がどこら辺で家康と豊臣政権を分けて考えたのか?
 またどのように対処すべきだったのかは考察の価値があると思います。

秀吉逝去の瞬間から家康が最高官位・最高実力者だった事が致命的。
秀頼は権中納言、秀吉は前例がないとは言えゴリ押しでも、
家康より高位にしておくべきだった。
(在世中なら反対は出ないし、就けば降ろすのは難しい)
関白職は秀次死去から空位であり、将軍宣下が関白職とのバーターだった
背景を考えれば関白が最適だったが。(公家衆は関白を切望していた)
とにかく家康の力を削ぐべきだった。
それが出来なかったから死ぬ直前に哀訴した訳で、
太閤でさえ出来なかった秀頼首班を、自分達が出来るわけがない、
ここは次善策として豊家存続を計れば、家康は高齢、次は秀頼公、
と彼らが考えても無理はない。
結局2人に出来ることはそれくらいしかなかった。

秀吉の遺言は利家が往き続け、関白は秀頼成人まで空位、
という非現実的なものだったから、家康につけ込まれても仕方ない。
この辺りの整備をもっとちゃんとしておけば。
秀次存命時のように。

(秀次在世でも、との説があったが、在世なら家康は相当苦労した、
 無理だった確率が高いと思う。
 秀次は関白、これを降ろすのは難しい、
 戦いを仕掛けるにも大義がない、無理押しすれば逆臣になる。
 源氏の嫡流を名乗る家康が名を捨ててそこまで出来たか。)

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 14:39:32 ID:yhsSiZZF
そいつらは反論する価値もないから放置されてるだけなんだが…

あんたはまだまともそうだと思ったけどこれはいただけない

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 15:13:45 ID:uFw0SyqF
>>31
咎められてるじゃん
前田存命時に家康以外の大老5奉行他有力外様大名に
加藤ら一部の将に
この時家康に味方したのは伊達黒田福島藤堂大谷池田森ぐらいじゃなかったか

あと関ヶ原の時にも奉行らに咎められている

>>32
加藤はそれなりに擁護も出来ると思うが福島は
ただ縁故で取り立てられた直情径行の馬鹿だったとすれば
騙されて利用されていただけという擁護も出来ると思う。
結果として見れば裏切り者でも故意では無かったとして擁護
も出来るような気がする。

>>39
殺すのは難しいでしょ、200万石以上上げたのは失敗だったと思うが。

>>41
福島はともかく、他の東海道の大名はそれなりに家を残したのだから
単に時勢を読んだだけで最低というのは酷いんじゃないか?

>>43
9、10、13、25、26の人の何処が鋭いんだか、
一番支離滅裂で感情論で喚いてる気がする。
>>20前後の人は鋭いと言うか冷静で視野が広いって感じがするけど。

何て言うか加藤福島を擁護している人達(と言っても少数みたいだが)は
裏切り者という言葉に過剰反応しすぎじゃないか?
当時は恩人を裏切るとか一族でも裏切るとか普通だったんだから
別に二人が裏切り者でも良いと思うんだが
何がそんなに気に入らないんだ?
恩人を攻め滅ぼすとか普通にある出来事じゃないか。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 17:28:38 ID:D3wSlEya
俺はどっちかって言うと擁護派だが、この2人は別に裏切り者で良いと思う。
ただ、引っかかってるのはこの程度で最低かって事かな。
「裏切りだが、この程度、仕方ないし、良いじゃん、最低と言うほどじゃないよ」
というのが俺の印象。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 17:34:11 ID:b57OYvN/
糞スレだったはずだよな?
どうしてこうなった?
お母さんに味方しただけだろ

48 : :2006/12/01(金) 18:24:58 ID:MkX5xhZY
>>45

>恩人を攻め滅ぼすとか普通にある出来事じゃないか。

「珍しくはない」だけであって「普通にある」わけじゃないぞw



49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 18:28:53 ID:SXg/+vxw
福島、加藤の恩人は秀吉であって秀頼や淀君ではない。
むしろ、おねの方に義理があるだろ。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 18:33:29 ID:SXg/+vxw
だいたい秀頼など大野治長の子供である可能性が濃厚なのに
何で福島や加藤が自らの滅亡の可能性もあるのに
守らなくてはいけないんだかw

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 18:42:35 ID:hH4OiHMl
劉備が死んだ途端、蜀を見限り、魏に寝返る孔明や趙雲は愛せない。


52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 18:54:15 ID:DxQPR+R0
まあ自分の家も守れない奴が豊臣家を守ろうなんて到底無理だよね

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 18:54:20 ID:uFw0SyqF
>>46
自分は一族で恩があってというより
恩の有る主家を滅亡に導くような裏切りまでしておいて
自分の家も駄目にしたから最低だと思う
地位も名誉も何も残せなかった裏切りと言う意味で

>>48
まあ確かに

>>47>>49
北政所と加藤福島は仲が悪かった気もするけど?
北政所は関ヶ原時も中立か西軍よりの行動をしているし。
北政所は三成と仲が良い様な気もするが。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 19:01:58 ID:tNekWppW
>>53
駄目で最低なのは反論しないけど、
裏切り者という言葉は妥当じゃないよ。
結果として裏切ってしまった(豊臣が滅んだ)だけで、積極的に売りに走ったわけではない。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 19:06:29 ID:yhsSiZZF
>>45
同意

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 19:12:45 ID:w5MW9hhi
加藤福島にとっては、豊臣家内部の派閥争いという感覚だったのではないかな。
西軍の総大将に毛利を立てた様に、家康を大将として支持した。家康はまだ律義者
のイメージが強かっただろうし、家康が寿命で早々に死ぬと思っていただろう。
そうなれば徳川家も只の五大老の一角、自分たちの発言権も強くなると思っても
可笑しくは無い。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 19:27:34 ID:uFw0SyqF
>>54
結果として裏切ってしまっただけでも裏切り者なんじゃないか?

加藤に関しては結果として裏切ってしまったというのはまだ当て嵌まりそうだけど
福島はちょっと・・・
それに豊臣が滅んだのは結果だけど
また豊臣政権も当利家死後は完全に家康がトップ代行だから
家康に従う=政権を裏切っていないという論理も成り立つと思うが
福島は秀吉の遺言に背いているから秀吉に対してはやっぱり裏切ったことになるんじゃ

>>56
>家康はまだ律義者のイメージが強かっただろうし
秀吉死後次々と違反を繰り返すのを見て政権への律儀者
というイメージは消えているんじゃないかと
ただ恩賞をちゃんとくれるという意味では
秀吉の命を守って恩賞を与え様としない奉行よりは
律義者のイメージが強かったかもしれないと思う

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 20:41:56 ID:G1ts0VoU
裏切りかってのは難しいとこだな
けど馬鹿なのは間違いない

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/01(金) 20:49:47 ID:ATAVxh2s
家康を筆頭に江戸大名はみんな裏切り者だろ

60 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/01(金) 21:04:54 ID:QTVMB5Pg
カイジに出てくる前田、三好は加藤、福島ががヒントになったんだろうと思う
福島正則、加藤清正は最低の裏切者だ

騙した社長は悪くない。むしろ悪役のキャラが際立っていてカイジが
惚れ惚れすると褒め称えたくらいだ。
しかしカイジと一緒に艱難辛苦をともにし九死に一生を得た仲間を裏切った前田、三好は人間じゃねえ
福島正則、加藤清正は最低の裏切者だ


61 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/01(金) 21:07:38 ID:3JZSsiDj
まあ、福島が裏切り者かどうかは別として、
彼に魅力を感じる人ってあまりいないでしょうね。

ある意味目先が利かない馬鹿とも言える宇喜多秀家は、
こういった大名の中で盲目的に豊臣方として戦い、
「豊臣の世なら1万石でも受けるが、徳川の世なら10万石でも受けない」
と大名復帰を断った。
これこそが忠義ではないかと私は感じます。

しかし、福島も川中島に転封になったとき、
「あのとき西軍に付いてればよかった」
とは思わなかったんでしょうか?

みなさんは、どう思いますか?

62 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/01(金) 21:56:22 ID:BjJRewX5
豊臣擁護したいなら家康叩くべきだろう。
そしたら家康厨も応戦してくれる。
加藤福島に先見の明を期待して、犬猿の仲の三成に従うことを要求するのは酷。

少し前、徳川は潰せないから伊達を潰せという議論が出てきたが、
家康は叩けないから加藤福島を叩けというんだろうか。
豊臣厨は論点がずれまくる。

63 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/01(金) 22:01:48 ID:yhsSiZZF
またスレタイを読めない馬鹿が現れたか…

64 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/01(金) 22:24:18 ID:mB0qW7Wf
光秀も信長からの恩を無視した忘恩の徒であり速攻で身を滅ぼした間抜けだが
最低の裏切り者と罵られることは少ない
加藤・福島とは大違いである
加藤・福島も光秀のように動機をミステリアスにしておけば叩かれずにすんだだろう

65 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/01(金) 23:10:23 ID:dI6N+AnF
>関ケ原の戦いでは、その直前に徳川家康から法外な恩賞を約束に
東軍に付くように誘われたが、統虎は、
「秀吉公の恩義を忘れて東軍側に付くのなら、命を絶った方が良い」
と言い拒絶した。(ウィキ、立花宗茂より)

外様でも立花宗茂みたいなのがいるから、正則のバカさ加減が際立つんだよな。
晩年の秀吉は清正・正則をどう思ってたか。
豊臣の柱石に足る人物だと思ってたら中枢から外さないわな。
案外秀吉は見てたんだろう、人物を。

裏切りには2種類あって、
@故意に裏切る
A故意ではないが結果として裏切る

@は信念ある裏切り、コイツらは悪党だな。黒田や細川。
Aが正則。清正は死んである意味助かった。
有能でヤル気有り
有能でヤル気無し
無能でヤル気有り
無能でヤル気無し
この中で1番有害なのが無能でヤル気有りらしい。
正則も無能ではないが相手が悪すぎた。

庇う人間も全てを肯定していない、
感情論で否定する(かのように見える)から、
それは言いすぎだと言ってるんだろう。
「裏切者は裏切者、議論の余地なし」ではスレ立てる意味がない。
同好者で楽しんでるだから邪魔しないでくれと言うならそれでいいが。

66 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:05:30 ID:xN9OQ1R0
清正・正則・長政・幸長−秀吉の遺志を汲み取り家康に付き従った豊家忠臣
三成・秀家・吉継・行長−豊家を操り傀儡政権化を企んだ奸人ども

67 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:11:19 ID:+yYHCbRV
>>64
光秀は天下を取ろうとしたようにも思えるからじゃない
加藤・福島は保身に走って失敗した小悪党みたいな印象を受けるからかもしれない

>>65
同感
積極的に裏切っていればここまで言われることは無かったと思う

68 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:12:23 ID:xN9OQ1R0
世間一般のイメージ

清正・・・築城の名手として名高い、男気溢れる武者
正則・・・豊臣のために西軍を打ち破る大手柄
長政・・・父官兵衛とともに秀吉の天下取りを支える
幸長・・・五奉行の父よりも才覚が上と言われる猛者

三成・・・神君家康公に逆らったバカ
秀家・・・秀でるのは武芸のみで宇喜多家のゴタゴタは放置
吉継・・・筋肉が崩れてキモいので三成しか相手にしくれない
行長・・・商人のくせして武士面したバチが当たってしまった

69 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:14:27 ID:s9Iz+81U
はてな?

明智光秀がマシに言われるようになったのは最近の話で、
ちょっと前までは明智光秀というと悪の権化のような人物と
思われてたんだけどな。

そういう事を知らない世代が出て気たというのが俺には驚き。

70 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:16:04 ID:bniMIFPv
※ここでいう世間一般とは>>68とその周りの中年数匹のことです。

71 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:16:20 ID:xN9OQ1R0
今でも世間では明智光秀=悪者のイメージしかないだろ
本能寺の変しかしらねえから

72 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:16:53 ID:aOSNRb/p
光秀は今も俺の中では基地外という設定です
浪人の分際が

73 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:26:47 ID:WznDjriY
最大譲って家康が姑息な小細工で大阪方をおとし入れ
秀頼を殺さなかったとしたら、家康でも尊敬できる偉人として後世
に後ろ指をさされることもなかったはず。

天下人は姑息な手段で天下を取ってはならないのが鉄則だ。
この基本を忘れたものは例え天下を取ろうとも、いずれは歴史に
裁かれる。
何度でも言おう、家康は強いものには媚態をさらし、弱いものには
汚い手を使って天下を取ろうとするチンピラであると。
その姑息な行為は、決して消えることは無い。

74 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:29:36 ID:xN9OQ1R0
家康は千姫を秀吉との約束を守り豊臣にゆずったのにその言われようとはな。
時勢を読めない豊臣がダメだわ。

75 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:30:10 ID:+yYHCbRV
世間の壁は以外と厚いぞ
清正・・・かろうじて熊本城の人
正則・・・誰それ・もしくは漫画の影響で馬鹿とか
長政・・・誰それ
幸長・・・誰それ

三成・・・関ヶ原で負けた人・もしくは漫画の影響で陰険とか小心
秀家・・・日本史選択なら5大老の一人と思い至るかも
吉継・・・誰それ
行長・・・誰それ

明智光秀・・・本能寺で信長倒した人

こんなもんだろ
多少歴史知ってる人なら加藤福島ああ関ヶ原で豊臣家裏切った奴等か程度の認識だし

76 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:35:26 ID:v+S8YQqZ
>>73
豊臣が度重なる降伏勧告を無視して本土決戦を敢行したのだから
家康の意思とは無関係に秀頼は死ぬしかない
戦時中の日本軍をはるかに上回るキチガイを相手にしなければならないのだから
家康の方が可哀想だ

77 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:39:58 ID:AUfSN1NR
> 清正・・・かろうじて熊本城の人
虎退治の人じゃない?

> 吉継・・・誰それ
そんなにマイナー?

78 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:47:22 ID:xN9OQ1R0
>>76
家康は約10年も我慢したんだからなぁ
いつ寿命が尽きてもおかしくないのにね

79 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:52:21 ID:aOSNRb/p
>>77
有名人ですか?

80 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:55:47 ID:tPWoJV7G
幼君であることをいいことに好き勝手をやる老人家康。
秀吉とは元同僚・同輩などと違い子飼い武将でありながら幼君を蔑ろにしそうな腹黒に味方する福島ら。
これらよりもオレは幼君を守り奉り、豊臣中興を成し遂げるという野望を持つ光成の方が好感を持てる。

81 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:59:13 ID:bniMIFPv
擁護派は結果が全てと三成の失敗を批判しておきながら
加藤福島は結果として裏切りだと非難することは出来ないという
こういうのをダブルスタンダードって言うんだよ
言葉は正しく使おうね

82 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:59:21 ID:s9Iz+81U
俺も>>75の認識が正しいと思うぞ。

俺も戦国マニアになる以前にそのリストで知ってたのは
三成、明智、清正の三人だけだ。

83 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 01:55:17 ID:+wdLI3Mp
裏切りの定義というのは非常に難しいのだが「徳川」が「豊臣」の政権を簒奪した時点で「豊臣家」が滅びる可能性は
相当あったと思う。(これについて異論もあろうが、長くなるので説明は省略)
「豊臣」の滅亡をある程度予測できたにも拘わらず「徳川」に天下を渡したことはやはり「裏切り」といえよう。
同じ豊臣家臣でも傍観者に近い立場にあったものや抵抗して左遷されたものと比べて、
加藤、福島のように積極的に「徳川」の天下簒奪に協力したものとでは、裏切りの濃淡は異なる。
つまり、彼らが裏切りの首謀者のひとりであることに変わりはない。
各大名は政権の行方をどう考えていたのか、試みにケース分けを作成してみた(多少おかしい部分があるかも)。

A豊臣から徳川への政権移動に賛成(徳川に服従)→徳川、細川、藤堂、黒田、池田
B豊臣政権の継続(徳川独裁体制)→福島、両加藤、浅野(大谷、蜂須賀?)
C豊臣政権の継続(合議制の継続)→前田、石田、宇喜多、増田、長束(毛利、上杉)
D自家の利益を視野に入れて状況をみつつ判断→主な外様大名、金吾

Aは説明するまでもないだろう。豊臣家が滅びることもやむなしと割り切っているのだろう。
Bは武断派と呼ばれる連中が中心だが、加藤、福島についてはやっていることはAと全く変わりない。
ただし、大谷は徳川の独裁体制には消極的賛成程度で、(家康の死まで)なるべく時間を稼ぎたいと思っていたのだろう。
Cは徳川の突出に反対する勢力だが、前田は利長の代でAに鞍替えし、毛利・上杉もあまり積極的とも
思えない。Bとの対立で関ヶ原を招き、豊臣の滅亡を早めてしまったのはこの連中のせい。
Dは日和見連中なので風向き次第ではどちらにもつく。定見のない連中。

ここで不思議に思うのはB(除く大谷)の連中がなぜAと同じ行動を取ったかということだ。
おそらく「律義者の家康殿は秀頼様を粗略には扱うまい」などと短慮し、政権交替の要件などを吟味していなかったのだろう。
大谷だけはただひとり、状況をある程度判断できていたと推察される。

政権交替の要件は関ヶ原後の戦後処理をみるとわりと簡単にわかる。
1)豊臣家蔵入地(200万石→45万石)→→→知行分配の権利を剥奪
2)鉱山・港湾等の運上金(豊臣系の奉行→徳川系の奉行)→→→通貨供給能力の剥奪
3)大坂城本丸に秀頼、西丸に家康(→家康は江戸・駿府へ)→→→人質を大坂から江戸へ移動
4)朝廷とのパイプ(京都所司代は徳善院→板倉勝重)→→→官位は家康が奏上(この結果、家康が征夷大将軍へ)

1)については徳川が誓詞を破りまくって知行を勝手に分配しているので、じわじわと進むだろう。
2)については豊臣は大坂城に金を溜め込む一方なので、通貨鋳造などの大義名分で剥奪可能かもしれない。
3)については大きな戦争でもないと無理。
4)については、増田、石田、長束のいずれかが奉行として健在なら、玄以が倒れても代替。
関ヶ原がなければ3)4)の要件を満たすのはなかなか難しいので、奉行派との徹底的な対立がなければ、
豊臣は徳川の傀儡政権化しても上記4つのうちいくつかは残り、家康死後に巻き返せたかもしれない。
奉行派の発言力が低下し、関ヶ原に至ったのは七将襲撃が契機だったことを鑑みると、三成襲撃を自重することで、
家康の政権奪取は史実より遅れたかもしれない(とはいっても家康のことがから策を練ってくるだろうが)。
いくら三成が憎いからといって、一気に叩き潰せば、豊臣家自体があやうくなることくらいわかろうというものを・・・。
徳川の独裁が強まれば、三成はいずれ自滅するだろう。それを看過して加藤、福島が自重すれば
徳川の政権奪取前に秀頼が成人し、歴史は変わっていたかもしれない。

84 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 03:22:02 ID:CFHPs4jG
>>73
チンピラって部分だけ気になったんだけど

大名なんざみんなヤクザ、チンピラですよ
戦国は理屈よりも結果の時代ですから
方広寺の鐘の件なんてインネンの付け方はヤクザよりタチ悪いでしょ

もし現在何かの間違いで山〇組あたりが国家を掌握したら武家政権に近い国になりますよ


85 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 03:49:01 ID:YxddHrLy
>>82
ある意味正しいと思う。
俺も小学生の頃は関ヶ原の戦いに秀吉も参加してたように誤解してた。
NAVERで韓国人に聞いたら一番有名なのが加藤清正(侵略者)で
次いで有名なのが明智光秀(ゲーム信長の野望で知った)で
石田三成が最も知名度が低かった。
関ヶ原の戦いを豊臣秀吉と徳川家康が戦った戦いだと思ってる人が多かったし
長篠の合戦を武田信玄と織田信長・徳川家康連合軍の戦いだと勘違いしてる人が大勢居た。
向こうでは徳川家康は悪人豊臣秀吉を倒した既成のスーパースターという扱いで
小説『大望』(山岡荘八の徳川家康)は経営者の必読書であり
ある意味、日本より韓国での方が徳川家康マニアが多い。
加藤清正や小西行長は教科書に出てきて試験にも出るような名前だから
明智光秀や石田三成や福島正則とは比較にならないほど有名だそうだ。
意外なのが韓国の若い子供達は西郷隆盛を全く知らない事だ
かつては伊藤博文と並ぶ姦人として征韓論を唱えた大悪人として紹介されてたが
近年は豊臣秀吉や伊藤博文と違って西郷隆盛自体が話題に上る事が全くなくなり
「誰それ?」という反応だった。

86 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 03:50:49 ID:2trKWmv1
裏切り者でいうより大馬鹿者というのがやはり一番合ってるんじゃない。
裏切りとすら理解していなかった、ということで。

結局のところ、公私の私を優先させたわけよ。この二人は。
三成にいくら遺恨があると感じても襲撃すること時点でおかしい。
秀吉の決めた五大老・五奉行制への完全な謀反といっていいからな。
家康が七将を叱責したのは三成を生かすだけじゃなく道理的にも当然。
これが襲撃ではなく連名での弾劾状とか提出なら分かるのだが。

普通に考えれば婚姻や前田家への恫喝など家康に従ってても、そのやり方に少し
なりとも異を感じてもいいはずなのにそれであの行動だからな・・・・・
それとも関が原とかの勲功で家康が自分たちに一目は置くだろうとでも思ったのだろうか。
だとしたらもうどうしようもないな・・・・・




87 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 04:00:38 ID:YxddHrLy
加藤も福島同様裏切りものだが、かなり救われてるのが
小山会議に出席してなかった点と大阪城冬の陣の時に存命してなかった事だ。
特に小山会議での福島の馬鹿っぷりが際立ってるので
福島の方が10倍ほど評価が悪くなってしまう。
加藤清正は領国が九州の僻地だし大事な政局時に九州に居たため参加できず
積極的に関ヶ原での出来事に関与できなかったから
悪いイメージを大分まぬがれている。
もし小山会議に加藤清正が居て福島正則が居なかったら
一番最初に「徳川家康に味方します!」と宣言しなかったかもしれないし
尾張という要地ではなく九州に領地を持ってたから家康に味方すると言っても
福島正則のようなインパクトや影響力は当然与えられないし
家康も大きな評価を与えなかったはずだ。

88 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 04:19:01 ID:YxddHrLy
微妙に加藤清正と福島正則のスタンスが違うのは
前田利家が徳川家康を弾劾して詰問状を送った時に
両者は敵味方に分かれてる。

大坂の前田利家の下に利家派の武将が参集する
毛利輝元・上杉景勝・宇喜田秀家・細川忠興・加藤清正・加藤嘉明・浅野幸長・佐竹義宣・立花宗茂・
小早川秀包・小西行長・長宗我部盛親・浅野長政・前田玄以・増田長盛・長束正家・石田三成

伏見の家康の下に家康派の武将が参集する
伊達政宗・福島正則・池田輝政・黒田長政・藤堂高虎・森忠政・織田有楽・黒田如水・有馬則頼
・金森素玄・新庄直頼

この時点で前田利家が病死せずに天下分け目の大阪城・伏見城の役が起こってれば
清正や幸長や忠興は裏切り者扱いされずに、正則や長政や輝政は裏切り者(犬)扱いされていただろう。

89 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 04:41:31 ID:p1IKE3if
>>88
まぁ毛利、前田、上杉の時点で足並みが揃うとはとても思えないだけに、
それですら家康に勝てるのかね?って気もするけども。

無論家康はそんな博打は極力避けるだろうけど。

90 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 04:47:43 ID:+wdLI3Mp
>>88
申し訳ないけど日付と史料名教えていただけません?
自分もその人物名さがして本をめくっている最中なので


91 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 05:10:15 ID:p1IKE3if
っていうかよく読んでなかったけど、そういえばおかしくね?それ。
その弾劾のころの家康の動きの中で、
清正も家康から水野家の娘かなんか貰ってなかったっけ?

92 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 05:15:37 ID:bniMIFPv
結局清正は裏切者だったと

93 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 05:20:27 ID:+wdLI3Mp
清正は確か水野勝成の妹を娶っていたよな。
今、関ヶ原合戦史料集をめくってみたんだけど、
清正は徳川方についていたという文章しかでていないからおかしいと思ったんだ。
桑田忠親の本でも同様だった。
何の文献にそんなことが書いてあるんだろう?

94 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 05:25:23 ID:p1IKE3if
よく見れば浅野は親子両方いるし、確か五奉行と対立して隠居してた気もするし、
加藤嘉明なんかはじめっから家康よりだったはずだし、細川忠興が三成と結ぶ?
しかも秀次の時に大恩ある家康に対して?違和感ある。
長宗我部に関しても元親は一応利家より長く生きたはずなのに、盛親だけなにやってんだ?

95 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 05:55:23 ID:YxddHrLy
上の利家派・家康派の参集表は以下のブログからコピペした。
何の歴史資料から抜粋したかまで分らずにスマソ
でも司馬亮の小説でも家康は清正や浅野や細川は100%自陣営に参集すると
思い込んでたので、利家陣営に流れてびっくりした旨書いてあったと記憶してるけど。
家康も読み違いがあったので、一旦仕切りなおしを考えて
利家の和解するよう考えた云々という内容だったはず。
表向き詰問状の名目は家康と正宗の事だけを取りあげており他の大名は不問にしたと思ってた。
奉行は清正やら正則やら蜂須賀やらも詰問状に乗っけたかったかもしれないが
あえて利家は陣営競争で不利にならないようにターゲットを家康・正宗に
絞ったんジャマイカ?
http://homepage1.nifty.com/SEISYO/seki-nen1.htm


96 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 06:41:27 ID:+wdLI3Mp
司馬先生はきっとなにかの軍記物を引用したのだろう。
ただ、あの先生はぶっとんでいるから・・・・
例えば小幡景憲は「城塞」の中で前田利常から殺されかけ、
木津川口の砦を設計して「豊臣方」として大坂冬の陣に参加なさったと書いているからw

97 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 06:44:20 ID:+wdLI3Mp
訂正
前田は言い過ぎ 本多

98 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 07:40:36 ID:YxddHrLy
俺は手元に持ってないけど山岡荘八の徳川家康では参集表はどうなってたんだろう?
ここで全集を持ってるネラーが居たら、参考に教えて欲しい。

99 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 10:46:21 ID:Ci/uI36M
>>94
細川は前田の縁者。で、その後家康から脅されて縁を切って、
加増貰っている。信長いらいン十年ぶりの加増。当然豊臣家の領地からね。
ちなみに家康の下に吉継も逝っている。
そんで、吉継は家康からも加増貰っている。
でも前田騒動の収拾とかもしている。ので微妙。

細川は秀吉に虐待された。黒田も虐待された。意外だが浅野も虐待された。
加藤はちょっと怒られた程度。

福島は極めて甘やかされた。朝鮮にもちょいいった程度だったしね。

それで、あんな行動でるわけだから、
あ、上杉討伐で100万石貰いたいとか放言したらしいね。

そもそも、上杉討伐の理由って知ってるか?
新城の建築を命じてそれに対する申し開きをするようして至った
わけなんだが、そもそも、会津移封のちに数年領地経営をしろと
いう命令を秀吉から受けていて(まあ当たり前、100万石の大領地なんだから)
ようやく、国許に戻って城を築いて領地経営にのりだす時にいきなりケチつけたわけだ。

福島よ・・・、お前もうすこし学習能力つけろやという顛末だよな。

100 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 11:00:17 ID:+wdLI3Mp
>>99
>ちなみに家康の下に吉継も逝っている。

その参集表を昨日から探しているけどみつからない
出典おしえてくんね

101 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 11:09:07 ID:YxddHrLy
昨日紹介したブログの参集表が中国語にも翻訳されててワロタW
http://newtenka.popsoft.com/daming/01/07/a.htm

102 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 11:14:17 ID:Ci/uI36M
>>100
このへん記憶にたどって書いているんでチラシの裏程度と思ってくれ。
チラシの裏のWikiにも家康の方に逝ったとある。その程度の信憑性。

そーいや、武断派七将って結局9人だっけ?
誰と誰だっけ?

