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戦国期日本と海外諸国の戦力比較

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 00:49:54 ID:+9K7uthH
戦国時代の日本の軍事力は、当時の世界の大国の軍事力
と比べると、どれほどの物だったのだろうか?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 00:51:47 ID:YikGrcSR
当時の世界最強国はスペインになるのかな?

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 01:46:55 ID:Qnug2diI
欧州のロングボウは非常に優秀な弓で、200メートルの距離からでも2.5センチのオーク材を貫通する貫通力があった。
これは初期の銃を凌ぎ、欧州で弓が銃にとって代わるのは16世紀の終わりになってからだった。
そして当たり前のことだが、防具と武具の発展は互いに影響しあうものでね。
欧州には優秀な弓隊が存在したことによって、防具はより強固なものが用いられるようになった。
しかもランスを用いた強力な騎馬隊が存在したことで兵は散開しては、叩き潰されるようになり、だからと言って密集していれば強力な弓の獲物にされる。
このジレンマに対応するためには、結局のところ装甲はより重装備になるしかなかったが、その結果、機動力は失われたわけだ。

一方、日本の場合は鎧などの装甲が重装備になるのは、鉄砲の伝来と普及まで待たねばならなかった。
実際のところ。日本の剣術は欧米のように突くことではなく斬ることを主としているだろう。
貫通力で言えば突くことの方が良いのに斬ることを主としているのは、機動力を重視した武器だからだ。
もっとも日本でも実戦でもっとも有効とされた武器は剣ではなく槍だったけどね。

こうした日本と欧州の流れの中で何が言いたいかと言いますと、戦術もやはりそれぞれの歴史や発明あるいは風土によって違いが現れてくる。
日本の風土や歴史の中で発展した装備が欧州の戦いには通用するとは限らないのではないだろうか?
そんなことです。

4 :ななしさん:2006/10/20(金) 02:33:28 ID:6bxiktuG
火縄銃の保有量は世界一で兵士の数もおそらく欧州とは桁違いに
たくさんいたろう
でも小火器ばかりで大砲は少ないから戦争をするとヨーロッパ勢と
比べたらかなり効率が悪い軍隊じゃないかな
まあ勇敢さと数ではひけは取らないだろうけど同数の兵士で
戦争すれば大苦戦すると思う

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 05:18:42 ID:zVfR9/lW
それな士官クラスはともかく下士官・兵卒クラスの教育基準が欧州とは格段に下がるのが痛いな。
余談だがこのスレ見てイェニチェリと平原でまともにぶつかったら
野戦の天才家康がどう対処するかと
学生時代、痛い会話してたの思い出した。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 11:41:32 ID:ImOi0XFG
明朝は制度上は200万人以上の兵力を有していたが、
日本の戦国期、16世紀は既に斜陽期で、兵制も内部崩壊が著しく、
万暦年間の兵力の実数は50万人程度と言われる。
文録・慶長の役で朝鮮に送ることができた兵力も10万人程度に過ぎなかった。
まあ、皇帝の絶対的な独裁権が確立していた明朝だから、
皇帝さえしっかりしていればわりと短期間で再建できたんだろうけど、
万暦帝は中国史上稀に見るほどのぐうたら皇帝だったから。
経済力に関して、長江流域を押さえている時点で、
世界一の超大国ではあっただろうけど、戦力となるとかなりおぼつかない。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 16:01:52 ID:W8jhHLci
兵の質 欧州>イスラム>日本>>>シナ
指揮官 日本・欧州>イスラム>>シナ
動員力 シナ>日本>イスラム>欧州 (兵糧維持なども含めて
魂   大和魂>騎士道精神>アラーの加護>>>阿片
武器  欧州>イスラム>日本>シナ
城   欧州>>イスラム>超えられない壁>日本
    (シナの当時の城がどんなんだかよく知らん)
軍艦  欧州>>イスラム>>>>>シナ>日本

こんな感じ?

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 23:58:26 ID:1BrzUmsJ
>>7
日本の城はかなり強固だろ?

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 01:05:01 ID:2GJiNE/+
支那の城は小田原城みたいなのがデフォだろ。それより、魂の比較って何だよ。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 02:26:05 ID:xiQSZvL4
戦国期の鉄砲保持率は世界でも最多じゃなかったっけ?

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 03:03:56 ID:3KC14gkz
鉄砲の集団運用は日本が初めと聞いた、
当時ヨーロッパの戦いで使われた鉄砲は部隊と部隊との間にポツポツとある程度

まあ日本が欧州以上か対等の技術だった時代もあり、抜かされた時代もあるからな。
正直難しいね。
大航海時代以前はペストで欧州の3分の1が死んで、基礎国力が破綻し、それで海外に
て構図が有るし。

貴族はそれなりに教育も士気も高いだろうが、一般市民クラスだと学問も教養も無い。

15世紀の末期ならば日本の方が上だと思う、16世紀に入ると微妙かな

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 03:06:37 ID:XpQctme5
当時の日本の総戦力は30万くらい。
しかも、ほとんどが古参兵ばっかり。
装備も一部(海軍や大砲装備)を除けば、世界最高水準だった。
戦略がしっかりしていれば、明を落せる戦力だな。
当時としては、世界最強クラスの陸軍国といっていい。
まぁ、海軍は2流以下だけど。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 03:13:44 ID:3KC14gkz
後、オスマン・トルコ帝国が強ええし。
当時の日本には海戦は勝機が無いのが辛い
征服はされないが、こっちから手出しもできない

東南アジア全取りされた事からみて、戦略的には負けていると思う。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 08:19:37 ID:/wxkS4ws
>>3
原始的な丸木弓のロングボウを「非常に優秀な弓」とか書いている時点でおかしい。
合板弓の日本の弓や合成弓のトルコ弓の方が性能は遥かに上。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 12:17:58 ID:2jhFcuOS
>>12
実際に明に攻め込んだら、日清戦争になるか日中戦争になるか。
朝鮮でのグダグダっぷりを見るに、後者になった可能性が高い。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 12:36:37 ID:XzmjI+s/
>>15
戦争遂行者が秀吉なんだからしょうがない。
外交的な終結点も考えず、一番弱い海軍に対する対応もなく、
現地に総司令官すらおかず(しかも、後方の大本営からはろく
な命令がでないし)外征すれば、そりゃ負けるわな。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 13:48:01 ID:LauTzKIn
海軍力を整備できる大名って誰だろう?やはり信長?

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 14:02:00 ID:4dWCSQiW
当時の日本で名のある武将で海のエキスパートというと
小早川隆景、小西行長、九鬼嘉隆
来島通総、村上武吉ってところか
あと亀井茲矩も有望そう


19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 14:08:52 ID:l37vn02p
兵士 日本=その他の国
武装 日本>その他の国
経験 日本>その他の国
総合 日本>その他の国

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 15:46:45 ID:PsYnQoZ9
>>5
兵卒の教育水準が日本より上?
欧州では18世紀になっても読み書きが出来る割合が人口の6パーセント程度だぞ。
ちなみに日本は60パーセント。(戦国期は知らん)

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 00:35:50 ID:0aF7ciDX
>>10753 :世界@名無史さん :2006/05/16(火) 08:53:39 0
「戦国時代の日本の銃保有率は世界最大」というのは
もともと誰の主張なんですか?
当時の普及率について論文などがあるなら読んでみたい。


754 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/05/16(火) 20:29:56 0
『鉄砲を捨てた日本人』あたりからではありませんか。
元々、あの本は別に日本史の研究家ではない銃規制賛成派の著者が、「戦国
時代には銃大国であった日本は、江戸時代には鉄砲を放棄したが、それでも
発展は止まらなかった。銃無しでも国は繁栄する」と言いたいが為に書いた
もの。その為、必要以上に日本を持ち上げています。
要するに目的があって戦国時代の日本の強さを強調していた訳ですが、これ
が戦国好き(戦国史好きではない)と自称愛国者の心を捕えてしまった。

戦国〜江戸期の日本全国津々浦々に存在した鉄砲の数が相当なものであった
事自体は事実でしょうが、それよりも戦国日本最強厨を出した罪が重い。
なお、実際には『鉄砲を捨てた日本人』に書かれていた事とは異なり、江戸期
に入ってからも狩猟目的で全国に相当数の鉄砲が存在していたというのが近
年の鉄砲史研究の示しているところです。
具体的に、他国と日本の鉄砲の数を比較して日本の保有率が最高と主張した
研究があったのでしょうか。兵数で欧州より、全体に対しての割合で明より
多いという事であっても、おかしくはありませんが。
(しかし、だから世界で強いという事にはならないのは勿論の事です)

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1120655663/




22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 02:28:55 ID:BJpPg7ym
>>5ではないが実際、日本の兵卒の敷字率どうなん?
半農足軽のイメージ高いからどうしても悪いよね


23 :ななしさん:2006/10/22(日) 05:22:03 ID:IbIxv6b0
戦国時代は戦術も夜襲と待ち伏せ突撃位だろう
一部の知将を除けば将校クラスでは猪突しかしらなかった
イメージがあるのだがまあ旧日本軍もそのクラスだからな


24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 10:21:16 ID:DNBXcw3L
>>23
火力が充実する近代戦になるまでは、猪突は一番有効な戦術だった。
それだけのこと。
そもそも、下級将校の役割のかなり多くの部分は、昔も今も兵を逃げ
腰にさせないっていう点にある。そのために、ドイツ軍は将校が先頭
に立って戦うようにしたんだしな。戦国時代は火力が戦況を左右する
率が少ないだけもっとそう。
要するに、兵を猪突させることが出来る将校はそれだけで優秀なんだよ。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 13:19:25 ID:7szhBffk
>>21
戦国末期になれば主力は鉄砲隊だからな、集団運用された鉄砲隊の力は
長篠から始まって、朝鮮半島大陸でも立証されている。
そもそも当時明には大砲火器類はそれなりに多いが、鉄砲の集中運用は
していない。明が大砲を使って女真族撃退した記録はあるが、その他は三国志と大差無い。

日本の鉄砲隊当時世界一はそれなりに信憑性あるよ。
ヨーロッパでも16世紀から集団運用してるけど、15世紀末に限って言えば
鉄砲大国でよいと思う。
日本は当時から重工業国家だった。明への輸出で一回に刀3万本とか記録残ってる
まあ名刀の類では無いだろうけども

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 13:20:00 ID:ieYRE2Kj
NHK映像の世紀 20世紀の幕開け
http://www.youtube.com/profile_videos?user=fc0120&page=5

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 17:13:11 ID:m6/wj72f
東アジアでは明と並んでトップクラスだったんじゃない?

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/23(月) 01:25:13 ID:eNktNGBC
騎兵や砲兵も少なそうな日本はその分、銃兵が多そうだ
結局詳細な統計や研究はしてなさそうだが

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/23(月) 07:31:57 ID:xzZ8JuFU
江戸時代以降、識字率は上がったが、戦国期は高くないよ。
教える状況じゃないし、読み書き出来ても利が無いから。
商業・宗教・武士階級くらいだよ。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/23(月) 23:41:34 ID:grxLd9aH
指揮官の経験値、という意味で言えば、戦国末期はまさに最強だった。
また、世界の歴史を見ても、分裂状態であった国をひとつにまとめた後というのは、
戦争を経験してきた兵と将だらけになってしまうため、兵器だけでなくしっかりとしたノウハウもあるので、段違いに強くなりがち。
それゆえに、大陸では分裂していた国がまとまった後は、外国に侵攻し、さらには勝ってしまう国が多い。その極端な例がチンギスハンなどだろう。

さて、もうわかるとおり、日本が強大な軍事力をもちながら何故他国をとれなかったかと言うと、
やはり大陸のように地続きではなかったから、これにつきるだろう。(くわえるなら、トップが信長ではなくいい加減で漠然とした指示ばかりの秀吉だったせい)。
とはいっても、その海のおかげで大陸の侵攻(それも相手は世界最大・最強の帝国)防げた過去もあるので、
島国であることは決して不幸とはいえないだろう。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 01:06:43 ID:2hcRdHDx
戦国期の日本は世界一の鉄砲大国。
しかし、いわゆる南蛮貿易で硝石が輸入出来なければただの棒・・・。

対朝鮮・明はともかく、
欧州最強国スペインと戦う場合(東南アジアの分捕り合戦?)
硝石って手に入るの?




32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 11:18:19 ID:iwcLDQ7a
敵の敵が売ってくれるんじゃないのか

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 11:21:48 ID:m19DuJ3+
近年では、硝石も輸入オンリーでなく国内生産がかなりあったのでは?という
説があるがね。
というか、輸入のみだととても需要を賄えないとか。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 14:45:49 ID:/Fkuycum
一応、欧州最強国スペインは実際に東南アジアで日本軍と戦ったことがあるけど。
1621年にスペイン艦隊5隻がメナム河を遡上して、現地で雇われていた日本人部隊と激突。
この結果はスペイン艦隊が全滅で、日本人部隊の損害は軽微。
その後、スペインは1624年にリベンジを試みたけど、結果はまたしても大敗。


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 15:59:09 ID:dfMFTUFp
まあ南米だのインドだの東南アジアだのの植民地化される過程をみると
自己保身ばかりで纏まりが無く、西欧の凶悪な侵略主義に、されるがままの悲劇の歴史になっている

日本が特別は言えば特別なんだが。
島国だからとも言うが、逆に半島にでもいれば2千年のうちに1.2回くらい大陸制覇してたかも
勝手な妄想だが。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 16:02:30 ID:dfMFTUFp
硝石は便所の近所で採れる、「床下古土法」って物だ、後「干草法」とかもある

サバゲーやってた人の話だと、農大行ってる奴がなんかの方法で硝石を作ってて
火薬としてサバゲーに使って金を節約したとか言ってた。もろ犯罪な希ガス

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 18:48:06 ID:GSHrSO5r
>>30
秀吉は大陸での勝ち負けなんか実はどうでもよくて、
物騒な自国の軍隊を海の向こうに捨てようとしたんじゃないのかね?

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 19:07:41 ID:DNKRNyIu
>>30
この手の話で出てくる信長だったら、というのは信長天才論に基づいた、
あまり根拠のない希望的観測だと思う。
正直なところ、信長がやっても秀吉と大して結果が変わらなかった可能性が高いんじゃないかと思う。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 19:18:40 ID:mK6vkmRF
>>34
山田長政は実在したのか?という説があるが、その戦い自体はあったの?

