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地政学で見る戦国大名

1 :1:2006/10/01(日) 03:29:25 ID:EMAYDy7Y
地政学で見た場合の戦国大名の戦略
攻防を語りましょう

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 03:31:55 ID:J2Fswmit
例えばどんな風に?

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 03:35:38 ID:EMAYDy7Y
http://geopoli.exblog.jp/5546133/

山梨というのは地政学的に見れば明らかにランドパワーなのですが、その例にもれず、武田信玄もランドパワーらしい動きをしておりました。

甲州と言うのは四方八方を山に囲われている盆地なんですが、地理的にも「囲まれてしまう!」というエンサークルメント(Encirclement)の恐怖を感じやすい地形なんですね。

その例にもれず、武田信玄もよく対外遠征をしておりまして、外からの侵入にそなえるために、あえて逆に外に攻撃的に出ております。戦前のドイツや最近のイスラエルの動きとけっこう良く似たことをしているわけです

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 03:41:14 ID:EMAYDy7Y
 古代ギリシアの意思決定は市民集会だ。20歳から60歳の人を集めて市民集会をするのだが、
そのうちに人が集まりすぎて話がまとまらないということが分かってきて、その町ごとで代表を出すようにした。
その代表が100人委員会を作るわけですがそれでもまだ多いというので、その100人委員会の中からさらに非常に前向きで物事を考えられる人を10人集め、その10人の組織を「ストラテゴ」と呼んだ
 これは戦略の英語の「ストラテジー」の語源である。そのストラテゴというのは何かというと「構想」なのだ。要は都市国家をどういう都市国家にしていこうかという構想を持つことが、元々「ストラテジー」、「戦略」の意味なのだ。
 現代日本には、このストラテゴがいないことが最大の不幸である。ギリシア最高のストラテゴであるペリクレスをはじめ、世界史上の例を参考にして、戦略をランドパワーとシーパワーの観点から考察する。
 世界史を通じてランドパワーとシーパワーを理解することは、孫子の説く、「敵を知り、己を知る」ことでもある。



5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 03:41:55 ID:EMAYDy7Y
△ それぞれの特徴
 ランドパワーとシーパワーの政治・経済・軍事・社会上の相違点を比較すると次表の通りとなる。
 シーパワー(海洋国家)とランドパワー(大陸国家)との比較
  シーパワー      ランドパワー
米、英、蘭、西、葡、華南     仏、独、華北、朝、韓、露
生息地:   沿岸部、島嶼部   内陸部、半島、砂漠
王権(規制): 弱い   強い
政治体制:   開放、民主     専制、独裁
国防体制: 海軍重視、志願兵  陸軍重視、徴兵
内政: 地方分権  中央集権
民族性:    先進的、開放的     保守的、閉鎖的
特質: 個人的、論理的  狡猾、残忍、獰猛
世界観: 共存共栄、パートナ  圧制支配、命令服従
社会基盤: 商業、金融業   農業、工業
経済観:   自由貿易、市場主義  計画経済、自給自足
国家戦略:   勢力均衡        周辺国直接支配
司法制度:   当事者主義  国家主義
会計制度: 市場中心 国家管理中心
若干の例外はあるが、大きく分けると上記のようになるのではなかろうか。



6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 03:41:57 ID:zRsdJzZj
ふむふむ

で、信長は?

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 03:48:05 ID:EMAYDy7Y
当時の大大名たる武田氏や上杉氏は、農業生産力や鉱物資源(佐渡や甲府の金山)を基盤にしたランドパワーであった。
それに対抗した信長は商工業の自由化(楽市楽座)や堺の直轄化にみられる南蛮交易の独占といったシーパワー戦略をとり、ポルトガルと結ぶことによって覇権を握ったのだ。
要するにランドパワーに対してシーパワー戦略で対抗したその象徴が長篠の戦である。
 この戦いの後、安土に築城する。安土は、琵琶湖の水運を利用して京都へ半日で到達でき、
かつ堺にも近く、港の支配を通じて覇権を握るシーパワーの戦略に合致している。
さらに、この戦略の延長上に、彼の後継者秀吉による大坂城築城がある。瀬戸内の海運、フィリピンやマカオとの交易にはこの大坂城は戦略拠点になる。要するに、シーパワーの観点から、大坂や堺といったリムランドを支配したのだ。
 信長は、日本史上は異端児の革命家と評価される。
しかし、彼を同時期のスペインやポルトガルと比較すれば共通点が見られる。フロイスを始め、
イエズス会宣教師が彼の参謀役を果たしていたことは間違いない。
 絶対王政は、1.常備軍、2.官僚制、3.重商主義、などを特徴とするが、これらは、信長が実行したかまたは実行しようとしたことである。

http://npslq9-web.hp.infoseek.co.jp/sls010.html

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 03:53:32 ID:zRsdJzZj
>>5
日本って海に面してるというか島国だよね
で、王権は弱いというか、天皇がずっといて、でも無実で・・ま、これは当ってる
政治体制は、まぁそうだね
国防体制は、×
内政も×
民族性は、微妙
性質は、論理的、保守的、超保守的なので×
世界観は微妙。。でも強気に巻かれてるね
社会基盤は、まぁ、国土が貧しいからね○
経済観は○
国家戦略は、微妙・・
司法制度は○
会計は○

って、いうか。。地理的に見てとかじゃなくて単順に歴史と国家体制の違いのような



9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 10:59:22 ID:ctuBegmw
激しくイタチ外

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 19:59:55 ID:90TshmmZ
島津→ランドパワー
大友→シーパワー
大内→シー
毛利→シー
尼子→ランド
三好→シー
織田→シー
徳川→ランド
上杉→ランド
武田→ランド
北条→ランド
伊達→ランド

こんな所かな?