103 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 11:24:53 ID:+wdLI3Mp
>そーいや、武断派七将って結局9人だっけ?
>誰と誰だっけ?
徳川実記なら福島、浅野、両加藤、池田、黒田、細川だよな
この手の記録はいい加減だからあまり興味ない
藤堂、蜂須賀は何してんだろう


104 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 11:52:29 ID:Ag9NCeH6
加藤福島は何も三成への私怨だけで家康側についたわけじゃないだろ。
三成がデカい顔してる間は自分達はうだつが上がらないのはわかってる。
れっきとした政略上の判断だろ。
家康が天下を取れば自分達の立場がどうなるかまでは読めなかったが、
武断派としての活躍は家康の下でのほうがやりやすかったということ。

105 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 12:04:29 ID:+wdLI3Mp
>加藤福島は何も三成への私怨だけで家康側についたわけじゃないだろ。
当たり前だよな
>れっきとした政略上の判断だろう
>武断派としての活躍は家康の下でのほうがやりやすかったということ。
何活躍したの?具体例あげてくれ
関ヶ原で戦ったってのは抜きにしてくれ
金吾ちゃんだって戦ったのだからw

106 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 12:16:21 ID:Ag9NCeH6
>何活躍したの?具体例あげてくれ
>関ヶ原で戦ったってのは抜きにしてくれ

それは抜きにはできないな
なぜなら、どちらに就くか判断する時点ではそれが一番重要だったから

107 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 12:16:41 ID:0Gwgt2Uw
梵舜日記という、
豊国神社の別当神龍院梵舜が天正11年(1583)から
寛永9年(1632)まで書いた日記がある。
この人物は北の政所と近しい存在だった。

これを読んで幾つかの疑問がある。

記述によると、
@
秀家が関ヶ原前の7月5日7日23日に出陣式と必勝祈願していて、
北の政所の代参に側近の東殿が来ている。
他にも政所と秀家の密接な関係が記されている。
また、政所は西軍敗戦の知らせに慌てて秀吉の遺品を神社に隠し、
そのまま徒歩で後陽成天皇の生母准皇邸に避難している。
(貴人が徒歩で!!)

A
政所縁者で東軍に加担したのは細川忠興の妹婿の木下延俊と秀秋のみ。
なぜ秀秋だけが悪し様に「裏切り者」呼ばわりされ、2年後の悶死したのか。
政所の指示で東軍加担したとされる割に、以降の記述は冷淡で
死去の際も「金吾殿備前岡山城にて死去」のみ。

B
淀殿はなぜ異常なほど家康を嫌ったのか。
関ヶ原直後は忠義を誉めているが、
将軍宣下、2年後の譲位後は掌を返すように貶している。

C
三成三女辰姫が政所の養女になり、
その後津軽二代藩主信枚公の妻となり三代藩主信義公の母になる。

D
慶長4年の豊国神社遷宮以降、加藤・福島・浅野長政たちが参詣した記録がない。
通説通り彼らが政所派なら、政所が毎月参詣したにもかかわらず不可解。
慶長8年幸長・高虎・清正・正則などが初めて参詣する時は、
この頃病気の時でも日参していたのに、決まってこれを避けている。
彼らと関係修復したのは慶長9年、家康の命令で
豊臣系大名によって高台寺が建立されて以降。

以上の資料から、
関ヶ原は通常考えられてる、
北の政所ー家康ー武断派vs淀殿  −三成ー文治派ではなく、
北の政所ー三成ー文治派vs淀殿  −家康ー武断派の戦いではなかったのか。

それが事実なら誰が裏切り者か変ってくるが。

108 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 12:25:41 ID:+wdLI3Mp
>>106
>どちらに就くか判断する時点ではそれが一番重要だったから
何がいいたいのか、頭を整理してから答えてくれ
このスレでは加藤・福島が関ヶ原でどちらについたかなんて何も問題にしていないんだよ
関ヶ原の原因となった(であろう)私婚の禁や七将襲撃で徳川を後押ししたことが問題になっているんだ。
第一、加藤は関ヶ原本戦に参加していない。しかも毛利の誘いに応じる(西軍につく)構えもみせていた。
武断派として活躍云々をいうのなら加藤の行動をどう解釈するのかな。

109 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 12:40:10 ID:Ag9NCeH6
三成よりも家康の下でのほうが活躍しやすいという判断が加藤福島にあったということ
実際に活躍したかどうかはまた別だろ

110 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 12:42:18 ID:+wdLI3Mp
>109
つか、それって当たり前のことじゃん
わざわざ書き込むようなことかw

111 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 12:49:18 ID:Ag9NCeH6
だから、加藤福島は三成への私怨だけで行動したわけじゃないと言ってるわけ

112 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 12:52:23 ID:+wdLI3Mp
誰も書いていない
誰も思っていない
当たり前のことを何誇らしげに書いているんだ?
>だから、加藤福島は三成への私怨だけで行動したわけじゃないと言ってるわけ
誰がどこで書いているんだ?
指摘してみろよ!

113 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 12:58:28 ID:Ag9NCeH6
>>112
>>86

114 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 13:02:53 ID:+wdLI3Mp
>113
了解!
86の意見を聞かなければ何ともいえないが
公私の私が「私的利益」でなく「私的感情」という解釈だったら
その言い分にも妥当性はあるかも。
でも普通は「私的利益」じゃねぇか?

115 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 13:41:30 ID:+wdLI3Mp
>>65
立花宗茂のような生き方ってのは本当に稀有の存在だと思う。
相当いろんな面で「見えてた」人なんだろうね。
秀吉は宗茂を養子にして五奉行の一角に据えればよかった。
徳川の専横をある程度容認しつつ、それに歯止めをかけることができたかも知れない。
また秀吉に大谷刑部の判断力と石田三成の事務能力を備えた家臣が数人居れば
少なくとも秀頼成人までは豊臣政権(徳川の傀儡としても)は続いたと思う。
秀頼の器量が秀吉並みなら、歴史は変わっていたかも。
悲しきかな秀吉に人は集まらなかった。否、いたとしても登用できなかった。




116 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 13:49:35 ID:0Gwgt2Uw
加藤清正より平野長元を使いとして次のように正則に申し入れをした。

「秀頼公の御恩をお忘れあるまじく候。手前は兵船に兵を載せて出船するので、
大夫殿(正則)からも兵を出していただきたい。
播磨には家康公の婿の池田輝政がいるとはいえども、
両人の兵にて押し攻めて踏み潰せば苦もあるまじく候。
播磨より大坂までは心安く攻め上れるであろう。」

長元は正則が京都の古田織部のところへ茶の湯に参った時に、
外露地にてこのことを申し入れた。しかし正則は承知せず、
「いやいや、それがしは同心することはできない。
家康公より大国を賜り厚恩を受けたことを忘れる事などできるはずもなし。」

長元はこの返事を持って清正のところに復命した。
清正はこれを聞くと
「福島はますます言い甲斐のなき者にて候」
と怒り、これより正則と清正は挨拶もしない関係となった。【武功雑記】

117 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 15:24:14 ID:BCqdpGiA
>>116
ほぅ?しらなんだ(´・ω・`)

118 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 16:14:28 ID:+wdLI3Mp
>>61
>しかし、福島も川中島に転封になったとき、
>「あのとき西軍に付いてればよかった」
>とは思わなかったんでしょうか?

大坂の陣の際に福島家臣は宿場で泊まることも拒絶されたとききます
「てめえらのようなうらぎりものにとめる宿はない」
とでも言われたのでしょうか。

転封時点での正則の心情はわかりませんが、
豊臣家断絶時点で「失敗した」という感情は少なからず持ったでしょう。
しかし、片桐且元は豊臣家断絶時点で腹を切っています。
福島正則はいけしゃあしゃあとその後も人性を謳歌してます。
(こういう人物が西軍東軍の是否を考えたとは到底思えません)

何か、こういう人物に大禄を与えた秀吉が悪いような気がします。
中間か足軽で一生を終えたら幸せな人性だったかもしれません。

119 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 18:10:59 ID:EpoSAwda
>>118
逆に言えば、こんな人物に大録与えなきゃならんほど、
秀吉には信頼できる身内の武将が居なかったって事なんだろうな。

120 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 18:16:44 ID:oGAYWvHr
宇喜多秀家が内乱さえ起こさなきゃねえ。
福島程度、もとい低度なら、軽く粉砕していただろうね。

121 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 20:14:37 ID:Ag9NCeH6
>>118
やっぱりお前は福島が三成より家康を選んだ理由がよくわかっていないようだ。

福島は尊敬できる人物に対して忠義を尽くすタイプの人間だぜ。
かつて秀吉に仕えていて秀吉に忠義を尽くしていたが、
秀吉が死んだ後家康に接して秀吉に劣らない人物であることがわかった。
それで今度は家康に忠義を尽くしたまで。
三成にはそんな気は起こらなかった。家康とは器が違いすぎた。

もちろんそれは豊臣側から見れば不忠に見えるが、
福島にとっては創設者が死んだ後の豊臣政権は抜け殻のようなもの。
三成のように豊臣の制度とか体制ではなく、
生身の人間に忠義を尽くす本能を持った福島は家康のほうを選んだだけ。

122 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 20:17:16 ID:fPy0Khv/
加藤は関ヶ原の戦いが予想外に早く終わったので計算が狂っただろうね。
九州を如水と連携して掌握したあと第三の勢力として攻め上がる計画ではなかったか。
家康の天下になっても戦闘モード100%仕様の熊本城を作ったり、武功派の象徴である顎髭を「他の武将は剃っているから剃ったほうがいいのでは?」と本多正信に指摘されても断ったりするくらいだから家康にビビってなかったのでは?
江戸城普請の大名の酒の席で福島が家康の愚痴をがなりたてるのを横で黙って飲んでた清正が「そんなに文句があるんだったら今すぐ領地に帰って戦の準備をすりゃあいいだろう!」と言って座がシーンとなったという話があるくらいだし。

123 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 20:21:50 ID:+wdLI3Mp
>>121

http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40012771&VOL_NUM=00001&KOMA=37&ITYPE=0

じゃあこれはどう説明するんだ?


124 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 21:35:42 ID:+wdLI3Mp
基地外擁護厨Ag9NCeH6へ
いつまでまっても123の回答がないので追加の質問をしてやろう。
123を答えた後でいいから回答よろしく

「お前」呼ばわりしたんだから逃げんなよ。
あと123の回答を必ずしろよ。

やっぱりお前は福島が三成より家康を選んだ理由がよくわかっていないようだ。
→そう思った部分はどこか具体的に示してみろよw

福島は尊敬できる人物に対して忠義を尽くすタイプの人間だぜ。
→そう断言する以上、信頼できる一次資料はあるんだろうな、資料名と該当個所を示しなw

かつて秀吉に仕えていて秀吉に忠義を尽くしていたが、
秀吉が死んだ後家康に接して秀吉に劣らない人物であることがわかった。
→同上

それで今度は家康に忠義を尽くしたまで。
三成にはそんな気は起こらなかった。家康とは器が違いすぎた。
→何故三成に忠義を尽くすのか?馬鹿かお舞いはw

もちろんそれは豊臣側から見れば不忠に見えるが、
→つっか全国民がそうみているんですがw 過去ログ読め

福島にとっては創設者が死んだ後の豊臣政権は抜け殻のようなもの。
三成のように豊臣の制度とか体制ではなく、
生身の人間に忠義を尽くす本能を持った福島は家康のほうを選んだだけ。
→だからそう断言するに至った資料を提示しろよ。それともおまえの妄想か?




125 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 22:59:37 ID:shm3rzBl
>>118
やっぱりそこまでの思慮はなかったんですね…。
大坂の陣の件は初めて知りましたよ。ありがとうございました。
福島の行動からすれば当然ですよね。

毛利勝永は、父親から、
「我々は土に過ぎなかったのに、太閤に人の形に作り上げてもらい、
人がましい生活を送らせてもらった。
今度は、我々が土に帰る覚悟で豊臣家に奉公せねばならない」
といわれて、現にそうしました。

福島に聞かせてやりたかったですよね!!
こういう気持ちはカケラもなかったんでしょうね!!

>>121
福島がそこまで頭が回るとは思えませんが。
彼には、感情と浅はかな利害計算しかなかったように感じますがどうでしょう?

126 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 23:22:27 ID:+wdLI3Mp
>>125
毛利勝永は山内から所領をもらっていたのにそれを捨ててまで大坂に参集したので
元大名の中でも別格とみられていたという記録もあります。
福島については、家康に騙されて江戸に幽閉されなければ大坂方として出兵していたのでしょうか。
なんだか、最後はやっぱり、「家康殿にお見方申す」かもしれません(w
でも、大坂に入城した正則ってのは絵になったよな。
「福島正則は最高の忠義者」なんてスレが立ったかもしれないのに。

江戸幽閉時点での家臣はどれくらいいたのか不明ですが。
脱出は無理だったのでしょうね。

127 :86:2006/12/03(日) 00:29:46 ID:r+fcmXLQ
上部の公私の私は「私的感情」の意味で捉えてます。
(公私はお互いの領域があり、公私混同はどちらかがどちらかに入り込む
ということで私は解釈しています。もちろん利益も入りますが
感情などと同じくあくまで一解釈)

三成襲撃が私的利益とはどう考えても結びつかない。
別に彼らの待遇がその時無茶苦茶悪いわけでもなく、三成が彼らの領地を削ろうと
しているわけでもなし、ただ頭を下げるのが嫌だならそれこそ感情だし。
まさか君側の奸除くのが豊臣家のためと思って?
これじゃ2.26事件と同じくクーデターだ。ただこの場合は公的利益を狙ったことになる。

三成がいくらやろうとしても五大老(家康)がいる以上たいしたことできないわけで
結局二人が勝手読み&暴走して豊臣政権の寿命を減らしただけということになるのでは。
襲撃までするというのはやはり異常。

128 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 00:39:17 ID:/aedIC4l
当時の誰かの日記か書状に
7将らが家康の機嫌をとる為に三成を襲ったという記録があったと思う

129 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 00:40:23 ID:6Z/W9Ost
>127
なるほど・・・ま、そう考えるのが普通だな

ID Ag9NCeH6のボケサクは>123 >124に反論できなくて逃走中なので
奴の意見は知らぬが妥当な意見と思う。
226と福島をくらべちゃ、さすがに226の連中に失礼だよな


130 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 00:51:52 ID:6Z/W9Ost
>>128
結局、家康に利用されたんだよな
福島、加藤らは・・・・
どう考えても7将襲撃は脚本・監督は家康だよな


131 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 01:21:08 ID:WCqulbuC
というか、共倒れを狙ったんだろうな。
正直七将が三成殺したら七将を罰せる事ができる
一石二鳥
もし、七将と佐竹・宇喜田・上杉が大坂で戦争したら
全員罰せられて、豊臣家の威信も地に落ちる。
一石四鳥

だけど、三成は家康も下に行くことで収拾を図ったわけだ。

132 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 07:14:08 ID:6Z/W9Ost
石田三成領の佐和山19万石と黒田長政領の豊前12万石の実石高はほぼ同じとされている。
しかし、三成は多くの兵を動員し、かつ名君と称されているのはなぜか、簡単に検証してみる。
豊臣政権における税制は2対1、すなわち収穫の67%は課税されるという過酷なものだ。
黒田は検地を誤魔化して、実石18万石(本当は20万石以上)を12万石として8万石を税としてとった。
これを原資として兵4000人(一人あたり20石)を動員した。
三成は厳格に検地して12万石を税として取り、兵6000人(一人あたり20石)を動員した。
この時点で経済力のほぼ互角の豊前の領民は10万石の収入、佐和山の領民は7万石の収入。
これでは佐和山の領民は生きていけない、三成は何をしたか?
徴収した年貢を治水や道路整備などに投じて領民に還元したのだ。
結果として佐和山の領民の収入は豊前の領民の収入を上回ることになった。
今も石田三成が名君と称されるのに対し、黒田長政が福岡県民からでさえ尊敬されない背景には
両者の資質の差があると思われる。


133 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 08:38:59 ID:6Z/W9Ost
何故132でスレ違いの意見を書いたかというのは七将襲撃の背景にある
石田三成への憎悪を書きたかったからだ。
三成は税を厳格に取る一方で公共工事を行った。
農民は農閑期は家で寝ているしかなかったのだが、公共工事に従事すれば
収入を得る機会を得る。いわゆる出稼ぎのシステムだ。
これによって、領民の一年間の総労働時間は増加(雇用促進)し
新田開発などで収入も増えた。
しかし、無能な領主、なにもしない領主では税を厳格に徴収すれば一揆や謀反が起こる。
無能大名にとっては結構きついシステムだな。福島はどう思ったのだろうか?

立花宗茂が大坂陣後に筑後柳川に復領したときに隣領の有馬氏と境界をめぐるいさかいがあったさい
宗茂は約1万石を有馬氏に譲って境界線の川の水権を得たと聞く。
目先の領地より、領民の仕事と新田開発の余地を優先した、まことに彼らしい判断だ。

それにくらべて肥後では
加藤さんはせっせと名城を作っていた。(時期は多少遡るが)
名君と称されるのだから、雇用促進という意味ではいいかもしれんが
城をいくら立派にしても領民の収入は増えないよw


134 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 11:55:37 ID:5fKiGKla
>>133
馬鹿か?
加藤清正が死にお家取り潰しになった後現在に至るまで熊本で清正公(せいしょこさん)と
呼ばれて慕われてる理由をちゃんと調べてみろよ

135 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 12:52:52 ID:6Z/W9Ost
>>134
蛆虫なんか用か?

つっか反論しないで調べてみろってのはおまえが何も知らないからじゃないか?
当然、当時の資料をあたっているんだろう
なぜ何も提示しないのかな

つっかおまえこのスレ最大の恥さらしAg9NCeH6じゃないのか?

こそこそ逃げてんないででてこいよw

136 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 13:06:59 ID:6Z/W9Ost
加藤の馬鹿たれは領民を絞りに絞って立派な城を築いたことは認めよう。
その目的は、徳川と秀頼が手切れになったとき、秀頼を奉じて城に篭るためと伝えられている。
しかし、手元の資料によれば、あいつは晩年
「早く死にたい。わしが生きていれば徳川殿と秀頼様が手切れになればどちらに味方していいんか」
といったそうだ。
そういう加藤を擁護する気はおこらん。

蛆虫君はどう考えているのか知らん。つうか考えるのも汚らわしいw

137 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 13:26:04 ID:6Z/W9Ost
以下引用↓
ナチス・ドイツによる1000万人以上のユダヤ人虐殺(ホロコースト)はあまりにも有名だが、
それ以外にも大規模な虐殺はいくつも知られている。たとえば、ロシアではスターリンがロシア人1000万人、
少数民族10万人を虐殺したという。クロアチア人とセルビア人の虐殺や、スーダン・ダルフールでの虐殺、
911テロなども虐殺の例だろう。少し時代をさかのぼれば、南北アメリカ大陸の原住民も、スペインやイギリスなどの
ヨーロッパ各国からの侵略者によってかなり虐殺されたようである。おそらく、歴史に記録されていない虐殺が
他にもたくさんあったはずだ。

日本も虐殺と無縁ではなかった。第二次世界大戦の終戦前、アメリカは日本各地への無差別空爆、
ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下によって、ある地域の日本の民間人をほとんど「皆殺し」にした。また、
日本人も満州や南京などで中国人を虐殺した。もう少し時代をさかのぼれば、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際にも、
加藤清正が朝鮮民衆を虐殺したとされる。もっとさかのぼれば、国内でも大和民族が蝦夷人・アイヌ人を虐殺したらしい
比較的小規模の虐殺も含めるとすれば、もっとあるだろう。
引用終わり↑

蛆虫君に言われて加藤清正で検索したらこんなページをみつけた。
日本人で只ひとり名指しで虐殺の首謀者となっている
「清正公(せいしょこ)」←(蛆虫はせいしょこさんと書いているが熊本県民は「清正公」さんと呼ぶ。)って・・・w
ほんと、蛆虫にお似合いの虐殺者だわwww


138 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 13:48:48 ID:6Z/W9Ost
>>121
むかついたんでおまえにも言っとく

反論できないくらいなら書き込むな
いくら便所の落書きといっても礼儀くらいは守れよ
おまえに福島加藤を論ずる資格などない
その1万分の1の価値すらない
おまえは正真正銘のくずだ蛆虫だ

10年ROMってろw



139 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 14:20:44 ID:6Z/W9Ost
>>134
>馬鹿か?
>加藤清正が死にお家取り潰しになった後現在に至るまで熊本で清正公(せいしょこさん)と
>呼ばれて慕われてる理由をちゃんと調べてみろよ

加藤清正が死にお家取り潰しになった後現在に至るまで
→なぜ清正が統治している期間を外しているのだ?死んでから慕われているのでは話にならんではないか?
 あんたの文献で載っていなかった事情なのか。それとも、清正が生きている間は慕われなかった事情があるのか。
 おまえは説明できるよな。説明できなければ、こんな文章は書けなかっただろうから。
 で、その理由は?
→熊本で清正公(せいしょこさん)
 そんなこと呼ぶやつは誰も居ないんだが、実例を教えてくれw

何度も言わないぞ

逃 げ ん な よ


140 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 14:22:35 ID:uxUH7R24
熊本人だけど清正公は普通に『きよまさこう』って呼ぶよ。
せいしょこってのも聞かない訳じゃないけど故意に言わない限りは普通にきよまさだよ。
関ヶ原に関しては清正は国に居たから宇土城にちょっかい出したくらいなんだが
本州に居たら福島並になじられてたかもわからんね。
熊本城築城の批判が上にあったが民衆は仕事が出来て逆によかった…
ってのを聞いた。史料は?って言われたらありません。あしからず

141 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 14:42:49 ID:6Z/W9Ost
>>140
いや、熊本城の築城を批判しているわけではない。三成や宗茂が築城より治水や新田開発に力を入れたといったまで。
気を悪くしたら謝る
清正が熊本城築城で特別すごい業績を果たしたわけではないということがいいたかったわけ
熊本城には三回ほど行ったことがある。いい城だよ。
縄張の有効性についての議論はあるんだろうけどスレ違いなので省略。

>熊本人だけど清正公は普通に『きよまさこう』って呼ぶよ。
福岡人だけどそう呼ぶ。せいしょこって呼び名も知っている。でもせいしょこさんとは聞いたことがない。
ちなみに福岡で一番人気は「秋月様」。次が「立花様」かなあ。黒田は有名なんだけど、
ああ「後藤又兵衛」をいびって追い出したやつだねってことで全然人気がない。
武田鉄也は黒田大好き人間だから個人差はあるんだけど・・・。


142 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 14:48:44 ID:Af4SeTD+
http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/shoukai/rekisi/kiyomasa.html
単なる領主が400年を経た今でも、「せいしょこさん」と親しみを込めて呼ぶのには訳がある。名城「熊本城」を築いただけではなく、県内至る所で治水・利水事業を行い、子々孫々まで熊本に貢献されたことへの感謝の気持ちの表れか。
(中略)
このほかにも、単なる治水に終わることなく、田畑の灌漑のための堰(せき)や井手(一の井出など今も残る)を築き、白川流域だけでも灌漑面積は3500ヘクタール以上にもなる。

 「せいしょこさん」
この手の呼び方は一般的ではないが、あるみたいだね。

>>133他、
ちゃんと治水事業や灌漑事業もやっている。
逆に三成の治水事業のほうを知らなかった。いわゆる「与次郎太夫」のエピソードとかで領民には人気があったのは知っていたが。

143 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 14:55:15 ID:UglhwUxg
>>126
本当に大坂の陣で入場して豊臣と共に滅亡していたら、
おっしゃられるように、それまでのいきさつは水に流して、
歴史に残る忠臣を呼ばれていたでしょうね。
でも、それをしないのが福島クオリティーw

私は、福岡で熊本の友人もいますが、
誰も加藤を忠臣とは思わないっていってますよ。
同じ九州なら、鹿児島の西郷の方が尊敬されています。
ましてや、福岡の黒田なんて…w

144 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 14:58:56 ID:6Z/W9Ost
>>142

清正が肥後を統治して何年だっけ。
治水ぐらいやったことは認めるけど、指摘したHPでは何ともいえないよね。
それが>>134の指摘を擁護できるようなものなの?
名指しで「馬鹿か」だよ

もう少し、数字で説明してくれ

145 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 15:03:15 ID:hrUj6frd
えぇっ!?
九州北部での一番人気はは立花宗茂じゃないんだ?
ショック!

146 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 15:07:08 ID:6Z/W9Ost
>>145
いや、それは私の主観なので・・・
福岡を代表して>>143さんに判定を委ねたいとおもいますw

147 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 15:08:22 ID:Af4SeTD+
>>144
すまんが>>134を擁護する気はない。私はあまり行儀のよくないやつは嫌いなんで。

私は「三成は領民のために治水灌漑をしたが、清正は熊本城しか作ってない」というのに「いやいや、白川流域だけでも3500ヘクタールも灌漑してますよ」という話をしているだけです。
「三成」も「清正」も領民のためを思い、尽くした立派な領主ですよ。

148 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 15:13:04 ID:6Z/W9Ost
>>147
了解
加藤清正が悪いと思って全ての業績を否定するのはフェアではないですね。

149 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 16:30:52 ID:6Z/W9Ost
しかし
>>121>>134は何故書き込まないんだろうね
えらそうに、福島加藤を批判できる身分でもないし
便所の落書きでも糞よばわり蛆虫呼ばわりされても平気

人間でないことだけは確かだよな
昔、綾瀬の女子高生殺人事件ってのがあってその犯罪が
アムネスティっていう人権擁護のHPに紹介された。
「我々はこれほど残酷な私刑をみたことがない、しかも驚くことにその犯人は日本で今も堂々と生活している」

俺は>>121>>134にその匂いを感じる。てか、図星だろう。
何なら名指ししようかw



150 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 17:07:29 ID:6Z/W9Ost
むかついたんで>>121>>134にレスする
おまえ等のお仲間の綾瀬のオヤジもよくきけよ

2chでおまえらの消息は常に報告されているんだぜ
おまえ等は終わったことと思っているようだが全国民はそう思っていない。
いまはおまえに手を出さないが、10年20年後はどうか
そのときは40、50のじじいだぜ。
20年経ってもおまえらの実名と消息情報はリアルで2ちゃんで公表されるよ。
便所の落書き、チラシの裏をなめんなw

>>121 >>134
おまえらは人間じゃない
蛆虫なんていうと蛆虫様に失礼だw



151 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 17:11:18 ID:nhgMj76J
まぁなんだ、落ち着こう。

意見自体は同意だから関係ない方向へ飛び火しすぎるのはやめとくべき。

152 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 17:15:05 ID:asRN+bCg
>>150
福島正則、加藤清正は綾瀬の女子高生殺人事件の犯人みたいなヤツだった事は納得した。
福島正則、加藤清正は最低の裏切者だったな。

153 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 17:31:51 ID:5fKiGKla
せしょこってのはやっぱり一般的じゃなかったのか
熊本から来たのが「せいしょこ」「せいしょこ」いうから当地じゃあれがメジャーなのかと
思ってた


154 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 17:36:20 ID:hrUj6frd
連続で書くと某真理教教祖に見える

155 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 18:18:24 ID:UglhwUxg
>>146
ご指名のようなので…w
立花宗茂は、私個人としては、めちゃくちゃ好きですが、
歴史好きか、柳川市民でもないと知らないのが実情ではないかと。

しかし、立花が関ヶ原に出陣して、大谷の辺りに布陣すれば、
側面を脅かされる心配のない宇喜多が福島やその他を圧倒し、
東軍左翼は崩壊してたでしょうね。
そう考えると、立花を大津攻めで浪費したのは惜しいですね!!

156 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 19:12:44 ID:asRN+bCg
せいしょこ♪せいしょこ♪しょこしょこしょーこー♪
きーよーまーさー♪しょーこー♪

157 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 19:20:32 ID:v7GuNL04
>>155
大谷バカにするんじゃねえよ!!

