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【豊臣】逆転!大阪の陣【徳川】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 17:14:21 ID:dIU1eCC5
大阪の陣で破れ滅亡した豊臣家、逆転は不可能だったのか?
戦の素人だった淀の方が口出しせず、すべての作戦立案と用兵
を、真田雪村、後藤基次、長宗我部盛親らに委任していたら?
篭城戦をさせたら日本一と言っても過言ではない真田昌幸が
生きていて、大阪城に入っていたら?
など、ifを絡めた話も含めて語りましょう。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 18:05:15 ID:/ju3RlPJ
宇喜多秀家が大坂湾まで泳ぎ着けば勝てる

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 19:35:26 ID:KoCzzHAk
宇喜多秀家が泳いで大坂に入る(絶対条件)

福島が穴を掘って江戸から大坂に入る(十分条件)

前田が宇喜多と通じてるとか噂になって離反(必要条件)

大谷大学に吉継の霊が降りる

秀頼がメカ秀頼になってパワーアップ

大坂城にザクが現われる

家康、寿命で死ぬ(絶対条件)

関東で大地震が起きる

追撃で秀忠を討ち取る

大坂勝利

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 22:51:34 ID:1BVeVKiE
宇喜多秀家が泳いで大坂城に入る

その泳力を買われて日本代表に

北京五輪個人自由形200mで金メダルを獲得

全日本が泣いた

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 13:26:45 ID:As0EKPEM
あげ

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 14:13:33 ID:4OugduxQ
>>4
×北京五輪個人自由形200mで金メダルを獲得
○北京五輪個人自由形200kmで金メダルを獲得

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 14:53:13 ID:TQrJl1Wv
>>1
それでも結局徳川家康には勝てんだろうな
外から攻めれんとすれば内から崩される
やはり秀吉その人(最盛期)がいないことには・・

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 16:37:38 ID:DzpDAG+q
大坂側にそれだけの事をする器量人がいないからなあ、戦術的な勝利積み重ねて家康秀忠討ち取っても、秀吉の威光しか無い豊臣に日本纏めるのは無理だろう。。

伊達政宗あたりが忠輝将軍にしてもう一回関ヶ原で政宗大御所マンセーかな。
まあ戦争がさらに20年は続くね、

ザク操縦して家康討ち取りで全日本が泣いた。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 20:48:21 ID:Y+rS1Tsb
秀吉の威光も無い

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 13:10:11 ID:cDqzL06+
真田昌幸より宇喜多秀家入城は絶対条件

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 17:13:51 ID:1Zvwwv4k
宇喜多秀家に限らず、大阪方をまとめる人物が絶対必要だね。
たとえば石田三成、大谷吉継が実は生きていて大阪城に匿われていたらとか、
黒田如水が自らの野望を叶えるために、大阪城に入れば息子の長政の立場は
かなり微妙なものになるし、あるいは江戸に留め置かれている、福島正則ら
豊臣恩顧の大名達が隙を見て、江戸城を乗っ取るあるいは火を放つなどすれ
ばどうか?
いささか荒唐無稽ではあるが、伊達政宗の要請にイスパニアが応じ、艦隊を
派遣、大阪湾に大砲ぶっ放しながら乗り込んできたら?


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 04:41:37 ID:BH93kTz/
宇喜多秀家が
泳 い で スペインに
     ↓
無敵艦隊を率いて大坂湾に

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 09:34:28 ID:JTldhxGi
それだ!!!!
秀家ならやってくれRURUUU!!

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 09:47:43 ID:esvMOK5M
@家康を暗殺
A淀君を更迭

これで十分じゃないか?


15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 11:23:20 ID:LhEeLzXC
>>1家康は、敗北して欲しかった。

16 :鳥屋 ◆Mzllk81HNE :2006/08/10(木) 12:20:16 ID:/WYzU3Yy
ついに東西手切れとなった・・・
駿府城にて

家康「さて、大坂攻めは誰を連れてゆくかのう・・」
正純「はっ やはり藤堂、細川、黒田等々、旧豊臣家恩顧の大名がふさわしいかと・・もはや豊臣家に義理などありますまい。」
家康「奴はどうする?」
正純「はっ?」
家康「わからんか・・・あの物狂い、福島正則がことよ・・・!」
正純「ああ、あの男・・・はっははご案じなされますな、あの男も関が原の役前後ぐらいまでは威勢が良かったようですが、いまでは猫のように大人しくなり、
  保身第一のつまらぬ男に成り下がっておりまする。従軍しても差し支えないかと・・。逆に気張って秀頼の首を一番に上げるかもしれませんぞ、ふふふ。」
家康「よし。では連れてゆこう・・・だが万が一ということもある、きゃつめは後陣に配置しよう。」


だれか続きを


17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 15:52:39 ID:mgz6E7SY

1615年4月4日、家康は駿府を発つ。表向きは名古屋にいる息子・徳川義直の結婚式のためであった。
しかし実際は大阪攻めのためであることは明白であり、諸大名も戦支度に追われていた。
そんな中、福島正則は家臣達が戦の準備に追われているのを眺めながら、一人思考の海に沈んでいた。

正則(わしは・・・わしはどうしたら・・・)

その時、一人の武将が正則に話しかけてきた、徳川より監視役として派遣された江馬秀次であった。

秀次「どうなされた福島殿、ご気分でも優れぬのですかな?」
正則「・・・」

正則にしてみれば気分など優れようはずがない、これからかつての主家を攻めるために出陣しなければ
ならないのだから。
知っていて嫌味のごとく話しかけてきた秀次に腹が立ったがまさか殴り飛ばすわけにもいかず、ただ
沈黙するのみであった。
その夜、正則のもとに二通の密書が届けられた。
一通は大阪から、もう一通はなんと八丈島からであった。
この密書がこの後の正則の運命と歴史を大きく動かすことになる。

そのころ大阪城では異変が起こっていた。


続き頼む

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 19:43:52 ID:YPkeaWm5
徳川と豊臣の手切れを遡ることしばし・・
八丈島において不遇とも肩の荷の下りた楽な暮らしとも思われる
先の五大老が一人宇喜多秀家が無聊を囲っていた。
「何・・福島殿が酒樽を又送ってくれたとな。先日の難破の際には
たいそう世話になったでな」
酒樽に近づく。
樽を開けると・・桐の葉が浮かんでいた。「・・・・・?」
隣に控えていた者が、
「この酒こそ五三の桐の落葉を弔う為の酒」
「おぬし何者じゃー」







19 :鳥屋 ◆Mzllk81HNE :2006/08/11(金) 01:08:59 ID:UaztIjos
その頃、大坂城では西上してくる家康に対して、いかに立ち向かうか軍議の真っ最中であった。
異変というのは、その軍議の席になんと秀頼が闖入してきたのだ。
「上様!なぜここに!お袋様はいかがなされたのでござる?!」木村重成が驚愕した。
「主君の余が、軍議に出てはいけないのかのう・・・」
それは重成に対する秀頼の皮肉ではなく、真剣に困っているようであった。やがてぽつりと、
「母上は、いよいよ江戸と手切れになることを女官から知らされた途端、発狂され卒倒してしまったのじゃ、でここにきたのじゃ・・」
「来たとおっしゃられますが、本丸からよくぞここまで・・」と後藤又兵衛が半ばあきれながらつぶやいた。
「わらわがお連れしたのじゃ」
と秀頼の背後から女性が現れた。
「母上!」と木村重成が叫ぶ。そう宮内卿、その人であった。

みなが驚く中、一人「得たりや」とばかりに眼光がするどくなった男がいた。

※続きをお願いします。

  

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 23:36:57 ID:ylEXcIW5
「おぬし、何者じゃあああ」
秀家は叫んだ。
男はたじろぎもせず、名乗るほどの者ではない、と言い強いて申さば
「左衛門大夫の後悔」
と名乗った。
「ほう、変わった名じゃの。」秀家はせせら笑う。
「いまの東西の現況をご存じか、いまは…」と男が話はじめると、秀家はすばやく手で制止し、
「言わんでよい」とつぶやいた。続けて、
「今、日本の東西でどのような状況になっておるか、この秀家が知らいでか。
さだめし、ワシを大坂城に招くつもりであろう。」
「察しがよろしいようで」
「だが、断る」
「へっ?」
男はきょとんとした。
「何故か、って?……よし、よくきけ…」


つづき頼む

21 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/12(土) 00:07:49 ID:5bcptMDc
「そこか!」
秀家はおもむろに腰の短刀を投じた。その先には崩れ落ちる初老の男がいた。
「声が高い。誰が見ておるのかもわからんのじゃ。」
「お手並みお見事にございます」
「うむ、草が生えすぎおるのじゃ。」

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 12:36:26 ID:H28Zxe9m
大坂城

大野治長「上様!はやくお袋様の元へお戻りなさりませ!このような場に軽がるしく来てはなりませんぞ!」
秀頼「…」
宮内卿「治長殿は豊臣家の忠臣かえ、それとも逆臣かえ?」
治長「な!なにを申される!」
宮内卿「これから起こるであろう戦は、先の大戦とは違い、われら家臣が腹を切れば済むもんではなかろ?
敗北すなわち豊臣家、御滅亡とあいなる。その戦の軍議に上様を参加させない治長殿は逆臣と申したまでじゃ!」
治長「むぅ…(これは不味い。母上は何をしておるのじゃ!)」



つづき頼みます。


23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 17:03:33 ID:VVdNE9+W
秀頼「修理は余を軽くみておるな!」
冶長「そ、そのようなことは」
秀頼「これは豊臣家の戦いである
    その大将である余を軍義に出させないとはどうゆうことか!」

続は頼んだ


24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 20:02:43 ID:OPZ0jHfp
冶長「・・・・・・・・・・」
動揺の色を見せていた冶長は、すぐに落ち着きを取り戻した。
「フッ・・なるほど・・・そういうわけか・・そこにおられるのであろう」
ふと視線を居並ぶ家臣の群れのどこかに向けた。
「フンいかにも私は豊臣家の忠臣ではございませんなー。あえて申せば」
一息置いて
「お市の方様の忠臣」

絶句する秀頼
宮内卿「やはりそうであったか・・」
動揺する家臣連中
「おのれ」詰め寄ろうとするのをおさえ
「静まれー。あえて申し上げておくが、これぞご母堂淀の方様が
お望みであると思し召されよ秀頼様。お方様はかく申された。
桐を枯らせ・とな」

「ゆえに我は家康殿に馳走した。淀の方様が上杉征伐を追認
いたすよう指図されたは、内府殿が野心を承知されておったがゆえ。
増田殿長束殿を煽って前田殿が内府殿暗殺を計画していると吹き込ませたも
ありもしない7将による三成襲撃をあるように吹聴して、光成殿を
内府殿が屋敷に追いやり隠居させたのも
私が淀の方様の意向を汲んでやったこと。
京極殿を東軍に走らせ西軍の兵力を裂いたのも淀の方様が妹婿殿に
内府殿こそ豊家の忠臣と文を送ったがゆえ・・
結果はご承知のとおり」

