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加賀百万石・前田家について語れ

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 17:26:09 ID:uD+86PdS
加賀百万石・前田家について語るスレ。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 18:04:03 ID:wDlJa6ne
前だけタキシード貧乏っちゃま

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 18:11:22 ID:cpY1VLoc
なぜ彼が100万石になったのか全く理解できません。
具体的な武功を知っている人は教えてください。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 18:57:32 ID:oOj1AbUr
前田利家で特筆すべきことは、人望とずる賢さでしょう
前田利家の人生を見れば彼がかなりの切れ者だということが
よくわかります、無能などと言ってる奴はアホスギです
無能な人間がアノ時代に浪人から100万石の大大名に
なれるわけないじゃないですか。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 18:59:27 ID:T8QwldbL
てか史版の埋まってないのに…

>>3
小身時の槍働きいろいろ
賎ヶ岳の敵前逃亡での秀吉勝利のキッカケ(異論あり)
末森城防衛で佐々勢撃退

まあ1番大きいのは親秀吉派で旧織田家の生き残りだったからじゃまいか?

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 19:06:25 ID:oOj1AbUr
武功だけが領地をもらえる手段じゃないの
頭使う仕事や、血縁、その存在感などで領地がもらえる場合もあるわけ
なんでも武功武功と考えるのは厨房の証ですよw



7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 19:09:03 ID:0gjKrTg/
前田利家を縮小コピーしたのが山内一豊だな。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 21:10:42 ID:Csfe3w0g
>>6
普通はそうだけど
利家に限っては武功以外のものって更に何もない気がするのですが…

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 21:28:39 ID:T8QwldbL
>>8
寺社の保護に力を注いだ統治
「俵」高で示す独特の検地とか

だいたい算盤が得意だったんだから武功だけなはずが無いのでは…

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 23:42:31 ID:mrS1/DHf
2行目まではいいが

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 01:04:55 ID:stwP3rr7
花の慶次かと

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 02:19:56 ID:HcAGeYjE
>>5
末森死守したけど鳥越パクられてさんざ痛い目にあってるのな
上手い事隠蔽できたけど

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 10:07:19 ID:dFNiygZh
前田利家は織田家の人材では中の上若しくは中の中ぐらいの人物では?

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 10:11:44 ID:OafYTcNC
>>13
まぁ・・・その程度でしょ
可もなく、不可もなく・・・w

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 10:42:29 ID:8EJb6VEs
あまり上だと消されるからな
ちょうど良い位置だったのだろう

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 10:42:47 ID:6uZykhp4

最終的には前田は織田閥尾張閥のトップに立つんだっけ?




17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 11:02:25 ID:WJVpvPKb
>>5の一番最後の文に尽きると思うけどなぁ。
人望があって旧織田家臣、更には親秀吉という事でのあの身代なんだろう。
利家には旧織田家臣まとめ役を期待していたんだろうなぁ。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 14:01:37 ID:p0ZuLmAb
以前本で、秀吉が越前の丹羽長秀に、
隣領の前田利家に注意を怠りなくするようにと連絡したと、
書いてあったのを読んでショックを受けた記憶がある。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 14:12:59 ID:xc26LwJr
穀潰し
前田家は無駄飯食ってウンコ大量生産してただけ
何の役にも立たない何の影響力も持たない
存在意義がわからない

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 17:13:36 ID:qOQCCytS
>>18
自分も読んだことあるが
事実なんでは?
やっぱり丹羽>前田だったんだろう。前田より先に懐柔しておいたことだし

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 17:18:12 ID:pZ0xHpdX
前田と丹羽が手を結ばないようにする秀吉の策略だろう
奴の言うことを真に受けてはいけない

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 17:20:18 ID:qOQCCytS
まあね…
てかここageてる人多くないか?
たまーにでいいんだが…

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 03:12:16 ID:3LZaSuWr
つーか、前田家が100万石になったのは江戸時代だな。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 10:37:32 ID:HkySixH7
森長可>前田利家 
森が小牧・長久手で死んでいなかったら前田の出る幕はなかったのでは?

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 11:00:20 ID:lgD/iXd4
ん?そうしたら、池田恒興は?

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 11:23:54 ID:WrrrJHE7
堀>前田
堀秀政が生きていたら前田の出る幕はなかった

27 :山内一豊 ◆Momosan9tk :2006/08/27(日) 11:34:52 ID:JU2RnkJv
浅井殿、某は羽柴筑前守の使者、山内一豊にござる。
この時期は稲が実り、農民たちも胸膨らませる季節。
いま戦にて田を荒らせば、その期待も恨みに変わりましょう。
ここは姫路に戻り、政に励んでは如何でござろうか?
兵農分離に成功しているのは我織田家のみ。
今の時期の兵力動員数はたかが知れておりましょうが、
こちらが攻めれば、攻められた側は無理にでも
農民を徴兵するでしょう。
御舘様は、民を大事にするお方。
農民が苦しめられれば、さぞやお嘆きとなられましょう。
また、我が方が自国の有利を傘に他国を力攻め致さば、
信用を失いかねません。
諸大名の信を失っては天下安寧など夢のまた夢。
某はいったん席を外します故、
御家中の方々とよく話し合ってみてくだされ。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 11:46:08 ID:JU2RnkJv
>>27は誤爆です。ごめんなさい。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 12:30:26 ID:AK8FnROz
素直な一豊だな

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 12:41:41 ID:EPLZTrzj
信長の評価は前田より森・河尻・佐々・佐久間の方が上のような気がするんだが

森・・・信州川中島
河尻・・・甲斐
佐々・・・富山
佐久間・・・金沢
前田・・・能登



31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 15:54:40 ID:v+NpGrSu
信長は自分の娘を前田利長に嫁がせてる
どうでもいいと思ってる家に自分の娘を出したりしないだろ
信長は将来的には前田家を出世させようと考えてたのは間違いない
信長時代が続いても前田家は安泰だった
信長秀吉家康から厚遇されたのは前田利家の人徳のおかげだろう
やはり前田利家は素晴らしい人間だ。


32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 18:47:31 ID:NxTk3NM7
でも佐々の男児は早死にしてるしな

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 18:24:44 ID:Ipvjhh8d
>>31
利家は戦はさほど上手くなかったけど、占領地行政などはとても上手かったらしい。
信長が期待していたとすれば、武官よりも文官としての能力だったんだろうね。

本能寺が起こらず、信長が天下統一を果たしたら、秀吉なんかは九州あたりの
遠国に飛ばされて、案外権力中枢に残ったのは利家だったりしたかもな。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 23:57:54 ID:8gOxXFPO
あの一向一揆の巣窟の北陸を治めたんだから利家は優秀に決まってるよ
ライバルの内蔵助はとうとう肥後を治められなかったからな。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 00:04:01 ID:Qc0VEQXf
佐々が無能だったら本能寺がヤバイと思われ
越中で上杉・一揆勢食い止めたからいいようなものの
あそこで佐々が破れてたら前田は川尻と同じ顛末を辿る可能性がある

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 01:06:03 ID:o5wwqQzb
府中三人衆では明らかに
佐々>前田>不破だな
何より最前線である越中を与えられた事からして信頼・実力とも上だったのは間違いない

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 01:39:58 ID:Oy6/9Yeo
>>35

本能寺の変時に上杉は動いてないぞwww

>>36

最前線=信頼・実力が上
頭おかしい?

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 02:17:08 ID:o5wwqQzb
こりゃまた頭悪そうなのが湧いたな


悪そうと言う辺りが俺の人の好さ

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 02:36:51 ID:Qc0VEQXf
世の中須田満親みたいなマイナー武将でもスレ立てる奴はいるんだから
あんまりアホなことはいわんほうがよさげ

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 11:26:42 ID:Oy6/9Yeo
>>38

日本語でおk

>>40

日本語でおk

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 11:57:06 ID:CGWsqOC2
最前線に実力や信頼が上のやつ置くのが普通じゃね?

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 12:42:37 ID:mCoKuLaS
実は利家は色男であった
足軽百姓の秀吉に女を世話していた・・
マブ達だったってのはダメ?


43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 12:43:21 ID:mCoKuLaS
実は利家は色男であった
足軽百姓の秀吉に女を世話していた・・
マブ達だったってのはダメ?


