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豊臣秀頼の謎

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 18:54:04 ID:P6Azl3VA
秀頼は秀吉の子供ではないのではないか。
側室が大勢いた中で淀の方だけが立て続けに2人も産んでいるのは不自然だ。
また秀吉が矮小な男だったのに対し、秀頼は偉丈夫だった。
顔も全く違ったようだ。

大野治長は淀の方と何度も密会していたようだが
彼こそが本当の父親では無いだろうか。

北政所も秀頼が秀吉の子供では無いと思っていたから
あんなにあっさりと家康に靡いたのではないか。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 19:02:35 ID:qO1C4m1x
「秀頼の首」の鑑定結果によると、長顔で難聴だったようです。
目と鼻が大きく、顎の先もしっかりしてました。
確かに秀吉とは似ていないかもしれませんね。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 19:17:13 ID:df9bM7SB
一体どこに秀頼の首が現存してるというのか

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 19:19:57 ID:CTJ1Xqo0
秀吉個人とは似て無くても、母方からの遺伝もしくは隔世遺伝て事は無いのか?
淀の父親である長政はそれなりに偉丈夫だったと思うが?
成長期の栄養状態も秀吉と秀頼では雲泥の差だろうし。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 19:24:03 ID:qO1C4m1x
昭和57年の大坂城発掘調査で、豊臣時代の陶磁器、漆器、屋根瓦などに混じって一個の頭蓋骨が出土しました。
鑑定によると年齢は20〜30歳くらいで、頭蓋骨の右顎が介錯の際の打撃で割れていました、
近くから秀頼の愛馬・太平楽と思われる馬の骨も流出し、
これらの特徴と発掘された場所などを史書と照合した結果、豊臣秀頼の首であると言われています。

この頭蓋骨は、京都・清涼寺境内の「秀頼公首塚」に葬られています。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 20:14:38 ID:BG4NjttN
>>2
>>5
「秀頼の首」(木崎國嘉 共同出版社)は私も読んだよ。
貝殻を敷き詰めた上に首を置いて埋めてたから、首が残ってたらしいね。

「庶民の首ではない」って鑑定結果がでたらしい。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 20:30:12 ID:lTgUgCYW
( ´゚ω゚` )

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 20:47:00 ID:1p2pmFJ4
×偉丈夫
○デブ

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 02:18:37 ID:RqsX/cnZ
まあ男は母親に似るって言うしな

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 03:28:26 ID:gJiTMzeG
実は淀君もその辺は感づいてて、しかも心当たりありまくりだったから
世間に秀頼を出したくなかったのかな。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 15:00:14 ID:92iQL+wI
山岡荘八の徳川家康で、秀頼の子供が処刑される処を高台院が見に行くのだが
秀吉に似てるか確認するのだが、淀に似てて、納得する。
秀吉の統一は天に愛されたから事出来た事、日輪の子とまで言っていた真に秀吉の子ならば
滅ぼされたり、首を切られるような運命に無いと。

英雄秀吉の子ならば滅びぬはず、と言う自慰的な妄想が怖いが、妙な説得力がある描写だったな。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 15:10:42 ID:WVZ5XUxT
大阪の陣敗走さた後に秀頼は薩摩に逃れて
大酒飲みで周りに迷惑かけまくって
80才位で死んだ。
って説の本を見た事あるよ。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 15:11:16 ID:Dw+eJQbk
秀頼は織田家の血筋が濃いだけじゃないの?

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 15:11:55 ID:OZY7Ox6u
薩摩って伝説だけなら凄い数の落ち武者が居る気がするw

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 15:58:55 ID:3Yj3fKAA
>>14
ワロタwww

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 16:11:45 ID:8MOGxgM2
同じ辺境なのに陸奥とか蝦夷には落ち武者がいない件について
やっぱ寒いところはいやなのかね

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 16:40:49 ID:5pYR6FQp
>>16 ジンギスカン

18 :姉小路宰相:2006/11/15(水) 16:41:19 ID:dUB9DDB+
>>16
おまいはいま全飛騨を敵にまわした。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 17:43:19 ID:r98JdSG4
>>16
三成の子や幸村の娘、伊勢北畠の子孫も行ってる

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 18:08:57 ID:mb9vmyyL
>>16
義経

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 20:46:19 ID:nUVbXuWj
くだらん!

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 20:50:54 ID:aEn93HPw
豊臣秀頼は祖父(浅井長政)の血が濃かったんじゃないの?

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 21:14:36 ID:WXyEmR9n
またこんな明治に語り尽くされたような話題でスレ立てて

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 22:20:40 ID:fz3XHOom
何十人という女と関係を持ったのに一人も孕ませられず
一人だけ、それも二度も子供を産む女というのはどう転んでも不自然の極み。
秀頼の首に、あと秀吉の骨の一部でもあればDNA鑑定できるのにな。
徳川が秀吉の墓を壊したんだろ。その時秀吉の骨もどっかに棄てたのかな。
真実を闇に葬ったのは徳川だ。バカ者めが。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 22:28:24 ID:l7EnJfW2
家康の隠し子という珍説。

26 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/15(水) 22:44:12 ID:73azWRCG
山岡?

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 23:39:11 ID:ptXv9ZUd
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1154246160/
秀吉の墓から出てきたミイラと、秀頼の首と推定される頭蓋骨をDNA鑑定できないのかな?

確か秀吉の血液型はO型だったよね?


淀殿の血液型がわかるものや、DNA鑑定ができるものは残ってないかも?
大阪の太融寺の墓って確実に、淀殿の遺体が埋葬されたかどうか疑問視する説もあるみたいだし。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 00:11:07 ID:9N5YDNpV
淀殿は炎の中で自害したのかな。だったら何も残ってなかっただろね。
まじでDNA鑑定してすっきりさせてほしい。

当時の秀吉もこのことを考えないはずはなかっただろう。
それなのに何故淀殿と秀頼を溺愛したのか、それが一番の謎だな。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 00:43:25 ID:nkXoxLFN
>>28
当時の秀吉はボケ爺だからな、わかんなかったんだろ。
仮にボケてなかったとしてもせっかくの世継ぎなんだからもう誰の子でもよかったんじゃないのか。
自分が種無しということくらい自覚あっただろうし

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 00:57:06 ID:wFAGCoXq
秀頼や淀殿達が自決した大坂城の山里廓の倉は、大野治長が火薬で爆発させたんじゃなかったっけ?

遺骸があっても判別出来なかったかもしれない

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 01:14:34 ID:12HPNkuP
秀吉の子、秀頼含めて少なくとも四人いるじゃん。何が種なしだよ

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 02:24:54 ID:7oT9v470
秀勝?いたかどうか知らないけど秀勝なんて幾つの年に名乗ったの?

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 02:35:17 ID:/kcksEd3
?????

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 07:12:51 ID:7lWz/NmU
秀勝実子説と
長浜の神社に秀吉が納めた娘の息災祈願。

あとは鶴松と秀頼ね。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 10:22:53 ID:cdUDC/1/
秀吉ってなかなか子ども生まれなかったんだよね。
だから秀次養子にしたんだよね。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 11:59:08 ID:pBZXKWWg
>>34
亡くなったとされる秀勝の年齢と秀吉の北近江拝領の時期を考え合わせれば
南殿の連れ子の可能性だってあるのに、ひたすらまず秀吉の子ありきなのがな

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 13:10:09 ID:XfFSQI5K
茶々と、そういう関係になれる男性は限られてくるな…。
常に、おつきの人とか周囲にいるわけだし

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 20:22:35 ID:2CqQ4jJX
>>24
何十人じゃ済まないだろう。
普通に千人切りいくかどうかの単位じゃねえ?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 22:18:41 ID:9N5YDNpV
そうだよな、種無しか極めて受精率の低いひ弱な精子だという自覚ぐらいあったよな。
それを手放しで世継ぎ誕生と有頂天になるとは痛々しいことだ。
よっぽど切羽詰ってどうでもよくなってたのかな。
つーか、秀吉の娘ってなんだよ。養女じゃなくて実子なのか?

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 22:20:43 ID:9N5YDNpV
>>38
見落としてた。おれへのレスだったか。。。
側室の数は百人以下だったのでは?
千人いくかいかないかって、そんなに側室抱えたら財政破綻しそう。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 22:24:26 ID:2CqQ4jJX
>>40
いや、ネネが信長に言いつけた時も
側室に対しての嫉妬ではなく、秀吉が女と見ると見境なく
手を付ける事を愚痴ったんじゃなかったっけ?
あと、朝鮮の役の際、渡海した武将の妻女は見境なく大阪に呼びつけてたとか
言われてるよね。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 22:35:39 ID:GcVUXCld
この時代って精子が女の体の中で受精して子供になるって分かっていたのかな


43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 00:05:06 ID:Q183MpEC
400年前の人間のDNAなんてわかるのか?
10数年前でも難しいのに

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 00:46:16 ID:vx+zbiNO
体験的な常識として子種って概念はあるだろう

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 03:55:30 ID:ASnoURpj
秀吉はアナルに挿れてたと予想

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 06:05:10 ID:f3xtn3V5
そもそも、秀頼は1593年8月生まれであり、前年より朝鮮半島に赴いていた(文禄の役)三成が
淀殿に子どもを産ませたなど、物理的に不可能である。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 06:11:35 ID:vx+zbiNO
三成???
彼は普通に淀殿と不仲じゃなかったか・・・

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 06:18:13 ID:4TW+sScL
>>39
長浜時代に、石松丸秀勝の他に、娘がいたのではないか?、という説があるらしい。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 06:46:37 ID:g/K6/N3x
実は秀吉が膣だと思ってたのは全部アナルだったとかか
それなら納得

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 08:19:43 ID:8UlqEvOh
あー、なるほど とな?

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 08:35:45 ID:w8HDj0Ad
淀と出会うまで秀吉はどうやったら妊娠するのか分からずずっと素股だった

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 12:29:34 ID:GdUa5TPt
別に誰の子供でもいいじゃん
どうせぶっ殺されたわけだし

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 14:43:35 ID:rSTsa39g
>>52
自殺じゃん

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 17:48:00 ID:vX0KCK/O
>>53は野口英昭の死も自殺と言い張るんだろうなw

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 19:49:52 ID:f3xtn3V5
>>53
信長は明智光秀に殺されました

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 20:09:08 ID:zHiyKmRW
秀頼の父親が誰かということより、淀さんが誰とヤッたのかが知り鯛

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 20:21:45 ID:FOAHdRtf
だから家康だと(ry

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 20:31:51 ID:DNY2/L/e
実際、当時淀殿くらいの地位の女性が人目を忍んで男性に逢ったりセックスしたり
するのってどうやってしたんだろうか。夜中だって一人にはならないよな、普通。

目撃者だって居そう(本当に居るかどうかは置いといて、そういう話が出そう)なもの
なのに、伝聞調ではなく推測調の話しか聞いた事ないのも不思議なんだよな。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 22:02:14 ID:+Ov3l/JO
淀殿は自分の周りは腹心で固めていたから真相は解明できないかと
傍から見ると、大筒一つで和睦する暗愚そのものなんだけど
周囲の人間を信服させる力は持っている人だったみたいだ
大阪の陣終了まで、淀殿の近臣は淀殿を裏切らなかった

しかもその近臣というのが、北近江は浅井時代からの乳母(しかも何人も)だったり
乳姉妹だったりと、成り上がりの秀吉が淀殿を側室にしたことを快く思ってなさそうな面々で
淀殿が不義密通していても押し黙ってそう
鶴松を妊娠するまでは、淀殿は結構寂しく暮らしていたらしいし
目が届かなくても不思議はない気がする(側室だけでも16人だしね)

一人目の子供が出来た時、秀吉がつるっと騙されたんで
また次やっちゃったとかなのかな・・・・・・?

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 00:20:20 ID:iwT9bVIj
当時の記録に、秀吉死後に淀殿が妊娠していたとかいうのがあった気が

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 00:28:46 ID:sEWHGj7f
やりまくりってことね。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 02:22:14 ID:IbtJIjIH
別に城を与えられていたぐらいだから、老いぼれの秀吉は
そうとうあの若い女に溺れて盲目になっていたのだろう。
それほどまでに秀吉を虜にしたからには小悪魔的な魅力もあったのだろうか。
秀吉は側室は多かったが、淀へのひいきぶりは群を抜いている。
まるで玄宗皇帝の楊貴妃への異常な寵愛ぶりを見ているようだ。

どっちにしても食わせ物の女には違いなかっただろう。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 02:38:15 ID:IbtJIjIH
>>58
たとえば、源氏物語を例に考えてみよう。
あれは完全なフィクションだが、実際に起こすことは可能だから
作者が物語りにしたのだと思う。

当時の身分の高い女性には多くの世話係がついていた。
乳母や身の回りの世話をする少し年齢が上の女性や
同年代の話し相手の女性など十数人はいたと考えられる。

あの物語の中で、貴族階級の人妻も不義密通する逸話が多い。
それにはまず、ターゲットにした人妻を口説く一方で
人妻の乳母や一番地位が上の世話係の女性とも親しくなるという手順をとる。
口説くためには、外掘りから埋めるというわけだ。

そうしておけば、いざ人妻の寝所にしのんで行く時に
男の心情にほだされた乳母や世話係りの女性が味方になってくれて
上手く人払いをしてくれたり、見張りをしてくれたりする。
時には主人の留守中を見計らって男を招いてくれることもある。

日頃の手紙のやり取りも、それらの女性が間にたってくれるし
けっこう女主人に忠誠を尽くすもののようだ。
特に乳母ともなれば、女主人との付き合いは何十年と長いから
何かあれば咎めを受ける覚悟もあるほどの忠誠心を持っていただろう。

源氏物語では、帝の寵妃が宿下がり中に乳母の手引きによって
妃に恋焦がれていた男(主人公)が寝所に入るくだりもある。
そして、その妃は男との不義の子を帝の子と偽って産むことになる。

だから城を与えられ目の行き届かぬ淀なら尚更たやすく密通ができる。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 03:39:25 ID:iwCTm1F5
茶々こと淀は秀吉を怨んでる事を書いてる小説も多いしね。
子供生まれてからは、秀頼にべったりだし、論理観の無い女だったんだろうが。

