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【負け組】 滝川一益 【関東管領】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 10:35:47 ID:dJDbfS2H
信長の死によって運から見放された一益。
果たして一益は猛将だったのか?凡将だったのか?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 10:39:02 ID:hyx76lEi


3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 10:42:55 ID:Afyy94Ub
関東に居たのって3ヶ月くらいなんだべ?
運がなかっただけで凡将じゃないだろ

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 10:50:30 ID:hyx76lEi
大河の「秀吉」で一益の髪の毛が真っ白になって
清洲会議に出てきたのが印象に残っている

でも実際は出席すら出来てないんだよな

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 10:53:35 ID:dJDbfS2H
言っても上野一国くらいは死守できたんじゃないかね?
真田昌幸を含む上野の武将は一益を支持していたそうだし。

実は初めから本領長島へ帰る気まんまんだったとかな

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 11:06:43 ID:Afyy94Ub
清洲会議は単純に間に合わなかったみたいね。
会議は6月27日だけど一益が長島についたのは7月1日らしいし。



7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 13:48:05 ID:YdInTs3M
>>5
いや、支持はしてないだろ。
伊勢長島へ落ちていくのを邪魔せず、精々ちょっと便宜図ってやろうってくらい。
本気で滝川の手足となって北条やら上杉やらと戦い抜こうという輩はいないと思われ。
……一益も歳なんだから、もう休ませてくださいっ><

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 13:59:56 ID:Afyy94Ub
調べてみたら第二次神奈川じゃ積極的に戦っていたのは滝川直臣のみっつう関ヶ原の西軍状態だったみたいだな。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 19:26:08 ID:8aiNSl0G
まぁ、そうゆう状態は関東の戦でよくあること。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 21:50:27 ID:nVeOveEZ
上野から3日ちょいで伊勢か
すごい早さだな

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 22:50:16 ID:kWtrcZTk
てか柴田・明智・羽柴は方面軍の軍団長として早くから指揮とってたけど
滝川一益は何してたんだ?猛将ってわりにこれといって無いような気が。

12 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/22(火) 22:57:46 ID:tTrxbVBZ
早いうちからというのはよく分からんが、元々は北伊勢方面軍の軍団長やん。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 23:05:19 ID:md2beA4l
志摩や南伊勢でも九鬼と一緒に船作り

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 23:08:56 ID:kWtrcZTk
北伊勢って長野氏、神戸氏、関氏に長島一向宗の事?
長野氏は信包、神戸氏は信孝が乗っ取っただけかと思ったが一益が何かやっていたのか。

15 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/22(火) 23:13:30 ID:tTrxbVBZ
永禄10年くらいから北伊勢侵攻に切り込んだのは滝川なんだけど。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 23:32:41 ID:kWtrcZTk
>>13
それ九鬼は九鬼水軍の頭領だから分かるけど滝川は何で選ばれたんだろうな。
甲賀出身だから?

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 23:54:21 ID:md2beA4l
甲賀出身だから船作りってのは繋がりがないような。
桶狭間のあと尾張の知多半島?の水軍(海賊)を調略した経験を買われたんだろ?


18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 00:35:46 ID:gAn92rWk
九鬼が織田に仕えるようになったのが、滝川の仲介らしいよ。
船造りは九鬼の手伝だったんじゃないかな。
九基が六艘、滝川が一艘だし。
あ、でも作った場所は違ったっけ?

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 02:02:24 ID:9GhozNPr
城攻めでは配下の忍者を使い調略しまくる。
野戦では猛将のごとく活躍。
鉄砲の名人。
温厚。

ってイメージがあるんだが

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 02:18:09 ID:gAn92rWk
信忠大将に荒木の有岡城を攻めたときは、荒木が脱出した後、
滝川の調略で侍大将四人を寝返らせたのが最後の決め手になったらしいね。
調略は実際得意だったろう。

あと、相当不衛生な人と聞いたことがある。
服がいつも汚くて、関東入りしたあと、どこぞの大名だかその使者だかに会うとき
家臣が慌てて一張羅を洗濯したけど間に合わなくて乾いてなかったから
半裸で会ったとか。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 03:31:53 ID:hCsCwpU8
俺の持ってる名称言行録によると
一益、関東の管領として、厩橋に在りし時、諸将対面に来りければ、只今一つある衣服の垢付たるを洗ひたれば、
赤裸にて候程に、暫く待ち給はるべしと言ひ、其衣の乾くを待ちて出て、諸将に逢へり。

とある。たった一つしかなかった衣服を関東諸将に逢うために洗い、洗い終わって乾くまで待たせてから逢ったって事じゃないの?
これを不衛生な人ととるのかは当時の状況を知らないので分からないけど。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 06:09:29 ID:gAn92rWk
そうなのか、不確かな記憶を書いてゴメン。
しかし、外交用に適した衣服がひとつしかないのは
いかがなものかと思うんだ。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 12:45:22 ID:9GhozNPr
服ってやっぱ何着ももってたのかな

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 16:12:00 ID:4obw/e3h
そもそも衣服って

何種類あるだろ?

大名で茶好きの彼の事だから
烏帽子や正装はするだろうし
合戦用の鎧ももちろんあるだろうし
普段着っていうのもあるだろうし

一つしかないってのは変だよね

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 19:23:01 ID:C6HEVmKy
1582年の武田討伐後に信濃の一部と上野を与えられて僅か3ヶ月で長島に帰っているし、関東諸将に会っていた頃は江戸時代の大名なんかとは事情が異なるんじゃないの。
洗うあいだ裸で待つって所から本当に一着だったんだろ。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 19:32:15 ID:VIaRPj21
ところで、読み方は「カズマス」でいいのそれとも「イチマス」なの?

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 20:50:24 ID:C6HEVmKy
一般的にはカズマスだけどイチマスの方が正しいかもしれないらしい。寛政重修諸家譜ではイチマスと読みがふってあるので。
石田三成をカズシゲと読む書物もあるとか。
一益を音読みするとイチヤク、イツエキだが訓読みのカズマスの方がしっくりくる。音訓混ざったイチマスはどうなんだろな。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 21:04:51 ID:gp5qZj8g
かずますって細身の髭が薄く、背の高い男で忍者を配下にして鉄砲得意


みたいなイメージがある

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 07:20:03 ID:AV3LHZlJ
滝川一益目線で見ると羽柴秀吉って酷い奴だよな。
神流川の敗戦→長島へ撤退が敵前逃亡として罵ったそうじゃん。状況を考えろと。

前田利家・金森長近・不破勝光なんかが罵られるなら分かるけどね。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 22:13:56 ID:Sz7yXA5J
元六角家臣って説があるがどうなんだろうな。
六角〜信長に拾われた経緯がよく分からない。かなり初期から居て、その扱いは柴田らと並ぶ侍大将だし。ほとんど普代とかわんない。
秀吉と同じかそれ以上に活躍していたようだが。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 00:56:11 ID:mrS1/DHf
勝家と組んで羽柴の野望を阻止しようとしたから好き
勝家が近北で負けてから数ヶ月耐えたのもかなり評価できる。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 01:13:03 ID:cKMIL/U8
一益は、関東から逃げ帰って直ぐ病気に成っちゃったからなぁ
元気だったら、秀吉本隊以外は退けてたんじゃないかな?

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 01:41:27 ID:oaaTRECu
織田四天王(柴田、丹羽、明智、滝川)は全員秀吉にやられたんだな。
信孝、信雄、信包もか。
滝川一益だけが負け組みじゃなく織田家の重要人物ほとんど負け組み。

34 :風魔小太郎:2006/08/25(金) 05:51:58 ID:Y6zZOt6b
質問してよいか・・・?
織田四天王というのが成立したのは、江戸時代ではないのだな?

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 08:01:34 ID:oaaTRECu
さあ知らないね。それが何か関係あるのかい?

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 10:43:00 ID:mrS1/DHf
鬼畜によって信長公の築いたすべてが剥ぎ取られたのは残念。

>>32
秀吉本隊以外?
秀吉本隊は倒せないと?w

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 11:25:48 ID:pTR5zfKX
飛び地になる上野を守るより
本領である伊勢を守った方がいいよな。
距離がありすぎて両方の維持は無理だろうし。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 13:24:01 ID:oaaTRECu
でも仮に信長が生きていたら滝川の敗戦と逃亡を許しただろうか。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 17:05:36 ID:lLPw8xYO
生きてたら北条との戦闘がまず有り得んだろうよ。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 17:07:54 ID:n7caQM+F
それはそうだな

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 19:01:20 ID:FxdIll2s
仮に信長が本能寺から生還していたら北条のフライングは
十分討伐の理由になるな

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 19:25:10 ID:kIHNvQNi
>>41
むしろ俺が滝川一益で連想するのは本能寺後にもの凄い大軍で上野に攻め込んできた
北条の決断の速さだ。 信長が死んだのは確認したらしいけど、その後の織田家が
分裂するのか再結束するのかまだまだ不透明な状態でよくあんな思い切ったことが
できたなと感心する。 まして信長の生前は織田と同盟状態だったのに。
それなのに、なんで秀吉に対してはあんなに愚鈍だったのかというのも大きな謎だ。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 19:48:31 ID:3vshDa2Z
一益は孤立してたから
勝算があったんでは
だがそれが仇となって秀吉にはめられるわけだ