44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 14:03:59 ID:tJTg//ZK
普通にウマがあって奥さん同士仲良かったから家族ぐるみで釣るんでたでよくね

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 14:09:12 ID:ylq/Yz+W
信長と利家はホモ達だからもう少し出世してもよかったと思うけどなぁ
案外、使えなかったのかもしれないなぁ

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 16:10:04 ID:NaOdNlHs
一国の大名になってるんだから十分な出世ですよ
ホモだちでも大名になれない奴はたくさんいたでしょう。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 18:05:32 ID:hrRV0m8Z
蘭丸はあの年で5万石も貰ってるよ

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 20:03:52 ID:AabMrtDX
次々と織田の武将が没落していき、前田利家が残っただけでは?
豊臣秀吉政権末期で頼れるのが利家だけだったというのもある。
豊臣秀長が秀吉より先に亡くなったことが豊臣政権には痛かった。


49 :9io:2006/08/29(火) 20:22:59 ID:LKxzObas
加賀藩に「亜相公御夜話」という文献が伝わっている。
この文献は、利家が晩年、家臣に語ったことが書きとめられているという。

それによると、利家が15歳を迎えてからというものの、信長は夜になると、利家
を片時も離さなかったと書いてある。

非常に面白いので、ちょっと意訳して引用してみよう。


□「利家」と「まつ」と「信長」
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

ある時、織田信長が、安土城に諸大名を招き、ご馳走を振舞った。
信長は一人一人、諸大名に声をかけていった。例えば柴田勝家にはこうである。

-------------------------------
信長「おい、勝家。お前をはじめ、みんながよく働いてくれたおかげで、
   私は天下を取ることができた。余は満足じゃ。」
-------------------------------

このように一人ずつ声をかけていき、とうとう、前田利家の番が来た。
信長は利家のヒゲをつかみ、こう言ったという。

-------------------------------
信長「利家が少年の頃、よくエッチをしたものだ。
   あの頃は、本当に秘蔵っ子だったなぁ(笑)」
-------------------------------

-------------------------------
信長「しかし、お前は本当によく頑張った。お前が手柄を立ててくれたため、
   私は今日の身分になれたのだ。」
-------------------------------

すると、その場にいた全員が「利家にあやかりたい」と、羨ましがったという。
信長に寵愛されていたという事実が、当時はステータスになったのである。

信長に褒められた利家は嬉しくなって、鶴の吸い物をたくさん食べた。
そして、調子に乗って、食べ過ぎてしまい、お腹を壊した。

彼はその後も、鶴の吸い物を食べると、その時のことを思い出して、お腹が痛く
なったそうである(笑) ウソのようなホントの話である。


50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 20:29:34 ID:/PfIf1VU
加賀藩は将軍家以外では
最大の大身であったにもかかわらず
租税の取立ても最高クラスであった。

そして城下町金沢は江戸、京都、大阪、名古屋と並ぶ
日本五大都市であったが、
藩が遊郭を禁止したため実に質素な町だったという。
名古屋から来た侍があまりの地味さ静かさに嘆いたという逸話あり。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 00:56:46 ID:6pgKO0jM
大身だったから取立もトップクラスだったんじゃないのか。。。
てか江戸の加賀藩って改作法とかで住民自治が行き届いてたんだっけ

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 09:52:04 ID:KnQf55/E
>>47

蘭丸が小姓の時代と利家が小姓の時代を考えろよw


53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 13:03:50 ID:H+s3v94y
そのとき歴史は動いた〜前田利家100万石への道

  【賤ヶ岳の戦いの無断撤退(敵前逃亡)】

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 20:46:42 ID:yiEGLq3z
金沢城いい城だったよ

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 21:01:03 ID:tAIoWAW/
水戸黄門ミタ

黄門様の姉ちゃんって加賀藩に住んでたの?
そういえば金沢に菊姫って酒あったな(´・ω・`)

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 21:20:07 ID:HB072HsB
>>54
百間堀の水をどうやって引いたか?って解説されてた?

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 12:03:14 ID:opqMwGb/
たった一代で前田家を二千貫から百万石にした利家の手腕は凄いと言わざるを得ない
生涯、ほぼ無敗で貫き通した戦歴も流石だ(先見性の賜物)
小西幸長曰く「領地兵の数では内府どのに敵わないが、こと人望人気においては内府の何倍もあった」





58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 12:31:19 ID:IYig7TFp
人望ねぇ…この人の生き方って全然かっこよく無いね。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 13:08:52 ID:lkHjDQgh
>>57
>小西幸長
行長?ともあれ自信の政治的方向性もろくにコントロールできなかった
小西の言葉くらいじゃ…。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 15:36:37 ID:Rv7QB8Yt
他スレでは話題が出るのに本スレは伸びないね

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 17:26:06 ID:yMNzdA8T
だって本人自身は何の話題もないもん…
あくまで誰かの付属品だから

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 17:41:55 ID:opqMwGb/
おいおい、話題ありまくりじゃないか
浪人時代から100万石になるまでのサクセスストーリーを無視するなよ
信長秀吉家康といった偉人たち相手に互角に戦う利家のカッコよさといったらたまらんだろう

信長の言うことを聞かず、坊主を斬り殺し逆鱗に触れ浪人へ没落
そこから信長を無視して勝手に戦場で戦い、無理やり認めさせようとする利家はカッコいいやろ
秀吉をたぶらかし豊臣政権のトップに立つ話もまた面白いし
潔く天下を諦め家康に前田家を託すところなんて涙なくしては語れないよ
とまあ腐るほど話題ありまくりなんだけど
君たちは利家が嫌いなだけだろ?
戦で勝った負けただけが戦国時代じゃないんだよ
利家みたいな男の人生もよく知ると面白く感じるもんだぜ


63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 17:54:28 ID:Rv7QB8Yt
話題だけなら国祖遺言から可観小説まで付属品の中でもかなり多い部類の人だと思うんだが…

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 17:58:20 ID:h9zfVK/Q
ショボいんだもん
このオッサン

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 17:58:24 ID:Rv7QB8Yt
あれ?なんで俺はこんな長文に遅れを取ってるんだ

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 18:24:58 ID:Rv7QB8Yt
>>65>>62のレス。。。

>>64
そんなショボに負けてる数多の武将たちは一体…(・ω・)

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 18:53:18 ID:UD1YgV/G
>>66
好きな武将に傾倒してる人ってのはそいつの忠実で盲目的な家臣と一緒で、自分の主君とその殿様以外はクソに見えたりするってだけ。
と、客観的なつもりで非常に主観的なことをいう俺は水鏡崇拝の隠者気取り厨

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 18:54:01 ID:IYig7TFp
年々評価の下がる利家。当然か。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 19:25:38 ID:Rv7QB8Yt
>>67
それが極論で…いいじゃない?自分は別にそこまで貶るほどじゃないとおもうけれど。

>>68
評価下がってたのか

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 20:42:44 ID:h9zfVK/Q
別に今は戦国時代じゃないし
俺の人生が左右されるわけじゃないから
どうせなら華やかな人物を好きになりたいよ
なんで利家みたいなショボクレた爺さん好きにならなきゃいけないのさw
俺に何の利点もないぞ

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 21:00:13 ID:CrBRO2YB
>潔く天下を諦め家康に前田家を託すところなんて涙なくしては語れないよ

勝手に人の天下を明け渡すなよ!大体、前田のものじゃないだろうがw
潔すぎるんだよ、特に2代目。前田家は家康にあっけなくへたれすぎ。
上杉が頑張った分、けっこうな恩知らずに映っても仕方ない。
太閤がしょぼい前田に異例の厚遇してやったのは、何のためか都合よく忘れるなよwww

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 21:44:33 ID:Rv7QB8Yt
>>71
てことはあの時やっぱ家康ぬっころせばヨカタということか?
しかしすぐ利家あぼんして2代目到来だしどうなるかな…

>>70
華やかな人物好きになったらなんかいいことあるのか…

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 22:32:18 ID:yMNzdA8T
実際利長の方が遥かに有能なわけだが
病床の利家が今更少し早く死んだ所で何の問題もない
ただ、利家より優秀てだけだから家康亡き後に上手く治められるかは疑問である

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 07:34:42 ID:zbu/od7j
利長は最初にデッチ上げの家康暗殺計画を押し付けられた時に
激怒し戦う気満々だったがね
まつと重臣たちに諌められて屈従することになったという話が残ってる。
家康の人質になったのはまつ自身の意思だったわけだ。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 08:30:53 ID:JE/kG5Tf
利長が利家より優秀ってのはどういう解釈?

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 15:39:28 ID:DP1CH4uL
家康の子孫が本に書いてますよ
皆の一致した見解によると「利家が家康より長生きしてたら」天下は前田
が握ってただろうとね
人望が抜群だったらしい

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 15:46:04 ID:aJQwqqVm
そんなもんただのヨイショだろ


78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 15:59:11 ID:u8uySg7G
実際家康と利家が対立した時
有力大名はみんな利家無視して徳川屋敷に行っちゃったもんな
前田屋敷にも機嫌伺いには行ったが…
個人的な付き合いでは利家の方が好きだけど
どっちに運命を賭けるかとなると家康に傾いてしまったようだw

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 18:02:42 ID:J+YtadvM
まつ「これを着て下さい」
利家「何じゃこれは?」
まつ「あなた様は現世で人を殺し過ぎたから地獄に堕ちるに違いありません。だからこの経帷子を…」
利家「そんな物はいらぬわ!地獄に閻魔という者がいるのなら、
わしが先に逝った家臣を率いて虜にしてくれようぞ」



このエピソード好き

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 18:12:13 ID:FA2CxOw6
利家はすごいさ。
恩にまどわされずに、勝家にも秀吉にもこだわらない。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 19:07:53 ID:d7u6jZkO
はげどう
利家は何万という部下がいる責任のある立場の人間だ
利家の行動一つで全員死ぬ場合だってある
恩などに惑わされず、すべてを見定めて
冷静に行動する利家はやはりできる男だ
そこら辺のイノシシ武者とは違うね。



82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 19:25:03 ID:p+fYwaJ8
たぶん>>79のまつが言ってた「あなたは人を殺しすぎ」ってのは
越前一向一揆のときの所業のことだろうな


83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 19:27:55 ID:FA2CxOw6
大谷吉継こそ綺麗だが、利家もすばらしい。
嫌いじゃないが個人的感情では好きにはなれないかな。
豊臣は潰れてよかったと思う。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 19:47:58 ID:m5BbLlfI
好きになる要素も無い。てか嫌い。


85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 20:19:01 ID:gTlckm3u
>>79
痩せ我慢にしても立派な最期だよな。
もちろん閻魔大王と戦って勝てるとは利家自身も思っていないだろうが。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 20:23:21 ID:0Lxw3vvO
まつが仲間ゆきえレベルだったら利家嫌い。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 20:30:22 ID:YFkFaKdb
利家は臣下なんだから主家の為に戦う義務があるんだよ
多くの家臣を持たされているのは主家の為であって前田家の為じゃない
命を捨てて働くのが道理である
それが嫌なら武士を捨てて百姓にでもなればいい
みんなが自己保存に走ってしまったら世の中滅茶苦茶になってしまう
リスクを覚悟で権力を得たのだから都合の悪い所だけ無視するような振る舞いは人として許される事ではない

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 21:11:00 ID:u8uySg7G
まあ、利家は後世の名誉より俗世の栄華を選んだのだからそれはそれで良いと思うがね
名誉を汚すのを死ぬより恐れる人もいれば
何言われようとも今の生活を失いたくない人もいる
人それぞれ違うから本人にとって価値のある方を選ぶべきだね
善し悪しではないと思う

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 21:41:08 ID:uIqY2oly
前田家だってまともに徳川と戦をできるのならやったはず
しかし利家生存の時は、体が病魔に侵され死ぬ寸前で、とても戦に出れるような状態じゃないから勝ち目なし
そして利長の場合は、加賀征伐で全国の大名を相手にしなければいけないのでこれも勝ち目なし
さらに関ヶ原のときも、まつが人質になってる(加賀征伐回避のために人質になった)から徳川とは戦えん
このように前田家の場合、とてもまともに徳川と戦をできる状態ではなかったわけよ
これで戦ったら笑いもの間違いなし、まさに犬死だ、前田家は運がなかったわけよ

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 21:46:43 ID:J+YtadvM
関ヶ原戦前はせいぜい八十万石ぐらいだろ?

