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中国最強の武将

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 09:47:05 ID:3LnzTCDa0 ?2BP(0)
チンギスハン

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 09:47:58 ID:x/hU9IuZ0
射雕英雄、北侠こと郭靖

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 12:21:28 ID:ls0BDsa60
尉遅恭、字を使った尉遅敬徳の方が有名だろうけど、
いかにも最強という感じがする。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 15:39:17 ID:WJXOjL0Z0
陽明学の祖でもある明代の王陽明は、元々文官であり儒学者でありながら、

武将としても超一流で、寧王の乱も瞬く間に鎮圧してしまった。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 15:48:54 ID:q+6RAKCs0
武松

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 15:51:58 ID:Qa3o/Y/o0
呂布

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 16:25:28 ID:QrMAutee0
毛利元就

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 16:26:23 ID:a0hFuQwj0
やっぱ大虐殺の指導者
毛沢東でそ

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 16:50:45 ID:Tz6kO/sA0
呂布か項羽じゃね?
個人の武力も将才もあるし・・・。

穴で、孔丘。強かったらしいねw

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 17:09:17 ID:p6hSK/du0
項羽はともかく呂布はないな。

楊家将の楊業もあげておこう。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 17:19:20 ID:M/Hcc8M90
岳飛

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 20:22:53 ID:6IO3YM3P0
宋代随一の名将狄青

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 20:35:23 ID:+dgy6r9V0
張春華様∩(´∀`∩)万歳

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 21:38:40 ID:5Tq/9hus0
韓信

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 21:58:30 ID:F7kxB/GS0
見た事もないくせに、なんで解るんだよ。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 22:10:28 ID:qFQ/E5tT0
道術の使える公孫勝が最強

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 22:14:12 ID:D4HbLrDN0
それなら牛皐だって。
あの完顔宗弼を圧殺したしさ!

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 22:56:11 ID:S2SQA0+Q0
戦国…白起、王セン、呉起

漢楚…項羽、韓信

漢…衛青、光武帝

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 23:24:20 ID:8s3jzaOwO
意表を突いて班超

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/24(火) 23:33:35 ID:EqgaWg0AO
>>18を使って強そうなのを挙げてから考えれば良いんじゃないかな。

春秋…楚の荘王、孫武

戦国…孫ピン、呉起、白起、王セン

漢楚…項羽、韓信

漢(三国)…衛青、光武帝、曹操

五胡十六国…楊太眼、陳慶之

隋唐…尉遅恭、李克用

五代十国…

宋(契丹、金)…楊業、岳飛

元…成吉思汗

明…

清…

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 00:18:57 ID:ldm+WpPM0
人数に制限なんかないんだろ。
とりあえず、こんなん知ってるぜ! ってのがあれば、名前だけじゃなく略歴も一緒に書いていれば、いいんじゃねか。

で、東西漢と三国、五胡と東西晋、南北は分けないとダメなんじゃ…

西周
春秋
戦国・秦
漢楚
前漢
後漢
三国
西晋
東晋
五胡
北朝
南朝
隋唐
五代
北宋
南宋
契丹(遼)
女真(金)
蒙古(元)



だと多すぎ?

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 00:49:31 ID:7+WmGzwkO
取り敢えず適当に列挙してみる

春秋戦国 白起 楽毅 伍員 孫武

秦〜楚漢 蒙恬 項籍 韓信

前漢 周亜夫 李広 衛青 霍去病 趙充国

後漢 耿エン 岑彭 馮異 呉漢 竇憲 班超

魏晋南北朝 陸遜 陸抗 諸葛亮 司馬懿 陶侃 桓温 謝艾 劉牢之 王猛 于謹 侯景 韋叡

取り敢えずこんくらい

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 02:13:26 ID:x+cYMTmh0
50年単位で刻んでいくとか?
長く続いた時代と短かった時代から出る代表の人数が同じってのもアレだし

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 02:58:57 ID:U6V65n6EO
>>23
五十年だと細かいから一世紀ごとが良いかもしれない。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/25(水) 03:33:03 ID:AyWkIViO0
>>22
魏晋南北朝に、シ肥水の戦いで苻堅の前秦軍を破った謝玄を追加きぼんぬ。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 00:38:42 ID:TPoYUCry0
>>22
宇宙大将軍は個人的には大好きだけど、侯景だすくらいなら高歓だろう

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 01:00:19 ID:9d5zg0uzO
高歓入れるなら宇文泰も入れたいね
両者勝ったり負けたりの良きライバルって感じ

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/26(木) 01:22:08 ID:GzuJ2e3WO
モンゴルならトゥルイかな
騎馬民族なのに塹壕戦術とってそれで勝つというのが凄い

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 08:39:32 ID:BavDBui30
袁崇煥を忘れてはいけない

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 10:08:44 ID:ZB/RNaZw0
兵を率いての最強だと、武侠小説の登場人物は入りにくいね。
個人的な武勇伝なら逆に沢山ランクインしそうだけど。

で、兵を率いてならどう考えてもチンギスハーンしかいないとおもう
世界最強かと、

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 11:32:46 ID:sZ+oJE6W0
項羽か楊大眼かな
部下から慕われてたという楊大眼のほうがいいかも

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 14:56:28 ID:KoDW+Uub0
金正日は歴代何位ぐらいだ?

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 15:21:43 ID:d288LeD60
モンゴール代表、紅の傭兵イシュ(略

という冗談はさておき。

モンゴルだったら「百眼きたりて南宋滅ぶ」のバヤン将軍も追加。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 16:48:21 ID:0CnKDMPQ0
狄青だ

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 16:58:09 ID:f2M+p14p0
昔、中国の武将を数値化するスレがあったけど、
統率100 チンギスハーン
武力100 項羽
知力100 劉基
政治100 蕭何
魅力100 劉邦
だったっけ?

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/28(土) 23:39:29 ID:ZB/RNaZw0
なにその楚漢優遇処置

まあ前後併せて400年の帝国を作ったわけだから
蕭何と劉邦の2人ランクインするのはわからないでもないけど、
項羽なんていらない。

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 01:49:29 ID:2oceTp45O
>>36
武力が個人武勇なら項羽はメジャー所では確かに上のほう
それでも尉遅敬徳の方が上に感じるし、案外マイナー所に有り得ないような記述をされてる奴が居そうだ

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 05:21:03 ID:qJneJZas0
>>35
劉基は朱元璋の本性を見抜けず身を全うできなかった時点で知力100じゃないな。
張良や李靖の方が上。

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 12:39:03 ID:26deI4230
>>36
その方面に知識が集中しているからだろう。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 14:58:57 ID:exsY7na/0
>>38
> 朱元璋の本性を見抜けず身を全うできなかった
まるで粛清にあったような言い方だな。
政敵に負けたのに、朱元璋のおかげで孫が代わりに爵位と俸禄をもらって
この家系は明末まで続いたというのに。

>>35
政治100が乱世の人物なんて終わってるな

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 19:47:37 ID:yuS3L8SS0
蕭何は兵站とか補給のイメージが強いな。
政治は高くても最高値にはちょっとなあ。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 23:20:58 ID:ahUBmut+0
そうかなあ

関中は統一国家だったの秦の元々の領土で
かつ、劉邦・蕭何とは何の縁もない土地で
劉邦は負けてばっかりなのに一回も反乱もおきず
兵力・糧秣を送り続けられた

相当難易度の高くいと思う

それに200年続いた前漢の初代丞相・相国だし
政治100でもいいんでないかな

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/29(日) 23:34:24 ID:ZcoQeanY0
全時代を一括してみるからだろうに。
楚漢争覇時なら文句なく蕭何でいいと思う。
でも時代が変われば、その時代で相対的に政治力が高いやつが必ず現れているわけで。


44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 00:00:48 ID:RP33jJoJ0
蕭何以外の候補がいるか?
とりあえず俺としては康熙帝。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 00:39:33 ID:dOqSGeTm0
馮道

能力はもとより、主君に天下を取らせるためでなく、
民・文化の安寧のために尽力した彼こそ真の政治100。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 09:59:17 ID:h7OvxIrK0
>>44 今、思いつくだけで…
陳群、荀彧、諸葛亮、王導、王猛、謝安、高熲、李徳林
杜如晦、魏徴、房玄齢、狄仁傑、姚崇、宇文融、張説、楊炎
敬翔、張承業、王章、馮道、柴栄、寇準、范仲淹、王安石

北宋までだけどこのあたりが、その時代時代での政治100としてもいいかな、という候補。
同時代にいる名臣は、僅差で上下すればいいかと。
ただし、90台、100は神の領域として、貴重がるほうがいいので、数を少なめにするのを念頭において欲しい。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 12:27:23 ID:dOqSGeTm0
俺が推す100.

統率100 孫文(命令を聞く立場の兵士より、志士を統率するほうがむずかしい)
武力100 チンギスハーン (局地戦での勝利が結果大帝国に繋がったので統率よりは武力)
知力100 張良 (知力100の代名詞)
政治100 馮道 (>>45
魅力100 耶律楚材 (世界的脅威のチンギスハーンらの蛮勇から中華を守った彼こそ称えるべき)

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 14:38:20 ID:ZWiLYMgwO
 楚 材 は 無 い

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 15:47:00 ID:h7OvxIrK0
>>48 否定するのはかまわんが、なぜなのか理由を添えよ。
でなければ、ただの池沼。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 17:57:11 ID:/M3TgM9L0
>>49
仕えた人物が100はありえないだろ。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 18:00:48 ID:h7OvxIrK0
>>49 >>50 すまん、見間違えてた。 魅力とは露知らず、平にご容赦。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 18:01:20 ID:h7OvxIrK0
しかもアンカー間違い。 吊ってきます…

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 18:24:13 ID:ZWiLYMgwO
>>50
ちなみに楚材が無いと思った理由は、彼の業績と言われる物が
かなり他の人物の業績を吸っていると思われる点
それに楚材はモンゴル帝国でも官僚のトップになった事は無いしね

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 18:36:24 ID:/M3TgM9L0
えぇと・・・
安価ミスがデフォなスレですか?www

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 19:17:39 ID:h7OvxIrK0
まぁそう言わずに…
耶律楚材に関しては、陳舜臣氏の小説にも結構影響されているのだろう。 いや、政治力とかの方で。
その辺を詰めるのが、このスレなわけだし、持論をもっと展開していけばイイとおも。

全土を平定した勢力にいて、創業も守成もこなした名臣となると、政治100でもそう文句はでないと思うが
勢力を立ち上げるときに活躍し亡くなった名臣は、どうだろう。
例えば唐末の張承業。 政治を知らぬ李克用に変わって、本拠地を治めたのは評価に値するけど…
時代がややかぶる馮道を100としたら、張承業は95とか98とかにするほうが、しっくりくるかな。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 19:19:36 ID:AIUeqslf0
>>47
あまいな。
分野が少なすぎるぞ。

統率100 チンギスハーン
武力100 呂布
戦術100 韓信
戦略100 張良 
知力100 諸葛亮
政治100 消化
魅力100 劉邦
権謀術数100 曹操

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 19:33:54 ID:/M3TgM9L0
食いついた俺が言うのもなんだがスレタイ読んでみないか?

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 19:38:49 ID:mh/yIKxh0
そもそもチンギスを中国の英雄と呼んでいいものかどうか。
せめて元の世祖フビライからにしようよ。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 20:07:09 ID:/M3TgM9L0
>>20,22まとめて適当に追加してみた。

春秋…楚の荘王 孫武 司馬穰苴 士会 伍子胥 范蠡

戦国…孫ピン 呉起 白起 王翦 楽毅 田単 趙奢 廉頗 李牧

秦〜楚漢…項羽 韓信 蒙恬

前漢…周亜夫 李広 衛青 霍去病 趙充国

後漢…光武帝 耿エン 岑彭 馮異 呉漢 竇憲 班超 馬援

三国…曹操 陸遜 陸抗 諸葛亮 司馬懿

南北朝…陶侃 桓温 謝艾 劉牢之 王猛 于謹 侯景 韋叡

五胡十六国…楊太眼 陳慶之

隋唐…尉遅恭 李克用

五代十国…

宋(契丹 金)…楊業 岳飛

元…成吉思汗

明…

清…


60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 21:02:59 ID:dOqSGeTm0
じゃあこんな感じで

統率100 孫文
武力100 烈海王
知力100 張良
政治100 馮道
魅力100 王昭君

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 21:10:06 ID:/M3TgM9L0
>>60
スレ違いって言葉知ってるか?

62 :53:2006/10/30(月) 21:27:18 ID:ZWiLYMgwO
>>54
アイヤー

>>47
あとチンギスが純戦闘面で最強というのは無いと思う
彼は何だかんだで初期は苦戦や敗戦もしてるし、
モンゴル高原統一後の強さは軍組織によるものが大きいんじゃないだろうか

>>56
チンギス以外三国志と楚漢戦争ってのはアレだな
ていうかコーエー数値化スレと化してるぞw

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 21:40:23 ID:t5sRcSlt0 ?2BP(0)
個人武勇の話だと思った。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 23:07:42 ID:CqNkr1qg0
魏晋南北朝になると、田中芳樹よろしく「楊太眼」や「陳慶之」挙げる輩が多いが、
もっと史書を読んでみれば、面白えバカ武将がいっぱい居ると思うんだけど。

この時代のトップ争いは、石勒か王猛あたりだろう。
特に石勒は、初期には戦略眼も政治的グランドデザインも全く持ち合わせていな
かった異民族奴隷が、後天的に民族融和の新時代の礎を築くに至る名君にまで
成長した変り種だからなあ。
個人で何十万単位の人間を大虐殺してるのは、白起以来だろう。
理由が昔漢人に苛められたから、というあたりが最高だ。(若干脚色あり)
でも、後世の評価はフォロワーである某大秦天王の方が上だったりして……。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/30(月) 23:48:46 ID:0iKN57020
とんでもない戦績を残しているのって、たいてい異民族間での話だが
同族をあれだけ殺しまくった白起は、ある意味凄い

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 00:44:30 ID:BcJto/ui0
まあ・・・
石勒の跡には
この時代NO1のDQN石虎
石虎の養子でで胡人を20万人殺した冉閔と
虐殺しまくりの君主が立て続けで出るから

石勒の虐殺者としてのイメージは薄くないか?

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 00:53:17 ID:O4350fPf0
個人的には三国以降は好きじゃない

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 02:01:24 ID:dv1b4rZyO
>>65
生涯に穴埋めや斬首をして殺した人数が、誇張も含まれるだろうけど記録上で100万を下らないというのは異常だよな。実際に穴埋めで殺されたと見られる骨も出土してるし。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 18:27:48 ID:9n1TWVI00
統率  チンギス・ハン
武力  スプタイ
政治力 マフムード・イェルワジ


70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/01(水) 10:04:22 ID:nlNeA2UtO
>>59
この中で不敗の人は?

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 00:10:09 ID:EMm00Go50
不敗=最強なのかな?

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 00:43:20 ID:eo4CPdb8O
中華最強の家臣団ってどの集団だろ?
3傑を擁した劉邦集団か
雲台28将を擁した劉秀集団か
5虎大将軍を擁した劉備集団か
凌煙閣の24功臣を擁した李世民集団か
はたまたそれ以外か

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 02:48:51 ID:NXxetZPf0
朱元璋軍団だろ

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 06:10:07 ID:HTmifQjk0
北周の宇文泰配下もなかなかの勇将・名将揃いだな
マイナーだけど

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 09:49:36 ID:91vZ2bTGO
>>71
違うの?

