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武田家滅亡を防ぐには

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 02:49:43 ID:lGXN3Ffp

上杉家は明治まで存続したのに対し
武田家はあっけなく滅亡してしまいました。
滅亡を防ぐにはどうすればよかったのでしょうか。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 02:54:39 ID:HAxga73m
>>1

武田信玄の六男信清系統が上杉家の客将として存続。
傍流とはいえ、滅亡したわけじゃないよ。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 02:58:45 ID:Xs+BTaJm
一国の大名として存続ってことじゃないかな

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 03:08:20 ID:HAxga73m
一国の大名という意味なら、上杉も米沢藩だ(奥州の一郡にすぎない)から
ほぼ滅亡じゃないか? 織田系も北条系も滅亡ってことになるわな。

大名=一万石以上
一国の大名(太守)=日ノ本六十六州(66人限定)??

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 03:40:08 ID:3Smw5NKB
身の程を弁える

6 :名無しさん@お腹いっぱい。[:2006/08/07(月) 06:50:46 ID:ABp9RPX6
勝頼も高坂クンと戯れる♪

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 08:27:51 ID:0oLFnff7
66人以下ってことか

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 09:37:40 ID:NXgD0eIg
>>4
米沢は奥州じゃなくて羽州

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 09:53:41 ID:xHPtcr8D
>>1
この板の住人全員をタイムスリップさせて軍師に(ry

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 09:59:20 ID:NszdTdJT
上州に逃げる

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 10:01:07 ID:Egqg/LJJ
嫡流は無理ぽ

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 10:58:16 ID:cfuAkfuX
勝頼の代になった時点で織田家と休戦協定を結ぶ

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 11:06:54 ID:S/DCY5WZ
従属ならまだしも織田家か協定結ぶとはおもえないが。

あとおいらのイメージだと勝頼はプライド高いんだけど、
秀吉や家康の下につくと思うかね?

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 11:14:23 ID:cfuAkfuX
家柄から言っても、織田家の下風に立つのは良しとはしないだろうな
従属は有り得ないだろう
最大限譲歩して休戦協定
もしも勝頼が高天神城攻略など軍事行動を取らずに外交で下手に出て休戦申し込みなどしていれば
織田家も武田攻めを急ぐ必要も無いわけだ。
武田家とは休戦しておいて、毛利を倒した後まわしにしようとする可能性が高い
そして明智の謀反に合い、武田家はめでたく生き残る


15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 11:33:01 ID:718r3Bcn
武田・上杉・北条・毛利の四国同盟これで織田・徳川の連合をぶっ潰す!

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 11:37:29 ID:uPZNeRX8
謙信に養命酒飲んでもらって長生きしてもらわないと・・・・
養命酒をあの時代に製造可能なのかはしらんが。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 11:41:20 ID:cfuAkfuX
>>15
ゲームでは武田勝頼が織田家と休戦した後に史実通りに明知光秀が謀反
畿内を制した明智家と武田家は婚姻同盟を結び天下二分するという構想でプレイしたなあw

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 11:49:22 ID:vHrc5vF7
>>15
その程度で勝てるわけねーだろ
本能寺直後でも多分元織田の連中に負けるぞ

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 11:53:08 ID:cfuAkfuX
>>18
でも明智光秀に武田勝頼の援軍があれば
秀吉に勝てそうだと思わないか?
家康は中立を保つだろうし

20 :18じゃないよ:2006/08/07(月) 11:58:50 ID:NXgD0eIg
>>19
それは勝てるかもしれんが、勝頼がある程度の軍勢を畿内に送れるってことは
その四国同盟はかなり緊密じゃないとな。普通、当時の同盟国なんて敵国では
ないにしろ下位仮想敵国って感じだから

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 12:05:00 ID:QqBOhc6h
この手のスレでいつも出てくる幻想が

1 小山田ではなく真田を頼れば助かった。
2 もう少し粘れば信長、本能寺でアポンで助かった。

という幻想なんだよな

1については真田が小山田と同じことをしないとは限らない上、
仮に真田が勝頼守っても遅かれ早かれどうしようもなくなるし。

2については勝頼が粘れば状況やタイムスケジュールが大幅に狂って
本能寺は起きないか起きたとしても時期がすれるだろうと思われる点だ。
特に武田討伐軍の大将の信忠が信長と同時にアポンすることはありえなかったろう。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 12:09:27 ID:3Smw5NKB
そもそも信長・信忠を同時にアボンできる公算がなければ本能寺は起きないだろうね

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 12:24:43 ID:/ju3RlPJ
一番可能性があるのはやはり穴山が家康と共に生き延びる事だったんじゃないか?
それで武田宗家を継ぐ
徳川政権下なら余程不祥事起こさなければ国持ち大名として存続できたはずだ

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 12:27:11 ID:NXgD0eIg
宗家が滅亡して領国がない以上、いくらなんでも「国持ち」大名はむりじゃない?

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 12:28:53 ID:cfuAkfuX
もしも長篠合戦が無かったら、どうだっただろう?
武田家が専守防衛に徹していれば、織田・徳川連合軍でもかなり苦労しそうだと思うけど

26 :北条氏康 ◆JEhW0nJ.FE :2006/08/07(月) 12:32:51 ID:wxD8VXoq
やはり武田家は滅亡するしか無かったのだろう。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 12:35:00 ID:Egqg/LJJ
>>25

織田と徳川の動員できる兵力を考えればあきらかに無理
徳川は全軍とは言わないが、ほぼ戦力を投入できるし
信長、信忠の石高は200万石以上

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 12:40:31 ID:NXgD0eIg
>>25
武田家が織田家に大きく差を付けられたのは、今まで直接対決(野戦が望ましい)
がなかったからだし、その隙に織田が伸張したってのも信玄、勝頼は分かってたと
思うよ。継いだ勝頼の軍事行動を見るとむしろ直接対決を予定していた、もしくは
望んでいたはず。

29 :28:2006/08/07(月) 12:46:13 ID:NXgD0eIg
ああごめん、それがなかったらって話だよね。
まあ、石高だけじゃなく色んな収入、権威とかを考えると圧倒的に織田の方が力があるけど、
敵領に攻め入るってのは苦労するもんだよな。織田は地理的に兵力を各方面に割り当てなきゃ
ならんし。丘陵、山岳での戦闘、補給は武田の方がノウハウがあったんじゃないかな。
決定的敗北や圧倒的不利がないと調略も難しいし(それでも今まで織田には調略実績があるが)
相当な苦労はするだろうよ。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 14:13:13 ID:Egqg/LJJ
>>29

当主が勝頼だったら、小山田・秋山・穴山・木曽の隣接してるやつらは
簡単に寝返ると思うけどな

苦労しない戦などないと言っておく


31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 14:49:13 ID:NXgD0eIg
そうかなあ。ありゃ長篠大敗の影響がでかいと思うんだが。

32 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/07(月) 15:01:29 ID:J0frOV7H
もし長篠で戦わなくても武田は崩壊するっしょ。

時代に乗遅れてるし内部で内乱あるし重臣お年頃

自然に周りの大名に滅ぼされるのがオチ



33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 15:16:55 ID:41NERKh8
上杉の跡目争いで北条氏出身の養子を見捨てたのも 外交的に甘い
家康を牽制できる唯一の大名なのに

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 17:30:52 ID:yJbargKs
姉妹スレ

武田家滅亡の原因は100%信玄が作ってる件
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1153644378/

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 18:14:08 ID:aPoGIBhW
>>33
北条が武田だけに戦わせて、そのうえ武田の領土を狙うセコイまねしたからだろ

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 18:19:12 ID:/ju3RlPJ
勝頼の外征は決して失策ではないよ
と言うか他にやりようがない
諸国は日増しに支配力強めてるのに大人しく国内に篭っててもじり貧に落ち込むだけだし
和睦や従属を望まないなら外に討って出るしか生きる手立てはない
でも周囲が上杉、北条、徳川、織田だからな
攻めるって言ったって厳し過ぎる
お手上げだな…

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 18:21:49 ID:BQODv0S/
>でも周囲が上杉、北条、徳川、織田だからな
>攻めるって言ったって厳し過ぎる
>お手上げだな…

なら外征が失策なんじゃん?意味ワカラナス

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 18:27:24 ID:QqBOhc6h
>>33
それも良く言われる理屈だよね。
北条のあまりやる気のなさと、
全てを武田に丸投げして季節が悪くなると
早々に撤退してしまったので勝頼がキレたんだろうね。
しかも、もし勝虎が苦労して景虎に勝たせても最大利益は
北条にいってしまうんだから、やってられんだろう。

それに引き替え、景勝は上野の領地は割譲してくるわ。
大量の金を払ってくるわでいい事づくめだし、
勝頼がそっちを選択するのは自然だろう。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 18:31:46 ID:hB/cFRYY
北条が来なかったのは、佐竹と戦っていたからでは?

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 19:57:44 ID:QqBOhc6h
>>39
それくらいなんとかなるだろう。
全てを武田に丸投げするのは
北条にとって景虎なにどその程度の存在でしかなかったとい事。

あと景虎は氏政の兄弟ではなく従兄弟だったらしく、
さして思い入れはなかったらしい。

41 :誤字修正:2006/08/07(月) 19:58:46 ID:QqBOhc6h
>>39
それくらいなんとかなるだろう。
全てを武田に丸投げするのは
北条にとって景虎などその程度の存在でしかなかったという事。

あと景虎は氏政の兄弟ではなく従兄弟だったらしく、
さして思い入れはなかったらしい。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 20:17:50 ID:NXgD0eIg
景虎は氏康の子じゃないってことなのかい?

43 :ふぉぅ ◆fXf0/HfFdI :2006/08/07(月) 20:27:12 ID:Yh1F6zKx
長篠の前にあとべかつすけを殺し重臣主導の政治に戻すのよ。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 20:43:23 ID:0oLFnff7
>>38
たしか景勝って武田の傘下に入ったんだよね?

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 20:47:28 ID:NXgD0eIg
釣りですか?

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 20:52:30 ID:QqBOhc6h
>>42
すまん。それは言いすぎだった。
氏政の従兄弟というのは一つの説でしかなかったようだ。
ただ少なくとも氏康の側室の子ではあるらしい。
そのため愛情薄く正妻から産まれた他の男子とは一線を画し
あちこちで人質生活を送る羽目になった。
ある意味、徳川秀康と似ている。

>>44
それは違うだろう。
武田傘下とまではいえない。
せいぜい武田優位の同盟になった程度。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 20:53:06 ID:VR5NH+LM
>>1
盲人で家督と縁が無かった次男坊の孫が高家入りしてたはずだぞ

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 20:59:59 ID:279WldbK
>長篠の戦いを避ければよかったよ
10万近くの兵が動員出来る織田家が3万弱で来てるんだ
むしろ一番の好機だったかと

>北条景虎支持すればよかったよ
このときの北条家自体がもう親織田だからどっちみち敵対する羽目になりそう
それなら景勝支持して味方にしちゃってよかったかも

>長篠の戦いで勝てばよかったよ
おれもれも



49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 21:05:46 ID:cfuAkfuX
長篠で勝つには、どうすれば良かった?

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 21:14:24 ID:xuUAMk7a
>>49
老重臣の中で前は馬で突撃すると見せかけて、後ろと横から攻撃案をだして、勝頼が拒否った経緯ありw

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 21:26:10 ID:cfuAkfuX
>>50
迂回作戦が可能だったのか?

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 21:28:55 ID:0oLFnff7
天正六年六月十二日の上杉景勝の武田家に出した誓詞は名目は同盟だが、
実質的には旗下に属することを誓ったものではなかったんだね。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 21:30:57 ID:9d8fWgIP
誓詞なんてあの時代は一瞬でただの紙切れになっちゃうんじゃない?

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 21:34:55 ID:cfuAkfuX
織田軍は野戦築城していたのだから
そこに攻め込まずに武田軍は野戦築城陣地の前で針路変更して
織田軍が追いかけてくるのを迎撃すればよかったんじゃないか?
つまり見方が原の戦いみたいな戦は出来なかっただろうか?

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 23:34:01 ID:TgwUetGM
無知でスマソが、そもそも織田徳川3万8千、武田1万3千って兵力は根拠あるの?
仮にこの兵力差が本当だとして、武田方は正確に自軍の3倍とまではわからない
までも、相当開きがあることに躊躇いを感じなかったのかな。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 00:29:41 ID:Gcf/5DBw
>>55戦場が狭い事から連合軍1万8000vs武田7000
って説もある。
どっちにしろ武田圧倒的に不利に変わりないよね


>>54でも追いかけてこないかもよ?

中央が落ち着けば
最高10万つれてくる事も数字では可能なわけで
そうなるとさらに辛くなりそう・・

結局、勝って長篠城を取り返すしかない気がするです

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 00:31:48 ID:MkCFkTJn
>>49
虎の子の機甲師団を投入すれば良かった。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 00:31:51 ID:yhzTiw+7
だよな長篠の戦って武田軍が不利なのに鉄砲使った織田・徳川軍は偉いみたいな言はれ方してるのが腑に落ちない。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 00:40:18 ID:duNqMNFG
>>54
そもそも信長公記の記述では織田軍が柵から出たり入ったりして戦ったそうで、
旧説のように柵に篭りっきりで防戦してたわけではないらしい。

>>55
一応、織田・徳川軍一万五千、武田軍七千という小兵力説はあるが、
どちらにしろ織田・徳川側の兵力が二、三倍はあったのは間違いない。
というか信長が武田に倍する兵力くらいは用意しないとそれこそ不自然だろう。

あと、それくらい開きのある敵郡と戦った合戦など当時ゴロゴロあり、
なおかつ勝利した例もあるのでそんなには不自然ではない。
島津などそれくらいの兵力差で戦を行い勝つのが当たり前ではあったし。
沖田縄手の戦いなど島津・有馬連合軍が八千で竜造寺軍は六万と言われてるし。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 00:43:43 ID:ijn4Xt5z
>>59
島津スレとかで色々見たけど、話は本当だろうか?
ありえないぐらいの兵力差なんだけど。


61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 00:46:45 ID:rYfK2N2R
そういうありえないくらいの兵力差を正攻法でひっくり返した例ってどれくらい
あるんだろね。長篠は正面衝突だと思うんだけど。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 00:48:32 ID:7qHRmXvf
薩摩は火山灰のせいで稲作が出来る土地が少ないために人口が少なかったのだろう
だから寡兵で戦うから鉄砲を多用するようになったんじゃないかな?

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 00:58:13 ID:ijn4Xt5z
種子島がすぐそばにあったからとは違うのかな?

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 01:01:48 ID:duNqMNFG
>>60
正直、誇張だとは思う。
でも単に数倍くらいの兵力差を
跳ね返した例は少々ある。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 01:38:56 ID:Gcf/5DBw
どうしたら長篠で勝てるか、が鍵だよな
鳶の巣砦が落ちたのが決定的だったんだろうが

>>61
wikiからで恐縮だが
武田軍は正面きっての突撃じゃなく
中央、から攻めて、右翼左翼は迂回してまわりこむのが狙いだったらしい

将の配置からも左翼、右翼がメインなのが伝わってくるし

ただ中央の一門衆がへたれで早々に退却
それで右翼左翼が孤立して
結果、山県や真田っていった右翼左翼の武将が討ち死に
するという羽目になったとか

実際中央に配置された武将(穴山etc)は損害も大したことなかったみたいだし

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 02:41:57 ID:PZlWiQEb
感情に任せて外交決めていたら 格下だった家康にもいいように調略される 上杉が譲歩するのも 混乱していたからで 俺だったら北条をとるな どっちに転んでも 上杉から攻める力は当分ないし

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 02:50:20 ID:dT9wZriF
信玄の遺言に「謙信を頼れ」つーのがあるらしいね

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 03:33:29 ID:aFgveID5
>>67
謙信は敵にまわせば厄介だが、味方にすればこれ以上頼れる男はいない。

ってな感じに思ったんじゃないかな。
謙信も信玄の訃報を聞いたときの行動を考えれば、同盟を結んで対織田家の
共同戦線を張ったかもしれない。

69 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/08/08(火) 03:42:44 ID:U29guYee
家康の高天神城攻めに対して駿東郡御厨に進出なんかせず、救援に向かえばよかったのにな。
見殺しにした事で(何度か出兵はしているけど一戦もしてない)家臣達の信用を失ったし、本格的な武田討伐を招いたと思う。
高天神城自体は位置的に確かに孤立してるけど、堅城だし家康領土の横腹を突ける要所で押さえておかなければならなかったかも。


70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 03:42:49 ID:duNqMNFG
>>68
それって講談なのでは・・・・
実際は謙信は速攻で来た品のに兵を出してる。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 03:52:17 ID:2vnbtQtA
>>70
書状で送ってるっていうくらいだから文書が残ってるんでしょ
実際には当時はまだ上杉とは同盟関係にないけど
そういう事じゃないだろう

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 03:59:10 ID:duNqMNFG
>>71
俺の読んだ一般向けの歴史本では
「実際は信玄が死んだと聞いた謙信は
北信濃に兵を送った」と書いてあった。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 04:05:54 ID:duNqMNFG
>>68
まあ好敵手の死に涙した話が仮に本当だとしても、
しばらく喪に服して進行を止める程度の話だろう。
それくらいなら信仰心の厚い謙信ならありうるかもしれない。

でも、以後、信玄の息子を守るとかいうのは無理があるよな。
そんなこと言ってたら信玄に追われ
謙信を頼ってきた村上をはじめとする
北信濃の豪族の立場はどうなるんだか?

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 04:10:11 ID:2vnbtQtA
>>72
そらそうだろう
敵対してるんだから

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 05:22:35 ID:f3/QRGZh
簡単な話、織田に帰順して甲斐一国で満足すること


76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 08:14:01 ID:C3q0/NsF
信玄がとっとと徳川を滅ぼしていればよかった

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 09:19:08 ID:duNqMNFG
>>75
甲斐一国と諏訪一郡で満足しておけばいいよ。

78 :北条氏康 ◆JEhW0nJ.FE :2006/08/08(火) 09:56:28 ID:h0Ugy/rU
初めから武田と上杉が喧嘩せずに同盟結んでおけば、天下統一できた。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 10:45:11 ID:ibPWLmoH
尊氏が余計なことしなければ滅亡することもなかったかもしれん

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 11:28:10 ID:TQrJl1Wv
信長に歯向かうという戦国最大の滅亡フラグを立ててしまったことが悪い

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 12:41:21 ID:4gxShlDx
>>80
そうだよな。
織田とは婚姻同盟まで結んでるのに、自分でそれを破っちゃうんだもんなぁ。
上洛なんかしなきゃ良かったのに。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 12:47:51 ID:5FYaHRIf
遅レスだけど>>33辺り。

これで武田滅亡後、
織田と手切れになって
武蔵まで侵食されるのでは世話ない罠。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 12:51:15 ID:7qHRmXvf
>>81
結果論だとそうだろうけど
あの当時は間違いではなかったと思う
信長を放置していれば、いずれ自分が亡くなった後の武田家は織田に飲み込まれる恐れを感じたのではない?
ちょうど義昭が扇動して反信長連合もできてたし、信長潰すにはまたと無いチャンス到来だったし。


84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 12:57:30 ID:B6YpuCbf
しかし反織田包囲網でよく信長は滅びず粘ったね。
あれが最大の危機であり、武田にとって最大のチャンスだったわけだね。


85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 12:59:49 ID:7qHRmXvf
>>84
武田信玄が死と朝倉義景の戦略下手が信長を救ったんだろうね

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 13:06:32 ID:Y+rS1Tsb
甲斐一国安堵?
虎を庭で飼えと?

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 13:33:41 ID:AmmsA3HW
長篠の戦いのときの武田家と織田家と徳川家の国力の比率ってこれぐらいかな?
武田家130万石(全軍約四万ぐらい?)
織田家250万石(全軍約10万ぐらい?)
徳川家40万石(全軍約一万ぐらい?)

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 14:50:06 ID:TQrJl1Wv
実は上洛付近では信長は本願寺ともとりあえずは和睦し、そこまでピンチじゃなかった
朝倉には1万も置いておけば十分だし、結局4万以上の軍勢を武田に向けることが可能

どっちにしろ武田オワタ\(^o^)/

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 15:41:19 ID:8WThyc1s
>>87

織田信長と信忠だけならそのくらいだけど、
伊勢や畿内軍も合わせるともっと上をいくよ


90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 16:12:53 ID:XlM1tjtU
武田騎馬軍団を武田チハ軍団にしてしまえば勝てた

91 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/08/08(火) 17:40:22 ID:U29guYee
>>87
うちの教授いわく、あの時織田は約400万石。
勝頼は徳川と戦えば五分だけど織田相手じゃ国力的に勝ち目なし。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 17:59:01 ID:duNqMNFG
>>85
どうかね。
冬になると越前は雪で補給路が閉ざされるのだから、
朝倉が兵を引いたのはしかたないともいえるのだが。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 20:35:39 ID:Gcf/5DBw
実際上杉武田同盟は御館の乱までありえないよ
あったら長篠の戦いには1万は多く連れてこれたわけで

15000vs30000でも8時間の激闘だったんだし
25000なら勝ち目はあったかと

ただそれで勝っても局地戦の勝利に過ぎないわけだが

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 20:45:49 ID:L2WJ73yH
むしろあれだけ粘った朝倉軍に対して、信玄の進軍スピードが遅かったともいえる。
冬になれば兵を引かざるをえないのは志賀の陣の時点ではっきりしているのだから、
信玄は本気で朝倉との挟撃を狙っていたのなら、もっとはやく侵攻しなければなら
なかった。
朝倉は頑張った方だと思うね。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 00:19:42 ID:klhxEVjk
つか、上洛戦という前提なの?
あり得ないと思うんだな。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 02:49:31 ID:fuzq0XKn
上のほうにある、信玄の死後に謙信が「北信濃に進出」は間違い。嘘だな。
謙信が進出したのは越中・能登方面で、その目的は北陸の港湾支配。
信玄が遠隔操作してた本願寺勢を駆逐する目的もあっただろうけど。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 03:03:24 ID:+A7STeM6
>>95
でも将軍に催促されて出陣してるんだな。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 04:08:45 ID:m/LOAREW
>>93
おいおい、それって空論だぞ。
信長がそんな兵力差で決戦に臨むわきゃない。

あと長篠で二万五千も勝頼がつれてくるというのも無理があるな。
信玄の乾坤一擲の西上戦でも二万五千なのに、
常に最大兵力動因してたら国が持たない。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 04:17:04 ID:m/LOAREW
武田が長篠に二万五千とほぼ最大兵力つれてこられるなら、
織田・徳川は十万は連れてこられるよな。

あと>>93の「八時間の激闘」とやらも、
別に武田と織田徳川がそれだけ互角に戦ってたというより
単に武田が織田・徳川の野戦築城を攻めあぐねてただけだが。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 06:32:23 ID:6wMXaRof
>>93
>ただそれで勝っても局地戦の勝利に過ぎないわけだが
それはないな。大規模な野戦ってのは、城攻めと違って勝った直後には直接的な領地は増えないが、
その後の両家の軍事バランスに大きな影響を与えるもんだ。ましてや両軍ともに当主が総大将として
出陣してるんだから、これに武田が勝つことができたら相当でかいぞ。さすがに一戦勝っただけで勢力図
が逆転するとは言わないが、もう一戦やる時は信長、家康が出陣しない可能性も大きく、そうなった場合
「ゲームの流れ」は一気に武田に傾く。
武田から見たら不利で負けられないこの戦いに勝頼自ら出陣してることからも、野戦はその後及ばす影響
のでかさに賭けてたことがわかる。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 06:45:16 ID:m/LOAREW
しかし>>93の文章はさして苦くもない文章にツッコミどころがあまりにも満載すぎる。
10個くらいあるんじゃないのか?

だいたい上杉と同盟できたら後顧の憂いは万全で
織田・徳川との戦いに全力投球できるとでも思ってるようたでが、

上杉と同盟したら、かわりに北条と険悪になるのを忘れてる。
小山田とか駿河の穴山とか常習の兵も動かせなくなるから
上杉対策の一万人が減るかわりに
北条対策に一万五千かかるんじゃないか?

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 07:09:08 ID:m/LOAREW
>>96
しかし当代記によると上杉は天正二年に織田・徳川の要請で
上州沼田に進出し武田領を脅かしたともある。

例え進出の方向性が関東や越中・能登であったとしても
それは状況の問題であって信玄と謙信の好敵手同士の友情とかじゃないだろ。
特に信玄が先導した越中のま一向一揆排除は急務だったしね。

あと謙信が信玄が死んで落涙したなんて話し北越軍記という
江戸時代に入って書かれた怪しい本にのみ出てくる話。
「頼るべきは上杉謙信の遺言」も甲陽軍艦にしか書かれてない。

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 07:54:53 ID:6wMXaRof
こう考えると地方大名、特に利率が莫大な産業のない国の大名(まあ武田は金山あるが織田との差はきついし)は中央の大名と
戦って勝ち残るのはホントに難しいよな。
当時の日本は列国より文明水準が遅れていたとはいえ、織田と東国大名では先進国と後進国の差があるんだからな。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 09:04:11 ID:bayNw6aF
武田の兵の大半が農民だからねぇ

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 09:35:38 ID:c1eOpXUl
衛生秩序と銃器保有量では欧州を圧してたけどな

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 09:36:49 ID:c1eOpXUl
>103

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 09:42:44 ID:6wMXaRof
>>103
馬糞汁を裂傷の特効薬としてたわけだが。
ついでに、鉄砲事情もよくないよ。数はあっても合戦時での鉄砲兵率はかなり低い。
保有数も一時期は欧州よりあったようだが、1500年代後半から欧州諸国は急速に
鉄砲生産能力を高めて、日本の戦国末期には日本を上回っていたものと思われる。

てかそんなことはどうでもいい。武田がどうすれば勝ち上がっていけるか、だ。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 09:43:23 ID:6wMXaRof
アンカー間違えた >>105だった

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 10:04:01 ID:X/bijZh5
信玄が死ななければ滅亡しなかったろう

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 10:08:59 ID:ph56Ag6W
人間いつかは死ぬ

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 10:17:11 ID:MHR/5mwX
>>104
どこで聞いた話だが、武田軍は特殊部隊以外の傭兵禁止。
理由は、士気が低すぎて邪魔だから。
兵農分離は、常時出動できる以外は、兵力も落ちるし決していい政策ではない。
むしろ、上杉や長宗我部のように国民皆兵方向に持っていった方がいい。
その点は、そんなに間違ってない。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 10:24:04 ID:X/bijZh5
織田に臣従する

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 10:36:47 ID:bayNw6aF
>>111

なんで士気が低いの?
金目当てや手柄を立てればそのまま武将になれるのに?
尾張美濃の頃の織田軍は士気が低かったの?


114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 10:51:22 ID:6wMXaRof
>>111
同意。近世は兵農分離で合理化されたがそれは日本の農本社会の風土や士族支配制にあわせたものだしね。
ヨーロッパも騎士の時代は兵の構成が戦国日本に近くて、封建的な在野士族が土地での社会階級の構造に
沿った軍を構成してたが、その後国民皆兵という形で軍事改革がなされてる。軍事的に見たら兵農分離策は
近代化の方向ではないんだよね。まあ、当時の日本の環境に合わせたとすれば合理的だけど。
都市人口が少なく経済の遅れた地方大名としては、農村に在地する武士を経由して農村人口を兵力として
創出しやすい兵制の方が適切だと思う。田舎大名が兵農分離で兵力を集めようとしたら、兵力源である
余剰人口がいないんだから不利になる。最も田舎じゃやろうと思っても困難だし、そもそもが農本社会
であるが故の後進性であることは確かだが。
ただ、兵農分離制度下での軍の方が武器、練度の統一や、部隊の兵科分類がしやすいっていうメリットがあるのも確かだよ。

>>113
常備軍における傭兵の士気が低い場合が多いのは、
給料が正規通りに支払われないことが多い
都市部の職無しヤンキー崩れ出身者が多い
都会の商人暮らしの人間より農民の方が肉体労働に慣れてる(?)
半農半兵軍と違って部隊の長が社会における長ではないため、忠誠心が弱い(?)
とかかな。それと間違って認識してるようだが、織田軍は決して兵農分離の常備軍によって構成された軍隊じゃないよ。
兵農分離が確立したのは秀吉の治世になってからのことで、信長は兵農分離構想を持っていたとは思うがそれを徹底する
ことは出来なかった。兵農分離の度合いが地方大名よりはある程度進んでいたって程度にすぎない。

115 :114:2006/08/09(水) 10:56:46 ID:6wMXaRof
補足。
>兵農分離制度下での軍の方が部隊の兵科分類がしやすいっていうメリットがあるのも確か
って自分で言ってるけど、結局戦国時代には織田軍も含めてどの軍も、兵科分類を十分に
達成することはできてませんでした。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 10:59:25 ID:bayNw6aF
兵農分離のことを言ってるんじゃなくて
織田軍は浪人勢を集めて1000人ぐらい軍勢を増やしただろ?
記述には半分くらいは戦前に逃げたとが言うが、当時の500人の戦力だって
大したもんだと言ってるんだよ

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 11:03:38 ID:MHR/5mwX
傭兵が強いのは、勝ち目がある時だけ。ちょっとでも劣勢になれば逃げてしまうよ。
だから、傭兵の多かった(もちろん民兵が主力)織田軍は、
とにかく数をそろえる事で、士気の低下を防いだとされる。

また、完全な兵農分離は武士の官僚化を招くので、民の忠誠度(→士気)が下がるという指摘もある。
そうすると、兵士数以上に弱体化を招くことになる。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 11:06:06 ID:6wMXaRof
>>116
おっと、そりゃごめんなさいよ。
しかし士気が高かったか低かったかなんてよほど顕著じゃないと、信憑性の低い
雑書の記述にしか頼れないしな〜
千人くらいの浪人勢を集めたってのは美濃攻めの時の話?ちょっとよく知らないんだよ。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 11:13:00 ID:MHR/5mwX
もし、美濃攻めなら負け戦だよ。あれは連戦連敗。
ただ、勝つつもりがあったかどうかは疑問だが。
ヤクザもん雇って、嫌がらせを仕掛けただけだもんな。



120 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/08/09(水) 11:41:44 ID:0s+mX1nA
武田家は経済力あったのだろうか?

