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【戦の神は】生涯負け戦無しの豊臣秀長

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 12:50:46 ID:j5Vt3xb6
豊臣秀長の武功はもっと評価されていいだろう。
全て引き分け以上の結果だからよ。

仮に朝鮮で指揮を執ったら、歴史も変わったかもしれんし、秀吉
の後釜になってれば、容易に家康の外交戦術で沈むはずもなかった
だろうに。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 12:56:06 ID:/rlpAf5W


3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 13:09:13 ID:tDcRU2BM
秀長は男色家だから能将だったのぢや!


4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 13:26:23 ID:MqN7uZhh
↑それは無い
兄と共に男色は無い

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 13:43:54 ID:kVWOR1Oe
秀長「兄に殺意を覚えたことは何度もあります」

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 13:51:26 ID:FMxhb3KD
.

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 13:59:18 ID:22uwBhnG
兵力

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 14:09:43 ID:FMxhb3KD
兵力だけではねえ。
秀次は大軍でも惨敗したし

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 14:20:59 ID:lViDsdII
播磨淡河城攻めで淡河定範相手に敗走させられたことがあるだろ>秀長
なかなかの戦上手だったけど生涯不敗は嘘

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 14:39:53 ID:22uwBhnG
>>8
秀次がミスっただけでは。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 14:49:24 ID:MqN7uZhh
>>10
それ聞いたことあるけど
信憑性あるの??
何か他で聞いたこと無いし
一旦退くことはあるけど

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 15:01:35 ID:FMxhb3KD
>>9 いや、結局城を自分で焼いて逃げたじゃん?痛み分けだろ。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 15:19:01 ID:22uwBhnG
いえ、秀長公の御敗北でございます。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 15:53:34 ID:MqN7uZhh
>>11 は >>9 の
間違い
だから根拠は

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 15:59:25 ID:EPwo0hyS
小人数の局地戦から十万規模の戦略までそつなくこなせるのが秀長クオリティだな
秀長ほどの戦歴を持つ人はまずいない

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 16:25:20 ID:lViDsdII
>>11
火牛の計はかなり胡散臭いけど淡河城を攻めあぐねてたのは事実だろう
自分も一次資料が何かは知らないけど、
とりあえず「神戸市淡河町の歴史」「三木史談」なんかを読んでみたら?

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 16:57:45 ID:FMxhb3KD
3〜4千の兵で但馬攻略は評価するべき。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 17:20:34 ID:Of3oprq1
>「神戸市淡河町の歴史」
えええ!淡河町って神戸市にあるの!?
なぜか、もっと西の姫路の近所かどこかだと思い込んでたよ・・・
市民なのに今まで知らなかった・・・ちょっとショック。

19 :ji:2006/09/04(月) 17:22:34 ID:xZYr7KsB
まあたしかにこの人の軍才はもっと評価されても良いと思う

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 17:44:36 ID:yiA5BbM5
秀長は勝利の神様でもあったのかも?

秀長の死後、秀吉は諫める者が居なくなったせいか、狂人ぶりを発揮していきますよね?
その面でも、秀長の存在は大きかったのかも?

秀吉・秀長の姉とものたてた瑞竜寺の「木下家過去帳」によると、弥右衛門は、秀長や旭が生まれた後に逝去したそうな

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 17:48:23 ID:KXtP3IS8
敗北を知らぬとは生涯半人前であったことだろう。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 18:01:20 ID:eY8RQCtj
秀長=亀田兄
亀田クンも無敗だよ。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 18:47:14 ID:EW2eDYga
淡河城で淡河定範に逆撃くらったのは事実ではあるが
ああいう小規模戦の敗北なんて信長家康とかだってざらにあるわけだから
評価は下がらんよ。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 19:19:57 ID:XvjZzN5A
内政では敗北はあるかも、後でフォローしとるのでは


25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 21:27:07 ID:22uwBhnG
大軍優勢以外で勝利経験はあるかな

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 21:40:37 ID:eeflkeRa
少数逆転の勝利がないのがマイナスには成らんと思うけど
戦争なんて優勢な状況を作って行うのが常道なんだし。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 22:46:44 ID:+eoRWDPc
小早川隆景といい勝負だな