158 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 19:22:49 ID:asRN+bCg
名古屋の住人だけど名古屋城には清正の銅像はあるし
中村図書館には秀吉・清正記念館が付属して
地元中村の英雄として秀吉や清正は誇られてるけど
正則は地元でも誇ってない。
残念だが地元でも裏切り者のイメージが強くて正則は人気が無いね。
まだ前田利家の方が人気がある。
大河ドラマの時は荒子川公園とか荒子観音なんて何の変哲も無い場所ですら観光スポットになった。
でも、せっかく大河ドラマをしてくれたんだから地元で盛り上げれば良いのに
特に観光施設を増設するわけでもなし観光客を誘致するわけでもなし
なんとなく覚めてたのは土地柄なのかもしれない。

159 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 19:28:13 ID:uxUH7R24
立花に大領が有ればね…。そこは悔やまれる。

加藤を擁護するみたいな意見になるが朝鮮の戦いの裁判が三成派で構成されて加藤の意見が通らなかったり
小西が三成派で加藤を怒らせたのが不味かったね。
加藤地震で三成を追っ払うってエピソードが出来てしまうくらい加藤は三成憎しが強かったんだろ。
加藤の場合はね。

そもそも加藤や福島は譜代故に三成に媚を売る必要もない。
外様は三成に秀吉生前から媚を売っとかないと生きていけなかった。



160 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 19:32:42 ID:asRN+bCg
清正が現代人に裏切り者のイメージではなく英雄ととらえられてるのも
明治政府が加藤清正を朝鮮征伐をした英雄を印象付けるために
教科書にまで清正の虎狩りの記述を載せ、小学校低学年から
加藤清正は朝鮮の人達を悪い虎から救った英雄と教え
君等も大人になったら清正みたいな立派な軍人になって
アジアの人達を虎のような欧米諸国から守るんだぞと洗脳されてたのが
大きいと思います。
現代の子供達と違って戦前の小学生は誰でも楠正成や加藤清正を国民的英雄として
知っていたというのは教育の賜物かもしれません。
正則は特にエピソードが無いから、名前自体もほとんど覚えてもらってないというのもあるかもしれません。

161 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 19:38:46 ID:FhzUMolT
清正の民政に関する業績は流石に否定できないだろ
逆に三成の佐和山に関する業績は城造ったことと
13か条の掟書(?)と五人組みの制度みたいなものを作ったぐらいか?
まあ三成は他に蔵入地や豊臣政権の行政なんかもしないといけないから仕方が無いが
福島はかなり酷い政治だったらしいが

つーか上の一連のレス福島や加藤を非難している連中の評判を落とすための
自演じゃないか?
あまりに酷すぎる

>>159
あれはどうあがいても加藤に裁判の勝ち目は無いんじゃ
それに加藤を怒らせたのが悪いと言うより
加藤が怒るのが悪いんじゃないか
どう考えても泥沼の戦争を続けるのは拙い

162 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 19:39:56 ID:30fVxq5h
あと死んだ時期というのもあると思う。

163 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 20:07:18 ID:1O6cLvGv
浅野、蜂須賀、黒田、竹中、山内も秀吉との縁は深いんだけど、
正則、清正、加藤、脇坂、片桐に比べて、裏切り者という感じはしないな
浅野らの最初の立ち位置が、秀吉の家臣ではなく、秀吉の寄子だったからかな

164 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 20:15:18 ID:jGSPKkVb
七本槍の中では地味なくせに朝鮮出兵のときに水軍率いて色々やったり
関ヶ原で小早川に同調して寝返りかました4人の代表格的な扱いになってる脇坂萌え

165 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 21:08:27 ID:UglhwUxg
>>157
私の意見は、大津城攻めの1万数千が布陣すれば、という意味です。
私も大谷は好きなので、バカにしてなんていませんよ。
ただ、名将でも兵力の問題でそういっただけです。
誤解を与えてしまってたらすいませんでした。


166 :長文連投スマソ1:2006/12/03(日) 21:10:08 ID:7mh+82b4
スレの流れをあんまり読まないでカキコするが、清正も正則も裏切り者とは思えない。
ただ、家康の力量を甘く見た馬鹿者なだけ。
清正も正則もまさか本当に「これだけ家康に恩を売っておけば・・・」などとは考えてないだろう。
おおよそ以下のように考えていたと思われる。
○もし家康が豊家を滅ぼそうとするならば、俺たちが声かければ豊臣恩顧の大名達は
 豊家の元に馳せ参じるハズ。
○それを俺たちが率いれば家康なんぞに負ける事はない。
○家康はそれをわかってるから関ヶ原後もヘタな事はしないだろう。
○家康はジジイだし早いウチに死ぬだろう。
○秀康が継げば手強い相手だが、少なくとも豊家を滅ぼすような事はしないだろう。
○秀忠?俺たちの相手じゃねーよw


167 :長文連投スマソ2:2006/12/03(日) 21:11:24 ID:7mh+82b4
しかし関ヶ原が終わってみると、
○豊家恩顧大名達は見事なまでに家康に懐柔され手なずけられており、
 池田輝政・黒田長政らも家康にベッタリ。
○他の豊家恩顧の大名達も飼い犬のように家康の顔色を伺うだけ。
○豊家の為に家康と一戦交えるなんて事になっても馳せ参じてくれそうなのは
 浅野幸長くらい。
○関ヶ原の論功勲章で加増されたはいいが、豊家恩顧大名達はちりじりに、巧みに
 遠隔地に配置されてしまった。
○家康は他の誰よりも健康に気を遣っており、なかなか死なない。
これらを指をくわえて見ている間に、家康の力は強大化しており
もはや太刀打ちできなくなっていた。


168 :長文連投スマソ3:2006/12/03(日) 21:14:00 ID:7mh+82b4
ここで彼らが思ったことは、
○自分「個人」の力の出来る範囲で豊家を守ろう。自分個人は豊家の為に死ぬ覚悟はあるが、
それに家臣や領民を巻き込むことはできない。
という事ではなかったろうか。秀頼と家康の会見時の彼らの行動を鑑みれば、
己の命を惜しんでいるという事はありえない。
だが、彼らの行動を見ると家を滅ぼしてまで家康に立ち向かう気概はかったと考えられる。
時がたてばたつほど家康の力は強大化していくというのに、何も事を起こさなかったのだから。
結局彼らは家康という人間のしたたかさ、非情さ、しぶとさを読み誤り、
己の力量も読み誤り、そして他の豊家恩顧大名の心の動きをも読み誤った。
豊家への忠義はあったが、自分の家を傾けてまで家康と一戦交える気概はなかった。
結果、豊家滅亡時には家康は生きているのに清正は既に亡く、正則にいたっては
黙って見ている事しかできなかった。
裏切り者ではないが甘ちゃん馬鹿だった

169 :長文連投スマソ4:2006/12/03(日) 21:16:24 ID:7mh+82b4
三成は統率力も軍才も策謀能力も人の心の動きを読む力もない愚者だった。
だが、家康(と家康の持つ力)は危険であり、
時がたてばたつほど太刀打ちできなくなる事だけはわかっていた。
そして長きに渡る天下争乱となるかもしれない事態の引き金を引く気概もあった。
そう考えると三成は一方の英雄と言えるのかもしれない。少なくとも事を起こし、
天下を二分する戦いまで形の上では持って行ったのだから。
三成のせいで豊家弱体と滅亡が早まったと言われれば結果としてはそうかもしれない。
しかし家康は時の経過とともに豊家恩顧大名達をどんどん取り込んでいっていたし、
清正・幸長らが既に亡く、他の大名達も代替わりして、大して危険性もなくなった
豊家を滅ぼしている。結局の所、三成が事を起こさなくても豊家は滅ぼされたろう。
その場合豊家は「一時は日本の政権を取った家なのに、滅ぼされようとしている時、
恩顧の者が誰も敵と事を構えなかった家」という不名誉なレッテルを張られたかも
しれない。長文連投スマソ。

170 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 22:16:36 ID:K2S3xDwR
言わんとすることはわかる。

ただ、三成はいちおう軍才はあったし(忍城の責任は秀吉にもある)
賤ヶ岳でも一番槍の功績をあげたりと武才もあった。

戦略を立てる能力もあったが、実行する段階で成功させる能力に欠けたという方が正しいと思う。
人の心の動きを読む才能には欠けていたというのは同意。

豊臣家の権力の中枢に近かった為に、憎悪の対象となってしまったことは否めない。
三成自信に全く持って私心が無かったとは言えないし。

個人的親交で言えば大谷の例もあるから、人柄としては魅力的な人物なんだろうけど。

171 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 22:29:06 ID:wr5L6Nq3
話をぶったきって悪いが、清正が存命なら大阪攻めは防げたかな?
それから今の韓国では秀吉を評価する人が増えているとか聞いたけど、どうなの?

172 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 22:33:48 ID:ScqwgUUp
>>169
そうですね。
近臣がこれといった抵抗をせずに主家が史上ありえない
悲惨な最期をとげた武田勝頼に似た結果に終わった可能性が高い。
散り方にもそれなりの格があるってものです。
その点、三成は家康の正体を見抜いていた一点をもってしても
常人ではない鋭い嗅覚をもった人物だといえると思います。

>>170
付け加えるなら石田勢が最後まで関が原で死力を尽くして
奮戦したところからも完全に士卒を掌握している立派な主君で
あったと言えることでしょうか。

173 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 22:51:05 ID:cf7th2CT
このスレ長文ばかりで読むきなくす

174 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 22:52:40 ID:5B8EXYIB
>>171
彼一人では到底防げないでしょう。
一大名だけでどうこうできる情勢ではなかっただろう。

175 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 22:55:25 ID:6Z/W9Ost
>>169
○もし家康が豊家を滅ぼそうとするならば、俺たちが声かければ豊臣恩顧の大名達は
 豊家の元に馳せ参じるハズ。
○それを俺たちが率いれば家康なんぞに負ける事はない。
○家康はそれをわかってるから関ヶ原後もヘタな事はしないだろう。
○家康はジジイだし早いウチに死ぬだろう。
○秀康が継げば手強い相手だが、少なくとも豊家を滅ぼすような事はしないだろう。
○秀忠?俺たちの相手じゃねーよw

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
いや、そこまでは福島は馬鹿ではなかったと思う。
たった300万石しかない恩顧大名が分裂して徳川に勝てるなんて思っていたら精神異常者だ。
いきががり上、引くに引けぬ状態となっただけだろう。
前田、上杉の例をしらないわけではあるまいにw

関ヶ原なくても豊臣は滅んでいたというのは同意。


176 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 22:57:30 ID:phoVu2tC
>>171
>秀吉を評価する人が増えているとか聞いたけど、どうなの?

ありえないでしょ。
文禄・慶長の役(朝鮮名 イムジン倭乱)で
多数の国民が死に連行され、山は禿山になりと被害を受けたのだし(妄想や明・朝鮮兵の横暴もあるんだが)
あの国では伊藤博文と豊臣秀吉が二大極悪人とされてる。
豊臣を滅ぼしたい家康は評価されてるけど。

177 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 23:00:09 ID:5B8EXYIB
関ヶ原後でも徳川に勝てるとまでは思ってなかっただろうと私も思う。
家康が豊臣家の家老として政治の実権を握るのはやむを得ない、
くらいだったのではあるまいか?
ところが家康は豊臣を滅ぼすことまで考えていたと。

178 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 23:08:33 ID:phoVu2tC
向こうから見たデムパユンユンの秀吉像

 壬辰倭乱
  ... 耳塚  第二次侵略の折、豊臣秀吉は「皆殺令」,「鼻斬令」などの
  残虐な命令をだした。 日本軍兵士はこの命令を受け、朝鮮の将兵
  だけでなく女性や老人、子供や赤ちゃんまで殺し鼻を切り取りまし
  た ...

豊臣秀吉の朝鮮侵略戦争と京都の「耳塚」 ...
  ... 答)1592年〜1598年の間、朝鮮に侵略した日本侵略軍
  が、とりわけ、丁酉=慶長(1597)年の第二次侵略に際して
  秀吉の「皆殺令」「鼻斬令」の命令によって、朝鮮の将兵はもち
  ろん ...

http://www.oct.zaq.ne.jp/gangyou/public_html/mimiduka.html

179 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 23:14:00 ID:4CjJXsoi
つ〜か死後の世界に行った時に間違いなく裏切り者と秀吉に非難されるのは子飼いでありながら豊臣を滅亡させた遠因を作った福島だろう。
三成は良い事は太閤のやった事、痛い事は三成のやった事と憎まれ役を勤めていたのだから一身の憎悪を引き受けていたゆえに人望がなかった。
武断派は政権内部でみだりに徒党を組み合議制度を崩壊させた首謀者。
とくに見苦しいのは怒りを公言し、そこを家康に乗じられ、内部抗争に留まらずついには隠さず暴挙に出るに至る愚劣さ。
黒田や細川の真意を見抜けずあやつられ小山では大義と私恨を履き違え、しかも三成討伐の主導権をつかまず家康に従属し豊家衰退を天下に宣言。
三成敗北は主家の立場を致命的なまでに落とし家康の武威が天下を覆ったのにも関わらず、時と共に衰微してる主家の為に立ち上がらずいたずらに時を浪費し、それに比例して家康の天下が確立していく。
二条城の会見で福島や加藤、浅野のやった事は墓穴を掘りさらに主家を追い詰めただけで浅はか。
しかもその後に同じ病気を起こし加藤と浅野の死ぬ始末。

180 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 23:19:51 ID:6Z/W9Ost
>>17
>清正が存命なら大阪攻めは防げたかな?

大坂陣は家康にとっても自分の寿命というタイムリミットがあったからな。
でも、史実通りになるとは限らん。

方広寺までは史実通りで、あとは出兵をほのめかして放置。
1年経てば豊臣はスカンピンになるので、国替えを申し出る以外の手がなくなる。


181 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 23:31:28 ID:Rc0XJB1t
この両名は関が原まで家康が天下取りの野望を抱いてるなどと
夢にも思ってなかったのではないか。



182 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 23:33:27 ID:4CjJXsoi
むしろ加藤や浅野が死ぬのを待って家康は豊臣を滅亡させている。
加藤が存命なら家康は事を起こさない。リスクが高いので福島改易すら家康はやってない。
福島改易は家康死後だがそれでも危険なので幕閣は反対したくらい。
九州で加藤、中国で福島が暴れても家康は遠征できない。なぜなら大阪や紀州の浅野が背後を突くから。情勢によっては四国でも伊予の加藤嘉明が賛同し動く可能性はある。
土佐では長宗我部の遺臣が暴れる。讃岐の生駒や阿波の蜂須賀あたりも動けば宇和島の藤堂もわからん。
天下が再び麻のごとく乱れたら細川や黒田とて野心がないわけではない。
池田森あたりが防戦一方になるだろう。

183 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 23:41:48 ID:5B8EXYIB
希望的観測が激しすぎ。

184 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 23:43:26 ID:6Z/W9Ost
>>182
>九州で加藤、中国で福島が暴れても家康は遠征できない。なぜなら大阪や紀州の浅野が背後を突くから。

こういう事考えて大野治長らは開戦に踏み切ったわけ・
で結果はごらんの通り


185 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 23:49:52 ID:5B8EXYIB
大坂の陣のときに一つ二つでも大坂方に付く大名がいたなら、
そこに加えて加藤や浅野がいればあるいは、って話にもなるが。
事実ではきれいさっぱり一大名も味方についていない、
そういう事実があるのに、加藤清正が生きていれば何とかなると思うのは現実逃避だ。
加藤同様に豊臣股肱の臣だった福島が何も出来なかった事実から類推すれば、
加藤でも結果は変わらない可能性の方が高い。
加藤と福島との間に決定的な違いがあるというなら話は別だけど。

186 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 00:02:32 ID:sxZErX1M
>>182
加藤・福島・浅野この3家が兵を起こしてこの3家だけの兵力じゃどうにもならない。
上手く連絡・連携すら取れないだろう。その為にそういう風に3家を配置したんだし。
四国勢は長宗我部の遺臣はともかく、他は動かないでしょ。
動いてくれるならもっと早くに事を起こしてるさ。
名古屋城築城の折、正則は清正に愚痴をこぼした。
「なんで家康の息子の城の普請まで俺たちがやらなきゃならんのだ。」と。清正は言った。
「イヤなら今すぐ国元へ帰って戦準備をしろ。それがイヤなら黙って働け」と。
結局二人とも兵を起こさなかった。最早、浅野幸長くらいしかアテにならず、
負けるのがわかりきっていたから。


187 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 00:12:00 ID:uJvAJ5HO
清正はともかく正則はなあ・・・。

188 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 00:25:11 ID:sxZErX1M
三成も人望が全くないわけじゃなかった。島左近・蒲生備中・舞兵庫
らの剛の者達も最後まで三成に殉じたし、石田軍は結束も士気も高く、
関ヶ原において2倍近いに敵に攻められても裏切りがあるまで撃退し
続けた。この事から兵からの信望もあったと思われる。
しかし、人の好き嫌いが激しくそれを表に出してしまうのが・・・
しかも誇り高く尊大で、大事を成す為に人に譲ったり、謙ったり、
褒めそやしたり媚びへつらったりという事もできなかった。
大同小異という言葉もなく、清濁併せのむ器量もなかったようだしなあ。
計画を立てるのも計画通り進めるのも得意だが、計画外の突発事態に
対応できる臨機応変さもなかったようだし。
家康なら大事を成す為なら「韓信の股くぐり」くらい平気でやるだろうになあ。

189 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 00:50:31 ID:nss9Mf6b
というか、評価の基準が違うんだよな。
関ヶ原時に奉行職から追われているわけで、
それでも、それなりに人があつまったわけだからな、
武断派のだれかが同じ事をしても、
奉行の別のだれかが同じ事をしても、
多分人集まらなかっただろうな。

190 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 01:35:50 ID:qANZ3liK
豊臣政権ってのは関白が朝廷に代わって政務を代行するってのが建前だから
秀次失脚後は関白不在=巨大な戦国大名みたいなものなんだよな。
したがって、圧倒的な武力のあるやつが力づくで押さえていないと国中大混乱する。
で、家康が中心とならざるを得なかった。
関ヶ原で三成が勝っても、国を統治するビジョンがないから内乱になる可能性が高い。

こう考えると福島・加藤がどうすれば良かったなんてなかなか答えは出ないんだよな。
例えば、秀吉の死の直後の福島・加藤として
それまでの生き方や信条に反さない程度に、どう行動を修正していればよかったと思う?

たとえば家康から婚儀斡旋されて断れる?つうか断ったやついるの?

191 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 02:16:06 ID:0XiIyaIz
関羽=清正,張飛=正則
んで、劉備が曹操(=家康)を懐柔し、全国統一、皇帝を補佐したものの、早々に死んでしまったって感じだな。

192 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 02:30:14 ID:lBDpFK43
てことはあれか、諸葛亮にあたる三成が職務上もうちょっと融通の利く人間だったら良かったってことか。

193 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 03:26:15 ID:ACwrvdon
加藤は武勇の逸話が沢山残ってるから福島とは一線をかくしちゃうんだよね
中央に居なかったり福島より速く死んだりしたのもポイントだよね。

福島の鳥潰しは無理難題でかわしようがないが
加藤は下手に政権に関わって家光を怒らせて潰された可能性もあるわけだろ?
まぁ憂い払いだろうけどさ
とりあえずこのスレ的に出す俺の見解は
福島:真性の馬鹿
加藤:先が読めなかった馬鹿
かな
先を読めなかったのを馬鹿と表現するのはあれだが…。

一時期熊本居たけど清正暗殺説は熊本じゃかなり根強いような気がする。


194 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 03:40:02 ID:0XiIyaIz
諸葛亮は勘兵衛や半兵衛でしょ。

秀吉は劉備(中身は鳳統)といった感じ。

三成は馬しょくや姜維に近いんじゃないかな。

劉備が曹操を懐柔し、全国統一したあと、急死。
りゅうぜんは死亡。孫夫人の生んだ子しか残らず、孫夫人が政権を握った。
関羽・張飛とも、「本当に兄者の子か?」とおもいつつも、頭が上がらない。
北方で公孫賛が孫夫人の専横に腹を立て反旗を翻した。
曹操は討伐軍を編成。関羽・張飛も従軍。
ところが、討伐に向かっていたところ、都で孫夫人の腹心、馬しょく・姜維が「国賊曹操を撃つ」と兵を挙げた。
業まで帰り、諸将を集め曹操曰く「ともに戦わない者はすぐに兵をまとめて帰られよ」

195 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 04:28:18 ID:qANZ3liK
清正・正則が関羽・張飛ってだけですごいバイアスがかかってない?
魏延くらいなら許せるけど

196 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 05:45:29 ID:qANZ3liK
関羽ってのは「絶対に曲げない信念」、「主君への無私の忠節」、「的確な状況判断」を兼ね備えた忠義の人ってイメージ。
張飛は知恵は関羽に遠く及ばないものの忠義の心は誰にも負けないというところか。
子龍とあわせ、最も好きな3人の武将。
日本で言えば、山中鹿之助の忠節、立花宗茂の智能、上杉謙信の武略、大谷刑部の洞察力を全て備えた武将が
関羽というイメージなんだけどなあ。

197 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 06:53:55 ID:ZFUqCi1U
岳飛のような武将と言えば前述の土に還るとして
所領を投げ打って大阪城に入城した大名であって
福島なんかは、どこから見てもカイジに出てくる前田程度の人間だ
人間の屑だ!

198 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 07:02:35 ID:ZFUqCi1U
もし福島が家臣や領民を犠牲にしたくなかったというなら
荒木村重のように家と家臣を捨てて遁走し
一人だけで大阪城に入城して死力を尽くして戦い
敗れた時に腹を切って殉死すれば良かったんだ。
どこから見ても人間の屑すぎ。


199 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 09:35:54 ID:ZFUqCi1U
名前を忘れたけど、関ヶ原で負けた大名が
名前を隠して一兵卒で大阪城に入城し義理を果たしたという例もあったよね。

200 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 10:56:30 ID:JIm3p1nT
>>166
その時点で豊臣政権を裏切ってないか

>>188
一部同僚に嫌われたのは三成の軍監という立場のせいじゃないか
朝鮮の役で恩賞が出ていれば嫌われることも無かっただろうけど
恩賞無しじゃ功績を記録する軍監を嫌うの無理は無いかと思う。
小西みたいに現実が分かっている大名や政略に理解があるような
外様の大名は別として、前線で首さえ取れば恩賞と思っているような
連中は何で恩賞が出ないんだと思うんじゃないか。

>家康なら大事を成す為なら「韓信の股くぐり」くらい平気でやるだろうになあ。
三成だって襲われた時家康邸にかけこんでいる。
ついでにあなたのしかし以降は全部憶測と思いこみで根拠が無くないか?

>>190
いないと思う、また断るのも難しいと思う。
この結果家康の代わりに槍玉に挙げられかねない福島が
保身のため家康に走らざるを得なかったと考えることも出来ると思う。

>>192
まわりの人間がもう少し軍政や政略戦略に理解がある人間だったなら
諸葛亮のようになれたと思う。
死後に財産が無かったとこも似ているし。
両者の立場は似ているけど日本と中国の文化の違いが両者の周りからの
評判に繋がったんじゃないかと思う。

>>194
黒田や竹中に当たるのは法正やホウトウじゃないか、
実際の黒田は外交官的働きが多かったらしいが。

201 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 12:31:29 ID:SmHQLnOe
竹中はジョショ
能力について高い名声はあるんだけど、実際の働きどうたったの?的なイメージが…
黒田が法正とホウトウを兼ねているイメージがある

202 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 12:47:11 ID:GWbhuIvH
武功夜話を信じるのなら、竹中はかなり秀吉にアドバイスしているようだが
これは後世加筆が激しいからなぁ……

203 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 13:20:23 ID:CR7JAWY4
>>201正直黒田もあんまり・・・

>>199氏家行広。変名が荻野道喜。一兵卒かは知らないけど。

204 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 16:22:31 ID:SNJWUvjA
スレ違いだが、ここの住人は詳しいので聞きます。

戦場では色々な逸話がある。
関ヶ原の大谷刑部配下湯浅五助の話、大坂陣の真田幸村討死の話、
他にも沢山あるが、乱戦の最中にごく限られた狭い地域で、
おもちゃ箱ひっくり返したような中を、そんな時間的場所的余裕があったのか。
関ヶ原に双方で20万の兵が満ちているのに、刑部の首を埋める場所があったのか。

つまらない疑問だが、詳しい人、お願いします。

205 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 16:34:54 ID:of0BQeDI
>>194
実際は
信長=曹操
家康=司馬仲達
秀吉=劉備

かと。
劉備が左将軍のまま曹操に就いてたら、曹操が急死して
政権を乗っ取ったが、
結局、司馬仲達にもって行かれると。

孔明は真田あたり。


206 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 17:46:38 ID:Dj3aqtrP
>>190
小西が断ったときいた。信憑性は皆無
小西息子と家康孫娘
三成に近い小西に縁談なんか持ちかけるとは思えないけど

207 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 17:48:11 ID:EMLm4w6N
>>204
それゃ将は後方のちょっと退いたところで特選してるので余裕はあったろう。
あと20万の敵味方なんてナンセンス。
実際はその1/3くらいしか戦ってなかった。

208 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 18:08:11 ID:66xxH5IS
日本語でおk

209 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 19:24:54 ID:JIm3p1nT
>>206
wikiで見つけた
>徳川家康は、関ヶ原前に行長の嫡男と家康の嫡男・松平信康の孫娘との結婚を
>持ちかけており、行長の有する強大な水軍、戦力を手に入れておきたかったことが窺える。
信康の孫娘って・・・

>三成に近い小西に縁談なんか持ちかけるとは思えないけど
それを言ったら武田信吉の妻は木下勝俊の娘だったりするが

どうでもいいことだが三成のひ孫と家康の孫が結婚するなど
関ヶ原当時は誰も考えていなかっただろうな
本当に三成のひ孫かは諸説あるらしいが

210 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 19:59:36 ID:CR7JAWY4
その前に

「wikiかよww」

ってなるぞ。

211 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 20:02:21 ID:CR7JAWY4
>>205やっぱ三国志に戦国武将を例えるのは無理がないかなあ?

212 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 20:15:12 ID:NMeiCrcH
2スレ目にして漸くまともな人が多くなった感が

213 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 21:24:38 ID:Aaa/IRnX
>>205
愛知県人3羽カラスについては同意。
孔明はやっぱり三成では?戦術というよりは行政、戦略の天才。

真田は多分昌幸のこと言ってるんだろうけど、
外交的な立ち回りが上手で、限定的な戦術に特化したタイプの天才となると…思いつかん。

214 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 21:26:31 ID:dCCOxW6d
阿波の蜂須賀、淡路の脇坂が徳川方についてる時点でどうもならんというか、大阪湾の制海権取られてるからなぁ。
大坂は大阪湾の制海権取られたらどうにもならんのは石山本願寺の時代から変わらないわけで。
そう考えたら加藤、福島、黒田よりも、大坂の真横に封じられた譜代大名なのに裏切った蜂須賀家こそ悪党だと思う。

215 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 21:50:29 ID:JIm3p1nT
>>214
関ヶ原の段階じゃ蜂須賀も脇坂も西軍なんじゃ
正確には家政は西軍で至鎮が東軍
脇坂は小早川に呼応して東軍に寝返ったんじゃ

216 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 22:00:03 ID:dCCOxW6d
まあ秀吉死後、いの一番に徳川家と婚姻結んで、しかも問責使が来たらいけしゃあしゃあと責任転嫁した家だけどな。

217 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 22:06:20 ID:sxZErX1M
蜂須賀家政も個人の感情を優先して東軍に走ったのはまあアレだが、それでも
清正・正則に比べればまだ豊家滅亡の責任は軽いのでは?
豊家恩顧大名の中でリーダー各だったのは清正・正則であり、家政にはこの2
人程の恩顧大名達に対する影響力はなかったのだから。
清正・正則は裏切り者まではいかないが、成すべき事を成さなかった責任は大きい。
先を見る目もなかった。徳川政権下で、豊家恩顧大名の筆頭格である自分たちが
そのまま何事もなく過ごせるとでも思っていたのだろうか?


218 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 22:33:04 ID:gi4JELuo
蜂須賀は譜代も譜代だろ
親父が秀吉の屋台骨を支え続けたわけだし

219 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 23:53:53 ID:32ExBPuz
蜂須賀は関ヶ原の時は大坂に家臣を派遣しているよ。
秀頼が出陣したら従軍しろと指示していたはず。
>>215
毛利も九鬼父ちゃんも西軍だから制海権は圧勝でしょう。

220 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/05(火) 10:21:12 ID:fptm9pI5
(●´Д`●)

221 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/05(火) 11:15:40 ID:UQRK5Jj3
>>215

脇坂は「今、大阪に居るんで、三成の味方のふりしてますけど、
いざとなったら裏切りますんで、よしなに…」という書状を、
三成の挙兵直後に家康に送ってる。
(本領安堵)

朽木は、関が原の直前に寝返り宣言の書状を家康に送付。
(一万石減封)

小早川に便乗して、現場でいきなり寝返ったのは、赤座、小川。
(領地全没収)
(朽木だけ、後に領土を返されたが)



222 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/05(火) 11:16:55 ID:UQRK5Jj3
>>215

脇坂は「今、大阪に居るんで、三成の味方のふりしてますけど、
いざとなったら裏切りますんで、よしなに…」という書状を、
三成の挙兵直後に家康に送ってる。
(本領安堵)

朽木は、関が原の直前に寝返り宣言の書状を家康に送付。
(一万石減封。
 しかし、没収分は後に返還される)

小早川に便乗して、現場でいきなり寝返ったのは、赤座、小川。
(領地全没収)


223 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/05(火) 22:08:50 ID:V2KnDrIi
そもそも、上杉、毛利が豊臣に味方するのも謎ではあるよなぁ。
元は敵だったんだし、徳川と組んで豊臣崩壊に動くのが感情だとおもうんだけど。

224 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/05(火) 22:30:43 ID:uk/ZlZfK
豊臣に味方したというよりも、家康との権力争いをしたというだけでは?