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 19:21:48 ID:N0B6E7Qv
>>37
職業軍人が増えすぎたので、対外戦争が必要だったんだろうね。
17世紀初頭、東南アジア各地に日本人傭兵が進出したことからみても

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 19:24:32 ID:mZXWpz/i
>>14
製造に手間がかかるから優秀と書いている時点でおかしい。
職人がちまちま手間と時間をかけないと作れないようなものでは費用対効果に劣る。
まして>>3は飛距離と貫通力に優れていることを指摘しているわけだし。
使用目的が異なるのかもしれんがね。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 19:43:01 ID:WMhOxFPz
>>39
山田長政が指揮したとは書かれていないが
日本人部隊の一連の戦いに関する資料はあるそうだ

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 21:11:49 ID:rm9568G7
秀吉はボケてただけだろ

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 03:08:08 ID:kv/0veix
まぁ江戸幕府の時も、明から救援要請が来た時に、
似たような理由(浪人対策と武士のリストラ)で出兵しようとしたからな。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 07:49:15 ID:7bZO+Zxa
ロングボウの性能は体格が変わるほどの無理の結果得られたものだから

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 14:59:47 ID:Guc72PCV
>>44
国内統一→国外出兵(海外出兵というのって、普遍性ないよな)と
いうのは、歴史のパターンだからな。
とはいえ、戦国期のあの軍事力で負けるというのは戦略的にかなり
まずいわな。国外に兵を捨てるにしても、勝って捨てないとダメ。
負けて捨てるっていうのは、同じ民族に対してやると、その政権は
崩壊する。(他民族なら元みたいに捨て殺しも可能だが)

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 19:31:28 ID:tFNMhv/K
>>41
ロングボウは飛距離と貫通力が日本の弓より劣ってるんだよ。
ロングボウのような単一資材の弓は強度が低いから、飛距離と貫通力をそれ程
高めることが出来ない。
日本の弓も大昔はロングボウのような丸木弓だったんだけど、飛距離と貫通力に
優れた合板弓が出現したら、それに取って代わられた。
イングランドの弓は単純に日本の弓より数百年遅れているだけ。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 13:06:32 ID:ig9s6zkb
>>39
山田長政不在説ってのは、論文や書籍で発表された物ではなく、ただ朝日と毎日が
記事の中で書いただけの物だから。
一度大新聞がそういう適当なことを書いてしまうと、その後で研究者がいくら文献を
示して反論したところで、一般人の目に触れる機会が段違いだから後の祭りなんだよね。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 19:56:47 ID:zxoaS729
現地には日本人ぽい苗字の人はいるのかね。たかだか400年だから、
面影くらいは残っていそうだが。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 20:41:20 ID:SRkiCNja
日本人ぽい顔立ちの人はけっこういるらしい。
20年くらい前の雑誌の特集で「日本町の足跡を辿る」みたいなのがあって現地の老人が載ってたんだが
確かに肌の色や鼻の形がタイ人ぽくなくて日本の百姓のような・・・

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 02:46:29 ID:gXmtNI9Y
日本人部隊といえば、鄭成功も「倭銃部隊」を使ってたな



52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 18:32:10 ID:BkE5j876
>>48
まさにマスゴミの成せる業だな。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 21:44:11 ID:tuu/VDWO
>>50
それ、移民した日本人の子孫じゃなくて華僑かも

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 07:08:06 ID:FV/SY/OD
>山田長政不在説
ttp://www.mekong.ne.jp/database/person/yamadanagamasa/19870304.htm
これかな。
研究者が依拠する文献が胡散臭い、という説になるのかな。
タイに資料が存在しないってのが本当なら痛い点かもしれない。


55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 09:10:54 ID:SC+vL2h3
>>54
タイにも文献はあるよ。
『コットマイ・ラブリー』という宮廷の古記録。

あと、『異国日記』は徳川幕府の外交記録の写しだから、そこに名前が載っている時点で、
存在しないということはありえないんだよね。
実際には、記事で指摘されている1621年以外に、1629年にも記録があって山田長政は
老中の酒井忠世と対等に近い立場で書簡をやり取りしている。
「山田長正」が二流の商人なら、そんなことできるはず無いし。

オランダの文献を書いたファン・フリートは当時のアユタヤのオランダ商館長。
その内容と『異国日記』の記事にも矛盾点は無い。
大体、毎日と朝日の記事の後、それに追従する研究者なんか誰もいないじゃん。
とんでも説として一蹴されたものが、きちんと訂正されないまま現在まで放置され
てるんだよ。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 21:07:11 ID:QNB6nu7i
>>38
どうして「信長は天才だから」「いや違う」とか極端な結論に持ってくかな。
両者の戦略性や戦術、海外に関しての知識の量、部下に与える指示の仕方を知ってんのかって。
そういうこまごまとしたところを知らずに語ることは出来ないだろ。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 01:30:26 ID:Foh6z1aA
スペインとかオランダが世界一の大国だったことがあるって見方はやっぱり西欧中心な見方に染まってるのは否めないね
技術や社会構造の進行度などはともかくもはともかくも、
彼らの時代はまだ所詮ユーラシアの諸強国には未だ太刀打ちできず、間隙を縫って弱い所を征服してたに過ぎん
欧州の諸国が本当に「列強」というべき世界に比しても圧倒的な力を持ち出したのは18世紀の半ば辺りからじゃないかね
第二次100年戦争あたりの英仏はもう世界の強国といってもいいのだろうが

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 01:52:49 ID:gf1X2Sda
>>47
未だに具体的な比較が行なわれたのは見たこと無いんだよな。
弓の強さは張力で決まるんだけれども和弓の平均的な張力は
はっきりしない。
ロングボウのほうはまだ、若干揉めてる様だがおおよそはわかってるけどね

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 02:17:07 ID:8Jw2Oc1D
小麦が主食の欧米では、一国が一度に動員できる人数が数万人程度。
数十万も動員できるようになったのは19世紀に入ってから。
その点、日本は腹持ちがよく栄養価の高い米のおかげで何十万人も動員可能。

戦地がホームグラウンドの軍が勝つだろうが、どっちも遠征という状況なら
兵站の差で日本が有利かもね。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 07:57:58 ID:QheQ7420
>>58
それは戦争をタブー視して、中世の戦史の研究をほとんどしてこなかった戦後の
日本史研究者たちがアホだから。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 08:05:11 ID:whY/+/bL
●イギリス人ウィリアム・アダムス
この日本の島の国民は、性質として良好であり、あまりにも親切で、戦争では勇敢である。
彼らの法規は偏らず、すべての違反者に厳しく適用される。
彼らは人道にかなった方法で支配され、世界中で彼らよりも人道的な法律をもって
正しく支配されている国民はいないと思う。宗教面で、彼らは迷信が深い。

●スペイン人宣教師フランシスコ・ザビエル
「この国の人々は、私が遭遇した国民の中でもっとも傑出している。
どの非キリスト教徒も、日本人より優れている者はいないと考える。
日本人は相対的によい素質を持ち、悪意がなく、交際して気持ちがよい。
彼らの名誉心はことさら強烈で、彼らにとって名誉がすべてである。
日本人の生活には節度がある。ただ飲むことにおいては、いくらか過ぎる国民である。
彼らは盗みの悪を非常に憎んでいる。私は今日まで旅した国において、それがキリスト教徒たると異教徒たるとを
問わず 盗みにおいてこんなに信用すべき国民をみたことがない。 彼らは、皆、理性的な話を喜んで聞く。

●ポルトガル人宣教師ルイス・フロイス
彼らの風習の多くは、我らのそれとはいとも大いにかけはなれ、異風で隔たったものであり、
かくも高き文化、いきいきとした才幹、そして天賦の知性に恵まれた日本人と我々との間に
これほど極端な対照が存在し得うるとはほとんど信じる気持ちにはなれぬほどである。
ザビエルの言う通り、彼らの文化、風俗、習慣の多くの点で、スペイン人よりまさっている。

●イタリア人宣教師オルガンティーノ
日本人は全世界で最も賢明な国民に属しており、
彼らは喜んで理性に従うので、我ら一同よりはるかに優っている。
我らの主デウスが人類に何を伝えたもうたかを見たいと思う者は日本へ来さえすればよい。

彼らは不必要なことを外面の表情に表すことはなく、甚だ忍耐強く、
大度ある国民で、悔悛は真摯にして信心深く、
儀礼に大いに気をつかい、交際においては丁重である。

我々ヨーロッパ人は、互いの間では賢く写るが、日本人に比べると
はなはだ、野蛮であると思う。
私は毎日、日本人から教えられることを告白しなければならない。
私は世界の中で、これほどまで天から才能を与えられた民族はないと思う。

京都は、ヨーロッパならローマにあたるが、
科学、見識、文明はローマよりはるかに高尚である。

信仰さえ別にすれば、我々は日本人よりもあきらかに劣っている。
私は日本語がわかるようになってからは、
世界にかくも聡明で明敏な人々はいないと考えるに至った


62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 00:23:11 ID:+E1sJS1m
日本は鉄砲や軍人の質からすれば、物量戦力では世界でも結構な地位に
あったと思うけど、大陸出兵を見る限り、大規模軍隊の運営という点に
ついては褒められたものではない。経験してないから仕方ないが。

物量軍事力が上でも実効軍事力が低いと遠征には向かないだろうな。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 00:31:23 ID:GrqqBfWn
短期決戦には強いが持久戦に持ち込まれるとぬるぽ

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 01:35:50 ID:j5Km9L9H
俺は朝鮮出兵の戦いぶりを調べて、戦国日本は同時代の欧州より遥かに上のレベルだと確信したけどな。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 17:21:03 ID:1L6+fg2I
物量や兵器普及率、実戦経験もさることながら、16世紀の段階であそこまでの
細かい軍隊編成が出来たのは日本だけ。足軽組や鉄砲組などの少人数単位のクラスター
での軍運用は、西洋ではナポレオン時代のプロシアのクリューパーシステムまで
待たなければならない。命令伝達の速度、軍展開の機敏さにおいて圧倒的と思われる。
朝鮮での陸戦での強さは単に兵器の違いだけではないと思うが。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 17:55:42 ID:ydMh/ndQ
当時の最強国はムガル帝国かオスマントルコ。
その次に斜陽の明。その次ぐらいかもしれない。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 18:37:00 ID:1Km6+QUB
>>65
細かい編成と言うのは少し誤解だと思うぞ。
あれは、少人数の編成ができたというよりも
封建制の名残で君主が自由に出来なかったわけで
信長のように中央集権的な権力を持つ大名は鉄砲隊などを
集中運用してる。

単一の兵科を集中できないことは大きなデメリットだと思う。

68 :名無しさん@お腹いっぱい:2006/11/16(木) 20:44:10 ID:6GELa7qA
>>67
それは違う
織田信長も含めて総ての大名が備単位の編成を行っている。
単一兵科の集中は機動力をドブに捨てるようなもの。
ヨーロッパがそれをやったのはその程度の錬度しかない傭兵だから

俺の書いたものだが宜しければ参考に
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%99%E3%81%88

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 21:18:56 ID:1Km6+QUB
>>68
昔、似たようなスレで似たようなことやったな・・・

ちなみに16世紀のヨーロッパでもカンパニーが編成されて
例えば1558年のイギリスのカンパニー編成は
装甲槍兵 150人
非装甲槍兵 150人
アルクビューズ 100人

よくテルシオのような歩兵密集隊が編成されたのは
錬度が低いからなんて言われるが
密集隊が好まれた最大の理由は対重騎兵対策。
歩兵密集隊が騎兵対策であることは中世からの戦史を見ていればわかる。
重騎兵の脅威が減るにつれて密集隊の厚さも薄くなっていく。

単一兵科でも特に騎兵は集中運用されなければ価値は大いに下がる。
スウェーデン軍騎兵隊は歩兵と協調して攻撃を行なったが
歩兵の速度に騎兵を合せることになり、後々問題になった。




70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 21:27:47 ID:j5Km9L9H
>>66
本当にムガル帝国の軍事事情を調べた上で書いてるのか?
ムガル帝国は中央アジアでシャイバーン朝に敗れてインドに逃げ込んだ勢力だぞ。
ムガル帝国軍ってインドの外では、シャイバーン朝やサファヴィー朝にまったく
歯が立たなかった。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 21:48:08 ID:j5Km9L9H
>>69
テルシオの敵はテルシオ。
重騎兵対策なんかじゃない。
そんなの欧州の合戦の配置図を見れば一目でわかることだろ。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 21:59:33 ID:1Km6+QUB
ではなぜテルシオが生まれたのかな?
テルシオは元々、スイス等で編成されたパイク兵などの密集隊。
この密集隊はなぜ生まれたかと考えると重騎兵に対して歩兵が対抗する手段として編成された。

パイクの密集隊は重騎兵に優位に立ったが発達した火器の脅威に晒されたので
その対抗策として周辺に銃兵を配置することでテルシオが生まれた。

テルシオ同士が対決することになったのは双方の歩兵がテルシオを導入したためだよ


73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 22:01:03 ID:1Km6+QUB
因みにパイクの密集隊と言ったけどこの中にはハルバート兵なども含まれていて
これはもちろん騎兵を馬から叩き落とすため。
つまり明らかに騎兵を意識してる。

74 :名無しさん@お腹いっぱい:2006/11/16(木) 22:01:30 ID:6GELa7qA
>>69
はい、傭兵の練度が低いは撤回します。

ただし、騎兵突撃の評価は私は低く考えています。
つまり、騎兵だけの突撃に対し鉄砲・槍・騎馬武者(とその従者)の諸兵科連合が迎撃すればどうなるかは自明と私は考えます。

足軽隊は横隊隊形ですので一見して防御力は弱そうですが、備は鑓隊もいますし機動戦力としての騎馬武者隊もいます。
さらに、備を何段にも重ねる事で、突破の危険性も低下しているので、備に対しては騎兵突撃の効果は低いと考えます。