当時からそういう噂あっただろうし、種なしの子供ってのは明らかにおかしい話だからな
秀頼が大坂で降伏せずに自害したのも、秀吉の子として死ぬには大阪城で戦って死ぬしか無かったと思ったのかもしれないなあ。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 05:24:05 ID:BbyQ6L7k
寧々が秀頼に対して案外薄情なのも気にかかるよね。
秀吉の一粒種だと思えば、寧々がもっと秀頼に情愛を持ってても良さそうな気がするが。

こないだ京都に行った時、小さな博物館で秀頼と寧々の間の手紙らしきものが展示してあった記憶があるんだけど
秀頼自身は北の政所に叔母のような親愛の情は持ってたとは思う。

66 :名無しさん:2006/11/18(土) 05:42:41 ID:0aMqTPLx
秀吉は淀にお市を見ていたんだろう だから骨抜きだった
それといくら老いぼれでも自分の子かどうかはわかるだろうから
他人の子でも良いから豊臣を残したかった可能性もある
市の娘の子なんだから信長の血縁だし血が絶えるなら織田家に返す
積もりだったのかもしれない

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 05:54:47 ID:BbyQ6L7k
>他人の子でも良いから豊臣を残したかった可能性もある

それだったら秀次でもいいのに・・・
というか秀次の方がずっといいのに・・・・

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 11:45:47 ID:J1TKkHkb
逆に考えるとさ、秀吉自身が淀殿と誰かの手引きをした可能性ってないんだろうか。
つまり「自分の子供」が出来ないなら「自分が跡継ぎにしたい血筋の子供」を作ろうとした可能性。
それだと周囲がどれだけ怪しんでも本人的には満足なんだから溺愛もするだろう。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 12:21:35 ID:HwxDYYrw
秀頼は実は秀忠と兄弟くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」    

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 14:32:49 ID:iwT9bVIj
>>69
秀頼は姪と結婚したのか?
母親も姉妹だしヤバいな

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 15:26:02 ID:IbtJIjIH
>>68
昔あった秀吉を主人公にした大河はその解釈だったな。秀吉自らが淀と他の男との逢引を許して
生まれた子を自分の子として世間にお披露目をした。その相手の男というのは
その大河では三成ということになっていた。三成説が根強いのは何か根拠があるのかもしれん。
>>65
その手紙に興味が湧いた。寧々は実際のところ秀頼に冷たかったのではないかもしれないよ。
秀頼に情愛はあっても、淀の味方になりたくなかったのかもしれない。
最初に淀が産んだ子は寧々が手元で慈しんで育てていたらしいからね。
秀吉の子でなくても、受け入れて可愛がる度量のある女性だったのかもしれない。
ところが、二番目に生まれた秀頼を淀は頑として手放さなかった。
寧々としては、本当は秀頼を自分の手で秀吉の後継者に相応しい男に養育したかったのかもしれない。
だが、淀が手放さず秀頼ベッタリになって駄目母ぶりを発揮してしまったために秀頼は・・・。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 15:32:11 ID:PKJCyycI
秀頼が水戸泉みたいになったのを考えて、父親は相当大柄だったと推測
もともと浅井は大柄な家系だったそうだが、父親が貧疎ならあそこまでは行かない

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 15:33:17 ID:lLJJTqng
秀頼は従姉妹と結婚している

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 18:26:40 ID:rgffYqiG
前田利家だと言って見る
チャンスはあったはず!それに大柄だぜ?

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 19:10:05 ID:5rdCU4Zx
武家じゃなくて歌とか書とかの先生かもしれないぞ

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 20:24:21 ID:iwT9bVIj
利家の息子とは噂になったみたいだね

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 00:55:10 ID:a6LbmnH5
確か両親の身長から子供の身長を割り出す計算方法があったよ。
子供の身長は、その公式で出した数字のとおりになるってよ。
推定身長からでも計算はできるはず。秀吉と淀だと不自然な数字が出るかもね。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 01:16:31 ID:UgTApLx/
そんな。両親が健康でも、代謝疾患あったら、巨人にも小人にもなるって。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 01:30:55 ID:NLgnI8M6
俺も利家だと思う

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 01:56:20 ID:16bXzT9U
利家は幸村の女(秋月家)をもレイプしようとした鬼畜


81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 02:05:10 ID:AnwiR2p0
>>77
俺の母親159cmで父親156cmで俺183cmなんだけど
どういう算出方法だと合うんだろ?

でも頭くるほど顔が似てるんで親子なのは間違いないんだが。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 02:16:30 ID:1M8MOt0K
>>81
3×4のインブリード効果

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 12:35:11 ID:p7sp1pZf
>>81
顔なんて他人でも似ることあるよ。残念ながらおまえの本当の両親は別にいる。
もしかしたら父親だけ違うのかもしれないが

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 16:27:28 ID:U66HaUmP
俺181センチ、弟168センチなんだが?

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 16:54:07 ID:AnwiR2p0
>>83
Σ(´Д` )アッサリ!
で・・でもでも親父の昔の写真とか顔だけそっくりで背だけ小さくて笑えたぐらいだったよ。

>>84
俺の姉貴も155cmだよ。


86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 17:29:25 ID:FyCpbwZO
>>85
チェホンマンの両親もチビだから、かんけーないとおもうぞw

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 17:40:34 ID:an7uvxVL
そんなもん成長期の栄養摂取でいくらでもかわるよ


88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 18:10:05 ID:K5ti3M8X
秀頼の父親候補
大野治長→茶々の乳兄弟、現在最有力候補
石田光成→北近江出身。昔から根強い噂がある。
京極高次→従兄弟で妹の夫。よく恋愛関係のネタにされる。
前田利長→従兄弟の夫。小説でネタにされていた。
徳川家康→たぶん妄想
父親の噂のあるのってこのぐらい?
個人的には最有力の大野治長は違うと思う。
プライドの高い茶々が身分の低い大野との間に子を作るとは思わないし、
大蔵卿局に権力が偏るのを他の侍女が良しとは思わないはず。
最後まで侍女たちが離脱しなかったことを考えても、
治長と男女の関係はなかったと思う。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 18:24:56 ID:ujSbY1jC
> プライドの高い茶々が身分の低い大野との間に子を作るとは思わない

そうか?
織田系って、人の身分にこだわらない印象があるんだが
むしろ気心しれた乳兄弟だからこそ、口裏合わせやすい気がするが

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 18:58:14 ID:X2s28w6W
豊臣秀次、片桐且元も追加

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 19:00:06 ID:JOMP/bHb
秀次が怪しいよね、だから殺されのかもシレン

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 19:05:14 ID:JOMP/bHb
秀次失脚後に出された御条に讒言はいかんっていのが入ってるけど
秀次がアレは俺の子だよとか言いふらしてたのてたのかもしれんな

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 19:39:18 ID:S/5Ahi22
跡継ぎを産んだからこそ、茶々が他の数多いる側室たちの中から抜きん出た存在になれたわけで。
そうなると、周辺の侍女たちも主人の立身のためにみな協力しそうな気もするな。

後々の大奥のようなシステムはまだ確立されていなかった時代の話だし。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 20:40:28 ID:g5IV/31v
どうみても秀吉の実子じゃないだろ。だから秀吉恩顧の諸将も多くが味方せず
滅ぼされた。その事実がなによりの証拠だと思う。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 20:49:23 ID:ujSbY1jC
三法師はどう見ても信長の孫でしたが滅ぼされましたが
幼君について行く奴が居るほど甘い時代じゃなかったので
裏切られた等は参考にならない

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 21:10:44 ID:nr/MRbI3
家康と茶々のSEX!

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 21:11:45 ID:X2s28w6W
例え、秀頼はが養子や捨て子であったとしても結果は同じだろう

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 21:51:01 ID:ptKCyIIJ
秀頼と天草四郎が同一人物って話しもあるね

99 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/19(日) 21:54:23 ID:FS52YIkH
親子じゃなかったっけ。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 23:21:25 ID:6QbTN80x
>>81
おいおい顔なんてチョン見たらわかると思うけど
そっくり関係ない
中日の福留とチェホンマンと柏レイソルの南

3人ともチョンの血だけど顔そっくりだろ?

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 00:59:44 ID:RrnidbzI
身長6尺5寸(約197cm)、体重43貫(約161kg)

秀頼は相当なキモデブ
相撲レスラーになれるぞこれw

こんなの可愛がってた淀は凄いw

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 01:19:33 ID:7PZ4IIuE
>>93
秀吉が淀をえこひいきし始めたのは側室にする前からじゃなかった?
並々ならぬご執心ぶりで側室に迎え、その直後から特別待遇。いくら市の娘だとしても度を越してる。
>>101
秀頼の画像を見たことあるよ。ヲタな感じで、かなりのキモメンだった。
実際、アキバあたりにいっぱいいそう。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 12:21:07 ID:WqsPg4Pt
2mもないのに160kgって凄いな^^;
苦しいってのに自分だけ腹いっぱい飯食ってたんだろうな

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 13:17:45 ID:KQvjtPag
秀頼デブだから家康の子って話はあるよ、関ヶ原以後、秀頼を庇ってきたのは家康だしね
秀吉死後のお相手は治長がしてたそうだしね、歌舞伎者に夜伽命じたりしてた話もあるしな。
まあそれらの話に確証は無いのだが・・・
秀頼の親だと、大野治長は実際怪しいね、幼なじみだしね。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 13:58:51 ID:7PZ4IIuE
父親は意外な人物かもしれんが、実際淀の相手は一人ではなかったのではないか?
もしかしたら秀吉の側室になる前からセクフレを何人も渡り歩いたかもしれん。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 14:35:43 ID:OEgQQKF/
家康と茶々なら、体の相性はよさそうだ

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 15:06:12 ID:mWPWl8jh
キモス

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 16:14:54 ID:tlnjLOyV
>>104
うん、だけど秀忠は全然いい気持ちはしなかっただろうね。
秀忠は奥さんの影響もあって、羽柴家を潰せと叫んで意欲的だったし。

表面化はしなかったが、裏では徳川父子の確執があったと思われ・・・
まあ、正信の手腕もあったろうが・・・

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 21:08:22 ID:vKWtN4Qm
鐘銘問題って家康が利用したんじゃなかったっけ?
秀忠が利用して豊臣家を潰そうとしたの?
そんな笑い話のような事で家康がつっかってきたのなら
どう考えても家康は秀頼をぶっ殺したくてぶっ殺したくて仕方のない状態だったと
普通の人は思うんだけど。


110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 21:44:06 ID:pca/TYah
相撲のバルトが197a170`くらいだね
色白っぽいとこも似ているか

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 22:19:07 ID:tlnjLOyV
>>109

ヒント)
@淀君とお江与の険悪の仲の状態
A淀君の家康に対する異常な執念
B天海和尚・藤堂高虎・柳生宗矩ら幕僚の暗躍

あまり強い根拠はないけど・・・

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 22:30:57 ID:mkJOItRz
>>105
あのレベルの身分でそう簡単に密通なんてできるわけないだろ、常識考えろ

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 22:39:37 ID:tlnjLOyV
>>111の続き

C林羅山、崇伝和尚らが鐘銘問題を改竄して、秀忠と共に豊臣家に因縁をつけた
D最悪な事態となり、家康はもう往生際の悪い豊臣家を潰すしかないと観念した

・・・こんな感じかと思う。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 23:07:51 ID:7PZ4IIuE
>>112
そんなことはない。身分の高い人には高い人なりの方法で密通はしていたんだよ。
もちろん表沙汰にはならないようにはしているけど。そういや、千姫も後家になった後に
酒浸り、男漁りなどご乱行の限りを尽くしたというじゃないか。いや、これは極端な例だが
少なくとも普通に密通ぐらいなら多かれ少なかれやっていても不思議はない。

ところで家康は出戻りとか後家が大好きだったらしいとかいうね。
側室もそういうのが多かったんじゃないか?ならば、なおさらのこと。
それに、淀が秀吉の死後も髪をおろさなかったのは、そういうことも理由だったりして。
普通、たいていの女性は髪をおろすだろう?

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 23:21:17 ID:+/H539RZ
淀と江与って仲悪かったっけ?

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 03:21:19 ID:qUvxjRTp
お局が男遊びをして妊娠するような世相を詠んだ川柳は数多く残されてるらしいね。
「院殿もてんねき見える女医者」 「お局の名に近い子おろし」 「お局の女医者とはすまぬこと」
中条流とは堕胎を専門にする女医が江戸期に流行したそうだ。
豊臣秀吉の臣である中条帯刀が始祖であり、特に「中条丸」なる薬は水銀と米粉を混ぜ合わせ錠剤にしたお粗末な丸薬は
大ヒット商品となったそうです。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 11:55:15 ID:pWqUc39q
簡単に股開くのは日本の伝統だろ?今も受け継いでるし

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 12:07:37 ID:qUvxjRTp
>>113
山岡荘八の徳川家康?

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 12:58:24 ID:7XFhI6OO
>>118
それもあるけど。その他に隆慶一郎の「捨て童子・松平忠輝」・・・
それと新田次郎の「武田信玄・勝頼」の要素もちょっこと入ってる。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 13:04:04 ID:7XFhI6OO
>>115
多分そうだと思う。でなきゃ秀忠が豊臣家を滅ぼす理由がないと思われ。
秀忠本人が秀頼を憎いと思ったかどうかはわからんけど、
お江与は姉の淀君とまとめて甥の秀頼のことを嫌っていたのではないかと・・・

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 13:05:21 ID:pWqUc39q
秀忠が豊臣潰したの?

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 13:11:29 ID:7XFhI6OO
>>121
36・7歳という成熟した年齢を考えると、家康の老齢を考えると・・・
それは全く否定できないと思うね。

秀忠には天海和尚(随風)、林羅山、崇伝和尚、藤堂高虎、柳生宗矩ら
という素晴らしい自分の幕僚ブレーンもいるし・・・

きっと、秀忠は自分の時代が到来したと思ったのではないかと。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 17:08:12 ID:Vi7pool9
つーか本当に淀が産んだのか?

