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織田信長がいなかったら誰が天下取っていたと思う?

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 18:07:46 ID:T+ZMV9LU
やっぱり、毛利・武田・今川あたりですかね?

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 18:09:35 ID:/u6VFqZ1
俺↓

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 18:25:25 ID:EW4yg0FT
↑お前

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 18:26:31 ID:zIztGITT
マジレスすると本願寺

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 18:26:50 ID:Kp9KF5oy
今川義元

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 18:41:47 ID:l+G5lcGF
今川→家康

信玄は引きこもりだから無理だとおもう


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 18:47:43 ID:pMEYBizt
伊達政宗は取る気ありそう

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 19:09:32 ID:6ZWzCvgI
島津義弘

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 19:17:59 ID:JwhfNEgw
三好に決まってる

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 19:54:39 ID:+j2LM0DF
毛利は天下に野心なし。今川は後継者がボンクラ。武田、北条の潰しあいを制した方が最有力かな。
期待値を含めば斉藤も面白い。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 20:11:02 ID:JgcQMxSq
今川家重臣松平元康の可能性ってのは
ifとして気になるよな

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 20:24:08 ID:ehd1ys9K
本願寺が天下取ったらどういう世の中になるん?

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 20:42:13 ID:b4IA3Z67
仏教勢力が天下取りに乗り出すってのは無い希ガス

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 20:52:31 ID:fEmFvtnV
三好+本願寺連合に一票

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 20:53:15 ID:5ue+bxiv
信長いなけりゃ普通に三好が天下取ってたやろ。
一時は足利将軍家を擁して、京・堺を支配していたんだから。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 21:02:39 ID:qwBFahjl
信長がいないとなると、今川家が三河から尾張を
おさえるのは確実かね?尾張を制圧後、上洛を
考えると仮定すると、義元の健康状態が気にかかる
…となると、11の言うように元康が気になってくるな。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 21:20:51 ID:l+G5lcGF
三好は俺も考えたけど、実際権勢が衰えたこと考えると微妙

義元だとすると
家康が独立するか、重臣として使命を全うするかが迷いどころ

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 21:24:52 ID:p/w7Fj26
信行が信長の役割をやる定番展開

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 21:31:00 ID:5ue+bxiv
結局は家康が天下を取ったかもな。
家康がいつまでも今川の下にいるはずもないし。
義元が死んだら謀反起こすな。
関ヶ原の二の舞になりそう。

20 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/02(水) 21:43:03 ID:rFrNfR9b
義元が横死しなければ、氏真は暗君扱いをされなかったかも知れんよ。

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 22:04:25 ID:g70Zn1qL
家康はあり得ないだろ

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 22:28:55 ID:e85nrfWp
朝倉じゃあ。朝倉の天下じゃあ。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 22:33:36 ID:l+G5lcGF
義元なら家康を大名にしたとおもうんだ。
そしたら親藩でしかも有力な大大名だったとおもうんだ。
そうするとなんらかの形で権力を握る可能性は低くないとおもうんだ。

少なくとも伊達や島津よりは可能性あるとおもうんだ。

24 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/02(水) 22:35:36 ID:rFrNfR9b
うんうん。
どこに封じましょう。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 22:39:44 ID:43/B7joI
>>10
毛利は天下に野心はないが九州に関心は大
上方に織田という脅威が無ければ大友との抗争に専心したであろう。
多分四国を巡る抗争もあろう。
島津と毛利の狭間で大友は没落していくと思われ。
 武田、上杉、北条が勢力を伸ばしながら睨み合い
斎藤と今川が睨み合うかも。
多分上杉はお家騒動に足を取られしばらく休眠
斎藤と今川は後継者の相続でやがて足を取られ衰亡
まあ、ある程度評価できそうな人物として勝頼とかが
マシな部類だと思われなので
東海中部を制覇してしまうかも。
 たぶん家康は早くに没落してたと思う。
今川のヒモ付きのままでは、それほど勢力をもてず、今川没落に
際して離反するとしても、史実よりだいぶ遅くなるだろうから
家康と信康の間とか、問題はそれなりにあり、到底外に勢力拡大は困難だろう。
武田の風下で暮らすしかないだろうか。
 畿内を纏めるような有望な勢力は出なくて群小割拠ってとこか
奥羽は芦名を破った伊達に西日本を統一した秀吉が立ちはだかるという構図がないのだから
伊達が奥羽を統一できてたろう。

漏れ的には
中国路、四国、北九州を飲み込んだ毛利と南九州を覇した島津がにらみ合い
畿内は群小勢力が割拠
北陸は上杉が内部に足を取られつつ一向宗と揉めてる。
東海中仙道は武田が占拠するが、国内の不統一に足をとられ外に目を向ける余裕なし
関東北条氏は奥羽伊達氏と連携して佐竹を挟撃するも、その後の領土配分を巡って
揉め弱体化した佐竹を飲んで北条を攻めていく。
くらいだろうか、たぶん統一した勢力は出ないと思う。

近畿がイタリー半島で本願寺がローマ教皇領、足利幕府が神聖ローマ皇帝に準じ
毛利、島津、上杉、武田、北条、伊達、朝倉といった準領邦国家が
明に交易の権利を得る為、独立国家として朝貢してから対外的に
一つの国として認識されてそのまま経緯してく。
多分史実のような朝鮮征伐は無かろうが、李氏の悪政と派閥抗争からして
いずれ戦国領邦国のいずれかが内部の反乱に助力ないし介入して
何らかのかかわりは出たかもしれない。
明の財政難もちょっとは時間稼ぎになっていたから後金(満州)が
明を攻め滅ぼせるかは疑問。
後金(満州)と明双方に肩入れする戦国領邦国がでたか・・
樺太から呂宋、台湾、江南沿岸、朝鮮半島、東南アジアの沿岸部にかけて
統一された政治勢力としてではなく緩やかな日本文明圏みたいな
緩い線引きの代物が出来てたと思う。
あるいは満蒙、明をも絡めた広義の東アジア文明圏みたいのができていたか・・


26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 22:39:47 ID:ci8dMgVY
織田信秀が病死してなかったら織田家はどうなってた?

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 22:47:28 ID:pMEYBizt
木下藤吉郎が主君に選んだ武将。
実力主義者が強いのではないかと思う。
って、信長以外では誰だろう。

28 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/02(水) 22:49:55 ID:rFrNfR9b
松下嘉兵衛?

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 23:42:20 ID:Ku5hc0Pl
>>28
陪臣では出世にも限度が…

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 23:46:33 ID:9/PxJaCq
>>25
随分スケールのでかい話だな。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 00:07:15 ID:H3cMQpVk
実力的には朝倉も捨てがたいけど、上洛はしないだろうしなあ

あと、斉藤家の実力がイメージしづらい
信長いなかったら家督騒動もなかっただろうし、
義龍が今川抑えて上洛したかもしれんね。

斉藤家の評価ってどうなの?
伊達や毛利や島津みたいに地方統一クラスの実力はあった?

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 00:10:16 ID:8bQ5hwBP
普通に、足利義昭あたりが、いろんな武将を操って
幕府再興したんじゃねえ。
で、天下はあと50年は戦乱が続く、と。

33 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/03(木) 00:11:05 ID:wb/P/z6Q
西美濃だけ抑えていて、そこからどう伸ばすかによると思う。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 00:15:22 ID:dnwyjiJe
足利義昭って足利の将軍では優秀な部類と思う

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 00:16:17 ID:IiENxf8h
>>20
義元から氏真への権力移譲が長期間かけて完了したら、
たしかに違ってたかもしれないなあ。そうなると、松平元康は
今川家に忠実な戦国武将という立場を守るしかなかったかも。
義元存命中に尾張と美濃を掌握し、氏真が上洛という可能性も
あったかもしれん。ただ、その場合足利さんちをどうしてたかね。
血筋が良い分、将軍家に対する行動はより注意が必要な気がするが。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 00:23:31 ID:H3cMQpVk
義昭は操ってるつもりが操られてそう。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 00:26:51 ID:uDpXRCKN
氏真は案外暗君じゃないのかもね。
京文化に長けてて、蹴鞠や和歌に通じてたらしいしその点教養が高い。


38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 00:44:24 ID:H3cMQpVk
氏真は暗愚じゃないんじゃないか、
ってのは有名だとおもってたけどそうでもないみたいだね。

でも、だからといって一流の部類かというとそうでもないとおもうんだよね。
だから義元が十分に地盤を固めて、氏真は単なる2代目って風じゃないときついかもしれない。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 02:06:43 ID:vaPc6r+1
ところでおまいら、信長は生まれてないって設定なの?
それともどこか(桶狭間or金ヶ崎あたり?)で死んだって設定なの?

それによって信長に勢力を削られた連中の運命が変わってくるような気がするんだが。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 02:16:43 ID:GyjIbVdx
生まれてすぐ死んだ

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 12:31:20 ID:JWRhI5eM
そうなると、信長の代わりに
兵農分離と鉄砲主体戦術を発案する者が誰か必要な訳だが・・・・

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 12:33:14 ID:JWRhI5eM
市座の類の既得権益体は、家康が江戸時代に復活させたので
存在しなくても変わらないが

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 15:40:30 ID:A2rXaJ0C
信長以外に本願寺に勝てる戦国武将なんていない

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 15:45:32 ID:b1Q74C9h
なんだかんだで結局家康が取ると思う

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 16:00:20 ID:ZZeon/Lu
身内で争わなければ
足利ー細川ー三好ライン
本願寺とも十分仲良くやっていける

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 16:03:32 ID:z6gfYhVa
なんだかんだで信長っぽい人が取るよ。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 16:36:25 ID:trxi7wL2
家康が義元相手に本能寺の変を起こすと思う

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 17:08:41 ID:A2rXaJ0C
そして岡部元信が山崎の合戦で勝利すると

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 17:27:54 ID:L8dfrVNB
そこで松永久秀ですよ。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 17:29:09 ID:vN8918ZJ
リアルで本願寺じゃないかな
日本は宗教国家になってたかも

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 17:36:24 ID:wjZ4ctaa
(●ω・`)儂だな

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 18:41:31 ID:ZJ1wTwBc
どれだけ中央に関心があるか
どこの派閥を支持するか、だな

上洛したのは斉藤、上杉、三好
やる気になれば上洛できそうなのが今川、朝倉
ちょっと苦しいが可能性はあるのが六角、北畠

朝倉、今川、三好は堺、阿波公方派
斉藤、上杉、六角、北畠は近江公方派

武田北条は無理やり上洛するには今川斉藤を倒さなきゃいけないから苦しい


53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 18:44:37 ID:BzvWb8oX
>>48
いやここはちゃっかり今川に仕官してた秀吉が……

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 19:15:57 ID:PZyWKRol
>>46
戦術面では有り得ると思った。銃を使った戦術に興味持ってたのは
彼だけでは無いし、間違いなく発展しただろう。
問題は彼と同程度の宗教観と中央集権への執着を持てた人が出るかどうか。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 19:16:23 ID:7TNVkJCu
三好は信長関係なく勢力衰えたから無し。毛利は天下に野心なし。松永も天下取りをするほどの意思は見られない。
今川は後継者がボンクラ。島頭、ちょうそ壁、伊達は地理的に厳しい。
武田、北条の潰しあいで、関東の覇権を握った方が、そのまま関東独立王国を作り上げ、最終的に西を滅ぼし、
天下をとるみたいな流れかな。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 19:22:11 ID:L8dfrVNB
島津や伊達に比べて長曽我部が地理的に厳しいとは思わんが…

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 19:49:12 ID:jAqf6Nlz
>>55

信長がおらず、畿内が混沌としていれば義昭を使って入京はありえるじゃないの?
京までには小大名しかいないし

>>56

本土に上陸できて基盤を築ければ問題ないですね


58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 19:50:00 ID:XcfkSoSL
>>56
そうだね。ただしド田舎だけどな

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 19:54:42 ID:zKbW5QY+
>>1
本願寺って書こうと思ったらすでに沢山レスがついてたので、本願寺説を否定したくなってきた。

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 20:11:27 ID:PZyWKRol
本願寺ね。天下がどうこう言う性質の物かな?
基本的には地元武家と癒着してどうこうする団体だと思うが。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 20:19:07 ID:ZJ1wTwBc
信長の代わりになれる奴がいなけりゃ
戦国時代が1700年くらいまで続いてオランダ、イギリスの戦争に巻き込まれて来て
地域ごとに植民地化、
1950年ごろに九州とか近畿とか関東が別々の国として独立
以下、宗教間の問題で今に至るまで内紛でぐだぐだ



62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 20:28:24 ID:jAqf6Nlz
>>61

朝鮮半島の方ですか?


63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 21:19:22 ID:dnwyjiJe
戦国時代で実戦を経た武将が日本中そこらにたくさんいたおかげで
欧州の列強国も手出しできなかったんじゃない?
平穏な室町時代が続いてたらかえって日本が無くなってるかもね

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 21:29:31 ID:inPCvc7y
普通に温水洋一。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 21:50:21 ID:DHt9b3mg
突出した大名が出現しないまま、群雄の割拠する1585年

奥州
伊達政宗が破竹の勢いで勢力を広げるも最上氏畠山氏など中小の勢力も割拠する。
北関東
佐竹氏、宇都宮氏など中小の勢力が上杉・伊達・北条に囲まれ(((((;゚Д゚)))))ガクガクブルブル
南関東
北条氏政が着々と勢力を広げる。安房の里見氏は風前の灯火。
甲信越
越後を上杉景勝、甲信を武田勝頼が磐石の支配も、政権内部に不安。
駿・遠・三
今川氏真が支配を固め京への道をうかがう。
美・尾・伊 
道三、義龍が勢力を広めるも、相次ぐ代替わりで他国の侵入を許す。
北陸
越前朝倉氏、加賀からの一向宗の侵攻に苦慮。越中・能登に上杉侵攻。
畿内・近畿
三好氏将軍を擁し、勢力を広げ浅井・六角を攻撃。三好氏内部に亀裂。
中国・播磨・但馬
毛利輝元が両川を擁し上方への道を確保。
四国
東を三好氏、西を振興の長宗我部元親が伺うが毛利氏のちょっかいも。
九州
北部を大友宗麟・竜造寺政家、南部を島津義久が支配。

石高
三好>毛利>北条>>斉藤=今川>上杉=武田=島津=大友=竜造寺


66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 22:25:09 ID:H3cMQpVk
test

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 22:40:40 ID:xqoHisYG
里見の国力は北条に遥かに及ばないが、里見方が攻め込み略奪を繰り返していた。
氏康の死後に氏政が里見家と和睦してその脅威を排除している。
氏政は外交上手

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 22:52:21 ID:A2rXaJ0C
結局天下統一するのは愛知県民なんだろうな

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 01:57:47 ID:OexdvXie
織田信行か

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 06:55:33 ID:dr9Shhwq
>畿内・近畿
>三好氏将軍を擁し、勢力を広げ浅井・六角を攻撃。三好氏内部に亀裂。

長慶の寿命が迫る中、嫡子の義興と養子の義継の家督争いが始まり、
固い結束を誇っていた一族・家臣もそれぞれ、義理や損得で真っ二つに
分かれた。その時松永久秀は・・・。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 08:05:02 ID:zlExWVde
鉛筆を使った。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 08:20:58 ID:+HAuewi6
浅井はどう?
長政はまだ若く優秀で、近江は豊か国。
京にも近く、地理的要因も良い。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 15:29:05 ID:uvJqoBih
勢力が小さいのが問題。
六角との抗争に終始して大して勢力は広がらなさそう。


74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 15:51:15 ID:EPr7+mWz
逆に六角の方が、浅井を臣従させれば(友好的にだよ)可能性がある

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 17:59:50 ID:u11B4iuK
やっぱり三好かな

信長がいなけりゃ義栄政権も続いたはずだし

そうすれば三人衆と松永は神格化
強大な信長がいなけりゃ松永は裏切る必要もない


76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 19:05:20 ID:NgMRw5L2
普通に今川だろうな
だた長続きはしなさそう

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 19:13:19 ID:9K4+B82r
せいぜい足利幕府の管領になるのが関の山でせうね。
その間に西では毛利が上方にはいい顔しつつ
長宗我部破って四国を制し島津と組んで大友を屠って北九州を覇し
海外貿易の利を屠って巨大化し、
奥羽では伊達が芦名を屠った後奥羽を統一、関東北条氏と組んで佐竹を
挟撃ッて具合かな。
 多分今川と毛利は衝突したと思う。もしくは縁戚関係を結んで
今川、毛利、武田、北条の縁戚関係の枢軸同盟で秩序維持を図るか・・


78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 20:02:31 ID:g/er2ssH
藤吉郎は信長がいなくても表舞台に出てくるんじゃないかな。
見る目ある武将なら雇うだろ。
斎藤道三とかなら、竹中半兵衛とも組めるし、斎藤方で墨俣築城。
美濃には足利義昭が頼ってきて…(略)…天下統一。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 20:13:30 ID:GpaLyxvv
>>41
どっちも別に信長の独創ではないし。

>>59
本願寺は確かに信長相手に異様な粘りを見せたが、
だからといって攻勢に出たときに、信長並に他者を撃破出来るというわけではない。
実際本願寺は信長によって京から放逐された三好家と長年争っていたが、
とうとう本願寺の力では三好家を倒すことは出来なかった。
逆に三好家と法華一揆の連合軍に当時の本拠地山科本願寺を焼き滅ぼされて、
京から逃げ出している。

まあ、徹底的に叩き潰すのは難しいだろうから、史実よりも勢力を保持し続ける可能性はあるが、
天下を取れるかという点では、到底有力候補とは言えない。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 20:16:59 ID:TzSd8HjO
大大名しか取り上げられてないね。
信長だったら、どう予想してたかな。

別に信長だけが実力主義者なわけじゃないしね。
藤吉郎がいても、どうってことないでしょ。
あの程度の人物なら全国にいる。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 20:27:48 ID:NPBvhkux
あの程度の人物とは例えば誰?

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 21:46:48 ID:9K4+B82r
つ黒田如水

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 22:36:56 ID:+FvsJloS
つ小島職鎮

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 23:10:17 ID:NiZh2Nth
もし信長がいなければ秀吉や家康のように全国統
一できる者が出てこれたのだろうか? 江戸時代
のような安定政権はないだろうから歴史は大きく
かわったはずだ。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 01:11:32 ID:tSolNpVI
じゃあどっかの結局植民地化ですか
信長の領土拡大は異常だよな
なんであそこまで拡大できたの?
スタート地点なら
氏康>信玄>信長
でしょ?


86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 01:24:11 ID:hxaixGni
>>84
逆。
安定政権の下で
軍備増強を長らく怠ってきた江戸幕府が、その結果として結ばされた不平等条のせいで
危うく欧米列強の植民地になる所だった

19世紀イタリアのように、天下統一と近代化が同時に行われ得るケースもある事を忘れてはいけない

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 01:41:39 ID:Yt3c//E+
>86
逆はどこに掛かっているの?

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 01:50:43 ID:hxaixGni
>85
>じゃあどっかの結局植民地化
ああ、こっちにな


89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 02:09:49 ID:g1SF6P9q
そしたらあれね、統一が遅れてたら伊達政宗にも可能性が出てきて、
外国(どこだっけ?)の力借りて統一したかもわからんね。
そのまま植民地っと。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 03:40:11 ID:KCdXLVXE
>>89
スペインじゃなかったかな?

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 04:37:30 ID:jQAu8GlN
>>84
江戸時代が無かったとなると、文化的にかなり様相が
違ってくるか…。

政治的には、日本の有力者たちが外国に手を借りつつ
争うような事態になって、それが常態化したら厄介な事に
なりそうだな。そこから統一となると、外国勢力の情勢も
より大きく影響してくるだろうし。

しかし、信長がいなかったら、天下統一は遅くなったのかね。
早まるような可能性はないかな。

92 :sage:2006/08/05(土) 05:13:09 ID:L2IOaqfl
>>89-90
スペインの植民地になってたら、その後の世界史も大きく変わってくるな。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 05:58:27 ID:Yt3c//E+
もし信長がいなかったら室町幕府はあとどれぐら
い続いたのだろう?当時の考え方として足利家に
取って代わることより、将軍を擁立して天下に号
令するというのが精一杯のような気がする。

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 07:37:28 ID:8f8kS2Li
日本はプロイセンみたいになったんじゃまいか

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 09:28:25 ID:g1SF6P9q
日本が植民地になってたら、
アジア・アフリカ諸国の独立はまだかもしれないね。
韓国

>>93
鎌倉幕府みたいに将軍が傀儡になった可能性は十分考えられるよね。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 09:32:28 ID:g1SF6P9q
>>91
信長は天下を狙ってたようだけど、
当時の諸大名は領地拡大や所領の繁栄が一番だったんじゃないかな?
そうだとすると群雄割拠は目に見えてるようなようなような

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 11:17:20 ID:Ada57gL2
天皇がやる気あれば、王政復古のチャンスもなかったかな。


98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 15:22:26 ID:tSolNpVI
300年早い明治維新ってのも面白そうだ

将軍と違って傀儡にはならないし


99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 15:40:40 ID:P8NK9nJ+
朝鮮出兵が無いと、中国はまた南北朝時代になりそうだが
清(後金)の兵数は日本のソレと同じぐらいだった筈だから
すでに国家としてキュウキュウ言ってた明が、日本の朝鮮出兵→女真族の台頭→李自成の乱と連続で来たからアボンした訳で
信長―秀吉ラインが存在しないことは、東アジア史全体に波紋を呼ぶIFだろう

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 20:06:36 ID:VSQTW3A8
96さんに禿同
信長は明確な国家ビジョンをもった戦国大名でしょ

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 21:32:43 ID:tSolNpVI
まあ信長を継いだ家康や秀吉の代わりは勝家や三成でもいいわけで
でも信長の代わりが出来た人物はいなさそう

信長が後10年生きたら全国統一ができたっていうけど
信玄、謙信があと10年生きても多分全国統一には程遠い気がする

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 22:44:54 ID:mRBZ40vY
信玄や謙信は天下を統一してやろうと思ってもいなかったしな

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 00:12:07 ID:f/X6thVp
>>98
実権を握ってしまうと結局
傀儡になると思うけどな

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 00:14:20 ID:4cMkqW8A
空想空想w

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 01:03:54 ID:SmB6gGuB

1640年くらいに宇喜多秀家が天下統一とかw

統一者を個人名で指名するなら、1500年代の後半生まれの世代だろうな。




106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 01:06:43 ID:f/X6thVp
どうせ愛知県民なんだろ

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 01:14:24 ID:1ATbKgVP
有力:伊達政宗、宇喜多秀家、上杉景勝
大穴:立花宗茂、真田信繁
論外:徳川秀忠






108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 01:16:12 ID:toM1m/5Z
伊達政宗・真田信繁・立花宗茂

ダウト。

109 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/06(日) 01:19:19 ID:YkTfp+H4
1567年組に深い思い入れでもあるのだろうか。

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 01:28:58 ID:toM1m/5Z
見ればそうなってたな・・・小大名真田の次男でまともな戦歴(時代が時代か)が無いのについてこんでしょ。立花宗茂もねぇ・・伊達政宗を加えた理由は俺が嫌いと言う個人的理由に過ぎん。可能性はあるとは思う。少なくとも二人よりは。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 02:06:09 ID:DA5ekxD7
伊達政宗か長宗我部元親か島津義久

信長がいなきゃ秀吉や家康は絶対天下取れない

北条や毛利は保守的志向なので天下は取れない

上杉謙信・武田信玄は寿命の関係で駄目、彼らの跡継ぎにも天下を取る器量はない

112 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/06(日) 02:09:11 ID:YkTfp+H4
三好や朝倉、大外から南部。

統一のイメージは湧かんなあ。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 02:10:37 ID:f/X6thVp
意外と今川義元

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 02:40:53 ID:DA5ekxD7
義元はあるね
とにかく「俺が戦乱を終わらせるんだ」ってやつには見込みがある

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 03:11:22 ID:oMeYJXV5
浅井長政あたりは?
器量は信長が見込んだだけに期待できそうだし、北近江って地の利もある。
おまけに当時の有力大名と目されてた朝倉もバックに付くわけだから、
上手くいけば畿内で一大勢力を築けたような気がするんだが。
んで、久政が死ねば無能な朝倉義景を潰しちゃえばいいわけだしさ。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 03:47:04 ID:pS7k66Kq
だから松永久秀ですよ

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 05:47:07 ID:XxwHQ11H
勢力を維持できるのも朝倉家のおかげなのに浅井家が勝てるとは思えんなあ。


118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 06:56:12 ID:LWESjHbk
日本の副王を挙げない奴が半分くらいいるな。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 07:25:52 ID:1h7V9FIT
>>117

確かに
浅井は朝倉の属国みたいなもんだったしね
攻められたときは朝倉が助けてくれる



信長が現れないってことは畿内は戦乱だろ?
以外と朝廷が毛利や北条を頼ることはしないだろうか?
謙信が入京したときにそのまま居座ってたら、上杉(当時長尾)が一歩リードじゃねえ?

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 08:44:35 ID:4ZrQjjP/
生まれが10年早ければの伊達政宗も100万石以上の大大名だし
東北幕府もありえる
毛利は勢力を増やしていけばいやでも天下を考えてしまう
また明治まで戦国時代が続くかも、そうなれば地方は発展したことだろう

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 09:14:30 ID:XxwHQ11H
政宗にだけ10年の時間を与えるのはずるくないかい?
武田や今川、三好その他もろもろの大名にも与えるべきだろ

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 10:31:57 ID:jWUfRDTt
室町幕府が存続する→(将軍家のみでは存続出来ないと思われる)幕府の実権
を巡って第2次応仁の乱が勃発→勝者が幕府の実権を握る(将軍は足利一族から出るが
ただの操り人形状態に)さすがに幕府自体を潰そうとは信長以外に考えないと思う

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 10:40:54 ID:2YnM6afa
マジレスすると若狭武田

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 10:51:11 ID:rcBivSXt
織田、斎藤の姻戚なし(信長無しでもあったか)
1551 織田信秀死亡(毒殺なら…)
1552 斎藤家尾張に進行(今川もくるか)
1554 三国同盟(なるか)

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 12:21:56 ID:f/X6thVp
いくらなんでも伊達は無い

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 12:23:15 ID:GLdyuzrx
NHK総合や教育テレビ・民放・CMで行われていること。
間抜けな役でブサイク日本人男性を大量にテレビに出すことによって
マイナスイメージを強調する。 外国人犯罪は報道せず日本人の犯罪を大きく取り上げる。
外国人が大きな犯罪をした場合でもセットで日本人男性の犯罪を取り上げる。
その反対にテレビに出てくる役どころも含め外国人男性は皆カッコいい・・・
その横にブサイクな日本人男性がヘラヘラ笑っている映像を意図的に流す。
その他のパターンでは(主にCMで)
・容姿の素晴らしい外国人男性と日本女性が楽しそうにしている場面に
ブサイクで間抜けな役の日本人男性が出てくる(滑稽な役で)
・マヌケでアホ面をした日本の男が独り寂しく佇んでいる。 基本的にズッコケ役で登場。
・日本人男性と日本人女性が一緒に画面に映るときは不自然に
チンパンジーやゴリラなどの動物が登場して映像自体にマイナス要素を入れる。
また、日本人女性はアップで映っても日本人男性は顔を確認することも出来ない
0.5秒くらいのカットでしか出てこない。しかもフォーカスがボケている。
もしくは顔を映さず手や肩のあたりしか映さない。後姿だけの登場にとどめる場合もある。
・基本的に日本女性と日本男性は組ませない。それぞれ男は男同士。
女は女同士。そのなかでも出来るだけ日本男性にはマイナス要素を入れる。
例えば、ひたすら食べ物に食らいついているシーンを流す。 古臭いファッションをさせる。つまらないダジャレを言わす。
日本人男性が出てきても老人だったりする。とにかく映像の中に寒々しい雰囲気を作り上げる。
・究極のパターン。本来は日本人男性が出てきてもいい場面で
CG、アニメ、ぬいぐるみにやらせる。 つまり初めから日本人男性をテレビに出さないというやり方。
このようにして純粋な日本人の子孫が作られないように印象操作しているようだ。
特にNHKが凄くて街頭インタビューでは日本の男は全部お笑い芸人のような外人が見るとニヤニヤ喜びそうな変な奴ばっかり。
日本人男性をボコボコに痛めつけて最終的には奴隷のような境遇に突き落とす
のが連中の狙いである。テレビのスイッチを付けると日本人男性総リンチ状態。
こんな国どこにありますか?これをやってる奴は絶対にゲラゲラ笑ってるよ。


127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 13:33:34 ID:h2LC7Hud
足利幕府が滅んだ後、今川が源氏の嫡流として幕府再興。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 13:36:04 ID:YX/acenn
[我を崇めよ!!!]

【都内限定】☆NOBUNAGA☆オフ【将軍万歳】

http://off3.2ch.net/test/read.cgi/offreg/1153645469/
書き込みしたから、ひまなとき、見てね!!!

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 13:36:45 ID:YX/acenn
将軍☆NOBUMAGA☆スレ初OFF会・開催決定!!!

参加資格・☆NOBUMAGA☆がすごく嫌いじゃない者。

8/7(月)

新宿西口地下広場交番前
(駅員に聞いて下さい。)
20時集合

新宿の居酒屋 (未定)
会費 なるべく安く割り勘 3500円目標
空気合わなかったら5分で離脱OK、ドタキャンOK

スレに参加表明、ハンネ、その他希望・意見の書き込み、お願いします。

気楽にな…(人生考え過ぎても、良い結果はでんぞ。)

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 14:37:14 ID:SAQIzwZc
松永久秀推しのやつ約一名がことごとくスルーされてる><




おれも一票いれとく

131 :(´・ω・`):2006/08/06(日) 18:20:16 ID:tS6V+7vi
武田信玄&上杉謙信と言いたいが、この2人は永遠にバカやってそうなんで
まじレスすると...

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 18:38:07 ID:/76MMta7
素人レベルで考えたら今川義元→松平元康

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 18:58:03 ID:yOInbDdv
信長がいなければ今川が上洛成功し、足利将軍を擁護。
今川自体足利一族だからそのまま養子となって将軍職を
継いだかも。武田、今川が敵対することはない。武田も
源氏の名門だし信玄、義元は義理の兄弟だから。駿甲同盟を
中心に天下が治まっていった予感。唯二代目を比較すると
氏真、勝頼では大人しくしていた家康に翻弄されそう。

結論:信長、秀吉がいなくても家康の天下は必然だった。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 19:34:25 ID:1ATbKgVP
>>111みたいな、
中部地域の信長・秀吉閥を受け継いだ歴史的前提で考えれば、
その基盤が持てない以上動き辛いといった見方と
>>19や上のように
極端な話、島津や毛利、上杉が天下取ろうと
最後には結局家康の計算通りって見方は拮抗してる

そう簡単に結論が出る物ではないだろう。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 21:22:32 ID:XxwHQ11H
歴史は水物だからね

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 21:22:53 ID:SbSTQouQ
よくて家康は三河一国しか与えられそうにない気がする

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 21:36:38 ID:Yb7e85vv
家康はツキもあったからな。
義元死んで今川から独立。
信玄死んで危機回避。
信長死んで甲斐・信濃進出。
本当にすごい人なら、条件が変わってもそれなりに活躍したかもしれないが、天下取りにはツキが必要じゃないかと思う。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 22:00:46 ID:qNANsfef
家康以外なら京に乗り込めたとしても結局足利将軍の後見役みたいな
ところだろうな

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 23:52:49 ID:Gt45L8KH
素人なりに考えてみる。
初めは今川義元が尾張斯波、伊勢北畠、近江六角の親将軍守護大名の国を通って上洛、将軍を補佐。(1560)
領地を増やして統治する訳ではなく上洛軍で一気に京へ登る。即ち大内義興です。
だから兵糧の調達に苦労して大内義興の二の舞を踏む。(1563)
そのあと義輝暗殺で三好三人衆と久秀。義昭は今川を頼る。(1566)
しかし、三好・松永は将軍殺しの実績があるため、諸国の大名は従わない。
モタモタしてるうちに義元が準備を整え再び上洛。(1570)
暫く今川政権が続くが、例によって義昭、手紙乱発。(1572)
さらに公卿のような食事を好む義元の寿命は長いと思えないのでこの辺りで病死。
後を継ぐは氏真。
しかし、氏真の器量に失望した松平・六角・朝倉らが管令・尾張守護斯波義銀を謀殺し離反。元康改め家康が今川の名を継ぐが出自や謀反を理由に、伊勢北畠・朝比奈・岡部らが反抗。再び混沌の時代へ。(1574)
上杉、武田は家督争いで弱体化(義信が健在)。そして、信長がいてもいなくても対した戦略的影響はない九州島津・奥羽伊達が史実と同じ様に版図拡大。(1586・1589)
九州・大友家は領地を守るため仇敵毛利・長宗我部に救援要請。保守的な両大名は危機感から救援を送り、島津の侵攻は手詰まりに。(1589)
奥羽伊達は関東に固執する北条との同盟があるため佐竹・相馬を挟撃、上杉は、景勝方が武田の支援を得られなかったため景虎が後を継ぎ北条に従属。(1590)
政宗は奥羽を五年でほぼ統一した手腕で小勢力の多い加能越、内乱の続く甲信を制圧。(1595)
続けて今川家再興をほのめかし、氏真擁立派の朝比奈・岡部ら今川旧臣を糾合。飛弾・信濃・遠江・伊勢から家康領三河・尾張・美濃を圧倒的兵力で席巻。(1598)
辛くも難を逃れた家康は、六角・朝倉・三好・細川・一色・雑賀衆ら近畿軍に毛利・長宗我部の援軍を加え近江で伊達を迎え撃つ。
浅井長政、蒲生氏郷らの奮戦で近畿軍有利に戦は進むが、鬼庭・北畠らが別動隊が越前・伊賀を落としたとの報が入り朝倉・毛利・長宗我部が離脱、それを見た雑賀衆・細川が寝返り形勢逆転。家康討ち死にで戦は終わる(1601)
一年後、近畿は伊達家の支配下に収まる。
さらに毛利・長宗我部が先の戦で家康に加担したことを詫び、領地の一部を差し出し帰順。
島津は頑強に抵抗したが物量差に押し切られ薩摩を安堵で降伏。(1607)

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 00:06:01 ID:RoL2QO4M
>>130
アリガトー!

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 09:56:24 ID:B47+WWl8
また伊達厨か

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 10:03:49 ID:Egqg/LJJ
信長がいなかったら徳川家康は存在しませんよw


松  平  元  康  で  す


もっちっと勉強しましょう

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 10:43:10 ID:uo97Gm71
細かい所まで考えてるレスは余り無かったんで
なかなか面白かった>>140

只、基盤の揃ってる三好が順当に駒を進める線の方が強いような

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 11:08:44 ID:S/DCY5WZ
>>142
固有名詞が違うだけじゃん。
家康が存在しないとか、もうあほかと。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 12:06:21 ID:3Smw5NKB
結局愛知県出身の誰か

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 12:17:51 ID:cfuAkfuX
本命=松永久秀
対抗=斎藤義龍
単穴=浅井長政


147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 12:37:19 ID:Egqg/LJJ
>>144

徳川家康は存在しないでしょ?
固有名詞が違うってことは存在しないってことだよ?
君、頭悪いの?


148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 12:55:05 ID:ch2M0rm2
家康ってNO2の位置にいる事で生き抜いた印象があるけどね。
家康が先頭きって統一事業を行うって想像できないな。


149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 13:19:14 ID:uPZNeRX8
>>147
このスレの空気的にはそういううんこみたいな屁理屈はいらんと思うが。


150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 14:13:51 ID:Egqg/LJJ
>>148

それはよかったねw


151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 14:16:59 ID:rxkf7LJS
148 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2006/08/07(月) 12:55:05 ID:ch2M0rm2
家康ってNO2の位置にいる事で生き抜いた印象があるけどね。
家康が先頭きって統一事業を行うって想像できないな。

150 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:2006/08/07(月) 14:13:51 ID:Egqg/LJJ
>>148

それはよかったねw

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 14:43:05 ID:cfuAkfuX
なんか妙にイラついている人がいらっしゃいますねw

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 14:52:30 ID:inySBXZa
理屈を理屈で返さないならスルーするのか基本なんだがなあ
形を変えた夏、なんだろうな

154 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/07(月) 14:57:58 ID:J0frOV7H

長宗我部だの島津だの伊達だの毛利が天下とるって
ほざく奴はただの妄想 

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 15:05:25 ID:fzcxKknx
あと本願寺が天下を取ると言ってるのもどうかと思う。


156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 15:07:28 ID:cfuAkfuX
>>154
スレタイから明らかなようにここは妄想を語るスレだろ?


157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 15:18:26 ID:/eGxuapx
よね姫に決まってるだろ

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 15:27:30 ID:41NERKh8
書いた人を批判するのは 歴史愛好家らしくないべ 俺は山之内一豊

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 17:42:32 ID:0VHOTgMZ
50年くらいは誰も天下を取れず、
イエズス会、本願寺、諸大名が入り乱れる
戦乱の時代が続いてたと思う。

経済や宗教統制まで含めた天下統一のビジョンを持ってた戦国大名なんて
信長とその後継者以外にはいないからね。

今川にしても武田にしても、自分の本拠地から京まで侵攻して、
将軍を擁立して栄華を誇っているうちに他勢力に追い出されるのが
関の山だと思う。

九州はカトリックだらけになってたかもしれないし、
最悪、二度と統一国家はできなかったかもしれない。

逆に、微妙に遅れて統一された場合、
(秀吉の唐入りのような)軍事力過剰による外征ブームと明朝崩壊が重なったりして、
結果的に大陸に日本領が出来ていたかもしれない。


160 :世界@名無史さん:2006/08/07(月) 18:18:50 ID:40mlWAP9
三好って誰?