秀頼「なにゆえに」

「三成殿は高台院様の意向を汲んでおられた。高台院様が娘婿であられる
宇喜多殿の決起に協力し豊臣を上げて西軍に走られる工作を
される危険があった。ゆえに追い出したのよ、奉行職と大阪城からなクハハ。
後は簡単、私が東軍側にあって文を送った。増田殿の書体を真似て東軍に
文を送らせ増田殿に内応の嫌疑をかけ、毛利殿を大阪に足止めした」

秀頼「・・母上」
冶長「お忘れめさるな。桐の葉落しが計は、ことごとく太閤殿下に
対する淀の方様が復讐。淀の方が発狂されたなどとハハッ・・一服もって
眠らせたのであろう宮内卿」
冶房「兄じゃ・・実の子供が当主の家を滅ぼそうとする母親など・・」
冶長は名目しつつ呟く。
「あの方は、非業の最期をとれられたお市の方様と二人の父親の
紅蓮の業火を目の当たりにされておった。」
秀頼は落涙しつつ
「母は・・母は・・私がまだ幼い頃、常々もうされておった。赤い萌えるような
夕日を見ながら・・あの中が私の帰るところだと・・いつか・・
燃える様なあの場所に帰っていくのだと・・そこで母上や父上にあうのだと」
一呼吸置いて
秀頼「そのものをひったてー」


※続きをお願いします。


25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 21:24:16 ID:H28Zxe9m
「けけ!ワシを捕らえてももはや時は遅し!矢は放たれたのじゃ!やっかいだったのは且元の野郎だったわ!
奴め最後まで淀の方の邪魔をしおって!まあ奴を見事、大坂城から引き離したわけから、全て計画どおりなわけで、ひゃっはー!!」
と捨てゼリフを残し、治長は引きずられ連行されていった。

一同、あまりの展開に、しばし言葉を失っていた。
又兵衛「治長殿の言うことが真実だとすれば、関ケ原勃発の黒幕は淀ということになる。」
明石「まさか。治長殿は脳乱しただけよ。」
勝永「左様。しかし、万が一そうであったとしたら、これからの戦、淀の方はことごとく妨害してこような。」

と話した時点で、皆、秀頼の顔をみた。
秀頼「わかっておる。母上は不憫なれど、この戦が終わるまで、別の場所に移ってもらう。」

事実上の幽閉である。
今回の事件により、この後の軍議が秀頼を交え、具体的に機能しはじめた。

いっぽう、八丈島では…


※続き頼みます

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 22:06:17 ID:NJ23K2P9
その前に関が原のときに冶長大坂にいたか?

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 22:31:43 ID:quBwvAiq
八丈島は風が強い。

太閤殿下の最大の過ちは女癖の悪さだ……。
わしが五大老の一人として大坂城におったころは、
城内は女の愛液の匂いが充満しておった。

とどのつまり、大坂城は、
美女三千人集めたという始皇帝の阿房宮と何ら変わらない。
その阿房宮が始皇帝を失い、西太后の紫禁城になっただけのことである。

それにしても八丈島は風が強いな……。

※続きよろ

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 22:36:35 ID:ES+IR72H
その頃八丈島では…

秀家「!!」







秀家「いい湯じゃあ」
秀家は温泉に入っていた
秀高「父上、焼酎をお持ちしました」
秀継「兄上、クサヤがありましたので持って参りましたぞ」
秀家「おうおう、飲もうぞ」
秀高「そうそう、母上(後妻)が明日暇だったら明日葉摘んできて欲しいと言っておりました」
秀継「明日葉ウドンでも作るのかの」
秀家「ありゃワシの大好物じゃ」
秀高「久々に島寿司も食べたいのぉ」
秀継「あれも美味いのぉ」
秀家「よし、秀高、秀継、明日は早朝に山に行って昼前に沖にでるぞ」

島民生活を満喫してた

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 23:16:27 ID:OPZ0jHfp
>>26
ごめん説明不足というか書き方下手だったね冶長は東軍に参陣していた。
大阪城から増田の書状を東軍に届けさせたのは大蔵卿の差し金ですな。

>>28
それだと話が続かないww

 幽閉された淀の方は
「ホホホ我が子が敵となるとは・・いとおしいいとおしい我が子がのう。
最後まで我が胸に抱いてともに西方の極楽浄土へ、
紅蓮の炎と同じ色をした夕焼けという名の極楽浄土へいざなって
差し上げようというのを。あくまで拒まれるのかホホホ
じゃがな忘れるではないぞ。わらわには最後の切り札があることを」


男(>>21の)は秀家にいった。
「これより申し上げるは京にお住まいの方よりの伝言でもあるとお思いください」
「・・・・・・・・・」
そして語られた長い長い話
「それが誠とあれば、あのおふくろ様も不憫なお方よのう。」
「はい。半ば無理やり、それも愛し尊敬した母の憎むべき仇の妾とされ」
後を続けて秀家
「女の愛液の匂いが充満した阿房宮の中に入れられた。」
「ようやく生まれた我が子とともに淀城に移るのもつかの間」
「なかば愛し半ば憎しみ哀しいものよな戦国の女とは申せ」
「はい。それゆえ高台院さまも決意を定められたようです。」
「ワシにいけと申すか」
「はい」
「勝ち目の薄い戦じゃぞ」
「はい」
「それでも逝けと」
「はい」
「・・・・・・」

やがて決意を決したように
「分かった。たたねばなるまい。哀しい女の性と天下の孤児となられ孤立無援の秀頼様
を助けねば・わしは太閤殿下の子ではない」
「はい」
「じゃがの、一時時をくれ」
「・・?」
「わしはこの島になじみすぎた。今生の別れを送りたい」
「・・・・」
「わずかでよい」
「分かりました」

>>28


※あとは続き頼むぞ


30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 00:27:21 ID:Txw0mjpM
その晩

秀高「本気ですか?」
秀家「冗談ではない」
秀継「勝ち目のない戦ですぞ」

秀家「承知の上」
しばし間が空き
秀継と秀高は顔を見合わせた
そして
秀継「わかり申した、しかし兄じゃ自分だけ死に花を咲かすなど姑息すぎるぞ
   それなら拙者もお供する所存」
秀家「有難い」
それに同時
秀高「それがしも!」
と秀高が超え高々に叫ぶが
秀家「いや、秀高よ そちには残ってもらう」

秀高「何ゆえ!」

秀家「腐っても備前の大名そして五大老の一家である宇喜多家、
そちが死んでは宇喜多の名が消えてしまう」

秀高「むむむ」
秀家「なにがむむむか」

秀高「分かりました拙者は残りましょう。しかしではどうやって大阪城まで参るつもりで?」

秀家&秀継「ッ!!!!」

後は頼んだ

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 01:53:33 ID:/eCoTlkg
秀家「ま、まあ、今日明日に始まるわけではあるまい
島を出る方法は追々考えるといたそう」
秀継「左様、焦ってもどうにもなりますまい」
秀高「もっともじゃ」
秀家「それより明後日の村祭りの件じゃが…」

島の時はゆっくり流れていた

話は大坂に戻り

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 09:15:45 ID:2Sd0Xyej
ところでスレッドをたてた人はこういう流れを期待していたのか?

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 02:58:20 ID:yX+IW83q
正直こんな流れになるとは思ってなかったが、これはこれで面白いと思う。
>>17も俺が書いたしな。
一応、ifを絡めた話を含めてとしてあるし、リレー小説みたいな感じで大阪方
逆転勝利のシナリオを作って、それをみんなで討論してもいいと思うよ。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 04:55:11 ID:DyjPtRf1
秀頼の傍らには大叔父の有楽が控えている

織田有楽「いやはや・・・お方様が全ての元凶だったとはな・・
      時に皆の衆、片桐市正を呼び戻してはどうだろうか・・?」
大野主馬「確かに、彼こそが真の忠臣だった・・・もっと早く気づくべきだった」
織田常真「どうです?上様、その件について」

頼んだ



35 :1ファンより:2006/08/14(月) 18:10:42 ID:Ed94P9n1
父親…宇喜多直家
当主…秀家
長男…秀高(隆?)
次男…秀継

あと、秀家は前田家と豪姫への義理立てで
再婚はしてなかったとおもわれる

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 20:49:37 ID:QdvYRb+G
京において
「それで・・・かしこきあたりよりはなんと?」
「さすがに東夷(あずまえびす)どもがこう・・・」
「ですが・・千成瓢箪が失われればお困りなのはあなたがた
源頼朝の先例をお忘れか?いずれは・・」
「それはわかって・・・」

密談が終わって
「して高台院さま・・内裏はどのようなご意向で?」
首を振りながら
「帝も豊臣をお心にかけてはおいでなのですが、いかんせん徳川は強大
その金子で動く雲上人も多いようです」
「では・・・・」
「一戦交えて上方有利ともなれば風向きも変わりましょうが・・」

「で、大阪城での守備はいかがでしたか?島左近殿」
「その名はすでに・・」
「ホホ・・そうでしたね。」
「はい。淀の方様は幽閉されました。宇喜多公には福島殿の名を借りて
使者を送っております。
あとは大阪城では片桐殿を戻そうとされておいでです。
ただ・・・」
「ただ・・なんです?大野冶長殿は、こちらのことに気がついた様子」
「うむ・・」
「唯一つ解せないことが・・?」
「なんでしょう」
「なにゆえ淀の方様は大阪に不利なことを・?」
「関が原の前、天下は乱れようとしていました。そして、大阪では
城内を仕切るものは誰もいなかったのです。
それがため、淀の方は本来の目的を遂げる為に・・」
「本来の目的?」
うなずきながら
「織田浅井のお市の方様の血筋による天下取り」
「それでは淀の方様の血を引かれる秀頼様も」
「最初はそのつもりだったのです。が・・あのようなことがなければ・・」





37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 21:16:52 ID:QdvYRb+G
「あの秀頼殿は、あの殿下のお子ではありません。」
「・・・・」
絶句する左近
「で・・では、やはり秀頼公は大野の・・?」
首を振りつつ
「いいえ、秀頼公は殿下のお子でも、大野冶長や三成殿の子でも
まして家康殿や毛利殿・・その他の大名の方の子でもありません。
そしてこのことは家康殿も三成殿も前田利家殿も
秀康殿もみな承知されておいででした。
あの宇喜多殿や福島殿は知らないようでしたがね・・直情傾向ゆえホホ
それに、
もう殿下の子種が無いことは私が一番知っていましたしね・・」

「それでは話のつじつまが合わないのでは?関が原もなにもかも
秀頼殿が殿下の残されたお子だと信じたからこそみな戦で・散ったのでは・?
それに殿下の子でない秀頼殿ならあえて抹殺する必要もないはず?
淀の方は殿下の子でない秀頼様をなぜ仇の子として滅ぼそうなどと・・」