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 17:47:05 ID:WnQAIaM9
>>117
日本の女は伝統的にヤリマンだよな。
かつての農村なんか乱交パーティー状態。
平安時代の貴族もかなりのヤリチンヤリマンの集まりで
本当に乱交パーティーを開いた者達まで現れてお上の知るところとなり
その者達は島流しの咎を受けたという記録もあるようだ。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 18:06:35 ID:bYT9WEP0
>>120
てことはただの推測?

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 22:01:00 ID:65u+MKD1
>>124
だったら、他の側室達も密通してた可能性あるじゃん。
お手つきの侍女とかなら、さらにその可能性大。
何で淀だけ??

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 23:22:26 ID:TYuU1TZG
>>115>>120>>125
 淀は天下人たる秀吉の側室となり跡継ぎを生むことで、江与よりも優越していた。
 その後、江与が夫の秀勝と死別した後、秀忠と再婚し、淀にとって良く分からないうちに天下が徳川家に移った。
 そうしているうちに、江与の夫が将軍職に就任する事となり、「秀頼が家康の後を襲う」という淀の勝手な妄想が叶えられなくなった。
 おまけに、自分は一地方政権の国母に成り下がったのに、江与は将軍御台所として淀よりも優越してしまった。

 丁度その頃、秀忠、江与夫婦の長女である千姫が、秀頼に嫁入りするため大坂へとやって来た。
 この娘の嫁入りに、身重の体に鞭打って江与がついて来た。
 個人的にどういう思惑があったか知らないが、徳川家が「元主家に充分な礼を持って接している」という事を示すためだったのかもしれないし、
冷え込んできた豊臣徳川両家の融和を図ったのかもしれないし、ただ単に妹が姉に嫁入りする娘の貢献を頼みに来ただけなのかもしれない。
 ただ、臨月の体で上洛し、そのまま向うで出産しなければならないほど、江与は無理をしていた。
「御台所(江与)はしきりに物語などをし給うが、御袋様(淀)は気色も変え給わらず」
 その時の淀、江与の会見の様子である。

 江与もそりゃ怒るわな。
 ちなみに常高院(淀の妹、江与の姉)もその場に居たらしいが、そちらとはうまくやっている。その時生まれた子供を養子に出すくらいには。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 23:54:00 ID:PCwgSEFx
>>115>>120>>125>>127
常高院に江与の娘って・・あーたら
そんなこといえば
淀も江与の娘を養女としてるし、その後公家に嫁がせてもいるよ。


129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 03:04:49 ID:tL1cWocu
>>126
淀はそもそも秀吉の側室になんかなりたくはなかった。
他の側室達のように喜んで秀吉の側室になったわけではない。
むしろ秀吉など早く死ねばいいぐらいのことは思っていたのでは。
世継ぎを産んで自分の栄達を極めること以外は考えていなかっだろう。
だが、普通にしていたのでは種無しの秀吉では無理。他の大勢の側室同様埋没し
ただ秀吉の性奴隷で一生を終わるだけ。こんな屈辱は我慢がならないであろう。
手段は選ばぬといったところではないか。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 05:44:42 ID:yNK3jtpS
秀吉を裏切って不義を働いてた淀はひどいやつだ!
舌切って死んじまえ!

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 07:57:32 ID:t5R38ynd
もう死んでるが

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 15:52:15 ID:a6wK+UoU
>>131
ちょっとワラタw ナイス突っ込み

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 16:04:49 ID:vPYwVXYG
秀吉がちゃんとした栄養状態なら大男になる家系だと推測してみる。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 16:15:08 ID:f7+Md5tz
茶々の家系はすごいよな。
長政はピザだし市は巨体だし、茶々自身も大柄で
秀頼もボブサップのような体型だったそうだから。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 16:27:36 ID:gq+TFjot
いや武蔵丸だろ
ボブサップは素敵すぎる身体じゃないか
それなら威厳ありまくりw

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 17:06:48 ID:Alyft0eh
>>127>>129
それが淀君とお江与の仲が険悪になる要因と思われ・・・
秀忠が妻の影響で直接、豊臣家を滅ぼす意志を持つきっかけになったのでは・・・

まあ、家康が淀君の情夫の可能性がないともいえないが。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 22:39:20 ID:U5Ey95vh
ねえよ

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 00:44:25 ID:heUR3Nfy
ところで、このスレ大丈夫なのか?
個人の誹謗中傷が山盛りじゃないか。
訴えられるぞ。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 00:45:21 ID:heUR3Nfy
名誉毀損だらけだし・・・

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 01:04:55 ID:EfbripcG
家康と密通して秀吉を裏切った淀はひどいやつだ!
死刑にすべき!

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 15:28:26 ID:d8U/UAoZ
若くてかっこいいのと浮気しろよ…

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 22:46:05 ID:8hd698Vi
かっこいいかは分からんが若い

つ大野治長

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 11:02:27 ID:DA527ELL
>>129
それだったら淀と江与が口裏併せて豊臣家滅びてしまえ!ってのもありかも。
淀は内側から豊臣家を崩して、江与は旦那を焚きつけて外から滅ぼして、とか。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 11:13:47 ID:smmwDGXn
わはは・・・おもろい。けど、恐ろしい浅井姉妹。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 19:58:08 ID:dnqP/aO3
>>140
淀は土地(地名)なので、死刑にしたくてもできません。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 23:38:09 ID:csQDWAxF
すげーへ理屈だなw
淀君の「君」は娼婦に使う言葉だからつけるなとか言ってる奴?
娼婦みたいなもんだから淀「君」って呼ばれてるだけだろwみたいな

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 01:36:04 ID:ViQihS5A
そもそも淀君っていう呼び方はどこから生まれたのかと・・・?

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 03:28:49 ID:xTL7Acfh
>>140
死刑もなにももう死んでるしね(笑)
>>146
少なからず存命している時には呼ばれていない呼び方だよ。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 04:46:57 ID:AuPD20l/
そもそも、淀城を去った時点で「淀殿」という呼び方は失効≠オてるはず。
筑前の死後に出家したらしいから、そのあたりからは「大広院」が妥当じゃね?

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 11:06:23 ID:n91HrDyp
>>149
それも、史料がないからね

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 19:17:50 ID:jOAgcQBB
大広院って呼び方だとかなりイメージが違うな

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 19:43:57 ID:ie872JZX
ってかこの時代の男の価値観で
「俺は子種なし」っていうのはありうるのかな?
他人(例えば家康)からしたら「あの猿は子種なしプギャー」とかは
ある程度想像ついたかもしれないけど、この時代って子供出来ないのは全て
「女の不妊」が原因とされていた時代でしょ?
子が3年ないのは去れ、の時代だし。
他人事なら冷静に判断できる事でも自分のことになると「いやまさかw」ってのは
現代でもありうる話じゃないかなぁと思うんだけど・・・どうだろ。


あと淀が豊臣滅亡の原因のひとつというのもどうなんだろう。
家康が出した条件の「淀が人質になるなら責めないであげてもいいよ」という
のに対して淀自身は承知したという事らしいし(秀頼がそれに反対して大阪の陣勃発)

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 19:52:40 ID:8BhsxLhA
>家康が出した条件の「淀が人質になるなら責めないであげてもいいよ」という
>のに対して淀自身は承知したという事らしいし(秀頼がそれに反対して大阪の陣勃発)

これについてのソースはどこなんだ?

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 21:50:48 ID:v49LTj4h
ソースっていうか>>152は有名な話じゃない?どこで知ったか覚えてなくてすまん。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 21:54:48 ID:8BhsxLhA
人質になるのは絶対嫌だってダダこねた って話しか知らん。記憶と全く逆だ

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 22:42:42 ID:ie872JZX
>>153
ごめん、どっかで何度か見た程度でソースは無理だ。
そのうちのひとつの話では淀自らが人質になるって話だった。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 23:49:03 ID:SCEnA8Ge
司馬亮の小説では人質になるのは絶対嫌だってダダこねた事になってたと思う。 

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 00:39:25 ID:6jtg3pWn
>>153
駿府記のことじゃないかな?
以前自分が前スレで同じ質問したときにそう返ってきました。
家康の側近が書いたらしい。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 00:43:54 ID:+6smgo4l
家康関係の書物はどの書物より信用ならん
模造幕府と言われてるぐらいだし

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 04:08:28 ID:3Hz2YlWy
模造幕府って何?

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 09:00:46 ID:8PGLqjNo
淀がごねたのか秀頼がごねたのかはわからんが
とにかく豊臣家が突っぱねたのは事実

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 21:34:07 ID:TDGeKGEL
>>160
多分捏造って言いたかったんだと思う

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 22:39:07 ID:/XU7MVkd
>>152
しかし秀吉の場合、あれだけ女好きでヤリまくっていながら子ができなかったのだから、さすがに秀吉の方に
原因があるんじゃないかと周囲はみてたんじゃないか?

だからこそ、茶々にだけ何故できたんだという話にもなっているわけで。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 04:19:14 ID:ArFyB3Xb
秀吉の側室には子持ちもいたし、秀吉と別れて別の男性との間に子を設けた人もいる。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 11:28:40 ID:EiWDBcJE
そこらへんは現代人の感覚で論じてはいけないような気がする。

当時の医学知識は本当に低くて、普通に前世の業や母体の不出来で病気に
なると考えてた時代、明らかに因果関係があるからといって当時の人が
「肉体的な問題」と考えていたかどうかはまた別問題だろう。

まぁ要は憶測では話がこじれるだけだから、どちらにしろ主張したいなら
当時の史料に見える妊娠認識を論拠に持ってくるべきだと思う、という事で。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 12:23:17 ID:YgLdhdpL
当時、子ができるには精子と卵子が合体しなきゃいけないってのはわかってたんでしょうか?

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 12:33:16 ID:E1ldtEGM
>>164
あれだろう?子持ちの側室とは、秀吉が若い頃に囲ったやつじゃないのか?
どこの馬の骨とも判らん身分の低い女じゃなかったかね。
いつものように遊んでいたら思いがけず女が孕んだとかで拾って側室にしたんだろう?
なんか、いまひとつ信用できないんだよな。本当に秀吉の子だったのか?
しかも、その子は3歳ぐらいで病死して、その後その側室が子を産んだという話もなく
秀吉の元を去ったのではなかったかな。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 13:08:21 ID:40VvKWKv
>>164がいっているのは、秀吉の側室には他の男性との間に子をなした女性もいて、女性が原因で仔ができなかったとはいえない
(原因は男性側である秀吉にある)てことでしょ。

169 :前田 ◆LIBERALCQY :2006/11/27(月) 13:17:07 ID:2YsX0Is3
>>166
実はこういう話がある。
ヒトの誕生について研究していた、とある男が精子と卵子は合体するものだと唱えた。
だが幕府の学者は「ただの汁と女子の中のものが合体するわけない」と言い、奉行は嘘つき男の処刑を命じた。
処刑のとき男はギャラリーに向かい「それでも合体している」と叫んだという。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 21:23:20 ID:51ad5rd0
秀頼は秀吉の子供じゃない。
でも本当の父親なんて淀以外に知りようがないわけで。
議論するだけ無意味

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 21:52:56 ID:PB0itUzj

それでも一度勇気を持って奥さんを問い詰めるべきだよ
頑張れよ 自分の子だったらいいな


172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 00:05:25 ID:LrhQAKlT
旦那の留守に子供が出来た女を「芋」と呼んでいたという話を聞いた事がある。
もしそれが本当なら、男と女あって子供が出来るという認識はあっただろうし
赤の他人から見たら、秀吉ほど女を囲っているのに子供が出来ないのを
「秀吉が無精子」と考えている場合もあるとは思うけど、
それを当の秀吉本人が認識できるかどうかというと別問題な気がする。

例えば現代でも夫婦に長年子供が出来ないと、
まず不妊症を疑うのは「女」の方。
妊娠するメカニズムが判明し、男が原因で不妊という事も一般的に
なってきている現代でも、子供が出来ない原因を一番最初に考えるのは女の方。
あの時代ならなおさら秀吉が「俺、子種ないかも」というようには考えないと思う。
周りがどう思っていたにせよ、秀吉本人がそう思っていなくて
茶々が子供を生んだら「ほらみろ、他の女が不妊だったのだ」と思うんじゃないかな

173 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/28(火) 00:16:22 ID:HnrGs0CF
側室の9割が不妊というのも凄いな。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 01:17:45 ID:QDdNJUjJ
秀頼は幼名が「お拾い」だったっけか

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 11:29:07 ID:Eu4HBzve
昔は、精液が女の体内で人間になると思われていたらしい。上手く射精出来なかったりすれば不妊だと自覚するだろうけど

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 13:09:55 ID:fvz3oki7
いちおう、長浜時代に子供がいたんじゃなかったか?それすらも浮気でできた
他の種というのならともかく、かつて子供をもうけた実績(?)があるのなら、
以後子供ができないのは女の責任扱いにされるのじゃないかね。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 13:32:59 ID:Rw47ru/A
長浜時代の子供も秀吉の子って保証もないけどね

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 14:42:27 ID:JvFM2AwT
長浜時代にできた子供は羽柴秀勝だよな

勝の字が付いてる武将が実の父親だったりしてな
まあそれだったにしても勝家はないだろうが

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 15:58:18 ID:Eu4HBzve
豊臣ファミリーは生殖機能が乏しい。
秀次は子沢山だけど父親似だったのか?

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 17:38:26 ID:j+dyknzy
長浜時代には娘も生まれてなかったけ? 起請文とかあったような。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 00:49:18 ID:vOU7xkf3
秀吉の側室って100人以上いたそうだが。秀吉が毎日やってたとしても年に3回
ぐらいか?その間他の男ともできず?老齢の秀吉が毎日やってたとも思えないし
好みもあったろうし中には年に1回も相手にされない人とかもいたんじゃ?
やったとしても相手がじじいの秀吉。ずいぶんかわいそうな生活だな。
陰ではやってたのかな?

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 01:07:45 ID:RZUWVgmL
秀吉は老齢でも毎日やるだろ。
秀吉だぞ?

