5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

もし秀吉が朝鮮征伐に成功していたら

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 01:01:58 ID:J86GvHIF
日本はどうなってた?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 01:05:50 ID:hB4FEzkK
2げと


3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 01:18:52 ID:YncMBfYM
ヌルハチに横取りされる

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 02:15:56 ID:vpAECrQn
日韓ワールドカップでマルディーニは延髄蹴りを食らうことはなかったな

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 02:26:16 ID:ZqZUcrew
そのまま明も攻め入って日本のもの

6 :しぶいっ(ry:2006/08/14(月) 02:33:23 ID:19fLt3KA
例の血が混じりまくるのでモラルハザードで日本滅亡(1910)

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 02:37:10 ID:ZqZUcrew
どうせなら
「朝鮮成敗」とか「朝鮮仕置」とかに改名してくれないかな
半島人の横暴のことを思えばこれくらいしてやらないと

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 08:35:11 ID:A9bHnk3X
>>7
おいおい、それは現在の価値観だろ
当時の朝鮮はどちらかといえば日本に先進技術を教えてくれるありがたい存在
どう考えても日本に名分のない攻撃だったんだよ

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 16:47:56 ID:uhW4J2cL
秀吉の甥で養子の秀勝(3番目)が朝鮮戦争で病没しているけど、
もし秀勝が死ななかったら何か違ってたかな?

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 21:07:21 ID:eEANG7pD
秀吉は明へ行くからチョンに道を貸してくれ、と最初欺いてたんじゃないのか?

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 21:19:59 ID:cI2ps57N
むしろそれが目的じゃなかったか?大陸出兵。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 22:17:55 ID:/iUQnMQP
■この糞スレは今より石川ゴルバチョフ閣下の支配下に入りました!■
≪糞スレハンター石川参上♂♂♂≫

    ミ¶,へ、      ミ¶/^i
     | \〉`ヽ-―ー--< 〈\ |
     7   , -- 、, --- 、  ヽ
    /  /  \、i, ,ノ    ヽ  ヽ
    |  (-=・=-  -=・=-  )  |   
   / 彡  / ▼ ヽ  ミミ   、    
  く彡彡 \___/   ミミミ ヽ   騙されたと思ってこの俺に
   `<    \/      ミミ彳ヘ  ついてこいや!(笑)
    / ̄\     ___/   \   
   ,┤    ト     7      \
  |  \_/     /              
  |   __( ̄ 
  ヽ___) ノ
【石川ゴルバチョフ ◆Pounds/.2. 】
いつも独特のユーモアで三戦板および、戦国板住民を楽しませてくれる
毒舌型天才漫才師馴れ合いコテ。最近戦国板から三戦板へと行動範囲を
広げその知名度、人気はうなぎ登りである。
レスに(笑)をつけるのが特徴。出現頻度は結構高いコテである。
一見ふざけたレスばかりしているようにに見えるが、案外賢いのではないか
との風評もある。実は隠れファン多し!なお八戸のぶながとは刎頚の友である。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 00:13:03 ID:AvTFtle4
秀長はフィリピン方面遠征を推していたんだよね?
そっちに行ってたら成功していたかもね

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 19:45:57 ID:ShMqD9Dd
>>13
平和な通商ならともかく、あんな離れた所に戦を仕掛けて兵站はどうするつもりなんだ?
大納言殿はそこまで軍事知識に欠けるうつけだったのか?

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 22:30:08 ID:GN4OpImL
>>14
スペインはそれ以上に離れた場所を征服している。成功するかしないかはやり方しだい。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 22:48:36 ID:Lkau7w/J
>8
三韓征伐って知ってる?
朝鮮が先進国??中国ならまだわかるけどなあ

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 23:56:00 ID:7ZnehM6z
スペインと日本が戦になったら秀吉軍は惨敗ですか?