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 22:51:58 ID:W0GfAjSf
内政も外交も戦争も調整役もできるし、まあ便利な男だよな。
生きていたら家康と対立してたのかねえ。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 23:06:15 ID:UNJ8zdaP
>>28
(寿命が秀長の方が長いと仮定して)生きてたら家康は猫かぶったまま死ぬんじゃないかなぁ。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 23:09:01 ID:22uwBhnG
>>26
そいつぁ、秀吉さんの兵力じゃ。
まあ総大将に任命されて着実にこなすなら中の上や。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 23:13:41 ID:VYO3YY1p
秀長が死んで豊臣が内部分裂してくれない状況では、できるだけ
良い状況で次代に繋げるために領国経営にせいを出しそうだな。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 23:13:46 ID:hV8712wF
秀長が長生きしてれば、朝鮮出兵を諫めることができただろうし、秀頼の後見人になって家康を抑えることができたかもな。
なぜだか知らんが秀長は結構過小評価だよな。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 23:27:20 ID:eeflkeRa
ID:22uwBhnGの論法だと相当数の将がたいしたことがないことになるな。
部将クラスは特に。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 23:31:49 ID:22uwBhnG
秀長が梁田広正だったら、
加賀平定できたかねえ。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 07:51:51 ID:FMibldvU
秀長晩年は秀吉との関係も微妙だったみたいじゃん
大和の領国経営で秀吉と揉めて謹慎処分喰らってる
秀長に朝鮮出兵は止めれないだろうし、別に止める理由も無い
秀吉死後の家康を牽制するには十分だろうが

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 10:04:29 ID:CjTFDmZP
秀長在世時から、朝鮮出兵は持ちだされていたんですか?
秀長が生きている頃から、すでに秀吉の暴走は始まってたんですかな。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 10:10:34 ID:o0t8apFQ
歯止めが利かなくなったって言ってるジャン

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 11:13:34 ID:QXU5ZbCB
別に始まって無いだろう。
謹慎は規律を守るためだろ

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 12:43:29 ID:rVi2TzoL
三戦の秀長スレ見て来なされ。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 17:02:03 ID:aKsXN/Mz
朝鮮の役が無くならなくても
朝鮮の役の時に秀長が存命なら、十中八九総大将は秀長になると思われ
そうなれば日本軍は一元化した動きを取れるので、その後の展開が変わってくる

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 19:24:07 ID:wZp94gCe
朝鮮征討は規定路線だったらしいから秀長生存でも文禄の役は実施されただろうな。
でも慶長の役のような再度出兵はどうなったかな。
それと>>35に書いてある謹慎というのはおおげさで正月の拝礼を停止された程度みたいよ。
そのへんは日本史板の秀長スレでも話題になってた。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 19:55:16 ID:rVi2TzoL
三戦の方でもそりゃあもう・・・

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 19:56:06 ID:o0t8apFQ
..

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 23:31:15 ID:7+Cz4pbn
内政では、どうだろうな
悲しみや苦しみはあったとおもうけど

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 23:43:05 ID:FAjIta2c
金策は上手かったんだろ。
てか、外様まで秀長を信頼してきたんだから、家康にとっては怖い存在
だよね。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 11:24:27 ID:G0cwgZSm
.

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 19:34:29 ID:tNln69sr
秀長は豊臣家での地位の割りに、当時の資料が少なくて実態がわからないんだよね。その存在を評価されるようになったのは
戦後になって研究が進んでからで、逆に言えば生存している間は、さほどの存在感を発揮していなかったと思われる。
良くも悪くも補佐役だったんだろうね。

あと、その領地の奈良では、興福寺の僧が死んだのを聞いて大喜びしている日記を残していて、司馬遼太郎はそれを
あたかも利権を奪われた旧守派の醜さのように書いていたが、実際当時の豊臣圏は相当の重税を課せられてて、領民は
大変だったから、住民の立場としては、死んだと聞いたらみんなが喜ぶくらいのかなりの悪領主と言う感覚だったと思う。

まあ、そういう秀吉政権の「負の側面」を背負っていた、と言う評価も出来るんだけどね。ただ、あくまで秀吉あっての人物で、
ひとり立ちして表舞台で活躍する、と言うタイプでもないように感じるよ。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 20:08:56 ID:kkCVJub0
存在感がなかったから当時の資料がすくないというのはどんなもんかね。
それと僧、しかも高位の僧と住民というのを一緒の立場と考えるのもどうだろうね。
なんか見方が全般的にいびつにみえるなあ。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 20:12:47 ID:sA5nmPQl
存在感が無かったら、毛利や他の大名に簡単にやられてる。
正月なんか秀吉が主力連れて信長参りだから
相当大変だったはず
敵が侮ってないのが実力

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 20:17:07 ID:sA5nmPQl
それと忘れていけないのが、
半兵衛も小六も羽柴の内政には関与できない現実
たった一人で零細から大企業まで支えた実力者と言うこと。


51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 20:25:22 ID:tNln69sr
>>48
まあ、あくまでオレの見解だってことで。無論、水準以上の能力の持ち主だった事は認めているよ。
ただ、秀吉死後の豊臣家の救世主的な人間だったかどうかについては疑問がある、ってだけで。

そういう見方もあるくらいに考えてください。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 20:35:59 ID:kkCVJub0
別に秀長を過小にみているということにたいしていってるんじゃなくて
歴史的な事象への見方がおかしいということをいってるんだけど。