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 14:01:19 ID:bjuH9NXs
年に一回もやってもらえないのに一生涯飼い殺しで縛られているというのも地獄だな。
側室なんて数多ければいいってもんじゃない。子孫を残す目的での側室制度なんだから
ある程度の数の子供をもうけられる人数さえいれば良い。あとは蛇足、無駄。
100人に、それぞれ年に数回程度もない子種しか分配できないなら効率が悪すぎる。秀吉は頭悪すぎ。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 15:19:40 ID:GVK66hu3
>>183
ハーレムは男の夢、ってやつだ
効率だけじゃない

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 15:35:46 ID:87Y9tfxU
というかその側室100人というのはどんな史料からなんだ?
手を付けただけの侍女やら何やらまで含めるならその位いても不思議はないが
確認できる「側室」がそんなに多数いたというのは見た事ないぞ。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 16:08:34 ID:GVK66hu3
>>185
どっかの時代小説に載ってたのを誰かがwikiに載せたとかじゃないの
意外とこういうパターンはありそう

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 21:33:54 ID:5hn2zXew
道頓堀で有名な安井道頓の妾が秀吉に気に入られて側室になったものの、
最初だけ手をつけただけでそのままだったってのが小説であったな、そういえば。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 21:54:29 ID:ZFzJbswY
>>187
私も見た事あるな、その小説。

確か、妾3人いたうちの一番若い妾に野菜しか食べさせず
(野菜だけの生活をすると、体臭が芳しくなるという事で)
手をつけないままで秀吉に所望され側女として大阪城あがったけど、
秀吉はその頃お茶々が気に入りでそっちに入り浸り、結果その女は
秀次の妾として1度手をつけられ、その後茶々の侍女となったって話だったね

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 02:18:54 ID:/uUVlhoj
>>188
司馬遼だな

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 17:01:08 ID:P6gPSf/E
それが実話なら最も悲惨。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/02(土) 00:48:44 ID:90lBJiA+
けど、美男だった秀次の手が付いた上に、
茶々の侍女になって秀次妻子惨殺を免れたのはある意味ラッキーかも。

192 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 13:34:00 ID:C9jl57fY
ところが大阪の陣まで淀に仕えていたら死ななければならなくなる。

193 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 13:42:22 ID:dW/yldnS
侍女が茶々の命日に集まって法要を
営んでたそうだから全滅ってことはないのでは。

194 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 13:47:03 ID:wCTYSq9H
家康は別に侍女まで殺すような真似はしないよ
秀頼の娘や側室だって殺していない
男子を殺すのは致し方ないことだし

195 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 14:00:53 ID:8CmRGxX0
侍女が殺されるって事はないだろうけど、
忠義暑いのなら、多分女主人と一緒に果てるんじゃないかね。
もしそこで茶々が「生き延びよ」って言っていたなら
落ちる事も当たり前にあるだろうし。

196 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 19:50:14 ID:wT4YoKyq
>>194
しかし、秀次の末娘は大坂の乱後に首を刎ねられたんだよな。

197 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 19:59:15 ID:FXzfbSAu
!!!

198 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 23:52:30 ID:imMxsMSp
秀頼は生まれてこないほうがよかったのかもな。

199 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/05(火) 01:09:46 ID:LEGqSoXq
そんなこと言ってやるなよ。誰にだって生まれてきた意味はあるんだよ。
現に秀頼の為に命をかけて戦った奴も居るじゃないか。

200 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/05(火) 02:45:01 ID:zHq5STIs
(´;ω;`)

201 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 02:16:41 ID:+Emq0scB
全大阪が泣いた。

202 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 11:58:53 ID:xfgUKgpV
>秀次の末娘は大坂の乱後に首を刎ねられたんだよな。
どういうこと?秀次の妻子は全員川原で処刑されたんじゃなかった?

203 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 22:30:23 ID:CrM0tQYj
>>202
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1150038398/112-

204 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 22:37:10 ID:j9+qzvpX
転載だけど。

> 119 名前:名無し議論スレにて投票方法審議中 [sage] 投稿日:2006/12/03(日) 15:35:42 ID:loKjQsao
> >>116
> 秀次の末娘お菊は秀次事件の生き残り。
> 正確には、秀次の娘は四人のうち三人が生き残っている。
> 一人は真田幸村に嫁いでいるし、一人は梅小路氏に嫁いでいる。
> 母親は殺されているけど、娘は一人を除いて助命されたわけ。
>
> お菊は母方の祖父に預けられて成人して結婚。
> 大阪の陣で夫が大阪方についたので、彼女も密書を届けたりと夫のサポート。
> ↑無駄骨だったらしいけど。
>
> 大阪の陣で養父や夫が死んで、養家に身を隠したけど、
> 残党狩りで見つけ出されたお菊は処刑されてしまいました、と。

ついでに秀次の妻子は皆殺しじゃないよ。
第二(?)の正室の池田輝政の妹の若政所は助命されて池田家に返されているし、
↑にあるように女児は4人中3人は助命されている。
そして、生き残った女児2人は大阪の陣では大阪方に着いている。

205 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 22:42:33 ID:L6R3G75Y
>>168
むしろ秀頼がいたからこそ
豊臣の世から徳川の世への天下の移行が最小限度の被害でスムーズ
にいったんだと思う。
 むしろ秀頼が誕生せず秀次健在のほうが秀吉没後の天下は
不安定な状況が続き、家康も突出する機会が無くで
もっと乱れた世になっていたろう。

206 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 22:42:55 ID:VjK5DxX3
>>164
長浜時代の二人の子も同一人物の妾が産んだ子で
ちと疑わしいんだよね。

207 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 01:42:08 ID:niLFB6zg
>>205
確かに・・・秀次がいれば家康は場合によっては幕府を開けなかったかもしれないが、
じゃあ豊臣は安泰かといわれるととてもそうは思えんな・・・。

208 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 07:05:44 ID:PrGLNZSf
少なくとも秀次であれば、北政所派と淀派に分裂するようなこともなかっただろうな。
そもそも淀派という勢力自体起こらなかっただろうし。秀頼が生まれていなければ。

209 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 07:19:39 ID:e1XP0VYF
もし、織田信雄が天下を取ってれば30年以内に政権は瓦解して
第二次戦国時代は確実に起きただろうと思う。
豊臣秀次は印象が薄くて分らないが器量人だったのだろうか?
織田信雄や足利義昭より器量人であれば文句無く天下は磐石に治まり
戦国時代から天下泰平の世に確実に移行していっただろうし
また、それだけの器量がなければ、たとえ秀吉に殺されずとも
大老や奉行を御していくこともできず、派閥争いや権力闘争や
群雄割拠が再度起こり戦国の世に戻っていったことは想像に難くない。
肝は自派閥をどうせ作っていったであろう家康を断罪・征伐できるかどうかが鍵
家康を成敗できるほどであれば否応なしに天下は沈静化していったはずだし
結局、成敗できなくて放置・黙認という事であれば室町幕府と同じになる。

210 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 08:58:31 ID:UaLzWENe
秀次は蒲生氏郷が「あの阿呆」呼ばわりだったからなぁ。
蒲生と前田が長生きしていたら蒲生の言う通り前田の天下だったのかも。
(形としては北条執権家に近い形態だったかも知れないが。)
秀長と堀秀政が長生きしていたら秀次でも支えられたかねぇ。

211 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 09:21:35 ID:e1XP0VYF
慶喜政権も直接瓦解するきっかけになったのは第二次長州征伐で長州に勝てなかった事だし。
いや、むしろ第一次長州征伐で厳罰処分を下し、国替えしてれば
もうしばらく徳川政権は持っただろうと思う。
しかし日本全体にとってはもっと悲惨な状況になった可能性が否めないけど。

212 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 14:24:09 ID:Gc53KXrY
秀頼自身は被害者?加害者?

213 :霧夜エリカ ◆Erika.Q1tw :2006/12/08(金) 14:35:15 ID:T8NEmIHX
秀チャンカワイーーー☆

214 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 18:49:41 ID:MM//tzUy
>>212
彼は必要な時に必要なことをせず、決断すべき時に決断しなかっただけの人。

だから加害者といえるほど「何かをした」わけでもなく、
 また被害者と主張できる筋合いもなかった。

そういう人物に対しては、私は評価が低い。

215 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 19:19:49 ID:5T1gZs42
まあ側室やら妾やらがわんさかいる状態で若い時分に子ができなかったんだから
(長浜時代に子があったが早死にしたと伝えられるとしても)、
秀吉がほぼ男性不妊に近い状態だったことは確かだろうな。
家康なんかは子の母が特定の妻妾に偏らないように、意図的に
一種の産児制限までしてる。
産婦人科医や不妊治療の経験者なら、淀の妊娠が奇跡だってことが
わかるんじゃないか?

216 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 21:05:07 ID:81dE/bPc
竹生島奉加帳に、秀勝(石松丸)と南殿の名前があることから、秀勝=秀吉の実子だと推測されてるだけじゃ?

長浜の妙法寺に秀勝の墓があることについて、小和田哲男氏は、秀勝の戒名は子供につける戒名なのか、どうか疑問視してるらしいね

217 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 23:45:08 ID:ahgA4Klg
>>215
完全な種無しである無精子症よりも、精子の数が極端に少ない人や精子の活動が極めて悪い
男性不妊の人の方が多いといえるよ。秀吉はこれにあたるだろう。
だからあれだけの数の女性と関係しながら、片手に余るほどの数しか女性を妊娠させられなかった。
若い時分よりずっと一緒だった正妻でさえ一度も妊娠することができなかったのに
老齢になってからの妾が、それも一度だけならまだしも、同じ女性が立て続けに
二回も妊娠というのは不自然の極み。だから浮気相手の子確定。

218 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 02:28:25 ID:HKi74jHx
秀吉は高貴な女性が好きだからな。
時々案外普通に淀殿妊娠したんでないかと思うときも有る。
当時の高貴な女性って、「男の中の男の娘」で、本人も武芸に秀でているから
男性ホルモン濃度がかなり高そうなんだよな。
タイプ別にするとダイアナ妃みたいな。
非常に美人だけど、男装したら普通にカッコイイ兄ちゃんに見えるタイプ。
こういう人は、大抵、妊娠しにくい。
相対的に女性ホルモンが減るので
性周期が不確定で排卵の回数が極端に少なかったりしがち。
といっても、男性側の精子の出来が良く夫婦仲が良かったら
一生の間に2,3人は妊娠可能な場合が多いんだけどね。
あまり沢山子供が出来ても家督争いがややこしくなったりしがちだし
その位で普通は丁度いいんだろうけど。

こういうタイプを何人も抱えても、一人に裂ける時間が充分確保できないなら
誰も妊娠させることができず、不能のレッテルを貼られる可能性大。

秀吉の好みがそういう妊娠しにくいタイプの女性だったのが問題で
実はちょっと精子の出来が悪い程度だったのだとしたら
安産家系の淀殿ならなんとかなるかも?

219 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 07:52:25 ID:1j0V6Fdm
つか南殿との子まで不倫の子認定したら
もう何でもありじゃね?

220 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 07:54:10 ID:inEeNx2C
秀吉は何かしらの遺伝的欠陥があったかもしれないな
多指症だし、弟も種無しだったし
秀吉の性機能に関して何かしらの先天的欠陥があったと見る方が医学的だと思う。

221 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 12:42:44 ID:oyhZ63pg
>>218
逆だろ。
そんなこと言ったら農民なんて子無しだらけで、お公家さんは子沢山ということになるぞ

222 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 12:46:26 ID:181E4nty
つーか、男性ホルモンが多いと妊娠し難いだなんてどこで聞いたんだよw
全然関係ねーよw
武芸の教育を受けたからって男性ホルモン増えねーし。

223 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 13:39:05 ID:1AwCd02k
よくもまあデタラメをだらだらと書けるものだw

224 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 23:13:19 ID:kLVhb4tG
>>210
秀長が長生きしてたらまぁ基本的に実力面では一切問題はなかったろうな、
強いて言えば秀次が秀長に対していらん事考えないのと、秀長が秀次に従順であることが前提だけども。

なんと言っても存在がでかすぎる、頼れる叔父様なんていうレベルではなく、
要所の大和に100万石を持ち、日本中の大名に慕われ、信長家臣時代の中小部隊から
槍と采配を振り続け、10万の兵力を指揮出来る実力はそれ自体が比類ない。

この人物を秀次がどこまで扱っていけるか、というのは難しい、
明らかに自分以上の実力を持つ配下を認めて上手く使っていくのもこれまた
大変な器量が必要なことだからね。
また秀吉がいなくなると、どう見ても日本中に自分以上の存在がいない事が明白な中で、
秀長と言う人物は抑えていける人物なのか?というのも結局はわからん。
曲がりなりにも戦国時代を生き抜いてきた人物。
家康のように、実は野心家だったなんて事も無いとは言い切れない。

万が一そうだった場合、堀辺りじゃ止め得ないだろう、まして秀次なんぞ赤子の首を捻るより簡単。

225 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 00:14:16 ID:IX4NcVQK
>日本中の大名に慕われ

待て待て、秀長は意図的に裏方に徹していた部分があるから、当時のひとたちにも正当に評価されていない傾向がだいぶあるぞ。
本人もそれをよしとしていた部分があるし。

それにあくまで、秀吉あっての秀長だろう。補佐役として有能でも、トップとしても優秀かどうか、またみながついてくるかどうかは不明。

226 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 01:15:08 ID:2bV4EmdZ
秀吉が閨閥の出来る事を読めてなかったのが痛い。
色々遺言を残したが、秀頼を北政所の養子にする事や
自分の菩提やら位牌は大阪城内の一室で北政所が管理する事や
淀や他の妾に対して北政所に絶対服従する旨も遺言すべきだった。
北政所が内政や大阪城の内務を取り仕切れば三成を押えつけられ
武断派と文治派の両方に対する重しの役目も出来た。
実際に秀吉は戦争と政務で、ほとんど近江には居なかったが
その留守の間、北政所が家中を万全に取り仕切り身内同士の争いや
謀反などが起きなかったのだから、秀長も秀次も大政所も千利休も死に
家中を治める人間として北政所しか居ないという事に思いが浮かばなかったのは
呆けてたためだろうか?