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 00:50:06 ID:EgCCitrf
フィリピンへの兵站や兵力の輸送は、朝鮮半島よりずっと困難だよ。
それに、当時の日本とスペインじゃ海軍力が比較にならない。
海戦で惨敗して、陸に上がる前にあぼーん。
フィリピンでスペインは砂糖のプランテーションを行ってるので、
経済的な理由からも簡単に手放さない。

正直、出兵してたら大失敗したと思う。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 01:12:58 ID:gwIjFrpI
前にどっかのスレで、当時の東南アジアはまだちゃんと国なってないとこが多いから
貿易拠点などを個として抑えるのは難しくない、みたいな話を見たことあったけど。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 01:38:42 ID:UNcBwFV4
西欧諸国に可能なことが、当時の日本にも可能なわけではない
遠洋航海術と海軍力の圧倒的な優位があったから、
スペインやオランダは、東南アジアの拠点を少数の兵力で抑えられた
日本にはどっちもない。軍事的に考えると無謀すぎる
というか、日本からフィリピンまでの海路による兵力・兵站輸送を
無事に維持できるかどうかさえ疑問つーか…

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 01:54:28 ID:Ou2moNK+
>13
博多町衆が抑えていた東南アジア諸国の交易を嫌い、秀吉に復興してもらった博多町衆が朝鮮〜明を狙った北伐を唱えたのが、発端。
千利休の切腹も、この流れとみる事が出来る。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 01:56:43 ID:bQklyr5Z
まあ本当にフィリピン出兵をやってたら、
太平洋戦争の南方戦線のような悲惨な結果に終るだろう。
どう考えても日本からの兵站が続かん。
運良く上陸できたとしても、長期的に維持できる海軍力がない。
熱帯地帯で餓死者続出して終わり。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 07:53:25 ID:7dGQ2AG9
西欧の航海技術の提供が受けられなくて秀吉は南方進出を断念して、朝鮮ルート
一本からの大陸出兵を行った。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 09:44:32 ID:Ou2moNK+
東南アジアの場合、元々ある日本人町を拡大していく形がとられたろうし、ほとんど海賊然としていた欧州を嫌った王族も多かったから、秀吉が若かった頃多用した手法の拡大運用で台湾・マカオ・ルソンとある程度の成功は納められたんじゃないかな?
問題は、お山の大将&寿命が近かった秀吉が早急な戦果拡大を望んでいただろうから、朝鮮と同じで駄目だった可能性が高い事。



駄目やん。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 09:49:17 ID:xjyBRL0+
信長だったらどうか

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 21:23:41 ID:84vEGCcC
信長だろうと結果は大して変わらなかったと思う。

三戦板にも同じ主旨のスレがあるけど、ここと流れが違うね。

太閤殿下による朝鮮征服が成功していたら
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1156760432/

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 22:13:19 ID:7dGQ2AG9
秀吉の唐入り自体、国内の余剰戦力放出の意味合いが強い戦。
ロクな計画も立てずに勢いだけで行ったら予想以上に上手く事が運んだだけ。
信長だったら天下統一後の計画もしっかり立てていたみたいだから、直隷平原抜いて北京に迫れたかもしれない。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 23:45:41 ID:84vEGCcC
いや計画をしっかり立てようが、当時の日本軍では、
遼東や直隷の平原を走破するのは難しい。
第一、補給線をどうするか。
信長だって魔法が使えるわけじゃないんだから。


29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 14:47:05 ID:BfjvJ62M
山岳など障害の多い国内で練磨された日本が
また障害の多い朝鮮を短時間で蹂躙したのに
障害物の少ない平原を走破できないんだろうか?
補給線は朝鮮とか痛めつけて恐怖感を与えてからにしたら良かったんじゃね?
もっとも、信長なら秀吉みたいにバカ正直にいきなり攻め込まないで
敵地を探索したり敵の兵器を分析したり敵の武将を調略したとおもうけどね

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 15:06:14 ID:Eo/Ein8q
1みたいに何気に征伐とか使って韓国をバカにしてるのが一番むかつく。
それに歴史にもしとか言ってる時点で歴史語るしかくないし

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 16:13:24 ID:md6Qrvpo
>>29
朝鮮は山岳だったからよかったんだよ。平原だと、徒歩兵主体の日本軍は機動性が劣る。
隠れる場所のない平原で、動きが鈍ければ簡単に敵に捕捉されてしまう。
それに遼東は荒野だから、現地での補給が難しく、朝鮮から補給線を伸ばさなければならない。
敵の武将を調略と言っても、それなりに繋がりを持たなければならないし、何年もかかる。
ヌルハチ以下の女真族も、味方につけられれば心強いし、可能性はなくはないだろうけど、
明との付き合いも長いんだし、客観的に見て明側につく方が可能性が高い。
日本側についてくれても、裏切らないという保証はなく信頼性に欠ける。
後、信長なら秀吉と違って上手くできるといった類の論は、あまり根拠のない希望的観測。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 18:13:45 ID:Bdw1tuhx
朝鮮を取って、明を挑発
山岳地の多い朝鮮の地の利を利用した戦法で明に支出を強いる
明を朝鮮に釘付けにして江南から明本土を攻略
って作戦はどう?