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 18:24:16 ID:t1Jw1YTl
バカヤロー!
朝倉義景の恐ろしさ今こそ見せようぞ!

ってことで、最上か六角が天下統一

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 18:41:51 ID:v7vZmOGt
「信長の野望」では、雑賀(鈴木)孫市で天下取ったが、実際には無理かな。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 19:13:49 ID:w6fVdxvj
本田平八郎忠勝

164 ::2006/08/07(月) 19:58:17 ID:vMngpBXf
島津 伊達あたりが有力かな


165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 21:02:10 ID:cfuAkfuX
天下統一なんて目指す大名が現れず
ひたすら領土拡大をして、自然に10大勢力くらいで均衡が取れて
統一国家が出来ないような気がする

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 21:06:12 ID:TEL5b3rb
ラビット関根
または
まりちゃん

王貞治でも可

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 21:08:25 ID:xHPtcr8D
>>160
日本の副王とまで呼ばれた三好長慶を擁する鎌倉以来の名門。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 21:25:06 ID:F7qxfzFH
>>165
俺もそう思う。
淘汰され10ぐらいの大勢力に絞られると思うが
ヨーロッパみたいに足の引っ張り合いに終始して
統一なぞ出来ないだろう。
するとすれば、信長みたいなカリスマと構想力を持った奴が
たまたま生まれた陣営だろう。


169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 23:05:10 ID:oZTHhF+u
だらだらといつまでも戦国時代

欧州との交易を断たずに技術的に追随

黒船キソー

ゆるやかに明治維新(明治への改革)

大名合議体が天皇を仰ぐ「日本連邦」

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 23:38:24 ID:uo97Gm71
各領国とも
欧米列強・他大名家の双方を牽制する為に
最新鋭艦を多数配備、砲撃技術の粋を磨き上げるんだろうな>19世紀

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 00:33:33 ID:HRyeAb4C
小倉優子

理由
コリン星人で文明が発達しているから

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 06:01:18 ID:/6NKyiT6
たとえ戦乱の世が続いたとしても、史実での明治維新までに信長級の天才が現われるんじゃないかな。

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 09:58:56 ID:4HtjYvH5
猿吉が今川の直臣になりデブ康と組んで下克上

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 10:54:49 ID:CLIuusqe
秀吉は今川直臣になるのは難しいと思う。
義元は松平を家臣同然とはいえそれなりに重用してるから、多少の出自の低さは気にしないけど、さすがに武家出身ではないものを重用するとは思えない。
だから史実通り松下家臣か、うまくいって松平家臣ってとこだと思う。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 11:26:36 ID:8WThyc1s
>>172

確かに、平時で活躍できない武将は乱時で活躍できたかもしれないしね

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 11:31:25 ID:7qHRmXvf
秀吉は斎藤家に仕官すればどう?
斎藤道三なら才能ある者を家柄に関係なく取り立ててくれそう
その後の道三と義龍との争い
無能だといわれる龍興など秀吉が主導権握るチャンスはいくらでもあるし。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 12:02:06 ID:8WThyc1s
>>176

家臣に取りたてもあるかもしれないけど、道三の影響力は信長の影響力程じゃないから
義龍は農民上がりは重宝しないと思う・・・


178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 16:58:46 ID:DzpDAG+q
まあ信長秀吉家康の3英雄でも60年がかりで戦国時代終わらせた訳だしな、一代じゃ無理だねえ。
上洛だけなら大内も織田もしてる訳だが、実力がなければ誰も従うわけがないからなあ。

秀吉ほど使える家来もいないからな、口先三寸と知謀でどこでもそれなりにやれるかも、松永くらいの腹黒い出世してくれそう。
家康は想像つかんが、三河領取り戻すのに人生使い切りそう

やはり信長秀吉家康のバトンリレーは日本の歴史の中でも特別な物だね。カリスマありすぎw

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 22:02:34 ID:9WWnbLph
姉小路

180 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/08/08(火) 22:07:55 ID:79mf19zj
うんうん。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 22:37:50 ID:MCK6gMhO
どうせ妄想スレだ、俺は戸沢盛安をあげるぜ。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 23:33:19 ID:/Tejgot4
綾小路

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 01:18:53 ID:/neOcXMG
俺は九州の島津に注目している。信長や秀吉が出現しなければ九州
平定は確実。その後島津は上洛を目指したりしないで明国や南蛮と
交易して次第に力を蓄える。さらに東南アジアにも進出、戦国末の
島津の軍事力をもってすれば東南アジアの小国くらいなら支配下に
置くことも可能だったかも。結局日本国統一という路線からは外れて
しまうが……だが幕末の島津斉彬はじめ多くの逸材をうみだしたこと
を考えれば信長に代わる天才は意外と薩摩から出現するかも

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 06:43:12 ID:E/FcFwzV
真田幸村・・・無理か・・・

185 :170:2006/08/09(水) 14:15:29 ID:c1eOpXUl
19c前半が>170、
後半辺りから>169の流れな。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 17:52:56 ID:NEkvqCyB
>>183
それはありうるかもしれない、なにも京都にこだわ
ることはないし、貿易による利益が莫大であること
は戦国時代で一番都会だったのは大内氏の領地であ
る山口だったことからもうかがえる。

187 :無名武将@お腹せっぷく:2006/08/09(水) 21:29:15 ID:9m6I5IbD
・・・信長みたいに派手な天下統一できる奴は居なかったから
たぶん外国に攻められて今頃植民地だな

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 22:53:36 ID:3MlzLYka
まあ天下に号令をかけるという発想が持てて、その当時で、かけれる人となると、足利義昭以外にはいないし、大義名分を得られやすいから、守護大名も義昭を擁立して台頭しようとするだろうから、、擁立する可能性の高い大名を考える。
となると、三好から追われた訳だから当時最大勢力であったが三好は、消去。で、次に京都に割と近く三好に対抗しうる勢力として毛利じゃないだろうか。史実でも義昭を保護をしているしね。実際利用もしたし。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 00:15:03 ID:oiP5FdCA
フランシスコ・ザビエルですう。

日本語は消滅しています。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 01:32:52 ID:vk/1H5oR
まあ独眼竜か島津、それか植民地になっていたか。
片目は北条と佐竹、鬼石曼子は毛利が最大の敵だと考えると
島津のほうが有利かな?

まあ統一が遅れてると今頃は、ファンニステルローイ・ラウール・フィーゴ
のいずれかと同じ代表でサッカーをもやっていたかもしれない。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 07:01:15 ID:6auy5GC6
>>190
フィーゴはないだろ、ポルトガルはスペインに併合されるんだから

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 07:03:57 ID:KdoVKw7a
>>190
島津家と毛利家は対大友でかなり近い立場に合ったらしい。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 08:15:25 ID:ZARY5yFz
普通に考えて本願寺でしょ
日本の鎖国政策が早まるだけ

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 09:01:04 ID:dxASoRoc
何度か出てるけど、
どこをどう考えたら本願寺の名前が出てくるのだろうか

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 10:28:58 ID:aJH/K0cc
信長の野(ry

196 :名無しさん@お腹いっぱい:2006/08/11(金) 11:09:03 ID:2fwgsDPI
小泉〜阿部

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 12:50:36 ID:7O5d6Okj
北条

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 19:37:12 ID:lzKurA0d
>>193
>>79

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 01:33:42 ID:yl6N19aS
(ケース1)
一向宗の勢力拡大は止まらず,関西から北陸西部にかけてを実効支配し,
同地域の戦国大名は一向宗に任命された徴税官・警察官になり下がる.

一向宗は関東,東海道,中国地方,四国にも拠点となる寺院を構え,
寺領では治外法権も同然の状態になるが,
戦国大名の配下である武将の多くも一向宗であり,戦国大名は一向宗に全く手が出せない.

さらに,一向宗に所領を寄進する武将が続出するに至り,
平安時代の国衙領と荘園のような二重支配体制が出現する.


(ケース2)
戦国大名によりゆっくりと九州が統一されつつある傍らで,
貿易や先進技術を餌に戦国大名の保護を受けたスペインのカトリック布教は順調に進行する.

九州を統一した戦国大名は国教をカトリックと定める.
(本国には「日本の九州地方に属国を建国」と報告される)

150年後に九州カトリック王国は本州の勢力に滅ぼされたが,
その間に九州全域にカトリックは浸透して,住民の90%はカトリックとなった.
そのため,宗教を理由とした分離独立を標榜する一揆やテロが現代に至るまで絶えない.
(英国におけるアイルランドがこんな感じですな)

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 01:55:15 ID:Hmx5wapq
足利家

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 01:56:34 ID:jLta0DS3
今川が天下とって、
家康が今川の養子として2代目将軍。
結局大して変わらんのと違う?

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 02:21:11 ID:HwC4lmsB
>>187
海外の植民地はないだろう。
徳川幕府は農業を除いた技術革新・競争は故意に抑制していたが
戦国時代が続くとなると、とこも必死で新しい技術を開発・取り入れよう
とするから、江戸末期よりはるかに技術レベルは高くなる。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 02:58:35 ID:yj/AYi83
本願寺と手を結んだ大名

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 07:06:40 ID:mgGLx2WZ
>>199
宗教を過大評価しすぎ。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 07:31:39 ID:ilxRXbEN
本願寺の勢力は大きかった。

摂津や北陸だけでなく、三河、伊勢、紀伊などにも信者がたくさんいたみたい。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 07:47:35 ID:mgGLx2WZ
だからといって>>199の展開は無茶すぎ。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 09:16:27 ID:HwC4lmsB
>>203
確かに、キリスト教を国教にしたローマみたいに本願寺の力を
無視できず積極的に利用しようとする大名は出てきたかも。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 09:42:59 ID:mgGLx2WZ
>>207
出てきたかもも何も武田信玄なんかは普通に同盟結んでいるし。
しかし一向宗は北陸では朝倉や上杉と激しく争っている。

まあ、戦国大名と互角に争ったり同盟したりしている点で、
当時の本願寺勢力が戦国大名並みの存在だったのは確かだし、
それは十分凄いことなのだが、それ以上の存在だと思うのは過大評価になる。

宗教勢力が強大になるには他の宗派との対立という、
一般の戦国大名にはないハードルもあるしね、
本願寺は別に日本の宗教界を代表しているわけではないので。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 10:00:50 ID:HwC4lmsB
>>208
信長が叩き潰さなかったら、その宗教界の闘争に本願寺が勝って
全国規模の大宗教になってた気がする。
あの信者の戦いかたや庶民に受け入れられた点からして、
一神教に近いものを感じるのだが。
キリスト教も初期は弾圧されたが、信者が増えすぎて仕方なしに
体制に組み入れた。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 10:06:31 ID:bP93Yhd2
俺んちのババア

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 12:16:50 ID:Sdf/IP00
京まで軍を進めて、一時的に自国領から近畿までの勢力を臣従させるだけなら
今川、武田、毛利あたりには可能性がある。

ゲームでは有利な立場になることが多い島津、伊達、上杉、北条は
実際には補給線が伸びすぎて厳しいだろうな。

長期統治のためには本拠地を京の近くに移す必要があるけど、
その点では今川に一番可能性があるかもしれない。

なんかこの板では局地戦の強さだけが重視される傾向があるけど、
本当に必要なのは他を圧倒する経済基盤を確立することと、
長期安定支配の妨げとなる叡山や一向宗をなんとかすることだと思うけどね。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 17:24:55 ID:mgGLx2WZ
>>209
事実として天文法華の乱で法華宗一揆に負けてます。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 18:02:05 ID:BsLGahhX
ベジータ

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 19:28:04 ID:iww0WvGV
>>202
内戦状態の国に取り入って対立する部族、国家同士を煽り「支援」
の名目で傀儡政権を作り上げ最期には併合するのは列強の常套手段
ですが。

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 20:09:06 ID:OPZ0jHfp
>>214
当時の日本を甘く見すぎでは?
やすやすと植民地化されるとは思えん。
というか植民地化するほどの兵力を
向こうが地球の反対側まで動員したりできるか?
内戦状態に付け込むというが肝心かなめの欧州側が一枚岩じゃないのに・・

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/12(土) 21:40:24 ID:QbIBcMHs
よくわからんが本願寺、家康、秀吉が天下を取る事はないと思う。

217 :俺様:2006/08/12(土) 22:19:11 ID:/dPfUIgo
どうした?

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 02:03:49 ID:f9cqJ3X9
内戦につけこんで欧州が遠征

欧州側につく大名もいるだろうが、ほとんどの大名が共通の敵に対抗するためになりゆきで同盟しそう

今川 三好 上杉 武田 斉藤 北条 朝倉 名だたる大名の連合軍
妄想しただけで鳥肌が

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 02:54:23 ID:zisFaMPD
>>218
欧州に蹴散らされる大名連合を想像して泣いた

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 02:59:10 ID:am3Zojak
いや、当時は日本が世界一の陸軍国だぜ?戦闘員の数と練度が違いすぎ。

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 03:11:19 ID:zisFaMPD
いや、なんとなく海戦をイメージしたからさ。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 05:05:53 ID:r/jvnHQj
連合軍の総大将は誰がつとめるの?
将軍家かな?

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 06:53:11 ID:2bRozw1X
総大将 足利義輝or足利義栄or足利義昭(時の将軍)
副将 今川・上杉・武田
参謀 三好・斉藤(糞孫の場合を除く)

以下、各家の猛者達がお相手いたします

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 09:54:35 ID:Whq8qiJs
龍興は糞ですか。

まともに評価できないとは悲しい。

おまいさん大名なら家柄重視なんだろうな。

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 10:21:21 ID:bjKSe5Ri
実際には当時の欧州には、
日本の戦国大名が連合しなければ戦えないほどの戦力を東アジアに送ることは出来ない。
例えば台湾に拠点を作ったオランダの兵力は技か数百で、
数万の兵を擁する鄭成功軍になすすべもなく粉砕されている。
当時の欧州が東アジアに送り込める戦力とはそのくらいのもの、
単独の戦国大名でも万単位の兵力を動員できる日本には手も足も出せません。

イエズス会士の日本占領計画とかもあったそうだけど、
現実を見ない机上の空論としか言いようがない。
まあ、18世紀くらいになれば話は変わってくるが。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 13:57:31 ID:2bRozw1X
龍興をまともに評価って言われても、酒色に溺れるし、家臣には背かれるし、
城は乗っ取られて、国も追われ、最期は刀禰坂で敗死ですが?

>家柄重視
家柄重視だったら、斯波や吉良や一条や西園寺を挙げているわい。

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 14:04:12 ID:GAHpxzr/
ポルトガル人の宣教師は日本の文化を見て驚いたらしいな。宣教師が白人以上か白人と同じくらいの文化を持ってると言ったらしいし。
当初は日本を植民地にしようと考えただろうが、日本の凄さを知って諦めたんだろう。

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 15:05:58 ID:oPeCYClS
俺、織田信雄に生まれないでよかった。

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 15:22:56 ID:Txw0mjpM
日本の全大名が協力して共通の敵と戦う
欧州vs日本っていう形式なら勝てると思うよ

ただこの手の戦いは大抵
一方がイギリスから兵を借りるともう一方はオランダから兵を借りる
だから植民地とまではいわないでも
どっかの半島みたいになる恐れもある

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 16:51:07 ID:fQlv5lnK
>>227
なんかチョンみたいだな。
自国優越主義みたいな。

幕末にも似たような評価されてますけどね、
評判ばかりで薩摩とかふつーに負けてるんですよ。

アメリカにも負けましたし、
日露戦争だって米英が露に負け判定を与えたほうがいいから一応ってだけですし。

そりゃ真っ向から勝負すれば
遠い東の果てまで遠征してくるわけですから100%西欧の勝ちとはいえませんけど、
ちゃんと下準備をしてくるって前提なわけですから植民地になる率のほうが断然高いですよ

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 17:41:19 ID:ymq1jkRG
植民地化されるかも、って話は
別に欧州列強が武力で制圧する、とかじゃなくて

内乱に入り込んで、支援という形で後ろから操るって事でしょ?
だから、欧州列強が自分で兵を出す必要は全然無いし、欧州軍対日本(全大名)軍とはならない。
で、それら列強に分割統治されるか、列強の傀儡として国内統一するか、どちからということだね。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 17:58:14 ID:ssUpwIoo
当時の欧州は「列強」じゃないんでは。
幕末あたりの欧州とイメージを混同している人が多くないかい?


233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 18:16:11 ID:l2C5cQSX
信長がいなければ、普通に今川が力つけて、天皇の権威を利用しつつ、
自分が誠意大将軍になり、幕府を開くも、諸大名を抑えきれずに、
50年後くらいにまた乱世に逆戻りみたいな感じかな。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 18:18:48 ID:0S4BSMdr
今川包囲網でもできるのか?

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 19:54:39 ID:bjKSe5Ri
>>232
自前の兵力僅か数百人で数万人の動員力を誇る戦国大名をどうやって操るのかね?
せいぜい戦国大名に取り入るくらいしか出来ない。

実際18世紀にはそういう形で植民地化を進めているが、
16・17世紀に東アジアではまだ無理。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 20:47:01 ID:f9cqJ3X9
当時の鉄砲保有量世界一だったそうです 日本は
動員できる兵数&補給を考えると、有力大名なら単独で追い返すことも可能ですな

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 20:54:08 ID:TkerQrkr
火薬の量は?

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 21:09:44 ID:bjKSe5Ri
火薬というかその原料の硝石は中国からの輸入によっていたが、
戦国時代後期か少なくとも秀吉の時代には国内生産も始まっていた。
どの道火薬不足で発射も出来ないのに鉄砲だけ大量に作るわけはないので、
その保有量にみあった量は確保できていたのだろう。

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 23:59:23 ID:zisFaMPD
>>235
その為に宗教を使うんだろ
上手く使えるかどうかは別にして

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 00:19:00 ID:f1VPjbOm
ある程度大きな勢力になったら分裂して、またある程度大きくなる。というのを
繰り返して100年位戦国時代が続いたのではないだろうか。

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 00:24:05 ID:CQXzTFzO
信仰の自由がある現代において
キリスト教徒は全人口の1パーセントに満たない事を考えると
(何十年もずーっとこの率を維持してる)
宗教には期待できなさそう。
しかも当時は法華や一向宗も勢いがあったわけだし。




242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 05:17:58 ID:ggWQkHxN
>>241
・叡山を焼いて聖域が無くなったことを世に知らしめた。
・一向宗とガチで戦ってその戦力を大幅に削ぎ、その後武装解除。
・本願寺を東西に分割して二度と一向宗が団結できないようにした。
・檀家制度を導入して宗門を固定化し、仏教から布教という概念を無くした。

こうして仏教からは徹底的に牙を抜き、存在そのものが毒となるキリシタンは弾圧したから
現在のような「宗教には期待できない」日本になったのだよ。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 07:43:22 ID:i+oyXVAC
>>242
というか、そういうことの先鞭をつけた信長がいなかったらという話だから、
もしそうなれば、そういう強固な軍事力を有する仏教勢力等が邪魔になって、
キリスト教なんてそれほど浸透できないよ。
信長がキリスト教に好意的だったからこそ、あの程度の発展できたという事情もあるのだから。

もちろん、仮にその後自分に抵抗するなら信長は容赦なくキリスト教を弾圧したとも思うけど。

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 09:36:14 ID:OWuFKeTZ
というか真面目な話、キリスト教が軍事力を背景にせず純粋に宗教として
国家を動かせるほど権力に近付けた例ってアジア圏でどの位あるんだ?

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 14:26:44 ID:Hs28zfof
全国10くらいの勢力にまとまって、それを義昭が上手にまとめますよ。
そして今頃は義昭が足利家中興の祖と呼ばれてる。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 14:27:01 ID:uGVBDRDO
今川幕府二代将軍氏真

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 14:54:00 ID:zhkaXgjE
>>244
キリスト教の布教は国家による貿易(軍事力)と一体で行われていた(日本除く)ので、
その仮定は無意味。
ただ、それでも宗教勢力として国政を動向できるほどに根付いた国はないな。

それから上のほうであったが、本願寺と地方の一向一揆は別ものだぞ。
地方の一揆が強かったのは別に本願寺のために戦ったからではなくて、地元、
つまり自分達を支配しようとする別勢力(大名)に対して己の既得権益を守るために
奮闘したから。宗教は、あくまで同士の紐帯を強くするためのもので、一揆達は
別に阿弥陀仏のためもしくは本願寺のために命を捨てたわけではない。
石山戦争で実際に本願寺に入って戦った連中はまた別だろうが。

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 15:00:03 ID:TpUOCd0u
宗教勢力から武力を奪いとったのがでかいな。
世界基準だと信仰は他宗教を攻め弾圧批判して成り立つもの。
この文化・概念がないのは日本人ぐらいだろ

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 16:17:42 ID:bQwakYto

靖國神社 ← 玉串料を増やすために戦争を欲する過激神社
創価学会 ← 国政、法曹、放送に侵食することウイルスの如し
オウム真理教 ← 政権転覆を企てたテロ集団


250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 19:57:46 ID:ZGItONph
少なくとも織田家は、一部の歴史マニアしか知らない超マイナー勢力になってたな

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 20:14:42 ID:i+oyXVAC
>>247
いや、キリスト教徒軍事制圧が一体化して行われたのは新大陸での話で、
日本に限らずアジアでそういうことはなかったと思うが、少なくとも戦国時代の頃には。
貿易と平行してというなら逆に日本もそうだし。
いずれにしても>>244のような例はない。

それから、伊勢長島等も本願寺から指令が飛び、それにしたがって蜂起したから、
必ずしも別物とは言えない。
加賀一向一揆も内部対立の末、結局本願寺派が勝っているしね。
まあ、いわゆる一向一揆が完全に一枚岩だった分けではないのは事実らしいけど。

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 22:14:23 ID:MZPUcMWd
まあ秀吉や家康が危険を知ってキリスト教を禁止したんだから
歴史どおりいかなくても遅かれ早かれ誰か気づいて禁止したんじゃないかな?

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 00:35:39 ID:NLNFrNxS
松永久秀あたりはどうかな??あいつは野心のかたまりだろ。

松永+三次三人衆。

あとは今川かな??当時の国力から言って。上杉はヒキだし。信玄は寿命が・・・

毛利は野心なさそうだしい。伊達政宗があと20年はやく生まれていたとしても、東北から上洛はちと厳しいだろ。

普通に考えて今川か?????????????

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 00:37:44 ID:NLNFrNxS
あっ1人いた。

 明智光秀。

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 00:40:14 ID:qZpT8huc
上洛は天下統一への近道だけど、必須ではないと思う。
地方に拠点を置いたまま勢力を拡大して天下を取ることも可能じゃないかな。

そう考えると、伊達と島津にもチャンスはある。

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 04:54:19 ID:FZ6TTHt4
よく意味が分からないのだけど?
九州しか統一してないのに東北まで支配できるとでも?

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 12:06:48 ID:vTpuoJlz
>>253
忠義一筋の三人衆が久秀と組むかな?

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 01:41:35 ID:VT4AsVQ9
九州と中国の大名どもは隙が有れば隣国攻めて領土広げたいなくらいにしか思ってない奴が多い。
誰もが信長みたいに天下統一する気があるわけじゃない。
やはり今川が最有力だと思うね、名門だし信長より幕府のウケもいいだろう。
たぶん義元の代で終わるけど

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 04:05:49 ID:Jh7V2Emt
ふつーに家督をついでれば氏真だって大丈夫だとおもうが。
名将toまではいかなくとも2代目として平均的な能力はあるだろ

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 10:20:39 ID:Ge/oPR2r
>>259

そそ、義元だって公家は戦をするもんじゃないって言って
桶狭間でも鎧を着てなかっただしな
まぁ、戦場で蹴鞠してりゃあ、討たれるわw

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 12:11:39 ID:yipKJ8cW
京に上がらなくても朝廷を自国にもってくれば
いいだけだな

上洛の一番のメリットは堺制圧で他はついで

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 12:21:21 ID:Jh7V2Emt
天皇を都から地方に連れてくるには
最低でも京都を支配下に置かなくてダメだとおもうのだがどうかね?


統一したって田舎にいくとは思えないけど

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 12:57:25 ID:Ge/oPR2r
あとは三種の神器やらとかだけど、この時代で遷都は無理っしょw

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:18:58 ID:vdfq6wWt

307 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/08/16(水) 13:14:14 ID:Ge/oPR2r
>>306
平清盛は平安時代にいませんが・・・?
頭悪いんですか?
( ´,_ゝ`)プッ×200くらいでいいかなww

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:22:05 ID:mOlRpuhV
テレビ・洗濯機・冷蔵庫

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 13:45:26 ID:tVl2JtdB
>>264
他スレにまで晒しに行くなよw
調子に乗ると、思わぬ反撃食らうぞw

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 16:31:12 ID:c76K+PR+
あんがい足利義輝が大活躍して

室町幕府復興

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 16:38:59 ID:t4Q32FhC
室町幕府復興(笑)

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 17:00:46 ID:IPAdn3i2
信長がいなかったら、形式上は室町幕府が続いてい
たのではないか、足利家が復興するとは言えないが。

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 17:56:38 ID:WVwfGpTB
そして足利家30代目の将軍は金魚を売り歩く

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 18:31:31 ID:BRXuGp/E
もともと仏教徒が戦う事自体おかしいと思う。「死ねば極楽、退けば地獄」と言って、民衆をあぶり、
一揆を起こさせる本願寺はおかしいと思う。もともと仏教とは、人々を救おうとする仏の教えである。
更に本願寺は、政治界にも参入していた。これは正に成り上がり者であり、言語道断である。坊主は
ただ仏に祈っていれば良いと思う。

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 18:32:55 ID:VT4AsVQ9
何度も見たような文だな

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 18:34:52 ID:+n2hpgac
>>271
当時の寺院はみんな武装していたぞ。
基本的には宗教とはそういうものだ。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 18:38:12 ID:f4eAy3B8
>>271
僧兵はどうなるんだ…とコピペにマジレス

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 19:19:17 ID:fXzMgJlI
寺社を盗賊から守るのと
政治介入のための軍事行動は全然違う
セコムとイスラエル軍ぐらい違うと思いますが

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 20:02:20 ID:f4eAy3B8
>>275
叡山や興福寺などの寺社が僧兵の武力を背景に行った政治介入は歴史の古さや規模なんかが本願寺の比じゃないんですけど

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 21:44:36 ID:mnrLgAhF
島津忠恒か北条氏政だと思う。
三国同盟健在とすれば武田は上杉と正面衝突し、
その間に北条は関東統一、
伊達含めた奥州勢を属国化し、強大な勢力を得て、
同盟終了後、武田、今川を圧倒すると予想。
西国は島津と毛利が同盟して北九州と四国を制圧後、
輝元と忠恒の代で対立
輝元ファンはDQNには負けんよとおっしゃるかもしれんが
常に守勢だった輝元に比べると、
忠恒の方が朝鮮出兵や琉球出兵の実績が有るので勝つと見た。
中央はしばらく今川と三好の潰し合い
今川、三好、衰退後の中央は松永久秀が握るがすぐに寿命。
死後、筒井家が台頭この筒井家がどちらに味方するかで天下が決まると妄想


278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 21:48:41 ID:/pFRu8mb
そもそも
信長て
何を以、天下を取ったと定義出来るんですか?

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 21:55:29 ID:vmf63zUv
2001年〜2004年の小泉純一郎は国政の長。
2005年〜2006年の小泉純一郎は天下人。

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 21:55:49 ID:FWuh5Xm7
史実でも1585年あたりには地方統一勢力が出ていたから、
信長不在でも1615年あたりに天下統一していたと思われ。
最有力候補:信長に代わり畿内制圧した今川or斎藤or武田
その他有力候補:伊達、北条、毛利、長曽我部、島津


281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 23:31:00 ID:fXyh8uaF
長曾我部は、三好の凋落に乗じて勢力を蓄えた側面も有るから、
信長がいない場合、四国統一は厳しいんではないだろか、
下手すりゃ、九州・中国・三好と三方から挟まれてあぼんだ。


282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 11:13:06 ID:fYeIw+Rm
>>243
>信長がキリスト教に好意的だったからこそ、あの程度の発展できたという事情もあるのだから。

キリシタンの殆どは九州人だから信長は関係ないよ.
畿内では一般人キリシタンなんて極少数だったし.

九州には,一向宗や法華のような単純明快かつ誰でも救われる宗教が
伝播していなかったため,一部で既存仏教がカトリックに負けたのよ.

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 11:21:34 ID:BRZOUIgF
信長はキリスト教ってより西洋の文明に興味があっただけで
教えだけなら一向宗とかと同じように政治に関わってくんな!だったろうね

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 11:37:03 ID:AsbWeIBE
>>283

宗教戦争だったら傍観していそうな気がする

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 16:28:42 ID:Hn30KhpC
16,7世紀あたりから欧州を過大評価してる傾向はやっぱりあるなあ。

例えば江戸の繁栄ぶりを示す表現として「同時代のロンドン・パリを上回る人口を誇った」という言い方をけっこう目にするが、16,7世紀のロンドンやパリといえば人口は実際拡大傾向で欧州の強化を感じさせるものの、(50万人ほど)
ロンドンなどは、元より江戸や欧州外のユーラシアの巨大都市より(オスマンのコンスタンティノープルやペルシアのイスファハン、ムガル帝国のアグラ・デリー、北京を初めとする中華の諸都市など)は格下な存在だったわけで。
その頃の世界の趨勢から言えば、むしろ欧州諸国の方が上り調子な後発組、客体なわけで。

19世紀以降の欧州の、あまりの圧倒的な勢力のイメージに目が眩んで、その権威権力威力を前時代にまで遡及してしまっている人は多いな。


286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 16:41:02 ID:QqkZMWCX
欧州なんて町並みにウンコ垂れ流して疫病流行しまくりだったじゃん

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 18:06:03 ID:dAS2OvHI
信長いなけりゃ天下獲ってたのは

山名豊国・祐豊
朽木元綱
小寺政職
のいずれかだなぁ。

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 18:08:17 ID:zoalt/Ru
>>285
16世紀のイギリス総人口が3〜400万だもんなぁ。
常備軍だってないし、極東の島国なんか誰も行きたがらんでしょう。
荒くれ者をかき集めて送り出しても
当時の航海環境は劣悪だからバタバタ途中で死にそうだし
結局やれる事と言ったら、倭冦働きくらいかね?


289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 19:44:52 ID:SLKVKvYG
>>280
後継者問題や派閥争いでの分裂を考慮しなくていいのか?山名氏・細川氏の様な事に
なる場合もあるのではないか。


290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 21:35:11 ID:yFSzlpv9
明智、秀吉が斉藤家(道三)に心服。
道三がほぼ信長と同じ様に勢力を拡大。
史実より10年早く本能寺の変。
400年後「道三の野望」

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 13:02:44 ID:AQjAqqR6
大名が有能という確率はかなり低いから、一般人から有能な人材が大名にのし上がり、そのまま天下へというパターンはどうだろう?
まあ一般人が有能でも大名になれる確率のほうが低そうだが、史実道三秀吉松永あたりくらいか。
生まればかりは神仏の領域だからなあ、よく布団の中で、政宗が秀吉の子とかに生まれてたらとか、信玄と謙信がどっかの家臣だったらとか、秀吉がほかの大名に仕官してたらとか、夢想します。

当時の京を押さえていた三好(実質松永支配)とかが、有る程度頑張って、近畿統一できれば、それなりに地方も従って統一がなるのかなあとか、思ってみる

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 13:20:30 ID:AQjAqqR6
15世紀のヨーロッパといえば、宗教で争わせ、弱った所を金だの新兵器だので東南アジアを植民地化って所だっけね?
調べたらフィリピンは1571年にスペインに植民地化か、恐ろしい

まあ日本の九州の大名達が本気でカトリックに改宗したのか、南蛮貿易のうま味の為になりすましたかは、解らんが。
さすがに西欧人が天下は無理だろな。
日本が戦乱続いていて、中央が混沌を極めていれば、西欧の商人が九州を統一した大名の支援して・・・・
伊達よりは可能性有りそうな予感。

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 19:03:26 ID:whwkyasO
>>292
フィリピンは当時まともな国家自体がありませんでした。
そうでないところには、東南アジアにも手を出せていません。

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 22:21:16 ID:lpmFnp6V
戦国の日本はまともな国家なのか?

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 22:24:46 ID:JarF0v/E
まぁ、信長がいなかったらそもそも天下統一なんて発想自体出てこなかった
というのは野暮ですかね・・・。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 22:28:18 ID:X3lX260Q
一応その前に幕府とかある程度の範囲で支配した組織はあったわけだし
交通網や移動手段が順当に発達すれば時間はかかるにせよその内に
「行動できる範囲」を全部まとめようとする人間は現れたんじゃないかな。

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 22:31:36 ID:rNEHkrq7
>>294
現代の基準に照らし合わせて“まとも”と評しうる国が
当時どれほどあったと?
まだましなほうじゃねーの?

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 22:44:13 ID:rNEHkrq7
>>255>>277
島津が天下統一なんぞに興味持つわけないだろ。
島津の場合、その立地条件からして明との交易や琉球台湾方面の制圧にいくんでないの。
なんでわざわざ競合犇く割に(交易よりは)労多くして益少ない選択する必要がある?
むしろ明に朝貢して独立国の体裁取るほうが可能性が高いと思うが。

伊達に至ったら・完璧に天下に興味などないだろう。
伊達が天下鳥を意識したのは秀吉という先達を見てからだろ?模範となる香具師が
いない以上、伊達単独で天下なんていう発想が生じるとは思えん。
おそらく奥州藤原氏を意識してたというからして奥羽は統一できるだろうが、
なにげに北条は強敵だし、お家騒動で弱った上杉に
攻めかかって北陸に勢力のばすかも知れず、到底西国までいける力は無いはず。

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 23:12:43 ID:SeKO8Nwj
最終的には淘汰された100万石位の大名が、天子様上に参議で連合政権創る。


300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 23:17:40 ID:htBURoDy
島津も伊達も天下統一なんてしようとしたら速攻で滅亡だろうな。
いい意味で身の程を弁えてる

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 23:19:37 ID:VVgilk8E
どうやったら誰々が天下取りの野望がないとか言えるのだろう〜

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 00:04:24 ID:QGLK+z9p
>>295
普通の戦国大名にとって、天下統一の行為が現実離れしていたからじゃない?
勢力広げて可能性が高くなったら普通にやると思うけど。

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 00:44:10 ID:Rx9dL0iN
少なくとも、相手より優位に立とうとするだろうね。
隣国の大名が強ければ、それより強い勢力を持とうとするだろうし、
ある程度まで勢力を広げることができたなら、欲も出てくるだろうし
まずます版図を広げるだろう。
その後、日本は有力大名による連合政権的になるんだと思うけど、
他の大名より優位立とうとする為に結局関ヶ原みたいな事が起こるんじゃないかな。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 02:52:10 ID:h/iUheNi
>>298
伊達の少なくとも政宗は天下を志していたよ。
「少壮の時、功名些か又自ら密かに期す」って、志を詩にしているよ
この人の少壮のころの多少のリスクを犯しても攻める、驚異的な侵略のスピードは、天下を狙っていてのこと

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 03:12:02 ID:la1nuuxf
島津にしろ竜造寺にしろ九州制覇すれば嫌でも天下統一は志すでしょ
まぁ、隣は毛利や長宗我部だけどね
長宗我部にしたって四国統一後は本州に攻め入るでしょ
淡路辺りから備前って感じかな

さすがに田舎大名には独立国家を作ることはできないっしょ
みんな征夷大将軍狙い

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 03:35:36 ID:YGM1gsY6
信長がいなかったら仏教勢力の関与が続いて1700年まで政教分離した統一政権樹立
できそうにない。
よって近代化も史実より遅れ欧州列強に滅ぼされる。
日本は無くなる。

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 03:46:53 ID:81vSzGUR
真田一族
まさゆき下剋嬢


308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 06:31:02 ID:+vM+RMcy
真田ゆきむら

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 07:05:27 ID:ztkBJYA9
>>294
>>293が間違い、
当時のフィリピンはまともな国家がなかったのではなく、
国家そのものがまだなかった。

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 07:34:23 ID:YGM1gsY6
バナナはあったのか?