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 20:08:18 ID:2ap4ViuC
>>42
不透明な状況なのに大胆な行動に出るというのは、
単純に良く考えていないだけという可能性もある。
秀吉への態度の考えなしさ加減から判断するに、
その可能性のほうが高いかと。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 22:53:32 ID:mrS1/DHf
>>42
愚鈍といっていいのかな。
たしかに家を潰してしまうのは良くないが、
北条家のプライドやこれまでついてきた家臣たちの意見が
豊臣との一戦だったんじゃね。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 22:55:56 ID:mrS1/DHf
本能寺の変の際もいい判断じゃね

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 02:33:46 ID:AUK91tyL
織田五軍団といっても羽柴や柴田や明智に比べると滝川はずいぶん小さいし
関東で結成されて日も浅いうえにもともと対北条戦の軍団じゃないしな。
せめて甲信地方も滝川に統帥権があって組織陣容もしっかりしてればそう易々と
負けることもなかったろうけどな。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 04:34:45 ID:baxx9dzB
本能寺前後の滝川に近い織田の勢力って

滝川一益 上野、信濃佐久群・小県郡
河尻秀隆 甲斐、信濃諏訪郡
森長可 信濃高井・水内・更科・埴科四郡
毛利長秀 信濃伊那郡
木曽義昌 木曽谷、信濃筑摩郡・安曇郡
穴山梅雪 甲斐の一部

って所か。一益を除けばほとんど信忠の直属部隊なんだよな。その信忠は二条城で討ち死に。
滝川と森と毛利は本領へ逃げ帰って、河尻と穴山はそれぞれ討ち死に。
木曽は徳川に降伏。無人の甲斐・信濃は徳川、上野は北条の手に・・・

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 09:34:56 ID:OafYTcNC
20年前に調理師免許を取った人

賞状を見てみろ





滝川一益って名前があるからwww

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 09:35:43 ID:OafYTcNC
2代目滝川一益さんw


ttp://www.nagoya-bunri.ac.jp/~gakuen/newpage9.htm

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 19:21:17 ID:h7UK0iB6
なんだ死んでなかったのか
滝川一益は。それにしても随分長生きだな

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 01:14:33 ID:2HTeDHg/
三方ヶ原で滝川一益も右翼で出陣してたのってあんまり有名じゃないよね。

右翼・・酒井忠次、佐久間信盛、平手長政、滝川一益、および織田の援兵
左翼・・石川数正、小笠原長忠、松平家忠、本多忠勝など
予備隊・・徳川家康

左翼は武田方の山県、内藤、小幡を迎撃したものの、右翼は小山田隊の砂礫の投擲に浮き足立ち
続いての突撃に堪えきれず佐久間、滝川は退却。平手は討ち死に。酒井隊のみ奮戦して小山田隊と激戦を繰り広げるが
新たにやってきた馬場隊の為に劣勢に。

これを後年佐久間は相当罵られる訳だが、滝川の立場ってどうだったんだろね。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 02:05:29 ID:/LqUD3qE
ある程度は信長の意向じゃなかった?
織田的には武田との前面戦争は避けたかった訳で

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 04:03:45 ID:a8ag/IN6
まぁ佐久間はもろもろの、理由の一つとして言われただけだし。
滝川はその失点以上の軍功上げてるしなぁ。
本来は軍監だしな。
あと滝川は一番最初に軍団というか、分遣隊と言うか、別動隊あたえられてるからなぁ。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 08:20:51 ID:x9LM6hoL
>>52
それってソース何?
たまにそういいだす人がいるが、ソースを見たためしがないのだが。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 09:33:00 ID:2HTeDHg/
ソースは徳間書店の「日本の戦史 三方原・長篠の役」桑田忠親・山岡壮八

凡例として、以下のような事が書いてある。
長篠の合戦で勝敗が決したのは設楽原であるが、長篠が浸透している為これを使用。
戦役については各資料にいろいろ食違いがあり、信書といわれているものにも誤りがある。東京大学の編年資料を始め、数十種の文献に比較検討を加え、更に実際の地理や口碑にもあたって見、
その上当時の兵略や戦術まで参考し、実際に近いというものを採用した。


とここまで書いてあり、55にこれを反論できるだけの材料を持ってるとも思えないがどうなの?

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 09:34:10 ID:2HTeDHg/
長篠は関係なかったなw 失礼・・

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 09:49:05 ID:x9LM6hoL
反論も何も、数十種の文献といわれても書くだけなら幾らでも書けるからね。
別に数十もいらない、一つ二つでいいが具体的な文献名を挙げなければソースにはならないよ。

ちなみに、信長公記には佐久間・平手・水野の名は上がっているが、
滝川の名はない。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 10:03:33 ID:2HTeDHg/
ID:x9LM6hoL のいうソースを見た事ないとは参考にした文献の事か。

残念ながらそこまでは記載されていない。それを探すなら東京大学の資料から何から調べるしかないが、そこまでやる根性俺にはないな。
まあ「各資料にいろいろ食違いがあり、信書といわれているものにも誤りがある」これが正に信長公記の事かもしれんね。
文句があるなら帝国陸軍旧参謀本部へ言ってくれ

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 10:06:44 ID:x9LM6hoL
参考にした文献以外の何がソースなんだ?と思うが。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 10:10:54 ID:2HTeDHg/
「日本の戦史 三方原・長篠の役」自体が文献として参考にされている訳で。
これを批判するなら読んでから批判しろよ?
名将言行録の参考にした文献なに?って聞かれてるようなもんで。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 11:49:37 ID:jtPyKWo7
価値の無い資料なんて読みませんよ。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 11:53:18 ID:2HTeDHg/
ID変えてまでご苦労さん。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 11:55:18 ID:jtPyKWo7
>>63
妄想乙。

今起きたばかりだってのw
夏休みの宿題は終わってるのかい?

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 12:57:34 ID:x9LM6hoL
>>63
それはさすがに被害妄想。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 12:59:35 ID:x9LM6hoL
まあ、どんな文献を参考にしたかも分からないようでは、
価値があるかどうかも分からないとしか言いようがないとも思うけどね。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 14:45:54 ID:UAFBtzCd
途中からわらた

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 17:33:29 ID:S9tykyFK
>>48
信忠軍団の1部に滝川一益かとオモてた。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 17:35:48 ID:53yynNrB
そんなにソースが好きなら刺身にでもかけてろ

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 17:50:36 ID:/LqUD3qE
余計な煽りはやめようぜ。三方原については佐久間との扱いの違いが確かに不自然ではあるな。
朝倉攻めのときは一緒に罵倒されてるのにもかかわらず。


71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 23:41:53 ID:2HTeDHg/
林秀貞と立場が同じ柴田勝家は沙汰無しだし、それによってどうこうってのは難しい所だな。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 02:36:57 ID:xQtnz3+e
立場同じか?
秀貞は信長付きだが勝家は信勝付きだがw

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 03:44:23 ID:qoKV0Ast
>71
確かに。それだけじゃちょっと無理があるか。
徳川視点の三河物語や武田視点の甲陽軍鑑ではどうなってるのか興味あるね。


74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 05:30:49 ID:SWpad+dj
>>59
よく読めば書いてあるよ。東照軍鑑の記載として以下のような事が書いてある。
武田軍が浜松を通過して通り抜けて行った際、徳川軍が追撃しようと打って出た時の話ね。

家康が渡辺半蔵に戦況をみて合戦すべきか、引くべきか判断を任せる。
渡辺は戦況不利なので引き上げよと指示を出すが、大久保忠世を始め先手の面々は自分で斥候すると撃って出てしまう。

敵は大群、勝ち目がないので至急連絡を取って引き上げよと先手の面々へ伝えるが、一部の将が聞き入れない。
渡辺半蔵が柴田康忠へ忠告した所、「敵は少勢、引くことはない」と答える。渡辺がその無思慮に立腹している所へ、このスレで渦中の滝川一益が駆け付ける。

「岐阜の者共に、出過ぎているから早くひきあげるようにといっているが、家康の軍勢が出ているというのに、加勢の身として先に引きあげるわけにはいかない、
それは家康軍次第だという。ここの軍勢は引きあげるのが当然」
滝川がそういうと、柴田康忠は「引きあげるなど、思いもよらぬこと」と回答。

ここで滝川が怒り、「もしこの合戦が終わって命があったら、その言葉、信長、家康に申し上げる」と言い残し、岐阜勢の方へ帰って行った。
この後、大久保と柴田が兎も角先へいって様子を伺い相談しようと敵陣の方へ駆け付けると、準備万端の武田軍が待っていましたとさって話。
元々は渡辺の戦略眼の話だけどちょい役で一益も登場してる。かなり適当に書いたから変な所あったらごめんm。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 07:57:15 ID:qAKRLem0
>>74
おお、ちゃんと文献名が挙がっているじゃあないか。
サンクス参考にします。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 11:25:42 ID:SWpad+dj
国朝大業広記にも書いてあるらしい。
甲州勢が我が物顔で城下を押し通り、これに怒った家康が「勝手に歩かせるな。一戦交えて甲州勢を討ち取ってやる」と命令を出した所、
佐久間・滝川が「信長公が武田との戦は強くお諌めせよと、くれぐれも私どもに命じました」と家康を城中へ留めていた。

甲州勢がやり放題の乱暴をして引き上げるのを見るに付け、屈強の勇士たちが「大将が出陣なさるはずが、臆病者の尾張勢が無理に止めてしまった。
こうなっては、せめて敵の引き上げ様をみてやろう」と命令を無視して駆け出していってしまう。
目付けの大久保忠佐は臆するよりましだと目をつむり、渡辺守綱は家康へ報告に行くが、家康はこの事に対して快く思われているのかと察して、自ら槍を引っさげて飛び出していく。

この後家康が佐久間・滝川を呼び、「あなたがたの諌めによって控えていようと思ったが、兵達が軍令をそむいて敵を追いかけていってしまった。こうなっては見殺しにするわけにはいかぬ。これから出陣だ」と全軍出陣を命じる。
そして先に飛び出していた者達が集まって甲州勢の引き上げ様を見物していたが、大久保忠佐が「こうして引く敵を見逃すのは残念じゃ。弓鉄砲をつるべ射ちにしたいが、弓鉄砲を持ったものがいない。せめて礫を投げつけよ」

と誰も彼も礫を投げ始め、それに甲州勢も取って返して礫の投げあいが始まる。とこの後は74のように続く感じ。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 12:55:49 ID:qoKV0Ast
その頃の徳川は姉川の合戦での活躍にかなり自信をつけていたらしいな。
兵力に劣っても兵が展開しにくい場所なら五分に戦えると勝機もあった。
ま結局信玄の策にはまっちゃうが。はなからの負け戦に適当に戦って引き上げた佐久間信盛と滝川一益はむしろ名将。


78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 13:35:24 ID:n8wNZOHB
ソース基地外こと>>55の謝罪はまだですか?