225 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/05(火) 22:56:29 ID:8rSZdYGV
何とか家康潰せないか、みたいのはあったかもね

それだけ家康中心に天下が動き始めていたことになるが

226 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 03:50:35 ID:gtzcS5Ue
だからこそこの二人の愚かぶりが際立つわけで

227 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 08:33:29 ID:f3owucSt
上杉は喧嘩売られただけ、という気もする
前田に難癖つけて攻めようとして母親人質作戦でいなされたから上杉にいちゃもんつける相手を変えた家康
それを真っ向から受けてたったつもりが実は反家康と親家康をふるいにかける道具にしか使われなかった
だからこそ最後まで抵抗した大名なのに減封程度で済んだと

228 :三斎:2006/12/06(水) 09:52:45 ID:ZWuJFaKS
わが細川家はじめ、黒田・前田・蜂須賀・・・豊家恩顧と言われてるが、
我らは元々羽柴筑前殿の同輩であって、右府様横死で
筑前殿にお味方しただけ、太閤殿下が逝去されて今度は内府殿にお味方。
家の興りが主計頭や左衛門大夫とは全く違い、非難される謂れはござらぬ。

わが父も足利家を見限ったが裏切りの誹りは免れた。(舅殿の件は是非もなし)
主家を見限る時は黙って退くことじゃ。
彼らは豊家御恩を声高に叫び過ぎたのじゃ。
言と行が一致せぬから後世の誹りを受ける。
世巧者の血を見よ、わが子孫は太政大臣まで昇ったぞ。

229 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 09:57:49 ID:Gwhhx43r
みんな豊臣家に臣従したんだから同類だよ

230 :三斎:2006/12/06(水) 10:00:55 ID:ZWuJFaKS
みんな臣従したから裏切りなら、内府が1番の裏切者じゃの。

231 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 10:14:25 ID:iVc8oCZf
別のスレでも言われてたが、
徳川政権のように「どんなボンクラが後継者になっても
国が運営されてゆくシステム」を作っておけば良かったん
だよな、秀吉は。

それをやらなかったから家康につけ入られる隙となり、また
家康が手を出さなくても、内乱の要因となりえたわけで。

232 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 10:17:41 ID:5wly8mAy
それが簡単にできるくらいならみんなやってる

233 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 10:23:29 ID:32RMML/t
年老いてからできた我が子に権力を継承させたい
秀吉にはその一念しかなかったからな
秀次あたりを素直に繋ぎにしておけば、意外と家康が付け入る隙ができなかったかもしれないが。所詮それはイフの世界

234 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 10:38:07 ID:tooqTGJ/
次代がボンクラである事。
そのボンクラが政権移譲しても大丈夫な年齢である事。
そのボンクラに諸侯が平伏すように自分が後ろで目を光らせていられる時間的余裕。
政府の構造以外に最低でもそれらの条件は必要だよな。

235 :三斎:2006/12/06(水) 10:54:21 ID:ZWuJFaKS
織田が搗き羽柴がこねし天下餅

太閤が右府様の欠点(殲滅主義)を改め、
内府が太閤の欠点(大封安堵)を改めたから、天下は徳川のものになった。

簡単に転がり込んだように見えるが、
関ヶ原では金吾が意外に健闘する三成軍を見て動揺していた。
小僧が采を東に振っていたら我首は傘の台を離れていたかもしれぬ。

中納言様が生まれなかったら、関白殿下が死を賜ることは無かった。
返す返すも惜しまれる。
>諸侯が平伏すように自分が後ろで目を光らせていられる時間的余裕。
中納言様が生まれるまではそうであったが。

だが内府が乱を起さず豊臣に世が続いても、
太閤に恩義がある当代ならいざ知らず、代が代われば必ず反乱が起きる。
西国大名の牙を抜いた徳川だから260年太平が続いた。
大封が残った豊臣の治世なら30年で大乱だろう。

236 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 11:31:57 ID:iVc8oCZf
>>222

朽木は、合戦の直前どころか、合戦が始まっても
小早川軍が動かないのを見て、戦の真っ最中だと
いうのに、紙と墨を持ってこさせて、家康に「今から
三成を裏切りますんで、ヨロシク」と書状を送った
という事らしい。

http://blog.livedoor.jp/mansaku21/archives/50194662.html

237 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 13:48:31 ID:rRX5vnSK
まともなやつにまじってID:ZFUqCi1Uみたいなイタイやつがちらほらと・・・

238 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 14:16:37 ID:rRX5vnSK
スレ見直してみたがID:ZFUqCi1Uはまだ軽症みたいだな。一番酷いのが
ID:6Z/W9Ost・・・たかだか趣味が話題の掲示板上で蛆虫だのなんだのと。
しまいには本題とまったく関係のない猟奇殺人事件を引き合いに相手を非難。
完全な妄執狂ですよ。誰も叩いてないみたいだから怖い。
このスレ的にはスレタイの二人を批判する立場なら礼儀も品格も一切不要なのかな?
だとしたら類は友を呼ぶっていう感じですね。

239 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 14:39:54 ID:/9u/Oxps
まともなやつにまじってID:rRX5vnSKみたいなイタイやつがちらほらと・・・

240 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 15:32:29 ID:rRX5vnSK
>>239
まだ板に残っていたので煽りレスに返答させてもらおう。
俺が>>238で書いたことは物事を批判するにも品格と最低限の礼儀が必要
だということで一般社会では常識だ。君は学生か社会との繋がりがないのか
どちらかだろうが礼節を知らない人間はどこでも通用しないぞ。
一生親の脛をかじり続けるつもりならそれでかまわないがね。資料を提示して
まともな議論をする人間ならいい。だが君やID:6Z/W9Ostのような人格批判する
人間は目に余る。そういう人間がネット上とはいえ幅をきかせていることは苦痛だ。

241 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 15:37:45 ID:KWoRuK+m
石田三成って姜維って感じだな

242 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 15:40:23 ID:xzN2mpqh
朝鮮の武将に例えられてもピンときません・・・(^^;)

243 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 16:04:24 ID:gtzcS5Ue
>>240
馬鹿中年さんこんばんわ

244 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 16:16:08 ID:rRX5vnSK
>>243
俺を中年よばわりするところを見ると君は若輩だな。
若い内は思慮が足りず視野が狭いからどうしても自分と相容れない
意見の持ち主を馬鹿だとか蛆だとかと言って見下してしまう。
成長の過程で自省し人生経験も増えて改心するものだが最近この国では
君のように精神的に未熟なまま社会に出てしまう人間が多いように思われる。
そういった人間は必ず周囲と軋轢を生じ様々なトラブルやひいては犯罪まで
巻き起こす。君がそうならないように祈るばかりだ。次に煽りレスが来ても
俺はもう返信してやれない。だができたらもう一度自分が書いたレスを
見直してみてほしい。それでもなおなんら思うところがないとすれば
君の更正は難しいかもしれないな・・・。

245 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 16:48:26 ID:xhCZcik9
ここで視点を変えて
秀長の軍中功を求める者ども・自分の禄高から分け与えればいい
と言って朝鮮出兵反対発言や
秀吉の加藤光泰のようなもののために朝鮮に出兵する
と言う発言、前田家文書だっけ?
から武功派と呼ばれるような加糖福島みたいな人間がいなければ
豊臣家はもう少し安泰だったと言ってみる

246 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 17:18:51 ID:gtzcS5Ue
>>244
何こいつw
国粋主義者か?w
キモ過ぎ

247 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 17:24:46 ID:3c8sEi1O
>>244
晒しage

248 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 20:08:50 ID:/9u/Oxps
>>244ってキモ過ぎ

249 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 20:15:19 ID:3c8sEi1O
>>244
き も い ぞ ☆

250 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 20:53:36 ID:2oBwfzEN
>>244お疲れさん
まあ解ってるだろうが2chだから

251 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 20:54:29 ID:rSTHMeDm
>>244の人気に嫉妬

252 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 20:55:42 ID:gtzcS5Ue
>>244は最低の裏切者

253 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 21:13:07 ID:ycuVW3CH
関ヶ原の裏切り組で
家康に『お前ごとき裏切ろーが、裏切るまいが
戦況に大した影響ねーよカス』みたいな事言われたのって誰だっけ?

254 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 21:23:53 ID:/9u/Oxps
>>253
話題を変えて誤魔化すなよ
ここはキモイID:rRX5vnSKを非難するスレだぞ

255 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 21:43:13 ID:Ht0I1Ei0
>>253
それがまさに小早川金吾。

256 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/12/06(水) 21:59:58 ID:fUe+9dVN
中年が参加しにくいスレだな。

257 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 22:03:16 ID:6dIpKQwX
なーに戦国武将の殆どが名を成したのが中年期から壮年期に達する年代だしね

258 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 22:08:31 ID:Ht0I1Ei0
戦国時代は三十過ぎればみな中年だ。


259 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 22:17:39 ID:iVc8oCZf
>>255
ノリででたらめ書くな。


260 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 22:54:59 ID:c+sa9uLz
実際に家康がそんなことを言ったとは思えないが、秀秋が送ってきた使いを
会いもせずに追い返したことは何回かあった。実際に会ったのは決戦の直前になってから。
結果としては金吾が戦況に大きな影響を及ぼすことになったので、もし心証を悪くして
西軍についてたりしてたら、家康は対応を完全に誤ったことになっていた。
そういった意味じゃ金吾は忠義者と言えないこともない。

261 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 01:52:13 ID:Uzr+/yhJ
>>253
朽木だな
まぁぶっちゃけ4人とも戦力外だろ
あの4人で壁作って時間つくって本隊逃がす気だったんだろ

262 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 14:17:04 ID:tjxOx8o1
どうもこのスレは福島加藤を擁護する燃料レスが無けりゃ
盛り上がらないようだな。
しかしまあ400年も前の赤の他人のことでよくそんなに燃え上がるね。

ところで、
飲んだくれで口では報恩を叫ぶが行動が伴わなかった山内容堂と、
福島正則が似てるように思う。
小御所会議で恫喝されて「関ヶ原恩賞の恩は返した」
と言い訳しながら尻尾巻いて逃げるところなんかソックリ。

263 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 14:45:10 ID:lqb4YNqF
>どうもこのスレは福島加藤を擁護する燃料レスが無けりゃ
>盛り上がらないようだな。


どのスレだってそうだろ。


 「福島加藤は最低の裏切り者だね」

 「そうだね」


じゃ、どうにもならん。


264 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 22:46:38 ID:BO/njpYO
加藤・福島は裏切り者ではないよ
建武・室町・豊臣という日本三大無能政権が続けて成立したことは日本にとって耐え難い悲劇だった
家康はそんな日本の危機を救った救国の英雄であり家康に協力できるのは日本人にとって最大の名誉かつ義務でもあるわけだ
加藤・福島は日本人としての名誉と義務を果たした名将であることは疑いない
だが晩年は家康への協力が不十分だったのもまた疑いない事実だ
そういう意味では加藤・福島は家康に対する裏切り者かもしれない
しかし豊臣政権が滅びるという吉事に少しは手を貸したのだからそこまで責める必要はないだろう

265 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 04:30:22 ID:c8UqkKN2
かといって、あからさまな釣り燃料だと、さらに
スレは停滞するのであった。

266 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 09:43:44 ID:ogoT5GCc
 >「福島加藤は最低の裏切り者だね」

  「そうだね」


 じゃ、どうにもならん。

   ↑    ↑   ↑
ぎゃははは〜  、座布団1枚

小粒の2人で二股目まで引っ張ったことには敬意 。乙

267 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 13:23:54 ID:1UIw1wnO
個人的には福島と加藤の微妙な評判の差が気になる
加藤も福島程度の評価に落ち着いていいんじゃないの?

268 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 13:36:02 ID:c8UqkKN2
>>267
早死にして晩節を汚してないから清正の勝ち。

269 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 14:24:25 ID:VRBJxM6c
福島も朝鮮で一暴れしてれば政府からヨイショしてもらえたかも?

福島の城造り際のエピソードからみるに他の七将と違い
三成は気に入らねぇ!
だけで家康についた感じがあるね

清正が三成嫌っていく課程はわかるが福島が三成嫌っていく過程がよくわからんね。
なんかの加藤本で読んだが

福島「俺は三成がすかん!」
加藤「どうすかんというのだ?」
福島「なにかあわんのだ!見ていて腹がたつ」
加藤「そういうな。秀吉様の推す人だ。有能なのだろう。」
(初期)

加藤と小西の肥後運営時の確執、小西の背後の三成。
↓小西とのやりとり
・旗からかい、出身からかい
・反乱軍への対処への両者の見解の違い
・宗教対立
(中期)

三成の朝鮮での清正の扱い。
小西との決定的な対立。

っとどんどん心象悪くなっていくわけだが
まぁ自分が肥後野郎だから加藤側に寄ってるが(´・ω・`)


270 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 15:11:18 ID:e1XP0VYF
秀吉と清正は尾張中村出身だと知らない名古屋人は居ないが
正則は、どこの村出身なの?

271 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 15:21:48 ID:c8UqkKN2
現在の愛知県海部郡美和町出身

272 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 15:26:15 ID:e1XP0VYF
海部郡だったか・・・ほんと畑以外何もないとこだなw

273 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 15:47:57 ID:peH8Y7C+
さすがにこのネタで3スレ目はきついだろ

274 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 16:06:23 ID:c8UqkKN2
だから、戦国武将の「忠義」全般を語るスレに
主旨を変えときゃよかったのに、どっかのバカがよ。

275 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 16:09:02 ID:peH8Y7C+
>>274
誰のことよ?>>どっかのバカ

276 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 17:32:17 ID:DdTysl37
自分のことじゃないの?>>どっかの大バカ

277 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 17:52:33 ID:peH8Y7C+
>>276
アンカーがないから誰に対してのレスなのかわからんぜ

278 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 18:34:59 ID:AkARJi6L
加藤も福島も嫌いじゃないよ。三成のいい引き立て役だしね。

279 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 19:11:54 ID:peH8Y7C+
>>248
平日明け方4時までこの板にいる君みたいのもキモイぞ

280 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 20:12:43 ID:uP4X2rNh
正則と清正はチョン

281 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 20:19:29 ID:VRBJxM6c
>>280
で、あるか。

282 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 20:54:00 ID:kyS1IwZe
朝鮮では先陣に立って戦った三成を後方でサボってた正則が武断派気取りでがたがた言うんだから救えない

283 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 21:35:07 ID:eAxvpO3D
釣り燃料も度が過ぎると逆にこっちから釣られたくなるから不思議なものだw

284 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 23:54:54 ID:oUdRCJxr
加藤清正って家康に毒殺されたの?

285 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 23:59:59 ID:VRBJxM6c
だれか福島の略歴晒してくれ(・ω・)
・清正の友達
・7本槍
・関ヶ原関連の行動
・大阪城へ食糧
・築城愚痴
・酒豪
・惨めな鳥潰し
くらいしかしらん


286 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 00:14:12 ID:VFYuA5ZE
福島だけは救えないw

287 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 00:14:20 ID:yR/PdFf3
>>284
毒が入ってるって知ってて茶を飲んだとかお菓子を食べたとか怪しいエピソードはある。
浅野も同じ病で死んだから可能性はなくはない…。がたぶんない。
梅毒らしいしね。
清正は帰国途中の船で倒れて熊本城ついた時にはもうロレツが回らなくなってた。


288 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 00:18:35 ID:qAp4QN+r
>>285
・桶屋の息子
・関ヶ原の直後徳川に因縁吹っ掛けて恨まれる
・酔った勢いで家臣を手討ち
・勝手に城改修した馬鹿

289 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 03:27:16 ID:5d1YhIma
>>284
清正が死んだ時は全身黒ずんでたらしいぞ

290 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 07:57:40 ID:inEeNx2C
>>279はチョン

291 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 08:06:54 ID:RhHiRYyV
しかしなあ。
「加藤が生きていたらどうせ徳川方についてたろう」とか
推論で批判するのはやめて欲しいもんだ。

確かに加藤はいい時期に死んだかもしれないが、
だからといって推論で批判されるのは理不尽だ。

292 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 08:45:14 ID:FxGx+Gov
加藤は関ヶ原までの行動だけでも十分カスです

293 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 11:01:42 ID:yR/PdFf3
加藤の東軍参戦は綺麗な参戦だよ( ´゚ω゚` )

294 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 12:32:20 ID:xkFZs9t0
>>291
徳川方について何が悪いの?
豊臣を倒して戦乱を終わらせられるなら良いことだろ
豊臣の滅亡=悪いことなんて固定観念は捨ててもっと大局的に物事を見ればいい

295 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 12:47:29 ID:181E4nty
いや、戦乱は本来既に終わってたんだがw

296 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 14:01:00 ID:0zzKXetS
両雄並び立たずだよ。
豊臣・徳川がある限り本質的には戦乱は終結していない。
豊臣は多分に形式的とはいえ徳川が臣従しているんだから、
豊臣政権をどんどん既成事実化していけばよかった。
むしろ逆に、豊臣政権崩壊の原因を作ったのは秀吉自身。
家康は秀頼のことを懇願されたが、家康としてできるのは豊臣を一大名として残すことまで。
淀その他がその条件を蹴ったのだから、豊臣滅亡もやむなし。

297 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 14:08:34 ID:iY2EhM1o
清正はあずみに切られたよ

298 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 14:36:15 ID:yHNZ5Qts
家康もあずみに切られたね

299 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 15:06:30 ID:yR/PdFf3
福島もあずみに斬られたよ

300 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 15:20:21 ID:JKBqIDsZ
小泉もあずみに斬られたよ


301 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 16:53:09 ID:+3uGCrIa
もうあれだ、豊臣政権が存続していたら、と仮定したような大阪を首都とした
西日本国を作る。東日本は東京を首都として現状のまま。真ん中にある名古屋を
大日本の首都とする。東京、大阪、名古屋、信長、秀吉、家康とは
こうするための天の配剤だったのだと思う。

302 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 23:36:15 ID:WOnBj3wS
加藤清正って格好いいイメージが漠然とあるのは何でだろ。

303 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 00:39:41 ID:eFzDfVrS
熊本城とか虎退治とかのせいでは

304 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 00:46:10 ID:DOkD4J7/
あと、生前最後の大仕事となった、
二条城での、家康と秀頼の会見を取り持った時の事も、
「家康が秀頼君に無礼を働いたら刺し違えるつもりだった」
と語られたりする事かね。

清正は無骨な印象があるけど、むしろ冷静に正則をなだめる役だったし、
政治的手腕や折衝能力も有った人だったんで、長生きしたら
大阪方に、もっといい立ち回りの仕方をアドバイスできたんじゃないかと
思う。

305 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 04:15:23 ID:RJbLZ/tz
片桐よりは外交力ありそうだけど…。
清正生存なら滅亡なんて事態は避けれたと思う。
恐らく一下っぱ公家くらいで残りそう

306 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 05:34:08 ID:+KmxNUEO
家康が清正ごときに丸め込まれるかよ。
清正の豊臣への忠義だってあくまで自分の身の安全な範囲でのもんだろうし。

307 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 05:45:35 ID:DOkD4J7/
三成の嫡男が助命されて、107歳まで生きた事を鑑みるに、
豊家存続は、そんな難しい事でも無かったと思うんだよね。

淀の対応が、あまりにとんちきだったから、あんな事になったまでで。

308 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 09:31:14 ID:2MwxkQiy
僧侶になったからな。
極端な話、大坂城を会見前後に出ていれば
福島と同じく難癖つかられるが
旗本として生きられたんじゃないかって思う。

309 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 11:23:08 ID:vcw0ROPf
秀頼が頭を丸めれば確かに生き延びる確率は増えただろうね。

310 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 12:12:56 ID:Z5BlAk6r
・・・生き延びられるかなぁ。
家康はともかく、秀忠後期から家光の代になったら豊家はかなりやばい気がする。
豊国神社の神官とか、武力を完全に奪われて一民間人扱いになるなら何とかなるかもしれないけど。

311 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 12:15:08 ID:vcw0ROPf
いや、秀頼が頭を丸めるって事は、
つまり仏門に入る豊臣はなくなるって事。
生き残るのは秀頼個人って意味。

312 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 13:09:19 ID:iT29+GS3
>>302
少し前まで猛将の代名詞だったらしいぞ。
五月人形では子供の憧れの象徴として定番に、ねぶた祭りでも義経と並ぶ人気者。
いまも現存する名城熊本城の壮大さ。虎加藤地震加藤と逸話もある。
でも、ねぶたを韓国でやったときは配慮で清正禁止だったらしい。
俺も漠然とイメージは持っていて歴史に詳しくなる前から知ってて、武田信玄レベルの大名かと思ってた。

313 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 13:48:15 ID:2bV4EmdZ
明治政府は天皇家を尊ばせるために朝廷にたてついた源頼朝と足利尊氏を悪者とし、
源義経と楠木正成を国民的英雄に任命し
日韓合併前後には朝鮮併合を正当化するために神宮皇后と豊臣秀吉と加藤清正を英雄にしたからね。
その名残なんだろうと思う。
国定教科書に彼等の英雄譚を載せるあたりは、計画的に行なってたとしか思えない。
中共の毛沢東や南北朝鮮の李瞬臣や金日成に相当する。

314 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 17:19:00 ID:RJbLZ/tz
朝鮮での事は島津や立花でもいいのにね。
熊本じゃ維新後菊地氏をヨイショする運動があったがほとんどヌルーされた。


315 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 18:00:26 ID:HthcOBsz
じゃあ清正は熊本城つくったので名誉挽回ってことで正則だけ叩こうぜ

316 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 18:02:59 ID:twA+gZUH
正則だけ叩くと、バカなのが確定してる上に生前から既にそれで痛い目見てるので、
途端に弱いものいじめの様になってしまう罠。

317 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 21:48:32 ID:e029+w2o
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/78_1.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/399_1.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/398_2.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/401_1.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/401_2.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/471_1.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/474_1.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/474_2.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/474_3.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/510_2.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/524_1.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/524_3.jpg
http://www.tuf.co.jp/gooten/bangumi/545_1.jpg




318 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 23:08:56 ID:Gp3ocLgQ
加藤はそれなりに政治的手腕もあり情況を見通せた
つまり三成に敵対すれば豊臣家がどうなっていくかもわかっていたはずなのに
それでもなお馬鹿福島と同等の行為してるんだから福島よりたちが悪いだろ

319 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 23:32:48 ID:/g6+zR4d
家康が畿内にいないのだから豊臣は三成に何を憚ることもなく協力することができた
なのに豊臣は積極的な協力をしなかった
つまり加藤・福島か見れば豊臣が三成を認めなかったということになる
豊臣が認めていない以上は家康に協力して三成を倒すのは当たり前
家康個人の野望なんて関係なく組織の論理としてそうするしかない
それで豊臣政権が崩壊したとしてもそれはあくまで豊臣家の責任である

320 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 23:39:26 ID:DOkD4J7/
>>319

結局は、頭の固い淀が悪いって結論になるよな…。

321 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 23:51:53 ID:DOkD4J7/
というか、とりあえず、三成に従って秀頼も出陣しときゃ
よかったんだよな。ただし、何で従軍してんのかは明白に
せずに。

そうすりゃ、家康の進軍を腰砕けに出来るし、上手くすりゃ
家康を倒せる。
負けたら負けたで、「三成に脅されてしかたなく従軍して
ますた」って言って謝っちゃえばいいし。
(佐渡あたりに国替えされそうだが)


322 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/12/10(日) 23:55:04 ID:C4S47wEa
5歳児には荷が重いな。

323 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 00:31:08 ID:FTU/sV1Z
世継ぎを産んだということだけで、政治的なことなど何も分からないお嬢様が
強大な権力をもってしまう状況、またそれを許してしまう無為無策。
そして残された跡継ぎは判断能力も備わっていない幼子・・・こりゃ潰れない方がおかしい。
秀吉死後の豊臣には天下を治めるどころか、身内の諍いを収拾する力すらなかった。
もはや三成や清正・正則がどうこうしていれば続いていたと言えるような状況ではない。

彼ら恩顧武将が協力し、秀秋あたりを推戴して我々が秀吉公の意志を継ぐものだと
淀たちに謀反を起こせば、”豊臣”と名のついた政権が少しは続いたかも知れん。

324 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 00:57:46 ID:aSOuVkPr
>>323
金吾政権なんて、3日ぐらいで崩壊しそうな気もするが…。

325 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 01:07:16 ID:FTU/sV1Z
>>324
いやっ金吾なら、金吾なら!
・・・まぁ確かに無理だろうな。

326 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 01:13:10 ID:0OcUBV4j
今更金吾を担ぐぐらいならなんで秀次殺したのかって話にいってしまうな結局。

327 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 02:08:32 ID:7H4L+Yx1
清正の武勇・統治能力って当時から結構凄かったんじゃない?

浅野長政が朝鮮出兵で幸政の護衛を頼んだ
朝鮮・明軍も小西より加藤のが信頼できる。
朝鮮国内の厳格・公正な統治(一部では加藤軍は歓迎された?)
明軍が清正を講和会議に呼んで騙し討ちしようとしたのも清正を惜しむ内通者が教えてくれる
とか。
加藤在命なら大阪の陣はなかったと思う。
けど豊家が残るかと言われればNO
大野治長に淀を刺殺してもらうのが一番てっとりばやいな


328 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 04:52:37 ID:4Na8aUJv
>>327
俗説だらけ。。。

329 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 05:01:17 ID:0OcUBV4j
ついでに大野治長がなんでそんな事をするんだ。

330 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 09:29:36 ID:OY26Pd9T
秀吉が泣きながら遺言を残したのは十中八九家康に天下を奪われて
かなり高い確率で秀頼が殺される事を悟ってたからでは。
しかし朝鮮に兵を向けるくらいなら家康の勢力殺ぐのに余生を使えば良かったのにね。
家康の家臣の引き抜きにさらに精を出すとか、秀康などへの分割相続を踏み絵として家康に強要するとか
築城や河川改修・堤防工事を踏み絵として家康に数多くさせるとか
東日本の神社仏閣の構築や修繕を家康に命じて経済力を殺ぐとか
関東の一部を替地として東北か九州辺りに10万石程度与える代わりに
江戸の一部を接収してお目付け役の代官を置くとか(幕末に松前藩にやってたかな)
大老や太政大臣の職を秀忠に相続させると説得して役を解いておくとか
やるべき事は山ほどあっただろうに。

331 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 10:02:27 ID:aSOuVkPr
>>330
秀吉にそれが出来るんなら、そもそも
小牧長久手を、あんな終わり方にしてない。

332 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 10:52:06 ID:OY26Pd9T
>>331
小牧長久手の時点では北条、島津、伊達が居たから。
5年、10年かけて良いなら家康を屈服させるのはわけもなかったけど
その後の天下統一までにチンタラ時間をかけてたら自分の寿命が終わってしまうと睨んでたのでは。
奥州仕置きが済んだ後あたりが家康を使い捨てにする良い機会だったんだけどね。
家康に東北・蝦夷全土との替地を強要して、当然断るだろうから
そこで九州〜東北までの全兵約15〜20万の兵で関東攻めをすれば
1年を待たずして徳川家を滅ぼす事は可能だったと思われる。
もちろん関八州250万石は論功行賞するには十分な土地だ。

333 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 11:05:36 ID:7H4L+Yx1
秀吉は最低の裏切り者

334 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 11:40:39 ID:aSOuVkPr
>>332

>奥州仕置きが済んだ後あたりが家康を使い捨てにする良い機会だったんだけどね。
>家康に東北・蝦夷全土との替地を強要して、当然断るだろうから



後の「日本の首都、札幌」の興りであった。

335 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 13:06:02 ID:qo5ofdEO
>家康に東北・蝦夷全土との替地を強要して
難癖は中国では普通のことだけど、
日本の棟梁クラスでは頼朝が泰衡にやった程度であまり見かけない。
後年家康が豊臣に仕掛けた難癖は歴史上燦然と輝き、
400年経っても秀吉=陽、家康=陰。

秀吉の難癖を免れた家康が秀頼に難癖付けて滅ぼした。
人気無い所以でしょう。

336 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 13:11:46 ID:lDPPQMGX
後顧の憂いを絶つために大勢力を潰すっていうなら
伊達も上杉も前田も毛利も島津も潰さなきゃね。
それに、きちんとした理由も無いのにそんな事したら
それこそいつどこの大名が反旗を翻すか分からない。
そうさせなかった家康が優秀だったという事でしょ。
反吐が出るけど。

337 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 13:55:12 ID:2w1NRs1a
つまり一から天下を狙うより、既存の大勢力を乗っ取ったほうが楽ということか
尾張の一隅から歴史の流れを主導した信長の横死をきっかけに天下を取った秀吉
その秀吉政権に乗っかる形で天下を奪った家康
乗っ取った後が続くかどうかでまた力量が問われるんだがな

338 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 15:00:50 ID:OY26Pd9T
>>337
北条政子や足利尊氏や山県有朋(もしくは伊藤博文でも良いけど)がそれにあたる気がする。
シナだったら漢の呂大后や清の順治帝や晋の司馬炎が相当すると思う。



339 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 15:05:26 ID:OY26Pd9T
>>336
理由なんて後から考えれば良い(范増、陳平、張良の言)
また、日本の国土を広げるという大義名分があるのだから
島津には琉球方面に版図を増やす命令を下し
日本最強最大の徳川には東北から北、蝦夷・樺太・千島列島・シベリアまでの
無限の版図を与えるという名目で何の問題もない。


340 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 15:14:14 ID:OY26Pd9T
徳川皇帝(царь)に忠誠を誓う蝦夷コサックが皇帝の版図を広げるために
シベリア大陸を西進し、アラスカ半島を東進する光景を思い浮かべるだけでも楽しいよね。

341 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 17:10:27 ID:GBWAx2HB
>>339
信長−秀吉−家康の順番で性格が内向的になっていく感じだからな

家康が最初だったら、信長秀吉の征服欲を満足させるためにそれやっていたかも

342 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 17:52:10 ID:4Na8aUJv
>>314
島津や立花は朝鮮で民衆を虐殺して耳鼻を添いで
戦果を水増ししたからね。

343 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 17:59:32 ID:4Na8aUJv
大体、朝鮮の役を日本の国内戦争みたいに言うのが間違い。
あれは民衆も軍人も一緒くたにした戦争で
日本の国内戦争のような軍人同士のぶつかりあいのような爽快感はない。
多くの民衆が義軍や戦争人夫として参加して殺害の対象になったりもした。

ちなみに加藤清正が「鬼上官」、島津軍が「鬼島津」と朝鮮で言われたのを
自慢話しのようにする輩がいるが、
朝鮮・中国では「鬼」は死霊・幽鬼・死人などをあらわす言葉で
日本のような「鬼のように強い」とかいう好意的な意味は全くない。
単なる悪逆非道な存在に対する罵り言葉でしかない。

あと、加藤清正の場合は単に長い兜の形が死者に乗せる頭巾に似ていたので
鬼上官と言われたという説もある。

344 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 21:36:57 ID:ZWlf38Kb
大阪の役の時加藤息子は何してたの?