53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 20:42:19 ID:03mfu6fS
秀長に関する一次資料が少ないのは当時あまり評価されてなかったからだろ
それ以外に理由が見当たらない

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 20:47:25 ID:SGvZsaVY
まぁ当時の一般的な価値観で評価されてなかった事が
現代人から見ると評価できる事は往々にしてあるしな。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 20:47:55 ID:OenxZSrp
秀吉の弟ってことでおもしろい話ができないかなーと。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 20:52:05 ID:tNln69sr
>>52
事象?秀長を過小評価していると思われるかもしれないが、羽柴〜豊臣初期にかけて
秀吉軍の実質的な中心は蜂須賀小六でしょ。秀吉騎下の最大兵力が、彼が統率していた
蜂須賀衆だったわけで。秀吉がある程度自由に動けたのは、秀長と言うより歴戦の勇者である
小六の押さえの力のほうが大きかったと思うよ。

個人的には、小六こそ過小評価されすぎているようにも思う。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 20:56:23 ID:03mfu6fS
小六は太閤記で変な補正受けちゃったせいでまともに評価されなくなった感はあるね
スレ違いだけど

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 21:11:48 ID:KUzK5ZF0
蜂須賀小六が秀吉が長浜城主になったときに領したのが2000石いかないぐらいで
中国攻略にいってからは1万石強ぐらいだったかな。
これは秀長はもちろん浅野よりも少なかったんじゃないかな。
それと小六の秀吉配下での功績は軍事よりも政の分野のほうが大きいといわれてるよね。


59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 21:13:13 ID:sA5nmPQl
>>53
>>秀長に関する一次資料が少ないのは当時あまり評価されてなかったからだろ
>>それ以外に理由が見当たらない

秀長自身が残さなかったからだろう。
補佐役の資料が無いのは保科正之がいるな
柳生宗矩の資料も無いらしい

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 21:17:49 ID:sA5nmPQl
織田政権の当時の配置からしても、
秀長の地位は前田利家や佐々成政と同等なのである


61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 21:25:57 ID:sA5nmPQl
残念ながら信長が小六や半兵衛を内政に使うことを許さないよ。
与力にそこまではさせない。
やれるのは秀長のみ

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 22:18:08 ID:hZOQqFgd
近くで見ていた利家が、秀長の事を信長に報告してたかもしれないね。
てか、秀吉と違うのは、秀吉は若い頃から転々と職を変え、時には松下の
部下として働いていて、全くの戦国素人ではなかった。
しかし秀長は農作業一筋。突然武将として力を発揮できたのは他にはいないだろ。


63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 22:30:49 ID:e6DJTDap
信長の秀長評とかってないの?

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 22:43:28 ID:e6DJTDap
来週のその時でやるってよ

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 01:53:26 ID:Fe/0zsg3
来週?

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 01:56:24 ID:Fe/0zsg3
きたー!来週のNHKのその時歴史は動いたで、秀長特集やるぞ!

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 02:00:13 ID:/vLnNf7e
第263回
シリーズ 秀吉の家族@
もう一人の秀吉
〜豊臣秀長 太閤記 (たいこうき) を演出した弟〜
放送日 平成18年9月13日 (水) 22:00〜22:43 総合

http://www.nhk.or.jp/sonotoki/sonotoki_yotei.html

戦国を統一した豊臣秀吉の成功のかげには、家族たちの献身的な働きがあった。その家族の群像を描くシリーズ『秀吉の家族』。
1回目は秀吉の弟・豊臣秀長。身命を賭して兄の天下取りを支えた秀長の生き方に注目する。
4年前、大分県日田市で秀長が着用したといわれる甲冑が発見された。この鎧からは秀長が秀吉と背格好まで同じだったことがわかるという。まさに秀長は秀吉の影武者のごとき存在であった。
さらに信長の一家臣から天下人へと出世していく秀吉の動きを綿密に追うと、その活躍に秀長の存在が不可欠であったことが浮かび上がる。
秀吉の最も忠実な分身に徹した秀長は、秀吉のために命を賭けて敵と交渉し、合戦では危険な最前線に身をさらした。さらに秀長は情けにあふれた行動で、味方だけでなく敵の信頼をもかちとり、秀吉の功績へとつなげていく。その葬儀には20万人の民衆が参列したという。
秀吉の栄光に隠された弟・秀長の献身の生涯を通して“もう一つの”太閤記の真実に迫る。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 03:02:03 ID:BNODVHyH
sage進行でしない?

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 00:09:00 ID:Rxs//bv6
.