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 21:08:14 ID:1wTP1yux
地政学も絡めても面白いと思うよ。


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 06:28:19 ID:8CFUzY9f
たとえば秀吉の統一事業なんかも
四国→九州→関東って順だけど
これも地政学的な意味があるのか?単に近い順か?

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 12:35:42 ID:1MmhG/uW
上杉の収入のほとんどは貿易じゃなかったか?

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 12:39:09 ID:1MmhG/uW
そもそも当時の越後に農業生産力なんてないし。
だから冬季略奪ツアーしてたわけだから。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 14:05:14 ID:r7OxsAis
>>14
なんか匈奴みたいだなw

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 14:50:37 ID:vwiLg4CZ
ま、地政学を見てというか普通に河口流域や、盆地などが一番

重要な地域になるのは明白なので、必然、そこを押さえた武将が天下を取るのは当たり前なわけだが

日本の首都で見てみても

平城京、平安京、鎌倉、京、大坂、江戸

全て盆地か河口流域にある訳で、それは当たり前だな

17 :やきにく:2006/10/04(水) 15:50:19 ID:C3R3IEWF
海はともかく陸には様々な地形がある

陸をランド一種で区切るなら何の進展もないスレッドになるね

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 17:21:50 ID:WarRGNdR
家康の親藩、譜代の配置の仕方は地政学的にかなり意義がある。

というか戦国の群雄割拠してる状態すべてを地政学で俯瞰するのは無理だよ。
地政学的にみた上杉、武田、織田などとそれぞれの大名に焦点を当ててみるのが地政学。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 00:25:09 ID:4EmEopoX
むつかしい

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 00:45:01 ID:tArluU1z
>>12
四国は近いからだが、
関東征伐が先に行われる可能性は、
北関東諸将の要請というか悲鳴もあって、結構高かった。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 01:38:54 ID:KzBdIMYw
>>12
秀吉は家康と講和したことで関東を八方塞がり(奥州方面は開いてるけどこの
場合上方に向けて、ということで)の状態にできたから無理して攻める必要は
なかった。となると本拠地大坂に近い順に平定して行くことは地政学的にも
理にかなってるね。
しかも瀬戸内と紀伊水道の制海権を取った時点で四国はほぼ平定。九州も上陸
への足がかりになる大友氏(立花、高橋の踏ん張りは地政学的にはかなり重要)
が秀吉に味方してる時点でもう平定したようなもの。
島津もさすがで秀吉が来る前の九州平定を急いでいたから地政学的な軍略は持って
いたんだろうね。

後の戦いは関白の威勢を知らしめるというのと、褒賞の領地を得ることが目的
なので地政学的には対島津戦の意味はあまりないかな。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 10:50:20 ID:iYJFhG+b
北条はランドパワーとシーパワー両方併せ持つ
小田原港には明の貿易船が寄港し
黒潮での人的・物的交流も大きい
水軍の将の出身地は多彩だし

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 13:30:29 ID:sPBDr5Oy
地政学名言集
「優れた陸軍大国が同時に海軍大国を兼ねることはできない。その逆も然り。」


24 :テンプレとして「地政学名言集」:2006/10/06(金) 16:25:37 ID:sPBDr5Oy
一、隣接する国は互いに敵対する。
二、敵の敵は戦術的な味方である。
三、敵対していても、平和な関係を作ることはできる。
四、国際関係は、善悪でなく損得で考える。
五、国際関係は利用できるか、利用されていないかで考える。
六、「優れた陸軍大国が同時に海軍大国を兼ねることはできない(その逆も然り)」
七、国際政治を損得で見る。善悪を持ちこまない。
八、外国を利用できるか考える。
九、日本が利用されているのではないか疑う。
十、目的は自国の生存と発展だけ
十一、手段は選ばない
十二、損得だけを考える。道義は擬装である。
十三、国際関係を2国間だけでなく,多国間的に考える。
十四、油断しない
十五、友好,理解を真に受けない
十六、徹底的に人が悪い考えに立つ
十七、科学技術の発達を考慮する

「国家に真の友人はいない」 キッシンジャー
「隣国を援助する国は滅びる」  マキャべリ
「我が国以外は全て仮想敵国である」チャーチル
「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。
長く深淵を覗く者を、深淵もまた等しく見返す」 フリードリヒ・ニーチェ(1844〜1900)



25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 20:20:28 ID:9OkEpCWP
地政学的に戦国時代の日本は明らかにランドパワーに属する。

貧弱な外洋航海術しか持たず、陸戦が主体で海戦は限定的。
つか、海戦で勢力分布を決定づけたのって戦国時代にあったっけ?

地政学的に見た場合、唐入りは無謀過ぎる上に、李舜臣の戦術は
ランドパワーを破る正攻法と言える。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 20:42:11 ID:H00sBzh7
ていうか、同じ事ばっかり言ってない?

地政学から見た・・って言ってる割には

内容は、繰り返しばかり

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 21:33:38 ID:9OkEpCWP
いや、戦国時代の日本にシーパワーの大名はいないんじゃないかと。

海挟んで対立したのは余りないし、里見対北条、大友対毛利ぐらいだし、
どちらも海戦で勝敗を決したんじゃないからシーパワーとはとてもいえない。

基本的に隣国は地続きで、隣国程度なら、言葉・風習・気候はおろか
各国の制度、兵装に到るまでほぼ同じ。
これではランドやシーとかの分類は無理だと思う。


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 21:57:07 ID:JQUu39NS
地政学ってそのランドパワーとかシーパワーとかいうやつが基本なの?
概要がよくわからんのだけど
単に地理的要因が政治的戦略的情況に影響を与えるという事ではダメなのかな?