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 18:44:15 ID:g3YJz81o
その作戦、机上の空論でしかなくないか?
だって、日本軍の一番のネックは兵糧だろ?
作戦が良くても、物資が無けりゃ、勝てない
そんなに長くの戦争は、当時の日本には無理だろ

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 19:13:31 ID:ih1Gghm9
朝鮮征伐に成功するには、秀吉の寿命が後5年は必要かと・・・
しかも文禄の役時点で朝鮮海軍に殲滅とまではいかなくても
ある程度打撃をあたえており、漢城までは死守しておく必要があり。
とりあえず、豊臣政権の本拠地は博多あたりになりそうな予感。
(名護屋は防御面で非常に危ないからね。)

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 21:22:11 ID:BfjvJ62M
>>31
日本軍は鉄砲があったんだから迎撃は可能かと。
イランとオスマントルコの戦いに見るように
平原で鉄砲相手の状態では騎兵が必ずしも優位とは言えないのでは?

信長なら何年か待つと思う。


36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 21:34:44 ID:Bdw1tuhx
>>33
李氏に代わって朝鮮を統治。李朝の統治で荒野同然となった朝鮮での食料調達は難しいか。
南鮮は致命的な戦禍を受ける時間があったのか不明(日本軍は一ヶ月足らずで漢城まで抜いている)。
南鮮は戦役で現れた便乗盗賊の成敗をしっかりやっておけば年貢の徴収は可能だと思う。

37 :狸伍長:2006/09/28(木) 21:39:56 ID:Q6V01mUj
当時の日本の感覚は、村落を占領して、それを結ぶ街道を確保。
つまり、線の戦だった。
これは主力が歩兵だったし、輸送能力が今とは段違いに劣っていた当時の兵站能力からして、仕方なかった。
だから、朝鮮を攻略して明に侵攻しても、海岸線から一定の範囲以外は、占領出来なかったんじゃないかな?

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 21:44:04 ID:eKpeWcBG
>>30
馬鹿にするも何も、実際に当時はそう言われて行われた軍事行動じゃん。
むしろ歴史に忠実な表現です。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 21:49:04 ID:md6Qrvpo
>>35
チャルディラーンの戦いの場合、オスマン軍は駱駝や車で騎馬の突進を止める防壁を作っている。
長篠の戦いの例から考えて、日本軍の場合は木柵や土塁で同じ役割を果たす防壁を作ることになると思う。
ただ、チャルディラーンの戦いのように明軍が騎馬による突進をしてくれればいいけど、
大砲による砲撃に切り替えた場合は、この策は通用しなくなる。
史実でも、この後の1626年の寧遠城の戦いで明軍はポルトガルから勝った大砲を大いに活用して、
満州族の軍勢を撃退している。
それ以前の問題として、やはり補給の問題がある。
遼東のような何もない平原だと、食糧の現地調達もできず、朝鮮から運ぶ必要がある。
それと、信長ならできる、というのはあまり根拠がない。

>>32
江南作戦の場合、対馬海峡よりはるかに広い東シナ海をどうやって渡航するかという問題がある。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 22:23:58 ID:Bdw1tuhx
>>39
その辺はスペインかオランダから航海技術の提供を受けて。
史実だと技術提供を受けられなくて朝鮮ルート一本に絞らなければならなかった。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 22:54:31 ID:lBP1qkZ/
オレなら緯度39度付近の土地を取っ払って運河にして朝鮮を島国化する
北は寒地だから国力はない夏守りきればOK

西は唐があるが距離がかなりあるので守りきれる

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 23:05:15 ID:WxuCvbat
しかし一番悔しいのは当時の戦国武将オールスター(家康は参戦してないが)で進撃したにも関わらず
結果的には明や朝鮮の反撃、秀吉の死で撤退を余儀なくされたことだ。
義弘や宗茂や清正らの快進撃もあったけれど。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 23:26:25 ID:xZXW6wZs
ところで亀甲船って本当にあったの?
剣山状のドーム形甲板&大砲装備らしいけどちょっとうそ臭くね?日本より鉄砲技術も劣ってたらしいし