345 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 21:53:12 ID:IxLJeQWI
>>343
ほお、日本国内の戦いが軍人同士ばかりとは初耳だな。

346 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 21:58:21 ID:aSOuVkPr
>>344

冬の陣…海路、徳川方として参陣に赴くが、途中で豊臣・徳川両軍講和となり帰国。

夏の陣…対島津の防備として居城に待機。結局参戦せず。


347 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 22:02:19 ID:4Na8aUJv
>>344
加藤忠広は普通に徳川方として出陣してたろ。

ちなみに加藤清正は忠広に
「もしもわしが死んだ後に徳川と豊臣の争いが起きたら絶対に徳川につけ」と言っている。

他に清正は「豊臣と徳川の板挟みにあって苦しい早く死にたいものだ。
そうすればわが子孫らは豊臣との縁も切れ何のしがらみもなく徳川家に忠誠を励めるものを」
とも言っていた。

348 :343:2006/12/11(月) 22:03:29 ID:4Na8aUJv
>>345
あくまで傾向としてね。
確かに一向一揆などの例外もある。

349 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 22:09:02 ID:IxLJeQWI
>>348
あのさぁ、じゃあ大名同士の合戦で戦ってたのは「武士」と定義付けられた人達だけだと思ってるの?

350 :343:2006/12/11(月) 22:18:31 ID:4Na8aUJv
>>349
まあ、あんまりツッコムなよ。
基本的には武士だろう。「半士半農」も含めてね。
仮に大名が臨時に全くの百姓を兵にしたてたとしてもそれはあくまで「軍属」だよ。
民衆が戦うというのとはちと違う。

ただ、朝鮮の役は軍人も民衆も一緒くたにした戦いで
女子供までもが自分の意思で朝鮮の城に篭って石を投げるなどして応戦したって事だ。
日本で言えば一向一揆や島原の乱のようにな。

351 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 22:19:21 ID:I0yV6Qr/
結局、秀吉が甘かったとしか言えないんだよな

352 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 22:23:51 ID:MvFqofDg
>>347
にもかかわらず、改易されたのか

353 :343:2006/12/11(月) 22:24:07 ID:4Na8aUJv
戦前には昨日まで一般人だった人間が赤紙一枚で軍に徴兵されて
二等兵のような最低の位を与えられるわけだが、それでもあくまで軍人だ。
大名同士の戦いでも、大名やその配下の武士によって集められた人間はあくまで軍属だろう。

354 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 22:28:05 ID:MvFqofDg
最後まで豊臣を裏切らなかったのは、明治維新まで豊臣朝臣を名乗り続けた木下一族で良いのか?

355 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 22:34:57 ID:IxLJeQWI
>>350
篭城戦なんかでは城下の人間を城に入れ一緒に戦ったりしてるんだけどな。

どうして朝鮮の役を悪逆非道の虐殺劇にしたいのかが分からんが、
自らの意思で一緒になって戦ってるんなら軍属となんら変わらんよ。
“戦闘行為”であって“殺害”じゃあないな。

356 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 22:36:56 ID:4Na8aUJv
>>352
忠広が無能で家臣団をまとめられなかったのと、
忠広の嫡男の光広の悪ふざけが過ぎたので改易された。
無論、加藤家が豊臣に縁の深い家でにらまれてたというのはあるだろう。

ただし、加藤清正が有能すぎるゆえのワンマンのために家老職を置かなかったなど、
清正ほどの能力を持った人物でないと加藤家が運営できないシステムになってたのが根本の原因。

参考
http://www.geocities.jp/senryusai/senryusai.katout.html

357 :343:2006/12/11(月) 22:54:39 ID:4Na8aUJv
>>355
それは秀吉が三木城の戦いなどで
わざと城下の人間に酷いことをして城に入れさせて兵糧攻め
しやすいようにしたケースなんかがあるね。
でも領内の人間が一致団結して侵攻者と戦うなんてのとは比べがたいな。

朝鮮の役での日本の敗因の一つに朝鮮民衆を敵に回してしまったというのがある。
朝鮮民衆をうまくてなづけて味方にしてれば日本は勝ってた。
しかし兵糧や軍費の調達のため無理な年貢の取りたてや奴隷として売り飛ばすための人攫いなどをしたため、
多くの朝鮮民衆が一致団結して日本軍の敵になった。

>朝鮮の役を悪逆非道の虐殺劇にしたいのかが分からんが

どうかねえ。日本の国内戦なら多少、残虐な事があっても自分らのことだからあきらめられるが、
他国に対してそんなことするのはあんまり褒められないぞ。
ましてや島津や加藤の武勇談とかはちょっとどうかなと思う。
日本国内の戦国英雄譚は楽しいが、他国で暴れた話しはちょっとね。

沖縄に「キャンプハンセン」という米軍駐留地がある。
アメリカでは沖縄で英雄視されているアメリカの米兵の名前からとったのだが、
彼は沖縄で日本兵十数人と一般人数十人を殺害して戦死した人物で
地元、沖縄では「不愉快だから名前変えて」といわれてるね。

358 :343:2006/12/11(月) 23:06:01 ID:4Na8aUJv
なんにせよ日本国内の戦なら「戦国の倣い」であって攻められた奴が間抜けなんだろうけど、
朝鮮の連中にとっては朝鮮の役自体が100%迷惑行為で「悪逆非道」としかいいようがないんだよね。

あ、いっとくが別に俺はチョンとかではないぞ。

359 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:08:42 ID:OY26Pd9T
>>357
大筋で貴方の言う通りだとも思うが事実誤認もある。
文禄の役では朝鮮民衆は日本軍に寝返って、日本軍を解放軍として
大歓迎して受け入れた。ちなみに日本軍がソウルに着く前に朝鮮の白丁(奴隷階級)が宮廷を襲い
戸籍表は全て焼却処分しており、既にソウルは火の海になって陥落した後だった。
また、満州地区付近に逃亡してた朝鮮王子二名を捕まえたのは加藤清正ではなく
朝鮮の庶民が普段から憎んでた朝鮮王の一族を捕まえて大喜びで加藤清正に引き渡したのが史実だ。
慶長の役では明軍の投入もあり、最初から明・朝鮮軍が有利だったので、さらに寝返って勝ち馬に乗ろうと明軍に付いた。
それが史実です。

360 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:15:55 ID:lDPPQMGX
第二次上田合戦では自ら進んで参戦してるだろ。

第一、自らの意思で参戦したら軍属ではなくて強制的に戦闘に参加させられていたら軍属って何の理屈?
無抵抗の一般市民を虐殺する事と戦闘に参加した人間を殺す事と一緒くたにするなよ。

侵略戦争が迷惑行為?
当たり前だw
日本人の当事者がみんな「戦国の倣い」って思ってたと思ってる?

361 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:16:28 ID:OY26Pd9T
日清戦争でも序盤は清が勝つ思われてたので馬子までが日本軍を騙して兵糧や軍事物資を盗んで逃げたり
飲料水すら汚物を混入して提供したり、随分朝鮮庶民に苦しまされたが
途中で日本軍の旗色が良くなるや態度が180度転換して
日本軍を歓迎し始め協力姿勢が鮮明になり、清軍の排斥行動に移ったんだよな。
朝鮮半島の2000年弱の歴史で固有の民族や国土を保つための生活の知恵なのなのだから
一概に悪いとか卑怯なんて否定する気は全く無いが
それが、あの民族の民族性だという事は知っておくべきだ。

362 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:25:09 ID:DVE5610d
>>335
家康ほど優しい奴はいないぞ
家康が他の奴と違うのは常に豊臣に選択肢を与えているということだ
本能寺の信長や秀吉に擁立された三宝師と異なり
豊臣には関ヶ原でも幕府成立後でも自分の意思で色々な選択をすることができた
にもかかわらず常に最悪の選択しかできなかったから滅びた
家康が嫌いな人間は謀略で選択の余地をなくしていたのだと考えるようだが
根本は豊臣が救いようのない阿呆だからであって全てを家康のせいにするのは間違い

363 :343:2006/12/11(月) 23:33:47 ID:4Na8aUJv
>>360
そうなんだよね。
別に島津とか立花は無抵抗の民衆を襲って鼻を削いだわけではなく、
戦争協力した民衆を殺害して得た戦果だろうね。
そういう意味では文句あるまい。

でもさ、何で朝鮮民衆が戦争協力したかというと、
そりゃ日本が侵略したからだろう。少なくとも彼らが悪いわけではない。
フランスやスペインのレジスタンスやロシアのパルチザン
ベトナムのゲリラとか侵略者がいてこそ発生するのだし。

>日本人の当事者がみんな「戦国の倣い」って思ってたと思ってる?

大体、歩みよったけど、ここだけは同意できないねえ。
日本の戦国時代に生きる主君なら、他勢力の侵略にある程度は覚悟し、
そうならないように防備や政略しておかなくてはならないだろう。
あるいは大勢力にひれ伏すのも手だ。

例えば豊臣に攻められて滅ぼされた北条はあまりに間抜けだ。

364 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:37:36 ID:4Na8aUJv
>>359 >>361
ああ、朝鮮でも被差別民や民衆の一部が日本軍を歓迎したのは事実だな。
しかしあまりに日本支配が苛烈なので、やはり日本から離反したんだろうね。
それと勝ち蔵にも乗ったんだろう。
その辺の卑怯さも生きるための知恵だろうね。

>>362
賛成だな。
豊臣がちゃんと徳川に屈従してれば
多分、滅ぼされずに住んだろう。

365 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:39:25 ID:7aSgOywF
>>363
歩み寄るというか
単にあなたが知識不足なだけじゃない?

366 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:40:17 ID:7aSgOywF
勝ちそうな側に民衆がつくのは日本も一緒だし

367 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:45:27 ID:4Na8aUJv
>>365
いや、知識不足というか意図的に皮肉言ってたところもあるんだけどね。

368 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:51:13 ID:lDPPQMGX
>>363
だからさ、何で日本国内では侵略されて当たり前で、朝鮮だと違うんだよ?
日本は戦国時代だけど、朝鮮は日本が攻めて来るとは想定してなかったから?
戦国時代だろうと何だろうと外敵から身を守るようにするのは当然の事だろう。

> いや、知識不足というか意図的に皮肉言ってたところもあるんだけどね。
こういうのは見っとも無いから止めた方が良いな。

369 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:51:42 ID:4Na8aUJv
しかし日本国内では合戦の時に百姓が弁当持って見物に来てた話もある。
日本では領主が誰になろうと大多数の民衆にとってはどうでもいい事で
「首の挿げ替え」とか言われてた。

それに引き替え大陸の戦争は軍人も民衆も一緒くたにしたもので、
負けた側の民衆が皆殺しにされることもある。
それを考えれば日本の大名同士の国内戦はかなり軍人同士の争いに近いだろう。

外国の大部分の城は都市も含めて作られてて
日本でその構造の城は小田原城くらいだし。
その小田原城や百姓が追い立てられて入ってた三木城でも
別に中の民衆が皆殺しにあったわけでもないしね。

370 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:57:00 ID:4Na8aUJv
>>368
はあ? 水掛け論だなあ。
戦国騒乱状態の日本国内ならどこから攻められても仕方ないが、
朝鮮は外国だろう。
日本の戦国時代の論理をもって平安だった朝鮮に
突然、大義名分もなく侵攻するのはよくないだろう。

371 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 00:03:20 ID:CjR63tbm
>>357
>他国に対してそんなことするのはあんまり褒められないぞ。
それはおかしくないか
そんなアホなこというのは日本人ぐらいじゃないか?
もう少し歴史を見てみたら、
日本史だけでなく世界史の勉強もすると視野が広がると思う

372 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 00:04:52 ID:lDPPQMGX
>>370
だからさぁ、
大義名分無しに攻めるのが良くないってんなら
戦国時代の日本だって平安だった朝鮮だって同じだろ。
分けて考えるなっての。
侵略戦争自体良くないってんならこの板に来る事自体間違ってる。

373 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 00:06:17 ID:CjR63tbm
>>370
大義名分なんてどうとでもなる
相手の論理に合わせて侵攻を取りやめるなんて
馬鹿のすることだぞ
もう少し常識を考えて発言した方がいい

374 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 00:10:53 ID:i+sl2p/3
日本と朝鮮・明といった当事国は同盟関係にあったわけでも何でも無いし
国際法という概念の無い近代以前で侵略戦争とか言う奴は頭がおかしい


375 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 00:17:34 ID:MIEpQHsa
馬鹿が!いいんだよ。他国がどうなろうがまったく問題ない。大切なのは自国
の益だけ。諸外国共通の価値観だぞ。外国侵攻に大義名分なんかちゃんちゃら
おかしいな。

376 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 00:19:35 ID:trxm/6mq
>>372
でもね、もしも江戸時代に隣の藩が攻めてきたら攻められた方の藩は「そんな理不尽な」って思うだろう。

朝鮮が日本に突然攻められるなんてのはそれと同じで彼らにとって寝耳に水だろうが。

377 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 00:24:14 ID:MR98Pf4+
>>376
勝手に戦争やっちゃ駄目って決まりがあるでしょうに、江戸時代には。

朝鮮の役の時には世界の王様がいて戦争を禁止してたのかい?

378 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 00:35:35 ID:nP4/MZR5
何で急に江戸時代になったんだよw

379 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 00:38:45 ID:1h+ZKIpC
チンギスハーンの侵攻もナポレオンの侵攻もカエサルの侵攻も
成功すれば史上稀にみる英雄とされて後世の人間からさえ尊敬を受ける。
失敗すれば叩かれる。
勝てば官軍なのは日本だけじゃなく世界史の常識ですよね。

380 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 07:35:44 ID:CohYJO84
朝鮮出兵が現代的感覚では非道な行為になるのは事実だが、
だったら戦国時代の合戦は全部そう。
朝鮮出兵だけど特別扱いするのはおかしいってことかと。

381 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 07:50:15 ID:trxm/6mq
>>380
何度も言うが日本の国外の話しだろう。

382 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 07:55:45 ID:trxm/6mq
日本国内の戦争なら「身内の喧嘩」だが、
その論理を突如、外国にもっていってもねえ。

383 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 08:18:05 ID:cU8Pq0hy
朝鮮だって自分達の都合(宗主国に新しい圧力先を献上して楽しよう)で戦争日本に仕掛けて来たじゃんか
しかも自分達の実力だけでやるのならまだしも、元(中国)まで引き込んできて
同じ事を日本がやって何が悪い?少なくともどっこいどっこい程度だろ

384 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 08:23:21 ID:AKcOWlOL
そろそろ加藤と福島の話しを…

385 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 09:16:44 ID:trxm/6mq
>>383
元寇とは話しが古いな。
あれはフビライハーンの命令だし・・・・

>>384
そもそも、元は朝鮮の役で加藤清正が英雄とあがめられたとかいう話しから脱線が始まったんだな。
まあそいつの俗説だらけの清正賛美の中で
朝鮮の二王子を丁重に扱って感謝されたというのは本当だが、
それは朝鮮人民に捕まって加藤に突き出された
ニ王子から見れば加藤は恩人みたいなもんだろう。
ましてやニ王子は悪魔のように思ってた日本武将に丁重に
扱われたんだから感慨も大きいだろう。

でも、当然、加藤は朝鮮のニ王子は丁重に扱うわな。
何故なら朝鮮の王子は手駒として非常に有効だから大切にするのであって、
日本の武将なら誰でもそうしただろう。当然、小西でも同じ。
それを加藤の人間としての偉大さや高潔な精神性を持った人物としての
逸話のように扱うのは間違ってる。

386 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 09:33:17 ID:CSxCpYJy
>>385
違うだろ。当時の朝鮮王が教導を願い出たから命令が出たんだよ。

「惟んみるに、日本は未だに聖化を蒙らず。故に詔を発し、
軍容を継耀せしめんとせば、戦艦兵糧まさに、須いる所あらん、もし此事を以って臣に委ねなば、王師を小助せん」(『高麗史』)

自分達の歴史書でもいってるし、元史でもしつこく朝鮮王が出兵を進言したとある。
だいたい何百年も前の昔のこと、というのなら朝鮮出兵を今グダグダ言うのがまさにそれじゃんか。

387 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 09:36:44 ID:1h+ZKIpC
>>385
「加藤の人間としての偉大さや高潔な精神性を持った人物としての
逸話のように扱うのは間違ってる。」

それに関しては全面的に同意。

秀吉も糞だな。朝鮮人に騙されて王子を帰した事も糞だし
そもそも朝鮮人を皆殺しのしておかなかった事が糞。
だから慶長の役でしっぺ返しを食らったのだ。
朝鮮人を見つけ次第試し切りの練習台として始末しておき、
講和の際には焦土戦術のために朝鮮の全城、家屋、田畑を残らず綺麗に焼き払い
現地の朝鮮人は始末するか、余ったチョソはアントニオコレオのようにポルトガル・スペイン商人に
二束三文で奴隷として全て売っぱらえば良かったんだ。
そうすれば後世に朝鮮人が世界中でレイプ・殺人・ワイロ・差別・ウリナラマンセイを
する事が無くなり全人類の公共の利益になってたのに。
中途半端に人間扱いして優しく接してしまったために舐められて慶長の役では裏切られてしまった。
だから秀吉は人間のクズ!秀吉は在日チョソだ!

388 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 09:56:08 ID:1h+ZKIpC
秀吉が見習うべきはモンゴル人や満州人だった。

モンゴル人は否応なしに高麗王の王子たちや一族を捕虜として連れ帰り
高麗国内の男は容赦なく家畜とし、抵抗すれば始末し
女は性奴隷として元の将校の妾として強制連行した。
しかし、現在の韓国人は「元の大ハーンの后も高麗人だった!元マンセイ!」と叫んで誇っている。
また、高麗王の名前はモンゴル風に改名され妻やモンゴル皇帝が選んだモンゴル女性が
強制的に皇后となり中期頃には99%の血がモンゴル系でモンゴル語しか話せない高麗王になった、

また、清の王は朝鮮の王は清の私的奴隷という身分に置き
王族は捕虜として持ち帰り、代々の王は全て清国皇帝が直接任命した
また奴隷である事を忘れさせないために清の役人が巡察に行くたびに
公衆の面前で朝鮮王が土下座させられ9回床に額を叩きつけさせ
額から血が出て心から隷属してる事を朝鮮王に再認識させる事を義務付けた。
また、朝鮮人は人間ではなく奴隷である事を絶対に忘れないように
毎年3000名の処女を献じる事を命じ、朝鮮王は国内の処女狩りを命じ
年頃の女性を誘拐・拉致しては毎年清国へ献じ続けてきた。

389 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 10:08:47 ID:1h+ZKIpC
明が裏切られ朝鮮人は清の味方になるや明人を大虐殺して
清人が「おいおい、そこまでする事ないだろ。おまえらの元の主人であり長い間友邦だった人達じゃないか」と
なだめても徹底して明人を殺し、犯し、愉しみ考えうる限り暴虐の限りを尽くした。
明人が朝鮮人に、こういう仕置きをされた理由はモンゴル人や満州人と違って
朝鮮人を人間扱いしてしまい、秀吉の朝鮮侵攻の際も明の財力を傾けて
朝鮮全土を取り返してあげたり、朝鮮人に優しく接してしまったからだ。
だから現在の韓国人も自分達を支配した元や清(清の先祖は新羅人だったと言い張る)を誇るが
明の支配下だった事は誇らない。
日本が最も朝鮮人を大切にし、慈しみ近代化や工業化をさせ日本の国家予算の20%を毎年
朝鮮半島の発展のために使い、人口を2倍に増やして朝鮮人を歴史上最も豊かで幸せにしてしまったために
現在でも日本人が最も憎悪され恨まれているのである。
日本人は本当に誤った。なんで歴史に学んでモンゴル人や満州人のように
朝鮮人を扱わなかったのか日本人は極めて愚か過ぎる。

390 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 11:04:12 ID:RrU8iHWy
まあその辺が日本民族の甘い所だな
島国だったせいか民族間の戦争をあまり経験していないせいか
世界の常識と言うものを知らない

ただ倫理的には朝鮮出兵は問題無かったと思うが
戦略的にはどうだろう
加藤福島なんかは戦争続行を訴えていたが
小西石田のように戦争を終了させるほうが正しかったと思う
勝ったところであまり意味あるような土地でもないと思うし
当時の朝鮮は

391 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 11:18:10 ID:MIEpQHsa
俺はそんな甘い日本が気に入ってるけどね。今も昔も平和ボケで外国に対しては
善意をもって外交する。日本が併合した外国は人口も伸びて発展を遂げてたし、
世界で一番誇れる国だろ。

朝鮮出兵なんて止めて、家康をなんとかしていればな。

392 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 11:52:07 ID:1h+ZKIpC
朝鮮半島は「肋鶏」
元、清、その他の中国王朝のように間接統治して搾取だけをすべき土地で
決して併合とか投資などは考えてはいけない国だ。
伊藤博文は歴史を理解してたから朝鮮半島の併合には反対していた。
脳味噌お花畑の山縣有朋は朝鮮を併合したくてたまらなかったようだが。

393 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 12:45:11 ID:+U2qtpWK
三成もこんなことになるなら朝鮮半島から撤退しない選択枝も
あったのかもしれない。
そもそも撤退は秀吉の遺言でもなんでもないわけだし
半島の南部に戦力を集中させて南部だけでも実効支配する仕組みを。
それで半島南端を徳川の所領に、つまり配置換えするわけ。
これをなんとか秀吉の生前中にすることができれば神だったんだが。

朝鮮人を統治できないなら関東の領民ごと移住させるとか。

394 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 12:53:45 ID:RrU8iHWy
>>393
>半島の南部に戦力を集中させて南部だけでも実効支配する仕組みを。
三成は戦線を拡大するよりはとそんな感じの現実案を出したが
加藤福島なんかを始めとする多くの武将に反対されたと思うが
三成の戦線縮小案は武功派と呼ばれる連中にかなり反感を食らったみたい
何で後退しなければならないんだという気持ちだったのかもな

395 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 14:11:08 ID:9YPorYl5
福島みずぽの祖先

396 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 14:17:40 ID:1h+ZKIpC
>>395
ホントですか?

397 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 17:42:24 ID:trxm/6mq
>>396
ネタだろ。

398 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 18:51:59 ID:sPxvfGds
スレタイ読めない人がいるスレはここですか?

399 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 19:15:12 ID:1h+ZKIpC
>>398
ここですここです

400 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 20:47:24 ID:nP4/MZR5
400なら加藤福島は最低の裏切者

401 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 21:47:04 ID:JNwy0FAp
豊臣は悪政を維持しようとした石田以下の連中は日本人に対する裏切り者。

402 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 21:58:07 ID:bs/nJGWI
徳川は日本の発展を封じ込め停滞させた日本人に対する裏切り者

403 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 22:19:08 ID:0LhtBOJf
そんな二人が天下人になるきっかけを作った織田信長こそが日本人に対する裏切り者

404 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 23:00:52 ID:1h+ZKIpC
織田・豊臣・徳川の三英傑を生んだ愛知県民こそ日本人に対する裏切り者

405 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 23:07:15 ID:3NtIsebs


406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/13(水) 15:59:57 ID:clpjpyW+
福島正則は最低だが、加藤清正ってそこまで最低でもないんじゃない?

407 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 16:07:32 ID:ZqdFT0BA
最低だなんて叩いている奴のほうが最低だろ
確かに馬鹿かもしれんが、馬鹿なら昔も今もたくさんいるぞ

408 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 17:25:29 ID:+WxXOrJC
最低だなんて叩いている奴のほうが最低だろ 
と決めつけている奴が最低だろ!