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 09:57:15 ID:EMm00Go50
苻堅軍団もかなり優秀な人物が集まってるね

後々皇帝になる人物もいっぱいいるし


77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 10:04:25 ID:GL7QLwdl0
>>75 厳密に違うよ。 不敗とは『三十六計逃げるにしかず』であっても不敗といえる。
翻って、『常勝』とは読んで字のごとく。一度でも撤退などで勝てなかったら、常勝とはいえない。

ま、最終的に死や捕虜、あるいは再起できないほどの損害を蒙っておらず、軍事的にもまとまった戦力を有し戦える状態が継続できるなら、不敗といえるかも。


78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 10:08:11 ID:GL7QLwdl0
ちなみに、五代初期の晋(後唐)陣営は、軍中に五帝あり、と言われる。
晋の陣営には、後の皇帝がゾロゾロいるというおぞましさw

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 10:42:25 ID:Gy6DpJIB0
お前ら、全然分かってないな。
いいか、最強の武将なんて言うのは個人的な強さの範疇だ。
最強の将軍なら意味あいが違うだろ。

統率力・カリスマ性・戦略・戦術全てにおいて最強は世界史上
カルタゴのハンニバルだよ。

中国で言えば曹操あたりか。


80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 10:50:46 ID:D1sg34l30
春秋…楚荘王 孫武 司馬穰苴 士会 伍子胥 范蠡

戦国…孫ピン 呉起 白起 王翦 楽毅 田単 趙奢 廉頗 李牧

秦〜楚漢…項羽 韓信 蒙恬

前漢…周亜夫 李広 衛青 霍去病 趙充国

後漢…劉秀 耿エン 岑彭 馮異 呉漢 竇憲 班超 馬援

三国…曹操 陸遜 陸抗 諸葛亮 司馬懿

南北朝…陶侃 桓温 謝艾 劉牢之 王猛 于謹 侯景 韋叡

五胡十六国…楊太眼 陳慶之

隋唐…尉遅恭 郭子儀 

五代十国…李克用

宋(契丹 金)…楊業  狄青 岳飛 韓世忠

元…成吉思汗

明…朱元璋 朱棣 王守仁 戚継光

清… ヌルハチ 

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 10:51:19 ID:EMm00Go50
ハンニバルに勝ったスキピオは・・・・・

それに、史上もっとも偉大な指揮官はと聞かれて
ハンニバルは
第一はアレキサンダー
第二がエピロスのピュロス王
第三が自分
って答えて無かった?

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 10:52:38 ID:91vZ2bTGO
>>77
リストにあがってる武将達は名を残してる人達だから逃げ回ったりしないと思うけど
敵を知り己を知ればなんたら、ていうから作戦としてならまだしも戦い始めた後でこりゃやばいから撤退というのは、そりゃ武将としての判断は正しいかもしれんが最強の武将にふさわしいかなと思っちゃったわけですよ

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 10:54:40 ID:KCPAnnMU0
呂布は違うの?
なんでこういうスレで厨扱いされるのを避けるのさ

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 10:56:51 ID:KCPAnnMU0
ああなるほどすまん

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 10:59:11 ID:Gy6DpJIB0
>>81
そう答えていた。
しかし、ザマの戦いではハンニバルが得意とした騎馬の両翼からの
包囲が出来ないままの惨敗だった。カルタゴ本国がカンネの戦いから
ハンニバルに積極的に協力しなかったからだ。
ザマの戦いではスキピオ・アフリカヌスは騎馬をハンニバルよりも多く集結することが出来た。

それでも不利なまま戦いに臨みハンニバルは負けてしまった。
その話の続きでハンニバルは「私がスキピオに勝っていたら古今東西、史上最高は私である」と答えている。
しかし、この話は創作の疑いがこい。

ちなみにアレクサンドロスの戦術も天下一品。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 11:08:04 ID:91vZ2bTGO
>>77
でも常勝といったほうが誤解がないかもですね。
>>80の中で常勝はいるのかな?

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 11:18:03 ID:GL7QLwdl0
李存勗の集団密集馳突も忘れないでください。

>>82 なにも、戦わず逃げまくっていたから「不敗」だと主張しているわけではいよ。
不敗とは戦うべきとき、退くべきときをわきまえてこそでしょ。
でも、上層部や部下を抑えるために、ムリな戦いを強いられることもある。
だいたい、強さなんてものは、そのときの相対的なものでしかないわけで。 

五代に、「一歩百変」と呼ばれ、当時最強だった晋の李存勗や周徳威に恐れられた兵法に通じた将軍がいたんだけど
上司(皇帝)も部下も同僚も劣悪で、こぞって無能ぞろいで、それでも晋軍の南下を食い止めていたのに、最後は運にも見放され、起死回生の陽動作戦は長雨のせいで頓挫し、勝機を失ってしまった。
という、不運な、そして勝ちを得ることができなかった将軍がいる。
仕える勢力が違っていたらどうなったことだろう、と考えさせられる武将だった。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 11:19:31 ID:Gy6DpJIB0
>>86
>>80の中で特にきょうどと戦った将軍は常勝じゃないと思う。
時代がよかっただけだろう。
とくに、後漢の「とうけん」なんて外戚で箔をつけるためと贖罪で
軍を引き連れて勝ってるから将軍としての才能はないだろ。
俺は三国時代までが専門だから書くとこうなるだろう。

春秋…楚荘王 司馬穰苴 范蠡

戦国…孫ピン 呉起 楽毅 田単 趙奢

秦〜楚漢…項羽 韓信

前漢…李広 衛青 趙充国

後漢…劉秀

三国…曹操

とにかく曹操がなにいわれても一番なんだろうな。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 11:21:47 ID:NtNvgZy20
軍略、知略、武勇を兼ね備えた名将といえば関羽も外せないだろう。
あえて三国志をスルーする必要もないと思うのでノミネートさせたい。
あの曹操に遷都を考えさせるほどの強さもまさに名将の名が成せることだと思う。



90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 11:30:16 ID:Gy6DpJIB0
>>89
関羽の武勇伝はほとんど小説、三国志演義の創作だよ。
史実の後漢書、三国志には華々しい活躍なんかないよ。
一回読んでみたらいい。中華書局が出している24史シリーズは手頃な値段。
曹操に遷都を考えさせたって言うのも全くの創作でつ。

三国志・蜀志にはこうあるよ。陳寿の感想として。
「関羽張飛皆称万人之敵、為世虎臣。
羽報效曹公、飛義釈厳顔。並有国士之風。
然羽剛而自矜、飛暴而無恩、以短敢敗。理数之常也」蜀志・関羽伝

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 11:30:36 ID:91vZ2bTGO
>>87
その人ははじめて知りました。
つか常勝不敗て四字熟語を私が最初から使えばよかったですねw
>>88
おお、ありがとうございます。だいぶ最強が絞られました

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 11:34:12 ID:HTmifQjk0
>>89
名将のラインをカンヌまで下げたらとんでもない数の名将が生まれるな

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 11:34:59 ID:GL7QLwdl0
細かいことだが、曹操・関羽は後漢の人だよ。

>>91 常勝も不敗も強さということならほぼ同義なんだろうけど、温度差があるように思える。
項羽などは常勝という言葉が似合うし、諸葛亮などは不敗とかが似合いそう。 そういう感じだろうか。

名前書くの忘れてました。 その人は後梁朱全忠に仕えた武将で、開封府尹をやっていた劉鄩という人です。
人読んで「不勝の名将」(涙…

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 11:46:37 ID:91vZ2bTGO
>>93
確かにそうですね、勉強になりました。サッカーでいうと常勝ならブラジル、不敗ならイタリアて感じですね

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 12:08:12 ID:eo4CPdb8O
>>88
竇憲は確かに外してもいいかもしれないけど
班超を外すのは納得出来ないな
大した軍勢も与えられていないのに、ほぼ個人の才略だけで次々と西域諸国を平定し
三十年近くに渡って大禍無く西域経営を行った手腕は
前漢武帝時代に対匈奴戦で活躍した武将達よりも遥かに上と言わざるを得ない

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 12:15:32 ID:Gy6DpJIB0
>>95
班超とハンニバル較べてみてくれ。
スケールが違うだろ。


97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 12:25:06 ID:GL7QLwdl0
>>96 中国、中国。
たしかにハンニバルはすさまじすぎるがな。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 12:53:29 ID:91vZ2bTGO
班超はトク武の人

99 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/03(金) 13:41:31 ID:Gy6DpJIB0

今日の一連の書き込みに対して、コテつけさせていただきます。

最強の武将は宋代以前に限られると思います。
宋代以降は文治主義で科挙官僚が将軍になるから。
やっぱり、個人的武勇はともかく将軍としての能力は曹操が抜きんでてると思います。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 13:43:27 ID:rMzKuTws0
>>99
あぼーんさせていただきます

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 14:18:56 ID:EMm00Go50
金や遼や元や明や清はダメですか・・・

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 14:40:12 ID:Hl3WtZ1WO
基地害しかおらんだろ

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 15:17:38 ID:iyd13T+rO
明は名将の宝庫だろ

徐達、常遇春、李文忠、藍玉
王守仁、兪大猷、戚継光
袁崇煥、秦良玉、鄭成功、洪承疇

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 16:22:16 ID:DaxbVv8s0
基準がなんだか知らないが、中華史上最強の武将を名乗るには
曹操は負けすぎだ

105 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/03(金) 16:45:06 ID:Gy6DpJIB0
>>104
ほぼ地盤のないまま、後漢の混乱に巻き込まれて
才覚だけで中原を統一した曹操はやはりすごいと言わざるを得ない。

「武将」ってのがくせ者で個人的な武勇ならいくらでも曹操より強いものはいるだろうが
戦略・戦術において曹操以上なのはめったにいないぞ。

負けすぎを指摘するのなら、ほとんど勝っていた前漢のきょうどに遠征した将軍でもあげればいいだろう。
前漢時代はきょうどの勢いがなくなってきていたから勝てたんだろう。

最強の将軍を言うのなら韓信か曹操。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 17:21:39 ID:eo4CPdb8O
君主だけに絞っても、軍事に関してなら曹操と互角、或いはそれ以上はいくらでもいる
ざっと挙げてみると

劉秀、劉裕、石勒、拓跋珪、宇文泰、高歓、陳覇先、李世民、李存勗、柴英、朱元璋…
この他にも探してみれば沢山いるだろう
つまり曹操は軍事に関しては中華史上最強とはとても言えない

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 17:34:30 ID:GL7QLwdl0
曹操にはそれなりに地盤もあり、名望もあったればこそ、下野した名士たちが彼に協力していくという図式になったわけだ。
そのあたりは、袁紹と二分しているわけだが、こと中原に鹿を追う争覇戦のとき曹操が勝ったのは、ひとえに彼の能力組織力等々のなせる業なんだろう。
後漢後期では間違いなく第一人者。

それが時代を変えてみると、そういう人物はやはり時代の変遷期には出現している。
行軍速度だけを言えば、柴栄を凌駕する皇帝を寡聞にして知らない。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 17:43:45 ID:4kU+d3+z0
実質的なモンゴル軍の征西の指揮官だったスプタイが最強だと思うが。
ホラズム潰滅やカルカ川のロシア諸侯軍潰滅、ワールシュタットのドイツ騎士団潰滅など
彼が血祭りに挙げた敵を挙げればきりが無く、スケールも世界史的に見ても桁違い。


109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 17:50:42 ID:EMm00Go50
じいさんは大長秋で
親父は太尉じゃんw
曹操は全然恵まれてると思うぞ。



110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 17:52:33 ID:HTmifQjk0
>>108
中国では戦ってない罠
そのスブタイを中国NO,1だと言われてもしっくりこなくね?
個人的には「射雕手」斛律光とかどうかなと思うが・・・・これも一番はないな

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 18:17:22 ID:4kU+d3+z0
中国地域でもチンギスハンの崩御の際に生贄として西夏に止めを刺し黒水城の王以下住民を皆殺しにして、
西夏王以下、その領民もチンギスハンのお供をさせたなどその律儀さ、厳格さはモンゴルの武将の中でも随一だった。


112 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/03(金) 18:25:02 ID:Gy6DpJIB0
>>109
曹操の家系は宦官だった祖父が養子にとった家系だから
そんなに尊敬もなく三公をたくさん輩出した袁氏とは違ってるよ。
袁氏は地方官である郡のの長官である太守、いくつかの郡をまとめた
日本で言うところの「郡」の長官である刺史にもなってるね。
そう言う長官は皇帝から直属で任命された「命官」以外に属吏として
自分の好きな人物を採用できるんだけど、これがいわゆる「門生・故吏」
人的な面では曹操は恵まれていなかったよ。
曹操の親の大尉はお金で買った売官で後漢当時財政難の策としてできた制度だから
曹操の親はいわば名誉職の三公にすぎない。

時代の変遷で活躍する人物はたくさんいるが、曹操と同格以上の人物ってなかなかいないと思うよ。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 18:33:07 ID:4kU+d3+z0
後漢の門閥の流れを汲んでいるのは袁紹とか劉表、孔融だがこれらの類の人物は
演義では二流人物として扱われている

114 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/03(金) 18:41:02 ID:Gy6DpJIB0
>>113
劉表は『八友』に数えられる。
しかしながら、西暦190年以降は後漢王朝は事実上崩壊して
力のある群雄が領土を拡張する時代に突入したから
門閥であっても演義では活躍の場がなかったと言うことだろう。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 18:50:14 ID:vTemQwEs0
最強はラビット関根に決まってるだろ バーカ
または王貞治でも可

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 19:15:15 ID:91vZ2bTGO
曹操は194年、陶謙の部下によって父親らを殺された時、徐州を殺戮、親友張バクの離反をまねく
208年、軍事行動の限界点を無視して南方へ兵を進め、赤壁で周瑜ひきいる呉軍の抵抗にあい、撤退
219年、漢中、劉備軍は山岳ゲリラ戦展開、曹操軍の補給路を寸断し、行動をはばむ、曹操、漢中を放棄、撤退


最強武将は人それぞれあると思うし、一時代に最低一人は候補が欲しいから後漢時代は曹操でも間違ってないね

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 19:23:22 ID:MTBkYMxVO
>>112
袁氏と曹氏を比べた時に人脈では袁>曹なのは否定しないが、
同時代の群雄たちや他の時代の覇者たちと比べたら、曹操はそういう点でもかなり恵まれている。

父の曹嵩は首都圏における刺史、司隷校尉になっているし、当時三公も名士たちを部下に取り立てた。
つまり「門生故吏」関係は曹氏も築きつつあった。
また曹操系以外の曹氏も尚書令など顕官についているし、廃位されそのあおりを食らったこともあるが、曹氏は皇后宋氏と繋がりを有していたなど、
かなり色々な人脈を持っていた。

また覇業の一番の基盤となる兵を集め維持するのに必要な経済力という点では、もしかすると曹氏全体では袁紹を越えていた可能性もある。
実際には袁紹は身ひとつで洛陽を逃げて勃海太守になったところから始まっている一方、
曹操は私財を投入して兵を集め、さらに大資産家である曹洪や曹純も一致団結して参加しているわけだから。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 19:34:16 ID:EMm00Go50
チンピラ農民から中国を統一した劉邦
奴隷から中原を支配した石勒
下っ端役人から華南を支配した劉裕
物乞いから明を興した朱元璋

地盤がないっていうのはこの辺の人達のことを言うんでないか?