実際、日本の騎馬武者も戦国後期は突撃は下馬して行うのが主流でしたから、これは鉄砲火力の増大によるものでしょう。
果たして、数が多いとはいえこの様な「前例」を持つ備を騎兵隊が突破できるかは疑問と考えます。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 22:23:20 ID:j5Km9L9H
>>72
パイク兵からテルシオに以降する時期には既に重騎兵なんか脅威では無くなってるだろ。
火器の発達で真っ先に戦場から駆逐されたのが重騎兵じゃん。
テルシオが欧州で流行したのは、それが質の悪い傭兵主体の軍隊でとれる戦法のベストだから。
マウリッツもグスタフも傭兵から常備軍へと兵の質を高めることで、テルシオの無駄な厚みを
取り除くことが可能になった。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 22:42:37 ID:1Km6+QUB
錬度が低いという面も捨て切れませんが主な要因ではないでしょう。
士気、錬度の高い中世の装甲兵部隊からナポレオンの近衛兵も対騎兵戦では
密集隊形を組んでますから。

戦国日本と同時期の欧州軍を戦わせるわけではないですから
ヨーロッパ重騎兵と備を対決させるというのは難しいと思います。

今ここで言っている備というのは戦国時代通して大きく変わらないものなんですか?
こちらがイメージしていたのは16世紀中ごろなので時期がずれると様子も異なってくると思います。

>>75
重騎兵というのはなかなかしぶとい兵種でどこまでを重騎兵と定義するかによって違いますが
主流ではありませんがスリークォーターアーマーとランスを装備した騎兵は17世紀中ごろまで存在します。
重騎兵が駆逐された理由はいろいろ学説があってあまり強いことは言えませんが
火器が直接の原因ではなく、火器を操り、密集隊形を組んで戦える錬度の高い歩兵隊の出現でしょう。
錬度、士気の高い歩兵、たとえばスイス傭兵隊などは火器が本格的に導入される以前から重騎兵に優位に立ってます。

まぁ、錬度、士気の低い部隊が密集隊形を組むことが多いのは事実ですが
逆に密集隊形を組む部隊が錬度、士気が低いかと言わせるとそうではないでしょう。

77 :訂正:2006/11/16(木) 22:44:49 ID:1Km6+QUB
×戦国日本と同時期の欧州軍を戦わせるわけではないですから
ヨーロッパ重騎兵と備を対決させるというのは難しいと思います。

○戦国日本軍と同時期の欧州軍がそれぞれを意識して編成していたわけでは
ないですから比較するのは難しいと思います。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 22:46:15 ID:1Km6+QUB
すみません、見直したらあちこち日本語が変なところがあります・・・

79 :名無しさん@お腹いっぱい:2006/11/16(木) 23:07:50 ID:6GELa7qA
>>77
いや、その異なる戦術思考を元に練り上げられた二つの軍隊が対峙したらという
IFを楽しもうという趣旨によるスレなので

後、備は段々と足軽(奉公人ではない)の比率が上がり、そして鉄砲足軽の比率が
上昇の流れで

編成はwiki参照で16世紀半ばだと鉄砲隊の数が半減その分、鑓隊と弓隊が増加
という所でしょうか?この辺、各地方・家ごとに異なるのでなんとも言えません。

制度的に大体統一されるのが17世紀前後、関ヶ原の合戦辺りですので。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 19:23:29 ID:gdZozaQn
テルシオは隊列組むのに半日近くかかるんだよ・・・。

毎日どこかで赤ん坊の産声が聞こえる女子供連れの欧州軍隊は行軍速度が冗談かと思うくらい遅い。
軍隊の機動性を最重視したプロイセンのフリードリヒU世(大王)の軍隊の行軍記録でも、最高のもので約二週間で270q。
これは騎馬砲兵という大砲を馬匹牽引させて機動力を上げた部隊のもので、自勢力圏内での行軍記録による。
(敵地内での進軍速度では無い。)

ナポレオン軍の1805年のアウステルリッツの戦いの際には、約三週間で約600qという進軍速度のものがあるが、これはかなり時代が違うので参考までに。
アウステルリッツの戦いの際には、ダヴーの72時間で150qという進軍記録もある。
これらは、青年男子だけの軍隊だったからこそ可能だったと言える。
無論、短期決戦が見込めたからこういった進軍ができたのだろう。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 11:32:58 ID:IsMYV8mk
秀吉の行軍速度と比べるとどれくらい?

82 :名無しさん@お腹いっぱい:2006/11/18(土) 12:11:50 ID:w8MxdouX
>>81
有名な賤ヶ岳の行軍が52キロを五時間を別格として、
桶狭間の今川軍が駿府〜岡崎間(自軍勢力下)140キロを4日が平均かな?

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 08:10:28 ID:bkNY+drp
一日35キロか、案外早いね。
古代中国でよく出る単位で一舎=15キロだからな。
とぼとぼ歩いて行くわけだから、時速3キロ程度で12時間とか歩かせるのかな?
そう考えると徒歩だと、一日3,40キロが限界か。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 23:46:01 ID:avn3Iv1h
春秋戦国時代だと一舎(三十里)はたしか約12qだったはず。

>>80で時代の違いを承知の上でナポレオンの軍隊の行軍速度を比較例として出したのは、他に戦国日本と同等以上と思われるものの例が無いかな、と。
時代が近い例だと、三十年戦争のブライテンフェルトの戦い(1631年)の時のグスタフ・アドルフ率いるスウェーデン軍の行軍が四日で25マイル(約40q、つまり一日約10q)とかそんなのしか無くてねw
・・・一応当時のヨーロッパでは機動性を重視した名将というか猛将なんですけど、戦場での機動性だけなのかな・・・。
対するティリーもこいつからは逃げ切れないと判断、って・・・そういうレベル。

歩兵の練度や士気などのいわゆる質の面に関しては、行軍速度と正比例するとかそういう内容のが近代戦関連の本にあったんで比較しようかと。

85 :名無しさん:2006/11/21(火) 00:49:32 ID:FdhA9qbL
>>61
戦国時代の日本人に平成日本人はぼろ負けしているな
民族の劣化は嘆かわしい限りだ
もし当時の日本人が今の日本人みたいな性格なら
ボロンチョンに書かれていたのは間違いなさそうだもんな

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 01:31:59 ID:1r9O6eVw
戦戦で殺人強盗強姦人身売買が横行しまくってた時代だぞ?
覇気も強さもはるかに及ばないにしても規範意識は現代の方がずっと高いはずだが

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 01:35:12 ID:eQEAzQXS
ヨーロッパって弱いイメージがある

88 :65:2006/11/21(火) 09:11:13 ID:7410fvJO
亀ですまんが、みんなクリューパーシステムを誤解してるぞ。少人数編成というのは
4〜5人単位のクラスター編成で、大目標、中目標、などを設定し各クラスター
がそれを達成するための判断を状況に応じてできるというシステムの事。
それが中世的な集団軍運用に勝ることは、ナポレオンフランスにプロシアが
勝利したことや、現在各国の軍編成や企業運営の基本になってることからも
疑いの余地はない。
日本は特殊な封建制度のため言わば自然発生的にこういった形になったわけだが
それが図らずも最強の軍編成となったと思うのよ

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 19:21:53 ID:JApKv9O5
>>88
GJ! だね。>>68の記事は概ね理解できた。
日本が幕末〜明治維新の時期に短期間で軍の近代化が可能だったのは、元々そういう素地があったからなのか。
日本の軍には元々女子供の比率が、大陸と比較して極端に少なかったというそういった点にばかり目がいっていたよ。

90 :名無しさん@お腹いっぱい:2006/11/21(火) 22:09:08 ID:U0lJwe6x
>>88
欧州じゃ騎士は十字軍で自滅したからな〜

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 15:26:59 ID:fL2jQe+w
あ、俺>>65>>88だけど>>68は俺じゃないよ。
あの記事はすごいね。何か人の手柄横取りみたいのやだから無駄レスだけど。

92 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 00:28:09 ID:/d8WKv1r

日本が戦に明け暮れていた戦国時代でも
日本の軍隊はヨーロッパや明や李氏朝鮮よりも弱く
世界最弱だったのは定説だよね♪


93 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 00:32:25 ID:SJmwa3EK
>>91
あんたのレスも世界史の知識に疎いオレには助かった。これからも頼む。

94 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 01:05:41 ID:c3yqb9+5
>>92
それはないだろ。
さすがに李氏朝鮮よりは強いはず。


95 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 01:11:22 ID:IKDLn2K7
島津義弘隊に殺された奴が英雄(笑)

96 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 02:35:32 ID:7eVbbaAw
>>87
モンゴルやオスマントルコに押し捲られているイメージがあるからな。

97 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 09:16:03 ID:N6gfab0X
>単一兵科の集中は機動力をドブに捨てるようなもの。
柔軟性がなく軍組織として脆くなるなら正しいが、機動力だけを考えるんだったら有り得ない暴論

98 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 12:39:10 ID:Bm3WC3Eh
>>97
騎兵と歩兵を分離→歩兵単独で騎兵に対処する必要が浮上→密集方陣→機動性低下
という流れ

99 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 13:08:43 ID:vcw0ROPf
騎兵と歩兵が混雑していては、騎兵の機動力がいかせないだろうに。

100 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 14:03:18 ID:Bm3WC3Eh
機動力生かしても突撃が不可能なら意味もないですし・・・

101 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 15:05:34 ID:vcw0ROPf
不可能って騎馬隊の突撃なんて古代から連綿と続いているわけですが、
どっかのパラレルワールドの話?

102 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 16:20:50 ID:Bm3WC3Eh
>>101
火器の増大で騎兵突撃はその価値を大幅に減じたと考えていますが?

103 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 16:31:42 ID:vcw0ROPf
>>102
だからこそ、騎兵のみで編成することによる機動力を活かして、
側面や背面へ回りこんでの攻撃が重要になってくるんでしょうが。
むしろ、歩兵と混雑して歩兵の移動速度でしか起動できない部隊の方が、
そういうことが出来ない点で圧倒的に不利。

104 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 17:09:48 ID:Bm3WC3Eh
>>103
日本の戦国期は備を何段にも重ねてます。
欧州は大抵、第一線に戦力を集中させますから、迂回には日本より弱いでしょうが
それに日本では迂回するには山河などの障害を踏破しなければならず、
そういう箇所では馬は役立たず。

105 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 17:15:02 ID:vcw0ROPf
>>104
戦略上の機動と戦術上の機動をごっちゃにしすぎ、
幾ら日本の平野部が狭いからって、
全ての戦場で部隊の側面を山河に接することなんて出来るわけがない。

106 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 17:17:43 ID:Bm3WC3Eh
>>105
そういう戦術レベルなら備中にいる騎馬隊の方が即応できるというものです。

107 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 17:19:34 ID:vcw0ROPf
>>106
100とどくかどうかという数で、指揮系統も一元化されていないのに?
全く机上の空論だよ。

108 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 17:24:23 ID:vcw0ROPf
正面の火力も同様、
弓にしろ鉄砲にしろ集中して使用したほうが効果は大きい、
だからこそ信長は長篠で各隊から鉄砲をよりぬき、側近たちに指揮させて運用した。
数十程度ごとの運用ではさほどの効果は見込めない。

109 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 19:14:39 ID:Bm3WC3Eh
>>107
うん、戦国の合戦は諸兵科連合小部隊同士の戦闘の連続ですから
ちなみに備は侍大将の一元指揮で進退しますが?

>>108
集中によって戦術機動性の著しい低下を招くにも拘らずですか?
そりゃあ額面の戦力は増加しますが、弾力的運用は不可能でしょうな
長篠の千挺を数人の奉行に指揮させたのは、動員しなかった武将から
引き抜いた鉄砲を指揮させるための臨時的なものと思いますが?

110 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 19:48:22 ID:vcw0ROPf
>>109
一元指揮って、せいぜい数百人で構成されて、中身は各兵科が混ざっていて、
総数は数十にもなる「備」の一つづつに指揮官がいるって事でしょう。
正にそういう状況が指揮系統が一元化されていないって言うんですよ。

それから、弾力的運用といっても、
騎馬隊の機動力は発揮できない、射撃の威力も中途半端、
重歩兵としての頑強さも足りない部隊が動きまわっても大して意味がありません。

弾力的な運用ってのは、
だいたい数百くらいの数で、騎馬なら騎馬のみ、銃兵なら銃兵、弓なら弓、
槍兵なら槍兵で固まってそれぞれの兵科の特性を十分発揮できるような体制をつくり、
それらを上手く組み合わせるて行うことで、
上記のようにどれもこれも中途半端な部隊ばかり作ることではありません。

111 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 21:27:15 ID:Bm3WC3Eh
>>110
その備の人数ではダメで一兵科につき数百でなければいけないというその
根拠をお聞かせ願いたい。
そしてダメなら何故、これらが大名領主制である江戸時代まで継続したかも

少なくとも、戦国時代を備で通した以上、そこには何らかの有効性・合理性
が存在すると考えるのはおかしな話ではないと私は思いますが?

後、いっておきますが十万石で編成される備は大体8〜9個、これらも総てを
前線に貼り付けず、何段かに分けられる。

その上、これより更に備の数が多くなると別に支隊を編成する事になります。

112 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 22:41:58 ID:vcw0ROPf
>>111
根拠は戦術の最小単位が各兵科のみで構成されているかどうかだよ。

あなたは根本的に誤解しているようだけど、
諸兵科連合軍っていうのは、それぞれの兵科がその特性を活かした上で連合して戦うもの。
そのためには最小の戦闘単位はそれそれの兵科のみで構成されなければならない、
騎兵の機動力を活かすには騎兵のみで編成された部隊が必要だし、
槍兵の正面への鉄壁の防御力を十分に活かすには間に騎兵や弓兵は混在していない方がいい、
そして射撃兵科も集中して運用した方がより効果的だ。
備のように数百人で構成された戦術の最小単位が各兵科の混合隊では、
それぞれがその特性を活かせない。

日本がそういう編成のみだったのは、一つの島国の中で、
互いに同じような編成でしか戦っていなかったから。
鉄砲の伝来以降,例えば信長のようにそれを変革する動きもあったが、
結局それは完成することなく、太平の時代に入りそのまま固定してしまった。
江戸時代までそのままだったのもそういうこと、
太平の時代に入り変える必要がなくなってしまっただけ。

113 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 14:05:12 ID:LJEOdqDY
信長以降の日本が編成を固定したのは、強力な騎兵部隊を擁する明軍との戦闘で、
戦国式の編成が効果的だったからだろ。

114 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 16:20:41 ID:W0qad9iA
何か熱く語ってるが、ゲームレベルの話だなw
単一兵科の集中ってw近代の軍隊じゃないんだよ?鉄砲組の構成員全員が一人
一人銃武装してるとでも?騎馬隊って言ったって一頭につき3〜4人の編成に
なってることを知らないのか?当時の騎馬隊に馬の力による戦闘能力の増加は
あっても、機動力なんてないって。ゲームじゃねーんだよ。
逆にモンゴルなんかは、兵一人につき馬2〜3頭引き連れてたんだから、それと
一緒くたにして機動力云々なんて噴飯ものだ。
まさに机上の空論だな。ゲーム脳もいいとこだ。
当時の騎馬隊の移動能力は、馬周りの「徒歩の兵」と同等。そんなの定説だぞ?