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 12:14:20 ID:6wMXaRof
どうだろうね。推して計るしかないが、よく武田が主人公の講談とかだと
上杉は武田に比べて裕福って描かれるが。
まあ、米もあんまとれない甲信地方で、産業を興してなんとか収入を増やしたり
金山収入がある程度あったりってとこだからね。
推測しかできんが、信玄があまり城を作らなかったのは金がなかったから、とも考えられないかな?

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 12:25:29 ID:VwXsb5wQ
上杉は、直江津港の収入が相当あったらしくて、かなり裕福だったらしい。
やっぱり港が無いのは相当痛いだろうな。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 12:41:28 ID:gEptD0qL
信玄時代だと甲斐では貨幣経済まで行ってないような


124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 12:46:23 ID:3brQmv85
戦国時代だいたい一万石で二千五百の兵を養えたらしいが 勝頼甲府城造るだけの金があったのが以外

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 12:46:57 ID:6wMXaRof
その時代全国的に見てもほとんどの地域で貨幣経済なんて浸透してないよ。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 12:56:35 ID:4pLRlEhY
武田が織田に正攻法で勝つのはほとんど不可能なので
六角氏がやったように(未遂に終わったが)信長暗殺を謀るしかないな

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 14:02:25 ID:fuzq0XKn
無知でなければ釣りか? >>123
武田は戦国時代に唯一、領内流通貨幣を鋳造した先進的な戦国大名だぞ

http://www.imes.boj.or.jp/cm/htmls/history_06.htm

>ほとんどの地域で貨幣経済なんて浸透してないよ

↑これは奈良時代ですか? 貨幣史勉強汁!

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 14:13:35 ID:VwXsb5wQ
どういうものを貨幣とみなすのかな?

金や銀が鉱物そのままの価値で、取引される事は戦国時代でも普通にあるよな。
ただ、政府の信用を元に、素材の価値より高く取引される、現在のような貨幣があるかと言えば、それは違うな。


129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 14:24:35 ID:4pLRlEhY
戦国時代に信用経済の話をもちだすのは視点がずれていないか?
明治時代でも金本位制とかとっていたんだし

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 15:52:53 ID:fuzq0XKn
甲州金は純度の高さで信用があり、武田氏が重量(額面)を刻印(保障)
することで、同じ斤量の金塊よりも高く交換された。
四進法の単位も江戸時代の貨幣の原型となった。立派な貨幣だね。

>>127のリンク先より
 武田氏は領内の豊富な金を用いて、品質の純良な円形または長方形の金貨を発行した。
この金貨は、甲州金と称されているが、甲州金の場合、その通用価値が重量を基準として
定められるとともに、額面金額として表面に打刻されているところに特色がある。
写真の金貨の額面は「壱両」である。
 このほか甲州金で採用されている額面単位は、
       「両」=約15g、
       「分」=1/4両、
       「朱」=1/4分、
       「朱中」=1/2朱、
       「糸目」=1/2朱中、
       「小糸目」=1/2糸目、
       「小糸目中」=1/2小糸目
という4進法・2進法によっている。
この単位のうち、両・分・朱の4進法の単位は、
江戸時代の幣制において金貨の単位として踏襲された。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 16:55:16 ID:Rt19MQL6
>>127
>武田は戦国時代に唯一、領内流通貨幣を鋳造した先進的な戦国大名だぞ
一応上杉も作ってる。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 17:07:08 ID:6wMXaRof
貨幣とは言えんだろう・・・碁石金とも言うくらいだし

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 17:14:58 ID:zLLDWSGX
物々交換から何歩が進んだものが、
貨幣経済だと思っていたが、
違うのかしら?

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 17:17:47 ID:fuzq0XKn
>貨幣とは言えんだろう・・・碁石金とも言うくらいだし

形状が碁石だから「碁石金」と俗称されただけで、正しくは「甲州金」
武田の勝沼館跡から発掘された「ひるも金」という小判は
三重で同様のものが発見されており、畿内に流通していたと推測される。
額面単位が七種類もある>>130 のに貨幣ではないという根拠は??

>>131 謙信の天正越座小判は額面がない。ただし、能登でも
流通させた形跡(制札)があるので、座の取引には使用されていたようだ。
佐竹も造ってるけど、おそらく同じか。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 17:20:39 ID:68F0rGDW
上でも出てるけど、そこらへんは経済学的な解釈とか史学的な解釈とかで
微妙にずれるんだと思うよ。

個人的には「現物を削ると実際に価値が減る」ものを使用してる状況を
「貨幣経済」と言うのはちょっと無理があるんじゃないかと思うけどね。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 17:24:43 ID:fuzq0XKn
>>135
バカですか? 一定の形状(重量も刻印)がある金貨を削ってどうすんのよ。
あっ、このバカ小判を削ってやんの・・・。
で、「これじゃ取り引きできませんな」になる前に役人にタイーホ、甲斐なら
即座に黒川金山で奴隷働きだなwww


137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 17:36:29 ID:68F0rGDW
当時の状況から言って金を鋳造したものを削って使用するのを法的に
明確な形で禁止してたっていうのは確かにかなり進んでたんだね。

そこらへん良く知らないんだけど、具体的にはどんな決まりがあったの?

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 17:36:35 ID:3brQmv85
誰も指摘しないので
一万石でだいたい二百五十人でした プラス金山・商業・貿易力で変動するのかな

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 17:52:10 ID:6wMXaRof
>>134
貨幣のことはよく知らんのだが、三重で流通してりゃ畿内でも流通していたと考えちゃってもいいん?

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 21:41:21 ID:bayNw6aF
>>138

まぁ、ぶっちゃけその武将によりきり。
その武将家臣が大人数の兄弟がいて全員元服してるなら、
米があろうとなかろうと馳せ参じるでしょ。
武田は特に複雑な主従関係だから、1万石=約250名動員はならないんじゃないかな?



141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 21:50:59 ID:6wMXaRof
田舎や山岳大名のほうが、一万石あたりの動員数は高いと思われる

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 21:51:30 ID:o8nKP0NP
米が無かったら戦できません

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 22:10:42 ID:B8gw0zqj
米がなくても戦はできまする

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 22:12:12 ID:Sxd3BIq5
信玄が10年長く生きたら歴史は変わった?
せめて軍師山本勘助が居れば変わったかな?
勝頼が単細胞過ぎてオワタわけだろ

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 22:16:05 ID:yNs1YPaQ
勝頼を追い込んだのは信玄なんだから
陣代という曖昧な地位じゃなくて
武田家の正式の後継者にすべきだった
そうすれば勝頼だって、あんなに焦って攻撃的にならずにすんだだろう

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 22:16:22 ID:B8gw0zqj
>>144
ここのログ読んでらっしゃい

武田家滅亡の原因は100%信玄が作ってる件
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1153644378/

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 22:24:46 ID:zLLDWSGX
個人的には、
武田信玄の後を継いだ事が、
勝頼の最大の不幸だった気がする。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 22:26:51 ID:o8nKP0NP
とりあえず144は単細胞だということを理解した

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 22:43:53 ID:IxyFBltl
>>142
現地調達。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 23:18:59 ID:c8NismY5
一万石で250人なんて、おまいら馬鹿?
夫役とか知らんのか、臨時アルバイトみたいな足軽に一年分の米なんかやるわけねーだろw

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 23:36:19 ID:fuzq0XKn
>>150

おまいがバカ。
一万石で、ほぼ一万人が食える。
一石=1人が1年間食いつなげる米の量(一升ビン分の米×100)
※ほぼ週に一升ビン2本分の米だと考えるとわかりやすい。

一万石で食える1万人のうち、軍役衆が250人。100人に対して2.5人。
つまり郷村ごとに、100人に対して2・5人を出せという軍役。
浪人を雇って出してもOK。
しかし、これも石高制の慶長年間の算定方法で、戦国時代のとは違う。

武田の場合は、

御給衆(公銭負担のない常備軍)
軍役衆(公銭と夫役・軍役)
惣百姓(年貢=公銭のみ負担)
※『甲斐武田氏』(なかざわしんきち著)

だから、秀吉時代の石高算定は当てはまらない。

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 23:57:27 ID:bayNw6aF
>>150

( ´,_ゝ`)プッ


153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 23:58:57 ID:Ka3fjl+y
>浪人を雇って出してもOK。
これ、武田だとNG。
ただ人材派遣業者のはしりが暗躍していたのも事実だけど。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 00:19:14 ID:4Oqj2o7W
>>153
「甲州史料」にあるよ。信玄の書状の写しとして「軍役には有徳の者を出すべし」と。
「軍鑑」にも三河浪人衆が両角豊後守の首を上杉勢から奪い返したという記述もあるし。

武田で浪人雇用がNGの根拠は??

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 00:33:10 ID:naD5yS/n
>>145
勝頼が陣代って、後世の創作じゃなかったっけ?

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 00:49:24 ID:yBs+lgHF
信玄いらね

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 01:44:30 ID:zA7CyzVw
過疎ってるな

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 01:50:38 ID:YgAmLXDe
>>157
先ず基礎的なことを知らない馬鹿ばかりだからな。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 08:44:07 ID:cDuPH9sp
スレ自体がキチガイアンチの巣だからな。削除依頼してくるよ

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 08:46:37 ID:bcBJozAQ
>>158
お前もな

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 14:03:56 ID:imWgWkqI
今川義元の死後も同盟を保持し、上杉とも和睦したら?
2〜3年以内でまずは三河を攻めれば、家康もまだ地盤がしっかりしていないし、
信長も美濃攻めの最中だから三河を攻め取れるんじゃない。
義信が死ぬことも無いから信玄死後も一応安定するだろ。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 14:59:16 ID:Uv5sU1Hy
>>154
まさにそれだよ。
「有徳の者」が何を指すと思ってるんだ?
素性の知れない浪人者が有徳の者だというのならば、話は別だけど。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 16:15:34 ID:4Oqj2o7W
>>162

おまいの誤読だ。「有徳の者を出せ」と信玄が言ってるのは、
飯だけ食って敵前逃亡する浪人や槍の持ち方も知らないヤツばかり
村衆が軍役に出していたから、苦言を呈しているわけだ。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 17:07:18 ID:Uv5sU1Hy
だから浪人は出すなと、と武田家が言っていた訳だろ。

前も言ったけど、
村は村で働き手を取られたくはないから、
なるべくなら村にとってどうでも良い奴を出そうとするし、実際出していた。
それに対して、武田家はなるべく出自明かな使える者を出せ、と通達した。
確かにNGは過大な言い方だったかもしれないけど、武田側が忌避していたのは事実だろ。


お互い同じ事を認識しつつも、ニュアンスの違いでもめているだけの気がしてくる。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 17:09:36 ID:zkv4B540
要は本音としての事実を重要視するか建前でも言ってること重要視するかだわな。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 04:05:24 ID:QJa7psPD
経済力・火器共に織田・徳川と比べると貧弱だから、単独じゃきついよね。やっぱり同盟重視。伊勢長島を見殺しにしたのは痛い。(水軍をもっと利用できたはず)北条・上杉ではあの時点では、やはり北条を選ぶべき。(家中の動揺を防ぐため)

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 22:49:46 ID:3I7nFUft
>>166
景勝の支持はむしろ家臣が勧めてたんだ
だって景勝は金もくれるし上野の一部もくれる
なのに景虎ときたら信濃をよこせとかいいやがる
景虎を支持したらそれこそ一揆、内乱が起きるぞ

やっぱり長篠の戦いが最大で最後のチャンスだったのかな
もし長篠城が落ちてたら
もし両翼が突破出来てたら

と考えずにはいられない

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 00:16:21 ID:Fel3yK7W
しかし上杉の力は地に落ちてる。家中が二分された上にそれが潰しあったんだからね。
そんな家と結んでも意味ない。逆に徳川を陸海で牽制できる北条はどんな犠牲を払ってでも味方につけなければならない

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 00:36:26 ID:L9Xk/XEu
知ってますか?
北条は織田の同盟国、しかもほとんど配下に近い同盟国です

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 00:37:55 ID:4/u5gAf2
まあ普通に考えたらそうだよなー
味方にしようとした上杉だって、その時点では勝てるかどうかわからないのに片方に肩入れしてるし
景虎が勝っちまったら、上杉北条徳川織田に囲まれてる上に、仮想敵国どころが交戦国クラスの
超緊張状態・・・ゲームの世界だぜ
しかしまあ、北条と結ぼうにも対北条外交はどう考えても織田陣営に有利だしね。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 00:54:53 ID:L9Xk/XEu
北条との同盟は武田には何の意味もない
織田が武田を潰すとなったら、そんな同盟は北条側から一方的に切られる
北条なんてそんなもんだろ

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 01:02:23 ID:EEUBDJH9
たしかに、氏康ならともかく氏政ではなぁ・・・。
北条はいまいち、信用できない。

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 01:14:53 ID:VVdNE9+W
北条武田上杉で織田徳川を迎え撃つ!とはいうが

北条は関東第一
弟の上杉家にすら大して関心がない模様

もし信長が「おい!武田どうにかしろ」
というものなら
氏政「いいっすよw好きにしてくださいww
   どうせならこっちから攻めてやりましょかww」
と、こっちは結局史実どおり

越後はもともと独立がちな本庄新発田なんかはもちろん
他にも反北条の連中が決起しまくりだろう
そんな時に

景虎「越後国人衆うぜえええ!!武田の援軍?はぁ?
    バーローwwそんなことしちゃ織田家に攻め込まれるだろうが!111」

こっちは景勝以上に苦戦するでしょう

どうやらとても北条上杉武田で織田徳川連合を討つなんて無理そうです


174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 02:07:29 ID:4/u5gAf2
戦国の同盟なんて、どれも必ずそうゆう矛盾があるもんだぜ。
だから、その中で一番矛盾の要素が少ないところを消去方で選ぶしかない
北条だっていずれは織田につぶされる運命にあったんだからなんとかして
口説くしかねえだろー 領土の全方位を同時に敵に回したら勝つことどころか
生き残ることすら不可能だぞ 史実でも景勝の援助は期待できなかったし北条しか・・・

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 02:15:14 ID:L9Xk/XEu
>>174
だったら織田・徳川と同盟すりゃいいよ
北条と組むよりはるかにマシ

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 02:29:23 ID:4/u5gAf2
>>175
これって勝頼及び武田家が性格上信長に頭下げられないっていう考えが俺の中であるんだが(漠然とだが)、
確かにその方がはるかにマシだな。
ただ、独立大名家として生き残るにはどうしたらよいかっていうスレだろ?

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 02:42:59 ID:HwC4lmsB
蜀が魏に、日本がアメリカに勝つ方法を考えるのに似た空しさを感じる。
経済・軍事力が違いすぎるし、ジリ貧がいやなら打って出るしかない。
だが、仮に長篠で勝っていたとしても滅亡が防げたのは思えない。
ドイツもハンニバルも勝ちまくったが、結局地力に勝る連合軍・ローマに
負けた。最後まで勝ち続けたのはアレキサンダーぐらい。
かと言って、織田の風下に立つのは、なまじっか名門なだけに許さない空気
だろうし。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 03:29:05 ID:CCDVsDKF
勝頼が当主となった時点で、かなり厳しいのでは?
信繁と義信が生きている事が最低条件だと思う。
武将としての勝頼は優秀だと思うし。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 05:49:40 ID:J2PJC4+I
武田が滅びれば次は北条も各個撃破の対象になるのが濃厚なわけで、
その辺をうまく啓蒙して反織田に引き込めれば・・

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 07:03:52 ID:jX+dyBxw
織田が長篠後でも同盟申し込んでるから
その時受け入れて秋山とか仁科とか
信頼できる家臣を甲斐に集中させて
穴山とか不満分子を叩き出して
とにかく甲斐一国の直轄はさせてもらい
他の事は徳川並に耐え続ければ
数年以内に本能寺か似たような
事が起こって復活できるんじゃないの?
どうせ信長は長続きしないし
また自分から折れている時の信長は
比較的信用できるし。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 07:29:34 ID:ilxRXbEN
>>180
信玄公の五男・仁科盛信は高遠城で自害、後は、、、

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 08:24:40 ID:d/OXSldY
>>180
>数年以内に本能寺か似たような
>事が起こって復活できるんじゃないの?

そんな楽観的な・・・・

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 09:11:58 ID:HwC4lmsB
>>182
信長のやりかたでは長続きせず、本能寺に似たことが起こるのは
充分期待できると思うよ。
問題は、名門武田家が徳川並みに耐えることができるとは思えない点。
そんなことをすれば、勝頼自身がその気になっても部下は反対する
だろうし、強引に進めたら追放されるか殺される。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 10:52:31 ID:IyT14g/l
長篠の戦いで武田が失った損害はこれぐらいしかおもいつかん
一つ、優秀な前線指揮官及び兵士、幹部クラスの人材がほとんど死んだ(全軍の90%喪失)
一つ、この超絶望的大敗(絶望的大敗の基準は全軍の50%喪失)により武田の勢威大幅に低下
一つ、織田家は対武田用戦力をしばらくの間他の戦線に投入することができるようになり
対織田包囲網が瓦解していく
・・・・まあ原因は全て信玄にあるのだが(勝頼を後継者にしなかった、信玄は信勝を跡継ぎにしており勝頼はあくまで信勝
が成人するまでの代行者だったこと。そんな状態で武田軍の指揮権取れるか)
ここでみなさんに聞きたいのですが、この戦いで武田家は全武田軍の何割を喪失
したのですか?
教えてください



185 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/08/12(土) 11:29:42 ID:g2CzyB7b
>>184
90%も失っていないだろ。
武田二十四将中、長篠に参加したのは十五将。
そのうち戦死したのは八将
さらにこの頃、信長にとって包囲網などもう機能していなく、長篠で武田が勝とうが負けようが各戦線に支障はないくらい圧倒的。


186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 11:37:27 ID:IyT14g/l
>>185
・・・・・マジですか
織田ってそのころになるとそんなに強かったのね・・・
俺は本願寺と武田と雑賀衆と松永と毛利と西播磨の小大名群と上杉
の包囲網でまだ挽回できると思っていましたが・・・
やっぱり石高と経済力の違いがものをいったんですか?

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 12:52:47 ID:hSThjkRf
包囲網は各自が直接的に連動しないと機能しない上、各個撃破の良い対象。
本願寺→朝廷を仲介役に休戦の措置を取ったり
武田→徳川を盾に凌ぎぎる
上杉→本格的に接したのはかなり後
毛利→基本的にヒッキーの上、尼子を使って撹乱
松永→あっさり
結局、これらが同時的な攻勢に出ない限りは無理、特に毛利。

戦術家としての才能は信玄の方が上かもしれないが、戦略家としての才能は信長が上じゃないかと。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 13:37:47 ID:VVdNE9+W
長篠で勝てたら勢力図が一気に変わるんじゃないか?

この状況で負けたら徳川にとって最も辛い退却戦が始まるわけだ
当然長篠城は落ちるだろうしそれ以外にも浜松岡崎といった本拠地にも
危機が迫るわけで徳川は大名として機能しないおそれがある。


織田家の被害も尋常ではなく岩村城を攻める余裕なんかない

1577上杉が織田と同盟破棄、武田、本願寺と
同盟が締結
1579に信康騒動もしかしたら家中分裂の恐れあり

織田は上杉にも向ける必要は出てくるし
松永はまた蜂起するし
徳川はもう動けない

だから
史実どおり尼子は見殺し松永上杉の押さえを引いて
かつ武田より多くの兵を率いてもういちど武田と戦う必要が出てくると思うんだ

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 13:47:03 ID:IyT14g/l
>>187
なるほど
それじゃ武田は勝てねえな



190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 14:21:48 ID:HwC4lmsB
>>188
長篠で勝っても、信長を討ち取るでもせんかぎり織田の優勢は揺るがない。
経済力が違うのですぐに回復してしまう。
経済・軍事力で上回る相手に勝つのは、一番多いのは相手の体制が腐敗して
無能で庶民からも見捨てられた場合。よく中国の王朝の末期が当てはまるが
織田は敵こそ多いものの、旭日の勢いの最も実力主義が徹底していた大名。

次に、軍事的天才が現れたり技術力の差で、大国を打ち破る場合。
これも技術・制度面では織田が進んでいるし、戦略的に大国に勝つのに
必死と思われる敵が回復する間を与えず連続した打撃で一挙に滅ぼす
戦いかたを武田は取ってないし恐らくできない。
むしろ朝倉を滅ぼした際の織田が当てはまる。

結局勝てども勝てども出口の見えない消耗戦に自国の経済がボロボロに
なって最終的には物量に押し潰されてしまう。

最後に、大国側の兵担に問題があったり、敵が多く戦力を集中できなかった
場合。
これが一番可能性がある。信玄があと10年長生きではなく、1,2年早く
浅井・朝倉が健在なうちに動けていたら織田もやばかったかもしれん。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 16:22:11 ID:aX2WKQiQ
>>187
信長包囲網っちゅーのはね

将軍・足利義昭(総指揮)
石山本願寺・一向宗・雑賀衆・その他一揆勢
毛利(石山本願寺の補給係)
浅井・朝倉
武田(信玄と顕如は縁戚関係)

これらが一斉に蜂起したんだよ
だから信玄の西上作戦の時は徳川を見殺しにせざるを得なかった

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 16:52:24 ID:VVdNE9+W
>>190
なるほど、やっぱり最後は経済力がものをいうってことか
たしかに甲斐国人衆は随分不平不満を述べてたみたいだし

そういえば
1577年上杉が織田と同盟破棄、本願寺と和議したとき
織田は一度、勝頼に和議の使者をだしたみたいなんだが
これって本当?
勝頼?というか家臣団と国人衆が反対したから決裂したんだけど・・

武田存亡を語る上ではどうしても資金と国人衆が問題になるんだよな
資金は上方、港を押さえてた織田が圧倒的なのは仕方ないとして

あと国人衆って織田家ではそんなに問題になってないんだが
何でかな?

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 17:56:26 ID:EEUBDJH9
>織田は一度、勝頼に和議の使者をだしたみたいなんだが
>これって本当?

「軍鑑」にある記録なので眉唾だが、「上杉文書」に「公方の要望を入れて越・甲・相和議」
とあるから、上杉との密約があった可能性は高い。信長は北陸で上杉・本願寺に
押されてたから、「これまでのことは水に流して、ともに上杉を討とう。越後一国切り取り次第」(軍鑑)ということだろう。


194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 18:15:09 ID:d/OXSldY
うそ臭い話だな

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 18:22:49 ID:lFBE/AKq
うろ覚えだけど、
武田(勝頼)の方が織田に和議を申し入れたじゃなかったっけ?たしか人質付きで。
時期は長篠合戦の数年後だと思ったけど。
詳しい方、教えて下さい

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 18:25:21 ID:rXY9D9vs
>>191
武田が上洛した時は朝倉しか機能していなかった
信長包囲網の時点で信長の力は絶大だったし
徳川への3千の援軍も、信長自身が武田に手を出すなと言ったわけだし
篭城するんなら兵糧とかも必要になるし少ない兵でいいかなと思ったわけだろう
信長は朝倉の抑えに明智か羽柴辺りに1万持たせておけば残りの4〜6万を武田にぶつけれるわけだ
本願寺も鉄砲持ってたから守りには強かったが攻めには適さない だから信玄が数年先に兵を動かしていたとしても結局同じこと

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 18:45:52 ID:EEUBDJH9
>>195
仮想軍記モノじゃないか?
>>196
信玄と顕如は義兄弟。永禄初期から一貫した同盟関係にある。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 18:57:46 ID:rXY9D9vs
>>197
それで信玄が出れば本願寺も動くと言いたいのか
本願寺の強さは鉄砲 鉄砲は城や砦に立てこもるなら強いがそれ以外ならそれほどでもない
鉄砲使えない本願寺なんて・・ 本願寺も内部はなかなか厳しいからね 一枚岩というわけでもない
蓮如が行けといえば総動員できたかすらも微妙

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 19:01:47 ID:EEUBDJH9
>蓮如が行けといえば

蓮如は一向一揆に反対だったから、行けとは言わないだろうな。
年代もかなり違うし・・・。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 19:37:33 ID:rXY9D9vs
>>199
それじゃ蓮如は動かない 織田4万以上VS武田2万
長篠の戦いのスタートです

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 19:41:55 ID:EEUBDJH9
>>198>>200
わざわざ指摘したのに、バカですか?
蓮如(15世紀の人物)×→顕如(信玄と同時代)○

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 19:50:03 ID:rXY9D9vs
>>201
ゴメン、本願寺といえば蓮如っていう考えで固まってた

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 19:57:13 ID:VVdNE9+W
>>196じゃあその四万から六万はどこでたむろってたの?

>>198顕如信玄の関係はかなり濃いもので
越中における一向一揆も信玄が要請したものらしい
で武田が上杉と同盟を結ぶと謙信も本願寺と和議
苦戦していた一向一揆も収まる

要するに信玄が顕如に頼めば期待通り動いてくれる

そんな関係です

余談だが越中の一向一揆はやっぱり信玄→顕如→越中ルート?
それとも信玄が顕如と義兄弟という立場を利用して信玄が直接煽ったの?

それはやっぱり無理かな・・




204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 19:58:24 ID:VVdNE9+W
>>202
それは良い意味で珍しいなw

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 20:04:03 ID:EEUBDJH9
>>203
永禄4年の川中島の時に、信玄が顕如を通じて上杉をけん制したのが史実。
文書も残ってる。ために、上杉は斉藤朝信・山本寺定長らを越中国境に割かなければならなかった。
小説なんかでは三条夫人を通じての援軍だが・・・。
永禄3年の上杉の小田原攻めの時(北条からの支援要請)にも、信玄はこの手を使ったが、北条が一向宗を禁止していた
ために、かなり揉めた。結果的には北条も一向宗を解禁に。有名な話だ。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 00:59:37 ID:MYkhHule
北条や上杉って、武田の足引っ張って滅亡させたら、その後は自分の番だと
気づかなかったんですかね?
そのせいでどうしても信玄を高く評価してしまうのだが。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 01:57:13 ID:Txw0mjpM
信長が生きてたら
北条は武田が滅ぼうが安泰
ただ長曽我部みたいにきられる恐れも十分あるが

上杉毛利は滅ぶ

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 02:37:12 ID:w//MUFX8
>>207
信長存命中に対北条方面軍が設定されてますが?

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 02:43:03 ID:49DZM+EF
結局北条も上杉も毛利も伊達も島津も滅びませんでした

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 02:50:00 ID:MYkhHule
すりゃ滅ぼされる前に光秀クンがキレてくれただけの話だ。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 03:23:52 ID:am3Zojak
川中島で小競り合いやらずに、北信を村上に返して、謙信と同盟。そのまま上洛。仮に北条が甲斐を狙っても、謙信がひかえていれば大丈夫やろ。その時代なら織田徳川とも瞬殺やね。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 03:46:19 ID:CGD/bYWV
「川中島で小競り合い」というくらいだから
武田・今川・北条の三国同盟の頃の事を言っているんだろうけど
その時期だとまだ今川も斉藤も安泰で織田は小国、徳川など影も形もない時代だ。

今川領を素通りして三河や尾張を攻めるのは不可能だし
両国は今川が狙っている地域なので武田は手を出すべきではない
それ以前に、武田の国力じゃ美濃(斉藤)は落とせんと思うよ

ていうか時系列ちゃんと考えて書け

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 04:12:26 ID:49DZM+EF
上杉はどうせ関東に進攻するわけだし
上杉と組んで武田は駿河に南下が良かったんじゃないか?

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 05:32:06 ID:Txw0mjpM
>>208
滝川一益なら違う

そもそも織田家と北条家は婚姻の話もあったわけで
本能寺の変直前まで親密な関係だった

ようするに織田家は長曽我部や毛利、上杉とはちがって
北条家に対北条軍を配置するってことは多分なかったんだと思う

一益には確かに北条家を牽制するって役はあったんだろうが
むしろ里見や佐竹芦名といった外交のほうが主だったはずだよ



215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 09:22:12 ID:jzR88ii9
>>214
そんなに織田家と親密な北条家が信長死後は
手のひら返したように一益に襲い掛かってる

やっぱり一益の一軍は北条家に対する軍事的
脅威だったと考えるべきじゃないのかな

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 16:03:16 ID:unAUpN8f
なんで「考えるべき」になるのかさっぱり分からん

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 16:20:58 ID:jzR88ii9
>>216
降り掛かる火の粉は払わなければならないでしょ
北条と織田は敵対関係にあったから本能寺を好機と
して滝川軍に侵攻したと考えるのが自然

>>214の言うような同盟を結ぼうとしていたんなら
信長が死んだからって織田家は存在しているんだし、
いきなり襲い掛かっては来ないでしょ

少なくとも従来の北条家のイメージには馴染まない行動だよ

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 17:24:20 ID:QXOIIC57
>>217
それでは「脅威だったと考えるべき」の説明になってないよ
あのタイミングなら脅威じゃなくても攻撃するだろハゲ

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 18:42:11 ID:Txw0mjpM

ハゲはひどいww
>>217
一応北条が織田に不満をもっていた、っていう解釈はできるよ
滝川が関東管領を名乗ったみたいな話は聞いた事あるし
滝川がそんなこといったら自分たちの立場がないからね

でも織田と敵対しちゃいけない事くらいわかってたはずだし
それで仲良くしてたんだよ

信長親子が死んで織田も終わったな、みたいな風潮があってもおかしくないし
じゃあ上野はいただきだってことで攻め込んだのかと

だからそれだけじゃ本能寺の変の前から北条と織田が敵対していたということにはならない



220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 18:57:30 ID:QXOIIC57
北条(氏政)は、
脅威と感じるほどの強大な勢力に対しては
表面的には従順な態度を取る

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 19:35:16 ID:w//MUFX8
氏政はっていっても、小田原攻めの時期だって氏政の影響力はあったはず。
しかし徳川に甘えてそんな態度とってないぞ。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 22:24:09 ID:QXOIIC57
>>221
日本語でOk

223 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/08/13(日) 22:34:03 ID:SAWYDUor
戦で勝てないなら外交でなんとかならないものか

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 22:38:04 ID:7QgkMmUE
糞コテはなんとかならないものか

225 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/13(日) 22:46:45 ID:F/6z2Gyi
>>223
結果から推論するなら、早期に織田家に本領安堵を狙えばよかったと言ってみる。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 22:57:41 ID:Whq8qiJs
降伏なんて提案したら勝頼孤立
信玄時代からの年寄りたちに謀反起こされる

と妄想

227 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/13(日) 23:00:05 ID:F/6z2Gyi
武田の家名は守れるよ。

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 23:07:37 ID:Whq8qiJs
勝頼は死にたくないだろうよ

229 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/13(日) 23:11:39 ID:F/6z2Gyi
家臣が離反したなら、信長に頼って正式な国主になればいいし。

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 23:13:26 ID:Whq8qiJs
大義与えて侵攻させてもその間にじじい達に始末させられる可能性はいかほど

231 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/13(日) 23:17:02 ID:F/6z2Gyi
うっ!