119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 19:39:00 ID:4kU+d3+z0
劉邦は田舎ではあるが有力者ではあって当初からショウカやハンカイなどそれなりの子飼いの人材を抱えていたような。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 19:45:56 ID:MTBkYMxVO
>>119
そう。
いまだに前時代的な解釈である「まともな名もない百姓」と思っている人もいるけど、
劉邦とその家は明らかにその地ではそこそこ有力者。
張耳など一時的であれ食客をもてなしたり、弟が遊学に出ていたり、本人に下級とはいえ役人になれるだけの経済力や学問があったことが証左。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 19:47:11 ID:rMzKuTws0
はい曹操は違う。

はい次ー

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/03(金) 19:56:46 ID:4kU+d3+z0
曹操は地盤や政界へのコネは袁紹や劉表に比べれば格はおちるが、
曹操個人の実力がそれを補い余るほどだったと思う。
実際、まだ有力であった段階で袁紹の派閥から曹操陣営に身を投じた
ジュンイクなどの例もある。


123 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/03(金) 19:59:26 ID:Gy6DpJIB0
>>120
劉邦の役人というのは泗水の亭長であって純然たる役人ではないんだよ。
いわゆる郷官であって、地元有力者がなったりしている。
劉邦は任侠集団の親玉であって。
戦国期から秦末までの人間関係は任侠的習俗として有名であった。

項羽でも季布と言う人物がいて「季布の一諾」として知られてるわな。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 00:38:48 ID:BA/o9HoUO
宋武帝とかどうだろう
孫恩の乱鎮定に活躍し、鮮卑系の南燕や後秦を滅ぼし
永らく異民族の手にあった洛陽や長安を回復するなど
当時としては空前絶後の活躍を見せている

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 01:27:48 ID:6rppw3wnO
>>110-111
ていうか、華北に来てくれないと完顔陳和尚が奴を撃退できない罠
(まああれを除けば華北でも活躍してるけど)

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 03:32:23 ID:qFQbb+GN0
へぇー蕭何は劉邦の子飼いの武将だったんだ。

目をかけてくれて面倒を見てくれる、
政府に対しての保護者みたいなものだとおもってたよ。

子飼いだったんだね。
自分はチンピラやってて、子分の一人を役人として潜り込ませて、
その子分を使って自分も亭長になるなんてなかなかの策士だね。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 03:36:07 ID:ymOeM6430
なれない漢土でオゴダイやトゥルイが体調を崩し引上げた為、
モンゴル軍の総指揮を担い金に止めを刺してもいる。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 04:49:34 ID:8OmkSwDMO
劉邦最強説浮上

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 09:59:28 ID:8SJuHVXoO
秦の王翦‥騎馬主体の北方、趙と燕。河や湖の多い南方の楚を亡ぼしたオールマイティーな用兵、天寿をまっとう
南北朝の劉裕‥曹操より上な気がする
南北朝の陳慶之‥わずか七千の兵で洛陽をおとす、死ぬまで不敗
唐の李靖‥国内でも強く国外の突厥をも討伐
唐の李勣‥国内でも強く国外の高句麗をも討伐

唐までの俺の中で最強中国五武将

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 11:00:44 ID:3yS4mZOf0
やっぱり二李は外せないか

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 11:11:50 ID:8zGQ0wE20
>>129
陳慶之は不敗じゃねーだろ

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 11:18:06 ID:QtFYSzy50
>>131 負ける要素の少ない戦いで、負けたことあったっけ?
もともと逃げることが目的の離散ならあったと思うが。
どちらにせ、戦勝が敗北を覆い隠すくらいあるのは確かだろう。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 11:46:47 ID:8SJuHVXoO
>>131
勉強不足ですいませんがいつ敗けたのか教えて下さい
>>130
二李はやはり素晴らしいです

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 12:26:14 ID:8zGQ0wE20
>>133
嵩高山で爾朱栄に負けてる

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 12:47:03 ID:QtFYSzy50
>>134 やっぱそれしかないわな。 
傳では、嵩高山で洪水にあい皆離散したため、僧形で落ち延びた。 とある。
その後復活して北面の将軍やって侯景撃退したりしてるから、不敗の名に値すると思うが、それでもダメか?

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 13:23:20 ID:8OmkSwDMO
不敗にそんなこだわらずともいいじゃない

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 13:37:24 ID:QtFYSzy50
そだね。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 17:30:26 ID:H1ao3SJv0
>>128
負けても負けても負けても
復活して、最後に勝つ劉邦

不敗には縁遠いけれども、最強の名にはふさわしいかも

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 18:04:27 ID:ymOeM6430
冒頓の軍勢に囲まれた劉邦は恥も外聞も無く命乞いをしてどうにか逃がしてもらった。


140 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/04(土) 18:21:18 ID:MBZFxjsE0
>>138
劉邦の軍団はしっかりと関中を蕭何が統治していたおかげで
人員も補給もできた。前線で戦う劉邦と後方支援の蕭何の役割分担。
韓信がいってるように劉邦は将軍としては10万の兵力を統率するのも精一杯。
韓信は「多々益々辨ず」で多い程良い。と言ってさらには劉邦は兵卒を率いることは下手だが、
将軍を率いることは上手だと言っている。
このあたりの会話はスキピオ・アフリカヌスとハンニバルの会話に似ているが。

単純に兵卒を率いる人物としては劉邦が最強とは言えない。
曹操が一番だとやはり思うな。自分の地盤の脆弱さを補うために「青州兵」を引き入れ主力とし、
二度と同じ敗戦はしなかったという曹操。
曹操は後漢書、三国志読めばどれくらいの人物かは分かるでしょ。
政治も一流。屯田兵制度で疲弊した人民に食べさせることが出来た。

劉裕も正史を読むことをおすすめするよ。
実像が分かるだろう。

西洋の古典古代最強の将軍はアレクサンドロスとハンニバル。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 20:32:39 ID:BA/o9HoUO
曹操は敗戦が多いのがちょっとね
何事も抜け目無くこなしてそうなイメージだけど結構隙が多いんだよね
ただ後漢末の群雄の中では間違いなくNo.1だね


142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 21:13:01 ID:QtFYSzy50
>>140 曹操の二度負けなかった、というのもわかるが、江陵や襄陽、漢中といった自分のいないところでは、負けている。
そういうのは、曹操陣営の厚みの薄さと指摘できると思う。
それを究極的に、君主統率者の力量として測る見方もあると思うけどな。
有力候補に違いはないけど。

劉氏という生まれの良さはあれど、河北に放り出されなんとか自分の地盤を確保し、戦うときはほとんど敵の半数で戦い、有力な群雄が育ちきる前に平定した劉秀も、かなり最強の部類に入るでしょう。


143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 21:24:25 ID:0oyex+U+0
>>142
三国時代に曹操陣営の人材が薄いというのか・・・

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 21:33:07 ID:QtFYSzy50
>>143 後漢末期であれば一番陣営に厚みはあるけど、つまり韓信級の自分の代りともいうべき武将を欠いていたことを言っているのです。
負けが込むのは、そういう一面もありはしないかな、と。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 21:49:43 ID:BA/o9HoUO
曹操の配下は劉秀陣営と比べるかなり見劣りするね
特に武官
なんか曹操は自分以外の人物に大軍を任せようとしないんだよね
曹操なりの功臣抑制策だったのかな

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 21:53:44 ID:qFQbb+GN0
韓信級の武将ならいくらでもいたけどね。
敵にも居たから意味無いけど

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 22:05:43 ID:QtFYSzy50
>>146 たぶんわかってるとは思うけど、一応確認のため。
韓信級といったのは、単に能力を言ったのではなくて、劉邦における韓信という役割、つまり君主や指導者から切り離して独自に働ける武将のこと。
曹操のところでは、張遼とかの活躍が目立つ一方で、于禁や夏侯淵らは失敗している。
翻って、孫権のところでは自分がいないところの方が、むしろ勝っているという…


148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 22:39:44 ID:8SJuHVXoO
>>134
ありがとうございます。最強の筆頭になれるかと思っていたのに残念です。
>>140
ちょっと調べただけでもう嫌いになりましたw
劉裕残酷

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 23:05:20 ID:BA/o9HoUO
確かに残酷なイメージはあるね劉裕
残酷っていうか冷酷かな
ただ皇帝になっても若き日の貧しい暮らしを忘れず常に倹約を心掛けたり
当時の社会矛盾を解決するため土断を実行するなど
政治家としても優れていた
実行力と決断力なら魏晋南北朝期の漢人皇帝の中でも屈指だと思う

150 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/04(土) 23:23:06 ID:MBZFxjsE0
>>141
寡兵を持って大軍と当たればそりゃ負けるよ。
そういう状況で戦っていたのだから仕方がない。
それを、戦術で補うのはハンニバル級でも無理だろう。(ザマの戦いをみれば分かる)

>>142
曹操のいないところでは負けるというのであれば曹操よりも項羽でしょ。
また、ナポレオンも自分が軍を率いなかった場合は敗戦続きだったよ。
曹操軍団には光栄の三国志の影響か、能力値が不当に低く押さえられてるけど、
単独で動ける代表として楽信・干禁・徐晃など多士済々だよ。(干禁は関羽に降伏したことがすごくマイナスだけど、
曹操は干禁を知って30年になるが。。。)みたいなこと言ってるが。

>>144
韓信は特別でしょう。
項羽に人材がいなかったのが韓信の存在をより大きく見せているだけでは?
劉邦は韓信の扱いには特に気を使って斉王を名乗ったのを追認したりして、
忠誠心から言えばあやしかったかも知れない。
劉邦軍団には将軍がいなかったと言うことだと思う。

>>145
曹操は身内の夏候氏や曹氏や曹操の5大将に軍任せてるよ。
漢中を夏候淵に任せているし重要なところは一族に任せているよ。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 23:31:59 ID:H1ao3SJv0
共和制ローマはたいがい敵より寡兵で勝ってるよ。

まあ、ローマは例外でもいいけど
敵より寡兵になってる時点で、戦略的に負けてるって事だから
寡兵で負けたというなら、最強の武将とは呼べないんじゃないかな

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 23:48:50 ID:6rppw3wnO
>>150
ハンニバルは基本的に戦略的に不利な状態で勝ってただろ
……と言おうと思ったが騎兵では有利だったからそうでもなかったとも言えるか

>>151
まあ必ずしも数だけが軍の強さを左右する訳じゃないけどね

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 23:51:34 ID:BA/o9HoUO
>>150
曹操と似た状況にありながら天下を統一した劉秀と比べると
大軍を擁して独自の判断で動ける武将が曹操陣営にはやっぱり少なかったと思う
曹操陣営の中では夏侯淵がその位置にあったんだろうけど黄忠に敗れたのがね…
劉秀が天下を統一し、曹操が統一を果たすことが出来なかった差は部下の質の差が大きかったんではないかと思う

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 00:01:40 ID:hwFoWSJsO
つーか曹操に関しては三戦板の千年に一度の天才スレで散々比較されてるから
もうお腹いっぱいですがな

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 00:08:43 ID:YuW8zlFZ0
最強の武将スレで部下が云々
さすがですね・・・

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 00:26:23 ID:jY/hC6Oe0
>>155 それをスレ違いと言うなかれ。

>>141 
>>寡兵を持って大軍と当たればそりゃ負けるよ
軍事ロマンチズムなこのスレでは、そういう人物こそ求められるのだがね。 
勝てないのが普通。 たとえ勝っても、一時的なものであることが多い。

>>曹操よりも項羽でしょ
もちろんそうだが、項羽が曹操よりも上だとはさすがに考えにくいので、そこで論点を変えるのは当たらないでしょ。
といっても、局地的な強さなら、やらせてみると興味深いと妄想できるけどね。

>>韓信は特別でしょう
勝てる君主には、こういう類の将が味方についていることが往々にしてあるわけで。
唐の李淵には、李世民、李孝恭と、李靖など一方面を任せるにたる人物を得ていた。実際彼らで中国本土の平定はなされている。
宋の趙匡胤にしても、南方平定戦のとき自身はあまり動かず曹彬とかに任せているところをみると、そういう人材がいたということになるのかな。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 01:30:09 ID:vUpqpzEk0
>>146
ハァ?曹操配下の将軍で韓信級の能力持った奴の具体名上げてみろよ。
三国志ヲタはこれだから困る。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 05:47:09 ID:4ybeh23d0
>>148
いや、一応陳慶之が最強候補ってのまで否定する気はないよ
あの敗戦で単純に爾朱栄>陳慶之にはならんと思うし
あくまで狭い分野(戦術?)では最強といわれても納得できる戦歴だよ



159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 09:19:24 ID:BYfUVy40O
>>158
ですね。で、やはり戦略もできなくてはと思い

秦の王翦
唐の李靖
唐の李勣
唐の郭子儀‥国内で強く国外でも吐蕃撃破
宋の狄青‥国内で強く国外でも西夏撃破
宋の宗沢‥金軍を撃破、岳飛、韓世忠ら抗金の名将が彼にはしたがった
宋の孟キョウ‥金軍を撃破し、あの元軍を撃破し続けた

宋まで時代を伸ばしたら七人に><
五人にしたいので誰か誰でもいいのでケチつけて下さい

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 10:43:36 ID:jY/hC6Oe0
>>159 李勣は過大評価な気もするが… 李靖が入るなら、李勣はムリに入れることもないと思うな(と、言ってその逆はないけど)。

狄青も、齧った程度しかしらんからアレだけど、国内政治宣伝のために持ち上げられた観が拭えない…
常に最前線で陣頭指揮をとった、中華版ラインハルトの柴栄は、できれば入れて欲しいなぁぁぁぁ。

161 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 11:33:14 ID:FZZmtVnu0
>>151
共和制ローマは戦いのパターンがあり、投げやりから始まって
重装歩兵で戦うという。。。ローマの場合は士気が断然中国とは違いますよ。
ローマ軍団は共和制時代はローマ市民戦うという戦いだし、中国ではそこいらの
農民を徴発した軍隊だしね。
>>152
実はハンニバルが戦った会戦って5回もないんだよ。あとはフェビアンの言うとおり持久戦方針をローマがとったから。
カンネの戦い以後は大会戦がない。それでも攻城戦では失敗してる。イタリア半島南部のカプアに10年以上も立てこもっていて本国からの補給も援助もなかったのは
残念だけど、ローマの政体とカルタゴの政体とでは違いすぎるし、カルタゴ本国にはハンニバルの政敵がたくさんいた。
ハンニバルは寄せあつめの軍隊と信頼できるヌミディア騎兵を保持できていたのが勝利の秘密で、当時の戦いの常識をかえたひと。
ちなみに当時は中央を厚くして中央突破するのが定法だったけど、ハンニバルは両翼の騎兵を厚くして包囲殲滅を意図していた。
俺ってハンニバルが最高の将軍だと思ってるから。。
他に包囲殲滅ではテーベのエパミノンダスのレウクトラの戦いの斜線陣が有名。
アレクサンドロスも大国アケメネス朝相手に勝ちまくっている。戦術の達人。
>>153
光武帝と曹操較べると分からないけど、後漢末の戦いでは君主以外で独断で大軍要して動いた武将はいなかったと思うけど。
光武帝の時代は混乱を極めていたけど、曹操時代は未だ後漢の権威があったよ。郡太守とか任命されている。孫権も後漢(実質は曹操の朝廷だが)王朝から官位を得て支配の正当性を得ているよ。
>>156
項羽に典型的にみられるように当時の軍隊はローマと較べて寄せ集めの軍隊だから士気も低い。
だから、将軍のカリスマ性で勝負がつく場合が多いように感じる。
>>157
韓信は特別。
韓信は戦術の天才ではあったが、それ以上に兵力を保持できたことが単独行動を可能にした。
曹操軍団の中では楽信あたりか。戦術では劣るが。


162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 13:10:42 ID:S7+vt0LsO
>>160
確かに柴栄は凄いね
もし柴栄が長生きしてれば間違いなく中国を統一してただろうね

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 13:14:57 ID:jY/hC6Oe0
揚げ足とるつもりはないけど、専制国家さん。
「楽進」じゃないの? もしか、おれが知らんだけ?