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 00:45:56 ID:Q8W5Cgio
別所攻めの時淡河定範に大敗してるはず

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 01:03:36 ID:YeaUWT7D
>>9で既出だけどスレタイには突っ込みたくなるよな

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 06:26:28 ID:X7D57gie
大敗というのは戦場を放棄するぐらいの敗北じゃないと。
この淡河の場合は突出したところを逆撃をくらって後退するも攻城軍全体は崩れたわけではなく
それで淡河定範は自ら城を焼いて三木城に移動しているという流れだから。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 07:48:29 ID:w+u4UshX
>>72
負けは負け


何で言い訳してるんだ?そんなに秀長の経歴に傷がつくのが嫌なのか?

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 08:07:33 ID:X7D57gie
>>73
俺も負けだと思ってるよ。
ただ大敗というほどじゃないといってるだけで・・・。
なんか君のほうが必死にみえるんだけど・・・。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 09:19:18 ID:3bNjG2WK
対局に影響無いから負けにはあたらず

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 09:23:16 ID:dnHlHZ5E
戦闘で負けたが戦争には勝った

77 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/09/08(金) 11:32:36 ID:isCElP6I
よくぞ言うた、作左!

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 16:44:35 ID:g+XKh7IZ
負けの定義にもよるよな。
攻城戦で奇襲くらって、一時的に引いたのが負けになるわけ?
それなら城落とせずに引いた武将も負け扱いになり、生涯不敗の武将なんかいなくなる。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 19:59:10 ID:YeaUWT7D
別に生涯不敗の武将がいなくても何も困らないじゃん

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 23:22:35 ID:lAjrcMRV
まあ、コーエーで戦闘力100を与えられた上杉謙信ですら下野のへっぽこ城
落とし損なっているし

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 00:06:48 ID:DTZKiLGD
この人も側室とか沢山居たんだろうか。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 00:58:53 ID:lnTE7ngA
あんまり記録には無いらしい

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 02:00:40 ID:7L82QsQQ
つーか、秀長のこと自体、ビックリするほど記録がない。とても政権の重要人物だったとは思えないほど。
そのために、秀長については有能だったという説とともに、「秀吉の秘書官程度でしかなかった」って説も同時にあるわけで。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 03:23:37 ID:lnTE7ngA
資料無いから無能とは、
愚の骨頂

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 03:29:46 ID:7L82QsQQ
>>84
資料無いから有能とは、
愚の骨頂


でもあるぞ。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 04:53:37 ID:HKaURu9W
有能だった資料はあるじゃん

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 06:42:57 ID:ZzWj1Q6w
秀長が今評価されてるのも資料からそれが読み取れるからだろ。
別に無から有をひねりだすような真似をしてるわけじゃないの。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 08:46:00 ID:lnTE7ngA
秀長の部下には、良いのが多い。
藤堂高虎、小堀遠州など

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 15:10:21 ID:Y6Kw5e3V
藤堂高虎か城造り有名みたいだがどうせ朝鮮人の技術者頼み!性格は奇人変人

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 15:22:27 ID:lnTE7ngA
築城にいるのか?あんなの??

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 19:52:24 ID:FllWhxzj
幸村のファンになるような人種の今のトレンドが秀長か
島津義弘も流行ってるみたいだけど

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 20:12:53 ID:WSekFtdQ
「地味だが以外に活躍している」
というところに擽られるのでしょうな。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 20:41:38 ID:lti4wQ2E
太閤記の補填みたいな人だからな
竹中半兵衛の弟子としても、
それぞれの評価をあげるのを文句は無い

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 21:05:09 ID:NoKqnGt8
>>89
藤堂高虎の城作りは技術的な面もさることながら
その立地選択に対する戦略眼の確かさが高い評価の源泉。
ただなんとなく要害つくってみました、レベルで築城名人とは呼ばれないよ。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 21:30:31 ID:CkgMvKHv
まあ、城はいくら造りが堅固でも戦略的価値がなければ何の意味もないからな

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 21:47:21 ID:NxpAMb04
>仮に朝鮮で指揮を執ったら、歴史も変わったかもしれんし

生きてたら朝鮮出兵ないだろうそもそも

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 23:43:23 ID:24wh7W8I
秀長生前から朝鮮出兵の準備してただろ>秀吉

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 00:02:22 ID:P8QyJqnp
朝鮮出兵自体は浪人対策の要素もあるから
今でいうところの失業者対策事業

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 00:33:36 ID:y0Hcy0dC
秀長は歴史好きからは十分に高い評価をされてると思うが。
能力や事績の割に知名度はないが。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 00:50:58 ID:RJn5iStT
高虎が本気で仕えたのは、秀長だけだったとどっかの資料に書いてあった

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 00:53:39 ID:3W3t03ba
高虎自身がそんなことを言うわけ無いからそれは後世の創作じゃないか

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 05:02:41 ID:NaefuGm5
まあ藤堂本人なら家康だというしかないだろうから、創作だろうな。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 08:55:39 ID:Q7K/7ZaF
まあ、何度も主君替えてるからな
別に家康も気にしないだろう