227 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 01:21:25 ID:aQoGC3xn
もう間違いなくボケてたか精神異常になってたかどっちかだと思ってる。

228 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 01:30:35 ID:twA+gZUH
>>225
慕われていたってのは恐怖も意味もあるのでそれで十分。

また四国・九州平定戦のように秀吉なしでも確実に実力を見せてる合戦もあるので、
大和100万石の実力が揺るぐ理由は無い。その時点で秀次とは次元が違いすぎる。

もちろんそこから諸侯がついてくるかどうかは話は別なので、秀長が天下を取れるかと言うと話は別だが、
もうこうなってる時点でこのスレ的にはNGだろうと思うので、
まずは秀次が偉大すぎる叔父を扱いきれるかどうかということ。

229 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 01:45:11 ID:Ya7DOhB9
>>226
北政所は過大評価されてるけど、
意外とそんなに能力があった人ではないと思う。
夫と同様、トップには向いてない人。

230 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 01:56:50 ID:twA+gZUH
いや大きく違うところがある。それは、トップに向いてないという自分を客観的に見れてる点。

もしもこの点を見誤る人物だったとしたら夫が天下取った時点でもっと権勢を誇って自滅していたことだろう。

231 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 02:02:48 ID:IKDLn2K7
名無し議論スレにて・・・というのは何ですか?
教えてください。

232 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 02:02:53 ID:aQoGC3xn
淀よりマシなんじゃねーの?

233 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 10:45:49 ID:2bV4EmdZ
北政所が大阪城の主になってれば、家康も野望を全面に押し出して政権獲りにいったかどうか怪しい。
しかし、家康が政権獲りに奔走しゴリ押しで豊臣家の領地を家康親派の大名に分け与えたとしたら
案外、北政所は抵抗もせず家康の好きなようにやらせてた可能性も否定できない。
芳春院のように家康に敵しえる人物が豊臣家には居ないと悟って
緩やかに家康に政権が譲渡されるのを生温かく見守ってしまった可能性もあるとは思える。
淀君のように後先を見ず、「絶対に天下は譲らん!」「全面戦争だ!」とは
やらなかった気もする。

234 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 10:59:41 ID:2bV4EmdZ
源頼朝の妻だった北条政子のように
豊臣旗下の子飼いの武将の既得権益を守るために
徹底して鬼になり、後鳥羽上皇と戦った彼女のように
徳川家康を敵として戦う旗印となり
徳川家を崩壊させて万全な豊臣体制を築いた可能性もあるが
北条政子ほどの器量を北政所が持ってたかどうかは妄想の域を出ない。

235 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 13:00:45 ID:iT29+GS3
大阪の陣が起きてから驚いて大阪に向かって追い返されたような人じゃなかったか

236 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 13:02:51 ID:yEB3Id1k
高台院が北条政子より器量あるかどうかはわからないけど、
「豊臣の天下」というものに固執していたかどうかだなーと思う。

今回の大河じゃないけど、「私とうちの人とで作り上げた豊臣家」だという
認識だと、そこまで豊臣という家が天下人であるというこだわりがあるわけもないし。
見性院のように「夫あっての一族」という見解だと、夫の死後さっさと
家を出る事にためらいはないという可能性もある。
個人的な考えだけど、高台院はそこまで豊臣の天下を欲していなかったんじゃないかな。
夫の出世は喜びだけど、それはあくまで夫あってのものであり
その後は誰が天下をとっても自分のあずかり知らぬ場所での話し、みたいな印象がある。


237 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 13:25:18 ID:twA+gZUH
>>235
それ大蔵卿局じゃねw

238 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 14:13:34 ID:2bV4EmdZ
結局、北政所が行なったのは、自分の子飼いである浅野・加藤・福島・秀秋の
命の保証、所領安堵、既得権益の確保に微力を尽くした程度で終わってしまったのは残念。
豊臣家の天下に対しては覚めた目で見てただろうけど自分が可愛がった大名達を守る意識だけは
しっかりと持ってただろうし、実際に、それに沿った言動をしてたしね。

239 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 14:23:37 ID:2bV4EmdZ
高台寺の隣にある高台寺掌美術館(入館料300円)では
秀吉が小田原陣中から北政所へ送った手紙やら
成人した秀頼が正月に北政所へ送った手紙を展示してたけど
それから推察すると淀君と北政所は激しく対立していたというよりは
将軍職が徳川家に奪われて以降は、淀君は秀頼を北政所(徳川家康に手厚く保護されていた)に
頼らせる事によって、秀頼の身の保全を保ちたい気持ちが表れてるように見受けた。

240 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 15:03:22 ID:aLbhNYsE
>>198そうですね生まれてこなければ、豊臣政権は秀次が引き継ぐから安泰していたと思う

241 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 15:06:22 ID:aLbhNYsE
>>208それは間違いないと思う

242 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 15:17:15 ID:aLbhNYsE
>>232マシどころか雲泥の差です

243 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 15:21:08 ID:aLbhNYsE
>>236そんな考えに至ったのは秀頼が淀から生まれてきたからだと思う

244 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 15:32:25 ID:ZmcFShTl
>>242
しかし、北政所も言われているほど聡明ではないような。
結局子飼いの加藤、福島、小早川も改易だし
秀吉の墓も掘り返され、豊国神社も破壊されるしね。
せめて国松の遺体ぐらい引き取ればいいのに
側室の京極竜子が引き取って埋葬してるを考えると
北政所って意外に存在感のない人だと思う

245 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 15:46:46 ID:twA+gZUH
っていうか当たり前、あくまで先代の正室というだけなんだから。

それにしては「意外に存在感があった」人であって、本末転倒だ。

246 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 17:30:17 ID:yEB3Id1k
高台院って、子飼いの武将から慕われていたせいか
必要以上に存在や価値を誇張されている感じがあるな。
(子飼いの武将SUGEEEEE=その母代わりもSUGEEEEE!!みたいなノリか?)

秀吉の恋女房であった事は事実だろうけど、
秀吉亡き後はその辺の妻子と変わりないと思う。

247 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 19:19:23 ID:Ya7DOhB9
よーするにネネは素人のオバサンだった

248 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 19:58:15 ID:2bV4EmdZ
>>244
家康の本性を見抜けなかった点では普通のババアと言われても仕方ないかも。
しかし家康が豊臣家の家臣の大半を騙す程の超一流の役者だったと考えれば
ネネがどうこうより家康が超人だったと考えざるを得ない。

249 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 21:35:51 ID:aLbhNYsE
>>248いや最初から知っていたらしい、ただ」淀殿が秀頼を生んだから豊臣政権がどうでもよくなったみたいだ
ある資料で、秀吉の死後次に天下を取るのは徳川だから徳川の味方をしろと子飼いの武将に言ったと書いてあった

250 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 21:38:54 ID:2bV4EmdZ
>>249
いや。そうじゃないよ。秀頼うんぬんに関してはある程度悟ってたとしても
子飼いの加藤・福島・秀秋の改易を読めなかった点に関してだよ。
まさか改易されると知ってたら北政所は間違っても子飼いの大名たちに「家康に味方しろ」だなんて言ってないよ。


251 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 21:50:22 ID:Y71Xw9CL
加藤も福島も家康の時代に改易されたわけじゃないし
秀秋は跡継ぎがいなかったし、そこまで北政所が面倒見られるかなぁ
西軍についたとしても新体制で後の代までの家の保証は無理じゃない?

252 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 21:51:10 ID:aLbhNYsE
>>250素人考えですまないが、多分子飼いの武将は徳川に味方していなかったら
滅ぼされていたと思う

253 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 22:16:45 ID:153WVUS7
改易させたのは家康の息子だろ。
つか家康自身も、もともと改易させるつもりがなかったっていう説もあるし

254 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 16:15:54 ID:4YNunU3C
前田利長の場合は逆じゃなかったか。年常か?

255 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 22:23:56 ID:t1s30Cjr
「こんな巨漢が秀吉の子であるはずがない」って意見はよくあるが
治長や三成って巨漢なの?
それとも他の巨漢が父親なの?

256 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/12/12(火) 22:26:20 ID:hOPcJ25q
浅井長政は巨漢で肥満気味だったそうで。

257 :中野区民憲章 ◆ORWyV99u2Y :2006/12/12(火) 22:27:45 ID:ojQiwknP
浅井長政が巨漢

258 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 00:38:47 ID:i+4Xx5dL
お市の方も体格よかったらしいが

259 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 00:47:59 ID:N13WuH67
お市は小柄で細身だったという説もあったはず。
末娘のお江がまさにそんなに体型。

260 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 13:35:43 ID:w5tvQeX9
浅井長政は男前だったという説は?

261 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 14:14:01 ID:Sm//0/z7
身長や体重ならある程度は客観的に見られるとしても、美醜になると個人の
美意識の問題を含むから結局良く分からんとしか言いようがない。
女性だと分かり易いけど例えば現代だって「肥満で巨漢」でも力士みたいな
感じなら男前といって問題ないわけだし。

262 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 15:07:00 ID:rz5Av01H
現在も貧しい国では肥満体の女性の方が美しいと評価されたりする。
アフリカでは太ってる女性の方が持てたと思った。
また平安女性の美の基準にもふくよかとかとかも(黒い長髪もだが)あったはず。
五月人形や金太郎モデルから判断すると武士も福福しい方が恰幅が良いと
判断されただろうと思われる。
秀吉のように背が低くて痩せてるのは見た目で損をしたと思う。
曹操は呂布から「このガリガリ野郎!」と罵倒された記録があるので
当時の中国でも痩せてる事は格好良くないというイメージがあったのかもしれない。
中国で痩せてる方が美しいという風に解釈され始めたのは清代からだと思われる。
清の皇帝は、それまでの王朝の皇帝と違い痩せてる者が多く
チャイナドレスとなった清の女性の服装も痩せてる女性には似合うが
太ってる女性には似合わない。それまでの中国女性の服装とは180度
コンセプトが違うので、多分そこで美的感覚の逆転現象が起きたのだろうと思われる。
ちなみに江戸中期は胸や尻のデカイ女性は鳩胸、出尻と呼ばれて馬鹿にされた。

263 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 15:13:31 ID:4mxqjOZy
>>260
杉浦日向子の本で読んだけど、江戸時代は力士がモテたらしいから、
戦国時代でも色白デブ=かっこいいって認識だったのでは?
つーか江戸期に作られた講談の方が多いだろうから、デブ長政=かっこいいってのは江戸時代の認識かもな

264 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 16:19:19 ID:odlAROXd
長政、肖像画でもピザってたよな。

265 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 20:25:17 ID:w5tvQeX9
ほう、そうですか。
ドラマなどに登場する長政は現代の感覚での男前で設定されているのか
わりと細面のイケメン風だよね。実際はピザ・・・そして秀頼もピザ。
こうなってくると戦国一の美女と誉れの高い市も怪しいものがあるような。
肖像画を見る限りは、はかなげな感じで美しいと思うが。

>>262
横槍入れてすまんが、清の宮廷婦人の服装は現在のチャイナドレスとは程遠いよ。
体の線がぼやけるほどダブっとしているし、漢服に比べて洗練されてない。
やはり遊牧民の実用性重視の防寒服なんだなと思わせる垢抜けない形態のデザイン。

266 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 20:27:18 ID:ciIY/neT
当時、梅毒が蔓延し子種が無い男が多かったらしいね
女好きの秀吉もしかり
夫が梅毒であるという事実を知るのは長年連れ添った寧々
となると、当時秀頼は秀吉の子であると認識されていなかったのでは?!
関が原の正則、清正ら寧々子飼いの武将の離反
うなずけるな



267 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 20:54:41 ID:Sm//0/z7
>>265
上でも言われているように、現代の感覚でピザだろうと当時の基準でどうだったかは
また別の話、てのがテンプレ解答。
市も同じで現代人から見てどうあれ、当時の人にとっては美人だったのも知れない。
むろん直接見たわけじゃないから結局はわからんのだが…というかこのての議論は
たいていそんな決着にしかならんから正直あんまり意味ないと思うんだけどな。

268 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 21:24:12 ID:odlAROXd
昔はピザが良いと言われてたけど
オクレ体型は昔も今もダメダメだな。

269 :名無し議論スレにて投票方法審議中 :2006/12/13(水) 21:28:49 ID:SopapHeW
>>259
お市は小柄どころか長身だよ。
着物着てもおはしょりが作れなかったとか。
巨漢の長政と長身のお市の娘の茶々も大柄だったらしい。

270 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 22:46:44 ID:98XY8az8
信長も比較的長身だし、家系なんでしょ

271 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 06:41:37 ID:cFZSmZWw
>>228
秀次が秀長を抑えていくというより、秀長が秀次を守り立てていかなきゃならない立場だろ。

叔父と甥が争うケースとは、叔父が自分の子に継がせたい場合がほとんど。
なんのために秀吉が秀次を後継者にしたんだ? 一族の中に他に有力な後継候補がいなかったからだろ(秀頼誕生までは)。

秀長が秀次を押しのけて天下を奪ったとしよう。で、その天下は誰に譲るんだ?
そう考えれば秀長の方こそ、秀次を大事にしなければならない立場。それほど秀長も愚かじゃないよ。

272 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 18:58:07 ID:4MrPMHbS
秀頼デケーーーーーーーーーyyyyyyyyyyyyyyyyy

273 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 22:29:45 ID:tVN3xJdz
>>271
秀吉という天才が上にいればこそその論も当てはまるが、
秀次がそれに及ぶ事はあり得ない、その下にいるうちに秀長の心境に何が起こるかなんて、
誰にもわからんと思うが。秀長は秀次の弟を養子にしてるし。
また、秀次の周りにも勢力が出来てくる訳で。

家康があそこまで牙をむくとは当時の誰も予想できなかったろうし。

274 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 22:47:08 ID:epO3Gu+B
で、その秀次の弟に天下を譲るために、秀長が秀次から天下を奪うというわけかい?
豊臣家を割って、弱体化させてまで。
そこまで秀長が愚かだとは思えないがな。

豊臣家全体で考えてみなよ。

275 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 02:19:18 ID:Ctk0cr2l
>>274
他の凡百の武将だったら、むしろそれまでの経歴で見ても裏切るなんて思わない。