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 13:22:41 ID:jY/hC6Oe0
連投すまん。
>>162 柴栄が生きていたとき、たしかに華南はまだ分裂状態で、完全な平定には至ってはいなかった。
しかし、秦・鳳のいわゆる隴西を奪取することで、後蜀の頭を押さえ込み(このときの指揮官は、向訓といって、柴栄が出陣せずに勝利した)
また、淮南をもぎ取り南唐を小国に叩き落したことで、華南には後周に対して叛意をもつ政権はなくなっていた。

後蜀や南唐が大国として君臨していれば、いかに中原王朝と誼を結んでいた、荊南や呉越、湖南(楚)なども、彼らの機嫌を伺わねばならなかっただろうけど、それがなくなった。
よっぽどの覇者風の英雄が華南政権のどこかに出現でもしないかぎり、南方の制圧は規定の路線だったと言ってよいと思う。

惜しむらくは、契丹との連戦連勝の最中に倒れたことのみです。
こればっかりは、趙匡胤も趙匡義も柴栄ほどの勝利を手にすることはできませんでしたから…

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 13:25:02 ID:OmDcYxnf0
曹操に、韓信のような軍事的代行者を持つことは不可能だったと思うんだが。
下手に任命してしまうと、ただでさえ地方分権の流れになっていた魏晋南北朝の時勢では、
地方に派遣したまま、勝手に割拠してしまう恐れが十分にある。
後の鍾会や晋の桓温、ほかにも小さいのでよければ無数にいるぞ。
こういう連中の手綱を取れる人間が、将に将たると言うんだろうけどさ、
曹操は、政治的代行者の荀イクを最悪の時期で失っているのが、統一失敗の要因だわな。

このままではスレ違いになるので、最強候補をば
慕容恪:字玄恭(?〜369)
慕容皇の四男、前燕の柱石たる人物で、冉閔、桓温など名だたる武将に勝利を
収め、その生前は苻堅も王猛も敢えて干戈を交えようとしなかったほどの戦上手。
その死が軍事情勢を一変させた人物ということで。
慕容垂と甲乙つけがたいが、軍事的才能では兄貴のほうが上だろうな。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 14:12:54 ID:9uHLq3qeO
ジュンイクは逆だよ
統一に事実上失敗したことが要因となってジュンイクを切り捨てることになったんだよ

167 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 14:44:36 ID:FZZmtVnu0
>>163
ご指摘の通り!
「楽進」です。一発変換できたから一太郎の学習機能が働いたのかと思って
よく見なかったです。
>>165
東洋史学者の宮崎市定先生(故人)は中国史に分裂傾向の時代と統一傾向の時代を想定しておられる。
それから言えば五代末期は統一傾向の時代なんだろうな。
王朝の創始者はみな武力で統一したからそれなりにこのスレの主人公たるが。。。
>慕容恪:字玄恭(?〜369)マイナーすぎです。
そう言う人物だと後漢末には一杯いるでしょ。軍事的才能ということでは曹操より劣ると思われる。
と言うか、日本語の小説の十八史略じゃなくて、当時の正史を読めば人物像はつかめるはず。
また>>166のいうとおり、ジュンイクと曹操の関係はジュンイクは漢王朝の復興を願う立場から
曹操に仕えたが、末期になり曹操が魏王になり、禅譲の意図がはっきりしたところから切られたんだよ。


168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 14:44:42 ID:dchBrfQrO
>>165
ていうか韓信も割拠してないか?

169 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 14:50:13 ID:FZZmtVnu0
>>168
韓信、斉王で事実上割拠してますね。
そもそも、劉邦は韓信に項羽がいない地域の平定を命じたが兵力が増えすぎて
もはや、劉邦の一部下という立場を越えていた。
何とか懐柔して自分の陣地にとりこんだ。

劉邦が何かと神聖視されるのは天下統一の天命が劉邦におり、
以後の天子たちは劉邦の後継者という立場であるからだ。
王朝が変わっても同じこと。創業の創始者はみんな劉邦から天命がおりそれの後継者というスタイルをとった。



170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 15:12:39 ID:S7+vt0LsO
>>167
正に五代という分裂の時代を統一への流れに導いたのが柴栄だと思います。
確か宮崎市定先生は柴栄を日本の信長に例えておられました。

慕容恪は確かにマイナー過ぎるかもしれませんね(笑)
やっぱり慕容垂の方が有名かな。

171 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 15:39:02 ID:FZZmtVnu0
>>170
慕容垂も超マイナーでつ。
洪武帝の方がいろんな疑獄を起こしながら臣下を粛清し
暗いイメージ作り上げた人物の方が有名ですがな。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 15:41:18 ID:jY/hC6Oe0
分裂傾向と統一傾向か…
このスレ的にも重要なバックグラウンドにはなるな。

自分的には、芋洗い状態の分裂期のほうが、強い、すごいやつがいっぱいでてくると思っているな。
統一期になると、特定の人物のすごさが目立って最初はおもしろいけど、飽きるのも早いという…


173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 16:03:33 ID:YuW8zlFZ0
部下云々の次はマイナーだして・・・

174 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 16:09:32 ID:FZZmtVnu0
>>172
分裂期には群雄がでてくるのは確かで、中国史上、文化でも
春秋・戦国期には諸子百家がでてきましたね。
その後は儒家から儒教の解釈にうつりましたけど。
光武帝は儒家と法家を混ぜ合わせるのが統治の基本として、
前漢はじめではいまだ、儒家の勢力は強くはなかった。
武帝の時代の高官にも墨家の人物(きゅうあん)がいたしで
最終的に儒教が浸透したのは後漢になります。

また、分裂期にすごい奴がでてくると思ってるのは統一期にはそう言う人物の出番がないからです。
曹操が人物評価で「治世の能臣、乱世の姦雄」と言われて喜んだと言いますが、平和なときには
それなりの能吏でも本来の能力が発揮できないだけでしょう。

あと、中国は歴代王朝が正統と認めた「正史」が一級史料となりますが、西洋ではそう言う歴史書はないので
個人的に書かれた皇帝の親類の年代記みたいなのが史料になります。史料批判が必要ですな。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 16:11:57 ID:9uHLq3qeO
汲黯を墨家とする根拠きぼん

176 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 16:26:03 ID:FZZmtVnu0
>>175
どの論文かは知らないけど、墨家とあったと思う。
これは記憶違いではないよ。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 16:31:55 ID:9uHLq3qeO
>>176
そこまであやふやな情報では記憶違い以前の問題
それを信じているなら根拠となるその論文なり史料なりを示してくれ
提示できないなら見ている我々の誤解を避けるため、ちゃんと撤回してくれ
どちらもできないならいい加減なことを言う固定だということになるがよろしいか?

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 16:37:00 ID:S7+vt0LsO
>>174
儒家と法家を混ぜ合わせた統治を基本としたのは前漢の宣帝では?

179 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 16:44:14 ID:FZZmtVnu0
>>177
論文と言ってもね。
僕は史学科卒業して十年立ってるからどの論文かはきちんと言えないよ。
ただ、汲黯は墨家だという記憶には間違いがないよ。
道家の黄老思想ってのがあるね。汲黯もこの流れ。
でも道家ではないんだ、墨家。

君が気に入らないのなら汲黯の名前は削除して
武帝時代にも儒家は支配的ではなかったとだけいっておこう。

180 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 16:46:31 ID:FZZmtVnu0
>>178
ぼろがでまくりだなw
すみません。
これはあきらかに宣帝の間違いです。


181 :165:2006/11/05(日) 16:51:32 ID:FqI+iBbF0
うーむ、慕容恪や慕容垂クラスでマイナーと言われると、ちょっと困るなあ。
分裂時代の諸勢力の名将が軒並み足切りされてしまわなくね?

>>166
曹操と荀イクの関係は理解した上で、あえてそう書かせてもらった。
時系列は確かにその通りであるが、やはり結果的に見れば、荀イクさえ存命であれば
天下統一の可能性はまだ十分にあったと思うんだが。
曹操本人には、荀イクあっての曹操という現実が見えてなかったとしか思えん。
こういうあたりは、政治的配慮に欠ける、白起や韓信に合い通じるところがある>>曹操

遊牧民討伐の評価ってこのスレではどう捉えてんだろ?
遊牧民側が分裂あるいは内紛時期の討伐も、大幅な+査定なんだろうか?

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 17:02:35 ID:YuW8zlFZ0
>>181
困っていいから。スレ違い。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 17:03:57 ID:9uHLq3qeO
>>179
元々は別にあんたを叩くためんなことを言ったわけじゃない
初めて聞くような話だったから、誰がどんな論拠からそう言っているかを知りたかったんだが
しかし論者も憶えてないし論拠も言えないのに言及したということは、その説を無根拠に信じているということだな
本当に史学科卒なの?

>>181
時系列というより、
曹操は赤壁での敗北と荊州失陥により深刻なダメージを受け、事実上早期の統一を諦めざるを得なかった
だから今の勢力を維持するためだけに魏公推戴やそれに続く禅譲への道を進めたが、
ジュンイクが反対したために曹操は切り捨てざるを得なかった
ジュンイクがいる段階ですでに統一を半ば諦めたからこそああなったんじゃないかと
それが曹操の限界であり、時代の流れでもあったのだろうけど

184 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 17:16:53 ID:FZZmtVnu0
>>183
前漢・後漢を専門に勉強していたから、論文もたくさん読んだし、
宮崎さんはじめとする概説書もたくさん読んだし、渡邉義浩氏の本も
渡辺信一郎氏の本も西嶋定生氏の本もよんだから、
今となってはどこに書いていたのか不明だよ。
国立史学科卒です。

185 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 17:43:51 ID:FZZmtVnu0
>>183
汲黯=墨家の件は忘れて下さい。
のんびりと探しますわ。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 17:44:40 ID:frPGNBlo0
>>183
すいません、概略自分もその認識です。
自分は、曹操の状況判断(魏公就任・禅譲の前倒し)を完全な失策だと考えているもので、
どうしても荀イクの存在を大きめに考えてしまうきらいがある。

>>182
マイナー武将出して申し訳ない。
有名どころと比較して、覇業を達成した武将と達成できなかった武将の相違点を
明らかにしていけば、ひとつの評価基準を形成できると思って、叩き台としての列挙しました。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 18:17:59 ID:S7+vt0LsO
じゃあここらへんで仕切り直しということで。

石勒とかはどうでしょう、五胡を代表する名君だと思います。
確か彼は古の英雄達を評して「劉邦ならば部下にしてもらう、劉秀ならば相手になって戦う
曹操や司馬懿の様な連中は相手にならない」みないな事を言ったらしいですが
劉邦に対する高評価が意外な感じがしますね。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 18:30:15 ID:9uHLq3qeO
劉邦は伝説中の天子として神格化されてたのかもしれないし、
実際軍事的、政治的にも劉邦はかなり優れているよ

自分を項羽に対する囮として韓信らに各地を制圧させるという危険な戦略を、極めて粘り強く耐え続けて成功させているし
よく負けているとは言っても、何度でも再起して項羽を河南に釘付けにした劉邦は将としても創業の君にふさわしい実力の持ち主

それに主力が出払っていたとはいえ秦を征服したのが劉邦なのは間違いない

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 19:34:48 ID:jY/hC6Oe0
なんか別な論点で紛糾してますな…
え〜、マイナーどころをマイナーと切り捨てていては、せっかくの掘り出し物がわからなくなるので、別にいいと思う。
それに慕容垂は、その道にはメジャーですよ。 五代しか知らん自分でも名前くらいは…
そうなってくると、五代のおもろくはちゃめちゃな武将どもは軒並み切り捨てられるし(最強ではないからスレ違いか?)

>>181 遊牧民全盛期って、中国は勝ってないでしょ。 だいたい和議か略奪の容認か。
それでも防衛に成功したとか、分裂に介入して駆逐(滅亡ではない)したとか、歴史的敵対勢力に勝利したという点で、評価には値すると思うけどな。


190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 20:29:05 ID:BYfUVy40O
>>160
李勣はあの高句麗を撃破ではなく亡ぼした、ついでに百済も。
なのでリストに入れましたが、確かに李靖と比較されると不利ですね。
狄青については宋朝第一の名将と書かれていたので入れたまでですので外すのに抵抗はないですw
柴栄は素晴らしいですね!39才で亡くなるのが本当に惜しい人物です

唐から一人、宋からも一人減って新たに五代十国から一人入って六人
時代が散らばって嬉しいです

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 22:41:23 ID:+BfULKf20
最強は朱元璋で決まりじゃないの?

・旗揚げ時の勢力の小ささ
・君主の血縁・地縁の貧弱さ(特に経済面)
・衰えたとは言え相手は大元、戦場は最終的にはモンゴルまで
・少なくとも人民へ施した恩恵は後漢、北宋に明確に劣るものではない

本人の性格・容姿や粛清人事で評判が悪いんだろうけど、
逆に言うと欠点らしい欠点はそこだけで、軍事的にはチンギス=ハーン除けば
中国史上間違いなく最強では?

192 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 22:42:58 ID:FZZmtVnu0
>>188
劉邦は神格化されてるよ。
劉邦以降の皇帝は劉邦におりてきた天命を受け継ぐという形式だから。
皇帝と言うより、「天子」だね。

劉邦が政治・軍事的に優れているのではなくて補佐が優れているのでしょう。
何度も負け続けても復活できたのは蕭何のおかげだし、韓信らに各地を平定させるというのは
張良あたりの策だし。
彼自身の唯一の長所は大人の風があったと言うことと、他人にへりくだって意見を聞ける空っぽの頭だけじゃないの。
項羽側からきた韓信に対して無礼な態度で面会に応じて韓信は失望して去ろうとしていたときに彼は国士無双と言って
呼び戻させて改めて面会に応じるなど、劉邦自体は魅力以外は特徴のない人物で蕭何ですら統一後に猜疑をかけられたんだから。
この点、張良は身の処し方が分かっていてうまく呂后の魔の手から逃れたし。

洪武帝をみてご覧なさい。
数々の疑獄をでっち上げ功臣を粛清したりしたんだから。
劉基ももっと長生きしたら洪武帝に粛清されていたかも知れない。

193 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 22:50:24 ID:FZZmtVnu0
>>191
朱元璋には劉基と言う絶対的な軍師がいたし、
徐達と言う将軍もいたり、李善長に宋濂など部下が多士済々。
これらの部下も洪武帝の粛清までは見抜けなかったのだろう。

洪武帝ほど徹底して功臣を粛清した人物はいないであろう。

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 22:56:45 ID:5JIBRMye0
あれほど徹底した粛清がなく、皇帝の絶対独裁権力の確立が不十分であった場合、
明朝は何年続いただろうか?