115 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 16:46:24 ID:h9v+zOMU
長文の割りに中身がない

116 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 17:22:01 ID:Fh59YUL+
中身がないってw
じゃあ上の全然無駄な論議の応酬はなんなんだよ?
中身はただひとつ「おまえら根本的に間違ってるよ?」以上w

117 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 17:48:04 ID:k4asoIQT
>>114
だから、戦国時代の日本の軍隊は正にそういうものだったと言っているのよ。
しかし同時期のヨーロッパでは既に兵科ごとの運用が始まっていた。
そういう事実を無視して日本最強なんていうのは現実逃避だって事。

118 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 17:50:40 ID:k4asoIQT
>>113
ちなみに明軍は火縄銃を大規模に使用する軍隊と戦ったことがないので、
日本軍に苦戦するのも当然。

119 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 21:05:07 ID:IA3Ro3Ea
兵科毎の運用が始まっていても、西欧の軍隊が自転車操業レベルの補給能力しかなかったのは間違いの無い事実。
動かしたい時に動かせる軍隊など無かった。
動かせる時にしか動かせる軍隊しか無かったのだから、「戦術的にはちょっと良かった筈だ」程度では比較対象にすらならないよ。

120 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 21:21:24 ID:b5xPMzKr
まあ、ガチンコでは西欧に負けるとしても
日本国内での戦になったら西欧にはそう負けることはないんじゃない?

121 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 21:49:37 ID:bD4P3dN7
>>112
>備のように数百人で構成された戦術の最小単位が各兵科の混合隊では、
>それぞれがその特性を活かせない。
その数百人ではいけないという根拠が希薄だといわざる得ない。
集中すればよいというなら、なぜ欧州軍隊はその集中規模を減じたのか?
歩兵が鉄壁の防御(テルシオ)を得た結果、機動力を失ったからに他ならない。
その為、かれらは歩兵の集中規模を縮小させ、機動力の向上を行っている。

ならば、一隊の数を更に減らす代わりに、機動戦力たる日本の騎馬武者隊
を加える事で足軽をライン、騎馬武者隊を突破・火消し役とすることで前線
レベルで柔軟な運用を行えると思うのだが?

後、信長がそういう軍事的な革命を行おうとした根拠は何処にもないから
長篠の戦はあくまで臨時に供出した鉄砲を隊として扱っただけですから。
長篠から大坂の陣まで四十年もあったのに完成しなかったという事は
それを行うメリットがなかったからと断じざるえないかと?

122 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 21:52:19 ID:k4asoIQT
>>119
イタリア戦争では、
フランスも神聖ローマ帝国も国外で何年も戦っていますよ。
朝鮮出兵で国外に攻め込んで、
1年と補給がもたなかった日本軍がそれほど誇れるものではないと思いますがね。

>>120
何より日本は兵力が多いから、少なくとも国内ではそうそう引けは取らないでしょう。

123 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 21:57:05 ID:k4asoIQT
>>121
数百人だからいけないといっているのではないんだよ。
戦術の最小単位が混成軍では、
それぞれの兵科の特性が活かせないということ。
騎兵は騎兵だけで動かなくては、
その最大の特性である機動力を発揮できないの。

124 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 22:14:15 ID:k4asoIQT
加えて言えば、確かに行き過ぎた密集陣は欧州でも次第に放棄されたが、
戦術の最小単位を混成部隊にする、特に機動力を損なう、
騎兵と歩兵を同じ戦術上の最小部隊に組み込むなんて事は、
どこでもやっていない。

槍兵と銃兵の混成は問題なくとも、
騎兵の存在意義を無にする歩兵と騎兵の混成部隊は全くナンセンス。

125 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 23:35:51 ID:Z9LlZNSQ
一軍がまるまる玉砕したりする国って、当時の日本以外に結構あったりする?

126 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 00:03:17 ID:p1cN67bM
>イタリア戦争では、
>フランスも神聖ローマ帝国も国外で何年も戦っていますよ。

おいおいw
実態知っててわざとそんな事書いてるのか?w
そもそも桁が一つ違うぞw

「半島」は「半島」でもイタリアと朝鮮じゃ条件が全く違うよ。
整備された街道がひとつあるだけでもかなり違うのに、ゼロと100を並べてどーするw

127 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 02:10:38 ID:ShpuhAOG
>>126
同意

128 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 07:14:59 ID:CohYJO84
>>126
別に100年戦争でも30年戦争でもいいんだが?

129 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 09:20:29 ID:Pc/V2Pdp
戦国日本と違って、当時のヨーロッパの軍隊には、補給などというものはない。
ヨーロッパの戦争で軍隊のたどった軌跡を調べてみろよ。
戦略や作戦なんか無関係で単に食料を求めて彷徨っているだけだとわかるから。
そんな感じだから、100年も30年もだらだらとした戦争が続くんだよ。
補給に関して、ヨーロッパが戦国に本のレベルに達したのは、やっとナポレオンの
時代になってから。

130 :114:2006/12/12(火) 12:17:54 ID:Uf0+gMhS
俺は「当時の騎馬隊に」と言ったんだ。日本のなんて言ってないよ。
唯一モンゴルの騎馬戦術を除いて、ヨーロッパでも騎馬兵単一編成による騎馬
隊なんて存在してないよ。そもそもあんなゴテゴテと騎乗者が武装して、生物
である馬がもつ訳ないだろw「馬は消耗品」と割り切ったモンゴルだけがその
枠を越えた。だから最強だったんだよ。
これは戦費の関係から考えてもわかることだ。馬を持つことが一部の武士や
貴族や、軍将校に限られると言うことはすなわち、馬自体の希少性や高価値を
示している。そんな社会で馬乗り捨てなんて戦法取れるわけないだろw
モンゴルは馬が「一家に一台」どころか、一人に十頭っていう特殊な社会だから
可能だったんだ。つまり、日本でも半島でも中国でもそしてヨーロッパでも
単一兵科の集中によって機動力を向上させるような「騎馬隊」なんて存在してないよ

131 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 17:54:12 ID:CohYJO84
>>130
それせいぜい10世紀頃の状況ですが。

132 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 17:55:44 ID:CohYJO84
>>129
例えばどの戦争のどの軍の軌跡とかのこと?

133 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 18:11:05 ID:p1cN67bM
>>128
じゃあ、三十年戦争のブライテンフェルトの戦いでティリーがグスタフ・アドルフと戦わなければならなかった理由を書いておくれw

最初に答えを書くが、「動きたい時に動かせる軍隊」じゃなくて「動かせる時にしか動かせない軍隊」でしか無かったから、だろ。
単に、副官のパッペンハイムが命令を無視して勝手な行動をとったからと云う、そういう理由だけでは無いよ。
そういうレベルの軍隊でしかなかったからだよ。
(両者とも、敬愛すべき「名将」なんだけどね。)

そして、敗れるべくしてグスタフ・アドルフのスウェーデン軍に敗れたと言う事。
(その勝ったスウェーデン軍も「動かしたい時に動かせる軍隊」では無かった事は、行軍の進路や行程、行軍速度からも容易に知る事ができる史実。)

134 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 19:26:11 ID:CohYJO84
>>133
当時のティリー軍の補給が極めて悪化していたのは、
ライバル関係にあったヴァレンシュタインの領地からの補給が受けられなかったからでは?

それから、ティリー軍はともかく、グスタフ・アドルフは、
スウェーデンから海を越えてやってきた軍隊、補給が最重要で難しい問題になるのは当然でしょう。
現に日本だって朝鮮に渡った秀吉軍は1年程度で主に補給の問題ゆえに、
大規模な撤退をしなければならなくなった。

135 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 20:44:31 ID:c9r1hRDX
>>123
いや、日本の騎馬武者は所謂欧州の騎兵的な運用ではない事を理解する必要があるかと。
戦国日本の戦闘は西洋の様な歩兵と騎兵を完全に分離するのではなく一人の将が縦横に指揮できる
限界である数百人単位に各兵科の部隊を配する事で柔軟な運用を可能にしているのです。

更にいかに機動力が高くても騎兵のみでは撃退されてしまう、それなら騎兵のみに比べ機動力が劣っても、
密集方陣より格段に高い機動力を持ち、バランスの取れた編成である備が迂回戦力となっても良いかと

136 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 21:30:39 ID:CohYJO84
>>135
だから、それが兵科の特性が活かせない編成なのよ。
例えば、騎兵と歩兵の混成軍が突撃をしても、
ある程度数をそろえた銃兵の前には結局は無力、このことは長篠で実証されている。
突撃を行いたかったなら陣形が乱れた隙か、相手が態勢を整える前に側面や背面を突くしかない、
しかし、隙を突くからこそ、それが成功すれば効果は大きい。
そしてそれを成功させるために最も重要なのは機動力であり、
機動力を発揮するためには、歩兵と一緒に行動するなんていうのは全くナンセンス。

137 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/12(火) 23:32:43 ID:V7lqweSS
ちょっと誤解を受けるのを覚悟で書き込むが16世紀頃の銃兵は装甲騎兵の前では無力だよ。


138 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 00:40:52 ID:uprW5mYV
>>125
当時の日本でそんな例があるのか?

139 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 07:07:17 ID:aaU9/hwP
>>137
そりゃあ銃兵単体と比べればそうでしょうが、
密集し射撃兵科の支援を受けた歩兵陣に正面から突っ込めば、騎兵の方がやられます。

140 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 07:09:24 ID:aaU9/hwP
だから、確かに>>136は銃兵と槍兵の陣形の前には無力というべきだった。

141 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 19:58:29 ID:BtPcdJGz
>>134
>当時のティリー軍の補給が極めて悪化していたのは、
>ライバル関係にあったヴァレンシュタインの領地からの補給が受けられなかったからでは?

バイエルンでもなくウィーンでもなく、ヴァレンシュタインの領地からって辺りが大きな問題だろう。
地理的条件云々を言い出せばキリが無いが、元々の策源が機能していない/存在していない/仮にあっても無いのと同じと言う事。
これこそが、当時のヨーロッパ諸軍隊の大きな問題点だと思うのだが?

また、戦術的な面でいくら議論しても、多分平行線を辿るだけ。
(そういうのが楽しいというのは分かる。)
この時代の戦は指揮官次第という面が大きい。
仮に日本最強の軍を率いても、今川氏真が総大将ならどこの誰とやっても微妙な結果にしかならないだろうw
少しくらいの兵力差なら、指揮官次第でどうにでもなったりしているからね。
直接対峙していない指揮官二人を並べて比較しても何も出やしない。

142 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 20:15:25 ID:aaU9/hwP
>>141
当時の日本の兵站がずい分優れていたと思っているようだけど、
では朝鮮に渡航した秀吉軍の補給は、なぜ1年程度で破綻してしまったの?

それから議論になっているのは戦術ではなく軍の編成について。

143 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 21:17:51 ID:UpiaHSfi
>>136
まぁ、ねぇ。そりゃ、正面から正々堂々の会戦なんかしたら負けrます罠。
備を有する戦国期軍隊が欧州式軍隊に勝つにはその機動力を生かした機動戦
に持ち込む必要はあります。

144 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 00:17:35 ID:yUuCImlq
>>142
朝鮮出兵では秀吉軍は7年間も朝鮮半島に居座っている。
文永の役は、朝鮮南部の拠点を維持したまま、明との直接交渉に持ち込んだんだから
日本の勝利じゃん。

145 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 00:19:25 ID:yUuCImlq
>>144
文永の役→文禄の役

146 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 07:16:26 ID:/C6miocr
>>144
一時は中国東北地方まで攻め込んだのに、朝鮮南部まで撤退した。
つまりその程度がその当時の兵站能力の限界だったということ。
しかも最初の1年間以後慶長の役までの6年間は休戦状態。

147 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 17:56:30 ID:kRN37VsL
>>142
船があっても道がないのに輸送できる?

148 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 18:04:22 ID:/C6miocr
>>147
それなら、当時の欧州もイタリア等ごく一部の地域を除き、
東アジアよりも整備された道などありませんでした。
だからこそ、補給も兵站もお瑣末なものにならざるを得ないわけで。
道が整備されていなかったから補給が出来ないなんて有様では、
国内ではともかく、国外では戦争なんて出来ません。

149 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 18:29:24 ID:/C6miocr
>>143
その機動戦というのは戦術的な意味で?それとも戦略的な意味ですか?