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 14:58:15 ID:lleY+NJx
>>77
姉川の徳川の活躍は過大に書かれてるらしいよ。

江戸時代に入ってからの
「弱い織田を徳川が助けたから天下が取れた」という流れにするための
捏造が多いらしい。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 19:21:02 ID:qAKRLem0
>>78
謝罪も何も、>>75で感謝の意を表しているつもりですが?
ソースを求めて出してもらったのだから感謝するのは当たり前だからね。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 20:21:04 ID:xQtnz3+e
謝罪

喧嘩してんの?

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 20:52:55 ID:n8wNZOHB
喧嘩でなくとも謝罪すべき場合はある
>>55はやや挑発的とも取れる語調だし

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 21:13:50 ID:qAKRLem0
ソースを求めたところ文献名を挙げてもらった、
ならば、それに感謝するのは当たり前だが、
なんで「謝れ」って話になるんだ?

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 21:22:55 ID:n8wNZOHB
一つ上のレスも読まん奴にこれ以上言うことはないわ

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 22:10:53 ID:L3bcjtRI
バ ト ル は こ れ に て 終 了

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 22:11:46 ID:L3bcjtRI
さあ、滝川一益の話に戻ろう。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 23:27:25 ID:+3/YraIp
これでようやく滝川左近将監の話に戻るわけだな。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 23:54:01 ID:xQtnz3+e
へえへえ・・・滝川不干ですぅ・・・。より

左近将監の方が力強いのう!!

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 00:49:03 ID:+XNfmFXH
義太夫はどんなもん?

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 22:02:03 ID:4SIfvuv4
益氏に限らず滝川家臣団の資料は乏しい。
一益ですら晩年は放浪の末餓死したと記載されてる文献あるくらいだ。
本能寺直前の領土は柴田、羽柴には劣るが明智とは肩を並べて、NO3って地位にいたのにな。


91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 03:36:56 ID:3SgJ/d9m
仮に一益が上野を死守していたとしたら。
甲斐はどうしようもないが、信濃は維持できた可能性高いよな。
だとしても賤ヶ岳の回避は難しいから結局、羽柴+上杉vs徳川+滝川みたいな構図になると。

だけど滝川と組むと北条が敵になる。結局滝川孤立してた予感・・('A`)

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 04:05:12 ID:j6GPGScW
信長の野望とかでもその手のシナリオないよな。
一益はゲーム上ではなから負け組。明智とか柴田はスポット当てられるのに、この差はなんだ。


93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 09:45:13 ID:KnQf55/E
>>91

無理に決まってるだろw
上野を守っても何の意味もない
中央が荒らされる恐れがあるのに

甲斐が落ちた時点で、上野は何の意味もなくなる
誰も援軍くれんだろ

んで何で滝川が織田同盟国の徳川と組むんだよwww
主君は信孝になるだようよw

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 11:03:12 ID:EXJiY5Qn
?

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 12:38:43 ID:3SgJ/d9m
仮の話だよ。上野を死守していたとしたら、北条がいるから上野から一歩も動けないのは間違いない。賤ヶ岳の参戦はまず無理。
援軍って援軍が必要な時点でこの話は終わるから、それは考慮しない。あくまで独力で北条を止める必要があるから。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 13:55:34 ID:KnQf55/E
>>95

北条をなめんなよ!


と氏政が申しております

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 14:06:33 ID:yai+BGh4
無理です。上野死守は。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 14:35:09 ID:3SgJ/d9m
まあ無理なのは史実の通りだがなあ。上野死守は森が信濃、河尻が甲斐を死守している事が第一条件か。
信濃が維持できていれば上杉の牽制、越中・美濃との連携もできる。甲斐が維持できていれば北条を2方面から牽制できる。

ただ甲斐・信濃に関しては、徳川が裏で糸を引いていたって話もあるんだよな。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 14:45:16 ID:KnQf55/E
信濃や上野は地元豪族が多すぎる
武田が滅亡しても全部駆逐できたわけじゃないし
地元豪族からすれば、信長が死んだって分かれば
織田<<北条となるのは必然でしょ

この時期の徳川は微妙な位置だったし裏でなにかしてるのはあったかもね
甲斐入国がスムーズすぎるし

森・川尻・滝川は運が悪すぎた

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 15:14:57 ID:j6GPGScW
上野は基本的に反北条だからそこまで不利じゃない。一旦織田についたのに北条に寝返っても立場弱いしな。
滝川は人質無条件解放など諸将との関係は終始良好だったと思われる。


101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 14:29:37 ID:FNP/J4LV
>>77

その三方原の敗戦が、武田に挑んだとして徳川が一目置かれる戦になったという理屈が良くわからんよな。


102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 00:41:10 ID:ELHl52UV
>>101
?

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 16:46:47 ID:th/iZkhp
>>101
理解できないならそこまでなんでしょう

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 18:58:11 ID:6/fuCnUm
信玄がタイミング良く死んでくれたからな。それが全て。


105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/03(日) 12:31:14 ID:XCPXxZdc
滝川は佐久間、丹羽なんかと同じで、戦歴はそこそこあるもののこれと言って武勇談が無くね?
スポットを浴びてる所は本能寺以降の没落くらい。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 03:53:03 ID:SY08+7RA
仮に忍者だとしたら、忍者を毛嫌いしている信長と良く上手くやっていけたもんだ。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 20:30:49 ID:tdMBy6TV
伊賀甲賀出身は全部忍者なのか。



108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 15:26:56 ID:+mSMk1oz
今日、一益の命日

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 15:27:36 ID:+mSMk1oz
今日、一益の命日

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 15:30:24 ID:+mSMk1oz
今日、一益の命日だから。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 15:36:25 ID:3m7lA79R
滝川につけられた大身の与力っているの?
明智の細川や筒井、柴田の前田や佐々みたいな。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 17:51:08 ID:52dKk2gJ
与力というと真田昌幸、小幡信貞、内藤昌月、北条高広、道家正栄かな。


113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 17:54:51 ID:FFxroZey
今日は織田家を守ろうとした勇者さまの命日か。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 18:52:36 ID:6iycrna0
滝川一益 = ワルター・フォン・シェーンコップ

戦斧繋がりで……

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 23:05:41 ID:mV9wpuv2
>>112
そのまま武田じゃん。
使いこなせなかったんだろうな

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 23:30:56 ID:FFxroZey
なぜマイナスへと考えるの

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 00:05:22 ID:2n94PBlw
そいつらが孤立無援に近い滝川と一緒に戦う理由がないって。
自家保全のために大勢力の織田に付いたんであって、
滝川にその後ろ盾がなくなれば見捨てるのが普通。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 00:12:42 ID:a4YG2ZPe
見捨ててないぞ。小幡、内藤、道家は神流川で戦っているし。真田もか?
北条高広は一益退去後に厩橋城で孤軍抵抗したし。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 00:36:34 ID:2n94PBlw
ごめん、言い方が悪かったかな。
たとえ神流川で勝ったとしても、甲斐・信濃は徳川と上杉の侵入で荒れてる状況だと思うので、
織田本国と連絡は難しく、結局滝川は孤立していると思う。
その状況下で大国の北条・上杉を相手に長期的に従ってくれる保障はないってこと。
まだ神流川の時点では、上野衆も情報の成否を判じかねてる頃だろうから、
滝川をあっさり裏切れなかったんじゃないかな?

それと、北条は微妙じゃない?
元厩橋城主だったから、領地回復いけると考えただけかも。
いや、邪推かもしれないけどさ。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 00:41:34 ID:87cpeBQL
邪推だね。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 00:53:42 ID:2n94PBlw
ごめん。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 01:18:00 ID:DYzq+VMS
あの時点で北条はともかく上杉は大国なのか?
柴田の圧迫で瀕死な印象だが。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 01:36:00 ID:a4YG2ZPe
柴田どころか家督争いの内紛だけでも手一杯だよ。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 23:28:06 ID:Z87bduV7
神流川の戦いで北条軍5万5千(5万)の大軍相手ではどんな武将でもきついと思うけど
ましてや1万6000千の兵で健闘した・・・っていうのは駄目かな

それにしても上野から京都は遠いな・・・光秀討伐軍出すにも遠いし
佐久と上野与えられても微妙だったかも



125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 23:40:36 ID:a4YG2ZPe
左遷とまではいかないけど、当時の地方軍団長ってのは元々それほど地位が高くないらしいね。
あれだけ嫌がってたわけだし。


126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 21:44:40 ID:qwaz1PEr
滝川一益も数寄者だからなぁ
珠光茄子のエピソードが一益の人と成りを表してるような気がする。


127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 22:47:40 ID:1T99AFLt
関東方面の方面軍団長って信忠じゃなかったっけ?