最低限議論しているところ決め付ける奴の方が低脳。

409 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 18:21:53 ID:hfrQEB3m
社明党:福島正則

410 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 18:53:48 ID:rz5Av01H
         |:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:i;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;|
           |;:;:_:;:_:;:_:;:_;:;_:;:l:;_;:_:;:_:;:_:;:_;:_;|
        |______|_____|
        | 三|  _     _   |三 !
        | 三|  三シ   ヾ三  |三 |
        | 三′  .._     _,,..  i三 |
        ト、ニ| <でiンヽ  ;'i"ィでiン |三.|
        ', iヽ!  、 ‐' /  !、 ーシ |シ,イ
         i,ヽリ    ,' :  !.     |f ノ
         ヾ!    i ,、 ,..、ヽ   lノ
          |      _ _    イ l
            l    ,ィチ‐-‐ヽ  i /、
             ゙i、   ゝ、二フ′ ノ/'"\
              | \  ー一 / /   _,ン'゙\
          ,ィ|、  \     /_,、-'" _,.-''´ `丶、__
       _, イ  | ヽ_ 二=''" _,. -''´  """""´´  ``ー


411 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 21:54:09 ID:sTZGwyyD
清正『なぁ正則』
正則『ん?どした?』
清正『…』
正則『どうしたんだよ』
清正『…明日から会社来なくていいってさ…』
正則『…え?…マジ?』
清正『秀吉がなんたらかんたらって怒られた』
正則『…。…あぁ。あれか…』


412 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 02:52:47 ID:BwjMMvPw
加藤地震発生

413 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 08:16:37 ID:5Yors+az
豊臣恩顧の武将ながら関ヶ原で東軍についた者は多数いたわけだが、
福島・加藤の両家が槍玉に挙げられるのは、やはり子飼い筆頭だからなのかな。

で、福島正則が特に叩かれるのは、戦馬鹿が「やれ戦だ」って張り切って
やってしまったからなんだろうな。
関ヶ原が終ってみて正則・清正両名ともに自分たちがやってしまったことを
理解したんだろうが、時既に遅し。
それでも清正は豊臣家の天下とはいかないながらも、秀頼をもって豊臣家を存続させようと
浅野親子と共に動いた。
正則は口で文句言うばかりで、挙句の果てに大坂攻めでは江戸に軟禁される間抜けっぷり。

414 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 11:25:20 ID:BwjMMvPw
>>413
わざと軟禁されたんですよ^^
ま さ に 智 将

415 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 18:38:01 ID:/C6miocr
>>413
加藤や浅野と同じ程度には福島も動いているでしょうが、
福島は運悪く長生きしてしまっただけ。
上手いこと加藤らと同じ頃に死んでいれば、
今頃は、福島・加藤さえいれば豊臣は滅びなかった・・・
って感じで語られていたと思うよ。

416 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 19:04:11 ID:BwjMMvPw
そりゃないな(笑)

417 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 19:27:05 ID:/C6miocr
「豊臣が滅びなかった」はともかくとしても、福島が加藤と同じ頃に死んでいれば、
加藤と同じような感じで語られていたとは思うよ。少なくとも一般の人には。

418 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 21:28:28 ID:PTTIZq73
福島には毒が効かなかっただけ

419 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 22:51:27 ID:BwjMMvPw
馬鹿には効かない毒ですっ

420 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 23:48:59 ID:V86aQ5oq
死んで評価が高まった三成の方が勝ち組。

421 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 23:06:03 ID:CD1OUm95
三成の評価が高まったのは司馬が関ヶ原を書いてからだから
350年以上も奸臣・悪人の代名詞的な扱いだったわけだが・・・

422 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 01:13:00 ID:AnLe/GVz
>>421
>三成の評価が高まったのは司馬が関ヶ原を書いてからだから
その司馬遼の「関が原」でも「理想に取り付かれて現実の見えてない男」として描かれているからね。

でも、あれはいわゆる団塊世代に受けるように描かれているのと同時に、その世代に対する痛烈な皮肉を含んでいるように感じる。

自分なんかは、情況を見通せてなかったとはいえ、野心と野望に燃えた三成はそれなりに好きなんだが。
司馬遼のに出てくるのは、いまだに「北朝鮮マンセー」を繰り返す朝日新聞や社民党議員みたいで気持ち悪い。
自分の誤りを認めないところや、自分だけが正義で、その正義に酔っている所が気持ち悪い。

423 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 07:31:05 ID:i2XbmWU5
浅野幸長に関しては別に忠臣でも何でもない。
あれは豊臣領の隣に領地があったことから、
家康の命令で秀頼に会見に出席させるように努力しただけ。

そもそも二条城の会見は家康の意志と努力によるものが大きいのだが。

424 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 07:44:28 ID:i2XbmWU5
よく二条城の会見が「豊臣恩顧武将の奔走によって実現した」とかいうが、
それがデタラメなんだよね。
あれはそもそも家康の対豊臣政策によるものだ。

二条城の会見を実現した最大功労者は実は圧倒的に家康で
次に清正と幸長という事になるが、
それはあくまで「秀頼を説得した」という意味での次元で、
よく清正を讃える話しで言われているような「清正が二条城の会見を実現させた」
とかいうのはデタラメ。

425 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 07:55:01 ID:GTLdwwzc
いや、説得してなけりゃ実現しないだろ。

426 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 08:01:00 ID:i2XbmWU5
>>425
まあ、それもそうなんだけどね。
あくまで、二条城の会見を発案し実現させようとした
主役は家康なんだよね。

ただ、世間では、ほとんど何から何まで清正の発案と功績で
行われたように言われているのがなんだかなんだよね。
むしろ家康は清正らの情熱に負けて無理に担ぎ出されたかのように言われてるぞ。

427 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 12:05:07 ID:FvzvOu0b
>>426

>ただ、世間では、ほとんど何から何まで清正の発案と功績で

そういうのも、あんまり見ないぞ。
清正の美談ばっかり集めた、講談や伝記ならともかく。


428 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 12:26:14 ID:Mm8MeG57
え?徳川光圀が掘り起こして江戸期から最評価の連続と
記憶していましたが、



429 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 19:47:35 ID:xe9tmKrj
>>421
>350年以上も奸臣・悪人の代名詞的な扱いだったわけだが・・・
大本営発表みたいな徳川御用学者か?
知識層では当時から評価されてたぜ。

為政者は前時代の為政者を貶める、
徳川もそうしたがひそかな太閤人気は続いた。
そこで三成を貶めたと考えられる。

430 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 19:50:31 ID:z0W+V3uN
一部マニアの間で評価されていたといってもなあ

431 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 19:51:56 ID:GTLdwwzc
だってコーエーの武将ファイルにまであんなこと書かれるくらいだし、貶められていたと言った方がよくないか?

432 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 20:11:35 ID:eGuIH8EA
肛門様も褒めてたのに

433 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 20:26:56 ID:GTLdwwzc
それじゃ男食大名信玄のスレの方になるぞ。

434 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 20:29:49 ID:GTLdwwzc
×男食
○男色
orz

435 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 20:35:30 ID:+LwCsTqP
まぁ、間違いじゃないな。

436 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/12/16(土) 21:08:37 ID:t1sTW4xJ
黄門様から見れば伯父の舅だし。

437 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 00:25:29 ID:1F650c1t
>>431
まったくつまらぬ男もいたものである、だっけ?
これ書いたライターは三成が大嫌いだったとしか…

438 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/12/17(日) 00:41:47 ID:UbYnW89p
>>437
あれ酷いよな。パラメータと併せて読むと単なるアンチでしかない。

439 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 02:54:28 ID:tKlVOZ5r
何か昔画像でそのページを見た気がするんだが、もう転がってないかな
たしかにあれは三成ファンでない自分が見ても酷かったw

440 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 03:30:38 ID:Ao/X+6WW
あれは既にギャグの域w

441 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/18(月) 23:07:44 ID:NoaE/3ju
>>437
それかなり気になるんだけど、武将ファイルってKOEIが出してる書籍?
それともゲーム内に収録されてる奴?

442 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/12/18(月) 23:24:06 ID:5mYNS5D2
>>441
武将ファイル。

443 :前田 ◆LIBERALCQY :2006/12/18(月) 23:54:21 ID:jYXwbDel
それよりも清正則の話をしようぜ。

444 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/19(火) 09:58:56 ID:IcYHt/Jf
清正:最初は三成と仲良かったがその後朝鮮での出来事などで対立

正則:ただ三成が気に入らない。気に入らないから殺したい。


445 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 00:21:26 ID:OFWN6Qrk
ネタが切れたんならもう一人の加藤についても
語って欲しいんだが、アイツもそうとうなDQNだよな

446 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 00:27:25 ID:wm4AkJAt
息子がさらに輪をかけてスペシャルDQNだったおかげで見事に漫画デビューを果たしたあの人ですな。

447 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 01:22:59 ID:DGjr8oi0
そう苛めてやるなよ。
あんなんでも一応、家光の鎧親なんだから。


七本槍最後の生き残りという理由で選ばれただけだけどな。

448 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 22:15:20 ID:qbsrJdzJ
>>444
清正はともかくとして、正則と三成は何がきっかけで仲悪くなったの?
確かに水と油って感じはするけど。

449 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 23:31:06 ID:c6zQZ0QY
でも元は三河人だしな。

450 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/21(木) 02:10:13 ID:3U/PIcto
福島は馬鹿だからしゃあない

451 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 01:04:57 ID:Pp8sLczl
昔より 主を内海の 野間なれば 報いを待てや 羽柴筑前

これを前提にすれば福島も加藤も最低の裏切り者でもなんでもなくなるわな。
ホントにこの辞世の句通りになったけどなw

452 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 03:02:05 ID:HfeVvgqG
加藤、黒田、浅野らの三成憎しはわかるけど
福島はなんなの?
ただ気に入らないだけだろ?

453 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 03:36:36 ID:oIpCj0WG
酔っ払って重臣の腹を斬らせる人物に理屈も何も無いわな。

454 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 13:39:15 ID:UeeZWT0h
この二人は秀吉に肉親の情で可愛がわれた
わけだが、武将として冷徹に切り捨ててて
お家安泰を第一とした。

まあ、これを裏切りと見るか、戦国武将として
の割り切りと見るかで違ってくるわけだ。

これを現代の我々がああだこうだ言った事よか、
当時の人間の世評の方が正しいと思うんだけど、

当時の人間に擁護する声あったの?

455 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 01:45:54 ID:TGUOe8Mx
>>454
結局、家を残せなかったらね
福島は関ヶ原直後の勝利の功労者ヅラと
大坂の陣でのビビりっぷりのギャップが笑えるw
桶屋のせがれが『御家を守るため〜』
とかエラそうな言い訳してる所って完璧ギャグでしょw
既に徳川首脳から切られる事が決定してんのに
豊臣家の滅亡を対岸の火事気分で眺めてたのかね?


456 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 02:23:50 ID:r6XnHQbc
>>455
その台詞の所で政所が泣いたのは案外福島の無能っぷり
故かもわからんね( ´,_ゝ`)

457 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 08:18:00 ID:iNLZGfAg
お家って言っても、全く秀吉のおかげで成立した「お家」だものなあ。
お家云々という理屈で言うなら、
豊臣のためにこそ、お家の全てを賭けるのが筋ってものだ。

本心はせっかく大大名になったのに、今更討ち死にしたくありません。
ってとこだったのだろう。まあ、それが悪いことだとは言わないが。

458 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 21:40:20 ID:iSFXwJGD
派手に散ればこうも悪し様に言われることもなかったろうにな。
生きていても死んでいても惨めな男だ。
腹マイトで江戸城特攻して来いや。

459 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 21:49:19 ID:2rAWDXy6
>>457
秀吉は織田の為にお家のすべてをかけなかったどころか主家簒奪して主筋を殺したり妾にしたり
家来にしたんだからそれなりの家来しか持てなかったってことだろ。

まぁ身から出た錆だな。

460 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/26(火) 07:04:52 ID:zfxnKosB
大名家内での同士のいがみ合いは結束が固い徳川家であっても
起こっているし、あって当然だろう。
しかし、石田・小西と加藤・福島・浅野のように殺しにかかって
大名家を滅亡に導くのはやりすぎだな。

461 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 14:33:45 ID:3lzRjfb+
おねが淀嫌いだから西軍に付かなかったんじゃないの?

462 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 03:15:52 ID:GuwJlZKv
>>461
そういう説もある。
今となってはわからないな。
ただ1つ言えることは福島は大馬鹿。
三成がいったようにあの世の太閤に散々なにか言われただろうよ。
まぁ太閤も信長に(ry


463 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 21:43:11 ID:GuwJlZKv
えらいかそったなぁ

464 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 22:05:35 ID:Vrz9jZWn
真の裏切り者は

おね

465 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 22:50:13 ID:owPMReH+
おねを裏切って女作った禿鼠の自業自得

466 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 00:59:20 ID:HnI5J4Og
むしろおねはあんな亭主に良く付いていった。

467 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 11:41:14 ID:PLcnFcku
家康の裏切り方は唐のアンロクザンみたいだから
後ろ黒いというか嫌なイメージを受けるんだよな。
周りが羨むほど優遇されて嫌な思い一つすら皇帝から受けず
恩こそあれ、恨みなどあろうはずもないのに突然の謀反だもん。
それでもアンロクザンが死んだ時は部下達が泣き悲しんで次々殉死したそうだから
人徳はあったんだろうけど、皇帝の側から見るとたまったもんじゃない。
なんで、あれだけ恩を与えて裏切られなきゃいけないのか
泣きたくなっただろうね。

468 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 14:28:25 ID:XZqq4mHj
安禄山は楊国忠の讒言で玄宗から殺されそうになったことへの正当防衛だろ
楊貴妃の話をフィクションとしても玄宗が堕落していたのは事実だし

469 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 14:53:34 ID:uV1QeuPC
>>467
いや、そもそも家康はもともと秀吉とも対抗していたこともある独立大名だから、
最初から安禄山とは似ても似つかない境遇なわけだが。

470 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 17:26:08 ID:vR870A98
福島正則は江戸で人質にされた時、思っただろうな。
「なんでこんな事になったんだろうか・・・」って。
そして自分が後世に恥を残すことも悟っていたんじゃないか?


471 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 19:07:15 ID:QV0vow2X
>>467
146 名前:名無し議論スレにて投票方法審議中 投稿日:2006/12/26(火) 19:03:36 KPjAQ9Il
織田信孝

「昔より 主を内海の 野間なれば 報いを待てや 羽柴筑前」

それに豊臣系大名以外の独立大名は秀吉に恨みこそあれ恩なんてないだろ。
柴田勝家に滅ぼされかけてた上杉は別として

472 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 19:08:10 ID:i9psqKsa
まぁその段階ではさすがに悟っていただろうなw

473 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 19:18:48 ID:Z7GOcNbg
人間、道理だけで生きているわけじゃないし
福島正則が私怨で石田三成と敵対したのは別にいいんだけど
捕縛された三成を哂いに行って逆に嘲られたのは、ほんとアホとしか言いようがない。
正則は何かしようとしてもそのことごとくが悪い方向にしか働いてないな。
天性のアホというか・・・哀れ。

474 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 19:45:59 ID:QV0vow2X
黒田長政はうまかったな。
細川忠興みたいな態度が普通なんだろうけど。

475 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 19:52:42 ID:mEu5Zhfr
三成の反論ぐらい予想つくだろうがって感じたが、
まあいいんじゃない?こういう人がいても。
三成のように官僚的で杓子定規な人間だけじゃ戦国もつまらん。

476 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 22:40:10 ID:suOMZyqi
>>471
伊達以外の独立大名。
島津・長宗我部・毛利・宇喜田・佐竹・上杉は
関ヶ原で西軍に付きましたが何か?

ぶっちゃけ、徳川に付いてもさほど恩賞貰える立場
じゃないって理解していたんだろ。
伊達がいい例。

477 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 23:06:11 ID:v3UKFYQi
>>476
毛利は恵瓊に引きづられて西軍に着いたけど軍事の実権握ってた吉川広家が東軍に内通して戦闘を行っていないから実質上西軍参加とは言えない。
島津は当初東軍のつもりが伏見城の一件で西軍に参加したけれども国許は中立で惟新入道は関が原で積極的な戦闘行動を行っていない。
長宗我部は東軍に着こうとしたけれども密使が捕まってしかたなく西軍参加。
佐竹は隠居の義重が東軍に着くことを主張して当主の義宣が旗幟を鮮明にしていない。

宇喜多は直家が死んでから実質上秀吉の保護国みたいな形で家が保全されたから若年の秀家が西軍に着くのは十分な理由がある。
上杉は>>471に書いてある通り。


478 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 23:41:14 ID:FWJj5NP2
>>477
>島津は当初東軍のつもりが伏見城の一件で西軍に参加したけれども国許は中立で惟新入道は関が原で積極的な戦闘行動を行っていない。

伏見城の一件は江戸時代に入ってからの捏造。
「当初、東軍のつもり」なんてのも嘘。

479 :477:2006/12/30(土) 23:56:17 ID:v3UKFYQi
>>478
そうなの?
知らなかった。教えてくれてありがとう。
じゃあ関が原の主戦場での行動はどう言う考えから来てるんだろう?
東西関係なく自陣に近づいた他家の軍勢に攻撃を加えたって言うのも江戸期の捏造?

480 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 00:19:20 ID:Dn/JPWn1
伏見城の一件こそ捏造だが、島津が東西で態度を決めかねていたのは確か。

まあ、石田三成や宇喜多秀家に指導力がなく、総大将のはずの毛利ですら内部分裂している状態でやる気にならなかったんじゃないか。

481 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 00:25:59 ID:+G0FGFW8
島津については実際のところはよく分からないんじゃないの。
義久と義弘の双殿体制で両人の考えも違っていたし、家内もしっかり
一つにまとまっていたわけではなかった。
まぁ義久は明確に家康派というわけではないけど、豊臣に付く気はさらさらなかっただろうが。
義弘については当初は見知りの人間が多かった西軍に多少は気持ちが傾いてたのかも知れない。
で、実際いってみたら>>480のようにグダグダな内情を見て嫌気がさしたのかも。

482 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 00:29:42 ID:h33ofHJ9
>>480
いやあ、決めかねてたとも思えんな。
義弘 西軍派
義久 中立主義
忠恒 東軍派

ってとこだろ。
義弘は関が原で石田隊の支援に鉄砲隊送ったとか、
軍議のために家老を派遣したとかいう記録があり、
関が原で積極的に参加しなかったのではなく予備隊のような役割だったらしい。

あと島津義久に至っては最後まで「島津は島津、徳川も豊臣も関係ない」と
考えてたフシがあり、
関が原後に兵を集めたり徳川の船を沈めたりして
反徳川な行動をとっていた。
そんな義久を見かねて勝手に忠恒が家康との会見に出向いて
島津家を救った件がある。
義久はそんな忠恒を「親不孝の極み」と罵った。

483 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 00:35:39 ID:h33ofHJ9
まあ、関が原の島津隊はあまりに数が少なすぎて攻勢能力はなかった。
変に戦って消耗するよりも後方で見守ってて、西軍が勝ちかけた時に攻勢に加わるという感じだったろう。
三成への支援を断った話しも、あれはあくまで小早川が裏切ったあとだし。

484 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 00:40:47 ID:h33ofHJ9
>>479
>東西関係なく自陣に近づいた他家の軍勢に攻撃を加えた

それは西軍敗走以降の話し。

485 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 01:05:33 ID:YN+JmG6J
>>477
戦の状態みて勝ち馬にのるという視点と、関ヶ原の西軍・東軍に分かれるに当たっての
大名家の家内事情をごっちゃにしているよ。

>島津・長宗我部・毛利・宇喜田・佐竹・上杉

この中で関ヶ原合戦時に親徳川と言えたのは長宗我部位。
他は政権より。

基本的にどの大名家も家内で徳川よりの人材がいるが、それは開始時には決定的に動かなかった。
義重がいる佐竹にしても反徳川派の武将を人質兼の東軍従軍させようとして、丁重に断られている位だし。
東軍優勢になってそっちの発言力がつよくなるのも当然だ。
それと、豊臣政権を早々に見限って実は東軍でしたというのは全く別問題。

一番の親徳川の長宗我部のみお取り潰しなのはかわうそだな。

486 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 01:10:38 ID:h33ofHJ9
しょうがないだろう。
家康のお気に入りの兄を殺したんだし。
本来は土佐半国の犠牲で済んだんだけどな。

487 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 06:11:06 ID:7syHOwE1
っていうか上杉は豊臣に対して云々とかの問題以前に、現在進行形で徳川から
喧嘩吹っかけられてる張本人なんだから西軍なのは当たり前だな。

488 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 09:05:02 ID:sO48dU8b
>>484
その前にも戦闘行動を行ってないんじゃね?

489 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 09:43:48 ID:Akbn6ZA2
>>483
いえ、支援を断ったのは小早川が裏切る前です。

>>476
既に指摘されているが、それらの外様大名はそれぞれの思惑や状況によって、
西軍についただけで別に秀吉に恩があったから西軍な分けではない。
それも家中の意見不一致等で積極的に動けなかった者も多い。
「恨みこそあれ恩はない」ということに対する反論にはならないよ。

490 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 10:20:08 ID:kURHMoau
恨みがあっても思惑や状況によって西軍についた大名も居れば
恩があっても思惑や状況によって東軍についた大名もいるだろうな。

491 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 11:11:20 ID:sO48dU8b
>>490
例えば?

492 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 11:20:14 ID:7syHOwE1
スレタイの大名じゃない?

493 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 11:23:00 ID:Akbn6ZA2
それ以前に、そもそも関ヶ原の段階では、
それはあくまでも豊臣政権内の権力争いだったのだから、
その時点では豊臣に対する恩だの恨みだのはどちらにつくかの根拠にはならない。

494 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 11:34:04 ID:7syHOwE1
全くその通り、秀頼を連れてこれなかった時点で、
三成=豊臣じゃないのは周知の事実。

495 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 11:43:04 ID:sO48dU8b
実はここを初めあちこちで暴れている豊臣厨自体が徳川が政権維持の為に作り出した儒学教育の典型的産物だったりする。

496 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 13:55:30 ID:A+Khht3Y
>>474
細川ってなにしたっけ?

497 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 14:17:34 ID:9CcG8R7s
秀吉が生前にもっと良い政治をしてればよかったんじゃ。

498 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 14:43:48 ID:n2DsJoPY
秀吉の政策で良いものは確かにあった。
色々よい政策を行ったのはいいんだけど、それを台無しにしてしまう行いがあってなんかもうだめ。
犬将軍といい、ヒトラーといい・・・

499 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 15:08:21 ID:D47BbOIX
>>497
十分いい政治したじゃん

500 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 15:24:57 ID:XbLeQ8be
500GetBackers

501 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 15:32:28 ID:YN+JmG6J
>>495
をいをい、判官びいきは日本古来のものだぞ。


502 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 16:37:09 ID:7syHOwE1
別に判官びいきの事を言ってる訳じゃないんだろう。

503 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 22:06:44 ID:XbLeQ8be
ここまで来てまだ>>495みたいなこと言う奴がいるのか……

504 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 23:49:53 ID:/SdCs6kj
>>503
痛かったのか?

505 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 01:44:05 ID:rbQyX0hm
それはもう激しく

506 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 07:56:27 ID:2H8KJJ89
秀吉が朝鮮出兵なんて止めて、
戦国の後始末と政権の基盤整備に力をそそいでたら・・・

507 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 08:41:28 ID:mtiHH0wu
>>493
なんか家康が言いそうなことだな・・・。もしくは正則らの晩年の言い訳。
このスレで言ってるのは要は「家康に勝たせたら、豊臣に仇を成すことくらい予想しろよ」
ってことだろう。関ヶ原の時点での選択どうこうより、結果的に豊臣が滅んだことが焦点。
結果を考えるとそれは言い訳にしか聞こえない。譜代ではないが藤堂のように信用得て
処世術として乗りきったなら豊臣を裏切ったとか言えないが、二人の場合は譜代であり
関ヶ原後も豊臣への恩を感じているようなそぶりがある、そして家を残せなかった点が批判に拍車をかけているんだろう。

>>506
政権の基盤整備の一つだったんじゃないか。

築城四百年、大修築中ということで朝から熊本城が中継でやってたぞ。
清正は城や逸話や猛将のイメージだけは残せたな。案の定、昭君の間のこともやってたが。

508 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 09:13:47 ID:POlWnMHF
>>507
言い訳って、普通に関ヶ原の段階でそこまで予想しろって方が無茶。
また仮に責めるにしても、それはその後の展開を予想できなかったという、
先見性のなさについてであって、不忠をということにはならない。

もし関ヶ原の時点で福島らが東軍が勝った場合の戦の結果を見通していて、
それを承知の上で家康に組したなら、確かにその時点で不忠者といえるが、
それは幾らなんでも買いかぶり過ぎってものだろう。

福島らの不忠について語るなら、
関ヶ原以後或いは将軍就任以後について語るべきでしょう。

509 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 09:47:40 ID:mtiHH0wu
>>508
家康が秀頼の後見の名目を逸脱して強権発動してたのは明らかだろう。
だからこそ、それを察知した福島も婚姻結んだんだろうし、それすら掟破り。
先見性がなかっただけで心づもりとしては不忠のつもりではないってのも
それこそ言い訳だと思うけどなぁ。忠義は個人の内心で思ってたかどうかじゃなくて
客観的に見て示せたかどうかであって、関ヶ原の時点で示す必要はあったと思うけどなぁ。
戦場での指揮の実力にしろ、政略における先見性の実力にしろ、実力をできるだけ発揮して
忠義を示す立場にあるのが譜代の家臣であり、あれだけ恩恵受けた者だと思うよ。
先見性だろうが実力がありませんでした=不忠ではない、とはならない。
客観的に忠義を示して結果を残さないと。

問題は家康のどの時点の行動が関が原前で豊臣を脅かす行為と福島らは見るべき
だったのかという問題になるかもしれないけど、関ヶ原が終わっても家康の危険性に
気が付かなかったとかいう話しになると、結論として福島らは「先見性はあったが不忠者」
「先見性がなく不忠者」「先見性がないが忠義者」のどれかになるかだけど最後が一番評価低いだろうな。

510 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 10:01:10 ID:mtiHH0wu
最後の3行おかしいな、気にしないで

511 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 10:07:50 ID:POlWnMHF
>>509
忠義は個人の内心の問題だよ。
実力で主家を守れなかったから不忠者なんていわれたら、
山中鹿之助あたりすら不忠者になってしまう。

512 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 10:17:57 ID:POlWnMHF
つまり、関ヶ原の段階では先が見通せなかった、
少なくとも、見通せていたのにあえて家康についたという証拠はないので、
その時点ではまだ「不忠」とは言えない。
しかしその後の流れのなかで、結局は我が身と我が家を慮って、
豊臣家を見捨てたのは事実なのでこのことに関しては、
「不忠」といわれても仕方ないと言ったところでしょう。

513 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 10:31:59 ID:mtiHH0wu
>>511
いや「忠義」の言葉の意味自体を言われたら、そりゃ個人の内心の問題なのはわかる。
だけど、>>508で言ってる問題ってのは関ヶ原前後の情勢と福島らについての限定された話しだろう?
その部分の話しで、福島らは関ヶ原の時点において内心がどうだったかよりも行動で示すべき情勢
だったという事。それがあの「情勢」における「福島ら」に求められる忠義。
鹿之助とか情勢も違うし、限定した話しを極論に当てられても通じない。
それに上で書いた”結果”ってのは忠義を満足に示せなかったという点で豊臣滅亡そのものじゃない。
滅亡したら不忠なんて言ってないし、言うわけもない暴論だと思うが。
見通せていたのについたという証拠というけど、ついたこと自体証拠とも言える。
そもそも見通せていてもいなくても不忠だと思う。いない場合は見通せていないこと自体が。

514 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 11:32:36 ID:POlWnMHF
>>513
何か言いたいのか分からない。もう少しまとめてくれ。

とりあえず、「忠義」は言葉どおりの意味で使っているし、
よく分からないが、そんな限定した意味合いでは用いていない。

515 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 11:49:51 ID:H8PiXdz+
いいわけもくそも、三成らが動いたのは政権首班という段階を超えた
行動を家康がしたからだろ?他人の財布で政権取りをした段階で
福島も加藤も尻尾振ったわけで、その危険性を軽視したわけだ。

つまり、関ヶ原後家康から恩を受けた段階でアウトじゃん・・・。
恩を受けたって・・・それは豊臣家のもんだって(w。
まあ、政権内の抗争で領地増やすのはある意味異常なんだがな、
そーいった権限は政権首班とはいえ家康には与えられていなかったはずだし。

516 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 12:15:00 ID:xLJYOWnM
仮に正則が
「お前(三成)は嫌いだが豊家の為に家康をうつ!勘違いしないでよね!」
なんて言って西軍ついてたら今頃秀家のように
この板の住民に愛されただろうに。
正則って結局関ヶ原じゃ岐阜の先陣はまぬけのように奪われ
本戦では宇喜多の明石に全滅寸前までぼこられ
戦闘関連じゃいいとこ一切ないよね。
秀吉時代もたいしたことほとんどしてない
(役割は主に補給とか)
なのに異常に猛将っぽいイメージがあるから嫌だ。


517 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 13:41:19 ID:F4udKfgO
>>516
兵站は戦場の王であるって言う言葉知らない?

518 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 14:17:09 ID:H8PiXdz+
>>517
そーいう問題じゃないと思うが。
基本的に前線指揮官と思われガチな正則だが、
実際は三成と同じように後方支援任務が多かった
という事だろ?

つーか、正則位の年代の豊臣武将は前線指揮官
としては九州〜朝鮮戦役が主だが、漏れの知っている限り
正則は三成程度しかないんだが・・・。

前線指揮官としての経歴だれか教えてくれない?

519 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 15:04:51 ID:xLJYOWnM
>>518
三成と役割がすごく似てるんだよね。
実は戦より内政のが得意ってのもあまりしられてないような。
正則は秀吉が中国攻め中に首2〜3個とったのかな。うろ覚え。
あと小田原攻めで三成同様こいつも城攻め失敗してたような。

福島の三成に対する怨みって自分より優れてた三成への嫉妬?
かもわかんないね。


520 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 15:06:58 ID:UoJQu18M
>>518
旗本や馬周りみたいな働き以外の前線の”部隊”指揮官では
小田原攻めの時の韮山攻めで攻めたけど落とせず、長期包囲になったぐらい?
山中城は強襲で落とせたけど

ある程度の兵力を持ってからの軍功は三成より少ないと思う

521 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 15:12:58 ID:UoJQu18M
山中城は井伊と一柳と中村なんかが攻めたと思う
で一柳は戦死

>>517
そりゃそうだけど
兵站に関しても総責任者は
大谷石田増田なんかで
福島は何をしていたのか・・・
秀吉の一族だからってのもあるかもしれないけど

>>519
内政得意って何か逸話あるの?

522 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 01:10:33 ID:HZEbiM5i
>>521
安芸統治のことじゃないかな
自分はWikiの福島正則の項目で読んだだけなんですが

523 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 03:35:27 ID:C/xW6QMO
>>522
それは疑問。
税金の収奪は得意だが、
艦列なとこがあるので。

524 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 03:39:58 ID:jkqpQCaJ
加藤はともかく福島好きな奴っている?