もし戦術的な意味でなら、歩騎混合の部隊は全く無意味。
仮に歩騎混合部隊が密集方陣よりは優勢な機動力を活かして、方陣の側面に回り込もうとしても、
方陣の側面には、敵の迂回を阻止し、また自らが迂回を狙う騎兵部隊が配置されます。
前に突撃を行うには相手の隙を突くしかないと言ったが、
迂回しようと急いでいるという状況は正に格好の隙に。
互いに騎兵のみの部隊なら条件は互角だが、一方が歩騎混合では機動力はそちらの方が不利、
実際にそんな迂回行動をしようものなら突撃されて壊滅するだけです。

もし戦略的な意味でなら、それは軍の編成には関係なく、むしろ兵站と補給の問題。
十分な兵站があるなら、歩騎混合でも各兵科のみの部隊でも変わりなく、
優れた戦略的機動が行えます。

つまり、歩騎混合の部隊であることは戦術的には不利なことであり、
戦略的には全く関係ないことです。

ちなみに兵站については、前述の通り日本国外でなら日本優勢でしょうが、
国外で戦うならはなはだ心もとないものと言わざるを得ません。

150 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 18:32:00 ID:/C6miocr
>>149
×日本国外なら日本優勢でしょうが、
○日本国内なら日本優勢でしょうが、

151 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 20:38:31 ID:ZiDYqUS5
>>149
騎兵部隊のみの突撃は備に撃退されると私は考えております。
騎兵だけで突撃してもあなたのいう「歩騎混合部隊」、私の言う「諸兵科連合部隊」
の各種足軽部隊・侍部隊の連携に負けると私は考えます。

152 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 20:43:58 ID:9tKeqJxV
三十年戦争を比較対象にしたのは時代が近いというのもあるけれど、日本の戦国時代と同じように「長期間の内戦」だからだよ。
(まあ事情や条件も色々と違うし、途中からデンマークやスウェーデン、フランスが攻め込んで来たけれど。)

ゲリラや野盗の類に苦しめられたのは、ナポレオン軍も同じ。
イベリア半島でのナポレオン・フランス軍だけでナポレオンを評価するべきか否か?
(まあ攻め込んだ先がそこだけならそれで評価するしか無いのかもね。)

戦術的な編成は知らんが、軍全体の編成を比較しようとはしないの?
ヨーロッパに限らず、大陸の軍隊は基本的に半数以上が女子供だったという史実。
(毎日たくさん産まれて毎日たくさん死んでいく乳幼児はカウント除外。)

153 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 20:54:47 ID:/C6miocr
>>151
槍を構えて銃も打てる状況ならね。
しかし一歩一歩前進していくならともかく、
迂回という速度とそれなりの複雑さを伴う移動中では無理。

もしその状況でも突撃が効かないなら、突撃という戦術自体消滅している。
しっかりした陣形を組まれては手が出せないが、相手が乱れていれば強力だからこそ、
騎兵による突撃はナポレオン時代まで実用的な戦術だった。

それから、あなたはあたかも歩兵と騎兵が一体になった部隊が突撃を仕掛けたほうが、
その威力が増すかのように考えている要だけど、
突撃を仕掛けた場合の、物理的エネルギーに心理的効果も加えた衝撃力は、
スピードが高いほうが大きい。
つまり、歩兵のスピードでしか動けない混合部隊では威力も下がってしまう。

154 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 21:04:25 ID:/C6miocr
>>152
三十年戦争は当初から皇帝軍はスペインと結んでいたし、
開始後5年程度でデンマークが直接的に介入している、むしろ当時屈指の多国間戦争で、
あれを長期間の内戦だと思っていたならあなたの見識を疑うしかない。

そして、多くのヨーロッパ諸国が国外で何年も継続して戦争をしているのに、
その優れていたはずの日本の軍隊が、いざ国外へ出兵するや、
僅か1年で戦争継続不能になってしまったのは一体どういうわけで?

155 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 21:38:11 ID:ZiDYqUS5
>>153
いや、密集方陣組んでいるわけでないから出来ます。
備の特徴は戦闘隊形を直ぐ組めるのが特徴の一つと私は考えていますので。
鉄砲・槍足軽で敵騎兵を斬減したのち騎馬武者隊が乗り込むという形で騎馬突撃は
防げるでしょう。
突撃には歩兵は耐え切れないかもしれませんが、ならば突撃には突撃で抗すれば
よいかと

後、歩兵で迂回はダメだというのはあくまで欧州の密集方陣を組んだ歩兵が前提で
ある事をお忘れなく。

156 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/14(木) 22:26:32 ID:/C6miocr
>>155
迂回行動は普通に歩いていては、さすがに敵方陣の正面火力に捕捉されるから、
最低でも小走り程度のスピードで行わなくてはならない。
何mもの槍や火縄銃を担いだ300人以上の集団が小走りで移動していて、
敵の騎馬隊が動いたからと、とっさに陣形を組めると?
しかもその間に怒涛のごとく敵騎兵が攻めてきているのに。
少々身贔屓が過ぎるのでは?

それから、未だに諸兵科連合という言い方に固執しているようですが、
戦史上典型的な諸兵科連合軍といわれる、
ナポレオン軍や古代マケドニア軍の編成を確認してみてください。
いずれも戦術の最小単位を騎兵歩兵の入り混じった部隊になどしていません。
いい加減その言い方は止めて置いた方がいいと思いますよ。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/15(金) 12:44:25 ID:RD4/r3qw
どなたか欧州の軍隊が歩騎混合部隊と衝突した戦いがあれば教えてください。
そこでどういう展開が生じたか説明して頂ければ多いに有意義かと思います。
この際、砲兵隊のことはおいといて火器のない時代でもかまいません。

予想では会戦になれば兵科を集中した軍隊は強いが
ゲリラ戦になれば案外脆いのではないかと思います。
結局ホーム有利という話になりますが。

158 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 16:39:42 ID:77K+vQH4
>>154
日本軍が僅か1年で戦争継続不能になっていたら、朝鮮半島南部を日本軍が保持した
ままの状態で、明が直接交渉に応じる訳ないじゃん。
兵站を朝鮮に負担させている明軍に、日本軍が十分対抗可能なだけの余力を持って
いたから、明は秀吉との交渉に応じたんだろ。
その証拠に、日本軍が12万もの大軍を投入した晋州城攻略は、明との講和が成立した
後におこなわれている。
交渉期間中も、日本軍は常に朝鮮半島に4万以上の軍勢を駐屯させ続けていたし。

あと、三十年戦争時代の欧州の国家と、現在の国家とを同様に考えるべきではない。
当時の諸侯は複雑に血縁関係を結んでいたし、あちこちに飛び領を持っていたりした。
日本軍が何の基盤も持たない朝鮮半島に侵攻したのとは、根本的に違うだろ。
朝鮮出兵時の日本軍みたいに、何の基盤も無い北アフリカに侵攻した欧州の軍隊なんか、
悲惨極まりない状態だったぞ。

159 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 17:55:43 ID:BVyqqTQM
>>158
だからそれは結局半島南部までくらいしか、
補給が効かなかったということでしょうが。

160 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 18:12:55 ID:77K+vQH4
>>159
半島南部に補給が効いたことだけでも、当時の欧州の軍隊には絶対不可能なことだろ。
欧州の軍隊は北アフリカでは、海岸線から離れて進軍することなんか不可能だったし、
海岸付近の都市をたまたま攻略しても1年と保持できなかった。

161 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 18:19:02 ID:77K+vQH4
>>160
ごめん。
「1年と保持できなかった」は訂正。
現地の勢力の弱い小さな都市なら、中には何年か保持できた例もあるかも知れない。

162 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 19:01:40 ID:BVyqqTQM
1535年にカール5世がチュニスを落してハフス朝を屈服させたり、
当時の欧州勢は北アフリカでも互角に戦っているように思うけど?

163 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 22:30:27 ID:O8wwHERj
>>157
>どなたか欧州の軍隊が歩騎混合部隊と衝突した戦いがあれば教えてください。
歩騎混合部隊とは?
歩兵と騎兵を持つ軍のこと?



164 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 22:45:39 ID:BVyqqTQM
>>163
多分、戦術上の最小単位となる部隊の中に、
騎兵と歩兵が混在しているような編成の部隊、って事でしょう。
最近のレスでは私がそういう部隊をさして、
「歩騎混合部隊」って言い方をしているから。

165 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 23:03:12 ID:O8wwHERj
>>164
なるほど、戦術上の最小単位となる部隊でという意味ですね。

そんな軍隊ほとんど存在しないでしょう。
必要に応じてそういった編成になることはありますが
それが一般的な編成である軍隊というのはほとんど聞いたことがありません。
中世ヨーロッパの「ランス」や「Compagnies d'Ordonnance 」はあくまで動員上の単位であって
戦術上の単位ではありませんから。

ヨーロッパでは古代から現代(ヨーロッパに限らず)まで中央に歩兵、両翼に騎兵という陣形が基本になってます。
こういった陣形を組む上で歩兵は歩兵、騎兵は騎兵で集中させることは必然です。
これは現代の軍隊でも同じです。

166 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 23:33:34 ID:Qm1KsyLM
>>154
「長期間の内戦」とカッコ付きで書いたのは、ドイツ諸侯軍の兵站に関しての事。
言葉足らずでスマンね。

167 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 00:16:20 ID:dsRWW8p+
>>156
私としては一戦場で完全に歩兵と騎兵を分離する方が運用しにくいと思ってますが。
機動力が高い分、防御がダメな騎兵ろ防御は無敵だが機動力は無きに等しい密集歩兵
では、余りにも両者の能力に差が有りすぎます。
これらの組み合わせは滅多に上手く行く事はなかったように思いますが?
一度出したら引っ込みの付かない騎兵を投入するタイミングを逃した挙句、無用の長物と
化す。

それよりも一部隊がある程度のオールマイティな能力を持ち、攻守双方に用いれる部隊を
複数有す方が使い勝手が良いと私は思います。

168 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 00:24:43 ID:cCrQOfeN
>>167
騎兵と歩兵を一体にすると両者の利点が相殺されて意味の無いものになりますよ。
16世紀以降の軍は騎兵連隊、歩兵連隊というように兵科ごとに部隊を作っています。
騎兵と歩兵がごっちゃになった大隊や連隊というものは存在しないでしょう。


169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 06:33:10 ID:pg8yfKHv
>>164
そう、「どなたか」っていうのは君のことを指していた。

で。>>165の言うように
>古代から現代(ヨーロッパに限らず)まで中央に歩兵、両翼に騎兵という陣形が基本に>なってます。

ヨーロッパは基本的にそんな感じだと思う。
戦国日本やたぶん東南アジア・中国は違ったと思うけど。

けどそれって別に欧州のそういう軍隊がそうじゃない軍隊より強いからって分けじゃないと思う。
実際に戦ってみてそれが強かったからそうしてるってわけじゃなく
昔からそういう軍隊同士で戦ってるから、それが普通だからそうしてるんじゃないかな。

集中的運用が必然とか有効とか言うのは机上の空論じゃない?
備が迂回して攻撃する場合の話とか読んでてそう感じた。
兵科の集中運用の有効性を否定するわけではないけど。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 06:52:48 ID:pg8yfKHv
>>164
そう、「どなたか」ってのは君のことを指していたw

で。>>165
>ヨーロッパでは古代から現代(ヨーロッパに限らず)まで中央に歩兵、両翼に騎兵という陣形が基本になってます。

欧州では昔からそうなんだよね。俺の知る限りでは。
実際に集中運用をした部隊がそうでない部隊に勝ったから、強かったから集中運用をしたってわけではなくて、
欧州ではみんなが集中運用がいいと考えたからそうしてるだけで。
実際にそれが効果的だったってことが戦争で証明されたことはたぶんほとんどない。

そういう意味で集中運用がどうの、っていうのは机上の空論の臭いがする。
特に、備が迂回攻撃をした場合についての両者のレスからそう感じた。

だから実際に戦った場合どうなったかが知りたかったんだ。
探せばありそうだけどね。
モンゴル対鎌倉日本とか、ある意味そうかな。


171 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 07:55:22 ID:fgOAMcw9
確かに鎌倉日本は、騎兵の集中運用によってモンゴルを圧倒したからな・・・

172 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 08:29:14 ID:hGTVLC8y
現代の軍隊も同じ様な編成だというのは理解している。

当時のヨーロッパの軍隊の一番の問題点は、女子供連れの軍隊だったと言う事。
行軍速度を比較すれば、行軍速度の速い側が常に自分が望む戦場、自分が望む地形を簡単に得る事ができる。
(孫子の兵法で言えば「後の先」。)
戦いたくない時は戦わない、戦いたい時に戦いたい地形で戦えるというイニシアチブを常に握っている。

173 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 09:10:53 ID:uHl8erzV
>>170
西欧でも中世の初期は騎士に従者がついて部隊を作っていたが、
東ローマやイスラム圏との戦いを経て兵科ごとの運用になっていますよ。
中国も春秋時代には戦車が歩兵を引き連れる編成だったが、
戦国時代には騎兵と歩兵に別れる編成になった。
洋の東西を問わずにそのような変化をしている以上、
その方が効果的だったからと見て間違いあないでしょう。

174 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 09:23:54 ID:dsRWW8p+
>>168
現実運用では戦闘団が良く編成されますな。

175 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 09:34:53 ID:uHl8erzV
兵站に関しては、当時の日本の戦が直接的な対外干渉を全く受けずに、
100年以上も内戦状態が続くという、
かなり特殊な条件で行われていたことを念頭に置くべきでしょう。
確かに互いに密接な外交関係を持っていたとはいえ、
国外で戦うことが多かった欧州の軍隊と同列に考えるわけにはいかない。

176 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 14:15:30 ID:EGxPiKE/
>>174
戦闘団は戦術上の最小単位ではなく最大単位です。
単独で戦闘を行なえるための諸兵科混合部隊であって、これらが多数集まって
さらに上の部隊を構成することはまずありません。
あと、戦闘団は全体の速度を合せるために機械化しています。
徒歩の歩兵と戦車では防御にしか使えませんよ。

>>170
>欧州ではみんなが集中運用がいいと考えたからそうしてるだけで。
実際にそれが効果的だったってことが戦争で証明されたことはたぶんほとんどない。

カンネーがなぜ現代でも最も理想的な包囲撃滅戦として研究されるか考えてみればわかるのではないでしょうか?

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 14:43:11 ID:n1BxHZzK
>>176
カンネーのローマ軍は歩騎混合だった故に包囲撃滅されたんですか?





178 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 14:43:13 ID:fgOAMcw9
>>175
戦国時代の日本は統一された国では無かったし、欧州の国の概念も現在とはまったく異なる。
欧州の軍隊が「国外で戦うことが多かった」というレベルでなら、日本の軍隊も同様に
「国外で戦うことが多かった」だよ。

当時の欧州の軍隊には、欧州の外で機能するような兵站システムは皆無だった。
モロッコに攻め込んだポルトガル軍は、上陸してからわずか1ヶ月程度で兵站不足に陥って壊滅し、
海岸から大して離れていないフェズに到達することすらできなかった。
一方の秀吉軍は、朝鮮上陸から約1ヶ月で漢城を攻略し、その1ヶ月後には平壌も征服だろ。

179 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 15:51:19 ID:dsRWW8p+
>>176
戦闘団隷下でも臨編的に中隊を各として各兵科小隊〜分隊を付ける事は行われてますが?
後、機械化の機動力といいますが、密集方陣よりも高い機動力を持てばその点は充足していると思いますが?