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 10:37:27 ID:WDk7HnLz
四国攻めの時は、秀長のためと働いたみたいね

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 10:52:55 ID:nM8X54hq
高虎が積極的に自分で主人を選んでるのは秀長までという感じはする。
その後は結構流されてる、というか勝ちに乗るならルートが一本しかないし
年齢重ねてるから若い頃みたいな野心が感じられないし。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 11:23:07 ID:6bDXtqwS
秀長の墓ははじめ大和郡山にあったが、荒れ放題だったので、
高虎が京に移してその横に自分の墓を立てたという話がある。
主君替えが多くても、どこかで命張らなきゃいけないわけだし、
高虎にとってはそれが秀長だったのではないかと。
ちなみに大和大納言家が取り潰された後、遺臣団の多くは
秀次に付けられ、秀次事件で連座して処刑されたり没落している。


107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 21:56:59 ID:3/1hlErG
>>106
それで豊臣本家に忠誠を求められても無理ってもんだわな。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 23:18:00 ID:Q7K/7ZaF
何か高虎スレになってきたな。
まあ別アングルから見るのは良いな

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 01:49:42 ID:Wpz4AtkU
自演

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 10:18:02 ID:ypHCQAbz
そういえば、高虎の父                                                                          秀長は本能寺ごろ迄は長秀なんだな丹羽さんよりもらったらしいが、
逆さにして秀長。
確か高虎も父の逆さにだな

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 11:12:12 ID:/fySLHPZ
何故秀長は貰った名前をひっくり返したの?

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 11:26:22 ID:I3BHc4Ao
武田信繁の死と、羽柴秀長の死。
歴史に大きな影響を与えたのはどっちだと思う?

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 11:27:07 ID:ypHCQAbz
他の重臣による配慮らしい。
同じ名は間違いやすい。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 11:41:21 ID:Sh5eV55J
諱で相手を呼ぶことなんて殆ど無いんだからそんなにややこしくないだろ
天下人である兄秀吉の「秀」を下にしてるのを憚ったんじゃないか
蒲生氏郷も似たような理由で改名してる(元の名前は賦秀)

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 13:17:03 ID:gZK5RYy0
>>112
前田利家の死に比べれば影響は低いと思う
前田さんがあと10年長生きしていれば・・・(もしくは秀頼が生まれず秀次政権だったら・・・)

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 13:43:24 ID:ypHCQAbz
↑前田利家では無理

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 13:45:16 ID:HVUkv/KD
そうか?利家が家康より長生きしてりゃ随分変わったと思うがな

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 13:53:20 ID:j86rv/H+
変わりはしたと思うが、秀長の方が明らかに影響強かったと思う。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 17:40:05 ID:yE3npRfW
皆さん〜今日!NHK22時〜から「その時歴史が動いた秀吉の家族」観てね

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 21:03:16 ID:7vVSJCFk
第263回
シリーズ 秀吉の家族@
もう一人の秀吉
〜豊臣秀長 太閤記 (たいこうき) を演出した弟〜
放送日 平成18年9月13日 (水) 22:00〜22:43 総合

http://www.nhk.or.jp/sonotoki/sonotoki_yotei.html

戦国を統一した豊臣秀吉の成功のかげには、家族たちの献身的な働きがあった。その家族の群像を描くシリーズ『秀吉の家族』。
1回目は秀吉の弟・豊臣秀長。身命を賭して兄の天下取りを支えた秀長の生き方に注目する。
4年前、大分県日田市で秀長が着用したといわれる甲冑が発見された。この鎧からは秀長が秀吉と背格好まで同じだったことがわかるという。まさに秀長は秀吉の影武者のごとき存在であった。
さらに信長の一家臣から天下人へと出世していく秀吉の動きを綿密に追うと、その活躍に秀長の存在が不可欠であったことが浮かび上がる。
秀吉の最も忠実な分身に徹した秀長は、秀吉のために命を賭けて敵と交渉し、合戦では危険な最前線に身をさらした。さらに秀長は情けにあふれた行動で、味方だけでなく敵の信頼をもかちとり、秀吉の功績へとつなげていく。その葬儀には20万人の民衆が参列したという。
秀吉の栄光に隠された弟・秀長の献身の生涯を通して“もう一つの”太閤記の真実に迫る。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:08:09 ID:7vVSJCFk
始まりましたよ

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:14:14 ID:01bJKHD5
秀長で番組が出来るとはすごい時代になったな


123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:16:30 ID:1wgoaQ+s
すこしは知名度上がるかな?