加藤は銅像が熊本と愛知にあり熊本には本妙寺と市内中心部の2ヶ所に銅像があり
熊本での愛されかたがわかる。
加藤家の後にきてかなりの善政を敷いた細川が可哀想なくらい当時から
(政府の政策で人気を押し上げる前から)
人気があった。

福島の内政についてたけど
確か不満を口にした農民達を酒の席に呼び出して
酒を飲ませて酔った所で殺したり
酔った勢いで重臣を殺したり
結構内政でもろくでもないやつ。
唯一評価できるのが秀家に酒をあげたくらいか。
まぁそれも船主GJなわけなんだが。


525 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 06:49:19 ID:Wmd5jAOn
>>514
どんどんずれてるけど、限定しているのは忠義の意味じゃなくて、福島の関ヶ原時の行動という状況だよ。
主家の首を締めるような事に自ら荷担しておいて、個人的に内心忠義だと思っていれば忠義者なのか?
違うだろう。「忠義は」って話題にして鹿之助とか出すけど、話題は「関ヶ原時に
おける福島の忠義は」って話だっただろう。自ら荷担したかについても異なる鹿之助をなんで引き合いに出すのかと思う。

526 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 09:14:51 ID:Er8jp9Yk
>>525
いや、違わないよ。
心のそこから主君の為を思って行動していたが、
結果的に主君の首を絞めることになってしまったなら、
それは「忠義者だが無能だった」というだけ。

まあ関ヶ原の段階で福島らが忠義者だったと言える根拠も特にないが、
先が見通せていたとはいえない以上、その時点で不忠だとも言えないということ。

527 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 11:04:51 ID:IqOWEq3x
>>526

家康から嫁もらった
→秀吉の違令に従わなかった。不忠。

七将の時には奉行を追い掛け回してた。
→首都で秀吉の任命した奉行を、軍勢で追い回した。
  不忠以前の政権反逆。

関ヶ原後大領貰った。
→家康にそんな権限ないのに遠慮なく貰っている。不忠。

ぶっちゃけ、秀吉死後の福島は政権に対する不満からか、
家康と歩調合せて政権施策(まあ大抵は家康封じ込め策だが)に抗していて
おまけにその際に自家伸張も行っている。

ルール破りが恒常化した時点で政権内抗争という領域を超えている
わけで、これで、豊臣家に対して忠義者で結果として不利益を豊臣家が蒙った
というのは苦しいと思う。


528 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 11:13:46 ID:Er8jp9Yk
嫁の件は確かにそうだが、
三成については別に豊臣家に仇を成すつもりではなかったし、
関ヶ原後の恩賞は、徳川が取り仕切ったがあくまでも豊臣家からの恩賞。

で、最初から別に関ヶ原の段階で忠義者といえるほどの根拠もない、と言っているでしょう。
基本的に関ヶ原の戦いがそれが起こった時点では、
豊臣政権内の権力争いに過ぎないのだから、どちらについたから忠義とも不忠とも言えないんだよ。
この先徳川が豊臣を滅ぼすなんて事まで見通せていない限りはね。
別に西軍についたからといって忠義者とはならないということ。

529 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 12:46:10 ID:jkqpQCaJ
豊臣家からの恩賞ってのはかなり苦しくないか?
名目そうでも当時から誰もそう思ってない。
加藤清正も徳川の恩(肥後城南)、豊臣の恩の板挟みになり晩年苦しんでるわけで。

確かにこれが結果で豊臣が大きく後退するなんて予想し難いだろうが
福島ってのは本来家康の抑えであの位置に配備されたわけだろ?
それが外様の上杉配置は対徳川に機能して普代の福島が機能しないってどうよ?
しかも積極的に秀吉の遺訓を破るのは秀吉の意思を裏切る行為。
>>527の言う通りだと思う。

530 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 13:01:43 ID:CuDLdElM
そりゃ、秀吉が大恩ある織田家の本領である
尾張を勝手に分割して自分何かにくれるのを
見てる福島が家康の行動に疑問を持つほうがおかしい。

531 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 13:04:32 ID:Er8jp9Yk
>>529
だから、基本的に関が原で西軍についたから忠義って理屈にはならないんだよ。
上杉も毛利も別に豊臣のためというよりも自身の家の為に行動していたわけで。

532 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 13:14:26 ID:IqOWEq3x
>>528
>三成については別に豊臣家に仇を成すつもりではなかったし、 

奉行としての活動に対して裁判を起して、負けた腹いせに
軍勢を上げて追いかけ回すのは、政権の顔に泥を塗る行為だよ。

現在の日本で言えば、誹謗中傷を行ったという理由で裁判を起して、
裁判に負けた腹いせに自衛隊で官房長官を追い掛け回すようなものだ。

私戦という解釈で豊臣家と関係ないといいたいかもしれんが、
秀頼の足元で勝手に軍勢動かした時点で謀反と見られてもおかしくはないと理解していってほしい。

>関ヶ原後の恩賞は、徳川が取り仕切ったがあくまでも豊臣家からの恩賞。 

だから、権限が無いんだって、秀頼が成人してからとの遺令があるので、
その時点でダウトだし、そもそも15年後の大坂で徳川家に対する恩がああると恩顧大名の言い訳に使われたわけだが。

>豊臣政権内の権力争いに過ぎないのだから、どちらについたから忠義とも不忠とも言えないんだよ。 
>この先徳川が豊臣を滅ぼすなんて事まで見通せていない限りはね。 

政権として成り立つ法律を破って行動している段階で権力争いという段階を超えているわけだし、
政権首班が政権として成り立つ法律を破って自己勢力の扶植をしているのは権力争いとは言わないよ。
そもそも政権として成り立たないわけだがら、その尻馬に真っ先に乗ったのは福島。

法令に対する遵守を守るのは能力じゃなくて忠義の問題じゃない?

533 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 17:35:32 ID:U9NvNS3M
>>530読んでまだこんな馬鹿が……と思ったが
どっちからも見事にスルーされてて笑った

534 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 18:42:58 ID:Er8jp9Yk
>>532
だから、政権に泥を塗る行為でも忠義云々とは関係ないんだよ。
関ヶ原という大きな戦が起こって恩賞なしとは行かないし、
そもそもそれは豊臣家からの恩賞なのだから、
家康の恩だとして豊臣につかないかったの正に言い訳で、その方が理屈が通らない、
そのことをもって大坂の陣の際の彼らの不忠を責める事は出来るだろう。

最後の関ヶ原の事はもっとも明白で、
法律を破る行動云々は西軍も全く同様、むしろ西軍のほうが不正規軍と言ってもいい。
他はともかく西軍につかなかったから不忠だなんていうのは、明らかに後付けの結果論。

535 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 19:34:08 ID:IqOWEq3x
>>だから、政権に泥を塗る行為でも忠義云々とは関係ないんだよ。

だから、言ってるように七将の行動は反逆行為だって・・・、
政権に泥を塗る行為っていうのは善意の解釈してあげたんだがな。
裁判結果に対して不満を持って武威を持ってちゃぶ台返しって十分反逆
って分からんのかねぇ。

>>関ヶ原という大きな戦が起こって恩賞なしとは行かないし、 

豊臣家の了解の元でない行動をしたわけで、
それでなんで領地あたえなきゃならんの?上杉攻めなら話は別かもしれんが。

関ヶ原を、豊臣家の大老としてみた場合は関ヶ原は緊急避難なわけで、それは勝手働きは恩賞の対象外だろ。
そもそも、家康あたりは責任者という事で慎まなければならない所を一気に倍増しているし、
それに、豊臣家の領地が200万石から60万石に減ってるのはどーいう事という話だな。

別に関ヶ原を上げなくても、家康は関ヶ原以前から秀吉死後、何故か豊臣の土地を恩賞と称して
分け与えているわけだが、そっちの方は?

>最後の関ヶ原の事はもっとも明白で、 
>法律を破る行動云々は西軍も全く同様、むしろ西軍のほうが不正規軍と言ってもいい。 

論拠は?
そもそも、上杉攻めの根拠は、謀反しそうだという話が噂としてあって、
それで、釈明しろという話の押し問答の末じゃなかったっけ?
難癖つければ、開戦できるとしたら、西軍もその程度の論拠を、あげたわけで、
秀頼の名前で軍を挙げているんだが。

で、不正規軍っていう論拠は?まさか家康が政務首班だからっていう論拠じゃないよね?

>他はともかく西軍につかなかったから不忠だなんていうのは、明らかに後付けの結果論。 

別に不忠って言ってないが、当たり前だが、上からの命令に従うのが当たり前なわけで、
矛盾した場合は、自分なりの根拠で解釈するのが筋。

福島の場合は、積極的に東軍で行動して君側の奸を除くという行動を選んだわけだ。
家康が西軍いっても良いよといった時に、いやいやあなたについていくよっていう。
迷っている諸将の目の前で反乱予備軍な台詞まで言うほど積極的に行動したわけだな。

普通に、福島の行動ってなんで政権に仇名す行動が多いんだろうなと思ってしまうわけだが。
無能と見るべきか、それとも地の行動の結果ああなったのか、確信犯なのかは正直判断がつかない。

536 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 20:00:37 ID:Er8jp9Yk
>>535
長々と悪いけど、
そちらが関ヶ原の段階での福島らについて別に不忠だと言っていないなら、
特にこちらと相違点はないので議論する必要もないのだが?

537 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 20:46:04 ID:jkqpQCaJ
別に福島が関ヶ原の段階で忠義があったのないだのどうでもいいよ
その結果豊臣は勢力を大きく失い天下へ復帰不可に近い状態に陥った。
石田が勝てば豊臣が繁栄したとは言わんが
これを後にみた人が不忠者とみるも当然。結果が最悪すぎ。

豊臣の為に家康につきました!この恩を盾にすれば家康は豊臣を攻撃しません!
とかなんとか偉そうに語っておきながら
大阪の陣を半指くわえて見てるは
家康の脅しに泣くわ
全然いいとこなし!
大阪の陣で一花くらい咲かせろ。


538 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 21:30:12 ID:IqOWEq3x
>>536
簡単に言おう。

関ヶ原合戦前から法度破りをしていたわけだから不忠。
関ヶ原合戦時は別に命令に逆らったわけじゃないので不忠とは言えない。

539 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 21:45:36 ID:tDpnhVK0
大阪の陣で本当に誰一人豊臣についた大名がいないと言うのはある意味凄いな。
家康の力がそこまで大きいのか、
豊臣家の求心力なんて初めから無かったのか・・・

540 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 22:15:53 ID:YNH5X9be
いくらなんでも最初っから求心力無しってことはないだろ。
稀代の英雄秀吉が死んだこと、
豊臣政権とは別に幕府ができたこと、
そして大阪の陣の時には既に秀吉死去から二十年近くも
経てるのが大きいんじゃないのか。

541 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 03:25:52 ID:92q+qw7K
北条対豊臣
よりも状況悪い
徳川対豊臣
で豊臣に味方しろってのも結構無理がある。
ってのもわかっちゃいるがやっぱ納得いかないよな。
その点身分を捨てて入城した毛利なんかはかなり義ってものを感じる。


542 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 05:01:12 ID:hrE/RuWU
>>526
心のそこから〜って論拠から破綻してないか。掟破りに自ら荷担しておいて、
家康の危険性をある程度分かってる上で関ヶ原においてさらに家康に荷担したんだぞ?
有能だろうが無能だろうが恩を仇で返してるという点が不忠なんだよ。
あえて言うけど、無能なら主家の首を締めるような事に自ら荷担していいのか?

意見組みたてる勢いでなったんだと思うけど、無能で忠義者で関ヶ原の後になって気がついたって
言うような方向で語るのは福島を過小評価しすぎだろう。福島だって関ヶ原前からそれなりに家康に接近してるんだし。
それに西軍が忠義の軍かとか、外様で本戦に参加できなかった上杉らの忠義と比べるとか、
征夷大将軍、幕府という朝廷を大義の根拠としたものがある大坂の陣と比べたり
条件も違う例をあげて論点変えすぎだと思うよ。

543 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 08:41:44 ID:x1TRcFr7
>>562
心のそこから云々は例えの話であって、福島たちがそうだっただろうって事じゃあない。

>>538でよいと思うよ。
確かに徳川との婚姻を受けたのは遺命に逆らった不忠といえるだろうし。

544 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 09:57:07 ID:pRe2qUYj
>>543
ついでに七将の件もな、実はこの件ってかなり問題があるんだけどね。

概ね武家政権は公平性・・・つまり裁判の公平性によって成り立っていた。
法律が未整備なのでそうなるわけだが、それがなくなることは統治機能が
失われたと言ってよい。

つまり、政権基盤を崩す最初の一手を放ったのは七将だったわけだ。


545 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 10:45:09 ID:lawY5q0k
つまり豊臣政権は秀吉個人の声望でつながってただけで恩も秀吉一代限りと思われてたってことだね。

546 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 12:33:03 ID:exyH2pdW
それは当時は別に珍しい考えじゃないけど。

逆に言えば豊臣氏と諸大名との間に、
一代限りじゃなく半永久的にご恩と奉公の関係を
結ぶシステムの構築が必要だったんだけど。
余計な外征で力を使い果たして未完成に終わった。

五大老システムにしても五人で、中でも家康と利家に協力しあえ
というものだが、肝心の利家が死んだらどうなるのかなんて
何も決まってない。

547 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 12:53:43 ID:pRe2qUYj
問題点は、豊臣に恨みがあるはずの地方大名はあまり積極的じゃなくて、
何故か、基盤が豊臣政権にあるはずの出来星大名が何故か率先して
基盤を突き崩している事が疑問なんだよな〜。

548 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 18:31:45 ID:zSNyt1rT
その辺は身内だとか元同僚の息子だとか協力してやったみたいな
甘えがあったのかもね
法治主義じゃなく秀吉との個人的な結びつきで運営しているようなものだし
公私混同していたんじゃない?
豊臣政権を存続させるにはまず加藤福島みたいな大名を処分して
官僚制と法治主義を徹底させないと駄目だったんじゃない?

549 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 20:12:13 ID:/Vp/s7qf
>>548
その段階でクーデターがあちこちで起きるような気がしないでもない。
豊臣政権は日が浅くて基盤がしっかりしないうちに秀吉が死んでしまいまともな後継者も
後見役がいなかったのが瓦解の原因でしょ?
譜代のいないのは秀吉本人が強く自覚してたウイークポイントだっただろうから。

550 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 21:37:41 ID:pRe2qUYj
法治やるにはその前提としての武力が必要(矛盾しているが)。
当たり前だが、武功派大名がその役割をやんなきゃいけないわけだが、
その役割を真っ先に放棄したわけだ・・・。

結局、秀吉死後はその役割から奉行職の飼い犬になると解釈したんじゃね?
で、政権が安定したら、役割御免で改易されると思ったんじゃないのだろうか。

秀吉がいる限り人事権は握っているので、武功派大名も心配していなかったが、
死後人事権は宙に浮いた状態だったので、心配になったんだろう。


551 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 21:58:46 ID:GnGswuQ4
最古参の前野長康に詰め腹切らせた時点で、少なからぬ尾張派武将は豊臣政権化での将来はないと判断しただろうな。


552 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 05:47:37 ID:t0tqmUhl
>>551
ありゃないよなぁ
この人が生きてれば…って息子の怨みをはらすために徳川につくか。
山内が年輩じゃなくなるからこの人が積極的に動くことになるか?
まぁスレ違いか。

福島の話題が多いしそろそろ加藤の議論もやらね?
福島と違い戦前は武の神として日本じゅうに愛された
ってクリーンイメージがありアンチも少ないけどそんなクリーンイメージも粉砕しようぜ!
まぁそんな俺は肥後出身なんだがな(´・ω・`)


553 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 14:55:42 ID:i3M5YG+h
秀吉の恩は、あるとは言っても既に故人だが。

大恩ある北政所様に要請されては、反淀君・反三成につくのも当然。
豊臣に敵対したわけじゃないしな。

554 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 16:57:58 ID:UXzrRiyN
木下家、浅野家のおねの実家は安泰。
木下家は豊臣の本姓も認められてる。
これもなんだか・・・

555 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 18:51:02 ID:t0tqmUhl
>>553>>554
おねが徳川に味方しろって言った明確なソースってないんじゃなかった?
徳川が庇護してるからそういう話が出てくるんだろうけど実際のところ怪しい。
三成嫌いの利家が死ぬ前に我が子のように可愛がってた加藤に
自分の意思を託した云々って話はみたことある。
ソースはないけど(´・ω・`)
加藤福島と潰され浅野が潰されないのは確に意外だよね。


556 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 19:30:17 ID:LvvHYSUU
>>555
浅野と徳川は仲が良い。
それゆえ、秀吉に遠ざかれた位。

557 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 20:27:56 ID:RdE0P5S9
>>546
>肝心の利家が死んだらどうなるのかなんて何も決まってない。

一応、利家に万が一の事があれば利長が大老職に就けと遺言残していたはずだが、
保身第一の利長じゃなぁ…。

558 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 11:43:50 ID:1rm+5kKo
家康に荷担したことは悪くないと言っても、ほとんどの奴は家康のそれまでの
行動をみて、「やはりきたか」と秀頼死ぬかはともかく天下に野望あるのは分かってたよな

福島はともかく加藤はじゃぁどうすればよかったんだ?関ヶ原の合戦には参加できないし。
それ以後としたら頑張った方だし。九州抑えて黒田に先鋒やらされて大阪に攻めあがれば
よかったのか?それも無理だったが。結局は七将襲撃を思いとどまらせて、三成を謹慎させるような
ことしなければよかったな、結局は裏切り者と言われるのか?

559 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 14:10:22 ID:Tb6YdXZa
>>558
裁判に負けて積極的に襲撃あおったのは清正だからなぁ
けど福島とは違い、嫌いになっていく過程がよくわかるからまだ理解の範囲にある。
最初は仲良かった訳だし。
清正の東軍参戦は特に東軍勝利に特別貢献したわけでもないしね。
宇土城つっついただけだし。(沼地を怖れて攻撃しなかった)
そういうのが裏切り色を薄めてる感じがするね。
福島は徳川の抑えとしての位置を放棄してる。
清洲で6000の兵で籠城すれば立花と合流できるかも
とか夢が広がる。
それに三成を嫌いな理由がいまいちわからん。
それらのせいで裏切り色が濃い感じがする。

っか自分が清正の立場なら三成につける?
清正があの時三成を許して東軍につくってのはかなり無理がなくないか?
小西が西軍ってだけでも気分が悪くなりそうなのにさらに三成。
加藤を西軍に加担させるなら朝鮮出兵から話戻さないと無理だし
肥後統治当初から加藤と小西の対立は始まってるし
うーん、微妙。
やっぱ秀吉の晩年の采配がまずい。
九州の抑え、朝鮮出兵の主力になんで小西を選んで肥後に置いたのか…
いまいち理解できん。
上から小早川・黒田・鍋島・立花・加藤とくればもっと猛将配置すればいいのに。
小西の事よくしらんけど。


560 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 16:18:37 ID:aM2lznh2
>>559
小西はかなりの猛将だからでしょ
肥後半国貰った時点じゃ清正よりも実績ある
朝鮮でも清正と同様破竹の勢いで北上している

そもそも清正は関ヶ原時肥後で主力不在の小西勢に苦戦している

関ヶ原の時肥後一国貰えれば西軍に付く気だったという説もあるらしいが

561 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 18:26:43 ID:RKE31SAi
小西は猛将というか知将という感じだが、
タシカに戦闘指揮は巧みだった。

562 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 19:16:18 ID:RKE31SAi
というか朝鮮の役全般で
一番活躍したのが小西だろう。

563 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 19:36:06 ID:h/7xoMqe
ぶっちゃけ、戦歴という点では、
行長>=加藤>超えられない壁>三成>福島

軍監として朝鮮いってるんだよね三成って、
軍歴では上でも戦歴では落ちる福島・・・。



564 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 19:48:48 ID:Tb6YdXZa
加藤が小西に苦戦したっていうのは宇土城落とせなかったってことをさしてるの?

そもそも小西も加藤に負けない政治上手で宇土城はなかなかの堅城に仕上がっていた。
二之丸・三之丸・二重の外彫りに加えて宇土城の周りは当時沼地で迂濶によれない天然の要塞になっていた。
しかし実際その沼地は浅くて効果は薄い。
だがそれを知らない加藤勢は攻める機会を失った。
加えて島津・立花・鍋島の動きが不明瞭な中兵力を減らす無茶な攻城を避けた。

小西は本隊を主戦場に送っていたため他の城を総て破棄して宇土城防衛のみに専念していた。
そのため籠城し守るだけの数だけなら十分揃っていた。
宇土城城下で遭遇戦程度の戦しか行われておらずその結果も痛み分けに終っている。

まぁ加藤側の言い訳ならこうかな。
小西の作った宇土城はなかなかの名城だよ。
しかし加藤が西軍についたら九州は東軍の黒田を倒せば名目上は西軍だけになるな
夢が広がるっ

565 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/01/05(金) 19:55:11 ID:d0aa658B
>>564
全部西軍なら西に向かっても敵がいない。
領土欲も掻き立てられないわけで、こぞって中立化してしまい中央の戦力にはなり得ないんじゃなかろか。

566 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/01/05(金) 19:57:15 ID:d0aa658B
>>565訂正。
>>564
全部西軍なら東に向かっても大敵がいない。領土欲も掻き立てられないわけで、
こぞって中立化してしまい中央の戦力にはなり得ないんじゃなかろか。

567 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 23:05:58 ID:bizl+9NR
小西は偽講和や三成の友人という立場のせいで勇将というイメージが一般にはあまり抱かれていない気がする

568 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 03:08:54 ID:7OKVizqD
>>567
確かに。朝鮮の役で活躍したのは誰あろうこの小西行長なのにな。

でも、なんで福島正則はアンチ三成の急先方になっていったんだろう。清正の
場合は朝鮮でメインに戦ってその中で三成や行長と対立していったのはわかる。
正則は朝鮮ではろくに戦ってないし。そこへ追い討ちをかけるように徳川政権下の
ヘタレエピソードが加わっているからなあ. 

569 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 03:29:02 ID:W3O2Hfs3
普通に考えるなら三成などの優秀な人間への嫉妬か
単純に家康に取り入るためじゃない?

ていうか福島はいつから嫌いだったんだろ
それすら見えてこない
いきなり七将襲撃事件起こしたような感じが

570 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 03:35:44 ID:++JvGcom
>>568
それなんだよなぁ。
福島がなぜ三成憎しなのかさっぱりわからん。
恐らくはただの派閥違いってだけで嫌ったんだろうけど。
なにか決定的な要素があれば反論同情もできるんだが。


571 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 04:54:46 ID:tdi5R8zM
小西は豊臣政権の中ではぴかいちの知勇兼備ぶりだろ

572 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 04:58:59 ID:dkwvWOWJ
しかも朝鮮、明と実質交渉してた責任者って小西だよな。現場責任者は。
清正は交戦主義で席外されてるし、秀家は名前だけで一回軍議催したくらい
三成は本国への連絡役と現場の監視。小西は敵方に脅しをしたりする権限あったし、
三成は豊臣の姓を使うなとか、秀吉に伝える内向きの役だし、行長の能力をかっていたのは事実だろう。

というか加藤と小西を領地にしても意図的に競わせて、朝鮮でも競争させようと
したんだろう。これも信長の真似だろうが規模がでか過ぎて政権の破綻になった。
特に加藤小西がどれだけ国内の政情変化を感じていたか微妙。帰国していきなり三成から
太閤様死んでます、とか言い出してデカい顔されたらなぁ。清正はここで我慢して
帰国の兵を家康がどう巧くまとめようと、大名間の調整役をいかにやっていようと
家康を危険視するべきだったという事だな。名護屋で実際采配みてる三成とは違うが。
やはり清正にあの時点で違う行動しろというのも難しくないかな。強引な手にですぎたのが問題か。

573 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 06:40:33 ID:VfLNg1dJ
福島が三成を嫌いなのは
単なる嫉妬なんじゃないのか?
自分の親父も同然の秀吉が
秘書役の三成ばかり重用するから。

574 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 06:53:40 ID:VfLNg1dJ
小西が戦闘指揮でも優秀だったのは単に頭が良かったからだろう。
別に武芸なんか出来なくても頭が良くて兵法とかを本でちゃんと勉強すれば
立派な戦闘司令官になれる。
実際、現代戦の将校とかもそんな感じだしね。

全然、関係ない話しだが、
野球とかサッカーチームの監督とかも
本当は元名選手とかよりも単に頭脳が優れた人物の方が
優れた結果が出せるんだろうね。
実際、欧米のサッカーには選手経験のない監督も多い。

575 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 07:09:47 ID:7xeNm8YD
>>573
しかも自分と同じような能力で相手のほうが優れてるってのも。
まぁ嫉妬なんて感情を全面にだして行動する武将ってろくなのがいないよな。

かなり無茶にアクティブに考えて清正との友情で動いたってのはどうだ?
これならほら、石田・大谷の友情話のように・・・・
って晩年加藤は福島と口もきかないくらい仲悪くなってたな。
福島のふがいなさに加藤もぶち切れ!

576 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 10:22:34 ID:CHkECunk
>>572
でもさ、その手の不満って朝鮮の役に参加した全部将がもってても、おかしかないので
清正だけ当てはめるってのも、結局本人の資質ってもんなんだよな。
三成はそれこそ、内向きだけじゃなくて、朝鮮に何度も足を運んだりしているし、
撤収の準備もしているし(船も船頭ン万人分集めるのって大変だと思うんだが)、

普通、あいつも苦労しているんだなでスルーすると思うんだが。
で、本国でぬくぬくしていた福島とか家康と仲良くするのって・・・、

派閥の壁と見るべきか、清正が勘違い野郎なのか、三成が嫌味な野郎すぎたのか、
判断がつかんな。

577 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 10:27:17 ID:CHkECunk
>>575
大谷は親徳川だけどね、秀吉死後は福島に次ぐの寝返りっぷり。
ただ福島と違って、宇喜田家の騒動を静めたりしている。
つまり、無自覚ではないという感じかな。

・・・尾張閥って浅野以外バランス感覚ってないね。

578 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 11:05:55 ID:kHysT12I
このスレ的に嘉明はどうなんだろう。
単に親徳川だったのかアンチ三成だったのか。
三河出身なんだよね、この人。

>>574
あの直家のとこにいたくらいだし頭の回転はよかったんだろう。
清正には薬屋風情がとかって馬鹿にされてたけど。
しかしこのスレほど行長が評価されてるのをみたことがない。
どちらかというと清正の引き立て役にされることが多いし。

579 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 11:17:08 ID:/P+K+Ic9
大谷は家康とも三成とも親しかったから苦悩したと思うな。
三成を説得して挙兵を思い止まらせようとしたが、結局根負けして西軍についた。
家康も大谷が西軍についた事を聞いてショックだったようだけど。


580 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 12:10:33 ID:Vvil5sLR
>>558
ハッキリ言うけど、
その危険人物の家康に後を頼まないとならない時点で
豊臣政権の未来はないだろ。

秀吉一人の独裁政権なので、秀吉抜きで政権を運営していく
組織もシステムもできてない。
他国に戦争吹っかけて失敗してる最中に本人死亡、後とりは子供だなんて
日本が島国じゃなかったら、政権どころか国家滅亡までつながりかねない状況。

581 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 18:51:19 ID:++JvGcom
>>576
本国に召還されて謹慎までさせられたから他の奴らよりは
怒りも大きいんじゃないかな。
朝鮮から帰還後いきなり三成罵倒してるし。
まぁ三成は罵倒される立場じゃ実際ないんだけどね。
されるべくは福島だ。何にもしないくせに顏だけはでかくしやがる。
まぁ小早川も三成に秀吉に朝鮮での事を告げ口されたと思い
裏切りを招く一つの要因(?)にもなったし三成擁護するわけじゃないが難しい位置にいたな。
なのに福島ときたら(ry
>>578
加藤と小西
並べて評価すればするほど全体の能力では小西のほうが優秀なんだよね。
統治も優れていて加藤は小西の真似をして内政を整えたって言われてたような。
加藤マンセーな熊本だが実は宇土城跡地には小西の銅像もある。


582 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 00:55:32 ID:wB1YBD2w
小西ってあまり優秀なイメージじゃないが結構凄いんだな
具体的な活躍教えて


583 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 01:19:47 ID:XYv9Fl0c
朝鮮の役で活躍した。
ある戦(名称は忘れた)では朝鮮の猛将を鉄砲と待ち伏せ戦法で打ち破り。
最も抵抗が苛烈な場所を進みソウルを抜き平壌を落とした。
それに引き替え下等はあまり抵抗を受けないルートを進んだという。

また平壌城を圧倒的に遊星な明・朝鮮軍に攻められたときも善戦し、
停戦という形で兵を撤収させることに成功した。
ただ、後方を守っていた大友義統が兵糧を持って逃亡したために支えきれず
やむおえず後退するハメになった。

584 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 01:41:32 ID:wB1YBD2w
>>583
ありがと
朝鮮では裏で和平工作してるイメージが強かったから勉強になった。

585 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 13:29:43 ID:l1VnDsts
で、何でそんな優秀な奴がいたのに西軍はああもたやすく瓦解したのかということだな。

586 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 15:29:54 ID:XzR88QjH
>>576
いや、でも清正だけの理由もいくつもあると思うよ。小西・三成への反発。
領地が隣の小西は軍団長としてもライバル心あるし、ウルサンの戦いの功を
逆にとがめられた。このとき府内に三成の娘婿の福原直孝が領地貰ってる。
清正は会戦前から出兵が成功以前に功を優先していた感が強いし、20ヶ国拝領だったかな、
秀吉に気に入られようとしてるし、その上で福原に府内12万石に蟄居の汚名は
清正の朝鮮における出世作戦は失敗したと自分で思ったんだろう。

清正は秀吉の元、機嫌取りもあるだろうけど日蓮宗信者ということでキリシタン取り締まって
小西の恨み買ってる。小西は関ヶ原で負けても自害しないほどの信者だし恐らく隣国の清正の仕置きは許せないはず。
秀吉と同郷で血縁の清正が豪族あがりの三成、商人上がりの小西を軽蔑するのもあり得るし
清正は諸将の中でも特に不満持ってたと思う。理由も明確。

だから加藤は自分の失敗を取り戻すには力技しかないと思ったんだろう。
他に不満をあらわにしたというか家康に接近した代表は、すぐ婚姻結んだ蜂須賀、伊達、福島あたりも
説明つく、蜂須賀は先に帰国して大老名目で家康が主導権握ってるのを見てるし、一緒にきた藤堂もすぐ家康派になった。
伊達は地理的にも最優先だし、政宗本人の資質は言うにおよばず。正則は保身だろう・・・。

小西の凄いのは出撃命令のあと一ヶ月ほどでプサン攻略、すぐ平壌まで北進。
その後、すぐに状況飲み込んで停止し半年で和平交渉始めてる。この中で水軍も活用できる
だけに沿岸からの連携を予定したりして和平にも利用してたらしい点。出兵自体の
不利を悟ってる小西とは違って加藤は北進してとまらず、小西と離れたり、ウルサンの戦いなんかも
激戦として語られてるけど、戦線拡大しすぎて急いで戻って救援したが準備間に合わず自ら苦戦したのが
現実だし、追撃できずに秀吉に怒られるという悪循環起こしてる。実際小西も不利で
平壌も撤退したし、結局交渉の現場の全権は小西で明への使者も小西家臣だったりする。
なにより朝鮮では「豊臣秀吉に先鋒軍、徳川家康に殿軍」任されてる点で小西は今のイメージより
豊臣で大きな幅を締め始めていたし、朝鮮での一人者だった明かし。それだけに清正も邪魔だったんだろう。
どの位関係あるかわからないけど、関ヶ原で石田の息子は許されて(父兄死亡かな)、小西の息子は殺されたはず。

>>585
小西とは関係無く他の理由の方が大きいだろう。単にあの時実際戦ってる人数が少ないとか。
小西で言うなら、まわりは日和見で石田は一段後ろの構えの中宇喜多と先鋒でよく四時間もねばったなぁってくらい。

587 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 16:47:53 ID:tn64FcF+
小西は武断派と対立したから文治派と思われがちだが実際は武断派。
>>585
関ヶ原はしょうがない。
むしろ真の西軍部隊としてよくやったでしょ。
あの小西の位置は結構厳しい位置だぞ。
関ヶ原をいうなら福島が散々このスレでもう言われてるけどしょぼすぎ
これでどこにいっても『福島は猛将』って言われてる現実。
小西のが遥かに猛将だよね。


588 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 19:12:56 ID:WKa2/GE6
その辺の武断派と文治派の対立なんて、
秀吉が自分で処理しておくべき課題なんだが・・・・
その辺、手を打った様子がまるで無いのは
秀吉は何も見てなかったんだろうか?