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 23:18:30 ID:Whq8qiJs
おぬし毒盛られたか

233 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/08/14(月) 00:49:41 ID:WkBAxp9c
>>225
勝頼の代だとやはりもう首回らない状況になってますよね…
信玄の代なら打つ手はあるかと思うんですけどねぇ
やっぱり武田滅亡の原因は信玄の代に起因してるのだろうか

234 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/14(月) 00:53:15 ID:o2n1HPQA
長篠で降伏する手もないわけでは、くらいの話だけど。

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 01:03:51 ID:cqv4eITk
長篠の時点だと周囲の状況から考えても降伏は難しいんじゃなかろうか
それに長篠以前だったら降伏しようと考えないだろうな

236 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/08/14(月) 01:07:34 ID:WkBAxp9c
徳川になら受け入れられそうだけどなぁ、降伏。

237 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/14(月) 01:10:05 ID:o2n1HPQA
それでは家格のプライドにムリがありすぎる。

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 09:53:28 ID:2TTdNl/o
降伏って言っても大勢力ほっとけねえよ。
甲斐一国安堵でも信玄なら怖い。

そもそも甲斐信濃で戦争なんかできんわ。

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 10:32:12 ID:aFAzdIIc
・周りは信玄のバカのせいで敵しかいない
・よりにもよって相手は織田信長
・部下は無能揃い
・しかも無駄にプライドだけは高い

ということで無理です

240 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/14(月) 12:05:54 ID:sixgfYjS
>>239
国力不足及び高税率による国の疲弊が抜けている

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 17:05:17 ID:aBZPlcfm
>>227
降伏して、その時は許されるかもしれないけど
数年後に難癖を付けられて、追放か切腹の沙汰があり武田家滅亡かと
その頃には武田家臣達も切り崩しにあってそう

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 18:20:44 ID:DyjPtRf1
金山があったり
駿河を取って海の利があったり、
重税なのに資金難になるのはどうして?

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 18:52:50 ID:CMVtD4uu
金山は信玄の時代に掘りつくしとると何度も書いてるだろうがハゲ

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 19:36:34 ID:OJXqiBtQ
>>239
>部下は無能揃い

真田昌幸さえも無能ですか、そうですか。

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 19:40:44 ID:AEwiLMBE
真田昌幸は武将としては有能。
ただ大名としては疑問。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 19:43:30 ID:XyJO+XLN
たしかに

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 19:46:38 ID:Ie4QDkRr
>>244
でも無能な統治者が数十万両の財産を残せるかえ?

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 19:46:50 ID:OWuFKeTZ
この時点では武将として有能なら別に問題なくないか?

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 19:47:54 ID:OJXqiBtQ
>>247
なんで俺に聞くんだよw

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 19:53:42 ID:AEwiLMBE
一人有能な武将がいてもなぁ。
しかも首脳部じゃないし、この時期はまだ昌幸が有能かどうかもわかってないし。


251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 19:55:54 ID:2TTdNl/o
真田昌幸は大名としてすごいと思うなあ

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 20:15:21 ID:Ie4QDkRr
>>245
でも無能な統治者が数十万両の財産を残せるかえ?




253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 20:40:48 ID:nknPDeHq
武田が生き残るには三方ケ原の後、北条に降伏これしかない

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 20:43:07 ID:BzfeC0pv
信玄が長野にこだわり過ぎたってだけ


255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 21:05:35 ID:aFAzdIIc
部下に織田でいう村井
秀吉ならば石田三成みたいな奴がいなかった というか出世できなかった 重要なポジションじゃなかった
というのが一番問題な気が・・

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 21:16:43 ID:OWuFKeTZ
大久保長安もいたんだし、人材自体は居たんだろうけどな。

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 21:24:44 ID:jG5bxuY8
三井家の当主。
住友家の当主。
別に有能でもないやつがもっとお金残してたよ。

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 21:26:44 ID:hLHfdyhH
>>257
お金残す事において有能でしょ?
何を言ってるんだ君は。

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 21:59:43 ID:Vpq1WxnX
>>251
大名というか小名として凄いんだと思うが。
彼は大名になった事などない。

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 22:00:41 ID:aFAzdIIc
主な武田家の問題
・外敵がいないと国内がまとまらないといういまの中国みたいな状態
・最初は今川北条織田などと同盟結んで上手くやってたがバカな信玄は結局その全てを敵に回した
・度重なる戦争で国内は疲弊し金山は掘り尽くした 信虎以上の重税
・トップ(信玄)がバカなら部下も無能 最終的には単なる老害に
・村井みたいな内政面に優れた人材がいない(いることにはいたのだろうが重要な役職ではない)

滅べるべくして滅んだというかなんというか・・

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 22:06:20 ID:Ol0ZDqpQ
>>259
石高が一万石を超えれば大名でしょ?
なってるでしょ?大名に。

262 :魔玉砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/08/14(月) 22:17:47 ID:WkBAxp9c
ひらめいた!!
虎昌と義信の謀反が成功していればよかったんだよ!

いや…すまん…

263 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/14(月) 22:19:45 ID:o2n1HPQA
一度成功していたとしても。
信玄の放逐が信虎のようにうまく出来たかどうかが非常に疑問。

264 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/14(月) 22:26:53 ID:sixgfYjS
>>260
信虎以上の重税ってマジですか?

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 22:41:20 ID:aFAzdIIc
>>264
マジです
信長は人でなしとか信玄はいい奴とか言う奴はこの事実を知らない
つかこれを知れば大抵の奴は信玄オタをやめるわな

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 22:45:43 ID:Ol0ZDqpQ
信玄はいい奴ってw
そんな事言う人いるのかね。

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 22:48:47 ID:zo9pf4Xl
>>266
つ【信玄堤】

お前精神病院池よwwwwwwwww

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 22:51:13 ID:Ol0ZDqpQ
>>267
信玄堤作ったらなんでいい奴になる訳?

というかあんたvip臭いんだけど。


269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 23:01:41 ID:2TTdNl/o
完成させたのって勝頼だっけか

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 23:02:18 ID:aFAzdIIc
>>266
たまに信玄は善政をしいたとかいうバカがいるだろ

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 23:41:58 ID:ukjteF6D
善政かどうか主観的な評価はともかく、近世の貨幣システムの基礎を作ったのは
確かだな。


甲州金は純度の高さで信用があり、武田氏が重量(額面)を刻印(保障)
することで、同じ斤量の金塊よりも高く交換された。
四進法の単位も江戸時代の貨幣の原型となった。立派な貨幣だね。

>>127のリンク先より
 武田氏は領内の豊富な金を用いて、品質の純良な円形または長方形の金貨を発行した。
この金貨は、甲州金と称されているが、甲州金の場合、その通用価値が重量を基準として
定められるとともに、額面金額として表面に打刻されているところに特色がある。
写真の金貨の額面は「壱両」である。
 このほか甲州金で採用されている額面単位は、
       「両」=約15g、
       「分」=1/4両、
       「朱」=1/4分、
       「朱中」=1/2朱、
       「糸目」=1/2朱中、
       「小糸目」=1/2糸目、
       「小糸目中」=1/2小糸目
という4進法・2進法によっている。
この単位のうち、両・分・朱の4進法の単位は、
江戸時代の幣制において金貨の単位として踏襲された。


272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 01:34:42 ID:xo0PgBVC
重税=悪ってひどい構造改革史観ですねwww
重税を課せられるぐらい統治が堅固であったとか考えられませんか?ww

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 02:28:37 ID:peyucZuy
>>272
一理あるが、
妙法寺記なんかの悲惨な記録見てると
民衆にとっては悪夢だったろうね。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 02:28:59 ID:m6RjZXVs
信玄の地元では未だに信玄公は神様扱いです
内政手腕に優れ、治水・土木工事は完璧、しかも税金は軽い

信玄の地元で勝頼の人気がないのは、勝頼が諏訪の人間である事と
税金が高かったという事が理由に挙げられます

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 09:38:42 ID:C7zraKUK
>妙法寺記なんかの悲惨な記録見てると
>民衆にとっては悪夢だったろうね。

たとえばどんな記録が悲惨なのだ?
そもそも妙法寺がどこにある寺院なのか、知ってるのか??

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 11:07:38 ID:KJRcV2Ej
>>265
具体的に教えてください

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 13:06:40 ID:Zz2ooYzI
>>274
ほうけ?そんなのは甲府ぐらいだらw
その甲府ですら戦前生まれの爺様婆様は信玄公ではなく
信玄さんとむしろ親しみを持った呼び方をしちょる。
バカみたいに信玄を信玄公だ、神様だ、なんだとお熱を上げるように
なったのは戦後に入ってからずら。
浅間神社の本宮問題もそうだけど、戦後に一部のバカが騒ぎ出した
愚行に過ぎない。

あと、勝頼のことを悪くいうもなにも今の甲府なんて三河から来た
来たり者が作ったようなもんやけ、勝頼の人気がないのはその来たりもんの
洗脳教育のおかげずら。甲府以外の地域の人間は勝頼(信玄もだが)なんて
どうでもいいというのが本音。

そして、信玄の地元と書かず素直に甲府の場合と書けし。あほんだら。

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 13:17:37 ID:7p1sybpf
>>277
このスレでそのレベルの釣りは不可能でしょう

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 13:33:29 ID:tlAELzPC
>>274
税金は安い×
税金は信虎時代よりも高い○

嘘が伝わってるというのもさてはて

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 15:44:16 ID:80F6xA0n
資金難から税金を上げたのに結局資金難なのはどうしてなんですか?


281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 15:53:42 ID:VAAGVuh0
謙信に尻を差し出して、同盟。
織田が美濃を取る前に取る。


282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 16:13:38 ID:bdR8PJT7
>>281
そっちの地理に詳しくないんで聞くんだが
甲州から直で美濃を攻める場合の侵攻ルートって
東海道に出る以外にどんなのが考えられるだろ
要は今川領通らずに美濃に行く道ってあるんかな

飛騨高山ルートはマジでアルプス超えになっちゃうし
木曽路から美濃に入るとしても結局三河(尾張?)で
東海道に合流しちゃうし



283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 16:39:40 ID:aTvm4Ew2
>>282
飛騨以外なら、木曽谷ルートや小笠原信嶺の所領から(地名がよく分からん、妹尾だっけ?)じゃない?
そっち方面は、秋山信友が担当してた気がするけど。まぁ、美濃東部(遠山氏所領)は勝頼の代でとってるわな。


284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 16:43:41 ID:aTvm4Ew2
>>283
よく見たら木曽谷等にも触れてんな…orz
スレ汚しスマソ

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 18:00:10 ID:g2yyZkvG
>>282
でも美濃ルートからの西上も考えて木曽を傘下にしたんじゃなかったっけ?

286 :君?らいこねん ◆6oIPj/ojoY :2006/08/15(火) 18:05:57 ID:JPWNUV0V
アホらしい意見だけど
勝頼でなくて景勝だったら家は残せててた気がする。

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 19:24:48 ID:tlAELzPC
>>286
部下がバカだから能力が一緒な景勝でも一緒よ

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 00:03:57 ID:pbt35IOH
>>282
伊那・飯田からふつうに東山道(中山道)だろ?
現在でも中央高速で恵那に逝けるわけだし。
飯田城は武田の領域。東美濃(遠山・苗木)へのルートなら木曾は必要ない。

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 01:28:37 ID:jHbgm08p
織田が美濃から信濃へ攻め込んだのだから、信玄が信濃から美濃へ
攻め込むことも地理的には可能だろう

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 01:45:12 ID:crbWC6ki
>>289
それはなかなかに難しかったりする

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 02:15:10 ID:mOlRpuhV
>>290
興味あるkwsk

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 02:18:07 ID:bFM7Yzg3
織田が攻め込んだ時は木曾が寝返ったから国境は素通りだったんでは
なかったか?短期決戦だったから維持とか関係なさそうだし。

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 03:44:03 ID:qONAO5/X
>>275
山梨県南巨摩郡増穂町

毎年、飢餓で多量の農民が死ぬのが
当たり前と記録されてる。

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 08:14:03 ID:qONAO5/X
>>274
税金が軽い?
棟別銭の事知らないのか?
武田家は豊かな家で200文、
普通の家からは100文も
税を取ってた。

他の大名は高くても20文程度だぞ。

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 08:22:44 ID:5AgxAM2O
信玄さっさと追放して義信に家督を継がせると信長配下で生き残った気がする…

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 09:36:43 ID:Ge/oPR2r
武田家は源氏

織田家は平氏

ちなみに大名級で信長に使えた源氏は徳川家だけ

よって、武田家滅亡確定

以上

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 09:57:21 ID:77rKho1U
明智柴田丹羽細川斯波黒田は源姓ですが。

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 10:14:50 ID:iohTaeCz
徳川も源氏じゃないと思うんだけど

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 11:09:18 ID:HC6gnpIq
源朝臣家康

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 11:10:25 ID:L+KPrsGm
>>298
源氏でないと征夷大将軍になれないでしょ?

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 11:15:50 ID:vdfq6wWt
>>300
松平っていうのは源氏も平氏も関係ないくらい身分の低い土豪じゃないですか
だから都合に合わせて「源氏」という事にすればいいんだよね

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 11:22:05 ID:L+KPrsGm
>>301
あくまでも源氏は自称って事?

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 11:24:08 ID:pbt35IOH
>293 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/08/16(水) 03:44:03 ID:qONAO5/X
>>275
>山梨県南巨摩郡増穂町

>毎年、飢餓で多量の農民が死ぬのが
>当たり前と記録されてる。

やっぱり何も知らないらしく、まともに読んでるとは思えんな(冷笑)
おまいがネットで調べた(?)妙法寺と妙法寺記(勝山記)はもって異なる
寺院に由来するものだ。場所も「山梨県富士河口湖町小立」が正しい(爆笑)

この土地が「郡内」と呼ばれ、武田信玄の領内というよりも、小山田信茂の
直轄地だったことすらも知らないだろ?
たしかに妙法寺記には飢饉のことも書かれているが、年によっては物価が
安いことや庶民の暮らしぶりが安泰なことも記されている。飢饉の多くは
天変地異や日照りによるもの、とも。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 12:05:07 ID:qcxSm6Zh
>>300
んなこたぁない

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 12:59:35 ID:Ge/oPR2r
>>304

でも、平氏が征夷大将軍になれてないじゃん
平清盛とか
信長だって平氏だし、征夷大将軍になってないのは事実
そして将軍の要請があったとか言うんだろうけど、そんな文献残ってねーし


306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:07:36 ID:vdfq6wWt
>>305
平安時代と安土桃山時代を比較してどうすんの?w

それと、信長は正親町天皇と仲が悪くて
将軍にならないだけでなく大臣職も返還してるからね
将軍になりたくてならなかったのとは違うから

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:14:14 ID:Ge/oPR2r
>>306

平清盛は平安時代にいませんが・・・?
頭悪いんですか?

( ´,_ゝ`)プッ×200くらいでいいかなww

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:15:39 ID:vdfq6wWt
ちなみに鎌倉幕府の場合は三代までが源氏
四代目以降は藤原氏だの皇太子だのが将軍職に就いています。
源頼朝が将軍になる前は公家が将軍職に就いていました。

それと、「将軍になって武家を束ねよう」という発想を最初にしたのは源頼朝だから
平清盛の時代にはそういう発想自体がありませんでした。
平清盛が将軍職を希望して平氏だからという理由で拒否されたという文献などありません。

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:16:15 ID:mOlRpuhV
平安時代じゃなかったっけ
俺も呆けたか

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:17:35 ID:vdfq6wWt
>>307
中学生か?
教科書持ってたら読め
なければぐぐれ

307 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/08/16(水) 13:14:14 ID:Ge/oPR2r
>>306
平清盛は平安時代にいませんが・・・?
頭悪いんですか?
( ´,_ゝ`)プッ×200くらいでいいかなww

307 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/08/16(水) 13:14:14 ID:Ge/oPR2r
>>306
平清盛は平安時代にいませんが・・・?
頭悪いんですか?
( ´,_ゝ`)プッ×200くらいでいいかなww

307 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/08/16(水) 13:14:14 ID:Ge/oPR2r
>>306
平清盛は平安時代にいませんが・・・?
頭悪いんですか?
( ´,_ゝ`)プッ×200くらいでいいかなww

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:24:16 ID:mOlRpuhV
ID:vdfq6wWtが逆転してきた

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:28:31 ID:vdfq6wWt

296 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/08/16(水) 09:36:43 ID:Ge/oPR2r
武田家は源氏
織田家は平氏
ちなみに大名級で信長に使えた源氏は徳川家だけ
よって、武田家滅亡確定
以上


313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:31:03 ID:imKc9qJl
>>293
工エエェェ(´д`)ェェエエ工
めちゃくちゃひどい状況ですね・・・

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:38:57 ID:Tp5/Ex3l
>>303
地元民としては妙法寺記(勝山記)と書く君も如何なもんかと。
もともと勝山記というのは河口湖畔勝山村にある御室浅間神社(里宮)の
社記録で、妙法寺記の写本も加筆されているもの。
言い換えれば妙法寺記のように僧が残した寺だけの記録ではなく
戦国期よりはるか前からの富士山の活動状況や周辺地域の生活等を
記した神社の記録であって厳密に言えばこの2点は似て非なる物。

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 14:00:41 ID:vdfq6wWt
>>314
まあそれはそれとして
妙法寺が郡内にあるというのは本当なんでしょ?
郡内は武田の同盟者(家臣ではない)の小山田の領地だから
武田の統治の範囲外なんだけど

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 15:09:59 ID:qcxSm6Zh
>>305
清盛が征夷大将軍になりたかった、という事を初めて聞いたんだが、
文献が残ってないのなら信用できないと言うお前なら文献があるんだろう。
一体何の文献に記述されているんだ??


ちなみに「なれなかった」のと「ならなかった」のとは大きな隔たりがあるのは理解してるよな?

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 15:10:35 ID:XsbdyWwe
>>294
他の大名は高くても20文?
比較的税が安い北条でも棟別役は50文だぞ

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 15:13:16 ID:1W/QzT85
>>315
本当だよ。(314も否定しているようには思えないが)
ただね、勝山の人にとって御室の浅間さんは誇りだし
勝山記はその浅間さんが大事に所蔵していた社宝であり
村の宝でもあるからね。
そりゃ、変に混合されては黙っておれないんだよ。
その気持ちは理解してやって欲しいと思う。

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 15:57:55 ID:QwQQKJ4H
とりあえず、小山田領内じゃ、参考にならんな。

できれば、武田直轄領だと最高なんだが。
しかし、これらの話だと武田軍は税を減免する代わりに軍役を大量に課した
という話は間違いだったのかな。

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 22:46:19 ID:svHe6wEk
勝頼は15何年ごろに天下を諦めたと思う?

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 23:19:22 ID:BtX7WTZg
その前に天下を狙っていたのか?

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 23:33:53 ID:fXzMgJlI
天下は狙ってないでしょう
狙ってたら新府城なんか無理して建てんって

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 23:54:28 ID:MUWyoOvW
新府城は夢を諦めた後の現実路線でしょう
夢を追っていた時期があったはず
長篠前とか

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 00:54:23 ID:rDS6mMpi
はじめからそんな夢はあるまい。どの強大名も領国拡大程度しか考えていない。

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 00:56:49 ID:U3uI4hwY
そういや城って権力を示すものだよな。
信玄は武田にふさわしい大きな城を築城していたのか?

おしいですねえ。

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 01:15:37 ID:+LJu6eXu
>>325
その発想は安土城から始まって秀吉の時代に定着してそこで終了。
江戸期には身分相応の小さな城にしないといけなくなったよ。

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 03:00:47 ID:JpE/1PXW
武田家が滅亡を防ぐには


信長が桶狭間で戦死していれば、長男死なず(まあ義元死んだ後攻めたかもしれないが)
で武将として勝頼も活きて、滅亡はなかったんじゃない?

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 03:52:31 ID:BHE4EBDX
>>327
信玄が早めに死んだらよかったんじゃね?

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 04:12:36 ID:+LJu6eXu

307 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/08/16(水) 13:14:14 ID:Ge/oPR2r
>>306

平清盛は平安時代にいませんが・・・?
頭悪いんですか?

( ´,_ゝ`)プッ×200くらいでいいかなww


330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 07:44:21 ID:l7ueHa/f
>>319
参考にならんって事は残念ながらない。
棟別銭の豊かな家200文、貧しい家100文は大変な重税だ。
北条氏も最初は50文だったが後に32文に減額した。

それで甲州法度にある規定では
一 棟別銭は逐電したり死亡したものがいたら郷中で弁済せよ。
一 家を捨てあるいは売り国中をうろうろしている者はとことん追いかけて聴衆せよ。

というような項目があり、棟別銭が払えず逃げ出した連中も
たくさんいるのは確かだ。

ただし半農半士が年貢を減免されーたという話しだけは本当だ。

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 07:49:53 ID:l7ueHa/f
あと、やや信頼性の低い史料だが
甲乱記とか武田三代軍記には
武田滅亡の時、日ごろ年貢を大量に取られた恨みで国中の農民が蜂起し
武士の屋敷を遅い、財産や妻女を奪おうとしたため、
東に所領のある武士は西へ西に所領のある武士は東に逃げ
中には穴山や小山田の領内に逃げ込む者もいたと書いてある。

実際、勝頼が新府を焼き天目山に落ちようとしたとき、
武士も人夫も集まらず200人程度で城を出たという。

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 10:51:54 ID:uWQc5Nf7
>>331
でもそういうのは織田の謀略で起こってるのかも知れないじゃん
武田領の時に民衆の支持を下げておいて、織田と徳川が占領したら
「ああ、織田様・徳川様に助けていただいた」となるように
やろうと思えばいくらでも出来るよね。

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 11:00:23 ID:1tkPJE+a
武田がそれほど悪政だったなら、
河尻(織田)が甲斐の領民からヌツ殺された理由が説明できん。

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 11:38:39 ID:AsbWeIBE
>>333

ヒント:徳川家康

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 11:55:14 ID:uWQc5Nf7
そういえば、信忠が意味もなく恵林寺を焼き討ちしてなかったっけ?
親父がやった延暦寺の焼き討ちみたいに
そこにいた人を逃げられなくして焼き殺したんだとか。

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 13:01:00 ID:JaTIYPEc
だいたい入ったばっかりの川尻に悪政もなにもあったもんじゃないだろう。

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 14:50:37 ID:D5vgj25f
>>335
信長の比叡山焼き討ちもそうだが、意味がないなんてことはない。
恵林寺は六角義治他武田旧臣など織田に反抗して降服していない連中を匿っていた。
その引渡し要求を蹴ったので、戦闘となった。

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 15:21:42 ID:uWQc5Nf7
>>337
延暦寺の焼き討ちは政治的な意味があったけど
恵林寺の焼き討ちは逆効果でしょうに
戦闘じゃなくて一方的ななぶり殺しだし

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 15:56:43 ID:2fdg1z+O
>>330
棟別銭の話は最初から武田氏のものか。
妙法寺記だか勝山記だかって方が、小山田の話か。

ごっちゃになってたよ。

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 15:58:51 ID:CBOhUJVJ
>>334
へえ、徳川家康が裏で糸引いてたなんて初耳だな
で、その根拠は?まさかきみの妄想ではないだろ

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 19:04:42 ID:l7ueHa/f
>>339
おいおい・・・・
武田が200文or100文の棟別銭を取ってたのは
間違いないんだよ。
甲州法度にそう書いてある。
とりあえず、人の話にケチつけずに「棟別銭 武田」でグクってみろ。

342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 20:06:04 ID:l7ueHa/f
>>333
「領民」とか言ってるが
戦国時代の一揆というのは
江戸時代と違って農民主体ではないのだがな。
あくまで指揮するのは武士だ。

例えば「葛西・大崎一揆」とか
関が原の時の「越後の旧上杉家臣の一揆」とか
明らかに武士主体の蜂起も一揆と表現する。

ようするに川尻を殺した一揆勢とは純粋な百姓とかではなく、
織田家に支配される事で土地や権力を失った
武士や半農半士といった連中だ。

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 21:20:42 ID:B1CH6Vq3
「一揆」ってのは、要するに圧力団体を結成する事。
ストやデモ(強訴)など、それが起こす行動とはまた別。

戦国期以前は当然、武士主導の一揆、或いは武士同士の一揆も起こるが、
それ以外の一揆、馬貸し一揆(現在で言うところの運送業)なんてのも室町には起こってる。

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 21:28:45 ID:2+pwa8Dn
>>341
文句なんか全然つけて無いんだが…

普通の年貢はかなり安かったらしいが、まぁ200文を埋めるほどではないんだろうな。

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 21:50:48 ID:D5vgj25f
>>340
本能寺の変後、家康は甲斐の土豪たちの所領安堵を大量に発している。
まだ川尻秀隆が生存中にね。どうして家康が織田領である甲斐の土豪
にそんなものを出せるんだ?その後決起した一揆によって川尻は死亡。
後に乗り込んできた家康に対して甲斐の土豪は何故か抵抗することなく
そのまま服従。不思議ですねえ。
ちなみみ、この文書は現存している。
ああそれから。武田征伐時に織田が武田旧臣を大量虐殺して、家康が
それを匿ったからとか言い出さないように。
これは家康顕彰そして甲斐支配を正当化するためのプロパガンダだから。

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 21:57:00 ID:C8PPAw+a
>>345
>この文書は現存している

ソースは?

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 23:16:12 ID:xgMOamYh
50城厨じゃ無い事を祈りながら期待

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 00:13:44 ID:Ak2gvVGK
>>346

甲州伝ってやつが古本屋にあるから読んでみ
江戸時代に作られたもんやから、本物か知らんが

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 00:21:58 ID:FvxAmSuy
「甲州伝」もそうだが、河尻が家康の策で殺された件よりも「軍鑑」の記述が
小牧長久手の条で終わってるところに、小幡が旧武田武士団の晴れ姿を
描いたという説もあるね。つまり、家康の配下になった武田旧臣の晴れがましい
戦いだったと。「軍鑑」が徳川本家の治世教典(?)になったことからも、
この仮説は信憑性がある。

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 01:23:39 ID:TQ4yJUh1
>>348
「この文書」は>>345の一行目の
>土豪たちの所領安堵を大量に発している。
にかかるんじゃないの?
だからこの場合、軍記などではなく所領安堵状を出して貰わないと困るんだが。

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 07:02:06 ID:Ak2gvVGK
>>350

じゃあ、お前は信じなくていいじゃね?
ウザいよ

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 07:45:24 ID:EobUh/r2
「ここに所領安堵状を出せ」という無理難題をふっかけて来てまで
議論に勝ちたい、と

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 07:47:05 ID:VVgilk8E
武田滅亡阻止するために一人ほしい武将は?


354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 08:09:30 ID:BGA70UAn
>>351
本物か知らんがって>>348であんた自身も書いてるんだから
自分自身も半信半疑なんでしょ?
なら、そんなに必死にならんでもいいと思うんだけど。


355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 08:43:19 ID:X3lX260Q
>「ここに所領安堵状を出せ」という無理難題
というか「出す」てのはどこにあったか、どこで見たか言えば言いだけじゃないのか…?
自分で「所領安堵を大量に発している」と言い切ってるんだから見たのは確かなんだろ。

後は見たい奴が自分でそれを探して見れば良いんだし。
所在を明かせないようなレベルの史料でもあるまい。

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 08:50:11 ID:3XjpXViE
出典はあかせないじゃムー教の世界だしな

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 10:46:26 ID:bWltSlKN
また50城厨か・・・・・・・・・・・・・

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 10:55:55 ID:X3lX260Q
本人が該当史料を見ているのは確かなんだし、元史料を所在を答える位はしても
いいんじゃないかと思っただけなんだが……
何か聞くのが失礼なほど既知とか、機密性の高い史料とかだったのならごめん。

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 13:37:33 ID:RxacKpi2
>>353
織田信長か信忠。

360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 20:27:55 ID:QVSkJOHx
長篠の戦いの前に徳川と同盟
駿河くれてやってもいいから同盟
信康側室に武田の姫を入れる
怒った信長はまず家康を討とうと
するはずだからそこからどうするか

361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 20:52:16 ID:VJUdg9V1
その前に一蹴されます。

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 20:59:03 ID:npWcwe/0
>>360
徳川くらいなら武田が踏み潰しますから

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 00:22:42 ID:dJYoQ2+a
天正9年、御坊丸を斬り織田との対決姿勢を改めて示す。
毛利・上杉と反織田包囲網を形成、二万五千をかきあつめて
三河・美濃へ同時侵攻する。見方が原で徳川を蹴散らし
翌年の農繁期前を目処に上洛を目指す

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 00:53:54 ID:5T3w7D6G
>>363
天正9年の段階で、武田上杉毛利の反織田包囲網はまだ健在だったんだが。
それでも史実ではどこも守勢に回り、攻勢なんてとれずに終わってますが。
だいたい天正9年の武田なんて、織田どころか徳川ともロクに勝てなくなって
いるんだが(背後の北条の存在があったとはいえ)。

365 :sage:2006/08/19(土) 01:14:55 ID:KzIfaFik
信玄と謙信は信濃や関東でシコシコやってて“はっ”と気ずいたら
信長が上洛して西へ勢力を拡大していた。慌てて西上作戦とかやっても
後の祭り。

例えて言うと引き潮の時、浅瀬を渡り沖の小島で魚釣りをする。
まだまだ釣れるぞと時を忘れ釣り続ける。気が付くと潮が満ちて
来て元の所へ戻れなくなる。時を巧く使えなかった武田に生き残る
のは難しい。




366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 02:14:41 ID:8EA2oUht
長篠以降の徳川と武田の力関係って互角?