まあ無理だな

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 02:39:04 ID:3qodD+Bv
ガチで当たっても前田は勝てなさそう…だなー…
それを死ぬまで待つ家康はものっそい用心深さだ

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 02:44:48 ID:DDCyasDL
>>91
別に待ってなかっただろ。利家生前からガンガン政治的に動いていたわけで>家康
利家の方が勝手に折れて伏見会談に持っていったわけだし。あの時利家が戦争に動いたら、家康も
これ幸いと受けて立ったでしょ。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 06:54:19 ID:kdcAb2oH
>>92
前田から戦を仕掛けたら徳川からみればこれ幸い だろうな、そりゃ。
勝てる上に、「正当防衛」がなりたつんだから。
それがわかってるから前田もしかけなかったのだろうし。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 08:45:28 ID:dJ+kVHhH
違うんだよなあ。
松平忠輝と伊達正宗の娘を婚約の件が問題になり、
家康以外の四大老がそれを糾弾し、さらに家康暗殺のうわさ流れた騒動の時に

大坂の前田利家の下に馳せ参じた武将
毛利輝元・上杉景勝・宇喜田秀家・細川忠興・加藤清正・加藤嘉明・浅野幸長・佐竹義宣・立花宗茂・小早川秀包・
小西行長・長宗我部盛親・浅野長政・前田玄以・増田長盛・長束正家・石田三成

伏見の家康の下に馳せ参じた武将
伊達政宗・福島正則・池田輝政・黒田長政・藤堂高虎・森忠政・織田有楽・
黒田如水・有馬則頼・金森素玄・新庄直頼

とこの時点では明らかに利家率いる西軍派のほうが
有利だったんだよね。
これがのちの三成の関が原抗争になったらしいが。

95 :94:2006/09/18(月) 08:46:38 ID:dJ+kVHhH
「抗争」は「構想」

96 :94:2006/09/18(月) 08:55:09 ID:dJ+kVHhH
この事件が起きたのは慶長四年一月ね。
この時点では大阪城に住まい秀頼の養育係をしていた利家側が有利だったという事ね。
なんせ大阪城と秀頼をきっちり抑えてるわけだし、
ここで利家は家康を倒すことは出来たと思う。
だからこそ家康は切り崩しによる多数派工作を行い、
先が短い利家には極力逆らわないようにしたという事だ。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 09:05:16 ID:rxrEcDAG
利家が合戦に参加すれば、関ヶ原での小早川秀秋ばりの裏切りをかますでしょう。
自家保存の為ならなりふり構わぬのが利家では?

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 09:11:39 ID:eZ0zrIgd
>>94
 このメンツをよくよく比較すると、家康派の武将が遙かに老獪で強力だなあ。
 政略に長けた、いわゆる食えない武将がそろい踏みしている。
 家康が縁組みしたのは、伊達政宗、福島正則、蜂須賀家政。ついでに
 加藤忠広に水野忠重の娘を養女として縁組みさせた。完全に利家を舐めている。
 詰問使いの前田玄以は、今井宗薫を斬刑にすべしと詰め寄ったが、
 政宗と家康は、そろって以下のように返答した。

 「もし宗薫を刑戮するのなら、天下を二つに割りてもお相手いたす。」
 奉行は顔色を変えて、退出するしかなかった。


99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 09:29:00 ID:rdPXLJc6
前田を描いた小説は、おまつは良妻賢母か、
良妻賢母だけど不倫をしている小説にわかれるな、


100 :94:2006/09/18(月) 10:00:35 ID:dJ+kVHhH
>>98
そういう意見もあるだろうが、家康とてこの時点では
西軍派と事を構える気はほとんどなかっただろう。
あくまで西軍派の戦力を品定めし、いかに多数派工作と主将格の利家の死を待ち
確実に勝てる戦いをする準備期間が必要だった。
そのためには利家に頭を下げることくらい家康は屁でもなかった。

なんにせよ利家が死ぬまでは家康は手は出さなかったと思うよ。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 10:26:56 ID:rxrEcDAG
利家を持ち上げるのに必死な方がおりますな。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 11:11:33 ID:d7r7mIG0
>>94
加藤清正は早々と兵を率いて徳川屋敷に駆け付けたじゃないか
あと細川幽斎・忠興親子、加藤嘉明、浅野長政・幸長親子も徳川屋敷を警護したよ
他にも大谷吉継、蜂須賀家政、京極高次、山内一豊、脇坂安治なども徳川屋敷に駆け付けた

103 :94:2006/09/18(月) 11:34:19 ID:dJ+kVHhH
俺はこのサイトの年表を参考にした。
http://homepage1.nifty.com/SEISYO/seki-nen1.htm

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 11:44:34 ID:ETIjbALt
利家は秀頼の後見人で、利長は秀頼の取次ぎ人、利政は秀頼の親衛隊長
前田家は秀頼とずっぽりの仲、利家が家康とガチンコしても負けはないね
利家と戦う=秀頼と戦うってことだから、豊臣恩顧はすべて利家につく
まあ5大老のうち4人が利家派だからその時点で勝負ありだけどねw

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 12:10:41 ID:DDCyasDL
>>104
それだけ有利なら、家康相手に戦争始めればよかったのに。

君の言う通りなら、利家は状況判断が全く出来ない、戦国大名として落第点のつくような
愚将と言う事になるぞ?

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 12:32:21 ID:lPoC8Nr7
仮に織田信長が全国統一していたら、前田利家に100万石も任せただろうか?



107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 12:52:17 ID:nnp8gX4W
まあ、前田に100万石はないだろうな

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 12:52:56 ID:rxrEcDAG
織田傘下では山内一豊以下の働きしかしていない利家。
一番の働きはやはり親父様を裏切っての戦線離脱ですな。


109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 13:02:20 ID:ETIjbALt

病気もあったけど、利家はできるなら戦はしたくないと思ってたみたい
戦をしないで対話でなんとかしたかったらしい、それは家康にびびってるわけではなく
秀頼も幼く、戦をして日本を混乱させるのはよくないと思ってたみたい
さらに言うと、実は利家と家康は別に仲は悪くない
利家と三成の仲は最悪だったけどw
そーゆーのも関係してたかも

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 13:19:12 ID:aBe2hhUe
ほんと三成邪魔だよな。こいつ一人が張り切らなけりゃ
あとの文治派と武断派の対立なんて致命的でも何でもないのに

ただ利家も前田家も、当然家康にはびびったと思うし
その上で恩や名より実を取ったんだから、
格好つけなくても、それはそれでいいと思うがな

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 13:46:42 ID:x5HtGYJZ
蒲生氏郷が亡くなってなければ完全に家康は抑えられてた
家康を抑えるのに絶対の自信があった
秀吉亡き後は利家が天下人と公言してた豪傑だからね氏郷わ

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 15:58:51 ID:d7r7mIG0
氏郷は誰に対してもあの調子だから本心で言ってたわけじゃないよ
秀行の正室には家康の娘貰ってるし
氏郷ほどの人物が利家担いで家康と敵対なんてするわけない
氏郷をトップにして利家達が下につくなら喜んで戦うだろうけどw

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 17:52:15 ID:rdPXLJc6
世代が違うだろw
黒田長政が家康を推すときに自分は「次を狙う」と考えたように
利家を擁立して、次を狙う、つもりでやったかもしらん。
秀行の正室って、氏郷死亡後に話が進んだんじゃなかったっけ?