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:18:54 ID:01bJKHD5
いきなり城盗られたぞ

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:44:06 ID:IYzT0L81
シリーズ編かよ
もういいよ豊臣は
男ならまだいいが次はねねだとさ。
笑える

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:46:55 ID:7vVSJCFk
最後の締めが良かった

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:49:50 ID:mpOTLkCs
あの札の字は筆跡鑑定してるのかな?本当に秀吉の字なら感動なんだけど。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:53:28 ID:ZnFn2pPc
秀次にも光を!

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:56:57 ID:7vVSJCFk
あの字は綺麗すぎると思った。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:59:24 ID:ydF0/I4G
>>127
伝秀長鎧の、兜の内側に埋め込まれていた護符のことか?
「秀長加護 天正十五年」てやつだな

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 23:07:54 ID:xg0Kf+1J
直筆でないにしろ
けっこう感動した
ちくしょー、うまい作りにしやがって

スレタイっぽい感じじゃなかったね。
でもそこが良かった。
秀吉と秀長、裏表両面だったからこそ
短期間で天下取れたのだなあ

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 23:22:01 ID:expifcOj
秀長にスポット当ててくれたのは嬉しいのだが・・・・
余りにも秀長を持ち上げ過ぎて妙なこそばゆさも感じたな
今まで秀吉個人or半兵衛、官兵衛両軍師が担ってきた部分を
秀長に被せ代わりのスーパーマンに仕立てたようで何でも都合よく解釈しすぎだと

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 23:23:47 ID:Sh5eV55J
その時歴史が動いたは結局そういう番組だから仕方ない

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 23:27:07 ID:ydF0/I4G
中川清秀の件はあきらかに見殺し。全滅なんてありえん

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 23:29:13 ID:vTyihwmw
今夜の「その時歴史が動いた」見逃したー!!
再放送あるんかな・・・


136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 23:31:40 ID:7vVSJCFk
>>135

http://www.nhk.or.jp/sonotoki/faq.html

Q2. 番組の再放送はいつですか?


(1) 本放送の翌週《火》曜 16:05〜16:48
                総合 全国 (福岡県を除く)
(2) 本放送の翌週《金》曜 午前0:00〜0:43(※木曜深夜)
                総合 近畿地方のみ
(3) 本放送の翌週《金》曜 午前1:10〜1:53(※木曜深夜)
                総合 全国 (近畿のぞく)
(4) 本放送の翌週《月》曜 17:15〜17:58 BSー2
                ※BS−2の放送は不定期です。

いずれも編成の都合で休止または時間がずれることもありますので、当日の新聞等でご確認ください。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 23:40:47 ID:ydF0/I4G
>>136
小一郎のやうにお前は思いやりのある奴だなwwwww


138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 01:23:53 ID:grryLxrX
「その時歴史が動いた」は講談、最新の研究結果がちゃんと説明されるのは「NHK高校講座」。
大人向けの番組の方が青少年向けの番組より幼稚という不思議。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 02:03:55 ID:WLwtx/TP
大人向けだからこそストレス発散の講談的内容でも済まされる。
モノを知らないガキにいい加減なことを教えるわけにはいかない。

発想が逆なんだよ。 娯楽漬けで育ったガキにろくな奴はいない。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 09:44:50 ID:VUkaRsnh
小山田が書いたと言うことは、徳川では相当恐れられてたな

まあ大河で無視し続けてきたから補填としたらGJ

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 10:17:44 ID:pV6ey8ws
中川の件は計画的見殺し。高山も加担。


142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 10:18:49 ID:bk+8iIo+
次の次の大河ドラマ、秀吉系列かな。


143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 10:21:45 ID:A2bKJUjE
幕末、朝で主役やってる女が主役らしい

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 13:41:27 ID:bk+8iIo+
うわー まじか・・・

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 15:42:43 ID:CO2srWdz
幕末って時点で見ない。
せめて明治or大正の戦争ものなら別だが・・・。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 17:10:44 ID:A2bKJUjE
小堀遠州は、秀長に影響は受けてるかな??

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 18:15:34 ID:/Spu+F37
篤姫だっけか。
現代的な解釈や感情を持ち込むのは勘弁してもらいたいなあ。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 18:40:50 ID:uDyVIGw5
大河は「とにかく女活躍させて昼メロやらせときゃババアが見る」
って事に気付いてから糞。視聴率を気にしないで冒険できるとこが
国営放送の強みなのにワンパターン化してどうすんだ。

逆に幕末でよかったよ、これ以上あんな糞どもに戦国時代を弄られ
たくない。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 00:02:09 ID:o8b1/jrh
NHKはじつは金曜時代劇とかのが面白い。
大河は史実重視、木曜・金曜時代劇は娯楽重視と謳ってるのに大河が史実がさっぱりなせいで。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 09:13:11 ID:g/iPdui1
鳴門秘帳

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 10:17:44 ID:79+fbYMI
山田風太郎の秘伝何とか系を完全リメイクしてもらいたいけど、某国営放送
では無理か。と、いうかBBCとかではエロ描写もおkなのになんで日本じゃ駄目なんだろう

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 11:02:16 ID:QV44BEVu
大軍を率いての統率力は相当なもんだろね。いくら有力な武将も同伴していて
たとはいえ、徳川秀忠、豊臣秀次、古くは大友宗麟などは駄目駄目だったね

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 13:10:04 ID:gitNovm4
秀忠、秀次の若輩御曹司コンビと老練な秀長とを比較するのは酷じゃないか?