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 04:54:25 ID:5UHbDq/d
松姫を信忠の側室
信濃・駿河を割譲
勝長を養子

↑これで安泰だろ

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 04:59:08 ID:Yr+tQvJu
何処が?

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 11:13:11 ID:5T3w7D6G
>>366
国力的には武田が上だが、軍事的にはほぼ同格?
なにしろこの後の徳川は、織田に援軍を要請することなく単独で三河・遠江の
失地を回復していった。

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 13:35:30 ID:YKbG55pA
>>369
そういう単純な話じゃないよ
武田は四方に軍事力を分散させなければならないのに
徳川は対武田に集中投入すればいい

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 14:28:25 ID:5T3w7D6G
>>370
長篠以降の武田は、まだ北条とも上杉とも結んでいて四面楚歌にはなっていない。
その時期に徳川は単独で武田と戦っている。ついでにいうとこの時期の織田は武田
眼中になしで美濃尾張の支配者信忠は謹慎くらったり播磨に援軍に派遣されたりで
武田に対する軍事行動はまったくない。つまり、武田徳川両者単独で勝負。

武田が北条を敵に回してどうにもならなくなるのは御館の乱以降。

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 14:50:14 ID:YKbG55pA
>>371
でも武田と徳川が全兵力を使って全面対決したという事実はないでしょう

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 15:53:25 ID:A/DhEhVl
家康は勝頼との単独での決戦は避けてたんじゃないの?
三方ヶ原の教訓で

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 16:17:30 ID:YKbG55pA
>>366
いや、だからぁ、そういう話をしてるんじゃなくてね
1つの発言だけ読んでレスするんじゃなくて
流れを読んでレスする練習をしようや

366「長篠以降の武田と徳川の力は同格ですか?」
369「徳川の独力で武田に当たって失地を回復していたので兵力は同格ではないか」
370「四方を敵に囲まれた武田と徳川では使える兵力が違うのでそれだけでは推し量れないのではないか」
371「当時はまだ囲まれていないので両者とも相手に全力投球できるはずだが」
372「長篠以降の徳川の失地回復戦で両者が全兵力を使って戦った事実がないのでやはり推し量れないのではないか」
373「 」

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 16:43:35 ID:bpjvo9w8
どうでもいいけど、上から目線な態度は何とかならんのか?

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 16:48:55 ID:QkfpwoKJ
信貞最高

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 16:50:50 ID:YKbG55pA
>>375
ママみたいに優しく教えてもらいたかったの?

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 16:56:14 ID:QkfpwoKJ
俺の実家は海図城なんだけど誰か滅ぼして

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 16:57:02 ID:bpjvo9w8
いや、俺366じゃないけどね。

>>377
だからその上から目線な態度は何とかならんのか?
普通にレスすればいいやん。


380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 17:04:30 ID:QkfpwoKJ
武田さー上杉と同盟結んどけば天下とれたしね?

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 17:08:10 ID:Yr+tQvJu
>>375
お子様ランチだから許してやれよ

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 17:15:32 ID:QkfpwoKJ
ガクガク(((;゚д゚)))ブルブル  信州制圧


383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 17:32:27 ID:QkfpwoKJ
信玄の手下㋩ケーン
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1155976161/l50

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 17:53:30 ID:ZqgTosxl
>>374
今更だが、その論争、
武田と徳川の兵力が同格とかいうのは
無理ありすぎだね。

徳川は全兵力を使えるが
武田にとって遠江あたりは一部でしかないからね。
ましてや北信濃や上野の兵なんて
そう簡単には使えないだろう。

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 19:22:50 ID:YGM1gsY6
兵力分散してたから負けましたなんて都合のいい言い訳だな。
分散するってことはそれだけ国がでかいってことだ。
織田は徳川以外の全方向から包囲されても全部打ち破ってる。
ID:YKbG55pAはなんか勘違いしてんじゃないか、同兵力同士でのフェアな戦いなんて
あるわけない。
強い奴はそれでも勝つんだよ


386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 19:37:47 ID:bWJM8SCe
いやいや、彼はなかなかスポーツマンシップに溢れた人だよ。
戦国の世に生を受けていたら迷将として名をはせていただろう。

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 20:14:22 ID:5T3w7D6G
兵力が分散していたから、とか、全兵力を動員したわけじゃないというのは、
兵力を集中できなかった、とか、国力的に大軍を動かせなくなったというだけ
のいいわけだよな。
>>385も言っているが、信長は全方位を敵に回して兵力の集中運用で打ち破った。
で、武田は?

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 23:59:44 ID:QXg5TzNQ
徳川と互角になってしまったのは馬場真田山形原と良質の馬が死んだから?

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 00:04:19 ID:Pxp6bCfJ
>>385=>>387
まだ分かってないのはお前だけ
「武田が徳川に言い訳」とかそういう話をしているのではなく
単純に「武田と徳川の兵力はどうだったか」という話をしているんだよ。
それが分かってないからお前一人だけ流れと違う勘違い発言を続けてるんだよ。

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 02:03:23 ID:0dYvBjPH
【ふつうの人間が抱く疑問】
信長厨はなんでこうも「天才、天才」と得意げに語るんだろう?
別にあんたらが天才なわけでもなく、何をした訳でもないんだろうに。

【臨床医学的な解答】
心理学的に云う「ヴァーチャル・アイデンティティ」(仮想世界に自分を仮託する)
つまり、自分がゲームの中の主人公に置き換えられてしまい、その主人公が危機に晒される
(批判される)と、自分の存立そのものが侵されたという危機感に陥る。
したがって、仮託した主人公(信長)のライバルや仮想敵を攻撃することで、
危機を回避する心理構造。歴史解説書やPCゲームで信長厨になった人間は、大抵の場合
これに該当する。現実世界では惨めな自分が、信長となって天下を統一するという
仮想世界に生きるのが、彼らの唯一の癒し。病人だから大目にみるように。

【理論的補足】
なぜ信長厨に特有の症状かというと、単純な最強英雄願望がその底辺にある。
秀吉(信長の部下)や家康(同盟者)では、その英雄願望は充たされず、
ましてや他の戦国大名は、信長に仮託した自分の攻撃対象にすぎないから。
ついでに付記すれば、信長が天下統一の途上で斃れたことも影響している。
信長が生きていれば、この閉塞感のある世界も変わっていただろう・・・・、と。


391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 02:38:32 ID:Pxp6bCfJ
誤爆うぜ

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 02:48:43 ID:RYpX/tpy
いいわけをしているのは武田でなくて>>389、おまえだ。
単純に、(長篠以降の)武田と徳川は兵数はともかく軍事力は同格だったと言ってる
のに、やれ周囲が敵で兵力を集中できなかったとかなんとか言い訳を言い出したのが
お前。

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 03:38:35 ID:U/ZiC8Ds
いや、>>389の彼は武田が他に敵を抱えて軍事力を集中できないなら徳川もそれに合わせるべきという素晴らしいスポーツマンシップの持ち主だよ。

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 03:56:19 ID:Pxp6bCfJ
やれやれ、お前らさぁ・・・
話の流れも読めないんだったら書き込むなよ
夏休みの宿題でも片付けてろよ・・・

アフォでも分かるように>>374で要約してやってるのに・・・

395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 03:56:37 ID:B1zlXR/U
なんか段々ズレてきてないか…?
徳川と武田と互いだけを攻めれる状況だったが、全力でぶつかった記録が無かったので、
軍事力が同格かどうかは測れないのではないか?という話だったんじゃなかったけ??


396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 07:00:41 ID:xQcksKDT
>武田と徳川は兵数はともかく軍事力は同格

そもそも、ここ自体が矛盾してるような・・・・

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 08:34:00 ID:UTed88nC
武田の方が上だったが
武田は国力が疲弊していたんだ・・・・!

398 ::2006/08/20(日) 08:34:45 ID:AQTHHCHA
信長が台頭する前に信濃から美濃に侵入し稲葉山城を落とす
これしかない


399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 08:42:44 ID:UXEICiMN
武田に稲葉山城が力攻めで落とせるんなら
信長はもっと簡単に落とせそうな気が・・・

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 08:49:59 ID:GYL6Cwo7
400まんこ

401 ::2006/08/20(日) 08:56:56 ID:AQTHHCHA
>>399当時の信長よりも武田のほうが国力は上だろ
結果論になるがリスクを侵してでも信長より先に美濃をとるべきだった。
越後の戦争狂に北信濃を譲渡し不可侵条約を締結し北条今川との3国同盟を
を生かして全軍をもって美濃に侵入する。
そして総力を結集して稲葉山城を陥落させ本拠地を美濃に移す
足利義昭が上洛の救いを求めたのは信長ではなく信玄だったかもしれない


402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 09:07:17 ID:UXEICiMN
>>401
いやいや、織田から見たら稲葉山城なんてすぐに日帰りで行けるじゃん
それでも力攻めで落とせず10年かかって調略で落としたんだよね
信玄が稲葉山城を落とそうと思うと甲斐から出発して諏訪を通って
斉藤の領地を通って到達できますかね?
それが出来るんだったら長野平野の防衛のために生涯を費やさなくても
春日山城を落としてしまえばいいんじゃないの?

403 ::2006/08/20(日) 09:28:19 ID:AQTHHCHA
>>402
美濃攻略のためには当然本拠地を信濃に移す必要がある
武田の美濃侵攻の成功率は所詮ifなので安易に予想することは出来ないが天下取りと武田家の存続という観点から見れば10数年にわたって川中島で北信濃の石高ごくわずかの領土
をめぐって越後の狂人と激戦を行うよりはこれを手なずけ美濃に侵攻したほうがはるかに有意義だったように思う。
武田の美濃侵攻が成功すれば信長の台頭も抑えることができたし
京都に武田菱の旗を掲げ天下に号令することも可能だったかもしれない

404 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 10:29:30 ID:A2t/o6oQ
ゲームだとそれができるけど・・。

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 10:56:00 ID:+6o1o3xz
>>403
美濃に長期遠征してる間に上杉にやられる点はどうすればいいんだ?
まぁ仮に戦争下手の信玄が稲葉山城を取ったとしよう その間に信濃を取られて甲斐は孤立
ここから先どうするんだ

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 10:57:11 ID:AK6o5Rag
せめて氏真が変なプライドを見せずに信玄の徳川領侵攻を許可していれば
だいぶ変わったと思うよ

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 10:58:13 ID:UXEICiMN
武田には美濃の防衛は荷が重いんじゃないか?
本拠地を諏訪に置くとか領内の道路網を整備するとか
いろいろやっても難しそう
しかも信玄から見たら信長が脅威になるなんて事はもう晩年の話で
信長が美濃を取った後の話だし

三国同盟が成立した後に信玄がまずやるべき事は
本拠地を諏訪に移転する事だった。でもこれは不可能に近い。
それなら道路網を整備する必要があるがそれも国防の観点から何もやってない。
信玄がやったのは川中島から甲府までの狼煙通信網の整備くらい。

408 ::2006/08/20(日) 11:14:48 ID:AQTHHCHA
>>405
私はあえて北信濃を思い切って上杉に譲渡するのもひとつの手だと思う。
その上で両家に婚姻を結び上杉と不可侵条約を結ぶ。
結果論だが武田と上杉は川中島で決戦を行う必要性はなかったと思う。
謙信は中央よりも関東管領の虚名に酔いしれ関東の沃野に関心があった。
上杉をうまく手なずければ美濃を攻略しその後は浅井と同盟を結び上洛することも出来たし美濃から
南下し信長を滅ぼすことも可能だったかもしれない。




409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 11:53:47 ID:yhYgXua2
>>408
そんなに簡単に不可侵条約や同盟なんか結べると思ってるのか?
第一武田に信長が10年かかった美濃を攻略できるわけない、箕輪城に20年もかかった奴なのに。
浅井が武田と同盟して何のメリットがあるかも不明だ、むしろ混乱に乗じて美濃を取ろうとするだろ、
信長も同じようにする。


410 ::2006/08/20(日) 12:08:52 ID:AQTHHCHA
>>409
私は仮定を述べているに過ぎない
上杉と不可侵条約を結べるわけがない
美濃を攻略できるわけがないと断定するのならこのスレッドが
そもそも不要ということになる。

上杉との決戦を避けリスクを侵してでも美濃を獲り中央に進出すべきし
というのが私の武田滅亡を防ぎうるプラン



411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 12:23:11 ID:aiixr5QY
尾張1国の織田と甲斐+信濃で全盛期にある武田なら
当然後者のほうが美濃攻略は容易だろう

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 12:27:03 ID:UTed88nC
他に敵が居なければね

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 12:36:19 ID:C417WSw4
>>411は武田が城攻めがどれだけ苦手か知ってる?

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 12:36:21 ID:hS3h6l97
兵農分離が進んでいないと遠征は苦しいからな
現代人が考える以上に甲斐→信濃→美濃の行軍は
困難だったんだろう
雪に閉ざされたらアウトだし補給も大変

415 ::2006/08/20(日) 12:45:32 ID:AQTHHCHA
>>414
それは言えてる
武田の美濃侵攻には兵農分離と本拠地の移動が不可欠だったのだろう。
それが出来た信長と一生甲府盆地から拠点を動かさず農民兵に依存し続けた信玄の差は
我々が考える以上に大きいのかもしれない。

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 13:23:47 ID:0dYvBjPH
武田が兵農未分離だって、何が根拠なの?

「恵林寺領御検地日記」には、
御給衆 12人 検地高 79貫 免除79貫
軍役衆 17人 検地高 60貫 免除37貫
惣百姓 79人 検地高134貫 免除61貫

御給衆(専業武士)軍役衆(半農)のみが兵力で、
俗説の「農繁期に戦えない」はウソ。
織田や上杉も同じような構成。

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 13:34:25 ID:C417WSw4
12人で戦うの?

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 13:42:09 ID:KsRzjcYf
甲斐→上野も甲斐→美濃に劣らぬ大変さがあったと思うが

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 14:31:14 ID:xQcksKDT
>>418
だから上野攻略は全然うまくいってない。
そんな例え出してどうする?

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 14:34:39 ID:xQcksKDT
長野ごとき小勢力に撃退され続けたような武田が
どうやって美濃一国を持つ斉藤氏の稲葉山城を落とすんだか?

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 15:12:06 ID:ESJF3TIl
長野業正>>>>>斉藤龍興

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 15:21:25 ID:hS3h6l97
>>421
美濃>>>>>上野

423 ::2006/08/20(日) 15:39:53 ID:AQTHHCHA
>>420
長野氏にてこずったから武田には美濃を攻略出来ないという間接比較は
あまり意味がないのではないかな。実際に武田は斉藤氏の治める美濃に侵攻してないわけだから。
それと斉藤氏は美濃一国を持つといっても専制君主ではなく各豪族の集合体の長という脆弱な基盤の上に成立
していたので
付け入る隙はいくらでもあったと思いますね。
本拠地を信濃に移動し絶え間なく侵攻と調略を繰り返す。
信玄が川中島に注いだ十数年に及ぶ無駄な努力を美濃攻略につぎ込めば
不可能を可能にすることも出来たと思いますね。
また武田が美濃に血眼になることで武田を恐れる信長の美濃侵攻を抑える
ことが出来たかしれない。



424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 15:53:28 ID:3QyEC1HP
武田が長野を攻略するのは60年代の後半。どう考えてもこいつらに美濃は落とせませんな

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 15:53:37 ID:g2csi57v
信玄は政略がぬるぬるだからな。

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 15:54:44 ID:YoCEX9kX
斉藤は上杉と組んで武田を攻める

427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 15:55:19 ID:xQcksKDT
本拠地を品のに移すという事自体が
武田にはムリぽい。

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 16:00:57 ID:U/ZiC8Ds
斎藤が専制君主じゃないなら長野もそうじゃないのか?

429 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 16:14:31 ID:di8VclHj
仮に北信濃譲って上杉と同盟したとして
それまで通り北条と同盟関係でいられるのか?

ついでに信長が美濃に手を付ける前の1561年ぐらいを基準に国力考えると
武田は北信濃譲ったとしたら甲斐と信濃上野の一部で多めに考えても60万石
当時の織田は尾張+水野で60万石弱
服部と織田信清と水野除いても織田は50万石ぐらいはあるのでは

それほど織田武田に差は無い

430 ::2006/08/20(日) 16:38:16 ID:AQTHHCHA
>>429
仮に北信濃譲って上杉と同盟したとして
それまで通り北条と同盟関係でいられるのか

北条の当面の敵は上杉。これ以上周辺に敵は増やしたくないだろう。武田と上杉の
不可侵条約を苦々しく思うも黙認するしかないのではないかな。
下手に武田に喧嘩をうって上杉と武田に関東方面で共闘されては戦略論としては下の下
だろう。北条から武田と
を刺激する可能性は限りなく低いように思われる。

>>それほど織田武田に差は無い

当時の武田が織田に上回っていたもの・・・それはぽっと出の出来星大名に過ぎない
織田氏と比べて甲斐源氏としての名門と
声望と甲府・信濃・上野で激戦を勝ち抜いてきた兵員の質だったと思う。
所詮はifでしか語ることは出来ないが当時の織田に出来て武田には出来ない
ことはないと思う。





431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 17:03:02 ID:di8VclHj
>>430
過去に武田と今川が婚姻した時敵だらけにも関わらず今川に喧嘩売った
武田が今川攻めた時上杉や関東諸勢力という敵がいたのに武田に喧嘩売った
御館の乱時に関東に敵がいるのに武田と敵対した
北条の行動から考えると・・・

まあ血筋はどうしようもないが激戦を勝ち抜いてきた兵員の質と言う点では
織田も激戦を潜り抜けている、武田よりも不利な情勢での戦いが多かった分
兵員と将の質では劣ると考えることは難しい

また織田は美濃に様々な人脈がある、森坂井金森など美濃出身者も多い
遠山氏とは縁がある、大垣は一時期織田の占領下、正室が斎藤家

あと北信濃譲るってどこまで譲るの?
小笠原領の返還は不可能だろうけど

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 17:37:23 ID:yhYgXua2
>それと斉藤氏は美濃一国を持つといっても専制君主ではなく各豪族の集合体の長という脆弱な基盤の上に成立
>していたので 付け入る隙はいくらでもあったと思いますね。

>>430
おまえ専制君主の意味わかるか?専制政治を行う君主だよ。
戦国大名に専制君主なんているわけないだろ、全部御恩と奉公の関係。
政治は地方領主との合議制で成り立っている。信長は専制君主を目指していたようだけど。
だから斎藤に限らずどこの大名でも付け入る隙なんてあったわけで。
おまえの理論で言えば武田も脆弱な基盤の上に成り立っているから美濃侵攻なんて
無茶したら上杉や今川に付け入られてるんじゃないの


433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 17:43:50 ID:di8VclHj
>それと斉藤氏は美濃一国を持つといっても専制君主ではなく各豪族の集合体の長という脆弱な基盤の上に成立
>していたので 付け入る隙はいくらでもあったと思いますね。
まあこれは長野氏にも言えることだな
史実でも各豪族を離反させて箕輪を落として領土にという流れだし

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 18:25:40 ID:+6o1o3xz
もし武田がまぐれで美濃を取ったとしよう まぁ不可能で 99.9999999999999%無理な話だが

美濃に一軍を置いた場合は信濃を取られ(上杉と同盟? 和睦? 無理に決まってんだろ もし上手くいったとしても甲斐ごと北条に食われるのがオチ)
甲斐は孤立する 美濃を攻めたりその領土を守ったりするのにはほとんどの兵が必要なので甲斐も速攻で奪われる
勿論豪族達の裏切り続出(←これが一番重要) はい、武田崩壊

435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 18:56:09 ID:Q9YOov70
確かに、甲斐・南信濃・美濃では領地が横に長い上、
同じ横に長い東海の今川と違って山間部だから兵の移動も時間がかかる。
信長並に兵力の集中運用ができたとしても守れそうにないのに、
信玄にこの領地を維持・拡大できるとは思えない……

436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 18:58:38 ID:di8VclHj
美濃を現実に取れたとしたら守れると思うが
50万石ほどだから単独でも十分対抗できる
それよりも信玄からの独立の可能性の方が大きそう

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 19:26:24 ID:U/ZiC8Ds
だれが守るんだ。

438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 19:27:42 ID:xQcksKDT
つーか、いくら戦国時代でもなんの口実もなく
美濃に攻め込むってのも歴史ゲームみたいで変だ。

特に武田って考えが古くさいからな。
特に攻め込む口実も何もない美濃に
突然、攻め込むとは思えないんだが。

それよりも紛争が続いている北信濃や上野に粘着し続けるほうが
信玄らしい。

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 19:45:07 ID:3E0Qi1WQ
道三・義龍死んだあとの美濃など武田にとっては赤子の手を捻る様なもんだろ

440 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 19:51:32 ID:yhYgXua2
ていうかそんなことできたんなら史実でやってる。
やらなかったのはできなかったからだ、信玄は甲斐で精一杯。天下など思いもよらない
極々普通の地方大名でした

441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 19:57:09 ID:hS3h6l97
>>440
まあ一応「やらなかった」=「できなかった」の他に
「できるけどする気がなかった」って理由も考えられるけど
確かに信玄に関して言えば前者のほうが理由として強そうだ

442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 19:58:27 ID:di8VclHj
>>437
現地の兵じゃないの

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 20:00:17 ID:di8VclHj
というか美濃攻めは不可能だろ

444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 21:57:07 ID:Efzt80ka
結局は甲斐に本拠地を置く限り、武田全盛期の領土+三河全域が限界だったんですかねぇ

445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 23:02:49 ID:C/9wh//x
【謙信最強は創作】
謙信が戦国最強の武将(軍神)とされたのは、江戸時代の創作ですね。
武田の甲州流兵学が幕府公認となったので、紀州徳川家(頼宣公)が
上杉流兵学(軍記書)を宇佐美定祐に作らせたというのが最新の学説です。
臼井城攻めの失敗など謙信が敗北した合戦も、複数の史料で明らかになっています。

※謙信自身が敗北を認めている書状↓
 晴信年(念)を入れ、いかにも堅固ニしらわれ候間、落居さうなくつき堅候、
併馬を為寄候上者、善悪ニ不及候間、無ニセめへきそうふんにて、当月七日より
取詰候ヘ共、(中略)佐(佐竹)・宮(宇都宮)を始、弓矢かいなくわたられ候、
房州(里見)・太田いくさにまけ(第二次国府台合戦)候時よりも、たゝいまきうくつなんきニ候、
とかくこのたひハかた〜〜にあふへき事いかんなるへく候やと、心ほそく候間、
早くはりをやるへきために一昨夜ハちゝんをやり候ヘは、めのまえの者ともはらを
たて候て、うたてしかり候、これ又よきなく候へ共、さゆうなくゆたん候へ者こと
のひ候てきうしくちおしく候(中略)
 かいほつ又ろう人のうちに一両人ておい候、さセるきなくうすてニ候、返々
いつもよりかへり(帰り)たく候間、このたひハおつと(落ち度)あるへく候やと
心ほそく候、
永禄七年三月十三日                  虎(花王)
[三洲寺社古文書]


【上杉家の歴史】
上杉謙信が小田城を攻め落とした時、小田城下がたちまちにして奴隷市場に早変わりし、上杉謙信自身から差配して人の売り買いを行った。
奴隷の値段はひとりあたり20〜30銭の安さだった。

1561年(永禄4年)、謙信は関東管領の就任式で忍城城主成田長泰の非礼に激昂し、顔面を扇子で打ちつけた。
諸将の面前で辱めを受けた成田長泰は直ちに兵を引きいて帰城してしまった。
原因は諸将が下馬拝跪する中、成田長泰のみが馬上から会釈をしたためであったが、成田氏は藤原氏の流れをくむ名家で武家棟梁の源義家にも馬上から会釈を許された家柄であった。
だが、謙信は無知でこの事を知らなかった。
この事件によって関東諸将の謙信への反感が急速に高まり、以後の関東侵出の大きな足かせとなった。

上杉謙信は臼井城の原胤貞を攻めた際、数千の死者を出して逃げ帰っている。
これを機に由良成繁が上杉謙信を見限って離反。
長野業盛が武田信玄に攻撃により滅亡。
臼井城攻撃に失敗した謙信は
信玄に箕輪城を奪われ氏康に金山城を取り込まれてしまい
とうとう厩橋城までもが謙信の手からこぼれ落ちた
上杉家重臣の北条高広も上杉家から離反。
謙信の関東経略は失敗し北条家と同盟という救いの手に助けられる。

謙信の死後、養子の景勝(謙信の姉の子)と景虎(北条氏康の子)が後継者の座を巡って内紛を起こし、越後を二分した争いは天正7年(1579年)の御館の乱で景虎が討死する事により景勝が勝利した。
しかしこの内乱によって、上杉家家臣の新発田重家は離反し、柴田勝家率いる織田勢は能登や加賀、越中に侵攻して同地を1581年までにほとんど奪ってしまった。
つまり、謙信が築き上げた勢力は、この内乱によって完全に失われるとともに、上杉氏は大きく衰退してしまったのである

本能寺の変の直前には、柴田勝家が率いる方面軍に越中の城は次々と落とされ、
信濃からは森が、三国峠からは滝川がと、三方から侵略を受けて防戦も無理な状態だった。
新発田氏の反乱で越後国内はボロボロ。 反乱を鎮圧する力さえも残っていなかった。
景勝自身も死を覚悟しており、本能寺の変が無ければ上杉家は数ヶ月後に滅亡していただろう。

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 01:35:47 ID:Ye3+8w8x
兵農分離って、なんか幻想な気がするんだよな。
416にも書いてあるけど、半農武士を専業化した所で、その分農作業の働き手が減るだけだよな?
生産能力を落とすのって致命的過ぎないか?

それに、奴隷狩りなんかで刈ってきた連中を農作業に使ってた、って話もあるわけだし
だったら、半農武士が農繁期に農作業し続けないといけない理由がわからない。
奴隷使えば、農繁期に出動できるんじゃないのか?

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 02:40:46 ID:X3dt2Row
>>446
農繁期に徴兵されることや練兵ができないことのデメリットを考えろよ。
鎌倉時代の三流兵学者と同じこと言うなアホ


448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 02:41:16 ID:WRRrx5gl
この手のバカに兵農分離の仕組みを最初から書かないといけないかと思うとウンザリするね
夏休みが終わるまで書き込むのやめようかな

449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 02:58:57 ID:Ye3+8w8x
農繁期に出兵するときには、たりない農業労働力を奴隷で賄ったらどうだ、といってるんだが。

450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 03:09:47 ID:Ye3+8w8x
それに一領具足や地下槍なんかは、農作業の合間でも訓練したりしてかなりの強兵だったそうだし。
実際、官僚化してしまうとかえって武力は落ちるんじゃないのか?
国民皆兵の方が、より近代的だと思うし。

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 03:19:39 ID:topecO9e
>>449
例えば奴隷を使うにしてもその奴隷の食料はどうする?
それに昔は人口が今程ないし大量の奴隷をどこで集める?
地方大名がそこまで財力があるか?
農村は訳の分からない連中に留守を任せられるか?
武士は武装農民が起源だし江戸時代みたいな下級武士と農民の区別がされてないが?

452 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 03:26:55 ID:WRRrx5gl
ID:Ye3+8w8xはサクッとNG設定しろよ
ここは中学や高校の日本史レベルの話をする場じゃないんだぞ

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 03:27:44 ID:Ye3+8w8x
だから足りない分を補えばいいといってるんだが?
留守中に誰も居なくなるわけじゃないでしょ?人口の数%しか徴兵されないわけだから。
残った人間が奴隷を指揮すればいいんじゃない?
武田家が大量の奴隷狩りをしていたというのだから、問題ないでしょ。
兵糧も現地調達するんだから、奴隷も調達すればいいんじゃないの。

それに、兵農分離するとやっぱり動員も農業労働力も減ると思いますが?
なぜ、武田家が兵農分離すべきだったのかわからんのです。
よく、武田家は兵農分離できなかったから滅んだと言われますが、
未分離である事が武田家にとって、最上の策だったのではないのですか?

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 03:39:13 ID:X3dt2Row
16世紀以後の世界で常備軍が普通、だいたい半農兵士の方が効率がいいのなら
信長や秀吉が兵農分離を進めるわけない。特に戦国で四六時中戦っていなければ
ならない時に農繁期なんで長丁場はできませんなんて話にならない。信玄や謙信も
その辺の理由で苦労しまくってるしな。
常備軍の有用性はイェニチェリやストレリツィの恐るべき強さを見ればわかると思うが。

455 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 03:43:44 ID:Ye3+8w8x
でも、石高が小さいわけですから、
兵農分離による働き手の減少(専業化させるわけですからそれだけ労働力は減りますよね)、それによる生産力の低下は、致命的な財政危機を招くと思うんです。
やっぱり武田には未分離しかないんじゃないかと。
武田が兵農分離すべきだった、ということはないと思うんです。

456 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 03:56:33 ID:x6ubExrF
そうだな、信玄もおまえのような旧時代的な考えだったんだろうよ

457 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 04:06:54 ID:5FouZFFb
つーか、兵農分離なんてのがあったとしても
織田、豊臣、徳川といった中央政権の途方もなく大きな経済力が前提であって、
武田、上杉とかにとても真似できる代物じゃないだろう。

そもそも、武田は兵農分離じゃなくても、
棟別銭200文なんていう破格の高税を領民にかけてたくらいなのに
どうやって専業軍隊なんて維持する金を摘出するんだか?