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 22:02:35 ID:jaQ3dXeJ
むしろ生存権から考えていく方が面白いかも。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 22:32:05 ID:9OkEpCWP
そもそも地政学は近代国家の地球的規模からみた戦略論でしょ。

地理的要因による政治経済制度や得意とする軍事行動を分析し、
それに基づく取るべき外交、戦略指針を予測、仮説なりをだす。

その地理的要因(気候、海洋or大陸)が国民の風習、気質に影響を及ぼし
国家の制度、軍事的に傾向作るなら、
同一風土、制度をもっていれば、その中での地政学的には
差異は殆ど無いと言わざるをえない。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 01:54:37 ID:q3DkbFLG
>>27
里見に関しては、制海権を北条に取られた事が
講和の決定打になったと言っても良いと思うが。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 22:10:18 ID:K209zpe+
ハウスフォーファだっけ?なんか、むかし読んだことある。
中国と朝鮮の関係が面白かった。半島国家はつらいね。
里見さんもつらかったと思うよ。


33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 03:48:26 ID:itfTw66U
イギリスが香港や威海衛みたいに港だけを租借したのもシーパワー戦略なんだな
中国大陸(含む半島)とのかかわり方ではあれがベストなんだろなぁ

34 :白馬青牛:2006/10/09(月) 02:12:24 ID:53L970gh
梅棹忠夫氏が、西日本は海洋的、自由、解放で東日本は内陸的、閉鎖
専制的とされとられたようじゃが。日本は、ユーラシアプレートの
西日本と、北米プレートの東日本と習俗、文化、社会制度で分類出来るが、
シーパワー云うても、明治期を除いて日本は伝統的に海軍(水軍)は弱い。
日本の小型船じゃ、大陸の水軍が本格的に水軍で戦うて来たら駄目じゃ。
地政学は、基本的に西洋諸国の形態から考えられたもので、大陸とは
ドイツやロシアの農耕社会ことじゃし。
世界的に歴史的に正当性があるとは云えん。アレキサンダーのように
地中海の海洋〜中央アジアの大陸のオアシス地帯まで統治した例もある。
松田壽男氏の漠島論では、海洋性と乾燥砂漠地帯(オアシス都市は、砂漠に
おける島)は、点と線の世界で、西ヨーロッパ農耕民の面の世界と
区分されておられる。遊牧性と海洋性は共通する、パラレルであると云う
考えもあり、交易を重要視した遊牧社会やオアシス社会が閉鎖的とは
考えにくい。
日本に地政学を広めたのは、1970年代の倉前盛通氏の『悪の論理 
ゲオポリティク(地政学)とは何か』日本工業新聞社。からであろう。
(8植物生態学と軍隊の性格ー新しい仮説の提起)に、世界の諸民族を
自然環境から考察した分類が出ておる。妥当と思われるものもあるが、
東アジア諸民族の考察は、甚だ疑問に思う。旧冷戦の西側(日本、韓国、
台湾)を海洋、東側(蒙古、満洲、華北、華南、北朝鮮)を大陸とされて
居られるが、広開士王碑文にあるよう、高句麗は海上からの上陸作戦で
倭軍を撃退しとるではないか。黄海は穀物も船で運搬した地域であった。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 07:26:46 ID:IWjNIhbw
白馬のじいさんが出てくると、
ややこしくなるから嫌なんだよな。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 18:14:10 ID:HHSB9mfM
日本で地政学が紹介されたのは戦前だぜ。そして盛んだったのも戦前だ。
すでに日本駐在経験があるハウスホーファーが「太平洋地政学」を刊行して邦訳が出ていたし、
戦中も江沢譲爾が「地政学概論」「国防地政論」を書き、
満鉄調査部も「地政学に就いて」という短い冊子を出している。他にも戦前はたくさん地政学の研究者がいた。

いい加減なことを書くなよ。

37 :白馬青牛:2006/10/09(月) 23:25:38 ID:8brkS03/
>>36
わしが、地政学を広めた云うんは、一般読者に云う意味じゃし、
ドイツ陸軍参謀将校ハウスホーファアーの地政学は、大陸国家的な
発想で、倉前氏は、「日本も多分にハウスホーファーの影響によって、
国家の基本方針を誤ったのである。」とされる。
確かにハウスホーファーの総合四地域論は、パン・アジア、パン・ロシア、
ユーロ・アフリカ、パン・アメリカに分けており、大陸的発想であろう。
倉前氏は「いまや、この予言は完全にはずれたというべきであろう。」
「われわれは潔くドイツ型地政学とたもとを分かつべきである。」
と、される。いい加減なと人を罵倒する暇があるんなら、西洋諸国の
地域差による地政学の考察をしてからにすりゃ、ええのに。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 23:26:01 ID:Bz+6N7AS
http://g007.garon.jp/gdb/GJ/2J/2R/4x/0G/tz/aI/1L/2X/vZ/0Q/uZv.jpg

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 00:49:18 ID:BQ9X8z/N
>>37
おいおい。それは一般読者じゃなくて「戦後の一般読者に」だろ?

戦前の方が一般読者に広まってたぞ。地政学関係の本の出版数を見れば分かるだろう。
それに現在日本で地政学を学べる所がどれだけあるというんだ?