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 13:14:29 ID:lkHjDQgh
徳川秀忠、豊臣秀次、が大軍を率いた年齢の時に、秀長は大群を統率できたのか?って事だわな。
無意味そのものの比較だ。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 13:56:57 ID:QV44BEVu
あら?若い頃には3000くらいで但馬平定してるよ

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 14:06:47 ID:6JIh7FcX
武田信玄>>>>小早川隆景>羽柴秀長

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 14:08:56 ID:lkHjDQgh
>>155
じゃあ秀次は若い段階で東北平定してるよ。
秀忠は大阪城落としてるよ。

これをもって秀次、秀忠>>>>>秀長としてもいいですか?


状況も環境も違うものを比較してもしょうがないって事。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 14:11:47 ID:yalbIU2d
「大軍に兵法なし」と言われるけど、実際に大軍を率いて敗退してる人たちを挙げてその難しさを説いてるだけで、
別に秀忠や秀次と比較してどうこう逝ってるわけじゃないんじゃないの

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 14:12:29 ID:aunkfPmF
>>157
違くね?
とりあえず、大阪城は家康の力でしょうよ

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 14:15:35 ID:lkHjDQgh
>>159
秀次の東北平定にも秀忠の大阪の陣にも確かに家康がついていますよ。
でもそれなら秀長には秀吉、もっと言えば信長がついているわけで。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 15:14:04 ID:xTFHHihq
単に比較が無意味というので止めとけば冷静な見方する奴と思ったんだが
上のような屁理屈までこねるあんたは間違いなく下衆だね。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 15:55:08 ID:QV44BEVu
>>160
但馬平定戦、伊勢平定戦は秀長の単独ですぞ。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 19:05:19 ID:+47fheuu
秀忠や秀次よりは家康の方が比較し易いと思う、
戦歴豊富で中々の名将の家康でさえも大軍を指揮するとぱっとせず、
謀略や政略で事を決していた。
やっぱ大軍を率いるにはまた別の才能がいるんだろうね。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 19:35:17 ID:S5lj/bG+
秀次の場合四国や東北での実績は考慮外だと思う。齢20未満の人間がどれだけの
指揮統率がふるえるものなのかと。だから長久手の敗戦も秀次の責というよりも
実際に指揮しただろう老臣の誰かの責とすべきと考える。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 19:44:49 ID:sYd/Awmy
そもそも長久手は本当に秀次が大将だったのか?
当時は三好秀次でまだ羽柴秀勝も生きているから
地位兵力的には池田堀とさして変わらんだろ

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 19:49:42 ID:+47fheuu
羽柴秀勝っても所詮は信長の子供で警戒心を解くために貰った養子程度の存在、
病弱だったらしいし後継者候補としては考えてないんじゃないの。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 20:06:56 ID:sYd/Awmy
>>166
別にそういうことが言いたいわけじゃないんだが

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 20:16:04 ID:+47fheuu
>>165
ん?上手く伝わらなかったかスマン。
秀吉が長久手で秀次を総大将にしたのは将来的な事も考えての采配であり、
それならば後継者にする気の無い秀勝を総大将にする意味がない。
だからそういう立場の秀勝は地位的に秀次に劣る存在で、
将来後継者候補の秀次は池田&堀より格上の存在って事を言いたかった。

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 20:57:27 ID:XfUL6Atr
羽柴秀勝は長久手では総大将はしたくないのでは??
万が一討ち死にならしゃれにならん

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 10:14:35 ID:WOGe5Qx7
3

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 10:18:51 ID:W+JIHj7Y
九州征伐は、あまり話題にならないな。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 11:46:10 ID:WOGe5Qx7
九州は島津軍やぶったしな

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 13:39:06 ID:DV3NmOwU
九州征伐は島津が豊後攻めに失敗してボロボロになったとこを叩いただけだしな
むしろ志賀親次と佐伯惟定を評価すべき


174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 13:53:43 ID:W+JIHj7Y
何それ???