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 19:09:10 ID:P8I6wOKo
氏郷なんてそこまで大物でもないだろ
長生きしててもせいぜい藤堂高虎のポジションだな

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 20:07:56 ID:x4mIkbuR
それは無いだろ・・・

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 20:22:20 ID:rdPXLJc6
氏郷が生きていたら、大老は、

1 徳川家康   256万石
2 前田利家    83万石+21万石
3 宇喜多秀家  56万石
4 蒲生氏郷   91万石
5 毛利輝元   120万石
6 上杉景勝    90万石

か。
なんとなく、氏郷生前時代の土一揆が収まって
政宗が表面上恭順したら、
今度は国境のいさかいで蒲生と上杉の仲が悪くなるような予感。
兼続と氏郷って、なんとなくソリがあわなそう。


117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 23:34:58 ID:0DNj/DiM
氏郷は信長公以外の天下人を認めないかんじなイメージがある。
秀吉家康早く死ねみたいな。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 09:37:51 ID:LX2jHW1m
伊達政宗の娘五六八姫と、徳川忠輝との婚約は、4奉行+5大老には相当な
衝撃だったのだろう。裏で両家がつるんでいたのは、三成も熟知していて、
様々な邪魔を入れるが全て失敗。ここにきて、ついに伊達政宗+徳川家康の
軍事同盟を表沙汰にしたわけだ。二次大戦下でアメリカとイギリスが組んだも
同然だろう。家康を盟主として、政宗、長政、如水の謀略家が集結。これに
福島、加藤等の武闘派が加われば、西軍などひとたまりもない。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 09:38:38 ID:LX2jHW1m
(訂正)5奉行+4大老

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 10:13:43 ID:lwdE0LHR
つーか、自分たち以外の五大老を全部を敵に回せる徳川家の力というのは、ちょっと飛び抜けすぎだろう。
秀吉もパワーバランスを完全に間違えたとしか言いようがない。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 10:16:33 ID:h0ZH07l0
秀吉の家康の関東移封は失策だった…か?

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 11:36:19 ID:VQUhviys
あの時点では成功だと思われる。
ただ、小説で描かれるような、徳川家の力を削ぐ、という目的は秀吉にはなかったと思われる。
徳川は北条の行政基盤をそっくり引継ぎ、秀吉の小田原攻めが圧倒的で領地もさほど荒れていなかったから。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 12:28:13 ID:lwdE0LHR
>>122
北条旧家臣は暴れまわっているわ江戸は家臣団を入れることも出来ず一から作るしかなかったわ
領土の広さの割に農業生産高は低いわ農民の気質はむやみに荒いわ北条時代の商業基盤は
破壊されているわ、だったのに?

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 16:42:08 ID:yVjtOA6c
>>120
秀吉もバランスは考えてたよ。
石田と長束は関ヶ原で兵を集める段になって、
以前太閤からの五十万石ずつ与えるという申し出を断った事を悔やんだという話がある。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 16:58:37 ID:+XSngoen
秀吉は前田を金沢から尾張美濃近辺120万石に転封するつもりだった
東海道を前田に守らせ、家康を封じるつもりだった
しかしそれに三成が大反対、それを聞いた利家が激怒、三成との仲が最悪に
そのほか蒲生問題などで三成とは常に対立、家康とは対三成で手を組んでいた
その後、秀吉が死に、三成は前田に助けを求めるが、前田はこのことから積極的に動かず


126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 17:16:56 ID:+XSngoen
大阪城にいた利長を追い出したのは家康と五奉行である
こいつらは利長と淀ができているなどと噂を流しどんどん追い詰めていった
五奉行どもは自分たちの味方である親豊臣の利長を大阪城から出して何をしたかったのか
家康からの難癖を利長と組んで撃退するのが五奉行の役目だろ
その後、関ヶ原では「利長どの、一緒に家康を倒しましょう」と手紙を書いたりしてて
わけわからん。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 17:31:02 ID:CoIUOJkO
この時期に五奉行の間に、意思疎通あったのかがわからん。
浅野長政は三成ともとから不仲で家康と親しかったけれど、利長が暗殺
容疑をかけられた時は、連座して甲斐に謹慎させられてる。
前田玄以は元々対朝廷外交や儀礼が担当だし、この頃歳だし病が篤いわで
実質的にはほとんど活動してない状態じゃないか。
もしあったとしても、増田長盛と石田三成の間くらいか?

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 00:51:06 ID:mVcRntNZ
>>110
びびっていたというか、
守る側と攻める側の意識の差じゃないか?

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 08:01:03 ID:gNMXNkoQ
びびったってのは国力の差と根回しの早さ?

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 09:04:21 ID:ncZWBxjX
>>110
邪魔も何も三成が家康と戦争しなければ豊臣方の大名の力は残ったままであり、
徳川三百年の平和は生まれなかったわけだが

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 09:09:19 ID:y0jWz7iP
>>130
そう都合よくもいかないだろ

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 09:51:52 ID:VDuv3ajs
>>130
そりゃ結果論だよ
ぶっちゃけ徳川260年の最後の60年くらいは幕藩体制も制度疲労で
もうグダグダの末期症状だったんだから、
豊臣政権が足利幕府式に脆弱ながらも150年か200年弱続いてたら、
近代に入ってからの結果はあんまり変わんなかったような気がする。
経済的にも政治的にも今よりずっと西高東低ではあっただろうし、
関東・東北が文化的も政治的にも独立性が強い地域になっただろうけど。
日本は島国だし言語の問題が深刻じゃないから、西欧みたいな
小国分裂状態にはならないし。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 13:04:09 ID:TntO16PJ
いまいちわからn

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 13:54:02 ID:ncZWBxjX
>>132
近代に入るまでも何も、そこまで保たないだろ。

薩長といった外様の力を削りきれなかったのが幕府崩壊の原因。

ましてや、西軍の大名が残ったままなら徳川の天下は何十年も保たずに崩壊したと思われる。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 16:12:38 ID:lui6DPB8
>>134
持たないと思えば一つずつ潰していくだけだろ、常識的に考えて。
西軍大名が残ったまま歴史が進むとは限らんし、その可能性の方が少ない。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 19:25:16 ID:ncZWBxjX
関ヶ原の戦いにより家康自身の直轄領は250万石から400万石に増えて、
幕府は「旗本八万騎」という強力な軍事力を擁するようになった。
更には江戸から近い要所に親藩・譜代を、
参勤交代で金が多く掛かる遠国に外様を配置する巧みな領地換えを行った。
外様は従いたくなくても幕府の圧倒的軍事力と参勤交代による金欠により従わざるを得なかった。
この状況が幕末まで続くわけだろ?(それでも結局は外様に潰されるわけだが)

でも徳川家が江戸周辺250万石の一大名で残りは全部他大名という状況のままだったら、
恐らく誰も参勤交代など従わなかっただろう。
それどころか他大名が結託したら幕府など一発で潰れたんじゃないか。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 19:38:33 ID:KmqTgFa5
>>134
薩長が飛躍したのはほぼ100%商人への大量の借金を踏み倒したから。
ただそれだけの話し。実は薩長もそんなに経済改革は成功してない。
確か薩摩は150年分割払い、長州は37年据え置きだったか。
そんなインチキをして強引に商人からの超高額の借金を踏み倒した。
そんなのは幕府にとっても予想できない出来事だ。
えらそうに「何故、薩長は倒幕に成功しえる力をつけたのか」とか
ご高説を垂れる奴がいるがそんなのは単なる勘違いでしかない。
それと幕府の外様統制も本来は完璧だったが、そんなインチキな裏技には
対応できなかっただけ。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 19:43:13 ID:KmqTgFa5
あと江戸幕府がニ百六十年程度で倒れたのは日本人にとってもラッキーだった。
もしもそれからも続いてたら日本は列強の植民地になってただろう。
大政奉還で徳川家はじめ幕府側の人間が殺されることもほとんとなく、
極めてご機嫌な政権交代だった。

ただ、面白いのは身分の高い人間は助かり
新撰組とか赤報隊とか下賎の人間が責任を押し付けられ
殺されるのはいかにも談合社会の日本らしい。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 19:49:11 ID:hVQb28dy
>>137
薩摩は250年無利子分割払いだった気がする
本来なら今でも払い続けてるはずだw
結局明治維新のどさくさに無効にしちゃったが…

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 19:53:31 ID:TntO16PJ
芝さんハケーン

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 20:08:08 ID:7ysCvlSh
明治維新や革命など大規模な政変で政治体制が変わったら、
どこの国でも債権や借金は回収不可能でパーになるもんだよ。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/29(金) 17:54:20 ID:BTpgYizb
>>139
無効ではない。
廃藩置県で債務をすべて新政府が引き継いだ。
これは薩摩だけじゃなく、すべての藩に対してやった。
あと薩摩は倹約の家老が密貿易、黒砂糖、偽銭鋳造(これについては他藩もやってるが)で絞り出した百万両が倒幕に使われた。
けど倹約家老は失脚させられたけどな。250年分割もこの家老の施策の一つ。

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/29(金) 22:31:10 ID:7FhEmFGH
>>142
で、失脚させたら、「あれはあいつの独断でやったことで我々には関係ないです」
というのが田舎クオリティ。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 21:05:43 ID:RVIor5Xn
今更だが>>94>>102
意見ちがくない?どっちなのよ

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 01:27:04 ID:0U2HrpXa
利家は勝家を裏切ったから秀吉じゃなく信長が相手なら
あの時に切腹させられていたのだ 
生前本気で家康から秀頼を守る気があったのかどうか
はなはだ怪しくもし負けると思えば秀頼なんて簡単に
見捨てるよ

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 05:39:34 ID:ho6G5g4C
>>143
踏み倒したのは新政府。
そこまで諸藩を追い詰めた幕府が続くとも思えんが。
逆にその債権を英仏などに買われてたら、第二のインドになってたな。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 06:34:10 ID:HrDgm6qI
利家が脇役の小説はおまつの不倫が萌えるね。
一夢庵風流記とか、加賀芳春記とか。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 07:35:59 ID:DAvJ5YCv
>>144
>>94の方は少なくともソースになる
URLが書いてあるから、
そっちの方が優勢だと思うけど。