敗戦後に軍国主義の産物のような扱いをされて日本の地政学は廃れたから最近
盛んになったように見えるだけだ。

それにハウスホーファーを批判するのは後出しジャンケンみたいなもんだろう。
というか現代の地政学は「批判地政学」が主流だから、そういう批判が出て当然なんだよ。

それよりハウスホーファーの地政学が間違ってたから戦前の方が地政学は盛んだと言ってる
オレが勉強不足だという論理は飛躍し過ぎじゃないか。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 07:50:34 ID:w7cxptJY
そういえば地政学なんて科目はうちの大学にも無かったな。


41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 13:03:03 ID:CGMJwzXT
>>34
>ユーラシアプレートの西日本と、北米プレートの東日本と習俗、文化、社会
>制度で分類出来るが、シーパワー云うても、明治期を除いて日本は伝統的
>に海軍(水軍)は弱い。
昭和以降も海軍は世界有数ですよ。特に現在、海上自衛隊の戦力は世界二位、
日本単独でもアメリカ以外で海戦で日本に勝てる国家ってどこですか?
他にも、薩長以降の西日本勢力が築いた明治以降のほうが中央集権化、計画経済
は進行してるわけで。
日本の中で地政学が成立するほど、習俗、文化、制度が分類できるほど異なるか
と言われれば、はなはだ危ういとは言わざるをえんと思うが。

後、前に書いたように基本が近代国家の戦略論であって、その歴史的経緯は
重要ではあるものの、名言集にあるように
>科学技術の発展を考慮する
遠洋航海術の発展前に海洋国家なんてそもそも成立するのかと言う問題もある。

42 :白馬青牛:2006/10/10(火) 23:00:34 ID:HCEzR+YB
>>39
戦前、ハウスホーファー型のドイツ型地政学が軍や京都学派に影響を
与え広まったんは、そうじゃが、出版部数までは知らん。
戦前の人でも、マッキンダーやマハン(秋山真之もマハンに学んだ)を
知らん方もおられた。戦前に知られたんも、ドイツ型地政学じゃったろう。
ハウスホーファーを批判するんが後出しジャンケンじゃのうて、
英米の海洋派とドイツの大陸派の違いがあったが、戦後、冷戦構造から
日本も英米の海洋勢力の立場になり現在、日本も海洋国家論が注目
されたんじゃないんか。あんたはドイツ型が元祖と主張したいようじゃ。
ほいで、京都学派は地政学の影響も強いんじゃないか。梅棹氏の
『文明の生態史観』や川勝平太氏の『文明の海洋史観』もね。

43 :白馬青牛:2006/10/10(火) 23:46:56 ID:9BHruwbW
>>41
有数とかの問題じゃのうて、日本は歴史的に、海軍(水軍)は弱い。
白村江、朝鮮の役も含めて。戦力比較云う昭和の参謀殿みたいな
机上の理論じゃのうて、実際の実例じゃなと意味がないよ。
大正10年生まれの日本海洋国家論派の倉前氏は、「明治の指導者は、
白刃の下をくぐって来て、一種の直感と諦観があり、それが「つき」を
生んだ。大東亜戦争の将星は、秀才ばかりで、動物的な「カン」と、
タフな神経は退化した人々。一方アメリカ人は幌馬車時代からの荒っぽさが
本来、備わっている。日本人の繊細な神経(勇猛果敢に見えるが、
大損害を恐れ、兵力を小出しにし、少しの損害でも引き返し、勝機を失う)
に対し、アメリカ人の荒っぽい神経(動物的直感)が勝ったというのが
真相である。」とされる。戦争体験者もよう云われることじゃが、
戦争とは、回答が決まっとる机上の理論で無く、大胆さが必要なろう。
それと、江戸期、「西日本の銀貨幣と東日本の金貨幣は、違う経済圏でも
あった。相互の通貨の間に相場が立ち、絶えず金銀相場が変動する。
ドルと円の関係のように。」と大石慎三郎氏は云われる。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 00:10:24 ID:ehtmpSih
白馬青牛氏は稚拙に論点ずらして行くよなw
ばればれだよ。
違う話題にすり替えてばかりで全然反論になってねえじゃん。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 00:42:37 ID:iAzw1M1H
論点をずらしているというか、そもそも的はずれも良いところな事しか言っていない。

なんというか、言葉のキャッチボールを遠投と勘違いしているとしか思えません。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 00:49:21 ID:xD1wchZT
遠投で肩を鍛えてどんどん飛距離が伸びる(文が長くなる)んだな

47 :白馬青牛:2006/10/11(水) 02:02:49 ID:n/reYIQs
44-45
論点のどこがずれとるんか?具体的に云やあええのに。
あんたみたいにおちゃらかす文を書くんが、言葉のキャッチボールか?

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 12:22:03 ID:nFCVAgVj
>43
すまないが、何処が反論なっているのかわからない。
>白村江、朝鮮の役も含めて。
「科学技術の発展を考慮する」という地政学の基本を無視して言われても
それが証拠にはならない。
>机上の理論じゃのうて、実際の実例じゃなと意味がないよ。
明治以降で海軍世界一のアメリカ以外に負けた事など有ったっけ?
それが実例だよ。唯一のね。
あと5行目〜13行目は実例じゃない上に、アメとの二国間比較で
西日本と東日本のランド、シーに見立てた比較としては反論足りえてない。
5〜13行目が正しいとすれば、日本は一つの国民気質を持っており
東日本西日本で大差ないといえる。
後、大東亜の将星が秀才とか、明治指導者が感とか実例は?
それこそ、机上の空論(というより、単に主観。)
軍は基本的に官僚組織なのは洋の東西、時代を問わない。そんなの軍事的常識
だろう。

経済圏が異なるのはその通りだが、それで、兵装、言語が他国に比して同等程度に
異なっていた事になるのか?

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 17:16:14 ID:keIgVzCp
日本海軍(水軍)の弱さの例に唐入りを出してくるとは驚いたw

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 17:58:49 ID:SyqpOXeT
秀吉軍が制海権を完全に喪失したことがあったっけ?