458 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 04:11:16 ID:5FouZFFb
>>454
>16世紀以後の世界で常備軍が普通、だいたい半農兵士の方が効率がいいのなら

江戸時代では徳川は良いとして
諸藩は兵農分離は財政逼迫を引き起こした。
そして皮肉にも江戸時代に入ってからも
兵農分離を行っていない。
薩摩、長州、土佐の各藩が倒幕に成功したというのは面白い。

459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 04:37:09 ID:OAgQYYpQ
>>454
西洋の常備軍と信長秀吉の常備軍構想は根本が全く逆
このスレにそれ関連のレスがあるから最低限それぐらい目を通せ

460 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 04:42:24 ID:WRRrx5gl
>>458
>薩摩、長州、土佐の各藩が倒幕に成功したというのは面白い。

ほらほら、もう少しちゃんと勉強しようぜ。

461 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 04:44:54 ID:WRRrx5gl
>>455
>兵農分離による働き手の減少
まずは「どういう立場の人間が専業の兵士に志願したか」
という事をきちんと調査した上で書き込んでくれ。
それが分からなければこれ以上アフォな事を書き込んで荒らすのはやめろ。

462 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 04:44:58 ID:Ye3+8w8x
でも、奴隷使って農繁期に出兵するだけの領土欲がなかったのかもな。
基本は合議制だし、わざわざ金をかけてまで領土拡大をする気はなかったのかもしれん。

463 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 05:00:03 ID:Ye3+8w8x
>>461
いや、兵農分離って
在地の武士を上のクラスだけじゃなく、ある程度下のクラスまで
城下町に集住させるものでしょ?
例えば、このソースとか。
ttp://www.sky.sannet.ne.jp/kyoshio/furuya/nazo/nazo12.html
半士半農を、士か農かに分離した。

>専業の兵士に志願
これは傭兵でしょ?主に農家の次男三男や流れ者が志願した。
元々農家じゃ別に動員と変わらない。働き手が減るのは同じ。
流れ者じゃそもそも「農」じゃないので、兵農分離じゃない。

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 05:10:19 ID:Ye3+8w8x
追記。
また、すべての武士が分離されたわけではない。
最下層の地侍あたりは、そのまま残された。もちろん、有事には動員されてる。

ただし、指揮官は兵農分離された武士だったりする。
指揮官クラスの方は土地から分離されているので、
徴兵される側としてはよそ者に指揮される事になり、いまいち士気が上がらない。

465 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 05:15:35 ID:WRRrx5gl
ID:Ye3+8w8x専用の妄想スレでも立てて隔離するか

466 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 05:19:04 ID:+YvXZXQg
この辺も参考になるかな。
ttp://www1.ezbbs.net/cgi/reply?id=silver-owl&dd=36&re=404

467 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 05:28:04 ID:BxyPIB25
みなさん武田上洛スレから引越ししてきたんですか?
向こうで語ると過去スレで既出とか言われちゃうから、こちらへ来たんですか?

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 06:45:38 ID:5FouZFFb
>>460
薩摩というか島津領の兵農未分離は有名だが、
というか半農半士が圧倒的に多かったんだが。
長州に関しては領地を減らされた事で半士半農を作らざるやおえなかった。
土佐は有名な上士と下士の制度ね。
長宗我部家の武士は下士として差別され、
ごく一部を除いては農業義務があった

469 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 07:00:37 ID:hknbIDBl
>>447以下
夏厨ごときそんな叩くなってw
http://game10.2ch.net/test/read.cgi/game/1155916160/
http://game10.2ch.net/test/read.cgi/game/1148836016/
このスレみたいにマターリいこうよ。

470 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 07:33:55 ID:WRRrx5gl
>>468
まだ間違いに気づいてないのかw
本気で間違えてるのかwww

471 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 12:19:33 ID:U+lQUGZh
>>470
何処が間違っているんだ
合ってると思うが

472 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 15:17:20 ID:7WPA1FtK
>>471
ちゃんと>でヒントを出してもらってるのに?

473 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 17:47:22 ID:3kUfbJ3/
土佐は討幕派ではないし
坂本竜馬は土佐の藩士でもない

474 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 21:22:10 ID:N5MBa07T
土佐の山内容堂と龍馬は徳川を頂点にした新政府構想で
武市を始めとする非主流が討幕派


475 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 03:31:45 ID:FGZNbJpv
土佐の討幕派は、郷士連中じゃないの?半農の。

476 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 04:40:34 ID:R2eymqSU
「郷士」というのは
藩士ではなく藩から碌はもらえないので大抵は農業を営んでいる。
ただし武士なので苗字を名乗る事と刀を持つ事を許可されている。
NHKの連続テレビ小説「おしん」を見た人には
「おしんの旦那の実家」と言えば分かってもらえるだろう。

坂本竜馬のような土佐の郷士は、
関が原で長宗我部が滅んで山内一豊が入った時に
山内の家臣には取り込まないけど土佐に残る事を許可された
旧長宗我部家の家臣たち。藩とは一切関わりがない。

477 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 04:49:22 ID:sY96lpNq
458って、どこの藩が倒幕したっていうことより、
郷士のような半農の人間の力はすごかった、って事が言いたかったんじゃないかと思うんだけど。
専業武士より、奇兵隊の方が強かったりするのと混同してる可能性はあるけど。

478 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 05:54:16 ID:sY96lpNq
やっと気づいたんだけど、信繁が死んだ1561年の川中島の合戦って
8月から9月に行われてる。おもいっきり農繁期。しかも2万人近い動員。
1553年4月、1555年10月、1557年4月、1561年9月、1564年8月
ほとんど農繁期だった!

479 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 08:14:00 ID:639H7DnJ
>>478

おいおい・・・
戦国時代の月と現代の月を一緒にするなよw
アフォかお前はwww


480 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 08:43:38 ID:sY96lpNq
旧暦との差は1ヶ月でしょ?
旧暦8月は収穫ど真ん中だと思うが?
旧暦4月は田植えど真ん中だし。
それに、ほとんど一年中出兵してるようだぞ?




481 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 08:52:07 ID:SA2n1GVV
>>480
農繁期は九月だと思うけどな。

482 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 09:46:20 ID:f4349fLw
あってるとか間違ってるとかどうでもいいから。
どっちみち中途半端な知識しか持ってないもの同士なんだから
仲良くしようよ。

483 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 11:53:38 ID:fb+fnrUb
田植えや稲刈りの時期は
その地域やその年の気候によるから
ゲームみたいに画一的に「何月だ」と決めつけるのはアホ

484 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 12:59:25 ID:nZYsDaDe
あってるとか間違ってるとかどうでもいいとか言ったらいかんと思うよ。

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 13:13:40 ID:HslwPE1e
坂本龍馬は商人

486 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 14:38:33 ID:SA2n1GVV
素人でもググる事はできる。
http://www.toukei.maff.go.jp/dijest/kome/kome05/kome05.html

これによると山梨の稲刈りの時期は九月下旬だ。
ただし、状況によってある程度ズレるのも事実だろう。

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 23:28:35 ID:KVLldTIw
バカが増えてきたな

488 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 07:11:21 ID:foEpFSkI
責任もって調べてきた。

これがメイン。兵農分離について激論がされている。未分離派は農繁期でも出兵している事を挙げている。
ttp://makimo.to/2ch/hobby5_warhis/1117/1117827440.html
50,61,72,74,79,96,102,115,131,145,153,296,336,352,367,387,388,390,391,394,431,496,665,708,722,795
529に織田家の兵農分離の話があるが、越前の話で一向一揆の再発を潰すためのもの。
659は、月別出兵数
696,687は田植えの時期。確かに、田植えは旧暦5月、稲刈りは旧暦9月と書いてあるな。
ただ、668,684、このスレの486の話もある。これによれば、旧暦3月・旧暦8月となる。
しかし、686,699のとおり出兵している。月平均の割合は8.3%、4月・5月の割合はそれぞれ7%・8%9月は11%で平均以上
武田は、稲刈りの時期に出兵することが多いそうだ。稲を頂こうという算段だろうか?
701で信長の出兵例。むしろ信長の方が5月9月は少ない。
808,810領地換えの話
補足
ttp://makimo.to/2ch/hobby8_warhis/1140/1140425180.html
768
ttp://makimo.to/2ch/hobby8_warhis/1131/1131364515.html
52
とりあえず、兵農分離しなくても農繁期の出兵や長期出兵を普通に行える事は証明されたんで満足。

489 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 07:16:52 ID:foEpFSkI
あと、竜馬の出自とかどうでもいいと思うよ。どうせ竜馬の逸話なんて眉唾だし。
土佐で倒幕に参加した郷士の力が大きかったのは確かだろうし。



490 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 11:40:04 ID:DETGlvje
たからぁ
土佐「藩」は倒幕とは関係ないだろハゲ

491 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 12:32:52 ID:jFpWL5Wq
>>490
はっハゲ!
なぜバレタ。。。。

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 20:00:51 ID:/k/YhzYW
>>478
川中島の合戦は
主要な二回以外は疑問視されてるんだが、
もっとも甲陽軍艦に書かれているような大規模な動員ではなく
小競り合い程度ならあったろうけど、

>>488
うーん、定説を覆す話しだし、
そんなに簡単に結論出してはいかんと思うが。
もっとも学会に発表するわけでもなく、
単なる2chの討論レベルなんだが。

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 21:10:06 ID:YYca1k/M
ソースが2ちゃんねるなんて、いい加減この上ない訳だがw

494 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 21:58:15 ID:xnElqMpW
>稲を頂こうという算段だろうか?
兵糧の現地調達

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 01:13:55 ID:kxQ89tcb
元になってるデータが普通の本とかにある信玄の全戦績みたいだから
武田が農繁期に出兵してるというのは正しいだろ

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 06:21:28 ID:waX1Q3t9
奥平家を潰しておけば滅びなかった。

497 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 12:55:58 ID:sQW8kcTQ
義経戦の天才だが勝頼才能も無いのに戦ばかりして
国を疲弊させた
討ち滅ぼした娘は嫁にしちゃいかん豊富がいい例だ

498 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 13:03:16 ID:gIzZegLm
武田信玄


499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 14:28:09 ID:lLPw8xYO
>>497の言いたい事がわからん。特に後の方。なんで諏訪の事が出てくんだ?

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 14:31:57 ID:5qACzwmB
勝頼は諏訪の跡継ぎであって、あくまで後見人という立場だから、
それで家中統制が中々取れなかった、と言いたいんじゃないの?
それが真実かどうかは知らんが。

501 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 00:16:33 ID:v26YgGv4
というか>>497は日本語じゃない、在日だろう

502 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 06:49:51 ID:kiuFJhb0
↑お前ケツの穴小さいが 500見習え朝鮮野郎

503 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 11:59:14 ID:qNBhlOgz
日本語として成立して無いな。まあ>>497がそうだったわけですがね。

504 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 12:12:12 ID:W4EnkYQq
また、チョンか!
本当にウザいな。

505 :9io:2006/08/26(土) 16:20:48 ID:YgG8EtIK

1本拠地を信濃の諏訪あたりに移す。
2北信濃の数郡を譲歩して謙信との決戦は避ける。
3今川北条との3国同盟締結
4美濃に侵攻
5信長より先に美濃を占領し信繁を稲葉山城に駐屯させる。
6今川に難癖をつけ駿河 遠江を占領
7その後三河に侵攻し徳川を滅ぼす


506 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 20:11:01 ID:qNBhlOgz
あらら・・・

507 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 21:40:54 ID:v26YgGv4
1本拠地を信濃の諏訪あたりに移す。 ←意味不明
2北信濃の数郡を譲歩して謙信との決戦は避ける。 ←謙信が約束を守る保証などない
3今川北条との3国同盟締結 ←そんな武田の優位を保つ為の同盟成立するわけないだろ
4美濃に侵攻 ←勝てません
5信長より先に美濃を占領し信繁を稲葉山城に駐屯させる。 ←論外
6今川に難癖をつけ駿河 遠江を占領 ←そんな余裕あるんならやってます
7その後三河に侵攻し徳川を滅ぼす ←上以上に無理

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 21:51:57 ID:ke612yy9
1本拠地を信濃の諏訪あたりに移す。 ←新府城では不足と申すか。
2北信濃の数郡を譲歩して謙信との決戦は避ける。 ←数郡だけじゃ村上達が納得しません。
3今川北条との3国同盟締結 ←自分から破っといてそりゃネーヨ。
4美濃に侵攻 ←万に一つの可能性で勝っても、維持できるかどうか・・・。
5信長より先に美濃を占領し信繁を稲葉山城に駐屯させる。 ←そりゃ信玄の仕事です。
6今川に難癖をつけ駿河 遠江を占領 ←同盟復活と反するのでは?
7その後三河に侵攻し徳川を滅ぼす ←半年ROMりなさい。

509 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 22:37:47 ID:kiuFJhb0
あらら・・・だと?日本語で書きなさいチョンさん

510 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 00:55:25 ID:cI2ps57N
お前が(ry

お主こそ日本語を勉強しなおしてきたほうがいいんじゃねえの?

511 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 05:41:06 ID:EkUgPgrJ
チョンさん(?)はなんですか使い方が変

512 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 11:48:18 ID:j9RPGY2U
>>507
>>508
文句言うだけなら誰でも出来る
対案は?

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 11:57:53 ID:j9RPGY2U
連投スマンけど

例えば今川義元の上洛の時に
同盟軍として一緒について行くことは
できなかったのかな

義元の油断がなければ圧倒的な兵力差で
この時点の信長を討つことは充分可能でしょ
もしくは義元が桶狭間で討たれた直後に
背後から(又は正面から)清洲城を襲うとか

514 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 13:20:58 ID:MVTnCScm
>>513
再度信濃に侵攻する前年に兵力を割いて尾張侵攻軍に当てるのか?
どのぐらいの期間かかるのかすら分からないのに。

それに、清洲を落としたとして、どうやってその飛び地を維持するのさ?

515 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 13:35:32 ID:1/r2+WhB
>>513
既に圧倒的兵力差が織田と今川にはあったと言われているから、
援軍送ろうなんて言わないだろうし、送ろうと言っても断られる。
今川にとっては簡単な戦で、完全に尾張を支配化に置くための戦なので、
武田に領地を掠め取られる可能性を残すはずが無い。

それにどのルートから武田が清洲にいくのだろう。
飯田街道ってその頃にもう完成させてた?
長尾(上杉)を中心とする関東情勢が不穏で、
織田を滅ぼすための兵数を割けるかどうかもわからないし、
義元が死んでから今川領に入ったら今川と戦が始まると思う。
織田が攻めてきての防戦ならともかく、尾張を攻めるためには、まず通れない。

516 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 14:31:43 ID:kala2jh1
武田は信長に結局は滅ぼされたんだから、
それより前に信長滅ぼせば武田滅びずに済む
とかいう理屈をかましている奴はなんか浅はかすぎる。
なんだか日本史スレでも毛利・島津を関が原で滅ぼしておけば
幕末維新で江戸幕府が倒れることもなかった。
というバカスレが立ってたなあ。
歴史なんてのはそんな単純なものではなく、
信長のいない世界ではまた別の流れで
武田が滅ぼされるかもしれんのだがなあ。

あと信長が尾張の小大名だった頃から
「将来、滅ぼされるので」という理由で「信長滅ぼせ」とか
言ってる奴はなんかおかしい。
まるで18歳になる自分の息子に殺された男が
「事前にその息子をもっと早く殺しておけば殺されずに済んだ」
というような空論を聞いてる気分だ。

517 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 14:45:32 ID:AYXj8juR
なんか戦国時代の同盟を全部織田徳川みたいな仲良し同盟だと思ってる
バカが多いな。ID:j9RPGY2Uとか。だいたい桶狭間の時期の信玄は長野業正に
ボコボコにやられて川中島で連続対陣しててとても遠征できる状況じゃないし


518 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 16:05:42 ID:UAFBtzCd
桶狭間の時期

519 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 16:41:44 ID:0hqu6HdD
>>517
無意味に西上野の攻略なんてしなければ
上杉や長野を本気にさせる事もなかったズラ

520 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 17:00:03 ID:RnEkG8tB
>無意味に

(´艸`)ププ

521 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 17:10:35 ID:IqhNJKgJ
むやみだな。
織田より早く美濃に攻めるとかいってるやつは
信長の野望のやりすぎ。


522 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 17:49:26 ID:0hqu6HdD
「無意味に」で合ってるよ
本当に無意味、むしろやらないほうがよかったズラ

523 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 18:49:03 ID:AYXj8juR
むしろ意味があるんならやってたよ、実際に信玄は攻めてないんだから
無意味か無理かのどっちかだったんだろう

524 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 19:02:14 ID:RnEkG8tB
信玄の上州攻めは越後と関東を分断させる楔だろ、これは無意味か?


525 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 19:21:23 ID:HWfOvRe1
武田信勝をむりにでもにがせばよかったとおもう。


526 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 19:52:42 ID:MVTnCScm
幼君を担ぐと家が割れそうな気がするけどなぁ…。

527 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 20:11:52 ID:kala2jh1
ていうか、織田家と友好的な関係を保つだけで
いいと思うんだがな。

528 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 20:23:34 ID:IqhNJKgJ
長曽我部の事もあるし、ウンコ家康の工作でいつか滅ぶよ。

529 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 21:12:52 ID:ISuGmI2s
真田に逃げ込むべきだったな

530 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 21:18:24 ID:KTS7H+3a
信濃なんて攻めずにいきなり駿河に攻めればよかったのに。
俺はいつもそうしてる。
若しくは、南信濃経由で三河。

531 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 21:23:17 ID:UAFBtzCd
信濃を攻めるより南信濃経由で三河

俺はいつもそうしてる

532 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 21:44:37 ID:uO7yC/zJ
俺は美濃攻めて竹中ゲット

533 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 22:15:37 ID:NUSAe+pS
>>512
実現可能そうな対案があるようなら信玄が史実でとってると思う。

534 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 00:43:01 ID:SYlN0D+i
>>524
無意味

535 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 01:29:19 ID:FX0Wrotv
武田は滅ぶべくして滅んだ、これは運命だ。
このスレは根底から間違ってた。敢えて言うなら勝頼が
泣きながら信長に絶対服従しますと降伏してればもっと長く存続したかもね

536 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 04:31:19 ID:47fsT+Ex
    | 武田の灯は消させぬ!
    \_____  ____
        ∧_∧ |/ 
        (´;ω;`) ()]      l二ヽ
        (っ  つ □ ̄⊃    ) )
     ⊂ と_)_)    _⊃ / ̄ ̄ ̄ヽ
      ⊂_      ._⊃    | (\/) |
         ⊂__⊃.      |  > <  |
                     | (/\). |
                     ヽ___/

537 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 09:28:13 ID:xQtnz3+e
>>535

538 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 10:11:44 ID:8W1BUlO0
>>534
理由は?ゲーム脳じゃない素の意見を聞かせてくれ給え

539 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 17:08:10 ID:FX0Wrotv
>>538
負けまくってるからじゃないのか、倒したのは業正が死んだ後だしな。
着眼点はよかったが肝心の信玄に戦の才が欠けていた

540 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 18:46:31 ID:8SBECYNW
>>539
それに西上野は武田に取って戦略的には何の意味もない
むしろ上野などは無視して上杉と北条に争わせたほうが武田に取っていい事ずくめ
なのに何故信玄が西上野に手をかけたかというと、
甲斐の南には今川、東には北条、信濃の北は上杉、南は今川、
信濃の北西は行軍不可能な北アルプス、南西は木曽谷→美濃と
攻められない地域と攻めても実りが少ない地域しかなかったから
時間がもったいなかったから比較的攻撃しやすくて占領する価値がある西上野を攻めた
という目先の判断でしかなかった

541 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 21:50:39 ID:u7wC7eIH
>>533
ということはこのスレの意見全て
実現不可能だということで終了?

542 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 23:55:34 ID:E5FcZRHj
>>540
その頃の関東情勢を見ればわかるが、
北条方vs上杉方の主戦場は武蔵で、上野はほぼ上杉方。
上野進出+北条の戦線を上野まで引き上げはやっておいた方が、信濃の安全は段違い。
上野方面は共闘が可能になるし、北条と息を合わせての同時侵攻・時間差侵攻で上杉に対してアドバンテージを握れるのも大きい。

543 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 01:49:00 ID:/ibkVJNz
山岳ゲリラ戦に持ち込んで直接信長を倒す。これっきゃないっしょ。
あとは、本願寺に後方撹乱頼めれば、猶良し。
最悪な世の中になりそうだけどね。」

544 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 08:54:08 ID:sEtvk0qi
信長の美濃攻めに便乗して、兵を出して漁夫の利すれば武田天下人

545 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 10:00:56 ID:CGWsqOC2
んなことしたらまってましたと上杉くると思うなあ。

546 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 18:59:00 ID:zxHWPno7
その間、貢げばいいんじゃないか?

547 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 20:02:31 ID:0lpSbr3b
もう退路の甲斐信濃なんか捨てるつもりで
全力で美濃奪取すればいいじゃん
美濃なら上杉相手にする必要もなくなるし

548 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 20:15:13 ID:y5GqwkIE
>>547
え?現代の人間以上に土地に対して愛着を持つ人間に対して故郷を捨てて他国に侵略する事を
強要するのか?しかも女房と子供、畑はどうするんだ?

549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 20:17:29 ID:CGWsqOC2
そうだぞ、城井氏なんか九州平定後に移封を断って謀反起こしたんだからな。

550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 20:18:27 ID:FoRd8+Ks
ネタにマジレスするのもどうかと思うが
「国を捨てた大名」が新しい土地をどうやって治めるのか
っていうのもあるしね
ゲームじゃないんだから

551 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 20:45:34 ID:AabMrtDX
信長からの人質勝長(信長の息子信房のこと?)に家督を譲り
勝頼隠居で甲斐一国安堵が妥当。うまく立ち回れば甲斐、信濃
諏訪地方安堵もあるかも。


552 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 21:10:01 ID:CGWsqOC2
国人衆から総反発受けそうな気がするのはおれだけかな。で、それをネタに潰されると。

553 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 21:11:40 ID:y5GqwkIE
当然反発はあるだろうし、離反もあるだろうねぇ。

554 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 22:40:23 ID:e+Auvb5H
反発に持ちこたえられるか。
なんとか信長の援軍が来るまで持ちこたえ、甲斐安堵の夢が叶えられるか。


                   
                        




                              勝頼次第

555 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 23:26:55 ID:hpHfmu50
むしろ信長が武田家家臣や国人の反発の糸を引く

556 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 23:35:17 ID:OcOpkj8j
おまえらなんか勘違いしてないか、武田に天下取らせる方法じゃなくて
武田が滅亡しない方法を考えるスレだぞ。天下取る方法なんてあるわけないだろ

557 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 00:36:24 ID:gT0UUybQ
甲斐国内の国人であれば小山田さんと穴山さんを潰せば何とか
なりそう・・・信濃の国人衆木曽さんや小笠原さん諸々その他は
反発せずに勝頼といっしょに信長さんにご挨拶にいくのでは?
勝頼と一緒に北条征伐の先陣を願えば合理主義者の信長さんなら
所領安堵してくれそうと思って書き込んだのですが・・・
甘すぎますかねぇ・・・

558 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 00:40:55 ID:spRtfdZf
岐阜で秋山信友が信長を殺してれば、織田なんぞは何でもなかったんじゃね?

559 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 02:09:23 ID:6FosYcR0
>>557
甘い。朝倉残党の結末を見ろ

560 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 07:15:35 ID:yqP6q/Fh
>>557
>小山田
wikを御覧になられることをおすすめします。

561 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 18:09:49 ID:fGTBkXJo
小山田と穴山潰そうとすれば観音寺騒動や大寧寺の変みたいなことになるだろうね

562 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 23:44:38 ID:E3PFdhfj
上野攻めは無意味と言っていた椰子は>>542の意見に沈黙ですか?

つまらん(´・ω・`)

563 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 23:50:33 ID:FXq8oTMO
>>559
一族も含めて、降服したものはほとんど赦免されて領地安堵。さらに支配権まで
認められていますが?>朝倉残党。
朝倉旧臣が殺され尽くしたのはその後の旧臣同士の内紛と一向一揆の蜂起。
もっともここで生き残って一向一揆に従った朝倉旧臣は、後の越前征伐で皆殺し
の憂き目にあったが。

564 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/30(水) 23:55:18 ID:EICYKsMk
>>562
>>540ですでに結論が出ているので
あえて反論(といっても同じ文章をそのままコピペするだけでOK)する必要がないんですが

565 :559:2006/08/31(木) 01:29:26 ID:9UBNSfzg
>>563
俺が言いたかったのは
>朝倉旧臣が殺され尽くしたのはその後の旧臣同士の内紛と一向一揆の蜂起。
こっちのことだよ。支配者が変わって新体制を敷くには多くの困難があるから
膿を出す作業をしなければならんが、その過程でまた消える勢力もあるし、
そういうのを信長もある程度予想してた範囲のことだろ。うざったかったら
何かと理由やら課題やらつけて殺すさ。

566 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 02:14:34 ID:PXn534YB
港を持ってなかったのが痛い気がする。
火薬関係は港経由で入る事を考えれば港の確保が出来るかどうかってでかいと思うけど。


567 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 02:45:42 ID:oJShTA4p
>>559
>うざったかったら何かと理由やら課題やらつけて殺すさ。
これについては同意。実際、信長は能登越中の征服が完了した後に豪族達の
粛清を行っている(織田と上杉の間を何度もいったりきたりの連中だったが)。
ただ、その例示として朝倉旧臣を持ち出すのは間違ってないか?と言いたい
だけです。

568 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 05:10:01 ID:3xiO//G8
>>562の言ってることがよく解らん。>>540が結論???
説得力ゼロなんですが、上州攻めによるマイナス面と上州攻めがなかった場合はどうなっていたかを論じてくれますか


569 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 06:53:34 ID:ISIokhn7
>>568
単に誰も相手してないだけじゃないの?
>>540の他に攻撃するような場所が無かったというのは同意だが。

570 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 08:30:39 ID:3xiO//G8
戦略的に意味がないと言いながら占領する価値があると言ったり発言がおかしい
また実入りが少ない地域とあるがあまりにもナンセンス、収入を増やすために攻めるってゲームのやりすぎ?
あと信濃の北西だけど越中は無理でも飛騨には行軍可能、行軍不可能なら江馬氏が武田方になるはずがない
美濃も木曾から進攻可能だけどこの時の情勢から見ればやはり西上野か
まだ北條は武蔵でもたついていたし

571 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 11:25:27 ID:8WkH4Vpr
自分の意見に異論を唱えているのは
一人に違いないと妄想してる時点で
議論が出来る相手ではない事が確定してますが

572 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 17:58:40 ID:b94zfzJB
>>570
君はまず、当時の戦国大名がどういうつもりで合戦をしていたのかを
知る必要があるだろう

573 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 23:31:14 ID:3xiO//G8
ここは池沼のすくつだな

574 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 11:34:31 ID:RNtkuD5Z
領土欲だけの為に侵略を繰り返してたわけでもないだろうけど

575 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 17:17:40 ID:lmXrtZCP
信濃の深志に板垣、馬場などを置いて完璧に中心を作ってように、駿河・遠江付近を固められなかったのが失敗のような。
信玄死の直後に奥平親子がいきなり調略されて徳川方になったりとかね。
調略されたと言うか、元が徳川方だから元の鞘に戻ったと言う感じでもあるが。

576 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 19:52:36 ID:EcmPpTW9
信玄が第4回川中島で死ぬ
これしかないな

577 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 19:54:47 ID:kp+WcZ+3
 早     /::::l:::l::、:::::、:::::ヽ::、::::::::::::\:::\::::::::ヽヽ::::::ヽ   駄
 .く      /:::!::::i:::!:::ヽ:::ヽ::::::ヽ::ヽ、::::::::::\:::ヽ:::::::ヽヽ::::::',   目 
 な.     /:l::::!::::ヽ!::ヽ:::::::ヽ:::::::\:::ヽ、::::::::ヽ:::ヽ::::::::!::i:::::::!  だ 
 ん   ハ:::l:::::、::::ヽ::::\:::::\:::::::\:::`ヽ、:::ヽ::ヽ:::::!:::!:::::l
 と   /:::::::l::::::!ヽ:ヽ::::、:::::ヽ:::、:\::::: \::::::\::::!::::ヽ:!:::i:::l:l  こ
 か  !:/!:::::!::::::!::ヽ:ヽ{:::\:::ヽ::::\:::\::ヽ:::::::ヽ!:::::::}!::::l::li|   い
 し  j/:::l:::::!:、:::!::ト、:、:ヽ:::::`ヽ{、::::::\::::\{、::::::::::::::::i::!::l:l !   つ
 な    l:i:l::::i::i:、:l::lテ=-、:ヽ、_、::\_,≧ェュ、_、\:::::::::i::li::!::リ  ら
 い   !ハト:{:!:i:トN{ (:;;)ゝ、i >、{ イ (:;;) 》\::l::!:ト!!:l::l!ノ   
 と     ヽ i、ヽ:ト{、ヾ ̄"´ l!\   `" ̄"´  |::!:l::! j:ll:!
  :      !::、::::i      l             u |:::/lj/l:!リ
  :        ヾト、:!u                 j!/ j|:::リ
          ヾ!    ヽ  ‐       u /イ´lハ/
            }ト.、  -、ー-- 、__      /' !:://
             リl::l゛、  `二¨´    /  |/:/
         rー''"´ト!::i{\       /  / !:/
        / ^ヽ  ヾ!  ヽ _,,、'´    /  j/

578 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 21:50:46 ID:Ln448tu8
真田十勇士がもう少し早く集まれば・・・・

579 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 22:07:04 ID:3+pwKW6D
帰れ。

580 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 00:13:03 ID:G7nGAV3x
そもそも金山に経済基盤を置かざるを得なかった状況が、
滅亡の遠因。金は掘り尽くせばなくなってしまう。
 逆に上杉が生き残ったのは、麻の一種の栽培と、当時の唯一
の工業地帯である京都への販売を経済基盤にしていたから。
麻はいつまでも収穫可能で、無くなる事はない。とはいえ、
換金できる生産物が、麻以外にもいっぱいあった織田には、
とても及ばなかった。今でいう「モノカルチャー経済」という
訳だね。

581 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 01:51:10 ID:ljyRLyI5
つーか上杉は直江津があったから。
日本トップクラスの港ですよ。
武田はあの地理的条件でよく北条上杉と戦えるまで育てたよ。

582 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 02:05:41 ID:hmrlbI7Q
武田と上杉が強かったのは認めてやる

しかし信長には適わない
たとえ武田と上杉が長生きして同盟し、連合軍を組んでも信長には適わないだろう
現に信長は本能寺以外では負けてないし

583 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 02:56:48 ID:Dl/mbi1n
>現に信長は本能寺以外では負けてないし


584 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 02:59:22 ID:z+XszZud
>>582
>>582
>>582

585 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 03:22:46 ID:ljyRLyI5
本能寺以外では死んでないって事に決まってるだろ馬鹿だなぁ

586 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 03:53:08 ID:VnfMuSUS
>582
北陸戦線でボロ負けしていますが勝家が…

587 :582:2006/09/04(月) 04:10:03 ID:hmrlbI7Q
そんなもの全て捏造である。信長こそ最強

588 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 13:06:42 ID:VnfMuSUS
↑何もこの馬鹿

589 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 13:33:44 ID:PEpt5LOD
信長は初陣も敗戦
勝ち戦ばかりが有名だがトータルすると負け戦のほうが多い

590 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 14:45:22 ID:NEseVCKw
>>578
小説ですw

591 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 21:05:36 ID:hmrlbI7Q
上杉や武田ごときが信長を倒せる訳ないだろ!
最大20万の兵力に3000もの鉄砲、巨大鉄船に難攻不落の 安土城!
まさに無敵!