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 07:54:53 ID:/C54NE5+
少なくともおやつには含まれてなかった

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 08:07:30 ID:T3V1pbUN
>>304
だからそれは信長や秀吉の天下統一というビジョンを見たからだろう。
信長がいないという仮定の中では政宗に天下という発想は生まれないんじゃないか?
政宗じゃなくても天下統一なんて大それたことを、思いつく奴はそういないと思う。


313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 10:56:56 ID:uHZlCQEy
信長がいなければ奥羽から天下目指そうなんて発想でるわけないわな
政宗のどこが驚異的な侵略スピードなんだろ
男系途切れて内部崩壊してた伊達から見れば格下の蘆名に何年費やしてるんだか
元々蘆名と佐竹は長年争ってたんだし
佐竹の子供じゃ蘆名をまとめられるわけないし

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 15:23:01 ID:wqZCuaMv
松永久秀が天下とったかな。

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 16:45:37 ID:jqLF8V6P
>>314
この度天下取りを宣言された松永久秀氏への各方面からの反応

三人衆筆頭三好長逸氏「何故、今になってこのような事を持ち出すのか」
織田家当主織田信長氏「近隣諸国への配慮が必要」
近江守護六角義治氏「松永は過去への謝罪と反省が足りない」
播磨国人別所安治氏「我々は三好三十六年の支配を忘れた訳ではない」
征夷大将軍足利義輝氏「俺流のサプライズや」
大和郡山城主筒井順慶氏「最近の松永の右傾化は遺憾」
波多野家当主波多野秀治氏「大いに結構。元気があってよろしい」
堺町衆今井宗及氏「商人が政治に口を挟むべきではない」
山城国農民権兵衛氏「女性専用車両ができて安心しています」
肥後国人隈部親永氏「パキスタン」

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 17:24:59 ID:gLLLMM5y
戦国乱世五百余年続くも、織田信長が末裔織田信成によって統一と相成る。

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 17:29:52 ID:FyhXwUje
天下の概念とは?
直轄領100万石程度で、足利幕府の副将軍になって、
各地域の100万石程度の有力大名を探題や管領を任命して、
戦乱を一応は収束させる程度なら
今川、武田、斉藤、毛利、伊達、島津、三好でも可能性はあったと思う。
封建制の強い統一国家となれば、松永久秀が天下を取る可能性も出てくる。

でも、莫大な直轄領を有し、50万石クラスの大名や松永の類を
手足のように動かせる中央集権独裁国家となると、信長以外思いつかない。

今のところ、このスレで最有力の島津にしたって、秀吉に降伏するまで
兵站の概念がないので長征できないし、九州平定後に家久と義弘が分裂する可能性がある。
政宗にしたって信長という先達のマネをして成功した側面があるし。

甲斐を統一し、独裁制を嫌われて追放された武田信虎どう?
一代で見る限り、信玄より所領の拡大率が早いし、
追放後も、志摩で地頭側に軍師として参戦、九鬼嘉隆らを志摩国より追放する事に成功したり、
実はかなりの切れ者。
1574年(81才)まで生きているから、寿命が足りないといった弱点もないよ。
晴信の妻に、本願寺の妻の妹で天皇家とつながりの深い三条家の娘を選んだあたり
天下への志も伺えるし。
信玄いなければ、むしろ信長いてもいなくても関係ないかもw

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E7%94%B0%E4%BF%A1%E8%99%8E


318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 17:51:14 ID:FyhXwUje
ある程度以上組織が大きくなると、大きいが故に身動きが取れなくなる。
また、大身の重臣が増えて、大内家のように組織が内部分裂するから、
どの大名でも天下統一は難しい。

地方の大名と織豊政権の違いは、兵站や経理による大組織の運営技術の差がでかい。
松井友閑や今井宗久を使って、不正のない経理を行えたから、
アレだけの経済力や大兵力の運用ができた。のちの5奉行の役割ですな。
信長もケチで細かいから、不正がないか帳簿をよくチェックしたらしいし。

三好は結局、畿内を押さえても、松永という天才に経理を頼むしかなかったから、
松永に三好家内部を牛耳られてしまったんだと思う。

ということで、それらの能力も備えている武将となると、明智光秀。
道三が上洛できて、マガイなりにも中央政権に食い込めれば、
光秀の出世の機会ができ、光秀が本能寺で義龍or龍興を暗殺して、
今度こそ天下統一ww

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 18:06:46 ID:ztkBJYA9
>>317
甲斐の国人衆すらまとめられないようでは全く不可能。
予選落ちレベル。

というか、いつの間に島津が最有力に?

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 18:32:10 ID:bWJM8SCe
島津厨の(ry

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 18:53:25 ID:YGM1gsY6
島津は無いだろ、伊達より無い。
九州と東北なんていくら頑張っても無理じゃないのか、まず人口が違いすぎる

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 20:11:14 ID:VHujmb8f
一応、北畠顕家と足利尊氏がそれぞれ北から南から京都に上ってる
北畠卿は敵を蹴散らしながら。メインは関東武士団だけど

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 20:23:03 ID:ztkBJYA9
彼らは互いに京に強力なコネがあり、しかも二派に分かれた陣営の双方の有力者ですから、
戦国大名の場合とは全然違います。
日本中が主に二つの派閥に分かれて争っている状況で、
味方陣営の支援があるななら、確かに東北からでも九州からでも上ってこれると思いますよ。

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 21:58:39 ID:H+M5qlNS
主にっていうか名目上は二派に別れてるだけで
実際は戦国時代も真っ青な群雄割拠だぞ?>南北朝

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 22:11:41 ID:ztkBJYA9
だとしても北畠や尊氏の行動は南北朝という枠組みの中のはなしでしょう。
南朝方の有力武将として北畠が東北から、
北朝方の首魁として尊氏が九州から京に上がるのと、
戦国時代の伊達や島津が軍を率いて京に上がるのでは全然違う。

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 23:57:13 ID:y48oqRav
尊氏は九州から京都までの間を赤松が粘っていたから良いけど
北畠顕家はほぼ独力で京都に上がってるのは評価すべきだな
北から斯波、関東に上杉・足利、東海道には桃井・土岐、近江には佐々木、京都には足利と敵だらけ
むしろ戦国の方が楽でしょ?ってぐらいだ
まぁ北畠顕家みたいな突出し軍事的天才は戦国時代にゃ居ないから、ムリだな

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 02:41:48 ID:RYpX/tpy
戦国と南北朝では、地方割拠勢力のちからがまったく違うので同一視はできんな。

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 13:13:20 ID:T3V5JxzQ
確かに

顕家の遠征なんて日本史における奇跡だ
仮にあの時代に伊達や島津が居てもムリだったろう

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 20:25:22 ID:1oPkjMMy
つうか生産力も国家体制も法も社会通念すら異なるのに
比べてどうすんだよと。

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 21:59:58 ID:KgqbOVx8
傑出した軍事的天才が居てもダメって事の証左じゃね
顕家は政治力もあったけど、南朝のせいで頭打ちだったな
結局、天下を取るには軍事力より政治力で考えるべきだと思う
コレは生産力や国家体制や社会通念が異なっても、歴史が証明し続けた事
その点でも伊達や島津は無理だろう

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 22:55:45 ID:ZgOBFzKA
つか
元々>>321に対する>>322であって
>>323の適当な南北朝観に対する>>324の反論であって
後の>>325以降は意地の張り合いでしかない

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 23:29:06 ID:eRL+udP+
【謙信最強は創作】
謙信が戦国最強の武将(軍神)とされたのは、江戸時代の創作ですね。
武田の甲州流兵学が幕府公認となったので、紀州徳川家(頼宣公)が
上杉流兵学(軍記書)を宇佐美定祐に作らせたというのが最新の学説です。
臼井城攻めの失敗など謙信が敗北した合戦も、複数の史料で明らかになっています。

※謙信自身が敗北を認めている書状↓
 晴信年(念)を入れ、いかにも堅固ニしらわれ候間、落居さうなくつき堅候、
併馬を為寄候上者、善悪ニ不及候間、無ニセめへきそうふんにて、当月七日より
取詰候ヘ共、(中略)佐(佐竹)・宮(宇都宮)を始、弓矢かいなくわたられ候、
房州(里見)・太田いくさにまけ(第二次国府台合戦)候時よりも、たゝいまきうくつなんきニ候、
とかくこのたひハかた〜〜にあふへき事いかんなるへく候やと、心ほそく候間、
早くはりをやるへきために一昨夜ハちゝんをやり候ヘは、めのまえの者ともはらを
たて候て、うたてしかり候、これ又よきなく候へ共、さゆうなくゆたん候へ者こと
のひ候てきうしくちおしく候(中略)
 かいほつ又ろう人のうちに一両人ておい候、さセるきなくうすてニ候、返々
いつもよりかへり(帰り)たく候間、このたひハおつと(落ち度)あるへく候やと
心ほそく候、
永禄七年三月十三日                  虎(花王)
[三洲寺社古文書]


【上杉家の歴史】
上杉謙信が小田城を攻め落とした時、小田城下がたちまちにして奴隷市場に早変わりし、上杉謙信自身から差配して人の売り買いを行った。
奴隷の値段はひとりあたり20〜30銭の安さだった。

1561年(永禄4年)、謙信は関東管領の就任式で忍城城主成田長泰の非礼に激昂し、顔面を扇子で打ちつけた。
諸将の面前で辱めを受けた成田長泰は直ちに兵を引きいて帰城してしまった。
原因は諸将が下馬拝跪する中、成田長泰のみが馬上から会釈をしたためであったが、成田氏は藤原氏の流れをくむ名家で武家棟梁の源義家にも馬上から会釈を許された家柄であった。
だが、謙信は無知でこの事を知らなかった。
この事件によって関東諸将の謙信への反感が急速に高まり、以後の関東侵出の大きな足かせとなった。

上杉謙信は臼井城の原胤貞を攻めた際、数千の死者を出して逃げ帰っている。
これを機に由良成繁が上杉謙信を見限って離反。
長野業盛が武田信玄に攻撃により滅亡。
臼井城攻撃に失敗した謙信は
信玄に箕輪城を奪われ氏康に金山城を取り込まれてしまい
とうとう厩橋城までもが謙信の手からこぼれ落ちた
上杉家重臣の北条高広も上杉家から離反。
謙信の関東経略は失敗し北条家と同盟という救いの手に助けられる。

謙信の死後、養子の景勝(謙信の姉の子)と景虎(北条氏康の子)が後継者の座を巡って内紛を起こし、越後を二分した争いは天正7年(1579年)の御館の乱で景虎が討死する事により景勝が勝利した。
しかしこの内乱によって、上杉家家臣の新発田重家は離反し、柴田勝家率いる織田勢は能登や加賀、越中に侵攻して同地を1581年までにほとんど奪ってしまった。
つまり、謙信が築き上げた勢力は、この内乱によって完全に失われるとともに、上杉氏は大きく衰退してしまったのである

本能寺の変の直前には、柴田勝家が率いる方面軍に越中の城は次々と落とされ、
信濃からは森が、三国峠からは滝川がと、三方から侵略を受けて防戦も無理な状態だった。
新発田氏の反乱で越後国内はボロボロ。 反乱を鎮圧する力さえも残っていなかった。
景勝自身も死を覚悟しており、本能寺の変が無ければ上杉家は数ヶ月後に滅亡していただろう。

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 05:02:29 ID:whRHlm0K
>>331
意地の張り合いも何も、
南北朝の頃の話なんか戦国時代の参考にはならないという事については、
間違いないが。

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 11:37:09 ID:dW938aV1
まったくならないかといわれればノーだが
歴史って積み重ねだし
軍事にかぎっていうと、行軍経路や軍隊の火力(火薬の方ではなく)の計算式は近代までは共通なんだが

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 11:41:05 ID:YimSgF/U
そもそもここは可能性を議論するスレだから、333が参考にならないと思っても
他の人が参考になる、あるいは面白そうと思えば食いつくし、誰も思わないなら
スルーされる。それでいいんじゃない?

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 11:48:33 ID:dW938aV1
あと決戦会場も近代に入るまでは共通
関ケ原では木曽義仲が戦ってるしな
時代が違うから参考にならないというなら
ナポレオンが孫子を読んだのは無駄な行為になる

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 20:35:28 ID:whRHlm0K
>>335
まあ、それはそうだ、
何も北畠が出来たから戦国時代当時の東北の戦国大名にも出来るとか、
無茶なこと言い出した者がいるわけでもないし、
本来気にするほどのことでもなかったわな。

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 09:29:44 ID:AXjY/mS/
/;;;;;;;;;;;;;\
      /\;;::::::::::::::::::ヘ
      /,,;;;;;;\.;;;;;;;;;;;;::./;ヽ
      L::;;,__ ヽ、::..ノ;. ..:::ゝ__
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     l::||::::                   |l
     |::||:::::::..  (●)     (●)  || それは 麻呂でおじゃる!
    |::||::::::::::::: 彡\___/ミ   ||   戦より蹴鞠でおじゃる!
                          世が世ならJリーガーでおじゃる!

    ヽ\:::::::::::::::.  \/    ,ノ
  __/\ ̄`'ー―--tttjj――'"ヽ__
 「   \\  ヽ.   ヾソ // /    |
/^|     \\    \//  /     |ヽ、∧

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 10:05:20 ID:Hby8Ks1a
Jって、謙遜しすぎ

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 16:09:04 ID:JBKrg+Ur
信長も秀吉も、徳川家康と少なからず友好関係があったし、
かつては今川義元も、
徳川家康を人質というか、後見人みたいな扱いにしてた。

よく考えてみると、おもしろいよな。

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 00:08:58 ID:WF8q3odR
織田信長がいなかったら17世紀も戦乱の世が続いてて天下統一なんかできなかった
ってのが正解じゃない。
欧州の植民地か中国の属国になってただろうね。


342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 00:28:28 ID:odcWSMZh
清が海を渡れるとでも言うのかい?

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 00:43:43 ID:3Cv2YMNI
>>341
それなんて弥生時代?

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 05:12:17 ID:1kEBgWba
天下統一は出来なかったというのが正しいだろうなあ。
そもそも「天下統一」をやらないといけないとはそもそも誰も考えないでしょう。
中央では足利幕府を補佐する形で一旦は今川副将軍政権ができるだろうが、全国
展開するとは思えない。そもそもその必要性が無いし。
18−19世紀になってもプロセイン勃興前のドイツ状態になってると思う。
或いは4世紀に及ぶ戦闘史の中で強力な軍事力が育成されているとは思える
ので、この時期にプロセインに相当する強力な勢力を中心に連邦国家を形成
し、国際社会に別の形で打って出ることは出来た可能性もある。

4世紀の間に力関係が安定化してしまって軍事力の更新がされていなかった
とすると西洋列強が進出してくる段階ではいいようにやられてるかもしれないが。


345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 08:21:43 ID:d8I6po63
当時の天下統一ってのは大名同士の勢力争いだけが課題ではなくて、神社仏閣の勢力や商人
他いろんな勢力があり、また古い慣習が残っていたはずだからそれを壊さないと
天下統一はできないよね。
信長がいなかったら天下統一はだいぶ遅れていたことだけは間違いないだろう。
少なくても戦国時代の有名な武将の中に天下統一をできた奴がいるとは考えにくいね。


346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 16:37:38 ID:3Cv2YMNI
戦国時代の有名な武将って
現在の地元の人間が持ち上げてるだけで
実際のところ目糞鼻糞

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 17:03:37 ID:4tToFFrA
日本は8つ位にわかれたまま連邦になりそう。

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 20:26:47 ID:2YI/ru7D
こうみると、信長って本当に偉大だ・・・


個人的には浅井を推す。身代の小ささは六角を倒せば何とかなる。
観音寺騒動以降の六角はボロボロだし、長政なら野良田合戦で倍の六角軍を破った実績もある。信長の上洛軍がなかったらそのうち六角は浅井に飲まれてなんじゃ・・・と妄想。


ただ、今川上洛が無いのが前提だけど

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 20:51:20 ID:hytgnsXl
>>348
もしいけるとしたら長政の次の代だろうなあ。

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 23:14:38 ID:6dpe6kDB
徳川家康って結構イイ線じゃないかな。
天下を統一するのは信長式のやり方だけじゃないだろう。
信長がいなかったら今川義元は上洛していたわけで、そうであったならある程度既存
の慣習を残しながら戦国時代が纏まっていたかもしれない。
例えばだけど、足利将軍家と有力大名の合議制の組織とかね。
今川、武田、毛利他の冷戦状態が出来ていた可能性もある。
今川義元は脇が甘いからすぐ落ちるだろうが家康はしたたかだからなんかやるんじゃない?
秀吉から天下を奪ったのは偶然ではないと思うよ。虎視眈々と狙っていた。
時の権力者を手のひらの上で転がして、結局は自分の思い通りにする。
家康ってそんな感じがするんだよね。


351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 23:18:18 ID:KrmA+N6s
信長式というか、信長を経ない天下統一はものすごく脆いだろうね。

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 02:29:14 ID:qDQ5lRoD
意外と誰かが統一するんじゃないかとおもう。
家康みたいな連邦じゃなくて

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 13:15:13 ID:OTXotXEd
武田は無理よ謙信相手に国が消耗したからね

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 14:05:55 ID:+/Fl5lt9
今川が脇が甘くて徳川がしたたかとはこれいかに。徳川がしたたかなのはやはり経験を活かしての事と思うがな。

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 17:54:19 ID:fIgcYDI2
>>350
家康が手のひらで転がした権力者って、自分が五十六十になってから、十いくつ
のガキやその母親などのすでに力を失って、自分の立場が上になってからのこと
しか知らないんだが、他にあるかね?
今川義元に関しても信長にしても(臣従した後の)秀吉にしても、とても面従腹背
なんて姿勢はまったく見られない。いつ彼らが家康の手のひらで転がされて思い
通りに動かされた?

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 19:20:28 ID:xIqeho7u
>>355
昨日

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 19:29:02 ID:Iwluddug
信長や秀吉は無理でも氏実なら何とかなるんじゃああるまいか。

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 19:50:54 ID:3OSv88VG
浅井の天下はないな。家臣団に擁立されて当主になったんだから大名権力が弱すぎる
信長のように生え抜きで脇を固めた家臣団の結束がないと到底天下なんて無理

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 21:07:05 ID:jdIEGLlF
 家康がしたたかにみえるのは今川義元、武田信玄、織田信長、豊臣秀吉
といったカリスマの事跡や智謀謀略を見て経験してきた蓄積であり
 彼自身は運と家臣に恵まれた泥臭い田舎大名のレベルを出ていなかったと思う。
信長不在では時流に乗れず、一大名として終わる可能性が高い。

 候補にあがっている伊達や島津のような遠方の場合、まず天下統一という発想が
育たない。育ったとしても一個人の変わり者扱いされて彼一代で天下の志をかなえるのは
無理で、最低でも2世代が天下統一の強固な意欲と情熱を持たないと無理。
 毛利元就と輝元のような有様におわるだろうし、毛利の場合天下を望んでなくてああなのだから
望んでた場合、もっと悲惨な終わり方しかねん。

 逆に近畿の場合、いろいろしがらみが多すぎて天下を望む大勢力になるのも安定政権を望むのも
困難・・

尾張や近江、播磨とか近畿を取り巻くドーナツ状のエリアには天下に通用する優れた人材や新しい時流
にそった知恵者が充満してると思うが、史実でこれをある程度生かした使用が出来た大名は
信長以外見当たらない。他の大名クラスではちょっと・・
 だから条件としては信長不在の尾張を呑んで東海道筋を制した今川が義元亡き後没落し
混乱した後くらいに、信長や秀吉の半世代分後かの世代で下克上する香具師が登場してから
 だから織田や豊臣の一家臣のなかに、信長なければ天下を競望したであろう人士が埋まっていた
と思う。

 へたをすれば大阪の陣で戦死した若き一武将とかが・・織田信長なければ
大阪で天下人として君臨したであろう運命だったかもしれん。
(念のためだが漏れは真田厨じゃないので、幸村だなんてアホな事をいってるわけじゃあないっす)

360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 21:36:23 ID:+/Fl5lt9
木村重成のことか〜!?

361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 23:12:14 ID:jcaF2fs6
>>359
アホか、オマイ
どんな田舎大名でも、国を取って、地方を取れば次は天下に決まってろう
世の中が乱れて、誰が天下を取るのかが天下万民の関心事なんだから、誰だってそうなるわな。
信玄や元就みたいに、一生かかってやっと地方を制したならどうか知らんが、
政宗みたいに、24歳ですでに奥羽の穀倉地帯をほとんど取ってしまったら、次に天下以外に何を望むんだ?
信長が居なくても、足利に北条に源氏に平家っていう天下人の先例があるワケだから

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 23:16:46 ID:wq76FLpD
こりゃゲームのやりすぎだな

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/24(木) 23:56:56 ID:jdIEGLlF
>>361>>362
アホはぽまいらだ。ついで漏れがりゃゲームのやりすぎなら
362は当時の歴史も満足に理解出来ていない香具師か?
 あの当時はまだ足利幕府というもの(実態はないが名文的には)があるのに天下統一って何をいっている。
「国を取って、地方を取れば次は天下に決まってろう」
って具体的にどうするって言うきだ?
こういっちゃなんだが田舎に行くほどある程度の武将連中が
中央の権威を否定するどころか・・ありがたがってるのは多いじゃないか。
伊達は奥州探題だったな主張では・・最上は羽州探題、上杉は関東管領
島津や武田にしても守護大名、今川は足利家門・・
毛利にしても将軍家にどうこうしようって家風じゃない。
長曽我部は分からんが信長不在じゃ三好とかを排除できたか・・
で足利の既成権威を家の基に置く連中が足利を排斥できるような真似
ができるか?
「足利に北条に源氏に平家っていう天下人の先例があるワケだから 」
だから、その足利が一応残って将軍家をやっているのに
どうするっていうわけだ?
 追記しとくが管領になるなり副将軍になって実権を握るっていうのならば
安定政権にはなりえない。
いってみりゃ他の諸侯は同輩で自分はただ同輩から一歩擢んでたという
立場を脱却できんだろ?
いかに優れていようと子や孫が常に有能とは限らず管領や副将軍は
世襲できるとは限らんのは史実でも明らかだろ?
 まさかそのうち足利にとって代わるって言うのならその時点で
主君に叛旗をした謀反人、明智の例を見ても分かるが、そんなのが
長続きする分けない・・さらに混迷した戦乱に陥るだけだろうが。

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 00:01:31 ID:jdIEGLlF
 感情的に言いたくはないが
 当時としては自分が天下統一というより足利幕府を立て直すという
主張のほうが正論だったと思うのだがな?
漏れの意見は間違ってますか?>>361
内実はともかくまっとうに「天下布武」だの天下を主張したのは
信長が最初だろ?ゆえに信長がいなければ誰が天下を
というスレが成立してるわけで、
戦国時代なら誰もが天下を志したという発想のほうが
はるかにゲーム厨だと思うのですがいかがでしょうか?
>>362

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 00:04:53 ID:jdIEGLlF
 漏れのいいたいのは遠すぎず近すぎず、既成の権威を背景にした
家柄じゃない新興の家柄で、ある程度の勢力をもてる場所で
有能な人材を使える香具師でないと
既成権威である足利幕府を最初から無視したに等しい「天下統一」だの
言う発想は生まれ得ないと思って述べた意見だけど
 漏れの意見に反論があるようなので反論欲しい。

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 00:11:27 ID:B83LlwED
>>363
はあ?ゲームのやりすぎって361にあてたに決まってるだろ馬鹿すぎ

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 00:20:29 ID:Ae/JdwkN
・・・悪い。。確かに漏れが悪いな。が、どっちに向っての意見か
ちゃんとレス番をふっといてくれ。
でないとわからん。

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 00:20:55 ID:jWvwbAsU
やっぱり信長がいなければ、信長式の「戦国時代終焉計画」はなさそう。
365の言うように、普通の武将は足利幕府再興を考えるだろうな。
ということで、一番リアリティあるのは、六角、三好、北畠他近畿の諸将が
足利血縁の坊主を傀儡にして天下を治めようとして失敗。
戦乱があと50年は続く、、、かな。

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 00:30:33 ID:Ae/JdwkN
 そこなんだ・・足利幕府再興というのが常道
で足利幕府でNO2になって実験握っていこうとしても
傀儡のはずの将軍が、それを嫌って他の大名とというのは
義昭と信長という例がある。
NO2が自分の武力で全国制覇しようとしても、これまた
そのうちどこかの同等の勢力が足利家と組んで対抗
、有能なのが2代も続くのは、あまりありえん。
というわけで足利を傀儡にして実権では安定した全国政権は無理ぽ
 NO2で実権を掌握できた執権北条氏とかは例外だろ?
足利幕府が神聖ローマ帝国のように残骸みたいに長々続き
有力諸侯が地方政権化したまま残って、やがて日本は
分解してしまうかプロイセンみたいなどこか西欧の近代技術や思想を
受け入れ脱皮できたとこが主導してドイツ帝国みたいな
寄り合いの性格を残した帝国になるか・

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 00:34:51 ID:I7F0vawM
火病の人間が混じってるようだな・・・ID:jdIEGLlF

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 00:39:59 ID:Ae/JdwkN
だから悪いとあやまっております(−人−)

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 00:40:55 ID:Ae/JdwkN
おと私がjdIEGLlF です>>370


373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 00:58:08 ID:a467UOEj
フェリペ2世

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 02:07:38 ID:a467UOEj
>>361
 天下万民の関心事が今の勢力を守る/家財を守る/生き延びる、だっていう妄想はできないかな?
 勢力拡張の目的も、近場から敵対勢力を排除したいとか、成長する勢力じゃないと豪族に見捨てられるから、とか。
 地方大名が「天下」って言った記録が残ってるのは、本気で望んだんじゃなくて織豊政権を見て夢を見た程度だと思う。

 ゲームをしすぎてるかどうかわからないけど、みんなそうだったに違いないっていう決めつけはもったいない。いろいろ考えないと。

 酒飲んでここ来るとおもしろい

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 14:16:23 ID:vfHGeTvd
謙信は天下に野心がありそう。
実力が足りてないけど。

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 14:22:03 ID:5qACzwmB
その割には西ではなくて東に領土拡大を目指しているみたいだけどなぁ。

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 15:21:26 ID:hJFF3YWC
謙信にそんな野心はなさそう。
どちらかというと坊さんになりたいって欲求のほうが高い。

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 16:08:35 ID:N2bh0LR5
でも頼まれると気分良くなるタイプだから連合体の看板向きではあると思う。

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 16:24:24 ID:G+REq1ju
まず、地方武将で終わらず、「天下全体」を見ているというと、
 足利義昭
 本願寺顕如
この二人だろうな。
でも、信長がいないと義昭が浮かぶという状況になりにくい。
そうなると、本願寺勢力がでかくなるか。
天下統一というよりも、日本人全体を信者にするのが目的だが。

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 16:44:33 ID:n7caQM+F
そこで顕如が利用するのが三好

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 16:50:18 ID:pTR5zfKX
>>379
別に全員を信者になどしなくても、
宗教者が政治の中枢に入って政治を牛耳ることはよくあると思うけど。
380見たいに、誰か大名を利用するだろう。武田、徳川なんかも使えるな。

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 17:16:01 ID:G+REq1ju
>>381
でも、本願寺って宗教の中では自分でやりたがるタイプだろ。
どっかの大名を育てて、その背後に立つってやりかたしないと思うけど。

383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 17:29:54 ID:wEWv29VF
公明党みたいだな

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 19:20:08 ID:2ap4ViuC
当時の日本の宗教事情は、簡単に本願寺だけが有利になれるほど単純じゃあないの。
他の宗派が黙ってみているほど甘くない。

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 19:26:13 ID:N2bh0LR5
まぁ本願寺があれだけブイブイ言わせてたなら、他の宗派だって差はあっても
武力財力備えてたんだろうことは想像に難くないわな。

あとブイブイはあえて死語なんであって決してつい書いちゃったわけじゃないぞ。

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 19:36:13 ID:5qACzwmB
京都は法華経が僧兵を組織してたんじゃなかったけ?

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 19:38:33 ID:3vshDa2Z
法華とか叡山とか南都とか敵は多い

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 19:46:06 ID:Ae/JdwkN
本願寺勢力をクローズアップするっていうんなら、本願寺と結びついてた
大名といえば第一にあげられるのは毛利、そして次に武田・・
武田の場合、東国に今川、北条との同盟があり
上杉とは武田も本願寺も衝突している・・利害が一致する。
なんせ本願寺顕如と武田信玄も親戚だしな。
毛利は檀家総代

足利幕府建て直しに名をあげるのは今川が立地的に一番だろうが
今川が足利幕府に食い込んでるうちに
武田と北条で上杉を追い込んで
北条と伊達で佐竹を追い込んで
奥羽に伊達、関東に北条、中部に武田が割拠
西では本願寺と関係のある毛利が恐らく長宗我部を破って四国を制し
島津と連携したりしつつ北九州に専念して大友と対決
まあ島津、毛利、北条、武田、伊達が地方に割拠し
中央で今川が足利幕府を傀儡に実権握り、彼らが血縁関係結んで
その血縁の中に本願寺も食い込んで影響与えて・・ってくらいか?

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 20:05:49 ID:2ap4ViuC
>>386
彼らには京都から本願寺勢力を放逐した実績があるね。

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 20:07:09 ID:3vshDa2Z
細川晴元の策でね

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 20:13:38 ID:2ap4ViuC
>>390
確かにそれもある。
法華宗と延暦寺もそんな感じだわな。
宗教勢力ってのは、当たり前だけど宗派の違いで互いに対立しているから、
そこを上手くつかれて、利用されやすいんだよね。

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 20:25:35 ID:tyPcoOkW
もし足利将軍家から天下安寧要請が謙信に勅命でたらのぶながばりに
奮起するんじゃないかもし

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 20:29:08 ID:8v6BMDeM
『めけてぇらいすっき』が『めろでぃあ!!』と名前を変えてカラオケ板に糞スレをたててしまいました

そうです『!!!』が大好きなめけてぇです

このめけてぇというオタク男子は狼での唯一の友達『なち愛(ゴリラ顔)』に対してヒドイ発言を繰り返し
挙げ句の果てには「でもさ!!!俺ってロックだし!!!!!!!」などという世迷い事を言いだす始末

ロックですよ?あなたは許せますか?あなたはめけてぇを許せますか?だってドラッグ&SEX&ロックンロールなんですよ?

研ぎ澄まされた戦国武将的感覚を持っているみなさんならきっとめけてぇを許せないはずです

今すぐカラオケ板に行ってめけてぇをこらしめましょう、ご協力をお願いします。

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 01:05:38 ID:/Lauldk8
オマイ達さ、仮定の話でよくこんだけ熱くなれるね。
スゴイよね。



395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 01:30:32 ID:pcyHsNof
天下をとっていたのは北条氏あたりだと思う。

1. 今川氏は上洛途上で信長に討たれたが、それがなかったとしても、三好の
  勢力に阻まれ、撤退を余儀無くされただろう。
2. 上洛に失敗して弱体化した今川氏はやがて野望の強い武田氏に標的とされる
  が、困り果てた今川は、かなりの確率で北条氏を頼るだろう。北条の始祖
  早雲は、もと今川の配下である。
3. 北条氏はやがて実質上今川領を併呑する。関東から東海道を掌握したら、武田
  氏はもう動けない。あとは信長と同じ経路をたどって、氏康か氏政が
  上洛を果たすだろう。

何より、北条が天下をとりそうだというのはその「徳」である。北条早雲は、
よく斉藤道三や松永久秀に匹敵する「戦国三大梟雄」のひとりと言われるが、
斉藤や松永が恩人すら食い物にする本当の大悪党であるのに対し、早雲が
やってきたことは、腐敗した旧式権力の大掃除である。子孫もその意志を受け
ついで、自国の領内には善政をほどこした。「徳」という点では、西国のナンバー
ワン大名の毛利氏も負けるだろう。なにしろ始祖元就はかなり黒い人間だったから。

ただその後、北条家のおそらく重臣となっているであろう松平氏と真田氏、毛利氏
との間で、家督相続争いとかにからんで関ヶ原や、冬・夏の陣に似た経過をたどり、
結局徳川が天下をとったということもあり得るかもしれない。

ちょっと、長くなっちゃってスイマセン。

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 07:13:29 ID:ke612yy9
三好くらいしか考えられないなあ。
国力・軍事力・家臣の質から言って。

伊達:遠すぎる上に回りは敵ばかり。
北条:関東制覇で満足しそう。
武田・上杉:お互い滅びるまで争って共倒れ。
今川:義元の代では伊勢・美濃あたりまで。氏真次第。
徳川:うまく立ち回って、実権握る可能性は有る。
朝倉:越前・加賀に引きこもり。
六角:国力が無い。
畠山:紀伊から出てこれず。
毛利:中国に引きこもり。
長宗我部:長慶兄弟健在なら、逆に滅亡。
島津:遠すぎる上に、大勢力を滅ぼしていかないと無理。

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 13:34:22 ID:PpimB3Qf
北条は上洛なんかより自分の勢力範囲広げるほうが好きそうだから
関東のあと東に行くんじゃないかな

398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 14:06:37 ID:MS85cFmB
関東の東は海です、と言ってみる

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 14:24:55 ID:/7lxMcVy
俺は現在の兵庫県辺りの農民の息子が天下を取るような気がするな。



400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 14:27:40 ID:0y4R0CQK
信行だろ

401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 17:16:42 ID:53NBGZLp
俺は甲斐の金山堀人の息子が天下取ると思うよ。


402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 17:51:39 ID:rOCNlbYJ
>関東の東は海です

だからハワイ→新大陸
世界制覇の早道かもしれ。
まじで、北条は自分たちのことを「公儀」と呼び、
京都政権なんか相手にしてなかったらしい。
氏康のおいが足利義氏(関東府将軍)だし。

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 21:22:38 ID:OafYTcNC
>>402

日本の・・・というか当時の世界の航海術じゃ太平洋をわたるのは無理
ロシア→アラスカがいいとこ

ハワイなんて蒸気システムが開発されてからでしょ

404 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 21:39:19 ID:jx/SPyC0
ハワイよりグアムのほうが先だろ

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 22:53:50 ID:Azrr1ou6
誰も天下を取れず、あと100年は戦国時代が長引いた。

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 01:18:59 ID:9+OPXtlh
>当時の世界の航海術じゃ太平洋をわたるのは無理

マゼラン(じつは部下)も世界一周してるし、
イエズス会は世界を席巻してるわけだが??
宣教師たちがグライダーで貿易風に乗って日本に来たとでも??