589 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 19:47:57 ID:fbqgr4XO
だって呆けちゃったんだもん・・・。

590 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 21:06:54 ID:l1VnDsts
>>588
そういう対立をなだめる役目をしていたのが、かつては大和大納言秀長と蜂須賀正勝だったんだが、二人とも早死にしたからなあ。
蜂須賀正勝はともかく、秀長が死んだのが致命的と言うか、後をついで豊臣を支えるべき秀長の息子と言うのがあの豊臣秀次以上のDQNだったからなあ。


591 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 23:03:25 ID:0pnO/7AT
文治派と武断派の衝突というのもおかしな話で、増田と清正は仲よいし、
長束も前田も衝突したというエピソードも無い。浅野に至っては息子が武断派だし。

結局、三成・行長だけなんだよね。三成は加藤・行長の仲の悪さに巻き込まれた感じだし。

他の武断派との衝突のエピソードも概ね、朝鮮の役の武功に関する話で、
三成は確かに軍監として現地に行って調査を行っているが、
それで不正な事をしたという話は基本的にないんだよね。

結局、秀吉がスルーしたという現実を武断派がみなくて、
三成に対する突き上げをしたという印象しかなんだが。

三成に悪感情行くようになったが、基本的に秀吉の失政の性なんだよな。
そうであるが故に秀吉に信頼されたわけだが、これを、腰ぎんちゃくとみるか、
政権の盾としての役割をまっとうしたかとみるかで話が変わる。

592 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 05:13:08 ID:0KQEkwK8
なんだこの良スレは
sageときますね

593 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 08:44:57 ID:A5kmIjqR
>>591
秀吉はスルーしてないだろ。

594 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 09:16:12 ID:WCUCB0jM
>>588
秀吉はもう五大老五奉行制、遺訓の法度、領土配置にかけるしかなかったんだろう。
そもそも朝鮮出兵もわざと譜代や一門に功を取らせるように仕組んだのに大失敗した
時点で、マイナスのまま死後にもちこされた。五大老〜は利家死亡三成追放で破綻、
遺訓も家康について福島あたりにすら破られて、加藤も三成襲撃の暴挙。領土配置も
東海道が根こそぎ家康に付いて裏目に出た。上にもでてる加藤と小西の領土配置も失敗。
対立を処理するというより、そもそも対立作った朝鮮出兵失敗でもう危機的状況。
結果論だが、対立どうこうは秀吉が出兵やめるしかない。

>>591
スルーというより、厳しく判断したから加藤も不満もったんだろう。
加藤ほどの地位の人間をいきなり蟄居させたり、小早川とか大友とか謹慎領地没収とか
激し過ぎるし、小西の活躍に朝鮮3分の一与えるとかいったらしいし、豊臣に近い大名同士の
競争を激化させすぎたんだと思うよ。スルーした現実を逃避したというより、三成小西が
権力強めた現実を直視してたけど、秀吉亡きあとは武力で消滅させれば解決すると思ったんだろう。
でも計算違いが、自分らが持ってる豊臣政権内の権力争いという概念の前提の豊臣政権を自ら
脆くして、秀吉の代行者=領地保証の根拠だと思ってた家康が豊臣政権ごと消滅させた点かな。

秀吉の失政とか同意だが、加藤福島にはどうしようもないな。このスレ的に秀吉の失政が
原因で加藤も福島も石田も小西も破滅に向かったなんて方向に話が向かっても仕方ないし。

記憶があいまいだけど、清正って秀吉の中国攻めで高松城攻めあたりでは独立した
陣所持ってた気がする。福島も賎ヶ岳で出世の先頭グループ入って、嘉明も加藤並に
優遇されて福島同様功たてたし、こいつらからすれば朝鮮の時点で三成や小西に逆転された
とか逆転されるとかいう感情的な部分が大きかったんだろうなぁ。清正ほどの人間なら
豊臣政権じたいが危ないとなればあんなことしないはずだし、災いの元なのはわかるはずなのに。
正直なところ、朝鮮に目がいってる間に7年間の変化を一時帰国程度じゃ把握できなかったんだろう。

595 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 10:03:54 ID:nnyUdvmv
大友義統は朝鮮北部の失陥に繋がる拠点破棄・逃亡行為をしたのが
懲罰の原因だが、除封とはあまりにも厳しすぎる。
大友は豊臣派というだけではなく、
自分たちを救ってくれた豊臣に心から恩義を感じている存在であり、
そういう家を潰してしまうとはね。
逆に朝鮮の役にあまり参加しなかった東国大名が残存してしまう結果になったとはさらに皮肉。

596 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 17:33:04 ID:0KQEkwK8
晩年の秀吉を責め始めたらこのスレの意義がなくなっちまうっ
まぁ秀吉が悪いんだけどさ…。


597 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 23:47:13 ID:yLYMjhRd
秀吉程の人望やカリスマ性もなく、秀吉と同じ権力を持とうとした
石田こそが、豊臣家を滅亡に導いた唯一無二の元凶なんだが?
大体、コイツが武将達に恨みを買うような真似さえしなければ、普通に関ヶ原でも
西軍は勝てたはず。
コイツは武将達に恨まれるエピソードが大杉んだよ。
その証拠に、コイツからは人間らしい感情を全く感じないし、感じたくもない。
仮に人間らしい感情があると反論があったとしても、あれだけの武将達から
恨まれるエピソードがある以上、人間的に重大な欠陥があったのは
否定せざるを得ない。
コイツは、自分が処刑される寸前まで、
正しい事をしている自分が、何故武将達から恨まれ、裏切られなきゃいけないんだ?
と思いながら処刑されて行ったんだろうな。

598 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 00:03:20 ID:d5sBA1JR
まぁ、これはあくまで俺の意見だから、スルーしても構わないんだが、
石田の行動パターンって、心理学的に見るとどうなんだ?
コイツが自身の野望ではなく、豊臣家の信念だけで行動していたとしたら、
俺はある種のカルト宗教的な感情を覚えるんだが?

599 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 01:34:45 ID:DzEpAIpd
三成を責めるのはおかしい。
三成が居なかったら唯の一人でさえ
家康の横暴を止める事もなく、五大老が次々と家康に滅ぼされ
ギャンブルすらする事もなく、より容易く家康が政権を奪えたのだから。

また、三成が人望が無いという説も怪しい
彼は好き嫌いがはっきりしてたかもしれないが
本当に人望が0だったら家康に対抗するほどの数の大名と
軍勢を揃える事は絶対に不可能だった。
もし、福島正則が総大将だったら10万以上もの軍勢を
集める事が出来たと思いますか?
多分、福島でも加藤でも小西でも黒田でも全然無理だったと思います。

600 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 02:27:23 ID:1KyJUHgl
>>599
あれだけの軍勢を集められたのは会津征伐で各国が自由に軍隊を動かせる状態だった事と、
輝元を盟主に戴いて「豊臣公儀」として「内府ちがひの条々」を発したからだろ?
まぁ、恵瓊と共謀して毛利・宇喜多を引き入れたのは彼らの手腕に拠る所が大きいと思うけど、
輝元・秀家と玄以・長盛・正家ら「豊臣公儀」の中枢が「秀頼様御為」に「反逆者、内府を討つ」という
弾劾状を発してしまえば西国の大名は彼らの意思とは関係無く西軍に付かざるを得なくなっただろうね。

601 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 02:31:08 ID:+xFauNW/
>>599
三成についたのはほとんど外様大名。
これら外様大名はいかに三成に媚を売を売るかを考えていた。
秀吉の天下統一前後はいかに三成のご機嫌をとるかにかかってたからな。
かなり過大な表現だが。
三成に意見すれば太閤にもその意見もいくし。
結果的にその媚をそこそこ受け入れた三成にはまぁ少しは外様からは人望が集まる。
だが普代格はどうかというと三成に媚を売る必要がない。
普通に秀吉とのパイプもあるしね。
その為別に三成に接近する必要もない。
三成に人望がないとは俺も思わないがその人望の裏には秀吉とのパイプ、豊臣家の影
が有ったことを忘れちゃならんと思う訳ですよ。
上記の俺の考えを元に考えると俺は三成の場所に
黒田小西加藤
がいたら10万の兵は集めれたと俺は思う。
福島には無理┐('〜`;)┌
あの石田の位置は自然と外様にもてる仕組みになってる。
その位置にこれた、作った三成は評価すべき。
俺は前田家は最低の裏切り者だと思うが。
前田征伐発動で上杉討伐時の軍集めれたら勝てる気がしないでもない。
大阪・佐和山に近くなるのが難点だが…。

602 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 04:13:12 ID:8f0Mbgw8
以降は「前田利長は最低の裏切者」スレになりました

603 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 08:52:39 ID:+GTuw9x4
>>601
逆に言えば、三成のポジションはどうしても同僚格に敵を作るからな・・・。
なんつうか、猿がボケた時点でどう転んでも最後に笑うのは家康なキガス。

604 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 09:43:30 ID:+xFauNW/
>>603
結論的には晩年の秀吉が悪いに達するんだよなぁ
秀吉関係の話は封印しないとこのスレ終わってしまう

605 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 09:47:30 ID:PRmRyvT/
>>597
>>秀吉程の人望やカリスマ性もなく、秀吉と同じ権力を持とうとした
人望やカリスマ性に頼ってたのは秀吉だな、それに同じ権力を持とうとしたのは秀頼。
まぁ6歳だから、正確に言えば持たせようとした秀吉ってことだな。秀吉も人望・カリスマ性に
限界感じてたから、策を打っていて三成はその中で機関として受動的に動いただけだと
思うよ。それなのに三成が悪いとして家康の天下に繋げるのは余りにも結果論に拠ってる。

恨まれるエピソードの朝鮮の仕置きも三成じゃなくても恨まれるし、大名の献上品や言伝を
三成が受け持ってたのも秀吉の考えだし、晩年ボケたのもしょうがない。大友宗麟が文書に
秀吉への言伝は公のことは秀長、内々の事は利休と評してたし、秀長が死んだのも天運、
利休を殺したのも秀吉、伊達ら世論も後継ぎと見てた秀次も粛清。三成にはどうしょうもないし、
これで三成を絡めるなら江戸時代の話しのレベルだと思うよ。朝鮮のことも小西が妥協案
さぐってて加藤黒田が無謀な事したのも事実だし、小西についたというより軍艦としてまっとうだと思うけど。
三成が加藤たちの意見も聞いてたらもっと進軍してもっと被害多かった。小西に撤退を一任
したからこそ名のある将は一人も死なずにすんだわけだし。

>>598
心理学には詳しくないけど、当然保身の考えもあるだろうからな。加藤福島が幅を
聞かせれば自分があぶないし、そもそも一番家康の脅威と豊臣の危機を感じてたろうし。
五大老筆頭の家康が法を無価値とみなして実力主義になった時点で、最終的に実力で対抗する
しかなかったんだろう。あの軍勢の多さも、結局は家康の土俵に引き込まれてエスカレートしたんだろうな。

やはり人望とか曖昧なことを論点にしないほうがいいと思うよ。福島はともかく
加藤や黒田、藤堂も人望どうこうより保身が重要だし、人望とかいう確証のない
人情の部分で判断するわけないし、石田に関しても人望ってのは言い方の問題。
むしろ、五奉行のひとりでありながら奉行衆も仲間に入れ、毛利で重要な位置にいる
安国寺にも通じ、こういういわゆる文治派どころではなく、朝鮮でも主力で戦った
小西や毛利秀元や宇喜多秀家も仲間にする人望を持ってたから邪魔だったとも言えるし、
言い方の問題。秀元は加藤や黒田とも協力して戦ってたと思うけど、それでも石田についてる。
秀元としても輝元の存在とか秀吉からの領地の保証とか、安国寺の存在とか理由はあるけど
そこに目をつけて仲間に引き入れたとすれば人望と言うより三成の才知の問題。

606 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 13:40:51 ID:DzEpAIpd
逆に考えよう。
万一、森蘭丸が本能寺から単独で逃げ延びたとし
秀吉が小田原征伐に向かっている最中に大阪でクーデターを起こして
「信秀様のために秀吉を討とう!」と号令を発したとして
秀吉配下の武将の過半が蘭丸に付いただろうか?
多分、お話にもならないと思う。
どのタイミングで蘭丸が号令をかけたとしても付き従ってくれる武将は多くないと思う。
なんとなくだけど、蘭丸よりは三成の方が人脈も人望もあったんじゃないだろうか?

607 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 14:02:51 ID:w561AXth
>>606
三成が単独で行ったとしてもあれだけの軍勢は集まらなかったでしょ?
「豊臣公儀」の名前を使って、うまく毛利や宇喜多を引き入れる事が出来たからこその成果。
政治能力を評価する事は出来ても“すごく人望があった”とは言えないんじゃないかな。

608 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 15:23:28 ID:OVKp7qin
>>606
そもそも三成と蘭丸は違うだろう。
蘭丸は小姓だ。

609 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 15:26:02 ID:OVKp7qin
織田政権で一番、三成に近そうなのは誰だろう。
丹羽長秀か?
違うような気もするが少なくとも蘭丸よりは近い。

610 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 19:53:14 ID:8f0Mbgw8
>>606
今更信秀の仇って言われても当時の関係者はほとんど死んでるだろw

611 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 20:00:18 ID:+xFauNW/
話しにならない例えだ

612 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 20:04:29 ID:jbfB/2vi
>>609
堀秀政あたりか?ただ、単純に比較できる者でもないだろうなあ。

613 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 21:19:00 ID:/1MOK4bi
>>608
蘭丸は信長の秘書官であり美濃国金山6万石の大名で岩村城主だけど?

614 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/01/09(火) 21:23:45 ID:wJxd110d
兼山町は可児市に吸収合併されました。

615 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 21:45:25 ID:/1MOK4bi
>>609>>612
織田家で三成に近い立場の官僚って言ったら 
菅屋長頼、堀秀政、福富秀勝、大津長昌、矢部家定、長谷川秀一、万見重元、森長定(蘭丸)
ってとこじゃないの?

616 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 22:03:33 ID:1xHnnWiJ
官僚と言うよりは乱丸は秘書じゃねぇの?
信長が死ねば、プーと一緒だと思う。
6万石程度の小大名なんかあっという間に潰されて跡形も無いだろう。

617 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 22:09:09 ID:TmHbCsZX
村井貞勝がどうしたって?

618 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 22:11:52 ID:/1MOK4bi
>>616
複数の奉行職も兼任してるよ。

>6万石程度の小大名

これについてはただの小姓だろって言う>>608に対してだけどね。
まぁ三成の近江佐和山19万4千石も諸侯群の中では似たようなもんだろ。
それでも五奉行の前田玄以や長束正家よりも1万石だけだけど多いしw



619 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 00:00:28 ID:rtGJedFX
そもそも小田原の陣の時点で信雄がいるからその仮定は論外。
兵を動員したから云々いうなら
信雄だって徳川や長曽我部、佐々を動かしたんだから優秀ってことか?
しかも森じゃなくて三成的な立場は村井のほうだろ

620 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 00:27:47 ID:v1nTF7mE
>>619
信雄の立場は三成ではなくで、秀長とか秀頼の立場なんじゃないか?

621 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 01:03:49 ID:o/zi5jKb
っていうか天下統一したわけでもない、信長の奉行職と豊臣政権下の奉行職を同じにしちゃだめだろ。
信長に従って近江の楽市の作成に取り組んだ蒲生氏郷の方がまだ近い。

622 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 01:26:38 ID:v1nTF7mE
でも、信長がもし天下統一を出来たら
私設秘書官だった奴等に天下の仕置きというか奉行職は普通にさせたと思う。
マジに三成とほぼ同様の地位に蘭丸が就く可能性高かったと思うんだが
ありえないかな?

623 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 01:42:50 ID:o/zi5jKb
そりゃ可能性だけならあるだろうけど、
仮定としてなんら意味が無い。

もしもその位置に乱丸が就く事が出来て、三成並の政治が出来たんだとすれば、
>>606の仮定も、可能性で言えば乱丸でも同じように付き従う武将も居ただろうとしか言えなくなる。
所詮は可能性しかないものを仮定にするとかわけわかんなすぎ。

624 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 01:50:50 ID:rtGJedFX
>>622
そう思うなら蘭丸が優秀だったっていうソースなりなんなりを出して俺達を説得してみてくれ。
信長の御使い役程度の仕事しかしてないんじゃないか?
いくらなんでもそれくらいじゃ三成の位置にはいけないだろ。
合戦に出て活躍したともあまり聞かないし。仮に織田に五大老・五奉行置いたとして森なんか入れるか?

石田はなんだかんだ優秀だったからあそこまでいったわけで。
合戦も補給隊や監察がメインだがこなしてるし内政も出来る。


625 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 01:52:16 ID:5r4aee9C
織田政権の場合は、堀や乱丸とかの側近出身のどっちかっていうと
信忠に近い人物方を考えたほうが良いかもね。


626 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 05:12:18 ID:v1nTF7mE
>>624
いや。蘭丸が優秀である必要はないから。
信長なら、そうしたんじゃないか?と言ってるだけで
別に蘭丸の能力などは少しも吟味する必要は無いしw

627 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 08:03:32 ID:JhQm4xLf
蘭丸が信長の男色相手という話しは証拠がないとか異論も見られるが
やっぱり当時の慣習としては普通に掘ってたと思うよ。

628 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 08:10:42 ID:JhQm4xLf
ちなみに信長は堀や蒲生も掘ってたらしい。
そういう家をしょって立ちそうな若者を掘ってて名づけるのが当時の習慣。

秀吉は男色をやらない当時としては奇特な男だったのだが
三成の秀吉に対する忠誠は異常なまでだな。

629 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 09:31:51 ID:LAk4rifl
秀吉の織田乗っとりを阻止しようと戦ったのが柴田であり小牧での徳川なので
蘭丸が生きているかどうかなんて考える意味がないだろ

630 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 10:13:45 ID:kynzHvXK
江戸時代の講談や歌舞伎で虚像が増幅された武将は多いけど(信玄謙信なんてその最たる例)
加藤清正は過大人気でいえば上二人を上回るかもしれない
関係無い演目でも清正役を出すと拍手喝采、というぐらいだったんだから
未だにその原因がよくわかんね

631 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 10:56:44 ID:o2jVio/z
政権に対する庶民の毒抜きじゃない?

632 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 12:59:00 ID:v1nTF7mE
今は人気がさほどではないけど、昭和20年代頃までは
塙団右衛門、山中鹿之助、荒木兵庫などは誰でも知る武将で知名度があったとか
というか、桜井とかいうインチキ麻雀打ち師の話によると
子供の頃に持ってたメンコの絵柄がそういう武将ばかりで
意外な事に信長とか秀吉とか家康のような為政者のメンコより
子供達の間では人気があり、親達もそういう義将や猛将を礼賛する雰囲気で
現在とは人物評価が全然違う時代だったと言ってた。

633 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 13:13:12 ID:E4nogQeS
清正は一本筋の通った人間だから、人気があるのは当然だろう。
清正が嫌いなのは、チョソか石田厨ぐらいじゃね?

634 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 13:17:38 ID:5r4aee9C
ハイハイ、10点10点。

635 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 13:39:59 ID:rtGJedFX
加藤清正は人気あるのはわかるよ。
真実かどうかは別として伝わる話が
1、七本槍
2、虎退治
3、朝鮮での猪突猛進な進撃。
4、朝鮮での籠城戦。
5、加藤地震での秀吉への忠義
6、伏見城会見での懐刀
7、髭についての家康とのやりとり
8、肥後各地を整備した実績(実際は細川の善政もある)
死後は
9、薩摩士族を退けた熊本城築城・政府軍を苦しめた田原坂の整備。
10、時の政府による宣伝による加藤の神格化。

人気でないほうがおかしい

636 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 16:52:06 ID:B+JeW4G/
みんあ蘭丸大好きだな
>>606でなんか吹っ飛んだ

五月人形とか加藤の持ち上げは文化になってたからな。
あまりにも神格化というか象徴化が凄いのか、逆に忠義者とされると随分違うよな。
それでいて福島と並べられると・・・。加藤は親族でありながら軍事能力を確かに持った
貴重な譜代だし、築城等も才があるし何より計算高い。少なくとも裏切ったという印象はない。
具体的に、秀吉の政治は変更できない、朝鮮出兵回避不可の状態で加藤がどうすれば
裏切り者といわれないのか逆に聞きたいくらい。家康に利用されたのは否めないが。

637 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 17:04:47 ID:BjELtJ4b
元来武士とは、主従のご恩報恩に基づく水平的な契約関係である。
現在の解釈では垂直的な従属の関係とされるが、これは徳川時代の二百六十年において、
臣下の関係が徐々に従属的な関係に意図的に転換させられてきたものである。

鎌倉室町を通して家来が主家の家政に直接関与している間は、
忠誠の度合いは濃密だが、領地を与えられ独立すると一個の領主として
時としては主家を見限る(裏切る)ことも少なくない。
石高制以前で比較は難しいが足利時代でも推定10万石以上になると主家とは完全独立、
5万石以下だと執事的に家政に関わっている。
ただこの場合、独立した家臣は元々地侍豪族などの侍階級である。

豊臣の例では黒田・堀尾・山内・・・彼らは裏切りとは言われていない。
件の2人だが、彼らが20万石級の大名になった時点で、
豊臣家からある意味縁が切れていると考えたとしても、
当時の感覚から仕方ない面もある。

にも拘らず彼らが(このスレで)裏切り者扱いされるのは、
秀吉生存時は秀吉との血縁を誇り、死後に於いては他の独立大名と
変らぬ態度をとったからであろう。
関ヶ原そのものは豊臣家総大将家康と反乱軍との戦いと解釈も通用するが、
(小山評定の真意を見抜けなかったとしても)
その後の家康の野心に弁解の余地はない。

638 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 17:41:53 ID:x9k4pax4
>>637

>その後の家康の野心に弁解の余地はない。

そもそも弁解する必要がないだろw

639 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 18:41:51 ID:JhQm4xLf
だよね。
歴史上の出来事に弁解もクソもあるかよ。
四百年も前の政権交代がどうだってんだよ。

640 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 18:51:25 ID:JhQm4xLf
大体、そんなこと言ってたら、
豊臣も主家の織田家を一大名にしたり子供を殺したりしたし、
織田家も足利将軍家や尾張守護斯波氏や織田の本家筋を滅ぼしたろう。
そもそも武家政権自体が天皇家に対する裏切りのような気がする。
安徳天皇を溺死させた源氏や
源氏の者を暗殺し実権を握ったり上皇を島流しにした執権北条氏。
鎌倉幕府を滅ぼし後醍醐天皇に逆らった足利尊氏なんてどうなるんだか?
あと幕末の薩長も徳川に対する裏切りだな。

歴史なんてものは「勝てば官軍」だろ。
善悪だの正当性だの言ってても仕方がない。

641 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 19:06:51 ID:rtGJedFX
確に裏切りの歴史だが
裏切り<功績
になった時そいつは英雄になるだろ。
光秀が英雄にならないのは功績がないから


642 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 19:18:17 ID:JhQm4xLf
豊臣政権自体が無謀な朝鮮出兵したり重税取ったりして
全国の武士や民を苦しめたわけだから、
徳川への政権交代は日本にとって好ましいものではあったろう。
豊臣を滅ぼしたのも確かに残しておけば騒乱の火種になり、
結果的にたくさんの人が死ぬ原因になるかもしれないので一概に間違いとは言えない。

ただ、家康はなにがなんでも豊臣滅亡と思ったわけではなく、
穏便に収める努力はしていたのは間違いない。
それに少なくとも加藤や浅野は協力してたろう。
その努力を無にしたのは豊臣自身だな。

643 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 19:38:49 ID:FVhGhe8R
お茶目な茶々が皺苦茶になるまで無茶するから
す茶らかになった

644 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 22:19:11 ID:XzW/8jW1
蘭丸と三成を比べるのは可笑しい。

645 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 23:31:33 ID:v1nTF7mE
家康が鐘銘事件やと故人の墓暴きまでしなかったら>>642の屁理屈も
ある程度説得力があるんだけどね。
朝鮮人じゃあるまいし、日本で元主人の墓を暴いて破壊するなんて
どんな場合でも人間として正当化されない。

646 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 23:36:17 ID:i3qtU6q2
死ねば皆仏とされるんだっけか。

647 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 23:42:41 ID:o/zi5jKb
>>645
墓はわかるが、ぶっちゃけ鐘銘の話とか、茶番もいいとこ。
別に開戦の狼煙ならなんだって良いわけで、こんな下らんことで悪人なんて言ってること自体
戦国を生き抜いてきた武将らからすれば、温い事この上なかったろう。

それは大阪に居る浪人衆にとっても同じ。
こんな下らん事で一喜一憂してるアホは茶々と愉快な下僕達だけ。
臣従しなけりゃどの道潰す、そのきっかけが何になるかなどくだらない事。

648 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 23:50:31 ID:wYzSLabE
>>645
とりあえず、誰が何をやったかだけはきちんと理解しておいた方が良い。
子の罪まで家康に背負わすのは流石に、な。

255 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)