51 :白馬青牛:2006/10/11(水) 23:57:10 ID:TNwwd6mv
>>48
白村江の阿倍比羅夫や朝鮮の役の九鬼、来島水軍は負けとるよ。
科学技術?地政学の基本は、文字通り地理+政治における戦略の事で、
科学技術は専門家がやる事で、総合的な判断をするジェネラルの
戦略を考える地裁学にとって、判断材料の一部分に過ぎんよ。
昭和期でも英海軍にマレー沖で勝ったが、太平洋戦争で結局米軍に負け、
制海権を奪われた事から、全体として負けた云うことじゃ。当面の
敵であった米海軍に負けたことに変わりない。
5〜13行は、倉前氏の引用じゃ。東西日本の違いを論じた文じゃないよ。
>日本は一つの国民気質を持っており?一つの国民気質とは何か?
文章が抽象的過ぎる。明解に云えいや。倉前氏に限らず、戦記や
戦闘体験者の言でも、日本軍の秀才エリートが、判断力、思考力、創造力に
欠け、机上の作戦遊戯を弄ぶだけで、前線も実戦も知らん連中とされる。
戦闘に経験「カン」が必要なんは、新任指揮官の命令攻撃に、ベテランの
下士官が、必要以上に攻撃が激しいんはおかしい、攻撃を中止するよう
助言し、後で敵が退却する前に追撃を警戒し為乱射したもんで、
突っ込んでおったら、逆転負けの場面であった事等、戦記を読めば、
経験のカンが如何に重要であったか解ろう。軍は古今東西官僚主義と
されるが、ドイツと、英国に違いがないと云う根拠は何処からか?
兵力の大半を失うても、指揮官が責任を問われん国がほとんどと云う
根拠はあるんか?兵装が同国軍で同じであることは当然じゃないか。

52 :白馬青牛:2006/10/12(木) 00:06:22 ID:/8OP9FEH
>>48
続き、言語もスペイン語とポルトガル語の差より、日本各地の方言が
差が無いんか?北部ドイツ語は南部ドイツ語よりオランダ語に近いが、
別国じゃないか。国家、政治圏と云う一要素で分類出来る訳あるまい。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 00:26:15 ID:nBoDEI03
世界最強の海軍に負ければ、その前の海軍は全て負けだそうです。
世界最強に負けたら、有数でも世界の分類では海軍が弱い国家に該当するようです。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 07:58:35 ID:YkXqDiFS
>総合的な判断をするジェネラルの戦略を考える地裁学にとって、判断材料の一部分に過ぎんよ。
近代戦の「総力戦」の意味をわかっているのか?
近代戦において科学技術は戦略の一要素だが、その重要性は
前近代とは比べ物にならない。君の大好きな実例とやらでは
現実に北朝鮮が科学技術に依存して戦略を決定している。ww

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 08:16:00 ID:YkXqDiFS
>51
>当面の敵であった米海軍に負けたことに変わりない。
私の書き込みは
>海軍世界一のアメリカ以外に負けた事など有ったっけ?それが実例だよ
とかいている。アメリカに対してのみであって、
別に大陸や他の海洋国家に負けたからではない。と書いてるんだが。
故に君の書き込みでは反論になっていない。
>一つの国民気質とは何か?文章が抽象的過ぎる。明解に云えいや。
それは君だろ。最初の>34からして。
寧ろこっちが聞きたいんだけど?東日本、西日本に分かれるなら
5〜13行目はどっちの性格属するんだい?少しも明解ではない。
>11行目
明治の指導者と昭和の比較を出したのは君。で明解に
>48で「感が必要ない」と何処に書いている?
>ドイツと、英国に違いがないと云う根拠は何処からか?
明治指導者と昭和の軍属の違いが、、ドイツ、イギリスの違いがないと
何故論点がずれるのか?明解にせよ。
>指揮官が責任を問われん国がほとんどと云う根拠はあるんか
で、それは東日本、西日本のどちらの性格か明示せよ。
関係ないなら、前近代的な軍部独走による日本軍の無責任体質が
海軍軽視とどのように繋がるのか明示せよ。
そもそも、軍部が独走なんて、単に前近代国家なだけだな。

>兵装が同国軍で同じであることは当然じゃないか。
だから、取りうる戦略がにかよるって話だろ。で、東日本と西日本で
どのように戦略が異なるか明示せよ。君ちっとも明示してないよ。

って、いうかこっちがしてない話にずれてるねえ。

56 :白馬青牛:2006/10/12(木) 22:42:39 ID:lkSOrjMv
>>54
現在の地政学的考察が前近代か?科学技術や軍隊の形態が時代と供に
変化するが、現在でも、マハンやマッキンダー理論が時代遅れとされた訳
でも無く、地理政治学は大局的観点から戦略を語っておるもんじゃ。
戦略的価値判断で核兵器を持つ訳で順序が違うよ。
>>55
結局、結果的に制海権も奪えず大敗した事は、古代、中世の図式と同じ
じゃ。歴史的見解じゃ。第二次大戦当時、他の周辺諸国に海軍力は、
なかったけえ比較対照にならん。日本は一つの国民気質?について、
答えず、それは君だろうじゃ、こっちが聞きたいじゃ誤魔化すな。
>>51でも倉前氏の文は、列島東西文化を論じたものじゃないと云うとる
のに、同じ言を繰り返し話をそらしとるんは、あんたじゃ。
しかも>>48の、14行目に、軍は古今東西、官僚主義で、そんなの
軍事的常識と云うとる。じゃけえ、ドイツとイギリスは同類組織か?と
疑問を提した訳じゃが。話をずらしとるんは、あんたじゃろう。

57 :白馬青牛:2006/10/12(木) 23:07:02 ID:mO1F9R9U
>>55
続き、指揮官が責任を問われん国(近代国家)が、話をずらして
東西日本の差異や海軍軽視になるんか?軍部の独走を前近代国家に定義
するんなら、日本はどうか?ドイツの参謀主導の形態はどうか?
同じ兵装が同一国家じゃ当り前じゃ。列島の東西差異と、近代同一国家で
あることに、戦略の違いがある訳あるまい。最後まで、話をずらすのう。
それたあ、一つの国民気質とは何か?