>>146
でも、薩摩・長州も実質、踏み倒しも同然の方法にしてるぞ。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 09:53:33 ID:/RQTpPaQ
>>142-143
どっちも微妙に違う。
新政府は旧藩の債務は『原則』は引継ぎを行ってちゃんと返済はしたけれど、天保以前の債務は「証拠としての信頼性がが欠ける」として却下とした。
しかも旧藩債務は基本的に天保以前の債務の繰り延べだったから結果的にほとんど踏み倒し。
それでも新政府の財政を一時傾かせるほどの莫大な債務が圧し掛かった訳だが。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 13:38:38 ID:4NCLfbiC
>>149
それで各大名は大喜びで版籍奉還したんだよな。
「これでもう貧乏しなくてすむ!」ってw

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 19:16:04 ID:DAvJ5YCv
>>150
ただし、島津久光は廃藩置県に怒ったという逸話があるが。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 19:40:17 ID:4NCLfbiC
>>151
久光は 権力>>>>>財力 の、大名の中では珍しいタイプだからね。
一所懸命の武士の心を最後まで持ち続けていたと言うか。
逆に言えば久光くらいしか怒らなかったほど、大名は領主権に拘らなかった。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 03:09:16 ID:MzgvdafT
それを読み切って、財を成し、藩の会社を買い取って大坂に打って出た、
のが岩崎弥太郎であり。
三菱誕生の礎は、暴落した藩債権、藩札の買い占め。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 03:16:33 ID:MzgvdafT
>>152
たしか幕末動乱期以前に、
「もうやだ!!!」
って領地返上しようとした小大名が出てきてた位だしな。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 22:56:07 ID:1U7P20mh
>147
ああ、まつが慶次にヤられちゃう話ね。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 03:14:39 ID:gsfnTnGI
>>155
どっちかっつーと、まつが慶次をやっちまう側の不倫だが。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 18:09:46 ID:Y/65FAVp
加賀芳春記ってのも慶次がお相手なのか

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 18:34:09 ID:gsfnTnGI
>>157
いや、利家病死の前後に家康の暗殺を計画したといわれるタカ派家臣、片山伊賀守延高を
ほとんどオリキャラに仕立て上げて、なんだかわからない平和のための戦いやらなんやらのために
前田家とまつは頑張りました、というストーリーにしたオナニー小説。

まつとは精神的な不倫。
だけど、病気の利家の好戦的な態度に愛想をつかして、
平和主義の延高に会うために花をたもとにしこんで、
利家が気付いて皮肉を言ったり、最後は嫉妬した利家が、
自分の死の際に延高に褒美として殉死を命じてまつが逆切れしたり
浮気・プチ修羅場小説としては面白いかもw

歴史小説としてははてしなくどうでもいい出来。
「一万石で二千人の兵が養えるとして、徳川と前田家では三十四万人の兵力差がある」
などぶっとびの記述が満載。


159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 22:37:25 ID:AQGggsuz
>「一万石で二千人の兵が養えるとして、徳川と前田家では三十四万人の兵力差がある」
すげーw


160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 00:26:05 ID:v9iCUALq
兵力ではなく人口としても一万石=二千人はおかしいよな。
どこからその数字持ってきたんだろう…?

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 00:08:10 ID:BMh1R9vN
がんばって一万石=七百人がせいぜいだろうに。
鉄砲とか大砲とか高額な兵器が主力になっていくと、動員可能兵力も激減してくけどな。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 14:38:57 ID:9Xu/1Zd2
動員可能兵力も激減するが、必要兵力も減るからな。
槍足軽なら1万必要だ、という戦況で鉄砲隊が1万も必要なわけではないし

163 :名無し募集中。。。:2006/11/05(日) 12:53:31 ID:yZ1yejLP
>>50
はははは都会だった頃からそうやったんか

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 22:06:09 ID:MFRR0W8E
徳川宗家 400万石
伊達家  200万石
前田家  100万石

実高な

前田家は参勤交代で浪費

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 00:15:32 ID:2DxpHq6q
伊達厨って本当に痛いなぁ
前田家約150万石
伊達家約110万石
毛利家約100万石
大体当時の米は現代の米とは違って、寒い地方じゃそんなに採れない。


166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 02:49:01 ID:DFgBkcQg
金沢もかなり寒い上に積雪量は仙台どころではないのだが。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 14:35:43 ID:2DxpHq6q
ほう。
冬の気温と年平均気温をみてみたら?


168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 23:51:50 ID:8s3sBvIY
>>166
積雪の時期に米は植えてないだろw

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 21:19:38 ID:rfGbqc7a
金沢はぶっちゃけ夏は暑いし冬は寒くて極端だよな。
金沢城は公園になってて人々がマターリしてたw

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 04:50:10 ID:s2341zdN
取れ高は米だけでは無いのでは?

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 02:10:45 ID:0+aBCJH+
>>170
まさかw

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 02:01:56 ID:BdCCR+s9
>>49
けっこう洒落のセンスのある人だったんだな 利家

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 02:05:54 ID:BdCCR+s9
>>62
サクセスストーリーなら
尾張中村の百姓から天下人になった人が
すぐ隣にいるんですが?


自分は好きだけどね 利家

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 02:12:35 ID:c9mg8A0p
能力的には毛利輝元と近い武将だな。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 02:15:14 ID:9Bxf0Cap
>>171
>>164は実高だって言ってるんだから米だけじゃないだろう。

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 02:30:06 ID:BdCCR+s9
>>134
薩長というと なんか板違いに聞こえるけど
ようするに島津と毛利の勢力なんだよな

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 02:44:10 ID:BdCCR+s9
>>168
むしろ
越後みたいに積雪の多い地域のほうが
水が豊富で米がうまいんじゃないのか?

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 09:51:37 ID:+U8WKcHh
>>174
おまえはゲームのしすぎ。
毛利を衰退させた輝本と一代で100万石の基礎を作った利家を一緒にすんな。


179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 10:05:03 ID:f4lQJqcS
利家と一緒にされたんじゃ輝元がかわいそうだ!

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 22:04:07 ID:s/cB3R0M
はいはい。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 02:06:45 ID:prVrAEiR
さすがに輝元じゃな・・・。
政治的に輝元が頑張ったのは事実だが、
それだって利家より上回るようなものじゃない。

比較対象がそれこそ上の政宗とかならともかく。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 23:06:49 ID:vh5kzky+
上杉景勝は?

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 23:09:13 ID:12fY1oJo
利家はヘタレ

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 23:26:56 ID:prVrAEiR
政治面では利家だけど、景勝は一応合戦の方ではそこそこ頑張ってるから
軍事面では景勝の方が上かも。

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 23:37:36 ID:12fY1oJo
まぁ政治っつても賤ヶ岳のどさくさで裏切って秀吉に取り立てられただけで、
やったことは小早川秀秋と大して違わないんだけどな。
比較対象が景勝だからレベルが低すぎる

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 23:50:13 ID:O/47Mx8y
まぁ利家も柴田方の兵隊を殺しまくったって事なら非難されてただろうが。


187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 23:55:51 ID:12fY1oJo
まぁ家臣が必死に言い訳してるとこ見ると当時でも褒められた行動じゃなかったみたいだけど


188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 23:56:35 ID:U+KXfpHL
>>164
>>165
そういうのよく目にするが
それだと関ヶ原以前からの譜代大名や親藩大名は徳川家来といっていいだろ

大名家のは家来の俸禄も合わせて入れるが、徳川はごく近い家来でも
大身だとあわせ無いって成ってるが、これはおかしくないか?

189 :◆wfGsWQJm.U :2006/11/13(月) 00:10:40 ID:KVIrBY2O
そう

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 01:11:57 ID:OrUW5Y81
実際利家のときは70万石くらいだったんだろ?利長の時に100万石になったと思うのだが・・


191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 10:13:42 ID:AH0R2d16
誤解してる奴が多いな
利家が隠居したときすでに100万石は超えてた(102万石)
長男に81万石、次男に21万石と振り分けてたの
最近は長男の81万石を前田家の全石高だと思ってる奴多すぎだね
関ヶ原で豊臣派の次男の21万石は召し上げられて長男の恩賞になり
さらに家康との約束どおり前田が攻め取った分の領地20万石も加増
これで122万石の大藩になったわけだ


192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 13:42:20 ID:CkPF7L88
>>186
寝返った直後に秀吉に忠誠示す為
必死に北ノ庄に攻めかかったが。
まあ、寝返った奴を先鋒にするのは常識だけどさ

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 15:16:56 ID:aDR0hGvN
利家は恩義ある柴田を裏切って秀吉に尻尾を振り。
ついでに賤ヶ岳の敗因をすべて佐久間盛政に押し付けた。
秀吉が死んで後、重要な局面であるにも関わらずあっけなく死亡。
それで後世の評価は「律義者」。皮肉以外の何物でもないな。
その上、子の利長は大恩ある豊臣をさっさと見捨てて家康に尻尾を振ってるし。


194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 15:26:24 ID:FZ9/A5xK
最近無知が増えたね
戦国板だからニワカが多いのか?