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 01:39:47 ID:5oXENUkP
たぶん今川あたりが管領になって、足利幕府が再興される

無理に武力統一する信長的な発想は、当時としては異端だから、
有力諸侯の連合国家として落ち着くとおもう

408 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 02:33:18 ID:AYXj8juR
で、200年後に日本は滅びました

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 03:45:19 ID:ei6VYLtB
三好が一番取りやすいだろうな
三好が他国と連立政権
そして崩壊


ってパターンになりそう

410 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 17:06:51 ID:UH5B6GO7
オレは堺の商人の息子が天下取ると思う。


411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 17:09:15 ID:iSKgzP3Z
test

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 21:06:29 ID:44XlCQOi
小西は無理。

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 23:45:37 ID:SbqtsbG6
虎と龍が睨み合ってる間に今川が統一するか
自分ら以外全部つぶした後武田と上杉で決着をつけて勝った方が天下を取














ったところで南蛮に占領される

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 00:11:05 ID:t0hEeNRY
信長と同じようなタイプの人間が現れてくると思うけどな

415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 01:30:36 ID:FX0Wrotv
仏教勢力が幅を利かせて内乱が絶えず、日本は滅びる。

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 08:37:42 ID:RJZsOJAS
足利将軍家から突然変異的な名将が生まれて天下取るよ
義輝の孫あたり

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 01:02:16 ID:d6aa5yNZ
>>406
太平洋を突っ切るのは、ってことじゃない?
たしかにマゼランの航路は南米を回ってからオセアニアを島伝いに移動していった
という感じだし。
それから、16・17世紀にヨーロッパから万単位の軍勢をアジアまでもってくるのは
不可能。技術的な意味でも、政治的な意味でも。
特に政治面は重要。外にはまだまだオスマン=トルコの脅威が残っているし、内でも
国内から万の軍勢を外にだしたらその隙に他のヨーロッパ諸強国から狙われるだけ。

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/31(木) 00:11:51 ID:GI0JKJYT
今の歴史に名を残していない誰か。

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 13:01:48 ID:/KXjFZio
松永久秀の悪政

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 22:24:10 ID:bjUEVamr
短期的には今川がある程度成長する可能性が高いと思う。
となると勝頼は諏訪のままで義信が普通に後を継いでいそう。
松平は桶狭間時は西三河の一部程度の勢力だから、
今川政権下ではせいぜい一国ぐらいしか貰えなさそう。

今川がある程度大規模化しても織田政権豊臣政権の徳川の立場になるのは
徳川ではなく北条か武田なんじゃ。

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/03(日) 00:02:34 ID:vz06FeEf
氏真様が天下をとるよ

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 00:41:32 ID:8j+zbKXr
世が江戸中期みたいな泰平だったら名君かもね。氏真公は

423 :名無しさん:2006/09/07(木) 16:25:11 ID:GbDHCq7i
武田信玄公

424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 19:13:46 ID:LoZgtNcq
多田野数人公

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 20:08:13 ID:7piuHedO
九州は島津、四国は長宗我部、中国は毛利
北陸は上杉、甲信地方は武田、東海は今川
関東は北条、東北は伊達で、大体7ブロックぐらいの
自治国家ができる。そこに外敵がくれば連邦制として
ドイツやイタリアのようにまとまったかもしれない。
外敵が無ければ東海三県の覇権を握った大名が結局天下を
獲ったんじゃないかな。斉藤、朝倉、浅井は結構強敵なので
ある程度、まとまった兵を出せる大名が有利という事で
やはり今川、武田、上杉が優勢に違いないだろうと思う。
四国は織田が三好などを叩かなければ長宗我部が統一するのは
難しかったし、島津、毛利、北条、伊達は地理的に京から遠すぎる。
その中では上洛の際に強敵が少ない毛利は若干天下を獲る可能性が
高かったんじゃないかと思う。

426 : :2006/09/07(木) 20:28:57 ID:vY8bUPd5
・今川義元は、駿河、遠江、三河、尾張の太守に
 その後、美濃、伊勢くらいは征服出来そう
・畿内は、松永久秀、三好3人衆の力が強くなり
 足利義昭擁する朝倉、浅井軍と激突? というか、小競り合いが続く
・その間に武田は甲斐、信濃、飛騨を制圧。今川が巨大勢力を築いてるので
 上杉との戦いに力が注がれる。その間に北条が関東に勢力拡大
・中国は毛利の一統独裁が、ますます強まる
・この辺で、義元上洛。松永、三好、六角軍VS今川、朝倉、浅井軍が激突
・今川軍が勝利し、足利義昭が将軍に。義元が摂政に就任
・義元死去。氏真が摂政に就任



427 : :2006/09/07(木) 20:42:25 ID:vY8bUPd5
・元就、氏康も死去。信玄の野望が動き出す
・東海、畿内に勢力を築く今川領地に進攻。破竹の勢いで東海を制圧
 北条との同盟も解消。仲が険悪になる
・信玄死去。勝頼、上杉と同盟結ぶ。
 謙信は、この辺りから北陸、関東に積極的侵略開始
・畿内=今川。中部=武田。北陸=上杉。関東=北条。
 中国=毛利。九州=島津。四国=長宗我部。東北=混沌

428 : :2006/09/07(木) 20:50:14 ID:vY8bUPd5
・足利、今川、浅井軍と武田軍が関ヶ原で激突。朝倉軍と上杉軍が越前で激突
・島津軍が中国、毛利氏に宣戦布告
・四国に逃げていた三好、松永軍が武田の動きに呼応して畿内に侵略しようとするも
 長宗我部が三好領に侵略し、激突
・北条は、上杉、関東豪族軍と激突

429 : :2006/09/07(木) 21:04:17 ID:vY8bUPd5
・武田勝頼軍が今川氏真軍を圧倒。しかし、足利義昭の要請で本願寺が参戦
 武田軍、京を制圧。本願寺、足利、今川、浅井軍と天王山で激突
・上杉軍が朝倉、一向宗軍を破り畿内に侵略。
 義昭の要請で叛旗を翻した比叡山を焼き討ち
・四国で長宗我部軍が三好軍を破る。続いて伊予の河野領に侵略
・島津、怒涛の勢いで毛利領を席捲するも、海戦において惨敗。一時撤退
・北条と、関東諸勢力が一進一退を続ける

430 : :2006/09/07(木) 21:12:37 ID:vY8bUPd5
・謙信死去。お家騒動で上杉軍が越後に撤退
 景勝勝利。景虎が北条に援軍を要請し、関東で上杉軍と北条軍が激突
・武田軍と本願寺、足利、今川連合軍の戦いが長期化
・島津軍と毛利軍の戦いが泥沼化
・四国を長宗我部が制圧
・奥州で伊達が躍進する

431 : :2006/09/07(木) 21:20:40 ID:vY8bUPd5
・長宗我部が足利軍の援軍要請で参戦
 今川軍の総大将、今川氏真が隠居。今川軍の指揮を松平元康に一任する
・本願寺、足利、松平、浅井、長宗我部連合軍15万対武田軍10万が再度、激突
・島津軍と毛利軍の戦いが膠着化
・上杉、関東豪族軍が北条軍を小田原城に包囲する
・奥州で伊達勢力が拡大

432 : :2006/09/07(木) 21:29:43 ID:vY8bUPd5
・奥州を伊達政宗がほぼ制圧。残るは芦名家のみ
・関東で上杉、関東豪族軍11万5千が小田原城を制圧。北条家滅亡
・中国地方において島津軍が徐々に毛利軍を圧倒
・畿内において、浅井長政討ち死に。武田軍も数々の重臣を失う。一時撤退


433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 21:35:23 ID:gfnOwL0G
義元健在だと三国同盟が安泰で、この三国を中心に展開していくと思う。
上杉はキツいな。
逆に三好や毛利はチャンスが増えるかもな。

434 : :2006/09/07(木) 21:35:48 ID:vY8bUPd5
・伊達政宗が東北地方を完全制覇
・北陸、関東地方を上杉景勝が完全制覇
・九州、中国地方で島津軍が勢力拡大
・武田軍を畿内から退けた、足利、本願寺、松平、長宗我部連合軍が
 再び京に政権を復活させる
・本願寺顕如が副将軍に就任。松平元康が左大臣に就任。長宗我部元親が右大臣に就任


435 : :2006/09/07(木) 21:41:38 ID:vY8bUPd5
・小早川隆景、吉川元春死去。
 毛利輝元が足利義昭に島津との停戦を依頼する
・足利義昭が島津に停戦を命じる。島津義久、これを無視し毛利領を侵略
・足利義昭が、武田勝頼討伐に動き出す。伊達政宗に上杉景勝討伐を要請
・伊達政宗が関東に侵略。上杉軍と激突


436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 21:46:04 ID:vY8bUPd5
・島津義久、上杉景勝、武田勝頼が三国同盟結ぶ
・関東で、伊達軍5万対上杉軍5万が再度、激突
・中国で、島津軍5万対毛利軍5万が再度、激突
・関ヶ原で、足利連合軍10万対武田軍5万が激突

437 : :2006/09/07(木) 21:50:10 ID:vY8bUPd5
・関ヶ原で足利軍が武田軍を破る
・上杉、伊達の戦いは膠着化に
・島津軍が毛利軍を破る
・すぐさま、本願寺、長宗我部が毛利軍の援軍として
 島津軍と対峙する
・松平元康が武田勝頼を甲斐に追い詰める




438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 21:50:29 ID:gfnOwL0G
里見義頼が北条を完全併合。
九州では阿蘇が、四国は一条が台頭。
畿内を制圧したのは松永久秀。
そのまま圧倒的な軍事力で勢力を伸ばすも
光秀に裏切られ土蜘蛛と共に爆死。

439 : :2006/09/07(木) 21:56:59 ID:vY8bUPd5
・武田家滅亡
・松平元康が徳川家康と改名。東海一の弓取りとなる
・島津軍と本願寺連合軍の戦いが膠着化する
・徳川家康の計略により島津家において、相次ぐ離反
・島津義久、頭を丸めて降伏。隠居し、家督を島津義弘に譲る
・徳川軍が伊達軍と協力して上杉軍を攻撃。上杉景勝が小田原城に籠城

440 : :2006/09/07(木) 22:04:03 ID:vY8bUPd5
・上杉景勝切腹。上杉家、取り潰しに
・足利義昭を征夷大将軍として、日本統一
・東北地方は伊達政宗
・関東、中部地方は徳川家康
・中国地方は毛利輝元
・四国、九州地方は長宗我部元親
・畿内、北陸地方は本願寺顕如
・五大老に、本願寺顕如、徳川家康、長宗我部元親、伊達政宗、毛利輝元

441 : :2006/09/07(木) 22:07:27 ID:vY8bUPd5
・義昭の命令により朝鮮進攻
・破竹の勢いで侵略するも、足利義昭の死亡により日本軍撤退
・朝鮮軍の追撃を島津の奮戦により回避
・義昭の死後、本願寺顕如と徳川家康の権力闘争が徐々に顕著になる


442 : :2006/09/07(木) 22:12:19 ID:vY8bUPd5
・徳川家康が伊達政宗と結託して、本願寺に宣戦布告
・本願寺、毛利、長宗我部、島津が、これに対抗する
・関ヶ原で、両軍激突する
・毛利、長宗我部、島津は消極的参加で、本願寺苦戦
・毛利軍の小早川義秋?(義昭の養子)の裏切りによって、本願寺軍壊滅

443 : :2006/09/07(木) 22:21:08 ID:vY8bUPd5
・本願寺滅亡
・徳川家康が江戸に幕府を開く
・足利家が65万石の一大名に降格される
・長宗我部家取り潰し。毛利家、減封。島津家は薩摩、大隈の現状維持
・鐘にあった国家安康に難癖つけ、家康が足利家を攻撃
・足利義昭の息子、義頼が京で家康に叛旗を翻す
・全国の浪人たちが義頼に従い、徳川軍と激突
・冬、夏の戦いの後、足利義頼切腹。足利家滅亡
・徳川政権が、以後、250年続く・・。

444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 22:27:20 ID:6cwNz8mS
っうか・・・信長、天下取ってないよな?
もうちょいで取れるってだけで。

445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 22:35:02 ID:T1Yj8Yxy
芦名を潰さずに南部や最上や安東を潰す政宗は器用だなw

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 22:37:24 ID:UzKdflGk
なんで本願寺が天下取りに走るかな?
どう考えてもありえんな。

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 22:41:06 ID:WpMP9DQh
>>444
別に誰も信長が天下取ったなんて言ってなくない?


しかしここまで妄想力があると小説家にでもなれるんじゃないかと思うね

448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 23:04:37 ID:o6Opzte4
信長生まれてなかったら
伊達は天文の乱起きなかったなw
1550年頃までに奥羽全土勢力下においたな

449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 23:20:10 ID:WI1mYWNE
んじゃ今川義元ってことで

450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 00:09:20 ID:+i51YWfn
ID:vY8bUPd5はそれで歴史シミュ書くべきだな。多分津野田よりは面白いだろうな。

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 00:40:20 ID:4WehpGwM
異戦国史を超えるものが出来たら教えてくれ

452 :今ははんさ(略:2006/09/08(金) 02:24:48 ID:4fgqERNj
つ【覇王信長伝】
つ【信長征海伝】
つ【信長新記】

......三州公...orz


453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 03:47:13 ID:rHnzgYEp
光秀が土岐氏再興して天下統一だな

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 22:07:00 ID:RnANmXqx
>>452
比喩でなく全部同じじゃないかw

455 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 22:14:51 ID:qtMBp5vC
噂に名高い三州公の終わらない突撃って奴か。

456 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 00:15:29 ID:TrHVsIXk
オレは京都の九条家の奉公人の息子が天下取ったんじゃないかと思う。


457 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 03:29:25 ID:FXZ7BqMt
茶々が天下取った気がする。


458 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 05:03:24 ID:op9v6u1r
品川さんが天下を取ったきがする

459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 06:03:13 ID:tIWuHhho
戦国無双のクノイチが天下統一したよ

460 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 06:09:09 ID:tIWuHhho
壬生一族
先代紅の王
鬼眼の凶

461 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 09:12:47 ID:7K+3K81j
謙信と信玄は、どちらか一方がいなければ10年早く行動して天下人になってたよ

462 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 16:04:35 ID:afPT7xmH
>>461
それは怪しい。二人にはビジョンが無い。
少なくとも謙信の天下は120%無い。
何故なら文字通り関東管領となって東日本のまとめ役が彼の野心のMAXだからな
末期に上洛しようとしたのは数々の悪業をし尽くした織田信長に鉄槌を
食らわす事だけが目的で、もし室町幕府が残存してたら
それを押しのけて天下に号令しようなんて野心はカケラも持ち合わせて無かったからだ。
信玄の方が足利幕府を有名無実化して武田幕府を作る野心は持ちえたと思う。

463 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 17:46:01 ID:Q2J+DrY5
伊庭三尉だろ?

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 18:43:13 ID:afPT7xmH
今川義元は、どうだったんだろう?
桶狭間で敗死した時も、実は上洛じゃなくて最初から尾張侵略が
目的だったという説もあるくらいだし。
将来的には生きてたら上洛しただろうけど、自ら将軍に就こうとしただろうか?
案外、副将軍か執権のようなポストで満足しちゃった気がする。
鎌倉幕府の執権のように絶大な権力を得られればよいが
新政権で絶対的な権力を握るには単に戦争が上手な能力より政治力が重要だと思う。

465 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 19:19:26 ID:yQxMIU+x
というか信玄と謙信は能力的にも無理

466 :kamo:2006/09/09(土) 19:22:21 ID:m21uozOa
関係ないけど…

信長は自殺したがっていたらしいっすよ。。

467 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 20:25:53 ID:2EkrHPaz
ソース。脳内妄想以外の物をね。

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 20:30:04 ID:afPT7xmH
無敵艦隊に乗ったスペイン戦が火縄銃で御所を乱れ撃ちして天下を獲った。

469 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/09(土) 20:36:41 ID:YJE2dTjE
当時は源平交代思想があって、今川とか武田といった
源氏に、天下をとる気は無かった。


470 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 02:10:13 ID:l1m5mJFx
とれる実力も無いしな

471 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 02:23:00 ID:a4YG2ZPe
本願寺が勢いに乗って武家政権を打ち壊し、民主主義を唱えるってのはどうよ。
もしくはキリスト教国になってたりな。

472 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 02:55:32 ID:csz5TLBA
タイみたいになるんじゃない?

473 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 03:06:40 ID:2UuBL78q
信長いなくても、島津、毛利、武田、上杉、北条、今川などの大大名が乱立する
社会情勢になってたのだから統一は案外近かったのでは?
逆にいえば、前のほうにけっこうかかれてるけど
勢力が均衡する大大名の間で決着がつかず、日本を分割した形の上で戦国時代が終焉を迎えるかも

鉄砲の普及など情勢の変化もあり
経済力がない小大名が没落し大大名が拡大していく様子は史実通り想像がつく

474 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 04:54:11 ID:CPstTWyU
上杉、武田は絶対無理。今川、北条含めてこいつらチチクリあってるだけで信長があらわれなきゃ大して動かないよ。それならまだ伊達のが可能性ある。ただ政宗は天下の器じゃないが
島津も無理だろ。本州の入口を毛利が押さえてるからな。ここが雑魚なら可能性あったろうが。とりあえず畿内の周りの大大名と畿内の大名の駆け引きだろうな。

475 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 08:38:38 ID:FmBFd7B2
>>462
鎌倉幕府の再興のために天下統一

476 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 08:39:53 ID:FmBFd7B2
信長も秀吉も過大評価だよ
終わりという立地が良かっただけで織田家が関東甲信越にあったら、
天下取りなんて絶対に不可能

477 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 10:54:27 ID:dvBKx1xR
秀吉はどうかわからんが、信長と信玄の事跡を比較してみると、
組織力と行動力の差は歴然。
信長と信玄を入れ替えていても、信長は40代までに上洛は出来ると思う。

信長は、岐阜京都間を3日で移動して、両方の政務を同時に見れるが、
信玄は、年に1〜2度の出陣と甲斐から遠隔操作するのがやっとなので、
行動力の差が歴然。

有力国人領主の連合政権で合議制の武田家と、独裁政権の信長では、
領主の能力が同じだとしても、判断速度に差があるのは当たり前。
信長が甲斐の領主なら、潜在的脅威の小山田や穴山はそのままにしない。
家康の前半生も、松平の一族衆の力をいかに抑えて独裁体制にするかで苦慮していた。
苗字を松平から徳川に変えたのも、独裁制にするための一手段かと。

両者は、後半生で軍団制を採用しているが、秋山信友(一族衆)軍団と明智光秀(外様)軍団を
比較しても両者の組織力の差は歴然。

歴史を知っている諸兄方信玄の立場なら、打てる手は他にもたくさんあることに気がつくはず。
でも、仮に自分が信長だったとして、信長以上の手はそれほど思いつかない。

478 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 11:05:33 ID:2TIXcf3W
信玄が京をいったん支配したら、京にある権威をいろいろ移すかも知れない。善光寺や叡山も甲斐に移してなかったっけ?朝廷も甲斐とは言わないけど東国に移して管理するのではないだろうか。

まず京を支配できるとは思っていないので安心してほしい

479 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 11:11:48 ID:a4YG2ZPe
国と国が争うと負けた方の領土はそのまま自領になる。
武田は織田を倒せば良いだけ。信玄が生きていれば徳川は下したも同然。
あとは織田を松永、本願寺らと連携で潰せば、それでもう天下目前。

477のように、なんで信長と同じ道を考えなきゃいけないのか分からん。

480 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 11:44:09 ID:FmBFd7B2
>>477
無理だよ
信長が甲州スタートしても信濃平定すら無理
謙信にケンカ売られたら織田家は滅亡する

481 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 13:14:19 ID:rQ+PwJw2
父親が大名権力の強化に着手して、それを引き継いだ信長と、
父親が大名権力の強化に失敗して追放され、その後豪族たちに押された信玄、
その立場をそのまま逆転させても、信長なら上洛できるってのはちょっとありえない話だわなあ。

仮に無理やり豪族たちとの争いに明け暮れて甲斐を統一しても、
甲斐22万石では尾張57万石よりもはるかに貧しい。
豪族との争いに手間取っているうちに周りとの差がつきすぎて、
太刀打ちできなくなる方が可能性として高いだろう。

482 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 13:43:41 ID:3LkiIEnk
>>481
信長の父親は大名ですらない。
南尾張四郡の被官(第三家老)
しかも父親も重心も織田信行を後継者と考えていた。
信長は長男ではないし、弟が家督を次いでも全く支障は無かった。
どう考えても出発点では武田信玄の方が恵まれている。
まがりなりにも甲府一国を占めた大名の息子で
甲斐源氏の血を引いた長男坊である信玄には遠く及ばない。

483 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 13:50:21 ID:/dvWElDP
まあ織田信秀も一時は尾張全域に動因をかけられる程の権力を
持ってはいたけど。
信長が家督を継いだころにはかなり権力が削がれていたな。
名目上は代官に過ぎなかったから、実力が衰えたらあっという間に
勢力が縮小してしまった。
幕府か朝廷にでも使いして正式に尾張守護にでもなってれば話は
違ったかもしれんが。

484 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 13:53:36 ID:rQ+PwJw2
>>482
信秀が信行を後継者に考えていたなんて事実は全くありませんが?
そして信長は長男ではなくとも嫡男です、
さらに話題になっている「大名権力の強化」という点において、
豪族に担がれて大名になった、担がれなければなれなかったという状況が、
恵まれているとは全く言えない。

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 13:55:50 ID:3LkiIEnk
信長と信玄を比較すると
家柄  信玄>>>信長
血筋  信玄>>>信長
戦略  信長>>信玄
戦術  信玄>>信長
健康  信長>>>信玄
情報  信長>>信玄
諜報網 甲乙点け難し
立地  信長>>信玄
鉱山  信玄>>信長
商業  信長>>信玄
家臣  信玄>信長(譜代に有能な人材が少ないので秀吉、光秀等で補った)

信長は近隣に今川、斉藤などの強国があり
織田家もバラバラに別れ、互いに敵視し
家臣もさほど有能ではなく忠誠心も薄く
領内に大きな金山なども抱えず
大きなハンデが数限りなくあった。
だから逆に成長する事が出来たとも言える。

徳川家康の家訓にも、大きな敵が居なければ成長はない。
敵が居るからこそ克服しようと知恵も出すし進歩もするのだから
好敵手が居る事は、むしろ感謝しなければならない事だと言い残している。   


486 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 14:00:46 ID:tdYcTufB
その点、地勢的に長く恵まれていた朝倉は
慢性的な平和呆けに足を掬われて
周囲激変に対応できなかった悪い例

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 14:11:00 ID:3LkiIEnk
仮に三方が原の戦いの直後に病死したのが信玄ではなく信長だったら
おそらく信玄の上洛は成功しただろう。
戦国大名にとって何より重要なのが健康だと思う。
家康は自ら健康長命に関する医学書のような著述もし
肥満が健康に良くないと知るや、ダイエットまで実行したのは恐れ入る。


488 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 14:17:37 ID:/dvWElDP
食糧事情のよろしくない時代は肥満は健康の証だと
思われてたからな

489 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 14:42:09 ID:Vz45uLij
>>483
権力、とはまた少し違うような。
信秀はいわば尾張諸勢力の盟主、リーダーという存在で、明確に臣従させていた
わけではない。いってみればあくまで信秀個人の地位であって、織田弾正忠家の
地位(例えば守護職とか)ではなかった。
だからこそ、信秀の死後には信長から離れていったわけだ。彼らには信長に従う
理由はないのだから。
そんなところから実力で尾張一国を平均し、豪族たちを臣従かさせた信長は凄い。

その点でいうと、>>481は間違い。信秀は権力強化に手をつけていない。あるいはつける
前に死んでしまった。逆に、大名権力の強化に手をつけた結果、反発からクーデター
で追放されてしまったのが信虎。

490 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/09/10(日) 15:00:33 ID:3RSf9Co1
人質家康が織田と今川の国境。
信長が家督を継いでから、数年はマジでヤバかった。


491 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 16:29:33 ID:7tSa+g2m
>>487は何を言いたかったんだ?

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 16:41:07 ID:sRgSxc8A
>>489
正確には信秀の晩年から離反が相次いでいたな
三河と美濃での敗戦の影響か・・・
個人的には信清にまで離反されているようでは信秀の死がもっと遅ければ
更に弾正忠家は衰退していたような

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 18:59:31 ID:3LkiIEnk
親から代を継いだ時点で最も恵まれてる大名と言えば
今川義元だったり北条氏政だったり朝倉義景だったりするのかな。
朝倉義景は南唐皇帝の李Uのような性質で戦国大名には不向きすぎた。
ある程度の野心と能力のある人が彼の立場だったら天下を獲っただろうね。


494 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 19:05:20 ID:4e7uOwY5
いや、李Uは己の信念に従って生きたある種の好男児だろ
あえて比べるなら徳川慶喜であって朝倉義景じゃない

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 21:24:50 ID:/dvWElDP
>>493
義元もすんなり家督相続したわけじゃないけどな
寿桂尼の後押しこそあったが、雪斎との二人三脚で花倉の乱を勝ち抜いた

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 22:33:38 ID:SER/Zx19
信長がいなければ蒲生氏郷が天下を取ったとか言ってたのは誰だっけ?
司馬亮レベルの有名作家だったような。

497 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 02:08:20 ID:chujLfD1
司馬亮が作家だとは知らなかった
八王の乱でノロノロやってたのになぁ・・・

498 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 21:49:25 ID:0M6YlW4D
足利義昭

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 03:47:57 ID:LDPIROCQ
信長が居なかったら近畿の覇者は三好だろうな。
九州:島津、中国:毛利、四国:長宗我部、近畿:三好、関東甲信越:武田、上杉、北条。
どれが飛び出るかは分からないけど、統一に10〜50年延びるだけだと思うね。

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 03:51:37 ID:Plp6e4h9
三好家って内紛が起きてなかったか?

501 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 04:24:08 ID:f0bIhSM9
おそらく信玄が上洛して義元倒して、義元配下が
何か知らないけど手取川で上杉に負けて上杉がそのまま南下してきて
義元配下の秀吉がとにかく中国大返ししてきて
光秀が役割上、反旗を翻して独立。
ごちゃごちゃの決戦になる。
勝った奴は筒井を手に入れて天下人。

502 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 07:51:25 ID:6HT73g8E
三好は寿命と体制の面から覇者になるのは考えられないよな
今川は多分鉄壁で義元が作った手固い政治体制は氏真が順当に継いで、領土経営については無問題。
武田、上杉、北条は足を引っ張りあってなにも起こらず。
となると毛利はどんどん領土増やしていって九州や近畿まで進出。
統一は後継者にかかってるな。はたして氏真の後継者は?

503 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 08:39:04 ID:f0bIhSM9
こうして日本の国技は蹴鞠になり、後の世にサッカーとして
世界に広まっていったのである。

504 :なんとなく:2006/09/12(火) 09:52:17 ID:PDRTsWvZ
いや、今川はあとあと婚姻関係だったた武田が裏切ってるから、武田がいつ裏切るかわからんし

予想では、あと50年以上だらだら戦国時代やっていて、それを見ていた、フランシスコザビエルが、本国に密書を送り諸外国に日本は蹂躙されたとさ

505 ::2006/09/12(火) 10:05:36 ID:TBT1zhM/
今も昔も覇権を求める者は政治・経済の集積地へ進出したがる。と考えれば、立地条件で言えばやっぱり近畿と周辺の大名だね。
何せ京に近く朝廷・公家との人脈作りに有利。経済力・文化でもこの地域は他を圧倒。企業が東京進出したがるのと一緒だね。

信長でさえ上洛後は京とのパイプ造りに励み、これを大いに利用している。

情報・交通網の未発達な当時では畿内と地方の差は更に広がる。上杉・武田・毛利等地方有力大名は京進出は「遠征」になってしまうからかなり厳しいでしょ。

506 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 11:24:46 ID:6bDXtqwS
朝廷を利用するには、朝廷を飾り立てる財力が必要。
というとやはり近畿・東海は有利か。

507 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 11:41:25 ID:6HT73g8E
近畿、東海は確に死ぬほど有利。
だけど近畿にはやはり将軍家がいるからろくな大名がいない(思想的にも、軍事的にも)
ちなみに武田はこのころ悲しいほど軍事力が貧弱なので、今川を裏切ったら壊滅するはず。今川義元は卓越した政治をおこなっていた故に、その後の大名やさらには秀吉、徳川幕府にまで影響を及ぼしていたからな。

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 11:48:30 ID:f0bIhSM9
近畿もしくは畿内を掌握可能な大名限定か。
朝倉、三好…。あとかろうじて毛利か?
毛利は政治体制からしても難しそうだけど。
まあ要するに圧倒的に今川有利だよな。

509 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 12:32:41 ID:79YsX6iG
越前がなぁ・・・
あそこに優秀な大名が生まれてたら天下獲りに一番近いんだろうけど。
朝倉が浅井家を露払いにしていち早く上洛しなかったのが
本当に惜しまれる。

510 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 12:33:34 ID:ChS8lZbz
信長はほかの大名が10年かかる事を1年とか1月でやっちゃうからな。ただリスクも大きい、最後に殺された訳だし。
上で書かれてるみたいに、地方で大名がでかくなって安定したら、それはそれで平和になるかもね、小競り合いは続くが、決戦は嫌がる展開。
将軍なり天皇なりが纏めあげれば戦乱事態は終わるかな。
ちょっと甘いかな^^;

511 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 12:40:28 ID:ChS8lZbz
天下取れる場所って有るね。やはり、尾張美濃とか越前や伊勢あたりは立地良いねえ。
近畿は天皇と将軍の伝統に縛られてるから、その権力闘争に夢中になりすぎてる気がする。
中国地方も悪くないとも思えるけど、元就が若く中国地方統一してたら近畿勢など対抗できてなかったかも。
大内が一回、将軍立てて京大坂制圧してるけど、それでは混乱終わらないのだから、難しいが。

512 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 12:51:07 ID:TsMxzmgv
大内政弘は上洛して数年で死に、跡継ぎの義興は本国に戻っちゃったからね
後に明応の政変に呼応して再び上洛して今度は10年間も京にいたけど尼子氏の
侵攻で急遽帰国。
尼子のことは信頼できる家臣か優秀な親族に任せて本人が在京、あるいは京の近く
に本拠地を作って居座り続ければ結果はまた別だったかも

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 13:06:06 ID:ChS8lZbz
しかし実際、信長の戦国向きの領地経営や兵力と鉄砲の集中による、領土拡大の戦略とか。

秀吉の大兵力運用しての四国九州関東東北の平定から、家臣をほいほい大名にして全国に土地替えして、強権の集中した、完全なる統一。

家康の100年先を考えた縁組み、大名配置、平和な時代を維持する為の制度作り。

どれも並の大名には難しい、独裁的な強権と、非常に高い行政能力がなければ不可能な事ばかりだ。
正直信玄や義元クラスの古いタイプには辛い、もっと新しい考えが必要だと思う。

信長いなくても、秀吉家康がど〜〜〜〜〜にか戦乱を収めちゃう。かな?

514 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 13:12:18 ID:LDPIROCQ
信玄は新参ばかり重用して古参から反感を買っているが?信義事件の背景もそんな感じだ。
何をもって古いタイプと言っているのか。

515 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 13:12:48 ID:dR+2m0Qy
時代が全然異なるけれども尊氏って考えてみりゃすごいダイナミックな動き
してるよね。戦国時代の場合はやっぱり自分の本拠をはっきり持っていない
人間が他を従えることは無理だったんだろうなあ。

516 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 13:13:12 ID:ChS8lZbz
大内義興と隣の尼子経久あたりは天下取ってもおかしくないほど外征も出来てるし、数万の兵力も運用してるけど、当時は時代が古いから、将軍を傀儡にしてとは思っても日本全体の平定とまでは考えなかったのかな。

517 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 13:17:22 ID:F5BFJ9pT
謙信が近江東海の大名だったら、超強力な室町幕府の守護者になって、
謙信が亡くなる前では誰一人として天下統一は成し遂げられなかっただろうな
管領・上杉謙信みたいな

518 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 13:20:01 ID:ChS8lZbz
信長秀吉家康に比べると古いかなと、甲斐の山の中だからしょうがないのだろうが。
今川攻めるにしても、60年義元死んでから、息子切ったりなんだかんだで68年からになってしまうし。
川中島に使う労力で斉藤とか攻めてたら全然違った展開になってたのかな。

519 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 13:24:10 ID:ChS8lZbz
太平記の南北朝時代は勢力が入り乱れて、天下取ったり取られたりで、すごいよねw

親王とか殺しちゃうしw。新たに天皇立てちゃったり日本人としてやりすぎな感じがw

520 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 15:57:12 ID:79YsX6iG
信長が居なかったら天皇が天下を獲っただろうね

521 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 16:07:14 ID:6HT73g8E
上杉・越後だし武田もいるし治安も安定しないので厳しい。謙信の思想も不安
武田・甲斐は物資や兵力不足。しかも今川上杉北条斎藤に縛られて動きにくい
今川・東海という地の利をいかして天下には一番近い。しかし氏真は不安の種
北条・これも縛られてて動きにくい。国力は充実しているが都に遠いのが残念
三好・将軍家の権力闘争を重要視して天下への興味が皆無。後継者も不安
毛利・元就が大気晩成すぎるため、後継者がキーポイント。有力候補
朝倉・越後の上杉は恐いが地の利は良い。当主をなんとかすれば尚良い

522 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 17:41:07 ID:f0bIhSM9
>>518
当時の信玄の国力では斎藤攻略は無理。
つかいかに優れた武将だとしても信玄には天下は無理でしょ。
賭けに出ない堅実過ぎる人だし。
やっぱり天下取るには優れた能力や運に加えて何か必要だと思う。


523 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 18:01:21 ID:XQoJYA/H
能力と運以外だといい場所にいるかどうかとかか?

524 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 18:15:36 ID:Rke9w35o
信長がいなければ秀吉が別のところに使えて最後に主家をのっとって
天下をとる。かもね。
あるいはどこかの小大名の子供に天才がでて第二の信長になるか。

信長のすごいところは本拠地を移したことだろうな。俺新潟で謙信びいき
なんだけど、謙信が沼田なり厩林(今の前橋)あたりに本拠を移していたらなあと
いつも思う。

525 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 19:07:49 ID:3BxlsBiv
>>522
最終的に信玄型の家康が天下とったわけだから、あながち無理でもなかった
かも。

526 ::2006/09/12(火) 19:40:51 ID:TBT1zhM/
>>524確かに信長は本拠地にこだわらなかったな。これは天下を取れる重要な条件だね。
当時は土着繋がり家臣団だから、どの大名も簡単に本拠を移せなかったが、その点の家臣団の意識改革を行ったのが信長。

本拠地は京から近いほうが有利なのだから、地方有力大名はこの点を克服しなければいくら遠征してもまず天下は無理だろうね。

成り上がりの北条あたりは、地盤の強固な支配体制の確立に成功し土着でもないのだから、京に関心さえもてば克服しやすかったのではあるまいか。


527 : :2006/09/12(火) 20:20:13 ID:tWcaNcdk
いた!

よく考えたら、全ての条件で総合的に有利な大名が!!

528 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 20:37:22 ID:gdAB5FO4
>>518
川中島等で謙信と争い、信濃・西上野を押えたから、
南下や西進作戦を取れるだけの国力を得ることが出来たんだよ。

529 : :2006/09/12(火) 20:43:46 ID:tWcaNcdk
まず、今川義元は・・
国力が大きく、信長がいなければ尾張も平定していただろう
血統も由緒正しく、上洛も夢ではなかった
しかし、一番の問題は跡取りの氏真
コイツじゃ、日本はおろか駿河もまともに統治出来ないのは目に見えてる
義元一代で、中央に政権を築けたとしても地方にまでは力が及ばず
二代目の氏真で、謀反か自然分解で乱世に逆戻り
ここで、配下として、ずっと我慢してた家康が本能寺の変後の秀吉みたく
勇躍を果たすが、信玄が生きていれば三方ヶ原アゲイン

530 : :2006/09/12(火) 20:46:27 ID:tWcaNcdk
というか、まず

義元の天下統一の確率は80%
問題点は、息子の氏真の無能

531 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 21:01:18 ID:f0bIhSM9
氏真は天下人は無理でもそんなに無能じゃないし
義元の天下統一の可能性は8割はありえない

532 : :2006/09/12(火) 21:02:48 ID:tWcaNcdk
次に信玄
国は必ずしも裕福とは言えないが、そのマイナス面を克服する為に
彼が育て上げた家臣団、そして有名な騎馬軍団は最強
旧来の古い戦国大名といえば、そうだが
発想より、まず実力が一番な戦国時代において
その存在感、圧倒性は、他の大名も彼の天下が来ても疑問には思わないだろう

しかし単純に考えて、信玄って・・信長いようがいまいが
結局、甲斐、信濃、飛騨、駿河、遠江と、順に制圧して行くしか方法ないんだよな
信長いなくて得する事って言えば、三河や尾張が楽に制圧出来るって事だけ
結局、謙信をずっと牽制しながら領土増やして、尾張くらいまで平定した所で病没



533 : :2006/09/12(火) 21:11:43 ID:tWcaNcdk
しかし、その息子の勝頼となると、可能性は飛躍的アップ
信長いなけりゃ、京まで敵らしい敵もいないわけだし
最強の騎馬軍団は無傷。信玄が基礎作って勝頼が天下平定
これは確率高い。しかし、問題は
正式な跡取りが成人した時に、ゴタゴタが起きて武田家分裂
で、勝頼は結局、その政変で死にそう
その後、武田家も他勢力に滅ぼされる・・
結局、武田の天下も長続きしなさそう


534 : :2006/09/12(火) 21:14:02 ID:tWcaNcdk
ということで

信玄の天下統一の確率は30%
勝頼の天下統一の確率は85%
しかし問題点は、やはり跡取り問題

535 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 21:17:41 ID:BbtU2LTZ
そんな妄想でも義信は死んじゃうのかw

536 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 21:20:56 ID:P8QyJqnp
ゲームのデータをもとにして語るのやめてくれ

537 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/09/12(火) 21:22:08 ID:D30ypkQG
案外、三好義興あたりだったんじゃないだろうか。

538 : :2006/09/12(火) 21:27:09 ID:tWcaNcdk
次が上杉謙信
まず、結論から言って「現状と何ら変わらず」
信長が攻めてきたら、追い払うだけ
信玄がいる限り、信長いようがいまいが関係なし
逆に信長と同盟結んでるくらいだし、
信長がいないと、信玄の存在が、よりウザいものになってた気もする
戦国最強大名も天下取りとなると確率低し
ということで

謙信の天下統一の確率は0%



539 : :2006/09/12(火) 21:39:18 ID:tWcaNcdk
次に北条家
武田家が滅ばない限り、西に領土拡大する確立は低いが
信長がいないことによって、武田の力が増し、上杉の牽制が若干緩くなりそう
そういう意味で関東の勢力は少しだけ強くなりそう
しかし、北条家が10代続いたとしても、天下取りには無縁
ということで

北条家の天下統一の確率は0%

540 : :2006/09/12(火) 21:50:56 ID:tWcaNcdk
次は毛利家
中国の覇者、毛利家は国力、地理的に見て圧倒的有利だが
やはり元就死後の指導者不在が大きなマイナス点
しかし実際、やる気になれば隆景や元春を中心として
畿内を制圧出来ただろうし、義昭を擁して天下の副将軍くらいには納まれたと思う
ということで

毛利家の天下統一の確率は90%



541 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 21:51:49 ID:F5BFJ9pT
謙信が本気で天下制圧するつもりがあれば、手がないわけではないよ
上洛後、近衛家とさっさと姻戚関係を結び、
正式に室町幕府足利将軍の臣下として京近くに本陣を構え、
武威と権威を持って畿内の武将を次々と平定すればいい

542 : :2006/09/12(火) 22:00:28 ID:tWcaNcdk
島津は、
信長がいなければ当然、秀吉も出世しない訳だし
他の大名も、ここまで早く中央に力をつけるのも困難と思われる
ならば地方大名でも力をつければ充分、天下を狙えるチャンスはあったと思われる
九州を平定して、その国力と精強な島津軍が襲えば
中国の覇者、毛利と言えども敵ではなかったと思う
しかし問題は、島津家の内に開かれたお家柄
領土を拡大するにつれ、降伏させた勢力の不満が大きくなり
結局は内部分裂になりそう
ということで

島津家の天下取りの確率は50%



543 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 22:02:25 ID:Jq02L/nn
そんな事できるわきゃない。越前から越後まで平定でもしてからなら分かるが。
平定も大義名分もなく不可能。
ゲームなら簡単な話しだけどね。

544 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 22:03:57 ID:2wNgWFuw
信長がいなかったらより、秀吉がいなかったらのほうが面白そう。

545 : :2006/09/12(火) 22:14:15 ID:tWcaNcdk
伊達政宗は
彼の場合もまた、信長がいなければ当然、秀吉も出世しない訳だし
他の大名も、ここまで早く中央に力をつけるのも困難と思われる
そして彼が活躍する時間は、まだ、多分に残されてたと想像できる
奥州には彼の勢力がさらに大きく拡大され
北条や上杉を東から脅かす存在になってたのは明白
加えて若い。彼の活躍する時間は充分に残されており
天下取りも夢ではなかったはずだ
ということで

伊達政宗の天下統一の確率は85%

546 : :2006/09/12(火) 22:16:49 ID:tWcaNcdk
と、ここまで各大名の天下取りの可能性をシュミレートしてみた訳だが

一番、可能性の高い武将が一人残っている・・

それは

547 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 22:17:43 ID:/HUiXsmi
>シュミレート
何語?
シミュレートのこと?