「いいえ逆です。家康殿は秀頼殿が殿下の子で無いからこそ
なにがなんでも豊臣を根絶やしにせねばならないのです。
もし秀頼殿が殿下の子なら・家康殿は豊臣を滅ぼす事態に陥らなかったでしょうに・・
秀頼様が冶長の子供だと噂を流しているのは家康殿でしょう。
あの方は秀頼殿の父親がどなたなのかを承知でしたから、
それを一番恐れていました」
「で秀頼様はどなたのお子なので・・?」
「他言無用ですよ・・・・・・・・・・です。」
「ええっ・・・・・・そ・・それでは・・!」


  そのこと江戸では

後頼む

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 00:12:01 ID:U1tEM49T
加藤嘉明や福島正則が江戸から捨て身で出陣しろよ
信繁や勝永みたいに侵入もできないのか。
淀に恩が無いかもしれんが豊臣に世話になったくせに薄情者どもが

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 02:46:15 ID:dTX0nj87
と、てんぷらを肴にぐちぐちいう家康であった。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 18:19:57 ID:v9YN8767
茨木城…
「よいか!寄せ手がきても、木刀で対応せよ!火縄は空砲で威嚇せい!」
「兄上、いくら主家といえどそれでは戦になり申さん」
「だまれ!ワシは敵の詐略にかかり、大坂城と決別を余儀なくされたが、豊臣家に対する忠義は一たびも揺るがぬわ!ぬっ!敵が来たかっ?!」
大坂方の一軍である。
その中から深紅の甲冑を着込んだ小柄の初老の男が進み出た。
「市正どの、すみやかに武装を解き、城に帰還されたし!」とその男はいう。
「残念であるが、それは出来ぬわ!このままのこのこ戻っても、弁明の機会すら与えられず斬首であろう!」と熊毛の鎧を纏った且元は叫び、続けて、
「それより、おぬしは何者じゃ!城中でも見かけぬ顔であるが…おぬしのような小物を一軍の将に差し向けるとは豊臣家も終わりか…」


「勘違いなされるな市正殿。治長の謀略は露見されましたぞ。市正殿の嫌疑は晴れたのでござる。
上さま直々に謝罪したいと、さらには江戸倒滅の力を貸して欲しいと望んでおられる。」
「なに!すりゃ真か!そうか、そうか!わかってくださったか…ぐふぉ(嗚咽)」
「なにせモノモノしく小競り合いした後です。城まで且元殿を警護いたす。」

「痛み入る。ところで貴殿は?」且元がきく。

「かつて若輩の頃、殿中におりましたが顔をお忘れか?拙者は真田安房守昌幸が次男、信繁でござる。」



つづき頼みます。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 22:47:32 ID:m6neFQGC
情報が漏れてる、それも幕府軍の重要機密が、である。

家康はその事実を聞いたとき、驚きもせず
どうせ豊臣恩顧の大名だろうから、
戦後処分をするために尻尾を掴んでおけ
と、側近に命じた
外様大名はそういった動きには疎い
しかも豊臣恩顧、とはいうが家康自身が
(どうせ福島か加藤、池田だろう)
と思い込んでた。
他には見当たらないからその考えは自然であった。

先入観とは怖いものである。



あとは任せた

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 04:06:38 ID:EphF/YRh
四月二十四日、二条城に到着した徳川家康は豊臣家の使者を呼び出し、浪人の解雇・秀頼の国替え
の提案をする。
だがこれは決して受け入れられないことであることは、家康自身が良く分かっていたことだが、刑
式として交渉決裂をしておきたかったので伝えたことだった。

そのころ二条城の別室にて、一人の僧侶が大阪方へ向けて密書をしたためていた。
幕府軍の情報機密の漏洩は、この僧侶よりなされたものであった。
権謀術数の権化ともいえる徳川家康をもってしても、この僧侶が大阪方に情報を
漏らしていたなどと夢にも思わないであろう、家康の腹心中の腹心、数々の献策を
もって豊臣家を追い詰め、方広寺の鐘銘をもって大阪の陣のきっかけを作った男、
金地院崇伝である。

崇伝「くくく、これでよい・・・これで」


43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 04:07:46 ID:EphF/YRh
崇伝がなぜ徳川を裏切るのか?
いや、崇伝は徳川を裏切っている気はさらさらなかった、あくまで豊臣家を滅ぼし、
徳川の世を作ることが崇伝の目標であった。
ではなぜなのか?
それは豊臣家滅亡に至る過程と崇伝自身の野望のためであった。
崇伝が徳川家に尽くすのは、自らが仏教界の頂点に立ちたいが為であったが、崇伝
の前に立ちはだかる存在がいた。
南光坊天海である。
天海もまた数々の献策を行い、家康の信任を得てきたがそれは崇伝をも凌ぐもので
あった。
このままでは天海に勝てないならば、天海以上の献策を行い、天海以上の信任を得
るしかない、その為の情報漏洩であった。
大阪方が崇伝からの情報を受け、対抗策を練り、それを崇伝の策をもって破る、こ
れが崇伝の計画だった。
だが一つ問題がある、大阪方の対抗策を崇伝の策で破ることができるとゆう保障は
どこにも無いのだ。
崇伝はそのことに気づいていないのか?

崇伝「くくく、ははははははは・・・このわしが・・・このわしが万物の頂点に立
   つ、このわしが神になるのだ!!!」

崇伝はすでに壊れていた、自らの野心の大きさと重圧に耐えられなかったのである。

徳川家による天下統一、それを目前にして家康のそばから崩れ始めていた。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 19:26:49 ID:TIczLgeP
家康「正信よ、朝廷対策に付いてぬかりはあるまいな?」
正信「安心なさいませ上様。万事抜かりはございませぬ・・
   しかし、なにゆえ朝廷をそこまで懸念される?」
家康「秀頼が危地に陥った際、朝廷が助けを出す懸念がある」
正信「・・ふはは。心配性ですな上様、きゃつらは柳のごとく強き風になびくもの」
家康「・・・・・ぬしは関が原で細川幽斎殿が西軍に囲まれながら助かった事を
   存じておろう?」
正信「・・なにをおっしゃりたいので?」
家康「幽斎殿は表向きは古今伝授の継承者ゆえに助け舟が出たというかそれは表向きのこと
   かの御仁はやんどころなき血筋の落胤ゆえ朝廷が見過ごすはずが無かったのよ」
正信「・・・・ま・・まさか」
家康「いかさま、そうよ。あの小倅は、おぬしに噂を流させたように太閤殿下の子ではない。
   もっとやっかいな家柄の出よ」
正信「・・・まさか・・・八条宮あたり・・ですか?」
家康「・・・・」
正信「それで謎が解け申した。秀頼殿の誕生の際、太閤殿下は我が子ではないと懸念されておられた
  それが、あの溺愛ぶり。よくかんがえれば淀の方を寝取ればその男の命も淀の方の立場もない。
  そんな危険を承知で子種を設けられる人物といえば・・」
家康「太閤が手出しできぬお方しかあるまい?大野のような小物であれば太閤殿下か三成あたりがが
   闇から闇にあの男を葬っておるわ。」
家康「正確に言えば鶴松の方は秀次殿の子じゃがの。」
正信「・・・・」
家康「淀の方と秀次殿は密かに恋慕する間柄であった。一度契ったそのときに
   子供が出来た。それが鶴松よ。鶴松が本当に病死かどうかは怪しいものだが・・
   ともかく病死した。本来なら秀頼も秀次殿の子と考えるのが普通であろう?
   殿下は二度と自分の愛妾を寝取られるを許さず、多忙な関白に据えてしもうた。
    秀頼は、その後に生まれた。その父親が不明であったから殿下は秀次殿の子と
   怪しみ禅譲はかなうと考えた。
    しかし、違った。自分の家柄に後ろめたさを覚えていた殿下にとってまさに
   狂喜乱舞すべきよな。」

同じ頃京都では



45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 19:38:55 ID:TIczLgeP
高台院「しかし、してみると殿下にとって自分の死後がどうなるか・・」
左近「・・・・・・」
高台院「自分の最愛の女とそれを寝取った男が、自分の待ち望んだ高貴な子を
   後見し、自分の築いた全てをほしいままにする・・男として一番許せない
   ことなのではないでしょうか?」
左近「その嫉妬が秀次殿を処罰した本当の理由」
高台院は静かに肯く
「しかし淀の方にとって、自分のことを何くれとなく配慮し、恋慕すら抱いた男が
 自分の浅はかな思いゆえに死んでしまった。
 あの方は自分のしたことと秀頼殿の出生を悔やんでおいでなのです。
 あの方の復讐心は結局殿下が相手ではない。
 自分と、自分のなした不義の子がなくなるまで責めさいなむでしょう」
左近「家康が恐れるわけですな。やんごとなきお血筋を引き、武家の棟梁ともなった
   名跡豊臣家が難攻不落の大阪城に無尽蔵の財宝とともにある。
高台院「豊臣恩顧や徳川に不満ある大名は大勢いる。その血筋ゆえに朝廷もどう動くか」
左近「勝ち目はあるというわけですな」
高台院「しかし淀の方は最後の手段に出る矢も知れません。あの子は殿下の子ではない・・
    そういうだけで豊臣恩顧を動かす手綱はなくなるのです。」
左近「秀頼様の出生は手をつけてはならない禁忌というわけですな」
高台院「・・・」

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 20:48:27 ID:q/eA6Nkc
 , ' s    \::::::::::::i
     /"""''/ーナ-t----|
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    {入|(・)  (・)    |||||||   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      |⊂⌒◯-------9)  <  クソスレ、ゲットだぜ!
      | |||||||||_    |    \_______
       \ ヘ_/ \ / ̄`\、
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       `〈ヽ, -'"~T  ヽ、 , -'" ~ `ヽ、
       / ( ̄ T   iヽ、__     \.
     /    ( ̄T   |   `ヽ、    }
    く       ̄ `ヽ、/__        /
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47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/03(日) 23:04:18 ID:AJPhQj3m
長宗我部を族滅したのに宇喜多を族滅しなかったのは理解不能。
明白な反逆者だったのだから、助命嘆願など無視するのが当然。
助命嘆願をした前田も殲滅するのが妥当な処断であったといえよう。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 00:31:58 ID:pi3lcR/f
それより長宗我部に対して厳しすぎたと思う

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 00:56:47 ID:8gNt9BAL
親忠が騒いだせいだろ

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 06:54:43 ID:EPwo0hyS
関ヶ原では宇喜多と同じく助命されてるだろ

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 07:05:11 ID:G6xYaCPZ
羽柴や長宗我部などを族滅しておきながら
(当時20歳だった秀次の娘まで殺している)
毛利・島津・上杉(長尾)を族滅しなかった矛盾
徳川が北条得宗家のような苛烈さを持っていたら
これらの家も全て消滅していたはず


52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 15:41:47 ID:6W/G8uF7
秀家が泳いで大阪に入ったとしてどうなるの?