592 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 21:10:41 ID:5GJJfJGo
>>591
スレ違い、二度とくんなハゲ

戦国最強の信長軍団スレ
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1150140141/l50

593 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 21:18:54 ID:HB072HsB
金山じゃなくて、絹の生産を基幹産業にしていれば、
聯合艦隊だって実現できたのに・・・

594 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 21:37:06 ID:S9+B9pqn
絹の生産技術は戦国時代に整ってません、思いつきで物を言うなこの低脳

595 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 21:44:03 ID:3U/9Lx6x
そうだ!絹の生産技術は文禄慶長の侵略によって朝鮮より簒奪したニダ!!!

596 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 23:27:46 ID:lSUOJ4vg
>>589
信長にも敗戦はある
ってんなら問題なく同意だけど、
トータルすれば敗戦の方が多い
ってのは何を根拠に言っているのか?

597 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 00:57:03 ID:SG9XzEl3
>>596
いいからよそで聞けよ

戦国最強の信長軍団スレ
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1150140141/l50

598 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 01:03:26 ID:TT2/aH4i
信玄西上の頃が最後のチャンスだったと思う。

あと、いくら雪で遮断されるとはいえ、信長を討てる(かもしれない)機会を
みすみす逃してしまう朝倉はトロい気が・・・・。信玄が文句いうのも道理な気がする

599 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 03:29:16 ID:QQicupVS
何をいまさら

600 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 03:38:59 ID:J5W4I3Xa
でも当時の越前は雪が降ると武将でも凍死者が出る過酷さだから、
撤退は当然なのでは。
それに武田が織田を倒しても、武田が織田に代わるだけだしね。

信玄が養生にもっと気を遣うとか……それくらいしか思いつかない。

601 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 06:27:18 ID:3WLHm9/i
まぁどのみち滅びる運命なんだよ

602 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 06:32:54 ID:aPYhys4R
>>598
信玄西上の時に朝倉が撤退したのは信玄が遅れたのが原因じゃないか
むしろ皆が信玄に文句を言いたいだろ

603 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 06:52:40 ID:ubIpKyX6
>>600
長年、長尾カンチ君と川中島付近を巡り、意地の張り合いをしてるからだべさ

604 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 11:47:53 ID:/OO1V1lL
信長が上杉を通じて朝倉に金を送って撤退させたんだよ

605 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 12:46:32 ID:rVi2TzoL
証拠は?君の脳内ソースじゃ話にならんよ。

606 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 14:01:40 ID:ubIpKyX6
この手の輩は脳内ソースが多いよな

607 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 15:30:47 ID:TT2/aH4i
とにかく、信玄があそこで死んじまったのが不味かったんだろ。


608 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 21:07:14 ID:k9us9wM1
死ななくても領土が少し増えかも?程度のような気がする。
甲陽軍艦に「うはwww徳川領地略奪しまくりんぐwwwwwww」
とか書かれているし。上洛目的だったとかあり得なさそう。

609 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 21:54:30 ID:p+erPneA
>>608
その程度の領土拡張なら、そこまで事前に用意周到なことはしないだろう。
結構、行けるだけいく気だったのでは?

610 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 22:56:29 ID:s8hd3fCk
上洛できれば御の字
できなくてもとりあえず食えるだけ食っておくか

611 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 23:34:15 ID:8nBqEqP1
取りあえず、上杉倒せば滅亡以外の道もあったんじゃね?

612 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/05(火) 23:39:35 ID:Gb4qYLBD
武田が春日山城を落とすのは無理っぽいし
越後を攻略してもあそこの領民が上杉ファンで
上杉との領地替えで越後に入ったヤツは大変だったらしいぞ

613 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 00:49:42 ID:ZYJK1vIa
上洛目指していたら、出発はもっと早かっただろうね。

614 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 14:50:00 ID:GXAf8SFP
あの信玄の上洛のタイミングは、正解だったのかね?
本人は当然、寿命なんて判らないわけだから

615 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 17:21:04 ID:sXODDHnf
逆に病気だから急いだっていうのもあると思う
本願寺からも再三急かされてるし
実際には準備不足で長期戦には耐えられなかったと思う

616 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 17:23:31 ID:kFqhkHzW
新田次郎の小説に出てくる武田勝頼って本当に愚か者だよね
なんで、あんなに優柔不断で政治力0で赤子のように無能なわけ?
他の小説と読み比べてみたいのだが、良い本は無いでしょうか?

617 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 17:52:59 ID:lRUwF3JR
>>616
基本的に勝頼は「勇猛だが短気で短慮」みたいな書き方されてる。
PHP文庫なら多少はよく書かれるだろうが、PHPでいい小説となると
期待薄。

618 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 18:07:44 ID:kFqhkHzW
いや、短気で短慮で一向に構わないんだが
なんで短気だったら家督を継ぐと同時に穴山梅雪を無礼討ちでバッサリやらないわけ?
それが一番、腹立たしい。
信長だったら容赦せずにバッサリやってるはずだ。

619 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 18:29:04 ID:Zf6SE/Ql
馬鹿の勝頼は信長じゃない

620 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 18:40:28 ID:2FGFBmFK
やはり今川進攻が大きいじゃあるまいか?三国同盟破綻で敵増えたしね

621 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 19:13:27 ID:OenxZSrp
>>617
俺はそういうPHP文庫が大好き。

622 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 19:14:13 ID:OenxZSrp
余計なセリフだとか少なくて丁度良い。

623 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 19:40:06 ID:Zf6SE/Ql
義信様が生きていればこんな事には・・・・・・

624 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 20:28:01 ID:1D+vmI0e
しかし今川侵攻以外に武田の伸びる余地はないだろうな。

625 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 21:54:59 ID:vBVTr/JW
まぁ侵攻してもたぶん勝てないだろうけどな

626 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 00:17:01 ID:yffr2aSC
国力的には、今川>北条>>>武田だからね
三国同盟だって元々は今川と北条の不戦同盟に
仲介者として武田が入ってる感じだし

627 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 00:21:42 ID:kJYkuOYE
@上杉との早期決着
三国同盟維持しつつ信長が美濃を落とすよりさきに上杉を滅亡させて他国に圧倒的な差をつけないと厳しい。
上杉を関東から追い出したところで今川へ侵攻したけど、今川侵攻を取りやめ、
北条・神保・一向宗・本庄と連携して上杉を追い詰める。
リスクを恐れず川中島級の決戦を再度試みて完勝しないと上杉を滅ぼすのは厳しそうだけど。
川中島以降決戦を避けてたから領土拡張速度が鈍ってる。 

A美濃侵攻
三国同盟を維持し、氏真に家康、氏康に謙信を牽制させて織田より先に美濃へでる。
謙信は信濃より関東重視だし、これなら現実的では?




628 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 00:29:22 ID:Fe/0zsg3
今川が滅んだ時点で終わっている

629 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 00:50:18 ID:82/hOuo5
信虎追放の時点で武田の運命は決定。
信長に先んじる絶対封建君主をクーデターで追放。後釜は神輿は立派だが一族・宿老ら重臣による合議制では…

630 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 02:18:24 ID:gfnOwL0G
まあ武田信玄という人間が生まれた土壌から
自ずと限界は見えてたな。
その限界近くまで持ってきた信玄はさすがだが
遥かに豊かな地を有する北条や織田らに比べると見劣りする。
個人的に後継者の勝頼は有能な人間だったと思うが
もはや武田には伸びしろが全く無かった。


631 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 06:41:58 ID:CR1VQoPk
>>618
いくら小説とは言え流石に史実でしてないことをしたことにするのは難しいだろ。

632 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 07:42:01 ID:TGTvX9lL
勝頼はよくやったよ。勝頼が愚か者のレッテルを貼られるのは徳川の工作だろう。
むしろ、勝頼を諏訪から戻して、きっちり武田家を継がせなかった信玄が問題。

諏訪が当主に座ってしまったら、勝頼にとっての側近重臣は諏訪地方の人間になってしまう。
それを甲斐の譜代が面白いわけがない。
勝頼を諏訪の権力構造から引き離さなかった信玄の責任は大きい。

633 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 08:29:03 ID:ffQtKXXn
>>631
いや、小説にはそんなん関係ないやろが

634 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 09:11:42 ID:cb+i25Da
>>626
国力的に今川が上なら北條を駿河から追い出してるよ

635 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 17:14:46 ID:KxYoW8cz
>>634
その短絡的でゲーム的な発想なら
信長が今川なんぞ倒せるわけがないのだが

636 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 17:19:17 ID:ffQtKXXn
信長の野望レベルで物を考える方は書き込まないで下さい

637 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 22:13:53 ID:t44Vo8K6
まあ信玄は国力5分の1の長野業正にも一度も勝てなかった男だから仕方ない

638 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 22:46:45 ID:KxYoW8cz
真田相手に何度も惨敗した徳川は
真田の何十倍の国力だ?って感じだな

639 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 22:55:20 ID:IkdIs8k2
攻めきれなかったのは事実だし、真田が戦上手なのは否定しないが、
惨敗という惨敗はないだろ。
なによりも家康自ら主力を率いて、真田攻略を掲げて失敗した訳ではないんだから。

640 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 23:18:37 ID:KxYoW8cz
>>639
流れ嫁
流れを読まずに1つの発言にレスすんな

641 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 23:36:58 ID:uwNFrnhx
とりあえず武田じゃ美濃に尾張経由以外で攻め込むのは不可能
それと、信玄は戦争下手 長野にも村上にも上杉にも負けてるからな
戦略は少しはマシかと思いきや最後は敵だらけ もうどうしようもねー

642 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 00:13:07 ID:dQT4TxIa
諏訪に精密機械の工場を誘致汁。

643 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 04:56:14 ID:3baIF0Ob
つうか、松姫が信忠の嫡男産めば良かったんじゃね?
もちろんその為には反織田ではなくなる必要があるわけだが、
織田の跡目が武田の血筋になるわけだから悪くないと思う。
名門のプライドが邪魔するかもしれんがね。

644 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 07:22:08 ID:oYyXryYP
>>643
それをするには信玄晩年の外交を改めないと

645 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 10:20:05 ID:WKB4Qpkm
>>641
どうしようもないな。お前みたいな馬鹿は。
そもそもあの時代の城攻めの難しさをわかってないし
信玄の敗北なんて長野、村上以外ほとんど無い。


646 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 10:30:31 ID:FNJ95IG3
知恵遅れの相手をすんな

647 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 17:15:56 ID:RNpf2AXd
信玄は弱い奴には強いもんな

648 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 06:39:28 ID:pBkQz1ny
まぁ、けどやっぱそこらへんが信玄の限界だよなぁ
政治、外交、戦略、戦術どれも一流だけど超一流には届かない

649 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 08:52:08 ID:cnrL8ypv
>>618
武田家で重きをなしている穴山梅雪をたいした理由もなく無礼打ちなんかにしたら
間違いなく家臣の心が離れ、家中が動揺・混乱して武田家滅亡が早まりそうだが?

君は武田滅亡寸前に穴山が裏切った事からそんな事を言っているのだろうが、
そんな事は予想されてなかったし、
そもそも穴山が裏切ったのは状況的にどうしようもないと判断し、
武田の血脈を残すために織田にくだったという見方もある。

650 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 08:55:38 ID:cnrL8ypv
>>638
たいして負けてないよ。
第一次上田城 家康は出陣してない。
第二次上田城 実はたいして戦闘はなく、秀忠地産も準備不測と悪天候が主なもの。
大阪城 確かに幸村は徳川に一泡吹かせたが、負けは負け。

651 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 09:35:31 ID:cnrL8ypv
>>649の続きなんだが、
武田の滅亡寸前にしかたなく裏切った連中を元凶にしても仕方ないと思う。
そもそも武田家に重きをなした穴山梅雪、武威を誇った小山田信茂がいたからこそ、武田はあれだけ持ったともいえるわけで、
戦国ゲームみたいに重要武将を追放して、すぐに後任の武将をあてがうなんて無理。

ちなみに穴山は武田西上戦でも犀ヶ崖から奇襲する徳川兵を鉄砲隊で追い払ったり、
長篠の戦いでも、一説、鉄砲隊で勝頼の退却を援護して退却成功させたといった話しもあり。
彼は文武両面で武田家の功労者なんだけどね。
あんまり善玉・悪玉をはっきりしすぎるような俗書を信じないほうがいい。
そもそも、武田が天目山に落ち延びようとしたとき、
ほとんどの武将は「自分の領地を守る」という名目で勝頼一行を見捨てた。
木曽、小山田、穴山だけを攻めるのは筋違いと思われ。

あと、ほとんどの武将が勝頼一行を見捨てる中、
俗書などで奸臣扱いされている跡部が天目山で勝頼と共に果て
長坂も天目山のほんのちょっと手前までついていったとか。
イメージってあてにならんね。

652 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 10:45:08 ID:Yhbl1A9r
ID:cnrL8ypv

653 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 13:04:44 ID:pBkQz1ny
逆に言えば、織田侵攻の際の武田家の状況が重臣の離反を招くほど悪化してただけ
今更、江戸時代の武士倫理を〜云々とか言う気はないけど離反者が出るのは仕方がなかったと思う
>>651が言うように木曽、小山田、穴山だけを攻めるのは筋違いだよ
むしろ、攻められるべきは逍遙軒じゃね?

654 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 13:11:51 ID:/UNWZ+oC
=ID:pBkQz1ny

655 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 13:12:53 ID:y7bmdE9a
逍遥軒は論外

656 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 14:45:41 ID:82rh0RxT
穴山や木曽の離反なんて、ただの末期症状の一つだよね。
自領も独自で家臣もいるんだから、
共倒れするより存続の道を選ぶのが妥当な道だろうね。

657 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 15:51:48 ID:pBkQz1ny
>>656
どこの家でも滅ぶときは同じように雪崩式に離反者が出るものだからね

658 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 16:39:04 ID:y7bmdE9a
小山田の裏切りは許せん

659 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 16:49:18 ID:pBkQz1ny
>>658
ありゃ、確かに悪辣だけど寝返るタイミングとしてはホントに最後
それまで裏切るか裏切るまいかの葛藤があったんだろう
結局裏切っても助からなかったがな〜
まぁ、元々小山田が武田にくっついて滅亡する責任はないからな
あの時代に縁戚なんて都合悪くなるとポイだよ

660 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 16:59:51 ID:ubh9fMkw
後の家康の頑張りを見れば
穴山が裏切らなければ新府城である程度粘ることも出来ただろうか?

661 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 17:50:34 ID:kDs3UWBr
小山田は家臣ではなく同盟国、穴山も家臣というよりは親類
木曽は話し合いで最後のほうで家臣団に入った外様中の外様

662 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 19:48:28 ID:y7bmdE9a
逍遥軒は大島城から逃げたんだっけか?

663 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 20:06:58 ID:pBkQz1ny
>>662
逃亡→信忠軍に捕縛→処刑
せめて城に拠って討ち死してりゃ、随分後世の評価も代わったろうに

話変わるけど信繁の息子の信豊(だっけ?)が家臣に謀殺された背景ってどんなの?

664 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 20:27:08 ID:y7bmdE9a
>>663
なるほど
サンクス!さすが逍遥軒はしょぼいな

武将としてはたいした実績もないが、最後の一戦で評価をあげた人

それって仁科五郎やんw

665 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 04:16:56 ID:j+mWIgmj
信玄死去を境に配下も2代目に移るべきだったんじゃね。
内藤昌月、高坂昌澄、馬場昌房、山県昌次・・と。いくら山県昌景、馬場信春らが有能でも主君と折り合いが悪いなら最悪。


666 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 09:50:39 ID:1M9vaAod
>>267
亀レスだが、信玄堤は有名なくせに信玄が作らせたという当時の記録がないので信玄の治績にしていいか怪しいものなわけだが

667 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 09:59:52 ID:9s0cu97f
つか間違いなく「いい奴」ではないよなw


668 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 10:06:59 ID:ynoK0V+l
仮に信玄堤が信玄の業績でも
それはあくまで収穫を守るためのものだが。
それを領民に対する仁愛みたいな話しされてもねえ。

669 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 11:05:11 ID:vz0ZHFPK
信玄って一度占領地の人間を意味不明に虐殺したことあるしな、3千人くらい

670 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 11:50:18 ID:hRcGVNqC
佐久郡でだっけ? うろ覚えだが。
北信濃の豪族を反武田で結束させた決定的な作戦。

671 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 12:23:57 ID://40uG+P
若い頃は血気盛んなアホだからな

さすが、馬鹿の勝頼のパパ

672 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 14:14:49 ID:3YWElOm2
★いたずら:甲斐善光寺で墓石など倒される 他の5寺でも−−甲府 /山梨

 9日午前7時45分ごろ、甲府市善光寺の甲斐善光寺で、墓石や灯ろう、地蔵の計11個が
倒されているのを寺の職員が見つけ、甲府署に通報した。先月末から東光寺、法泉寺など
市北部の四つの寺と甲州市の恵林寺でも何者かに墓石が倒された。六つの寺は夜間も墓地
の立ち入りは自由で、悪質ないたずらとみられる。関連は不明。

 甲斐善光寺では、9日未明に警備員が見回った際には異状はなかった。墓石は高さ
約50〜70センチで、墓地の入り口近くの墓石が飛び飛びに倒されていた。家の名前などが
刻まれた墓石は台の上に乗せ簡単に接着してあるだけのものもあり、1人で押しても倒れる
こともあるという。藤井明雄住職は「いたずらにしては度が過ぎている」と話す。

 また、同市東光寺の東光寺(更屋秀法住職)では9日午前、檀家(だんか)の墓石13個が
倒されていた。7日午後には同市和田町の法泉寺(田中孝昭住職)で檀家の墓石7個が倒さ
れた。同市内の別の二つの寺でも、8月27日〜今月5日、3個の墓石と2個の灯ろうが倒れて
いるのが見付かった。【吉見裕都、小林悠太】

毎日新聞 2006年9月10日
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/yamanashi/news/20060910ddlk19040293000c.html

武田の残党狩りは現代でも行われているようですw

673 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 19:58:48 ID:jtkgqMcp
どの寺も武田滅亡関連ばかりだな・・・orz

674 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 21:52:50 ID:WGbn4LjZ
>>665
長篠後に強制的に次世代に移行したけどね。
でも滅亡時に内藤、高坂、馬場、山県の跡継ぎは皆殺しにされたけどね

675 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 23:04:03 ID:LsQ2Orzy
信玄は慎重すぎだな。もっと賭けに出ることをしても良かったかもしれない。
まあ名門の家系がそうさせないのかも知れないが。

676 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 23:17:54 ID:G6oZgR+n
>>674
内藤昌月は滝川、北条に使えてるよ。

677 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 23:25:31 ID:ynoK0V+l
>>675
慎重すぎたというより
全てにおいて中途半端だったのが滅亡の原因だが、
川中島を巡って10年以上も争ったり。
織田と婚姻をも含む強い交流を持ちながらも
死の直前に全面的に喧嘩を売ったり・・・・
むしろ最後の西上は慎重どころか大博打すぎた。

678 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 00:18:48 ID:L2+tHf1p
>>666
そうだったんですか?その話、初めてなので詳しくお聞かせねがえないでしょうか。

679 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 02:01:40 ID:HGET73Ky
勝頼も天目山に向かう途中よく落ち武者狩りや野伏にあって命を落とさなかったなと思った
領民は勝頼一向が落ち延びていくのを見てみぬふりしていたのかな

680 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 02:40:43 ID:4Wu99ffB
領民は全焼した新府城の焼け跡から金目の物を持ち出すのに必死だったらしい

681 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 03:05:37 ID:FT3KC51G
ttp://www.amazon.co.jp/k66u30Oe1s84-15O1d%8Aacv84%82f1%96c4Pcf04b08906e%8131S74-%7B39g2c-k63lbb/dp/4121013808
手元にないので詳細な説明はできないんだが、これに棒道のことも説明されているので是非読んでみてくれ

682 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 15:51:41 ID:zyk6dWAn
何の脈絡もなく宣伝されても

683 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 17:47:23 ID:f0bIhSM9
>>677
死の直前以外は信玄ほど慎重な武将も珍しいと思うけど。
川中島で争うとなぜ中途半端になるのかわからない。
外交なんてものは流動的に動くに決まってるし。

684 :681:2006/09/12(火) 19:20:53 ID:FT3KC51G
>>678へのレスだった

685 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 22:04:12 ID:3aexT83/
>>679
いや、ガンガンに落ち武者狩りされてる。土屋が何人も農民切ってる。
最後なんて疲労と空腹で箱に腰掛けたま切り殺されたと最近刀の跡から立証されたそうだよ。

686 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 22:08:28 ID:b24kN/Vu
>>685
ソースは?

687 ::2006/09/13(水) 00:09:38 ID:yw+0gX+/
戦国時代に関わらず、不安定時代は忠義より生き残りが優先されるもの。

配下の家臣豪族達も生き残るためには主家の鞍がえを選んだまで。求心力を無くした武田家が原因であって家臣団は当然の行動をしたまで。

「節操がない」との批判は江戸時代の考え方だね。



688 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 05:54:15 ID:zaEEdbNo
>>687
そんなもう何度も出てることを偉そうに力説されてもな・・・

689 :、で:2006/09/13(水) 10:45:07 ID:yw+0gX+/

然るに、現代においても転職=主家換えは当然のこと。転職は裏切り行為という発想は高度成長期のものだ。

私は今の主家=会社において、軍役=仕事や、バレたらそれこそマスゴミ沙汰になるような裏工作=策略にも手を染めてきた。

社長さん、もうあなたへの忠義はそれなりにやった。苦言を呈す忠臣退けちゃあいかんですよ。不渡り出すのはもう時間の問題だね?あなたのワンマンの結果ですから。

自分もここらで離反させてもらいますよ。お世話になりました。


690 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 11:01:40 ID:fP9Eb479
転職して同等かそれ以下の所に移ってるようじゃ意味ねーぞ。
いい年こいて転職してくるのはカスみたいのしかいないし。

691 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 11:35:55 ID:zaEEdbNo
>>690
ヒント:裏工作=糞藝爪覧

692 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 11:38:28 ID:fP9Eb479
意味分からん。

693 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:23:33 ID:wX18s43i
>>686
自分で調べろアホ

694 :あへ:2006/09/13(水) 22:49:06 ID:yw+0gX+/
みんな、天目山へは行った?
面白半分で行くにはヤバい雰囲気だよ、あの場所。

695 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 22:53:55 ID:QCZICT2E
>>693
ソースなしに書き込むな、ボケカスコラ

696 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 23:07:30 ID:+fBiWZSk
>>694
kwsk

697 :天目山:2006/09/13(水) 23:42:06 ID:yw+0gX+/
>>696もう数年前の話だから記憶違いもあるかもしれないけど……

笹子峠から少し甲府寄りに田野はある。この笹子峠で小山田に銃撃されたんだっけ?

幹線道路から脇に入り進む。信号標識の地名に「千人斬」。既にこれだけでヤバい。岡部正綱が慰霊に建立した景徳院?が現存。
その附近に勝頼の首を洗ったとされる首洗い池や、婦女子が身投げした谷が有り。
いわくつきの為か、何か関ケ原のような陰気な土地。戦国ロマンとやらは悲劇と殺し合いなのかと考えてしまうような、戦国の闇の面がモロに現れてる。

……て印象だった。
近くに見事な桜の木と、秘湯天目山田野温泉があるよ。


698 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 01:28:50 ID:Hnp2uf9E
景徳院には歴史好き関係なく観光客もよく足を運ぶし
ヤバイ雰囲気なんて感じなかったけど?
ただ、ここで悲惨な殺戮が・・・とか想像したり、噂に踊らされたり
気候や天気などで不気味さを感じることはあるだろう。
山中の寺だしね。

だいたい、ほとんどの古戦場跡につきものだよな、霊話は。

戦国の古戦場・・・といったら何か出る!
みたいな単純な思考の霊スポットマニアがそういう気でいくと、
都合よく何かを感じるんじゃないの。

699 :696:2006/09/14(木) 01:44:27 ID:4E7AMYEq
>>697
サンクス

700 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 06:07:15 ID:9QtN9CXH
桜の木は人の命を吸うって言われてるな

701 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 08:23:01 ID:8grreMWx
>>691
肥社員なら良いところに転職できるかもな

702 :武田家滅亡を防ぐには?:2006/09/15(金) 00:23:28 ID:mwlFaJ6n
無理だろ。あれだけ敵造っちゃ。

上杉跡継ぎ問題ではギリギリの選択だったとは思うけど。北条に味方すると上杉領は北条の分国化してしまうから、北条勢力圏がでかくなりすぎてしまうし。
上杉と和睦後、北条には「佐竹の仲介によるもの」と釈明しているが、そこで北条の怒りを抑えられなかった。

北条討伐に活路を見いだし関東諸勢力と包囲網築くも、北条の外交力は織田・徳川を加えた逆包囲網を造ってしまった。この外交戦に敗北し、軍事侵攻で手間取った事で運命は決まったのかもしれない。

この頃の勝頼はなんと信長に贈答品を送ったりしてるそうで、生き残りになりふりかまわぬ様子が伺える。しかし、最早信長がそれでどうにかなるはずがなかった。


北条の怒りをなだめるか初めから味方するかして、甲越相同盟を結び兵力を西に集中する以外武田の生き残る道はなかったと思う。

703 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 03:51:28 ID:voWTviyN
>上杉と和睦後、北条には「佐竹の仲介によるもの」と釈明しているが、そこで北条の怒りを抑えられなかった。

いや、怒りだけではなく打算も大きかったろう。
この時点で北条が武田に見方する理由なんてない。
景色虎死亡の件で怒り狂ったフリして、
織田・徳川側に回れば体裁も立つ。

704 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 05:37:12 ID:ZEZGDvp5
たしかに上杉-北条と盟国になればいちおうは後顧の憂いはないが
そんな信用出来る相手じゃない。
まあ上杉が北条に従属化したかは疑わしいけどな。
いずれにしても勝頼はもう無理だろ。
信玄死んで信長が包囲網を一気に突破したから
西に全力投球しても国力に差がつきすぎた。
可能性あるなら信玄死亡直後から三河攻略した場合だな。

705 :703:2006/09/15(金) 06:44:36 ID:voWTviyN
まず誤字修正

>上杉と和睦後、北条には「佐竹の仲介によるもの」と釈明しているが、そこで北条の怒りを抑えられなかった。

いや、怒りだけではなく打算も大きかったろう。
この時点で北条が武田に味方する理由なんてない。
景虎死亡の件で怒り狂ったフリして、
織田・徳川側に回れば体裁も立つ。

それと追加文だが、
まず景虎は氏政の従兄弟説や腹違いの弟説もあって
そんなには氏政に愛情があったとも思えない。
実際、御館の乱の時も北条軍はさっさと撤退してしまい本気で景虎を
助けようとしたとも思えなかった。

それと北条・武田同盟は信玄が氏政を恫喝して結んだもので(氏康が死の食膳に締結したというのは俗説)、
北条側にそんなに義理はなかったと思われ。
それよりも北条は打算で動くと思うよ。

706 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 08:51:21 ID:klf8JGfl














707 :滅亡を防ぐには?:2006/09/15(金) 10:02:48 ID:mwlFaJ6n
養子戦略は主に東北の大名に多くみられたが、成功すれば蘆名と二階堂や佐竹のように一体化や強固な同盟化もできるわけで、上杉問題の進捗次第では勝頼に相当な脅威になった。

上杉重臣でも景虎派は多くいたわけだし、その危険性は充分あっただろう(北条の上杉家臣への調略もあったかも)。

オレが勝頼ならどちらを選ぶだろう。どちらを選んでも、危機的状況に変わりはなかったと思う。
何より誤算だったのは、北条が織田を頼った事かも。北条包囲網が逆効果になってしまった。北条を速攻で撃滅できればまだ良かったが、それも出来なかった。

そう考えていくと、武田家滅亡の最大の原因は敵を造りすぎた信玄といえる。


708 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 15:33:01 ID:7fgo7SW3
景勝も、竹俣・水原・松本氏らを信濃に派遣してるんだが
肝心の斎藤朝信には、出兵拒否されてる
木曽が裏切った状態じゃ、焼け石に水か…

709 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 17:55:37 ID:JMZiYxx5
>>707
景虎に味方しようと敵対しようと、北条はどちらにしても織田と手を結んで
武田は滅亡だと思う。
むしろ景虎に味方していたら武田滅亡時には越後からも攻められるのでは

710 ::2006/09/15(金) 19:46:15 ID:mwlFaJ6n
北条が織田徳川と接近したのは、勝頼がつくった北条包囲網で北条を追い詰めたのが原因。
勝頼の出方次第では織田北条の連携も様変わりしたかもしれない。

北条にとっても関東諸勢力と武田の2正面は避けたかっただろうから、勝頼はそこをうまく利用し、北条を反織田に誘導出来れば少しは生き延びられたかも。
それでも「延命」程度だろうけど。北条にとっては、武田と結んで関東の反抗勢力潰せば武田は用済みだからな。

長篠以降、雑兵で数合わせした武田軍ではいずれ同じ結果だったろうな。

711 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 21:51:20 ID:voWTviyN
そうかねえ。
北条も落ち目の武田よりは
織田・徳川だと思うが。
北条がわざわざ織田・徳川を敵に回して
徳する事があるのか?