548 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 22:17:51 ID:iWL+3Xwp
長宗我部は論外。
信長がいなければ三好の没落もないからな。

549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 22:22:09 ID:jtrPnoTN
あのさあ、天下とるってのは、京都の周り抑えて、京都に軍勢いれりゃあ、いいって
もんじゃないでしょ(三好長慶も、大内家も、できなかった)。将軍家を事実上の
配下において、結局、室町将軍家を廃するとこまで、いく意識の転換を、自分から
考えられないと・・。それ、今川や武田には、できないでしょ。彼らは、ただの室町幕府
再興なんじゃね?。光秀みたいに。

信長の代わりか・・・。難しいね。それだけ、信長はすごいって、思うね。

(北条は、情勢読めない馬鹿だから、まあ滅ぶわけだけれど(笑))。



550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 22:39:21 ID:3MlQlJAe
何度も名前が出てるが三好は無理じゃね?
長慶ほか、弟、息子が死んだことや、重臣の松永久秀と三好三人衆の反目→内紛。
この時点で信長に関係無く、長慶の築いた領地は三好義継、久秀、三人衆で分割されてる。
さらに、史実で久秀と三人衆の和解の原因となった信長包囲網も起きない訳だし。

551 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 22:44:31 ID:Jq02L/nn
玉璽や帝を手に入れただけじゃ天下は穫れんよ。董卓のやり方では逆臣になるだけ。
曹操を見習おう。

552 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 22:54:41 ID:iWL+3Xwp
>>550
今川次第だと思う。
今川が上洛を頭に入れていたなら一存も温泉になど行ってないだろうし
久米田合戦も六角が今川と交戦しているなら起きない。
義賢と一存がいれば松永の冬康謀殺という発想もないだろう。

553 ::2006/09/12(火) 23:11:18 ID:LRwwTeSm
信康と秀康が元服してからの松平家。


554 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/09/12(火) 23:12:25 ID:D30ypkQG
今川家二十四将に名を連ねてそう。

555 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 03:00:00 ID:QLZSGOTf
武田は信玄だろうといずれ潰れる運命だろうが
上杉は謙信の関東へのこだわりが無ければ
面白い位置にいたのにな。経済力は石高より遥か上だったんだし。
結局モノを言うのは経済力。


556 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 06:34:50 ID:UXF24K0A
何度かあげている人もいるが、やっぱ松平元康でないのかな?織田がいなくとも、今川にそのまま従順してれば、大名になれてたわけで、何より粒揃いの家臣団がいるってのはかなり有利。
そして、運が良いってのは織田がいなくとも発揮すると思うんだよ。だから桶狭間がなくとも、かなり早い段階でいずれは今川を乗っ取る位のチャンスはできて、後は史実通りとか。

557 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 06:51:33 ID:oQYvrezE
>>537にイピョーウ

               . -―- .      やったッ!! さすが 奇矯屋さん
             /       ヽ
          //         ',      おれたちにできないことを
            | { _____  |        俺たちに言えない事を平然と言ってのけるッ!
        (⌒ヽ7´        ``ヒニ¨ヽ
        ヽ、..二二二二二二二. -r‐''′     そこにシビれる!
        /´ 〉'">、、,,.ィ二¨' {.  ヽ     _ _      あこがれるゥ!
         `r、| ゙._(9,)Y´_(9_l′ )  (  , -'′ `¨¨´ ̄`ヽ、
         {(,| `'''7、,. 、 ⌒  |/ニY {               \
           ヾ|   ^'^ ′-、 ,ノr')リ  ,ゝ、ー`――-'- ∠,_  ノ
           |   「匸匸匚| '"|ィ'( (,ノ,r'゙へ. ̄ ̄,二ニ、゙}了
    , ヘー‐- 、 l  | /^''⌒|  | | ,ゝ )、,>(_9,`!i!}i!ィ_9,) |人
  -‐ノ .ヘー‐-ィ ヽ  !‐}__,..ノ  || /-‐ヽ|   -イ,__,.>‐  ハ }
 ''"//ヽー、  ノヽ∧ `ー一'´ / |′ 丿!  , -===- 、  }くー- ..._
  //^\  ヾ-、 :| ハ   ̄ / ノ |.  { {ハ.  V'二'二ソ  ノ| |    `ヽ
,ノ   ヽ,_ ヽノヽ_)ノ:l 'ーー<.  /  |.  ヽヽヽ._ `二¨´ /ノ ノ
/    <^_,.イ `r‐'゙ :::ヽ  \ `丶、  |、   \\'ー--‐''"//
\___,/|  !  ::::::l、  \  \| \   \ヽ   / ノ

558 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 07:17:34 ID:HiLwDslA
島津は早いうちに毛利に絡まれそうだからなぁ
長曽我部元親はなにかと戦上手なので土佐統一あたりまでいけば中身はぐちゃぐちゃの三好とは互角なような気がする。まあ四国統一は無理じゃなさそう
三好って史実でも論外だよな

559 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 07:51:31 ID:qg37diky
大内や三好(松永)あたりは京を押さえて将軍も従わせるラインまで行っているからな。
信長にしても京を押さえて将軍擁立しても、敵だらけで、天下取った訳じゃなし、むしろスタート地点でしかない。
天下人になったと義昭が喜んだだけだもんな。

今川武田上杉がいかに京まで上洛したとしても、京を押さえてさらに近畿全域押さえるのにさらに、10年20年はかかるだろう。

当然寿命もあるし、包囲網もできるだろうしな。

日本という狭い国だから、北条毛、さらに九州や東北あたりも、10万20万の外征出来る大兵力運用する事のできる、国家を作れれば天下取りが見えてくる。

秀吉がやって見せた事を出来ればだが。

上で%言ってるのは馬鹿だろ。意味わかんねえ

560 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 12:45:11 ID:9g0XJSci
信長がいなければ秀吉が家康につかえて秀吉家康の最強コンビが天下平定。
あとは長寿くらべだな。

561 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 12:58:48 ID:LY6kQi0J
むしろ名も無き足軽で終わる気がするがなあ。

562 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 14:10:39 ID:GvVgRQlz
毛利は天下に野心無し。で終わってるやつがいっぱいいるけど、
小早川あたりが「いや、これ天下取りじゃないから。領土広げてるだけだから」
「いや、これ天下取りじゃないから。足利倒してるだけだから」
「いや、これ天下取りじゃないから。ただ、政治してるだけだから」
って言い続けたらどうするよ。


どう見ても妄想です。本当にありがとうございました。

563 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 15:15:08 ID:QLZSGOTf
儂は天下を狙ったのではない。
気がつけば天下に儂より強い奴がいなくなった。
それだけの話よ。

564 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 15:39:36 ID:mQPZCzlT
豊臣秀吉=田中角栄

565 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 15:43:26 ID:Qz3zEtnA
>>556
国力が低すぎると思う
家中での地位も高いわけじゃないし乗っ取るのは難しいかと
むしろ武田北条の方が乗っ取る可能性は高いのでは?

今川が大大名になった時、本能寺時の織田家に対する徳川家のような位置に
武田北条がいることになるんじゃ

566 :556:2006/09/13(水) 23:28:49 ID:UXF24K0A
>>565
レス有り難き幸せ。
国力が低すぎるは、信長がいなくて、義元が桶狭間で憤死しなかったと仮定して、その後は尾張を瞬く間に占領。
史実としても実際に尾張領内の砦、支城は(今川侵入ルート上は)各個撃破で短時間で取られてしまっていた。だから尾張を手に入れれば、国力という点は問題無しになる。
尾張領内の津島湊の矢銭による収入は相当な物であり、それ以上に米の収穫量もかなりの期待ができる。よって後は義元が信長の代わりを辿ると思うのです。
松平元康は後は義元亡き後(おそらくは尾張占領が精一杯で無理がたたり、はやい段階で死去もしくは、松平元康の家臣の誰かが屠ると思う)
歴史にIFは許されないが、考え出すとキリがなくなる。



567 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 05:11:01 ID:hzTcV1WX
外人とか

568 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 05:17:26 ID:RSsxN+jS
誰が天下って…室町幕府が続く限り足利将軍が天下人です

569 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 07:28:27 ID:L7J9JdYb
そんな理屈が通るなら、古今より天皇のみが唯一の天下人になって足利将軍家は天下人じゃなくなる

570 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 08:10:54 ID:7guh9yB+
>>566
国力が足りないのは松平家の話じゃないの?

571 :拙者きみまろでござる:2006/09/14(木) 20:49:45 ID:dNvF0/Cl
おはつでござる。横槍入れるようで悪いんだけど、当時の武将で天皇暗殺計画
なんて出なかったのかな〜?みんな京をめがけて「上洛」するんだけど、日本の
中心=京という図式を崩せば、地方大名だろうが、中央大名だろうが、根本的に
意味が無くなると思うんだけど。よくこういう話題では「地理的条件」や「風土」
(同じか・・)がクローズアップされるんだけど、それ以前の歴史では都が遷都される
ことなんてザラにあったハズ。まして、その当時に将軍家や公家に権力的な力があった
とは思えないんだけど〜。。
まあ、最終的に家康みたいな「いいかげんな」大名が天下を取るんだけど、
、、。


572 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 21:47:06 ID:9QtN9CXH
畿内勢力が優位なのは帝がいるからじゃなく
経済が圧倒的に発展しており人口も多かったから。
天皇を暗殺してもメリットはあまり無いし
逆に大逆の臣って評価になってしまいマイナス。


573 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 23:38:52 ID:A1qi+1Tz
オッズ

1人気 松平 3.5
2人気 今川 6.0
3人気 足利 7.7
4人気 武田 9.8 
5人気 伊達 10.0
6人気 上杉 12.8
7人気 北条 18.2
8人気 毛利 20.4
9人気 島津 21.2
10人気 長宗我部 30.3
11人気 斎藤 34.6
12人気 松永 53.2
13人気 朝倉 59.8

(以下の大名家は抽選により出走可)
14人気 真田 112.1
15人気 六角 128.0
16人気 姉小路 ☆
17人気 伊東 ☆
18人気 河野 ☆

☆は1000倍以上

574 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/14(木) 23:54:39 ID:A1qi+1Tz
短評

松平…史実勝者
今川…上洛目前
足利…血統魅力
武田…余命カギ 
伊達…後半戦で
上杉…気持一つ
北条…京の道?
毛利…堅実駆け
島津…鬼石曼子
長宗我部…所詮蝙蝠
斎藤…義龍阿呆
松永…謀略乱発
朝倉…やる気無
真田…一族優秀
六角…京に近い
姉小路…苦しいか
伊東…島津脅威
河野…記念出走

575 : :2006/09/15(金) 01:30:19 ID:yj3ng20i
戯言は終わりにして、結論として「ヤツ」しかいないだろ・・(〃´o`)=3 フゥ
どうして、そいつを気づかないかな・・
まず、「ヤツ」の説明の前に

実際の天下人である信長が、どうして信玄や謙信など他の有力大名を制して
天下取りレースで先んじられたのか考えて見ろよ

・尾張、美濃、伊勢という豊かな国を早い段階で支配して150万石あった
・京から比較的近い位置にいた(より近づく為に本拠を岐阜に移した)
・徳川と同盟を結び、西に進出する事だけに力を注げた
・義昭を擁して京に上り、将軍の権威を利用できたので畿内の三好家などを排斥できた
・なので、本願寺の参戦まで大敵が少なく、畿内に早く勢力を広められた
・堺を支配し鉄砲を大量に抑える事ができ、経済的にも恵まれた

これらの理由を有して信長は天下に勢力を拡大できたんだろうが。
もちろん、信長の先見性や配下武将の能力も関係ある
しかし、それらは上記のポイントを実現するためにあるんであって
それ自体が意味あることではない
よって、これらのポイントを逸早く抑える事が出来る武将こそが
信長に取って代わる天下人だろう?
そして・・その武将こそが・・!!



576 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 01:37:09 ID:4Xp7eNE/
蒲生氏郷擁する蒲生家。

577 : :2006/09/15(金) 02:10:48 ID:yj3ng20i
ち・ょ・う・そ・か・べ・も・と・ち・か

まず元親は四国に勢力を置き、領土を拡げる為には三好家との衝突は避けられないものだった
そして、将軍の座を狙う義昭にとっても三好家を討ってくれる大名が必要だった
身を寄せる朝倉も動く気配が無く信長も存在しない。そうすれば必然
義昭の目は元親その人にだけ向けられる可能性は大きい
三好家は長慶の死で、跡継ぎのゴタゴタや久秀の暗躍なので、それほど脅威的な相手ではない
この三好家との争いを制することが出来れば(信長にとっての今川や齋藤に比べたら格段、楽な相手)
元親の領地は海を隔てて摂津や京に、すぐ至近距離に位置することになる
そして伊予の河野氏を滅ぼせば四国全土には敵がなく、隣国の九州や中国地方とは海で隔てられてる為
安心して畿内進出に力を注ぐ事ができる。(しかも、将軍を擁して!)
堺、摂津と支配すれば経済的にも、鉄砲の保有数も拡大に増え、京や畿内を素早く席捲できる
後は、ひたすら勢力拡大・・そして、信親、盛親と世代は受け継がれて行き・・
日ノ本全土は長宗我部の旗印に包まれる事になるだろう

578 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 02:14:36 ID:1TOpp5bT
したり顔で何言ってんだこいつは・・・

579 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 02:23:50 ID:yM06PtTD
アホがいますね

580 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 02:40:34 ID:j9l7/HAg
親父の膨大な精子のなかで一位とったおれが言うから間違いないのだが
普通に今川義元だ。


581 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 02:40:49 ID:6FFMcj8r
土佐を統一したのが1575年の長宗我部に何が出来るんだがw
あと松永久秀を過大評価しすぎ。
信長の上洛がなければ大和すらも平定してない久秀が三人衆に滅ぼされるのも時間の問題で、
三好の内紛も実際ほどの損害はないだろう。
よって信長がいなければ長宗我部が三好を滅ぼすことなど有り得ない。

582 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 05:40:15 ID:ZEZGDvp5
松永久秀が無理なら松中信彦だな

583 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 07:31:40 ID:7UJ/QArb
現代の戦国乱世か。

584 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 15:56:41 ID:UNHSI/p5
結局天下とれなかった人間なのに、
いなかった事を前提にしてもねぇ

585 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 16:28:01 ID:gCb4Brbw
仮に京を一時的に支配下に置いたとして、どうやって軍隊を駐留させるんだ?
あまり遠征ばかりしていると土佐が荒廃して戦争どころじゃなくなると思うが。

586 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 17:20:21 ID:7UJ/QArb
織田がいないなら三好長慶亡き後の三好でも一定の勢力は保てるんじゃないか?1575年に土佐統一では天下は無理だろ。

587 :騎馬鉄砲:2006/09/15(金) 17:43:49 ID:IVQd/djg
伊達政宗とか無いですかね

588 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 20:12:40 ID:JMZiYxx5
長宗我部じゃ圧倒的に国力がなー
四国全土を制してようやく80万石程度
それだったらまだ畠山筒井別所などのほうが可能性有りそう

589 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 20:33:06 ID:F4l1yF2O
明智光秀

590 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/15(金) 22:51:29 ID:7ZAM9sJw
信長なくとも結局は猿な気がするんだよな。もっとも信長と同じように上手く取り入ることができればだが。

591 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 01:12:09 ID:1lUGy7eI
>>588
海に隣接していると石高以上に裕福。海産物から貿易から言うまでも無いが。

592 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 01:16:41 ID:ICeB69Zu
>>591
長宗我部ってそこまで拓けた港を支配下にしていたか?
それに金銭的に余裕があっても兵を集められない気が…。
人口少ないんだし、どうするんだ?

593 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 08:42:15 ID:PMJln8Mf
>>590
家康の線はあるが秀吉の線はない。
信長あっての秀吉。

594 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 08:48:10 ID:FmgoG3ev
山内一豊はパッパラパーだけど最終的には土佐20万石(σ・∀・)σゲッツ!!

595 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 09:55:49 ID:pQR+kDBG
秀吉ってどこいっても頭角あらわしたんじゃないの?
確か最初に仕えたところも優秀すぎてやめさせられたんだったよね。
戦国時代も後半は、信長以外でもけっこう浪人の優秀なのを雇ってる。

596 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 11:50:23 ID:zzobLEaT
太閤検地じゃ土佐一国で10万石
1560年の長宗我部は土佐の1/3程か
1575年に土佐を統一しても三好が弱体化してなきゃ勝てないだろうな

597 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 12:05:01 ID:H6TcE9BK
家康なんてありえないだろ

598 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 19:21:11 ID:53ozXAhx
つまり山内一豊は石高ちょろまかして20万石ゲットした詐欺師ってことだ

599 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 00:52:10 ID:0Jpqn5U0
秀吉が頭角を現すであろうことは間違いないが、
かと言って信長以外の大名が彼を取り立てるか?
有能な小物って感じで一生を終えるだろうな

600 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 01:40:25 ID:oXTwN8Mi
信長がいないと、確実に戦国の世は長期化したやろな
国が分かれて統一されないまま停戦かもしれん

そう考えると国内だと毛利氏かな。もっと後の世代でね
内から腐敗していくものだから、京の近くの勢力がつぶれる
伊達氏は寒い地方で所領が伸び悩むだろう

案外、外国の勢力にやられていたかもしれん


601 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 01:57:58 ID:RYT2JqVn
信長が居なくともブロック化は進んだろう
実際に信長登場前に二国領有する今川なんてのも居たし
どこの国でも管領は有名無実化して下克上を容易に行える土壌もあったし
鉄砲渡来で戦争の形態事態が変化しつつあったしね。


602 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 01:58:48 ID:mENarrHt
西洋から万単位の軍勢がくるには産業革命をまたなきゃいかんのじゃまいか?
外国からの侵略はない気がする。

やっぱ有力諸侯が合議制で運営するような国になるんじゃまいか


603 : :2006/09/17(日) 02:00:01 ID:ifBAVzJU
元親は早くから信長の実力に気づき、同盟の申し込みもしてた(一方的に破棄され攻められかけたが)
そういう意味では元親は正確な価値観を持ってたことになる
つまり天下統一には、いったい何が必要かという価値観をだ。
だからこそ、それを実現してる信長に目をやってた訳だが
もしその信長がいないとなると、必然、己が実現しようとするんじゃないのかな?
そして>>575>>577でも述べたが、元親の置かれている状況は四国の石高を別にすれば
非常に地理的に有利な位置にある。そして困難な敵といっても三好くらいで
武田や上杉、織田や島津に比べたら楽に渡り合える相手だと思うが・・
天下取りレースで最も重要なポイントは、京から近く、逸早く京を支配し、それを維持できるということだ
そういう意味で元親は信長に匹敵するほど恵まれた条件にあったと言える


604 : :2006/09/17(日) 02:21:04 ID:ifBAVzJU
>>600
確かに、当時のキリスト教が日本全国に急速に広がった背景には
キリスト教国の別の目的があったのは事実

鉄砲や南蛮貿易といった飴をぶら下げ→キリスト教の布教→国内に信者を増やす
信者による内乱誘発→戦争当事者同士に武器の輸出→国内疲弊→占領

これらの企みを察知した、天下人の秀吉や家康が
鎖国やキリスト教の禁止といった処置をしたから日本は占領を免れたが
もし当時の日本に、もっと長く戦乱が続き、絶対的な権力者がいなかったとすると
キリスト教は、もっともっと日本に広がってたと思う
そうなると、本願寺や法華宗といった仏教勢力とキリスト教といった
宗教勢力の争いがメインになってたかも知れないね


605 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 04:42:41 ID:X3CJAYbW
>>598
長宗我部が誤魔化してたんだよ
山内は棚ボタで所領が四倍近くになった

606 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 05:19:10 ID:KAvUcSKY
大恩ある一条家を潰してる時点で長宗我部はないな。
理の無い戦で大きくなった家は必ず潰れている。

607 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 11:12:44 ID:Dff0/5Ge
長宗我部は後に信長秀吉と戦うぐらい時勢が読めないから
やはり土佐一国ぐらいでおわるんじゃないか

608 :J:2006/09/17(日) 13:13:03 ID:y1wH3Ere
信長がいないと、鉄砲が主力になる時期が遅れるんじゃないかな?

609 : :2006/09/17(日) 13:57:20 ID:ifBAVzJU
信長が鉄砲を主力にしたのは逸早く堺や畿内を制圧したから


610 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 18:39:29 ID:d+d/PPmo
>>581
三人衆に囲まれて久秀あぼん。

強大な三好家復活!

でおk?

611 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/17(日) 18:48:38 ID:A0b6mCp7
アコム、プロミス、武富士の連合軍

612 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 14:36:33 ID:QuF6xbW1
誰が天下を取るにせよ天下統一が10年延びるとしたら、島津、伊達にもチャンスはあったね。
九州:島津、四国:長宗我部、中国:毛利、甲信:武田、北陸:上杉、関東:北条、東北:伊達

この勢力図になる事は硬い。問題は近畿、東海、濃尾。この辺は状況が難しい。

613 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 18:09:57 ID:lZbJBYSO
濃尾は東海には入れないのか…

614 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 21:29:07 ID:ZCASFcpz
東海は今川じゃね?ただ義元亡き後の氏真が気になるね。
元康が今川家に忠誠を尽くすか、尽くさないかで変わりそう。

斉藤も龍興が信長に殺されたから、未知能力だしね。
朝倉は滅びるだろう、浅井はわからん。

615 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 01:07:36 ID:vGuc8MVr
織田領は戦わずして今川のものになってたやろな
でも義元は公家のまねみたいなことしてたんやろ、大内家みたいに

畿内の大名家はあかんよ、保守的やで
明治維新のときもそう、のんびりしてる(彦根藩・井伊家)
四国はどういう気風か知らんけど
激アツかもしれん、話題の長宗我部は


616 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 11:22:04 ID:1ZtYGeCH
義元が公家の真似?

それに三好ももともと四国
長宗我部は土佐は統一できるかもしれないが
三好が弱体しなければそれ以上の成長は難しい
ついでに四国統一できても80万石
大した大名じゃない

617 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 12:47:19 ID:5zXnMW/k
結局はフェリペ3世が取ったね

618 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 15:42:32 ID:xDfg6Ukp
>>616
石高ではそうだが貿易を上手くやればそれいじょうの財を得られるが・・・
長曾我部にそれは無理だろうな。

史実でも天下統一は信長・秀吉・家康の3人で完成したし、結局は3人がかり
なんじゃね?
まぁ秀吉で完成してるけどすぐに崩れたからあれはなしってことで。

武田・上杉・北条は保守的だしなぁ。

619 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 17:00:25 ID:uXwFyAs6
>>618
人口が少なく流動的ではない上に土佐にそこまで発展した港があったか?

620 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 17:32:43 ID:d5n/g2R7
石高だけで物を語るな。元就は石高の多寡で大内、尼子に勝ったのか?

621 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 21:49:02 ID:QI6f6mdj
石高というより経済力だな。
短期決戦ならともかく長期戦なら経済力を無視して語れない

622 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 23:09:59 ID:5XobO13j
石高は一番分かりやすいく客観性のある基準だからな。
まあ長宗我部に石高を覆すだけの何らかの収入源があることを
史料に基づいて示せばいいんじゃね。
もしくは元親が数倍程度の兵力差を覆せるほどの名将といえるような
戦績逸話を紹介するとか。

>>620
石高で負けていたからこそあれだけ謀略を練ったのでは?
それに尼子を滅ぼす時は石高でかなり上回っていると思うが。

623 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 23:20:45 ID:d5n/g2R7
自分で調べればいいんじゃね? 何でも他人に依存するなよ。

624 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 23:55:44 ID:aaSOFs7D
自分の言った事をもう一度見直してみれば?

625 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 00:46:12 ID:8SNERhV/
立証責任みたいなん生じるだろ
元親はこうなんだって主張したけりゃそれを証明するソース示せよ
なんだってこっちが調べなきゃならんのだ

626 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 00:51:44 ID:odn9sVeA
山内一豊は夫婦揃って嘘つき野郎
9万石があるとき、20万石に変わった

627 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 02:25:42 ID:J3e2AU1W
>>626
ま た お ま え か

628 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 02:26:55 ID:yT82Ep3R
長宗我部で天下取れるとは四国の動員力を考えれば思えんが
土佐は畿内に売りつけた材木収入が大きかったんじゃなかったか?
森林保護(これは文書であったはず)と専売で石高以上の国力を持っていたらしい。

石高ベースで語るのは分かりやすいんだが可耕地は今日よりかなり少ないご時世、
それを上回るあるいは補完する副収入についても検討しないと経済力は分からんな。
信長にしろ謙信にしろ主要都市・港湾を独占支配したことは石高以上に大きいからなあ。
石高はもちろん最大動員能力を見る上では重要だが金収入は長期動員や恩賞等ではそれ以上に重要でしょう。
自分は元親が天下取れるとも三大野戦などに匹敵するくらいの武功もあるとも思わないが
石高至上の価値観は江戸前期のイメージが強いなあ、あれは元禄バブル以前の家康あるいは秀吉以来の土地政策。
まあ今日に残る伝統産業の多くは享保改革以降だから仕方ないけど戦国大名は米以外の産業も実際重視してた。
信長以前にも今川などで楽市楽座があったことだし商業・流通も江戸前期よりも(比較すれば)盛んだっただろう。
この時代は兵農分離がなかったのは言うまでもないが農商分離もなかったからな。
交易で考えれば南蛮・大陸を除けば最大の市場である畿内の特権階級と港湾の豪商との結びつきで特産物が専売可能。

まあこれ以上は経済力スレで語るべき問題なのかな?
人口・石高は最大動員能力に繋がるが実際に長期かつ連続した動員力があったかどうかは別問題でしょう。

629 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 18:07:23 ID:06EzEVsD
>>628
だから長宗我部はその石高自体過少申告してたんだと何度


630 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 18:14:03 ID:cv7o7XwD
だからそれを証明するソース示せよ

631 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 18:58:26 ID:06EzEVsD
それじゃ土佐の石高は何もしないのに勝手に増えたというのかw

632 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 20:25:56 ID:M9WUl/94
ソース厨はもう少し自分の頭つかったほうが良いと思う。

長宗我部は四国統一後に織田が居なくても微妙かな。毛利、島津、本願寺のどれかを相手にしなくてはならない。
武田、上杉、北条に囲まれるようなもんだ。

633 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 21:00:55 ID:06EzEVsD
織田がいなきゃ、宇喜多を平らげた後は四国に目が向くだろうな毛利は


634 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 23:22:55 ID:yT82Ep3R
脱線がてら長宗我部の石高関連調べた。
平凡社百科事典だから粗いがこれでまだ文句あるなら自分で反証さがしてくれ。

85年四国征伐を受けて降伏,土佐一国7万8000石を安堵
87年9月より90年5月にかけて大規模な惣国検地を実施(長宗我部地検張)
山内氏はこの地検帳高をもって本田高とし、その田制の基本として引き継いだ。
関が原戦後山内氏は土佐24万石(朱印高は20万石)の国主となった。
通称石高24万石は、長宗我部検地で打ち出された本田の地積を、1反=1石の率で換算した数字で
朱印高は本田に石盛をしたものである。近世を通じて開発された新田面積はほぼ本田に等しく
明治初年の合計石高は49万余石にのぼった。

長宗我部地検張以前には小規模に本国や分国の検地を行なっているが
本格的に行なったのは(太閤検地以前の一国規模としては唯一の例)豊臣服属後、
山内以前に近世土佐藩の20万石が既に明らかになっていたのではないか?
つまり豊臣が7万8000石を安堵したのであって実質石高が明らかになったのは
82-98年の太閤検地以降。誰も実質石高を知る由もないというか土地面積に拠る貫高制の時代で
太閤検地以降収入を基礎とする石高制に移行する途上であるとの考えでおよそ間違いない。
その意味では過少申告ではなく(申告も何も安堵したのは中央政権だが)換算基準の違いじゃないか?

石高ベースで国力を考えるのは危険だと>>628でも述べたが
やはり四国全域をようやく85年に併呑したくらいでは他の戦国大名より遅いかな。
四国は細川・三好の根拠地だから信長がいなければ四国制圧にももっと時間を要しただろう。

自分は信長がいなければ地域ごとのブロック化が進んだと思う。
信玄は言うまでもないが毛利、北条なども領土欲は凄まじいからね。
足利将軍に代わって武威をもって天下を統一するって思想がないからね。
もちろん領土欲からブロック大名ごとに小競り合いが続いたり、あるいは後継争いで内乱になったりして
他勢力に蹂躙される可能性はあるだろうけどそれは戦国の延長線上の話だからなあ。
別に例えば前にレスがあったように島津が九州平定後は南洋に進出するのもおかしくはないし
明に朝貢して日本国王になってもおかしくない。北条や毛利みたいに天下から遠ざかる事実思想は存在したわけだ。
有力大名が皆、京に上洛して天下に号令を、てわけではないからねえ。

635 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 00:57:53 ID:lBzs9ie3
大勢力が隣接してそのままで済むわけない。豊臣のように頭ひとつ飛び抜けた勢力ができた途端
あっという間に併呑するさ。その勢力ができるのが早いか遅いかまでは難しい。

636 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 02:05:54 ID:S4SgWCO5
このスレ、すごく面白いです。
下手な仮想歴史小説より、ずっとイイ。

信長がいなければ・・・順当に考えれば今川義元が上洛
して将軍家を守り立てる事になるんでしょうね。
一門衆ですから取って代わるような事もせず、義元
亡き後は・・・混沌でしょうね。
ただ、信長がいなければ政教分離も兵農分離も遅れ
たでしょうから、宗教勢力との駆け引きはどの大名
も無視できない問題なるでしょう。しかも、兵たる
農民が宗教勢力に加担した日にゃ、目も当てられな
い。何十年、何百年と天下統一が遅れても不思議じ
ゃありませんね。実際、史実でも手こずってますか
らね、宗教勢力との戦いは。当時の大名達は信長ほ
ど、宗教勢力にハッキリとした態度とってないです
からね。「政治に口出ししたらぶっ潰す!」みたい
な。

637 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 10:28:13 ID:J1Jun33N
ソース厨ってよくいるけどさ、
しっかりした意見って、1つ2つのソースから受け売りするものじゃなく、
何十何百のソースを見てきた知識から、考察して導き出すものだと思うんだよなぁ…。

638 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 10:42:24 ID:vasiUIry
みんな信長が天下とったみたいな前提で話してるけど本当に天下とったのは
家康。
そう考えれば家康の元祖とも言うべき信玄が妥当だ。長生きすればだが。

639 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 12:03:03 ID:Lq96jL93
>>637
結局ソースが必要なことに変わりないじゃん

640 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 12:17:41 ID:uzrC9225
国力を考えるのに石高だけでなくそれ以外の産業を加えるのはいいとして
土佐に限らず他の国にも米以外の産業別収入があるわけで
それを考えると先進地域の方が産業が発達していることが多いから、
むしろ長宗我部の国力はますます不利になるんじゃ・・・


641 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 13:38:25 ID:CLZDvcJ6
長宗我部は不利、てか無理なのは何度も言っているが
先進地域の場合は商工業を実効支配するのが難しい側面もある。
堺は三好と結びつつも独立した自治都市、京は旧勢力と癒着、近江坂本は叡山の強い影響下。
京の外港である南近江を含む畿内を実効支配するのは容易じゃないし信長以外には非現実的だったのだろう。
発想もさることながら権威と実力が必要だからな、そうでなきゃあ三好と六角はもっと近世大名として飛躍したはず。
石高に比べて経済力・動員能力に優れていた戦国大名は本国の特産物を専売することで
これら消費都市にそれを輸出して莫大な金収入を得ていたわけだ(大陸や南蛮との貿易は中継貿易だな)。
信長の尾張平定も信秀が築いた津島・熱田などの商業と交通の要衝を押さえたことが大きいわけで
毛利は瀬戸内の、今川は伊勢へと続く海路を押さえていたことが拡大の要因としては大きい。
地場産業の専売と他国との流通の実効支配が戦国大名にとって石高とともに重要なわけだ。
まあ東海地方は畿内を除けばもともと先進地域だったから地場産業よりも陸路・海路の流通の方が重要だったんだが。

642 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 15:01:05 ID:Zski++EI
毛利が豊前・筑前を抑えようとしたのも単なる領土拡張ではなく、旧大内家の支配して
いた海運を完全に掌握するために必要だったからという説もあるな。
極論すれば海岸線だけ抑えれば良かったんだけど、そのための緩衝地帯として調略
した秋月らが先走って大友と事を構えてしまい泥沼化したと。

643 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 17:18:27 ID:MJHEubu1
超大穴で浅井長政はどうでしょう?
100円くらい買っておきたい。

644 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 17:44:02 ID:/Yzbwokq
大宝寺義氏だろうな

645 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 19:19:34 ID:b/72rjT4
右翼さんが喜びそうな話で荒れないか心配なんだけど、
当時の神社ネットワークってのは侮れないよ
交通、経済、情報の拠点だからね

室町幕府がグダグダになっちゃって、パトロンの失った後の天皇家の財政を支えていたのは、
尾張(熱田神宮)、伊勢(伊勢神宮)、安芸(厳島神社)に勢力を張っていた大名達で、彼らだけが
地方からゲンナマを中央の天皇家にポンって出せてたんだよね
他の大名も官位目当てで献金したりしてるけど、この三者は額が全然違う

農業中心の当時の経済で、現金を大量に用意し(商業拠点を押さえている)、しかもそれを安全に
中央まで運べる(交通網を押さえている)のは、背景に大神社があったから

守護大名大内氏に取って代わった国人毛利氏も、厳島社および天皇家のとの関係だけは
まるっきり大内家の方針を遵守してる
国内宗教嫌いのイメージが強い織田氏も、熱田社を凄い厚遇している

もっとも、信長は地元の熱田社から学んだ商業の重要さを、宗教と関係ない形で掌握できる
楽市楽座や新興の堺経済圏掌握という形で活かして来るから凄い。


…やっぱり信長じゃないとムリか?

646 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 19:39:46 ID:oNqsxgk1
長宗我部は毛利に破れ四国は毛利に併呑されると思う。
それと上方に織田家と言う脅威のない以上
北九州に専念していくんじゃないか?
 今川の押し立てる室町幕府に協力するという体裁で
西国の支配権を掌握していきそうな気がする。

 東国は北条が関東、伊達が奥羽の統一は成し遂げると思うが
それ以上は飛躍しそうにない気がするし、
朝倉浅井三好・・畿内の勢力争いに足を取られ全国規模の
大勢力には育ちそうもないし
 武田がいるが、古い土地に縛られた体質を克服できてない
のに甲斐と言う山奥という条件は不利だから、天下を狙うなんぞ
不可能っぽいし・・
今川が凋落して西国の支配権を確立した毛利が執権として
幕府を神輿にして天下に号令するのに近い立場になるのではないかな?


647 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 20:01:41 ID:xcM5dE/F
毛利も規模は飛躍的に拡大したが保守的だからなあ。
元就は朝廷に莫大な献金をしたりするなど京との関係も深いが
「我、天下を競望せず」と守成を遺言しているくらいだから毛利両川体制が続くかぎり無理だろう。
もちろん北九州・瀬戸内の覇権と東からの圧力に対しては戦うだろうけど
大軍を率いて上洛、となると元就の遺風が残る時代には難しいかな。
将軍義昭に対しても備後の鞆に来る事を本当に迷惑がっていたようだし、史実通り天下が毛利に
害を為さないかぎり毛利が動くことは1600年頃までは考えられないかな。
もっとも天下が毛利に害を為すころには手遅れだったりするんだろうけど。

648 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 20:12:08 ID:ePFTMDjt
畿内に信長政権ができてさえいなければ
元就が守勢の遺言を残すことはなかった
・・・なんてことはないよなあやっぱり

649 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 20:47:58 ID:TntO16PJ
江南最強の蒲生と組めば上洛の道がひらかれん!
ん?信長がいなかったらだって?
なら前波吉継が天下取るにきまってるぜよ!