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 15:52:51 ID:LUcmjj7C
どの時点で、というのが最大の問題だと思うが、すでに開戦が避けられない状況として
とりあえず大坂方の軍勢がある程度組織立った動きを取れるようになるんじゃないかな。

元とはいえ跳び抜けて地位が高い(五大老、中納言)し、実戦経験あるし、筆頭家老の
明石がいるということは元宇喜多の人間も結構大坂城に入城しているだろうから、
秀頼が自分でどうこうするとでも言わない限り全体の指揮を執ることになるだろ。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 20:56:23 ID:O+XwYLiN
もし冬の陣で講和を拒否し続けていたらどうなっただろう?

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 15:09:11 ID:4i9TN9EL
>>54
徳川軍の大坂城内突入で城主・重臣の殆どが生捕りもしくは戦死

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 15:18:43 ID:NAZsvv8H
もし豊臣が徳川に恭順して臣下になっても、最後は滅ぼされる運命だったのか?

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 18:02:30 ID:/2mlOeXs
この前、大阪出張した時たまたま淀殿の墓がある寺発見した。
寺の片隅にひっそり墓石がたたずんでてお賽銭あげてきた。

58 :茶々:2006/09/18(月) 18:36:40 ID:Gya+4R0v
>>57
ありがとう。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 18:52:40 ID:/m2xigaC
>>57
お賽銭てお墓にあげるものなのか…?

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 19:34:53 ID:Ip14XJbB
>>55
でも実際それやったら徳川方にもかなりの被害が出そうだよな。
実際真田丸で相当やられてたし。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 22:24:02 ID:KkVNstx+
>>60
55は完全なネタ。
普通に攻めたら、下手すら城方の倍以上の死傷者がでる。
10万人死んだら、さすがに幕府への不安がつのり、撤退を余儀なくされるかも。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 22:28:56 ID:nV/eYGRk
下手に勝てる戦だから勝ち方に拘らないといけないのが徳川方のネックだわな。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 22:35:24 ID:KkVNstx+
恩賞の余地は豊臣65万石+宇和島10万石しかないので
損害が大きければ文禄・慶長の役同様に
大名間に亀裂が入るからな。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 00:30:37 ID:VIXxid2g
秀吉が威信を掛けて築いた日本一の守備力誇る大坂城を力攻めするのは
堀も埋めずに真田丸も潰さずに行うのは自殺行為に近いんじゃない?

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 00:47:36 ID:u10i6PhB
後詰がなければどんな城でも最終的には落ちるから、戦の勝敗に関しては力攻めでも問題ない。

ただし「これからの幕府運営」を考える上では自殺行為な決着になるとは思うが。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 00:56:58 ID:MWnYbBc7
>>65
絶対に詰んでいる詰め将棋なので「戦の勝敗に関しては力攻めでも問題ない」というのはどうか?
「これからの幕府運営」だけが焦点だろう?
違うか?

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 06:23:03 ID:olKTzu0m
>>54
和議が結ばれないなら、堀を埋められることもなく真田丸も健在な訳で
長期化することは間違いないと思う。
長期化した場合、諸大名がどう動くか。
隙あらばと狙っている伊達、それに同調する可能性のある松平忠輝
関ヶ原の恨みを持つ島津、裏取引を反故にされた毛利と面子を潰された吉川
豊臣恩顧の福島、加藤、浅野もどう動くか・・・
朝廷は豊臣贔屓だし
これらを考えると、決して絶対に詰んでいる詰め将棋とは言えないと思うね。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 08:10:24 ID:GBpOypCm
浅野は大阪の陣のときは、当主が三代目の長晟だから、大坂方に寝返ることは
まぁないだろう。家康の娘婿だから。
夏の陣で内通を疑われても、赤穂の浅野家が潰れた時も本藩にお咎めなしだったのは、
そういう理由。
同じ理由で、池田も当主が徳川の外戚なので無理。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 08:15:44 ID:rPP6CGpE
秀吉のゴエモンインパクトが設計段階のまま終戦してしまったからな

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 08:56:23 ID:hVqmZmLl
福島、加藤はどうよ

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 11:05:33 ID:MWnYbBc7
>>67
真田らの積極策に反対した大野修理らの籠城戦の理由と全く同じだけど、予定通りってわけか?
浅野や島津はすでに豊臣の使者を徳川に突き出している。福島、加藤は江戸に幽閉中。
毛利は大幅減封のあおりで家臣団の統率すら危ぶまれるし、吉川に至っては発言権もないのでは?
伊達は最前線で戦闘中(事実、冬の陣後に宇和島10万石を与えられる)だし、
松平忠輝が父親に反旗を翻すとでも?
木津川口、野田福島の敗戦で補給は完全に遮断され、大坂城は完全に包囲されているのに、
単独で豊臣に味方するなど自殺行為じゃないのか?
自分が大名だと仮定してみろよ。どういう目算で豊臣に味方する?
負ければ改易・切腹なのに大博打をうつ理由がどこにある?説明してくれ。

兵糧や弾薬にはいずれ限界が来る。
囲みを解かなければ、いつかは落ちるよ。つまり、完全に詰んでいる詰め将棋。
ただあんまし長引けば、家康の寿命がネックとなるので、少しでも手数を少なくしたいと思っただけじゃないか?

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 11:45:12 ID:klhdWuOD
毛利は、結構曲者だよ。消極的な日和見で対処している。
毛利輝元は、家康が寿命で死んだ場合の保険として、
夏の陣でも家臣を変名で送り込んでいるし、大坂方に資金援助もした。
輝元自身わざと時間をかけて兵を整え、狙って遅参した。
夏の陣の時でさえ、攻城戦が長引いて家康が死んだら
情勢がどう転ぶかは、意外にまだ微妙だったのかもしれない。
吉川広家は、この二股膏薬を本家の家老から知らされて、
今回は激怒して、すぐ止めるように主張している。
ばれた時のリスクが高すぎるから。
結局、戦後毛利家はその家臣を大坂方への内通者として斬って処罰し、
トカゲの尻尾切りの要領で、内通自体をなかったことにした。

でもまあ全体としてみれば、やっぱりもう詰んでる感じは否定できない。
家康が死ねば、小波乱くらいはあったかもしれないが。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 12:50:36 ID:pgFqCJok
毛利の家内意志不統一と消極的な日和見策は、
もうあの家の一種の体質なんだろうなw


74 :明智光秀:2006/09/19(火) 13:51:59 ID:7anVYEqb
後世の現代人の目から見たら大阪方に勝ち目は無いが
当時の浪人衆が次々集まったのを見ると
当時の人たちには大阪方にもわずかながら勝ち目があると思ったのかも。
全ての浪人が最初から勝ち目が無いと知ってて
命を捨てるつもりだったとは到底思えない。
朝廷内ですら、万一大阪方が勝ったらどうしようと心配したようだし。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 13:57:18 ID:QI6f6mdj
>>64
しかし秀吉もまさかその大阪城が秀頼の最後の防衛線になって
しかも落城するなんて夢想だにしなかったろうな。

76 :明智光秀:2006/09/19(火) 14:05:52 ID:7anVYEqb
戦国時代の勝利を決定付ける一つの要因は
総大将の生死と決定にかかってると思う
武田信玄や上杉謙信はまさに総大将の死が一大敗因だし
長州征伐も将軍の病死や怖気づいた慶喜の退却
戊辰戦争では大阪城から江戸への総大将の遁走など
総大将の意思はやはり大きい。
そう考えると、大阪方が2年くらいは和議を結ばず
その間に家康が病死するくらいしか活路を見出せなかったと思う。
大阪方が不利とはいえ、長州征伐や戊辰戦争での兵力の差を見ると
秀頼方の数で必ずしも負けるとは断じきれないと思う。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 21:17:45 ID:VIXxid2g
>>75
秀吉のことだろうし、最悪の事態(大坂の役のような大軍に包囲される)をも乗り切れるように築城してるだろうからね。
小田原城も秀吉の攻撃で落城してるし完璧なものはないんだろうけど、できうる限りのことは尽くした城だとは思う。
それが落城したんだもんなぁ

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 21:49:00 ID:rstCBPDC
大坂城の縄張りは黒田如水が担当しました。
如水は縄張りにかけては当代一の築城名人です。


79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 03:28:28 ID:Z4J/+PHs
ザクを手に入れれば日本どころか世界が手に入るな。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 17:53:35 ID:R2BVOofu
>>63
>宇和島10万石

この頃の宇和島はすでに伊達家の領地だったのでは?

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 01:18:04 ID:/buhPguv
一日に何度も・・マジ、家康の首級取る事しか頭の中に浮かんでこねえような馬鹿武者!

こちらは大阪城からだが。。。

そんな馬鹿元大名武者を数十匹募集する。元三十万石以下の従順なピッチピッチ武者を数十匹ね。
豊国秀頼フェチの俺の為に、一生懸命戦ってくれる侍大将として飼ってやるよ。
足軽、騎馬武者は好きなだけ兵力として与えてやろうじゃん。

おいらは、孫子の新鮮な極上の兵法しか興味がねえもんで。
策があっててうめえ陣形をこける奴。連絡してきなよ。
お前が数日実戦える事ができるような環境は作ってやるぜ。
大阪城に入城出来る奴、限定!

合戦中は一切裏切りを禁止する。
実戦向けの具足しか許さないんでそのつもりで、大鎧は禁止!。
それが、君にとって唯一許されたユニフォーム!

合戦時のみそのユニフォームの着用は認める。武家屋敷でそれに着替えて登城して来な。
腰には、小さな皮袋をぶらさげて。。。ん???そこに入ってる物?
中には、腹が減った時に食べる飢渇玉が入っている、忍者の保存食だ・・・

どう?。。。てめえの采配試されてえ武者いるかい?
チャンと家康の陣に突入出来る部隊に調教してやるぜ
もちろん、破格の恩賞付きだぜ(万石以上)。可愛がってやる。

寝返りOK。連絡してこいよ。
豊臣恩顧の奴に限る。
恩賞は過激だったけど。実は財政はすごく厳しいんだぜ。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 15:35:36 ID:hdMBo6vh
>>74
10万対20万では、
大坂方圧倒的不利とは思えんし。
城攻めには5倍以上の戦力が
必要なんじゃなかったっけ?