だけど俺は秀長と言う人物の実績は決して人がいいだけの弟ではないと思うんだよ。
愚かじゃないどころか、秀吉に勝るとも劣らない能力を持っていたと思うんだよね。
それに比べて秀次は排除すべきではなかった、という以上の存在ではないのはもう明らかだし、
古今東西見てもここまで実力のかけ離れた身内同士で完全に巧く行ったケースって少ないんだよね、

そして必ず秀長に頼らなければ、大老らは抑えきれないのも事実な訳で、
そうである以上秀長が事実上の指導者になるのは目に見えてる。

そうなった時に秀次とその周辺の人物関係もあるという事。

276 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 10:24:35 ID:6ud9nYeo
だから秀長の方に、秀次を押しのける理由がないってことだよ。

秀吉にしても、秀頼が産まれなければあくまで秀次に後を託すしかなかったわけで。
秀頼が誕生したからこそ、秀次を排除してもかまわなかった。これも叔父甥の関係。

秀長が天下を奪ったとして、ではその後継者を誰にするか。秀吉があれだけ悩んで、身内の中ではまだマシな方だった秀次に
決めたその苦労を、また秀長がするだけのこと。今度は秀次という選択肢がひとつない状態で。

家康と秀忠も、能力的にはかなりかけ離れているが、それでも誰かを後継者に指名し、その者を守り立てていかなくてはならない。
家康が天下を奪ったのと、秀長が奪う場合とはまるで意味が違う。自分の首を絞めるだけ。

277 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 03:26:04 ID:Ao/X+6WW
>>276
秀次は・・・というより秀次の周囲の人物が秀長を排除にかかる可能性があると言う事。
秀長が事実上秀次の上に位置してる限り、当然秀長の配下らの方が秀次の配下より力を持つ、
その中で諍いが起こらないとは思えない。

実際関ヶ原だって、豊臣家臣同士の争いが無ければああも家康に漬け込まれる事は無かった訳で。

278 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 03:28:10 ID:Ao/X+6WW
要するに当人同士の仲などこの際関係ない。
それだけで言うなら争う理由などあるわけない。
でもそれは一大名、一武将同士での話、天下人とその宰相ともなれば話は全然変わる。

279 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/18(月) 05:54:31 ID:g7h6j5wG
>>277
だからそうならないように、年長者の秀長が、後見役に徹するだろ。
秀次派と秀吉派がいがみあったのは、あくまで秀頼が産まれて秀吉が秀次をないがしろにしようとしたため。
キミは秀長を高く評価しているようだが、それならなおさら、息子溺愛した最晩年の秀吉並の判断力しかないということはないだろう。
秀次をたてるように、一歩身を引くさ。そうしなければ、豊臣政権自体が危ないのだから。それがわからぬ秀長でもあるまい。

関ヶ原はそもそも家康に対抗できる存在が豊臣家中にいなかったため。
それでも、後継者が秀頼ひとりしかいなかったから、織田家の跡目争いのように豊臣家VS豊臣家という構図にはならずにすんだ。
(本当は家康としてはその方がさらにつけこみやすかっただろうに)

280 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/18(月) 22:39:04 ID:S/DHp4UU
隠居でもして引っ込むのならともかく、実務に顔を出す以上、そう簡単な事じゃない。
実際そういう身内の争いは大抵、本人同士は大して関係ないもんだ。
応仁の乱もそうだし。

281 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/18(月) 23:59:13 ID:g7h6j5wG
応仁の乱は完全に後継者争いじゃないか。
秀長に息子でもいるなら、秀次を排除する理由(及び豊臣家が2派に分かれる理由)はあるが、そうじゃないから
秀次を立てざるをえないといってるんだろ。代わりがいないんだから、後継者争いになる余地がない。

そもそも、代替わりで一族の長老格の実力者が若い後継者を補佐するのはよくあることで、うまく機能した例はいくらでもある。
叔父甥でいうなら、保科正之はその好例だ。

282 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/19(火) 06:51:05 ID:hezfzAuB
天下人とその宰相では規模が違うといってる。
たかだか一大名家ならば俺もこんな事は言わない。

家臣団を見る限り豊臣家ならば大丈夫と出来る根拠が薄すぎる。

283 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/19(火) 06:52:56 ID:YZiJQ4YY
>>281
>応仁の乱は完全に後継者争いじゃないか

とんでもない、そんな単純な戦じゃないよ。
たしかに発端は室町将軍家と河内畠山家の後継者争いだけど、
あれほど長期間の大乱になったのは別の要因が絡んでいるため。

284 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 14:42:50 ID:w0AyvJqQ
浅井長政
http://www.shimogo-kyosaikai.org/bunkazai/no9/image/img01_asai.jpg

豊臣秀頼
http://sans-culotte.up.seesaa.net/image/toyotomi_hideyori.jpg

お市
http://www.biwa.ne.jp/~kohoku-s/chiiki/img_kank/odani04oiti.jpg

どうみても、祖父の隔世遺伝が強いな。父親は、誰であっても
長政の遺伝子が強かったら結局、ピザには変わりは無いとw

285 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/21(木) 21:16:48 ID:i2+xqj9U
>天下人とその宰相では規模が違うといってる。
>たかだか一大名家ならば俺もこんな事は言わない。

ひょっとして保科正之知らないのか?
幼い将軍家綱を補佐し天下を治めた叔父(家光の実弟)だぞ。まさしく天下人とその宰相そのものなんだが。

それと応仁の乱が様々な思惑があったため(それと当事者たちにことを収拾する力がなかったため)あれだけ長続きしたのは事実だが、
それが豊臣家とあの時代にもあてはまる根拠は?
実際に、家康という出色の人物がいたから、豊臣家が揺らいだ後も元の戦国に戻ることなくわずかな混乱で天下は治まっている。
応仁の乱とは時代背景も何もかも異なっているんだが。

286 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 03:06:20 ID:X3zJ8ZvT
保科正之が宰相?
いくらなんでも過大評価しすぎでしょ。
100歩譲って宰相だったとしてもこの状況下での秀長と、
比較できる人物じゃないだろう。

んで応仁の乱と情勢が違うというけど、情勢が変わったのは
関ヶ原や大阪の陣を経た事で家康が大名家の植え替えに成功してるからでしょ、
破壊する側の家康はそういう合戦を望むところだけど、
まだまだ外様が元気なあの情勢で豊臣側がそれをやったら応仁の乱より
酷い情勢になる可能性すらある。それで豊臣家がもつのか?




287 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 23:12:12 ID:5PEnS2IG
おそらく中学生くらいなんだろうが、キミが負けず嫌いだというのとはよくわかった。
それと本当に保科正之のこと何も知らないってことも。

知らないなら、少しは調べてから書き込もうよ。まじめな書き込みにはまじめに応対するからさ。

それと、大名家の国替えの話なんて誰もいってない。後半の文章は(も)意味不明だ。

288 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 02:35:54 ID:oIpCj0WG
保科正之が家光や家綱に信頼されたのもわかるし、政治的に優れていたのはわかるが、
それでこの状況下での秀長と比較対照にするには過大評価が過ぎるだろう。
一体何が出来るの?、そんなに保科正之を評価するなら彼が裏切った場合
家綱の治世がどうなるかを聞かせて欲しいところ。
秀長が裏切った場合は秀次を潰すくらい造作も無いだろう。

289 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 08:49:14 ID:3AF2sUPk
>秀長が裏切った場合は秀次を潰すくらい造作も無いだろう。

それはそのまま豊臣家滅亡の道だと何度も説明しただろ。
家康が秀忠を裏切って潰すのは造作もない。だがそれになんの意味がある?
キミがいっているのはそれと同じ。

元百姓の成り上がりであるだけに
・譜代の家臣がほとんどいない(有力大名はほとんどが元同僚か、かつての敵。いいとこ与力くらい))
・一族&後継者が極端に少ない(子がいないのも致命的だが、一族でまともだったのは秀長と長政くらいしかいない一族)
これが豊臣家及び豊臣政権のウィークポイントであり秀吉&秀長が苦労してきたところ。

それをふまえた上で、秀長が秀次を追い出すことがありえるかどうか考えてくれ。
本人の意思とは無関係に派閥ができるといったが、それも家康秀忠親子に当てはまる関係だよ。秀長はそこまで愚かじゃないと思うな。

290 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 12:41:55 ID:oIpCj0WG
>>289
保科正之はどこいったんだよ。

291 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 12:49:18 ID:ZjVuXOr7
会津

292 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 13:07:46 ID:EcOEo4dw
豊臣秀頼のスレはどこ行ったんだよ?

293 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 15:41:57 ID:k74Q/ss4
みんな、1611年に秀頼と家康が会ったときに
 アホだと思ってた秀頼のオ−ラに圧倒され、
自分の生きているうちに豊臣家滅亡させておかないとやばいって思った話は、
 スル−ですか。


294 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 16:33:18 ID:E/hagV4Z
>>293

あれは、自分が老齢である事で秀頼の若さに嫉妬したとか、次男秀康亡き後の家康の息子達(忠輝は除く)は、
脆弱(貧弱)な秀忠と、幼い三兄弟(尾張、紀州、水戸藩祖)しかいなかった点。秀頼が2メートル近い巨漢だった為。
まぁ、カリスマはその大木から自然と血統の流れで少しは出ていたんだろな。そりゃ、20前後の巨漢な青年を70歳の
老人が見ればびっくりするだろ。圧倒される感じでね。で、家康は大阪の陣に踏み切った訳だが最近では、秀忠が積極的
に本多父子や金地院などの謀略を利用して潰そうとしたみたいだね。実際、大阪の陣で大阪城で秀頼に味方する大名が
一人もいなかった点は徳川家康の器量のが遥かに上だと諸大名も思ってたんだろう。しかも、秀頼って、秀吉の子供じゃない
って事も薄々、皆知ってたんぢゃないかな。秀頼の最後の大名としての臣は、加藤清正と浅野幸長だけ。両人の死後は彼の
運命は死しか残って無かった。

295 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 17:39:14 ID:VGcQUiGF
秀頼が落ち延びて鹿児島に潜伏してたってのはどうなんかね?

296 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 17:45:09 ID:lCep5Acw
最新のDNA鑑定の結果では、身長170〜175cm、体重65〜70s、やや肩幅が広く、筋肉質な体型。
顔は丸顔で眉毛が太く、鼻はだんご鼻ということぐらいはわかっている。
家康のDNAと照合してみたらおもしろそうだ。

297 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 18:17:53 ID:k74Q/ss4
秀吉がちっちゃかったのに秀頼が大きいのは、なぜって言うのは、
 栄養の部分が大きかったんじゃない。
それは、戦後の日本人の身長の伸びを見れば明らか。
 戦前までは、
デブ巨体=金持ちの象徴
 だったんじゃない。
好きなだけ好きなもの食べれる人なんて限られていた訳だし。


298 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 19:07:13 ID:2mEOwn5W
秀吉もさほど貧乏な生まれではなかったような?
血縁者の出自から考えると、土豪クラスだった可能性が高いみたいだし。
実際問題として、自分で農耕もし多少の経済的なゆとりもある土豪クラスが
一番体に良いもの食ってるよな。

299 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 19:11:59 ID:3AF2sUPk
>>290
288の質問に答えておこうか。
家綱には息子がいなかった。だから正之に野心があるならば、彼か彼の息子をその後継者として擁立させれば
容易に主家のっとりは可能だった。

実際、家綱の後には宮将軍を擁立しようという動きもあったくらいで、近親で実権も握っていた正之の家系に宗家が
移ることは十分にありえる仮定。正之が望まなかったから実現しなかったが。

少なくとも、実子のいない秀長には無理な方法だな。
で、秀長が秀次から天下を奪って、その政権をどうやって維持するんだ? 誰に継がせる?

300 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 20:45:15 ID:btAM5OrC
ピザの遺伝子とオクレの遺伝子が戦ったら
ピザの遺伝子が勝つような気がする。

301 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 20:46:19 ID:k74Q/ss4
>>298
体によい食べ物って言うのは、飽食の現代人が考える発想で、
 少なくても身長が伸びる事とは関係ないよ

302 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 20:53:02 ID:oIpCj0WG
>>299
他の老中はそれを眺めてるの?ありえなくない?
そうやって将軍家を巧く操ろうとして、弾き出された老中も多いというのに、
保科正之がそれ以上の存在とは残念ながら思えんが。

秀長とは固有の武力という点と外様の五大老に張り合いうるという時点で桁が違う。

303 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 00:38:45 ID:jls1R+Ox
巨体デブ家康のDNAの秀頼。

304 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 00:44:51 ID:Etchl89+
http://kakutei.cside.com/photo/bushou/ieyasu.htm

家康ってデブデブ言われてるが年をとってからデブになっただけだぞ。元々は、若い時から武芸に励んで
乗馬、弓、剣術に優れていたと言われる。もっとも、今の人間から見たらピザには変わり無いがw

305 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 00:45:08 ID:jls1R+Ox
>>298
残念ながらそれはない。せいぜい雑兵あがりがいいところ。

ただ秀吉の親父の弥右衛門が蜂須賀小六の親父の部下だったことは
考えられる。たとえ苗字なしの極貧の小作人出だとしてもね。

306 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 13:11:18 ID:EIfbh80W
いや、でも実際問題、出自が明らかになってないんだから
小作人か土豪かもわからないじゃないのか。
そしたら出自が明らかになってない奴ら全員小作人出身になっちまう

307 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 13:16:31 ID:eP4lHFTj
秀頼が誰の子かということと、
豊臣家が滅んだことは全く関係なし

308 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 13:20:23 ID:xvbbYPvj
>>294
>脆弱(貧弱)な秀忠
増上寺を掘り起こした時に、歴代将軍の遺骨も調べられたけど、
秀忠は身長160センチほどで、骨太のいかにも戦国武将って感じだったそうだよ。
時が経つ程、徳川将軍の骨は公家化し骨の細い弱弱しいものになっていったそうだけど、
一番古い秀忠の骨はきちんと残っていたらしい。
秀忠以降は公家化が進んだにせよ、秀忠は戦国武将としての
平均値はあったんじゃないか?