195 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/05(日) 23:08:23 ID:FZZmtVnu0
>>194
>皇帝の絶対独裁権力の確立が不十分であった場合

ここ勘違いしてると思う。
宋代に君主独裁体制というシステムが出来て以来、皇帝の独裁権力はシステムとして担保されているんだ。
宋代以前、漢代を例に取ると武帝は個人的な力で皇帝独裁をなし得たが、他の後漢の皇帝は個人的力量がなくて出来なかった。
また、外戚も宋代以降は政治にかかわることはなくなった。宦官は別であるが。

明が続くかどうかは封建した各王の力の削ぎ方にある。
漢代ではそれが元で五楚七国の乱が起きている。清では三藩の乱が起きている。
明では燕王が立ち上がった。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 00:09:57 ID:KeUEv95tO
>>191
チンギスはチンギスで、・組織された遊牧民という強力な軍
・四駿四狗を始めとする有能な配下
・西も東も分裂傾向で強大な勢力が無い
とモンゴル高原統一後は比較的恵まれているといえば恵まれている

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 00:32:52 ID:flYi4C6RO
>>192
前のレスも合わせ見ると、君の受命の考え方が独特だな
漢は劉邦が受けた天命を代々受け継ぐ
これはいいが、どうも他の王朝も劉邦が受けた命を受け継ぐと考えている様子
天命が「尽きる」ものだというのは王朝交代期の文などを見るとわかると思うが…
天命は新たな人物、別の家に改めて天が下す、と考えられていたと思うがね
君の考えの根拠は聞かない
聞いても無駄だと分かったから



劉邦は空っぽで業績は全部部下のお陰、ねえ…
東京タワーを作った人は?→大工さん
みたいな事を言っているように見えるのは気のせいか

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 02:41:49 ID:KeUEv95tO
>>192
劉邦の魅力は過大評価だと思う
本当にカリスマのある人間だったらあんなに外様の将軍をつなぎ止めるのに苦労してない
確か韓信辺りにも項羽の方が魅力的な人物と言われてたらしいし

劉邦は自分でも言ってたように人使いが非常に巧かったって事だ
人使いの巧さは組織のトップにはもっとも必要なモノなんだから、彼はそういう意味で大人物なんだろう

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 03:42:28 ID:qdPNkRhh0
> 劉邦は空っぽで業績は全部部下のお陰、ねえ…
> 東京タワーを作った人は?→大工さん
> みたいな事を言っているように見えるのは気のせいか

気のせい。
せいぜい 安土城→丹羽長秀 程度

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 04:34:39 ID:1fYhM/hGO
武吉。悪来を一撃で仕留めたという伝説だ。亭長から漢を興すより信頼性あるだろ。こっちは元木こりだぜっ

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 07:37:45 ID:SbqLQgMU0
李顕忠こと李世輔はどうよ?
完顔宗弼をして「彼に敗北たくないのなら戦わないことが最善」とまで言わしめた名将
まあ、戦術レベルの小さい意味での名将だけどね
俺は大好きだ

202 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/06(月) 08:02:43 ID:AaFdn4fS0
>>197
天命は劉邦におりた。
しかし、晩年に劉邦が病気になったときに医者を呼ぼうとする
ものに、これも天命であると死を受け入れていることがある。

易姓革命では放伐と禅譲が問題にされるが他王朝でも天命は
漢の劉邦におりた天命を引き継ぐというスタイルをとる。

渡辺信一郎「天空の玉座」柏書房
宮崎市定「中国史」岩波文庫
西嶋定生「皇帝 支配 の 成立 秦 漢 帝国 の 出現 ― 中国古代帝国形成史論序説 」収録論文

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 10:28:08 ID:0+vvgkKbO
戦術最強
漢楚の項羽、南北朝の陳慶之、宋の李顕忠
個人最強
漢楚の項羽、南北朝の楊大眼、唐の尉遅敬徳

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 10:57:20 ID:0+vvgkKbO
守備最強
唐の張巡

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 13:05:57 ID:Uy9HbrdS0
孟珙は戦略戦術において非凡。
個人武勇で言えば、王鐵槍(王彦章)も有力候補。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 14:08:25 ID:1fYhM/hGO
君主で最強という意味なら項羽か呂布だな。率先して前線で戦う上に圧倒すんだからこの士気昂揚の波及効果は凄かったと思う。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 15:00:50 ID:qdPNkRhh0
まあ項羽も呂布も君主って感じじゃないよね

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 15:52:12 ID:9AjiD4XmO
冉閔とかどうかな
呂布と似たタイプだと思うけど
ちょっと人殺し過ぎかな

209 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/06(月) 16:36:23 ID:AaFdn4fS0
議論する余地もなく、中国最強の武将(将軍)は韓信にきまりだろ信じてますが。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 16:52:38 ID:Uy9HbrdS0
>>209 あんた、そもそも曹操が一番とか言ってなかったか?
韓信も王、曹操も王で、立場は同じと思うがな。 いったいどっちなんです?

211 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/06(月) 17:02:28 ID:AaFdn4fS0
>>210
そう、曹操が一番だと信じている。
しかし、韓信も捨てがたいかなと。
曹操=韓信、なんだわけだけど。
韓信は議論の余地なし。
曹操は議論の余地ありだけどな。

どちらも王とは言っても韓信の最初の王号、「斉王」は韓信が単独で
僭称したのを劉邦が黙認しただけだけど。

曹操の魏王は献帝に圧力かけての王号だから較べても意味がないけどな。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 17:27:49 ID:CGwU6fr5O
君主最強は朱元璋

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 18:28:27 ID:OcgIM3MR0
>>1
チンギス・ハンは中国だけでなくモンゴルにとっても偉大な英雄だし、
中国最強というより世界最強だし


214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 19:15:54 ID:1fYhM/hGO
彼はモンゴル最強。このスレは中国最強。スレ違いでしょ。他の大陸でいいのならカエサルを押したい!!

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 19:19:26 ID:9AjiD4XmO
世界最強というならチンギスでいいかも

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 20:02:45 ID:SbqLQgMU0
>>211
ワロタwww

217 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/06(月) 20:05:32 ID:AaFdn4fS0
>>214
他の大陸でいいのならアレクサンドロスとナポレオンとハンニバルを押したい。
アレクサンドロスはファランクスに加えて騎兵を重視。
ナポレオンは砲兵の運用で大陸支配。
ハンニバルは騎兵を使った包囲殲滅でローマに持久戦をとらせた。

218 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/06(月) 21:03:47 ID:AaFdn4fS0
ここで質問することが適当かどうかはおいといて質問させて下さい。
中国人の名前のことです。
氏名は例を出すと劉備玄徳は「劉」が姓で
「備」がいみなで「玄徳」があざなです。
通常はいみなは使いませんから劉玄徳となるはずです。

しかし、宋代に入る遙か以前の時代で名前は「姓+字」になっております。
古い時代は「姓+いみな」になっているはずです。

その時期、理由など教えて下さい。


219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 21:33:37 ID:qdPNkRhh0
どっちもユーラシア大陸だとおもうんだけど。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 22:04:54 ID:bz9jvOT20
武霊王とかごついイメージがある
イメージだけだが

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 22:21:55 ID:flYi4C6RO
>>218
気を悪くしないでくれ
率直に言うと君が何を聞きたいのか分からない
俺だけだろうか

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 22:30:03 ID:YHy7jfSt0
>>221
うむ。同意。
昔は諱言わないようにしてたけど、
宋代になると、
みんな諱が伝わって字が伝わってないのはどういうことじゃゴルァ!
って事か?

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 23:05:19 ID:V4j0viS90
板違いじゃね?
普通に世界史板の質問スレで訊けば
詳しい人が答えてくれると思うが…

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 23:38:29 ID:n3ge3m+80
このスレでは、春秋戦国はあんまり出てこないけど、やっぱ史料が少ないから
武将を客観的に評価しにくいってことかねえ
後世の武将につけられる渾名って、この時代由来のものが多いと思うけど

秦が統一した影響で、白起や王翦が最強候補に挙がりやすいが
後世の評価では楽毅が頭ひとつ抜きん出てる(孫子呉子等、軍師除く)
劉邦も楽毅と信陵君を崇拝していた
不思議と言えば、不思議じゃないかな?
やはり、戦国七雄の二大強国の一角を、小国(というか属国)の燕が大番狂わせを演じ
壊滅に追い込んだ、というインパクトの問題なのか?


225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 23:44:03 ID:0+vvgkKbO
>>205
五代十国を代表する猛将ですね
個人武力は判断するのが難しいので各時代で出ちゃいますね

ここから関係なく

私的には戦術や個人武力などの限定ならまだしも、最強武将を決めるとなると
戦乱の世は生きるのが戦いであり、生き残るのが勝ちであり、間接的にしろ直接的にしろ最後に誰かに殺されたような武将は最強とはいえないのではと思います。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 23:57:44 ID:9AjiD4XmO
>>225
その基準で査定すると韓信は脱落してしまうね

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 00:11:31 ID:Nsk++wqHO
最強ってのは最も強いってことだけど何が?ってのが問題。最強のペテン師、最強の用兵、最強の人殺し。これなら白起か?

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 00:18:25 ID:LsJJvIj7O
項羽も中々。

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 00:23:18 ID:h5bW/J+GO
単純に殺した数でいけばやっぱり毛沢東が最強だろうね

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 00:35:25 ID:Nsk++wqHO
じゃぁ、人物ステータスの人殺し度(武力)、ペテン度(知力)、偽善度(統率)、魅力(イケメン度)の内、人殺し王は毛沢東ということで皆さんよろしいですね?

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 01:13:25 ID:PvDOsAsP0
>>225 たしかに、そうでなければ最強の名に羞じるが… 絞られすぎがツマラン。
もっと、「おれ、こんなの知ってるぜ?」というのを出してもらいたいな。
わたしゃ五代しか知らんからアレだけど、誰かに殺されたの多いんだよなぁ…

232 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/07(火) 06:13:14 ID:yN/xYzNn0
>>221
気を悪くしないよ。
質問は古い時代は
「劉備」とか「曹操」と表記されてあざなが省略されているけど、
時代が下るにつれて、いみながいわれなくなり
「李鴻章」とか「毛沢東」になるのはどうしてかってこと。
>>222
いみなもあざなももちろん伝わっているよ。
正史読むとパターンとして。。
「○○、字は○○、○県の人也」で始まるのが多いから。




233 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/07(火) 06:17:49 ID:yN/xYzNn0
>>232
どうも他のところで質問したら、
こういう回答がかえってきた。

>それは後代では諱が二文字になっているというだけでは?
>「匡胤」も「元璋」も字ではなくて諱ダヨ

と言うわけで後代でも表記の仕方は「姓+イミナ」で
後代にはイミナが一文字から2文字に変わったかららしい。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 08:27:39 ID:o4RCgkopO
>>233
いくらなんでもそれは分かりきった事だと思ってた…

235 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/07(火) 08:33:49 ID:yN/xYzNn0
>>234
でもなんで、イミナが2文字に変わったんだろう?

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 08:43:54 ID:o4RCgkopO
>>235
諱は前漢までは一文字も二文字もあった
例えば公孫軒轅なんて人もいた
諱がほとんど一文字だったのは新〜三国・西晋あたりまで
みんな一文字だった時代の方がずっと珍しい(三国時代なんかでも鄭小同のように二文字もいたが)
正直言って国立大学史学科卒からそんな質問が出るのは信じられない

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 08:49:40 ID:o4RCgkopO
「変わった理由」はまだだったな
まず一文字に限るのは儒教原理主義的な思想に基づくもので、古の人物にも二文字はいたわけだから本来珍しいものでもなかった
晋あたりから儒教原理主義が廃れてきて二文字に抵抗がなくなったのと、多分異民族の姓名に影響されて命名方法にも新たな潮流が生まれたのだろう

238 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/07(火) 08:53:22 ID:yN/xYzNn0
>>237
>まず一文字に限るのは儒教原理主義的な思想に基づくもので

これよく分からないのでもっと詳しく。

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 08:57:02 ID:o4RCgkopO
>>238
ファンダメンタリズムと言った方が良かったかもしれんが、
「経典に諱は一文字に限るべしと書いてあるんだから二文字は駄目だ!禁止!」という考え

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 09:38:16 ID:h5bW/J+GO
この話題は「中国人の姓名字について」みたいな別スレ立ててやったほうがいいのでは?

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 09:48:50 ID:PvDOsAsP0
懐古主義、周朝神聖視しまくり儒教を唯一の経典とした王莽が、二文字の名を規制したので、後漢あたりは一文字の名が多い。
>>後代にはイミナが一文字から2文字に変わったかららしい
まさか字とか思ってたの? ちょっと… それは…
歴代皇帝を概観したことがないのと違うの?

242 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/07(火) 09:52:50 ID:yN/xYzNn0
>>239
教典とは四書五経のどれ?

それにしても明代には二字のイミナが多いなぁ。
明と言えば儒教の発展はあったはずなのに。
清朝も2字のイミナが多いなぁ。
異民族ながらもっとも中国の伝統を大切にした王朝なのに。

243 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/07(火) 09:56:26 ID:yN/xYzNn0
>>241
名前の話題はこのくらいにしとくけど、

>儒教を唯一の経典とした
これって「儒教を」「経典」っておかしいよね。
具体的にはどの書物のどの項?

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 10:16:00 ID:PvDOsAsP0
>>243 ああ、「儒者の言」と言ったほうがよかったかな? 
質問にあることはよくは知らんから、詳細な答えは出せないが、王莽がそういうことにのっとた政治をおこなったことは知っているでしょ?
王莽は調べる気にならないから、興味あるならやればいいよ。 結構論文とかもあるだろうし。

後漢以降では二文字の名が多くなっているのは、むしろ常識。
あざなのほうこそ伝わっていないんだよな…
鮮卑王朝を経験して、古来の思想に必要以上に執着しなくなったのかも。
その辺、調べていくとおもしろいかもよ? 

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 10:31:58 ID:6d1Jo7DM0
>>1

今更ですが、チンギスハーンは韓国人ですよ。
それと遼、金、清も韓国人ですよ。
ついでに諸葛亮も韓国人ですよ。

(以前、半島の人がマジでそう主張していました。わざわざ中国のクイズ番組
に諸葛亮は韓国人だとクレームとつけたこともあった。)

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 12:10:41 ID:o4RCgkopO
>>242
春秋公羊伝によると二文字名は「礼に非ず」
前漢半ば〜後漢では「春秋」というと公羊伝がメジャーだった
この「礼に非ず」という解説を厳格に守ろうと規制をかけたのが王莽
二文字名が見えないのは王莽の後も続くが、これは単に王莽が規制したからだけでなく、後漢の人々もこの公羊伝の記述を絶対視していたということだろう

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 15:13:50 ID:kXQLmcCq0
>>245
孔子はもう韓国人でいいんじゃないか。
儒教に一番染まっているし。

248 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/07(火) 15:21:21 ID:yN/xYzNn0
体調がよくなれば、仕事で中原を制覇できるのになぁ。
今日は有休。


249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 15:48:55 ID:3TJPzR0Z0
>>245
なにいってるんですか。
チンギスハーンは日本人ですよ。
日本が独自に行ったDNA鑑定でそれは証明されてます。

ぇ?鑑定結果の資料?
みせませんよ、企業秘密ですから。
でも世界的にもチンギスハーンは日本人ていうが常識ですよ。

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 16:40:28 ID:PvDOsAsP0
>>245-249 まぁ、一万歩譲ってその主張どおりとしよう。
そうすると、祖先の偉大な功績を、現在の子孫が食いつぶしている体たらくを、どう弁解するものやら…
先祖を誇りに思うなら、まず自己を律して、先祖の偉業を学ぶが良い。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 18:36:33 ID:3TJPzR0Z0
>>250
ちゃんと読むニダ

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 20:37:59 ID:HO93/cRe0
つーか専制国家はこのレベルでコテハン名乗ってるのか?