650 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 21:16:13 ID:uzrC9225
元就死後織田家とぶつかるまでは順調に勢力を拡大しつづけているが
元就晩年のつけを清算した結果勢力が広がったと見ることも可能かもしれないが
現実は天下を考えていたかは不明だが拡張路線だろ。

651 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 21:21:08 ID:fyKs+eHh
室町幕府第13代将軍 足利義輝 でしょう。

まず織田家は信長が家督を継ぐ1551年まで南北に分かれ対立してたのだから、嫡子信行が尾張を統一できたかどうか。
そんな尾張の状況次第で、今川義元は太原雪齋らと共に1560年より早く京を目指して出発。
尾張は対立状況下にあり、抵抗できずに降伏。
美濃は斎藤道三と長子義龍との対立状況下で抵抗できず降伏。
近江は、北の浅井氏は動かず、南の六角氏はたびたび三好氏から亡命してくる将軍義晴・義輝・義昭親子を受け入れたり、といった永年の関係から協調して上洛。

当時、足利義輝は将軍としての権威を回復するために全国各地の紛争に積極的に介入して、調停することで権威を高めようとしていた。
京の実際の支配者は阿波細川氏の執事でありながら主人を上回る権力を持っていた三好長慶とその配下の三好三人衆だったが、今川・六角の力で京から撃退。とりあえず幕府安泰。
源氏の流れを組む今川・六角氏は名門として三管四職として実権を握る。
松平元康も今川義元や六角義賢やその他有力武将達と共に拝謁し、三河守叙任、今川家下だが三河の松平家領が保証され、以後有力譜代の道を歩む。

当面は今川政権は六角氏と連合して三好征伐にかかる。その間、将軍義輝は各地の紛争調停で権威を高めてゆく。
例えば、本願寺VS朝倉・浅井、上杉VS武田・北條、毛利VS大友などなど。そのうちに各大名の方から将軍の権威を頼って調停を求める動きが出てくる。
今川・六角以外に将軍の力となる勢力が出てくる。
ついには、今川・六角VS三好戦争も決着付かず。また、今川・六角氏間でも主導権を巡って対立が徐々に浮上。

結局、天下統一する勢力はなくなってくる。勢力の強大・縮小はあるものの、将軍が天下の調停者として力を増してくる。
ただし、大名側も将軍の権力掌握をだまって見ているわけでなく、もしかしたら将軍を長として、今川・細川・毛利・武田・北條・大友・上杉といった有力大名による会議といった場が設定されるかもしれない。
そしてこの将軍の調停に抵抗すれば、幕府連合軍に追討されるというシステムができるのではないか。
近代ヨーロッパにおける国家間の勢力均衡の観念のようなものが生まれ、これを破壊する存在を叩くというふうになるのでは?

やはり、天下を統一するには、努力・才能・野望・時運が必要だけど、その外に正統性、そこから来る権威が絶対に必要だから。
室町幕府がそのまま19世紀後半まで続くよ。

652 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 21:50:08 ID:xq+xaPoN
皆様、長文もつカレーw。
おまいらアフォだろ?。
なんだかんだ言っても、信長いなかったら、普通に秀龍だろが!・・意味わかる?w。

653 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 21:57:54 ID:kGvtQymq
なんでそういう結論になるんだ?理由をよろ。

654 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 22:29:21 ID:TntO16PJ
ここはいっぱつおおともそうりん!

655 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/21(木) 22:32:16 ID:TntO16PJ
上杉謙信は最強だったんだよ。
そして宗麟は2番目に最強だった。

すなわち、この二人が同盟結べば、大友の天下ば必至です。

656 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 00:39:05 ID:wdrqwO2C
伊達は永久にないよ
伊達最大版図は南東北すべて抑えた
14代タネ宗の時だけど
息子の反乱であぼーん

あのばらばらな地形をまとめるのは無理
政宗は秀吉に助けられた面もある
あのまま拡大は不可能
どこかであぼーんするが
伊達は生き残るのが伝統

657 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 06:31:29 ID:K0lSyfLP
愛知県出身の誰か

658 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 11:56:07 ID:TADnMgDQ
色んな名前挙がってるけど、三好はありえない。

三好は内紛がどうとか言う以前に、
本国である四国の領国化すら進めていない。
守護領国制的な支配構造が足枷になる。

全般的に東国大名の方が戦国大名化が進んでおり
西国の大名は遅れていたと言われるが、
特に畿内は中途半端に室町幕府が存続していたために
中世的支配構造からの脱却が立ち遅れていた。

659 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 18:00:34 ID:y+ddtkoo
てか長慶が62年に死ぬんだよなぁ

660 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/22(金) 21:00:26 ID:71ZWWyue
>>659
サー、長慶公の没年は64年ですぞ?

661 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 16:07:56 ID:4/SIUFHh
毛利家が近畿に進出しなかったのは、大内家を反省材料にしてるんだろう。
大内は2回も将軍立てて、上洛してるが、いまいちに終わってる。

大内の戦略は山口に戦乱で逃れてきた公家を保護し、小京都作ったり
勝手に日本国王名乗って大陸貿易したりと、なかなか先進的だ。

小京都を作った目的は天皇家を招き山口を新都して日本の権威を纏め上げる
でっかい最終目的があったとか。

大阪京都は当時の日本の中心だが、山口博多を日本の中心として束ね上げ
拡大した権威をもってして天下に号令をしてしまおうと言うでっかい話だ。

まあなんか虫のいい話だし、上手く行かなかったが。
元就が無理して近畿を掌握する事がリスク高すぎる事として敬遠したのは
彼らしい深慮であっただろう。

まあ戦国初期の京までのお話だが。

まあここまで戦国になったのは室町幕府の足利のへボサが目立つよなあ。

662 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 16:26:06 ID:VkhtV3W9
上洛できなかっただけ。まるでいつでも上洛できたよ?って書き方だが。

663 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 20:08:38 ID:vFlydFbj
まあ大内時代の山口は「小京都」と銘打つものの実際には荒れ果ててた京都よりも
はるかに繁栄してたそうだから
その時代を知ってる元就が京よりも山口の繁栄を支える貿易拠点博多を重視して
東進ではなく西進を選んだのは無理もないかもしれん。

664 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 20:24:56 ID:/33j/or2
確かにそれはありそうだな。無理に上洛を狙うより実利が有りそうだし。

665 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 23:47:23 ID:vVLYPQYJ
ふつーに家康だろ

666 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 00:12:10 ID:X9Vlndf3
>>1
信長がいなかったら、秀吉家康の天下は100%無い
とりあえずこれは断言できる

667 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 12:54:44 ID:93kSxCve
堺の商人連合がベネチアみたいな国家をつくる・・・ってどう?

668 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 13:07:52 ID:dcN18Wfc
天下を取る意思があって、かつ実力も備えているのは
大内、今川、武田くらいしか思いつかないな。

669 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 13:11:25 ID:DD3Fr0xQ
俺の先祖のゴサクさんにきまってるだろ。

670 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 13:37:00 ID:CaYVCSb6
>>666
秀吉はともかく家康は義元に重宝されていたので
今川が天下取った後に乗っ取りは不可能ではない
100%の確立ではないのは当然だが

671 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 13:47:16 ID:X7ImdX2X
武田と今川って天下への意思なんてあったか?

672 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 13:59:45 ID:Fe/usqBL
今川義元が天下をねえ。三河、尾張を獲るという織田信長の天下とダブらせているんだろうが、
信長が天下取れたのは信長のやり方だからだぞ。

673 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 14:47:05 ID:i286e6hI
 今川といえば室町幕府における御三家のようなもんだろ。
やるとしても足利将軍家を傀儡にした管領か自分の家系から
足利家に養子相続して将軍家を乗っ取るか程度が関の山
 武田にしても由緒正しい家柄が逆に邪魔すると思う。
せいぜい幕府の看板を動かすのが関の山で
天下を取ったというほどの実力になったかどうか・・

674 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 14:54:07 ID:Fe/usqBL
武田は十分可能性あるだろ。今川と一緒しにしちゃ可愛そうだ。
織田包囲網が生きていれば、織田全軍を相手にするわけじゃないから可能性十分ある。
織田の家運が傾けば、滅亡時の武田家のように寝返りの連鎖が起きて即天下人候補。

信長の厳戒な統治は庶民にとっては歓迎されていたらしいから、その辺武田の統治でどうなるか。

675 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 15:25:55 ID:Q8F4g2di
今川を甘く見てはいけないと思う。
尾張を取れば150万石、さらに東海道沿いの港をほぼ制覇。
伊勢を取れば、東日本行きの海運をほぼ制覇できて、経済的な相乗効果は相当なものだろう。
美濃は体制が脆弱なので、150万石もあれば十分勝てる。
そうなれば石高だけでも200万石、港の経済効果を考えるともっと自力を持つことになる。

足利一門である以上、将軍の可能性も近い。

676 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 15:28:40 ID:8sN2S+mj
信長いないのに何故織田包囲網?

677 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 15:38:49 ID:Fe/usqBL
中央に大勢力がいなければもっと楽だな。

678 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/24(日) 17:12:45 ID:X7ImdX2X
>>675
それは同意なんだが、今川って度重なる出陣で国内疲弊を起こしていて、
義元が討たれた後それもあったから家中統制が取れなくなった、という説を聞いたぞ。

そういう国家体質なら、そのうち離反者が出てもおかしくないと思うが…。
特に領土が横に増大すればする程離反される率は高くないか?

679 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/25(月) 00:51:47 ID:94a7PHTT
>今川といえば室町幕府における御三家のようなもんだろ。
>やるとしても足利将軍家を傀儡にした管領か自分の家系から
>足利家に養子相続して将軍家を乗っ取るか程度が関の山

これで十分に天下取ってるがな。

680 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 03:00:58 ID:Ase/TWTF
でも三好長慶もにたようなことしてないか?

681 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 06:11:53 ID:+9P8bS5Q
三好長慶も日本の副王って呼ばれたくらいだし
天下人3人には一番近かったかもな

682 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 07:27:06 ID:T1REtHGv
長慶も1558年までは将軍の権威抜きの政権を
目指して奮闘していたんだけれども、
畿内の中世的諸勢力間の調整能力を担保するものが
基本的に四国東半分の軍事力だけというのが辛かった。
この点で、義昭の権威と濃尾(石高で阿讃の3倍以上、
近江も併せれば6倍に)の軍事力とを併せ持つ
10年後の信長の状況に比べて二重に不利。

結局1558年には長慶も将軍を担ぐ方針に転換したけれど、
神輿にしたくても義輝は独裁志向のうえに
暗殺団まで組織する武闘派で統制が難しく、
近江の六角は長慶存命中はまだ衰退前、
3年もすると軍事担当の一存、実休が相次いで退場。
まあ不運なことでした。

683 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 07:36:34 ID:T1REtHGv
だからというわけではないけれど、

> 足利将軍家を傀儡にした管領か自分の家系から
> 足利家に養子相続して将軍家を乗っ取るか程度

のことを東海道、濃尾に勢力基盤を置いてできたとしたら
まあほぼ天下人でしょうね。

684 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/27(水) 20:43:30 ID:ogT0xeUI
658を読んだ?

685 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/28(木) 06:15:51 ID:/xd2oHOC
>>658>>682も要は
畿内の中世的支配構造が
という点ですか

686 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/29(金) 16:52:04 ID:Q1nhaqlV
今川は過小評価されているが、
指出検地や分国法の制定など領国化への政策を着実に進めていた。

戦国を制するには軍事力とその背景たる生産力の直接支配、
すなわち中央集権的な支配構造の構築が不可欠だと思うが、
今川氏はこれら必要条件は備えていたと思う。

ただ背後に同じく戦国大名化に成功している
武田氏と北条氏が控えている地理的条件がネックとなるかな。

687 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/02(月) 20:41:59 ID:CdKkrqWN
天下とるには、信長みたいに包囲網ができた場合、どうするかでしょう。
話の流れで今川家が有力だとしても、近畿の大名が連合したり、
武田や北条が同盟破棄したりとかありえないことではない。

688 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 10:27:41 ID:twtxzZRy
織田信長でなく、武田今川等の鎌倉室町からの古い大名が
上洛したとしたら、軍事力よりもむしろ権威を背景とした
政権が誕生したという意見には賛同できる。

その場合、恩給契約を基礎とした
古い形の支配形態が相当程度温存されただろうね。
徳川幕府ほど長持ちせず、再度内乱状態になったまま
西欧の帝国主義の時代を迎え、あっさり植民地化された可能性もあるな。

689 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 19:04:39 ID:GYfQNnOx
徳川はもろ武田型だと思うが。

690 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/03(火) 23:39:04 ID:gQEDF8lP
ぶっちゃけ誰も取らん。せいぜい、中央の三好あたりがしょぼい影響力を持つ程度。
そして、戦国状態が長々続く。いくらかの諸勢力がくっついて、最終的に三国志状態ならぬ十二国ぐらいになって、
それぞれが勝手をしながら、なおかつなかなか雌雄も決さず、だらだらと乱世が続く。
天下を取るってことは単なる勢力拡張ではない。

691 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 03:40:24 ID:2nDlu5yM
王政復古

692 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 05:53:24 ID:+jIDkNlP
欧米列強の植民地

693 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 06:36:56 ID:+jIDkNlP
さすがに「米」はないよな。すまん。
まあ>>690みたいな状態をだらだら続けてたら
スペインか、スペインが没落してたらオランダ、
イギリスあたりに植民地にされてたろうと。

694 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 11:27:50 ID:6B5dvstF
>>689
徳川が武田型という指摘はよく分からんが、

現実の天下統一への流れは、織田→豊臣→徳川という流れがあり、
織田の段階で畿内を中心とする旧守護勢力の滅亡と
地侍や国人の被官化、検地の実施などがなされて、
豊臣政権による国替え、太閤検地、刀狩などがなされた上で、
徳川政権によって、最終的に兵農分離が完成している。

織田がいなかったらそのプロセスは一部の支配地に限った
不徹底なものに終わった可能性が高く、
その場合、政権の軍事力の基盤も弱いから
鎌倉室町幕府のような武家の棟梁としての権威に
基づいた支配にならざるを得ないと思う。

まあ結論としては>>690に近いんだが。

695 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 18:53:57 ID:XvFsb5cc
現実問題としてイギリスやオランダが日本を植民地にするって無理だと
思わん?
日本って軍勢30万くらいはいただろ。ヨーロッパからはるばる何十万も
兵を連れてきて補給続けるって無理じゃない?

696 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 21:42:21 ID:46QNXzeQ
大江輝元

697 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 21:46:12 ID:Y4DTMy8c
まあ六角は観音寺騒動で事実上壊滅状態になってる時に浅井・朝倉に攻め込まれて滅亡だな

698 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 23:24:58 ID:XxI8rwes
>>695
中国は植民地にされまくってたぞ

699 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 23:40:40 ID:eu0BhQAS
>>698
それにはあと200〜300年ほどかかる
それまで日本が分裂状態でいるかな?

鄭成功はあっさりオランダを駆逐しているし
当分植民地の心配は無いと思う。

700 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 23:48:13 ID:kn3gvezk
>>699
日本が統一されてるのが普通って感覚は徳川幕府があったから。
2,300年以上分裂状態が続く可能性は十分にある。

701 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/04(水) 23:48:22 ID:XRp6H/h5
前田さんキタ━━ヽ(゚∀゚)ノ━( ゚∀)ノ━(  ゚)ノ━ヽ(  )ノ━ヽ(゚  )━ヽ(∀゚ )ノ━ヽ(゚∀゚)ノ━━!!!

【プロレス】元格闘家・前田日明、所蔵の信長ゆかりの名刀三本、信長記念館(愛知)に寄付!(中日新聞)
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/river/1157730651/l50

702 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 12:55:20 ID:uelDqiTy
>>700
歴史上日本が2、300年も分裂していたことはない。
天皇がいる限り戦乱はいずれおさまる。

703 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 16:54:02 ID:ahhMGlG9
外敵が現れたらまた英雄が現れて統一するか
連合政権みたいなものが出来るんじゃない?
ポイントとしては日本が統一されていれば
植民地化は不可能なんだし。


704 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 17:00:37 ID:dA5K40Mr
>>702
それは現代から見て言ってるだけの楽観的でご都合主義な考え。
ぶっちゃけ、ものすごく強引に言えば、戦国時代ですら権威の上では一応一番上だったし、一応みんな頭下げてたし。
江戸幕府以上にもろくて、地方への影響力が薄くても、一応頭を下げる程度で良いのなら、2、300年以内におさまった、かも知れんけど。
(それはもちろん、それぞれ意思をもった、大きな勢力が点在する状況(たとえば10勢力程度の)
そんなのはせいぜい熱戦が冷戦に変わっただけ、あるいは回数や規模や大義名分が控えめになっただけで、本当の意味じゃちっとも戦国時代が終わってるとはいえん。


が、それはおいといても、植民地はないだろ。

705 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 17:09:30 ID:3m37EtgK
日本を軍事的に占領なんて無理だな。


706 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 19:09:18 ID:/mtwMv8u
江戸末期、明治維新期においては現実に
治外法権、領事裁判権、外国人居留地を
認めてんだからもう植民地に片足突っ込んでる

行政権の譲渡までに至らず、場所的にも一定の範囲で済んだのは
江戸時代に近代化の基礎がなされていたことと、
維新が短期間に終わり統一政府による対応が出来たからだろ

>>688,690の指摘するような状態なら
日本は終わってるな

707 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 20:28:33 ID:scLZmWeV
現代まで戦国時代が続き俺が天下統一

708 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 20:36:18 ID:w2ym6qTA
>>702
戦国時代があと2・300年も続いていたら
天皇家自体が雲散霧消して、消滅していただろう。

709 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/05(木) 21:31:26 ID:LrO0M8wz
織田信勝

710 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 01:07:39 ID:aJlviuBx
一番正解に近いのはやっぱいり家康なんじゃない。


711 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 11:27:17 ID:i1efWfCU
同意。信玄にも信長にも秀吉にもほろぼされなかったんだからすごい。

712 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 12:07:51 ID:4kcObAYg
「誰がすごいか」じゃなくて
「織田信長がいなかったら誰が天下取っていたか」
という問いなんでね。

信長がいなかったらとりあえず義元が桶狭間で死なないので、
そこから松平元康が天下人に上り詰めるまでの概略として
どんなものを想定してるか教えていただければ。

713 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 12:11:26 ID:zlVGiupk
家康(元康)って、今川義元のほとんど養子扱いだったんじゃないか?
秀吉政権における宇喜多秀家みたいな。
今川が天下を取って、義元が死んで氏真がそのあと継いだものの
政治に関心がなく家康に将軍職を譲渡するってシナリオは十分
考えられるかも。
直接将軍職じゃなくても執権とか管領職与えられて政治の実権握るって
こともあるかもな。

714 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 12:46:15 ID:LFg4kwgV
やっぱ朝倉家かな。
ちょっと気合があれば史実でも天下を取れるチャンスはあった。

まあ、条件としては…
・足利義昭が越前に滞在
・明智光秀がまだ家臣
・嫡男・阿君丸の生存
・本願寺との早期和睦

ここら辺をちゃんとしておけば天下は取れたはず。


715 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 14:57:06 ID:jaQ3dXeJ
>>714
ちょっと待て!それが出来ないのが朝倉で
それは信長がいなくても同じだと思うぞ。

716 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 15:45:04 ID:CtyV40Rf
>>713
大内→陶みたいな典型的下克上で。
そもそも秀吉だって織田家からうばっちゃったんだし、普通にいけば
義元より家康の方が長生きする。氏真なんて赤子の手をひねるような
もんじゃない?

717 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 15:49:27 ID:KdpXxDvY
織田信行

718 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 16:53:39 ID:dPmzXWCm
716
>>713は間違いで>>712です。

719 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 17:07:24 ID:4kcObAYg
大内・陶のケースは「主君押込め」で、下克上とは違う。
確かに微妙な違いだけど、政権の形式に関わってくるから
実のところ天下取りとなると違いが大きく効いてくる。
もちろん、将軍家(今川→例えば摂家?)と執権(管領?)
松平家、みたいな形には持ち込めるかもしれんけど。

しかしどのみち、先に今川が天下を取ることが前提に
なってるんだよね?

720 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 19:38:27 ID:Xxo42J78
今川が上洛なんてするわけがないし、しようとしてもできない。
そして仮にしたとしても、大した大義名分もないし、何より、上洛=天下取り、ではない

721 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 19:56:32 ID:cmKSzQec
>>720
ifの世界の話ですぜ、大将

722 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 20:21:20 ID:4kcObAYg
まあ、ifの世界でも「義元に上洛する気はなかったから
それでは天下なんて無理」と言うことはできます。

>>720
上洛すなわち天下取りではないのは謙信の例があるけど
上洛が天下取りの必要条件なのはほぼ間違いない。
その上でさらに何があれば十分かを考えたときに今川には
けっこう条件が揃ってる、という意見は上でも出てます。

> 大した大義名分もないし

永禄3年の時点では信長にも大義名分はなかったわけで、
おそらく義元でも大義名分は都合できたでしょう。

723 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 20:23:35 ID:rXmcE55s
>>720
織田信長がいなくても、松永久秀による将軍・足利義輝暗殺事件は起こる。
そして、足利義昭が、朝倉領へ逃げるのは史実と同じ。
そして、義昭が上洛したいと思っても、朝倉が動いてくれないのも、史実と同じ。
だとすれば、義昭は、尾張・三河・駿河・遠江を支配する今川に頼ろうとするだろう。
織田の協力要請には拒否した朝倉だが、今川が協力を呼びかければ協力した可能性が高い。
今川・朝倉の協力体制ができれば、中間にいる斉藤と、浅井も協力する。
義昭を奉じての上洛は、立派な大義名分だ。

724 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 20:38:55 ID:H00sBzh7

うん。これはスレでもっとも大勢を占めてる理論だよね

三好一党は追い払われ、今川を中心とした政権が一時は出来る

勿論、義昭が将軍の足利幕府としてだが。

しかし問題は、それで下克上が終焉するとは思えないということだ

果たして、義元に政権を維持する力があったのか?

あったとして、地方の諸大名は? 信玄は?

義元の死後は?

725 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 22:31:06 ID:/nQ+k48x
毛利秀頼

726 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 23:19:47 ID:zFYdeabR
義元が天下を取る寸前に、家臣の裏切りによって殺され(氏真も)
敵を取った誰かが、関白となり一旦天下を取る。
死後、武田か北条が幕府を開くが、最終的に家康が…。

727 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 04:05:24 ID:4t7sgAs3
>>713
考えられん考えられん。
義元が後の家康を厚遇したのは事実だが、それは家康に今川を委ねるつもりなど
ではなくて単に息子の忠臣になることを期待してのもの。
それに、氏真は大名家として滅びる前はそれなりに政務も執って家中を収めている。
なにを根拠に「政治にあきる」などというのか。今川家滅亡後の氏真が政治と関わ
ろうとしなくなったのは、状況と立場の激変があったから。

もし仮にそのシナリオで家康が天下人となるのなら、史実のように主家乗っ取りだな。

728 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 06:13:11 ID:nx9He7Ig
っていうか家康天下は100パーないだろ
功績で言ってんだろーがそもそも家康が秀吉なき後に影響力を持ったこと事態が信長のおかげ。いやそれ以前も能力のおかげか
能力的にみても家康以上は何人もいる。信長いなけりゃ埋もれた人間
近畿圏の大名が可能性は一番高く、地方大名なら毛利が一番可能性がある


729 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 06:18:07 ID:fJieL8hf
不細工・無能・不人気の役立たず二人のリストラという
長年の念願を叶えられたファンからは大喝采を受け
足手纏いがいなくなったことでパフォーマンスのレベルは飛躍的に向上し
新メンバーオーディションに世間から大きな注目が集まり
世界バレーの仕事で露出が増えることで
新規ファンを大量に獲得することは確実と思われる
そしてこの特典
新曲が売れないわけがない

730 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 06:26:33 ID:nx9He7Ig
>>728
いやそれ以前も能力のおかげか→いやそれ以前も信長のおかげかに訂正

731 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 10:26:53 ID:PomH7WeG
しょせんifの世界だから好きに論ずるが、家康を過小評価しすぎだと思う。
あれほど飛ぶ鳥落とすほどの勢いだった秀吉が勝てなかった家康ってただもの
ではない。
母親を人質にしてまで屈服させた秀吉の政治力もまたものすごいが。

732 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 11:27:07 ID:4t7sgAs3
>>731
そのかわり、家康は自力で一戦国大名を滅ぼしたことがない。
本能寺後の若神子もそうだが、家康は防衛戦で自分より大きい勢力との戦いを
制したことはあるが、全面戦争で勝ったというためしがない。

ただし、若神子や小牧にみられる、まず戦術的勝利を収めた後に膠着状態に持ち
込み、相手の弱点(他方面にも敵がいる)をついて外交で落すという手腕はたいした
ものだと思う。

733 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 13:27:30 ID:nx9He7Ig
>>731
むしろお前さんが他の武将を低くみすぎ
どう考えても信長いなけりゃ家康は表にでてない
小牧だってそれ以上に厳しい戦を勝った武将はいる
小牧は戦の意味や重要度で高いものというだけだし、そこに立てたのも信長のおかげ

734 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 13:38:51 ID:FII5FDIr
そもそも今川に
天下取りの意思が無いとか、上洛の意思が無いとか。
決め付けられるものか?無いって言う根拠があるの?
三国同盟を固めて西進のみを目指した事は、野望の発現ではないのか?
大義名分なら信長よりよほどあるだろう。足利の一門なんだから。

よく、信長以外は天下取りの意思がなかった、とかいうが
そういう根拠もあるのか。
毛利元就は、天下を狙うなと言ったとされるが、
もしこれが講談でなく真実なら、むしろ天下を意識していた証明になるが。
安芸の一国人が天下を意識していたことになる。

735 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 13:48:50 ID:39xDiGgz
その場合、信長以外が天下を取るという意思があった証拠をだせばいい

736 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 13:50:37 ID:nx9He7Ig
>>734
そう、俺も毛利はなんだかんだで天下を意識してた大名だと思う。それも毛利を推した理由
今川は難しいんだよね。もし義元が天下とろうもんならはっきりいって全ての要素が運だけに見えてくるし。
ただ万が一にも義元が天下取れても家康には可能性無いと思うがな

737 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 14:28:58 ID:vOucAE+o
結果がすべてじゃあ。
誰がでてこようと最後は家康が笑うのだ。

738 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 15:17:48 ID:hrPsfy7v
京都を制圧しても天下を取ったことにはならない。
せいぜい将軍を擁立して、近畿一帯で威を張るだけ。
かつて大内や三好がやったけど、彼らが「天下を取った」とは言われない。
近畿圏の小大名たちには天下取りの可能性はない。

義元は、義昭を奉じて上洛すれば、尾張・三河・駿河・遠江を率い、
越前・美濃・伊勢・北近江を、おそらく従属的な同盟者として、京都を制圧。
当時としては最大の勢力圏を築くが、
近畿の三好に止めを刺すにはいたらず、背後では武田・北条が足を引っ張る。
今川は、楽市楽座を実施したこともあり、分国法の制定など先進的な面もあるが、
関所廃止や、宗教勢力への対応は未知数。たぶん妥協的。
義昭は、義元に管領か副将軍の位を与えるが、自分で実権を振るいたがるので、
両者の抗争は、信長がいた場合と同じ。義元が妥協しなければ、反義元同盟構築も?
それやこれやで、義元、疲れ果てて20年後に死去。

その時、松平元康(家康)は47歳くらい。
元康が今川をのっとれるかどうかは、今川傘下でどれだけ出世できているかによるが、
義元が元康を引き立てようとしていたのは史実でも間違いないので(もちろん忠臣として育成するため)
元康自身の能力と家来の結束で、結構いいところへ行くはず。
義元の義理の息子(養女の婿)という立場も最大限利用。
元康の祖父・清康の時以来、伊賀の上忍・服部家が臣従しているので、情報収集力は抜群である。
義元の死去時、今川家家臣の上位ベスト5に食い込んでいれば、
5年後くらいには、氏真をお飾りの管領職に祭り上げて、今川の実権を奪う。
たぶん幕府は健在。義昭将軍、氏真管領で、実権は元康が握る体制。
将軍から見れば元康は陪臣なので、かなりやりにくいぞ。
いっそ、将軍を追放できるか、どうか?
外交を駆使するつもりなら将軍の利用価値も捨てがたい。
同盟者だった斉藤・朝倉・浅井を完全に従属者にしたとして、残る敵は、
武田・北条・三好・本願寺・延暦寺・・上杉・毛利・長宗我部・・島津・伊達(?)・・・
50代でこの連中をいちいち潰していく信長方式は、
関ヶ原の小物連中を相手にするのよりは、相当骨が折れそう。というより無理っぽい。
結局、今川から受け継いだ最大領土をバックとして、外交で臣従を誘う秀吉方式だろう。
結論。
織田信長がいない場合、松平元康(家康)が天下を取る可能性はあるが、
足利幕府の陪臣の立場で終始する可能性が高い。
その政権は、かなーり脆弱であった。

739 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 15:22:45 ID:hrPsfy7v
>>734
>毛利元就は、天下を狙うなと言ったとされるが、

それは、元就が大内の失敗を見ていたから。

今川に天下取りの意志があったかどうかわからんが、
義輝暗殺事件のあと、義昭が、朝倉経由で今川に来ることは間違いない。

740 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 15:55:22 ID:39xDiGgz
1560年に義元が上洛しようと思っても
京には三好4兄弟と嫡子義興が存命だから上洛厳しいかもしれん

当時の三好は畿内と四国播磨合わせて200万を超える大大名だし




741 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 16:25:20 ID:DzUbIQ7+
さすがに三好対今川なら。。今川勝つだろう

でも、ちょっと通好みな戦いだね

742 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 17:19:27 ID:yNH9QC1G
歴史には興味あるがここの話しにはついていけない・・・
半端な知識できた俺が馬鹿だった!レベル高すぎ

743 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 17:59:53 ID:nx9He7Ig
>>739
は?大内の失敗って?義興?義隆?
えっと大内を滅ぼした義隆って天下を狙っての結果でしたっけ?
義隆を教訓にするなら逆に天下を狙いにいくと思うが

744 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 18:00:29 ID:Yn07ykqd
毛利は信長という中央をほぼ手中に収めていた織田家がいなければ
天下は狙うなとは言わなかったじゃないか?
クセ者揃いの畿内だが当時の毛利家の力ならねじ伏せていけそう
ただ輝元が幼少っていうのがネックだけどね

どうあがいても島津と長宗我部、上杉、伊達には天下は無理
大きな地方勢力にはなりうるだろうけどいかんせん中央に遠すぎる

745 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 18:59:28 ID:hy5KLPBT
>>743
失敗という程ではないが、中央に居た事で尼子に石見と安芸の切り崩しをされた。
結果的にそれはある程度回復はしたが、
領国を離れる事で政情が不安定になる事への懸念を抱いたのでは?
毛利は元就の頃から天下云々よりも瀬戸内と北九州での海上利益を確保する事に
力を注いでたと思うんだがなぁ。優先順位としての話だが。

746 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 19:07:46 ID:7oDyy9A/
厳島神社にて

毛利元就:「爺よ、爺は何を祈ったか?」
     爺:「はっ、殿が中国一の弓取りとなることを祈りました。」
毛利元就:「ほかの者はどうだ?」
家臣一同:「同じにございます。」
毛利元就:「わしは、天下をとることを祈ったぞ。」
家臣一同:「・・・っ!?」
毛利元就:「わからぬか。天下を望んで初めて中国一の弓取りとなれるものだ。
        はじめから、小さい望みを抱いてどうする。」

っていう、若き日の元就のエピソードが事実なら、毛利家が天下を意識していた可能性は高くなるな。
まあ、創作だろうけど。

747 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 20:01:38 ID:BUVqY+Jo
岩成友道にも光を当ててあげて下さい。

748 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 20:04:18 ID:P8NyNVvV
ところでこのスレの前提って、信長が居ない事が前提であって、
織田家が無い事が前提じゃないよね?家康は義元の先鋒隊として
かなり活躍してるので、織田家があって、桶狭間が起こらないなら、
尾張に向けてガンガン攻めていたと思う。その後どうなるかなんて
IFが多すぎてわからんけど、それなりに頭角を示せたんじゃないか?

>>740
その時期の三好家とぶつかったらなかなか面白い事になりそうだけど、
1560年の段階でまだ三河の西部を攻めてる今川義元が上洛を仮に目指してたとしても、
早くてもさすがに、もう4〜5年先じゃないか?間の斎藤家など仲良しと言うわけでも無いし。
そうなると三好家の実情は随分変わってる気がする。

749 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 21:53:57 ID:D9Bw03+Z
>>738
むしろそれなら
武田や北条の方が領土血縁で有利だと思う。

>>748
信長がいなければ織田家は防戦一方で三河に攻める余裕なんて無いんじゃ
信秀が死んだ時点で尾張は
信長に岩倉家清洲家、織田信清、
海西郡の服部といくつかに分かれていたから
分裂状態のままで今川に抵抗できずあっさり滅亡なんじゃ
それでも尾張併合には10年ぐらいかかるような気がするが

750 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/07(土) 21:55:08 ID:Tk1SIKHI
結局は家康が統一するよ

751 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 00:46:41 ID:g1Iv0yUH
というかね、元就の「天下意識」がどうだったかをまずはっきりさせるべきでは。
現代の信長や秀吉家康の天下人を知っている立場からすると弱小に見えるが、当時
は大内義興も三好長慶も天下人とみなされていた。それぞれ京とその周辺を押えた
だけで、だ。
当時の一般的な天下、天下人というのはそういう認識だった。
これに対して、日本全国を支配するという天下・天下人像を持ち出したのが信長。
以後はこちらスタンダードになる。

元就の「天下を狙うな」というのは単に畿内の争いに関わるなという程度のかつての
天下像だと思われる。

752 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 01:08:42 ID:SHTAoWBX
>>751
意識の意味なんか言い出したら信長が生まれた以上、信長以降は信長の影響でおわっちまって話にならない
それをいえば結局信長の登場を待たなければどうにもならない
別に織田信長じゃなくてもそういう意識を持った人間を。でもそれは偶然からしか生まれない。
秀吉も家康も結局信長を見たからだし。信長の代わりをいいだせば、もはや何処からでも誰でも良くなるわけで。


753 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 06:09:33 ID:pf//d26s
>>749
清洲を攻め取ったのは柴田勝家なので、
そこまで、分裂状態ということも無い、恐らく信行が継いでる状態だろうけど、
そうなると稲生の合戦のようなロスも無いので、多少は粘れるぐらいの
余裕はある可能性もある。まぁ不確定すぎてこのぐらいが限界だけど。

754 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 12:15:25 ID:+9iOJbRD
毛利の家訓は尊皇が有ったらしい、元就が作った物かはよくわからんが
幕末の毛利は尊皇ならみんな知ってるだろう。

大内が公家を大量に保護していた時代に毛利家は大内家の属国だった
大内尼子というでかい大名の下で自分の正当性を訴えれるのにうってつ
けなのが尊皇なのよ。

大内も所詮は天皇家の家臣と言えば自分と同等であると言えるしね
地方の小領主がでかくなる為の大義名分だ。信秀もやっているね

んで、毛利は意外と保守的な思想が有ったから天下を我が手にとまで
は行かなかったかもね。

まあ、1570年代は輝元の時代だし、毛利元就が毛利の2代目3代目
として生まれてたらとか新たなIFを考えてしまうなw

755 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 20:15:53 ID:rgbJuew8
ポスト足利

細川→大内→今川→毛利→織田→豊臣→徳川




756 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 20:31:30 ID:NXWr+hm4
家康による今川家乗っ取りくらいなら十分ありえたんじゃないかね。
雪斎亡き後の義元では、信長にやられなくともどこかでこけた可能性は高いだろうから。
それに乗じて、氏真から当主の座を奪うくらいはやってのけそう。

ただ、そこから先の展望は、今川家に残ってたら開くことができなかったと思うがね。
家康が天下の実力者として認められたのも、やはり信長、秀吉がいてこそだろう。

最悪、武田との全面戦争を一人で請け負うことになって、滅亡というパターンもありえたんじゃないかね。

757 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 21:13:25 ID:uPM+ZO9e
家康が乗っ取ったら、家康=陶、武田=毛利のような関係で
武田にとってラッキー。

758 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 21:28:01 ID:SO2YzZeX
六角畠山連合の挟撃にも耐えた長慶存命中の三好を義元が討てるとは思えない。

759 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 21:43:44 ID:uPM+ZO9e
738にあるけど、他に南近江六角・紀伊畠山・北条・武田も加わる
可能性もあると思う。そうなると三好にとって苦しい。

760 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 21:56:39 ID:fqZWp6RI
明智光秀

761 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/08(日) 22:26:15 ID:NXWr+hm4
ま、でも事実は小説より奇也。
実際に信長がいなかったら、俺ら及びもつかんような展開もあったかもしれん。

例えば、まったくの無名な武将が、秀吉のように出世して天下をとったとかね。

762 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 02:20:00 ID:nWY0rYcq
まあ天下は可児才蔵がとったな。

763 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 03:35:02 ID:6CgUlD8u
全国津々浦々に笹の葉加えた首の山。

764 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 11:24:18 ID:mwDrgLBb
天下を取るってことは、天下を取ろうってとんでもない野望がまずないと、無理。
天下を取ろうなんて、この時代に考えついたのは、

織田信長
徳川家康
武田信玄
伊達政宗
北条氏康
今川義元

・・・・くらいじゃないかなあ?
浅井・朝倉は京以上に進行する意志が全くなし。道三あたりも同様。
この時代は国一国あれば、いくらでも贅沢して暮らしていける時代なんで、
いわゆる、現在の日本・中国・アメリカといった国=甲斐・信濃・越後、にあたるようなものなので、
第一次、第二次世界大戦で世界を支配しようとしてた野望を持つ4〜5国のように、ごくわずかなんだよ。

秀吉は信長についていって、たまたま横取りできる状況が転がってきて、野望を持ったといった感じだから、信長がきっかけを作らなかった天下を取らなかった気がする。
よって天下を取れたとしたら、この6人だけ。


765 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 11:35:24 ID:mwDrgLBb
重要な要素としては、
1、小国一国から全国を分取るほどの、とんでもない勝ち戦経験と、領土を広げた戦略を持つ
2、ある程度の大規模な国を持ちつつ、広範囲に領土を広げていって、天下を取る野望を持つ
3、年齢的にみても、精神的に見ても、ある程度の領土で落ち着かないで、自己満足を貫く

1に相当するのは、徳川家康、毛利、2の段階まで一世で進んだのはこの二人くらいだねえ。
2に相当するのは、残りの5人でしょ。この規模を最初から持ってた武将なんて、100いないだろうから、その周りの地方統一が、普通の考えであって(いわゆる、今で例えると日本・中国・朝鮮の統一あたり)
世界を支配しようなんて、本当にこの5人くらい。

ただし、毛利は年齢も経験も全てを使いきったが、中国地方半分までといった結果しか出なかったので、除外。


766 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 12:13:28 ID:UvFGq3jX
>>764
根拠は?お前が列挙した人物が天下を取るという意思を持ったと何で判断出来るんだ?