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 23:03:16 ID:qwaz1PEr
って言うか、一益に与えられた信長からの指示は。
「上野方面から越後上杉を攻めよ。」
なんだけどね。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 01:18:49 ID:Rl6s4OJN
>>126
雀と鶏の話だっけ?

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 09:57:36 ID:Dqm6V3b9
>>129
それは晩年の話
国より珠光小茄子が欲しったと漏らした奴だと思われ

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 01:12:54 ID:v9turiXu
まあどのみち
天下に号令するような覇気ある人物ではなかったみたいだね。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 01:49:44 ID:gCb4Brbw
統治の手腕はどうだったんだろ?

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 14:43:23 ID:QuF6xbW1
長島や上野って結構難しい領地だと思うけど、普通に統治できていたって事は
なかなかのもんじゃね。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 22:40:46 ID:00t8YaRM
一益は何か実力以上に評価されている気がする。
三方原の敗戦とか神流川の敗戦とか小牧長久手の敗戦とかが本当の実力じゃないか?
後は織田軍のおかげの武功ともとれる。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 22:43:19 ID:/3tnLlk6
伊勢は無視ですか?つかそれだけで判断するなよ。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 00:15:51 ID:b0oMWdKX
伊勢の切り取りに見せた実力はまぎれもなくホンモノ、それは疑いようが無い。

ただ神流川合戦に関して言えば、状況的な不利はともかくとして
戦術が拙過ぎるな、北条に誘き出されたのかどうかはしらんが、
あっさり川を渡らされて、上手く引く事もできなくなって、未曾有の大損害を出してる時点で
大将の器じゃない。誰かに使われる事で能力を発揮するタイプだね。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 07:50:04 ID:lDwNQp6x
思うに、少ない兵で遊軍を務めるのがうまかったんだろう。
神流川合戦についても上野・信濃衆の多くは戦っていなかったとも言われてるし。
大将の器というよりも兵が多くなりすぎて目が届かなくなったんじゃないか。
総大将には向かないが、大将は務められると思う。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 08:23:33 ID:jPbV4kM6
逆に言えばこれと言った華々しい戦果がほとんど無い。
伊勢攻略は武力じゃないし。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 12:50:57 ID:P81FhyxZ
華々しいのがお好きなんですね。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 13:07:16 ID:b0oMWdKX
調略とか、家臣の掌握とかは別として、戦術だけで言うなら
仙石秀久とよく似てる。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 15:12:39 ID:3C9TSyOu
仙石秀久よりは大分マシだろ。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 00:37:59 ID:oJwh0vSE
関東から東北に影響を及ぼした。

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/15(日) 19:48:58 ID:VYr/mhBJ
天目山の話があんまでてないね

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/15(日) 22:19:13 ID:4stjfbOq
小説では大活躍だよ。

滝川一益はゲームでも能力高いし



145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/15(日) 22:21:16 ID:oQyzTH3+
有岡城攻めも大活躍だけどな。

146 :一益くん:2006/10/15(日) 22:25:28 ID:ZyDGsP7D
城攻めはもちろんだが、関東東北諸大名とのやりとりも忘れないで下さい。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/15(日) 22:27:50 ID:Ub0DOJh7
なんかやったか?
北条にボロボロにされたくらいしか知らん。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/15(日) 23:31:22 ID:6KaMVDp6
真田太平記で昌幸が「一益さんはとても紳士的でした…こっちが言う前から
僕らの気持を汲んでくれて…ありがとう…本当にありがとう…」
(信長死後)「でもそれとこれとは別なんで攻めました、一益もわかってくれるって」
みたいな話だったのでかわいそうな人という印象が強い

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 00:36:54 ID:/jncRDfE
>>144小説とゲームの評価じゃちょっとね。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 01:11:37 ID:dJCJ0jNT
秀吉の下僕に成り下がった後も関東諸勢力への連絡の使者をやらされたりしたあたり、
関東勢への連絡口としてそれなりに期待されてたみたいだけど。
まあ、単に身近に関東に詳しいやつがいなかっただけかもしれんが。

それより、滝川の子孫がやけに真田と絡んでることの方が気になる。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 05:04:57 ID:gCkvRCUh
>>150
真田は北信や上野への影響力がそこそこあるしな。
安定させるためになかよくしとこうと思ったんじゃまいか。
本能寺の変がなかったら真田も滝川につられて
もう少し出世できたかも。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 06:37:20 ID:NVxn/HrZ
>>148
でもそう言いながら、現実でやったのは、
自分から利根川渡って北条家の小城を奪い取ったところで、
北条の本隊に捕まり、ボコボコにされて逃げ帰っただけだからなぁ・・・。
結局自爆に過ぎんし、いかな情勢下だろうと自分から攻めてる以上美談にするにはイマイチ。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 17:58:17 ID:/bitAcYw
その戦と昌幸談を混ぜるな。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 21:47:31 ID:wPTo0OGg
それなりに有能だったけど、運がなかったな
上野を経営する暇が無かった

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/23(月) 02:05:07 ID:/AAN/khk
運も無いけど、先見性も無いだろ。

あの上野からの敗走はいろんな意味で有り得ない。
どのみち外交手腕が拙過ぎるようでは遅かれ早かれ同じ運命だったろう。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/23(月) 18:41:34 ID:U9WN3UMI
( ´_ゝ`)

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 13:57:23 ID:tcqbQSC2
関東管領に叙せられたのは史実なの?

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 04:08:41 ID:s2341zdN
謙信の頃から既にカビの生えた官職だっただけに、
将軍職もへったくれもなくなった時期にあえて管領職を名乗る意味があるとも思えんけどわからん。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 23:53:28 ID:8TOe4Mpj
自動車免許みたいなもんでしょ。免許があれば車に乗って良いと国に認められる。
大義名分ってのは大事だよ。無視すれば障害が出る。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 02:34:29 ID:prVrAEiR
叙せられたって言うよりは勝手に名乗ったようなもんでしょ。
管領は世襲制だし将軍から任じられるものであって、朝廷から受けるものでもない。
信長は将軍に成る気は無かったようだし、義昭は追い出してる後だし、
上杉家も一応まだいるので、いきなり一益に管領職が行く理由がいまひとつ見えてこない。

161 :友情リンク:2006/11/19(日) 14:44:40 ID:30J6jqo9
■■滝川一益 総合スレッド パート2■■
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1064379930/l50

1 :日本@名無史さん :03/09/24 14:05

「たきがわかずます」について語りつくそう!
 それ以外の読み方の武将については別スレでお願いします。


■■ 滝川一益 総合スレッド ■■ (前スレ)
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1048326188/l50




  .


162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 17:19:44 ID:I8ecW4+6
本能寺後に自分から南下して北条に挑んだというのが不可解としかいいようがないな。
数千の直属兵力だけでも率いて信濃から帰国を考えるだろ普通。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 19:23:51 ID:2iD2dL57
歴史ってわからん。
だが今のみる歴史を真実とするしかないのよね。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 21:08:47 ID:AnwiR2p0
>>162
北条家だって、あの状況だと上杉や徳川の動向の方が遥かに気になるので、
とりあえず滝川と事を起こすのは本意じゃなかったはず。
実際、神流川のあとは双方に先んじられる形になってるし。
上野は手に入れたけど、総合的に見て上手く行ったと言えるかどうかは微妙なんだよな。

しかし誰かの陰謀にしてもこれで得する人間が誰かもよくわからん、
そもそもこの天正壬午の乱も含めた一連の流れは利害関係が目まぐるしく変わり過ぎて
いまいちわかりにくい。

強いて言えば・・・、真田昌幸かな。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 14:09:41 ID:bkIv79vT
その帰国を敵前逃亡として罵られる訳だがな。一戦も交えず敵に城を明け渡したら
もっと立場悪かったんじゃね。勝つしかなかった。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 17:38:12 ID:3Hz2YlWy
おいおい、想像で語るな。

敵前も何も北条家はあくまで同盟国で攻めて来たわけでもなければ、敵対を表明してきたわけでもない。
一方的に金窪城を攻めてきたのは一益なわけだが。
北条家も徳川や上杉に付け入られるのだけは避けたいから、出来る限り穏便に行くなら、
その方がよかった。・・・という政治的な駆け引きが一切抜け落ちてるのは擁護のしようが無い。

本当の敵の毛利とすら見事に和議を結んできた秀吉ほど見事にやれとは言わないが、
あまりにも手際が悪すぎる。アレ以上評価落ちる負け方なんてまず無い。
敵前逃亡でもまだマシなぐらいだが、この場合敵かどうかもまだはっきりしない相手に攻めかかった挙句の
古今未曾有の大損害と言う事を忘れてはいけない。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 18:12:44 ID:uf5bGPsi
滝川が大人しくしていれば厩橋は安泰だったとでも言いたいのか?
ありえないな

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 18:17:02 ID:BZbDRH0I
>>166
出典はどこ?