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 21:15:53 ID:o4RCgkopO
レベルが高くないと名乗ってはいけないというものでもないさ
レベルが低い固定なら「コイツの言うことは怪しい」って分かるから、それはそれで良い

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 21:51:18 ID:IFBH75ty0
何はともあれ尉遅恭は最強ってことだな

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 22:46:48 ID:PvDOsAsP0
専制国家さんは、言っていることに一貫性が見えないような気がするんだが、気のせいということにしておこう。
ところで…
>>251 ちゃんと読んだと思ったが、なんでしょうか……

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 23:31:08 ID:h5bW/J+GO
是非専制国家氏にはもう一度曹操について熱く語ってもらいたい

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 23:43:50 ID:o4RCgkopO
>>256
でも一番は韓信と決まっているらしいが…

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 00:10:16 ID:SzJuZQOD0
申不害、商鞅の政治力はMAXの100.

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 00:13:58 ID:f2vbax0V0
>>256
ぶちゃけ曹操語りたきゃ三戦逝けと

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 02:20:37 ID:Frv8eJP4O
>>258
失脚した時点でアウト……というと同じ単語でも意味合いが変わってくるのが日本語の不思議

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 07:17:39 ID:YKhV5v/kO
ひとつの戦いで最も多くの兵を率いて勝った武将て誰だろう

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 13:10:05 ID:uy9Ajsxs0
>>255
>>245はチンギスハーンは韓国人といってるんだ
>>249はチンギスハーンは日本人といってるんだ
>>250は『まぁ、一万歩譲ってその主張どおりとしよう』といってるんだ
どっちだよ('A`)

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 13:48:18 ID:ikhrBs6u0
鉄拳無敵孫中山…………
(こと孫文こと中山樵)

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 17:47:43 ID:xqfmvLdI0
>>262 つまりどっちの主張であっても、重要なあるいは言いたいことは、その後に書いてある。
偉大な先人が何人だろうと関係ない。
そんなことにこだわるヤツは、今の自分らにはなんら自慢するべきこともないだろうから見苦しいだけ、ということ。
そこで、悪人とされる人物を、我が国出身者だ! と主張してくれればカッコイイのだがな…

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 18:27:04 ID:uy9Ajsxs0
つまりひねくれているやつがいいと?

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 18:53:42 ID:xqfmvLdI0
いやまぁ… おれ自身がひねくれてるからねぇ…
そういう話題は、一言「ワロス」でいいんじゃないかと。

267 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/08(水) 19:16:55 ID:Z87kpzh70
>>252
この程度でコテハン名乗ってます^^
>>255
一貫性ってどんなあたりですか?
僕は一貫して曹操=韓信が最強だと信じています。
韓信については議論の余地なく衆人が認めるところ。
曹操については演義派が過大に評価してるけど、実像も
かなりの人物です。
曹操の時代に他の時代の英雄達を持ってきても曹操以上のことは出来なかったでしょう。
業績ってのは時代に左右されるのです。
>>256
曹操は東洋のハンニバルです。


268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 19:31:11 ID:39Qk//Mq0
韓信が最強なら、劉邦を蹴散らして帝位につけるんじゃね?

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 19:40:07 ID:dd+tiXY60
曹操も統一できてないしなあ

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 19:49:35 ID:S3LP1L9u0
>>267
曹操が他の統一君主に比べてどこが優れてる?
確かに曹操が優れた人物であることは認めるが・・・
たとえばポツポツ名のでてる明太祖と比べてどこが勝ってるの?
俺は曹操は中国の君主ランク的には中の上くらいだと思うが
後、韓信については最強の捕らえ方しだいだと思うが俺は無理があると思うよ
戦に強い人物なんて腐るほどいるからね

なんで前漢・魏晋時代と範囲が狭いんだろうか・・・

271 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/08(水) 20:03:58 ID:Z87kpzh70
>>270
曹操の優れている点。。。あらゆることを書くと。。。

@「青州兵」を組織して軍事の主力とした。
A屯田兵制を敷いた
B献帝を許都にいち早く招いた
C孫子に注をつけた
D漢詩も有名

このくらい。

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 20:11:14 ID:xqfmvLdI0
専制国家さん、揚げ足取りはあまり本意ではないのですが…
>>一貫性ってどんなあたりですか?
まず、いきなり西洋のハンニバルを最強と言いつつ、曹操も持ってくる。アレキサンダー(アレクサンドロス)も最強だと言っている(時代も場所も政治的背景も思想も違う)。
さらに、匈奴戦線の将軍たちの功績は「時代がよかった」と言っている(たぶん後漢末期と比べて?)。
ハンニバルと班超を比べ、スケールが違うと言っている(時代が違うのに?)
そして韓信を最強と言った(曹操と双璧ということか?)
極めつけは、>>業績ってのは時代に左右されるのです かな。

最後の言葉は、これまでのもやもやをすっきりさせてくれた言葉でしたよ。
その言葉がありながら、時代を飛びぬけて英雄最強を固定させようとしているのではないかな。
英雄や最強とかは、時代時代に存在しており、時代を超えての最強論はありえないことは、自身で言ってるじゃないですか。
曹操以外の最強をもってきても曹操のようなにはムリなわけでしょ?
その逆は考えられませんかね〜。

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 20:20:13 ID:xqfmvLdI0
上記、間違ってたらゴメン。

ちなみに…

@冗員過多で驕兵の風潮があった禁軍(侍衛軍)の大規模改変。
A各地の壮丁を募集して最精鋭殿前司を編成し、諸藩鎮の抑止とした。しかも近代無比の強さを誇る。
B逃戸の把握と出家者の還俗により生産性を高める。
C金持ちから銅器を供出させ銅銭に鋳直す。
D仏寺から銅仏を供出させやはり銅銭にする。 さらに無駄な寺を破壊する。 賦役逃れが減少しBとなる。
E信賞必罰、軍令厳守主義によって軍隊の綱紀を一新する。そのときこれまでの風潮のまま怠惰だった将軍兵士はことごとく処罰した。
F開封の改築。 のちの東京100万の不夜城の基礎。
G闘艦を建造し武力で南唐を服従させる。
H北伐に水軍を利用した。
I皇帝権力の回復と独裁制へのレールを敷いた。

まだあるけど、特筆はこんなもん。
誰かって? 柴栄サマですよ!

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 20:21:09 ID:BcUz2vZIO
>>271
俺も単なる揚げ足取りみたいで気がひけるが、
まずその4と5は「最強の武将」には一切関係ないでしょ

「そんな事を挙げないといけないのか」と思われるから逆効果だぞ

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 20:24:32 ID:S3LP1L9u0
>>271
それは曹操の業績でしょ?
他と比べて勝ってる点だよ
ただでさえ中華統一してないんだからよっぽど最強に推す理由があるわけでしょ?
それとCとDは一緒にして「文人としても優れた」でいいよ

朱元璋が曹操に比べて勝っている点
・乞食僧から頭角を現した(曹操はこの点割と恵まれている) 
・中華を統一(曹操は統一できなかった)
・明は長期政権(魏は短命王朝)

俺は曹操が朱元璋とくらべて勝ってるのは文人としてだけだと思う
朱元璋は大粛清行ってるけど曹操が仮に中華統一したら粛清はなかったと断言できないから割愛

276 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/08(水) 20:40:51 ID:Z87kpzh70
>>275
洪武帝が優れている点で明が長期政権てのは二代皇帝が
早くも雲隠れしておわってるのでは。。。
明の基礎は永楽帝から始まるような気がするけど。。

洪武帝が張士誠などを。。。して統一してるわけだけど、
洪武帝が後漢末に現れても統一はやっぱり出来なかったと思うんだ。

業績は時代に左右される。気に入らなかったら無視してくれ。
でもこれも事実。


ハンニバルと班超は将軍かどうかで一目瞭然と思うけどな。
班超は度胸があった。
ハンニバルは将軍としてカリスマ・戦術も最高のレベルであった。
アレクサンドロス=ハンニバル>>>韓信=曹操
こんな感じに考えてるよ。

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 20:43:45 ID:Frv8eJP4O
>>275
別に狡兎が死んだ後に走狗を烹る事自体は悪い事じゃないよ
まだ狡兎がいるのに烹るのはただの馬鹿だけどね

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 20:48:42 ID:xqfmvLdI0
>>276 つまり他人の意見には聞く耳持たぬ、ってことね。
曹操が、新末、隋末、五代末、元末に現れても、箇条書きにした業績を残せると言い募っているわけだ。
その逆はありえないと一蹴しているのに。

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 20:54:13 ID:BcUz2vZIO
大体荊州や漢中で重大な判断ミスを犯している曹操は最強とは思えないな
「あの時代では一番」ならわからないではないが…(最も俺は将としての総合力は劉備≧曹操だと思うが)

280 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/08(水) 20:54:44 ID:Z87kpzh70
>>278
歴史にもしもはないから、どう批判うけても考えはかわらんよ。

281 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/08(水) 20:57:35 ID:Z87kpzh70
>>279
劉備はイリョウで壊滅的、敗北をきっして、
いつも曹操に負けてばかりだったね。
将に将たるという劉邦みたいな人物ではなかったのだろう。

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:06:32 ID:xqfmvLdI0
>>280 あ、なんかカチンときた。
歴史にもしもはない、だって?
そんなことは誰でもわかってはいるが、そのもしもを使って曹操以外を認めようとしていないのは自分だろ。
歴史や曹操を批判しているわけじゃない、あなたのその身勝手な考え方を非難しているんだ。

だれか、おれの言ってること間違ってたら訂正ヨロ

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:06:43 ID:BcUz2vZIO
>>281
そのとおり
劉備はまさしく「兵の将」としてあの時代では曹操に並ぶ存在だと俺は思ってる
大抵曹操と劣勢な中戦いつつ逃げのび後に望みを繋ぐのは、それだけでも並ではないよ

逆に言うとあの時代「将の将」と呼べる者はいない

また失点という意味でも赤壁や漢中に対し荊州失陥や夷陵
どっちもどっちというところじゃないかな
五十歩百歩というか

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:09:14 ID:BcUz2vZIO
>>282
いや、間違っていないと思う

最強の武将を議論する時点で「歴史のもし」を語るのと同じだと思うんだがな…

285 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/08(水) 21:11:45 ID:Z87kpzh70
>>282
レス読んできて分かってるだろ?
史実がどうであれ、正史の中からその文章の行間を読んで
曹操が一番だと思ったから書いている。
曹操原理主義者の俺に何言っても受け付けないよ。

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:13:44 ID:paAGZ4v9O
専制とは前にやりあったが拘んないほうがいい。そいつすぐ逃げてスレに来なくなるから

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:14:53 ID:BcUz2vZIO
やっぱり固定名乗ってくれて助かるな
避けやすいから


こんな酷いとは…

288 :専制国家 ◆YlUlIeJEnU :2006/11/08(水) 21:17:07 ID:Z87kpzh70
>>286
俺とやり合ったって、このスレでか?
前漢のキュウアンが墨家だというアレのことか?

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:26:04 ID:paAGZ4v9O
ほらほら、挑発すれば、いくらでも前科がでるよWWW

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:31:26 ID:Frv8eJP4O
>>280
歴史にもしもはないから、中国統一できなかった曹操は最強ではない……という事でよろしい?

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:36:06 ID:paAGZ4v9O
専制はいくつなのかな?
ゆとり教育の弊害モロ受けだと思うんだ。
あぁいう信仰心の強い生兵法の輩が間違って試験に受かって国を滅ぼすのが近代以降の歴史だと思うんだ。
ウチの子には孟子を学ばせようwww

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:48:33 ID:f2vbax0V0
>>275
朱元璋は聖諭六言を書してる訳で
それは後世に与えた文化的影響としては「魏武註孫子」など霞むと思うぞ
文人としては曹操に負けるが、文化影響度としては朱元璋の勝ちだ
ただ、ソレを言ったら典論を皇帝の身で書した曹丕がこの分野では上をゆくが

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:56:33 ID:f2vbax0V0
潜在値も語っていいなら、後漢末三国志における軍事ナンバーワンは周瑜だと俺は思う
実績としては孫策の驚異の領土伸張を助け、赤壁時には曹操軍の欠陥を見抜き、孫権に開戦に踏み切らせ、勝利を収めた
さらに予定してた増援が来ないにもかかわらず、そのままの軍で陸戦を行い、曹仁の立てこもる江陵を僅か一年で陥した
青写真に終わった天下二分の計であるが、その構想は後年何度も繰り返された南北の争いの要地を的確に見抜いていた
加えて言うなら、孫権への遺言も人の心打つ名文


294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:03:28 ID:2oZUK+PUO
正直>>271の五つの理由で曹操を最強とするのはちょっと無理があると思うよ。
@とAに関しては既に劉秀が似たような事やってるし
Bに関しては最強とはあんま関係無いような気がする。

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:18:07 ID:paAGZ4v9O
もう彼は来ないよ。
彼をちょっと知ってるモンだがね。
曹操信者らしいから、どんな敗北でも必ず撤退できるところを見せて、撤退振りでも最強だと言いたいんじゃないかな。
煽らず次いって有意義なスレにしよう。
結構知らないこともあって勉強になる。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:18:46 ID:EcCyl8Km0
新板だけに全員あぼーんも知らないのか・・・
コテなんだし携帯からもできるだろあぼーんは

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:22:32 ID:paAGZ4v9O
もう寝なさい。明日学校だろ。寝坊してもパパ知らないゾ!