58 :白馬青牛氏の稚拙な論点ずらし:2006/10/13(金) 12:33:33 ID:YMhMxYVw
>>34白馬氏
>日本に地政学を広めたのは、1970年代の倉前盛通氏の『悪の論理 
>ゲオポリティク(地政学)とは何か』日本工業新聞社。からであろう。
ここでは、日本の地政学を広めたのは1970年代から
>>36
>日本で地政学が紹介されたのは戦前だぜ。そして盛んだったのも戦前だ。
で日本で地政学を広めたのは戦前と反論。に対して
>>37白馬氏
>わしが、地政学を広めた云うんは、一般読者に云う意味じゃし、
でなぜか、日本にが一般読者に変わっている。
因みに>>34に一般読者という言葉は全くなし。これに対して
>>39
>戦前の方が一般読者に広まってたぞ。地政学関係の本の出版数を見れば分かるだろう。
>それに現在日本で地政学を学べる所がどれだけあるというんだ?
で、一般読者に対しての指摘があると
>>42白馬氏
>戦前の人でも、マッキンダーやマハン(秋山真之もマハンに学んだ)を
>知らん方もおられた。戦前に知られたんも、ドイツ型地政学じゃったろう。
と、戦前派地政学の一学派が知られてなかったと、
何故か地政学の主流論争に話が変わっている。

最初の「地政学を日本に広めた」という話は何処へいったのやら。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 12:56:27 ID:YMhMxYVw
>>54
>現在の地政学的考察が前近代か?科学技術や軍隊の形態が時代と供に
明治以降は前近代か?近代以降の戦いと前近代を同一視しているのは白馬氏
である。そもそも、最初は
>>34に>明治期を除いて日本は伝統的に海軍(水軍)は弱い。
に対して
>>41で>昭和以降も海軍は世界有数ですよ。
と指摘されると、
>>43>有数とかの問題じゃのうて、日本は歴史的に、海軍(水軍)は弱い。
に、明治以降の海軍が強いか弱いかなのに。前近代や「歴史」がでてくる。

君が根本的に勘違いしているのは、一つの国家が歴史的に何かが弱かったとして
それ以降ずっと弱いとは限らない。一時期だけ強いくてそれは例外という考えに
凝り固まっている。
いいかい、世界有数ならば海軍は強いんだよ。気質など関係なく。特に近代戦では
情報処理、統制システム、火力などによってほぼ決定される。

「一つの国民性」というのは、そんなものは最初から無いとこっちは思っている。
君が「日本は前近代で海軍が弱かった。だから近代以降も例外を除いて弱い」
とある国家の性質や気質などを信、ているのを揶揄してるに過ぎない。
今年、3月のサイエンスの論文に「国民性といわれているものを科学的に実際に
あるのかどうか調べた論文では、有意差なしと結果が出てるしな。

軍が官僚性うんぬんは革命時の政府創設時との比較で君が出したの。
それは当たり前だと私は言ってる。
君はそこで、反論したければ、「イギリスやドイツでは近代以降、軍は政府創設時の
立法機関などに比して、官僚性は乏しかった」と反論するならば、私への反論になる。
それを「イギリスとドイツの差は無いのか。あるじゃないか。日本とも違うじゃないか」とか
言い出すから、おかしいと言っている。
こちらからすれば、「そりゃあるだろ。だからどうした?」でしかない。
イギリスとドイツの違いも、国民性などではなく、政治状況、経済状況、資源など
軍制に違いが出る。無理やり、気質なんかにこじつけた足りする必要は無いとこっちは
思ってるが、何か。
人の文をきちんと読む力をつけるべきじゃないか?

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 13:16:05 ID:YMhMxYVw
東日本、西日本の気質なんかないと言うのかあるというのか
>>34では極めてあいまいにしか書かれておらず、
ちっとも明示されていないのも揶揄してるんだけどねえ。

56以降もいろいろ突っ込みたい文だらけだけど
白馬氏は論点を明らかにする為の引用をしないし、
その代わり、どんどん話が逸れていくだけで
こちらはずれる分だけ、引用個所が増えるから、もうしないけどね。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 13:32:49 ID:SOmYBd61
ランドパワー、シーパワーだけが地政学なの?
地理的な要因によって取るべき戦略が左右されるというのは地政学には入らないの?

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 13:52:51 ID:9c8bJIjS
オレとしては、朝鮮半島が日本に向かって伸びているのが危険だよー、
といって挑戦を植民地にしたようなことも地政学っぽい感じだと思うけドナー。
あと、ロシアが太平洋側の不凍港から太平洋に出るのに千島列島が欲しかった
みたいな話も地政学っぽいような気がするんだけどどうだろな。
良い悪いは別にしてな。

戦国時代でいったらアレだな。所謂戦国大名の先駆者が、何故か東海道に集中している事。
北条、今川、武田、そして織田。
幕府と関東府の間の政治的空白地帯が、そういう戦国大名を生み出す素地を作ったんじゃねーの、
ということを誰かが書いてた本で読んだ。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 15:46:54 ID:YMhMxYVw
>>61
それまでのレスが大名をシー、ランドに分けてるから
少し無理があると指摘しただけで。
戦略論に則っていろいろやってもらえれば構わないかと。
そもそも、そんなに地政学に厳密に拘る必要もないかと。
趣味のカテゴリーに入ってる板なんだし。