180 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 15:54:48 ID:uHl8erzV
>>178
一国内に多くの勢力が割拠する内戦と、互いに深く関係するとはいえ、
多くの国があい争う多国間戦争を同じに語ることは出来ませんって。
欧州ではまず国々で言語からして違うし。

具体的なことを言えば例えば街道。
日本では奈良・平安・鎌倉と緩やかであってもほぼ全土を支配した政権の下、
全国的な街道が整備されたが、欧州ではローマ崩壊以後、
統一的な政権が出来なかった為、国境を越えた街道整備はほとんど出来なかった。
欧州の軍隊はそういう条件で他国へ遠征し、何年も戦わなくてはならなかった。

それから、オスマン帝国にも対抗し、
ソンガイ王国を滅ぼしてサハラ以南にまで勢力を伸ばした当時のモロッコと、
まともな軍隊すらない事実上の明の属国朝鮮を同じに語るのは全くナンセンスだと思いますが?

181 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 16:07:08 ID:uHl8erzV
>>179
臨編的に、とか言い出したらきりがないと思うが。
どのみち、最小単位が各兵科ごとなら、その最小単位を複数組み合わせて、
その場に応じて必要な作戦単位を作ることが可能だけど、
最小単位そのものが騎馬と歩兵の混成では、
その部隊は騎兵の機動力もなく、歩兵の防御力もない部隊になるだけ。

182 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 16:56:30 ID:fgOAMcw9
>>180
例えばイタリア戦争やオランダ独立戦争の際のスペイン軍についてだが、イタリア南部の
ナポリ王国はハプスブルク領だし、ネーデルランドもハプスブルク領。
自国の君主の領土で戦う軍隊を、「他国へ遠征」というのはおかしいだろ。

それと、ネーデルランドやイタリアで戦ったスペイン軍は、スペインからの兵站の供給で
支えられていたわけではない。
兵站に関してスペイン軍は、その地その地で略奪を行い、自給自足をしていた。
こんな補給システムしか持たない軍隊が、欧州の外で万単位の部隊を何年も維持すること
なんか不可能だろ。

183 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 17:53:39 ID:uHl8erzV
>>182
あの、イタリア戦争は別にナポリ王国領で起こった戦いではありませんが。
むしろ北イタリアの方が主戦場では?
それにイタリア戦争ではフランス軍も戦っていますよ。

184 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 21:54:26 ID:dsRWW8p+
>>181
そう断言できる根拠をお聞かせ願いたい。
備形式と欧州形式が戦った事がない以上、断言できる事ではない。

>その部隊は騎兵の機動力もなく、歩兵の防御力もない部隊になるだけ。
逆に言えば、騎兵以上の火力・防御力、密集歩兵以上の機動力という事にならないかな?

因みにいうと備はどちらかというと編制ではなく編成的な存在ですので

185 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 02:48:57 ID:r0aKhje9
>>184
181ではありませんが・・・

>そう断言できる根拠をお聞かせ願いたい。
備形式と欧州形式が戦った事がない以上、断言できる事ではない。

これは181の発言のどの部分の根拠について言っているのですか?

>逆に言えば、騎兵以上の火力・防御力、密集歩兵以上の機動力という事にならないかな?

なりませんね。防御に回ったとき騎兵が、攻撃に回ったときに歩兵がそれぞれ足を引っ張ることになります。
少し話がずれるかもしれませんが、第二次大戦の後半にM4中戦車に変わって新型のM26重戦車が投入されました。
その際、M26を各小隊に一両ずつ配備した第3機甲師団ではあまり成果を挙げず、
M26単独で小隊を編成した第9機甲師団では成果を挙げました。
まぁ、この例だけをもって言うのもなんですが集中投入のほうがその兵科や兵器の長所を活かせると考えられます。

ところで気になったのですが歴史上、備のような編成をとった軍隊が他に存在しますか?
知っている限りは見当たらないのですが。

186 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 07:57:15 ID:H4QCHOCS
>>184
相手が密集方陣のみ、或いは騎兵部隊のみなら、
騎兵以上の火力・防御力、密集歩兵以上の機動力で勝てるかもしれないが、
相手は歩兵部隊と騎兵部隊を組み合わせ、互いにその長所を活かすように編成されている。

上でも少し話が出たように、
例えば密集方陣に対しては正面から戦っては全くかなわないので迂回しなければならないが、
迂回をする為には機動力が必要、しかしその機動力では騎兵部隊に及ばない。

187 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 10:13:51 ID:Uv5LpmC8
>>185
聞いた事はない。というより、西洋以外の部隊編制研究はあまりなされていないか、していても殆ど知られていない。

>>186
問題は数千規模で分かれた各兵科部隊を有機的に運用できるかで、大抵の場合は投入のタイミングが難しい上
金のかかる騎兵を意味のない時期に投入して大損害か勝敗の決した時点で投入する事になっています。

備の規模が数百なのはそれが一人の将が自在に進退できる最大の数である為で、そのなかで汎用性が高く各兵科
部隊が有機的な行動をとれる部隊配置を行う事は合理的なのでは?

188 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 10:45:01 ID:Uv5LpmC8
>>187
ああ、中国は文物が豊富だから多少は解る。
日本は戦士階級が存続したまま近世軍隊(火砲の充実・兵科の成立、部隊編成化)
へ脱皮した存在だから似たような例を探せばよいかと


189 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 10:50:02 ID:H4QCHOCS
>>187
16世紀から17世紀の欧州の騎兵連隊は、大体500から1000くらいで組織され、
一人の指揮官で十分に指揮出来る規模です。
当然複数の連隊があり、数千規模の騎兵部隊を一気に投入しなければならないわけでもありません。
つまり投入のタイミングに関しては特に優劣はなく、そして機動力に関しては騎馬のみの方が上。

ちなみに、迂回云々について備の側が迂回を試みる場合のみ検討していましたが、
騎兵のみの部隊も当然迂回を試みます。
確かに銃兵と槍兵を組み合わせた陣形なら、正面からの騎兵の攻撃を支えることは出来るでしょうが、
側面に迂回されては無力ですし、機動力に劣るがゆえに迂回されることを回避するのも非常に難しい。
仮に備の中の騎兵のみで迎撃しようとしても僅か数十騎では数百の騎兵を抑えることは出来ません。
数百の敵騎兵部隊の迂回を阻止したかったなら、
こちらも同様に数百規模の騎兵のみの部隊を運用するしかない。

それから、騎兵がいるのに歩兵と一緒に行動させてその機動力を殺してしまうのは、
有機的な運用ではありません。それは有機的な運用が出来ない部隊配置というものです。

190 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 11:35:36 ID:Uv5LpmC8
>>189
備も複数ある事をお忘れなく。
また側面迂回する騎兵隊が備に対し更に側面迂回となると時間の浪費は確実ですし
その間に別の備が展開し更に迂回・・・などという展開すら想定されます。
そうなると迂回を続ける騎兵隊とそれに対抗し後続の備を展開させ、また迂回された備
がどう動くかも興味深いです。

191 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 11:40:29 ID:Uv5LpmC8
更に欧州の会戦では先ず騎兵は側面にいる騎兵と交戦した後にそれを打ち破った後に
歩兵戦列の側面を突いていますから、この辺の騎兵の機動力と備の機動力の差はもう
少し慎重に考える必要があるかと。

192 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 12:00:38 ID:H4QCHOCS
>>190
タイミングに特に優劣がないことはご理解いただけたと思いますが、
そうであるなら、問題が迂回という機動力が重要な行動である以上、
その点で劣る備は基本的に不利、それに連隊は100名くらいの中隊複数で編成されていますので、
さらに柔軟な運用も可能です。
そしてより問題なのは、側面でそのような攻防が行われている間に、
相手の密集方陣も前進してくること。

それから「側面迂回する騎兵隊が備に対し更に側面迂回」って何のことを言っているんです?

>>191
なぜそれで、もう少し慎重に考える必要が生じるのですか?
騎馬隊の機動力に対抗できる相手方の騎馬隊が存在しないのだから、
話は単純になるだけです。

193 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 12:47:06 ID:shHBRMEd
騎兵投入のタイミングなんていうのは指揮官の能力に拠る部分ですので
騎兵を集団で運用するというシステムの部分とはあまり関係無いですよね
備支持の方(おそらく同一の方だとは思いますが)はなぜ騎兵+歩兵の備システムのほうが
優れているのかを述べていただけませんか?
私は騎兵の長所は戦術面での機動力と敵陣の突破力であると思うので
騎兵に歩兵をつけたところでその長所が強化されることは無いと思います

194 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 13:34:04 ID:Uv5LpmC8
>>192
その密集方陣が前進するまでの間までにどの位の時間が掛かるかが問題です。
戦術的機動戦を行うからにはかなりの戦力を翼に投入する事ですから数的には上になるでしょうし・・・
その場合、防御力のない騎兵のみで対抗できるかと

>それから「側面迂回する騎兵隊が備に対し更に側面迂回」って何のことを言っているんです?
翼面に迂回する騎兵隊が翼の備に当たった際にそれを迂回、その迂回までの間に後続の備が展開し
それを迂回するために更に迂回・・・という流れ

>騎馬隊の機動力に対抗できる相手方の騎馬隊が存在しないのだから、
>話は単純になるだけです。
備の防御力・火力に対抗できない騎馬隊が存在しないというのもそうではありませんか?
まぁ、逃げるのでしたら宜しいでしょうが

>>193
騎馬と歩兵が別の指揮官に率いられている事に起因する意思疎通の問題。
一人の指揮官に様々な兵科があれば、咄嗟の判断での投入時に迅速に対応できる。
騎兵投入は指揮官の判断に頼る比重が大きすぎる。

195 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 14:06:49 ID:WCbGlkfd
騎兵がどんなにスピードがあっても、それだけでは側面迂回なんかできないよ。
相手に向きを変える時間もあたえず、側面に回りこむことなんか不可能。
騎兵が側面迂回を成功させるためには、味方の歩兵が敵を拘束していることが絶対条件。
でも、テルシオでは動きが鈍すぎて戦国の軍隊を拘束することなんかできないから、
結局は騎兵も側面迂回なんかできないだろうな。

196 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 14:14:49 ID:H4QCHOCS
>>194
>翼面に迂回する騎兵隊が翼の備に当たった際にそれを迂回、その迂回までの間に後続の備が展開し
>それを迂回するために更に迂回・・・という流れ
そのような互いに機動力が必要な行為を行うからこそ、
より機動力が優れた騎兵部隊のほうが有利になるのです。
そして、備の火力・守備力といっても側面に回りこまれてしまえばお終い。

それから、最小単位の中の複数の兵科を一人の指揮官が率いるのは、
指揮が煩雑になるだけ、槍兵には槍兵、銃兵には銃兵、騎兵には騎兵の最適なタイミングがあり、
その全てを一人の指揮官が指揮するのでは咄嗟の判断なぞしにくくなるだけです。

197 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 14:19:57 ID:H4QCHOCS
>>195
数百人の部隊が向きを変えるのはそれほど簡単ではないと思いますが。

198 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 14:39:44 ID:WCbGlkfd
>>197
騎兵が機動力だけで敵の側面に回りこむなんてことが可能なのなら、それこそ騎兵は
戦場では絶対無敵な存在ということになってしまう。
でも実際の戦史ではそんなことはないし。
槍兵だけで構成されたスイス軍と対した時も騎兵は側面迂回なんかできなかったし、
機動力なんか皆無のボヘミアの戦車隊と戦ったときも無理だった。
現実に側面迂回を成功させるには、数多くの条件を充たしている必要があるんだよ。

199 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 14:55:07 ID:H4QCHOCS
>>198
それは多くの場合相手側にも、
騎兵部隊がいて同様の機動力で迂回を阻止しようとするからです。

それから、スイスのパイク兵との戦いも、戦車隊との戦いも、
いずれも騎兵の正面突撃が最強と信じられていた時代の話。
そのような戦法を取る相手との戦いを経て、真正面からの突撃を放棄して、
より機動力を重視する側面迂回という戦法取るようになったのが16世紀くらいの欧州騎兵。
歴史上の順番を無視して語られては困ります。

200 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 16:43:01 ID:WCbGlkfd
騎兵の側面迂回なんか大昔からある普通の戦法。
スイス軍に対してだってラウペンの戦いとかでは試みてる。
でも、それだけでは勝てなかった。
騎兵が側面迂回を成功させるためには、敵を拘束する必要があるなんてことは、
紀元前からの鉄則だろ。

201 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 18:07:50 ID:o2p8LAjd
結構忘れられていますが密集方陣の強みは側面や背後に対しても防御力をもつことですよ。
なぜ、19世紀になっても騎兵には密集方陣で対抗したか考えてみてください。

三兵戦術は騎兵、歩兵、砲兵で構成されますが(これはそれぞれ時代に合せて置き換えてみてください)
それぞれの特徴を最大限に生かすことが大事です。これらを生かすにはある程度それぞれが独立していなければなりません。

>>195
上三行は同意なのですが下三行はおかしいと思います。
テルシオにしろ何にしろ前進する歩兵隊にたいしてどういう対応を想定しているのですか?
下手にちょこまか動くと騎兵に襲われますよ。
移動中の部隊ほど騎兵に脆いものはありませんから。





202 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 20:34:03 ID:H4QCHOCS
>>200
そりゃあ、騎兵は翼側に置くなんて古代には普通でしたが、
中世では正面からの突撃が普通でしょう。
ラウペンの戦いも確かにスイス軍が包囲されかかったのは事実ですが、
16世紀の場合のように、予め騎兵隊が翼側に置かれ最初から迂回が狙われていた、
わけではないのでは?