712 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 22:14:02 ID:MIfoMHcl
>>雑兵で数合わせした
裸で戦える武田軍だぞ。

713 :マジレス:2006/09/15(金) 22:16:14 ID:mwlFaJ6n
落ち目とはいえ実際武田は北条には戦局有利だった。戸倉城主笠原氏が武田に寝返ってるくらいだ。

そのせいか北条は織田に従属しはじめた。信長公記だかに「関八州御分国に入るの由」との記述があるそうだ。

北条が織田と関係をもつのを何としても阻止する必要があっただろう。そのためには上杉問題でこじれた甲相関係を修復し、織田に対して敵対か中立してもらわねばならない。至難の技だが「延命」には他に方法がなかったと思う。

……が、実際、北条は武田と開戦する前から織田と親密だったのだろうか?


714 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 22:21:09 ID:1bxtUe6K
>>713
北条は信長に「関八州を安堵してくれ」と言っているんだよな
北条はまだ関八州なんか制覇してないのにだよ


715 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 23:30:41 ID:T8ssPOYT
「御縁辺相調え、関八州御分国に参る」だから、ニュアンスが違うと思うが。
「織田傘下に入りますんで、関八州の攻略は任せてちょ」、じゃないか。

716 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 23:52:22 ID:1bxtUe6K
>>715
そうそう
だから「上野とかの関東地方は全部オレの領地になる予定だから
取らないでクレクレ」って言ってるんだよ

717 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 00:02:17 ID:9VJv+/0x
いや、ちょっと違うか
自分の領地でもない土地をまるで自分の領地であるかのように「安堵してくれ」と
信長の傘下に入る条件のようにして言ってるんだよな

718 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 09:32:27 ID:7UbWRnI4
>>618
亀でスマンが
勝頼が優柔不断というよりも 梅雪を筆頭とにして
御親類衆が勝頼を四郎殿と呼び
命令を聞かなかったんじゃなかったケカ?

地元の人間は信玄崇拝がお約束で
勝頼は愚将と決め付けてる人が多い。 
それを否定した勝頼像が描かれてるのが
新田二郎の「武田勝頼」 ではでは?







719 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 10:20:06 ID:9VJv+/0x
>>718
その手の小説だの映画だののレベルで話をすると
映画「影武者」では、勝頼は信玄没後も「諏訪殿」として扱われていたな

720 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 11:07:26 ID:Pk0BOfzW
北条はなぜそんなに関八州にこだわりますか?

721 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 11:16:22 ID:lX5D4IIp
穴山は外交では武田信君で通っていたし、書状での勝頼への呼び方が
信玄の時と違っていたのは事実。
でも筆頭御親類衆として有能な武将だし、長篠でいち早く逃走したというのは俗説。
甲州崩れの際の願文に勝頼を非難する内容があるが、失政続きの勝頼より自分が当主になるべきいうのは少なからずあっただろうね。


722 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 11:39:14 ID:zzobLEaT
>>713
>落ち目とはいえ実際武田は北条には戦局有利だった。戸倉城主笠原氏が武田に寝返ってるくらいだ。
>そのせいか北条は織田に従属しはじめた。信長公記だかに「関八州御分国に入るの由」との記述があるそうだ。
笠原の寝返りは81年だから織田に従属してるのはそれ以前からじゃ。
どっちにしろ関係修復は不可能なんじゃ北条は織田に従属するため武田と敵対したと考える方が自然なんじゃ。
当時は伊達や島津も織田と関係を持ち始めている。


723 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 12:18:01 ID:93SltQDc
徳川・北条の外交は穴山
北信越担当はアホの信豊

724 : 足柄城は夜景がきれいだぞ:2006/09/16(土) 16:22:01 ID:SzztS+eD
ちなみに、武田に寝返った笠原はその後、北条に誅殺されたんだっけか?

笠原っていや北条の重臣の家系なのにな。


725 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 16:57:14 ID:uN4Y7uQt
北条に土下座して許してもらったという説もある

726 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 21:37:39 ID:YI9rsfh4
新田次郎の「武田勝頼」は穴山を悪者にし過ぎていると思う。

長篠の撤退場面はともかく、穴山が武田家の力を弱めるために
新府城の築城を進言したというのはいくら何でも違うだろうと思った。

727 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 21:52:32 ID:RGvvy0WA
新田君で物を語るな

728 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 23:17:58 ID:iY/5QDoq
厳密にいうと、甲斐武田は滅亡したが越後武田は続く。米沢に墓あるし。
問題は長篠の決戦に惨敗した事。これ語らねば・・・・どうしようもないよ

729 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 23:41:46 ID:t3oJbOnN
>>727
激同
新田次郎の創作した小説である「武田信玄」での作中設定を、
色々と話に持ち出すのが疑問。

人物の思想や性格だって、作家それぞれの方向性や昨話術によって
個々多様な描き方をされるものだろう。
信玄を描いた創作のなかで、抜きん出て著名なものだし
大河化もされて流布してるから、例えに出したくなるのだろうが
小説は小説だからね。


730 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 00:49:24 ID:pdoQ8WBa
>>728
安田信清か
後に武田姓にしたんだっけか?

731 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 07:45:33 ID:JGPszQO7
かといって、甲陽軍鑑もまた
あまりにも創作した話が多すぎて信頼出来る資料とは言い難い始末なのですが


732 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 09:14:19 ID:Yli+Zi85
上杉のもちょっとねぇ〜出来すぎ君だね

733 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 10:25:15 ID:qmYM2cIw
自分の目で見て耳で聞いたこと以外は語るなよ

734 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 12:20:26 ID:x4mIkbuR
なら誰も語れない。

735 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 14:28:41 ID:QuF6xbW1
どう考えても長篠で勝つしかないかな。織田との共生の道は信玄が潰した。
絶好の機会で信玄・謙信が死ぬから足利義昭の包囲網はアウトで、新たに包囲網を作るか単独討伐しかない。

もしくは信長暗殺。これ。

736 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 16:17:37 ID:mcO//NFB
>>735
長篠で勝たなくても、奥平の篭る長篠城を落して甲斐に引けばよかったんじゃね?
最悪だったのは長篠合戦後の処理だよな
敗戦の汚名晴らすために、無意味な出兵を繰り返して国人の離反を促す結果になっちまったし

737 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 18:47:41 ID:k6kP0Nic
甲陽軍鑑は「いくさ」が実際の戦闘ではなく単なる学問になった時代の
現実離れした教科書でしかないし
作者は山本勘助の子孫なので
ただの武将である勘助を軍師のように仕立て上げて持ち上げてる

738 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 18:58:15 ID:dFQMGl4E
武田家滅亡の原因はSEXだよ。

信玄は結束を高めるために、積極的に家臣と尻を掘っただろ。
その結果、鉄の結束をもつ家臣団が生まれた。

しかし、勝頼は信玄存命中より、男色にふけることはあまりなかった。
本気で武田家の後を継ぐきだったら、信玄勝頼親子と3Pで、
穴山の穴を掘ったり、
山県の山に掘られたり、
高坂の坂に踏まれたり、
小山田の小山を舐めたり
すればよかったんだよ。。。

739 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 19:46:45 ID:nJI7t9AY
ちょっとだけワロタ

740 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 21:57:23 ID:Y777f9U2
誰が上手いこと言えといった!

741 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 22:33:02 ID:dFQMGl4E
重臣達と尻穴の結束を持つにいたったならば、
長篠の戦でも重臣達と素直な意見交換ができたはず。
結果、長篠の戦で大敗せずに、武田家は生き延びた可能性は高い。


742 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 22:44:56 ID:rLJfRe0t
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1158542675/
http://human5.2ch.net/test/read.cgi/ms/1157592259/
http://human5.2ch.net/test/read.cgi/ms/1158554124/

 ヒョー
       ∧_∧
      (@∀@∩    ヒョー              
       ( ⊃ ノ     ∧_∧
  ヒョー  (_(  /⊃ヽ  (@∀@∩           日帝の家族を分裂させるため、両派に分かれ、
    .∧_∧ し..\\\ ( ⊃ ノ   ,r'⌒  ⌒ヽ、 どんどん書き込め既婚女性板住人ニダ!
   (@∀@∩  \\\\ (_(  /⊃ f ,,r' ̄ ̄ヾ. ヽ. 
    ( ⊃ ノ    \\\\ し´\  ゞ‐=H:=‐fー)r、)
    (_(  /⊃\   \\\\ \\ ゙iー'・・ー' i.トソ
      し´.\\\   \(⌒)      l、 r==i ,; |'
        \\\/⌒⌒  / /ノリ^ー->==__,..-‐ヘ___
          \\|│││ |(/  ノ ハヽ  |_/oヽ__/     /\
         ((.  `┴┴┴゙ \  /    /        /  |.
               \ \ノ y'    /o     O  ,l    |



743 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 15:40:03 ID:mHR6KA/W
age


744 :名有り:2006/09/22(金) 21:00:31 ID:V3RId7vO
本能寺の変のシナリオの武田を選ぶ奴は間違いなくマゾだ!

745 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 21:24:31 ID:cP2RqI6W
このスレ的には結論は武田の滅亡を防ぐ方法はないということで良い
んだよね?
何をやっても結局は信長に滅ぼされるということか

746 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 21:47:46 ID:aFOynOCO
滅亡を防ぐ方法なんかあるのなら史実でやってる、歴史にIfは無い

747 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 23:53:44 ID:S+n8aKNq
漏れは覇王伝で真田でプレイして全国統一したが。

武田から真田に臣下の礼取ってきたテラワロスwwwwwww

748 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 00:54:59 ID:7mcMIyYO
>>745
あるよ。

749 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 01:11:03 ID:oo+jGCa5
「歴史にIfはない」を結論にするヤツはこのスレにいる事自体が間違い

750 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 01:45:00 ID:AhhQdHKp
じゃあ歴史にIFはあるの?w

751 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 02:21:45 ID:hSrTU0X3
無い、IFがあったら歴史じゃない。歴史を定義するときに最初に持ち出されることが
直進する時間の概念だからだ。

752 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 02:41:12 ID:ZyamTvLT
だから歴史にIFはないからって
武田滅亡を防ぐ方法を否定するわけじゃないでしょ

>>746みたいに、滅亡を防ぐ方法があったら史実で
やってるとか言うけど、「あってもそれに気づかなかった」又は
「気づいていたけど事情があって動けなかった」可能性も
考えないと

信玄だって神様じゃないんだから、常にベストの選択を
していたわけじゃないし、歴史の結果を知ってる現在だから
気づくことだって沢山ある

それを踏まえて意見交換するのがこのスレの主旨だと
思うんだが


753 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 05:29:16 ID:TM8y9DPH
ま、「信玄は馬鹿だから敵だらけにして国力疲弊させて死んだ」
みたいな論調の人はどうかと思うけどね。

754 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 08:11:25 ID:/o743/bj
武田の滅亡を防ぐ方法は大きく分けて二つ

1・・信長台頭以前に織田家を滅ぼすor勢力台頭の目を摘む
2・・屈辱を承知で信長に降伏する。本能寺の変後に自立 秀吉か家康の幕僚として
後世に名を残す

755 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 08:19:02 ID:FUMIJnIm
北畠みたく殺されちゃうよー

756 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 08:23:58 ID:p3kKMBAC
武田は滅んでなどいないわ!徳川の時代においても0.1万石の大名として徳川の守護神として活躍をしているわい!
残念だったな織田厨!はっはっは!

757 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 08:25:05 ID:uCuPsW8N
「本能寺の変後」ってのがワロス

758 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 10:01:04 ID:AhhQdHKp
信玄は馬鹿馬鹿いうけど、
ただ少数派がかっこいいとかなんとか思ってるだけでしょ?

759 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 10:04:38 ID:VkhtV3W9
誰がなんと言おうと武田最盛期を築いたのは武田信玄

760 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 10:13:00 ID:/o743/bj
武田最盛期を築いたのは信玄だが武田凋落を運命付けたのも信玄

761 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 10:22:25 ID:VkhtV3W9
織田信長、豊臣秀吉、上杉謙信、北条氏康、今川義元、長宗我部元親、毛利元就、加藤清正・・・
傑物の次代で潰れた、大幅に縮小した大名家。

762 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 10:35:45 ID:l4FfJB8u
>>761
やはり伊達政宗様は別格だね
そこに挙げられた面々より遥かに上だ

763 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 10:38:55 ID:90vOhqNV
>>761
事情はそれぞれ違うし、1代で隆盛した後に縮小したのと累代の勢力が消えるのも違う
その列挙に何の意味があるのかまったくもって意味不明

764 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 10:45:02 ID:HxnzVevS
全部ロクな後継ぎじゃねぇw
信長の息子の信忠は死んでるし、元就の場合自分より先に子供死んでるし(まぁ孫がヘボだったわけだが)
それはそうと 武 田 信 玄 が抜けてますよ 一応朝倉も 三好も入れておけよ

765 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 10:56:04 ID:AhhQdHKp
信長の子供は信忠以外はなんというか……まあ……

766 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 11:04:02 ID:VkhtV3W9
徳川家康の跡継ぎだって大した事無い。前田利家、黒田長政・・・
滅亡を防ぐには死なないことだ。

767 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 13:31:47 ID:7mcMIyYO
IFを起点に武田家をいろいろな視点で
考察するのは史学ではないかな?

768 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 14:09:42 ID:cjgLNoPn
勝頼に政略がなさすぎたからだ!

769 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 14:12:18 ID:cjgLNoPn
武田家滅亡の原因は勝頼の
政略・知略のなさが原因だよ


770 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 14:30:03 ID:mWQw5FmY
勝つより他になし

771 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 14:36:37 ID:XABSPg8p
勝頼ではなく義信が跡を継いでいたら武田家はどうなっていただろう?

772 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 14:39:17 ID:cjgLNoPn
武田義信がもっと有能な息子なら
武田家変わってたかも

773 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 16:39:07 ID:xBGhaKgy
勝頼自身がどうこうというのもあるが見捨てた家臣や領民にも問題があるんじゃね?
例えば上杉景勝は御館の乱や信長軍侵攻で同じ様に四面楚歌になったわけだけれども景勝の直臣は最後まで景勝を見捨てなかったじゃん。
その小さな抵抗が良い意味で時間稼ぎとなって窮地から脱する事ができたわけでさ。
その勝頼を見捨てた家臣や領民の子孫が現代の武田関連の祭りで勝頼公まんせーとか言ってるのを見ると正直抵抗を感じるな。
それとも、そういうのって山梨の県民性みたいなもんなのか?

774 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 17:51:14 ID:TJjENti4
>>773
上杉の場合、簡単に降れない事情もあるから
御館の乱では、百年来の仇敵が相手陣営にいるとか
織田家の時は、先に降った越中・能登の連中が大量粛清されたとか
見捨てなかったというより、他に選択肢がなかったんだと思うよ

775 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 18:17:47 ID:woPbbrCF
>>756
江戸期の場合、
禄高が1万石以上で「大名」
それ以下は「旗本」

776 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 19:04:13 ID:p3kKMBAC
☆偉大なる武田家の系譜

【偉大なる信玄の弟達】
武田信繁・・・信玄の采配ミスで討ち死に。
武田信友・・・織田信長によって処刑される。
武田信廉・・・戦わずして城を捨てて逃げるが織田信長に捕まり処刑される。
一条信龍・・・上野で徳川軍に大敗。捕らえられて親子共々処刑される。
武田信実・・・長篠の戦いで松平伊忠に討ち取られる。
松尾信是・・・目立った功績もなく病死

【高貴なる息子達】
武田義信・・・嫡男。謀反が発覚。東光寺に幽閉され殺害される
海野信親・・・二男。生まれつきの盲目で僧となる。勝頼と供に自害
武田信之・・・三男。生まれつきの病弱で十歳の若さで病死
武田勝頼・・・四男。長篠の戦いで優秀な重臣達を皆殺しにさせ、十倍もの軍を擁しまがら鳥居峠で
       寡兵の木曾義昌に大敗。織田の本格的進行からたった二ヶ月で武田家を滅亡へ追いやる
仁科盛信・・・五男。名城高遠城を信忠に1日で陥落され自害
葛山信貞・・・六男。織田信長によって善光寺で処刑される
武田信清・・・七男。武田家滅亡後、景勝側室甲斐御前を頼って落ちのび上杉家の家臣となる

【誠実なる一門衆】
木曽義昌・・・義理の息子。武田家を裏切り勝頼を破り武田家を滅亡へと追いやる
穴山信君・・・義理の息子。武田家を裏切り勝頼を見捨て降伏。
勝沼信元・・・従兄弟。謀反の疑いで処刑

【優秀なる武田一族】
武田信勝・・・武田勝頼の嫡男。天目山で討ち取られる。
一条信就・・・一条信龍の嫡男。上野で徳川軍に大敗。親父と供に処刑
武田信俊・・・武田信実の子。滅亡後も生き残り1600石の旗本となる
武田信堯・・・武田信友の子。信長によって処刑
望月信頼・・・武田信繁の長男。目立った功績もなく地味に死亡
武田信豊・・・武田信繁の二男。部下の下曾根覚雲斎に裏切られ死亡
望月信永・・・武田信繁の三男。長篠で無残に討ち死に
武田信道・・・海野信親の子。滅亡時に出家。命だけは助かる

777 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 16:48:53 ID:D37tPeOb
3男信之の最後については異説もある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E7%94%B0%E4%BF%A1%E4%B9%8B

778 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 17:09:05 ID:t/mBgtOG
>>776
プッ、お子ちゃま発見

779 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 18:15:53 ID:ayk8bZTU
コピペだろうけどまあ面白かった。
ただこの異様なまでの武田への憎しみは…。

780 :下曽根覚雲斎は佐久衆の子孫か?:2006/09/24(日) 22:01:46 ID:ARBKJrMt
一条信龍父子の「上野で徳川軍に大敗」てどういう経緯?
詳細キボンヌ

781 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 22:29:52 ID:lwpOzLOQ
>>777
ないから

782 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 23:26:33 ID:x5qvfPqL
一条信龍は病死してた説もあるけどな

783 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 23:34:45 ID:HCNJEqJB
>>782
あるから

784 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 23:53:56 ID:dNU3TE7I
木曽は信玄の時代に脅迫に近い状態で縁戚関係になってるから
裏切って当然だと思うんだけど

785 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 00:14:45 ID:WMzpA2Iz
>>784
怨みは怖いからなぁ

786 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 02:02:54 ID:fLD+xXzv
>>781
一応上総武田関連の書籍は全部そうなっている。
越相同盟締結後に直ちに里見と武田の同盟が成立したのは武田豊信が信玄の息子だったからと普通に千葉の郷土史書には記述されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E7%94%B0%E6%B0%8F#.E4.B8.8A.E7.B7.8F.E6.AD.A6.E7.94.B0.E6.B0.8F

http://www2.harimaya.com/sengoku/html/k_take_k.html

http://www.h2.dion.ne.jp/~ezawa/takedaKZ.html

787 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 02:10:46 ID:WMzpA2Iz
>>786
それが根拠になる訳ねぇだろ

788 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 02:12:51 ID:48CoNqwr
だから「一応」ってつけてるんでないの?


789 :786:2006/09/25(月) 02:55:56 ID:fLD+xXzv
>>787
文句はそれこそ地元(上総武田氏の研究している)の郷土史関係者に言ってくれ。
こっちは現実問題として向こうではそういう記述が行われて出版されているという事実を指摘しただけ。

790 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 03:16:14 ID:WMzpA2Iz
>>789
だから、だったらそんなもんを張り付けるなと言う事だ

791 :786:2006/09/25(月) 03:20:08 ID:fLD+xXzv
>>790
むしろそっちの粘着振りの方がドン引きだが。

792 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 03:25:08 ID:ZCyWvy73
傍から見てもID:WMzpA2Izはおかしいと思うぞ。
否定したくてしょうがないんだろ。

793 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 03:34:38 ID:WMzpA2Iz
ID変えたのかw

794 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 03:41:48 ID:48CoNqwr
いや、否定するならなぜ否定するのか説明しないと話にならないよ。


795 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 03:43:15 ID:WMzpA2Iz
はい?
根本的に根拠がない物をソースにする奴は問題ないのか?

話はそこからだろう

796 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 03:46:45 ID:48CoNqwr
>>795
ちゃんと資料を読んだ上で否定してる?

797 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 04:07:56 ID:ad5F6n2v
皆から叩かれてもガンバル>>795ワロスwwww

798 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 07:33:14 ID:ZCyWvy73
>>795
根拠が無いものをソースって。ただの雑談のこんな話もありますよ〜ってだけだろ。
頭おかしいなこいつ。

799 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 20:03:18 ID:UpGM3zBF
スーパーピエロ発言

793 :名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] :2006/09/25(月) 03:34:38 ID:WMzpA2Iz
ID変えたのかw

800 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 21:55:53 ID:U3nDHS4+
まぁどっちにしてもスレの主旨に全然関係無いけどね

801 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 00:11:08 ID:Y5ZPjtHz
まあ、上総武田側の伝承を肯定するにしても否定するにしても、同氏が秀吉の関東平定で滅んでしまったのでは武田氏の滅亡回避とは言えないから、スレ的に大した問題じゃないんだけどね。

802 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 07:04:01 ID:DxTcHQGu
そんな下らない事に熱くなるなよ、ぼうや達

803 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 09:10:28 ID:xm1JvbDB
熱くなってんのは>>787だろ。
冷静にレスすりゃいいのに何を怒ってんのか意味わからん。

804 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 10:06:34 ID:GQ/vkAAF
実際に見ても聞いてもないのに偉そうにしゃべるな、チンカス
夜はマスかいたらさっさと寝ろ

805 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 12:46:16 ID:DxTcHQGu
>>803
そいつ以外にも熱くなってたのがいるからこーなるんだろw

806 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 18:28:23 ID:pYLhutor
必死な奴を見るとこっちも必死になっちゃうよな

807 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/26(火) 20:20:59 ID:xm1JvbDB
>>805
そうでもない。


808 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 01:31:09 ID:UoPeMVT7
いつまでも釣られてろ

809 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 01:04:31 ID:H5akvafc
歴史は、常に勝者が作ってきたからな。

 本当のことかどうかはわからないし。

810 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 13:52:30 ID:Sux++sE+
結局、滅亡回避にはどうすればいいのよ?

811 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 14:19:11 ID:yUwIBNGI
信玄が長生きする

812 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 19:42:29 ID:Hxrr4N8g
信玄が早死にする

813 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 19:51:55 ID:u5vBWbSY
>>811
最低でも三方が原後に家康滅ぼすまでは
寿命が欲しい
>>812
義信廃嫡前に死んでいれば案外義信中心に
家臣団がまとまった?

814 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 21:33:33 ID:zjFTpWZM
家康を滅ぼすってどのくらいかかるのかな?
簡単には無理じゃね?

815 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 22:20:19 ID:niRHBcdz
三国同盟が失敗だった
今川のみにする
信濃はほっとくか諏訪湖か松本周辺までにして
関東に乱入
北条と敵対していた勢力を集めて武蔵をとる
信長が岐阜をとるまでに関東平定して今川を従属させて決戦かな

816 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/30(土) 23:57:06 ID:O7LSNEgK
勝頼は信玄の死後、長篠の戦いまでは着実に領土を広げ、
信玄が遂に落とせなかった遠江の要所高天神城を調略で落とし、
信玄では遂にかなわなかった信長との直接対決を挑むとこまで来た。
長篠の合戦での敗北後勝頼は戦場での鉄砲のあり方を学び
積極的に軍備再編を行い鉄砲を取り入れていったという。
信長にとっては戦術家、統治家としては優れていたが戦略的視点から見れば
ただの山国の一領主の器にすぎない信玄よりも
戦略に優れた勝頼の方が脅威だったのではないだろうか?
実際に信長は勝頼が高天神城を調略で落とした時、家康宛に当てた
「勝頼は人の裏表をよく知っている。油断ならぬ相手だ。」
という内容の手紙が残っているそうだ。信長、家康は勝頼を恐れていた。
強敵だからこそ長篠の合戦での勝利の後も直接対決を避け7年もの間
上杉跡目争いの時、調略や信濃侵攻で北条養子援護の兵を引かせ北条と
不仲になるように仕向け、高天神城の降伏を断固拒否し続け勝頼が
城兵達を見殺しにしたように吹聴し、徹底的に勝頼の評判を下げて
内紛を起こさせてから滅ぼしてる。勝頼が今でも過小評価されてるのは
この信長家康の徹底的な評価下げ調略の名残で勝頼は有能な人物だと思う。



817 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 03:33:49 ID:K0AiR8gk
>>813
三方ヶ原当時、信長の圧力から足利義昭を救うのが緊急課題だったわけだが

818 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 03:44:25 ID:5caLaknf
土日はアホばっかりw

819 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 10:09:58 ID:ClwIUW9r
>>815
上杉に圧迫され北条に潰されて終了でござい

820 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 10:39:15 ID:mEfdo24w
>>817
義昭には「上洛するため、当面の敵徳川を
叩いております」程度に返事しておけば
いいんでないの

個人的には信長に足利幕府潰してもらった
ほうが、信玄にいろんな大義名分ができて
好都合な気もするけど

821 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 12:20:31 ID:7H7MsorE
朝廷の重職に就いてる信長が将軍を追放して幕府を潰しても
信長を討伐する大義名分など発生しないのですが

822 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 13:42:08 ID:y2EKLiPS
逆賊たる織田弾正忠による専横から天皇をお救いし、政道を正統たる足利将軍家にもどす。

要は勝てば官軍

823 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 16:42:25 ID:mEfdo24w
>>821
本能寺の変が秀吉にとってチャンスだったように
義昭追放は信玄にとってチャンスじゃん

史実では信玄が死んで包囲網に隙ができたことで信長に追放の
機会を与えてしまったけど、当の信玄が生きている
状態で義昭が追放されれば、信玄がこれに取って代わる
名分ができ、旧体制もこぞって味方につくでしょ

824 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 17:17:39 ID:7H7MsorE
>>823
ほんとアホだなw
義昭が追放されれば信玄が上洛する理由がなくなるんだよ
大軍をもって京に攻め上って来るただの基地外でしかない
だから信長は朝廷から信玄討伐命令をもらえばいい

825 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 18:01:25 ID:DpIQC5WR
織田を討った後、征夷大将軍に再任してもらえばいいことだろw
朝廷が討伐命令を出すって?クソワラタ

826 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 18:10:25 ID:WIK8HKxK
じゃあ甲斐から出ずにずっと引きこもり、

827 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 18:33:17 ID:ClwIUW9r
>>824
大義名分なんてものはいくらでも作れるんだよ。
それくらい考えてからレスした方がいい。

828 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 18:36:57 ID:NxQ2dg2b
例えばどんな大義名分?

829 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 19:50:51 ID:mEfdo24w
>>824
じゃあ何で信長は信玄存命中に義昭追放しなかったの?
追放して信玄の上洛する大義名分がなくなってくれれば
信長にとって好都合じゃん

それをしなかったのは信玄にだけは大義名分を与えたく
なかったからだと気づかないのかな

830 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 20:00:42 ID:RwhmMR5Y

ID:mEfdo24wは釣りだと気づかないのかな

831 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 20:54:16 ID:mEfdo24w
都合が悪くなるとすぐ逃げられる
釣りって言葉は便利だねえ
じゃあ>>824はこっちの意見に
一切異論なしということでいいんだね

832 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 20:55:40 ID:y2EKLiPS
>>831
勘違いしすぎ。お前のレスが釣り扱いされてるんだよ。天然なのか?

833 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 21:10:07 ID:mEfdo24w
>>832
別に釣ってるつもりはないんだけど
釣り扱いするならそっちの意見も
述べてくれないと納得できないよ


834 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 21:27:56 ID:vJTGPuJh
義昭が追放されると、西の小大名・豪族たちが、「将軍の命令だから」
と同盟者や家臣に説明できなくなる。
→どこの家でも意見が割れるのが常。織田派の勢いが強まる
→連鎖する


重病を患う信玄の戦略
「信玄が来る!」→武田軍に期待して、反織田の諸侯・豪族が抵抗を続ける
→武田軍が織田軍を撃破→勝ち馬に乗るために、織田に組する者達が離反
→連鎖
→適当なところで兵を収めて畿内の膠着状態を長引かせる
→その間に領土を拡大し、統治を万全にする
→武田家優位の状況の中、全権を勝頼に引き継がせる
→故郷甲斐の国で大往生

上洛を成功させてしまうと、直後に信玄病死→包囲網形勢の最悪な展開に
陥ってしまうので、勝頼が統治しやすい武田家を残しておくのが最良かと。


835 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 21:58:48 ID:DpIQC5WR
義昭が追放されたのは信長に対して挙兵したからでしょ
これこそまさに大義名分なんだか…

836 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/01(日) 23:30:29 ID:NxQ2dg2b
武田には関係ないじゃない
義昭が頼ったの毛利だし

837 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 01:52:45 ID:mQdd62a2
>>825
義昭は京都から追放されたけど、将軍職にはそのままついていた。
正式に解任されたのは1588年の准三宮待遇時。

838 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 04:05:30 ID:1wTP1yux
例えば室町幕府再興なんてのも立派な大義名分だし
幕末における朝敵征伐なんてのは典型的な大義名分。
ただ戦国時代は幕末のように朝廷が決定的な力にはなってない。
信長にしか大義名分が無いと思ってる奴は
歴史を学んだ経験あるのか?