767 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 13:37:17 ID:CyRBxHhj
徳川家康がなぜ天下を取れたのか。
織田信長という天下人の主君がいたから、次期天下人の豊臣秀吉が死ぬ前に広大な領土、地位、人望を得ていたから、そして何より長生きだったから。

信長がいないなら家康は無いな。家康のポストにいる大名なんてそれこそゴロゴロいる訳で。
消去法でいくとやっぱり武田信玄・勝頼父子。

768 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 14:24:22 ID:1m2AudPR
な、なんだってー!! Ω ΩΩ

769 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 14:54:26 ID:y+XkQT+2
勝頼の外交センスの無さや、信玄の晩年のトチ狂いっぷりを見る限り、
武田が織田のポジションまでいったとしても、早々に体制崩壊しただろうな。

770 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 15:08:41 ID:YT/hdCUH

武田が織田のポジションまで行くなんて、すごい妄想だな!

771 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 16:09:07 ID:h7zZZR5g
信長の他に中央集権化に成功した大名っているの?
一代で天下とろうと思ったらこれがいると思う。
例えば、信玄は豪族のご機嫌取りに無駄に時間と才能を
浪費してしまったわけですよ


772 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 16:22:51 ID:bgF/LtZf
信長がいなくとも武田に天下がとれたとは全く思わないが
信玄の晩年がとち狂っていたとは更に思わないな。

773 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 16:42:58 ID:y/3tP3Wo
>>771
天下とはまた違うと思うが、中央集権化という意味では
北条家ほど上手く行ってた家は無い。

774 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 17:38:11 ID:h7zZZR5g
北条家か。確かに。
でも上杉謙信きたときいっぱい離反したからなあ。

775 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 17:54:05 ID:6r1dbOXL
北条は氏政に大国を生かす戦略眼、もしくは兄弟が粒揃っていれば良かったのにね。

776 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 18:13:47 ID:y+XkQT+2
>>772
廃嫡なんて、国が滅亡する原因となる一番典型的なことをやっておいて、トチ狂ってないと言える?
その負の遺産も武田家が滅亡する要因の1つとなってるわけだしね。

いずれにせよ、武田は織田がいなかったら、対上杉による無限地獄に陥っているはずで、やっぱり上洛などは夢のまた夢かと。
他の有力どころも、別な有力どころに蓋をされるか、そもそも天下獲りの野望を抱けないかで、難しかったんじゃなかろうか。

可能性としては、近畿の大名(浅井、松永、六角あたり?)か、長宗我部のいずれかが近畿を統一して覇を唱えるようになるか、
または決め手を欠いて17世紀に入っても戦乱状態が続くといったパターンじゃないかね。

トトカルチョとかがあったら、俺なら後者に賭けるね。

伊達……奥羽を統一しても北条、上杉に蓋をされる
北条……上杉が邪魔。武田もおそらく上洛しようとしたら阻まれる。そもそも氏康が長くないので、氏政では荷が重い。
武田……上杉との無間地獄
上杉……天下取りの意志無し
今川……雪斎が死んだ時点で厳しい
徳川……今川に飼い殺しされる恐れあり
斎藤……義龍が早死にしすぎ
三好……長慶が死んだ時点で厳しい
毛利……天下取りの意志無し
長宗我部……三好を倒せれば芽が出る? 毛利あたりにちょっかいをかけられる恐れも。
島津……海で阻まれている時点で、九州統一しても毛利の水軍に阻まれる可能性大

777 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 18:15:57 ID:h7zZZR5g
評価分かれるけど、氏政は結構できる子と思ってる。
でも北条が天下はないかな。

778 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 18:21:58 ID:+9aKJcCv
どこかの大名でユリウス・カエサルくらいの英雄が出てくれば統一できそうだけどな。


779 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 18:53:43 ID:y/3tP3Wo
>>775
氏政の大将としての評価はわかれるところだろうけど、
氏照、氏邦、氏規がいかに優秀だったかは、地域の記録を見てもわかる。
大将になってからの戦歴もそうだけど、それぞれの家に養子で送られたときのものもそう。

彼らが居なければ北条200万石は有り得ない。
どこの家でもありがちの家督引継ぎにおけるお家騒動も一切無い。

だが個人的に言えば生まれてくる順番が悪かったと思われる。
氏規と氏政が逆だったら良かったかもしれない。
氏照・氏邦は軍事司令官としては素晴らしいが、秀吉嫌い過ぎるし、
氏政は政治・行政面の実績は実は素晴らしい、
氏規はその両方ともそれなりではあるが何より、一番温和な性格で、
それでいて中央の事情に一番通じていた。彼なら上手くまとめてくれたろう。


780 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 19:41:00 ID:bgF/LtZf
氏政も生まれてくる時代が少し早かったら
間違いなく名君としてだけ名を残しただろうね。

>>776
全く何の咎も無いならな。
義信廃嫡の真相なんてわからないのに推論だけで
とち狂ったなんてとても言えないな。俺だったら。


781 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 20:08:14 ID:h7zZZR5g
信玄は最初からやりたい放題やってるけど、
それでも結果出し続けることで配下の心を掴んできた。
それが信玄のすごいとこでもあり、限界でもある、と思ってる。

782 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 20:23:47 ID:AREPFC5B
信濃とったあたりまではね

783 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 20:35:09 ID:y+XkQT+2
>>780
真相ねえ。

記録は無くとも、誰しもが納得いく理由だったら、
勝頼の代で武田家中がバラバラになることは無かったわけで。
少なくとも家臣全員が納得いく理由ではなかったようだね。

784 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 20:43:49 ID:bgF/LtZf
>>783
廃嫡して誰もが納得するなんて有り得ないって
わかってて言ってるならもう別に何も言う事は無いよ

785 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 20:44:16 ID:h7zZZR5g
>>782
廃嫡のことをいってるの?
外交方針転換はいつでも配下の利害にからむのでリスキー。
こすいことしても信虎状態にならないのがすごい、と思ってる。

786 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 20:50:49 ID:h7zZZR5g
でも勝頼に負の遺産を残したってのには同意。



787 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 20:59:45 ID:y+XkQT+2
>>784
何言ってるの、あんた?当たり前だろ。
だから、誰しもが納得いく理由以外でやったら、
よほどの無能か、トチ狂ってるとしか言えんと言ってるだろうが。

廃嫡することによって起こる影響を、
甘く考えすぎじゃないのかね?

788 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:15:31 ID:h7zZZR5g
というわけで、配下の利益を省みないが有能って点で
信長と共通な武田信虎を推す。


789 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:17:18 ID:bgF/LtZf
>>787
だから〜あの場合、廃嫡するにしてもそれなりの理由はあっただろ。
それを後世の視点から見て勝頼の代に離反が多かったので
様々な憶測が流れてるに過ぎないわけ。
「とち狂った」なんて表現はその人物の業績を
全て否定しかねないような表現だってわかってんの?


790 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:25:30 ID:y+XkQT+2
>>789
あ、なに? 「トチ狂った」って表現が気に入らなかったわけ?
じゃあ、「晩年に汚点を残した」「次代に負の遺産を残した」って言い直すよ。

これで満足?

別に信玄が名君だったことは否定せんよ。
ただ、この件に関しては凡君になりさがった点と、
これまでの功績を無に返すような、滅亡フラグを立てる大失点だった点は譲れんな。

791 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:25:51 ID:bgF/LtZf
>>787
あと「誰もが納得する廃嫡有り得ない」と書いてるのに
「誰もが納得する以外の理由で廃嫡したからダメ」
とか言われてもなー。
俺自身、廃嫡は愚かな選択だと思ってるけど
君の話は全く納得いかないね。

792 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:29:43 ID:bgF/LtZf
>>790
評価の話してるんだから表現には気を使うのが当たり前だろ。馬鹿か?
何この厨房w
まともに相手して損した。

793 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:31:54 ID:y+XkQT+2
>>792
2ちゃんで表現には気を使うw
あふぉだろw

よその掲示板いけよ。池沼めw

794 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:34:03 ID:y+XkQT+2
>>792
つうかさ。いつの間に”信玄の評価”の話をしてたの?

あ、スレタイも読めない文盲の方でしたか。失礼しましたw

795 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:38:45 ID:bgF/LtZf
>>793
馬鹿はお前。
「表現に気を使う」とは敬語を使えとか言ってるわけじゃない。
表現次第で意味が変わると言っている。
>>794
晩年の信玄の評価に関する話をしてたんじゃないのか?


796 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:47:15 ID:bgF/LtZf
しかし「晩年の信玄がとち狂っていたかどうか」
なんてどう考えても人物評価の話題なんだが
それすら理解出来ないなんてリアルで馬鹿なんだな。

797 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:49:00 ID:y+XkQT+2
>>795
ああ、ごめんごめん。俺が悪かったよw
「著しく判断能力が衰えて、老害に成り下がった」とでも言い直すから許してwwwww

798 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:50:20 ID:bgF/LtZf
>>797
もういいよ。
相手にして悪かったね。


799 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:50:46 ID:y+XkQT+2
>>796
はいはい、あなたが正しいw正しいw
人物評価の話題で間違ってないですよw

800 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 21:53:20 ID:y+XkQT+2
>>798
ではでは、さようなら〜wwww
この板から永久に消え失せろwクズ豚めwwwwwww

801 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 22:01:08 ID:pDaHIVgE
   / ̄ ̄\
 /   _ノ  \
 |    ( ●)(●)
. |     (__人__)      
  |     ` ⌒´ノ      ID:y+XkQT+2
.  |         }       消えるべきなのはお前だろ、常識的に考えて
.  ヽ        }
   ヽ     ノ        \
   /    く  \        \
   |     \   \         \
    |    |ヽ、二⌒)、          \

802 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 22:03:54 ID:y+XkQT+2
>>801
ID替えて投稿ですかw
乙ですw

803 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 22:21:14 ID:/MlV1tqR
常識的に考えて2人ともです

804 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 22:39:43 ID:AREPFC5B
信玄が消えれば解決

805 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 23:29:02 ID:yoISKqq+
頭が悪くて必死な信玄厨と頭が悪くて必死で日本語が出来ないチョンコロの争いか。

806 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/09(月) 23:53:15 ID:CyRBxHhj
武田を否定してる奴は、何もかも完璧な大名がいるなら挙げてみろ。
何処も何かしらの不安材料あるだろ。

807 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 02:09:23 ID:qVsnN3FN
天下を取るってことは、天下を取ろうってとんでもない野望がまずないと、無理。
天下を取ろうなんて、この時代に考えついたのは、

織田信長
徳川家康
武田信玄
伊達政宗
北条氏康
今川義元

・・・・くらいじゃないかなあ?
浅井・朝倉は京以上に進行する意志が全くなし。道三あたりも同様。

秀吉は信長についていって、たまたま横取りできる状況が転がってきて、野望を持ったといった感じだから、信長がきっかけを作らなかった天下を取らなかった気がする。
よって天下を取れたとしたら、この6人だけ。

毛利は人生使いきってあの程度だから、全く期待なし。運の良さと連勝続いてあれが限界。跡継ぎは3分裂して、ほぼ他国化しとるし。
島津は立地的に遠すぎて野望は九州統一が限界でしょ。大友軍を破るのでさえ、きつかったしね。


808 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 02:22:23 ID:qVsnN3FN
四国のちょうそ壁も壁がでかすぎる。わざわざ海を渡って来るとは思えん。
三好、松永、本願寺、浅井、朝倉は保守的すぎて、動く気がしない。信長の追撃を見ても討てたはずなのに、人質で満足するあたり、見解が甘い。

あえて、上の6人に加えるとしたら、秀吉、明智光秀かな。この二人の戦闘能力なら、1からでも天下狙えるし。
光秀のすごいところは戦略にある。武勇と戦略の両方を有するから、信長が嫌ってても縁が切れなかったほどといわれている。
秀吉は頭が切れすぎる。家康とやったとき、あっさり母親送るあたり、尋常じゃない。信長の真似か?


よって、この8人だろうなあ。徳川家康は松平元康時代、周りの今川の残党が4万近くいたにも関わらず、たったの6千で独立。
5年間で数十回も合戦をして、ほとんど同数、もしくは同数以下で勝利を収めたという。数十回も死の峠を越えてるから半端ではない。これこそ、勝ってみせよう、ほととぎす。戦略という面で、下手にためるより無理やり占領して、生産を増やす最も危険なやり方を好んだ。

反面、基盤ができてる信長は絶対に相手の2倍(少なくて)、もしくは3倍以上の兵がいないと動かないほどの慎重派。相手が1万5千のときも4万近く動かしてるし、相手が少数でも10倍以上の兵を動かしている。
しかも、信長の人生の大半は、生産と政治による基盤固めを得意としていて、後に大きくなってから軍団にまかせてはいるものの、戦争はたった5年に一回。確実に勝てる戦まで待とう、ほととぎすは信長。

そして、理屈抜きに身勝手に民を殺しまくり、恐怖政治を行った、利益追求、我がまま、独裁型の政治を行ったのは秀吉。秀吉は虐殺が多かったから、殺してやろう、殺してしまえ、ほととぎすである。


809 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 02:32:30 ID:311zXMFp
↑と↓のスレタイを合体させろ!
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1156661748/

で短時間に二回も被ったから佐々成政が天下取る。
全国の山越えてレッツゴー。

810 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 03:30:45 ID:D0c0OCX9
ていうかさ・・

今川が上洛して、最初にリーチかけるんだよ
で、三好辺りを蹴散らして畿内を中心に足利義昭政権を立てる
で、朝倉、浅井辺りも政権内に組み入れ
義元存命中は、何とか政権が維持される
しかし、その間も地方では絶えず戦が続き
で、義元が死んだとたん 武田が動き出す・・

811 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 03:39:40 ID:D0c0OCX9
史実通り今川領に侵略し、素早く東海一帯を支配する 
で、今川、朝倉、浅井、足利連合軍と関ヶ原辺りで激突する
と、思いきや、その直前で信玄死去。
で、息子の勝頼が軍備を整え、再度進軍
これを迎え撃つは今川軍の軍事指揮官となった徳川家康
今川、朝倉、浅井、足利連合軍Vs武田勝頼軍

812 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 03:51:56 ID:uO+sVLre
信玄は取れない。
兵を伸ばした先が上杉に助けを求めれば、直ぐさま軍神様ご出馬しそう。

813 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 04:22:45 ID:qVsnN3FN
信玄は軍神がいるから、信長のようなふとどき者が存在して、天皇から命令がない限り、海津城は奪えそうもない。

よって、今川が東海、近畿一体を占領するところまでは同意だが、仲間内である朝倉、浅井を裏切るわけもなく、
天下を取るとは思えない。

ってか、秀吉もそれで委任支配で名目上、天下を取ってるから、
朝倉、浅井は同盟で屈服と考えてもいいかもしれんな。


814 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 04:29:22 ID:qVsnN3FN
義元と信玄はほぼ同じ年だから、義元がちょんぼして、一回くらい三好に負けそうな気がする。

で、急遽大軍を京都に移した隙に、武田信玄が信濃に進行して、遠江まで占領。

軍神の謙信には負け続けてるし、氏康には互角でほとんど進まなかったから、そのまま美濃辺りまで進んで、今川は苦戦の末、三好に勝ち将軍家の周りを占領、
拠点を京都付近に移しつつ、取られた領地を争って、美濃の武田信玄と衝突、

ここで、天下を決める勢力の争い、今川、朝倉、浅井連合軍vs武田信玄、が成立し、武田信玄が勝利。

足利は連合軍と同盟しつつも、実質は後ろで待機。戦争には積極的に参加しない。

結局、京都付近まで進んだ武田信玄は、足利進行の直前に病死する。
武田信玄の食事には、織田側の甲賀忍者がヒ素にあたるものを混ぜていたと考えられるので、信玄の寿命は通常の5年くらいは延びたと思われる。謙信もね。


815 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 04:31:55 ID:Ltk+/Lo6
てか海津城は武田領なんだが奪うって何を?

816 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 04:44:31 ID:311zXMFp
っていうかそういう問題じゃ・・・w

817 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 04:56:25 ID:qVsnN3FN
天皇の勅命がなければ、海津城奪えるわけねえだろw
軍神に負け続けw


818 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 05:11:01 ID:Ltk+/Lo6
奪えるわけないも何も、海津城を築いたのは武田と言われているが・・
ID:qVsnN3FNが言う軍神への前衛基地としてな。

謙信がなんで信玄と争うようになったか、まず調べてみてはどうだ? 何かめちゃくちゃ。

819 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 05:14:08 ID:qVsnN3FN
海津城になったけど、その前にそこに立ってた城のこと言ってるんだよ。そのくらいわかれよ。


820 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 05:17:50 ID:Ltk+/Lo6
その頃は村上義清領だぞ。上杉は介入してない。
村上を討伐したのは武田。領土が隣接した事で上杉との直接対決になる。

信長の存在有無に関係ないので、これは変わりようが無いかと思うが。

821 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 05:47:06 ID:HjK8bEqn
>>qVsnN3FN
妄想がやばいw

1から全部よんどけw

822 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 05:53:38 ID:qVsnN3FN
おまえこそちゃんと読んどけよ。

村上領を奪ったあと、何度も上杉に取り返されてる。

それを何度も信玄も取り返してる。

海津城が安定したのは、包囲網時から。

おまえが馬鹿。


823 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 06:15:51 ID:HjK8bEqn
松平元康が独立したときに今川4万って松平勢引けよw

三河は旧領だし地元の国人は親戚だし、攻めるのは大変だが守りには適してるぞ


824 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 06:35:16 ID:311zXMFp
>>822
普通それを言うなら葛尾城と言うと思うんだが・・・海津城とは全然違うぞ。

825 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 07:47:48 ID:w7cxptJY
>>802

しかし必死だな…。
何がここまで必死にさせるのか。

826 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 07:50:40 ID:qVsnN3FN
今川は数は多いけど同族ばらばらで、いくつにも分立したから、実際は1番強い勢力でも、鵜殿・葛山あたりでしょ。
数はせいぜい1万前後。しかも、家臣はいくつにも分立し、戦も関が原のように一度で決するのではなく、要所要所で少数率いての局地戦の積み重ねとなった。
時には、この2人は特に手強いから、引いただろうね。

家康は数十にも及ぶ戦術、謀略による局地戦を行っており、通常の大名の10倍近く戦を、特に野戦を経験していってるといってもいい。
しかも、一から全てを築いて独自の戦略によって領地を広げ、ハンディを克服している。元はたった一人+平和な世の中を説いて、将来全国No1の今川家の軍師No1になることを懸念されて、戦術・戦略・教養・謀略の全てを、
師である臨済宗の雪歳から、20(18)歳近くまで全ての基礎を学んでいる。敵である人質から今川家No1を見抜いた雪歳も信玄なみに化け物。

それを見抜いた雪歳もすごいし、野良仕事で地元農民と一緒に畑を耕して自給自足した、「民のための戦のない平和な世の中」を目指した志はすごい。


827 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 07:54:31 ID:qVsnN3FN
雪歳は全てを教え込んだというが、

まさか自分の基礎を全部叩き込んだ家康が天下を取るなんて、夢にも思うまい。

一度でいいから、「おまえは天下を取る器があるから、俺の全てを教え込んでやる!!」なんて言ってみたいねえ。



828 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 07:55:48 ID:x02wBNC5
>>825
遅レスしてるお前の方が必死にみえるぞ

829 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 08:04:09 ID:qVsnN3FN
今川氏真は馬鹿にされてるけど、実は徳川家と最後まで抵抗して戦ってるんだよね。

ただ、氏真は家臣を統率する力がなかったし、戦をする能力も乏しかった。
しかし、氏真は最後までしっかり戦って、それから負けて亡命してるんだよ。しかも徳川ではなく、徳川と争って弱まったところを信玄から攻撃されてる。だから、情けない武将ではない。

氏真が優秀なら、確かに持ち直して天下を目指せたかもしれない。だけど、氏真は平均よりちょっと上くらいの才能は持ってた。ただ、相手は信玄だから、相手が悪いってのが事実。4万統率しても徳川と同盟しても、互角ってところ。


830 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 08:09:57 ID:x02wBNC5
ID:qVsnN3FNこいつが一番必死か

831 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 08:25:30 ID:311zXMFp
いやこいつは必死じゃない、とことん無知なだけ。

832 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 10:04:07 ID:8XWzBeHJ
こんな過疎板のifスレで煽りなどするものではない。

御主らは、まさに鳥なき島の蝙蝠ですな。

833 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 11:11:12 ID:H+PheOFA
無知どころか妄想満載で笑えてくるんだが…ww
いくらIFでも現実性が皆無なら誰も耳を貸さないだろ。

834 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 12:06:19 ID:qVsnN3FN
おまえら、無知どころか何も書いてないじゃんw

835 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 12:20:30 ID:H+PheOFA
>>834
お前が列挙した人物が天下を取る?という意思を持っていたという根拠はなに?
島津は遠国と書きながら同様に遠国で雪国に領地を持つ伊達を挙げた理由は?
信長が5年に一度しか戦をしていないという意味は?
信玄の食事に織田方の人間が砒素を混入していたという明確な史料は?
氏真の統率云々以前に過度の遠征による国内疲弊が原因で家中が分裂したという説もあるが、
それについては?それが真実ならば尾張遠征以降どうやって国内を持ち直すつもりだったの?

836 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 12:31:34 ID:HjK8bEqn
化け物の雪斎から全てを受け継いだって、雪斎は天下でも統一しましたか?

家康は年食って器量を増やしていった。ゲームじゃねえんだ、30前の若造が
そうそう器量発揮できるかよ。

837 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 12:42:03 ID:8XWzBeHJ
天下を取るという野望がなければ、天下は取れない
ってのは異論を挟む余地が少ないが、
誰が野望を持っていたか、あるいは持つ可能性があったか
ってのは推測困難だろ。

戦略目標は状況によって変化する。
例えば斉藤氏にしたって、美濃国人衆被官化、尾張併呑等を
達成すれば、次の目標は近江、畿内方面だったかもしれん。


838 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 13:04:42 ID:x02wBNC5
まさに「信長の野望」

コーエーうまいね

839 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 13:22:51 ID:Ltk+/Lo6
>>822
>>村上領を奪ったあと、何度も上杉に取り返されてる。
>>
>>それを何度も信玄も取り返してる。
>>
>>海津城が安定したのは、包囲網時から。

海津城が上杉に奪われた事があるなんて初耳だ。具体的にいつの話?
城代の高坂昌信は良く無事だったな。

840 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 14:36:37 ID:qVsnN3FN
おまえ、アホなんじゃないか?
海津城をといったら、海津城近辺の拠点を指す。

それくらい読め、ヴォケ。戦国じゃ、当たり前だろ。


841 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 14:39:32 ID:qVsnN3FN
そもそもこの付近の領土には、20近い豪族がいて、そのどれもが腕っぷし抜群のつわものぞろいだった。
それを謙信が束ねてたから、強いに決まってる。

村上はその中で一番強かったけど、その中の一人にすぎない。


842 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 14:48:55 ID:qVsnN3FN
>>836
何言ってるんだ?そもそも、この時点で一番強いのは、今川だぞ?わかってる?
全国で一番強いんだから、全国で総合的に一番天下が近いに決まってるだろ。

それを作ったのも、戦略を展開したのも雪歳なんだよ。跡継ぎを討ったのも謀略で敵を暗殺したのも、家康を強引に奪って自刃を止めたのも、北条・武田と同盟結んだのも、全部雪歳だ。

質問多いけど、
伊達は実際佐竹まであっさり来てるし、たった5年で来て、さらに若いからなあ。
島津は海を挟んで、相当遠いと思わんか?それに九州統一=島津の全国統一にあたると思うけど。それほど大友は強力だよ。

この当時の「海をわたる」って相当のことだからな。今みたいに橋渡るんじゃねえぞ?渡り船で渡るんだよ。
島津が領土拡大で一度も海を渡ってないだけに、無理だと思った。伊達は関東踏んでるからなあ。


843 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 14:51:33 ID:l7HHlMoM
>>840
海津城近辺だったら第三次川中島の時に謙信が焼いていきましたが何か。

葛尾城の事だろ?
信長の野望じゃないんだから、位置は全然違うぞ。

844 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 14:56:45 ID:HjK8bEqn
雪斎が死んだ事により義元自身で遠征軍の指揮を取らなければいけなくなった
のが今川の滅びの兆しだったのかもしれないな。

息子はバカだし、北条武田は同盟組んでても油断ならないし。


845 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 14:56:52 ID:qVsnN3FN
少なくても、
1、小国一国から全国を分取るほどの、とんでもない勝ち戦経験と、領土を広げた戦略を持つ
2、ある程度の大規模な国を持ちつつ、広範囲に領土を広げていって、天下を取る野望を持つ
3、年齢的にみても、精神的に見ても、ある程度の領土で落ち着かないで、自己満足を貫く

1に相当するのは、徳川家康、毛利、2の段階まで一世で進んだのはこの二人くらいだねえ。
2に相当するのは、残りの5人でしょ。この規模を最初から持ってた武将なんて、100いないだろうから、その周りの地方統一が、普通の考えであって(いわゆる、今で例えると日本・中国・朝鮮の統一あたり)
世界を支配しようなんて、本当にこの5人くらい。

ただし、大規模な領地を一世一代で作って広げたこと、それと天下を取る姿勢を示したこと、
これが最低限必要だと思う。
たとえ、他の武将が野望を持ってたとしても、「領土を広げた」という実績がないため除外。
信長が攻めて来る前に領土を広げた可能性があるのは、三好くらいじゃない?本願寺、朝倉、浅井は終始、保守的だよ。松永も一国一城だからなあ。

その実績として、
島津は海を渡った経験がない、毛利は中国地方限界で、分国して息子同士で保守的になり、やる気なし。結局、他国化同盟してるようなもん。
やはり直轄して一大勢力を展開するには、その領土を広げた本人が生きていないといけない、と思うんだよね。稀に息子も継いでるけど、勝頼みたいになっちゃうし。

846 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 14:58:52 ID:qVsnN3FN
>>843
位置が全然違うから海津城にしてんだよ。
大通りに面してるのは松本付近であそこだけだろ。

あそこが拠点になることを想定しろ。


847 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:02:19 ID:l7HHlMoM
>>846
何を今更って感じだが、意味がさっぱりわからないんですが。

っていうか葛尾城って知ってる?

848 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:06:23 ID:x02wBNC5
位置が全然違うから海津城にしてんだよ。
大通りに面してるのは松本付近であそこだけだろ。
位置が全然違うから海津城にしてんだよ。
大通りに面してるのは松本付近であそこだけだろ。
位置が全然違うから海津城にしてんだよ。
大通りに面してるのは松本付近であそこだけだろ。
位置が全然違うから海津城にしてんだよ。
大通りに面してるのは松本付近であそこだけだろ。

849 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:11:31 ID:Ltk+/Lo6
海津城築城(1560)以降に落とした城は、旭山城(1561)、野尻城および川中島(1564)、飯山城(1568)。
その信長包囲網まで取ったり取られたりってのは、一体何の事を言っている?

言っとくが、葛尾城なんて海津城より南に位置するのに取られる訳無い。葛山城と間違えていたとしても、ここも1557に武田領になっている。

850 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:18:03 ID:mmiSuihk
松本付近って・・・

851 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:22:55 ID:l7HHlMoM
>>849
一応海津城築城前に取ったり取られたりしてるんよ葛尾城は。
>>819でその前にそこに建ってた城の事らしいんで。

築城後なんかはおっしゃる通りそれこそ取られようが無い、
海津城も取られようが無い。

852 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:23:51 ID:CGMJwzXT
仮に70年ごろまで北信濃を取ったり取られたりしてる状況で
武田が西上野に侵入を図るとはものすごい二方面作戦な上
1566年に箕輪城を落すとは神業に近いな。

1560年以降に西上野の経略に本格的に乗り出せたのは
海津城築城に伴い、北信濃が安定したからだと認識してたん
だが、取ったり取られたりしていたとは……。

853 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:25:23 ID:H+PheOFA
もう駄目だわ、この人

854 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:28:11 ID:mmiSuihk
>>842
1560年の時点じゃ三好が一番強いだろ
ついでに信長がいなければ松永は3人衆に追い詰められておしまいだろ
68年には三好の内乱も終了じゃないか

伊達は仙台の大名じゃない伊達と佐竹は元からかなり近いぞ
佐竹は北常陸が中心で北進し白河を併合している

島津は対竜造寺で有馬救援に船で海を渡っているが

伊達は関東踏んでないだろ



855 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:28:22 ID:HjK8bEqn
>845
1、外征出来る10万単位の兵力、軍事力、政治的、高度な目標(国内統一でも外的排除でも天皇奉戴でも)
2、当然それを支える経済力と石高
3、安定した政権と譜代の家臣

ってとこか、中国で言う天地人ってところかな

野望や勝ち戦の経験は必要かと言われれば有っても負けるし無くても勝てる。

仮に北条が徳川くらいの石高になり周辺国を引き連れて、上杉も武田も支持し従わせた時点で
天下統一10年程度で出来るだろう。

もちろん現実では出来てないけれど、関東とその周辺の数国が手を合わせて統一と言う
目標に向かって動き出せば一気に日本は統一への道が開ける。

段違いの兵力程度では、数万が数千に負けることも頻繁に有った。
だが位が違うほどの兵力を動かせば戦わずに終わる物だ、権威とかもあれば尚のこと

秀吉はこれをやって1584あたりから始めて1590年に統一しているたった6年だ。

qVsnN3FNは前提がちょっとおかしい気がする。
家康も毛利意外にも100万石以上の大名がまわりの国の支持を取り付けて勝ちまくれば
信長居なくても統一まで行けると思うよ。

あと、海津城はこのスレに関係無くない?

856 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:37:58 ID:mmiSuihk
>>849
葛山城は61年に上杉に奪われていたと思う。

>>851
第一次川中島が最後じゃないか葛尾城が攻撃されたのは
葛尾城を奪われたのは長尾家が介入する直前の村上との戦いだけなんじゃ・・・

857 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:50:01 ID:Ltk+/Lo6
>>信玄は軍神がいるから、信長のようなふとどき者が存在して、天皇から命令がない限り、海津城は奪えそうもない。

>>天皇の勅命がなければ、海津城奪えるわけねえだろw
>>軍神に負け続けw

こんな適当な事を書くからこうなる。1568年時点で信濃は武田領。

858 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 15:51:44 ID:l7HHlMoM
>>856
まぁそうなるね、いずれにしても村上義清だよ。
でも彼のレスを極力好意的に解釈するとそれぐらいしか考えられないわけで。

>>822とかで上杉って言っちゃってるからそれもかなり無理のある解釈なんだがねw

859 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 16:03:43 ID:mmiSuihk
>>858
確かに・・・
焼き討ち食らったは結構あるけど
上杉に城を取られたとかなると
賽川以北しか無いと思うんだけどね。

というか彼は根本的に知識が足りない気がする。

860 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 16:12:17 ID:l7HHlMoM
うん、海津城がどうとかそれ以前の問題だね・・・。実際の所。

861 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 16:48:31 ID:irAE4sx6
信長いなけりゃの前提なら、筆頭はやっぱ今川かな。

その次が、三好or朝倉だろう。位置・勢力的に考えて。
朝倉は、ほぼ属国の浅井も含めるとかなり強いから
今川・三好がコケた場合にはいいところまでいきそう。

862 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 17:04:56 ID:qVsnN3FN
いやいや、北信濃の位置を城に例えただけで、城を占領してないことは、わかってるよ。

だって、北信濃だけではアバウトだからなあ。


863 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 17:38:47 ID:VUxeKnzs
朝倉は力はあったかもしれないが、
義昭擁しての上洛フイにしてるし、越前引きこもりのイメージがなぁ

864 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 18:20:11 ID:iFcwAE/r
天下取りの野望がなかったことが証明できるとしたら
それはこいつだ、っていうくらいに逆向きの判断が多いよね

865 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 18:46:58 ID:qVsnN3FN
それは領地を広げることと、最低限の行動をすること。
信長がいようがいまいが、地方1国を立ち上げて、領土を広げるくらいは十分できたんだから。

信長がいようがいまいが3国以上増やさないと、話しにならんと思わんか?

信長がいないとして、影響受けるのは中央の権力と、織田の家臣団くらいでしょ。もちろん、大名クラスを除いての話しだけどね。
だから、信長がいたから、野望持ってたのに全国統一できなかった、なんてのは言い訳だろ。家康は信長がいるから、天下を取れないと思ったらしいからね。


866 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 18:48:53 ID:3pQjQBnp
信長がいなかったら・・・・
名門、今川、武田、上杉、北条あたりかな。
信長が早死にしてれば武田信玄もしくは勝頼かな。

867 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 18:53:22 ID:qVsnN3FN
まとめると、

侵略戦争するタイプ
大名クラスにならないと話しにならない。さらに、戦争意欲がないと。

乗っ取るタイプ
大きな中央集権の大名の重臣の、家臣団の上位になって、それを率いて跡継ぎ争いで乗っ取る。
この集権に相当するのは各地方の最大規模の大名、及び家臣団はトップクラスとして5〜10人かな。


ただね、良心に乗っ取って生きるってのもかっこいいぜ。
上杉謙信は確かに領土欲はなかったけど、正義感は異常にあっただろ。
おまえらは、戦国時代の大名は皆、利益と戦争欲だ!って思ってるかもしれんが、現実の政治家だって、堅実に生きたり正義感で天下統一を犠牲にしてる人だっている。少ないけどね。



868 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 18:57:22 ID:w7cxptJY
…。

869 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 19:00:43 ID:3pQjQBnp
将軍の名のもと。地方分権だったんだから・・・。

信長が下剋上の名のもと、中央政権構想を成したんだからね。
名門でも中央政権構想作る大名はいなかったんじゃないかな?
内乱状態の繰り返しじゃないかなと思うけど。


870 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 19:01:16 ID:VUxeKnzs
これはもうダメかもしれんね

871 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 19:05:04 ID:6+04Jjs2
ゲームの話でもしてんの?

872 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 19:13:05 ID:3pQjQBnp
信長以外にはいなかった。
信長がいなかったら、今川が天下になんかしてたかな。

873 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 19:30:27 ID:3pQjQBnp
訂正、中央集権 すみませんでした。

874 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 19:46:22 ID:H+PheOFA
仮に今川が上洛を果たして三好勢力を畿内、少なくとも京から排除する事に成功したとして、
足利将軍家に取って変わるような行為をするかな?
幕政内での発言力を高めて近しい縁戚になるぐらいじゃないのか?

875 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 19:52:27 ID:x02wBNC5
今川が将軍傀儡にしたら
義輝も今度は三好と共同で今川と戦い
応仁の乱みたいに大乱になりそう

876 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 20:41:17 ID:/eWB5yCy
>>866
勝頼は多分無いと思う。
今川が大勢力のままなら義信が謀反起こす可能性も
親子で対立する可能性もかなり低くなると思う。
勝頼は諏訪のままじゃないかと

877 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 20:50:34 ID:AsnAoe0m
確かに今川が強いままなら、武田家は義信があとを継ぐだろうな。
義信が今川家と対立するとは思えんので
今川が畿内を制圧しても
豊臣政権における前田や毛利のポジションで協力していったんだろうな。

しかも、義信が後を継げば武田家臣団の反目もないわけで。

878 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 20:53:44 ID:qVsnN3FN
義信がそんなに平和主義だと、どこで確信できるんだ?w


879 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 21:36:34 ID:/eWB5yCy
義信に野心があれば
義元が死んだ後、豊臣政権における家康の立場になるかもね
北条も似たような立場だが。

880 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 22:43:19 ID:6+04Jjs2
てか何で武田<今川がデフォになっているんだ?
太源雪斎が死んでから大したことしてないのに。

881 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 23:03:31 ID:l7HHlMoM
いやまぁ実際経済力でも石高でも桶狭間の時点では今川の方が上だよ。

ただ武田は武田で今川が安定してて、川中島付近も安定してくると、
史実では東海付近に攻めてた兵力を、美濃の方に回すことも無くは無い気がする。

そうなると流れがどうなるか良く判らない。

882 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 23:42:17 ID:qVsnN3FN
全てにおいて今川が上だなあ。
君主だけは信玄の方が上か。でも義元も信玄なみに有能だしなあ。歩いてたら突然、隕石が降ってきた、くらいの事故だし。


883 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 23:45:09 ID:w7cxptJY
たしかに今川が安定していると武田北条の同盟が維持されて
上杉が被る影響は大きかったかもな。
北条は武田との同盟を維持しつつ、素早く関東統一出来れば
かなり有利な立場に身を置けるし。
武田は大勢にはあまり影響無いと思う。

884 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/10(火) 23:51:35 ID:qVsnN3FN
ということは、今川は京都を制圧しつつ、毛利、島津を屈服させて、
西日本と東海を20年くらいで制圧か?