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 16:17:32 ID:DV3NmOwU
1586年7月島津は約5万の軍勢で筑前を攻めるが高橋紹運、立花宗茂親子の
頑張りにより失敗

同年10月義弘率いる3万5千が肥後から、家久率いる1万〜2万の軍が日向から
豊後を攻めるが、義弘軍は岡城の志賀親次等に阻まれる。
一方の家久は佐伯、臼杵の攻略に失敗するものの12月に戸次川で四国勢と大友
義統を破る。義統は豊前まで逃げ島津は府内を占拠する。しかし87年3月に豊臣
軍が豊前に到着するまで木付城、栂牟礼城、岡城、臼杵城等は抵抗を止めず、
結局島津軍は3月15日に府内から撤退、それに乗じた大友の反撃を各地で受ける。
特に志賀親次と佐伯惟定は瞬く間に多くの城を奪還し、さらに撤退時に合流した義弘
、家久を19日に三国峠で親次が、20日に梓山で惟定がそれぞれ襲撃している。

4月17日の根白坂の戦いで島津があっさり負けたのは、筑前攻めから約10ケ月に
およぶ連戦の疲れと、5万以上いた島津軍が筑前・豊後攻めの失敗の影響で外様
連中が離反して2万程度になってたのが大きかろうと思う。

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 16:41:33 ID:W+JIHj7Y
その後に仙石(センゴク)が秀吉の命で行って大敗喫してる
別に関係ないだろ

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 18:00:39 ID:FA2CxOw6
いえいえ

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 18:04:59 ID:unaBiHol
仙石のあれは本人(とあえて言っておく)があまりにどうしようもない事やっちゃったからだし……

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 18:22:37 ID:W+JIHj7Y
反乱もなしに、あそこまでの進軍はすごいけど
戦後処理も
北条みたいになってたら

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 20:54:05 ID:CjbKCHGe
秀吉主役の太閤記なのに、その存在すらないことにされてる・・・。
もうだめぽ。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 16:29:53 ID:PalMjndN
>>180
一体何の話しをしているのだ。閲覧者には解釈不能だぞ。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 18:26:18 ID:vkypWOfn
おそらくは先日のテレビドラマかと。
後半だけ見たけれど、秀長の出番の記憶が無い。
妹?は出てきているのにね。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 10:29:55 ID:gQl+Zspn
...

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 11:35:46 ID:Yld1wF+6
>182
これか

http://www.tv-asahi.co.jp/taikouki/

本スレ

http://tv8.2ch.net/test/read.cgi/kin/1162396297/

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 18:22:19 ID:+rmHoO0K
番組HP見ても名前すら無いな…orz

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 20:08:34 ID:VClYuSJE
死んだ後に名前だけが出てくるんだろうな…。

187 :◆wfGsWQJm.U :2006/11/11(土) 00:28:27 ID:vmrJwYRF
でhfっゆいい

188 :◆wfGsWQJm.U :2006/11/11(土) 00:29:18 ID:vmrJwYRF
dgeyfh

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 15:36:26 ID:wOYJO7Up
山内一豊の土佐での一領具足の鎮圧の危うさに比べれば、
秀長の紀伊や大和の統治能力の高さが際立ってしまう。

同じ統治難国でも、

土佐・・・DQN系、謀略に強い。

紀伊・・・国人の力が強力、一向宗もまだ力がある。軍事力も高い。
大和・・・北部は歴史があり、DQN系より遥かに海千山千の宗教勢力がある。

誰でも知っていることだろうが、もう統治能力が違いすぎる。


190 :189:2006/11/18(土) 22:12:51 ID:wOYJO7Up
今頃気付いたが、
誤)土佐・・・DQN系、謀略に強い。
正) 土佐・・・DQN系、謀略に「弱い」。


191 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/27(水) 16:46:09 ID:ed/mKfCS
秀長のような彼氏が欲しい

192 :名無し議論スレにて投票方法審議中 :2006/12/27(水) 17:06:50 ID:CbeaC3yP
秀長は本当に必要なとき以外は金を使ってはくれんぞ
正直、ケチだぞ

193 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/27(水) 20:06:48 ID:2bivtAsJ
ケチと言うより倹約家
そうせねばやってられなかったらしい

194 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/27(水) 21:07:02 ID:c+LRHBpr
いまどきの女はそれなりに自分も稼いでるから
へんにプレゼントだのオゴリだのをされるよりワリカンとかのが
自分を尊重されている気になるんだ。
だから必要なときだけ使ってくれれば十分!
ほんと秀長は良いルイージ

195 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/27(水) 22:32:18 ID:9EaZWZCF
大和とか伊勢とかの難しい土地を金のやりくりで見事にまとめたらしいしね。
そうなると逆に台所事情はきつかったろう。
藤堂高虎とかも、無駄が嫌いそうなエピソードあるし。

兄の贅沢話との対比が涙ぐましいな。

196 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 21:23:28 ID:FwEvGME8
>>191
へうげものの秀長はイケメンだな。
あれなら抱かれてもいい。

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