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 10:18:37 ID:H+bfiHDn
力攻めなら通常、攻城側の死傷者は籠城側の2〜3倍。
大阪城なら5倍くらい必要。
ただし、包囲して長期戦に持ち込まれれば話は別。
後詰がなければ1.5倍の兵力に囲まれた時点でアウト
大坂方は造反する大名にわずかな期待を託すのみ。
冬の陣の講和時点では、すでに弾薬も尽きかけていた。
兵糧も米は十分だが生鮮野菜が断たれているので、
1年もすれば脚気で秀頼あぼーん。


84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 22:49:35 ID:F3ZXPcbY
大坂城の名城ぶりが際立つよね
家康ですら堀がそのままの大坂城を陥せなかったわけだし

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 23:19:56 ID:Cb+0o7ia
漫画「真田十勇士」では、大坂冬の陣の徳川方の兵力は54万人だって。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 14:55:35 ID:eWOZDzsR
>>74
1年たてば家康も寿命であぼーんじゃねーか。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 18:50:13 ID:KqMykJOG
家康があぼーんしても秀忠が生きていれば状況は変わらない。
しかも、史実では1616年あぼーんだから、1年半後w

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 19:01:53 ID:oqlx4rDp
そういえば大坂の陣では秀忠の方が強硬な主張してた、て話が結構あるよな。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 19:57:28 ID:KqMykJOG
真田信繁が奈良の家康を急襲するという策がはまって、
家康が討ち取られたら戦況はどうなったかわからないよな。
頭に血が昇った秀忠が大阪城を力攻めして、大敗北するかも。
大坂城の守備隊9万人に対し、僅か20万人で力攻めしたら?
多分、徳川勢は大敗して、ひょっとしたら??という可能性は残る。

成功率は低かったかもしれないが奈良急襲はやる価値があったかもしれない。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 14:44:15 ID:GgK9Cu9O
家康の寿命まで持ちこたえればまだ可能性はあったんじゃないかなあ?
秀忠に堀と真田丸完全装備の大阪城を落とせたとは思えないし。
結局、講和拒否前提の事だけど・・・

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 15:46:33 ID:ZOpO7JAe
加藤清正が亡くなった大阪の陣では福島正則が立ち上がらないと見方はいなかっただろう
淀君は近江の武将を重用してきた
その代表が石田三成である以上、小説ほど豊臣方につくものはいなかったのではないだろうか
なんといっても北の政所が正室でもあるわけだし

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 00:53:26 ID:rh9hPPaF
本多正純と秀忠ってあまりよくない関係なんでしょ。
家康が死亡した直後に正信も他界するし正純の謀略を秀忠は聞き入れるかな
大坂を落とすのは困難かも。土井利勝とかその他側近も優秀だけどさ

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 00:58:24 ID:rh9hPPaF
>>91
それにしてもさ、大坂の主は秀吉の後継者秀頼なのに
恩義が無い側室・淀殿の子だからつかないなんておかしいよな(己に言い聞かせて家康につこうとする)
豊臣子飼い武将の薄情さを感じる。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 12:54:01 ID:+mFnW3uB
土井利勝はもう智の大老と評されてるぐらだからね
徳川幕府草創期を磐石たらしめたのは、彼1人の業績と言っても良いぐらだかね

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 22:31:05 ID:lH7VEYfk
>>94
土井利勝といえば家康の子供。秀忠とは兄弟になるんだよな。
家康の息子には幕府の御用商人の後藤屋もいるしな。
後藤屋は家康の息子の血筋というのもあってか老中の三禁物のひとつに
数えられてもいる。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 12:07:44 ID:M7+sD5aV
局地戦で勝つことすら豊臣秀吉その人がいない限り無理だと思うんだが・・

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 22:52:35 ID:Bmb/QTsI
福島正則は、「大阪の役」が始まったとき、

秀頼を指し、「いくさは三年遅く、三年早い」

といった。まず、三年遅い。とは加藤清正が

生きてる時に立てば、諸国の大名はまだ、秀頼

を見捨てなかったということじゃ。また、三年

早いとは、家康没を待てず、決起すれば負ける。

ということじゃ。淀澱はよほどのあほうたっ゜た

のではなかろうか。出ないと、『法広寺、大仏殿改築」

の時にこどもじゃあるまいし、家康が「秀頼公のとうがき、

克服を祝い秀頼公の永世をいのるためにも大仏殿の改築

をすべきではないのか?といわれ、まさか、大阪の金銀財宝

を空にする目的とはしらず、「歓喜」をもって大仏殿改築に

のりだした。ということも阿呆の証拠じゃ。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 23:29:29 ID:Bz+6N7AS
http://g007.garon.jp/gdb/GJ/2J/2R/4x/0G/tz/aI/1L/2X/vZ/0Q/uZv.jpg

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 07:21:54 ID:9kJRotVT
_______
_|___|_
\毛利水軍_/

毛利勝永参上

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 10:31:30 ID:9kJRotVT
━その後━

九州に落ち延びた毛利勝永は島津を頼る途中落武者狩りに遭うものの一命をとりとめたが同行していた秀頼が討ち取られ失意のうちに太明帝国に逃げた
太明皇帝は彼に3万の大船団を預け太宰府を落とす大友立花島津鍋島はこれに呼応し九州を制圧し東明王国を建国国王は秀頼の隠し子秀昌である秀昌は暗愚ではなく眉目秀麗明朗快活三才で孫子を覚えたという大天才である

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 10:55:37 ID:9kJRotVT
秀昌は東明軍三十万を興し東征を開始するその頃京都二条城にいた徳川家康は急遽毛利輝元に迎撃を命じるが輝元にかつての勢いはなかった領内の城はほぼ落城最後には決死隊三千を率いるものの夜のうちに九割が逃亡した輝元は毛利勝永に助命を嘆願し降伏した
苦虫をつぶす家康良策なく各地から届く敗走や援軍の報告に最終的に防衛線を南は大阪堺に北は姫路に定めたなにしろ四国は明石全登率いる十万の兵に制圧されたのだ
関東では不穏な動きがある上杉佐竹が怪しい伊達も怪しい家康は年を取り過ぎていた秀昌は十四才の若武者であり戦乱につぐ戦乱で疲弊していた民衆の希望になっていた…

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 23:04:23 ID:bMqhON+l
石田三成のようなもうちょっと頭の切れる男が大坂城内に残っていれば
崇伝や正純らの謀略にかかることなくそうやすやすと攻め込まれることは無かったと思うんだが
豊臣主力は関ヶ原で殲滅、引き離されたからねぇ・・・

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 23:21:47 ID:aY6pQVlj
なぜ徳川軍は山里丸の米蔵に強行突入して
中に隠れてた連中を討ち取らなかったんだ。
命乞いを認めない以上、発砲なんてやってないで
一気に殲滅すりゃ万事OKだったではないか。
しかも相手は高々20〜30人程度。
皆殺しにするなど訳のないことだったのに。
家康は甘すぎるんだよ。
反逆者に生き延びるチャンスを与える甘さが命取りになる。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 18:00:17 ID:/3tnLlk6
武士の情けってやつじゃね?

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 05:59:19 ID:Ik7T3+Fm
明石全登
毛利勝永
がいるじやないか。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 03:42:30 ID:3CKXUYWj
こいつがいたら西軍勝つだろう
http://c.pic.to/642yq

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 05:54:32 ID:9hYUKadL
大阪方が勝つには、外からの支援は必須だろうな。


108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 20:56:36 ID:vaQkrFeI
淀川の大氾濫

109 :ななしさん:2006/10/22(日) 20:42:46 ID:FfTMRinK
 冬の陣では和睦の理由は弾薬がなくなったからとか
長期戦は無理だったんだよな

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 22:33:55 ID:zX/twLim
結局、和睦策にいかざるを得なかったのは

1:大筒の砲撃で淀殿らの戦意喪失
2:織田有楽斎らの露骨な裏切り
3:味方する大名が皆無
4:大野治長の弾薬消費の見込みの甘さ
 なんだけど、三はともかくそれ以外は回避できるんだよね。

1:→大砲の砲撃なんか判りきっているんだから、淀に耳栓渡して三の丸に避難所造ればOK
2:→有楽斎なんか息子人質にとられて裏切るに決まっているのだから追放
4:→城の周りに無駄な砦作って占領されて弾薬捨てているんだから、作らなければ弾薬は余裕

結局、3が満たさなければ敗北必至だけど、家康側も兵站(とくに薪)を軽視して、結構追い詰められていたから、
あと1〜2ヶ月頑張れば、野宿の攻城側は流感で動きが取れなくなっていたかもしれない。
家康、秀忠の首をとれば、味方に回る大名もでてくるはず。
そこで、もう2ヶ月頑張って、6〜7万の精鋭で突撃!
家康・秀忠旗本は鉄砲隊が計5000人しかいないので赤子同然。
伊達、藤堂、松平忠直、井伊直孝、前田利常の囲みさえ破れば問題なし。
一発逆転もあったかと妄想してみる。


111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 22:35:53 ID:bjyhKr2c
>家康・秀忠旗本は鉄砲隊が計5000人しかいないので赤子同然。
>伊達、藤堂、松平忠直、井伊直孝、前田利常の囲みさえ破れば問題なし。
大変な作業ですね><

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 23:16:20 ID:zX/twLim
大坂城南方の主な徳川方の陣容。計、4万7000人。

伊達正宗(松尾町口):戦争大好きDQN親父。兵1万のうち6千を鉄砲隊で構成し、冬の陣後に宇和島10万石をゲット。
毛利秀就(松尾町口):日和見大名、やるきなし
福島正勝(松尾町口):親父が江戸に幽閉され仕方なく参戦、やるきなし
徳永昌重(松尾町口):よく判らん
藤堂高虎(谷町口):弱い
松平忠直(八町目口):茶碗割り大名、凶暴、危険人物。
井伊直孝(八町目口):井伊直政の次男。真田信繁にボコられる
前田利常(真田丸) :鼻毛大名。真田信繁にボコられるが、これは彼のせいではないという説あり。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 03:25:01 ID:DazoV8vp
徳川方:
吹きっさらしの野宿で兵士はへろへろ。
3分の1の兵士は悪性インフルエンザで寝たきり状態。
実働兵力は大坂城南で約3万人。
頼りになるのは鉄砲隊のみ。
鉄砲隊人員
伊達:6000
毛利+福島:3000
藤堂+松平:3000
前田:4000

豊臣方:
備蓄量に不安はあるものの決戦用の弾薬は確保
乞食同然の牢人から一転してうまいもの沢山食って戦意旺盛
鉄砲隊20000
弓隊10000
騎馬隊10000
槍隊10000
その他10000
で臨戦体制

いざ、突撃!!!