839 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 06:09:29 ID:SGYqQsVy
まぁ、圧倒的な武力>>>>>>>大義名分だからな
大義名分なんてそれぞれの欲望を正当化する為の飾りにすぎないよ

840 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 08:41:54 ID:UShQkzCk
ID:mEfdo24w
信長が信玄存命中に義昭を追放しなかったのは
追放するだけの大義名分がなかったから
武士ほど世間の評判を気にする人種はいないからな

足利義昭は信長討伐で挙兵したから追放された
朝廷は義昭が追放された途端に毎年信長を出世させてる
つまり朝廷も義昭追放を追認しているという事

841 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 22:44:31 ID:BL2zScZe
武田家が滅亡せずに天下統一をした世界を語るスレ

武田幕府スレ
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1159965965/l50#tag8


842 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 15:15:45 ID:oQdAK7Rf
義昭がおとなしくしていれば室町幕府潰れなかっただろうなと思ったけど
それもみんな信長の釣りだったりね

843 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 15:35:49 ID:nWLcBpyl
武田家を残すだけなら、普通にさっさと従属宣言しとけば問題ないだろ。
言っとくけど、信長は降伏した大名や謀反を起こした部下とかもけっこう許してんだぞ。
確かにきっぱり切り捨てなくちゃいけないとこはきっぱりしてるけど、それ以外は基本的に人身売買していたような信玄や謙信よりよっぽどやさしいんだぞ。

844 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 17:18:18 ID:CnZ8cvEh
今日の昼飯は川中島合戦笹ずしですた。
上手かったが食べにきー
戦場なら笹ごと食うしかないなw

845 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 10:07:37 ID:K89fnil8
>>843
「武田家が滅亡すること」の定義を1がどう考えて
いるかだろうな

例えば、生物的に武田の血筋を絶やさない方法なら
勝頼が子供作りまくってその子らが江戸時代まで
潜伏し続けてれば多分武田姓を名乗っても問題
なかっただろう
むしろ今川家同様、高家扱いされていた可能性もある

でも多分>>1の言わんとしていることは
新羅三郎義光以来の甲斐源氏の嫡流としての
武田家が堂々と領地を持ったまま戦国時代を生き残る
方法のことを聞いているんだろうから、自分と同格の
大名に対する従属や降伏を選択肢に入れてはいけないんだろう
それはすでに「(独立大名としての)武田家滅亡」と
同義なんだろうし

まあ、それを言ってしまうと徳川だって上杉だって
一度は豊臣家に従属しているってことになるけど、
少なくともこの統一政権ができるまでは独立大名
だったわけだし、これは同格の大名に対する従属では
なく、関白豊臣家を頂点とする朝廷に対する降伏と
考えられるから


846 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 16:45:38 ID:m93VC/zz
>>845
いいから宿題やれよ

847 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 16:58:58 ID:L6iSzskI
武田滅亡を防ぐ  安芸一国じゃどうしようもないのでは?

848 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 17:01:29 ID:m93VC/zz
武田家っていうのは、
甲斐とか若狭とか平地の少ない地域の守護大名である事が多いですね
元々甲斐にしても武田氏の流刑地だったらしいし
後に流刑地をそのまま拝領して大名になったらしい

849 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 20:58:12 ID:K89fnil8
>>846
おまいは自分の意見を
述べることもできないんか

850 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:28:32 ID:jsPbyr6N
君の長文は意見を述べるまでもないほどのアホ発言だという事に
もう少し早く気がついて下さい

851 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:55:54 ID:K89fnil8
>>850
絵本しか読めないお子ちゃまでちゅかw
ママに読んでもらってね

852 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 22:39:12 ID:jsPbyr6N
>>851
「石油がなくなる」の場合は
「油田から完全に原油がなくなった上にこれ以上新しい油田も見つからない」
という事を指すのではなく、
「何らかの理由で原油が流通しなくなるか流通量が激減し一般市民が使用出来なくなる状態」
の事を指すよな?それくらいわかるよな?

それでは、自分で書いたキチガイ発言を読み返して見てください。

853 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 23:33:39 ID:K89fnil8
>>852
恐らく武田家滅亡の定義について言ってるんだろうけど
もう少し上手な例えはできないものかい

チミの土俵に乗ってやるけど、
「油田から完全に原油がなくなった上にこれ以上新しい油田も見つからない」
というのも普通に「石油がなくなる」ということだと思うんだけど
1が明確に定義をしていない以上、こういう解釈もアリって程度で
指摘しただけで、キチガイ呼ばわりは心外だよな



854 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 00:20:16 ID:DX7w4YJ6
スレタイを読め

武田「家」滅亡を防ぐには、だ。
武田一族全滅を防ぐには、ではない。

855 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 00:50:55 ID:twjt6p+c
>>854
だから独立大名としての武田家を
存続させる方法が必要だと>>845
言っているんですが
ちゃんと最後まで読んでいるんかい

856 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 00:57:55 ID:t9NrmKIO
今さら「定義」とか言い出してる時点でお前の負け

857 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 01:00:04 ID:twjt6p+c
>>856
それじゃあ議論する資格が無いので
帰ってねw

858 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 01:13:02 ID:t9NrmKIO
例えば、生物的に武田の血筋を絶やさない方法なら
例えば、生物的に武田の血筋を絶やさない方法なら
例えば、生物的に武田の血筋を絶やさない方法なら
例えば、生物的に武田の血筋を絶やさない方法なら
例えば、生物的に武田の血筋を絶やさない方法なら


859 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 01:43:45 ID:DX7w4YJ6
>>855
そもそも疑問に感じていたんだが、独立大名って何?

860 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 01:51:35 ID:twjt6p+c
>>858
スマン
やっぱり回りくどい言い方についていけない
お子ちゃまだったんだね

>>845をキミが判るように書き換えるよ
>>843に対する意見として、
武田が自分と同格の大名である織田に
従属することは独立大名としての武田家
滅亡と同義だから、これは武田家滅亡を
防ぐ方法には該当しない

これでいいかな
お兄さん、明日からお仕事だからもう寝るね

861 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 07:34:19 ID:t9NrmKIO
例えば、生物的に武田の血筋を絶やさない方法なら
例えば、生物的に武田の血筋を絶やさない方法なら
例えば、生物的に武田の血筋を絶やさない方法なら
例えば、生物的に武田の血筋を絶やさない方法なら
例えば、生物的に武田の血筋を絶やさない方法なら

862 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 11:51:20 ID:H+PheOFA
>>860
あのさ、お前の言うようなやり方をしなくても高家として武田家は存続しているわけだが?
しかも信玄からの嫡流だからお前の言う生物的?に少なくとも江戸初期には存続していた。
それ以降は系図を知らないから俺には分からないが、絶えていたとしても子供を生ませろの一言で終わる。

大体それを>>1は知らなくて書いただけじゃないのか?
それに明治と上杉と書いている時点で従属は含まれるだろ。
それとも豊臣家と同様に徳川家への従属は一外部組織を通じての朝廷への従属として取るのか?

863 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 12:10:02 ID:dyaD5Ls2
生物学的に信玄の次男の子孫である人が
半年くらい前にTVに出てたけど

864 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 13:14:40 ID:Avg+ay57
信玄没前後の織田武田の官位はどうなってたんだろうか?
それによって同格かどうか変わるんでは?

865 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 14:10:39 ID:fbCNqT3C
右大臣

866 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 17:23:37 ID:sjjelm1n
誰が?

867 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 11:43:52 ID:KZ7vEqo+
いろいろややこしい話になってるが、
武田家って勝頼とその息子が死んだ時が滅亡ってのが
やっぱり普通の感覚でしょ。

義昭さんが信長に京都から追放された時だって、
歴史家は「足利幕府は事実上滅亡した」と表現している。
別に朝廷がその任を解いたわけでもないのにな。

868 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 15:36:15 ID:SyqpOXeT
勢力基盤を喪失した時点で滅亡だと思う。

たとえば武田商事が倒産したとして、
武田勝頼社長の生死に関わりなく、
会社として社会に及ぼす影響力は無くなる。

それと同じで、当主や子孫が生きていようと、
武家勢力として存在出来なくなった以上、滅亡だろう。

869 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 17:53:15 ID:WowVVWzp
>>868
まあそれが当たり前なのだが
今さら生物学だのを持ち出して
一人でアホな持論を展開するヤツがいるから始末が悪い

870 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 18:53:32 ID:dVfZg8ZU
従属しかないだろ。どの時点でするかは問題ではあるが。

871 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 19:00:32 ID:t1YpxNAe
勝頼がとっとと甲斐以外を信長に差し出して降伏してればかなりいい待遇を受けられただろうよ。
後は織田幕府ができるか史実通りになるかは分からんけど、ひたすら勝つほうについていけば
明治まで大名として残れただろうね。

872 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 00:06:54 ID:wNHgsXJQ
しかしここはよくアフォが湧きますね。
生物的って・・・・
生物学的に武田の血を引く人間なんか今でもそれなりにいるな。

大名として武田が残るには信玄が織田と敵対しなければ生き残れたんじゃまいか。
うまくいってれば信玄の娘が信忠の嫁になるわけだし
武田の織田政権内の地位はそれなりに安定したんじゃまいか。


873 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 00:50:30 ID:Gx02LK2p
紅の機甲師団を前面に出せば武田幕府が実現できた。

874 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 01:32:02 ID:WZCT2qBp
>>871
それを読むのが一番困難

875 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:09:16 ID:FNgY/cej
>>867
一つの幕府が消滅したのと一つの戦国大名家が消滅した事の違い


876 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 19:40:39 ID:VvJk8vpe
未来から近代兵器を持ち込む

877 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 21:11:21 ID:59UeBk9N
嫡男殺した時点で滅亡してた

878 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 21:31:25 ID:Wox2r5Em
それはあんま関係ない

879 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 22:18:18 ID:WZCT2qBp
>>877
徳川

880 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 22:40:00 ID:9iM9Fouq
徳川は嫡男だけ殺して周りに累が及ばないようにしたからなー
信玄の方は嫡男だけは幽閉に留め関係者に責任を負わしたからなー

881 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 01:21:24 ID:k7RziOzO
核開発。

882 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 04:47:04 ID:7Xn23MqT
竹田勝頼に改名

883 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/15(日) 19:13:19 ID:Nkdc4xkb
MSを開発。

884 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/15(日) 23:27:02 ID:fjFxiaJR
マイク○ソフトを開発!?

885 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 21:29:57 ID:kC7cl/8+
村上をもう少し早く滅して、上杉と同盟出来れば
かなりいい所までいけるんじゃね?

886 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 22:37:22 ID:Vi8pN7ec
>>885
信玄にはできなかったからこそ、二度も大敗をして優秀な部下達を死なせたのが現実。
どうあがいても村上でつまづく。最悪真田が味方に付かなかったらそのまま上杉に蹂躙されて滅亡してただろ

887 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 22:42:16 ID:NI04m9ny
真田がって、武田についた時機の真田には、大勢を左右するほどの位置にいなかっただろ

888 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 23:21:36 ID:a/DhGCqO
戸石城への幸隆による謀略のことかも?

889 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 23:25:29 ID:UIb8VDpq
滅亡の際に、一族の誰かを上杉家に亡命させ、
上杉家の一家臣として家名を残す。

890 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/17(火) 23:33:52 ID:NI04m9ny
>>889
景勝の嫁さん頼って、実際に落ち延びてる

891 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 19:41:33 ID:gMN1VTLn
そういえば信松院以下の何人かは八王子に落ち延びたよね。
よく北条が見逃してくれたもんだよ。

892 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 19:46:06 ID:0zz7/Amg
清洲同盟が無ければ武田にも可能性があるかも。

893 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/19(木) 20:54:25 ID:DscVluxf
>>891
上手くすれば、あとあと甲信を支配下にする大義名分に使えるからだろ

894 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 23:28:25 ID:k9JJTV2m
【武田が天下統一した世界のスレッド】

http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1161351986/l50#tag6

895 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/23(月) 01:55:45 ID:+bN07+xa
>>889
信玄の6男だろ。
娘は御館の乱の直後に景勝の正室として上杉に入った。

896 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 00:08:59 ID:6jsYDMhK
信玄が死ぬ間際になって変な気起こさなければ普通に存続してたよな。
それまでは固い同盟関係で友好的だったのに。
信長が仮に包囲網を全部突破した後としても、家康の拡大は防げたろうし、
信長の天下統一の暁にはそれなりに発言権も与えられたろうし、
それどころか家康以上に扱ってもらえただろうに。

897 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 00:10:44 ID:v5Ybxv+f
下につく事は容易い。そんな事は想定しないで良い。

898 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 11:52:52 ID:6jsYDMhK
じゃあ存続は無理だろ。

899 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 17:57:10 ID:2cYHd+Nm
信長が高転びに転ぶまで粘る?


900 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 18:07:38 ID:Dsn9oEzv
「本能寺のきっかけは武田滅亡」という説もあるから
(武田滅亡時に光秀いじめた、という俗説から
 武田征伐の成功が理由の三職推任まで)
粘っても粘ってもダメかもわからんね

901 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 20:49:43 ID:L1Befmtt
光秀以前にも謀反はたくさんあったんだし
光秀がやらなくてもいずれ秀吉とかの司令官クラスの誰かが
同じ事をするはずだよ


902 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 21:00:04 ID:VCv40Htg
秀吉が暗躍していた説もある

903 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 23:40:05 ID:m19DuJ3+
>>900
厳密に謀反という意味では、せいぜい荒木と明智くらい。
元亀年間に離脱したような連中は、その時点では信長に臣従していたとはいえないから。

904 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 01:41:03 ID:3FuuwEXV
本能寺は信長と信忠が一緒にいたから価値があったんだが

905 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 01:48:40 ID:VXxeRRvt
信忠生き残ったら秀吉の台頭ないだろうしな

906 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 10:57:01 ID:guKY52hr
>>885
村上でつまづいている以上、上杉には蹂躙されないのでは?
村上だって好きで謙信を頼ったわけではないだろうに。

907 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 11:01:12 ID:guKY52hr
>>880
場合が違うと思う。
家康の場合は主人に処刑を要求されたんじゃなかったけ?

908 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 11:10:42 ID:0hfWWvh3
>>877-880 >>907
でもまあ嫡男を当主の意志で殺されて、
まともに残った家って少ないよなあ。
豊臣もそうだし。

909 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 12:20:15 ID:guKY52hr
ざっとスレを見た。いろいろな方策があったが
・長篠で大勝し、三河か美濃の重要拠点を攻略するか信長の首を取る
・織田との同盟を守り、やがては従属
・信長包囲網時に信長を暗殺
この辺が現実的みたいだな。(もちろんどれも大きな困難を抱えるが)

特に暗殺案は武田に可能だったという意味で最も現実的。
成功の可能性は低いが、不可能な作戦でもなかったと思う。

910 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 18:09:43 ID:BgNhRgOT
特に暗殺案は武田に可能だったという意味で最も現実的。
成功の可能性は低いが、不可能な作戦でもなかったと思う。

特に暗殺案は武田に可能だったという意味で最も現実的。
成功の可能性は低いが、不可能な作戦でもなかったと思う。

特に暗殺案は武田に可能だったという意味で最も現実的。
成功の可能性は低いが、不可能な作戦でもなかったと思う。

特に暗殺案は武田に可能だったという意味で最も現実的。
成功の可能性は低いが、不可能な作戦でもなかったと思う。

特に暗殺案は武田に可能だったという意味で最も現実的。
成功の可能性は低いが、不可能な作戦でもなかったと思う。

911 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 18:22:09 ID:6YSxOnii
それ何て時代小説?

912 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 20:22:12 ID:crlxjrCi
>>907
いまじゃあほとんど否定されてますよ。

913 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 22:22:10 ID:9BebyjRa
ネプチューンマン=信長
ネプキン=家康

ウォーズマン=信玄
ロビンマスク=謙信
ブロッケンjr=浅井
ウルフマン=朝倉
カナディアンマン=今川
スペシャルマン=足利

914 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 23:55:04 ID:EnRj96rG
当時、おれがいれば
武田家を救えたのに

915 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 00:31:01 ID:WHX/uPTy
頑張って若狭武田家でも救ってやってください。

916 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 00:31:52 ID:G9arV/t0
武田鉄也さえいれば

917 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 00:56:55 ID:RwPJXedE
ハムの武田久 勝さえいれば・・・

918 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/27(金) 20:26:12 ID:kfpPaSWH
腐ったミカン

919 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 01:35:48 ID:PPmZ7dPR
新撰組5番隊組長

920 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 11:02:40 ID:e+Itp+ZL
220万石の北条が滅びたんだから
それ以下の武田がほろんだって・・・
まあ北条は一応大名として残ったが

921 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 11:26:23 ID:29tEuQgs
残ったの?

922 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 12:00:01 ID:j7jFZy/3
>>921
北条氏規の系統が狭山藩1万石で明治維新まで残った。

923 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 18:59:44 ID:B6yYG/pW
大名としては難しいね
織田に早期に臣従したとしても領国は全て召し上げられるだろうし
一武将としてなら可能だったかもしれないが、
プライドの高い勝頼の事だから潔しとしないはず

924 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 22:05:47 ID:8625rVaW
蒙古に逃れて、世界帝国を作ったらどうだろう?

925 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 23:44:30 ID:JD8ETW9y

嫡男・義信が家督を継いでいたら、後世は大きくかわったかもしれない。

仮定ですよ。



926 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 00:44:48 ID:VF9pNde4
義信のクーデターが成功していたら、馬場、内藤、高坂等の新参で重用されていた連中は
粛清の的になっていたかもな。

927 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 06:53:00 ID:cqzaQRFq
>>923
はじめから敵対していなければ領地召し上げはないと思う。
というか信長が降伏した相手の領地全て召し上げた事ってあったか?


928 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 20:54:28 ID:QNB6nu7i
>>923
下につくというのなら、領国は削られるにしても、ある程度は安堵されただろうよ。
臣下大名が絶対嫌というなら残念だが、武田は滅ぶしかないだろう。
もちろん、織田方がとんでもないへまをすればありえるだろうが、そんなこといったら織田にやられた大名みんな、
織田がへますれば、という話になってしまう。
相手のへまを期待して考えても仕方がない。

929 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 23:55:02 ID:C2oQ/u0T
最近の研究では、勝頼は有能な武将だったってどこかで読んだことがあるよ。

ところで、家康の長男で信康って有能だったの?

930 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 23:56:53 ID:C2oQ/u0T
義昭を追放するそうすると、征夷大将軍が空位になるだろ?それに信忠を即位させて、信長は天皇になることを目指したんでは?

 

931 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 23:58:33 ID:C2oQ/u0T
ん?おかしくないか?武田家って次男の子供が生き残って、高家になったんだろ?

だから、滅亡ではないでしょう・・・

932 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 01:59:41 ID:zOtsBYRL
>>922
荒れるネタだが、その末裔は公明書記長から→創価の飾り会長。

933 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 06:33:15 ID:LtsH4uR2
信長は勤王家だろ。

934 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 12:36:01 ID:mgK6yMsn
信長に降伏なんて信玄以来、で凝り固まってる連中が納得しないでしょ
長篠以降だと逆にこじれすぎててどうしようもないし
仮に降伏したとしても、家の後継ぎは信長の子の誰かを養子にとかで実質吸収されるだろうな

935 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 16:27:01 ID:zkVU3IO5
信玄が信長と対立した時点で和睦は無いよ。そんな都合の良い話がある訳なかろう。

936 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 23:40:53 ID:U3Iu5kQI
信玄の死後、信長の方から勝頼に和睦を持ちかけていることも知らない素人がいるスレはここですか?

937 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 00:58:31 ID:J8xzMw4B
いまどき 「〜スレはここですか?」 て言い方恥ずかしくね?

938 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 01:16:18 ID:t0dZRxTs
その場合の和睦っていうのは信長の体勢が整うための時間稼ぎでしかなくて
時期が来たら長宗我部のように一方的に同盟を打ち切られて攻撃される

939 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 02:51:03 ID:yFxzb0cW
長宗我部は、土佐一国でガマンしてれば生き残れた。
武田も甲斐と諏訪くらいでガマンすれば滅亡はしなかったかもな。

940 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 03:01:32 ID:xIvYCDGB
長宗我部は信長が死んだおかげで生き残ったんだが。

941 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 09:20:08 ID:4H9ZaAlX
利用価値を考えれば、東国への防壁という使い方ができる武田家のほうがあっただろうがな
四国への信長の方針転換は、中国戦線の側面が脅かされる危険性を考えたものだろう

942 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 21:35:13 ID:EZYmGbOm
>>940
土佐一国の安堵は認めてただろ

943 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 03:34:50 ID:NbKM3KXe
>>943
そりゃ秀吉政権の方針では?

944 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 05:07:27 ID:U9oEP0dG
四国安堵から土佐安堵になって、ナメンなゴルァで戦じゃなかったっけ??

945 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 06:05:22 ID:X63f+rE1
しかし、信長が同盟を反故にしたのは何でなんだ?
信親の烏帽子親までして、信長の信の字を与えておきながら
四国で勢力拡大したのがダメというのはあまりに理不尽

946 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 06:12:58 ID:X63f+rE1
>>942
ちなみに信長は四国征伐を決める前に、土佐一国と阿波南部を認めたはず
長宗我部が拒否したけど

947 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 08:03:40 ID:jdLCYzyf
信長が四国征伐決めたときの長宗我部の勢力範囲は
土佐一国と阿波と伊予南部じゃなかったっけ?


948 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 14:27:51 ID:dSYX2JAF
どちらにせよ降伏はありえないな。対等な同盟も三方原以降はない。
北畠や神戸のように乗っ取られるのであれば可能。生死は知らないが。

949 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 16:35:00 ID:X63f+rE1
>>947
四国征伐の時点での支配地域は土佐一国に阿波の大半と讃岐の西部、伊予の一部かな
伊予は毛利と同盟してる河野が居るから後回しだったはず
南部には攻め入ってるみたいだけど

>>944
信長との同盟は当初、四国は切り取り次第だったらしい

950 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 15:52:11 ID:rNRgrYWa
その切り取りしだいってのもあやしいけどな。
どうであれ、結局は元親の対織田外交の失敗が原因だが。

951 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 02:11:25 ID:c+mFttTI
北条も信長と同盟する際に「関八州はお任せください」的な書状を書いてる。
要は「関八州はオレのもの」と宣言してるんだけど、
その当時北条は関八州なんか全然手に入れていない状態。
武田が滅び毛利と長宗我部を滅ぼした後は北条が滅ぼされていたのは確実だな。

952 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 02:22:52 ID:SNM49w3t
>>949
四国は切り取り次第といっても、いくらなんでも信長領も切り取っていいなんてならないだろう。
長宗我部が同盟したときは三好が信長と敵対していたので問題なかったが、後に三好が信長に降服
すればそこは三好領であっても織田領国の一部。元親は、この理屈が理解できなかったのか?

953 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 03:22:00 ID:gdEYOaUJ
>>952
いったん認めたものを自分の都合で反古にするなんて、わがままだな>信長
よくあることだが

信長が同盟時に「○○地方は勝手次第」みたいなこと言っても、信じちゃダメって事か
長宗我部とかについては、信長は「どーせ無理だし、リップサービスだ」
くらいにに思ってた気もするが

954 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 14:02:12 ID:joeAjtDk
関が原前夜なんかリップサービス三昧だわな。
みんな口だけってこと分かってたと思う。

955 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 16:03:25 ID:SNM49w3t
逆にいうと、切り取り次第であって「どこそこの地域の支配領有を認める」じゃあないのよね。
というわけで、別に信長は自領への攻撃なんぞ認めてませんよ>953

956 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 19:22:39 ID:uvHcCXqi
>>951
関八州の立場を強調しているのは確かだが、
「関東八州御分国に参る」の前の文句も考慮にいておけよ。
「御縁辺相調え、関東八州云々」の御縁辺相調えはかなり重要な文句。
要するに、切り取り次第或いは、よく働きますんでそこのところよろしく、のような意味じゃないか。

957 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 19:38:37 ID:f9/kygzY
>>995
いや、「切り取り次第」っていうのは
「お前が取った地域はお前の領地だぞ」という意味なんだけど

958 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 19:43:48 ID:gdEYOaUJ
>>955
勝手次第を認めたところに後から自領をつくって「ここダメね」ってのがちょっと狡っぽいなと感想言ってみた

実際にはよくある事だし当然念頭に入れておくべきで、織田関係の外交戦略失敗して三好と同盟された以上は
攻め込んだ長宗我部がアホなのは重々承知しております

959 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 19:58:47 ID:gdEYOaUJ
>>957
切り取り次第って、ある種の恩賞として認められることもあるぐらいだし
テリトリーとしてその土地のことを任せると認めたと解釈できるとおもう

切り取り次第を認めた土地に他の同盟者を作る信長も信長で随分わがままだが
事実として三好に外交でしてやられて織田との同盟が結ばれてしまったのに、
十分な対応策や根回しもとらずに攻め込んだ長宗我部もアホだとも思う

960 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 22:19:31 ID:uT6HoMBK
鳥なき島のこうもり

961 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 22:29:34 ID:KH8xWOAK
こうもりが鳥に勝てないという根拠を示せ

962 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 22:52:28 ID:oEKNL2Zz
>>961
お前は蟻が象に勝てると思うのか
鳥と蝙蝠どころじゃない、蟻と象ほどの差があったんだぞ(長宗我部と織田には)

963 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 22:46:50 ID:QLUEx/+U
象がゴール直前で昼寝したら蟻の勝ち。

964 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 22:47:55 ID:b6XKJRus
昼寝していようが、アリはゾウを殺せない

965 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 00:00:26 ID:KJ9KrNBE
アフリカの蟻なら殺せそうなイメージある

966 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 00:57:08 ID:OZY7Ox6u
甲冑軍隊蟻なら象でも10分で白骨化するに違いないwww

甲冑軍隊蟻… 学名(エジプティアン・キラー・アント)体長20mm
別名「砂漠のピラニア」といわれるほどの凶暴性と集団性にその特徴がある
百匹のこの蟻が集まれば、駱駝一頭を三分以内に白骨化してしまうという
知能も高く、飼育すれば人間の命令にも従うようになる為、
古代エジプトでは麻製の手袋にこの蟻を詰め、労働力の補助としていた
ちなみに現代でも、エジプトでは忙しくて人手が欲しいとき
「蟻の手も借りたい」と表現するのは、これに源を発する




民明書房刊
『実用動物辞典』よりwww

967 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 01:06:07 ID:hAN+cDRK
1対100じゃねーかwww

968 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 01:41:36 ID:HSZq0ngX
by民明書房

969 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 01:48:09 ID:OZY7Ox6u
つーか甲冑軍隊蟻がいれば長宗我部も織田に勝てたんじゃね?www


すまん、象と蟻のネタを見た瞬間に書きたくなったんだ
無視して話を進めでくれw

970 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 00:22:07 ID:1hWC90E3
でも次スレいらんだろ

971 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/18(土) 11:44:06 ID:M7ojKck2
さむらいをやめる

972 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 01:02:15 ID:X3HDUkrY
一族郎党全員で馬借

973 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 02:14:03 ID:g90RQt3q
分裂して一方が信長につく
もっともいち早く武田本家に滅ぼされるかもしれん

974 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 02:59:45 ID:2ltbio0j
秀吉などの信長の重臣に女やその他の物を贈り物として、
届けて買収する。

975 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 22:49:00 ID:8DRnl1Pq
秀次を養子にすれば良かった。

976 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 07:19:22 ID:KJYrlwKe
>>966
洒落にマジレスの無粋は承知ですが
Egyptian のtiは/∫/(sheの子音)の音なので
エジプシャン が近い。固よりカタカナだから、
こっちも、飽くまで近いというに過ぎないが。
ナショナルnationalをナティオナルと言われると
違和感があるのとおなじ。

977 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 15:38:04 ID:babb+KSC
>>976
学名って普通ラテン語じゃねーの?

978 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 19:21:43 ID:uf5bGPsi
真田を頼ってれば何か変わったのかね

979 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 21:48:01 ID:gNefcWoq
北条に売られて織田に引き渡される。
北条との密約の書状が現存してるから間違いないね

980 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 01:45:52 ID:WAdc98qG
どうだろうな

981 :前田 ◆LIBERALCQY :2006/11/27(月) 12:11:46 ID:2YsX0Is3
こういう伝説がある。

武田勝頼は織田信忠と戦い敗れた後、太平洋の島まで流れた。
勝頼は現地の人に日本の技術をおしえ、歓迎された。
人当たりがよく島人に慕われた勝頼は島の長となった。
島長はそれから代々勝頼の子孫がつとめることとなる。

勝頼が死しんだずっと後、島に19世紀が訪れる。
遠くの国から海軍の長官がやってきて、かつて先祖を追い出した日本を支配下にしたいと言う。
子孫は快く島を拠点とすることを認め、捕鯨などにも協力したと伝わる。

982 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 23:14:17 ID:hVUNnX/S
太平洋に出るまでが大変だな。

983 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 17:18:54 ID:YQ1D5h9W
なあにかえって免疫が付く

984 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 23:34:26 ID:20XCNPR1
そろそろ次スレ頼みます。

985 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 23:40:42 ID:CkZG3wdK
VIPPERがぬけぬけと・・・

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