64 :白馬青牛:2006/10/13(金) 22:36:42 ID:rH+Yh4CY
>>58-59
戦前の地政学、軍部や京都学者の影響が、一般読者にどれほど普及したか
解らんよ。出版部数も提示しておらんし。
>歴史的に何かが弱かったとしてそれ以降ずっと弱いとは限らない。
確かに断言は出来んが、あんたは、実例を挙げとらん。実例国を挙げえや。
世界有数の評判があろうが、米海軍に敗北したことに変わりない。
近代戦でも、武器に劣る北ベトナムは米軍に負けとらんじゃないか。
一つ国民性が無いんなら、最初から国民性云わにゃあええのに、
そのサイエンスの論文が、「国民性といわれるものを実際にあるのかどうか
調べた論文では、有意さなし」?誰の書いた論文か?科学的とは、
どのような調査方法、報告からか?具体的、言は相変わらず無しか。
その点をはっきり云えいや。科学信仰の唯物論の共産主義者さんよ。
官僚制でも、国により様々じゃのに、あんたの問いに、わしゃは、
唯物論的、一元論的公式的回答を出さにゃあ、いけんのか?馬鹿らしい。
科学者も、専門分野で細分化され、研究室で妄想するしかないんは、
同情するが、自己の狭い一元的考察で、人文科学の分野に出しゃばるのは、
如何なものか。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 02:37:26 ID:5f5Wk1jB
戦国時代の制海権争いってみようよ

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 15:09:55 ID:erLjlgwa
>>65
とりあえず織田vs毛利

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 15:14:46 ID:erLjlgwa
ていうか制海権争い瀬戸内海でしかおこってなくね?

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 15:21:15 ID:uxhSpNtd
マジレスすると
豊後水道・紀伊水道・伊勢湾・駿河湾・東京湾などでは
水軍と言えない程度の漁民による小競り合いは多発していた。
制海権と呼べるようなものではないな

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 17:52:32 ID:woM9UJAj
近代以前の航法って地文航法で岸からほとんど離れる事は出来なかったんでしょ?
そんな状態で制海権も糞もないと思うんだけど、どうなのよ。
つーかそもそも制海権って、それなりの情報力も発達した近代的な国家と海軍運用のもとでしか
発生しないんじゃねーの?よくわかんねーけど。


70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 18:42:28 ID:6gsC0qVa
戦国時代くらいなら海を越えるのに安全に兵や物資を輸送できれば、
それを制海権ってよんでいいんじゃない?


71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 19:53:02 ID:iHJElCbg
制海権争いとかよりも、武田信玄の伸張具合は地政学に乗っ取った戦略だったのか?とかの方がふさわしくないか?

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 21:31:04 ID:woM9UJAj
ちょっと戦国時代の海の話はおれもよく知りたいところなので、話してみようかな。
まず俺は戦国時代に制海権なんてものはないと思っている。

制海権というのは、空母とその航空戦力によって成し得るもので、
敵対する勢力の港湾の情報とかを知る事によっても維持するもんだと思うんだけど。違うかな?
敵方の艦船が平気で少なくとも公海上に出てこれるなら制海権をもっているとはいえないからね。

んで戦国時代の大名なり領主が、敵対する勢力の港の情報を
知っていたかというと、明らかにそんな事はないわな。
例えば二回目の木津川の合戦で勝利した織田が、瀬戸内海を九鬼水軍に闊歩させて
敵対勢力の港を監視させる事が出来たかというと、それはどう考えても無理だ。
あるいは北条が里見方の港を監視していたかというと、それもないだろう。
お互いの港の状態を知る事が出来ないので、ある意味海上は航行し放題だったわけだ
(もちろん二、三日程度に一度は寄港しなくちゃならないけど)。

相手の勝手な航行を止めさせるためには(つまり相手の「制海権」に歯止めをかけるためには)
最低でも相手の港を押さえなければならないわけで、
それにはその地域を勢力下にしたり同盟者にしたり必要があるわけだ。
でもこれって戦国時代の普通の陸の争いと同じじゃない?
それを制海権って呼んでもいいけど、普通に土地の所領化、勢力の家臣化、
目下の同盟者化のようなことで説明できることなんだよね。

長くなったが最後にもうひとつ。
1585年頃佐竹を初めとする北関東の領主はかなりの数の鉄砲を所有しているんだけど、
これはどう考えても上方から手に入れたものなんだよね。
当然海をつたって来た船から買った物で間違いないんだけど、
これはつまり北条はその船を止められなかったってことになる(北回りで来たとは思えない)。
他勢力と他勢力の通商を確実に止められなかったという点でも、当時の制海権というものに
激しく疑問なんだよね。

73 :白馬青牛:2006/10/14(土) 22:16:11 ID:d4BVe3Sv
瀬戸内海は、小型船の世界じゃったし、織田が九鬼水軍に船自体を武装する
戦法は瀬戸内水軍の発想は無かった。浄土真宗の安芸門徒が、石山本願寺に
物資の救援が難かしゅう、なったと云えるけどね。
黒潮は死の海で流されたら、遭難するか、米国まで行って仕舞う。
太平洋側の黒潮地帯で、やたらと海上交易や海上勢力を強調できんと
思うよ。鎌倉期の北条氏(千葉、三浦氏も含め関東海岸地帯)は、
網野善彦氏の指摘するよう、海船を持ち、海上交通路の支配に、
意欲を示したんであろうが。
>>72氏の云われるよう、港市の拠点を制覇せんと、制海権確保にはならん。
航空戦力の時代じゃないけどね。戦国期は、西日本でも、点と線の拠点支配
より、面の領土支配の構図じゃないか。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 11:47:22 ID:7YN0LqdO
エアパワーじゃ!エアパワーじゃ!