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 23:39:37 ID:Bdw1tuhx
剣山状のドーム形甲板&大砲装備だと船体が重くなり過ぎ。人力動力でどう動かせと。
それ以前に鹵獲した火縄銃からまともに撃てる複製を作り出す事が出来なかった程度の技術力じゃ、火縄銃以上に高度な技術力を要求される亀甲船を作り出す事は不可能。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 23:47:08 ID:czog3IXx
結局さ、朝鮮出兵は何で失敗したの?
海戦で負けたのは知ってるけど、陸戦はソウル辺りを占領したんでしょ?
なのに何で負けたの?
教えてエロイ人

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 23:54:27 ID:xZXW6wZs
>>44
やっぱりうそ臭いよな

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/29(金) 00:40:58 ID:Zl4LPN/i
>>44
そんなこと言ったら信長発案の鉄甲船の立場が・・
てか鹵獲すぐに複製はいくらなんでも無理だろ
日本だって国産種子島一号作るのにかなり苦労したのに

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/29(金) 00:44:26 ID:OlLdNTvT
>>45
海が合ったからね
朝鮮への物資補給路がどうも安全ではなかったらしい
あとは……士気の問題かな
結局、戦うのは人間だから、故国から離れるのは辛いだろうよ

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/29(金) 09:07:28 ID:YH7S1Ud7
86 :無名武将@お腹せっぷく :2006/09/18(月) 12:36:11
>>84
そういう点から考えて、明に最も打撃を与えるには、
鎮江から揚州にかけての線を占領し、長江と大運河の連絡を寸断するのが最適なんじゃないかと思う。

明に限らず中国の歴代政権は、経済面で江南の豊かさに頼っている。
唐が、安史の乱で首都を占領されながらも滅亡を免れたのは、江南を確保していたからと言われているし。
その観点から考えれば、北京と江南を結ぶ大運河の寸断は、明にとって死活問題となるはず。

最大の税収源地域である蘇州や杭州との連絡を遮断されるのに加え、
揚州もまた塩の集積地であり、重要な塩税収入の源。
元朝末期に張士誠が反乱を起こしてこの地域を占領した時には、
それよりはるかに規模の大きかった河南の紅巾の乱に対して動きが鈍かった元朝も、
即座に丞相自ら率いる大軍を送って討伐に乗り出している。
その理由は、元朝の最大の収入源が塩税であり、これらの地域が塩の集積地であったから。


87 :無名武将@お腹せっぷく :2006/09/18(月) 14:59:13
問題は、鎮江や瓜州、揚州といった地域が、長江を河口から200キロ以上も遡った地点にあること。
これらの地域を占領するには、長江を遡って内陸奥深くに侵入しなければならない。そこまで到達できるかどうか。
更に、仮に占領に成功したとしても、次はその占領状態を維持し続けなければならない。
補給線を構築するのが絶望的に難しいし、下手をすれば敵中に孤立してしまう。
明にしても、属国の朝鮮とは違い、生命線とでも呼ぶべき地域を占領されれば、
それこそ総力を挙げて奪回に乗り出して来るに違いない。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/29(金) 10:49:22 ID:5Jk10lLO
>>49
専門家の方ですか?

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/29(金) 19:17:53 ID:d+f0tL1I
秀吉が慶長で朝鮮(南部三道)の支配に成功していたら
日露戦争が史実より少し楽になっていたかも。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 04:05:29 ID:ja8zOcEi
朝鮮半島を秀吉の時代から日本が抑えていたら、歴史が全く変わって日露戦争自体起きないよ。
歴史のIFは同時代ならともかく、何百年も先じゃ不確定要素が多すぎて予想なんてとても出来ない。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 11:40:03 ID:ESnNWoo0
秀次を朝鮮総督、秀頼を関白にして、その後、秀吉死去。
秀次の家臣に織田派武将や家康等を配したら、楽しい事になるかも。
朝鮮独立、もあり?

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 13:19:11 ID:MqpKlcxR
大名領に分割されてたろ。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 14:07:46 ID:Sux++sE+
対外関係も複雑化して鎖国も無かった

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 21:26:20 ID:ESnNWoo0
最低でも、外洋船が必要になるから、船の発展が全く変わるな。
北前船が朝鮮〉福岡〉能登〉佐渡島〉蝦夷地という感じになるのかな?