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 04:03:36 ID:DazoV8vp
決戦当日朝4時
闇に紛れて八町目口、真田丸の豊臣軍槍隊、弓隊が掘を渡り笹山の西を目指す。
豊臣の動きに気づいた藤堂、松平隊が銃撃を開始。
同時に豊臣方も援護射撃するも命中弾少なし。
4時半
豊臣方の騎馬隊鉄砲隊とも掘を渡り、松平隊、井伊隊に突撃開始。
藤堂・松平の応戦開始。10分の1という脅威の命中率で2斉射を行うも騎馬隊に乱入されて以後打ち止め。
銃撃音に気づいた前田、福島、毛利隊は警戒態勢をとるが、交戦するかどうかは家康にお伺い中。
伊達隊は横から5斉射するが命中弾は殆どなし。独自の判断で全軍の半数を移動中。
5時
松平隊は4万の豊臣勢に攻撃されてほぼ全滅。井伊隊は敗走。
藤堂隊がおっとり刀で交戦するも軽くあしらわれる。
伊達隊到着直前に豊臣勢は囲みを抜けて茶臼山方面に進軍。
総勢5万5000人。


115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 12:54:23 ID:kZwdaUEU
秀頼が開戦前に謝って10万石ぐらいで、
高家として存続してもらうというのが、
一番の逆転の方策では・・・・・

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 00:52:07 ID:N0CFUG3b
二条城で会見した時に、臣下の礼をとれば命は助かったのだが
結果論を言っても仕方ないか

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 04:05:17 ID:ZwmkMVKb
どうかな?血筋が危険だから、理由つけて殺されたんじゃない?
家康死後にでも。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 07:48:13 ID:JQVREZPO
大坂の陣を張るだけの力があったからだろ
政なら恭順させた方が楽だよ

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 00:37:47 ID:uK/Puwde
血筋単体では危険になり得ないよ。
それプラス、様々な要因からの反徳川・主筋思考の堅持、
大坂城や秀吉の遺産といった軍事力、
大量に居る不平・食い詰め浪人などが組み合わさって初めて危険になる。
「まぜるな危険」の生き見本。

徳川に臣下の礼をとって徹底的に恭順を表し、
大坂城や秀吉の遺産、所領の大部分を幕府に献じ、
幕府の監視が及ぶ江戸城かでのうのうと暮らしていれば、そこまで危険でもない。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 06:00:09 ID:JecUhN9Z
実際は50万石クラスの親藩大名として存続も可能だったろうね。

豊臣方が徳川家との主従逆転を認めて、
幕藩体制に入るのが条件だが。

公平にみて豊臣家が天下取りを放棄したようには見えない。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 23:00:08 ID:5XbLIfHB
関ヶ原以降の豊臣家は大名とはいっても大名の形態をとっていないから
存続には大リストラと再編が必要だったと思う。
雇人(含む家臣)は3万人いるけど
・七手組(いわゆるボディーガード)1万人
 徳川の旗本に相当するが実戦経験が少ないため再弱の軍と噂される。
 薄化粧をしていると嘲笑される場面も。
・女衆1万人
 うち、女中は3000人と江戸大奥の3倍もいる。贅沢三昧の金喰い虫。
・側近衆1万人
 大蔵卿局などに代表される淀殿お気に入りの女中の血縁の縁故採用多し。
 秀吉存命中は小身のものばかり。
65万石の身代で3万人を雇うのはきつい。しかも、秀頼の官位が無駄に高いので
祭事などの諸経費もかかる。大坂城の維持費も相当なもの。
当然赤字財政なので、領地の治水や新田開発などの社会資本整備にも予算が回らず
収入の増加は見込めない。
結局、女中・無能家臣の大幅解雇と有能な家老のスカウトなしにはやっていけない。
大坂の陣は家康の一方的な挑発のせいと思われがちだが、豊臣にもその気がある
(というか、一発逆転に活路を見出すほかない)という面もあったと思う。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 13:10:02 ID:MKI4df39
おうさか

123 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/06(水) 23:50:52 ID:pGQqS3Mi
もし徳川を破ったとして浪人達が中核をなしていた大阪方に建国構想はあったのだろうか。

124 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/10(日) 10:49:35 ID:5BbptzD+
大坂方に建国構想というものは無いんじゃないか?でも秀吉のつくった五大老五奉行の制度くらいは復活させそう。
まぁ誰がなるかで大揉めして家中分裂、再び群雄割拠の世になりそうだがw

125 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/11(月) 03:25:48 ID:Z1exDev/
だがそれがいい

126 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 15:51:47 ID:0W0zdSnw
家康が死んでも、大坂の陣の時は駿府の隠居。秀忠の首を取れば話は別だが…
それでも江戸に幼いが、竹千代(徳川家光)が居る。

127 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/13(水) 18:35:49 ID:ZFA1z6hU
大久保忠隣一派を援助して内部抗争を煽れば
大阪遠征が実行されない可能性もなくはない。

128 :OPS:2006/12/15(金) 19:57:04 ID:FGAE4kNR
学校の先生とよくこの話題で議論しますが。
豊臣方が勝利するには冬の陣の場合。
総大将は豊臣秀頼。
しかし戦の総指揮をとるのは後藤又兵衛、軍師に真田幸村。
そして大坂城には籠城しなくて野戦。
講和拒否して徹底抗戦。
敗因は講和の際に結んだ大坂城の堀を埋めたこと大坂城に籠城したこと。


129 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 21:11:49 ID:Ek+QpplO
野戦で勝てるわけ無い。
下手したら一日で敗北。

籠城は正解。
講和が失敗。
あとしばらく粘れば徳川が撤退、
もしくは徳川からの講和の申し入れ。

130 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/15(金) 21:44:14 ID:ig01QeKa
>>128
さすがに学校の先生が西軍マンセーで
都合の良いIFを嬉々として語ってるのは嫌だな

131 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 01:49:00 ID:LYPtTjr0
>軍師に真田幸村
この時点で先生の程度が解ってしまう。
真田信繁が優秀な前線指揮官であることは疑いようがないが、
参謀としての資質は未知数。
軍師に据えるとか言っている時点で、講談に毒されすぎ。

132 :OPS:2006/12/16(土) 13:37:38 ID:R139LJu9
先生の話では当時まず真田幸村を軍師にすることはできないといっていました。
ちなみに↑の話はあくまで仮定の話です。
それに真田幸村は当時無名の武将です。
真田の名前が知られていても知っているといっても幸隆、昌幸ではないでしょうか。


133 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 19:37:52 ID:Ttur25o5
家康が冬の陣後に死亡してたらどうなったんだろう?
形勢は変わらないか?

134 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 19:53:24 ID:0VEK/mqD
とりあえず、「大坂」から「大阪」への改名は秀吉存命の頃にしよう。
>>129
篭城なら、あと数箇所真田丸のような出城を作るべきだったな。
確かに野戦は、夏の陣のように手もなくやられる恐れもあるな。


>>133
組織が固められているから変わらない。
野戦なら、同じ結果ではないか。


135 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 20:36:40 ID:ZLNnhbP6
冬の陣の大坂方は内通者だらけだから講和自体は悪くないとは思うんだが、
あの時点で講和拒否しても、織田有楽や青木一重みたいな人間がいる限り内部から崩壊しただろうし。

しかし講和条件の「総濠を埋める」という条件は蹴れなかったんだろうか…?



136 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 23:28:00 ID:63CTMbdm
惣堀破却は、故意の意志疎通ミスだからな。
大坂方は惣堀、一番外郭の事を指すと思っていたようだが、、
「惣構えというのは、城全体の防御のことを言うんじゃボケ」とか言われて埋め立てられちゃった。
このあたりの腹黒さが無いと生き残れないよ。

137 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/16(土) 23:33:24 ID:ma26xjF7
冬の陣が長引けば徳川方の方が先に内部崩壊する可能性がある。
あくまでも可能性ね。
恩賞も余り期待できなくて、この寒空に寝泊りし、莫大な金子・秤量を消費し各諸将から不満が出始めて。
家康も年齢的に戦場に留まるのはキツイので戦場から離脱すれば尚更、不満が高まる。
もしかしたら、寒空の中風呂でも入って脳溢血でポクリも期待できるし。
戦を引き伸ばしてもしかしたらに期待するしか大坂に勝ち目は無い。
大坂城はちょっとやそっとじゃ落城しない。
冬の陣では徳川勢に総構えを越えられることは無かった。

真田丸は大坂城の弱点に曲輪を築いただけで他に出城はこれ以上造る必要は無いと思う、
造っても落とされるだけだと思う。
事実真田丸以外の大阪城外の出城・砦は全て落とされている。

138 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 02:46:55 ID:R8vU3IEU
>>137
冬の陣の時点で家康戦線離脱という不測の事態があったら、徳川方に厭戦気分が蔓延して多少は大坂方に余裕が出る可能性もあるね。
あとは局部戦で勝利を重ねて、外様大名を心理的に揺さぶっての寝返りに期待するしかないが、難しいだろうなぁ。
徳川方も長期化を恐れて謀略を巡らすだろうし、大坂方も団結力という点では脆弱だから、つけ込まれる隙はいっぱいある。

139 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 14:34:22 ID:EiCBXfkc
大坂城を敵軍に占拠される前に兵を引き連れて脱出し
畿内一帯の山地でゲリラ戦を展開して抵抗する。
楠木軍や南朝軍・後南朝軍のように。

140 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 20:40:57 ID:QFicK/ps
大阪 ×
大坂 ○

141 :OPS:2006/12/17(日) 21:41:41 ID:NBHc52VF
>>139
そこまで大坂方の牢人衆に士気があったかどうですかね。

142 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/17(日) 21:48:21 ID:TyD2ZQiP
そんな銭にもならないことはしないだろうね。
史実でも大坂城落城後逃げ延びた兵がゲリラ戦をしてたとは思えないし。


143 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/20(水) 23:36:49 ID:lVw9Al5B
そう考えると、後醍醐天皇の笠置篭城や
護良親王軍の山岳ゲリラ戦はどれほど
空前絶後のものだったか・・・

減封後の羽柴家所領内にも険しい山地はあったはず。
夏の陣のときにいったん大坂城を離れて
山地で戦うことはできなかったものか?
仮に大和が羽柴家の所領として残っていたら
吉野を根拠地として戦うこともできただろうに。

144 :OPS:2006/12/23(土) 22:11:16 ID:i11z3qtF
冬の陣で時点で近江、大和に押し出して戦えば何とかできたんだよ。

145 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 11:09:41 ID:/aUGNvj5
サナダムシハケーン!

島津や毛利等の西から攻め上る軍勢の抑えはどうするの?
近江まで出るのに伏見城等を落とさないといけないから無理だな。
大和は浅野が大坂方に付けば可能かも知れないけど、
大坂方に付くようなバカではないので無理。

146 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 23:05:08 ID:39fCfP1B
結局のところ、大坂城に篭る兵だけじゃ勝てないだろうな。やはり外様大名や宗教勢力の力も借りないと。


147 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/25(月) 22:15:20 ID:8clqzwhY
どうあがいても勝てる事は出来ない。
生き延びるには籠城して粘り家康の寿命との勝負。

148 :名無し議論スレて投票方法審議中:2006/12/27(水) 22:00:03 ID:by9JL863
「異 真田戦記」じゃないけど二条城の会見で仕掛けるのが得策なのでは。
思い切って影武者を用意して家康から仕掛けたものとして家康刺殺。
混乱が起こった徳川軍に福島勢が・・・
これなら勝てるかも。


大坂の陣に限ってなら、
秀頼が幸村たちに出撃を許可し、瀬田に布陣。
大河を利用し、時間稼ぎ。
その間に物資を大量に購入。
篭城戦になり、家康から講和の誘いが。
しかし、発言力の増した幸村たちによって、条件が大幅にかわり、講和。
これを2,3回続けば、家康死亡。
諸勢を纏めて勝利!