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 18:29:46 ID:9hu9uDxE
征服したばかりの現地で組織を作ってる最中にあの状況に陥ったんだからどんな名将でもひとたまりもないだろうよ。
ハンニバルでも討ち死に必至。生きて戻れただけでも凄いんじゃないか滝川ちゃんは。

しかし真田ってなんで織田に素直に恭順してたのかね。
後の豊臣にも義理堅かったしな。

ひょっとしたら昌幸は武田家が嫌いだったのかな。

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 18:49:06 ID:FTr1kAqY
御屋形様がいなくなっちまったんだから
もはや義理立てする相手がいないじゃないか

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 21:34:31 ID:wokVOg09
            X        + 激しく一益 +
      ∠ ̄\∩
        |/゚U゚|丿
      〜(`二⊃
       ( ヽ/
        ノ>ノ
       UU


172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 00:47:00 ID:qtKUcU/m
>>167
俺もそうは思わん、北条家が上野を欲してるのも事実だし、
いずれは衝突必至だろう、ただしあの時点でああいう形でぶつかる必要性があったかどうか?
と言う話になるとこれは全然話が変わる。

また、それなら厩橋で迎えるなり、自陣に引き擦り込んで戦うべきでは?
いきなり渡河して砦にもならない小城奪って何をしたかったのか?
寡兵で行って、北条領の撹乱をはかるのなら効果的だけど、一益自ら大軍勢で攻めてるし・・・わけわからん。

また、上杉や徳川はどうするつもりだったのか?
何も手筈が組めてないのにいきなり北条にだけ先制攻撃、これは戦略的に見て有効と言えるのか?
褒められる点が何一つ見当たらない。

>>168
出展も何も神流川の位置を見るだけでも十分説明になってる。
そんで位置関係見れば、合戦の舞台が北条領なのがすぐわかる。
何故か、個人HPとかでは「攻め込んできた北条勢を滝川一益が一度は退けたが〜」
と言うようなくだりになってるものが多いが、金窪城がいつのまに滝川の城だったのかと、
ここで滝川に攻められて一族皆殺しにされた斎藤家の立場はどうなるのかと。
だが他の場所で戦ったと言うのは記録は勿論、物語や軍記物ですら見た事が無い。
金窪城での戦いはまず間違いないんだろう。

・・・で、まぁその後は、氏邦・氏直の北条勢5万に対して
せっかくの2万の兵力でも川渡ってきてしまって、敵地のど真ん中に小城だけ奪っているような時点で
既に勝敗は決したも同然なわけだが・・・何がしたかったのか?
こればっかりはわからんが、残念ながら結果だけで判断するなら、
地図の確認だけで充分愚策と言えるに足る。

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 01:10:13 ID:EFTT7r5E
だから出典はなんなんだっつの。
勝者は自分を正当化したいもんだからね。
意味不明な行動はかなり疑わしい。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 01:53:41 ID:qtKUcU/m
だから合戦現場の神流川と金窪城そのものをちょっとは調べろっての。
出典とか云々が必要なほど細かい事はまだ言ってないよ俺。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 02:12:57 ID:HAdUHjgn
城に篭って何の解決になるのか。桶狭間で城に篭れって言うようなもんだ。

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 02:32:18 ID:qtKUcU/m
>>173
あぁあと勝者が歴史を改竄するのは激しく同意。

だけどこの合戦を軍記物やらに残してるのは全部徳川幕府であって、
そういう意味での勝者は徳川家であって北条じゃない。
この時期の徳川家は北条にとって敵で、滝川は秀吉に歯向かったという点で
味方側だ、擁護して美談にする理由がここから見えてくる。

だから何故か北条から倉賀野へ攻めた事になってるが、
実際の史跡を見れば、まず北条から攻めてるのに合戦の主戦場が北条領の金窪城という時点で
矛盾があることに気付く。

>>175
篭れば少なくともたった2日で蹴散らされるような事にはならないだろう。
中央には少なからず味方が、徳川や上杉も居る。

むしろ北条家側にこうなった滝川を無理に攻める理由が見えてこない。
天正壬午の乱を見ても明らか、無理攻めにして堅固な城を落としにかかるほど、
滝川にこだわる根拠は何?

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 02:38:48 ID:HAdUHjgn
孤立無援の滝川を落とすのにそんなに躊躇する理由はなに?

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 02:48:32 ID:qtKUcU/m
上からもう上杉景勝が牙をむいてきて、
下を見れば徳川家康が牙を剥いてきてるんだよ。

たった2日で一益を蹴散らした史実でさえそれで北条家は苦しまされる事になってる。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 02:56:03 ID:HAdUHjgn
もっと状況を考えな。上杉は家督相続後の混乱から織田に壊滅寸前まで追い詰められてる。
他国に遠征軍も援軍もだせるわきゃ無い。
徳川が無人の甲斐・信濃より関東に目を向けると考えるのも不自然。甲斐の一揆には徳川が絡んでるって説もあるくらいで。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 03:09:39 ID:qtKUcU/m
上杉景勝は実際、北信濃にまもなく現れていて、北条と和睦するまで立ちはだかってくれちゃったわけですが。
状況をを考える前に史実を考えるべきかと。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 03:17:41 ID:HAdUHjgn
誰と誰の和睦の話?神流川の後に真田が北条の支配下に入ったんだから
そりゃ警戒して当然なんだが。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 03:20:29 ID:qtKUcU/m
俺主語に上杉景勝って言ってるよね。

二度も三度も同じ事いいたかない。
ぶっちゃけ今やってる説明は蛇足、>>176の時点で同じ事既に言ってる。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 03:25:14 ID:HAdUHjgn
上杉が上野まで来るのは無理があると言っている。越後国境付近にいただけ。
徳川は関東に用は無い。甲斐、信濃が先。以上で話通じるかな?

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 03:32:26 ID:qtKUcU/m
なんで北条家だけ史実と違って信濃や甲斐をほっといてんの?

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 03:35:38 ID:HAdUHjgn
今は上野の話だろ。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 03:40:50 ID:qtKUcU/m
滝川の視点だけで見れば上野だけかもしれんけど、
北条の視点は史実でも初めから上野だけじゃない。
氏規らも既に動いてるし。

なんで北条家は信濃や甲斐をほっておかなければならないの?

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 03:49:26 ID:HAdUHjgn
実際に本能事後は北条氏直、氏邦の5万6千が上野へ兵を向けたろ。
上野から考えて何がおかしい。甲斐をほっているなんて一言も書いてないが。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 04:03:53 ID:qtKUcU/m
一言も書いてないなら当然甲斐も睨んでるわけだろう?徳川が睨みを利かせてるけど、
だったら北条家にはいつまでも上野に固執してられる余裕があるの?

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 04:09:33 ID:HAdUHjgn
ID:qtKUcU/mの話では篭城するって前提らしいが、孤立無援の厩橋を囲まれて何を待つのか。援軍なんて来ないぞ。
神流川で滝川陣営で積極的に戦ったのは直臣だけという話。滝川につく利益は0何だから、離反者がでるくらい想像できるだろ。
何を根拠に長期間篭れると見てるのか。


190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 04:21:20 ID:qtKUcU/m
長期間?2週間もあれば十分。
この段階の北条方にそこまで上野だけで粘れる余裕は無い。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 04:21:58 ID:qtKUcU/m
あったとしてもその場合甲斐や信濃は無条件で諦める必要が出てくる。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 04:22:13 ID:HAdUHjgn
すまんが意味がわからん

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 04:27:02 ID:qtKUcU/m
2週間もあれば、上杉景勝が北信濃のかなり大部分を制圧にかかってきてしまっているので
それを諦める必要があるということ。甲斐に関してはもっと早いうちから徳川の手が及んでるので
実際、神流川合戦があった時点で既にやや手が遅れている。
それ以上粘られるとなれば、当然こちらも諦める必要が出てくる。

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 04:30:48 ID:qtKUcU/m
真田昌幸なんかはここで三者の間を飛び回り、巧みに生き延びてるわけで。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 04:40:20 ID:UONEceZE
篭城して滝川になんの利益があるの?
一か八かの決戦の方が分があるのは明らかだな。
結果は結果だけど。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 04:46:01 ID:qtKUcU/m
別に決戦は良い、だがその場所が愚か過ぎると言ってるの。

だが、北条側にも篭った奴を攻めてる事に利が無いなら
和睦は充分通じる相手だと思うが。っていうかこの乱で勝手に飛び込んで自滅した
滝川以外の全員と北条は和睦してる。

もともとこういう状況で無理押しするような家じゃない。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 04:58:38 ID:UONEceZE
そんな事改めて説明されてもw
一益が釣られたのかどうか、とりあえず大敗したのは誰でも知ってるよ。
篭城してもしょうがないってはなし。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:04:37 ID:qtKUcU/m
だから和睦できれば悠々と中央に帰れる、それがちょっと持ちこたえりゃ
北条から引き出せた算段は情勢から見てもそれなりに高いぞって事。
この時点の一益が何よりも優先すべき事。

それに関して何の策も見えない以上、愚策と言わざるを得ない。
やれるべき事をやらずに、突撃して玉砕して兵を無駄に殺した以上
この戦いに関してだけ言えば評価としては仙石秀久と大して変わらん。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:14:50 ID:UONEceZE
敵前逃亡だけじゃなく、北条にただで城をあけわたす?
それは織田家の地位も捨てるって事かね。

信長が死んで行く末もわからないのに篭城して離間が多発して首をとられるのと、一か八かの決戦なら普通は後者だろ。
歴史を知ってる奴は前者を選ぶかも知れんが。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:15:35 ID:qtKUcU/m
和睦って城を明け渡さなければ成立せんのか。

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:16:48 ID:HAdUHjgn
何のために5万の兵が侵攻してきてるのか少しは考えてみな。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:19:47 ID:qtKUcU/m
上野を攻めに来たとはどこにも記述が無いが。

信濃に行くにも碓氷峠は抜けなきゃいかんのだぞ。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:21:25 ID:UONEceZE
即レスかw
徳川や上杉と和睦するわけじゃないぞ。滝川のようなちっぽけな勢力に城を明け渡す以外になにがある。

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:21:32 ID:qtKUcU/m
それと5万の兵は一益在陣時は上野に侵攻してない、
上野から侵攻してきた滝川軍を蹴散らしただけだ。
勝手に捏造すんな。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:26:12 ID:qtKUcU/m
>>203
真田とも和睦してますが、上田城は健在です。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:27:35 ID:HAdUHjgn
北条氏直が6月16日に倉賀野へ出兵したのはなんの為?