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 23:17:26 ID:FnizcNp9
大名制による統治方式をそのまま持ち込む限り、
一時的な占領はできても長続きはしない。
それに現地に元からある行政システムをできるだけ活用しないと非効率。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 02:38:47 ID:eQ0E4bp0
当時の朝鮮は、何万石あったの?

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 03:49:54 ID:Qdm5vo4J
もし、朝鮮侵略が成功したら
家康を関東から朝鮮に移して
で、九州を西軍武将で固めれば
豊臣政権安泰だったのにな・・

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 18:24:01 ID:HNrUf8QR
http://3.csx.jp/peachy/
data/korea/
韓国は“なぜ”反日か? 「日本は、韓国に嫌われている」

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 20:14:22 ID:yd+1YMfV
>>47
確か織田のは大船じゃなかったっけ?
亀甲船は素人目に見ても風力を利用し辛いと思う。

織田の鉄甲船(仮) 
配置場所 外海と比べて波の穏やかな内海
用途 拠点防御用、それ程機動力は必要としない。
亀甲船
配置場所 波の荒い外海〜湾(あの形であの武装だと少しの浸水が命取りになりそう)
用途 韓国の記述の限りだと機動戦を行ったらしい(人間動力だと絶対に無理)

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 00:27:57 ID:RFEp8Rb2
>>48
釜山までの航路は普通に安全。各大名の船が行き来している。
李舜臣の出没地点は、主要路から外れた沿岸地帯で、京城への補給線とは無関係。
危ないのは南漢江や洛東江を行く川舟で、現地住民や義兵に襲われていた。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 15:25:00 ID:pUBnFI7d
李舜臣は戦果の拡大発表じゃね。当時のプロパガンダっつーか大本営発表?
当時の日本は鉄砲の保有数&技術力世界一だったとか。
直前まで戦国時代なら練度も高い。普通に考えて、正面からの陸戦なら負けないだろう。
ただし、海軍≒海賊(取締りで弱体化)
豊臣の支配下に入ったばかりの大名たちは、大部分全くやる気なし。
兵力の消耗を嫌って、戦闘してるふりしながら相手の指揮官とナアナアで済ませてたりした。
結果、マジメに戦ってたところが突出して、補給線を叩かれたりなんだり。
まぁ前線すらいまいちマジメに戦争してねーんだから、勝てはしないだろう。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 18:10:54 ID:a2o9+myj
>>63
それにすら勝てずボロ負けした李朝・・・(涙)

朝鮮征伐を成功させる為に必要な点は
・秀吉の存命
・航海技術の向上
・明への根回し

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 04:30:53 ID:NWZzn66X
成功しとくべきだったよな
秀吉殿下は400年後の朝鮮の横暴が分かっていたに違いない

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 08:31:44 ID:fA2nPQHN
たしか文禄の役じゃ朝鮮の民は日本軍の道案内をしてたって聞いたけど。
それが確かなら、民を味方につけることができれば朝鮮半島を手に入れることは不可能じゃない気がするな。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 10:37:12 ID:T1vk+VuJ
朝鮮もそうだけど、
当時、高山国と言われてた台湾も支配して欲しかったよな

高山国は、明とは独立してて別の国だったし
王朝といえる政府もなかった。
しかも当時、一部の国以外とは鎖国していた明の密貿易の拠点になっていたんだし
鹿皮はじめ、貿易の特産品や立地も、かなり重要だったのにな。


68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 10:45:02 ID:T1vk+VuJ
それだけ重要で、しかも
薩摩の琉球征服と同じくらい簡単に征服できたはずなのに・・

また秀吉はルソン(フィリピン)国王に対しても服従するように使者を送ってるくらいだから
南海制覇にも興味があったので、足がかりとして
琉球→高山国→ルソン
と、支配を拡大して欲しかった

第二次世界大戦以前、大日本帝国は朝鮮、台湾を植民地としていたが
朝鮮国民は、日本に対して反感的だが
台湾国民は、日本の支配をとても好意的(比較的)で
太平洋戦争の特攻隊志願兵も数多くいたそうだ


69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 10:58:46 ID:T1vk+VuJ
また当時から(戦国末期)ルソンはじめ、シャム(タイ)、ベトナム、カンボジア、ミャンマーと
東南アジア各国には、数多くの日本人が生活していた
その多くが、主家を滅ぼされた武士であったり、キリシタンであったり
商人、農民と、日本では生活できなくなった者が大半を占めていた
当時最大と言われていたカンボジアの日本人町には、大よそ5千〜1万人くらいの日本人が生活していたと言われている