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:35:05 ID:xqfmvLdI0
歴史語るのに、あんな偏った意見しかないというのか…
最後は「曹操原理主義者」ときましたか。
これって笑うところだった?
ちょっとマシなやつかと思ったけど、がっくし。

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:36:39 ID:paAGZ4v9O
前科者乙でした。

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:41:46 ID:EcCyl8Km0
気が付けば300しかし最強を探すスレではなくコテと遊ぶスレ

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:50:21 ID:paAGZ4v9O
サーフィンしてたら専制みつけてこりゃ伸びると思って300getしようと思ってたのにショック!
また専制が身勝手張りやがったからつい熱くなって忘れてた。
楽しいお話ありがとう今日は寝ます。
出来れば、明日の朝見たとき、史上空前の大合戦を挙げられてそこから最強武将のことを教えて下さるような討論をお願いします。

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:51:25 ID:BcUz2vZIO
>>295
良かったら彼が以前どこにいてどんな「業績」があるのか教えて
今後の参考にする

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 22:57:34 ID:xqfmvLdI0
史学科修めたわりには、皇帝の諱(二文字)をあざなとか思ってたり、墨家と道家を混同していたりと、?な面があった。
疲れたので、寝ます。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:08:15 ID:paAGZ4v9O
専制はこのタイくる少し前も見たよ。ワロタ。このあいだ楚漢スレで
「項羽は一騎打ちなんかしてない。歴史書にない!」
って主張して
「将の首を幾つもとったという記述がかなりあるが、王の近くにそんな何人も将が群がるなど王が呼び込まねばありえない」
って簡単に論破されて
「史記を読み返してまたくる」
とか、苦しい言い訳してた。このタイに来る1、2日前だよ。確かね。
じゃ子供呼んでるんでまた。あと、朝期待してます。
乙でした。

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:11:42 ID:BcUz2vZIO
>>304
教えてくれてありがとう

あまり言ってもアレだが史学科卒とか自分から言い出すあたり詐sry

と言うわけで劉邦最強説急浮上だね

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:24:08 ID:exRcgoQ10
官方

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 23:55:02 ID:ImCK/CBB0
曹操ヲタは三戦板へ(・∀・)カエレ!!
出発点がカナーリ恵まれてたのに統一できなかった時点で最強からは外れるわ。
戦術的にも負け戦が多すぎるしな。

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 00:27:54 ID:RpKQific0
宇宙大将軍以外ありえん

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 00:40:15 ID:NupaHU0Q0
>>308
気になって仕方がない、詳しく頼むw

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 00:53:08 ID:RpKQific0
正直名前しか知らんけどなwww
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%AE%99%E5%A4%A7%E5%B0%86%E8%BB%8D

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 01:11:50 ID:XUpnJUV80
ネーミングセンスだけは宇宙最強だなwwwwwww

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 05:25:31 ID:KPcL+uiDO
前漢の趙充国‥匈奴等の戦いで活躍、老年になり、長安にいて今も使われる「百聞は一見にしかず」という言葉を言い、自ら戦地に赴いた。
七十才を過ぎても他の武将が敗れたと知ると、自ら西羌討伐に赴き反乱をおさめた
さらに後世の模範となった屯田を行ったことでも有名

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 05:37:05 ID:aI9yu7ny0
宇宙大将軍はその抜群のネーミングセンスで2chでは大人気だが
慕容紹宗にこてんぱんにされて、挙句最後は敗死してるからなぁ・・・
かくいう俺も嫌いじゃないぜ

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 12:18:30 ID:b78Gd+WJ0
違うよ
宇宙大将軍が人気なのは、その前衛芸術的なネーミングセンスだけじゃなく
高観のアニキだけ!と威張ってみたり、梁武の前に出たら汗かいたり、梁武の娘に溺れてみたり
そういう行動全てが面白いから愛されてるんだよw

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 15:27:50 ID:aI9yu7ny0
>>314
なるほど愛すべき人物ということがよくわかった
「父ちゃんの名前ならわかるぜwwwww」ってのもあったな

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 18:00:32 ID:YuSZNIEq0
楽毅が最強の武将だろう。
根拠ナシ!!

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 18:20:17 ID:KC7Dc65o0
春秋戦国なら、李牧を超えるものはあるまい

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 18:48:56 ID:mV19FHeG0
いや、呉起だろ。

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 19:13:53 ID:aI9yu7ny0
専制国家さんと遊ぶイベントはおわっちゃったのですか?


320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 19:16:03 ID:+vCx6OGNO
俺は彼が汲黯が墨家だという説のソースを持ってきてくれるのを期待してるよ

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 19:40:55 ID:ixilzAu00
覚えてないけど… で、「そのはず」と断定してたよな。

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 23:19:56 ID:KPcL+uiDO
秦、王翦
唐、李靖
五代十国、柴栄
宋、宗沢
宋、孟キョウ

戦術戦略両面に秀でた歴代十指に入るであろう名将

中でもお気に入りは抗金の名将達の陣頭に立って頑張った
統率力、人望の高さ、敵からの尊敬度の高さも疑いようのない宗沢

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 23:25:14 ID:ViycpXpl0
岳飛とかも弟子みたいなもんだしな

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 23:29:47 ID:uFQ0P34AO
王翦は、戦術そのものより処世術を評価されていると思うよ。
精鋭60万を使って楚を倒したけどその直前に一度事実上の解雇通知を受けてる。
当時の秦ならば王翦でなくともいずれは楚を滅ぼせたんじゃないかな?

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 23:41:10 ID:KPcL+uiDO
>>323
オーイエス!
悲惨な最後になった名将達なら岳飛も十指に入るでしょうね


326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 23:48:30 ID:ixilzAu00
宗澤はジジィって感じだけど、孟珙はいぶし銀な妄想。
非業の、悲運の死をとげた名将ということでは、結構いろいろいるな。
最強かどうかは別だけど。
そういう悲運な名将というのは、かなり好きだったりする。

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 23:52:26 ID:z9z9jecV0
田中芳樹が嫌いなので、彼がマンセーしている宗澤も嫌い。

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 00:14:18 ID:9qknhmrB0
>>327 好きな人物を略歴つきで挙げてみてよ。 どんな人物が出てくるかな?

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 00:30:59 ID:s92BbcUHO
>>326
老将ていうてw
>>327
なんつー理由だw
>>324
始皇帝がわざわざ王翦に会いに行き、出馬を頼んだのは王翦しかいないと判断したからでは?

330 :ALM:2006/11/10(金) 00:48:23 ID:7OT6EzxUO
戦国 楽毅
   白起

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 01:01:44 ID:RZGedwLUO
329
歴史にもしもはないけどその前に季信、蒙恬はその3分の1の兵で惨敗してるが、彼らに60万の兵を与えていたら?
武将不足と、王翦の出兵時の諫言と、確か王翦自身も秦の主力のほぼ全軍って言ってたと思うけど、政は、勝って当然というより、当たり前のことを当たり前に出来る兵力で、無難な将を選んだんだと思う。
年だったから戦が終わればすぐ引退するし、力は持たないしね。更に反省を識る明君という臣下の人気買いのおまけつきで。


332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 01:44:22 ID:s92BbcUHO
>>331
李信が20万で十分と言って敗けたのだから戦略眼のないことはあきらか
こんなアホに60万も預けられません
年だったから安心して預けたというけど
じゃあなんで最初李信達に行かせたの?
それで勝てると思ってたからだよね?
王翦ただ一人がその時正確な戦略眼を持っていたのだし
楚には名将項燕がいたのだし
無難も何も秦一の名将にほぼ全軍て秦の必勝体勢じゃないかな
絶対にこれで敗けたくなかったから王翦にしたんだと思うけど
武将不足ていいますが王翦の功績は知ってますよね?

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 03:15:24 ID:s92BbcUHO
暇つぶし
王翦‥北に南に南船北馬、武将の最終目標である君主の天下統一によく尽力しました><息子もいい武将だ


李靖‥詳しくは知らないけど名将と名高いね。天下統一もさせたし異民族もよく退治、撃退してるし凄いんだろうね。

柴栄‥君主じゃん

宗沢はもう書いたね、殺された訳じゃないけど最後かわいそ
死後も抗金の名将は頑張ってくれましたよ


孟キョウ‥『通俗宋元軍談』
「孟キョウ、衰宋にありといえども、忠義・兵略・岳飛におとらず」
すげーね、最強かも
ただ貴方が死んだ後わずか30年で宋は滅んじゃいますたよ
後進は育てなかったのかな
いや30年もよくもったと見るべきなのかな

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 03:52:53 ID:jedoNW/Q0
30年後の滅亡の原因にされたら孟[王共]も適わんな・・・
宋は軍閥解体に躍起になってたし
孟[王共]死んだ後も襄陽の戦線は維持されてた
賈似道が戦線を破棄したのが崩壊の原因だ

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 04:09:08 ID:FiOsQSkd0
中国最強は公孫軒轅でみんな納得

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 07:42:13 ID:upfkwNk50
宋は襄陽の呂文かを見捨てたのが滅亡の原因かな

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 08:03:41 ID:s92BbcUHO
>>334
原因だなんて言ってないですよ
文官が足を引っ張るのは宋朝の伝統ですねw

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 09:36:52 ID:kSs4jVBi0
まぁ、節度使出身の太祖からしたら軍閥に過敏にはなるだろうが
宋は確かに軍事面では見てて歯がゆいよな
そんな中、孟キョウはたいしたもんだと思う
けどモンゴル軍は騎兵を有効活用できない戦いでは度々負けてるからなぁ
それをもって最強に推すの個人的には少し疑問符
同じモンゴル関係でいえば寡兵でスブタイを撃破した完顔陳和尚
モンゴル軍内ではフラグの征西に参加し「極西の神人」と謳われた郭侃
特に郭侃の戦功は素晴らしいね

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 14:27:06 ID:gmcMvhAdO
>>338
まあ和尚さんは大軍でトゥルイに負けたりもしたがな

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 18:46:59 ID:kSs4jVBi0
>>339
まも、斜陽の金軍率いて頑張ったよな
相手もトゥルイだし

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 21:49:33 ID:wpIMDmqQO
李牧 暗君にさえ仕えていなければもっと活躍出来たはず
劉禅のような名君に仕えていれば自分の才能をフルに発揮出来た

342 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/10(金) 22:30:48 ID:XZB//Ovp0
最強ではなさそう。

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 22:32:10 ID:GfCBhOBq0
最高じゃなく最強というとやっぱり項羽という気がする。

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 22:34:59 ID:GfCBhOBq0
ところでなんで項羽は姓+字で呼ばれることが多いいんだろうね?
同じ時代の多くは姓+名、例えば劉邦のように、で呼ばれてるのに。
この時代、項羽以外で姓+字の方が通りの良い人いる?
張良なんかは張子房と呼ばれることもけっこうあるかな?

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 22:46:43 ID:9qknhmrB0
項羽だけが例外じゃないの?
民間では、秦叔宝とかのようにあざなのほうが有名ってのは多いけど、史書ではお目にかからないな。
ところで、項羽の名とされる籍は、「項氏の籍にある者、字は羽」とか、そういう意味にはならないかな…?

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 22:52:16 ID:GfCBhOBq0
どうなんだろう?
そういえば劉邦自体、名と字が本当にそうだったのか疑わしいというようなことを聞いたことがある。
それもどうなんだろう?

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 23:03:52 ID:9qknhmrB0
史記で、「項羽本紀」とあるから誤解を招く。
一応最初は、「籍」ということで、一人称にしているが… 途中から項羽に変わっててワロス

劉邦も、諱「邦」だけど、とってつけたようなもの。 史記には名について記述はないみたい。注釈にあるだけ?
普通は「高祖」だし。

…最強には関係ないから、このへんで。

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 23:24:35 ID:Sc+7Cn6tO
劉邦の「邦」を諱として漢が意図的に避けていたのは間違いないよ
相国は漢以前は「相邦」だったんだから

漢では皇帝の諱を書いてしまうと罪に問われる場合があったから、史書にそうそう書かれている筈がないんだよ

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 00:30:32 ID:ufwsH4wtO
そういえば陳和尚は名でもなく字でもなく幼名で呼ばれてるな

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 00:43:21 ID:v2BpTa7Z0
>>348
なるほど。
項籍じゃなく項羽なのも項羽大好き司馬遷が諱を避けたのかな?
本紀にしちゃうくらいだし。

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 03:33:04 ID:eh5j2uc20
諱より字の方が有名といえば、他に諸葛孔明と尉遅敬徳くらいかなぁ。

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 07:05:05 ID:jy0+2d8p0
薛仁貴や程知節も。 唐初は多いな。

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 07:17:32 ID:zyl9k58z0
武将ではないけれど白楽天とかは?
杜子美や李太白はIMEで一発変換できないけれど、
白楽天は一発変換できるし(白居易も一発変換できるけど)。

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 16:15:32 ID:eozHlGlK0
王陽明を忘れちゃいかん

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 16:21:20 ID:NLCtpnmyO
悲運の名将

南北朝‥檀道済、斛律光、蘭陵王

唐‥張巡

五代十国‥周徳威

宋‥楊業、岳飛

明‥ほとんど全員

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 18:02:43 ID:OC5zzCRQ0
悲運の名将って言ったら、やっぱ李牧が一番かわいそうだわ。

ちょっと、悲運とは違うと思うんだが、
東晋の祖逖、劉?コンビの報われなさっぷりも悲惨を極めてる。
朝廷からのバックアアップなしで、この二人がどうしてあそこまで戦えたのか不思議だ。
民族紛争の不条理さ、異常な精神状況(特にマゾヒズム)の一端を垣間見れる。

祖逖の自腹で北伐ってのは、歴代北伐実施者の中ではある意味最強だと思う。


357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 18:59:20 ID:+xDFxyjw0
挙げ句の果てに、兵権を奪われて憂悶死だもんな>祖逖
そして史書では
「祖逖麾下の兵士たちをあっという間に魅了・支配下に置いた」
「その魅力に祖逖ですら恐れをなした」
はずの戴淵が、王敦の前では赤子の手をひねるが如く無様に惨敗・処刑。
戴淵って、史書で誉められまくってる割には目立った功績が無いんだよな。
しかし元帝は、いわゆる「中興の君主」の中じゃ最低ランクだと思う。

正直、祖逖の冷遇が王敦の乱の引き金じゃないかと思えるくらいだ。
「祖逖のような忠臣でさえ、道具扱いされてまともに死ねなかった。
俺は一体どうなることか…」
とか思っても不思議じゃない気がする。

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 21:27:45 ID:jy0+2d8p0
悲運というと、やっぱ陥れられての非業の死を迎えたとか?
周徳威は、あかん言うてるのに戦え言われて、味方の輜重隊の混乱に巻き込まれて、梁軍の突撃喰らって死んだ…
悲惨と言えば悲惨か…

劉仁贍なんかも、結構悲運かも。
長く籠城していて、今こそ攻勢に転じるとき、内外呼応して戦うべし! と言っても外の友軍は動かず。
激憤のあまり卒倒し、そのおかげで攻城軍は、その城を落とすことができたという…

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 21:50:12 ID:NLCtpnmyO
>>356
確かにバックアップなしは凄いですね
この人は「先鞭をつける」以外にも「聞鶏起舞」なんて言葉のもとにもなってるんですね
現代にも言葉が残るなんて凄い!

360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 23:08:33 ID:x3eLmSkQ0
悲運の武将と言えば、敵国と通じた味方内の裏切り者に陥れられるってのが、
黄金パターンだな。

361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 17:05:57 ID:4VpDihxK0
永楽帝の話題に出ないね。
不利な状況からの逆転、皇帝親征と、劉秀並の実力があると思うんだけどね。
ティムールがあと10年長生きしたら2人の激突があっただろうからもっと有名になったかな?

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 17:45:47 ID:Li+Xxmia0
虐殺が・・・>永楽帝

363 :傅介子:2006/11/12(日) 18:19:01 ID:aUeoqiDj0
春秋戰國の"戰魔"白起!!!!!!!!!!