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:29:22 ID:UONEceZE
そりゃ真田は北条に降ったからな。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:37:06 ID:B0/kdvlu
君も充分即レスだと思うが

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:42:11 ID:HAdUHjgn
>>204
捏造というなら滝川が先に北条領を侵したという資料ぐらい示してくれよ。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:43:55 ID:qtKUcU/m
>>206
やっと来たか、>>176で既に触れてるんだが・・
ただ倉賀野を目指したとされるのは氏邦だ。
ググればわかるような事で随分レス喰ったが・・・。

普通はまず謎に思うのはそこよ、
ただそこで合戦を行ったと言う記録もまた曖昧なのよ、
倉賀野を目指す氏邦と言うのも中途半端だし、倉賀野の勢力は金窪城に攻め込んでも居る。
焼かれた金窪に比べると随分と差があるし、そもそも位置関係的におかしい。

結局戦いがハッキリとするのは金窪に陣してたまだ手薄の氏邦勢とぶつかる所から。
倉賀野は未だずっと先・・・というより川を渡った先だ。氏邦が目指していたと言うのは
どこで知りえたのか?勿論本人の書状など残っていない。

>>207
違う、そういうことじゃない。その先の話。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:49:06 ID:HAdUHjgn
ハア?それじゃ滝川が先に手をだした訳じゃないだろ。
何が捏造なんだか。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:49:34 ID:qtKUcU/m
>>209
神流合戦前に金窪城以外に双方で具体的に攻められた城はある?

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:51:02 ID:UONEceZE
その先って徳川に寝返った後?
上田城は無事だな。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 05:53:09 ID:HAdUHjgn
>>212
話がずれてるよ。北条氏直が6月16日に倉賀野へ出兵したのは事実だろ。
滝川を釣る策かどうかなんて別の話。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 06:06:49 ID:qtKUcU/m
事実だとする資料は何?

金窪城が攻められたのは金窪城跡見ればわかるけど、
倉賀野はどっちにしろ実際は攻められてないから、
資料があるとしたら「氏邦が倉賀野の方面へ向かった」とする資料があるかないか。

ちなみに倉賀野は氏邦の鉢形城から金窪城に向かっていくと丁度延長線上の方面にある。

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 06:17:17 ID:HAdUHjgn
北条五代記でも読め。こんなのも知らないで偉そうに語らないでくれ。

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 06:22:04 ID:UONEceZE
んで上田城の件は・・・・

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 06:28:10 ID:qtKUcU/m
ほいきた、北条五代記の作成年月は?
>>173>>176でなんか言ってなかった?

まったく長い時間かけた誘導だったもんだ。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 06:52:20 ID:HAdUHjgn
俺様の考察を見ろよって事?北条領だから矛盾がある?だから捏造?
北条が迫れば兵を出すしかないだろ。何が誘導だ。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 06:54:31 ID:qtKUcU/m
そうだなw
聞いてくれてアリガト。

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 06:54:46 ID:HAdUHjgn
だいたいそこを捏造する意味が無い。1614年に旧臣によって作成された物を疑う根拠が江戸時代だから〜かよ。

222 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/02(土) 23:43:37 ID:p1IKE3if
実際なんで一益はあそこまで強攻策取ったんだろうね。
確かに謎。

223 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 00:06:31 ID:OrIyVDyx
裏切りが出て寝首をかかれないためでしょ

224 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 00:28:54 ID:d1ohX7If
スレタイの負け組みというか・・
途中まで思い切り勝ち組だったじゃん

で、こういうタイプが勢いある時は一番、勝ち組とか拘るんだよね

で、時代の急速な変化には、とても反応できない・・

ま、凡将だったんだろうな。丹羽も同じだよ


225 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 00:32:52 ID:i6bFLucs
凡将?
時代の急速な変化には、とても反応できない?誰の話だ?

ここは滝川一益スレだよ。
あと丹羽は名将。

226 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 00:55:17 ID:nhgMj76J
>>222
強行はともかくなんであんなとこで戦ったのかは謎。
信長が死んで鬱になったのか。

>>223
その程度のことや隣国の兵の動き程度で、
あんな所に誘き出されたんだとしたらアホとしか言いようが無いが、
そうじゃないだろう、なんかあったんだと思われる。

>>224
いや、伊勢や対武田の手並みや信長の信頼度を考えても、どう考えても凡将ではないと思うぞ。
だからこそあの合戦は謎なわけで。

そこらの似非大将があの合戦と同じ事やって同じように北条に蹴散らされてたら、
猪武者扱いされて終了だろう。一益だったからこそ、下手な評価もしにくく、
謎なままなんだと思う。

227 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 01:08:52 ID:d1ohX7If
身の保身や、ソツなく・・と、言った所が
唯一の長所だったんだろ。

結局、自分のバックボーンがなくなった時点で
己の本来の力に気付いたんじゃない?
だから、周囲が理解に苦しむ暴挙に散る・・

NHKや郵便局が、国の後押しなく勢力を保てると思うか?
一益も、上から指示もらう分には頑張れたけど
結局、それが限界だったんだよ


228 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 03:03:23 ID:ScqwgUUp
柴田勝家、明智光秀、秀吉、あとの残りは信長の子供達で成る
軍団一司令官だから相当有能じゃないの?
武田を滅ぼし関東の軍団司令官任命なんてかなり信長の信頼厚いよ。

そして手持ちの軍勢が北条に比べたら多くないから北条に対する敗戦はやむをえない
ところがある。秀吉だって毛利と対戦したら同じような目にあっただろうし。



229 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 03:12:25 ID:nhgMj76J
>>228
そう言う事を言ってるんではなく、
負け方が余りに悪すぎるから謎だというわけで。

あれじゃ北条より手勢多かろうが、自分の勢力だろうが勝てるとは到底思えない。

230 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 03:26:48 ID:nhgMj76J
前半の、信長家臣時は有能だという点は同意

231 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 03:46:44 ID:d1ohX7If
だから>>227で結論なんだよね

上の指示をソツなく出来る人物と
上に立って下に指示できる人物は

必ずしも同じではないからね。

ま、武将としては有能で、大名としては無能だったんだろうね

232 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 04:16:43 ID:OrIyVDyx
1582年って滝川一益は57歳。一から何か始めようってには年をとり過ぎていたんじゃないの。
神流川敗戦以降の転落人生も普通の人間なら100%の力出せなくて当然。秀吉だって信長の死に相当動揺した訳だし。主が死んで自分が変わりにって思いつくのは黒田官兵衛くらいだ。

ちなみに柴田勝家は60歳、丹羽長秀は47歳、羽柴秀吉は45歳、明智光秀は54歳。
北条氏政は44歳、上杉景勝は26歳、徳川家康は39歳、織田信長は48歳。

233 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 04:30:59 ID:nhgMj76J
秀吉って史実の実績だけ見ると、とても動揺したようには見えないけどねw

234 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 05:02:39 ID:d1ohX7If
>>232
元就が飛翔し出した歳も、そんくらいだろ?
結局、それが有能な武将と無能な武将の分かれ目なんじゃない?
変化をピンチと捉えるかチャンスと捉えるか。

別に一益をワザと悪く言うつもりはないけどさ
結局、信長が生きてる時も柴田派閥に組して
本当に困難で嫌な仕事は全部、秀吉に押し付けて
あんまり自力や独立したスキルを磨かないままナーナーに生きてたんじゃない?

で、突然放り投げられてしまって成す術がなかった・・
今の旧財閥系の大会社で踏ん反り返ってる社長とか重役とかも
親会社からの天下りとかコネとか、無能な奴めちゃめちゃ多いよ



235 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 12:30:51 ID:wO42WYoq
佐竹とか里美とかはもっと少ない兵力で、北条を撃退している。
滝川が北条に負けたのは、彼らよりも弱かった、将才が無かったからに過ぎない。
織田家の後ろ盾が無きゃ何もできない男だった。

236 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 13:12:21 ID:OrIyVDyx
将才とやらがある佐竹、里美ならあの状況をどう打破したの?