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 14:03:45 ID:4whcGtTr
制海権の話は制海権専用のスレでも立ててそっちでやれ。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/21(土) 04:05:12 ID:xiQSZvL4
【戦国時代板】派生議論スレ
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1161370784/l50

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 20:06:07 ID:jTx3cU4s
戦国初期の大内(博多商人)vs細川(堺商人)は海上圏をかけた戦いだったと思う

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 18:07:07 ID:2cYHd+Nm
交易「権」を争う、ついでなら対外的正当政府争いとも言えそう>大内-細川


79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 00:07:39 ID:qEUsT8q+
あげ

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 02:48:54 ID:zF1xZBGP
隅っこの方でちまちまとやりあってたとは言え結構な動員力同士で争ってた、
北条VS里見もたまには思い出してください。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 13:53:03 ID:dSa/iYMF
戦国小田原城は最高です

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 15:47:48 ID:YyZyHq8d
>>41
>特に現在、海上自衛隊の戦力は世界二位
ヒント:人件費

>>51
>昭和期でも英海軍にマレー沖で勝ったが、太平洋戦争で結局米軍に負け
太平洋戦争で陸軍も米軍にボロクソに負けてますが?
>>55
>前近代的な軍部独走による日本軍の無責任体質が
>海軍軽視とどのように繋がるのか明示せよ。
米海軍の75%、空母に関して言えば当時世界に於ける空母の1/3が日本の空母
のどこが海軍軽視ですか?
すぐ米にぶち抜かれたけど

>>64
>>歴史的に何かが弱かったとしてそれ以降ずっと弱いとは限らない。
>確かに断言は出来んが、あんたは、実例を挙げとらん。実例国を挙げえや。
モンゴルに蹂躙されたロシア

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 16:01:41 ID:Eb5Hctk7
フランスなんてローマに支配されてイスラムに蹂躙されかけてイギリスに蹂躙されて
アジア・アフリカを支配してドイツからロシアまで蹂躙したけどそのあとドイツに占領されて
最終的には常任理事国だぜ

こうしてみると強いんだが弱いんだか良くわからんな
高いレベルで揉まれていると言うべきか

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 16:32:44 ID:YyZyHq8d
さっきざっと読んでアホなレスにレスしてみたが
>>64の固定の人は世界中が不得手で狭い考えな人みたいだな
強いから勝つ、弱いから負けるの二元論しか言えないみたいだし
1番とそれ以外しかいないなんて何時代の人なんだろ
論が穴だらけだからこんな中学生でも知ってる簡単な歴史で反論されるんだろうな

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 17:46:26 ID:ZxEwCxx5
西日本について。
九州から東に攻め上るコースと関東や機内から西に攻めるコースは
どちらが優位なのだろう。
神武天皇は、西→東のコースだったね。
源義経は、東→西か。
足利尊氏は、西→東だったよね?
豊臣秀吉、東→西
明治維新、西→東か。
どちらとも言い難いか。

ランチェスターの戦略論では、西→東説が有力だが。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 18:30:03 ID:11yc+lB7
>>4
ちなみに男だけね。

>>85
というか北→南が世界で一般的だろう。
例外は日本とイギリス。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 00:06:37 ID:d8/e1wT6
北方民族は勤勉で
南方民族は怠惰になりやすいということかな?

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 01:38:41 ID:jL+CZ0Cz
まあ海軍の規模云々よりその海軍をどう運用するか、というのがランドパワーとシーパワーの大きな違いなんじゃん?

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 16:24:03 ID:gbdAabbY
>>85
それも一概に言いにくいでしょう¥・

神武天皇の話は、日向国→大和国への入り婿なわけで。
政治集合体としては、大和から全国統一なわけだ。
単純に、西から東とはいえない。

足利尊氏は、一時、九州に逃れただけで、
彼の基盤は関東・東海地方。
単純に、西から東とはいえない。

明治維新は西南雄藩がメインだったけど、
京都の方が錦の御旗になったし、
最初から、徳川親藩・譜代ですら一枚岩ではなかったわけだし。
単純に、西から東とはいえない。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 15:23:13 ID:WgSZ9wDW
>>89
日本語でおk

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 01:40:47 ID:gZvr+uKZ
>>87
冬は何も出来なくて暇だけど
夏は冬の分の食料溜め込まなくちゃならんからな。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 21:46:18 ID:/HQYVZ4y
保守

93 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 08:49:17 ID:93KidSlt
age

94 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 13:59:34 ID:8H3w5c9i
あげ

95 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/26(火) 17:07:26 ID:dUWWdlFr
あげ

96 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 21:22:14 ID:K1t7C2q5
出雲 vs 神武勢力
畿内勢力 vs 継体天皇  (畿内 vs 越)
壬申の乱 (畿内 vs 美濃・越)
恵美押勝の乱 (畿内 vs 美濃・越)

古代は、裏日本が強かった?
葛城王朝とか、吉備勢力とか他にもありますが。
地域区分は、蝦夷・越国・東国・出雲・吉備・畿内・九州?
でも、継体以後の日本書紀は、「半島」喪失記の面がありますが。

蝦夷は、
坂本田村麻呂や奥州藤原氏、北畠顕家の奥州軍など、
中央から離れているけれども、争いの地。

東国は、防人、将門、鎌倉、と続く武勇の地。
越国も、源義仲、上杉謙信の地。

室町時代の関東管領、鎌倉公方なんかも地政学として面白そう。


室町時代がやたら影が薄い件について
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1110023632/833-
駿河の(緩衝地)地政学について論じていて面白い。

97 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/08(月) 22:26:53 ID:oOw1z4R4
あげ

98 :白馬青牛:2007/01/09(火) 00:28:29 ID:0Am1bJDM
>>96
妄想の連発じゃのう。神武天皇自体実在人物か?
蝦夷の地は近畿人の収奪の地じゃった。
東国は武勇の地云うより、戦闘下手で共食い残虐の地じゃろう。

99 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 03:53:18 ID:W66LPX+j
東北は今でも東京の植民地だな

100 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 10:54:23 ID:VHWojcSw
東京自体が田舎の植民地だがな

101 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/09(火) 12:18:53 ID:B+SmWnM8
そもそも純粋な関東人なんてみたことない。
地方のやつらはそんなことも知らずに関東にコンプレックスを持ち、ムキになるww

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