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 15:31:27 ID:4Md2OhsR
知識のない者が書き込んではいけないのか
すげー掲示板だなw

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 15:51:06 ID:+Yb+ArKH
前田利家の武功である「春日堤の一本槍」は史実なんだろうか?
あれで一万石の褒賞が信長から出たというけど、信長公記には記録が無い…

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 15:54:06 ID:glnOCdma
知識が無くても書き込んではいいとは思うが知識が無いくせに物事を決め付けてる書き込みをする輩が最近多いんだよ、このスレ以外でも。
逸話と史実とが混同しちまってる。
それはまだマシな方で酷いのになると己個人の勝手な想像による書き込み。
己個人の勝手な想像のくせして書き込みは「〜だと思う。」ではなくて「〜だった。」と断定してんのな。
戦国時代板に書き込みに来る前に最低ウィキペディアで確認してから来い、と。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 15:58:49 ID:aDR0hGvN
>ウィキペディア

 ( ゚д゚)
__(__っ/ ̄ ̄ ̄/驕Q
   \/   /

  ( ゚д゚ )
__(__っ/ ̄ ̄ ̄/驕Q
   \/   /

199 :196:2006/11/13(月) 16:03:46 ID:+Yb+ArKH
×春日堤→○春日井堤

200 ::2006/11/13(月) 18:41:40 ID:PPURyQnu
金沢いきてーーー



201 ::2006/11/13(月) 18:45:22 ID:PPURyQnu
前田家って意外とジミー金沢とか橋ジャンおもんねーなー



202 ::2006/11/13(月) 18:51:06 ID:PPURyQnu
ヤッホー金沢最高100万石って意外と少ないけどジミーな前田家にはちょうどいいんじゃねえか
武将少ないしあまりだらけだな。いいなあーうらやましいよー



203 :TAB ◆wfGsWQJm.U :2006/11/13(月) 18:54:10 ID:FrG1oMGR
んhんh

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 19:17:13 ID:gG8TSdYc
>>194無知とはどこを指して言ってるんだ?

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 22:00:28 ID:5lBvTfzs
花の慶次読んでるけどマジでオモシロス
いつもソロバン持ち歩く利家がいい
俺は一度も愛された事ないのに!
と慶次に泣き付くシーンに感動した
是非大河でやって欲しい

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 22:22:49 ID:ILSiLwQm
慶次の利家は酷すぎるという書き込みが多いが
私はあのへたれの利家に萌えた。
利家が死んだと知らされた時は泣いた。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 23:28:41 ID:t700VdQz
花の慶次のやりすぎたアレンジをマイルドにすると戦国BASARA

BASARAの前田家最高

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 01:50:59 ID:PVdyzPBr
前田利家という史実の人物としてどうか?ってのだとまぁ色々あるだろうが、
あの漫画における利家というキャラクターは羨ましいほどにおいしいキャラだったw
主馬とのタッグでさらに最高w

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 12:18:44 ID:d0T+W5NW
どの漫画や小説でも利家は地味と言うかほとんど出番がないが
花の慶次はキャラが立ってたな

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 22:56:20 ID:En5g+GAF
今まで知名度が低かったからな。
信長&秀吉との関係や織田家臣団時代の武勇伝などを考えると
美味しいポジションだよな。
年表を飾る華々しさは無いけど、利家をからめると信長&秀吉らの今までになかった人間臭さが
分かってくる感じがする。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 15:34:51 ID:HL8Z7sCN
慶次って男色?

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 17:35:18 ID:nabZ995B
利家の武勇伝てたいしたの無くね?ただの優柔不断な金魚のフンだよ。百万石おめでとう。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 18:47:44 ID:6xoIh/jY
優柔不断は間違ってるな

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 19:14:53 ID:ZetBSv8N
優柔不断なわけではなくて、
上からの命令ではなくて自分で考え、責任を取る生後とに対して
徹頭徹尾やる気がない、ホントもうすがすがしいくらいに責任ある立場に立たない人間。
サラリーマンの鏡。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 19:43:32 ID:b/AlnTJE
>>211
当時の武士は全員そうだが。

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 20:12:55 ID:seaFtnuA
個人の武勇伝なら稲生合戦以来、多数ある
しかし指揮官としてはちょっと目立った合戦がないな
賎ヶ岳の無断撤退は裏切りとしても徹底を欠いていたし
末森の後巻きは史実としては別に特筆するものではない(直後に別の城落とされてるし)

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 22:19:48 ID:cBh0hcWk
まぁ、北陸に勝家の余力として派遣されるまでは、
かなり長い間、信長の馬廻り&親衛隊長として一緒に戦場にいたからな。
初めから立場が違う。
利家もそういう立場でこそ適職だったんだろ。信長は良く分かってた。
司令官うんぬんも別に失態もしてないし、命令された仕事は確実にこなしてた。

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 22:27:45 ID:6xoIh/jY
対北条戦で利家は北陸軍総大将として城を落としていったが、
城主を切腹させなかったことで秀吉からお咎めを受けてなかったけ?

大事じゃないからいいけど

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 22:49:07 ID:H3SZnw0B
短気な秀吉は相手を殺さなきゃ気がすまなかったらしいね。
利家は殺さずに済めばそれでいい、と思ってたんだろうね。
利家の立場だからこそできる判断だったな。
そのおかげで命を落とさずに済んだ武将が一体どれだけいる事か。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 02:42:00 ID:bR8i3fA2
賤ヶ岳で味方をメチャクチャにしたやつが、敵の武将を殺さなかったとかいうエピソード聞いても共感出来ないよ。

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 18:37:40 ID:HMrYg98l
まあ、できることはやる。できないならやらない
自分の器を知っての采配じゃないでしょうか。

本人も共感や敬愛されることなんて二の次だろうし。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 21:29:40 ID:du6zQPna
利長は家康が豊臣家を潰そうとした場合
豊臣家につくつもりだったらしいね
当主利常は徳川派として戦わせ家を残させ
自分は隠居領から兵4000を連れ大阪城に入るつもりだったとか
関ヶ原後も利長は羽柴を名乗り家康はそれを憎らしく思ってて
利長を呼ぶときは羽柴と呼ばず越中中納言殿と呼んでいたらしい
まあ利長は大阪の陣のちょっと前に死ぬが
これをやっていれば前田家のイメージも少し違っていたんじゃないかな

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 23:40:31 ID:2EBwybNy
>>220
お前の信用にたる(好きな)武将って誰?
戦国時代に裏切りも虐殺もしないでのしあがった奴がいたら教えてくれ。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 08:45:11 ID:O5OoEF75
>>223戦の最中の裏切りは数える程でしょ。一言で言えば最低です。

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 09:12:58 ID:Cbz1WeRa
最低じゃないよう。
小早川秀秋くらいだよう。
大恩ある相手を一番大事な戦いの最中に裏切っただけじゃないか。

226 :いぬちよ:2006/11/21(火) 09:14:54 ID:AVeCqIRh
裏切ったんじゃない。表返ったんだよ!

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 09:29:53 ID:OuH//4hL
前田は信長の命令で柴田についていただけで、柴田の手下ではない
お互い独立した大名だからね、信長が死んだらあとはどう動こうと前田の自由なんだよ

賤ヶ岳も裏切りというか柴田が秀吉にびびり砦から出ないことに失望し
これ以上柴田についていては破滅すると思い離脱しただけ、味方を攻撃はしてない
もともと柴田につくつもりはなかったが能登の周りを柴田勢に固められ恫喝され
仕方なくの出陣だし、佐久間の突出も秀吉軍にびびりまくり
引きこもっている柴田を前線にもってこようとする佐久間の策だしね
賤ヶ岳のことではよく前田や佐久間が戦犯扱いされるが
真の戦犯は柴田本人だよ、その後の秀吉との戦で柴田軍がろくに抵抗せず
蜘蛛の子を散らすように逃げたのを見れば、いかに柴田が秀吉にびびってたか
わかるだろw



228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 09:51:51 ID:t3XozyBm
秀吉厨は一番頭いいな。

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 11:51:14 ID:pWqUc39q
エピソードが一番あるから楽しいだろうからな

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 13:23:22 ID:bTakoG5s
>>227
それだと初めから裏切るつもりで勝家を騙していた事になるが…

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 15:48:05 ID:D/C/F1Cj
>>230
>>227じゃないけど、そうじゃないか?て思ってる。

利家含め停戦和議を結びに行った三人とも賎ヶ岳で離脱してるし。その割に加増も多い気がする。

裏で内通でもしてたんじゃないかな。
内通とはいかなくても秀吉は情でほだしてみたり、恩賞をちらつかせたりしてただろうな。

ああ全部妄想だけどさ。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 21:28:54 ID:AopmimgO
利家が秀吉と戦わなきゃいけない理由がもともと無いからな。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 22:00:16 ID:bf9crYGB
>>227
とりあえず利家が丹羽らのように初めっから秀吉についていたのであれば、
誰に文句言われる筋でもないんじゃない?
ただ合戦始まってからしかも、危機に陥ってから裏切るのは良い事では無いな。
正直言って、これについて言えば小早川秀秋より酷い。

だから俺は前田利家に関して言えば律儀と言う点に関しては微塵も信用しちゃいないが、
現実的な計算のできる男と言う点では評価してる。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 23:33:29 ID:whMrw1lP
>>233
位置的に最初から旗幟を鮮明にするのは無理だろ。

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 00:14:47 ID:WP0caE+h
丹羽160万余石のお隣に前田85万石
があってしかも対上杉の最前線な上
一向一揆の本場
そして丹羽には前田は最前線で使い捨ての駒
だから信用するなって意味合いの手紙を出してるな秀吉。
最初の頃は信用してない様子がありありと窺える。 

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 00:16:27 ID:+JCv/V8C
>>234
そうか?この時期の利家って能登にいたはずだから、
本気で中立なら篭ってりゃそれこそ手は出せないと思うが。

下手に攻めあぐねれば秀吉にそれこそ実権を奪われてしまうし、
上杉景勝も信長亡き後、果敢に勢力を伸ばしてる中だし。

そういう意味でも上で言ってるようにお互い独立した大名と言えるよ。
その中ではっきりと柴田軍として出陣しておきながらその言い訳は通じないと思う。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 00:26:31 ID:ZUpW4Bz4
逆説の日本史でも読んでアホになったのか。

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 07:14:27 ID:aB3dia0K
>>237誰に言ってんのか分からん。

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 11:11:16 ID:gYGP+lKC
どっちにつくのが悪いだのは別として、小早川秀秋のアレより重い動きだったな。