本国伊勢から遠く離れた上野で任期3ヶ月目。甲斐、信濃の補給線は間も無く絶たれて援軍もなし。
与力は真田昌幸、小幡信貞、内藤昌月、北条高広、道家正栄ら同年に滅ぼしたばかりの武田旧臣。
信長横死は広まって反織田勢が勢い付いてる所。

237 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 13:20:40 ID:W/hEBEnJ
>>235
包囲されてしまえば脱出が至難になるし、補給のあてもない。
本拠地は遠く、人心を考えても後北条との野戦を選ぶのは致し方がないよ。
上野方面で幾度も軍事行動を起こしている後北条が有利なことは誰でも分かる。
あえて戦ったと考えるべきでしょう。
ひとまず勝てば時間の余裕が生まれるわけだし。
負けても暫く戦地周辺は混乱しているし、敵の行動を考えれば徹底追撃は考えにくい。
情報が錯綜する中での戦略としては至極まっとうだと思います。
事実、生きて本拠地まで辿り着いているのですから。

238 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 16:42:19 ID:nhgMj76J
>>237
どうやって包囲すんだよ。
上野はそんなに小さかないし、滝川勢2万はそんなに少ない勢力じゃないぞ。
北条家があの状況で利根川渡って猪突猛進すんのか?
渡河中にぶったたかれてえらい目にあうし、渡っても厩橋までの間で
野戦に挑まれたら、逃げ場もなく、左右から攻められて戦線の維持は難しくなる。
しかもそこで何とか勝っても、北条家をそこまでひきつけられれば
一益は箕輪の方面に逃げやすいので、目的は果たしやすい。

そもそも普通は戦線を維持しつつ、デッドラインを把握して、警戒をしつつ衝突すべき戦場を考えるもの。
その上で野戦をするのはいいと思うし、その流れ上に金窪城のような城があれば奪っておくのもいいが、
わざわざ自分で渡河して奪うような城じゃないし、場所が悪すぎて戦略性皆無、ちょっとありえない。

>>人心を考えても後北条との野戦を選ぶのは致し方がないよ。
野戦が悪いんじゃなくてその戦略が拙過ぎる事を言ってるの。

>>ひとまず勝てば時間の余裕が生まれるわけだし。
川渡った先で東西南にも敵城がある敵地のど真ん中に切れ込んで
余裕が生まれるわけない、現にそこからたったの1日であそこまでの大敗北になったのは
他合戦でも類を見ない。北条軍5万は損害皆無で、上野の土豪が殺されたくらい。

>>負けても暫く戦地周辺は混乱しているし、敵の行動を考えれば徹底追撃は考えにくい。
そのとおり、だから無理な行動は謹んで戦線を見極めなければならない状況なのに、
猪突猛進した。何故なのかと。

239 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 16:59:47 ID:W/hEBEnJ
>>238
大軍を編成するメリットは相手に対する示威行為に尽きる。
渡河しなかったら、相手も渡河せずに味方が次々と調略されるのを黙って見ているしかなくなるだろう。
実際には限られた時間の中でいろいろな戦略を考えていたと思うよ。

240 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 17:45:53 ID:nhgMj76J
>>239
示威行為って誰に対して?

つーか何でこの渡河がそんなに支持できるのかわからん。
個人的に言わせて貰えば、この合戦が失策じゃないなら、失策といえるような合戦は思い浮かばない。

そのぐらいの大失策だし、損害数も戦国合戦上上位に入る。
さらには2万を超える同士の合戦ともなれば、双方の損害数も多いものが多くなるが、
この規模の合戦でこれほどまでに勝ち側に損害がない大敗北は恐らく戦国No1。

この事態を踏まえた上で言ってるのであれば、根拠がなければさすがに納得できない。
清洲で罵倒されたのも無理もないと思われるわけだが。

241 :前田 ◆LIBERALCQY :2006/12/03(日) 17:54:31 ID:vx6PpRJl
清洲で誰に罵倒されたんだっけ。

242 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 18:09:47 ID:Pc+43kez
そりゃ滝川側は直臣以外は適当に切り上げたって話だからな。ソースは忘れた。
君しばらくまえからおなじこと繰り返し書いてない?

243 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 18:49:53 ID:d1ohX7If
ま、無能ってことで結論だな

他にも丹羽は築城以外は凡将だし
明智は義昭と信長を会わせただけが功績で
佐久間は追放

織田家臣団って、結局、秀吉だけが頑張ってたんじゃない?


244 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 18:59:34 ID:xC8alqh2
そうだな

245 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 19:54:16 ID:W/hEBEnJ
だからこその黒幕説。
普通は瓦解するんだよな。
滝川が無能とか・・・信長の評価を基準にすれば考えられないが・・・。

246 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 19:59:31 ID:w0KqmNp/
>>241
誰なんだろうな。

247 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 20:49:50 ID:UglhwUxg
妄想

248 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/03(日) 21:00:47 ID:nhgMj76J
>>241
ゴメン、これは秀吉が一益を出席させないとする説をそのまま引用したに過ぎないので、
根拠になるものはない。 ただこの説どおりに秀吉に罵倒されたとしても無理もないなというだけ。

この説は秀吉の陰謀説とそうでないという説の衝突もあるので確かに軽率だった、訂正する。

>>242
それ知らない、忘れたというがソースが是非知りたい。
わかってる情報だけでも、上野衆は一益退去後も北条に降るまで、
多少粘ってるし、厩橋城が落ちるのはさらに後になるわけだし。



249 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/04(月) 00:57:24 ID:Ua+7eCbR
>>243
無能かどうかは知らんけど、
取り立てて注目するほどの武将じゃないのは同意。

今川氏真だって事情はあるのに愚将と呼ばれてるわけで、
同じようなもん。

250 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/05(火) 05:12:45 ID:5jJYbyg7
死者3000人を超える戦がどうしてこれだけマイナーなんだろう

251 :前田 ◆LIBERALCQY :2006/12/05(火) 09:31:56 ID:ZorInuxL
しられたくないから。

252 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 02:10:09 ID:+Emq0scB
>>250
秀吉は山崎合戦から始めて、光秀、勝家らと
立て続けに戦ってるわけだが、そのなかで一益とも戦ってる。

皆名将、凄い、凄いけど秀吉様には敵わなかった!
でもその凄い人に唯一勝った東照大権現様はもっと凄い!
ということ。

江戸の前の支配者の大勝利は逆に余り有名になられても困る。
それを裏切って潰して江戸に入ってきたのが権現様なんだから。

253 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 22:46:22 ID:zP9+Ypqb
たとえ、名将と言われても数で劣っていたら普通は負けるのでは?
55000vs20000ならなおさら。篭城戦でも危ないのでは?
しかも一益に不利な点が多い。
負けたので名将、愚将と決めるのはできないのでは?
過去の功績を見れば一益は名将と呼べれるのではないかと愚考します。

254 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 00:35:25 ID:/JcmpoWf
それで良いと思うよ。別にこの合戦だけで決まる事ではないと思うし。

この合戦だけで見ると負け方が尋常じゃないのと、その動きが不可解すぎるから
謎だというだけで、一益が愚将かどうかと言う評価自体はこの合戦だけで判断すべきじゃない。

ただ彼が大将として行った合戦はこの合戦と、その後の秀長との合戦ぐらいしかなく、
後は誰かの補佐だったり遊撃軍的な存在だったっぽいのに加えて、出自もはっきりせず、
元々謎の武将だと言う点が、より評価を難しくはしてる。

255 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 04:40:27 ID:Fjtox466
>>252
キミが徳川嫌いなのは良く分かったが被害妄想が激しすぎるぞ

256 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/07(木) 17:59:00 ID:pUeZcuCe
歴史群像の「異太閤記」を読んだが、本当に一益は鉄砲狂いだったのか?
久住さんは一益は本能寺後も活躍できると思っているんだな。
根拠はなかったが・・・

257 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/08(金) 00:50:26 ID:niLFB6zg
>>255
いや、むしろ家康は秀吉や信長より好きだぞ、あの腹黒さがいんだっつーの。

上のは単なる江戸時代の家康を神とする考え方の話。。
その視点として武田信玄が持ち上げられるのと一緒。

258 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 17:54:18 ID:twA+gZUH
信長死後の話ばかりするからダメな話ばっかりになるわけで、
信長配下時はどうだったんだろ?

259 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 19:36:46 ID:HSTF6smq
佐久間・林・丹羽以上、光秀・秀吉未満

260 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 20:15:20 ID:zyz8Sn5M
佐久間は筆頭家臣だったはずだが?

261 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 21:06:53 ID:wnmHUaKM
林は佐久間の前の筆頭だしな。
多分能力のことを言いたいんだろうけど織田家臣時代は丹羽も佐久間も含めて
軍事能力は似たり寄ったりだと思うけどね

262 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 10:43:03 ID:+MDT6KJ5
ただ負けたんじゃなくて,
雪崩を打ったように負けたんじゃしょうがない。


263 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 11:15:16 ID:uBCMpMyd
なんで関東の反北条勢力に呼び掛けなかったんだろうね

264 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 11:40:28 ID:yDzQAbw+
そんな余裕を北条がくれるとでも?