309 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 13:28:25 ID:nXtOw4W/
骨によると、体格はしっかりしていて、鉄砲傷もあり、勇猛だったのではと想像できるらしいよね。
信玄のように、体が弱くて安全な本陣でしか指揮を取らなかった人でも将としては有能な訳で
大将としての能力って、本人の身体能力とか、勇敢さだけじゃないんだよね。

310 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 14:05:08 ID:x5KGsU/z
>>304
信玄に敗れて、糞を漏らした直後に書かせた自画像では
家康は随分、痩せてるよね。その時点では、さほど太ってなかったと思う。
おそらく秀吉に屈する前後では太っていたが
その後、健康問題を真剣に考えるようになり養生訓に彼自身が書いてるように
肥満は健康に良くないという意識を持って老後はダイエットを実行していたのだろうと思う。

311 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 14:18:27 ID:Fgg92Kz+
秀吉を油断させるために肥満を装い
死んだらすぐに痩せて長生きしただけでしょ

312 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 15:06:31 ID:5GDLb40+
家康は徐々に太っただけの話でないかい?
信玄と戦ってた時は激務だろうし、げっそりしてて、秀吉と手を結んでからは40代入って太りだしたのだろう

>>311 秀吉死後痩せて長生きって????

当時は多少太ってるが健康の証だろう。今とは食糧事情も違うし。

家康が健康の為に鷹狩りや、薬飲んだりしたのが長生きの証ならともかく、ダイエットとはw

313 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 16:17:46 ID:jls1R+Ox
秀忠が骨太??

314 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 17:04:57 ID:8Vmtn6QB
>>302
実際にそうやって主家乗っ取りに成功した一橋家の例があるのだが。
定信が止めねば、治済はもう少しで大御所になるところだったし、他の御三家・御三卿にも養子・嫁を送って
そのほとんどの乗っ取りに成功。

少なくとも、秀長より実現性の高いのは間違いない。
固有の武力を持とうが、五大老に張り合えようが、秀長が豊臣乗っ取って、誰に継がせるんだ?
その答えをまだ聞いていないよ。秀長が死んでおしまいになるなら、そんな意味のないことを秀長がするわけがない。

315 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 18:13:59 ID:xKoH7J+D
だから秀次が秀長を扱いきれるかと言ってる、
正確に言うと自分の配下と秀長の配下の調整まで全部。

それができなきゃ争いが起きる可能性を否定する事などできない。
秀吉の下だけですら武断派・文治派でわかれてるのに、それにさらに秀長の直属の配下の権力が強まって、
さらに秀次の側近の権力も強まる、実際それも秀吉の虐殺に繋がった一つの要因だし。
これに江戸時代とは比較にならないほどに強力な外様大名の圧力が加わってくる情勢。

これらが丸く収まると思う根拠が欲しいんだが。
秀長が天下を奪って後継を誰に・・・とかそういう問題ではない、まず自身の身の安全の確保の問題。
それは既に>>228の時点で言ってる。

上記に比べれば徳川家内での後継争いは所詮家康・秀忠・家光が100年かけて創り上げた箱庭の中での
争いに過ぎない、誰が継ごうが彼らにとっては可愛い子孫が継ぐ訳で。

316 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 18:20:34 ID:8Vmtn6QB
>だから秀次が秀長を扱いきれるかと言ってる、
>正確に言うと自分の配下と秀長の配下の調整まで全部。

だからそれは、秀忠と家康の関係にもあてはまるだろ、と言ってる。
駿府に発言力の強い大御所(及びそのブレーン)がいて、江戸の将軍はやりくい立場ではあったが、それでも両者はうまく
機能して、同族争いなど起こっていない。
代替わりのたびに同族間の争いが起こっていたら、それは当事者がよほど愚かな場合のみだ。

317 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 18:30:08 ID:xKoH7J+D
え、本気で叔父と甥の関係が嫡子と先代の関係と同等だと思ってるの?
売り言葉に買い言葉で出た発言だと思ってわざとそこはスルーしてたんだが本気?

だとしたらもういいや、俺から何も言う事はない。

318 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 18:36:55 ID:8Vmtn6QB
少なくとも、キミが主張している内容では差はないね。
実際に、後継者を指名しいったんは引退した先代が、再び実権を獲り戻したのが秀吉と秀次の例だ。
実績の大きい同族者の扱いが難しいのは、それが先代自身でも先代のブレーンでも違いはない。
違いがあるなら、どこがどのように変わってくるか具体的に指摘したら?

言ったろ。まじめに書き込むならまじめに応対すると。

319 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 23:22:04 ID:x5KGsU/z
武田家の勝頼と穴山梅雪の関係に似てるだろうな
もしくは勝頼と武田逍遙軒信綱の関係の方が、もっと近いかもしれない。
明らかに主君の勝頼より発言力が大きく心の底から勝頼を見下し
諸将の前でも御一門筆頭の座を明らさまにして尊大に振舞ってた。
そして、俺こそが武田家の家督を継ぐべきだという気持ちが噴出して
あっさり勝頼を裏切って織田家に信濃・甲府を献上してしまった。
でも人間のあくの強さとか考えると、穴山のような酷い事を秀長がするはずないし
人間ができてるから、きちんと甥の秀次に従って立ててただろうという事は
想像に難くない。多分、自身は以前よりも目立たないように発言も差し控え
官位なども返上して家督を子供(養子)に譲って出家した可能性も相当高い。

320 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 00:07:45 ID:11duRH82
>>319
それが現実的かも。
しかし出家してそこまで実務から身を引いてしまったら結局外様連中を抑えられない、
かといって出家しても信玄のように号をつけただけでは出家の意味が無い。

難しい所だな。

321 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 00:44:16 ID:swns4syd
>>320
もちろん外様を押さえつけられないんだけど
高台院のように諸大名への影響力は持ち続けただろうと思うよ。
本人の意思とか無関係にね。

322 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 00:48:20 ID:11duRH82
なんだか本気で複雑な体制になってしまいそうだな。
収拾つかないまま次の世代へ持ち越してしまいそう。

323 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 00:51:12 ID:swns4syd
もし北条政子のように外戚が生きていたら
たとえば淀君の父(浅井)や叔父が生存して家を保っていたら
豊臣政権内に侵食してきて官職や軍権を一族で抑え
家康なんか出る幕もなく
逆らおうモンなら七族まで誅殺したんじゃないかな。
実質的な日本の王が淀君になって、彼女の庇護下で秀頼が安穏と生活を送れた可能性もなきにしもあらず。

324 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 00:54:52 ID:swns4syd
というよりかネネが子供を産めば済むだけの話だったな。
外戚の浅野氏が我が身を盾にしてでも絶対に北政所政権を守り通す事は想像に難くない。

325 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 09:09:27 ID:FcUGzuwB
ねねがこっそり浮気して他の男の子を秀吉の子として産めばよかったんじゃね?

326 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 13:47:45 ID:oOV4QP/L
それじゃまったくもって元の木阿弥だろ
淀より味方する大名は多そうだが

327 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 21:51:52 ID:b77EETCH
外様を抑えるというが、要は家康を抑えられるかどうかが一番のポイントだろう。
他はまだなんとかなるとしても。

秀長が生存していたとしても、せいぜい前田利家くらいの働きくらいだったかと。
家康が恐れていたのはあくまで秀吉だったしな。

328 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 23:27:17 ID:jNIboLTh
釣ってるのかなあ。秀長と前田が同じ程度って。なんか反論するのも馬鹿馬鹿しい。

329 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/26(火) 18:17:14 ID:cYIRN6jK
とどのつまり、秀吉が種なしだったのか、ねねが石女だったのか
どっちだろうか

330 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/27(水) 09:21:40 ID:66H5iMqV
前者あるいは両方
ねねだけに原因があるとは考えにくい
あれだけの女とやったのに茶々しかデキてないんだし

331 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/27(水) 18:47:20 ID:zHEFt0Da
南殿は?

332 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 00:26:56 ID:vzmziUu0
無精子症ではなかったんだろうな。一応、精子はいるものの数が極端に少ないか
精子の活動が極端に悪いかのどっちかだろう。だから運がよければ妊娠はする。
しかし、いずれにしても続けて二度も妊娠するほど受精率が高いなら上記のような
男性不妊の定義には当てはまらなくなる。相当数打って当たる程度の確率でしか妊娠できない
男性不妊の精子で同じ女が立て続けに妊娠するのは医学的見地から見てありえない。
それほど受精率が高いのなら、初期の段階で正妻であるねねが妊娠しているはず。

333 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 00:50:37 ID:2h0fg/5z
なんとなくだが鶴松は秀吉の子っぽいが秀頼は違う気がする。
鶴松が成長してれば日本史も変わってただろうね…。

334 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 00:58:55 ID:2vlXehgc
 鶴松が生きててもまだ10代だから関が原には間に合わない。政治的
影響は飾り程度で、実権もへったくれもなかっただろう。関白にするに
は幼すぎて朝廷も許可しないだろし。ただ鶴松も秀頼も生きてれば淀の方
がどちらか一方を三成に貸した可能性がある。そうすれば関が原で東軍に
ついた大名が西軍について西軍が勝利した可能性もあったかもしれないな。

335 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 01:26:11 ID:ncn0BE/U
鶴松が生きてたら朝鮮征伐自体が起きてない。
また秀次を関白にもしてなければ、彼に切腹させる事もなかった。
さらに言えば、三成が武功派武将に、あそこまで嫌われなかった。
秀吉は鶴松が死んだ後、半狂乱になって豊臣政権を自ら破壊する行為ばかりしたが
それらの愚行が無ければ人心も豊臣政権から離れず
家康の豊臣政権を切り崩す戦術があそこまで上手くいかなかったろう。
秀次一人が生きてるだけでも家康は傍若無人な行為はしずらい。

336 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 01:32:24 ID:ncn0BE/U
しかし鶴松が死ななければ秀次の関白就任も後継者の道も全く無いわけだが
秀吉は彼をどうする気だったんだろう?
公卿の一人として右大臣程度のポストを与えてそのまま置いておくか
もしくは、どこかしかるべき土地に数十万石を与えて三好秀次か
豊臣秀次か分らないが大名としてあげるか
もしくは、どこかの大名の養子として送り込み、蒲生秀次とか吉川秀次とかにして
地方へ追っ払っただろうか?


337 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 06:50:10 ID:vCy3AaSb
〜たら
〜れば
〜たら
〜れば

こればっかだね

338 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 09:16:51 ID:yOKLV4vd
利家はまだ秀吉死後豊臣を守るために家康に対抗しようとしたが、このスレでは秀長はとてもそんな器じゃないっていってる意見が
あるようだ。
秀頼がいなくて秀長が長生きしたとしても、秀長は豊臣家をまとめることもできずに秀次と不毛な同族争いして家康を喜ばせるだけだろう、
なんていってるくらいだ。

やたら秀長を過小評価している意見には首をかしげるが。

339 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 16:34:23 ID:ncn0BE/U
秀長は調整能力に長けた武将だったよね。
まだ、新生で先祖代々の家来も居らず
信長が次々とつけた武将を配下にさせられ
蜂須賀党のような、おそらく気性の荒い山賊みたいな人から
秀吉を上司とすら思ってない与力武将から内政のために登用した奉行系の
人まで様々雑多に居たのに、秀吉自身は東奔西走で安土・京・岐阜・尾張
その他様々な戦地に走り続け、その間の残された武将を喧嘩もさせず
丸くおさめ、なおかつ戦地でも、それらの扱いづらい部下を持ちながらも
並以上の戦績を収めた。これは十分に名将の評価は与えうるし
利家と比べても全然ヒケを取らない。
大軍を率いる武将の格というか能力から言えば
信長、秀吉、家康>利家、秀長>越えられない壁>秀次と見て良いと思う。
また、家内をまとめる調整能力を見れば、秀吉にすらヒケをとらないかもしれない。
治めるのが難しいと言われた大和の国を大規模な一揆や大虐殺も伴わず
なんとか統治する所までこぎつけたんだからね。
利家の方が徹底して一向宗の弾圧や圧政をして不器用な統治の仕方だったとさえ思う。

340 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 18:55:24 ID:fL4v10al
>>338
上の方の論争は秀長の能力や勢威を過小に評価してるもんじゃないよ。
まあ327はおかしいけど。

341 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 18:56:18 ID:nUb86iJF
「秀長」ではなく「小一郎」というほうがピンとくるのは俺だけかな?

342 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 19:12:47 ID:yOKLV4vd
>>340
そうかな。
秀長vs秀次をしきりに主張していた意見があったが、あれこそおかしいだろ。
327はどこがおかしいのかさっぱりわからんが。

343 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 23:33:38 ID:/kDUz6Ep
しょうがないだろ、どの時代でも派閥争いは起こるもんだ。
ましてあの豊臣政権の状況で、当主が秀次じゃ。秀長がいくら優秀でも無理ある。

上で秀長が隠居してしまうかもしれないと言う意見があったがそれが一番ありえそう。

344 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 23:35:07 ID:/kDUz6Ep
あぁ>>327はありえないので無視。

345 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 11:21:41 ID:yu0sIai0
都合が悪いから無視、でしょ。

346 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 11:23:34 ID:yu0sIai0
つまり秀長には豊臣家をまとめる力がないというわけか。
秀次と協力しあうのも無理な狭量な男と。
輝元を支えた両川のような立場は期待できないってわけね。

それこそ過小評価だろ。

347 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 11:45:08 ID:Vrz9jZWn
張良や黒田官兵衛のように賢い者は
「天にニ日なし」を良く知ってただろうから
主君に少しでも自分が猜疑心を持たれる可能性を感じたので
身を韜晦して隠遁したのだろうと思う。
秀吉と秀長は肉親の上に精神的にも裏切る事や猜疑心を持つ事自体が
ありえない関係だったかもしれないが、秀次と秀長がそうだったとは
思いがたいからね。もし秀次が項羽のように親族にだけ物凄く甘いと
定評のある人物であれば親族は身を韜晦する必要もないが
多分、そんな事はないと思うので、秀長はおとなしく隠遁したでしょう。
それを持って無能なんて評価はできない。
それだったら上記の張良や黒田如水が無能で、ハンゾウや項伯や秀次が
優秀だという結論になってしまう。

348 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 11:56:23 ID:Vrz9jZWn
でも、隠遁という話であれば秀次自身が一番すべき人物だったんだよね。
秀頼誕生を大袈裟に喜び、自らは「日本国を守るために防人をしたい」などと
九州か北海道への赴任を願い出るなり
「政治に疲れました、もう出家して余生を穏やかに過ごしたい」などと隠遁を申し入れれば
秀吉は喜んで認めてたんじゃないだろうか。
それでも、三成あたりが秀吉に何かを吹き込んで隠遁した秀次を殺害させる可能性はあるだろうけど
秀吉が死んだ後に偽書まで作って秀次を殺すほどの大胆な事を三成はできる人間でもないだろうから
多分、秀次自身は寿命を全うできたでしょう。

349 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 18:03:12 ID:ozehYDIg
>>327が秀長の存在感を前田利家と同じ程度としているのは過小評価じゃないのか?