70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:04:15 ID:T1vk+VuJ
その中で、日本人の主(重要)な仕事が、王宮警護に携わる兵士だった
日本人は長い戦国時代で鍛えられてるから、戦が強く
現地人では全く歯が立たなかったらしい
その中で、最も有名な男が、シャムで活躍した山田長政だろう
彼はシャムのアユタヤ王朝の要職につき、最高位を貰うほど出世していたが
志半ばで毒殺にあい、非業の死を遂げはしたが
シャムの貿易管理を全て任せられ、隣国ミャンマーとの戦が始まると
必ず、最高責任者として戦い勝利を収めたそうだ
シャム南部で反乱が起き、その鎮圧の成功の暁には
シャム南部の日本人自治政府を約束されていたそうだ
鎮圧直後に暗殺にあい、その約束は叶わなかったが
日本人の他国進出の夢を叶える意味では、非常に残念な死だったと思われる

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:09:38 ID:T1vk+VuJ
もし仮に、徳川政権が鎖国政策を行わず
その東南アジア各国との貿易が継続されたならば
日本の国際化は、飛躍的に進み
航海技術はじめ、いろんな文化がもたらされただろう

その後に、改めて

朝鮮侵略を行えば、必ず成功したと思うのだが・・

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:42:53 ID:J/QYlUD7
国内に入る南蛮の尖兵(宣教師)をどう捌くかが問題。
徳川の貿易縮小政策も南蛮スパイ(宣教師)の排除が目的。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:43:40 ID:1X3C1w1d
ちなみに、当時の李朝は明の許可が無ければ
鉄砲を保有できなかったというようなことを聞いた覚えがある

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 20:43:29 ID:c/+0kliq
三戦板のスレじゃ、倭寇の規模のでかいようなことをして、
明の沿岸を荒らし回って嫌がらせを続け、音を上げた明朝から、
お小遣いをせびり取ろうというような方向に議論が進んでいた

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 18:19:31 ID:iX02oGN1
秀吉の南方進出ね・・・南蛮の最先端の航海技術の取得が出来なかったから海上移動が最も短くて済む朝鮮ルートからの唐入りを選んだ。
長期外洋航海技術の提供を受ける事が出来たら
琉球→高山国(台湾)→東南アジア
って出征していたかもね。東南アジアでヨーロッパ勢力と戦争になっただろうけど。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 06:24:58 ID:m0BIyLem
鎖国によって数万いたと言われる東南アジアあたりの日本人が切り捨てられたからなあ。

結果東南アジアの各国は西欧に食われてしまった。

小説で大久保長安とか政宗が大阪城の莫大な金銀を駆使して海外貿易に乗り出す
計画を練ってたよ。

当時浪人が30万は居たわけだから、船と金と兵はそろって居たわけだ。
やってれば日本も植民地一杯もってたかな。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 09:35:00 ID:kYXN1Ba9
政宗は結構真剣に考えてたかもな
独自に使節団立てるくらいだし

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 10:19:10 ID:giAR5Z7p
恒常的に大陸の勢力と向かい合うことになったら、政治的軍事的負担は相当なもの
あまり良い未来図は想像できない

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 11:18:55 ID:kYXN1Ba9
てか、10年くらいで銀が無くなって見向きもされなくなったんじゃないか
南蛮貿易での金銀流出量は半端じゃないし
当時の世界で流通していた金銀の大部分が日本産という話もある
おかげで江戸時代は慢性的な金銀不足だった

当時の最大の輸入品って生糸なんだよな
戦国時代が終わってからはさらに輸入量増えただろうし、
致命傷になったんじゃないか

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 12:46:30 ID:3V2MxFWb
文禄・慶長は生糸戦争かも。
中華を支配と景気の良い事言って主に恩顧の諸侯を動員、中原で生糸の生産技術者を拉致。
中華と優位な講和を結んだ後、国内の生糸の生産を豊臣一門が一手に握るのが目的か。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 02:05:36 ID:HYejoTEI
台湾だけなら鄭成功の援軍要請に呼応してれば版図に出来てたんじゃない?

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/23(月) 02:40:30 ID:11eqcS1I
航海技術と本土の距離から維持が難しい。清とやり合ったら距離の差で確実に負ける。

25 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)