*注意*
後藤又兵衛、真田幸村、明石全澄は結構高齢なので病死する可能性も。


149 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/27(水) 22:52:00 ID:Yj5Sk8GQ
なんか逆劇シリーズ思い出すなw

150 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 00:38:58 ID:DllSC5Ww
瀬田に布陣したら京・伏見・北陸勢から背後を攻められてまさしく背水の陣だし、
だいいち瀬田に大河なんて呼べるほどの川は無いし、
関ヶ原の時にまさしく大河とよべる木曽川を東軍の先鋒隊だけで簡単に越えられているから
冬の陣の徳川方軍勢なら一日と持たずに平地の瀬田なんかに布陣した大坂方は壊滅確定。

>なんか逆劇シリーズ思い出すなw
ほんと同感、妄想しすぎ。

151 :名無し議論スレて投票方法審議中:2006/12/28(木) 14:36:03 ID:ctaxgBtk
150>>
バーカ、そんな忠誠心のあつい武将がおるのか?
唐橋を落として、真田、石田、大谷、宇喜多の旗を上げるかなんかして時間稼ぐんだよ。
それに、冬に川渡ることがどんなに辛いことか。
伏見は包囲するのみに留める。
徳川軍勢といえど、先鋒は井伊、藤堂だし。

152 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 14:51:23 ID:TdEr1VxM
戦略的には日本ほぼ全部VS大坂60万石
勝ち目があるとすれば、家康と秀忠を討ち取るしかない
単に敵軍を撃破しただけなら新手が次々来て最後は終り
でも暗殺なんて可能性低いし、戦場で討ち取るのもやっぱりよほどの強運が無いと駄目

153 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 16:11:04 ID:7SGQ5/d0
なんつーかそもそも妄想スレだから強くいうつもりないけど
幸村っていうか信繁を過大評価しすぎだよなー
彼は篭城戦における戦術的指揮官としては非凡な者なのは認めるけど
軍事戦略、外交等の点では何一つ発揮してないんだよね
よく妙な戦国系の雑誌なんかで「軍師」とか言われちゃってるけど肥的な能力値の「知略」では
別に際立ったことはしてないんだよね

それに家康を簡単に討ち取れると思っちゃいかんよ
確かに毛利、真田隊の猛攻でピンチになったけど一応逃げ切られてるんだからね

154 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 18:03:38 ID:DllSC5Ww
>>151
忠誠心?そんなものねーよ、徳川家康が怖いから理不尽な命令だろうがなんだろうが死に物狂いで従うのだよ。

忠誠心どころかやる気がある奴が殆どいねーのが大坂の寄せ集め軍団。


155 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 19:02:02 ID:InuudezR
妄想ついでに聞くけど、
例えば全盛期の秀吉やそれに匹敵するような人物があの時点の豊臣側にいたらどうだったかな?

うまい事切り抜けられただろうか。

156 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 19:39:00 ID:QSRMRPAz
大阪の陣のときに前田利常に部下が「家康の陣は隙だからけござる
ここで家康を強襲すれば間違いなく家康の首が取れまする
憎き徳川を潰し前田と豊臣の天下を築きなされ、なき大納言利家公もお喜びになりまするぞ」と言ったそうな

利常は思案の結果、断ったが
ここで利常が裏切っていれば天下は前田と豊臣のものになっただろう。


157 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 21:05:12 ID:4FFFL9vy
>>156
日本語でおk

158 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/28(木) 23:11:12 ID:daaoOqHe
十分解るだろ

159 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/29(金) 08:38:13 ID:SSL8ilVA
>>156
それは「そう見えた」ってだけで、家康たるもの外様に易々とやられる隙は
作ってないだろう。幕府のきこえを恐れるあまり、後日その家臣を放逐か誅
殺しました、てほうが実情じゃないか。

160 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 14:22:46 ID:mfaqbXdp
>>155
福島正則、黒田長政、加藤嘉明の家康から警戒されて江戸留め置きとされた三人
加藤忠広みたく幼少の君主で家臣が親豊臣派と
田中忠政、浅野長晟、森忠政、京極高知、生駒正俊、藤堂高虎、織田信雄ら徳川と親戚関係がない外様有力大名と
島津家久、毛利秀就の西国大大名が味方につけば多少面白くなる。

161 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 14:34:59 ID:PLcnFcku
大阪の陣と長州征伐って状況が、なんとなくかぶるよな。
同じ状況を期待するなら家康の戦線離脱
できれば病死か事故死が一番理想的。
重臣たちの中からは「一旦、大御所様の葬式を先に済ませてから
改めて秀頼征伐に向かいましょう」なんていう奴が出るのは必定。
死を隠して、そのまま戦い続けるのが唯一取るべき道だが
もし秀忠に気の迷いが出て一旦、江戸に帰り葬式なんかしてると
西国大名が心変わりし、第二次大阪の陣では思い切り幕府の足元が
すくわれる事になりえる。
中国・九州地方から大阪城内にたまに兵糧・弾薬を運び入れるだけで
大阪城は落ちそうにない。

162 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 15:18:34 ID:3Jyjy/uO
病死だと家康が「絶対に撤兵するな」っていう遺言を残しそうだ。
生真面目な秀忠は遺言を守り抜こうとするだろう。
事故死だと、生真面目な秀忠は「大御所の御意志を継ぐ」とか言って
攻め続けそうだ。
討死だと、生真面目な秀忠は「大御所の弔い合戦だ」とか言って
攻め続けそうだ。

あ、あれ……?

163 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 15:40:40 ID:/3Ar98Rq
>>160
>福島正則、黒田長政、加藤嘉明
今更戻れたもんじゃない。家康に大封もらった時点で、豊家とは訣別している。
秀吉の思い出とともにあるとはしても。
>加藤忠広
親豊臣派がいれば、反豊臣派もいる。「大船二艘に兵をつけて」と計画したこと
は確かにあったが、現実にはならなかった。
>徳川と親戚関係がない外様有力大名
京極、藤堂は親家康の最たるもの。常高院の実家だし、天海と並んで東照宮に立
男だし。浅野が高台院に逆らうことは考えられない。織田信雄はむしろ豊臣嫌い
だ。田中、森、生駒だって関ヶ原の果実を護るのに汲汲とし、今更バクチしよう
とは思わない。
>島津家久、毛利秀就の西国大大名
関ヶ原後の疲弊と混乱から立ち直っていない。島津は「関ヶ原で豊臣への恩は果
たした」だとコメント。毛利家の徳川恐怖が払拭されるのは幕末になってやっと
のこと。
こう見ると、豊臣家に味方する大名がゼロ、だったのもわかる。

164 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 15:48:58 ID:mfaqbXdp
>>163
155へのレスの妄想だってw

実際、豊臣に味方する大名なんていないから家康が没するまで籠城するか。
国替えに応じて最終的に改易されるが旗本辺りで家を存続させるしか道はないね。


165 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 19:42:09 ID:FjTdNWOq
スレの趣旨とはちがうことだけど、
この戦は「大坂の陣=vとか「大坂の役=vという表現が使われて、
なぜか「大坂の乱=vという言い方はほとんどされない。
どうしてなんでしょうかね?

166 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 22:46:41 ID:ZFH40lhm
仕組んだ家康の策謀を正当化する為だろ。

167 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 10:04:07 ID:mh3QEq57
幸村が、大阪入場後、大野治長に『宇治,瀬田に陣を張って
東軍には、河を渡らせず、押しとどめ、その間に西国の大名に
使者を出せば、味方になるもの必ず、あると存ずる」という
野戦献策を淀君が却下したが、採用されてればどうなったかな。
冬の瀬田川、宇治川は、足が凍りつくような零下、前進もままならぬ
まま、鉄砲で、幸村、後藤又兵衛が敵を乱射してれば、奇跡はおきたか
もよ。毛利などは、ひょっとするとわからんかったぜ。


168 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 12:20:44 ID:DrTwPPF7
>>165
役と乱はその戦乱の規模の違いだったと記憶しているが。
役>乱>変で。

169 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 14:04:20 ID:KHqjXZsD
>>167
机上の空論だろう
ゲームじゃあるまいし、寄せ集めの兵士でそんな大規模な迎撃作戦が取れるわけがない
第一、冬の不利は出陣した場合守備側にも影響するし

170 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 14:28:38 ID:84wLiy+U
>>169
サナダムシには何言っても無駄だよ。
当時の瀬田川は川幅が狭く水位も浅い川だし、
徳川勢が瀬田川越えたのは十月で気温はまだ暖かい。
大体瀬田・宇治なんて敵の勢力の真っ只中の中入りってやつでまったくもって話しにならない戦法、
豊臣方の諸将が相手にしないのは当然で貧乏暮らしに嫌気が差して自暴自棄に陥っている一部の浪人武将の案。
「淀君が却下…」って言ってる時点で子供のレス確定
まぁ、俺も小学生の時は>>167の考えに同意だったから分かるのだけどね…

171 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 19:16:04 ID:6i2Idk3O
他に手も無いのも事実だけど。

172 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 19:49:59 ID:JHdlIrum
もう極論すると勝つなんか不可能

173 :170:2007/01/01(月) 20:00:39 ID:84wLiy+U
スミマセンでした。
ここは妄想スレでした、否定ばかりではスレがのびませんよね。
たしかに真田信繁、後藤基次も一か八かの賭けは重々承知
>>171の言うように手が無い状況なのでやるだけやってみて無理なら
大坂城へ撤退して篭ろうと言う作戦でしたよね。


174 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 21:29:11 ID:sWnUcpej
>>167の策は、局部戦でも打って出て勝利を重ねて外様大名の動揺を誘う作戦なんだろ。
最初から篭城するだけじゃ現役の大名は誰も味方に付かないだろうし、やるだけはやってもみようという賭け。
大坂方単独で勝つ事は困難であることは浪人衆もわかってるだろうし。

175 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 22:55:08 ID:1Jw3+8lu
妄想スレを楽しもうぜ。

じゃあ起死回生で、奇跡的に家康を討ち取ったとしたら?
そしたら徳川勢が総崩れになった可能性ある?