265 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 21:16:21 ID:oIpCj0WG
>>264
先制攻撃できる余裕はくれてるじゃん。

266 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/26(火) 17:41:28 ID:Qzj5J9j/
つうか数万の軍勢集めて兵站整えるには数日かかるし
北条支配地域の城下も村も街道も大騒ぎになるのに
目のまえまで全く気が付かずにボサッとしてたならそれこそ無能だろ

267 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/26(火) 23:54:20 ID:V1WARTPh
いや・・あいだに利根川があるんで、渡河する時に叩けば良いだけのこと。
それを警戒して見張るならともかく(せっかくそれ用の城もある)
トチ狂って自分から渡って行って小城取って、喜んでるところを、
北条本隊に叩かれて、川を渡ってきてしまっただけに逃げ帰る事も出来ず、
記録的な大損害を出した合戦です、コレは。

地図を見れば見るほど芸術的なまでの大敗北。

268 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 08:28:07 ID:xOBX8pXe
才能重視の織田信長に織田四天王の一人、および、「関東管領」に任命されながら、
どうして凡将という輩がいるのか理解に苦しむ。
あと、このスレに書き込んでいる人は
「進むも一益退くも一益」
という異名をご存知かな?

269 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 12:23:39 ID:lJXfBX5y
進むも滝川退くも滝川じゃなかったか?

270 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 13:03:50 ID:9IVR8y2Q
あくまでも誰かの下にいてこそ活躍できるタイプな気がする。
信長死後自分の判断で大局的な戦略を考えなきゃならなくなってからはグダグダ過ぎる。
小牧長久手では合戦では功績を上げても政略で負けてるあたり、戦術面に特化した能力の人なのかも。

271 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 14:05:45 ID:FpP604UJ
北条相手に勝つほうが困難すぎるだろ。
つか緒戦は勝ってるし。
本国からも徳川からの援軍もなしに互角で戦うほうが無理。
戦力も北条のほうが上回っていたし。
なんとか徳川の増援を待ってれば信長死後の争いにも堂々と
参加できただろうに。

272 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 14:11:55 ID:ST4Hucf7
>>271
お前、ちょっと上の過去ログも読めんのか。

273 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 14:34:54 ID:xOBX8pXe
>>269
どっちも合ってます
ほかには
「先鋒は滝川(一益)殿も滝川(一益)」
というのもあります。


274 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 14:47:04 ID:ST4Hucf7
関東管領は眉唾だと思われ、
将軍家の古臭い権威が嫌いな信長が、
将軍追い出して久しいあの時期に、
今更将軍家の権威である関東管領を持ち出す意味がよくわからない。

275 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 14:57:03 ID:YA60odVz
統治に便利なら使って何か不思議な事が?
九州征伐の為に惟任、惟住に名跡を変えさせてるし。

276 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 15:24:47 ID:6l0351Cm
退くは佐久間じゃなかった?
>>270
小牧長久手???

277 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 15:31:27 ID:ST4Hucf7
>>275
もうちょい律令制について学んだ方が良い

278 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 15:57:53 ID:hHjZ2nYz
>>276
「退き佐久間」「進むも退くも滝川」(←自分はこう聞いていた)は両方実在する異名だよ
そういえば佐久間も滝川も信長に軍団を任されてからのミスが目立つな
上で誰かが言ってたけど戦術的な能力はかなりあるけど
戦略面になると落ち気味の武将なのかもね、二人とも

279 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 16:03:35 ID:ST4Hucf7
いや、一益の場合、一軍を任されても武田攻めなどは素晴らしいけど、
信長が死んだら人が変わったように戦術面でも精彩を欠いていると言う感じ。

賤ヶ岳でもまるで良い所ないし、神流川は残念ながら愚将の域。
よっぽどガックリ来たんだろ。

280 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 16:34:39 ID:9IVR8y2Q
>>276
小牧長久手のとき信雄方としてそれなりに活躍しなかったっけ?
最後は僚将の首を差し出して降伏するなど無様だが。

281 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 17:23:17 ID:6l0351Cm
>>280
活躍したっけ?秀吉方だったような気もするけど・・

282 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 17:24:38 ID:ST4Hucf7
秀吉方じゃなかったら首無いな。

283 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 19:21:46 ID:YNH5X9be
信雄配下の佐久間正勝(正栄)と戦い戦功を挙げる。
 ↓
蟹江城の留守将前田種利を寝返らせ、九鬼嘉隆と一緒に入城。
 ↓
大野城の山口重政を攻撃するも攻めきれず、逆に援軍にきた家康・信雄に包囲され降伏。
 ↓
前田種利の首で降伏を認められる。
 ↓
京都妙心寺にて落髪、仏門に入り、秀吉から越前大野へ捨扶持を与えられる。

小牧・長久手の滝川の動向。

284 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 19:44:57 ID:ST4Hucf7
・・・まぁ賤ヶ岳や神流川よりはだいぶマシ。

285 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 09:50:13 ID:hrE/RuWU
秀吉とくらべて無能まで行くと飛躍しすぎだろう。
ただトップとしての判断能力と家臣としての与えられた任務への遂行能力とが
別物で、秀吉は前者も兼ね備えた傑物だったという話し。もう一つ言えば
謀反というトップとしての判断を下した光秀も。信長も1に光秀、2に秀吉と
評価してたようだし、その点では信長の目は確か。トップとして光秀・秀吉>>勝家・丹羽・滝川
であって、滝川には運がさらになかったということだろう。擁護じゃないけど
信長ほど独断するトップの下にいたせいでその能力に欠けていたというか。欠けていても評価される状況。

286 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 15:55:03 ID:qPN1IZ01
ではその有能な光秀・秀吉ならあの状況をどう打破してくれる。
さっさと本領に帰ったとしても織田家の中で立場は弱いよ。つまりどうしようもない。

287 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 16:37:25 ID:B+JeW4G/
打破できるとは書いてないと思う

288 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 18:24:01 ID:pQNGHXm+
なら本能寺〜神流川の敗戦で能力の多寡をかたるなってなるな

289 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 19:35:39 ID:NWkoGM7a
何で勝家は一益を待ってやらなかったのか…
見切り発車の清洲会議でコテンパンだし。
秀吉にも勝家にもコケにされた関東方面総司令、哀れなり。
有能無能関係なく、この点だけは本当にそう思うよ。

290 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 23:03:00 ID:o/zi5jKb
>>286
秀吉は完全に敵の毛利と見事に講和を結んで、戻ってきた。
一益は同盟相手の北条に勝手に突っ込んでボロボロにやられた。
はっきり言って器が違う。

秀吉なら普通に北条と巧く講和結んできただろう、
北条側も、上杉・徳川が蠢いてる中で、利根川渡って無理矢理上野を攻めるような無謀な事はできない、
実際、その後の徳川・上杉に対しても正面衝突は避けてるし、いくらでも講和の余地ある。
もともと同盟国だし。

だが情勢を見ても、先に攻めたのは一益、合戦場も紛れもなく北条領。
政治的な解決を一切無視した上に、戦略的な優位まで無視して、目の前の小城を奪って
喜んでるところを袋叩きにされて厩橋城に帰る事もできず壊走した。

むしろどこか一つでも褒められる点があるのか?と。

291 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 23:31:35 ID:qPN1IZ01
北条に上野を放棄しろと・・? それが秀吉ならできると?
それとも上野を北条に無血開城して本国に帰れと? 秀吉は高松城を毛利に渡したのか?

292 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/11(木) 00:00:55 ID:o/zi5jKb
放棄も何も、いくら北条家の兵力が多いと言えども、
上杉も徳川も迫ってる状況で、そう簡単に上野を攻めて落とす事など出来ない。
そんな狭くないし、兵力も城数も少なくない。仮にも2万弱も居る訳で。
そんな時間的な余裕は無い、1週間ちょいで既に景勝は信濃に入ってきてるし、家康も旧武田領で蠢いている。

だが一益が勝手に突っ込んできてくれたおかげで「 2 日 」で終わったんだよこの合戦は。
しかもそれでも北条家はその後やや後手に回ってしまった、
その余裕のない情勢下な事+氏政はあくまで書状で敵対をしていないと言う大義名分も考えれば
上野の一部を譲る程度で十分講和できた可能性はある。
また上杉に対する牽制の意味でも、柴田勢力ともども北条は滝川と繋がっておく利点が大いにある。
というか大将だったら少なくとも可能性を模索するべき。

勝手に突っ込んできておいて責任転嫁も甚だしい。

293 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/11(木) 00:10:49 ID:lIpDD6QI
北条が上野一部で講和したとして甲斐・信濃を平定後の見通しは?

294 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/11(木) 00:34:18 ID:xWn9hLjz
それは情勢が動いてみないとわからない。
しかし史実と違ってくるのは、滝川・柴田辺りと北条が結んだままだと、
徳川家康としては史実ほど単純に敵対はできないだろう。

とはいえ見通しとしては、まず甲斐に先行している氏規をほったらかしにしておく訳にはいかないから、
若獅子での家康とのにらみ合いは結局あると思う。そこで一益が間に入れるなら、存在感も見せられるし、
史実より早く同盟を結べる可能性も上がる、また真田も上野が割と動きやすくなったからこそ
あれほど自在に大名間を飛びまわれたが、喉元に一益が突きつけられてたら、何も出来ない、
実際、神流川では普通に戦う羽目になってるし。そうすれば随分時間の省略になる。

真田が動けなければ、家康が上田城で負ける事も無くなる訳で、情勢は一気に景勝にとって苦しくなる。
上野が取れない代わりに、景勝を追い出して、甲斐・信濃を山分けに出来るかもしれない。
そこは情勢次第、未知数。

295 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/11(木) 04:11:10 ID:lIpDD6QI
上野の一部に寄生してるにすぎない滝川に何の存在感?
大体一部ってどこを割譲する気よ。厩橋を出るのか?
甲斐信濃が落ち着けば完全に孤立するわけで、そこからまだ北条と同盟を維持できるという根拠は?

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