北条は上杉の攻撃をかわしつつ、東北と関東を制圧か。これも20年くらい。伊達家は滅びるな。もしくは最上、伊達の2ヶ国だけは最後まで抵抗しきる、とか。
武田は謙信と一生戦い続けて、信濃を奪うのに20年はかかりそうだ。
先に信玄が死んで、勝頼の代でも景勝とさらに20年戦い続けて、負けっぱなし。

これで落ち着きそうですね。


それで軍団長の第一軍団が鵜殿、第二が葛山、第三が朝比奈、第四が松平、第五が三浦、と5つに分裂。

最後に義元が起きた後、内乱が起きて松平が、鵜殿、葛山を制し、全て乗っ取り、
その後、勝頼を討って、北条攻めで完結。徳川家康が全国統一。あらら、結局家康か。やっぱり、有能な者にはかなわんなあ。




885 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 00:34:47 ID:A5tOvFfp
もうこのスレはバカはスルーで見解は一致してるんだよね。

886 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 00:45:08 ID:FwteVbGh
そんなことないだろ。合理的推測に基づいてる。

まずは、信玄・謙信の時代に、信玄・謙信・斉藤道三・北条を倒せる勢力があるか?
の疑問がある。中央政権を取れて、なお且つ彼らに対抗できる勢力候補は、
領土を広げるとしたら、三好、今川、斉藤、浅井、朝倉、しかし、今川以外には信玄に通用しそうもない。

そして、次世代になったとく、松平が権力を握ったとき、対抗できる勢力があるか?
中央集権では、氏真かその息子が有能でない限りは、対抗できそうになり。
毛利、島津は屈服の道。すでに結果が出てる。信長の影響は少ない。

勝頼、景勝では役不足だから足りない気がするし、景勝は対応できたとしても野望がない。
伊達家に達する時はすでに、全国統一目前で、20万の大軍で囲まれて、北条の二の舞いだろう。

やはり、この中で唯一上がってくるのは勝頼の西進だけで、それで天下が決まる気がする。北条は武田と謙信ににらまれて関東から北進、北西にしか動けない。
下手に対抗して、ここも20万で囲まれて終わり。

すなわち、徳川と権力を分離させない限りは、天下統一はこの結果が見えてる。織田でも今川でも家康の手腕と目標が曲がるとは思えん。もちろん予想外の展開もあるだろうが、それは口だけバカの好きな史料に基づいてってのに反するだろうし。

ほら、君の番だからどうぞ。
口だけじゃなくて、もっと具体性を出せよ。


887 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 01:28:49 ID:9PO0lvA5
はいはいわろすわろす

888 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 01:31:53 ID:3QL/v/KB
まず義元が何年に死んでその時点で何処まで勢力を広げているんだ。
義元の拡大速度はかなり緩やかだぞ。

889 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 01:39:59 ID:CMe+rHZA
もっと言えば今川義元や太源雪斎が持ち上げられるのは、織田信長の絡みは言うまでも無いが
徳川家康を人質に三河を支配していたからと、教育係りだったからなのが大きいそうだ。

天下人との絡みのおかげな。

890 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 01:46:11 ID:A5tOvFfp
オレは、バカはスルーとしか言って無いのに、自覚してりゃ世話無いな。
信長の野望の能力値が全てって感じ、歴ゲー板行った方がいい。

>>889
過去レスの通り、まともな返事は返ってこない、やめた方がいい。

891 :ID:FwteVbGhじゃないけど:2006/10/11(水) 02:03:01 ID:dCFWXV1J
>>888
信長がいない場合、まず義元は

駿河、遠江、三河、尾張を支配する。で、順当に美濃、伊勢も取れるだろう

その次に本格的に京に上洛して、三好、六角、松永を討伐する

その際に、朝倉、浅井は同盟に加わると思われる

そうなると近畿、東海を中心に かなりの大勢力を築けることになるね

で、1566年くらいに義元死去かな。史実より6年くらい長生きする程度じゃね?

892 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 02:09:15 ID:dCFWXV1J
義元は過度の肥満体で恐らく糖尿病の気もあっただろうから

長生きはできないだろうね

ま、生きたとしても謙信と同じ49歳くらいだろう

そうなると1568年くらいに死ぬことになる

松永、六角、三好一党の将軍義輝惨殺は1565年だから

上洛の大義名分も立ち、朝倉は義昭を擁している。浅井は六角とは仇敵

充分、今川軍の上洛、将軍擁立は達成だきると思うよ

893 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 02:18:02 ID:dCFWXV1J
そして、畿内を中心に政権を築くのが1566〜1568年くらいだから

義元存命中の今川政権の最終領土は

駿河、遠江、三河、尾張、伊勢、志摩、伊賀、美濃、京、大和
の計、316.6万石
朝倉、浅井の計、127.4万石
合計=444万石!!

894 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 02:32:07 ID:dCFWXV1J
ここまでの流れ

1560年:史実通り、今川軍が尾張に侵略、平定(義元41歳)
1562年:今川軍、美濃平定
1564年:伊勢、志摩、伊賀平定
1565年:松永、六角、三好3人衆が将軍義輝惨殺
      同年、今川軍が京に向けて上洛
      三好勢との決戦で勝利
1566年:足利義昭が室町幕府15代将軍になる。
      同年、義元が副将軍に任命される
1567年:六角領の南近江平定。松永領の大和平定。
1568年:三好討伐の為、摂津に侵略する直前、今川義元死去(49歳)

895 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 02:36:52 ID:3QL/v/KB
ゲームを基準に語っているとしか思えないんだが
家督継いで20年ほどで三河を制圧し尾張の一部にようやく食いこんだような義元が?
三国同盟結んで後方は安全、尾張は内乱で三河に手を出す余裕はほとんど無い状態にも
関わらず三河の国衆の鎮圧に手を焼いたような義元が?

896 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 02:40:41 ID:FwteVbGh
そんなに早く統一しないだろ。
1960年に出ていって、尾張まで進軍。
斉藤道三に負けてごねると思うなあ。

そして、義龍が死んでから、68年に再び進軍、討伐して京都にたどり着くのは1970年。

義元は肥満体でも、もともと小太りに見える体質といっただけで、
運動も弓道も軽くこなしたらしい。特に弓道はトップクラスだから、豪腕であることは間違いない。

だから、60歳まで生きると思うけど。ってか大名クラスってのは普通に70歳前後まで生きるのが当たり前だぞ。

平均寿命が低いのは、病気やら戦やら謀反やら、体を酷使したとか、武士以下の一般層を指す。
人間の遺伝子ってのは何億年もかけて育ててきて、たった1万年2万年で大きな変化は起こらない。つまり、当時の栄養不足と環境から考えると、義元も60歳までは生きると考えた方がいい。

家康、秀吉、謙信、信玄レベルは体も精神を酷使してきたから、あれだけ短命。家康でさえ、長く生きたんだからさ。


897 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 02:43:54 ID:FwteVbGh
ってか、義元は有能だって。部下の力だけで日本一になれるか、アホ。
おまえはヒラ社員だからって、嫉妬すんなよ。
社長に愚痴るタイプだろ?

織田信長があれだけ領土広げたってのが、そもそもゲーム脳だろうが。
でも、現実にできたんだから、信長より生産力も兵力も10倍持ってた義元が苦戦するとは思えんが。



898 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 02:51:56 ID:dCFWXV1J
で、義元死去により
政権内で、朝倉義景と今川氏真の2大実力者の権力争いが巻き起こる
だが、二人とも無能な為、家臣団だけがエキサイト
朝倉派(朝倉義鏡・浅井長政) VS 今川派(岡部元信・徳川家康)

しかし、義昭の仲裁により一旦、朝倉義景が政権内の最高実力者になる
その後、徳川家康を中心とする今川派が摂津の三好討伐を朝倉義景に
盛んに喚起するが、史実通り、義景、重腰・・

899 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 02:54:05 ID:FwteVbGh
当時の信長が苦戦した相手を考えても
斉藤道三はほっとけば死ぬし、浅井、朝倉は同盟して終わり、
本願寺は通り道から外れるから無視するし、三好あたりの兵力なら軽く蹴散らせる。

どう見ても、今川義元の方が簡単に近畿まで制圧できる。

ってか、この時代はまともな地図もないから、海岸沿いに制圧していって、尾張から美濃と追って直進するだろうね。

それで京都を囲んで、義元の中では完結じゃないの。
ほとんどを雪歳が担当してやってたっていうけど、雪歳は家康にとことん自分の戦術と戦略を教え込んでる。しかも自分の後継者の位置として、展開することを保証してる。シイレベルの僧は義元より位が高いから、絶対従ったはず。

徳川家康と、有能な家臣団を部下に持ってるから、全国の臨済宗も味方につけて、近畿、東海統一はたやすいと思うけど。むしろ、信長よりもうまくいくだろうね。


900 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 02:55:33 ID:jEP5KylN
>>893
関係ないけど朝倉の石高ってそんな凄かったんだ。
浅井と併せれば武田より上だったのか。

901 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 02:56:48 ID:dCFWXV1J
今川派と朝倉派の軋轢が徐々に大きくなる
で、三好討伐は今川軍だけで進軍する。
この戦の功で徳川家康が大きく実力を認められる

で、ここらで、家康を中心とした今川派が朝倉勢に対して宣戦布告

902 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 02:57:26 ID:FwteVbGh
朝倉は同盟国だから、後継者争いに関わらないと思うが。
朝倉、浅いが加わるのは侵略戦争であることと、天皇や将軍を愚弄する行為をすること。
どちらも、後継者争いはそれに当たらない。

だから、徳川家康が志を持ってればこれに乗じて、独立した展開になるんじゃないの?


903 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 03:00:26 ID:FwteVbGh
今川氏真が統一しきるか、もしくは鵜殿、葛山、三浦が内乱を起こして、それに乗じて徳川が独立するか。
岡崎、朝比奈あたりは忠臣だから、裏切らないだろうね。

どっちに転がるかは氏真次第。氏真の能力と成長力が未知数なんで、この2択は難しい。


904 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 03:09:21 ID:dCFWXV1J
ここまでの流れ

1569年:義元の死後、朝倉義景と今川氏真の間で政権内の覇権争い勃発
      将軍義昭の仲裁で、朝倉義景が副将軍に任命される
      しかし徐々に、朝倉派と今川派との間で軋轢が生じる
1570年:摂津の三好衆を討つべく、徳川家康が朝倉義景に進言する
      しかし、義景は、これを却下。
      不満を残しつつ、今川軍単独で三好領の摂津に進軍
1571年:三好軍を撃破。摂津、和泉、河内を平定
      この戦で功を挙げた徳川家康が、今川派で実力を上げる
1572年:徳川家康を中心とした今川軍が、朝倉義景に対して宣戦布告



905 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 03:14:56 ID:dCFWXV1J
ま、これで今川(家康)対朝倉、浅井となる訳だが

当然、今川軍が浅井、朝倉を凌駕して追い詰める

で、同年1572年 史実通り(上洛は1573年) 甲斐の虎・武田信玄が動き出す

駿河に進軍して 破竹の勢いで今川領を侵略するんだな

906 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 03:18:01 ID:dCFWXV1J
朝倉、浅井、武田VS今川

これは史実と、かなり似た展開になるね

で、武田は駿河、遠江、と平定して、三河に進軍する

ここで、今川家の実力者に上り詰めた家康が、今川全軍を挙げて迎え撃つ

907 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 03:24:37 ID:CMe+rHZA
ID:dCFWXV1Jよ。一人で書いてて虚しくならないか?

908 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 03:27:34 ID:dCFWXV1J
ここまでの流れ

1572年:敵対した今川軍と朝倉・浅井軍が姉川で激突する
      この戦に今川軍勝利。続けて浅井長政の小谷城を包囲する
      同年、朝倉義景の要請により
      甲斐の虎・武田信玄が今川領の駿河に進軍。
      破竹の勢いで、駿河、遠江を平定する
1573年:徳川家康を中心とした今川軍と武田軍が三河で激突
      この戦で徳川家康、糞を漏らしながら敗走
      武田軍の大勝利の終わった戦だが、ここで武田軍の進軍が止まる
      同年、武田信玄死去

909 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 03:28:53 ID:3QL/v/KB
>>890
突っ込んだ自分がアホだった
こんな長々と仮想戦記小説を聞かされるとは
しかも複数みたいだし。

910 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 03:36:24 ID:FwteVbGh
ぶっちゃけ、朝倉と浅井と衝突するとは思わん。

だって、まず、利害の一致が存在する。
将軍に逆らう侵略戦争、天皇への侵略、どちらもありえない。
ここで利害が一致する。

もう一つは、朝倉は美濃に進攻する気が全くない。
今川も朝倉の領土へ進攻する気が全くない。

だから、衝突はしない。美濃の上あたりに横に防衛線を張って同盟。
来るとしたら、浅井の援軍要請くらいじゃないの?

>>909
君はどう思うんだい?


911 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 03:49:12 ID:dCFWXV1J
で、信玄の死により
再び、今川軍が浅井、朝倉を攻撃
これを討ち、支配する

>>909
俺はそいつじゃないよ

912 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 04:04:12 ID:dCFWXV1J
ここまでの流れ

1573年:信玄の死によって武田軍、一時撤退
      今川軍が朝倉・浅井両家を滅ぼす
1574年:今川氏真が副将軍に任命される
      しかし、この頃から家康が義昭を廃し
      氏真を将軍とする今川幕府の成立を画策し始める
      しかし一方で
      氏真も蹴鞠にばかり興じ、政務怠慢が目立ち始める
1575年:武田勝頼を総大将とした武田軍2万5千が京に向けて上洛



913 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 04:24:30 ID:dCFWXV1J
1575年:長篠の戦において、3千丁の鉄砲隊によって
      無敵の武田騎馬軍が全滅する
      最高実力者となった家康が今川家を牛耳始める
      当主、氏真は徐々に家康に言いなりになる
      同年、足利義昭に対し条書5ヶ条を送る
      続いて条書17ヶ条を送り、義昭の有名無実化が顕著になる
1576年:将軍義昭の要請により石山本願寺が挙兵
      同年。将軍義昭を今川氏真が追放。ここに室町幕府滅亡する
1577年:木津川口の戦いで今川水軍が毛利水軍に敗れる
      上杉謙信上洛。手取川の戦いで今川軍を破る
1578年:上杉謙信死去。
      第2次木津川口の戦いで今川水軍が毛利水軍を破る
1579年:今川軍が長島一向一揆を平定
      


914 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 04:33:38 ID:A5tOvFfp
>>909
脱力しちゃうでしょ、仮想戦記小説なんて仮想戦記小説に失礼だよ。
単なる「ぼくののぶながのやぼう」リプレイ。
基準もまさに信長の野望、本人は気付かないんだろうけどね。

>>800付近までは煽りあいは存在しても、最低限知識あるもの同士だったっぽいのに・・・。
つーわけでスルー。

915 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 04:35:25 ID:jEP5KylN
しかしよりによって>>800かよwww

916 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 04:37:12 ID:A5tOvFfp
ちょっと確信犯w

917 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 04:38:33 ID:dCFWXV1J
1580年:今川軍が別所長治の立て籠もる三木城を落城させる
1581年:今川軍が鳥取城を落城させる
      同年、本願寺顕如が石山を退去
1582年:今川・北条連合軍の侵攻により、武田勝頼自刃。武田家滅亡す。
      同年、今川氏真が京の本能寺で、
      家臣の徳川家康の謀反により討たれる(享年45歳)


918 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 04:47:30 ID:dCFWXV1J
1582年:山崎の戦いで徳川軍が朝比奈軍を破る
1583年:賎ヶ岳の戦いで、徳川軍が岡部軍に勝利。
      続いて岡部元信が立て籠もる北ノ庄城落城。元信自害する
      同年、徳川家康が大坂城築城に着手する
1584年:伊達政宗が家督を継ぐ。
      徳川軍、毛利と和睦。
      

919 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 04:58:41 ID:dCFWXV1J
1585年:徳川家康が征夷大将軍に叙任。
      同年、長宗我部元親が徳川家康に降伏
      人取橋の戦いで伊達軍が二本松・芦名・佐竹連合軍に勝利
1586年:岩屋城の戦いで、島津軍の前に大友家の高橋紹運を撃破
      戸次川の戦いにて、島津軍が徳川軍の榊原康政を破る
1587年:島津義久、徳川家康に降伏
      徳川家康、バテレン追放令を発す
      徳川家康、関東と奥州に惣無事令を発す。
1588年:徳川家康、刀狩令を発す。

920 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 05:03:07 ID:dCFWXV1J
1589年:摺上原の戦いで、伊達軍が芦名軍に勝利。
      徳川家康、北条家に対して宣戦布告。
1590年:伊達政宗降伏
      小田原城落城。北条家滅亡する
      徳川家康、黒川城で奥州仕置を命ず。
      ここに天下統一なる。

921 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 05:11:05 ID:FwteVbGh
自分だけで伝記作るなよ。改善する気ないの?

>>890
は知識あるみたいだから、とりあえずそれを取り入れよう。

その後の負け犬の遠吠えは無視な。嘘だから。


922 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 05:12:34 ID:dCFWXV1J
1591年:徳川家康、諸将に朝鮮出陣命令を発す[文禄の役]
1592年:本多忠勝らが漢城入城
1593年:日本と朝鮮の間で休戦協定結ばれる
1597年:日本軍、再度、朝鮮に出兵する[慶長の役]
      金正日の祖先を討ち取る
1598年:日本軍朝鮮より撤退

923 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 05:24:52 ID:dCFWXV1J
1605年:徳川信康が2代将軍となる
1609年:島津軍の前に琉球王朝降伏
1613年:支倉常長らイスパニアへ向け月の浦を出立
1616年:徳川家康没す。享年75歳
1617年:徳川信康死去。家光が3代将軍となる。
1618年:伊達政宗仙台で叛旗を挙げる
      石川数正が毛利輝元を総大将として伊達政宗征伐に出る
      関ヶ原で両軍激突。伊達軍勝利

924 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 05:27:09 ID:Divu2dbj
仙台の伊達が兵を挙げて関ヶ原で激突して伊達勝利ですか

日本も狭くなったものよ・・・

925 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 05:30:46 ID:Divu2dbj
>>金正日の祖先を討ち取る


926 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 05:40:22 ID:FwteVbGh
読むなよw

そもそも、70年以降は納得する回答が帰って来ないので、

意味なし。
一人よがりの日記ってことで。w

おれが70年以降書き直すから、早く知識有り君、意見くれよ。


927 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 09:37:41 ID:YYzXVq+o
>>912
今川顕在の場合勝頼が出てくるわけが無いw家督は嫡子の義信が相続して
豊臣における徳川のような立場に立ったはず。ゆえにそれ以降の流れが
すべてありえない。

>>922
家康の場合朝鮮出兵に至らないと思う。
元々保守的な家柄だしね。むしろ大大名の改易政策を激化させるかと・・
それと徳川が大規模な兵站や経営を可能にさせる人材に乏しいので
天下統一以前に延性を実施できないと思う。

ともかく・・突込みどころありすぎです。他にも突っ込みどころ満載過ぎて
問題点を全て述べろというと・・最初から全部としかいえない。

928 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 11:59:27 ID:wj0+q1JJ
このスレおもしろかったんだがなあ
次スレ立てるなら、スレタイを考察もので手堅くしてくだされ










のぶやぼ厨避けに

929 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 13:57:08 ID:FJ74sIVW
毛利家が黒田孝高を軍師に迎えたら、情勢が少しは変わりそう。
信長がいなかったら、毛利家が播磨を侵略していた可能性はあるし、そこで毛利家に
天下をとるようにすすめるかもしれない。
まあ、それも個人に頼った考え方だから、あまり参考にならないかもしれないけど。

930 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 15:18:07 ID:FwteVbGh
自分が関われなくなったら、おもしろくないと言い出す連中について



自己中w





931 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 15:22:01 ID:OJksUzrQ
足利義昭を奉戴し京洛から三好松永を駆逐した大名が天下をとるんじゃないかな?

932 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 15:28:10 ID:FwteVbGh
まず言える事

朝倉との争いは、義元在任中はありえない。
家督争いで徳川が独立するというより、この展開だと、
跡継ぎ争いで、3つほどに分立し、最終的に2大勢力が激突
その片割れの軍師、司令官として徳川家康が就くと思う。

家康は勝利後にそれを乗っ取り、浅井、朝倉がその跡継ぎと家康に持ってたため挙兵、そこで衝突が起こって滅びる。

家康は信玄と衝突して一回大敗すると思う。根拠はないが、家康は正面衝突をして、武田騎馬隊に蹴散らされると思う。信長が勝ったのは、鉄砲があったのと、跡継ぎが勝頼であった要素が大きい。
義信が継ぐといったことも賛成だが、跡継ぎ争いで勇猛果敢で有名な勝頼を倒せたかは、能力に疑問がある。

あと、異論を唱えれば、今川は南近江止まりで、摂津とその周辺は三好を討伐して引き上げると思う。
今川は東海と京都をつなぐことと、三好討ちが本来の目的であり、それを乗っ取って囲んでしまうと、将軍が怒ると思うので、引き上げて将軍に返還ってのが筋だと思う。

とりあえず、>>888のレス待ち。

これだけでかいこと言っておいて
>>888
何の指摘もなしでは不満だ。口だけの男にならんでくれ。



933 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 16:37:35 ID:gdZgh+Qv
武田騎馬隊wwww

934 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 16:50:46 ID:A5tOvFfp
>>928
もうなんていうか隔離所は必要なようにおもふ、他のスレに迷惑だし、
まぁヲチしてる分には問題ない。
これはこれで次スレを作ってさりげなく違うお題で別スレ立てればよさげ。

>>933
突っ込むところはそこではないw

935 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 16:55:46 ID:mbT3RKf5
多分ロムってるほとんどすべての人間が思っていることだろうけど
1560年に尾張に侵攻
この時点で既におかしいから
残りも全部おかしくなる

指摘しろと言われると最初から全部おかしいということになる。

936 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 17:20:42 ID:dCFWXV1J

バカ?

937 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 17:38:21 ID:dCFWXV1J
オマエラな、能書きだけなら誰でも言えるんだよ

でも実際に詳しく年号まで付けてシミュレートしろって言われたら
誰も出来ねーじゃねーかよ
するのは、「あーこれは違う。 その大名は、こうだよ」とか下らん文句ばかり
文句言うなら誰にも否定されないように、やってみろよ
それも、論理性の欠片もないデタラメな妄想じゃなく、
あくまで史実に則って論理的に、尚且つifの遊ぶ心も織り交ぜて・・

オマエラ、口だけだよ。 もしくはデタラメな妄想だけ
そんなの誰でもできるわ

938 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 17:42:12 ID:dCFWXV1J
するなら中途半端にするなよ。
面倒臭いとこを端折ったり、
全然、論理的じゃないことを都合よく進めたり

何より、これは考えてると途中で飽きてくるから
最後までやり遂げろよ

その後、他の奴の文句言え

939 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 17:52:34 ID:/3tnLlk6
では見本をお願いします。そこまで自信満々におっしゃられるなら簡単でしょう?

940 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 18:38:11 ID:jEP5KylN
>>937
別にシミュレートする場所じゃないし。
枝分かれする様々な可能性を考慮していく場所だろ。
飛躍のし過ぎなんだよ。

941 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 18:40:58 ID:7BgS0Wx+
>>940
単行本くらいの字数が必要だ

942 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 18:45:14 ID:jEP5KylN
>>941
2chのスレの容量は単行本なんてメじゃないぜ

943 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 18:50:41 ID:dVfZg8ZU
もう放置しろよ。この誇大な妄想話もそろそろ飽きてきたし。

944 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 19:25:54 ID:FwteVbGh
>>937

同感だな。
訂正しない年表野朗は気に入らないが、

口だけで何もしない奴の方が1000倍ムカつくよな。

俺も自分なりに考えてみたけど、口だけの奴には言われたくないよな。
なんかやけに>>800 以前は口だけで何もやらないクズ野郎が多すぎ。


945 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 19:30:25 ID:/3tnLlk6
>>943見なきゃいいだけ。俺はニヤニヤしながら見てる。

946 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 19:33:43 ID:jEP5KylN
オナニー年表でスレが潰れちゃうけどな。
年号つけてシミュレートやれなんて誰も頼んでないのに
ハッスルしちゃってさ。

947 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 19:37:00 ID:wj0+q1JJ
考察・議論スレ立てて移動しようよ

948 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 19:44:49 ID:dVfZg8ZU
訂正しない年表野郎に同意しているじゃねぇかww
大体何の根拠があって今川は織田の生産力と兵力が10倍とかぬかすんだ。
尾張一国の石高と駿府、遠江の石高は大して変わらないだろ。

949 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 19:48:37 ID:FwteVbGh
尾張の石高3倍以上、商業力を10倍以上に上げたのは信長、
全体的な生産力と人口を考えると、駿河、遠江、三河の方が圧倒的に上。

そんなこともわからんとは・・・


950 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 19:54:12 ID:FwteVbGh
信長は政治の天才。たぶん、全国一に近い手腕だろうね。

一応、尾張の年表の右側に、

「専門家:尾張と今川家の兵力と生産力は互角であり、信長の桶狭間の逆転すら作られた妄想である」

と書いてくれ。備考ということで。

951 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 19:59:04 ID:/3tnLlk6
まあ彼には三戦にあった寡をもって衆を制する(後忘れた)の1みたいにスレ立てて勝手にやって欲しいね。もちろんコテ付きで。

952 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:05:36 ID:dVfZg8ZU
は?そんな史料あったか?推移を書いてくれよ。
天正→弘治→永禄とな。人口の推移も頼む。
ちゃんと比較と出典史料も頼む。

953 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:05:47 ID:FwteVbGh
とにかく、一番説明が通って筋が通ってるのは、
年表を作って、それで詳細を書いて、最後まで書きとおすってことだ。

訂正はそれからだ。


そんなことすら、できないくせに、偉そうなバカが多すぎる。自分で詳細と流れを書けって言っておいて。


954 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:14:05 ID:00t8YaRM
どうせ海津城の件で無知を晒した奴が書いてるんだろ?
君程度の考察は誰でもできるけど、そんな落書き見たいのかい?って話し。

955 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:16:51 ID:jEP5KylN
年表の序盤に修正点があったら修正どころじゃない。
年表なんて作るのは神以外には不可能なんだよ。
作る事自体が間違ってるの。
曲がりなりにも機能してたスレをオナニーで壊して
何が「何もやらない」だか。

956 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:22:36 ID:FwteVbGh
もう一度、作り直すか?

具体的に誰が天下を取るか、はっきりせねばなるまい。

おまえが伊達が天下取るといい張るなら、その年表を全部書け。

共同作業が嫌いで、自己満足の表を作りたいんでしょ?

勝手にどうぞ。マイナースレ作るなら、2ちゃんには向いてないぜ。どこか行け。


957 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:22:54 ID:hVifwAwO
だれも頼んでない妄想年表作って、間違いを指摘したら
「じゃあ作ってみろ」って…ここ年表作るスレじゃないんですけど。

958 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:27:28 ID:FwteVbGh
妄想年表はスレ的にあってるからOKだろ。
具体的に書いてるし、何が問題なんだ?自分だけの意見でやりたいなら、どこか行けよ。

間違い指摘もOK.

問題なのは、何もやってないくせに難癖つけること。
明らかにスレ違い。足かせ。2ちゃん掲示板はおまえの掲示板じゃない。


959 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:27:47 ID:dVfZg8ZU
大体年表つったって、信長と秀吉の経歴の焼き直しじゃん。
さすがに氏真が本能寺で死ぬのは笑ったけどw

で?推移の史料はまだか?

960 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:27:56 ID:EynyAION
このスレは、織田氏がいないという一つの仮定の基に、
後は歴史的事実を基礎として、
各大名家の有利不利な要素を挙げて楽しむという流れだった。

具体的にシミュレートしても意味がないんだよ。
結局織田氏がいないという仮定なんだから
正しかったともそうでないとも決定不能。
その上、年表が進むほど、前の仮定的事実を前提としていくから
どんどん歴史的(客観的)事実から離れて妄想度(主観性)を増していく。

客観性を欠いては他の者が議論する土台がなくなる。
歴史的事実から離れないようにしてくれまいか。

961 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:33:58 ID:FwteVbGh
断片的な話題だと、話題が途切れやすいからなあ。


962 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:41:15 ID:EynyAION
もし仕切る奴がいるのであれば、

1-200 今川
200-400 武田
400-600 三好
って感じでやったらテーマが拡散しないと思うが、
そこまでやることもないかな・・・

963 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:44:11 ID:FwteVbGh
それで渋谷に集まって、大名ごとに戦って天下を決めるわけか。


964 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:48:17 ID:jEP5KylN
>>958
自分だけの意見でやりたいならどこか行けよ。
ここはお前の掲示板じゃない。


965 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:48:31 ID:5Oc5JZra
天皇が錦の旗を島津にやって終了で

966 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 20:59:12 ID:FwteVbGh
だから、文句しか言えない奴はここを去れ。邪魔だ。今後、文句しか言わない奴は二度と来るな。
せめて、一行でもてめえの見解を書け、クズ。


967 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:03:16 ID:jEP5KylN
>>966
スレを>>800まで埋めてたのは雑談で、批判されまくる
自分のオナニーこそがスレ趣旨に沿っているとw
他人の言葉を理解できない馬鹿は去った方がいいよ。

968 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:05:21 ID:FwteVbGh
>>967

だから、てめえだけでやりたい雑談なら、仲間内で別スレ行けよ。
邪魔なんだよ。まだ、空気読めないの?

年表作るのはこのスレの趣旨に合ってるだろ。

文句しか言えないんだったら、二度と来るな!
おまえは邪魔なんだよ。

臭い内容は別スレでやれ。自分の価値観しか受け入れられないんだろ?
別に他人の価値観があってもいいんだよ、このスレは。


969 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:15:40 ID:jEP5KylN
>>968
年表は趣旨にあわないって言ってるんだよ。リアルで馬鹿だな。
お前のくだらない年表が入ったらスレが進行しないだろ。
現にオナニー以外はまともなレスが存在してなかったし。
間違った事をやってそれを指摘されたなら大人しく去れ。
逆ギレしてんな低脳。


970 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:17:47 ID:jEP5KylN
>>960みたいな真っ当な意見は無視してるしな。

971 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:18:00 ID:00t8YaRM
何となくわかった。968は何で自分が批判されているか全く理解してない。

972 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:19:45 ID:Qq9NzY2n
次スレはいらないな。
なんだこれは・・・

973 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:31:13 ID:FwteVbGh
だから、くだらないことは別スレに書け。

ここはおまえらのヒラ社員なみの意見と、カスどもの愚痴を処理するスレじゃないんだ。

一揆なら他スレでやれ。

邪魔なんだよ。



974 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:31:19 ID:/3tnLlk6
だからどうぞ年表君は自分でスレ立てて(ry

975 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:33:11 ID:FwteVbGh
要するにアレだろ?

自分の無知さを隠すために、抽象的な意見でやりたいってことだろ?

はっきりさせると、自分の意見が通せないからな。

恥ずかしいやつらだ。



976 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:35:57 ID:Qq9NzY2n
面白いな、この人!
いいぞいいぞ、晒し上げだ。

977 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:38:35 ID:/3tnLlk6
つかやっぱここは

つチラシの裏

それが嫌ならマジで自分でスレ立てろって。

978 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:40:28 ID:jEP5KylN
知識を結集した結果、今川氏真は本能寺で燃え尽きたとw
女性トイレに迷い込んだオッサンが注意されて逆ギレしてるみたい。
恥ずかしくないのかねぇ。

979 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:44:34 ID:00t8YaRM
そりゃシミュレートが975のように穴だらけなら無知を晒すだけになるね。
今までそういったレスがあるなら遠慮なくつっこめば良いんじゃね?
現状はあらたに論議を広げたくても、変な奴がいるせいで誰も出来ないんだと思うよ。

980 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:47:54 ID:A5tOvFfp
おお!なんかついに大爆発した感じだな。
もう自演を繕うのも忘れてるよw

まぁこんなバカが2人以上居てたまるかって感じだったから
あえてそこはほっといたんだが。

981 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:49:41 ID:FwteVbGh
こりゃ、渋谷で決戦するしかないな。
おれは徳川側の家臣に着くわ。徳川が天下取ることに自信あり。


982 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:50:00 ID:Qq9NzY2n
いいじゃないか☆
いいじゃないか馬鹿だって☆

にんげんだもの。

983 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 21:58:02 ID:/3tnLlk6
馬鹿にも限度というものがありますぞみつを殿!

984 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 22:02:47 ID:FwteVbGh
じゃあ、信長オンラインで、俺は徳川側に着くから、よろしく。

名前は年表の助、職業は武士、性格は獰猛、能力は獰猛能力型、レベルは54

1960年信長桶狭間編に入るから。

必殺技の猛突を持ってるし、騎馬A型だから、おまえら程度では歯が立たないと思うけどね。
ハッハッハッ!



985 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 22:13:41 ID:/3tnLlk6
信on(笑)

986 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 22:17:51 ID:bR1v0riV
スレが伸びていると思ったら…

このスレって所期の主旨はともかく同時代の諸大名の国力や限界、
軍制や統治体制など有力戦国大名の比較考察スレみたいで好きだったんだが残念だな。
言い過ぎかも知れないが自分は「1560年前後の有力戦国総合スレ」として楽しんでいたが。

987 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 22:28:47 ID:dVfZg8ZU
>>986
一部以外はみんなそうだと思うぞ。流れからしてもそうだったし。
少なくとも年表を作って根拠のない妄想を垂れ流している奴は居なかった。

988 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 22:35:57 ID:Qq9NzY2n
1960年桶狭間の合戦か・・・
オヤジの時代に起きた事とは知らなかったな。。。

>1960年信長桶狭間編に入るから。

989 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 22:36:53 ID:rNbhGYGV
60年安保と同時期か・・・まさしく動乱の世の中だな

990 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 22:40:44 ID:jEP5KylN
あくまで信長がいなかったらって事だろw

991 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 22:41:03 ID:/3tnLlk6
いたような気もするがその後開きなおって意味不明な事言ってくるやつはいなかったかと。

992 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 22:54:17 ID:FwteVbGh
天下を取れる可能性があるのは、
徳川家康、今川義元、武田信玄ってことでいいかね?

まとまっちゃったね。


993 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 23:06:15 ID:FwteVbGh
俺の場合は2つの時代に分けて考えた。
1つは織田信長、信玄、謙信、氏康、元就の時代。

もう一つは長生きして天下を争う、1580年以降の時代

まずは、信玄・謙信の時代に、信玄・謙信・斉藤道三・北条を倒せる勢力があるか?
の疑問がある。中央政権を取れて、なお且つ彼らに対抗できる勢力候補は、
領土を広げるとしたら、三好、今川、斉藤、浅井、朝倉、しかし、今川以外には信玄に通用しそうもない。

つまり、これらの時代はそのまま数カ国程度にとどまる国が増えるか、中央集権の一大勢力ができるか、信長がいなかったら、後者の可能性を考えても
激戦区の時代であり、時間も少ないから、天下を取れそうにない。


次に80年以降の世代になったとき、松平が権力を握ったとき、対抗できる勢力があるか?
中央集権では、氏真かその息子が有能でない限りは、対抗できそうにない。
毛利、島津は屈服の道。すでに結果が出てる。信長の影響は少ない。

勝頼(義信)、景勝では役不足だから足りない気がするし、景勝は対応できたとしても野望がない。
伊達家に達する時はすでに、全国統一目前で、20万の大軍で囲まれて、北条の二の舞いだろう。

やはり、この中で唯一上がってくるのは勝頼(義信)の西進だけで、それで天下が決まる気がする。北条は武田と謙信ににらまれて関東から北進、北西にしか動けない。
勢力を伸ばせず、下手に対抗して、ここも20万で囲まれて終わり。景勝も屈服。


すなわち、徳川と権力を分離させない限りは、天下統一はこの結果が見えてる。織田でも今川でも家康の手腕と目標が曲がるとは思えん。

今ひとつ不明なのは武田の跡継ぎ争いの結果、今川の跡継ぎ争いの結果がどのように転ぶのかが不明であり、徳川の独立がどのように成されるのかも疑問だ。
どちらにせよ、信長ごときでは、まともに篭城戦でやったら、今川に勝ち目はないだろう。


994 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 23:07:17 ID:Qq9NzY2n
俺たちが知らない人物と言う可能性もあるけどな。

チェーザレが斃れてからガリバルディが現れるまで、
統一が遅れた某国の例もある。

995 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 23:08:08 ID:Qq9NzY2n
さて、ログ流すか

996 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 23:08:54 ID:ShbZIWHP
面白いスレだったのに…

自分的には織田氏の役割を再検討するのに
役立ったな

997 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 23:10:15 ID:Qq9NzY2n
まぁ、死んだ子の歳を数えても仕方が無い
いずれ類似のスレも立つさ

998 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 23:22:15 ID:vEywNwJc
てス

999 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 23:25:09 ID:Qq9NzY2n
999

1000 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 23:26:17 ID:jEP5KylN
1000なら鬼小島が天下統一

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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