まぁ、伝説としては家康戦死ってちょくちょく聞かれるし、
万が一討ち取れてもあんまり影響がないのかもしれないけど。

176 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 23:12:05 ID:/SPUJKeI
それ以前に、家康のような国家元首相当の人物が
最前線の間近にいるってこと自体が信じられん。
近現代国家の元首が最前線に赴くなんてまずありえないでしょ?
最悪のケースを想定して最前線から離れたところ、
つまり京か伏見で指揮を取るのが当然だったのに。
戦場に乗りこんでは元首としての威厳も感じられない。
もっとも、南朝の帝や院のように亡命政権状態だったら話は別だけど。

177 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 23:17:03 ID:9RGxj+QC
冬の陣、夏の陣ではまた変わると思う。
冬の陣では徳川勢は準備不足により飢えと寒さに苦しみ、
大坂城攻略も上手く行かず喘いでいた分が悪い状況なんで
家康が死ねば多分一旦は退くでしょう。
また前年に大久保忠隣の失脚したばっかりで徳川家内部もゴタゴタしてた時期なので、
家康の側近連中と秀忠の側近とで諍いがあるかもね。

夏の陣の頃にはもう大阪勢が虫の息なんで、無理っぽい気がする、
秀忠も死んで貰うくらいじゃないと光明が無い。

178 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 23:20:21 ID:9RGxj+QC
>>176
だってあの時代はまだ近現代じゃないでしょうから。

179 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 23:24:33 ID:9+odKyRx
関が原でもがんがん前進してるからな
戦闘が始まれば家康って基本的にイケイケ
30くらいで信玄に負けるまでは、戦闘に入る前からもイケイケだもんなw
まあイケイケっていうより、義元や信長に「行け行け」命令されてる分もあるだろうけど

180 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/01(月) 23:29:34 ID:1Jw3+8lu
秀忠まで死んだとしたら、
家光はまだ幼かったし信長が戦死した直後と同じような状態になったかもね。

でも、そうなると明智光秀に相当する豊臣は…orz

181 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 14:08:07 ID:wg09jaFZ
>>180
徳川譜代家臣には秀吉みたいに政権簒奪狙う人間はいなさそうだから、スムーズに新将軍が決まりそうだがな。
関ヶ原以降いがみ合っている徳川家臣団も御家の危機とあらば鉄の団結が復活しそうだし。
織田・豊臣政権みたいな崩壊はしないと思う。

182 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 16:00:32 ID:hHjZ2nYz
ゴタゴタしてたとはいえ仮にも十五年間家康が心血注いで作り上げた政権だからな


183 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 16:51:01 ID:u/3tUTxY
徳川の跡取り候補には家康の子供の松平忠輝を筆頭に、徳川義直、徳川頼宜、徳川頼房らがいるし、
秀忠の子は家光と忠長がいる。

後継者争いは揉めそうな気がするし、
1615年時に家康・秀忠死亡なら外様は勿論の事、譜代大名、親藩大名を従えるのは難しいだろうね。

184 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 21:02:25 ID:+n7WDTIm
伊達政宗と松平忠輝が輝きを取り戻すw

185 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 21:56:32 ID:u/3tUTxY
>>184
そうなるとますます面白くなるね。
忠輝派に伊達
義直に駿府大御所派
秀忠に江戸将軍派
江戸将軍派は家光と忠長で割れるだろうし
最終的には義直が実権を握るけどになるだろうけど
豊臣派に付く大名が続出すれば豊臣の天下になるかもね!?

186 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 22:12:44 ID:fkS/ra5k
忠輝は間違いなく何らかの動きを見せるだろうね、
徳川政権内での弟達に劣る待遇から来る不満を元々抱えているし、
舅には野心家の政宗、秀忠と違い武勇に優れると評判も高い。

あとは松平忠直も父の秀康への不遇や自身への不遇と、
ともすれば自分が将軍になれたかもしれないという自負が組み合わされば動くかも、
譜代でも武勇に優れる秀康を将軍に推す声が高かったと言うし、父譲りの武勇を持つ忠直
を推す連中が出てきても不思議は無い。

>徳川義直、徳川頼宜、徳川頼房
この三者は幼年なんで自分で動くという事は無いだろうけど、傀儡として操られる可能性はあると思う、
補佐として付けられた家老達の野心次第だろうねぇ。
ただこうして見ると家康・秀忠死後だと忠輝か忠直、
秀忠生存中でも家康の死に方と時期によっては忠輝・忠直は動く可能性は無くは無いっていうところかな。
個人的な意見では徳川政権内も世代交代が進んで三河武士の鉄壁の団結力(元々これには懐疑的だが)
が発揮されるかは微妙な気がするね、少なくとも家康側近と秀忠側近の諍いは根深く、
1614年に起きた大久保忠隣失脚の復讐の機会を秀忠派が狙っていた事は本多正純失脚で明らかになってるから、
家康死後の家康側近の動きも重要になるだろうと思う。
あとは秀忠個人の名声の低さが地味に徳川のウィークポイントかと。

187 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 22:31:42 ID:+n7WDTIm
その場合、後に豊臣を滅ぼした人物が後継者争いの主導権を握ったりするのかな?

信長死後の秀吉みたいに。

188 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 22:39:56 ID:u/3tUTxY
忠輝と秀康は家康生存時に跡継ぎ候補から外されているので、
忠輝と忠直(秀康の子)には徳川家重臣と譜代のほとんどは付かないだろうね、
ただ70万石以上の大身大名なのでその勢力は侮れない。
家康が家光を秀忠の後継者と決めていたけど秀忠とお江与が忠長を将軍に希望していたので
江戸将軍家の家臣は家光と忠長で割れる。
駿府大御所派は江戸将軍派と争っていたので家康の将軍家にもしもの事があった場合は御三家からとの言葉で
晩年駿府で一緒に住み可愛がっていた義直を跡継ぎとしてたてるだろうし。

189 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/01/02(火) 23:25:08 ID:xzCoQL5f
>>188
秀忠が改易に近い状態に嵌れば、その配下はかなり忠直の下に奔るだろうよ。
忠輝は立身できないだろうけど。

190 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/02(火) 23:59:04 ID:u/3tUTxY
>>189
家康と秀忠が死んだという前提ですよ。


191 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2007/01/03(水) 00:17:36 ID:iNr/GbvB
家康と秀忠が死んだら、結城秀康・松平忠吉(微妙)・武田信吉くらいしか生き残れないよ。
政宗の婿なんて舅が即座に逃げを打つだろう。
秀忠の付家老などは家名を重んじても保身を考えても秀康の下に奔らざるを得ない。
他にはせいぜい水野忠重や那須旧臣の下に降るくらいだって。

192 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 04:06:11 ID:hsJEFmSy
>>188
とはいえ徳川義直、徳川頼宜、徳川頼房 は十代前半かそれ以下、家光・忠長は赤ん坊。
秀康は経緯が複雑だが後継者に推す声もあったし、忠輝の不遇は家康の意向というだけで特に理由もない、
しかもその秀康の子であると忠直と忠輝の2人だけしか家康の子、孫の中で成人に達してない。。
この状態では譜代家臣の意見は割れると思うよ、豊臣家という大敵が残る中での死となれば
幼年の君主を立てることは危ういので、成年で、それも武勇に優れると評判の2人は必然と評価高くなるだろうし。
また御三家が定着したのはもうちょっと後の話でしょう。。

193 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 10:42:34 ID:P/eFXAcH
徳川家中が後継者争いで揉めても、当時の豊臣家がそこに付け込む事はできないだろうなw
有力外様大名や伊達&忠輝コンビが豊臣家に接近すれば面白いかもしれんが。

194 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 11:11:52 ID:W3swG35C
>>193
かなり期待出来ると思う
毛利、加藤、福島、浅野などの親豊臣系は豊臣と和睦
島津、前田などは徳川の後継者が決まるまで日和見
豊臣は忠直を後押しし和睦

伊達+忠輝VS江戸派VS駿府派VS豊臣+忠直
の構図になり最終的には大坂藩の大名として残るし
忠輝、忠直、家光、義直が候補なら秀頼が一番天下を狙える位置にいる。


195 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 15:24:16 ID:bb6EyDjf
話は変わるが、大阪城の物資ってどれくらい準備されていたのだろうか。
十万の人間が一所に引き篭もるなんて、食糧だけでも物凄く必要だよな。
攻め手の苦戦ばかりが強調されがちだが、物資不足に城内の士気も相当
下がっていたのでは?

196 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/03(水) 23:33:07 ID:W3swG35C
18万石で単純に米だけなら腹いっぱい食って1年間分。
金銀は大坂落城後家康の手に渡ったのだ金二万八千枚、銀二万四千枚
浪人衆を雇い入れ、兵糧弾薬を買占め、冬の陣、夏の陣の経費を使い、
敗走兵の持ち逃げ、徳川方諸将の略奪を除いてもこの金子の量なので、
金は十二分にあったと思われるが弾薬が底を突き真田、後藤も和議を提案した。

なお大坂方には町人や農民もいたので城から逃げ出したが徳川方に取り囲まれているので
すぐ捕まって指を切り落とされて大坂城へ戻されているので大坂方には逃げ出す選択は無いと思う。

197 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 00:54:37 ID:iVdtsXnS
結論としては、豊臣方は何が何でも家康を討ち取る必要があった。
願わくば秀忠も。そうすれば起死回生の逆転が可能だった。

で、おk?

198 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 01:00:04 ID:1V4C0h6D
>>195
戦闘開始した頃は買占めや福島家の大量米で潤沢だったんじゃない?
それでも欠乏したんだろうけど。

199 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 07:25:04 ID:Q9GR72EZ
何せ数万〜十数万だからな。
補給がなければ簡単に欠乏しそうだ。

200 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 10:26:47 ID:hoOX73BZ
多数が城に篭るとなると疫病の心配とかも出てくるしな

201 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 10:40:40 ID:FnORHiQZ
>>197
戦国一逃げるのが得意だった家康を討つのは至難の技だ

202 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/04(木) 22:56:01 ID:1V4C0h6D
夏の陣前に家康が死んじゃったらどうなってたんだろう?
外様大名達は秀忠に付き従うのか、それとも豊臣秀頼に寝返るのか、各大名が天下を狙い乱世になるのか。

203 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/05(金) 00:26:16 ID:IbnIubeQ
冬の陣ならともかく、夏の陣なら秀忠につくだろ。

204 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/07(日) 10:55:13 ID:XtLmb5lo
家康は秀頼健在なら80でも90でも長生きした予感

205 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 17:23:33 ID:WSy3WfQt
はっきり言って夏の陣の時点じゃもう家康倒したくらいじゃ逆転は不可能
あの時真田の部隊が家康の首を獲れてたとしても、実権こそもってなくても朝廷が定めた将軍職を持つ秀忠の元で態勢建て直されてたよ。
わざわざ将軍を裏切って大坂城も使えなくなった1大名に味方するリスクを負うより、家康をも倒した真田勢などを叩き潰して名声や発言力得ようとする方がよっぽど堅実的。

206 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/01/10(水) 23:30:49 ID:znNaqHHy
安房守が健在で大坂城に入城し、冬の陣直前に家康死去の場合も見てみたいような。

多分信繁と同じような立場になるんだろうけど。

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