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 21:40:11 ID:gyM9baBI0
彭徳懐も捨てがたいね。

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 21:44:00 ID:gyM9baBI0
朝鮮戦争で活躍した彭徳懐は現代戦に置ける最強の武将でしょ。

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 21:49:29 ID:jtuRdPnf0
一条兼定さいきょー

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/12(日) 23:35:59 ID:hWCQkQ0Y0
>>362
あれでだいぶイメージ損なったね、永楽帝は。

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 01:06:14 ID:uVdIW/ro0
>>361
奴が皇位を簒奪できたのは親父が有能な将軍を殺し尽くしたおかげだろ。

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 02:25:30 ID:DjpSDNps0
仮に建文年間に洪武帝時代の将軍がいても老耄して役にたたんだろ。
壮年の男盛りの永楽帝の敵になる武将は当時の明でも皆無に近かった。
(強いて挙げれば鉄鉉)
後、建文帝の「朕に叔父殺しの汚名を被せないでくれ」や
李景隆登用が大きく戦局にマイナスに働いた事もある。

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 03:01:23 ID:5HGlGIY60
つ 藍玉

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 06:33:05 ID:NtZbrOqP0
>>368
>>369がいうように鉄鉉など永楽帝を苦しめた武将はいる
一時は討ち死しかけたほどだしな
やっぱり官軍の士気の問題だとおもうな
トップの腰がぐらついてたら勝てる戦いも勝てないんじゃないか?

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 16:09:03 ID:27ssjQtn0
作戦上の後退を逃げた、と言われて更迭されて憤死同然に病死した南宗の劉基とか
冤罪も加えられた上で罪に問われて斬首された高仙芝とかも悲惨だな

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 20:12:10 ID:ruJodMrm0
鄭和はどう?
国の威光の及ばない船の上で指揮をとり自然の脅威と戦いながら大遠征を成功させる。
統率力の点ではかなり上位につくのでは?

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 20:13:46 ID:5HGlGIY60
戦争というのとは少し違うんで、評価しづらい

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/13(月) 20:47:21 ID:fL5O3IfB0
戦争というなら尉遅恭かな。
やっぱ戦場で無傷というのはすごい


376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/14(火) 12:15:00 ID:T6H6wX5/O
春秋戦国以降中華初の、最強勢力秦の最強期間
つまり戦国のかなり末期に信陵君は、趙国の救援に行き
趙・楚軍と共に秦軍を倒した
また魏が秦に攻撃された時も五ヵ国連合軍を率いてこれを倒した

同じく秦軍を撃破した李牧と並ぶ抗秦の名将
最強期間を過ぎた秦末の
陳勝、呉広の後を継ぎ、項梁の後を継いだ項羽、劉邦は倒秦のまあまあの名将

とか言ってみる

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 14:45:55 ID:T1DZnXGCO
秦クラスの最強勢力は金、元ぐらいか

と言ってみる

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 16:53:01 ID:T1DZnXGCO
昨日はまあまあと言ったけど
>>203をみると項羽が戦略のある武将または君主に心服して
軍中で副将としてその人物の手足の如く働いたら項羽ほど役に立つ人物は中華史上他にいまい
項羽は間違いなく中華史に残る国士無双の武将

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 21:22:26 ID:9mYSYp5oO
>>378
まあ副将には収まらないだろうし、言うことも聞きそうにないな

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 21:43:26 ID:W/+G58wp0
信陵君は最強の武将というよりは…
反秦の気運を一つにまとめ得たカリスマって感じだ

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 22:06:10 ID:4OibmrCs0
抗秦名将

382 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/15(水) 22:26:05 ID:/DstwsuV0
信陵君は「抗う」というイメージではないなあ。

383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/15(水) 23:50:57 ID:T1DZnXGCO
>>379
項梁の言うことは聞いてただろ

信陵君は四君子だけあって実績あるのに武将のイメージは薄いのか

384 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/11/15(水) 23:51:50 ID:/DstwsuV0
平原君と同列で語られれば尚更。

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 23:44:27 ID:bU9bO98+O
百万以上の兵を率いて戦に勝った事のある武将は統率力、兵の運用力がハンパじゃないから最強の部類に入るんじゃないか?

あんまりにもいなかったら80万以上でもいいけど

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/19(日) 23:47:04 ID:R9h/KX1G0
あんまり昔だと、兵数に相当な誇張がありそうだけど。
実際に100万人以上の兵が一度に集結したことってあったのかな?

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 00:00:01 ID:bU9bO98+O
隋の煬帝の第一次高句麗遠征の兵力は113万3千8百人
勝ってないけどw

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 01:09:24 ID:ychzWrWsO
>>386
たとえ100万動員しても同じ戦場に集めておくのはもったいないわな

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 04:35:24 ID:ERCugA1HO
秦の王翦で60万だから、50万以上率いて勝ったことがあれば統率力はそうとう高い強い武将になるはず

関係ないけど百人対百人なら項羽最強でいいよね?
千人対千人ぐらいまでは項羽の独壇場だと思う

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 13:21:08 ID:ERCugA1HO
百対百‥本命 項羽 対抗 ?

五百対五百‥本命 項羽 対抗 李顕忠

千対千‥本命 項羽 対抗 ?

五千対五千‥本命 陳慶之 対抗 王キョウ

一万対一万‥本命 ? 対抗 王キョウ

十万対十万‥本命 ? 対抗 柴栄

三十万以上対三十万以上‥本命 ? 対抗 王翦

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 14:56:52 ID:n6HmCdud0
>>389
秦代あたりになると、実数で60万あったかは怪しいな。
17世紀のサルフの戦いにしても、明軍は実数で10万人ぐらいだったのを、
50万人以上と号していたようだし。

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 16:25:48 ID:3fZo7V2N0
秦代は確か戸籍人口2000万、前漢の武帝の頃で戸籍人口5000万だったな
三国時代は戸籍人口700万ちょいとかだったかな、秦代より全然少ない

エピソードとしては
秦王政が楚を攻める際、李信「20万で十分」、王翦「60万じゃなきゃ無理」→李信に20万で攻めさせて失敗
改めて王翦に60万で攻めさせ滅ぼす

項羽と劉邦が秦を滅ぼす時に
項羽が40万を号して100万、劉邦が10万を号して25万だとか
40万、10万も史書に拠ってるから本当かどうかはまた別だけどね

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 22:11:40 ID:lnJgkTtY0
最強ではないが「韓世忠」と「梁紅玉」夫婦も捨てがたい


394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 23:16:11 ID:npk1lAni0
>>392
まあ、戸籍人口だから、三国時代のは、政権の人口把握能力の低下によるもので、
実際はもっといただろうね。


395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 23:31:38 ID:wNnbXP9OO
専制国家氏はどこに行ったんだろ?

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 03:24:31 ID:4KvrmOF5O
>>391
確かに怪しくて実数はわからないよね
あからさまに怪しいの以外は史書の数で基準を統一すればいいかな
んで五百人以下は指揮官て感じじゃないので
千対千‥本命 項羽 対抗 李顕忠

五千対五千‥本命 陳慶之 対抗 王キョウ

一万対一万‥本命 宗沢 対抗 李靖

十万対十万‥本命 ? 対抗 柴栄

三十万以上対三十万以上‥本命 ? 対抗 王翦

以上5つの分野に選ばれた10名が真の最強武将になるはず
もちろん横綱は三十万以上の武将でしょう

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 15:19:21 ID:4KvrmOF5O
そして一万対一万とこが最激戦区になる予感
候補多そうだからなあ

398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 16:42:05 ID:FGdp8kOs0
韓信最高

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/21(火) 21:17:06 ID:fwsFg8rr0
十万の本命は白起がいいよ

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 01:35:11 ID:DA6TRAC6O
>>399
その武将が史書に残っている中でどのくらい戦いを経験したか(多いほうが確実に証明できるから)敵の強さはどれくらいだったか(強敵に勝てば評価は上がる、強敵に勝つ回数は多ければ多いほど評価はうなぎ上り)
以上二点から勝手に考察させてもらうと

白起は韓、魏、趙、楚と連戦連勝、戦歴は申し分ない
敵の強さは微妙なとこですが、韓魏連合軍、魏韓趙三国連合軍を破ったのは高評価ですね
自分の軍より兵数の多い軍に勝つというある意味名将の必須条件ともなるこれもクリアしてますし
もともと本命不在ですから入れ替わりはあるかもしれませんが白起いいですね
追加ケテーイ♪

401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 12:10:30 ID:pQXtD0WoO
光武二十八将あげ

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 12:53:01 ID:N25AkjPD0
>>373
鄭和って靖難の変ではどういう役割を果たしたんだろう。

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 21:19:52 ID:ERkl9WtPO
楊業

404 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 22:38:32 ID:uT7wtS330
楊家将の嫁たち、女将軍たち

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 23:44:37 ID:hVCkxMKuO
卞喜さまに3票

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 23:57:35 ID:+qkLppBg0
武安国様〜まってくださいよぅ〜

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 00:44:11 ID:FhRrBcJ/0
鄭成功は?

408 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 09:34:59 ID:5pm6WHnA0
趙雲だな、趙雲。

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 15:43:29 ID:G20zRzqm0
狄青

410 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 16:02:47 ID:MBk8B1nV0
隋の武将でありながら、その優れた武勇により唐の祖に認められ
唐の将となってからは百戦錬磨
唐末には神格化され、元では毘沙門天と一体化までさせられた
托塔天王の李靖はどうだろう

ただ、史実的にどんな戦いぶりをしたのかは知らない

411 :華雄:2006/11/25(土) 12:18:58 ID:dbPZ6kiz0
悪来

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 19:59:03 ID:JCgXVKV7O
>>411
それを倒した、武吉

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 22:46:07 ID:GzYFZvQGO
誰がなんと言おうと岳家軍最強の高寵

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 22:59:40 ID:aa83NeyM0
その高寵を率いた岳飛

415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 03:07:36 ID:li9JnygbO
>>411
横光の描いた悪来は酷かったな。全然強そうじゃなかった。


416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 21:56:00 ID:9lDE+jB3O
>>415
悪来の父親は、足の早さで有名な蜚廉。その末裔が秦をたてたらしい。
光輝さんが焼死した後、何も知らないアシスタントが描いたのかも……

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 23:46:49 ID:MhIsTo7E0
東方不敗

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 18:20:59 ID:sgQz0yS20
>>417
自ら去勢したカマ野郎は武将じゃねぇ

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 21:10:40 ID:4fTsNkiA0
東門慶(307-369)はチビだがかなり強い

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 21:55:57 ID:H2rxsKy3O
小説でいいのなら、左慈。
斬っても食事をしてくても死なない。無敵です。

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/30(木) 23:04:44 ID:6eUiOKFz0
かんう

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 17:46:55 ID:QFRY3/ZqO
薛安都とかどうだろ?

423 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/03(日) 19:45:10 ID:qG5NWsXt0
>>420
それがありなら西遊記や封神演義まで入っちゃうな。

個人的には楊業。


424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 00:19:37 ID:ie6qjTBq0
符堅

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 20:33:11 ID:B0SeOPZF0
間羽

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 08:21:14 ID:2gwYwKvsO
一戦で中華史上最大の兵数を率いて勝った武将に間違いない

427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 09:35:59 ID:y3rdXNT40
兵が多かったら勝つのは当然

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 16:27:38 ID:7saEUM7tO
兵が多くても敗ける武将はいる
陳慶之が大軍を率いたことがないのだから大軍を率いた実力は未知数
兵が多いほうが有利なのだから実際に多い兵力で勝てる実力のある武将のが上
だからより多くの兵を率いて勝った武将のが有利になるから一番多い兵を率いて勝ったことのある人物が一番最強に近い

429 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 17:11:59 ID:JzubPJv/0
>>428
甥だね
まあ、北府の兵ってのは中原からの流れもので編成された軍で扱いにくい軍隊だった
その統括者はやはり優れた人物を当てたって背景はあるから優秀であったのは疑いない
でも候補が多すぎるから外すのも止むを得ないかなってのが俺の意見


430 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/11(月) 17:13:47 ID:JzubPJv/0
誤爆 orz・・・・
どうも失礼をば

431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 00:09:34 ID:r8BBwE5zO
一個隊の強さと用兵による全隊を操る能力で分かれるね。

しかしトータルではやはり項籍を推したい。

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 03:13:04 ID:Cp3krQ8NO
フビライ

433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 03:23:13 ID:qrRWnasI0
バヤン

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 11:05:18 ID:LYYywTkY0
普通にカク去病だろ
あの匈奴をチンカス扱いだし

435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 12:50:42 ID:jXc1JKVD0
霍去病は長生きしていたら、どこかで大失敗をやらかした予感がする。

436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 13:11:54 ID:Y+iPluQh0
カク去病をあげる奴・・・

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 13:34:36 ID:BuX8wVVS0
関羽だろ

438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/20(水) 20:40:42 ID:mV5VwacZ0
こういう言い方は本人への侮辱になるかもしれないけど
霍去病は長生きしなくて良かったと思う

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/21(木) 19:04:51 ID:/7Y+43qo0
長生きしてたら衛青が危ないだろ

440 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/22(金) 01:54:22 ID:Fgc6URD00
霍去病マンセーは他所でやれ
(`へ´)< 霍去病・衛青 総合スレ >(´〜`ヽ)
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1161664110/

441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/22(金) 19:42:01 ID:oPTMez7T0
関羽

442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 00:26:54 ID:6OxH6pZj0
何もしてない加工屯

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 01:19:18 ID:gKm36tF8O
覇王項羽

444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/23(土) 21:52:01 ID:A6RPVzN20
>>440
何ゆえ隔離されてんの?普通に最強だろ
匈奴を超える機動力でバイカル湖まで到達したとか
まぁ首何万とかは誇張だろうけど

445 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/26(火) 05:20:34 ID:vqcAPt750
白起じゃね


446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 11:38:31 ID:+BkRsUoPO
いやいや徐達でしょ

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 14:39:53 ID:ZZTAIpXcO
しゅうそう

448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 19:48:06 ID:FNf8uKbB0
かんう 

449 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/27(水) 21:39:19 ID:LjJEnGGe0
お前等曹豹さん忘れてないか?

450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 21:45:00 ID:t8MpmQBF0
結論からすると3200年の歴史で1番を決めるのは無理
中国という名前になった清滅亡後にしとけ

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 23:14:58 ID:hzmG0o490
じゃあ林彪

452 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 09:16:59 ID:ZSbHUm8U0
>中国という名前になった
中原を指して「中国」という言い方はかなり古くからあるのだが。

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 09:47:20 ID:J9FuMCjN0
へぇー、へぇー

2へぇ

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 11:31:09 ID:rc7owJ2/0
>>452
でも国号ではなく概念的な一種の地名みたいなもんだわな。

455 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 12:04:19 ID:ZSbHUm8U0
地名というよりは
周辺の異民族に対して中華=中国て感じ

456 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 13:18:51 ID:bHNKhjQw0
ここまで読んでオレのヒーロー田単がいないなんて
伝説的を通り越して、もはや漫画的な戦術
敵が『おのれペテン師めー!』と悔しがってる姿が目に浮かぶ
あれこそ軍事ロマンチシズムの局地だよ
自ら議論を仕掛けた挙句、負けたのがまずかったか

457 :hatenada:2007/01/05(金) 18:23:04 ID:xFvmk/tFO
私の頭の中を覗くのは止めて。
それから聞いてないことは対応できないよ。こちらの事情も考えて言ってね。
私の思考と体現者は私自身です。

458 :Mirko Crocop:2007/01/05(金) 18:24:35 ID:jK/f0T3H0
お前は何を言ってるんだ

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