203 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 20:42:10 ID:H4QCHOCS
それから忘れてもらっては困るのですが、
備の側はただ騎兵が来るのを待ち受けていればよいわけではありません。
敵方陣が迫る前に、自分たちの方が迂回を達成しなければ、
結局密集方陣に押しつぶされるだけ。

204 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 20:46:19 ID:I8kW+4iW
一方の軍にだけは、随分と都合の良い展開だねぇ。

205 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 22:50:49 ID:0rlSk0k7
欧州厨ボコボコだなww

206 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 23:14:45 ID:2Y8WJOjL
>>205
煽りはいいので具体的な反論をお願いします。

207 :170:2006/12/18(月) 00:12:05 ID:brFz5F3l
>>206
具体的って、なあ・・・・。
机上の空論なんだよ。どっちも。
お前らの頭の中で戦わせてるだけじゃん。

その前に具体的な戦いを挙げてくれよ。


208 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/18(月) 00:21:14 ID:cD3J+wZi
軍隊経験も無く、戦争経験も無い人間が用兵とか戦術についてコマゴマと語ってもイタイだけだからな。

209 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 18:36:02 ID:Nh8+IxBQ
>>207
当時の日本のような編成の軍はほとんど見受けられないから、
具体的な戦例を出すのは難しいでしょう。

だから理屈で、机上の理論で考えることにってしまうわけだが、
だとしても、機動力で劣る備が、
迂回を試みるにしろ、相手のそれを阻もうとするにしろ、
不利だというのはかなり明白だと思いますが。

210 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 19:56:12 ID:ymAleJPY
日本と欧州じゃ地形が違うよーな

211 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 20:29:03 ID:rLO8hyQR
>>210
機動力
騎兵>備>密集方陣
火力・守備力
密集方陣>備>騎兵
上記の関係にある備が
軽戦車、中戦車、重戦車の中戦車という他者よりも優位な存在なのか
戦闘機、双発戦闘機、爆撃機の双発戦闘機という中途半端な存在なのかという問題化と


212 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 21:44:20 ID:c6CaLbyH
戦略面のマイナスを戦術面のプラスで補えるのは、偶然や幸運があっても一度か二度だけ。
戦略的な機動力は日本側が遥かに上。
これを凌ぐのは、革命フランス軍の登場以降。

そもそも、布陣に何時間もかかるようなテルシオなどは最初から戦力外と言うべき。
それとも、日本の指揮官には宋の襄公しかいないとでも?
(逆に言えば、あの程度の密集陣の構築に何時間もかかるような頭の悪すぎる練度の低いノロマの集団。)

まあこんな事を言っても、自説に不利な部分は相変わらず完全スルーするんだろうけどね。

213 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 22:34:59 ID:v6lSM39r
>>212
戦略機動でヨーロッパの方が上というレスはどこにありましたか?

214 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 22:53:17 ID:rLO8hyQR
>>196
備は一列に並んではおらず何段かに組まれています。
それらが相互に連携するのであっさり側面には迂回できなません

鉄砲組・槍組・騎馬隊にはそれぞれ組頭などの指揮官がいます。
それを統括するのが備の侍大将な訳で

敵と接触時に大体一列に並んでいればよいというのが備の厳密な操典
を持たないが故の利点でしょう
陣形的に言えばただ兵科ごとに並んでるだけですから

215 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/21(木) 19:01:39 ID:nRO7BF5l
>>212
戦略的な機動については、
朝鮮出兵を唯一の例外として、全て国内戦しかない戦国時代の日本の例を、
そのまま国家間戦争に持ち込むのは問題だろうと既に述べております。

>>214
それがどうしてあっさり迂回できない理由になるんです?
仮に>>195のように向きを変えて側面攻撃を防ぐなら、
むしろ一塊になっていたほうが有利なのですが。

216 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/21(木) 20:50:09 ID:8Pqp/OPL
>>215
先備を迂回しようとする騎兵に脇備が展開する。

217 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/21(木) 23:16:21 ID:hNZY+g6e
>>215
なるほど、欧州の軍隊の戦略的機動力が何故に低かったのか理解できないと言うわけですね。

218 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 07:05:02 ID:01ON8sDV
>>216
いや、普通迂回を試みるなら最初から脇備を迂回しようとするでしょう。

>>217
戦略的機動に何より重要なのは兵站と補給、
日本国内では見事だった当時の日本の軍隊のそれが、
朝鮮半島では著しく制限されてしまった事実に注目するべきでしょう。

219 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 16:47:07 ID:W2cfGjty
>>218
朝鮮半島でも3週間で漢城まで進軍してるんだから、戦国日本の兵站と補給は、
かなり効果的に機能したというべきだと思う。

220 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 20:01:47 ID:mjn7uhQL
釜山→ソウル間、約450qを三週間か・・・。
バルバロッサ作戦開始後一ヶ月でドイツ軍が進軍したのは約350qだから、それを上回るな。

・・・まあ、面積とか軍の規模とかは比較にもならんが、時代が300年以上違うんだからそれは仕方ないか。

221 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 21:26:45 ID:hfImOZ5t
>>218
いや、先鋒にいくつかある備を幾つか纏めたもの(一手と仮称)の最翼部にいる一手を
の前備を迂回しようとして脇備に妨害されるとか

222 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 07:36:28 ID:Jg03iKNf
>>219
ところが兵站が続かず、ずるずると後退したでしょう。
自軍の兵站能力を超えて無理な進軍をし、戦線を維持できなくなるようでは、
まるで話しにならない。

>>221
よく分からないが、その妨害しようとする脇備は、
当初はどこに配置されているのを想定しているので?

223 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 07:58:00 ID:LzCqplsb
>>222
普通に戦線を維持して明との講和に持ち込んでるじゃん

224 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 08:09:49 ID:Jg03iKNf
>>223
朝鮮半島の最南部でね、つまり、そのあたりが兵站の限界だったということ。

225 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 09:48:18 ID:LzCqplsb
平壌から南下する明軍に対し、漢城から北進して大勝した挙句に講和。
しっかりと兵站が機能してるだろ。

226 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 10:56:10 ID:Jg03iKNf
>>225
全く逆、戦に勝ったにもかかわらず漢城を放棄しているでしょう、
それこそ正に兵站が行き詰っていた証拠。
そうでないなら、なぜ勝ったのに撤退しなければならないの?

227 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 11:39:15 ID:LzCqplsb
>>226
講和が成立したから推移を見守るために朝鮮駐屯軍に規模を減らしたんだろ。
兵站が行き詰っていたら、明に対して朝鮮半島南半分の支配を認めるように要求するわけないじゃん。

228 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 12:58:56 ID:Jg03iKNf
>>227
漢城放棄の前に講和なんて成立していません。
そして、半島南部の支配しか条件に掲げなかったことこそ、
そのあたりまでしか兵站が続かないという現実を認識した証拠でしょう。

229 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 13:35:50 ID:LzCqplsb
>>228
朝鮮半島の南半分って広大な土地だよ。
対馬海峡越しに兵站線を維持して、兵糧を朝鮮に負担させている明軍と戦い、
それだけの面積を実効支配下に収めたまま講和に持ち込んだんだから、日本の
兵站能力は当時の世界ではトップだろ。

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 14:24:16 ID:fys0ZEVh
>>226
漢城が譲ったのが他の政治的配慮からではなく
兵站が理由だったと言えるわけを説明してください。

231 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 16:20:33 ID:Jg03iKNf
>>229
広大な領域って、
あの、当時日本軍が確保していたのはほとんど海岸線沿いのみですよ。
せっかく苦労して攻略した、慶尚南道南部の海岸から僅か20km程度の晋州すら、
放棄している。

>>230
理由も何も、漢城が食糧不足だったのは事実な分けで。
というか、他にどんな政治的配慮がありえると思っているのです?

232 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 17:57:39 ID:5PganQb4
当時の日本の兵站の限界について語っても、それが当時のヨーロッパの軍隊の優位性を示す証拠にはなりませんよ。
むしろ、実態を知っていたならば、その逆の考えしか浮かばない。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 22:59:18 ID:fys0ZEVh
>>231
申し訳ない。不勉強なことに私はその事実を知りません。
できればその事実を示す資料をお教えください。

234 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 01:46:07 ID:BGkW0iOS
明が日本側に講和使を送ったのは1593年4月8日。
日本軍の漢城撤退はそれを受けての4月18日。
明との講和交渉では、日本側は日明交易の再開を要求すると共に、日本側の譲歩する点として
漢城を含む朝鮮半島北半分の返還を提示だろ。
日本軍の漢城撤退なんて政治的配慮以外の何ものでも無いじゃん。
漢城撤退の理由が食糧不足なんて、どこから出てきた話だ?

235 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 08:04:25 ID:iNLZGfAg
>>232
日本国内でならね、ところがひとたび国外へ出るや、
まともに戦えたのは1年程度、その後は海岸線沿いにへばりついていだけ。
これでは到底当時のヨーロッパに優越していたとはいえません。

>>233-234
漢城の諸将が連署して秀吉に送った3月3日付けの書状で、食糧不足を訴えているでしょうが。

だいたい和平交渉の途中で、相手がその条件を飲むかどうかも分からないのに、
こちらだけ一方的に兵を引くのはあまりにも弱腰だし、
仮にそうだったとしても、領有を主張している南部4道すら放棄して海岸線まで引いた理由は?
さらにいうなら、もし兵站も大丈夫だったなら、
そもそもなぜその段階で和平交渉に応じる必要があったのか。

236 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 08:30:15 ID:BGkW0iOS
>>235
南部4道は放棄していない。
晋州城の朝鮮軍を壊滅させ、南部4道をほぼ制圧したという実績を作ったから、
それに満足して交渉期間中の駐屯軍の規模を縮小したんだろ。
日本があの段階で講和に応じたのは、明を交渉に引きずり込むことが成功したので、
朝鮮半島北部と引き換えに日明交易を復活させるため。

237 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 08:58:51 ID:iNLZGfAg
>>236
放棄していなかったなら、
なぜ日本軍は慶長の役でその4道に対して攻撃を仕掛けているの。

238 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 09:04:53 ID:iNLZGfAg
>>236
それから当初は明征服を掲げていたのに、
日明貿易復活で手を打つとは随分戦争目標を縮小したものですが、
戦が予定通りに進んでいたなら、そこまで縮小する必要はないでしょう。

239 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 09:27:38 ID:BGkW0iOS
大体、当時のヨーロッパには1年間、海岸線沿いにへばりつくことすら出来なかっただろ。

1573年10月9日、スペイン国王の弟ドン・フアンはイタリア兵1万3千、スペイン兵9千、ドイツ兵5千を率いてチュニスへ侵攻。
1573年10月11日、住民が逃げ去った後で老人しか残されていなかったチュニスの征服に成功。
この後、スペインがチュニスに駐屯させることが可能だった守備兵力はイタリア兵4千、スペイン兵4千の計8千。
1574年7月11日、シナン・パシャ率いるトルコ軍4万がチュニスに到着。
1574年9月13日、チュニス駐屯スペイン軍が降伏。

あきらかに全ての面で朝鮮出兵時の日本軍の方が、同時期のヨーロッパより優越しているじゃん。

240 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 10:40:13 ID:iNLZGfAg
>>239
チュニスはね。
しかしトリポリは1510年にスペインが占拠してから1551年に奪回されるまで西欧側が確保していたし、
アルジェにも1529年まで10年以上に渡って要塞を確保していた。

241 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 15:14:44 ID:BGkW0iOS
>>240
そんなの単に現地にまともな軍事力を持った勢力が存在しなかったから。
アルジェに駐屯していたスペイン軍は僅か200だし、トリポリの場合だってマルタ騎士30と傭兵630に過ぎない。
当時のヨーロッパが北アフリカで複数年に渡って維持可能な兵力なんてその程度。

ハイルッディンの攻撃を受けたアルジェのペニョン城は、16日間の砲撃の後に陸兵1500の突撃により陥落。
一方のトリポリは、ドラグト率いるトルコ軍6000の包囲によって陥落。
秀吉軍が朝鮮半島で戦った明軍とは規模が違いすぎるだろ。

242 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 20:46:28 ID:GrKZ25Fv
桁が二つも三つも違うんだな

243 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 21:00:34 ID:kWKnkce0
>>221
先鋒一手、前備後方、本陣備の側面
wikiの備を参照するなら、図3の旗本部隊の右備・左備が該当するかな?

244 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/26(火) 10:06:39 ID:upykgj/W
>>241
そりゃあ、もともと当時の欧州は兵の動員自体、
同時期の日本より圧倒的に少ないうえに、本国で互いに争いつつ、
海を越えてイスラムとも向き合ってたのだから、
派兵兵力が少なくなるのは当然でしょう。

兵力的には日本のほうが非常に有利だというのはまぎれもない事実だし、
そのことを否定するつもりはありませんよ。

245 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 20:37:57 ID:3mn5eAjt
データ的には、当時の日本の人口はフランスやドイツと大差無い。
大き目のものを採っても、その約1,5倍程度。
だが、ドイツ+フランス(の人口)を超える事は無い。
しかし、動員可能な兵力は、その二国の合計を遥かに超える。

当時は「国家の軍隊」など存在しない。
「貴族の私兵」や「大名の私兵」(明では「軍閥の私兵」)しか無かった。
ある意味、システム的には似通った点が多かったが、日本だけが(人口との比率的には)より多くの兵員を動員する事ができた理由。
それこそが大きな問題点かも知れない。

246 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 08:15:15 ID:uV1QeuPC
>>245
戦国時代の日本の人口は約1200万人、
同時期のスペインは面積は1.5倍ほどにもなるのに人口は600万人程度。
フランスとドイツの人口も大して変わらなかったと思ったが?

247 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 11:04:20 ID:PTHqr1O5
当時の人口は資料によって随分違うね。
日本の人口が1600年当時で2600万人とするのもあるし、3000万人とするのもあるよ。
ちなみにこっち(ttp://jp.encarta.msn.com/text_761568934__1/content.html)ではフランスの1700年の人口が2100万人。
(100年で人口5倍増加なんてアリエナイから、こっちを元にすると1600年頃は1500〜2000万人程度?)

資料が入手しやすい日本でさえ、ものによって倍以上の差があるんだから、人口議論は不毛なものになりそう。

248 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/31(日) 19:49:03 ID:MQDg9COP
つーか、あの李氏朝鮮ですら当時の人口が600〜700万人とか言ってるんだから、それ以下って事は無いようなw
(ちなみに韓国では1000万人になっているらしいが。)

もっとも、イングランドみたいに北過ぎて食い物がロクにとれないところは仕方ないかも知れんが。

249 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 09:19:52 ID:POlWnMHF
>>248
その朝鮮の人口ってのも当てにならないのよ、
多いほうも少ないほうもどっちもね。

250 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 21:00:16 ID:SZliei5B
やっぱ、人口についての話は不毛なのか。

251 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 22:47:33 ID:hLJI2swy
じゃ、「軍事史学」に載っていた。近世の日本と欧州の兵站。
馬車を用いない分、積載能力は欧州が上だが人の消費量は食物は双方とも一日1kg程度だが、
欧州はそれに加え、同量のワインか倍量のビールを必要とする(日本の場合は兵が支給された
米で勝手に酒を作る)。その為、筆者は兵站能力はほぼ同じとしている。

ただ個人としては馬車を用いない分、不整地踏破能力は日本の方が上だし、調理器具も欧州では
麦を石臼で粉にし、かまどで焼くという皇帝を必要とする分、日本が上であろう。更に、大砲を用い
ない点も換算すると戦略機動力においても日本の方が上かと

但し、継戦能力には大きな差はない

252 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 23:22:06 ID:Qk+Bs0ve
欧州厨は逃げたかww

253 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 08:45:44 ID:x1TRcFr7
>>252
戦術面でも兵站面でも答えられていないのは、
日本最強さんのほうだが?