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 17:05:06 ID:B8jrbCY5
俺は秀吉勝利のための台本通りの裏切り、のほうがしたたかでかっこいいと思うけどな。

もちろん利家は後ろめたくて最後に勝家に詫びを入れるんだけど

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 18:19:11 ID:vnOSy2sL
柴田勝家は利家に感謝の言葉をいい、人質(マア姫)も無傷で返してる現実を無視するな
この二人には俺たちにはわからない何かがあったんだよ
そうでなきゃ裏切り逃げた利家に感謝の言葉なんか言うわけない
人質を無傷で返すわけない
その後、利家がこの裏切りについて誰かに罵倒されたという話も聞かないし
のちに律義者と呼ばれるなどやはり摩訶不思議な展開だ
この前田の離脱劇には何か裏があるんだよ、俺たちには理解できない何かがね

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 18:42:32 ID:gYGP+lKC
あと時はもう勝ちだとか負けだとか頭になかったんでしょうね。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 19:06:34 ID:aB3dia0K
>>241勝家が人質に手を出せば勝家の名は地に落ちる。利家の事を考えてではないと思う。あと、府中城での勝家と利家のやりとりは話半分に受けとめておくべきだろう。

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 19:21:33 ID:W3tzBrVy
勝家は利家の裏切りを知らなかったんだよ
利家に何食わぬ顔で迎え入れられて無惨なほどお人よしの勝家は
最後まで尽くしてくれて有難う、と涙ながらに礼まで言って去って行った
その裏では利家と家臣らが
勝家の首取って差し出せば秀吉の覚えがいいのではないか?
いや、それでは世間体が悪いだろ
とか話し合っていたとも知らず

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 19:22:55 ID:lFtL/tVq
そこまで勝家が嫌いなのかw
別に手を出しても名落ちねえw

まあ昔の話なんてどうとでもとれるけどw

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 19:26:02 ID:gYGP+lKC
前田家譜だっけ?そのお話。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 19:28:12 ID:vnOSy2sL
戦場で「前田殿裏切り〜」と大勢の人間が声を上げていたはずだが
それを勝家が知らないわけないだろう。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 19:50:55 ID:W3tzBrVy
>>246
うん、家譜にはそう書いてある

>>247
そんなの言うわけないじゃんw
別に利家は寝返って柴田勢を攻撃したわけじゃない
勝手に戦線離脱しただけ
豊臣勢の追撃受けながら逃げたわけだし
柴田勢からみれば逃げたとしか思えない
寝返ったの知ってれば僅かな供廻りと裏切り者の城に入る馬鹿もおるまい

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 22:11:42 ID:OOUfhHFO
>>217
親衛隊長といえば

史実の趙雲(劉備の親衛隊長)って大したことやってないだよね
(優秀ではあったらしいけど(優秀じゃないなら親衛隊長なんかなれないだろうし))

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 22:15:23 ID:GN8jCCIq
あの戦いは地の利を利用して、半分脅されて味方にされたんだろ。
「柴田+滝川+信孝」と「秀吉+信雄+その他」の争いに無理矢理巻き込まれた感がある。
府中へやってきた勝家が、戦線離脱した利家に「付き合ってくれてありがとう」くらいの礼を言ったとしてもおかしくない。
既に老いていた昔馴染みで人のいい勝家なら、それぐらい言いそうだ。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 22:17:34 ID:OOUfhHFO
>>233
>現実的な計算のできる男と言う点では評価してる。

こういう人達がいなくなったおかげで
第二次大戦のときの日米戦争はひどいことになったよ

硫黄島玉砕 戦艦大和出撃 沖縄地上戦 神風特攻


252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 22:24:01 ID:OOUfhHFO
詐欺は犯罪だけど
せっかく出資してもらってがんばってやってみたけど 事業は失敗しちゃった
は違法ではない

利家は後者だったんだろ
出資した(期待した)勝家があほ


253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 23:01:33 ID:5A+iPrKI
>>235
秀吉体制での丹羽家の所領は越前一国と加賀半国しか確認されていず、
実際は60万石だったらしいよ。

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 23:03:42 ID:LH2e7CxV
利家と勝家は浪人時代からの長い付き合い
さらに秀吉とも若いころからの長い付き合いで娘を養女に出している親密関係
どちらも大切な友だったのは間違いない
いろいろあったが勝家も秀吉も最後の最後まで利家と仲が良かった
それでいいじゃないか。


255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 23:08:53 ID:rc81dgN0
>>251
それは例としておかしいな。
むしろそれらは財界の保身の為の犠牲なわけだし。
計算してる方だろ。

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 01:00:54 ID:VqbDHD0t
この人が律儀者など言われるようになったのはなぜですか?

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 06:12:47 ID:a3lECUde
律儀者だったから

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 06:45:34 ID:04rwrkmS
秀吉にとっては律義者だったからだろう。
家康も1599年で死んでれば律義者だったと思うよw

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 12:30:34 ID:QlceUBUD
>>252
期待するもなにも、味方でしょうがw
裏切ると分かっていたらどうすれば良いんだ?w

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 16:44:07 ID:VqbDHD0t
サッカーの試合でいうなら、柴田チームが劣勢を盛り返し同点に追い付いたと思った瞬間、選手の一人(利家)が勝手に帰っちゃった感じ?

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 17:59:49 ID:QlceUBUD
さすがに秀吉の本体も疲れてる。

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 18:41:43 ID:0NE/xu99
>>260
足痛めた とか言って負傷退場になった感じ

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 19:27:16 ID:8634HGUU
後半ロスタイムで0-0
柴田チームは盛政と勝政の2TOPで猛攻激
そこでこぼれ玉を羽柴チームがカウンター
羽柴チームFW3人が上がり柴田チームのDFは前田、不破、金森の3人

前田「用事できたから帰るわ」
不破&金森「じゃあ俺らも…」
勝家(GK)「ちょwww」

て感じかと

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 19:49:54 ID:BfIqACMV
勝家は前田の参戦について「いるだけでいいんでついてきてほしい」と言ったらしいね
前田は秀吉との戦を嫌い断ろうとしたが、「秀吉軍を威嚇するだけでいいんで」と何度も頼み込まれたらしい
普段は前田と柴田に上下関係はなく、戦のときは前田が柴田の配下になるのが織田家の決まりだったらしい
そして砦から出ず、突出した佐久間を戻そうとしてたのは、全面戦争になったら前田たちが逃げてしまうとの思いがあったようだ
だから敗戦後、柴田は前田に自分の力が至らなかったといい前田に感謝の言葉を言ったんだってよ
なるほどこれならすべて納得だね。

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 20:57:03 ID:7mRV7bO/
どのみちもう老いていて野心とかも無かったんだよ勝家は。
秀吉との意地の張り合いみたいなもんだろ。
それより佐々って何で戦に参加してないの?

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 21:04:32 ID:8634HGUU
上杉と交戦中だから動けないよ
佐々が国空けたら柴田勢は秀吉と戦してる場合じゃなくなる

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 21:17:12 ID:SKOwiYGQ
>>264
それ前田家だけが自分で言っているウソwwwww

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 21:25:21 ID:7mRV7bO/
>>267
嘘かどうかは闇の中。

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 21:53:06 ID:QlceUBUD
しかし、多くの功績を残しながら、滅ぼされた者たちの言葉を採取するのは難しかった。
一例をあげれば、柴田勝家である。
織田家の宿老として、豪快な戦ぶりが賞賛されるが、秀吉に攻められて自刃したため、残った言葉は実に少ない。
北ノ庄城に滅びる際の言葉をやっと見出したのは、キリシタン史料からだった。

楠戸義昭

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 22:03:36 ID:MwFcnSHL
>>263
勝家は監督じゃないの?

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 08:47:35 ID:tQBHzZ2C
>>270
監督兼GK

市の三姫を保護したのは誰だっけ?

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 11:33:39 ID:Swh3zmqX
加賀藩初代藩主はどう考えても利長でしょ

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 21:09:16 ID:XH69Ubts
江戸時代初期も安土桃山時代も、加賀藩なんて言葉は無い。
中期になって一部の人たちは「藩」を使っていたようだが一般的では無い。
当時普通は「〜大名家」もしくは「〜家中」と言っていた。自分の国のことは「家中」「お国」と言っていた。
だから「加賀藩主」なんて言葉は無く「前田家」で言い訳で、初代当主は前田利家。


274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 21:15:02 ID:qvrwgYDt
一般的にないだけなのか、言葉が存在しないのか。
どっちなんだろう。

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 21:50:43 ID:XH69Ubts
藩とは一部の儒教学者だけが使ってた言葉。
一般人は殆ど知らなかった。
家士が身元を名乗る場合、例えば「前田加賀守家来なに某」と言います。
あくまで前田家の家臣ですから、「加賀藩士なに某」とは言いません。

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 23:39:50 ID:YTZSV7Xa
>>256
物書き小瀬甫庵を雇い入れたからだよ
池田大作先生が諸外国で勲章貰ってくるのと一緒

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 00:03:13 ID:smfOe8LZ
池田犬作先生と一緒と言うことは
利家も腐れ気狂いなのか?

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 15:10:03 ID:qNWtVwAC
>>275
「藩」という呼び方はは江戸中期から一般的に使われはじめ、
幕末あたりはかなり普及してた。

とはいえ皮肉な事に「藩」が正式名称になったのは
大政奉還と廃藩置県は間の4年程度の出来事。

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 19:08:44 ID:55p1md79
>>276-277
何が悔しいのか知らんが、歴史なんて全て勝者の理屈だろ。
例えば佐々なんて負け犬代表。

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 19:22:32 ID:ltsv3ALn
「佐々なんて負け犬」

なるほど、そう言わすために勝者は歴史を創ったのですよね。

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 22:56:04 ID:9N9bX7Hn
>280
>279さん釣れましたよ。

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 07:36:23 ID:Ig2B9LO5
>>279じゃないけど歴史をそういう風に曲解するのは有り無しなら有りじゃないか?
ってか成政に関しては曲解ってほどか?