350 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 19:21:10 ID:2CjrU6R8
おねも旦那の留守中に浮気でもしてがきをうんどけばよかったんだな

351 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 11:47:29 ID:PLcnFcku
秀吉は医学的見地から見ても面白い研究材料かも。
彼の死因一つをとっても、そうだし
実年齢に関しても疑わしい部分があるし
秀吉のSEX回数に比しての極端な子の少なさや
弟の秀長も子が出来なかった点や、秀吉が多指症であった点からも
秀吉の遺伝形質や染色体異常に関しても、彼のDNAが万一採取できたら
面白い研究結果が出るんじゃないかと思える。

352 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 18:50:15 ID:Ai4bJlPM
小一郎には一応娘がいる。
でもって秀次の弟で秀保というのをその娘の婿として養子にしていた。

彼のDNAは採集不能だろう。
墓も骨も家光のアホがどっかに投げ捨てちまった。

353 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 10:06:33 ID:7syHOwE1
たまたま兄が種無しだったのに合わせて子が少ないから小一郎も種無しって感じではあるけど、
小一郎は兄と違って側室などの浮ついた話も聞かないし、
経歴をたどってみる限り、実は忙しすぎて子を作ってる暇が無かっただけなのでは・・・と思う事がある。

354 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 23:17:16 ID:nheKVNFi
>>327
狡兎死して走狗煮らる、の例はたしかにあるものの、漢の高祖はその代表例で、あそこまで
功臣が粛清されていった新政権は珍しい。

秀次が、高祖ほどに周辺を切り捨てていくと定評のある人物であればともかく、歴史を顧みれば
身内に優しく一族で盛り立てていく方がむしろ一般的。強大な敵が残っているならなおさらに。
まして秀長は調整能力に長けた武将で、その実績はキミが>>339で書いてあるとおり。

秀長なら秀次を立てながら、豊臣家を支えて家康に対抗していくだろうと思う。が、仮に隠遁
するとすれば、自分が何をしても家康には敵わないときっぱり諦めた場合かな。
高台院のパターンだね。

>>349
全然。
秀吉でさえあれほど手を焼いた家康を、秀長なら翻弄できる、とはとても思えないからね。

355 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 03:01:43 ID:cLWw89vL
いや、あくまで秀吉存命時は家康は完全に抑えてただろ。
秀長が総大将として100%実力を振るえるのであれば、秀吉と同じく家康を抑えることは可能だと思われる。

だが秀次の政権であってあくまで秀次の補佐としてという程度のものならば
それは難しいかもしれないし、変に秀長が秀吉同様の権力を持てば、史実の秀吉と秀次のように、
軋轢が生まれてしまう事もありうるわけで、彼の性格を考えると、そうなる前に隠遁する可能性も高いと言う事。

前田利家と比較する方がおかしい、実績が違いすぎ。

356 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 08:15:40 ID:z9zDO/mg
秀長云々じゃなくて家康にたいする過剰評価なんだな。
家康ならなんでもできるなんて考えてそうだ。


357 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 13:44:23 ID:Hfl/xEGL
秀吉によって意図的に家康に対抗する位置に置かれた部分もある前田ですらあれだけ家康を
掣肘できたんだから秀長ならいっそうでは。






358 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 08:21:11 ID:vWF/TJEg
>いや、あくまで秀吉存命時は家康は完全に抑えてただろ。

どのへんが?
戦場では(局地戦とはいえ)負けて、搦め手でなんとか和睦させ、臣従させるのにも妹を送って母親まで送って、それでようやく
挨拶に来た家康を、半ばだまくらかして臣下の礼を取らせてとりあえずまとめて、その後も細心の注意を払い最重要人物として
扱っているぞ。秀長や利休たちの尽力もあったから知ってるはずだろ。

三河から切り離したり、石川数正を引き抜いたり、いろいろ揺さぶりをかけたものの徳川家はまったく弱体化せず、朝鮮出兵も
拒絶され、結局豊臣政権の中でも別格の存在のまま、最期も家康を筆頭とする五大老に秀頼のことを託す形にせざるをえなかった。
家康の最期と比べればどれだけ不安定な政権状況だったかわかるはず。

秀吉&秀長でさえ、そこまでするのが精一杯だったのに、秀次&秀長で、状況が好転する理由がないだろ。

359 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 10:33:07 ID:do1GiG3v
逆に家康の側が史実と違い後継体制の移行が順調におこなわれた豊臣家に
どのような形で政権奪取をおこなえるんだろうかという疑問があるんだが。
つか家康がそういう動きをおこなえるもんなんだろうか。状況や条件は史実よりも
厳しくなってるのに。

360 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 10:36:17 ID:do1GiG3v
それと家康は秀長と東国取次という役割も含めて政治的に近いという事実もあるし。


361 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 21:33:29 ID:cYPKoKuR
>>358
というか秀次の存在はこの場合マイナスにしか働かんと思われる。

存在する以上は秀次があくまで君主であって、秀長はそれ以上の能力は出せない。

362 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 21:54:25 ID:kkXGe7RN
スレ違いの話題はいつまで続く?

363 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 22:03:47 ID:cYPKoKuR
スレタイ通りの話題がちゃんと出てくるまで。

364 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 22:38:45 ID:NFM07Y+z
自演ぽいのが続く

365 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 23:43:33 ID:LL4CAUFn
「羽柴秀頼」と呼ばれることが殆ど無いのが不思議でならない。
本姓で呼ばなきゃいけない理由でもあるのだろうか
平頼綱みたいに名字が不明もしくは使ってなかったというなら話は別だけど。

366 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 00:00:32 ID:1U57xFsZ
>>352
家光って秀吉の墓だけでなく秀長の墓も荒らしたの?


367 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 02:34:44 ID:VnyQHHxF
秀長VS秀次の「たら、れば」を必死に論じている人たちは
何が楽しくて続けてるの?

368 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 06:18:46 ID:L+EBTGuj
秀長も最近再評価されてるけれども、基本的に温厚な官僚的な行政官タイプだと言われている。
秀長の司令官としての力量も、政治的戦略的なお膳立てを秀吉がしっかりした上での物だからな。
参謀も黒田官兵衛とか蜂須賀とか居るわけで。それに重要な政治的な判断も秀吉が行う訳だしね。

秀吉死後の豊臣家の政治的難色を乗り切るのは、もっと実行力の有るタイプの政治家が必要だと思う。
仮に秀長が長生きしていたとして、秀吉死後の派閥争いを押さえきれるのだろうか?正直、三成一人押さえられたか疑問だよ。
利家と大差無い役回りでないのかね?

369 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 07:42:39 ID:+viUpYFu
旭姫を送ったのは家康が先に長子の於義丸(後の秀康)を人質に送ったからその返礼という形なんだが
朝鮮出兵でも渡海こそしなかったものの名護屋城の普請や大船の建造、
九州での出陣など大小様々な賦役を課せられてる
秀吉が豊臣政権下の家康を優遇したのは事実だが別にそれは家康を持て余してたとかそういうわけじゃなく、
変な言い方だが家康の人間性と実力を信頼してのことだろ
本当に邪魔ならそれこそ難癖つけて攻め滅ぼしてるよ

370 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 09:02:58 ID:6uFoqYk2
家康厨がいうことだから

371 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 12:34:57 ID:RknJFRGQ
>>367
その話はとっくに終わってる訳だが。

>>368
秀長は紛れも無く豊臣正規軍の総司令官になるわけだぞ、
その時点で何が変わるか、考えてみればわかりやすいだろう。

372 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 12:46:37 ID:vVQwaXyD
>秀長は紛れも無く豊臣正規軍の総司令官になるわけだぞ

反対むなしく朝鮮出兵で総司令官を任されることになる
秀長の立場では武断派も文治派も顔を立ててやらねばならんから
ストレスによって確実に病没するので秀吉より長生きできない
何も変わらないな

373 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 13:33:00 ID:0kkDnABo
秀長の権勢は補佐役というイメージなど抽象的なものであったが研究によって明らかにされてきたものも多い。
その一つは、西日本全般における軍事指揮権や服属地への仕置き等の権限であり
例えば四国九州征伐において長宗我部島津などの戦後処理を秀長が行い秀吉がそれをそのまま
追認しているのもその一例である。
東日本に関しても北条外交について家康に意向を申し送ってるのがわかる書状などがあり、病がなければ
西と同様の権限を与えられていた可能性は高い。


374 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 04:08:35 ID:iJW/mFNW
確かに高いな、しかもそれが居なくなってしまったから、換わりに家康に東国を任せる形になった。

それが結果的に家康と東国とのつながりを強めてしまった。

375 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 05:11:18 ID:WLwzEBvP
当時の大阪城の事を想像すると、大阪城の豊臣家を動かしていた人は誰なんだろうかと思う。
名目はもちろん秀頼が当主なのは間違いない。
家老の守り役は片桐且元なのも間違いない、家老類としては大野治長兄弟や片桐兄弟とかが判断してたようにも見えるが。
淀君が女城主だったんじゃないのだろうか?。
あと有楽斎と信雄も親類としていたそうだが、権限があったのか無かったのか。(こいつらは大坂の陣の前に逃げ出してるから責任なんぞ無かっただろうけど)

仮にも家老で宰相であるはずの片桐兄弟が最終的に追い出されてるし、結局、淀君が政治判断の決定権もってたのだろうけど。
こんな物が豊臣家なのかって疑問も有るな。淀君の私物のような状態な感じが読み取れる。

秀頼哀れ(´д⊂)

376 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 08:29:44 ID:Bqn1kSfZ
>>369
いくら天下人でも、いくら邪魔な存在でも、誰でも難癖つけて滅ぼせるほど簡単じゃない。大物であればなおさら。
隙あらば弱体化させようとは狙っていたが、政治的に家康が巧みに交わし、表向きは協力して、重用せざるをえない形に
持っていっただけ。
信長に難癖つけられた時に、信康さえ死に追いやったほどの家康なら、そのへんはお手の物だろう。

実際に秀吉死後の家康の行動には、無駄もなければ迷いもない。
天下獲りのため、秀吉の死をずっと待っていた者の行動だね。その家康の人間性を、秀吉もかなりの部分は見抜いていたから
諸大名に牽制させようとして合議制の形にもっていったわけで。あまり役にはたたなかったが。

377 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 18:16:12 ID:WLwzEBvP
秀頼の立場は選択肢が少ないんだよね。
淀君とか侍女共に囲まれて育てば、どんなボンボンができるか誰でもすぐ解る。
仮に他家に預けられて男らしく厳しく育てれば、淀君の言うことなど聞かない、しっかりした政治家になる可能性もあったが。
利家や家康に預けて育てるとかの選択肢も、秀吉が死んだ時点で厳しい。
他家に預けられた秀頼が病死でもしたもんなら、毒殺と疑われて、大変な事になる。
そんな可能性が有るだけで他家に預けることも出来ない。

結果、秀頼は、15才になれば天下を秀頼に帰すなどと言う約束を信じさせられて育ったとか。
淀君は家康を豊臣家の家老程度にしか思わずに、単純に、天下を家康に奪われたと思って恨んでたのだろう。
まともな譜代の家臣が居ないことがここまで尾を引く物か。滅びる原因は内に有りだな

378 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 21:57:47 ID:QpaazcPq
すべては淀の責任ってか?
あと淀君って呼び方は不快に感じるひと
結構いるみたいだからわざとじゃなければ
やめたほうがいいかも。

379 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 08:44:15 ID:dewO3jbP
天皇に挨拶しない不届き者を征伐する、という理由で朝鮮に出兵した秀吉だぞw
秀吉くらいの独裁者になれば気に喰わない相手にいくらでも難癖はつけれるわけで
それこそ大坂の陣における方広寺鐘銘事件程度の言い掛かりでも構わない
存命中の秀吉が家康の本性を見抜いてたというのも疑わしいな
後世の我々からすれば家康が律義者なんて笑止千万だが、
当時の家康は巧みにそれを韜晦してた
太閤遺訓でもしつこいくらい「内府は律義者だから〜」を連呼してる
家康のことを秀吉が警戒していたとする積極的な史料を自分は知らない



380 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 19:36:19 ID:g52H93Ko
だからといって全くの無警戒ではないだろ。
徳川は一応豊臣家の臣下だが、石高は日本最大の大名だぞ。

381 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 02:08:01 ID:o/zi5jKb
>>377
家康に預けていれば立派な三法師2号が出来ただろうに。

382 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 02:19:55 ID:iPUiEBCb
家康にそんな度量は無いだろ
頼朝の命を救った清盛の愚は避けようとするはず
度量というか性格的なものかもしれないが

383 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 19:57:29 ID:vE4nKGY5
>>365正確に言うと豊臣氏は継いでないよね。
豊氏長者になってないから。
>>378
淀君の君は遊女を意味してるからな。徳川は汚いな。

384 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 23:38:50 ID:aRZWPPpI
坂 崎 直 盛 宇喜多秀家の従兄弟だが、東軍について改易された男。
浪人中に自ら坂崎って名前にしたらしいが、実際は秀家が同じ宇喜多姓を
名乗るなって事だったらしい。後の、大阪城の千姫略奪事件も凄いものがあったなw
東軍は痛い奴が多かった。よって、負けた。

385 :384:2007/01/10(水) 23:39:39 ID:aRZWPPpI
誤爆した。すまん。

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