254 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 09:53:33 ID:RxBKGZjL
>>253
古代ギリシャの模倣から始まったというその時点で既に時代遅れという気が

255 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 12:16:43 ID:PfNeBJC8
>>251
三十年戦争時のヴァレンシュタインの軍隊の場合、軍勢約60000の中兵士は約15000程度。
残りの45000の大半が兵士の女房と子供達。
こういった現実を計算に入れていないのではないかと思われ。

256 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 01:01:17 ID:sSIUkQLn
16〜17世紀当時の欧州軍隊の兵站は、脅迫による供出と略奪による現地調達
以外に何かあったっけ?
あっても一般的な例では無く、一部の例外だよな。

257 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 09:16:01 ID:FnORHiQZ
>>256
それは敵地に入ってからであって、その点は日本もそれ程変わらないというのが「軍事史学」の記事の内容。
理由としては長大な兵站線を特に陸路において維持するには、例えば釜山〜漢城を陸路補給するためには
前線の兵に対し人夫のみでその約1.3倍の人員を必要とするとか・・・

現に小田原の陣においても北条領内の住民は乱暴狼藉の禁制を手に入れる為に豊臣軍に対し、食糧を供出
していた。これは「脅迫による供出と略奪による現地調達」の中間に位置するものではないかと

258 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 21:18:14 ID:Pw9fPZmh
それが無ければ豊臣軍が軍を維持できなかったとでも?

259 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 22:12:33 ID:FnORHiQZ
>>258
うん、小田原の陣の特に内陸部は上記の他にも城を攻略してその備蓄米を接収していた様だし
朝鮮の役でも前者は上手くいかなかったから、後者の備蓄米がなくなると釜山から補給可能な
南部に日本軍は撤退してますわな

260 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 15:04:49 ID:xxOsxv7/
兵站が問題なのは、それが部隊の進軍速度を決定する要素だからだろ。
敵国の奥深くに侵攻した部隊を何年間も支えることが可能な兵站線なんか、当時の如何なる国も保有していないよ。

261 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 16:20:43 ID:DeUJkEi/
>>260
そーね、行軍速度に差はあるが継戦能力には大きな差はない

262 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 18:32:02 ID:FvSPF+JP
>>258
だからそこ、朝鮮では1年あまりで戦えなくなってしまったんじゃあないか。

>>260
もちろんそうでしょう、だから国外で何年も戦わなければならなかった、
当時の欧州の軍隊は略奪等に頼らざるを得なかった。

263 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 20:34:08 ID:qVjse9s5
ドイツの軍隊はドイツ国内で補給もままならず略奪しまくりだったわけだがw
これを当時の国家の枠組みで「国内」じゃなくて「国外」だというのなら、日本のそれも「国外」の戦争が大半だったわけだが。

264 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 20:48:15 ID:DeUJkEi/
>>263
当時のドイツというより神聖ローマ帝国は当時の日本みたいなもんだから皇帝といえども直轄領と
同盟諸侯領以外は敵地ですわ

265 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 21:07:38 ID:FvSPF+JP
>>263
国外で戦うことが頻繁だったから、
国内戦に限定すれば維持可能な兵站線の構築も、
おろそかになっていたって事でしょう。

>>264
宗教上の対立、それも一切の異端を認めない一神教上の宗派対立が絡むから、
分裂の度合いははるかに高いけどね。

266 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 21:21:15 ID:DeUJkEi/
日本の場合、食糧の配給は半分が現物でもう半分が金銭での支給との事。
で、その半分を目当てに方々から商人が来て売り買いを行ったというから
後方からの輸送も商人がかなりかんでいるのではないかと

267 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 21:27:22 ID:xxOsxv7/
>>262
アルマダの海戦でスペインが用意できた兵站は半年分が精一杯だったけどな。

268 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 22:17:43 ID:qVjse9s5
>>266
商人が軍隊の略奪品の買取とか後方輸送なんかに絡んでいるのはどこの国でも同じ。
人が集まる場所には商売のチャンスがあるからね。
もっとも、儲かったのは極少数になるんだろうけれど。

269 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 22:56:36 ID:DeUJkEi/
>>268
ただ、日本の大名と契約している商人が西欧の傭兵団における酒保商人の如く
補給の総てを仕切っていたとは考えられないんですよね。
少なくとも戦術レベルの補給は侍自身が行っていたのは確かなようですし
くっつくではなく後方地域の輸送を大名との関係が深い大商人。
前線で売り買いするのは地元の中小商人という具合に棲み分けでもしてるのかな?

小田原城の対陣じゃ、京からも商人が来たというけどこれは既に後方地域みたいな
もんですし・・・

270 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 11:31:12 ID:cE3+Fk7O
>>267
それが多いか少ないかは戦略目的を確認しないとなんともいえないね。

271 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 15:37:15 ID:s2jvmFC5
兵糧を準備できる体制でも、それを前線まで行き届かせる様な大規模な補給部隊は
特にそれが内陸である限り、つい最近に至るまで存在し得ない
やれるとしたら生産設備すら追従させないと、モンゴルみたいに

272 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 17:58:50 ID:ikAWBkZe
西洋の学者も7世紀から15世紀まではアジアに遅れてることを認めてる

273 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 18:20:59 ID:wIorwYWD
俺が読んだのは、「〜18世紀まで」だったが


274 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 21:57:33 ID:jr8NTrMh
>>272-273
ところでその劣っていたと思っているであろう対象のオスマン朝あたりは議論の対象にしないのか?

275 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/06(土) 22:57:51 ID:s2jvmFC5
>>274
正味良く解らんが常備軍を有し、鉄砲を早期より大量に用いてた点以外は同時代の欧州
と余り変わらんようだね

276 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 22:50:41 ID:bYjUuFxC
>>三十年戦争時のヴァレンシュタインの軍隊の場合、軍勢約60000の中兵士は約15000程度。
残りの45000の大半が兵士の女房と子供達。
こういった現実を計算に入れていないのではないかと思われ。

これのソースは何?

277 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 22:50:14 ID:J8Menbz+
>>276
「傭兵の二千年史」p101、102より
「(前略)〜輜重隊は酒保商人とその配下、女子供、旅芸人らの非戦闘員でむせ返っていた。
その数はべらぼうに多く、ランクツヒルネ一連隊六千人とすると、ほぼその同数の民間人が連隊の後をぞろぞろくっついていくのである。
(中略)もちろんこうした輜重隊〜十七世紀の三十年戦争の時には軍本体の一倍半にもなったのである。(後略)」

278 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 03:54:48 ID:W66LPX+j
>>276
ド素人はすっこんでろWW

279 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 17:00:27 ID:4MnwTT8v
>>274
俺が読んだのは、「西洋の学者もアジアに遅れてることを認めてる」対象は、日本や中国といった東アジアだったが

280 :コピペ:2007/01/09(火) 21:31:07 ID:63Y0gtSm
サファヴィー朝

16世紀末までサファヴィー朝の兵力の大部分はキジルバシとよばれる遊牧トゥルクメンの部族兵であり、トルコ式の合成弓や
騎槍、刀剣等で武装して、おそらくモンゴル帝国の時代とほとんど変わらない騎兵戦術で戦った。
アッバース大帝の国政改革以前、国土はシャー(大王)の直轄領のほかに50余州に分かれ、キジルバシの部族長たちが
各地のヴァキール(総督)として半独立的に統治し、500〜3,000の兵力を保持して有事に従軍する義務を負った。
シャーは直属の戦力として、キジルバシから選抜された親衛隊であるコルチ(箭筒士)を有していた。シャー・イスマーイールの
治世にはコルチの兵力は1,000〜3,000名で、キジルバシと合わせても野戦に動員できるのは2万人ほどであった。16世紀
半ばにコルチは5千名まで増員されていたが、王朝全体の兵力はたいして増加していなかったようだ。
戦闘隊形は右翼・左翼・中軍に分かれる伝統的なもので、通常はシャーの軍勢が中軍となり、両翼にキジルバシが配置された。
サファヴィー朝軍の圧倒的多数は中央アジアの伝統的な騎射兵であったが、シャー・イスマーイールの父・ハイダルの代から
すでに火器の使用された記録がある。イスマーイールは攻城戦にマスケット銃や大砲を使用しており、シャー・タフマースプは
1528年のウズベク族との会戦で、荷車を連ねた防御陣地の背後からカルヴァリン砲や旋回砲を発射している。火器の入手源は
ヴェネチア、ポルトガル、ロシアなどであった。またチャルディランの戦いの翌年に、オスマン・トルコの脱走兵の技術を利用して
2千挺の小銃を生産したこともある。


281 :コピペ:2007/01/09(火) 21:32:18 ID:63Y0gtSm
サファヴィー朝は西のオスマン帝国、東の遊牧ウズベク族から攻撃を受けており、16世紀中はほとんど常に守勢に回っていた。
チャルディランの会戦で大敗北を喫してから、サファヴィー朝軍はオスマン・トルコの侵攻に焦土戦術で対抗するようになり、
ゲリラ的に輜重隊を襲うほかは戦わずにトルコ軍を消耗させた。東部ではウズベクの野戦軍と互角に戦っている。
16世紀末にアッバース大帝が即位すると、シャーの私兵的集団であったチェルケス人やグルジア人の「ゴラーム」が台頭し、
またイラン系定住民の兵士からなるトフェングチ(銃兵隊)とトプチ(砲兵隊)が設立された。Kenneth Chaseによると、当初
ゴラームは騎兵で銃兵隊は歩卒だったが、のちにゴラームも小銃を装備するようになり、銃兵隊に馬が支給されるに及んで
両者とも竜騎兵のような存在になったという。
17世紀初頭には10,000〜15,000のゴラーム、12,000の銃兵隊、12,000の砲兵隊が最大で4万近くの常備軍を形成し、
その他に10,000〜20,000のキジルバシと補助兵が召集可能だった。

ペルシャ語は詳しくないので表記が間違ってるかも


282 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 21:56:56 ID:jX+mkaZ3
>>277
追加
ttp://www.h3.dion.ne.jp/~jtpage/cy/history/other/youhei.htm
ttp://maideriapress.web.fc2.com/book/book030.html
流民集団といった方がよいな

283 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 22:17:49 ID:O4r0+sFM
軍隊と言うよりはキャラバン。
キャラバンと言うよりは武装難民集団・・・か。

284 :276 :2007/01/10(水) 02:05:42 ID:wxDBjErW
いや、多数の非戦闘員を含んでいたソースことではなく
ヴァレンシュタイン軍の6万のうち1万5千が戦闘員でそれ以外の4万5千が
非戦闘員だったという事に関してのソース。
この数字がどこから出てきたのか気になった。

285 :276 :2007/01/10(水) 02:06:21 ID:wxDBjErW
訂正
ソースこと→ソースのこと

286 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 11:05:21 ID:SKneZZc0
ド素人なんだが質問いいかな?
アレならするーしてくれ
15〜16世紀当初、軍事力で最強と呼ばれていたのはどの国になるの?
やっぱりオスマントルコ?
世界史の知識はほぼ皆無だが昔、三戦板の武田対イェニチェリスレで
やけに押されていたので気になってたのだが
空気よまんですまんね

287 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 11:20:28 ID:dUv9j4Gq
書き込んだのは俺ではないが、三十年戦争で誰もが三万より多くの兵を戦場に投入した事がないからでは?

288 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 15:05:26 ID:GOgKkwy9
>>286
明だろ。
中国の経済力や人口の多さは圧倒的。
オスマン帝国ですら比較にならない。

289 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 20:19:32 ID:KLZNkDW1
>>288
あまり詳しくないが、明代の中国の人口は数千万程度で、人口減少期だった
と読んだことがある。
同時期の日本の人口の倍程度じゃなかったかと思うが。
(飛躍的に増えたのは、清代に入ってから。)

290 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 22:38:46 ID:NWkoGM7a
巨大さでは明帝国に及ばないが、軍事技術ではオスマン帝国ではない
だろうか?コンスタンチノープル攻略時点で巨大砲を持っていたり、
指揮者の手足の如く動く軍隊であったりと、技術の高さは並みじゃな
い。

291 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 23:10:40 ID:LGhiUHKn
しかし、この時代(16世紀後半)は、イェニチェリの腐敗もはじまり、軍事
的にも(上でボロクソに書かれている)ヨーロッパ諸国の軍隊にさえ何度か
大ボケかましていたような・・・
もっとも、17世紀後半には失敗はしたけれども、ウィーン攻囲戦を行う等、
大国らしい軍事力は十分にあったはず
ちなみに、19世紀前半まで、ヨーロッパ諸国の国際通貨はオスマン朝のター
リーが使用されていた

292 :290:2007/01/10(水) 23:48:02 ID:NWkoGM7a
>>291
あ、そうか…そうすると最強はやっぱり明帝国か。何せ数が多いし、火力も
強いし。団結さえ固まってれば負けないだろう。
話は変わるが、鄭和艦隊の規模と運用能力(同時代の他国を遥かに凌ぐ)を
見るに、明が海軍でも最大最強になる契機はあったと思われる。スペイン程
度の地力で無敵艦隊が造れる訳だし。

293 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/11(木) 01:20:26 ID:4GFVzLxw
オスマン帝国では16世紀半ばのバヤジット皇子の反乱以来
民間に銃器が流出してその辺の野盗や農民まで鉄砲で武装していたらしい。
火縄銃一挺が「牛一頭の半分の値段」で買えたそうだ。

で、そうして銃の扱いに慣れた連中を「セクバン」や「レヴェンド」
と呼ばれる不正規兵として雇うようになった。
日本や西欧だけでなくトルコでもそうした雑兵的な連中が
出てくるというのが面白い。
実際火縄銃ってのはイェニチェリのようなエリート部隊でないと
使いこなせないというものでもないし。

294 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/11(木) 03:45:57 ID:94Epfb2s
オスマン帝国の最盛期っていわゆる日本の戦国期とほとんどかぶるでしょ
トルコがダントツとしか思えないんだけど。明とか傾きだして久しい時期じゃん

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