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 21:10:00 ID:lrak9Xvn
前田に絡んでくるのは佐々オタって事だと。

284 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 00:38:08 ID:5Pbr/LsS
>>282
太閤記に関していえば前田家よりに書かれてたと見てもらっていい
末森戦あたりは最初から前田が官職の筑前守、佐々が通称の内蔵助で書かれてる
実際は逆で末森戦当時は佐々が官職持ち、前田は当時無位無官。

作者本人は信長髑髏酒にわざわざ佐々をフィクションお諌め役に使うくらいなんだから
悪感情事態はないと思う

285 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 20:55:03 ID:r6Iz+3N7
昔の史書なんだから変遷はあって当たり前。
信長公記の一部だって信憑性があると言われてたのがずっと前田家所蔵のものだってあったんだし。

286 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 23:50:53 ID:tlM2OHOg
信長髑髏酒ってフィクションなのか、知らなかった

287 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 00:18:29 ID:xC8alqh2
前田利長は婿とは言え何で信長の字を利の下に置いてるんだろう

288 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 00:45:48 ID:nhgMj76J
>>286
その部分に関しては関係ないんじゃない?

公記の中でも信用に足る部分と微妙な部分があるというだけ。

289 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 11:20:18 ID:JwY4QCCB
金色髑髏の酒宴のあと、成政が信長を諌めた話って太閤記だったか。
中国の論語を引用して説いたって話だけど何だったっけなあ…。

290 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 00:04:37 ID:4/0Kc2CS
>289
成政が言ったってのも嘘っぽいな。

291 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 01:12:01 ID:Ua+7eCbR
金色髑髏が行われたかどうかという点では公記にもあるけど、
成政が〜ってのは知らない。太閤記だけかも。

怪しい・・・。しかも論語で?

292 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 13:25:58 ID:/pgiy7+I
適当なレス付けてすまない。
調べ直したら「金色髑髏での酒宴を成政が中国の故事を引いて諌めたため、喜んだ信長は成政を別室に招いて夜通し政治を論じあった」
(甫庵信長記)

だった。まあ、甫庵に関しては貶てない。

293 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 22:23:07 ID:3UFB8isT
信長は、中国の故事に詳しくないと思う。
岐阜だって入れ知恵だろ?

佐々はさらに知らなそうだけど。

294 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 22:26:57 ID:LLqMI+Tx
佐々どうでもいいです。

295 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 23:49:43 ID:lP6D5bJp
>>276-277
利家の側室 利常の母 千代母が日蓮狂いで有名
息子の三代目藩主は加賀に文化人を招き芸術文化の発展を促進し金沢ルネサンスを起こした
利常の妻である徳川秀忠の娘も熱心な日蓮宗信者で
肖像画には南無妙法蓮華経と書いてある

296 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 23:53:47 ID:oUdRCJxr
家康に毒殺されたの?

297 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 23:55:34 ID:lP6D5bJp
>>296
家康=プーチン
歴代服部半蔵=歴代KGB(FSB)長官

あの頃って 不信な病死とかが多いね

298 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 00:45:21 ID:BjUwa/7f
間者を使って毒殺なんて当たり前だったのかな?伊達政宗なんかは凄い警備をしてたのかもな。

299 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 11:15:14 ID:N8xsAuMo
前田にも加賀忍軍がいるじゃない。
詳しく知りたいけどどんな史料があるかわからない。
いや、詳しく残ってたら駄目なんだけど

300 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 11:36:38 ID:uUhnLGtq
主馬たんキター?

301 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 17:49:45 ID:LsmnxRqJ
加賀忍軍って
結局は滝川の残党だろ

302 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 19:01:04 ID:RhHiRYyV
>>299
そんなのいるのか?
「花の慶次」に出てきただけだと思うが?

303 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 22:50:50 ID:kLVhb4tG
利家は秀吉存命時から既に病気の兆候があったらしい記述がなかったっけ?
だとしたらいくら家康でも、秀吉が死ぬ前から利家に手を回すとかあり得ないだろ。

304 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/09(土) 23:18:43 ID:WOnBj3wS
確か本能寺の変のあったとき、甲賀の忍者を使って、能登一円の寺を焼かせまくってたな。

305 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 08:50:39 ID:doH9WbA/
陪臣あがりの外様大名って少ないよね?
それで最大石高なんだから、よっぽど世渡り上手だったのだろう
当然それ相応の実力も持ち合わせていたのだろうが大河の題材にするにはネタ不足に思われた
徳川三代ならぬ信長→秀吉→家康の天下取り三代みたいだった

306 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 16:57:37 ID:ZovWSKdx
利家は信長から勝家につけられた与力だろ
陪臣とは違う

307 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 17:40:26 ID:vX4t131b
>>303
利家が死ぬ前年四月から、内蔵疾患と思われる症状が出てたらしい。

秀吉が存命中に利家に自ら料理し、持て成そうとしたが利家は「虫持ち病に候」と断った。という話もあるし。

308 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 22:07:56 ID:sZiJo2eM
それは毒殺を避けたためだったりいて・・・

309 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 23:44:12 ID:ZpH6ObWv
たれか、利家が武生城主だった頃に詳しいひといませんか?

310 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 02:08:24 ID:Ctk0cr2l
>>308
果てしなくありうるが、実際すぐ死んでるのを見る限り、調子が悪いのも嘘ではなかったっぽい。

311 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 19:03:27 ID:Tkc1EYiB
利家が無能なら
棚ぼた金メダルの荒川も無能ということになる

312 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 20:24:03 ID:DNV9HK/t
荒川は試合に対して真っ向から勝負している。
利家を筆頭に前田家はと言うと…。なんだかんだと理由をつけて逃げてばっかりじゃん。自家保存に関しては前田家は優れてるよ。

313 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 21:13:11 ID:3qLzL8hr
まあ当時の戦国大名にとって一番大事なのは自家を残すことだからな



314 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 22:22:04 ID:vTtjKLus
確かに優勝候補の選手がミスしたのが、
荒川優勝の一因ではあるが、
そんなのはスポーツの世界では当たり前だろう。
荒川は正々堂々とした勝負で融資用したので、なんら恥じる必要はない。

315 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 23:09:43 ID:vTtjKLus
「ミスしたから負けた」
「ミスしなかったら負けなかった」って
だから勝った側が無能って
そんなアホな理屈がどこにあるんだろう・・・・
細かいミスはプロレベルのスポーツやゲームでも当たり前ではないか。



316 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/22(金) 23:40:35 ID:ts0z3o/t
なんでもケチ付けるってのは
馬鹿の証だと思う。

317 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 02:39:01 ID:y0LJdFXB
人間だもの
ケチつけるのはあるよ。理由を明記してるやつはまだマシ…。

318 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 00:17:51 ID:CMwf+sS0
うだうだケチ付けるだけで、
自分では何もできないやつが多すぎ。
つーか、何もできないヤツほどケチ付けたがる。
単なるアホ。

319 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 01:35:59 ID:CpkKvpHU
Q 各地の登記簿取得したい
 私は、現在、金沢市に住んでいますが、
県内各地の土地の登記事項証明書が必要になることがあります。
どのようにすれば取得できるのか教えてください。
タイトル
A 法務局では、登記事務がコンピューター化された登記所間において、
土地・建物および会社・法人に関する登記事項証明書または印鑑証明書の交付を
相互に可能とする「登記情報交換サービス」を展開しています。
 このサービスを利用することで、最寄りの登記所でその登記所管轄外の土地・建物
および会社・法人の登記事項証明書等を受け取れるようになりました。
例えば、輪島市の土地の登記事項証明書を金沢市内にある
金沢地方法務局金沢西出張所で受け取れます。
〒920−0024 石川県金沢市西念3丁目4番1号 (金沢駅西合同庁舎3階)
http://houmukyoku.moj.go.jp/kanazawa/table/shikyokutou/all/kanazawanishi.html
 交付申請書は、法務局の窓口に備え付けています。
 請求する場合の注意点は、次のとおりです。
 〈1〉登記事項証明書の必要な土地・建物の所在(○○市○○町)と地番
または家屋番号、会社・法人の名称と本店所在地をあらかじめ調べてください。
 なお、土地の地番・建物の家屋番号は、いわゆる住居表示番号と異なりますので、
正しい地番・家屋番号を登記済証(いわゆる権利証)などで確認してください。
 〈2〉このサービスは、本年9月1日現在、全国523の登記所でご利用できます。
具体的な内容については、金沢地方法務局金沢西出張所の職員にお尋ねください。
 なお県内では、金沢地方法務局珠洲出張所の会社・法人登記を除き、
このサービスが利用できます。
 〈3〉料金は、登記事項証明書1通について、1000円です。
(2005年10月12日 読売新聞)
http://hokuriku.yomiuri.co.jp/hoksub7/seikatu/ho_s7_05101201.htm



320 :富山県民:2007/01/10(水) 21:17:58 ID:LWL/XAZp
金沢城に天守閣があったなんて知らんかった、富山は無かったのに模擬天守を作ったが、是非、再建してもらいたい、石川県民の力にて。

321 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 21:57:10 ID:IGxVE+qt
>>314の言うとおり、荒川は堂々と融資用している点は異論の余地が無い

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